盛岡地方裁判所 昭和61年(ヨ)84号 1986年10月17日
債権者
千坂實
右訴訟代理人弁護士
石橋乙秀
債務者
株式会社ヒノヤタクシー
右代表者代表取締役
大野泰一
右訴訟代理人弁護士
大沢三郎
主文
一 債務者は、債権者に対し、昭和六一年五月以降本案第一審判決の言渡まで毎月二五日限り金二四万〇、四五一円を仮に支払え。
二 債権者のその余の申請を却下する。
三 申請費用は、これを三分し、その二を債務者の負担とし、その余を債権者の負担とする。
理由
一 申立
1 債権者
(一) 債権者が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。
(二) 債務者は、債権者に対し、昭和六一年四月二五日から本案判決言渡にいたるまで毎月二五日限り月額金二五万五、二二七円の割合による金員を仮に支払え。
2 債務者
本件申請を却下する。
二 当裁判所の判断
1 債務者が、タクシー営業を主たる目的とし、資本金二、〇〇〇万円で、従業員約二五〇名を有する株式会社であること、債権者が、債務者系列の会社が営む運転代行業に昭和六〇年一月から従事した後、同年五月一日自動車運転二種免許を取得し、同月二日から債務者に雇用されタクシー運転手として稼働していたことについては、当事者間に争いがない。
2 そして、債務者が、昭和六一年四月五日、就業規則二八条一二号の規定により債権者を普通解雇したことも当事者間に争いがないところ(なお、疎明資料によると、これは、労基法二〇条所定の解雇予告手当を提供したうえ行われた即時解雇であったと認められる。)、債務者主張にかかる右解雇の理由は、以下(一)(1)、(二)(1)、(三)(1)に記載のとおりである。
(一) 債権者の運転技能について
(1) 債務者は、債権者は半年間に四回の業務上の事故を起したところ、このような事情は、債権者が、運転技能劣り、注意散漫で、上達改善の見込のないことを表徴するものであり、普通解雇事由を定めた債務者の就業規則二八条四号又は、一二号に該当する旨主張する。
(2) 本件疎明資料によると、以下の各事実を一応認めることができる(なお、当事者間に争いがない事実をも含む。)。
(ア) 昭和六〇年八月二五日午後五時一五分ころ、債権者は、債務者の営業用タクシーを運転して、盛岡市肴町六―二六付近の道路を進行し、同所のT字型交差点を左折すべく、左方交差道路に進入しかけた際、折から同道路を対進してくる自動車があるのを認めたが、右道路の幅員が小さく、右対進車とのすれ違い進行はできないものと思い、自車を停止したうえ後退させたところ、自車の後方を進行していた高橋享運転の乗用自動車が自車に追突するにいたった。右衝突により、債権者運転車は後部バンパー等に修理費用一万五、〇〇〇円相当の、高橋運転車はフロントフェンダー等に修理費用六万円相当の、各損傷を蒙った。
(イ) 同年一〇月一八日午後七時一〇分ころ、債権者は、債務者の営業用タクシーを運転し、同市中央通二丁目一〇―一五付近道路交差点で、対進するバスの前を通過して右折進行したが、折からその進入先である右方交差道路上を歩行者が横断したため、その手前の交差点内で停止したところ、前記バスが直進してきて、債権者運転車の後部に衝突した。
(ウ) 同年一一月二二日午後六時五〇分ころ、債権者は、同市上太田上川原九六付近道路で債務者の営業用タクシーを運転していた際、後退のうえ方向転換しようとしたが、右後退中、同車後部を路端の電柱に衝突させ、同車リヤバンパー等に修理費用一万一、一〇〇円を要する損傷を与えた。
(エ) 同六一年二月二〇日午後一一時四〇分ころ、債権者は、債務者の営業用タクシーを運転して、同市松園一丁目三番付近道路交差点を右折進行するにあたり、凍結している路面上で同車をスリップさせて操車の自由を失い、路肩に積まれていた除雪塊に同車を衝突させ、そのフロントバンパー等に修理費用一万六、五〇〇円を要する損傷を与えた。
(3) ところで、債務者の就業規則は、その二八条で、「次の各号の一に該当するときは解雇する。」としたうえ、一号から一二号までにわたって、(普通)解雇の基準を設定しているところ、その四号は「技能が著しく劣り上達の見込なく又は勤務成績が著しく悪く従業員として不適当と認めたとき。」と、一二号は「その他右各号に準ずる事由があったとき。」と規定している。
