盛岡地方裁判所 昭和27年(行)26号 判決
原告 佐々木平助
被告 一関保健所長
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年九月九日附岩手県指令関健保第一、六二八号をもつて訴外小野泰道に対し、一関市字深町三十三番地の二所在の営業施設につきなした飲食店営業許可を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、被告は昭和二十七年九月九日訴外小野泰道に対し、一関市字深町三十三番地の二所在の営業施設を使用して飲食店営業をなすことを許可する旨の請求の趣旨記載の営業許可の書面を作成し同日右小野泰道にこれを送達して営業許可処分をした。右処分については次のような経緯がある。すなわち、右営業施設は右小野泰道の父小野義雄の所有にかかり、原告は昭和十九年七月から、同人からこれを賃料一箇月金一万五千円で期間の定なく賃借し、営業名義は同人の娘小野絹子とし、昭和二十六年八月以降は同人に対する岩手県指令衛公示三、三三六号による営業の許可に基き一般食堂を経営して来たものであるが、右義雄は右泰道のために原告から原告が現に営業中の右営業施設を奪取する目的で、先ず、同年九月八日同日附をもつて営業許可証を不仕末のため紛失したとの虚偽の届出をなしたうえ右絹子の廃業届出をなしてから同日附で右泰道名義をもつて同施設につき飲食店営業の許可申請をしたところ、被告は右施設が原告の営業中の場所で泰道にはこの施設に対するなんらの権利もないことを熟知し、右許可申請が右義雄及び泰道等において原告の右営業施設を奪取する手段に利用するものであることを察知しながら、法規による施設の調査もすることなく前記許可処分をなしたのであり、右許可を得た右義雄等は右許可のあつたことをもつて右施設に対する営業権を認められたものとなし、同年十月中不法にも暴力をもつて食堂を閉鎖し或は仮処分の執行によつて調理室に対する原告の占有を奪取して原告の右営業を乗取り、許可後三箇月にして同施設によつて営業を開始し、所期の目的を達し今日に至つているのである。
以上の次第であるから被告のなした右営業許可の処分は
(1) 飲食店営業の許可は申請人において施設に対し現実の支配権限を有しかつ施設が法定の基準に適合する場合においてのみなさるべきものであるところ、前記営業施設は原告が賃借権に基いて営業中のものであり、前記小野泰道にはなんらの使用権等の支配権限のないものであるのに、その実情を調査することなく、また営業施設につきなんら食品衛生関係法規に基く調査をもすることなくなしたものであるから違法である。
(2) かつまた前記小野義雄及び小野泰道等が原告の現に営業中の右営業施設を奪取する手段としてこの許可を利用するものであることを知りながら同人等の不法の行為に加工幇助してなしたものであり、食品衛生の行政目的を逸脱してなしたものであるから違法である。
よつて右営業許可処分は取り消さるべきものであるから、これが取消を求めるため本訴に及ぶと陳述し、
被告の本案前の抗弁に対し原告は前述のように被告の加工した小野義雄等の行為により、原告の営業が乗取られ営業施設に対する原告の使用権を侵害されたのであり、これについては被告のなした許可処分も重大な因子をなしているから、原告は違法な右許可処分の取消を求める法律上の利益がある。被告の主張は当らないと述べた(立証省略)。
被告指定代理人は本案前の抗弁として、本訴請求は被告が訴外小野泰道に対した食品衛生法第二十一条による飲食店営業の許可処分の違法を主張してその取消を求めるものであるところ、行政庁の違法な処分の取消または変更を求める訴はその違法な処分によつて自己の権利を侵害された者がこれを提起することのできるものである。ところが同条による飲食店営業の許可は同法が公衆衛生の見地から一般に禁止しているところのものを特定の場所に解除するに過ぎない性質のものであるから、そのことによつて単に本来の自由が回復されるに止まり、そこに新たな権利が設定されるものではないのであり、従つていかなる第三者の権利にも消長を来たすものでもない。原告もまた右許可処分によつてなんらその権利を侵害されないのであるから、かりに右許可処分が違法であるとしても、結局原告はこれが取消を求める訴権を有しないものである。本件訴は本案判決に親しまないものとして却下されるべきであると述べ、
