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盛岡地方裁判所 昭和58年(ヨ)12号 決定 1983年6月29日

債権者

小田島ウメ

債権者

千葉四三

債権者

深谷リヱ

右三名訴訟代理人弁護士

山中邦紀

石橋乙秀

債務者

社会福祉法人岩手県社会福祉事業団

右代表者理事

小原四郎

右訴訟代理人弁護士

大沢三郎

主文

一  債権者らが債務者に対し、それぞれ期間を昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日までとする労働契約上の地位を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者らに対し、昭和五八年四月から昭和五九年三月、又は同月末日までに本案訴訟事件の判決が確定するときは同判決確定に至るまで、毎月末日限りそれぞれ金八万七四〇〇円を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申請を却下する。

四  申請費用は債務者の負担とする。

理由

第一  本件仮処分申請の趣旨及び理由は、別紙一記載のとおりであり、これに対する債務者の答弁及び認否並びに主張は、別紙二記載のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び疎明資料並びに債権者ら、債務者代表者の各審尋の結果を総合すれば、次の各事実が一応認められる。

1  申請の理由一項(一)ないし(三)、同二項(一)の各事実

2  債権者らは、いずれも好地荘及び松風園から徒歩三分ないし一〇分位の至近距離に居住する家庭の主婦であり、好地荘あるいは松風園の臨時職員に応募して採用され、県からそれぞれ辞令の交付を受けたが、その際の雇傭条件は、日々雇傭で、週四四時間・月二五日間労働というものであった。その後、債権者小田島、同深谷は、それぞれ好地荘、松風園の非常勤職員となり(前同様県から辞令を交付され)、その労働時間は週三三時間に短縮された。更に、債権者小田島、同深谷は、昭和四七年四月一日松風園長と、債権者千葉は、同年五月一六日好地荘院長とそれぞれ期間を一年とする業務委託契約を締結したが、その際、右各施設長から、違反がない限り契約は当然更新され、将来とも継続して稼働できる旨の説明を受けた。右契約後、債権者らの勤務時間は、債務者の常勤職員と同じになった。ところで、債権者小田島は、昭和四七年三月末日まで好地荘の調理の、翌四月一日以降昭和五八年三月末日まで松風園の洗濯の、債権者千葉、同深谷は、採用以来前同日までそれぞれ好地荘、松風園の調理の各業務に従事してきたが、好地荘及び松風園の建物は、廊下で接続されており、同一の敷地内にあって、その食堂、調理場並びに洗濯場はいずれも共用のものである。そして、債権者小田島は、前記業務委託以来、債務者職員たる指導員の監督の下に、右洗濯場備え付けの洗濯機、脱水機、乾燥機を使用して、両施設入所者の衣類の洗濯を一手に行なってき(洗剤など一切は、松風園において購入しており、同債権者に裁量の余地はなかった。)、一方、債権者千葉、同深谷は、前記業務委託以来、右調理場において、県派遣の職員たる栄養士の勤務割の下に(献立、材料の仕入は栄養士において行なっていた。)、債務者の常勤職員たる調理員二名、同臨時職員(日々雇傭)二名と共に調理を担当してきたが、その業務内容は、これらの者と全く同様であった(右の人的構成の点はともかく、債権者両名の勤務実態は、前記業務委託の前後を通じて何ら異なるところがなかった。)。なお、両施設においては、従前から右の調理員各一名のほかに常勤職員たる用務員各一名がそれぞれ配置されていた。かように、債権者らに対する前記業務委託契約は、昭和四八年から昭和五七年まで毎年当然に更新を重ね、債権者らには、採用以来昭和五八年三月末日まで、何ら仕事上の過誤は勿論、無断欠勤等責めらるべき事由はなかった(僅かに、債権者千葉において、夫死亡の際、仕事の手配を他の職員に依頼したうえ、特別休暇を超えて四日間欠勤した事実があるが、これは特段責めらるべき事情ではない。)。

3  好地荘、松風園は、昭和五一年に県から債務者に管理委託され、同年以降、債権者らに対する前記業務委託契約の当事者は、同契約書の文面(右各施設長が委託主と記載されている。)にかかわらず、債務者となった。

