大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所一関支部 昭和46年(ワ)68号 判決 1972年6月21日

主文

被告らは各自、原告佐藤みつに対し金七〇万円、その余の各原告に対しそれぞれ金二〇万円および右各金員に対するいずれも昭和四六年一〇月二二日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴部分にかぎり仮りに執行することができる。ただし、被告らが各自、原告佐藤みつに対し金三〇万円、その余の各原告に対しそれぞれ金一〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告らは各自、原告佐藤みつに対し金二四八万八、四四三円、他の各原告に対しそれぞれ金七八万二、四一三円および右各金員に対するいずれも本訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え

訴訟費用は被告らの負担とする

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする

との判決および予備的に仮執行免脱の宣言を求める。

第二原告らの主張

一  本件死亡事故の発生

訴外佐藤寿治は、昭和四五年一一月一二日午前一〇時一〇分ごろ、岩手県一関市新大町四二番地附近国道四号線を自動二輪車(以下被害車両という。)を運転して北進中、同方向に進行して来て被害車を追い越そうとした被告石川要運転の普通貨物自動車(以下加害車両という。)に衝突され転倒し、これにより傷害を受け、同日午後八時一五分、右傷害を原因として死亡した。

二  責任原因

(一)  被告 石川要

同被告は、加害車両を運転して右道路を指定最高速度時速四〇キロメートルを上廻る時速約五〇キロメートルで進行中、約二四・二メートル前方を同方向に進行中の被害車両を追越そうとして進路を右にとり被害車両の右側に出てこれと車両間隔約〇・三メートルで並進し、追越すや、被害車両を確認することなく急に左へ進路をとつたため、加害車両の左側後部車体を被害車両ハンドル右側に接触転倒させたもので、同被告には、本件死亡事故の発生につき、追越しに際し十分な間隔をとらず、また、追越す車両の進行を十分に確認しなかつた過失があるから、不法行為者として、よつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  被告株式会社鈴木製板工場

同被告は、被害車両を所有した従業員被告石川をして同車を自己のため運行の用に供していたものであるから、運行供用者として、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  被告らの過失相殺の主張に対する反論

被告らは、寿治が道路左側に寄つて進行すべきであるのに漫然と道路中央寄りに進行した過失があると主張するが、寿治が道路中央寄りに進行したのは、道路前方左側に軽自動車が停止していたので、対向車の有無を確認の上この停止車両を避けるために必要な距離をおいて道路中央に出たものであつて、同人には何らの過失はない。

四  損害

(一)  佐藤寿治の損害

1 逸失利益

寿治は、本件事故当時家族会社である有限会社さとう屋(酒類雑貨販売)の代表取締役として月給五万円を得ていた。生活費は月額一万五、〇〇〇円であつた。

同人は当時満六八才の病気一つしない強健な男子であつたから、満六八才男子の平均余命年数である一〇年(第一二回生命表による)間は、就労でき右収益を得ることができた。

その現在額を複式ホフマン計算法により求めると、三三三万六、八七九円となる。

2 慰謝料

寿治の精神的苦痛に対する慰謝料としては金三〇〇万円が相当である。

(二)  原告らの損害

原告佐藤みつは寿治の妻として、その余の原告らは子として、寿治の相続人であるが、その相続分は法定相続分による。

1 葬儀費用

お通夜料二万四、〇〇〇円、戒名料一〇万円、読経料七万円、葬儀諸がかり六二万四、四五〇円、手伝六名分謝礼三万円、合計八四万八、四五〇円を原告佐藤みつが支出した。

2 慰謝料

原告佐藤みつは寿治の妻として、その余の原告らは子として、寿治の生命が不自然に絶たれたことにより甚大な精神的苦痛を受けた。その慰謝料として、原告みつに対し一五〇万円、その余の原告らに対し各五〇万円が相当である。

3 弁護士費用

原告らは被告らに対し、本件事故による損害賠償を請求したが、被告らは首を左右にしてこれに応じないので、原告らは、やむなく本件訴訟の追行を岩手弁護士会所属弁護士松川昌蔵に委任し、その手数料および謝金として同弁護士会報酬規定に定める報酬基準額の最低割合である目的の価額の一割以下に当たる七〇万円を、委任の目的を達すると同時に支払うことを約した。原告らの負担割合は相続分の割合による。

五  損害の填補

原告らは寿治の死亡につき自賠責保険金として四九二万円の給付を受け、原告佐藤みつが内二二〇万五、六三三円を、その余の原告らがそれぞれ三八万七、七六六円を受領し、前記損害額の弁済として充当した。

なお、被告会社から本件事故につき医療費として二万〇、〇三七円、見舞金として五万円の交付を受けたことは認める。

六  結論

以上のとおりであるから、被告らは各自、原告佐藤みつに対し二四八万八、四四三円、その余原告らに対しそれぞれ七八万二、四一三円と右各金員に対する本訴状送達の翌日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

