盛岡地方裁判所 昭和59年(ワ)99号 判決 1988年3月10日
原告
赤坂恵子
原告
赤坂由加
原告
赤坂麻紀
原告
赤坂廣樹
右三名法定代理人親権者母
赤坂恵子
原告ら訴訟代理人弁護士
菅原一郎
同
菅原瞳
同
秋山幹雄
被告
(旧日本国有鉄道)日本国有鉄道精算事業団
右代表者理事長
杉浦喬也
右訴訟代理人弁護士
畑山尚三
右指定代理人
天野安彦
同
安岡昌龍
同
中野誠也
同
吉田誠
主文
一 被告は、原告赤坂恵子に対し、金四一八万四〇一五円、その余の原告らに対し各金五三六万三五二四円並びに右各金員に対する昭和五八年九月三日から各支払済みに至るまで年五分の割合により金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の、その余を原告らの各負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 請求の趣旨
1 被告は、原告赤坂恵子に対し、金二六六四万四八八四円、同赤坂由加、同赤坂麻紀及び同赤坂廣樹に対し、各金一五一一万一六二八円及びこれらに対する昭和五八年九月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 1につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (当事者)
(1) 被告は、昭和六一年法律第八七号による改正前の日本国有鉄道法に基づいて設立された公共企業体である日本国有鉄道(以下「旧国鉄」という。)の承継法人に承継されない債務等を処理する業務等を行うために設立された法人である。
(2) 亡赤坂喜廣(以下「亡喜廣」という。)は、昭和四一年五月一日、旧国鉄との間で、雇用契約を締結し、昭和五八年三月一日からは、青森電力区八戸支区電気技術掛の職にあった。
(3) 原告赤坂恵子は亡喜廣の妻、その余の原告らは、亡喜廣の子である。
2 (事故の発生)
(1) 昭和五八年八月二三日、旧国鉄は、民間業者に委託して、旧国鉄八戸駅構内の吊架線張替工事を施工したが、同工事の委託を受けた業者は、同工事に必要なコネクタが不足したため、同駅構内副二一号柱と同副二二号柱間の引止線の吊架線(M線)とトロリ線(T線)相互間及び同引止線の吊架線(M線)と上り本線の吊架線(M線)相互間にコネクタを取り付けないで同工事を終了した。
(2) 右引止線は、長さ約三四メートルの吊架線及び代用トロリ線で構成される架線(以下、「本件架線」という。)である。同代用トロリ架線は、ドロッパと称する多数の金具によって吊架線に吊架されているところ、ドロッパと吊架線との接合部分にはハンガカバーと称する絶縁性の保護カバーが設けられており、吊架線と代用トロリ線とは電気的に絶縁される仕組になっており、通常、この両線は、コネクタによって電気的に連結されている。しかし、ハンガカバーの絶縁性能が低く、数千ボルトの電位差が生ずると絶縁効果を発揮しないため、コネクタによって連結されていない場合でも、本件架線に通電すると、両線が電気的に連結された状態になるが、両線間の電圧が完全には等しくならないため、リーク音が発生することがある。
(3) 同年九月二日午後一時ころ、当時の青森電力区八戸支区助役の三浦武博(以下、「三浦助役」という。)は、前記副二一号柱の引止碍子付近でリーク音(雑音)が発生していることに気付き、これを除去すべく、上り本線の吊架線と本件架線の吊架線相互間並びに本件架線の吊架線と代用トロリ線相互間をコネクタで連結することによって電圧差を解消することを目的とする補修工事をする必要があると判断した。ところが、本件架線の代用トロリ線は、上り本線と交差する部分付近で上り本線の吊架線とコネクタで連結されて通電状態にあったため、右補修工事に先立ち、三浦助役は、盛岡電力指令室に対して臨時き電停止を手配するとともに、同日午後二時二〇分から同日午後二時二四分までの間のき電停止時間中に、当時の電力検査長の佐々木功(以下、「佐々木検査長」という。)及び亡喜廣を指揮して本件架線へのコネクタ取付工事(以下、「本件工事」という。)を施工することにした。そして、右三名は、同日午後二時ころ、本件工事現場に到着した。
(4) 佐々木検査長は、検電器を用いて上り本線のトロリ線の検電を行い、「検電オーライ」の合図をした。この合図を受けて、亡喜廣は、本件架線の吊架線と上り本線のレールとに接地(アースの取付)を行い、「アースオーライ」の合図をした。この合図を受けて、佐々木検査長は、検電器を取り外した。
