盛岡地方裁判所 昭和40年(タ)5号 判決 1966年4月19日
原告 鄭基台 外七名
被告 吉岡ツヤ
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一当事者双方の申立
一、原告らの申立
昭和四〇年四月五日岩手県盛岡市長に対する届出によつてなされた国籍韓国亡鄭基洪(本籍大韓民国慶尚南道宜寧郡嘉徳面修誠里七七番地)と被告との間の婚姻は、無効であることを確認する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二、被告の申立
(一) 本案前の申立
本件訴を却下する。
(二) 本案の申立
主文第一、第二項同旨の判決。
第二原告らの請求原因
一、亡山崎一郎こと鄭基洪(以下基洪という。)は、大韓民国慶尚南道宜寧郡嘉徳面修誠里七七番地に本籍を有し、西紀一九一五年(大正四年)一月一〇日出生の韓国人であるが、岩手県盛岡市に定住し、昭和二二、三年頃から被告と同棲生活を始め、爾来右同棲生活は、一時的には中断したものの、基洪が死亡するまで継続した。
二、基洪は、右の如く、長期間に亘り、被告と同棲生活を続けたのであるが、被告と正式に婚姻する意思はなかつたのである。
このことは、次の事実を考えれば明らかである。
(一) 基洪は戸主であり、いわゆる跡継を必要とする者であるにもかかわらず、被告は子を産めない者であつたこと。
(二) 基洪は、昭和三七年頃雫石町在住の韓国女性に婚姻の申込をしていること。
(三) 基洪は、昭和三八年五月中旬訴外岩本高助こと李基述、同人妻訴外朴三順と、一時韓国に帰国した際、同年六月八日大韓民国慶尚南道晋州市本城洞所在の護国寺において、朴三順の姪に当る訴外朴慶仁と結婚式を挙げて、婚姻の予約をし、暫く同居していること。そして昭和三九年秋には韓国に帰国し、右朴慶仁との婚姻の届出をする予定であつたこと。
(四) 基洪と被告との同棲生活は、両者の性格の相違から、円満を欠いていたこと。
三、基洪は、昭和三九年九月二二日肝硬変症で岩手医科大学付属病院(以下付属病院という。)に入院し、その治療に専念した。然し、昭和四〇年四月二日から意識不明となり、酸素吸入、注射等の応急措置により、かろうじて命を保つていたが、同月五日午前九時から同九時三〇分までの間において死亡した。
四、基洪は、盛岡市餌差小路裏七九番八四号に宅地五五坪を有するほか、盛岡信用金庫本町支店に総額金八、七八五、三二一円の預金を有するところ、右の如く基洪が死亡するや、被告は遺産相続の意図をもつて、弟である訴外吉岡巳智夫(以下巳智夫という。)と共謀して、基洪と被告との婚姻届書を偽造し、これを昭和四〇年四月五日所轄盛岡市長あてに届出て、受理させ、その結果被告の戸籍に、その旨の記載がなされるに至つた(以下右婚姻を本件婚姻という。)。
五、然しながら、右婚姻届書の基洪の署名押印は、同人のなしたものではなく、更にこれに基く婚姻の届出は、前記のとおり、基洪の死亡後になされたものであるから無効であるのみならず、仮りに基洪の死亡直前になされたとしても、前記のとおり、基洪において被告と婚姻する意思がなかつたのであるから、韓国民法第八一五条によるも、また日本民法第七四二条によるも、無効である。
六、仮りに、百歩を譲り、基洪が、生前同人と被告との婚姻届書を作成し、その届出を第三者に委託したとしても、右届書が盛岡市長に提出、受理される前に、基洪は死亡しており、仮りに然らずとしても当時全く意識不明であつたのであるから、右届書の提出、受理時において、基洪は被告と婚姻する意思を有していなかつたものというべく、従つて右届出による基洪と被告との婚姻は無効である。
七、原告らは、基洪の従弟および従妹であり、韓国民法第九九七条、第一〇〇〇条第一項第四号、第二項、第一〇〇九条により、基洪の遺産相続権者であるから、本件婚姻の無効確認を求める利益があるところ、原告らは、いずれも韓国に居住しているため、日本国に渡来し、みずから家事調停手続に出頭することができないので、直接本件請求に及んだ次第である。
第三被告の主張
一、本案前の主張
