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盛岡地方裁判所一関支部 昭和41年(ヨ)6号 判決 1968年4月10日

申請人 浅野ミキ子

被申請人 小野田セメント株式会社

主文

申請人が被申請人に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることをかりに定める。

被申請人は申請人に対し昭和四一年一月から本案判決確定に至るまで毎月二五日かぎり金三四、四九〇円をかりに支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一双方の求める裁判

一  申請人

主文第一、二項同旨の裁判

二  被申請人

「申請人の申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との裁判

第二双方の主張

一  申請の理由

1  被申請人は肩書地に本社を、岩手県大船渡市赤崎町字跡浜二一の六に大船渡工場をおいてセメントの製造販売を業とする株式会社であり、申請人は昭和二〇年四月被申請人に雇傭され、右大船渡工場において勤務し、昭和四〇年一二月当時毎月金三四、四九〇円の支給を受けていたものである。

賃金支給日は毎月二五日である。

2  ところが、被申請人は、昭和四〇年一二月二五日申請人に対し同月一八日付の退職辞令を交付して、以後申請人の就労を拒否している。

3  しかしながら、申請人と被申請人との間には依然として雇傭契約関係が存続している。

そこで、申請人は被申請人に対し雇傭契約確認等の本案訴訟の提起の準備中であるが、本案判決の確定を待つていたのでは、回復しがたい損害を受けることになる。

すなわち申請人の夫は司法書士をしているが、大船渡市ではそれほど仕事がないため、結局これまで申請人の収入にほとんど依拠していたので、このままの状態が続けば、一家路頭に迷わねばならないことになる。

よつて申請人は申請の趣旨記載の裁判を求める。

二  被申請人の答弁

申請の理由1、2の事実は認める。同3のうち申請人の夫が司法書士をしていることは認めるが、その余の主張は争う。

三  被申請人の抗弁

1  被申請人は、昭和四〇年一二月三日及び同月七日申請人に対し大船渡工場佐々木勤労課長によつて希望退職の勧告を直接口頭で行つて申請人と被申請人との間の雇傭契約の合意解約の申込をしたところ、申請人は同月一八日被申請人に対し同日付をもつて退職する旨の退職願を提出して右合意解約の申込に対する承諾の意思表示をした。

したがつて、右雇傭契約は昭和四〇年一二月一八日合意解約の成立により同日付をもつて終了したものである。

右承諾の意思表示の受理手続は、つぎのとおりである。

すなわち、被申請人は、一二月一八日午後申請人提出の退職願を受理し、同日付をもつて申請人を退職とするとともに、これに伴う所要の手続をすすめた。

申請人については、大船渡工場長に任免権限があり同工場が退職願を受理することにより退職となるのであるが、一二月一八日大船渡工場は申請人提出の退職願を受理するとともに被申請人東京本部に対し申請人が希望退職した旨報告した。

翌一九日は日曜日であつたので、被申請人は二〇日申請人が一二月一八日に離職した旨の「失業保険被保険者資格喪失届」を大船渡公共職業安定所に提出し、翌二一日同安定所よりその確認通知を受けた。

また、健康保険についても、被申請人は同じく一二月二〇日申請人が同月一八日に退職し、翌一九日に資格を喪失した旨の「健康保険被保険者資格喪失届」を小野田セメント健康保険組合大船渡支部に提出し、同月二〇日その確認通知を受けた。

厚生年金保険についても、被申請人は、右の各手続と同じく、一二月二〇日に、申請人が同月一八日に退職し翌一九日に資格を喪失した旨の「厚生年金保険被保険者資格喪失届」を一関社会保険事務所宛郵送し同月二四日右事務所の確認を受けた。

2  かりに、被申請人の退職勧告が合意解約の申込の誘引であつて、申請人の退職願の提出を合意解約の申込であると解すべきものであつても、被申請人が、一二月一八日これを拒否することなく、受理し前記の手続をしたことは右申込に対する承諾の意思表示をしたものというべく、これにより合意解約が成立したものというべきである。本件の場合辞令は確認的意味で事後交付されたにすぎない。

3  また、被申請人及び申請人は、申請人の一二月一八日付の退職をつぎのとおり相互に了承確認していたから黙示的承諾の意思表示があつたものである。

すなわち、申請人も、退職願の提出後、一二月一八日付退職者として、自ら所要の手続に参加していた。

大船渡工場は、本件希望退職者のうち、一二月一〇日までに退職した者については同月一一日に、また同月一一日以降に退職した者については同月二一日に、それぞれ同工場事務所二階会議室に集合してもらい、失業保険その他の社会保険の受領手続等の説明会を行つたが、申請人も同月一八日の退職者として、同月二一日実施の右第二回説明会に出席し、その説明を受けた。

また、その際申請人は、「厚生年金保険被保険者証」を紛失したと申し出、係員より右被保険者証は他事業所に勤めるときあるいは老令年金を請求するときに必要であるから再交付申請をするようにとの説明を受け、右説明会終了後、大船渡工場勤労課に出頭して、「厚生年金保険被保険者証滅失再交付申請」の手続を行つた。

なお、右申請は、在職者の場合と退職者の場合とでは申請書の記載事項が異るのであるが、申請人の場合は後者のものである。

四  抗弁に対する申請人の答弁

抗弁1のうちその主張の希望退職の勧告のあつたこと、その主張の退職願を提出したこと、一二月一九日が日曜日であることは認めるが、退職願受理後の手続は不知、その余の事実は否認する。

なお、退職の勧告は一般に誘引的要素を多くもつているところ、本件も希望退職者の公募をしたのであるからこれは合意解約の申込ではなく、したがつて、退職願の提出のみではいまだ合意解約は成立していなかつたものである。

抗弁2の主張は否認する。退職願を受理したという単純な事実行為に承諾の意思表示という重大な法的効果を付与することはできない。ことに事後の辞令交付制度がある以上右事実行為を意思表示に擬制する必要はない。

抗弁3の主張は争う。申請人が昭和四〇年一二月二一日の会合に出席したのはそのときすでに本件退職願の撤回をすべく準備していた申請人が、申請人以外の退職願を提出した者に対し、退職願撤回をはたらきかけ、もし申請人と同一の意思をもつている者があれば、共同で退職願の撤回をすべく出席していたまでのことである。したがつて、その場においては周囲の者に対し撤回の意思をたしかめるなどしていたもので、説明を聞くために会場に出たものではない。また、被申請人の主張する厚生年金被保険者証滅失再交付申請についても申請人が同証を滅失していた関係から退職在職に関係なく「紛失しているからもらつていた方がよい。」という単純な考えで退職者用在職者用の区別も分らないまま提出したものである。

当時申請人は、退職者として所要の手続に参加していたとすれば当然提出していなければならないところの「健康保険被保険者証」を提出せず、現にこれを所持している事実によつても、申請人が退職者として行為していたわけではないことは明らかである。

五  申請人の再抗弁

1  申請人は退職辞令の交付のある前である昭和四〇年一二月二二日被申請人に対し退職願による退職の意思表示を撤回した。したがつて、その後退職辞令を交付しても合意解約は成立しない。

2  かりに、右撤回ができないとしても、被申請人は、退職募集基準として「有夫の女子」「三〇才以上の女子」という性別による差別扱いの基準を設定し、申請人はこれに該当するので昭和四〇年一二月一八日までに退職願を提出しなければ指名解雇にするという心理的強圧を与えたものであるところ、右差別は憲法第一四条、労働基準法第三条第四条の精神に明確に違反している。

したがつて、そもそもかかる基準で募集し、退職勧告をすることは憲法、労働基準法違反なのでこれに基く合意解約は公序良俗に違反し民法第九〇条によつて無効である。

つぎに、違法な右基準による指名解雇は公序良俗に反して無効であるが、確定的に迫つていた指名解雇と密接不可分な相当因果関係に立つ本件合意解約も公序良俗違反で民法第九〇条によつて無効である。