(5) 亡喜廣は、三浦助役の指示により、本件架線の吊架線に梯子を立てかけてこれに登り、同日午後二時二七分ころ、梯子に足をからませ体勢を整え、本件架線の吊架線を左手で握ったところ、感電し、同日午後三時三〇分ころ、感電により死亡した(以下、「本件事故」という。)。
3 (因果関係)
(1) 本件事故当時、上り本線のき電は停止状態にあったものの、下り本線のき電は停止されておらずに活線となっていたため、これと並行する上り本線の吊架線及びトロリ線に誘導電圧が発生しており、この上り本線とコネクタで連結された本件架線の代用トロリ架線にも誘導電圧が発生していた。
(2) また、本件工事の際に用いた梯子は、交流二万ボルト用の絶縁構造となっていたが、その中間部の桟及び枠の部分は導電構造になっていた。
(3) そして、本件事故の際、本件架線の代用トロリ線と上り本線の吊架線とを連結するコネクタの固定金具(クランプ)のボルトと梯子の桟の部分とが接触していたため、本件架線の代用トロリ線の誘導電圧により発生していた電流が梯子の桟及び枠を通じて亡喜廣の左大腿部から同人の体内に入り、同人の左手から本件架線の吊架線に流出して同人に感電状態を発生させた。
4 (被告の責任)
旧国鉄は、雇用契約から生ずべき労働災害の危険全般に対して人的及び物的に安全にその職員を就労させるべき安全配慮義務を負っているところ、次のとおり、この義務を怠って亡喜廣を死亡するに至らしめたのであるから民法七〇九条による過失責任があり、また、三浦助役の過失についても同法七一五条により使用者責任としての過失責任があるところ、被告は、旧国鉄の右の過失責任を承継したものである。
(1) 架線の補修、検査等の作業は、日常的になされる作業であるが、この場合、作業員が吊架線とトロリ線の双方に接触することがあり、その両線の電圧が均一でない場合に、一方の線のみを接地すれば、本件のような感電事故が発生するおそれがあるのであるから、旧国鉄は、このような場合には両線を接地するように具体的に作業基準を定めるなどして、この点につき作業者に具体的に指示すべき注意義務があったのに、これを怠り、この点について何らの作業基準も定めなかった過失がある。
(2) 本件工事は、上り本線のき電停止状態で行われたものであるが、下り本線のき電は停止されていなかったのであるから、活線である下り本線からの誘導電圧により発生する電流によって亡喜廣が感電死する危険性が極めて大きかったし、本件作業は、元来検査掛の職務であって、技術掛である亡喜廣の職務ではなかった。従って三浦助役は、亡喜廣に本件作業をさせるべきではなかったし、もし同人にさせるとしても、本件引止線の吊架線及びトロリ線のいずれについても接地を行って誘導電圧による感電のないような条件を作ったうえで本件工事を開始すべきであり、更に、そのように確実に接地をした場合でも、誘導電圧の発生の有無について検電をして安全を確認してから本件工事を開始すべき義務があるのに、これを怠り、これらのことについて全く配慮しないまま前記のとおりに本件工事を亡喜廣に行わせた過失がある。
5 (損害)
被告は、亡喜廣が本件事故によって被った次の損害につき、これを賠償すべき義務がある。
(1) 逸失利益
(イ) 旧国鉄職員としての得べかりし賃金
亡喜廣は、旧国鉄に勤務し、本件事故当時、一か月につき金一九万七一〇〇円の基本給及び金七〇〇〇円の扶養手当合計二〇万四一〇〇円を受給していたほか、少なくとも一年間に右基本給と扶養手当合計額の四・二一か月分の期末手当を受給していた。また、亡喜廣は、別記記載のとおり、毎年昇給したはずであり、満六〇歳で退職するまで、「基本給」欄記載の基本給を受給したはずである。
右基本給に扶養手当月額金七〇〇〇円(但し、昭和六〇年一〇月から月額金九〇〇〇円)を加算し、これから生活費として三割を控除したうえ、ホフマン方式により中間利息を控除して、昭和五八年九月当時の現価として計算すると、別紙(略)のとおり亡喜廣の得べかりし賃金は合計金五〇五三万七三三六円となる。
(ロ) 旧国鉄退職後の得べかりし賃金
亡喜廣は、旧国鉄を退職後、少なくとも満六七歳までの七年間、何らかの形で就労が可能であるが、この間、少なくとも全男子労働者の平均年収以上の収入を得ることができる。そこで、この間の年収を毎年合計金四二二万八一〇〇円(昭和六〇年度賃金センサス第一表、企業規模計、男子労働者計、学歴計の平均賃金)から生活費として三割を控除し、ホフマン方式により中間利息を控除して昭和五八年九月当時の現価として計算すると、亡喜廣の旧国鉄退職後の賃金は、合計金八四七万〇二七九円となる。
(ハ) 得べかりし退職金
