盛岡地方裁判所 昭和29年(行)2号 判決
原告 岩手製氷株式会社
被告 国
一、主 文
岩手県知事が岩手県紫波郡煙山村大字又兵衛新田第五地割六十二番の一宅地二百六十四坪七合九勺につき買収の時期を昭和二十二年十二月二日としてなした未墾地買収処分の不存在の確認を求める原告の第一次請求を棄却する。
岩手県知事が右宅地につきなした右未墾地買収処分の無効であることを確認する。
被告は原告に対し右宅地につき昭和二十五年三月三十一日盛岡地方法務局受附第一、八九四号所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし。
訴訟費用は全部被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一項掲記の買収処分の存在しないことを確認する。もし右請求が理由ないときは、右買収処分の無効であることを確認するとの判決並びに主文第三、四項同旨の判決を求め、その請求原因として原告は氷の製造販売を業とし、そのため岩手県内各所に氷の貯蔵倉庫を所有するものであるが、原告の所有にかかる主文第一項掲記の宅地もまた原告においてその地上に煉瓦造倉庫を建設し、昭和三年二月末頃より氷の貯蔵に使用して来たものであるところ、同倉庫の煉瓦が同十九年当時軍用松根油竈に煉瓦が必要であるということで強制収去され、その後は原告としても資材の入手困難のためこれが再建をなしかね、右宅地を附近在住の五日市兼吉に管理させていたが、終戦後漁場その他に氷が不足し、ために当時の食糧事情に多大の影響を来したので、原告は万難を排して右取り毀し跡地に氷貯蔵倉庫を再建すべく準備中、たまたま同二十二年十月二十七日地元煙山村農地委員会において右宅地外一筆につき自作農創設特別措置法第三十条第一項に該当する未墾地として買収計画を樹立し、同日その旨の公告をなし、翌二十八日より二十日間書類を縦覧に供した。しかし右宅地は国鉄矢幅駅の極めて近くに所在し、隣地及び向側には農業協同組合事務所や住家があり一見宅地であることの明らかな土地であるので、原告は右買収計画を不当と考えこれに対し同年十一月七日右農地委員会に異議の申立をなしたところ、同委員会より同月十九日附をもつて「氷倉庫建築認可申請及び採氷場の採氷契約証等関係書類を提出されたい、右書類の提出あるまで異議に対する決定を保留する」旨の通知があつたので原告は直ちにその全部を提出した。その後右農地委員会からなんの通知もなかつたので右買収計画は取り止めになつたものと考えていたが同二十五年夏頃訴外藤井文治郎が右宅地を耕作しているのを発見し、驚いてこれをたゞしたところ、右宅地は既に買収処分済であり且つ同人が入植者としてその使用許可を受けたものであるということであつた。そこで原告はそのような買収令書の交付を受けたことがないので不審に思い更に調査をなしたところ、右宅地については岩手県知事が前記買収計画に基き買収の時期を昭和二十二年十二月二日とする未墾地買収処分をなしたりとして主文第三項掲記の登記をもつて被告に対し所有権取得の登記手続がなされていることが判明した。
しかしながら右買収処分については前述のとおり原告に対し村農地委員会から異議に対する決定がなく、岩手県知事から買収令書の交付もないのであるから、同買収処分は未だ行政処分として外部に表示されておらず、存在しないものといわなければならない。よつて右買収処分の不存在の確認を求めるものであるがかりに右買収処分が存在したとしても、前述のとおり右買収処分は原告の異議の申立に対しなんら決定を経ないまま、また買収令書の交付をなさないで行われたもので、右いずれの点においても法律上重大且つ明白な瑕疵がありもとより無効のものであるから、予備的にその無効確認を求めると共に右不存在あるいは無効の買収処分に基いてなされた前記所有権取得登記もまた無原因で無効のものというべきであるから、その抹消登記手続を求めるため本訴に及ぶと陳述し
被告主張の事実に対し、買収令書の交付に代る公告のなされなかつたことは争わないが、同令書発行の日附が昭和二十三年二月十五日であることは知らない、その余は否認すると述べた(立証省略)。
