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盛岡地方裁判所花巻支部 昭和37年(ワ)1号 判決 1962年8月27日

原告 小田嶋芳男

被告 湯田村農業協同組合

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が、高橋昇に対して有する債権を保全するため、別紙目録<省略>記載の物件に対する抵当権付債権についてなした仮差押の執行は、これを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として、

(一)  訴外高橋慶太郎、高橋マサエは被告に対し各自金二〇〇万円の約束手形金債務を負担していたところ、訴外高橋昇は昭和三五年八月二三日被告に対し右債務の保証をなした。

(二)  原告は、昭和三二年九月五日高橋昇から金五〇万円を、利息年一割四分、最終弁済期昭和三六年九月五日の約定で借受け、原告所有の別紙目録記載の物件について抵当権を設定し同月七日右抵当権設定登記を了した。

(三)  被告は、高橋昇に対する前記(一)の債権の執行を保全するため、昭和三六年一一月二七日高橋昇から原告に対する前記(二)の抵当権付債権の仮差押をなした。

(四)  しかし乍ら、原告は前記(二)の債務につき債権者たる高橋昇に対し別紙支払一覧表<省略>記載のとおり昭和三六年一一月一〇日までに元利金をすべて完済し、本件仮差押当時既に目的債権並びに抵当権は消滅していた。

(五)  よつて原告は第三者異議の訴により本件仮差押執行の不許を求める。

と陳述した。<証拠省略>

被告訴訟代理人は、「本件仮差押決定はこれを許容する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

本案前の主張として、

元来抵当権付債権の仮差押命令を発し且つこれを執行する管轄裁判所は、仮差押の目的たる債権並びに抵当権の存否を実体的に審査する権限を有せず単に債権者の主張自体に基いて仮差押命令を発布するものであるから、仮差押当時目的債権の不存在を理由として仮差押命令を取消すことは許されず、目的債権の不存在は単に将来の強制執行を不能たらしめるに過ぎない。

と述べ、

本案に対する答弁として、

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実は認めるが(四)の事実は否認する。

(二)  原告主張の弁済の事実はなく、架空のものである。最近高橋昇が、原告から弁済を受けたならば被告に対する債務を支払うと称していたこと、及び原告主張の全弁済が昭和三六年度中に行われたとしていることから見ても、その虚偽であることが窺われる。

(三)  仮に原告主張の弁済がなされたとしても、原告は抵当権の抹消登記をしていないからその消滅を以て第三者たる被告に対抗することが出来ない。

と陳述した。<証拠省略>

理由

先ず本件訴の適否について判断する。

被告は、債権仮差押命令は目的債権(被差押債権)の存否について実体的審査をすることなく発布されるものであるから、目的債権の不存在を理由として仮差押命令の取消を求めることは許されない旨主張する。仮差押命令自体の取消に関する限りにおいては、正に右所論のとおりであるが、本件訴は、仮差押命令自体の取消を求めるものではなく、仮差押命令に基く執行の不許を求めているのであるから、前記所論のみを以て直ちに本件訴を不適法であると言うことは出来ない。

そこで、抵当権付債権の仮差押において、第三債務者(抵当不動産の所有者)が目的債権の不存在を理由としてその執行の排除を求めるため、如何なる方法が存するかについて検討する。

先ずかかる場合第三債務者が民訴法第五四四条所定の執行方法に関する異議によつて救済を求め得るか否かについて判断する。

元来執行法に関する異議は、執行機関が執行に際し、当然遵守すべき手続上の規定に違背して執行をなしたことを理由に、その取消を求める異議であるところ、抵当権付債権の仮差押命令の執行については、管轄執行裁判所は仮差押債権者の申請に基き、目的債権及び抵当権が実体上現存するか否かについて審査することなく抵当不動産の登記簿に仮差押記入の登記嘱託をなすものであるから(民訴法第七四八条第五九九条)、執行当時既に目的債権及び抵当権が消滅していたとしても、右執行については手続上何等の瑕疵がなく、従つて第三債務者は目的債権の不存在を理由として右執行に対し民訴法第五四四条の異議を申立てることは許されない。(東京控昭和七年四月一二日決定参照。尤もかような場合、第三債務者は実体上の理由(目的債権の不存在)に基き民訴法第五四四条の異議によつて救済を求め得ると言う見解(広島高岡山支昭和三三年九月一九日決定)もあるが、同条による異議事由は、競売法による競売手続の場合を除き、その他はすべて執行における形式的な手続上の瑕疵の攻撃に限定さるべきであり、執行機関において調査の権限職責のない実体上の瑕疵の主張はこれに含まれないのであるから、右見解には同調することが出来ない。)

