盛岡地方裁判所 昭和47年(ワ)243号 判決 1977年10月27日
昭和四七年第(ワ)二四三号事件(第一事件という)
原告
大森七之助
(ほか六一三名)
昭和四八年(ワ)第一九七号事件(第二事件という)
原告
大森七之助
(ほか六一三名)
以上訴訟代理人弁護士
菅原一郎
同
菅原瞳
被告
学校法人岩手医科大学
右代表者理事
篠田糺
右訴訟代理人弁護士
永井一三
(ほか三名)
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
一 原告ら訴訟代理人は、
(一) 第一事件について「被告は原告らに対し、それぞれ、別紙(略)債権目録(一)に当該原告の請求額として記載された額の金員、およびこれに対する昭和四七年六月一六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言を
(二) 第二事件について「被告は原告らに対し、それぞれ、別紙請求債権目録(二)に当該原告の請求額として記載された額の金員、およびこれに対する昭和四七年一二月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行宣言を
求め、被告訴訟代理人は、第一、第二事件を通じ、主文と同旨の判決を求めた。
二 原告ら訴訟代理人は、請求原因その他として次のように主張した。
(一) 被告は、医学教育を目的とする学校法人であり、原告らはいずれも、昭和四六、七年当時被告に雇傭され、かつ岩手医科大学教職員組合(以下組合という)に加入していたものである。
(二) 被告は原告らに対し、毎年六月一五日には前年一二月二日から当年六月一日までの期間を、また毎年一二月五日には当年六月二日から同年一二月一日までの期間をそれぞれ対象とする勤勉手当を支給するものとされていた。
(三) 昭和四七年六月および同年一二月に支給される各勤勉手当についてみると、原告らの当該対象期間におけるいわゆる勤務期間は、争議行為による不就労の日をも含めるといずれも「六か月」であり、いわゆる期間率が「一〇〇分の一〇〇」となるから、それを基礎とすれば、被告が第一事件の原告らに対し同年六月一五日に支給すべき勤勉手当額は、別紙請求債権目録(一)の勤勉手当額欄記載のとおりに、また第二事件の原告らに対し同年一二月五日に支給すべき勤勉手当額は、同(二)の勤勉手当額欄記載のとおりにそれぞれなり、原告らはその支給を受け得たはずであるところ、被告は、原告らにつき、右目録(一)(二)の各支給額欄記載の支給をしただけで、その差額に当たる各請求額欄記載の金額の支払をしない。
(四) 被告が右のように勤勉手当の減額をしたのは、第一事件については昭和四七年四月二七日から同年五月二五日にかけて、また第二事件については同年一一月三〇日と翌一二月一日に、それぞれ原告らが争議行為をし、その間何日か就労しないことがあったので、被告が、右の不就労を理由として、原告らの勤勉手当につき被告の主張するような算定方法をとったことによるものであるが、争議行為について右のような取扱をして勤勉手当の減額をすることは許されず、被告としては、原告らの期間率を「一〇〇分の一〇〇」としたうえ、前記勤勉手当額欄記載のとおりの支給をすべきものである。
(五) そこで、原告らは被告に対し、それぞれ、前記請求額欄記載の金員およびこれに対する、第一事件の原告らについては昭和四七年六月一六日から、第二事件の原告らについては同年一二月六日から(いずれも弁済期の翌日)、支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
(六) 原告らが、右のような減額が許されないとする根拠は、次のとおりである。
1 勤勉手当は、拘束された勤務時間に応じて支払われるところの賃金とは異なり(なお、本件では、被告の主張するとおり、原告らの争議行為による不就労時間分につき、給料の減額が行なわれている)、本来生活保障的性格を有するものであるから、減額の対象となり得ないのであるが、仮に勤勉手当が能率給であるとしても、争議行為による不就労の期間を通常時の欠勤と同一に扱って期間率を決定し、その期間率によって勤務成績を評価し、ひいては勤勉手当の減額を行なうことは憲法の保障する争議権を否定し、不当労働行為を構成するものというべきである。
2 被告と原告らの属する組合との間に、原告らの給与については岩手県のいわゆる給与条例およびこれに関する条例または規程(以下給与条例等という)を準用する旨の労働協約(昭和四五年一〇月二七日締結、七六条)の存することは、被告の主張するとおりであるけれども、右協約締結に至る経緯、例えば、被告と組合との関係で、争議行為による不就労を勤勉手当減額の事由とするか否かが議論されたことはなく、もとよりその点につき合意が成立したこともないとか、被告自身、岩手県の給与制度の機械的画一的準用には反対していたとか、過去において支給された年度末手当等については、争議行為を理由とする控除は行われなかったとかいう事情、また、県の一般職員については争議行為が一切禁止されているのに対し、原告らについては争議行為は憲法上の権利の行使であり、それを理由とする不利益待遇も禁止されているのであるから、争議行為による不就労は、通常時における欠勤のように勤務成績評価の資料にすべきものでなく、むしろ年次有給休暇等(被告もこれを勤勉手当の減額事由とはしていない)と同様に取扱わなければならないこと、さらに被告自身、県との制度的相違に鑑み、右のような協約があるにもかかわらず、給与条例等の準用に当たっては、それに大幅な修正を加え、多くの点で県の給与制度とは別異の取扱をしているのが実情であることなどを考えれば、被告が前記協約により原告らにも準用されると主張するもののうち、岩手県のいわゆる手当規則一二条二項四号、すなわち、期間率の基礎となる勤務時間の算定については、給与を減額された時間を在職期間から除算するものとする旨の規定は、争議行為による不就労の場合には準用がないと解すべきである。