原告らは、被告に対し被告と基洪との本件婚姻の無効確認訴訟を提起する適格がないから、本件訴は却下されるべきである。
二、原告らの請求原因に対する答弁
原告ら主張の事実のうち、
一、基洪の本籍、出生年月日は不知。基洪と被告との同棲生活は昭和二一年五月からである。
二、基洪が、昭和三八年五月一時帰国したことは認め、その余の事実は否認。
三、基洪が、昭和三九年九月二二日肝硬変症で付属病院に入院したことは認め、その余の事実は否認。
四、原告ら主張の宅地は、基洪が被告に贈与したものであり、単に所有名義が基洪となつているにすぎない。預金の存在および本件婚姻の届出、受理の事実は認めるが、本件婚姻に関する基洪と被告との婚姻届書(以下本件届書という。)が、偽造であること、基洪の死亡後の届出であることは否認する。
五、争う。
六、争う。
七、争う。基洪の死亡により、被告は韓国民法第九八四条により、家督相続をし、同法第一〇〇三条第一項により基洪の遺産の単独相続人となつた者である。
三、本件届書が作成、届出られた経過は、次のとおりである。基洪は、昭和三九年九月二二日付属病院に入院以来、病状は一進一退であり、昭和四〇年四月二日には、同病院内科から耳鼻科外来に歩行して診療に行きうる程度の病状であつたところ、翌三日同人は、被告に対し、同人と基洪との婚姻の届出の手続をするように話したので、被告は、かねて準備していた婚姻届出書類に必要事項を記載のうえ、盛岡市役所に持参させたが、同日は土曜日であつたため、正午に間に合わなかつた。
そこで、更めて、同月五日午前八時三〇分、基洪の意思に基いて、被告の弟巳智夫が前記書類および必要書類を盛岡市役所戸籍係に提出して、その届出(以下本件届出という。)をし、午前九時には受理されていたのである。
ところで、基洪は、同日は朝から意識があつたのであるが、午前一〇時頃容態が急変し、同日午前一〇時二〇分死亡したのであるから、本件届出による本件婚姻は有効である。
第四証拠<省略>
理由
一、原告らの本訴請求の趣旨は、本件婚姻の無効の確認を求めるというのであるが、右請求の趣旨を本訴請求の原因と対比して考察すると、これは、婚姻無効の訴の性質を婚姻無効確認の訴と理解したことに由来するものであると認められる。
然しながら、婚姻無効の訴は婚姻を無効とする形成の訴であると解すべきであり、もしこれを確認の訴と解するとすれば、確認の訴の対象は現存する法律関係ないし法律状態でなければならず、過去の法律状態や法律行為の効力等は、確認の訴の対象としての適格を欠くものとして、その確認は許されないから、本件訴訟を婚姻の無効確認請求と解するならば、その訴旨は、現在における婚姻関係の不存在の確認を請求するものと解しなければならない。
ところで、本訴の請求原因事実として、原告らの主張するところによれば、本件婚姻の届出当時、その当事者の一方である基洪は既に死亡していたというのであるから、死者である基洪と被告との間に、婚姻関係が存在する筈はなく、従つて、これを不存在確認訴訟の対象とする余地のないことは、自明の理であるから、本件訴訟を、本件婚姻の無効確認請求と解するとすれば、その主張自体理由がないものといわなければならない。
従つて原告らの本訴請求を合理的に善解すれば、原告らは、本件婚姻を無効とする形成判決を求めているものといわなければならないから、このように理解したうえ、その当否を検討することとする。
二、先ず原告らが本訴請求をする利益を有するか否か、について判断する。
(一) 成立の真正につき、当事者間に争いのない甲第一ないし第五号証によれば、亡鄭基洪は大韓民国慶尚南道宜寧郡嘉礼面修誠里七七番地に本籍を有する西紀一九一五年一月一〇日生の韓国人であり、基洪の父鄭周欽と原告らの父鄭又欽は兄弟であつて、いずれも基洪とは八親等以内の傍系血族に属するものであること、昭和四〇年四月五日以前において基洪の父鄭周欽は死亡しており、母沈仁東は、他に婚姻して除籍されているが、その出生年月日から考え、既に死亡しているものと推測するに難くはなく、また、基洪の祖父母である鄭楽基、朴接洞、基洪の叔父であり、原告らの父である鄭又欽、基洪の兄弟である鄭鄭民、鄭孝慶、鄭敬洪は、いずれも死亡している事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(二) 法例第二五条によれば、相続は、被相続人の本国法によるものとされており、而して基洪の本国法である、西紀一九五八年二月二二日公布法律第四七一号、西紀一九六〇年一月一日施行韓国民法(以下韓国民法という。)