右違法な基準を設定するに至つた経緯及び指名解雇する旨の心理的強圧を与えた過程はつぎのとおりである。

(一) 被申請人は、かねて人員整理をやらないことを申請人の所属していた小野田セメント労働組合に対し言明していたにもかかわらず、昭和四〇年一一月二日組合に対し人員整理を含む合理化案を提示した。

(二) 右人員整理案の内容は

(1) 希望退職を募集すること

(2) その人員は社員八〇〇名臨時雇一五〇名とすること

(3) 募集期間は一一月二〇日から一二月五日までとすること

(4) 募集基準は有夫の女子等の五項目として基準に該当する人は原則として応募されたいこと

(5) 退職条件は給与規定に定める退職金のほか特別退職金を年令に応じて支給すること

等であつた。

(三) 右人員整理の責任及び不当性

(1) 業績不振は経営者の責任である。

被申請人が今日の業績不振におち入つた原因は、

イ 改良焼成法採用の誤算

ロ 関連会社の不振

ハ 事務機械化の行きすぎ

にあり、いずれも経営者の責任である。

被申請人の八〇〇人に及ぶ人員整理を含む合理化案はその責任を労働者に転嫁しようとしたものである。

労務費が業績悪化の原因でないことは被申請人の昭和四〇年九月期決算における売上高に対する人件費率が一二・六パーセントに対し、日本セメントの昭和四〇年四月期決算期におけるそれが一四・三パーセントで高率であり、被申請人の業績不振は労務費圧迫が原因ではない。

(2) イ 本件人員整理は、定員協定に違反するのみならず、余剰人員の整理のためのものではない。

昭和二六年労使間に定員制度に関する協定が成立した。

これは労使が双方定員制委員を選定全事業場にわたつて現地調査の上、必要人員並びに配置を決定したものであつて、この協定書には、定員表が付され、各職場単位のみならず、係単位まで定員が定められた。

以後昭和三一年、三五年、三七年にそれぞれ全面または部分の改定を協議決定し、適正かつ合理的な人員配置を行つてきた。そのため欠員が生じたときにはただちに補充される立前であつた。

このように定員制度が存在し、事情変更に伴う定員改定がその都度なされていた以上、余剰人員の存在などということは会社においては全くありえないのである。

まして昭和三九年から四〇年初めにかけて定員査定の作業が労使間で合意のうえ進められており、そう遠くない時期に結論を見ることが予想されていたのであるから、その結論をまたず人員整理を考えることは協定に反し余剰人員整理のためのものとは考えられない。

ロ 人員整理の必要について

被申請人は第八八回中央経営協議会において、八〇〇人の人員整理を実施した場合と人員整理をせず、自然減による人員削減の場合との損益推移を昭和四一年から同四四年までの四年間のところで比較し、人員整理によつて累積赤字の解消の時期がわずか半年弱早まるだけであるとの組合側の指摘に対し、そのとおりであると回答している。

累積赤字をわずか半年弱早めるために八〇〇人に及ぶ人員整理をすることは緊急と認めることはできないし会社再建上必須不可欠のものということもできない。

(四) 組合は右合理化反対闘争として一一月二八日から五日間にわたる全面ストライキの実力行使を行つたが、その行使は消極的なものであつたので結局被申請人はストライキ後希望退職の募集を行い組合もこれを阻止しなかつたので退職勧告もすすめられた。

(五) 申請人は、すでに結婚していたため退職募集基準の「有夫の女子」に当るということで、一二月三日と同月七日の二回にわたり大船渡工場事務所会議室に呼ばれ、佐々木勤労課長から退職基準に該当するので是非やめるように最後には指名解雇されるのであるからと強迫されたのである。

ところで、被申請人は、希望退職者の募集と称しながら、もし希望退職の形式での人員整理によつて予定人員に達しない場合は、当初の予定人員に達するまで指名解雇を強行する方針であつた。

すなわち、

(1) 被申請人は、昭和四〇年一一月二日開かれた中央経営協議会において八〇〇名の人員整理案を呈示して以来組合側の予定人員変更の要求にもかかわらず一貫して八〇〇名の予定人員を変更しなかつた。

(2) 佐々木勤労課長が個々面接した者はすべて募集基準該当者であつた。

(3) 昭和四〇年一二月一一日の組合大船渡支部の情報でも指名解雇必至との情報が流され、募集基準該当者は戦々兢々としていた。

申請人は二回にわたる佐々木課長との面接の結果を組合支部に報告しているが、当時の支部幹部はむしろ早く予定人員に達してトラブルを起さないうちに事態を収拾したいという態度に出ていたので抗議を出すことをしなかつた。

(六) (1) ところが再度延期された募集期限の一二月一五日になつても全体で四〇〇名、大船渡工場でも予定の八〇数名に対し四〇名の希望退職者しかなかつたため、同日被申請人は期限を一二月一八日までさらに延ばし予定数に達しないときは「有夫の女子」等一二項目の希望退職募集基準と大綱において一致する解雇基準で指名解雇すると発表したのである。

(2) そして労働組合大船渡支部は同月一六日被申請人から指名解雇者のリストを見せられたとして申請人に対し申請人が有夫の女子として被申請人のリストに載つていることを告げた。

すなわち、被申請人は申請人に対し組合を通じて一八日までに退職しなければ、右基準で指名解雇する意思であることを知らせたのである。

(3) しかして、他工場では希望退職の勧告を受けた者の中に三名の自殺者を出しているほど被申請人の退職勧告は執拗かつ強力なものであつた。

(七) 申請人は、被申請人の指名解雇の発表と佐々木勤労課長の二回にわたる執拗な勧告が一致したので、一二月一八日までに退職しなければ指名解雇され、通常の解雇扱いしかされないものと考え、心ならずも同日退職願を提出するに至つた。

そして、事実同日になつても当初の予定人員八〇〇名に達しなかつたので、被申請人は、昭和四〇年一二月二六日六二名の指名解雇を強行している。

(八) 被申請人の右希望退職の勧告は違法な行為であつたというべきである。

まず、被申請人の申請人に対する希望退職の勧告の理由が「有夫の女子」「三〇才以上の女子」ということのみであつたことは、つぎの事実から明らかである。

すなわち、申請人は生産課事務補助職に就いていたが、被申請人は昭和四〇年一二月末頃から大田秀希を大船渡工場中砕班より生産課事務補助職に配置転換させたほか、昭和四一年五月二三日より女子職員一名を生産課事務補助業務に従事させているのであるから、申請人は被申請人にとつて必要な職務に就いていたものといい得る。

しかるに、「有夫の女子」「三〇才以上の女子」を差別扱いすることは、いずれも結婚している女子の差別待遇、性別による差別待遇に該当するので、明らかに憲法第一四条に反するのみならず、労働基準法第三条、第四条の精神にも明白に反するところ被申請人はかかる違法な内容の基準を設け、希望退職を一定期限内にしなければ、指名解雇にするという勧告を行つたものであるから、これに基く合意解約は前記のとおり公序良俗に反して無効であるといわなければならない。

3  かりに、以上の主張が理由がないとしても、その退職の意思表示は前述のとおり違法な強迫によつてさせられたものであるので、申請人は、昭和四〇年一二月二二日被申請人に対し右意思表示を取り消す旨の意思表示をした。

すなわち、前記違法な退職勧告は、明らかに民法第九六条第一項にいう強迫行為に当るものであるから、これに基いてなされた退職の意思表示は瑕疵あるものとして取消が許容されるべきである。

