盛岡地方裁判所二戸支部 平成15年(ワ)41号 判決 2005年3月22日
原告
甲野太郎
外3名
原告ら訴訟代理人弁護士
村井三郎
被告
乙山一夫
同訴訟代理人弁護士
高橋耕
同
姉帶幸子
主文
1 被告は,原告甲野太郎及び同甲野花子に対し,各1760万1335円及びうち金1712万8289円に対する平成12年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告甲野春男及び同甲野夏男に対し,各165万円及びこれに対する平成12年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを2分し,その1を被告の,その余を原告らの各負担とする。
5 この判決は第1項及び第2項につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 (主位的請求)
(1) 被告は,原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)及び同甲野花子(以下「原告花子」という。)に対し,各1586万7466円及び内金1539万4420円に対する平成12年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,原告太郎及び同花子に対し,平成24年から平成38年まで毎年11月28日限り各136万8867円を支払え。
(3) 被告は,原告太郎及び同花子に対し,平成38年11月28日限り,各2216万5934円を支払え。
(4) 被告は,原告甲野春男(以下「原告春男」という。)及び同甲野夏男(以下「原告夏男」という。)に対し,各550万円及びこれに対する平成12年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 (予備的請求)
(1) 被告は,原告太郎及び同花子に対し,各4138万6029円及び内金4091万2983円に対する平成12年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 前記主位的請求(4)に同じ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,平成12年11月28日午前7時30分ころ,被告が普通貨物自動車を運転して県道を走行中,集団登校中の児童の列に突っ込み,同車を児童に衝突させた交通事故に関し,この事故により死亡した甲野秋子(平成5年×月×日生,以下「秋子」という。)の両親である原告太郎及び同花子,並びに,兄であり秋子とともに集団登校中にこの交通事故に遭遇した原告春男及び同夏男が,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
本件において,原告らは,秋子の逸失利益について,主位的に,秋子が18歳から32歳となる15年間は定期金賠償方式による支払を,予備的に,一時金賠償方式(ただし中間利息控除率を年3パーセントの割合により計算する。)による支払を求めている。
2 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定した事実)
(1) 原告太郎(昭和35年×月×日生)及び同花子(昭和38年×月×日生)は,秋子の両親である。
原告春男(平成元年×月×日生)及び同夏男(平成2年×月×日生)は,いずれも秋子の兄である。
(2) 被告は,加害車両を運転して,次の交通事故を起こした(以下「本件事故」という。)。
ア 日時 平成12年11月28日午前7時30分ころ
イ 場所 岩手県二戸市福岡字五日町<番地略>
ウ 加害車両 普通貨物自動車(岩手40□****)
(以下「本件車両」という。)
エ 事故態様 被告は,本件車両を運転し,上記場所の県道を時速約40キロメートルで南進中,運転開始前に飲酒したアルコールの影響等のため,前方注視が困難な仮睡状態のまま同車を右斜め前方に暴走させ,折から上記場所付近の進路右前方道路の端を一列になって対面進行してきた秋子ほか8名の集団歩行中の児童の列に突っ込み,同車を児童に次々と衝突させた。
オ 結果 本件事故により2名が死亡し,6名が傷害を負った。
(3) 本件事故により,秋子は脳挫傷により即死した。秋子は,死亡当時7歳であり,○○小学校1年生であった。
(4) 本件事故当時,原告春男は前記小学校6年生,原告夏男は同小学校4年生であり,同じ地区に住む児童らとともに集団登校をしていたところ,本件事故に遭遇した(甲第5の2)。
(5) 被告は,本件事故により発生した損害につき民法709条に基づく損害賠償義務があるところ,秋子の損害賠償請求権については,両親である原告太郎及び同花子が各2分の1ずつ相続した。
(6) 原告太郎及び同花子は,自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から,平成12年12月27日に100万円,その後に6万4780円,平成13年8月15日に2646万1600円の合計2752万6380円の支払いを受け,これを原告太郎と同花子の損害に2分の1ずつ充当した。
また,原告太郎及び同花子は,被告から,同人の家族を通じて葬儀費用として70万円の支払を受け,これを原告太郎と同花子の損害に2分の1ずつ充当した。
(7) 被告は,本件事故につき盛岡地方裁判所二戸支部において刑事裁判を受け,平成13年5月22日,業務上過失致死傷罪と酒気帯び運転の罪により懲役4年(未決勾留日数中90日算入)の判決の言い渡しを受けた(甲3)。
この判決は確定し,被告は服役した。
3 争点
(1) 逸失利益につき定期金賠償を求めることの当否
(2) 逸失利益の中間利息控除率を年3パーセントとすることの当否
(3) 本件の損害額
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1) 定期金賠償について
(原告らの主張)
ア 原告太郎と同花子の請求
原告太郎及び同花子は,秋子が生存していれば18歳になる年から32歳になる年までの15年間については,秋子の命日である毎年11月28日を支払日とする定期金賠償方式による支払を求め,また,秋子が33歳になる年には,その後67歳になるまでの間の残額の一括支払を求める。