旧国鉄の職員賃金基準規定によれば、亡喜廣が満六〇歳で退職した場合に支給されたはずの退職金は、合計金二〇三五万九七六二円であり、ホフマン方式により中間利息を控除して昭和五八年九月当時の現価として計算すると、退職金は、合計金八八五万〇三八八円となる。これから、亡喜廣の死亡時に支給された退職手当合計金五四〇万八二三五円を控除した差額である金三四四万二一五三円が亡喜廣の得べかりし退職金となる。
(2) 慰謝料
金二〇〇〇万円が相当である。
(3) 相続
原告赤坂恵子は亡喜廣の前記損害の賠償請求権の二分の一を、その余の各原告は各六分の一を、それぞれ亡喜廣の相続により取得した。
(4) 損害の填補
原告赤坂恵子は、旧国鉄から、国鉄業務災害補償就業規則に基づき、業務災害遺族補償一時金として、合計金一七〇〇万円の支給を受けたので、これを前記原告赤坂恵子の相続すべき部分の弁済に充当する。
(5) 弁護士費用
原告赤坂恵子は、原告ら訴訟代理人との間で、本件訴訟の手数料及び報酬として金二四二万円を支払う旨を約し、その余の原告らは、原告ら訴訟代理人との間で、本件訴訟の手数料及び報酬として各金一三七万円宛支払うことを約した。
6 (結論)
よって、被告に対し、原告赤坂恵子は、損害賠償金二六六四万四八八四円、その余の各原告は、損害賠償金各金一五一一万一六二八円並びにこれらに対する本件事故の翌日である昭和五八年九月三日から支払済みに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3の各事実は認める。
2 請求原因4は争う。
3(1) 請求原因5(1)(イ)のうち、亡喜廣が月額金一九万七一〇〇円の基本給、月額金七〇〇〇円の扶養手当を受給していたこと、一年間に基本給と扶養手当の合計額の四・二一倍の期末手当を受給していたことは認め、その余は争い、同(ロ)は不知、同(ハ)のうち、亡喜廣の死亡時に退職手当合計金五四〇万八二三五円が支払われたことは認め、その余は争う。
(2) 請求原因5(2)は争う。
(3) 請求原因5(3)のうち、原告らの相続割合は認め、その余は争う。
(4) 請求原因5(4)のうち、遺族補償一時金として合計金一七〇〇万円が支払われたことは認め、その余は争う。
(5) 請求原因5(5)は不知。
三 被告の主張
1 (被告の責任)
上下線の架線のうち一方をき電停止した場合、その停電となった側の線に他の線からの誘導電圧が生じることは、電気関係者には広く知られているところであり、その誘導電圧による危険を避けるための対策としては、接地をしっかりとって誘導電流を逃してやるという方法が広く採られている。
即ち、通常、電車線路設備の吊架線とトロリ線は、コネクタ、ハンガ、ドロッパや吊架線とトロリ線とを支える可動ブラケット、曲線引装置、ヨーク等により電気的に接続されているため、停電作業においては、吊架線かトロリ線かのいずれかに接地を取り付ければ、吊架線とトロリ線とが一体として接地されるものと考えられており、それ以上特に誘導電圧を測定するなどの措置はとられていなかったのであって、現に、これにより、従来、作業上の危険もなく、安全に作業が施行されていた。なお、き電停止後に行われる検電は、き電停止後に誤った電圧がかかっていないかどうかを再確認するために行われるものであり、誘導電圧を測定するためのものではない。また、誘導電圧測定の検電器は、一般的に普及しているものではない。何故ならば、き電停止後に接地をとることにより誘導電流が逃げてしまい、これを測定する必要がないからである。
本件作業にあたった三浦助役、佐々木検査長及び亡喜廣においても、長年の経験とこれに基づく認識から、吊架線とトロリ線とが電気的に一体であると考え、亡喜廣が本件架線の吊架線から接地をし、安全を確認した後に本件作業に取り掛かったのであって、当時の状況の下では、本件事故のような事態を予測することが不可能であった。
また、亡喜廣の電気技術掛としての職務は、「電気設備の機能維持及び新設改良に関する技術業務並びに工事の監督」であるが、本件のような異常時の対応には電気技術掛も含まれるものであり、亡喜廣は、三浦助役に比べても遜色のない電気関係の知識、技術及び経歴を有する者であったから、三浦助役は、亡喜廣に対し、誘導電圧等に関する初歩的な指示を与える必要はなかったものの、本件作業に当たり、同人に対し必要に応じ、検電、接地の指示をし、これを行わせる等して事故防止に務めたものである。
従って、被告に本件事故について過失はない。
2 (損益相殺)