六  再抗弁1に対する被申請人の答弁

再抗弁1の事実及び主張は否認する。なお、退職願の提出によつて合意解約が成立しているからその後に撤回する余地はない。

七  再抗弁2に対する被申請人の答弁

再抗弁2の冒頭の主張は否認する。(一)、(二)の事実は認める、(三)の事実は否認する、(四)のうち実力行使が消極的微温的であつたとの点は不知、その余の事実は認める、(五)については佐々木課長が申請人主張の日に勧告を行つたこと、(1)のうち被申請人が八〇〇人の人員整理を予定して一貫して変更しなかつたこと(ただし被申請人は必ずしも右八〇〇名に固執していたわけではない。)、(3)のうち組合が抗議をしなかつたことは認めるが、(3)のうち右以外の事実は不知、その余の事実は否認する。(六)(1)の事実は認める。(2)のうち組合大船渡支部が申請人主張のようなことを告げたことは不知、その余の事実は否認する。(3)の主張は趣旨が不明なので認否しない、(七)のうち被申請人が指名解雇をするに至つたことは認めるが、それは一二月二九日付の七二名の解雇である。その余の事実は否認する。(八)の事実及び主張は否認する。

(積極否認の主張)

なお、被申請人の人員整理の必要性及び希望退職者の募集に至る経緯はつぎのとおりである。

1 人員整理の必要性について

(一) 業績悪化の経過

被申請人は業界最大の生産能力を有するセメントの製造・販売を主たる業務とする企業であるが昭和三九年上期以降一般経済界の不況による需要の不振と業界の設備過剰によるセメント市況の大幅な下落のため急激な業績悪化の道を辿り昭和三九年上期には辛うじて五分配当を行つたものゝ、同期の利益は二億四千万円に過ぎず、配当準備積立金三億円を取り崩して配当に当てざるを得なかつたのである。しかるに同年下期には遂に十四億を超す赤字となり無配に転落するに至つた(第一表参照)

「第一表」

業績の推移

単位百万円

当期損益

前記繰越損益

資本金

配当

備考

三八年上期

一、三二一・七

六八・九

一三、〇四二・一

年一割

一、〇三六・九

七一・〇

二〇・〇〇〇

三九年上期

二四〇・二

七二・四

〃五分

配当準備積立金三億取崩

(一)一、四八五・八

五六・六

無配

経常損益

(一)一、五五六・九

四〇年上期

(一)三、四〇七・〇

(一)一、四二九・一

経常損益

(一)一、八九七・九

セメント市況の大幅な下落はセメント各社の業績低下を余儀なくさせたが、就中当社がこのような最悪の事態に追込まれたのは、敗戦により海外の優秀工場を失つた当社が他社に伍して発展していくため多大の期待をもつて採用した改良焼成法が巨額の資金を要したため借入金が急激に増加しその金利と償却の負担が大きく、しかも改良法も未だその成果を挙げ得ないうちに戦後最大の不況に遭遇したこと又多大の資金を投下して育成してきた関係会社に当初の目算通りの業績を挙げ得ないものが多く、これが被申請人の大きな金融負担となつたことなどによるものである。

(二) 業績挽回の努力

被申請人としては勿論かかる事態を拱手傍観していたわけでなく、既に早くより生産能率の向上、原燃料費の切下げ、諸経費の節減など合理化によるコストダウンに努力してきたのであるが、かかる努力にも拘わらず到底立直れなかつたばかりでなく、業績不振の傾向は更に急速化するに至つた。

そこで被申請人は、昭和三九年秋頃より再建対策(第一次)の検討を進め、翌昭和四〇年二月成案を得るや直ちにこれを組合に提示しその協力を求めた。

第一次再建対策の内容は、社内の各方面にわたつて徹底的な合理化を行うことによつてコストダウンを計ろうとするものであり、人件費については当時はかなりの余剰人員を抱えていたに拘わらず出来るだけ従業員の犠牲を避けて再建を計るべきとの見地から人員整理は行わず自然減の促進による人員削減を給料・賞与・福利厚生等労働条件の若干の抑制にとどめたのである。

その後組合との交渉の結果かなりの修正を余儀なくされたものの、七月にはその大部分について協議が成立し、再建を強力に推進することになつた。

然るに当社のコストが他社に比して高い以上、徹底的な合理化によつて体質の改善を計り、競争力をつけなければどうしても赤字から脱け出れないばかりでなく、赤字累積の結果、最悪の事態に立至らざるを得ないことが明らかになつた。そこで役員の大幅な更迭を行うと共に、引続き綜合的且つ抜本的な再建計画の検討を進めた結果、早期立直りを計るためには、最早金融機関に対する金利軽減等の懇請並びに人員整理等の思い切つた手段を講ずる外はないとの結論に達し、新たな再建対策(第二次)を樹立すると共に各方面の支援を得てこれを強力に推進することを決意し、組合に対しても一一月二日人員整理を含む再建対策を提示してその協力を求めたのである。

かように被申請人が八〇〇名に及ぶ人員整理に踏み切らざるを得なかつたのは、前述の如く昭和四〇年上期までにすでに四八億にのぼる累積赤字を抱え更に同年下期以降も引続き相当巨額約八〇億の赤字が必至であり、このまゝでは企業の存立そのものが危殆に瀕する恐れがあつたからである。

即ち会社が立直り他社と競争していくためには金利軽減の措置を講じ且つコストを大幅に切り下げることが必要で、それにはすでにかなりの成果をあげてきた原燃料費の切り下げや諸経費の節減などをさらに強化する外、同規模の同業他社に比較しかなり多い従業員を適正人員としその能率の向上をはかると共に人件費を削減する必要があつたのである。

2 希望退職者の募集経緯について

(一) 整理予定数の決定

被申請人は従来から同規模の同業他社に比して従業員数がかなり多かつたため、昭和三八年に組合に定員の再査定を提案し、適正な人員配置を行うべく検討を進めつゝあつた。

しかし今回の人員整理に当つては、改めて各事業場に適正な必要人員の検討をさせた結果、一般社員で九二〇名の余剰があることが明らかになつた、しかし人員整理は最小限にとどめたいとの意向から全社で八〇〇名の整理を行うこととした。

つぎに各事業場毎の整理予定人員については公正を期するため各事業場の適正必要人員及び現在人員を基礎に検討し第二表の如く決定したのである。

「第二表」

事業場

現在人員

四〇、一一、一五

整理予定数

事業場

現在人員

四〇、一一、一五

整理予定数

大船度工場

五九五

八四

恒見工場

三五三

六六

田原〃

二六二

四五

津久見〃

八五六

一五九

藤原〃

六一六

一一四

重安鉱業所

一〇〇

二五

新見〃

三〇四

四〇

支店SS

二五七

二〇

小野田〃

五七三

一一六

東京本部

四九八

五〇

八幡〃

三六七

八一

四、七九〇

八〇〇

なお、一般社員八〇〇名の外に副課長以上の管理職約四〇名(実際には四三名)の勇退、臨時雇一五〇名(実際には一五八名)の整理、停年退職後関係会社に勤務している者及び顧問、嘱託の大幅整理の方針を決定した。

(二) 希望退職者の募集と組合との交渉

かように被申請人は人員整理のやむなきに立ち至つたが、従業員の理解と協力により、事態の円満な解決を図るため希望退職者の募集によつて予定人数の整理を行うこととした。すなわち一一月二日被申請人は組合に対して同月二〇日から一二月五日迄を募集期間とし乙第五号証記載の条件により八〇〇名の希望退職者の募集を行いたい旨提案し交渉を行つた。しかし交渉はなかなか進展せず一一月二五日まで、前後八回にわたり協議を重ねるも被申請人の提案は容れられず、その間被申請人は組合の要望で募集の開始を一旦延期したが被申請人の置かれている緊急事態よりして何時までも延期することはできなかつたためやむを得ず組合との交渉を継続して進めると共にこれと併行して一一月二六日より一二月一〇日迄を募集期間として希望退職者の募集を開始することとした。