このように定期金賠償を求めるのは,一時金賠償方式による場合,裁判実務上,中間利息の控除率が民事法定利率による年5パーセントとされていることによる法定利率と実勢利率の乖離の問題を回避するためであり,また,秋子が33歳になる年に残額の一括払いを求めるのは,67歳になる年までの定期金賠償があまりにも長期にわたることによる難点を考慮したものである(東京地裁平成14年(ワ)第22987号事件の平成15年7月24日判決を参照)。
イ 理論上の合理性
死亡逸失利益は,将来の介護費用とは異なり,将来における損害額の算定の基礎となった事情の変更に対応するといった必要性はないかもしれない。
しかしながら,将来の介護費用と同様に,被害者が生存していれば,将来その利益が得られたであろう時において損害が具体化すると観念することは理論的に可能である。そもそも死亡逸失利益は,被害者が死亡していなければ各年において得られたであろう利益を計算して算出するものであって,その各年に得られたであろう利益とは,死亡しなければ定期的に発生していたはずの利益であるから,したがって,死亡逸失利益は死後定期的に発生する,あるいは具体化すると観念することができる。
損害賠償の目的は,事故によって生じた被害の回復であり,事故がなかったのと同様の状態を可能な限り被害者に回復することである。そして,死亡逸失利益の算定は,被害者が死亡しているにもかかわらず,死亡していなければ将来得られたであろう利益を算定するのであるから,一定のフィクションの上に構築されていることは疑いないとは言え,そのような中にあっても,可能な限り事故がなかったのと同様の状態を回復すべきなのであり,そのために,死亡被害者が各年齢になったら得られたであろう金額から生活費を控除し,得られたであろう各時期に支払うという定期金賠償方式が,正確性に優れ,可能な限りの損害の回復になると考えられる。
死亡被害者の損害賠償請求権については,一旦被害者のもとで発生し,相続権者が相続すると考えられており,それを定期金で賠償を受けるか,一時金で賠償を受けるかは,その損害賠償金の支払方法の問題に過ぎず,そのいずれかを相続権者が選択することができると解される。
ウ 実質的な合理性
また,一時金賠償においては中間利息控除に伴う法定利率と実勢利率との乖離が問題となるが,定期金賠償方式を採れば,そのような問題は生じない。
現行の一時金賠償方式は,実務上年5パーセントの割合で中間利息を控除しているが,一般金利が極めて低いレベルで推移している中で,この中間利息控除は一時金の大幅な目減りを意味するところとなるので,実質的に定期金賠償を行うメリットがある。
エ 懲罰的な賠償ではないこと
原告らが,死亡逸失利益について定期金賠償を選択したのは,中間利息控除の点でメリットがあることと,本件事故により死亡した秋子の存在を忘れて欲しくないという素朴な感情からである。
被告は,懲罰的な意味合いがあると指摘するが,仮にこのような素朴な感情から定期金賠償を求めることが懲罰的と評されるとしても,権利の濫用と目されるようなものではない。
(被告の主張)
ア 原告らの主張する定期金賠償は認めるべきではない。
本件では,被害者の後遺症により一生涯の介護が必要な場合などとは異なり,定期金支払の合理的な必要性は存しない。
被告は,一時金賠償による解決を望む。
イ 死亡逸失利益は定期金賠償との親和性がないこと
定期金請求権は,被害者の一身に専属するものであって,これを相続することはあり得ないから,定期金賠償は理論上認められない。また,死者の損害が死後に発生するとは考えにくく,被害者自身の損害が定期的に発生すると考えることは困難であるから,この観点からも死亡逸失利益につき定期金賠償は認められない。
原告らは,死亡逸失利益についても,将来の介護費用と同様,被害者が生存していれば将来その利益が得られたであろう時において,各年の純利益が損害として具体化すると観念することが理論上可能であると主張するが,死亡逸失利益はあくまでも不法行為時ないし死亡時に一括して発生し確定しているものである。死亡逸失利益を算定する際に,将来得ベかりし収入を中間利息を控除して現在価格に引き直すという方法を採っているのは,死亡逸失利益について,個別に妥当な額を算出するためのフィクションに過ぎず,そこへ更に将来の時点における具体化という観念を持ち出すのは,いわば屋上屋を架すようなものであり,妥当ではない。
ウ 実質的にも合理性がないこと
原告らは,定期金賠償方式には,中間利息控除に伴う法定利率と実勢利率との乖離という問題が生じないという実質的な理由がある旨の主張をするが,一時金と定期金は法的には等価値であり,中間利息控除の問題はあくまでも事実上のメリットに過ぎない。かかる事実上のメリットが果たして法的保護に値するのか疑問であり,このことをもって死亡逸失利益について定期金賠償を認める根拠とすることはできない。
また,本件では秋子の逸失利益の算定期間は60年の長期にわたるものであり,その間に実勢利率が年5パーセントを超えることも十分に考えられるから,これらの期間を通じて年5パーセントの割合により中間利息を控除しても不当とまでは言えない。
エ 懲罰的賠償の問題
原告らが定期金賠償方式による支払を求める理由の1つとして,被告に長期間賠償金を支払わせることによって何らかの懲罰を与えたいという気持ちもあると推測される。
確かに,最愛の秋子を失った原告らの気持ちは察するに余りあるが,懲罰的な意味合いで定期金賠償方式を採用すること自体疑問がある。
また,本件に関し,被告は反省・謝罪の態度を示していること,被告が看病していた妻が本件事故後に死亡していること,被告の家族の者も,毎年,命日等に原告宅を訪問し,謝罪と見舞金の支払をしていること等の事情から,あえて更なる懲罰を科す必要はない。
そして,被告には支払能力がなく,実質的には保険会社が支払を行うことになるから,原告らが望む効果は期待し難い。
オ 権利濫用
死亡逸失利益を一時金賠償とするか定期金賠償とするかは,単に支払時期・方法の違いに過ぎないというものではない。