原告らに対し、左記のとおり、既に支払済みの金員(左記(2)のうちの昭和六二年一〇月分までの支払済み額と(3)の各金員。但し、原告らにおいて控除ずみの退職手当金五四〇万八二三五円及び遺族補償一時金一七〇〇万円を除く。)合計金一〇三九万三三一五円及び将来支払予定の金員(左記(1)の金員と(2)のうち昭和六二年一一月以降支給分の金員)合計金四四七六万一五六三円があるのであるから、これらの金員を合計した金五五一五万四八七八円を原告ら主張の亡喜廣の損害金から損益相殺により控除すべきである。
(1) 殉職年金の支払
旧国鉄の職員が業務上の災害に遭った場合、当該職員の遺族に対して、その補償として殉職年金が支払われるが、これは、亡喜廣死亡当時の日本国有鉄道業務災害補償就業規則(以下、「災害補償規則」という。)一五条により、その死亡の月の翌日から起算して六年を経過したときから権利消滅の月まで支給されることになっている。
年金の額は、同規則三七条により、殉職者の基本給六月分の金額が金一三二万円(昭和六一年七月一日から金一五一万一〇〇〇円に改正)に満たないときは、右金額となっている。また、同規則三七条の二により、殉職年金を受ける者に扶養家族(殉職職員の子であって満一八歳未満の者または殉職職員の父母であって職員の死亡当時その収入によって生計を維持していた者)がある場合は、一人につき金一万二〇〇〇円を、そのうち二人までは一人につき四万五六〇〇円(昭和六一年七月一日から五万四〇〇〇円に改正)をそれぞれ殉職年金の家族加給として加算して給付することになっている。
右規則に基づいて計算すると、亡喜廣の殉職年金は、年金額一五一万一〇〇〇円となるが、これに家族加給金一三万二〇〇〇円を加算した一六四万三〇〇〇円が昭和六四年一〇月から原告赤坂恵子に支給されることになる。従って、原告恵子の平均余命を三九年とし、年五分の割合による中間利息を控除した殉職年金の昭和六二年の現在額を算出すると、合計金三〇四二万三四三三円となる。
(2) 共済年金の支払
共済年金は、共済組合法五八条により、その死亡した組合員の組合員期間に応じて算出されるが、組合員期間が二〇年未満の場合、同期間一年以上一〇年未満に対し、俸給年額の一〇〇分の一〇に相当する金額に組合員期間一〇年以上一年を増すごとにその一年につき俸給年額の一〇〇分の一に相当する額を加算した金額が支給され、更に、同法五九条及び五九条の三により寡婦加算及び扶養加給がなされる。
亡喜廣の遺族である原告らに対しては、亡喜廣が死亡した月の翌月である昭和五八年一〇月から年額八〇万八〇〇〇円を支給しているが、昭和六一年四月一日から右寡婦加算額及び扶養加給額が改正されたことにより、支給年金額は、一〇九万二三〇〇円となり、更に、昭和六二年四月一日からの改正により、それ以降の共済年金額は、一〇九万六二〇〇円となっている。
なお、原告恵子に対しては、昭和六二年一〇月分までに合計金三七九万五三五〇円が支給済みである。従って、前記同様に中間利息を控除した共済年金の現在額は、合計金一四三三万八一三〇円となる。
(3) その他の支給
(イ) 災害補償規則に基づき、葬祭料として、原告恵子に対し、金五五万八〇八〇円が支給済みである。
(ロ) 共済組合法に基づき、弔慰金として、原告恵子に対し、二四万二七〇〇円が支給済みである。
(ハ) 「援護及び見舞金等贈与基準規程」(昭和四五年八月二〇日職達一九号)に基づき、原告らに対し、弔慰金として金一四万円を、歳末見舞金として金一万円をそれぞれ支給済みである。
(ニ) 昭和五八年度の新賃金にかかる仲裁裁定第六一六号の実施に関する協定により、基本給が新基本給に移行することになったので、これに伴い、原告らに対し、亡喜廣に対する退職金の追給として、金二三万八九五〇円が支払済みである。
四 被告の主張に対する原告らの答弁
1 (亡喜廣の職務)
亡喜廣は、電気技術掛であったが、現場で架線の検査や補修を行うことは、その職務に属するものではない。
2 (損益相殺)
(1) 原告らが被告主張の各金員の支給を受けたことは認める。
(2) 過去の給付のうち、葬祭料は、本件で請求していない葬祭費の弁済に充当されている。また、見舞金については、損害賠償額と損益相殺するべきでない。
(3) 将来の殉職者年金及び共済年金については、損益相殺の対象から除外されるべきである。
第三証拠関係(略)
理由
一 (当事者間に争いのない事実)
1 請求原因1ないし3の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。