第三被告らの主張

一  答弁

原告らの主張第一項の事実は認める。

同第二項(一)につき、被告石川が被害車両を追越すに際し十分な間隔をとらなかつたことは認める。同(二)につき被告会社が加害車両を所有していたこと、被告石川が被告会社に雇われていたことは認める。

同第四項の各損害の項目については不知。ただし、(一)1につき、寿治が世帯主であり、家族構成が妻みつと長男馨の三人であることの事情からみて、生活費の収入に占める割合は少くとも五割を下らないものと、また、就労可能年数は五年とみるべきである。(一)2と(二)2の慰謝料は総額で三〇〇万円をもつて相当と考える。

同第五項の自賠責保険金の充当関係は不知。

二  過失相殺の主張

本件事故の原因については、亡寿治にも二輪車の運転者として道路左側を運行すべきにもかゝわらず、幅員九メートルの本件道路の中央附近を走つていた過失およびヘルメツトを着用していなかつた過失があつて、その割合は少くとも二〇パーセントは下らないから、同割合による過失相殺がされるべきである。

三  損害の填補

原告らに対し自賠責保険金として四九二万円の交付がされたほか、被告会社は、医療費二万〇、〇三七円および見舞金五万円を支払つた。

第四証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生、態様

(一)  原告らの主張第一項(本件死亡事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  〔証拠略〕によると、事故発生地点附近の道路幅員は九メートルであること、被告石川要が加害車両を運転して佐藤寿治運転の被害車両を追越すに際し、両車車体間の間隔が〇・三メートルであつたこと、追越して左に進路変更するにつき被害車両の進行状況を確認しなかつたことが認められる。

右事実によると、被告石川には、被害車両を追越すに際し、前車の速度、進路および道路の状況に応じてできるかぎり安全な速度と方法で進行しなければならない注意義務があるのにこれを怠り、被害車両との間に十分な間隔をとらず、かつ、追越した後左に進路変更するに際し被害車両の進行状況を確認しなかつた過失があり、これにより本件事故の発生をみたものといわなければならない。

(三)  本件事故発生の際、被害車両が道路中央附近を走行していたことは当事者間に争いがない。被告は、寿治のこの行為が本件事故発生の原因となつたのであるから過失相殺されるべきであると主張する。

しかしながら、事故発生地点附近の道路幅員が九メートルであることは前記認定のとおりであり、前掲甲第九、一〇号証によると事故発生当時対抗車両はなかつたことが認められるから、被告石川が加害車両と被害車両の車体間隔を安全な程度にまでとることに何らの障害もなかつたものであり、また、被害車両が追越されながら右折しようとし、あるいは、右に進路変更をしようとしたことは本件全証拠によるも認められないから、被害車両が道路中央附近を進行していたとしても、これを認識して追越しをした被告石川において前示の注意義務をつくせば本件事故は避けられたものといわなければならず、結局、寿治が道路中央附近を進行したことが本件事故発生の一因となつたことは認められない。

また、被告は寿治が二輸車を運転するにつきヘルメツトを着用していなかつたことをも過失相殺の事由として挙げるが、本件事故当時施行されていた道路交通法には、一般道路におけるヘルメツト着用義務は規定されていなかつたのであるから、寿治がヘルメツトを着用していなかつたとしても、これをもつて二輸車の運転者としてなすべき注意義務を怠つた過失があるということはできず、過失相殺の事由としてとらえることはできない。

二  責任原因

(一)  被告石川には、本件事故発生につき右の過失があるから、不法行為者として、よつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告会社が、加害車両を所有していたこと、被告石川が被告会社に雇われていたことは当事者間に争いがなく、この事実と前記一の事実を合わせ考えると、被告会社は加害車両を自己のため運行の用に供していた者として、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務を負う。

三  損害

(一)  佐藤寿治の損害

1  逸失利益

〔証拠略〕によれば、寿治が本件事故当時満六八才の健康な男子で、家族会社である有限会社さとう屋(酒類雑貨販売)の代表取締役として月給五万円を得ており、食費として一万五、〇〇〇円を家計に入れていたこと、同居家族は妻である原告佐藤みつと長男同馨であり、同人らも有限会社さとう屋の取締役としてそれぞれ月給約五万円と約四万円を得ていたことが認められる。

第一二回生命表によると、満六八才の男子の平均余命年数は一〇・〇九年であり、これと右認定の事実によれば、寿治はあと七年間現在と同じ収入をあげることができると認められ、この間の食費その他の生活費としては収入の四〇パーセント(二万円)を要すると認めるのを相当とする。