3 被告は、原告らが昭和四七年四月から五月にかけて行なった数次のストライキに対し、種々の方策を講じてこれをやめさせようと試みたものの、失敗に帰したため、そのストライキを経済的側面から制肘しようとして、本件勤勉手当の減額に及んだものであって、その行為は、正当な組合活動に対する不利益差別にほかならない。
三 被告訴訟代理人は、答弁その他として次のように主張した。
(一) 原告ら主張事実のうち(一)(二)は認める。
(二) 原告らについて、当該期間における勤務期間が「六か月」、つまりその期間率が「一〇〇分の一〇〇」となることは争う。したがって、原告らはいずれも、期間率の点で、原告らの主張する額の勤勉手当の支給を受け得るための要件を充足していない。すなわち、第一事件の原告らは昭和四七年四月二七日から同年五月一五日までの間に、また第二事件の原告らは同年一一月三〇日と翌一二月一日に、それぞれ組合の行なった入トライキに参加したが、その結果原告らについて、当該勤勉手当の対象となる期間中に就労しない日が生じたので、被告は、右の不就労期間に対応する賃金相当額を、それぞれ同年五月および一二月の給料から控除した。そして、右の不就労期間を在職期間から除算すれば、第一事件の原告らに対する同年六月一五日支給の勤勉手当についても、また第二事件の原告らに対する同年一二月五日支給の勤勉手当についても、その算定の基礎となる原告らの勤務期間はいずれも「五月以上六月未満」となり、右の勤務期間は、前記手当規則一一条別表によれば、期間率としては「一〇〇分の九〇」に相当する。そこで被告は、昭和四七年六月および一二月に被告が原告らに支給すべき勤勉手当について、その期間率を右のとおりに決定したうえ、所定の方法に従い、その支給率を別紙請求債権目録(一)(二)の支給額欄記載のとおりに算定したのであるが、被告は、右の金額についてはすでにその支払を了しているから、そのほかに何ら支払義務を負わない。
(三) 被告が、右の支給額が正当なものであるとする根拠は、次のとおりである。
1 勤勉手当は、その沿革に徴し、職員の勤務成績に応じて支給される本来能率的性格を有する手当であり、県の給与条例三九条においても、その者の勤務成績に応じて支給する旨明定されているのであって、それが生活保障的性格を有するものとは考えられない。また、当該期間中に争議行為による不就労の期間があったことに基づいて勤勉手当の減額を行なったとしても、それは争議権の否定にはならないし、不当労働行為にも当たらない。
2 被告は、組合との間で、昭和四五年一〇月二七日、原告らの給与関係については岩手県の給与条例等を準用する旨の労働協約(七六条)を締結しており、右の給与条例等のうちいわゆる手当規則一二条二項四号には、給与を減額された期間(争議行為による不就労期間も当然含まれる)を在職期間から除算したものを勤務期間とし、それによって期間率を決定すべき旨規定されているが、被告は、これらの規定に基づいて、原告らの勤勉手当額を前記のとおりに算定したのである。なお、県において右のように不就労期間の除算がなされ、その不就労に対応してその分だけ勤勉手当額が少なくなるのは、いわゆるノーワークノーペイの原則に照らし当然のことであって、県の一般職員に争議権が認められていないからではない。また給与関係等につき、被告と県との間において別異の取扱をしている例があるとしても、争議行為による不就労期間の除算については、特に別異に取扱わなければならないような事情はないのであるから、原告らに対して前記手当規則一二条二項四号の準用を除外すべき理由はない。
3 被告が、組合のストライキをやめさせようとしたとか、経済的側面からストライキを制肘する意思で勤勉手当額の減額をしたとかいう事実はない。
四 証拠関係(略)
理由
一 被告が医学教育を目的とする学校法人であり、原告らがいずれも、昭和四六、七年当時被告に雇傭され、かつ組合に加入していたものであること、被告は原告らに対し、毎年六月一五日および一二月五日に、それぞれ原告ら主張の期間を対象とする勤勉手当を支給するものとされていたところ、昭和四七年六月一五日には別紙請求債権目録(一)の支給額欄記載のとおりに、また同年一二月五日には同(二)の支給額欄記載のとおりにしか、それを支給しなかったこと、原告らが当該各勤勉手当の対象期間中にそれぞれ争議行為を行ない、その間一時就労しなかったので、被告は、原告らについて、右の不就労期間に対応する賃金相当額をそれぞれ同年五月および一二月の給料から控除するとともに、右の期間を勤務期間に含めないでその期間率を「一〇〇分の九〇」と決定し、それに基づいて勤勉手当額を右の支給額のとおりに算定したものであること(なお、計算自体が正確なものであることは、原告らにおいても明らかに争わない)、被告と組合とは、昭和四五年一〇月二七日締結の労働協約七六条において、原告らの給与関係については岩手県の給与条例等を準用する旨約しているが、右によって準用されるものとして、いわゆる給与条例や手当規則などが存し、右のうち手当規則一二条二項四号には、勤勉手当額算定の基礎となる勤務期間は、給与を減額された期間を除いて算出すべき旨規定されていること、以上の事実は、当事者間に争いがない。