4  債権者らは、受託労に加入し、昭和五七年四月、受託労を通じて好地荘院長兼松風園長佐々木正男(以下、現施設長という。)に対し、債権者らの身分の保障、両施設における就業規則の適用、有給休暇の付与、社会保険の適用など諸項目を要求し、団体交渉による解決を求めたが、拒否されたため、受託労において花巻労働基準監督署に行政指導を求めたところ、同年五月三一日、同監督署から是正勧告がなされ、その結果、債務者は、債権者らの年次有給休暇の取得を承認し、社会保険加入の措置をとった。更に、受託労は、債権者らの身分関係確立のため、現施設長と交渉してその回答権限が債務者代表者にあることを確認したうえ、昭和五七年七月二二日及び同年八月一二日、債務者と団体交渉を行なったが、その際、債務者側は、債務者に管理委託されている好地荘、松風園を含む一〇の社会福祉施設の調理、ボイラー、洗濯及び清掃の各業務を一括して民間会社に委託すること(以下、民間委託という。)を検討中である旨申し出た。そして、債務者側は、同年九月一〇日の受託労との団体交渉において、民間委託の方針を打ち出し、これに対する協力を求めたが、受託労は、現状のままで債権者らの労働条件を改善することが先決であるとして、これに反対し、両者の主張は平行線を辿った。同年九月一六日、現施設長は、債権者らに対し、それぞれ書面により、調理業務を法人委託することとなった場合、現在の委託額(月額八万七四〇〇円)を給与として保障させること、各種社会保険に加入させること、年次有給休暇を継承させること、臨時給与(給与月額の二か月程度)を保障させることの条件(以下、四条件という。)の下に、委託法人の職員となることを依頼し、その旨の承諾書に署名捺印を求めたが、債権者らは、民間委託になれば、一年毎の入札により業者が変る心配があり、又長年積み重ねられた人間関係に変動をきたすため、これを拒否した。なお、同日付で、現施設長と受託労等の間に、「業務委託契約は、現行委託契約がある間は契約違反がない限り契約を更新する。」旨の確認書が作成されたが、現施設長は、翌一七日付書面により錯誤を理由として右意思表示を撤回した。その後、受託労は、現在まで数回に亘り債務者と団体交渉を行ったが、両者の主張は前同様平行線を辿るばかりで、進展がみられなかった(この間、受託労は、昭和五七年一一月三〇日、岩手県地方労働委員会に斡旋の申請をしたが、同年一二月二六日斡旋打切りに終った。)。

5  債務者は、債権者らに対し、それぞれ昭和五八年二月二五日付書面により、債権者らとの昭和五七年四月一日付業務委託契約を期間満了日である昭和五八年三月三一日をもって解消する旨の通知をし、併せて民間委託にかかる会社への就職斡旋の意思があることを再度申し出た。そして、債務者は、同日をもって右期間が満了したとし、以降、債権者らの労務提供につき、その受領を拒否し、債権者らに対し賃金を支払わない。

6  これより先、債務者は、昭和五七年九月二八日、キャフトフードサービス株式会社(以下、キャフトという。)との間に、債務者の委託管理にかかる六施設(好地荘、松風園を除く。)の調理業務を委託料年額六六三万円、月額一一〇万五〇〇〇円(いずれが正しいのか不明)で委託する旨の契約を締結した。右契約によれば、債務者は、委託後も右六施設において、債務者職員二、三名、臨時職員等一、二名により調理業務に協力するとされており、又、債務者とキャフトは、右契約にあたり、キャフトが従業員として採用(継承)する個人業務委託者について四条件を保障する旨の覚書を取り交した。昭和五八年四月以降、債務者は、キャフト及び株式会社第一商事との間に、好地荘及び松風園における調理、洗濯等の業務委託契約を締結したが、同委託料は、債権者ら各自に対する昭和五七年度委託料月額八万七四〇〇円の合計を上回っている。ちなみに、債権者らに対する右委託料は、厚生省が社会福祉施設に配分する措置費の同職種人件費単価を下回る低額なものである。