(三) 組合の了解と応募者の勧告

これに対し、組合は一一月二八日より五日間にわたる実力行使(全面ストライキ)を行つたがその後の交渉の結果、事態を直視し被申請人の窮状を打開するため、八〇〇名の希望退職者の募集については一二月一〇日これを了解したので会社は募集期間を一二月一五日まで延長し、その後さらに同月一八日まで再延長して、本格的に募集を進めた。この結果同月一八日までには、六六〇名の応募を得ることができ、特に申請人の所属していた大船渡工場においては八四名の応募を得て予定数に達し労使の直面した重大事態を円満解決することができたものである。

なお被申請人が当初予定した一二月一五日の募集期間の終了時においては、応募者数は四六五名で予定数に程遠くかつ八〇〇名は整理実施の最低の必要数であつたので、被申請人は募集期間を三日間延長すると共にこれによつても予定数に達しない場合には不本意ながら指名解雇を行わざるを得ない旨組合に提案した。そして右指名解雇問題については同月二〇日の組合の斡旋申請に基き希望退職者の募集の推進を骨子とする中央労働委員会の斡旋案の提示があつたが、被申請人としてはすでに二度にわたり募集期間の延長を行つたこれまでの募集状況から推してまだ予定数に達していない事業所についてはこれ以上募集を行つても到底予定数に達することは期待できないと判断された上に、一般社員八〇〇名の整理を予定する本件人員整理は会社再建のための必須事項で、事態をこのまゝに遷延できないこと、また一部組合員の反対によつて希望退職応募の著しく少い事業所もあつて、このままに打切ることは他の事業所やすでに希望退職に応じた人達との均衡を欠き、ひいては会社再建も難しくなると考えざるを得なかつたこと等から、右斡旋案を受諾することが出来ず結局同月二五日指名解雇を行うことにしたものである。

しかしながらこの間一二月二四日までには応募者総数七二一名に及び大方の事業所に於て希望退職者募集の実を挙げることが出来たのである。

3 大船渡工場における希望退職者の募集

(一) 募集の発表

昭和四〇年一一月二日被申請人から組合に対して提案された希望退職者の募集は、同年一一月二〇日開始の当初の予定を延期して同月二六日より開始され、大船渡工場においても右二六日「本日より一二月一〇日まで希望退職を受け付ける」旨の掲示をした。

しかしながら当時は、被申請人・組合間において希望退職者募集の実施について了解が成立せず加えて一一月二八日より五日間にわたり組合が大船渡支部を含め全面ストライキに入つたため、大船渡工場においては、事実上、希望退職者の募集は行われなかつた。

(二) 募集の開始

しかるところ、一二月二日に至つて、中央協議会に於て、組合は被申請人が希望退職の勧告を行うことを了承しこれを妨げないこと、被申請人はさきに一一月二五日に提案したとおり五項目の募集基準を明示しないで希望退職者の募集を行うことで労使の協議が成立した。

なお、八〇〇人の募集目標人員については一二月一〇日に労使の了解が成立した。

(三) 希望退職の勧告

そこで、大船渡工場においては、右の労使協議の成立に伴い希望退職の勧告を行うこととし、一二月三日大船渡支部に対し、希望退職者募集のため個人面接を行う旨及び募集期間が短かいので、まず、被申請人が応募を希望し、これに協力してもらえる可能性があると思われる者からはじめ、時間に余裕があれば全員に実施する旨を通告して同日から勧告を開始した。

そうして、この勧告にあたつては、被申請人の経営の合理化すなわち会社業務の効率的な運営という点からみて、これに貢献する度合の低い者であつて当該従業員の家庭状況等生活面の配慮などをも綜合勘案したうえ、被申請人の希望退職勧告に協力を得やすい事情にあると考えられる者から勧告をはじめることとし、一二月三日から同月八日までの間に約一〇〇名の者に対し、大船渡工場の管理職八名が分担して、同工場内会議室において、前後二回の個人面接を行つて、被申請人の窮状を説明して希望退職に協力してもらいたい旨勧告し、同月九日以降一五日までの間(途中一一ないし一三日は中止)には右を除く約五〇〇名に対して一ないし二回の個人面接をして勧告を行つたのである。

いうまでもなく、合理化に基く人員整理は、懲戒解雇などとは異り、本来企業の運営が危機に瀕した場合やむを得ず行うものであるから、企業の運営に貢献度の低い従業員を整理することは通常行われるところであるが、右の外、なるべく従業員の犠牲を軽減するという観点から、整理されても比較的経済的に困らない環境にあるものがその対象として選ばれることも我国の実情であり、停年に近いもの、有夫の婦等がこれに該当することは顕著な事例である。

4 申請人に対する勧告状況

(一) 被申請人は、一二月三日及び同月七日、多数の従業員に対していつせいに希望退職の勧告を行つた際、申請人に対しても勧告を行つたが、この際同人に対し何ら強迫的言動はしていない。

すなわち、一二月三日には、大船渡工場勤労課長佐々木精一が午前一一時過頃約一〇分間同工場事務所会議室において申請人に対し会社の窮状を説明し「「再建協力のお願い」ですでに御承知のように希望退職者の募集をやらなければならないようになつてしまつたので、貴女にも是非協力をお願いしたい。一家の中心となつている御主人の方にもお願いしているのですが、貴女には司法書士をして居られる立派な御主人もおられるのだから是非協力をお願い致したい。御主人ともよく相談して下さい。」と話し、また、同月七日には、右佐々木及び同工場試験課長須郷英輔が同席して午前一一時過頃から約二〇分間前同所において申請人の家庭事情を聞きながら、前同様の話をしたにすぎず、何ら強迫的言動はしていない。

(二) 申請人は、右面接の際に、佐々木勤労課長が申請人に対し「退職基準に該当するので是非やめるように最後には指名解雇されるのであるから」といつて脅した旨主張するが、佐々木はもとより同席した須郷も全くそのようなことはいつておらず右は事実無根の主張である。

大船渡工場においては、前述の如く被申請人が一二月二日、当初提示した募集基準を明示しないこととした趣旨に鑑み、同月三日ないし八日の間に個人面接を行つた対象者を必ずしも右基準のみに準拠して選ばなかつたし、又申請人の場合を含め、個人面接の際には右基準について言及したことはなく、まして当該従業員が右基準に該当するというが如き発言はしていない。

指名解雇の点についても同様で、被申請人が指名解雇の実施及び指名解雇基準を発表したのは同月一五日に至つてからであり、同月九日の中央協議会に於て「一五日になつても八〇〇人に達しないときは相当の決意をもつて処しなければならない」旨発言したことはあるが、それ以前においては、指名解雇問題にふれたこともなく、またこれが労使間の議題となつたこともなかつたので、右面接の際に指名解雇問題に言及したり、あるいはこれを予想させるが如き発言をしたことはない。

このことはつぎに述べる事実からみても容易に肯定できることである。すなわち、当時は労使関係が極めて緊迫していた時であつて、ことに大船渡支部において個人面接の結果を逐一本人に報告させていた実情にあつたので、大船渡工場が労使間で成立した募集に関する了解を無視するの挙に出たり、あるいは会社が内部的にもまた組合に対しても公表していない指名解雇問題について一二月三日ないし七日の段階において言及するようなことがあつたとしたら、当然大船渡支部の知るところとなり、これが労使間の問題となることは必然のことであつたにもかかわらず、今日に至るまで大船渡支部からも組合からも何らこの点に関する抗議も受けていないのであり、申請人のかゝる主張は全く事実に反する不当なものといわなければならない。

(三) 被申請人が、申請人に対し前記のように希望退職の勧告を行つたのは、申請人の担当職務が生産課事務補助職であつて必要欠くべからざる職務でないことと、家庭状況等諸般の事情を綜合勘案した結果、被申請人が申請人の協力を希望し、また申請人も比較的退職し易い状況にあると判断したためである。