そこで、まず、本件事案が就業規則二八条四号に該当するか否かにつき検討する。
債務者は、要するに、本件が同号の「技能が著しく劣り上達の見込なく(中略)従業員として不適当と認めたとき。」との要件にあたると主張しているものと解されるが、同号該当性の判断にあたっては相当程度債務者の裁量に委ねられる余地があることは否定できないところであるとはいえ、同号は、その文言自体及び解雇事由としての規定の性格、目的等にもてらし、要するに、(債務者の主張に即して労働者の技能の点についてみると、)その技能が著しく劣り、改善の見込もなく、将来にわたっても企業目的の達成に寄与しうるような質、量における労働義務の遂行を期待しえないような労働者との雇用関係を終了させることをその趣旨としているものと解されるところ、本件がこのような場合に該当するとみうるかどうかとの観点から、さらに検討を加えるに、たしかに、債権者は、債務者主張のとおり、昭和六〇年八月から同六一年二月までの半年間に合計四回の業務上の事故を惹起したものであり、また、ことに、前記(2)(ウ)、(エ)の各事故は、債権者のいずれも一方的な運転上の過失によって生じたものであるうえ、前記(2)(ア)の事故も、その態様自体、債権者の運転上の過失にはかなり大きなものがあったことを示唆しているのであって、結局、以上の事情は、債権者の技能に相当の問題のあることをうかがわせるものであることを否定しえない。しかし、他方、本件では、債権者のために考慮すべき以下のような事情があることも、同時に勘案されなければならない。
(ア) 前記(2)(ア)の事故についてみると、たしかに債権者の運転上の過失にはかなり大きいものがあったとはいえ、本件の全事情に鑑みると、高橋の側にも、債権者運転車との追突を回避すべく適当な措置を講じなかったことについて(あるいは、講じえないような運転をしていたことについて)、運転上相応の過失があったものと一応認めることができる。なお、右事故により高橋運転車に生じた損傷については、同人の側でその修理費用を負担することにしたものと認められる。
(イ) 前記(2)(イ)の事故については、なるほど、債権者の側にも、その右折方法等につき過失とされるべき点のあったことが一応認められるとしても、直進車を運転しているとはいえ、自車前方を債権者運転車がすでに右折進行しているのを認めながらその動向を十分注視しないで進行したと認められるバスの運転車の過失と対比して、この場合、債権者の過失の程度は小さかったというべきである。
(ウ) なお、前記(2)(ア)ないし(エ)の四件の事故全部を通じ、人損が生じた旨の疎明はなされておらず、生じた物損の程度も比較的軽微であると認められ、また、債権者が右各事故により何らかの刑事処分又は行政処分を受けた旨の疎明もなされてはいない。
以上の各事情を総合考慮し、なお前記1のとおり、債権者が昭和六〇年五月に自動車運転二種免許を取得してから、本件事故当時それほどの期間を経過してはいなかったと認められることをも勘案すると、本件各事故を根拠として、債権者の技能が著しく劣り、改善の見込もなく、債権者からは、将来にわたっても、企業目的の達成に寄与しうるような質、量における労働義務の遂行を期待しえないと認めることには無理があると考えざるをえないのであって、前記のとおり就業規則二八条四号の該当性の判断には相当程度債務者の裁量に委ねられるところがあることを考慮してもなお、本件はいまだ同号所定の場合にはあたらないと解するのが相当であって、これと反する債務者の主張は失当であるというべきである。
(4) そして、以上検討の結果にもてらすと、債権者の技能が劣り、注意散漫で、上達改善の見込がない点は、就業規則二八条一二号の「その他右各号に準ずる事由があったとき。」との解雇事由にも該当する旨の債務者の主張もまた失当であるというべく、本件は同号にも該当しないと解するのが相当である。
(二) 懲戒解雇事由の存否について