第一〇〇〇条によれば、財産相続(遺産相続)の順位につき、第四順位者として被相続人の八寸(八親等)以内の傍系血族が定められており、また同法第一〇〇九条は、右相続権者の法定相続分を定めているところ、右各規定によれば、原告らは、基洪の財産相続権者であることが明らかである。
(三) ところで韓国民法第九八四条によれば、被相続人の妻は、第三順位の戸主相続人と定められ、また、同法第一〇〇三条によれば、被相続人の財産相続については、被相続人の妻は第一、第二順位の相続権者とは、それぞれ同順位で共同相続人となり、その相続人がない場合は単独相続人となることが定められているから、原告らは、基洪と被告との婚姻が有効か無効かに応じ、基洪の財産に対する相続権を喪失し、或いは取得するという関係に在るというべきである。
(四) そうすると、原告らは、基洪と被告との婚姻(本件婚姻)の無効を請求する法律上の利益があることは明らかであり、ひいて、原告らが本件訴訟につき当事者適格があることも明らかであるから、原告らは、本件訴訟につき、当事者適格を欠くため、本件訴訟は却下されるべきである旨の被告の主張は理由がない。
二、次ぎに婚姻の成立要件に関する韓国民法の規定について検討する。
(一) 法例第一三条は、婚姻成立の要件は各当事者につき、その本国法によるべき旨を定めており、また西紀一九六二年一月一五日公布法律第九六六号、同日施行の韓国の渉外私法第一五条第一項も同趣旨である。
(二) 韓国民法第八一二条は、婚姻は戸籍法の定めるところにより、これを申告(届出)をすることによつて効力を生じ、かつ、右届出は当事者双方および成年の証人二名の連署した書面でなすべき旨を定め、また同法第八一五条は、婚姻は、当事者に婚姻の合意がないとき、当事者間に直系血族、八寸(八親等)以内の傍系血族およびその配偶者である親族関係があるか、またはあつたとき、当事者間に直系姻戚(姻族)、夫の八寸(八親等)以内の血族である姻戚(姻族)関係があるか、またはあつたとき等の場合には、無効であると定めている。
(三) そうすると、日本民法上でも、韓国民法上でも、婚姻の当事者が、婚姻の届出をしない場合は、婚姻は成立しないこと、仮りに届出があつたとしても、右届出が当事者の意思に基づかないものであればその届出による婚姻は成立せず、従つて無効であること、更に婚姻届出当時、既に当事者の一方が生存していない場合も、同様に婚姻は成立せず、従つて無効であることとされているものであることが明らかである。
三、そこで、本件婚姻が有効であるか否かについて、次ぎに検討する。
(一) 成立の真正につき、当事者間に争いのない甲第七、第八号証、第一〇号証、乙第二ないし第四号証、証人李基述の証言によつて、韓国慶尚南道晋州市本城洞所在の護国寺において、昭和三八年六月八日撮影した基洪と朴慶仁の結婚式の写真であると認められる甲第九号証と証人安明世、李基述、金鳳国、山本省吾、盧成永、向井田郁男、佐々木フミの各証言(但し、いずれも後記措信しない部分を除く。)を綜合すると次の事実が認められる。
(1) 基洪と被告とは昭和二一年頃から同棲し、その後一時的には、右同棲生活が中断したこともあつたが、爾来右同棲生活は、基洪が死亡するまで継続したのであるが、その間、基洪は、被告と正式に婚姻するように、との友人のすすめに対し、後記のとおり付属病院に入院する以前においては、或いは被告は子を産めないからとか、或いは、被告は料理屋で働いていた者だから、被告以外の第三者と正式に婚姻するとか、いつて、その都度、右友人のすすめを断わつていたこと。