なお、被申請人が、大船渡工場生産課に大田秀希を配属し、また他会社の女子職員一名の業務応援を求めたことはあるが、その経緯はつぎのとおりで、いずれも申請人主張のような生産課事務補助職業務に従事させたものではない。

(1) 大田秀希について

被申請人大船渡工場生産課課詰(事務関係の意)には一〇の係があり、申請人は同課保全係に所属していた。

ところで、昭和四〇年一二月一日付をもつて右保全係々長平野節夫が生産課副課長に昇格しまた昭和四一年一月一日付をもつて右保全係々員熊谷庄吾が生産課焼成係焼成班勤務となり欠員を生じたため、当時同課原料係中砕班勤務であつた大田秀希を保全係勤務に配置換えしたものであるが、同人の担当業務は、申請人がかつて取扱つていた事務補助職業務とは内容を異にし、同人が右事務補助職業務を担当しているわけではない。申請人がかつて担当していた事務補助職業務については、課員が各自分担消化し特定の担当者をおいていない。

(2) 女子職員(森田ノブ)について

昭和四一年五月に至り、大船渡工場生産課は全社的に実施された臨時的調査事務のため、短時日間に相当量の計算事務を行う必要を生じ、同年五月二三日から七月五日までの間訴外三栄社に依頼して同社の従業員で珠算に練達した森田ノブの派遣を受け、右事務を行つてもらつたことがあり、申請人主張の女子職員とは右森田ノブのことと思われるが、このように同人の取扱つた事務は、生産課固有の事務でもなければ、申請人の担当していた事務補助職業務でもない。

また被申請人は同人に約一ケ月半の間臨時的事務応援を依頼したのみで、同人を生産課員に採用したものでもない。以上の如く申請人がいうように「有夫の女子」であるということが退職勧告の理由ではない。本来緊急行為である本件合理化において、かりに有夫の女子であることがその理由であつたとしてもこれを一つの理由として退職勧告をすることは何ら申請人主張のような法条またはその精神に反するものではなく、違法視されるいわれはない。

八  再抗弁3に対する被申請人の答弁

その主張の事実中その主張の意思表示のあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被申請人が申請人に対して行つた希望退職勧告は前記のとおり何ら違法なものでなく、かつ強迫に当るものでもない。もとより面接担当者において申請人を強迫して応募させようというが如き故意は毛頭有しなかつたものである。

そして、申請人は、一二月一八日被申請人の希望退職募集に応じ、同日付をもつて退職する旨の退職願を何らの異議を留めることなく、自発的に提出して、同日をもつて雇傭契約を合意解約して円満退職したもので、これが強迫によつてなされた意思表示であるとの主張は理由がない。

また、人員整理に当つて、いわゆる指名解雇に先立ち特別退職金の支給等指名解雇の場合に比し、有利な条件で希望退職者を募集し、あるいは一定の者に対し直接退職勧告を行うことは、指名解雇によつて惹起される労使間の摩擦をできるだけ避け、当事者間の合意(希望退職)により事態の円満な解決を図るためわが国において一般に行われているところであり、もとよりこれは適法な行為であつて、これをもつて強迫その他被勧告者の意思決定に対する自主的な任意性を失わしめるものということはできない。

したがつて、たとえ申請人が、被申請人の指名解雇実施の発表後に指名解雇となる場合を慮り、これを避け、希望退職を選んで本件退職願の提出に至つたとしても、かかる希望退職が強迫に当るとする申請人の主張は理由がない。

九  再抗弁1に対する被申請人の再々抗弁

さらに、かりに退職願の提出が合意解約の申込と解されたとしても、かかる合意解約の申込といえども、当然相当の期間は任意なる撤回は許されないと解されるので撤回の主張は理由がない。

すなわち、申請人の本件取消の意思表示がかりに撤回の意思表示を含むとしても、申請人主張の如く承諾には辞令の交付を要するというのならば、本件の場合右の撤回の意思表示がなされたときは被申請人において承諾の意思表示(辞令の交付)をなすに相当な期間が経過した後であつたとはいえないから撤回は成立しないというべきである。

一〇 再々抗弁に対する申請人の答弁

再々抗弁の主張は争う。

なお、合意解約は一種の契約の成立には外ならないが通常の契約とは異なり、これまでの法律関係を終らしめようとするものであり、かつその法律関係は労働契約関係であるから、契約の成立に関する民法の各条項をストレートに適用することは困難であり、表示主義より意思主義に重点をおくべきであり、そうだとすれば、撤回を制限する必要はなく、自由に許容すべきである。

第三疎明関係<省略>

理由

第一申請の理由1、2及び抗弁1について

一  申請人の申請の理由1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  被申請人の抗弁1の事実のうちその主張の希望退職の勧告のあつたこと、申請人がその主張の退職願を提出したことは当事者間に争いがない。

そこで、右希望退職の勧告が合意解約の申込といえるかどうかについて判断する。

1  まず、右希望退職の勧告がどのような時期に行われどのような内容を有していたかについて検討する。

成立に争いのない疎甲第四号証、第一七号証、疎乙第五号証、第九号証、証人小川泰宏、同佐々木精一(第一回)、同須郷英輔、同森茂二郎の各証言を合わせ考えると、つぎの事実が一応認められ、この認定を覆えすに足りる疎明はない。

(一) 申請人の勤務する大船渡工場においては、第八八回中央協議会第一二日である昭和四〇年一二月二日の被申請人と小野田セメント労働組合との希望退職についての後記第三の三で認定する了解成立後の、同月三日から希望退職の募集及び勧告が開始されたが、その際従業員八四名の人員削減が予定されていた。

右希望退職の募集は組合との了解事項の関係で従業員全員が対象であつて格別の募集基準を設けず、応募者の自由意思を尊重することになつていたが、大船渡工場管理者間において被申請人の方針に基いて募集方法を検討した結果、希望退職の勧告としては会社の再建に十分能力を発揮できる人を残し、そうでない人に退職して貰うべく、また退職をしても経済的な打撃の少ない人を選ぶという立場から同年一一月二日組合に提示された希望退職募集基準に準拠して一二〇名のリストを作成し、そのうち特に退職を期待する一〇〇名を区分し、まず右一二〇名に対して管理職がそれぞれ分担して工場内の会議室で個人面接による勧告をし、余裕があるときは、全従業員に対して行うことを決定した。

(二) 大船渡工場長森茂二郎は、一二月三日組合大船渡支部に対し本日から希望退職者募集のため個人面接を行う旨及び時間の余裕がないので、まず被申請人の方で退職を希望し、これに協力して貰えると思われる者からはじめ、時間に余裕があれば全員について実施する旨を通知した。

(三) 大船渡工場では、一二月三日から同月八日までの間に前記一二〇名の従業員に対して一斉に希望退職の勧告を行つたが、申請人については、最初の日である一二月三日に佐々木勤労課長が一人で午前一一時過頃約一〇分間会議室において、また同月七日は右課長が須郷試験課長とともに午前一一時過頃から約二〇分間前同所においてそれぞれ申請人に対して希望退職に応ずるよう勧告を行つた。

(四) 佐々木課長は、一二月三日の面接においては、被申請人の経営が悪い状態になつたので、人員の削減を含む再建対策を推進しなければならないこと、申請人には司法書士をしている立派な夫があるので、他の従業員の場合よりも退職し易いと思われるので是非希望退職に応じて再建対策に協力して欲しいとの趣旨の勧告をした。これに対し申請人は組合に委せてあるので応じられない旨の回答をした。