2 亡喜廣が旧国鉄から月額金一九万七一〇〇円の基本給及び月額金七〇〇〇円の扶養手当を受給していたこと、一年間に基本給と扶養手当の合計額の四・二一倍の額に相当する期末手当を受給していたこと、原告らに対し、亡喜廣の死亡時に退職手当金として金五四〇万八二三五円が、その後、退職手当金の追給として金二三万八九五〇円がそれぞれ支払われたこと、原告らに対し、亡喜廣の死亡に伴う遺族補償一時金として金一七〇〇万円が支払われたこと、原告らに対し、災害補償規則に基づく葬祭料として金五五万八〇八〇円が、共済組合法に基づく弔慰金として金二四万二七〇〇円が援護及び見舞金等贈与基準規程に基づく弔慰金として金一四万円が、同規程に基づく歳末見舞金として金一万円がそれぞれ支払われたこと、以上の各事実については、当事者間に争いがない。
二 (本件事故の原因及び予見可能性等)
1 前記当事者間に争いのない事実に併せ、(証拠略)を綜合すると、本件事故当時、上り本線はき電停止状態になっていたが下り本線のき電は停止されていなかったため、活線である下り本線に流れる電流により上り本線に誘導電圧が発生し、上り本線とコネクタによって結合された引止線トロリ線にも同様の誘導電圧が発生するのに対し、上り本線とは電気的に結合されていない同吊架線には接地がなされたため、同トロリ線と同吊架線との間に電圧の差が発生していたところ、その一部が絶縁不良により断続的に通電状態となってリーク音を発していたとはいえ、引止線吊架線から同トロリ線とを吊架する各ドロッパのハンガ・カバーがなお一定の絶縁性を有するものであったため、いずれにしても同トロリ線と同吊架線との双方に導体が接する場合には、これを介して両線の間に電流が流れ得る状態になっていたこと、ところが、本件作業に用いられた梯子の桟及び枠の本体が導体であるアルミニウム製であって、絶縁構造になっておらず、しかも、右梯子の桟が右本線吊架線と引止線トロリ線とを結ぶコネクタの金具に接触しておりそれを通じて電流が流れ得る状態になっていたこと、亡喜廣の衣服及び手袋(軍手)も絶縁性のものではなかったこと、このような状態において、たまたま亡喜廣がその左足を右梯子の桟に巻き付け、かつ、その左手で引止線吊架線を握ったため、上り本線に発生していた誘導電圧による電流が右コネクタ金具、梯子の桟及び亡喜廣の身体を順次経由して流れ、これが原因となって亡喜廣が感電し、本件事故が発生したこと、以上の各事実が認められる。
2 そして、右のように、上り本線吊架線に誘導電圧が生じ、しかも、同吊架線と同トロリ線との間に一定の電圧差が発生すること、また、一般的に、本件のような非絶縁製の作業工具を使用し、非絶縁性の衣服等を着用して電気工事を実施する限りこれらが相互に接触することがあり得るし、それによって引止線吊架線と同トロリ線の双方が作業用梯子及び人体を介して電気的に接続された場合、その間に電流が流れ、感電事故が発生し得る等のことは自明であり、これらのことは、旧国鉄の電気技術及び電気工事担当者にとっては十分予見可能であったと言うべきであるし、(証拠略)によれば、本件事故発生以前に旧国鉄盛岡鉄道管理局電気部において作成された電気関係安全作業標準(第2の4(3)のア)においても、危険防止のため、停電作業をする際に電路が高電圧である場合には必ず接地をすることを義務付けていたことが認められ、証人三浦武博の証言によれば、現に、本件作業に当った三浦助役も、亡喜廣ら作業員に対し、感電事故防止のため接地をすべきことを指示していることが認められることに加え、殊に、上り本線の吊架線とコネクタによって接続されているのが本件引止線トロリ線であるのに同吊架線の一部のハンガ・カバー部分でリーク音がしていたのである以上、同吊架線と同トロリ線とではその帯有する誘導電圧において差があり、その間で何らかの電流移動があり得ることを当然予想しあるいはこれを疑わなければならなかったと言うべきであるばかりか、そもそも本件作業の作業目的自体が、右リーク音の発生部分の絶縁不良の疑いから、右吊架線とトロリ線とをコネクタで接続することにより両線の間の電圧差を解消して右リーク音を発していたハンガ・カバー部の焼損等を防止することにあったことについては当事者間に争いがなく、従って、本件作業は、作業員が何らかの形で吊架線とトロリ線の双方に同時に接触する可能性が十分にあることを前提とするものであったことからすると、当時、旧国鉄は勿論、現実に本件作業を指示した三浦助役においても、上記のような電流通過による感電事故発生の可能性を十分予見していたと認めることができる。