二 ところで、本件においては、原告らは、右の不就労期間をも勤務期間に含めたうえで期間率を決定し、その勤勉手当額を算定すべきであるとの前提に立って本訴請求に及んでいるわけであるから、被告が原告らの期間率を決定するに当たり、争議行為による不就労期間につき前記のような除算をすることが許されるものかどうかが、主要な争点となる。そこで、以下この点につき検討を進める。
(一) 勤勉手当がその性格上減額の対象となり得るかについて
一般に、いわゆる期末手当が定額または定率によって配分される生活保障的色彩の強いものであるのに対し、勤勉手当は、制度上も、個人の勤務成績に対応する能率給的なものとされていると解するのが相当である(前記給与条例三九条参照)。そして勤勉手当は、任命権者が支給割合を決定して初めて具体的な支給額が確定するもので、その性格上勤務成績の評価が不可欠であるが、その評価については、形式的な勤務期間に対応してその勤務状況を客観的に示す期間率と、勤務の実績を示す成績率とがほぼ同等の重みをもつ評定要素とされているのである。そして右の期間率は、単に、当該期間中にどれだけの期間勤務したかを測ることによって、能率が上がったか否かを裁量の余地をいれずに一率に把握しようとするものであって、不就労の日があれば、そのこと自体が、事由の如何を問わず、原則として期間率に反映されることになるわけである。正当な争議行為による不就労の場合にも、債務不履行や不法行為の責任が生じないというだけで、労働契約に基づく労務提供がないことには変わりがないから、それが期間率に反映され、能率の低下として評価されたとしても、勤勉手当の能率給的性格に照らしやむを得ないものといわなければならない。したがって、本件において被告が原告らの勤勉手当についていわゆる減額をしたことが、争議権を否定するものであるとか、不当労働行為を構成するとかはいえない。
(二) 手当規則一二条二項四号の準用の当否について
前記協約七六条は、勤勉手当についても、右一二条二項四号を含め、給与条例や手当規則の諸規定を全面的に準用する旨定めたものと解するのが相当であり、被告のした本件勤勉手当の算定は、右の協約およびそれによって準用される右の条例や規則に準拠したものということができる。
右の協約成立に至る経緯として、原告ら主張のような諸事情があったとしても、協約を右のような趣旨に解することの妨げとなるには足りないし、また勤勉手当の性格、特にその評定要素の一つである期間率の意味を前記のように解すれば、争議行為による不就労は、それが違法か否かにかかわりなく、その期間に応じ一率に能率の低下として評価されるのにすぎないわけであるから、争議行為が、県の一般職員の場合と異なり、原告らにとっては権利とされているからといって、不就労期間の除算について、原告らを県の一般職員とは別異に扱うべき理由はない。(なお、同じく権利とされているところの年次有給休暇等の期間については、除算はされないけれども、これらは本来賃金支払の対象となるものであるから、この場合に争議行為と同一には論ずることができない。)その他当該労使関係の歴史的沿革や被告と県との間の給与制度運用の相違点などについてさらに検討しても、原告らに対し前記除算に関する規定の準用を除外しなければならないような特段の事情があるとは認め難い。
(三) 不当労働行為意思の有無について
(証拠略)を総合すれば、被告は、組合が昭和四七年四月から五月にかけて行なった数次のストライキには平和義務に違反する疑いがあると考えたため、その旨の宣伝を行なうとともに、協約に基づき争議中の年次有給休暇を承認しなかったというのにすぎず、また協約上に前記のとおりの十分な根拠があるとして、勤勉手当額の算定をしたものであることが認められるのであって、右認定を覆し、かつ本件各勤勉手当の支給に関し、被告に不当労働行為意思があったことを推認させるに足りる資料はない。
三 以上のとおりであるから、被告が、原告らに対する本件各勤勉手当について、争議行為による不就労期間の除算をしてその期間率を「一〇〇分の九〇」と決定したのは相当であって、被告としてそれを「一〇〇分の一〇〇」とすべき義務はなかったものといわなければならない。
そして、右被告の決定した期間率を前提とすれば、原告らは、前記支給額を超えてはその期間の勤勉手当の支給を受け得ないことになるから、原告らの本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却し、主文2につき民訴法八九条九三条を適用する。
(裁判長裁判官 本郷元 裁判官 須藤浩克 裁判官 高橋隆一)