同月七日の面接においては前回の勧告後の申請人の考えを聞いたうえ、前と同様な趣旨の協力を求めたほか、須郷課長が申請人の夫が司法書士として事務所に事務員も使つているし、その夫の兄も弁護士をして事務員を使つているのだから、その方で働けば、経済的にも困らないのではないかとの趣旨のことを述べたが、申請人は一貫して退職の意思はない旨答えた。

(五) 大船渡工場における希望退職の勧告は、一二月三日から八日までの間に前記リストの一二〇名について二回ずつ、九日から一五日までの間(一二、一三日をのぞき)に右以外の約五〇〇名の従業員に約二回ずつ行われたが、希望退職応募者は一〇日までに四〇名、一五日までに一三名、一八日には申請人を含めて三一名となり合計八四人の当初の目標に達した。

2  つぎに、被申請人が申請人に対し右のような希望退職の勧告を行うに至つた理由について検討する。

証人佐々木精一の証言(第二回)により真正に成立したものと認められる疎乙第一二号証、証人佐々木精一(第一回)、須郷英輔の各証言によれば、大船渡工場では八四人の人員削減のため一二〇名のリストを作つたが、そのうちでも最も退職を期待する一〇〇名の中に申請人が加えられたこと、それは申請人が生産課保全係に所属して課内のお茶くみ、図面やき、洗濯物の運搬、日誌のフアイル、すでに決定されている工事名と内容及び代金支払伝票を控帳簿に機械的に書き写すなどの雑務に従事していたが、人員削減の見地からその担当職務を他の課員が分担することが可能であり会社再建に不可欠な従業員ではないと判断したこと、八四名の削減となれば経済的な困窮の予想される家族持ちの男子も選ばなければならないところ、申請人の夫はもと被申請人の従業員であつたが司法書士の資格を得て退職して事務所を開いており、夫の兄も弁護士で事務員を使つている環境にあるので退職しても比較的経済的に困らない立場にあると判断したことが一応認められ、この認定を左右する疎明はない。

3  ところで、退職願を提出したときの申請人の意思について検討する。

成立に争いのない疎甲第一〇号証、第一七号証、乙第一号証、申請人本人尋問の結果により真正に成立したものと認める疎甲第七号証、証人浅野幸明の証言、申請人本人尋問の結果によれば、つぎの事実が一応認められる。

(一) 申請人は、前記二回にわたる勧告の際には、指名解雇になつても最後まで頑張るつもりで、退職の意思がない旨くり返していたが、一〇日頃、募集期間が一五日まで延長されるとともに最後には指名解雇になりそうだとの組合情報が流れていたのでかなり不安に感じた。

(二) 申請人は、前記勧告を受けて以来夫の申請外浅野幸明と希望退職の問題について話し合い、最後まで頑張るつもりでいたが、右幸明はもと被申請人の従業員で右問題に関心が深かつたので、一二月一一日組合の支部事務所を訪ねて役員に見通しを聞いたところ希望退職は受け入れざるを得ない、最後まで頑張つても組合では応援できる態勢にないとのことであり、さらに佐々木勤労課長に面会して退職しないようにできないかと頼んだが申請人が勧告の際協力を要請されたと同様なことを述べ、もし指名解雇という段階になつたら考慮すると儀礼的にとれる態度で云われたにとどまつたので被申請人の人員整理の意志の固いのを再確認した。

そこで、右幸明は、二、三日体の調子が悪くて休んでいた申請人が希望退職の締切日だという一二月一五日朝工場に出掛けようとしていたとき、申請人に対しもし指名解雇になることがきまつていたら指名解雇は希望退職よりも退職金が少ないから退職の届出をしたらどうだろう、申請人の気のすむようにしなさいといつて、申請人の気持を和らげるよう気を配つた。

(三) ところで、一五日の締切は一八日まで再延長されたが、同日までに予定数に達しないときの指名解雇とその基準が発表され、申請人は一層不安に思つていたところ、一六日になつて申請人は組合支部事務所に呼ばれ、役員から申請人が指名解雇のリストに載つていること、組合としても指名解雇になつてから支援することはできないからより有利な条件の希望退職に応じた方がよいのではないかと告げられ、夫幸明の助言のこともあり、希望退職に応ずるほかはないだろうと考え、役員の手渡した退職願の用紙を持ちかえり、このことを幸明に説明して相談した結果、一八日に至つて退職金の率の良い希望退職をする決意をし、右用紙に所要の記載をして組合を通じて被申請人に退職願を提出した。

右認定の事実と異なる証人佐々木精一(第一回)、同森茂二郎の供述部分はこの認定に用いた各疎明と比較して信用することができず、他にこの認定に反する疎明はない。

4  すすんで、退職願の受理及びこれに伴う所要の手続について検討する。

成立に争いのない疎乙第七号証の一乃至三、証人佐々木精一の証言(第二回)により真正に成立したものと認める疎乙第一三号証、証人佐々木精一(第一、二回)、同小川泰宏、同森茂二郎の各証言を合わせ考えると、大船渡工場の従業員の任免の権限は工場長にあつたので、本件希望退職の募集は被申請人本部の企画決定の下に実施されたとはいえ、希望退職の受理及びその後の処理についての権限は工場長にあつたこと、そして大船渡工場における右の手続はつぎのように定められていたこと、すなわち退職願の提出のあつたときは工場長の権限において受理決裁し、その受理日当日をもつて退職として処理するとともに、退職に基く社会保険関係の手続、退職金の支給手続、辞令の交付手続等所要の事務をすすめるように定められ、工場長不在のときは勤労課長が右手続を代行するよう指示されていたこと、申請人の退職願は、一八日午後五時頃組合大船渡支部千葉書記長から佐々木課長に交付され、同課長はこれを確認してその場で受理決裁をし、同日上京中の工場長に対し電話で右の結果報告をし、一八日付退職ということで退職に基く社会保険関係の各種届出書類の作成提出等所定の手続をすすめたこと、一二月一〇日までに退職願を提出した者に対しては同月一一日に失業保険その他の社会保険の受領手続及び地方税、団体扱生命保険の取扱等の説明会を開催し、同日退職金の仮払もしていたが辞令の交付は同月二五日であつたことが認められ、この認定に反する疎明はない。

以上1乃至4の認定事実によつて考えると、被申請人の申請人に対する希望退職の勧告は、退職を求める積極的具体的確定的な意思表示であつて、これに応ずる意思表示がなされ異議なく受理されれば重ねて諾否を決する余地なく直ちに合意解約が成立する趣旨の意思表示、すなわち合意解約の申込の意思表示であつたと解することができる。

これは、一般的抽象的な勧奨に応じて退職願を提出する場合や本件において当初の段階でなされた一般社員に対する希望退職募集の如き誘引的要素をもつにすぎないものと必ずしも同一には論ずる必要はないと考える。

なお、乙第一号証には、退職願なる表現がなされているところ、成程この言葉の持つ意味としては被申請人がこれに対し承諾の意思表示をして始めて合意解約が成立する性質をもつものと理解する方が容易であろうが、その法的は評価な勿論右文字の表現のみに捉われずそのときの当事者双方の意思の解釈によつて判断さるべき問題であると解する。そこで前記認定の1乃至4の事実によれば、申請人は右用紙を退職届と同一視していたこと(ちなみに前掲疎甲第七号証中で申請人はこれを退職届と述べている。)、その提出によつて、当然に合意解約が成立するものと考えていたことが明らかであるので、この点からいつて乙第一号証の文言も右判断に影響を及ぼさないものといい得る。

そうすると、申請人が昭和四〇年一二月一八日被申請人に対して退職願を提出し異議なく受理されたのであるから同日合意解約が成立したものということができ、抗弁1は理由がある。

第二再抗弁1について

再抗弁1について考えるに、前記判示のように退職願の提出とその異議なき受理によつてすでに合意解約は成立しているのであるから、その後に至り退職の意思表示の撤回はできないこと明らかである。