(2) 基洪は、昭和三八年頃訴外李基述とともに韓国に一時帰国した際前記晋州市内の護国寺で、訴外朴慶仁と結婚式を挙行したが、その二、三日前、基洪は李基述に対し、被告と正式に婚姻する意思がないこと、もう一、二年働き、被告の今後の生活を保証するに足りる物を被告に与えた後、再び韓国に引揚げて来て、右朴慶仁と正式に婚姻する旨を述べていたこと。
(3) 基洪は、昭和三九年九月二二日肝硬変症で、付属病院に入院し、治療を続けて来たが、昭和四〇年四月四日朝頃から昏睡状態となり、遂に同月五日午前一〇時二〇分死亡したこと。そして昏睡状態においては、判断力、指南力は全く失われるものであること。
以上の事実が認められ、右認定に反する証人吉岡巳智夫の証言および被告本人訊問の結果は措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
四、然しながら、成立の真正につき当事者間に争いのない甲第一二号証の一ないし三、乙第二ないし第四号証、第七号証と、証人山本省吾の証言によつて、真正に成立したものと認める乙第五号証の一ないし三および証人藤島新平、吉岡巳智夫、猪狩悌三、三浦力也、作山慶蔵の各証言および被告本人訊問の結果(但し証人吉岡巳智夫の証言および被告本人訊問の結果については、措信しない部分を除く。)を綜合すると、次の事実が認められる。
(1) 昭和四〇年四月三日午前九時頃基洪の依頼に基く、被告からの呼出しに基き、昭和三〇年頃から基洪の経営する金融業に関し、財産関係、税金関係等の事務を取扱つて来た訴外藤島新平が付属病院に基洪を訪ねた際、基洪は藤島に対し、当時基洪が、会長となつて経営していた法人組織の共立商事を解散し、その後仕末をしてもらいたいこと、基洪と被告との婚姻の届出手続を早急に実施してもらいたいことを依頼したので、後者につき藤島は被告に対し、基洪から、同人と被告との婚姻届出手続の早急実施方の依頼のあつた旨を伝え、かつ婚姻届は当事者のなすものであるから、早速に実施するようにすすめたこと。そして右当時の基洪の病状は、疲れたようには見られたが、別段上記の如き話をすることにつき、支障のあるような状態ではなかつたこと。(従つて同日午前二時頃から基洪はいわゆる昏睡前状態となり、判断力、指南力を失つたものという証人向井田郁男の証言およびこれと同趣旨の前記三、記載の各証人の各証言は措信しない。)
(2) そこで、被告は、同日午前一一時頃巳智夫に対し、「今藤島さんと、よく話したんだけれども婚姻届を出してくれないか」と委託し、これに基き巳智夫は、盛岡市役所に赴き、婚姻届出用紙を貰い、次いで共立商事の事務所に至り、山本省吾から基洪の外国人登録証および、かねて山本において、基洪と被告との婚姻届出に使用するために交付を受けて、所持していた婚姻届用紙(乙第五号証の二)、申述書(乙第五号証の三)を格納してある封筒(乙第五号証の一)の各交付を受け、次いで、巳智夫は、前記市役所から貰つて来た婚姻届出用紙に、必要事項および被告並びに基洪名義の署名をも記載のうえ、これを被告に交付し、次いで同月五日午前八時三〇分頃、被告から、被告の押印、基洪の押印を了した右婚姻届(甲第一二号証の一)を受取り、右届書および必要書類を盛岡市役所戸籍係に提出したところ、係員から基洪の印鑑が違う旨を指摘されたため、ただちに、付属病院に引き返し、更めて基洪の実印の押捺を、被告から受けたうえ再び同市役所戸籍係に至り、右書類および基洪の登録済証明書(甲第一二号証の二)を提出し、遅くとも同日午前九時一〇分頃までの間に、本件婚姻の届出、受理を完了したこと。
以上の事実が認められる。そして、甲第一一号証の一、二の記載も右認定を覆えすに足らず、また同月六、七日頃巳智夫が訴外盧成永に対し、本件届出につき謝罪した事実、被告、巳智夫らが、本件届出の取下に関して、盛岡市役所戸籍係に相談のため出頭した事実も、その経緯に関する証人吉岡巳智夫の証言、被告本人訊問の結果に徴すれば、右認定を覆えすには足りないし、更に右認定に反する証人安明世、李基述、金鳳国、山本省吾、盧成永、向井田郁男、佐々木フミの各証言は措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