7  現在、債権者小田島は、運輸会社に勤務する夫と就学中の長女との三人暮し、同千葉は、建設会社に勤務する長男と美容師見習の長女との三人暮し、同深谷は、無職の夫との二人暮しであるが、いずれも長年に亘って毎月末日までに受領してきた前記委託料を生計の糧とし、その支払がなければ、生活の窮迫に追い込まれる状況にある。そして、債権者らは、早急な地位の確定、職場復帰を希求している。

二  以上の事実関係に基づけば、債権者らと債務者との法律関係は、その形式こそ業務委託(準委任)契約関係とされているが、債権者らがいずれも債務者又は県派遣の職員の指揮の下に所定の時間、従属的に単純労務に服し、その対償として毎月定額の金員を受領してきたこと、該労務の提供につき債権者らに裁量の余地が全くなかったことからして、これが労働契約関係であることは明らかである。

そして、右の各労働契約は、一応期間を昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までとする有期契約である(当初から期間の定めのない契約であったとかそれに転化したなどと認めるのは困難である。)が、元来債権者らの労務が、調理、洗濯という常時需要のあるものであり、実質的にみて、債務者の常勤職員たる調理員、用務員とその労務内容あるいは種類において何ら異なるところがなかったこと、債権者らと前記各施設長との昭和四七年の業務委託書による契約締結の当初において、該施設長に契約の当然更新、長期継続雇傭を期待させる言動があったこと、現に、右契約は、毎年形式的な契約書作成のほかは自動的に更新され、債権者らに対する使用者たる地位が昭和五一年に各施設長から債務者に承継された後においても、債権者らと債務者との各労働契約(以下、本件各労働契約という。)は、昭和五七年まで毎年自動的に更新を繰り返したこと、従って、債務者においても、民間委託の方針を採用するまでは、本件各労働契約が継続することを予定していたことに鑑みれば、本件各労働契約は、あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存続していたものというべきであるから、これを解消する旨の債務者のいわゆる傭止め(以下、本件各傭止めという。)の意思表示は、実質上解雇の意思表示にあたると解するのが相当であり、本件各傭止めの効力の判断にあたっては、解雇に関する法理を類推すべきである(最高裁判所昭利四九年七月二二日判決、同判例集二八巻五号九二七頁参照)。

そこで、本件各傭止めについてみるのに、その理由は、債権者らが民間委託の方針に従わないとの一事にあるに過ぎない。なるほど、民間委託については、個人業務委託方式では、当該個人の傷病等事故による業務の停滞(疎明資料によれば、債務者の委託管理にかかる施設において過去三件の事例が発生したことが窺われる。)が危惧され、かつ受託者の地位の解釈取扱に関し問題を内容(ママ)していたところ、これらが解消されるという一面の合理性、必要性があり、また、債務者側に、民間委託にかかる会社(以下、民間会社という。)との間で、その採用(継承)する従業員(個人業務委託者)の労働条件について四条件を保障する旨の覚書を取り交すなどの配慮がみられ、かつ受託労との団体交渉などにおいて民間委託の方針を重ねて説明し、その協力方を要請してきた経緯がある。

しかしながら、民間委託によれば、その反面、個人業務委託料と同額を給与として保障させる前提をとる以上、債権者らの雇傭を継続するより民間会社の純利益に相当する分だけかえって委託費の費用高を招く不合理があり、また、民間委託によらずに、臨時職員の増員など代行員の配置により事故発生の場合に備えるとともに、債権者らの地位を明確にすることも十分可能である。のみならず、民間委託とされた場合には、入札が原則であるから、債権者らが懸念するような業者の変更の可能性も一概に否定し去ることはできない。

そして、それにも増して、債権者らには、県の臨時職員として採用以来本件各傭止めに至るまで、何らの仕事上の過誤は勿論、無断欠勤等責めらるべき事由がないこと、債務者の委託管理にかかる好地荘、松風園は、いずれも収容定員を有する公的社会福祉施設であって、営利法人と異なり、景気変動による人員整理の必要性はなく、収容人数により相応の労働量が固定化しており、民間委託をしても依然として債権者らの労働に匹敵する労働の需要があることなどに鑑みるとき、単に民間委託の方針に従わないとの一事をもってした本件各傭止めは、社会通念上相当として是認されないというべきであって、実質上解雇権の濫用にあたるので、無効であると解するのが相当である。