被告指定代理人は原告の各請求をいずれも棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実のうち煙山村農地委員会が原告主張の宅地につきその主張のとおり買収計画を樹立し、公告及び書類縦覧の手続をなしたこと、これに対し原告主張のとおり原告より同農地委員会に異議の申立があり、同委員会より原告に対し原告主張のような理由で異議決定を保留する旨の通知があつたこと、その後右決定を保留したままで岩手県知事が右宅地につき買収処分をなしたとして右宅地につき被告に対し原告主張のとおりの所有権取得の登記手続がなされ、また藤井文治郎に入植者としての使用許可があつたこと及び原告に対してはその買収処分の買収令書の交付も、交付に代わる公告もなさなかつたことはいずれも認めるが、原告が右農地委員会に原告主張の氷倉庫等に関する関係書類を提出したことは否認する。その余は知らない。岩手県知事は前記買収計画に基き昭和二十三年二月十五日附をもつて買収令書を発行し、同月末頃これを原告に交付しようとしたがその受領を拒絶されたため交付しなかつただけのことであつて、右買収処分は明らかに存在している。また前記異議決定を保留したままにしているのは原告から前記関係書類の提出がないからでその責は原告にある。以上の次第で原告の各請求はいずれも失当であると陳述した(立証省略)。
三、理 由
原告主張の宅地につき昭和二十二年十月二十七日地元煙山村農地委員会が原告主張のとおりの未墾地買収計画を樹立し、同日その旨の公告をなし、翌二十八日より二十日間書類を縦覧に供したこと、これに対し原告より異議の申立をなしたところ、同委員会より原告に対し同月十九日附をもつて原告主張のような理由で決定を保留する旨の通知があつたこと、ところが右決定を保留したままで岩手県知事が右買収計画に基き買収処分をなしたりとして右宅地につき原告主張のような被告に対する所有権取得の登記手続がなされ、また藤井文治郎に対し入植者としての使用許可があつたこと及び原告に対しては右買収処分の買収令書の交付をなさず、また右交付に代る公告もなさなかつたことはいずれも当事者間に争がない。
そこで先ず原告の第一次的請求について按ずるに、元来買収処分が存在するとかしないとかいうがためにはそれが外観上買収処分としての存在を肯定できるような表象を具備しているかどうかを標準とすべきものと解されるところ、本件買収処分はなるほど原告にその買収令書の交付がなく、また交付に代わる公告もなかつたのであるから原告に対しその効力の生ずるいわれはないにしても、前記のとおりその前提をなす買収計画が明らかに存在しているし、また本件買収処分ありとして所有権取得の登記手続や入植者に対する使用の許可がなされているところより見ると、本件買収処分は単に岩手県知事の内部的な意思決定に止まつたものではなくその間これにつき外部に対してなんらかの買収処分としての表示があつたものと認めるのが相当である。それなら本件買収処分は前記標準に照らせば存在したものといわなければならないから、その不存在を前提とする原告の第一次的請求はこの点において失当として棄却されるべきである。
よつて次に原告の予備的請求について按ずるに、前示認定のとおり本件買収処分についてはその前提手続である買収計画に対し異議の申立があつたにもかかわらず、その決定保留のまま、従つてその保留理由がなんであるにせよ決定のないまま買収処分が実施されたのであり、また原告に対し買収令書の交付も交付に代わる公告もなかつたのであるから、本件買収処分は前者の場合につき被買収者たる原告から訴願の機会を奪つた点において重大な瑕疵があり、後者の場合につき被買収者たる原告に対し効力の発生を見ない点において重大な瑕疵がある。しかもいずれの場合においてもその瑕疵は買収手続上極めて明白なものというべきである。それなら本件買収処分は右いずれの点においても無効のものといわなければならないし、従つてまた本件買収処分に基き被告に対してなされた前示所有権取得の登記手続もまた無原因のものとして無効といわなければならない。しかして右買収処分に基いて右のような爾後の手続がなされている以上原告はこれが無効の確認を求める利益がある。そこで原告の本件買収処分の無効であることの確認を求める予備的請求並びに右無原因の所有権取得登記の抹消登記手続を求める請求は正当であるのでこれを認容すべきものとする。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上武 上野正秋 佐藤幸太郎)