よつて、寿治の得べかりし利益の喪失による損害の現在高をホフマン式計算法によつて求めると、二一二万円となる(万円未満切上げ)。

(50,000-20,000)×12×5.8743=2,114,748

2  慰謝料

寿治自身の慰謝料については、死者固有の慰謝料請求権を認めるにつき理論的な難点があるので、これを認めることができない。

(二)  原告らの損害

原告佐藤みつが寿治の妻として、その余の原告らが子として、寿治を法定相続分にしたがつて相続したことは、被告らの明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなされる。この事実と以下に述べる理由から原告らは寿治の近親者として、次の各項目の損害を被つたものと認められる。

1  葬儀費用

〔証拠略〕によれば、寿治の葬儀に関し六二万四、四五〇円の費用を要したことが認められる。その他の原告主張の葬儀費用の細項目については直接これを証明する証拠はないが、社会通念上相当程度の支出を要したことが推認される。

しかしながら、実際に要した葬儀に関する費用一切を死亡事故と相当因果関係のある損害と認めることは、自然死の場合においても早晩遺族において必ず支出しなければならない費用である葬儀費用の性質上妥当ではない。損害の公平な分担という不法行為法の目的からして、死亡事故発生に有責な原因を与え、よつて葬儀費用の予期せぬ現実の支出を余儀なくさせた加害者ら損害賠償義務者に対し遺族らが請求し得るのは、現在の社会通念上何人の死の場合においても葬儀費用として必要と認められる額とするのが正当と考えられる。死者ならびに遺族の社会的地位等からしてそれ以上の出捐を要した場合、それは遺族としてなすべき礼節を全うするための費用として遺族においてこれを負担すべきである。このように考えるとき、本件において被告らが負担すべき葬儀費用としては二〇万円をもつて相当と認める。

なお、原告らは右葬儀費用の支出を原告佐藤みつの損害として主張するが、〔証拠略〕によつても同原告のみの支出にかゝるものと認めることはできないから、遺族として死者をとむらうために要する費用という葬儀費用の性質からいつて、これを原告ら遺族全体の損害として、被告らは原告らの各相続分の割合に応じて原告らにこれを賠償すべきものと認めるのを相当とする(死亡による損害賠償請求訴訟における訴訟物は一個であり、各損害の項目の主張は間接事実として評価すべきであるから、原告佐藤みつを除くその余の原告らが葬儀費用を自己の損害として主張していないことは、右認定を妨げる事由とならない)。

2  慰謝料

原告佐藤みつが寿治の妻として、その余の原告らが同人の子として寿治の前記認定の事故による死亡によつて甚大な精神的苦痛を受けたことは明らかである。この苦痛を慰謝するに足る額としては、弁論の全趣旨により、総額四六〇万円をもつて相当と認められ、各原告の慰謝料請求権はこの額に対する各相続分の割合によるものと認めるのが妥当である。

3  弁護士費用

〔証拠略〕により認められる訴訟提起に至る事情、当裁判所に顕著な訴訟の経過、認容額および日本弁護士連合会報酬等基準規程の手数料、謝金の定めによれば、本件死亡事故と相当因果関係のある損害として、原告らが各その相続分にしたがつて被告らに賠償を請求しうる額としては総額一五万円をもつて相当と認める。

四  損害の填補

原告らが自賠責保険金四九二万円と被告会社から見舞金五万円、医療費二万〇、〇三七円を受領したことは、当事者間に争いがない。

右のうち医療費については、弁償の全趣旨からして、寿治の負傷から死亡までの医療費に充当されたものと認められ、寿治の死亡に基く前記損害の填補に用いられたものとは認め難い。自賠責保険金につき、原告らは原告佐藤みつにおいて二二〇万五、六三三円を、その余の各原告がそれぞれ三八万七、七六六円を受領し損害額に充当したと主張するがこれを認めるに足る証拠はない。死亡事故により給付された自賠責保険金に対しては相続人がその相続分に応じて持分を有すると認められるから、原告らは相続分の割合に応じて自賠責保険金によりそれぞれの損害額の填補を受けたものというべきである。右見舞金についても同様と認められる。

五  結論

右認定の事実から、原告らは被告らに対し、前記損害の項目の合計額七〇七万円から填補額合計四九七万円を差引いた二一〇万円につき、その相続分に応じた額およびこれに対する本件事故の後であり訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四六年一〇月二二日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を請求し得ることが明らかである。

よつて、被告らは各自(不真正連帯の関係で)、原告佐藤みつに対し右二一〇万円の三分の一に当たる七〇万円、その余の各原告に対しそれぞれその二一分の二に当たる二〇万円、および、右各金員に対するいずれも昭和四六年一〇月二二日から各支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払い義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項、仮執行の免脱の宣言につき同条第三項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野利秋)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例