本案について、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の営業施設につきその主張の飲食店営業の許可書を作成して同人に送達して営業の許可処分をなしたこと、右営業施設が右泰道の父小野義雄の所有にかかること、この施設につき原告主張の頃右義雄の娘小野絹子の営業名義をもつて食堂が経営されていたこと、右経営につき原告主張の日右絹子から営業許可証の紛失届及びその主張の廃業届がなされ又右泰道から飲食店営業の許可申請がなされたものであつたことはいずれも認めるが、右営業許可の前後に原告主張のような経緯のあつたことは知らない。被告が右営業施設が原告の営業中の場所で泰道になんらの権利のないことを知つており、また許可申請が同人等において原告の営業施設を奪取する手段に利用するものであることも察知していたとの点は否認する。食品衛生法第二十一条による許可は、前述したところと同じ趣旨からその許可申請をなし得る行為能力あるものより申請があり、その申請にかかる施設が同法二十条により都道府県知事の定める基準に適合するものであるならば全く機械的に与えられるものであつて、右施設についての私法上の法律関係のごときはこの場合考慮されるべきものではない。従つて右小野泰道の場合においても同人が前記営業施設についてどんな使用権限を有するかは営業許可の要件にはならないから、被告においてこの点の実体的な調査をなす必要はなく、またなすべきものでもないのである。被告としては、右泰道が同人の姉である、前記絹子の従来使用していた営業施設を利用し営業するといつていたのであり、また該施設が営業許可の基準に合つていることは営業が絹子名義でなされていた際実地検査の結果判明していたので、泰道の申請の際とくに実地の調査はしなかつたが、同人の申請にかかる施設が法定の基準に合うものと認めてこれにつき営業の許可をなしたのである。以上のとおりであり被告のなした前記営業の許可をなしたのである。以上のとおりであり被告のなした前記営業の許可処分にはなんら違法はないから原告の本訴請求は失当であると陳述した(立証省略)。
三、理 由
被告が原告主張の日その主張の昭和二十七年九月九日附岩手県指令関健保第一、六二八号をもつて訴外小野泰道に対し、一関市字深町三十三番地の二所在の営業施設を使用して飲食店営業を営むことを許可する旨の処分をなしたことは当事者間に争がない。
被告は、原告は右許可処分によつてなんらその権利を侵害されておらないから訴権がないと抗争するので、まずこの点の考察から進めることにする。
違法な行政処分の取消または変更を求める訴を提起するには必ずしも当該行政処分の相手方であることを必要としないけれどもその処分の取消または変更を求めるについてその権利又は法律関係を侵害されたものとして法律上の利益を有する者でなければならない。そこで原告が本訴についてこの利益を有する者であるかどおかについて次に検討する。
そもそも食品衛生法第二十一条による営業の許可は同法第一条に掲げる目的に則つた公衆衛法の見地から一般的に禁止されている飲食店営業等に関し、当該施設を使用して飲食店営業等を営んでも同じ公衆衛生の観点から支障がないと認められる場合に、その禁止を解除し適法に飲食店営業等をすることの自由を回復せしめる一種の警察処分である。従つて右許可処分の目的とするところは同法が主眼とする公衆衛生の保護であり、これによつて公衆食品衛生上有害な行為を防遏しようとするのであつて、もとより当該営業施設に関する私法上の権利又は法律関係を設定するものではない。私法上の権利又は法律関係の設定は右営業許可の関知するところではないのである。従つて若し仮りにその許可が違法または不当になされたとしても、それによつて損われたものは食品衛生法が主眼とするところの公衆衛生であつて特定の個人の利益には直接関係がないわけである。されば飲食店営業等の許可の申請が却下された場合における申請人に対する関係のことは別として許可された場合は何人も通常その処分について出訴する法律上の利益はないものといわなければならない。処分の違法または不当な行政庁の政治的責任の問題として残るだけである。
しかしながら、右に述べたところは通常の場合における議論である。たとえば行政庁が営業の許可を特定個人の権利を侵害する手段に利用するものであることを知りながら営業の許可を与え現に権利侵害の結果を生じたような場合は、該許可は前記目的を逸脱した不法の処分というべく、これによつてその権利を侵害された個人はその取消または変更を求める法律上の利益があるものといわなければならない。
しかして原告はその主張自体によつて明白なように本件許可処分に加工した訴外小野義雄等の不法の行為により、権利を侵害されたと主張しているのであるから、本案の審理を遂げてこの点の事実の有無を判断しない限り原告に権利を侵害された事実がなく、従つて許可処分取消を求める利益がないものと断ずることはできない。被告が通常の場合を前提として原告に訴権なしと抗争するのは失当である。
よつて原告がその主張のようにその権利を侵害されたかどうかの点について案ずるに、証人星源造のこれに副うかのような証言部分は乙号各証に照しにわかに信用し得ないのみならず、同証人の証言だけではこの点の事実を認めるに足りないし、その他原告の全証拠を検討して見ても右原告主張事実を認定することができない。
よつて、権利侵害のあることを前提とする原告の本訴請求は失当でありこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)