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盛岡地方裁判所 昭和32年(わ)102号 判決 1958年2月06日

被告人 瀬川大輔

主文

被告人を懲役六月に処する。

但し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中Aに対する強姦未遂の点についての公訴を棄却する。

理由

(事実)

被告人は肩書本籍地で瀬川繁次郎の次男として生れ、新堀中学校を卒業以来同地の大工鈴木只志方に大工見習として約三年間勤め大工となつたものであるが、昭和三二年九月八日はたまたま稗貫郡石鳥谷町新堀所在の諏訪神社の祭典であつたので友人等と共に同神社のたるみこしをかついだりなどして振舞い酒を幾分飲んだのち、同神社から約四キロメートル離れた同郡大迫町亀ヶ森羽黒堂で行われていた踊を見るため、同日午後八時過頃友人の少年甲(当一八年)と共に右諏訪神社から羽黒堂に向つたが、その途中午後九時頃、同郡石鳥谷町新堀地内通称堀割坂道路附近にさしかかつた際、足もとも心もとない程に飲酒酩酊し着物の裾を端折つて腰巻もあらわな姿でたまたま帰宅途中にあつたA(当四四年)とすれ違い同女のそのようなだらしない恰好を見て、右甲を後に従え被告人において同女の右肩に手をかけ同女に対し執拗に情交を迫りながら西方に約一四、五〇メートル堀割坂道路をくだり、同道路(花巻バス三岳堂停留所東方約八〇〇メートルの地点)の北側四、五メートル入り込んだくさむらに同女を押し上げその場において、同女に対し情交を迫つたが強く拒絶されたのでこれを諦め、右道路に出て、その場を立去ろうとしたが、その際Aが「金をよこせ」と云うので被告人においてこの要求に応ずれば或は同女が情交を許すかも知れないと思い一〇〇円札二枚を同女に差出したところ、同女はこれを受けとつたが直ちに「こればかりの金はいらない」と云つて右紙幣を路上に投げ捨てたので被告人はこれにいたく憤激し、やにわに同女の顔面を手拳で二回殴打し、かつそのため右路上に転倒した同女の右足背附近を強く足で踏みつける等の暴行を加え、因つて同女に対し加療約二〇日間を要する右足背挫傷の傷害を負わせたものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)(略)

(本件公訴事実のうち前記認定の傷害の点を除くその余の点についての判断)

検察官は本件公訴事実として、「被告人は昭和三二年九月八日午後九時頃友人の甲(当一八年)と共に稗貫郡石鳥谷町新堀地内通称堀割坂道路を歩行中、通行人のA(当四四年)とすれ違つた際、にわかに劣情を催し、右甲と共謀のうえ、同女を姦淫しようと決意し、直ちに右甲と共に同女の両腕を取つて付近の道路脇くさむらに押し倒し被告人において同女に馬乗りとなり姦淫しようとしたが同女が被告人の顔面を引掻く等して極力抵抗し、被告人のひるむ隙に路上に出づるや『俺のいうことをきかない』といいながらその顔面を手拳を以て数回強打し、更にその場に転倒した同女を足蹴りにする等の暴行を加えてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫しようとしたが、折柄通行人が来合わせたため、その目的を遂げなかつたもので、前記暴行により同女に対し加療二〇日間を要する右足背、左肩胛関節、右膝関節挫傷の傷害を与えたものである。」と主張する。

よつて考察するに、被告人の前掲供述記載、供述及び各供述調書、甲に対する前掲尋問調書及び同人の各供述調書及びAに対する前掲尋問調書を総合すると、被告人と甲が判示道路上でAとすれ違つた直後、同女を強いて姦淫しようと共謀したこと、被告人において道路北側の判示くさむらにAを押しあげ同女を姦淫しようとしたこと、判示くさむらにおけるAの被告人に対する抵抗がかなり激しかつたこと、そのAの抵抗などを道路から見守つていた甲はこれでは到底姦淫することはできないと思つていちはやく姦淫の意思を放棄してその場を立去ろうとしていたこと、被告人においてもAの思わぬ抵抗にあつて、Aを姦淫することを断念してその場を立去るためくさむらから道路に出て来たことが認められる。かように共犯者である被告人及び甲の両名が強姦の意思を放棄した以上、同人等のAに対するくさむらにおける行為は被告人が判示くさむらから道路に出た段階において強姦未遂として終了したものというほかはない。しかして、道路上に出てからの被告人に既に強姦の意思が認められないこと、判示認定のとおりであつて道路上における被告人のAに対する判示のような暴行はもはや強姦の手段としての暴行ではなく、別個独立の罪を構成するものと評価さるべきである。

そこで前掲診断書、伊藤幸助の前掲供述調書及びAに対する前掲尋問調書によつて認められるAの右足背、左肩胛関節、右膝関節挫傷の傷害と右被告人の強姦未遂行為との因果関係について検討するに各証拠を精査してもAの右傷害が判示くさむらにおける被告人及び甲の強姦未遂行為によつて或はその機会に受けたものであることを認めるに足る証拠は存しない。

そうだとすれば被告人の判示くさむらにおけるAに対する行為は単なる強姦未遂であると認められるところ、本件公訴提起当時、この点について適法な告訴がなかつたことは本件記録に徴して明らかであるから、本件公訴事実中強姦未遂の点についての公訴はいわゆる訴訟条件を欠き公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときに該当するので、刑事訴訟法第三三八条第四号により公訴棄却を免れない。

(本件公訴事実のうち傷害の部位についての判断)

なお判示道路上における被告人の暴行によつてAの受けた傷害の部位について考察するに、本件公訴事実中被告人の所為によつてAの受けたとする傷害のうち特に左肩胛関節及び右膝関節挫傷の傷害については、判示被害現場で被告人の暴行により或はその際に受けたものであるとの証明はなく、他方受命裁判官の証人平井伝、同佐々木政治に対する各尋問調書、平井伝の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、及びAに対する前掲尋問調書及び前掲検証調書を総合すると、Aが本件被害現場に至るまでに飲酒していたため既に数度に及んで転倒していた事実が認められ、前示左肩胛関節及び右膝関節挫傷の傷害はこの自らの転倒によつて受けた疑いもあるので、判示事実において認定した右足背挫傷の傷害を除くこれらの傷害については、たやすく、被告人の責任を問うことはできない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 降矢艮 岡垣学 山路正雄)

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