3 (証拠略)を綜合すると、本件事故時と同様に引止線吊架線にのみ接地を施した場合、引止線トロリ線の電圧は一・八キロボルト、電流は約一八〇ミリアンペア、引止線吊架線の電圧及び電流はいずれも〇となり、引止線の架線のいずれにも接地を施さない場合には、引止線トロリ線の電圧は一・八キロボルト、電流は約一八〇ミリアンペア、同吊架線の電圧は二・二キロボルト、電流は五ミリアンペアとなって、そのいずれの場合でも、本件作業梯子の導電部分が引止線トロリ線のいずれかの部分に接している限り、本件事故のような感電事故の発生の可能性が肯定されるのに対し、引止線吊架線及び同トロリ線の双方に接地を施した場合には、引止線吊架線及びトロリ線の誘導電圧及び電流ともに〇となって本件事故のような通電現象を避けることができること、このような引止線吊架線及び同トロリ線への接地を施すことは極めて容易であること、以上の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
従って、このような引止線吊架線及び同トロリ線双方の架線への接地を施せば、本件事故を回避することが可能であったと認められる。
三 (被告の過失責任)
そこで、本件事故についての被告の責任について検討する。
1 まず、原告らは、「本件作業のような場合には吊架線とトロリ線の双方に接地を施すように具体的に作業基準を定めておくべきであったのに、これを定めなかった過失がある」旨を主張するので、この点について判断するに、なるほど、前掲認定事項を斟酌すると、原告ら主張のような接地に関する作業基準が予め定められていれば、より妥当であったことは明らかであり、現に、(証拠略)によれば、本件事故の後、同事故を教訓として、原告ら主張のような接地に関する作業基準が定められるに至ったことが認められるのであるが、他方、前記認定のとおり、本件以前に旧国鉄によって定められていた接地に関する安全基準が原告ら主張のように具体的な接地方法の基準を示すものではなかったにしても、一般に、架線電気工事に従事する職員には電気工事に関する専門的知識を有する者を充てているのが通常であり、それらの者は、原告ら主張のような基準を設けなくとも、本件事故の原因である誘導電圧の発生の如き電気理論に関する基礎的事項については勿論、具体的作業に臨み、接地をどのようになすのが相当かという点についても当然その知識を有しているはずであり、しかも、弁論の全趣旨によれば、旧国鉄においては、本件以前に、本件と同様の作業を実施したことによる感電事故の発生もなかったことが認められること等からして、原告ら主張のように本件事故発生以前の段階で旧国鉄の定めた前記安全標準以上に更に吊架線及びトロリ線双方に接地をすべき旨の作業基準が設けられていなかったとしても、そのことのみで直ちに本件事故の発生につき旧国鉄に過失があったということはできず、この点に関する原告らの主張は失当である。
2 次に、原告らは、「本件のような状況の下では、誘導電圧による感電事故の発生の可能性が大きかったのであるから、三浦助役は、本件吊架線及びトロリ線の双方に接地を施してから作業に入るべきであったのに、これを怠った過失があり、旧国鉄は、民法七一五条所定の使用者責任を負うべきである」旨を主張する。
よって、案ずるに、証人三浦武博の証言によれば、三浦助役は、当時、旧国鉄において約十八年間もの経験を有する電気技術工事の専門家であり、本件作業を指揮した責任者であったことが認められ、前記判示のとおり、本件のような誘導電圧の発生することのあることを当然予見することが可能であったし、本件各架線の電気的回路構造等を当然認識するべき地位にあり、かつ、本件作業に用いられた作業用梯子の構造ないし通電性並びに作業用衣服及び手袋(軍手)の通電性等についても正確な認識を持つべき立場にあったのであり、また、前記判示のとおり、三浦助役は、右のような状況下においては本件のような感電事故の発生し得ることを十分に認識しあるいはこれを予見していたと認められ、更に、本件吊架線ないし引止線トロリ線に発生する誘導電圧の大きさが極めて小さい場合には、感電による死亡の虞がないことは明らかであるが、(証拠略)によれば、本件のような交流電流の場合、五〇ボルト以下の電圧でも感電死亡が十分にあり得ることが認められるところ、本件と同様の状況下では約一・八キロボルトの誘導電圧が発生し、約一八〇ミリアンペアの電流が流れる可能性のあることは前記二項3で判示のとおりであって、実際には、仮に感電事故が発生するとすればほぼ間違いなく死亡に至るような状況にあったと考えられるのであるから、右のような状況においては、本件のように検電等によって右トロリ線における誘導電圧の発生の有無及びその程度を確認しないで作業に入る以上、三浦助役は、本件作業を指揮する者として、万一の事態に備え、本件引止線の吊架線のみならず同トロリ線にも接地を施して作業員の安全を確保した上で作業に入り、担当職員の感電を防止すべき注意義務があったと解される。しかるところ、三浦助役は、右吊架線にのみ接地し、トロリ線への接地を施さずに本件作業に入った結果、本件事故を惹起させるに至ったのであるから、この点、本件事故につき、同人に過失があると言わなければならない。