(1) 債務者は、前記(一)(2)(ア)の衝突直後、債権者は、降車して、相手方である高橋享に対し、右事故が同人の全面的過失によるもののごとく強弁し、大声を出して右高橋の反論を封じ、さらに同人をそしるなどして、傍観者のひんしゅく、反感をかったところ、このような行為は、タクシー運転者としての品位、信頼をそこねたばかりでなく、債務者の名誉、信用をも著しく毀損したものであって、懲戒解雇事由を定めた就業規則七一条二四号、二五号に該当する旨主張する。
(2) 疎明資料によると、右衝突の直後、債権者は、降車して、高橋を非難し、ことに、債権者運転車が後退してきたので衝突した旨高橋が述べたのに対し、大声で激しく同人を難詰し、いあわせた第三者にその態度を批判されるや、その者にもくってかかる言動をとったことは一応これを認めることができる。
(3) 一方、債務者主張の債務者の就業規則七一条は、「従業員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇する。」として、一号から二九号までにわたり懲戒解雇事由を列挙しているが、債務者指摘の二四号は「故意又は重大なる過失により会社に損害を与え又は与えようとしたとき、若しくは会社の信用を損なったとき。」と、二五号は「会社の内外を問わず不正又は不法な行為をして著しく従業員たる体面を汚したとき。」とそれぞれ懲戒解雇の事由を挙示しているところ、債務者の前記主張は、要するに、債権者の本件行為は右各懲戒解雇事由に該当するが、懲戒解雇に代えて普通解雇をするにとどめたというものである。しかしながら、右七一条二四号、二五号は、その文言自体及び懲戒解雇事由を定める規定としての性格、目的等にもてらし、労働者の相当高度の非違行為を予定していることが明らかであるところ、右(2)認定の債権者の行為は、それ自体粗暴であって、タクシー会社としての債務者の信用等にてらしても、必ずしも軽視しがたい面を有しているとはいえる反面、事故直後の興奮した状況における偶発的な出来事であることや、その態様自体、要するに大声で乱暴な言動をしたというにとどまるものであったこと等にてらすと、これをもってただちに就業規則の右各条号のいずれかに該当するとするのは相当ではないというべきである。付言すると、債権者の右行為をもって何らかの普通解雇事由にあたるとみるのも、前記の事情にてらし、やはり相当ではないと認められる。
(三) 上司に対する侮辱について
(1) 債務者は、債権者が、昭和六一年二月二二日伊藤吉治本社営業所次長から前記(一)(2)(エ)の事故につき注意を受け、始末書を提出、作成させられたことに反発し、本社待合室で、他の従業員に向かって、「眼鏡をかけたあいつ、馬鹿伊藤の奴、忙しいのに長々と。こんな会社に長くいる気はないんだ。」などと声高に伊藤を非難してこれを侮辱したとし、このような行為は「従業員はこの規則を守り、自己の職務の遂行に当っては職制に基く所属長の指示命令に従うと共に、互に人格を尊重し、且つ協力して職場規律の保持に努めなければならない。」と定める就業規則四条に違反するもので、それ自体解雇事由に該当する旨主張する。なお、債務者の右主張は、就業規則が前記のとおり解雇事由を個々に規定しているのは必ずしもこれを制限列挙する趣旨に出たものではなく、債権者の就業規則四条違反の右行為はそれ自体債権者の解雇の正当性を基礎づけるものであるとの趣旨と解される。
(2) ところで、債務者主張にかかる債権者の伊藤次長に対するいわゆる侮辱行為については、その時期、機会、態様等に関し当事者間に争いがあるが、本件疎明資料中には、疎乙第九号証(伊藤吉治の債務者訴訟代理人に対する報告書)、第一二号証(亀ケ森英昭の債務者訴訟代理人に対する報告書)に、債務者の前記主張にそう内容の記載のあることは認められる。しかし、右各報告書の記載内容を一まず全面的に信用できると仮定しても、債権者の伊藤次長に関する発言なるものは、たしかに、乱暴で、同人に対する侮辱的な表現を伴うものではあるが、伊藤自身はいあわせない場で他の者に対して債権者が感情の赴くまま話した際のいわば偶発的な言動であることや、その他右発言の内容自体等にてらしても、これをもってただちに解雇の理由をなすとまで評価するのは、均衡を失して合理性を欠くというべく、かかる解雇は、解雇権と就業規則との関係に関する債務者の前記見解にかりに立ったとしても、解雇権の濫用によるものとして、その効力を否定されるべきであるといわなければならない。