原告らの請求が問題なのは,平成38年に将来の34年分の一括払いを求めている点である。逸失利益につき平成24年から14年間にわたり毎年支払を求めながら,その後の分は一括払を求めるというようなことが許されると賠償義務者の法的地位が極めて不安定になる。原告らは全く原告側の都合による時期を指定しているだけであり,処分権主義に照らしても,少なくともこのような定期金賠償と一時金賠償を混在させることは権利濫用である。
被告は,昭和12年×月生まれであり,平成38年×月時点で89歳となる。すでにその時点では被告が死亡している可能性も高く,原告らがそれまでの間,高齢の被告に対し毎年賠償金を払わせようとする合理的理由は何もない。少なくとも定期金賠償は本件のような死亡事故にあっては賠償義務者に期限の利益の放棄を認め,中間利息を控除することも認めるのでなければ,権利濫用として許されないものと主張する。
(2) 争点(2) 中間利息控除率について
(原告らの主張)
ア 中間利息控除率を下げるべきこと
仮に逸失利益について定期金賠償が認められない場合には,中間利息控除率を年3パーセントとして算定した逸失利益の一括払いを求める。
けだし,逸失利益の現在価値を算定するために控除する中間利息を年5パーセントとした場合には,過去の実質金利の動向に照らし,もし交通事故によって死亡しなかったら被害者が実際に分割支給により得られたであろう経済的利益に比して不足を生じる可能性が高いので相当でないからである。
イ 年3パーセントの合理性
過去の実質金利の動向を見ると,昭和35年(1960年)以降,実質金利が年3パーセントを超えたことは一度もない。すると,控除する中間利息の割合を年5パーセントとした場合には,被害者は年5パーセントの割合による中間利息控除後の一括金を受給しても,実際には年5パーセントはおろか,年3パーセントを超える資産運用さえできないため,死亡せず将来にわたり分割支給を受けた場合に比して,経済的において大きく不利益を被ることになることが明らかである。
実質金利は,将来において変動することが考えられるけれども,過去の実質金利の動向に照らせば,実質金利が年3パーセントを超えない蓋然性は高いと言えるので,それに対応し,中間利息控除率を年3パーセントとすることには十分に合理性がある。
(被告の主張)
ア 原告らの主張を争う。
中間利息控除率については,年2ないし4パーセントとする裁判例があったが,最高裁(最一小平成12年7月17日)は,中間利息控除率を年3パーセントが相当であるとする上告受理申立てについて民事訴訟法318条1項の事件にあたらないとした。原告らの主張は採用し難い。
イ 中間利息控除の利率は年5パーセントが相当であること
このように低金利の時代が継続しているにもかかわらず,年5パーセントが固定されている理由は,①長期間の資金運用益(利率)の予測が困難であること,②民法における遅延損害金の利率が年5パーセントであることとの均衡を考慮すべきであること,③実定法における中間利息の控除規定の存在に照らし,法定利率で中間利息を控除するのが現行法の考え方であること,④長年にわたり年5パーセントによる中間利息の控除が行われてきたこと,ないしは,他の事例との取り扱いの公平を考慮すべきであること,⑤逸失利益の算定は,基礎収入とすべき統計値,生活費控除率,ライプニッツ係数(又はホフマン係数)の選択などと総合的に考えるべきであって,中間利息の控除利率だけを単独で変更すべきではないことが掲げられる。
したがって,本件でも年5パーセントとして計算されるべきである。
(3) 争点(3)(損害額)について
(原告らの主張)
ア 逸失利益
(ア) 主位的請求(定期金賠償)
争点(1)のとおり,定期金賠償を求める。
秋子は,本件事故当時7歳であり,本件事故に遭わなければ,18歳から67歳まで49年間就労し収入を得ることができ,その基礎収入は,平成12年賃金センサス第1巻第1表の産業計・企業規模計・学歴計による全労働者の全年齢平均年収497万7700円が相当である。
年単位で死亡逸失利益を算定する場合には,1年分の逸失利益は当該年齢の満了の経過をもってその全額が損害として具体化するものと解されるから,毎年の命日に請求し得るのは,それまでに既に具体化した1年分の逸失利益であり,また,秋子が33歳になる年である平成38年の一括払いについて,諸般の事情を考慮して生活費控除率を45パーセントとし,ライプニッツ方式により中間利息を控除すると,次のようになる。
a 平成24年から平成38年までの各命日における定期金支払額
497万7700円×(1−0.45)=273万7735円
b 平成38年の命日における一括支払額
497万7700円×(1−0.45)×16.1929(34年のライプニッツ係数)=4433万1869円
(イ) 予備的請求(一時金賠償)
仮に定期金賠償が認められない場合には,争点(2)の原告らの主張のとおり,中間利息控除率を年3パーセントの割合で計算すべきである。
その場合,死亡逸失利益は次のとおりの計算となる。なお,基礎収入は平成12年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・全労働者・全年齢平均497万7700円を採用する。
497万7700円×(1−0.45)×〔(7歳から67歳まで60年間に対応する年3パーセントの割合によるライプニッツ係数27.67556)−(7歳から18歳まで11年間に対応する年3パーセントの割合によるライプニッツ係数9.25262)〕=5043万7127円
イ 葬儀費用等(合計361万5220円)
原告太郎及び同花子は,秋子が予期せぬ事故により死亡し,次の合計361万5220円の出費を余儀なくされた。
葬儀関係費用 209万7580円
墓石建立費 92万2500円
墓地購入費 25万0000円
仏壇仏具購入費 5万0800円
納骨代 3万9900円
1周忌法要費用 25万4440円
合計 361万5220円
ウ 慰謝料
(ア) 秋子本人分(3000万円)
本件事故当時,秋子は小学1年生であった。
秋子は,学校の指導に従い集団登校中であり,先頭を歩く原告春男に続き,前から2番目の位置で,対向車線の端を一列に並んで歩行していたところ,突然暴走してきた本件車両に最初に衝突・転倒させられ,即死させられた。その後,本件車両は次々と児童をなぎ倒したが,本件事故について,秋子を始めとする児童らに落ち度は全くなかった。