そうとすれば、債権者らは、債務者との間にそれぞれ期間を昭和五八年四月一日から昭和五九年三月三一日までとする労働契約上の地位を有し、この間債務者に対して毎月末日払いの賃金各八万七四〇〇円の請求権を有するというべきである。

三  最後に、保全の必要性についてみるのに、債権者らには、前記一の7の事実が一応認められるので、債務者に対し、従前の賃金月額各八万七四〇〇円の仮払いを命ずる緊急の必要性があるものと考えられる。

そして、本件労使紛争がもともと債権者ら個人業務委託者の地位の解釈取扱をめぐって生起した特殊事情や債権者らが早急な地位の確定、職場復帰を希求していることを併せ考慮すれば、本件においては、賃金仮払いの仮処分のほかに、労働契約上の地位を仮に定める旨のいわゆる任意の履行に期待する仮処分を命ずる必要性があると考えられる。

第三  結論

以上によれば、本件仮処分申請は、主文一、二項の限度で理由があるから、事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容し、その余は失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 橋本和夫)

別紙一 申請の趣旨

一 債権者らが債務者に対し、それぞれ期間の定めのない労働(雇傭)契約上の地位を有することを仮に定める。

二 債務者は、債権者らに対し、昭和五八年四月以降毎月末日限りそれぞれ金八万七四〇〇円を仮に支払え。

申請の理由

一 債務者について

(一) 債務者は、岩手県立の社会福祉施設の受託経営を行い、岩手県(以下、県という。)と一体となって社会福祉事業の推進を計ることを目的として昭和四六年一二月二二日設立認可され、同月二七日成立した社会福祉法人である。

法人登記簿の目的欄には、「援護、育成又は更生の措置を要する者等に対し、その独立心をそこなうことなく、正常な社会人として生活することができるよう援助することを目的として」

(1) 第一種社会福祉事業 養護老人ホーム県立松寿荘外八施設

(2) 第二種社会福祉事業 県立点字図書館

の受託経営を行う

とされている。

(二) 県は、社会福祉施設管理委託条例(昭和四七年三月二四日条例第一五号)に基づいて債務者と管理委託契約を結び、

稗貫郡石鳥谷町中寺林七地割四六番地三所在

救護施設 県立好地荘(以下、好地荘という。)

精神薄弱者援護施設(更生施設)県立松風園(以下、松風園という。)

の管理を債務者に委託している。

(三) 債務者が設立され、管理委託がなされる前の右諸施設は、県が直接事業を行っていたものであり、同所で稼働する者は、すべて県の職員であった。

各施設で債務者が事業を受託するようになった後は、県職員が県福祉部付又は厚生援護課付となって、各施設の長又は職員として派遣される外、債務者において事業団の職員を採用し、各施設に配置するようになった。

債権者三名は、いずれも右管理委託前に松風園又は好地荘において、県に雇傭されて稼働していたものである。

現在、好地荘の院長は、県福祉部付佐々木正男であり、同人が松風園々長を兼任している。

二 債権者らについて

(一) 概要次のとおり

<省略>

(二) 債権者らは、いずれも勤務場所の付近(徒歩五分ないし一〇分)に居住する家庭の主婦であり、施設に働いていた知人から誘われ、通勤するのに近いこと、将来長く稼働できること、家計の経済的支えになることから応募し、採用されたものである。松風園、好地荘が債務者に管理委託されたのは、昭和五一年であるから、それまでは県が雇傭主であったことは明白である。

雇傭の形式こそ当初臨時職員ということであったが、職の内容(冬季ボイラーマンの如く短期、臨時とはいえない恒久的なものである。)、勤務の実体からみて、常勤職員と変りはなかった。