したがつて、すでにこの点において再抗弁1は理由がない。

第三そこで、再抗弁2について判断する。

一  最初に被申請人が本件希望退職の勧告を行うに至つた経緯、背景について検討する。

まず、再抗弁2の(一)、(二)の事実、(四)のうち実力行使が消極的、微温的であつたとの点をのぞきその余の事実、(五)(1)のうち被申請人が八〇〇人の人員整理を予定して一貫して変更しなかつたこと、同(3)のうち組合が抗議しなかつたこと、(六)(1)の事実、(七)のうち被申請人が指名解雇するに至つたことはいずれも当事者間に争いがない。

右争いなき事実と、成立に争いのない疎甲第一四号証、第一八号証、疎乙第五号証、証人末国進の証言によつて真正に成立したものと認められる疎乙第二号証の一乃至三、証人小川泰宏の証言により真正に成立したものと認められる疎乙第三、四号証、証人末国進、同小川泰宏、同佐々木精一(第一回)、同森茂二郎の各証言を合わせ考えると、つぎの事実が一応認められる。

1  被申請人は、昭和三八年項から業績不振に陥り、昭和三九年上期には当期利益が約二億四千万円にとどまり、配当準備積立金三億円を取り崩してかろうじて年五分の配当を行つたが、同年下期には当期損失一四億円を超す赤字となつて無配に転落し、さらに昭和四〇年上期には当期損失三四億円を超す赤字となり、前期繰越損失と合わせると、次期繰越損失は四八億円を越える莫大な赤字となつた。

2  右業績悪化の理由は、その契機としてはセメントの過剰生産、販売競争の激化による価格の暴落によるセメント市況の一般的悪化があげられ、現に豊国セメント、大阪セメントでも希望退職による人員整理が敢行されたが、被申請人が他の大手セメント会社よりも一層窮地に立たされたのは被申請人の特殊な要因による弱点があつたためである。すなわち、被申請人は元来朝鮮、満州に一九の工場をもちこれに主力を置いていたところ、敗戦により内地の八工場を残して海外工場のすべてを失い、その際外地の従業員が多く帰つたのに整理は行わず、むしろ他社に伍して発展するため設備投資に借入金による巨額の資金を投じ、また多角経営を目指して八〇社に及ぶ関連会社にも多大の資金を投下してこれが育成をはかるという積極経営であつたため、一時高い収益をあげて優良会社であるとの評価がなされていたが、昭和三四年以降多大の期待をもつて採用した改良焼成法がいまだその成果をあげ得ず、関連会社も所期の業績をあげていないうちに右不況に遭遇し、売上げがスローダウンし、操業率は低下し、必然的に設備投資に供した多額の金利負担が重圧となつて、経営者の積極経営が裏目となつて急激な業績悪化を招いたことである。

3  被申請人は、右業績悪化に対処するため、昭和四〇年二月第一次再建対策の成案を作成し、同月一四日組合にこれを提示してその協力を求めた。

その内容は、生産設備、人事、機構、販売、賃金賞与、厚生、関連会社等会社の全領域に及ぶ緊急再建対策であり、役員の刷新、削減と報酬の減額、労働関係では自然減による人員の二割削減と四〇年度の昇給の停止と上下期賞与を各五万円に抑制することを骨子とするものであつたが犠牲を避けるため人員整理は行わないこととしていた。

4  しかしながら、その後この程度の再建策では到底再建できないことが判明したので、被申請人は、役員の大幅な更迭を行つて有力な銀行筋から役員を迎えて徹底的な合理化を行つて金融機関に対し支払期限の猶予、金利の軽減等を懇請するほかはないこと、その合理化とは人員整理も思い切つて行うことを含むとの結論に達し、これなくしては会社の存続も危ぶまれるとの見方から新たな第二次再建対策を樹立して昭和四〇年一一月二日組合に対し右再建対策を提示して協力を求めた。

その人員整理案は当事者間に争いのない再抗弁2(二)のほか希望退職の募集基準は全社員のうち退職を希望する人一般にも適用されたが、被申請人が原則として応募されたいとした人の項目は<1>停年に近い人<2>有夫の女子など<3>健康その他の理由で業務遂行が十分でない人<4>事業場間または事業場内での配置転換不能の人<5>自家営業その他生活の途を有する人(以下五項目という。)となつていた。

右認定に反する疎明はない。

右認定事実によれば、被申請人の経営者は、おそくとも昭和四〇年一一月二日頃累積赤字の増大を前にして企業の存続をはかるため経費をできるだけ引き下げて金融機関の理解と協力を得る必要上従業員整理を行わざるを得ないと判断していたことが認められる。

二  さて、使用者が故意に経営不振を招くような経営をしながら、人員整理によつて事態の解決をはかろうとしたような場合には、その整理が信義則に反するか、あるいは解雇を予定した害意あるものとして解雇権の濫用として無効であるとの評価を受ける可能性があるが、かかる場合をのぞくと使用者の誠実な企業運営ということも一般的には主観的に評価されるにとどまり、企業運営自体を客観的に評価してこれに基いて解雇の正当事由を判断することは法的に要請されてはいないものといわざるを得ない。したがつて、たとえ申請人のいうように労務費の圧迫自体が業績不振の原因ではなく他に手段方法があり、経営者の経済的見透しに基因するところが多かつたとしても、直ちに本件人員整理の必要性が否定されるものではない。本件人員整理はいまだこれが信義則または解雇権の濫用に当るものとはいい難い。

しかしながら、その人員整理の方法と内容には一定の制約があるものというべきであり、その整理は可能な限り最小限にとどめるべきで、かつ合理的な内容を有するものでなければならない。

このような意味で整理基準として考慮さるべきものは<1>企業の能率的運営の必要<2>個々の労働者の能力、経験技能および職業的資格<3>勤続年数<4>年令<5>家族の状況<6>その他社会的に適当と考えられる基準ということができるであろう。

三  そこで、本件の人員整理が可能なかぎり最小限であり合理的なものであつたかどうか検討する。

まず、第二次再建対策に対する組合の態度についてであるが、再抗弁2(四)のうち組合が合理化反対闘争として昭和四〇年一一月二八日から五日間にわたる全面ストライキの実力行使を行つたが、結局被申請人はストライキ後は当初の予定どおり希望退職の募集を行い、組合もこれを阻止しなかつたので退職勧告もすすめられたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎甲第一九号証、原本の存在及びその成立に争いのない疎乙第九乃至第一一号証、証人小川泰宏の証言により真正に成立したものと認められる疎乙第六号証の二、第八号証の一、二同証言とによれば、ストライキ後募集が行われるようになつたのは、被申請人と組合との間で個人の自由意思を尊重するならば組合は退職勧告を妨げないが無理があるときは抗議する、被申請人は八〇〇人の希望退職者数は変更できないが、前記五項目の基準は白紙にかえして退職勧告をするとのことで了解が成立したからであること、組合としては指名解雇による混乱を避けるため勧告があくまでも希望退職の線を超えないように監視すること、退職者に加算金を増額することに闘争目標の主眼を移さざるを得なかつたこと、一二月一〇日の交渉によりそれまでの特別退職金に一人平均七万五千円を加算することになり、その後はむしろ組合も希望退職者が予定数に達するよう望んでいたこと、その後双方からあつせんを申請した中央労働委員会においても指名解雇を避け希望退職勧告を推進する方向であつせん案を提示したことが一応認められ、この認定に反する疎明はない。

右認定事実と第三の一、二に認定した事実及び判断とによれば、本件において八〇〇名程度の希望退職募集による人員整理を行うことは、募集基準を白紙にしたことでもありけだしやむを得ない程度、方法であつたといわざるを得ないのであろう。