先頭を歩いていた原告春男がいち早く本件車両に気付き,衝突される直前に身をかわしたため,小さな秋子の目の前に大きな鉄の塊である本件車両が突如現れ,秋子は為す術もなく一瞬にして衝突,転倒させられたのであり,その瞬間の恐怖や衝撃は想像を絶するものがある。
秋子は,本件事故に遭わなければ限りない可能性を有していたのに,突然の本件事故により,わずか7歳6か月でその可能性を奪われたのであり,その無念さは計り知れない。
一方,被告は,妻の看護による疲労と睡眠不足があったといいながら,そのような状態であればなおさら絶対にすべきでないアルコールを敢えて飲み,運転中も終始酒の酔いを認識しながら運転を続け,その上,本件事故の直前には眠気を覚えて,「このままでは事故を起こすかもしれない」と感じたにもかかわらず,「あと少しで家に着くから大丈夫だろう」といかにも安易に考えて運転を続け,遂に仮睡状態に陥って本件事故を起こしたのである。被告の過失が極めて重大であることはいうまでもなく,そのような状態で運転を継続したこと自体から,未必の殺意さえ窺える。
また,被告は,本件事故に関する刑事裁判の被告人質問において,口では申し訳ないと言いながらも,毎回傍聴席の一番前で遺影を抱いて傍聴している原告らに対し,頭の一つも下げることなく,絶対に原告らと目を合わせようとせず,本件事故から4か月も経ち,新聞記者から指摘されて初めて原告らに手紙をたった1通送りつけただけであり,真摯な反省の態度は見られない。
さらに,本件事故は,集団登校中の児童の列に自動車が突っ込んだという衝撃的な事故であり,児童,父兄,教員さらには地域住民らに対しても多大な衝撃と精神的不安を与え,社会的影響が極めて大きかった。
以上のような事情から,秋子本人に対する慰謝料額は3000万円を下らない。
そして,原告太郎及び同花子は,これを2分の1ずつ相続したので,各1500万円ずつとなる。
(イ) 原告太郎及び同花子の固有の慰謝料(各1000万円)
原告太郎及び同花子は,正に可愛い盛りの娘を,被告の全く無謀な暴挙で一瞬にして失い,事故後,娘と言葉を交わすこともできなかった。妊娠中毒症による難産の末に苦労して出産したため,多くの人たちを幸せな気持ちにさせる子になって欲しいとの願いを込めて「秋子」と命名した子が,わずか7年6か月で自分たちよりも先に小さな遺骨になってしまうとは,全く予想だにしていなかったのである。秋子は,小さな頃から元気で活溌で,縄跳び,のぼり棒,ロードレース,水泳,徒競走と何でも頑張り,皆の手本となっていた自慢の娘だったのであり,秋子を失った両親の悔しさは察するに余りある。
そして,原告太郎及び同花子は,本件事故後,刑事裁判における意見陳述において,被告に「最高の刑」を求めたにもかかわらず,被告に対して法定刑を下回る懲役4年の判決が下されたため,納得せず,検察官に控訴を懇願したが,不控訴が決定されたので,刑法改正の署名運動に積極的に参加して,岩手県内各地及び全国各地で署名運動を行うなどして,遂に危険運転致死傷罪の立法を結実させた。そして,その後も各地の交通安全大会等での講演や交通被害者遺族の会の活動などを通して,重ねて飲酒運転撲滅を訴えるなど,自分たちのように悲しく悔しい思いをする遺族が二度と出ないよう,一生をかけて努力する決意でいる。
このことからも明らかなように,原告太郎及び同花子の被害感情は未だもって激烈であり,被告に対する実刑判決をもってしても,最愛の我が子を失った悲しみや,被告に対する憤りは全く癒えていない。
よって,原告太郎及び同花子の精神的苦痛を慰謝する額は,各1000万円を下らない。
(ウ) 原告春男及び同夏男の固有の慰謝料(各500万円)
原告春男及び同夏男は,本件事故の際,妹の秋子を,安全を期して,大事に前後に挟んで歩行しているときに本件事故に遭遇し,本件車両が秋子に衝突して転倒させ,秋子が即死したのを目撃していた。原告春男は,本件事故の際,直前で車両を避けたため無傷であり,原告夏男も,本件車両に衝突されたものの幸い打撲の軽傷で済んだ。それに比して,両名の妹である秋子を助けられなかったとの悔しさや,妹が身体を震わせて息を引き取っていく様を目の当たりにした衝撃は大きく,未だに記憶が断片的に失われたり,断続的に恐怖心や不安感がよみがえってくるフラッシュバック様の状態に襲われることがある。
よって,原告春男及び同夏男の精神的苦痛を慰謝する額は,各500万円を下らない。
エ 損害填補
本件事故に関し,自賠責保険から支払われた2752万6380円及び被告から支払われた70万円については,それぞれ2分の1ずつ原告太郎及び同花子の損害に填補する。
オ 自賠責保険金に対する確定遅延損害金
本件事故後,自賠責保険から支払われた金額に対し,本件事故日である平成12年11月28日から各支払日までの遅延損害金は未払いである。
そこで,この遅延損害金のうち,最終の支払である2646万1600円に対する平成12年11月28日から平成13年8月15日までの年5分の割合による確定損害金94万6092円を,原告太郎及び同花子がそれぞれ2分の1ずつ請求する。
カ 弁護士費用
(ア) 主位的請求
原告太郎及び同花子につき各270万円
原告春男及び同夏男につき各50万円
(イ) 予備的請求
原告太郎及び同花子につき各300万円
原告春男及び同夏男につき各50万円
(被告の主張)
ア 逸失利益
原告らの主張をいずれも争う。
秋子の基礎収入は,平成12年賃金センサスの産業計・企業規模計・女子労働者の学歴計により349万8200円で計算すべきである。
イ 葬儀費用等
原告らの主張を争う。
葬儀関係費用は150万円が相当である。
ウ 慰謝料
原告らの主張を争う。
確かに,秋子の無念は計り知れないし,原告らの悲しみの気持ちは察するに余りある。
しかしながら,被告が本件事故を起こした原因として,当時末期ガンにより入院中の妻に対して献身的に付添看護をしていた被告が,極度の疲労と睡眠不足に陥っていたことがあることが窺われ,その点において,被告には情状酌量の余地があった。また,被告には飲酒運転の常習性が窺われないし,目立った前科はなく,自らの行為の重大性について真に自覚し反省している。これらを考慮すれば,原告春男及び同夏男の分も含めて,慰謝料の総額は2000万円を上回ることはない。