その後、債権者小田島、同深谷は非常勤職員となったが、これも実体の上では特段の変化はなく、常勤職員と変りのない労働に服していた。昭和四七年四月、五月から、債権者三名は、県との間で期間一年の業務(炊事、洗濯)委託契約書の調印をさせられ、これを更新して現在に至っている。そして、現行の契約書上は、期間は昭和五八年三月三一日で終了する文面となっている。

昭和五一年好地荘、松風園の管理が債務者に委託された後は、委託主(雇傭主)は債務者となったものと解される。

三 債権者らと債務者の法律関係について

(一) 債務者への管理委託前についてみれば、県が雇傭主であることは明らかであるが、そもそも県が恒久的施設の経常的業務である炊事、洗濯の職について、これを担当する職員を臨時又は非常勤として処遇したこと自体、地方公務員法の規定、精神に照らし大いに問題の存するところである。これを業務委託の形式にしたからといって、その実質は全く異なるところはなく、所定の勤務時間内において県職員たる上級者の指揮の下に従属的に単純労務に服して来たもので、「委託」という名目の存するものの債権者三名が労務の提供において裁量の余地は全くなかった。同種業務において債権者らと同じ態様において業務に当った県職員と受託者との相違は、後者において賃金の安いこと、一時金の支給のないこと、有給休暇が与えられないこと、社会保険加入を認められないこと等に存したのであり、かかる雇傭形式をとったのは、低い労働条件を強要する専ら使用者側の利益のためであったという外はない。

受託者(債権者ら)は、力関係において劣弱であり、職場を失うおそれがあったため、業務委託契約書の作成に応ずる外なかったのである。

ちなみに、業務委託費(賃金)は、債権者三名共月額八万七四〇〇円であり、これは厚生省が施設に配分する措置費の同職種人件費単価を下回っている。

(二) 昭和五一年に、県は債務者に好地荘及び松風園の管理を委託した。その前後を通じて、前記業務委託契約書の書式は変更なく、使用者(甲)として岩手県立松風園(好地荘)代表者園長(院長)佐々木正男と記載されている。又、使用者の変更について債権者三名は明示的に説明をうけていない。しかしながら、施設の業務全般の実体及び昭和五七年の労使交渉の経緯からみて債務者が使用主と解される。

(三) 従前、債務者は、債権者三名との関係を業務委託であるとして、その労働契約性を否認し、有給休暇も与えず、社会保険の適用も認めず、施設における就業規則の適用も拒否し、労使交渉による労働条件の検討にも応じて来なかった。

債権者三名は、内陸地区自治体業務受託労働組合(以下、受託労という。)に加入し、昭和五七年四月以降受託労を通じて積極的にこれらの諸項目及び身分の保障などについて要求し、団体交渉による協議解決を求めたが、債務者は、「業務委託」を根拠にして誠意ある交渉態度に出なかった。やむを得ず、受託労は、労働基準監督署及び社会保険事務所に事実の調査及び行政指導を求め、その結果、債務者も債権者らとの関係の労働契約性を承認せざるを得ず、年次有給休暇の取得を承認し、社会保険加入の措置をとった。しかし、債務者は、松風園、好地荘に適用されている既存の就業規則の債権者らに対する完全適用要求には応ぜず、一方的に松風園特殊勤務者就業規則の作成を行った。

(四) 以上の諸点、殊に前記業務委託形式が債務者の会計年度に合わせた賃金の一年間据置きという点に意味があるに過ぎないこと、債権者らの労務内容が単純労務であり、その労働需要が恒久的であること、従前長期に亘る債権者らの実質上の雇傭の継続があったこと、その他債権者らと同種の調理、用務などの労務に服する同僚が、雇傭(債務者の職員)として稼働していること、前記業務委託契約締結の際、その相手方たる施設の長が、債権者らに対し、特段の事情がなければ契約更新の繰り返しの形で将来共稼働できる、従前の雇傭に比し、賃金面で有利な点がある旨述べ、不利な点が存するなどとは説明しなかったことなどからみれば、当事者間の法律関係は、当初から期間の定めのない雇傭契約関係であると解すべきである。