五、以上認定した事実によれば、基洪は昭和四〇年四月三日午前九時頃においては、被告と正式に婚姻する意思を有し、かつ、右婚姻の届出手続の早急なる実施を藤島新平に委託したこと、而して右当時基洪は意思能力を有していたことが明らかであり、更に藤島から右の旨を伝えられ、かつ婚姻当事者である被告において、右基洪との婚姻届出をなすべくすすめられた被告において、前認定のとおりの経過により、本件届書の作成および本件届出をしたのであるから、これは、とりもなおさず、基洪の意思に従い、その委託によつて本件届書が作成され、かつその届出がなされたものと認むべきである。
六、そこで、次ぎに、本件届書が基洪の自署、押印でないこと、および本件届出、受理時に、基洪が昏睡状態に在つたことと、本件婚姻の効力について検討する。
(一) 法例第一三条第一項但書によれば、婚姻の方式については婚姻挙行地主義をとつているものなるところ、婚姻の届出は、当事者が自署、捺印をするべきことは戸籍法第二九条の定めるところであるが、戸籍法施行規則第六二条によれば、戸籍の届出には代書を許すものであることは明らかであり、また調印についても第三者が本人の委託によつてなすことは許されるべきものと解すべきである。そして更に、婚姻届書に届出人の氏名が代書された場合に、その事由の記載を欠くも、その届出が受理された以上、婚姻は有効に成立するものと解すべきである。
そして、これを本件届書および本件届出について考えれば、本件届書が基洪の自署、捺印を欠くとはいえ、前認定の如き経過によつて、巳智夫が代署し、被告が捺印のうえ、巳智夫が届出たものであり、而も以上の代署、捺印、届出は、すべて基洪の意思に基く委託によつてなされたものと解し得るものであり、かつ、適法に受理されているのであるから、これをもつて無効の届出となすべきではない。
(二) 婚姻の意思は、婚姻届書作成の時に存在しなければならないことは、いうまでもないが、その届書が受理された時にもその意思が存在することが必要であり、従つて作成時には意思能力があつても、提出し受理されるまでの間に意思能力を喪失した場合は、その届出は無効と解すべきであり、然も、本件届書が提出、受理された当時、基洪は既に昏睡状態であつたことも、前認定のとおり、明らかなところである。
ところで、これを本件届書の届出、受理について考えると、前認定のとおり、基洪は、同人と被告との婚姻届出手続を早急に実施することを藤島新平に委託し、同人は更に右委託の趣旨および委託された事項の早急な実施を被告にすすめ、被告において、前認定の如き経過により、巳智夫をして実施せしめたものであるから、本件届書の作成およびその届出は、いずれも基洪の意思に基く委託によるものと認むべきであること前述のとおりである。
そうすると、基洪が被告と正式に婚姻する意思は、基洪の委託に基く本件届書の作成、および作成された本件届書の所轄戸籍係あてへの届出の委託によつて、確定的に表示されたものと認めるべきであり、従つて、その後において届出を委託された者によつて、所轄戸籍係が届出を受理するまでの間において、基洪が昏睡状態に陥り、判断力、指南力を失つたとしても、右届出、受理は、民法第九七条第二項の適用、ないしその法意に鑑み、これと同一の精神に従つて、有効と認むべきである。(尤も民法第九七条第二項の類推を否定する大審院判例(昭和一〇年四月八日民集一四巻六号五一一頁)も存するが、同事案は、届出書作成当時、既に意思能力を欠く状態に在つたものであるから、本件事案とは相違するものである。)
なお、付言すると、右の如く解したとしても、基洪の死亡後に、本件届出がなされた場合は、身分上の行為の効果の一身専属的性質上、その生存を前提とするから、民法第九七条第二項の適用は認められないことは、いうまでもない。
七、そうすると、本件届出に基く、基洪と被告との間の本件婚姻には、何等原告主張の如き無効原因は存在せず、その他本件婚姻を無効とすべき特段の事実の主張立証がないから、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九三条、第八九条を適用し、それぞれ主文のとおり判決する。
(裁判官 安達昌彦)