エ 損害填補
原告らの受領額については争わない。
オ 弁護士費用
原告らの主張をいずれも争う。
第3 争点に対する判断
1 本件の事実関係
本件の各争点を判断するにあたり,前提事実,証拠及び弁論の全趣旨により,事実関係を明らかにする。
(1) 秋子は,原告太郎と同花子の間に,平成5年×月×日に第3子長女として誕生した。
原告太郎と同花子の間には,長男である原告春男(平成元年×月×日生)及び二男である原告夏男(平成2年×月×日生)がいたが,原告花子は,婚姻当初より女子が授かることを強く希望していたことから,秋子の誕生を心から喜び,秋子の洋服を買うなどして可愛がった。そして,原告太郎と同花子は共働きをしつつ,休日には海や山に出かけたり,家族の誕生日やクリスマスなどにはホームパーティーをするなど,家族5人で共に過ごす時間を楽しみ,互いに思いやり,仲良く暮らしていた。
秋子は,幼少の頃から活溌で,家族とともにスキーなどの運動をよく行い,ピアノの練習をし,幼稚園や小学校においては運動・学業に熱心に取り組み,周囲の友人から慕われていた。そのような秋子に対し,両親はその活躍と成長に大きな期待を寄せ,兄2人も妹を大事にしていた(甲第59ないし第65,原告太郎及び同花子の各本人尋問)。
(2) 原告春男,原告夏男及び秋子は,共に○○小学校に通学していたが,登校日は,同じ地区に住む児童と伴に集団登校をしており,本件事故当日も,原告春男が班長として先頭を歩き,その次に秋子,その後を他の7名(原告夏男を含む)の児童が1列になって,本件事故現場付近の県道の端に沿って歩いていた。
(3) 他方,被告(昭和12年×月×日生,本件事故当時63歳)は,妻葉子(以下「葉子」という。)と3人の子がいたが,子はいずれも独立して離れて暮らしており,葉子は子宮ガンの末期状態で,平成12年10月31日から岩手県立福岡病院(以下「病院」という。)に入院していた。当時,葉子の余命はわずかであり,自分では身体を起こすことも寝返りを打つこともできず,頻繁に痛みとおう吐を訴え,夜中に排尿を繰り返していた。被告は,葉子に付き添って看病し,午前3時か4時ころに一旦帰宅し,洗濯や弁当作りをした後,その日の朝,葉子が朝食を終えるころには病院に戻るということを続けていた。そうした中で,被告は,睡眠不足と疲労が蓄積し,仮眠をとっても寝付かれないようになり,本件事故の数日前から,手足のしびれや,体が右の方に傾くなどの異常が現れていた。そのような被告の状態を察し,葉子は「お父さん疲れたべ,休んできたら」と言った(乙第1,第4,第5の2,第8ないし第11)。
(4) 本件事故当日の午前4時半ころ,被告は,葉子の容態が少し落ち着いたので自宅に戻った。
被告は,その日は昼まで休むつもりで,熟睡できるように焼酎をコップに1杯半飲みながら,食事や弁当を用意した。そのとき,被告はふと畑のことを思い出し,収穫期の白菜を畑に放置していたことが気になったので,本件車両を運転して自分の畑に出かけて農作業をした。その後,自宅に戻ろうとも考えたが,弁当を用意してあったことから,病院に直行して休もうと考え,本件車両を運転して病院に行った。しかし,焼酎を飲んだことが葉子に知られたらまずいなどと思い,そのまま病院を出て,本件車両を運転して自宅に戻ろうとした。
運転中,被告は疲労と酔いからくる眠気を感じたので,空き地に駐車して休もうとも考えたが,あと少しで自宅に着くと思い走行を続けた(甲第11の1,2,第12,第47,乙第11ないし第13)。
(5) こうして,被告は,本件事故当日の午前7時30分ころ,自宅に向かうべく本件車両を運転して県道を時速約40キロメートルで南進し,本件事故現場に接近し,その200メートルほど手前で,一瞬スーッと意識が薄れたことに気付き,はっとした。しかし,「もうちょこっと」で自宅に着くと思い,被告は運転を続け,仮睡状態に陥った。
仮睡状態に陥った被告は意識のないまま,本件車両を右方向に進出させ,対向車線を横切り,本件事故現場を歩行中の原告春男を先頭とする集団登校中の児童の列に向かって加速して突っ込んで行った。本件車両は,最初に秋子に衝突し,その脇に駐車中の軽自動車の方に跳ねて転倒させ,さらに走行して児童に次々と衝突し転倒させるなどした後,駐車中の普通貨物自動車に衝突し,この普通貨物自動車との間に児童を挟むかたちで停止した(甲第7の2,第10の1,第13,第16,第46,第49,第50)。
(6) 事故直後,被告は,本件車両から降りて,近隣から駆けつけた人とともに車両を押して子供を救助しようとした。
原告夏男は,直ちに秋子の側に駆け寄り,また,原告春男は身をかわした場所から,それぞれ倒れた秋子の方を見たが,秋子の流血はひどく動かない状態であり,助からないと悟った。原告春男は泣きながら,「どうしてくれるんですか」と被告に向かって何度も言った。他の子供達は泣き出していた。
間もなく被告は,駆けつけた警察官に現行犯逮捕された。そのころ,被告の呼気1リットルあたりのアルコール濃度は0.35ミリグラムであった(甲第5の2,第7,第9,第17,第18,第23,第24)。
(7) 原告花子,原告太郎は,それぞれ事故発生を知らされたが,秋子は即死の状態であり,最期の言葉は交わせなかった。また,本件事故により,秋子は脳挫傷,左頭蓋骨の粉砕骨折等の傷害を受け,その顔は顎が伸び右瞼が閉じられない状態であり,原告らは強い衝撃を受けた(甲第15,第26の1ないし24,第27ないし第30)。
(8) 事故後,被告の子らは,本件事故で死傷した児童の弔問・見舞いを順次行って謝罪した。原告らに対しては,被告の子3名と長女の夫が,通夜や葬儀に訪れ,香典や供物の他に,被告の預金から払い戻した70万円を葬儀費用として送金した(乙第1,第16)。
なお,被告の子らは,事故後3年間,秋子の命日と盆に線香を上げに行き,その際に金を持参したが,原告花子はその封筒を開けていない(原告花子及び同太郎の各本人尋問)。