そして、三浦助役による本件作業の指揮が旧国鉄の事業の執行のためになされたものであることは本件作業の趣旨及び目的から明らかであるから、旧国鉄は、本件事故につき、民法七一五条所定の損害賠償責任を負うべきであるところ、この損害賠償責任は、日本国有鉄道改革法(昭和六一年法律第八七号)一五条所定の旧国鉄の承継法人に承継されない債務等に該当すると解するべきであるから、被告は、同法五条により昭和六二年四月一日右旧国鉄の本件事故に基づく損害賠償債務を承継したものと解される。
従って、この点に関する原告らの主張は、理由がある。
四 (損害額)
亡喜廣は、死亡当時、旧国鉄の職員であったが、前記日本国有鉄道改革法による旧国鉄の解散の日である昭和六二年四月一日以降、同人が確実に旧国鉄の承継法人に勤務した可能性があるかどうか及び日本国有鉄道退職希望職員及び日本国有鉄道清算事業団職員の再就職の促進に関する特別措置法(昭和六一年法律第九一号)一四条一項に基づき、同人が被告理事長の指定職員となった可能性があるかどうかについては、原告らは、何ら主張・立証をしない。従って、右時点以降については平均賃金相当額の収入を得ることになったという前提で亡喜廣の損害額を算定するのが相当と解すべきところ、次のとおりとなる(いずれも一円未満は切り捨て)。
1 逸失利益額
前記認定事実及び(証拠略)を綜合すると、亡喜廣の昭和五八年以降同六二年三月までの賃金は、昭和五九年九月までが基本給月額金一九万七一〇〇円、扶養手当月額金七〇〇〇円、期末手当年額金八五万九二六一円、昭和五九年一〇月から同六〇年九月までが基本給月額金二〇万六〇〇〇円、扶養手当月額金七〇〇〇円、期末手当年額金八九万六七三〇円、昭和六〇年一〇月から同六一年九月までが基本給月額二一万六〇〇〇円、扶養手当月額金九〇〇〇円、期末手当年額金九四万七二五〇円、昭和六一年一〇月から同六二年三月までが基本給月額金二二万五〇〇〇円、扶養手当月額金九〇〇〇円、期末手当年額金九八万五一四〇円であることが認められるから、これらからそれぞれ生活費として三割を控除し、ホフマン方式により中間利息を控除して昭和五十八年九月当時の現価を求めると、合計金八〇一万五九三二円となる。
S1=(197100+7000)×(12+4.21)×0.7×0.9523=2205453
S2=(206000+7000)×(12+4.21)×0.7×0.9090=2196972
S3=(216000+9000)×(12+4.21)×0.7×0.8695=2219898
S4=(225000+9000)×(6+4.21)×0.7×0.8333=1393609
合計=S1+S2+S3+S4=8015932
次に、亡喜廣の昭和六二年四月以降の賃金を求めると、(証拠略)によれば、亡喜廣は、昭和二三年二月四日生れの男子であり、満一八歳で旧国鉄に就職していることが認められるところ、昭和五八年度賃金センサスによる産業計、企業規模計、新高卒計男子労働者平均賃金は、基本給月額金二四万六一〇〇円、年間賞与等年額金八三万〇二〇〇円であるから、その年額合計は金三七八万三四〇〇円であり、これから生活費として三割を控除し、満六七歳までの期間についてホフマン方式により中間利息を控除して昭和五八年九月当時の現価を求めると、合計金三一三四万三三一二円となる。
合計=3783400×(67-38)×0.7×0.4081=31343312
従って、逸失利益の合計額は、三九三五万九二四四円となる。
2 退職手当額
(証拠略)によれば、亡喜廣の旧国鉄への就業日は昭和四一年五月一日であることが認められるから、同人が昭和六二年三月に旧国鉄を退職する場合、その勤続年数は、二〇年一一月となるところ、(証拠略)によれば、退職金の額は、昭和六二年三月の基本給の年額に最初の一〇年間については各年毎に一を、一一年目から二〇年目までについては各年毎に一・一を乗じた額の合計額であることが認められるから、この方式によって亡喜廣の退職金額を求めると、合計金四七二万五〇〇〇円となり、これからホフマン方式により中間利息を控除して昭和五八年九月当時の現価を求めると、金三九三万七三四二円となる。