仮に、そうでないとしても、形式上の契約更新が繰り返されているうちに当事者双方の了解の下に期限の定めのない雇傭関係に転化したといい得るし、又、右の事情の下では、債務者に契約更新の義務が存すると解される。

四 解雇権の濫用など

(一) 業務委託契約の終了に至るまでの経過

1 受託労は、債権者らの身分関係確立のため、債務者と団体交渉を行い、昭和五七年九月一六日、労使間で現行業務委託契約は、契約違反がない限り更新する旨の協定が成立した。ところが、その後間もなく、債務者は債権者らに対し、昭和五七年四月一日付業務委託契約を解除し、債権者らが行っている調理等の業務を民間会社に委託したいとしてその旨の承諾書に署名押印を求めるに至った。

2 そもそも民間委託の件は、受託労との交渉事項で、その了解なくしては実施しないことが確認されていたのに、債務者の右行為はまことに一方的であり、協定違反、組合無視である。債務者は、同年一〇月二五日の団体交渉においても昭和五八年度から民間委託の方針であるとして、協議の姿勢を示さなかった。

3 受託労は、昭和五七年一一月三〇日、債務者の前記態度に鑑み、岩手県地方労働委員会に斡旋の申請をした。しかるに、債務者の態度が頑なため、同年一二月二六日斡旋打切りに終った。

4 債務者は、昭和五八年三月末日をもって前記業務委託契約の期間が満了したとし、以降、債権者らの労務提供につきその受領を拒否し、債権者らに対し賃金を支払わない。

(二) 解雇権の濫用など

1 当事者間の法律関係は、前記のとおり期間の定めのない雇傭契約関係と解すべきところ、債務者が昭和五八年三月三一日付をもって債権者らを解雇したというのであれば、解雇権の濫用である。

即ち、債権者らの勤務場所は、定員を有する公的社会福祉施設であって、景気変動による人員整理の必要性はなく、常に施設に入所している人数により相応の労働量が固定化しており、民間委託をしてもなお債権者らの労働が必要である。民間委託をした場合は、むしろその委託費の方が債権者三名の雇傭を継続するよりも費用高となる。債権者三名には、これまで特段の仕事上の過誤もないのに、同一労働に服している労働者の中から三名だけを指名解雇する理由はない。雇傭関係においては、勤務時間中は使用者が労働者の労働能力を掌握し、自己の指揮の下に稼働させるのであるから、労働者は、使用者が誰であるかにつき重大な利害関係を有するので、本件のように使用者が一方的にその地位を他に移転することは許されない。

2 仮に、当事者間の法律関係が有期(一年)の雇傭契約関係と解されるとしても、本件においては、期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存していたものであって、このような場合、傭止めは、実質上解雇の意思表示にあたるので、解雇の法理を類推すべきであり、又、単に期間が満了したという理由だけでは傭止めを行わず、労働者もこれを期待、信頼し、かような相互関係の下に労働契約関係が存続維持されてきたものであるから、特段の事情の存しない限り、期間満了を理由として傭止めをすることは信義則上許されないというべきである。本件の場合、かかる特段の事情は存しない。

3 仮に、当事者間の法律関係が有期の準委任契約関係であるとしても、右1の事情の下においては、債務者が一方的に契約を解約し、あるいは契約の更新を拒絶するなどは、解約権あるいは更新拒絶権の濫用であって、許されない。

五 保全の必要性

債権者三名は、昭和五八年三月当時、毎月末日までには当月分賃金各八万七四〇〇円を業務委託料の名目で受領し、生活の基盤としてきた。ところが、債務者は、前記のとおり昭和五八年四月以降債権者らの労務提供につき受領を拒否し、債権者らに対し賃金を支払わない。経済的に余裕のない債権者らにとって賃金の支払がなければ生活の窮迫は目に見えているので、本件地位保全、賃金仮払いの仮処分に及んだものである。

別紙二 申請の趣旨に対する答弁

債権者らの申請をいずれも却下する。

申請の理由に対する認否

一 申請の理由一項(一)ないし(三)の各事実は認める。

二(一) 同二項(一)のうち、債権者小田島の採用日、同債権者が採用当初臨時職員であったことは否認するが、その余の事実は認める。同債権者は、昭和四五年一一月非常勤職員として採用されたものである。