(9) 被告は,刑事訴追を受け,その公判手続中,原告ら宛てに謝罪の手紙を書き,公判廷においては,申し訳ないと謝罪の言葉を述べた。また,保険会社の社員が証人として尋問を受け,被告が加入していた任意保険は無制限の補償をする内容であり,示談交渉中であることを述べた。
このような被告側の対応について,原告らは,真摯な反省の態度が見られないとした上,原告花子は証人として公判廷に出廷し「最高の量刑を望む」などと述べ,また,原告太郎も公判廷において意見陳述を行って,それぞれ深い悲しみと被害感情を述べた(甲第6の1,2,第7の1,2,第8の1,2,乙第1,第14の1,2)。
刑事裁判では,被告に懲役4年の有罪判決が下され確定したが,原告太郎と同花子はこれに納得せず,交通事故被害者により展開されていた法改正を求める署名活動や,講演活動に積極的に参加し,被害の深刻さや事故の記憶の風化防止を訴え続けている(甲第38ないし第44)。
(10) 原告太郎と同花子は,事故後もそれぞれ従前と同じ職場で仕事を続け,原告花子は,平成13年10月30日に二女冬子を出産した。
原告太郎と同花子は,秋子が生きているものと考えて,本件事故後に秋子のための部屋を作り,食事の際には,必ず秋子の分を用意し家族6人のかたちで食事をしている。また,冬子は,秋子の遺影に向かって話しかけたりしている(甲第1,原告花子及び同太郎の各本人尋問)。
(11) 原告春男と同夏男は,秋子とともに本件事故に遭遇しており,事故後,通学路の歩行を怖がったり,衝突音の類の音に反応するなどのことがあった。そして,何より2人は妹を亡くしたことを深く悲しんでおり,原告春男は「何で助けられなかったんだろう」と自分を責め,原告夏男は秋子とともに遊んだことや事故前日までの会話等を反芻して,その死を悔やんでいる(甲第17,第18,第64,第65,原告花子及び同太郎の各本人尋問)。
2 争点(1) 定期金賠償について
原告らは,秋子の死亡逸失利益について,秋子が18歳になる年から32歳になる年までの15年間につき,毎年秋子の命日に,基礎収入の年額から中間利息を控除しない額を定期的に支払い,その後に残額を一括払いすることを求めているところ,被告はこれを争っているので,その当否を検討する。
(1) 理論上の合理性
ア 損害賠償について,法は,定期金賠償方式による判決を行いうることを認め,口頭弁論終結後に著しい事情変更が生じた場合に,判決の変更を求めることも容認している(民事訴訟法117条)。
このような定期金賠償方式は,本来的には,後遺障害を負った被害者にかかる介護費用のように,将来,被害者において具体的に発生する損害で,裁判時に予測し難い事情により賠償すべき額が著しく変動する可能性があるような場合を想定しているものと考えられる。このような場合,被害者においては死亡(あるいは回復)するまで介護費用の負担が現実にかかり,そして,被害者の死亡や後遺障害の変化あるいは介護費用の著しい変動といった事情変更により,将来の賠償額が大きく異なることも有り得ることから,当事者の衡平を図るために,定期金賠償をする合理性や必要性があると考えられる。また,後遺障害に関して言えば,余命ないし回復の予測が困難な事案で,その事情により損害額に大きな影響が及ぶような場合もあり,そのような後遺障害による逸失利益についても,定期金賠償方式を採用しうるものと考える。
イ これに対し,死亡逸失利益については,定期金賠償方式とは本来的には親和性を欠く。
すなわち,不法行為により死亡した被害者の損害については,死亡したことにより被害者のもとで発生し,その損害が相続によって相続人に承継されると考えられているので,裁判時にこれを算定し,一時金賠償を行うのが自然である。
原告らは,死亡逸失利益は,被害者が死亡していなければ各年において定期的に発生していたはずの利益であるから,死後定期的に発生する,あるいは具体化すると観念することができると主張するが,被害者が死亡して相続が発生していることを前提としつつ,逸失利益のみが将来定期的に発生すると観念することは,それ自体が不自然且つ技巧的に過ぎる。
ウ また,原告らは,損害賠償の目的は,事故がなかったのと同様の状態を可能な限り被害者に回復することであるから,定期金賠償方式が正確性に優れ,可能な限りの損害の回復になるとも主張する。
しかしながら,損害賠償は,発生した損害を金銭賠償することを原則としているのであって,原告らの主張する「事故がなかったのと同様の状態を回復する」ことが「死者が生きているのと同様の事実状態を可能な限り回復する」という意味であれば,それは損害賠償に過大な役割を負わせるものであり採用できない。
また,先に述べた介護費用のような場合であればともかく,死亡逸失利益については将来変動する要素は想定しにくいので,これを定期金賠償とすることがいかなる意味で正確性に優れているのか不明である。仮に正確性を論じるのであれば,将来の経済・社会の情勢の変動に即して基礎収入や生活費控除率の変更も考慮することとなろうが,原告らの求める定期金賠償はそのようなものでないことは明らかであって,その主張には合理性を見い出せない。
(2) 中間利息控除を回避する必要性
ところで,原告らは,定期金賠償を求める実質的な理由として,中間利息控除に伴う法定利率と実勢利率との乖離を解消することを掲げる。
しかしながら,本件では,原告太郎や同花子には,中間利息控除を排除するかたちで逸失利益を定期金賠償すべき経済的事情などは見受けられない。
そして,単純な分割払いとは異なり,定期金賠償については,損害賠償の請求権者のみならず賠償義務者にも影響が大きく,事案の類型や損害の特質,被害回復の実現性等に照らして必要性・相当性を検討すべき問題であると思われるが,一般には,現在において算定しうる損害については,予測困難な将来にわたり定額の賠償を受けるより,早期に一時金賠償を受けることの方が確実且つ現実的であると考えられる。加えて,死亡により発生した損害は,将来変動する個別的な要素は想定しにくいので,民事訴訟法117条を適用するメリットに乏しい上,死亡した被害者の相続人が将来長期にわたり加害者(あるいはその関係者)から定額の賠償額を受領することが被害回復に資する方法であると一般的に認知されていると認めることもできず,このようなことからも,実際上も一時金賠償を採用することに合理性はあるのである。