(四) 以上検討の結果にてらすと、債権者に対する本件解雇はその効力を有しないというべきであるから、不当労働行為の成否等、他の争点について判断するまでもなく、債権者がなお債務者の従業員としての地位を有する旨の疎明はなされたと認めるのが相当である。
なお、付言するに、債権者と債務者との雇用契約の性質については、債権者はこれを期間の定めのない契約である旨主張し(ただし、債権者も、第二次的には、後記債務者の主張と同旨の主張をする。)、他方債務者は昭和六〇年五月二日から同六一年五月一日までとの期間の定めのある契約である旨主張している。しかし、債務者の右主張を前提としたとしても、債務者の審尋期日における主張によると、本件契約は、嘱託乗務員契約との名称の、期間を一年と定めた雇用契約ではあるが、当事者からの更新拒絶の意思表示がないかぎり当然更新されるものであり、また、本件では右更新拒絶の意思表示はなされていないというのであるから、前記のとおり本件解雇の効力が否定されるならば、当然債権者は右期間終了後も依然債務者の従業員としての地位を有する関係にあると解されるのであって、結局、雇用契約に債務者主張のとおりの定めがあるとの点は、本件で前記の被保全権利の存在を肯認するにつき妨げとなるものではないというべきである(債務者も、当初、債権者は同日までの雇用期間の経過により債務者の従業員としての身分を失っている関係にあるから、本件解雇の効力を争う利益を有しない旨を主張していたが、後、右主張を撤回した。)。
3 疎明資料によると、債権者は、本件解雇当時、前月二一日からその月の二〇日までの月間稼働営収額の五〇パーセント(一二月二一日から三月二〇日までは四九パーセント)を毎月二五日に債務者から給与として支給されていたことが一応認められ、また、昭和六一年一月分から三月分までの債権者の一か月給与の平均が二四万〇、四五一円であったことについては当事者間に争いがない。さらに、疎明資料によると、債権者は、妻と二人ぐらしで、妻にも若干のアルバイト収入はあるものの、主に債権者の収入により生活していたものであって、本件解雇により給与が支払われないことによりその生活に多大の支障を生じ、本案判決までこのままの状態で推移すると重大な損害を生ずるものと一応認められるので、その他諸般の事情をも考慮し、結局、本件債権者については、解雇の翌月である同年五月以降本案第一審判決の言渡まで、一か月につき二四万〇、四五一円の割合による金員を毎月二五日限り仮に支払うよう求める必要性の存在を一応認めることができる(なお、債権者は、同年五月から、雇用保険法所定の基本手当を受給しているが、右手当は、債権者に対する救済の付与時返還される性質のものとして給付されていることが認められるから、右受給の事実は、本件保全の必要性の判断に格別の影響を及ぼすものではないというべきである。)。なお、債権者の本件給与支払の仮処分の申請中、右認定を上まわる金額の支払を求める部分は、理由がないものとして、これを却下すべきである。
次に、本件の債権者が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定めることを求める地位保全の申請についてみるに、この申請についても前記2のとおり被保全権利の存在は一応これを認めうるものの、本件疎明資料にてらしても、右仮処分によりこれを保全する必要性についていまだ疎明がなされているとはいえないというべきであって(なお、この点につき保証を立てさせて疎明に代えるのも相当ではない。)、結局、右の申請は却下を免れない。
4 以上検討の結果にてらすと、本件申請は、債務者が債権者に対し昭和六一年五月以降本案第一審判決の言渡まで毎月二五日限り一か月二四万〇、四五一円の金員を仮に支払うことを求める限度において理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないので却下することとし、申請費用につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 木口信之)