(二) 同項(二)のうち、松風園、好地荘が債務者に管理委託されたのが昭和五一年であったこと、昭和四七年三月末日までに限り債権者らの雇傭主が県であったこと、債権者らの勤務実態が、臨時職員から非常勤職員へと身分の変更によって変化がなかったこと、現行の業務委託契約の期限が昭和五八年三月三一日となっていること、昭和五一年以降の業務委託の委託主が債務者であることは認めるが、その余の事実は知らない。

三(一) 同三項(一)のうち、債権者三名に対する委託費が月額各八万七四〇〇円であったこと、それが厚生省が配分する施設に対する人件費単価を下回っていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同項(二)のうち、業務委託契約の当事者が、昭和五一年債務者が県より施設の管理委託を受けた前後を通じて変化がなく、業務委託者が当該施設の長であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同項(三)のうち、債務者が昭和五七年四月以来、受託労と債権者らの労働条件などについて交渉を重ねたこと、債務者が、行政指導を受け、債権者らの年次有給休暇の取得を承認し、債権者らの社会保険加入の措置をとったこと及び特殊勤務者就業規則を作成したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四) 同項(四)の事実は否認し、主張は争う。

四(一) 同四項(一)の1の事実は認める。但し、受託労と協定を結び、債権者に対し承諾書に署名押印を求めたのは、いずれも好地荘院長兼松風園長であって、債務者ではない。同(一)の2のうち、債務者が、昭和五七年一〇月二五日の団体交渉において昭和五八年度から民間委託の方針であるとしたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(一)の3のうち、債務者の態度が頑なであったことは否認するが、その余の事実は認める。同(一)の4の事実は認める。

(二) 同項(二)の1のうち、債務者が定員を有する公的社会福祉施設であることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。同(二)の2のうち、当事者が期間の満了毎に契約の更新を重ねてきたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。同(二)の3の主張は争う。

五 同五項中、債権者三名の昭和五八年三月当時の業務委託料が各八万七四〇〇円であったこと、債務者が昭和五八年四月以降債権者らの労務提供につき受領を拒否し、債権者らに対し賃金を支払わないことは認めるが、その余の事実は知らない。

債務者の主張

一 主位的主張

当事者間の法律関係は、債務者が債権者小田島に対しては洗濯の、同千葉、同深谷に対しては炊事の各労務を委任し、債権者らがいずれも右各労務を債務者に供給することを約した契約関係であり、それは正に準委任契約である。債権者らの右労務は、債権者小田島及び同千葉が松風園、同深谷が好地荘においてそれぞれ供給されているところ、その供給時間が当該施設の運営上から定められ、又設備、器具等すべて施設においてこれを供給しているが、それをもって直ちに右契約関係が雇傭であるとはいえない。

右契約は、昭和五七年四月一日締結され、期間を昭和五八年三月三一日までの一年間とした有期委託契約であるから、同契約は昭和五八年三月三一日を経過することによって終了した。

債権者らと右各施設とが、昭和四七年以降同種契約を繰返してきたことは否定しないが、債権者らが主張するようにその事実をもって更新すべき義務が生じたということはできない。

二 予備的主張

仮りに、当事者間の法律関係が雇傭契約関係であるとしても、

(一) それは、契約期間を昭和五七年四月一日から昭和五八年三月三一日までとする有期雇傭契約であり、債務者が昭和五八年二月二五日付通知書により債権者らに対し、右期限の到来に伴い契約関係を解消する旨の意思表示をしたことにより、更新が拒絶され、右終期の経過と同時に終了した。