原告らは,中間利息控除率の問題を回避するために定期金賠償をするメリットがあると言うが,それは一時金払いの金額算定方法一般に関わる問題として別途検討するのが相当であり,これを理由に一般に定期金賠償を採用することを認めることはできない。また,原告らは,損害賠償の請求権者が一時金か定期金か任意に選択しうると主張するが,賠償義務者や複数の請求権者の利害調整が困難となるような見解であって,採用できない。
(3) 懲罰的な意味合い
ア さらに原告らは,本件事故により死亡した秋子の存在を忘れて欲しくないという素朴な感情から,定期金賠償を求めたと主張しており,原告花子及び同太郎は,その本人尋問で次のように述べている。
すなわち,原告花子は,秋子が得たであろう賃金が一時金で支払われることにより償いが終わるよりも,相当期間にわたって支払うのがいいと考えていること,そして,秋子のことを感じない日は1日もなく,特に命日などの節目節目には思いが強くなるので,被告にも命日を忘れてほしくない,また,それが被告の義務ではないかと述べた。
原告太郎も,一時金賠償であれば何もかも秋子を否定してしまうことにつながると思うと述べた上,被告が人一人の命を奪った責任は重く,懲役刑の執行により社会的には許されたとしても,遺族としては,命日だけでも被告に思っていてもらうのが願いである旨述べた。
イ しかし,被告が秋子の命日を忘れないでいることは,本来,法的な強制の及ぶところではないであろう。原告花子及び同太郎の言い分の本質は,将来にわたって,被告に秋子を死なせた罪の重さと遺族の果てない苦しみを認識させたいという被害感情であり,すなわち精神的苦痛の表れであるとしか考えられない。遺族が将来にわたり苦しむのに対し,加害者がどのように思っているのか,それを問い続けたい気持ちはもっともであるが,そのような問題が損害賠償の支払方法如何で解決されるのか,なお疑問であるし,死亡逸失利益を定期金賠償とすることを一般に認める根拠とはなり得ないと考える。
(4) また,本件においては定期金賠償を採用するのは相当ではない。
すなわち,被告は,当初からその責任を争わず,支払能力の関係上,損害賠償は任意保険から支払う方針であるから(弁論の全趣旨),その支払いは保険会社が行うのであって,支払をすることと被告が秋子の命日を想起することとは関連しない。
また,原告らの求める定期金賠償の期間(平成24年から同38年)は,被告の年齢からすると75歳から89歳に対応し,その間,被告がどのような状態となるか予測できない。
このようなことからすると,本件では定期金賠償方式を採用するのは相当とは言えない。
(5) 以上の検討からすると,本件の死亡逸失利益について,定期金賠償方式を採用すべき理由はない。
3 争点(2) 中間利息控除率について
(1) 原告らは,定期金賠償が認められず一時金賠償を認める場合であっても,逸失利益の中間利息控除率を年3パーセントとすべきであると主張している。
そして,証拠(甲第75「報告書」,第76「意見書」)においては,以下のようなわが国における金利,所得成長率等の動向に照らし,ライプニッツ方式が複利計算によることをも勘案し,その利率を下げるべきである旨の見解が見られる。
ア 先ず1年ものの定期預金金利(税引前)は,昭和36年から同48年までは年5パーセント台で推移し,昭和49年から同60年までは年4.5パーセントから年7.75パーセントの間を上下していた。その後年3ないし4パーセント台となり,平成3年に年6.08パーセント,平成4年に年4.75パーセントとなった後,低下の一途を辿り,平成8年からは年ゼロパーセント台が続き,平成12年に年0.13パーセント,同13年に年0.08パーセント,平成14年に年0.037パーセントとなっている。
イ 次に,所得成長率の変動は,昭和36年から同40年代後半まではほぼ年10パーセント台で推移し,昭和48年に年21.5パーセント,同49年に年27.2パーセントの伸びを示した。しかし,その後再び年10パーセント台となり,昭和52年から1桁台に低下し,昭和58年から同61年までは年2から3パーセント台となった。平成元年と同2年に年4パーセント台であったが,その後下降を続け,平成10年にはマイナスとなり,平成12年に年0.3パーセント,同13年に年マイナス0.2パーセント,同14年は年マイナス1.8パーセントとなっている。
なお物価上昇率は,所得成長率に連動しており,平成11年以降はマイナスである。
ウ 以上を前提に,甲第75(報告書)においては,中間利息控除率として適切な値は,税引き後の預金利率から所得成長率を控除した値(実質割引率)であるとの見解が示されている。
その具体的な値をみると,昭和35年から同55年まではマイナス値(昭和49年は年マイナス21.4パーセント),昭和56年から同62年まではゼロから年1パーセント台,その後年マイナス2から年プラス2パーセントの間を上下し,平成12年は年マイナス0.2パーセント,同13年は年0.3パーセント,同14年は年1.8パーセントである。
エ また,甲第76(意見書)においては,蓋然性の高い割引率(中間利息控除率)は,利子率(預金金利から物価騰貴率を控除した値)と割引率(預金金利から賃金成長率を控除した値)を勘案した場合に年0.21パーセントであるとしつつ,上記のうち所得成長率を考慮に入れないとすると年0.79パーセントとなり,また,所得成長率と物価騰貴率の双方を考慮に入れないとすると年1.9パーセントとなると述べられている。論者は,これらの値に照らし,原告らの年3パーセントという主張が極めて控えめのものであると結論づけている。
(2) 以上にみたとおり,過去40数年間,わが国の金利や所得成長率は激しい変動を遂げて低金利時代に入っているが,過去の金利等の数値を基にして中間利息控除率を検討するにしても,考慮に入れるべき要素や計算方法により様々な値を想定しうるのであって,適正な割引率を算定する統一的な考え方があるものとは認められない。
すると,実務に定着している利率年5パーセントを放擲した場合,いかなる値を採用すべきか不明と言わざるを得ず,特に,本件のように被害者の死亡後11年後から60年後までの長期にわたる将来計算をするにあたっては,なおさら予測・判断は困難である。すると,将来的に利子率は年3パーセントを超えないであろうと断定して,中間利息控除率年3パーセントを採用することも躊躇される。