合計=(225000×10×1.0)+(225000×10×1.1)=4725000
現価=4725000×0.8333=3937342
3 慰謝料
前記認定の本件事故の態様、後記の亡喜廣自身の過失、その他諸般の事情を考慮すると、亡喜廣の慰謝料は、金八〇〇万円が相当である。
五 (過失相殺及び損益相殺)
1 前記判示のとおり、被告の本件損害賠償責任は、三浦助役の過失に起因するものであるが、(証拠略)を綜合すると、亡喜廣自身もまた、昭和四一年五月盛岡電力区一関支区に準職員電気掛として勤務して以来、各電力区の電気技術掛として、本件に至るまでの間、一六年余にわたり一貫して電気技術掛職員として作業に当り、その間、本件のような架線補修作業にも何度か従事する等、三浦助役と遜色のない電気工事の専門的知識及び経験を有し、従って、本件作業につきその職制上三浦助役の指揮に服すべきであったとはいえ、具体的作業に当っては、細部にわたってまでその指示を受けることなくその経験と知識に基づき自らの判断でこれを処理し得る立場にあったと認められる以上、本件のような誘導電圧の発生及び感電事故の発生の危険性を予見すべき立場にあり、同人においても、三浦助役の過失について判示したところと同様の処置を講じ、自らの安全を確保すべきであったのに、これを怠り、更には、(証拠略)によれば、本件のように感電事故の虞のある高所での架線作業をするには、危険防止のために絶縁手袋等の保護具を使用すべきことが義務付けられていたことが認められるのに、非絶縁手袋(軍手)をはめて本件吊架線を握った結果、本件事故を惹起した過失があったことは否定できない。
そして、その過失割合は、前記判示の本件事故の経緯等を考慮すると、五割と認めるのが相当である。
そこで、右五割の割合により、慰謝料を除く亡喜廣の損害につき過失相殺すると、慰謝料を除く本件損害額の残額は、合計金二一六四万八二九三円となる。そして、当事者間に争いのない原告らの相続割合に従って各原告の相続額を求めると、原告赤坂恵子の相続額は金一〇八二万四一四六円、その余の原告らの相続額は、各金三六〇万八〇四八円となる。
2 次に、原告赤坂恵子に対して既に支払われた遺族補償一時金一七〇〇万円、退職手当金五四〇万八二三五円及び共済年金(昭和六二年一〇月分まで)合計三七九万五三五〇円の合計金二六二〇万三五八五円は、亡喜廣の逸失利益のうち、原告赤坂恵子の相続部分に対する弁済の充当に充てられるべき性質のものと解するべきであるから、これをもって前記原告赤坂恵子の相続額と対当額で相殺すると、その残額は存在しないこととなる(なお、その差額は金一五三七万九四三九円となり、同額が既に過払いとなっている。)。
また、弔慰金及び歳末見舞金合計金三九万二七〇〇円は、亡喜廣の慰謝料の弁済の充当に充てられるべき性質のものと解されるから、これをもって前記慰謝料額金八〇〇万円と対等額で相殺すると、慰謝料の残額は、金七六〇万七三〇〇円となる。
3 従って、前記相続割合により、前記逸失利益の残額と慰謝料とを各合算すると、原告らの相続すべき各損害額は、原告赤坂恵子が金三八〇万三六五〇円、その余の原告らが各金四八七万五九三一円となり、その合計額は、一八四三万一四四三円となる。
六 (弁護士費用)
弁論の全趣旨によると、原告らは、原告ら訴訟代理人との間で、本件訴訟の手数料及び報酬として、勝訴額の一割を支払う旨を約したことが認められる。
従って、本件弁護士費用の合計額は、金一八四万三一四四円となり、このうち、原告赤坂恵子の分は金三八万〇三六五円、その余の原告らの分は各金四八万七五九三円となる。
七 (結論)
以上によれば、原告赤坂恵子の被告に対する請求のうち、金四一八万四〇一五円までの部分、その余の各原告らの被告に対する請求のうち、各金五三六万三五二四円までの部分並びにこれらに対する本件事故の日の後であることが明らかな昭和五八年九月三日から各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はいずれも理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の部分は、理由のないものであることが明らかであるから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を各適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中田忠男 裁判官 土居葉子 裁判官 夏井高人)