それでは、かかる場合第三債務者が民訴法第五四九条所定の第三者異議の訴によつて救済を求め得るか否かについて判断する。

元来第三者異議の訴は、第三者が執行の目的物につき所有権その他目的物の譲渡引渡を妨げる権利を主張して執行の排除を求める訴であり、従つて債権仮差押の執行に対する第三者異議の訴において、所有権の主張に準ずる典型的な異議事由としては、目的債権が執行債務者に帰属するものではなく自己即ち第三者に帰属するものであることを主張する場合である。ところが本件においては目的債権が自己(原告)に帰属することを主張するものではなく単にそれが不存在であることを主張するに過ぎないのであるから、本件異議の主張は右典型的場合に合致せず従つて第三者異議の事由とはなし得ないのではないかとの疑問がある。

しかし乍ら、抵当権付債権の仮差押の執行においては、担保権のない通常債権の仮差押の執行と異り、前記のとおり第三者所有の目的不動産の登記簿に仮差押の記入がなされ、以て抵当権の差押の公示がなされるのであるから、第三債務者(抵当不動産所有者)は仮差押執行前既に目的債権を弁済し実体上抵当権が消滅していても、なお右差押登記がなされている限り執行債権者の同意なくしては抵当権設定登記の抹消をすることが出来ず、目的不動産の売却ないし担保権の設定等に著しい制約を被るものと言わねばならない。

そして、第三者異議の訴は、執行行為によつて執行の目的物に対する自己の正当な権利行使が侵害さるべき場合に、その目的物の権利に基いてそれが執行債権の実現資料に供し得ないものであることを主張する訴であるから、第三債務者は本来無瑕疵であり執行の対象とさるべきではない目的不動産についてなされた不当な制約(差押の登記)を排除するために、自己の不動産所有権に基き、目的債権の消滅による抵当権の不存在を主張し、第三者異議の訴を以て右執行の排除を求め得ると解すべきである。

なお、附言すると、担保権のない一般の債権仮差押執行において、目的債権が不存在である場合には、第三債務者は債権仮差押の執行がなされても何等の痛痒を受けるものではなく、将来執行債権者からする転付金請求訴訟又は取立訴訟に応訴して弁済等の事実を立証すれば足りるのであるが、抵当権付債権の仮差押が執行された場合において、目的債権の不存在を主張する第三債務者が、民訴法第七四四条の異議、第五四四条の異議、第五四九条の訴の、何れの方法によつても救済の途を与えられないとすれば、第三債務者は差押(仮差押)が継続する限り抵当権の抹消登記をする方法がなく、長期間にわたつて全くいわれのない不当且つ苛酷な拘束を受ける結果を招来する。

尤も、目的債権が不存在であるのに、執行債権者の故意過失により抵当権付債権の差押の執行がなされた場合には、第三債務者は執行債権者に対して右不当執行(不法行為)を理由として損害賠償を求め得る余地もあるが、右故意過失や損害額の立証が甚だ困難であるばかりでなく著しく迂遠な方法であるから、第三債務者の保護としては到底不十分である。

従つて、かような見地からみても、第三債務者に対し、少くとも第三者異議の訴による救済を認むべき必要があると考えられる。

そこで本案について判断する。

原告主張の請求原因(一)ないし(三)の事実は、当事者間に争がない。

原告は、請求原因(四)において主張する弁済の事実の立証として甲第二乃至第二二号証を提出しているが、右各書証の成立を認めるに足る証拠の提出をしないからこれを以て弁済の事実を認定する資料とはすることが出来ない。

又、成立に争のない甲第二三号証(認諾調書)によれば、原告は高橋昇を相手方として、高橋昇に対して負担する債務(本件被差押債権)を昭和三六年一一月一〇日までに完済したことを理由に本件抵当権設定登記の抹消登記を求める訴を提起し、盛岡地方裁判所花巻支部昭和三七年(ワ)第一三号事件として係属し、その第一回口頭弁論期日(昭和三七年五月二四日)において、高橋昇は原告の右抹消請求を全部認諾したことが明らかである。しかし乍ら、右請求認諾の効力が、法律上第三者である本件被告に及ばないことは勿論であるし、右口頭弁論期日における高橋昇の陳述も、偽証の制裁にさらされておらず、本件被告の反対訊問も受けていないのであるから、その信憑性は薄弱であると言うべく、従つて右認諾の事実を以て、直ちに真実弁済がなされたものとは軽々に断定することが出来ない。

してみると、原告主張の弁済の事実につき、これを肯認するに足る確証がない以上、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策)

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