そして,中間利息控除率年5パーセントについては,過去において金利や所得成長率の激しい変動を経ながらも定着してきた値であり,それは交通事故損害賠償における他の損害項目の算定基準や算定方法とともに,標準的で妥当な結論を導く役割を果たしているものと考えられる。すると,他の項目や要素を考慮することなく,中間利息控除の利率について,事案ごとに値を左右することは,法的安定性や公平感を損なう危険が大きく,現時点で適切な値を断定できない以上,年5パーセントを採用すべきと考える。
(3) 以上からすると,中間利息控除率を年3パーセントとする原告らの主張を採用することはできず,これを年5パーセントとして逸失利益を算定する。
4 争点(3) 損害額
(1) 逸失利益(合計2908万2958円)
秋子は,7歳で亡くなったが,生前の健康状態や成育過程に照らしても,本件事故にあわなければ成長して就労し,一般的な収入を得ていたであろうことが認められるので,18歳から67歳まで49年間の逸失利益を損害として認める。秋子の将来に関しては不確定要素が多いが,男女とも様々な職業を選択しうる時代に向けて誕生した子であることに鑑み,その基礎収入として,平成12年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計による全労働者の全年齢平均年収497万7700円を相当とし,生活費控除率は45パーセントとし,ライプニッツ係数(中間利息控除率年5パーセントによる)を乗じて以下のとおり算定する。
497万7700円×(1−0.45)×10.623=2908万2958円
原告太郎と同花子は,上記逸失利益を各2分の1の割合で相続した(各1454万1479円)。
(2) 葬儀費用等(合計220万円)
原告太郎及び同花子は,秋子の葬儀費用209万7580円を支出したこと,秋子のために墓石・墓地・仏壇等を購入し合計122万3300円を支出したことをそれぞれ認めることができるが(甲第52の1ないし43,第53の1,2,第54の1,第55の1,2),そのうち被告が賠償するのが相当な損害として,葬儀費用分として150万円,墓地・墓石・仏壇等の購入費用として70万円を認め,その余は採用しない。
原告太郎と同花子は,上記葬儀費用等の合計220万円を各2分の1の割合で負担した(各110万円)。
(3) 慰謝料
ア 秋子本人分(2300万円)
先に認定したとおり,本件事故は,被告が疲労と飲酒の影響による眠気を自覚しつつ,敢えて運転を続けて仮睡状態に陥ったことにより発生したものである。被告自身,運転中に幾度となく駐車して休むことも考え,事故直前には一瞬眠ったことを自覚したのであるから,被告はそのまま運転を継続してはならなかったのであり,この被告の注意義務違反の程度は著しい。そして,本件事故により生じた結果は悲惨なものであり,秋子が受けた事故時の恐怖と苦痛,命が奪われたことの無念さは計り知れない。このような事故態様と結果からすると,被害者の精神的苦痛は増大したと評価するのが相当であり,被告の犯行に至る事情や事故後の対応等,一切の事情を考慮した上で,その慰謝料として2300万円を相当とする。
原告太郎と同花子は,上記慰謝料を各2分の1の割合により相続した(各1150万円)。
イ 原告太郎及び同花子の固有の慰謝料(各250万円)
原告太郎及び同花子が,本件事故により受けた衝撃,秋子を失ったことの悲しみと被告に対する怒りの念は,これまでに認定した事実等から明らかであり,その固有の慰謝料として,各250万円をもって相当とする。
なお,被告に対する刑事裁判に関して,原告太郎や同花子に不満な点があったとしても,それは慰謝料を増額する理由にはならないし,先に認定した被告や被告の子らによる事故後の対応は不当なものではない。
ウ 原告春男及び同夏男の固有の慰謝料(各150万円)
さらに,原告春男と同夏男は,集団登校中に本件事故に遭遇し,その恐怖と衝撃は非常に大きかったものと思われる。また,医学的・心理学的な裏付けはないものの,原告春男と同夏男がそれぞれ記した陳述書(甲第64,第65)からは,原告春男と同夏男が,幼少のときから秋子とともに過ごし成長してきたのに,同じ事故に遭いながら秋子のみを亡くしたということで,その心に深く暗い部分を残していることも見て取れるので,これらの精神的苦痛に対し,各150万円の慰謝料を認めるのが相当である。
(4) 損害の補填ないし既払額
原告太郎及び同花子は,自賠責保険から合計2752万6380円の支払を受け,その2分の1ずつ(各1376万3190円)を本件損害に補填しているので,これを控除する。
また,被告の送金した70万円については,原告太郎と同花子はこれを2分の1ずつ(各35万円)損害の補填に充てているので,これを控除する。
(5) 自賠責保険金に対する遅延損害金
支払われた自賠責保険金のうち2646万1600円に対しては,本件事故発生時(平成12年11月28日)から支払時(平成13年8月15日)までの遅延損害金94万6092円が発生しており,これを原告太郎及び同花子がそれぞれ2分の1(各47万3046円)取得する。
この金額については,遅延損害金は付さない。
(6) 弁護士費用
ア 原告太郎及び同花子については,弁護士費用として各160万円を相当と認める。
イ 原告春男及び同夏男については,弁護士費用として各15万円を相当と認める。
(7) まとめ
ア 以上のとおりであるから,被告は,原告太郎及び同花子に対しては各1760万1335円,及びこのうち自賠責保険に対する遅延損害金を除いた金額である1712万8289円に対し,本件事故発生日である平成12年11月28日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
イ また,原告春男及び同夏男に対し,被告は,慰謝料及び弁護士費用の合計各165万円及びこれに対する平成12年11月28日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
5 よって,主文のとおり判決する。
(裁判官・吉村美夏子)