債権者らは、右契約が昭和四七年以降更新を繰返し、かつ同一作業に継続して従事しているのであるから、期間の定めのない雇傭契約であると主張するが、それは、「雇傭関係継続の期待の下に期限の定めある雇傭契約が反覆更新されたとしても、そのことによりそれが期限の定めのない契約に転化するとの法理は肯認し難い。」との判旨(東京高等裁判所昭和五五年一二月一六日判決、労働関係民事裁判例集三一巻六号一二二四頁)にも背馳し、到底容認できない。また、債権者らは、「仮りに一年ごとの期限が定められているとしても、右の事情の下では債務者に契約更新の義務がある。」と主張するが、更新義務が生ずべき法的根拠がないこと明らかであるから、右見解は債権者ら独自のもので到底首肯できない。

有期雇傭契約が反覆更新されている場合、それを更新拒絶することについては、正当事由を要しない(名古屋地方裁判所昭和三六年二月二二日決定、同裁判例集一二巻一号九二頁、神戸地方裁判所昭和三九年一月二九日判決、同裁判例集一五巻一号二六頁)とされているのであるから、本件契約は、更新拒絶の理由いかんにかかわらず更新拒絶の意思表示により期限到来と同時に終了したといえる。

仮りに、更新拒絶につき正当な理由を要するとしても、その程度は期限の定めのない正規職員に対するものに比して自ら差異があり軽いものであると解すべきである(前掲東京高判参照)。

債務者が債権者らとの右契約の更新を拒否する理由は、施設運営を合理的安定的なものとするため、炊事、洗濯の業務を民間企業体に委託することにある。

そしてそれが正当であって権利の濫用にならないのは、次の事由による。

1 炊事、洗濯業務は、施設のもつ特殊性から一日の欠務も許されないものであるところ、その業務提供者が個人であれば、次の事例にみられるように当該個人が傷病等により長期間就業不能となることがあり、それが施設の管理運営に支障をもたらすことは明らかである。そのような事態に陥ることを防止し、業務の恒常的安定的提供を確保するために、有機的機能をもつ民間企業体に業務を委託する方途を選択せざるを得ない。

56・8・4~57・3・31 中山の園 調理員 病気

57・12・27~58・1・11 やさわ学園 同 傷害

58・2・4~現在継続中 みたけ学園 同 同

2 債権者らは、債務者との従前の契約関係がどのような法的性質のものかについて見解が分れ、かつ契約が一年の有期であったことから、その地位が極めて不安定なものであったといえる。

債務者は、債権者らとの直接的前記契約関係を解消すると同時に、債権者らを慣れた従前の業務に就労させるよう受託企業に働きかけをして就職を斡旋し、給与を現行委託料相当額とすること、各種社会保険に加入すること、年次有給休暇を継承すること、臨時給を支給することの好条件で右企業と雇傭契約を可能にした。債権者らは、企業への就職によって、安定した身分を確保し、より改善された給与等労働条件の下で就労できることとなって、前記不安を払拭することができる立場になった。

なお、債務者は、昭和五七年八月一二日及び同年九月一〇日には、受託労との団体交渉において個人委託を法人企業委託に切り換える方針を披露し、受託労に対しその実現への協力方を懇請し、更に同月一六日には、債権者らに対し同日付書面により前記諸条件をいずれも保障する旨書添えて、現行業務委託契約を解除すること並びに受託法人の職員になることの承諾を求め、その旨依頼したが、受託労及び債権者らは、いずれもこれを拒否した。

(二) 仮りに、本契約が期間の定めのない雇傭契約であるとしても、債務者は、昭和五八年二月二五日付「契約関係の解消について」と題する通知書の送達によって、債権者らに対し同年三月三一日限り契約を解消する旨の意思表示をしたのであるから、同意思表示は解雇予告とみられ、同年三月三一日の経過により債権者らは解雇されたことになる。

そして、右解雇は前示の事由によるもので、権利の濫用とならないこと明らかである。

解雇が権利の濫用であるといいうるのは、解雇権の行使が、主として被解雇者を害することを目的とし、使用者の利益を伴わないか又はその利益が極めて少いのに、著しく被解雇者の利益を害するか又は公序良俗に反しあるいは公共の福祉を侵害する場合であると解されている。ところで本件の解雇事由には、債権者らを害するとの目的または公序良俗背反、公共の福祉侵害を徴表するものが全くないのであるから、債務者の右権利行使は権利の濫用に当らないこと明白である。

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