四  そして、申請人が具体的に受けた希望退職の勧告については前記第一の二1、2に認定したとおりである。

そこで、申請人は、被申請人が希望退職募集の基準として「有夫の女子」「三〇才以上の女子」という性別による差別扱いの基準を設定したことは、憲法第一四条、労働基準法第三条、第四条の精神に違反する旨主張するので検討するに、「有夫の女子」「三〇才以上の女子」という一般的な退職基準を設けること(「有夫の女子」「三〇才以上の女子」ということだけで、当然に企業貢献度が低く、経済的に困らないということはいえない。)は、結婚している女子の差別待遇または性別による差別待遇に該当するといえるから、いずれも憲法第一四条、労働基準法第三条、第四条の精神に違反し、かかる差別に基く法律行為は私法上無効であるといわなければならない。

しかしながら、申請人が具体的に受けた希望退職の勧告は申請人が会社再建に不可欠な従業員ではなく、余剰人員であると考えられていたこと(申請人は、被申請人が申請人の退職願提出後大田秀希を配置転換させ、女子職員一名を申請人の業務に従事させていると主張するが、前掲乙第一二号証、証人佐々木精一の証言によると、右主張の事実も申請人が被申請人の再建に不可欠な職務に従事していたと解すべき事項ではないことが一応認められる。)、退職勧告者一〇〇名中でも退職しても比較的経済的に困らない立場にあると判断されたためであるから、たまたま申請人が「有夫の女子」という基準(勧告の際この基準は白紙にかえされたこと前記認定のとおりであるが。)にも該当していたことを目して、かかる勧告に基く法律行為(承諾の意思表示)まで無効と解すべきでないことはいうまでもない。

五  さらに、申請人は違法な「有夫の女子」「三〇才以上の女子」という如き基準による指名解雇は無効であるので、確定的に迫つていたかかる指名解雇と密接不可分な合意解約も無効であると主張するので検討するに、証人渡辺幸二、同高橋初治郎、同佐々木精一、同須郷英輔、同森茂二郎の各証言、申請人本人尋問の結果によれば、被申請人は申請人に対する勧告当時いまだ指名解雇の決定をしてはおらず、大船渡工場においても担当者は希望退職のみによつて予定数の人員整理が完了するよう努力していたこと、ところが、一二月一〇日までに四〇名の退職応募者しかなく、同月一五日までにも一三名の追加応募者しかない状況であつたので被申請人の指示により一八日までに被申請人が是非希望退職して欲しいと考え指名解雇に移行した場合にはその該当者となるべき者に対し再度の面接勧告をする予定でいたところ、組合からその面接予定者名を聞かせて欲しい旨申出たので、これに応じてその予定者名を知らせたこと、組合ではさらに指名解雇に発展することを憂慮して犠牲者を少なく止めるためその予定者に組合の役員自らが希望退職に応ずるよう説得したが、その際予定者に対し指名解雇のリストに載つている旨言及したこと、大船渡工場の担当者においても一八日に員数がそろわず指名解雇が行われる際には右面接予定者がその該当者となることがほぼ確実に推測される状況にあつたこと、しかし申請人に退職勧告をしている当時は、組合でも勧告の方法が前記了解事項に抵触していないかを勧告された者の報告によつて監視している状況にあつたので、担当者は勧告に当つて表現に注意していたことが一応認められ、この認定に反する疎明はない。

そして、また申請人は、佐々木勤労課長が一二月三日の勧告の際退室しようとする申請人に対し指名解雇をにおわすような言動をした旨主張するので考えるに、前項に認定した事実と申請人本人尋問の結果によると、佐々木課長は指名解雇には言及しなかつたとはいえ、その言動には指名解雇問題には特に敏感であつたと推定される申請人にそれを想起させるものを含んでいたものと一応認めることができ、証人佐々木精一の証言中この認定に反する部分は措信し難い。

そうすると、申請人が一二月一八日に退職願を提出するに当つての前記第一の二3に認定した決意は、発表された指名解雇基準に自分が該当する項目のあつたこと、指名解雇のリストに載つている旨の組合役員の言葉と右佐々木課長の言動とから指名解雇は免れ難いものと判断したことが重要な原因となつていることが否定できず、結局右指名解雇基準と退職願の提出とは密接不可分の関係にあつたものといえる。

したがつて、その指名解雇基準が本来違法無効のものであるならば、これが心理的に重要な原因となつて締結された合意解約も私法上公序良俗に反して無効であるといわなければならない。

そして、このことは本件人員整理が企業にとつて緊急かつ不可欠なものであつたとしても、その違法は治癒されないものというべきであり、また、日本における数多くの人員整理にかかる基準が設けられているからといつて右の法的評価を変えるわけにはいかない。

ところで、大船渡工場においては結局指名解雇がなされなかつたのではあるが、成立に争いのない疎甲第五号証、第一〇号証によれば、被申請人は一二月一五日指名解雇基準を発表し、その基準第二号には「有夫の女子及び昭和四〇年一二月三一日現在で満三〇才以上の女子」と明記され、具体的な場合の例外項目もないことが一応認められる。

そうすると、申請人は、右項目の基準にまさに該当するのであるから、申請人が本件退職願を提出するに至つた心理的な決定的理由は自分が右基準にまさに該当すると考えたことであるといえよう。

しかるに、前記四に判示した如く右項目の基準は憲法第一四条、労働基準法第三条、第四条の精神に違反した差別待遇といわなければならないので、この基準に基く指名解雇は公序良俗に反し私法上無効であるというべきところ、申請人はかかる指名解雇を目前にしてこれから免れ得ないものと観念したために退職願を提出したのであり、被申請人が右一二月一五日以後右「有夫の女子」「三〇才以上の女子」の基準によるものでなく、右基準以外に合理的理由があつたことを明らかにできないので使用者が退職勧告と違法な停止条件付解雇とを同時に意思表示した場合と同じように理解するのが相当であるから、違法な指名解雇基準と密接不可分な関係に立つて成立した合意解約ということができ、結局かかる合意解約は公序良俗に反し私法上無効であるといわなければならない。

そうすると、再抗弁2は理由があり、申請人と被申請人との間には雇傭契約関係が依然として存続しているものということができる。

第四保全の必要について

まず、申請人の夫が司法書士をしていることは当事者間に争いがなく、前掲甲第七号証、証人浅野幸明の証言により真正に成立したものと認める疎甲第六号証、証人浅野幸明の証言、申請人本人尋問の結果を合わせ考えると、申請人の家族は夫婦と子供四人(退職願提出当時は三人)で一ケ月生活費は最低三万円を必要とするところ、申請人の夫浅野幸明は司法書士とはいいながら病弱なことと、大船渡市内に同業者が六名もあつて乱立気味で一ケ月の収入は二万円を若干下廻ること、このうち事務員の給与等経費を差引くと家計には五千円乃至一万円程度しか入れられないこと、このため従前は申請人の給与で、失業後は失業保険で主として生計を立てて来たが失業保険打切後は貯金の払戻や株券の売却によつて生活費をねん出していること、したがつて本案訴訟の判決確定を待つ余裕がないことが一応認められ、この認定を覆えすに足りる疎明はない。

そうすると、本件申請の保全の必要があるものというべきである。

なお、被申請人は申請人の夫の事務所または夫の兄である浅野幸一弁護士の事務所の事務員として申請人は働くこともできると主張するが、それは抽象的な議論にすぎず、現に右事務員として働いていないとすれば、右保全の必要を否定することはできない。

第五結論

以上の理由によれば、申請人が被申請人に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることが一応認められ、その保全の必要も一応認められるので、被申請人がかかる地位にあることをかりに認める必要があり、かつ被申請人は申請人に対し昭和四一年一月から本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金三四、四九〇円をかりに支払う義務があるものといわなければならない。

よつて、申請人の本件申請を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山喜左エ門 小倉顕 松本昭徳)

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