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相川簡易裁判所 昭和24年(ハ)6号 判決

原告 江口クニ

被告 寺田はま 外三名

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、被告等は共同して原告に対し新潟縣佐渡郡金沢村大字中與字岩野乙子三百九十二番地所在一、木造草葺平屋建居宅一棟建坪四十一坪五合のうち、北東隅の十疊敷居室(佛間)の明渡をせよ。訴訟費用は被告等の連帶負担とする旨の判決並に居室明渡の部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、請求の趣旨表示の家屋は元江口森藏の所有であつたが、同人は大正五年三月十八日死亡し、その子江口タツノがその家督を相続して本件家屋の所有権を承継取得し、爾來同人は昭和九年四月十一日隱居して江口ミユキに家督を讓つた際にも、親族と協議の上確定日附のある書面によらないで、本件家屋その他全財産を留保し引続きこれを所有していたところ、原告は昭和二十三年三月十六日亡森藏の跡を継ぐことになり、その住家用として、同月二十日右タツノから本件家屋を贈與せられ、その所有権を取得し、即日その所有権取得の登記を経由し、爾來これを所有しているものである。然るにこれより先被告登喜、同廣澄、同信義は昭和二十一年秋頃から親族の承諾を得たと称して本件家屋のうち最も設備のよい佛間である請求の趣旨表示の居室を不法に占拠して同所に居住し、更に被告登喜は昭和二十三年秋頃被告はまをも連れて來て同室に住わせ、同被告も亦これを不法に占拠し、前述原告が本件家屋の所有権を取得した後も被告等は引続き何等の権原なく右居室を占拠しているので、原告は被告等に対し、昭和二十四年二月八日附書面で該書面到達の日から一ケ月内に右居室を明渡すべき旨催告を発し、該書面は翌九日被告等に到達したが、被告等は右期間を経過するもこれを明渡さないのでここに原告は被告等に対し所有権に基きその明渡を求めるため本訴請求に及んだ旨陳述し、被告等の主張に対し、仮に本件家屋が被告廣澄の所有であるとしても、同被告はその所有権取得の登記を経由していないから、第三者である原告に対してその所有権の取得を対抗することができないと述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実のうち、請求の趣旨表示の家屋が元江口森藏の所有であつた事実、同人が大正五年三月十八日死亡し、その子江口タツノがその家督を相続して、本件家屋の所有権を承継取得した事実、昭和九年四月十一日同人が隠居し江口ミユキがその家督を相続した事実、被告等がそれぞれ原告主張の頃から請求の趣旨表示の居室に居住している事実並に原告が被告等に対し昭和二十四年二月八日附書面でその主張のような居室明渡の催告を発し、該書面が翌九日被告等に到達した事実はいずれもこれを認めるが、その余の原告主張事実はすべてこれを否認する。本件家屋は原告主張のように元江口森藏の所有であつたが、同人の死亡により江口タツノがその家督を相続してその所有権を取得したところ、森藏の妻であつた原告はタツノ及びミユキの二兒を伴い実家のある高田市に帰るため、大正五年五月二十五日右タツノの法定代理人親権者として同人を代理し、同人が家督相続によつて取得した本件家屋その他の財産を江口キクに贈與し、同人がその所有権を取得したが、同人は大正六年九月二十一日隠居し、その養子江口忠男がその家督を相続し、次で昭和二十一年五月八日同人の死亡によりその長男である被告廣澄がその家督を相続し、キクから忠男を経て順次本件家屋の所有権を承継取得し、現に同被告の所有に属するので、同被告は自己所有の家屋として、その余の被告等は被告廣澄の親族として同被告と同居しているものであつて、本件家屋を不法に占拠するものではないから、本件家屋が原告の所有に属するとなし、被告等がこれを不法に占拠すると主張してその明渡を求める原告の本訴請求は失当である旨陳述し、原告の対抗要件欠缺の主張に対し、被告廣澄が本件家屋の所有権取得登記を経由していない事実はこれを認めると述べた。<立証省略>

三、理  由

請求の趣旨表示の家屋が元江口森藏の所有であつた事実並に同人が大正五年三月十八日死亡し、その子江口タツノがその家督を相続して本件家屋の所有権を承継取得した事実はいずれも当事者間に爭がない。原告は右タツノは本件家屋の所有権を取得して以來昭和九年四月十一日隠居して江口ミユキに家督を讓つた際にも、確定日附のある書面によらないで本件家屋その他全財産を留保し、引続きこれを所有していたところ、原告は昭和二十三年三月二十日同人から本件家屋を贈與せられ、その所有権を取得した旨主張するのに対し、被告等は原告は大正五年五月二十五日右タツノの法定代理人として同人を代理し、同人が家督相続によつて取得した本件家屋その他の財産を江口キクに贈與し、同人がその所有権を取得し、大正六年九月二十一日同人の隠居によりその養子江口忠雄がその家督を相続し、次で昭和二十一年五月八日同人の死亡によりその長男である被告廣澄がその家督を相続し、キクから忠雄を経て順次本件家屋の所有権を承継取得した旨抗爭するので按ずるに、成立に爭のない甲第一、二号証、同第四号証の一(その記載された証言の一部)同第四号証の二、同第五号証(その記載された証言の一部)乙第一、二号証、同第三号証の二、同第七号証の一乃至三、同第八号証乃至第十三号証、被告江口登喜本人の供述によつて成立が認められる乙第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証に証人野本ミユキ(第二回の一部)同市橋富雄の各証言並に被告江口登喜本人の供述を綜合すると、前示当事者間に爭のないとおり江口タツノは父江口森藏(同家を通称孫左衞門家という)の家督を相続して本件家屋の所有権を承継取得したが、同人の母でありその親権者である原告は夫森藏の生前は新潟縣佐渡郡河原田町に夫やタツノ、ミユキの二兒と共に住んでいたが、夫の死後本籍地に帰り從前から本件家屋に住んでいた森藏の母トミや森藏の妹キク等と共に農業をして生活することを嫌い、実家のある高田市へ戻ることとし、親戚と協議の結果、親族会の招集その同意等法定の手続を経て、森藏の死後間もない大正五年五月未成年の子タツノの法定代理人として、同人を代理し、同人所有の本件家屋その他同人が家督相続によつて所有権を取得した財産の大部分を前示キクに贈與し、タツノ及びミユキの二兒を連れて実家のある高田市へ戻つた。かくしてキクは本件家屋その他右財産の所有権を取得し、戸主タツノの家から分家して戸主となり事実上孫左衞門家の跡を継いで本件家屋に住み、同家の供養、親戚の交際、母トミの扶養などするようになつたが、大正六年六月頃中山直治に嫁することとなり森藏の弟である仲川丈一の二男忠男を養子に迎え、同年九月二十一日隠居して同人に家督を讓り、同人を事実上孫左衞門家の跡継ぎとした。尤も忠男は当時数え年八歳の少年であつて引続き実父丈一に養育監護せられる事情にあつたので、同人のため孫左衞門家の財産を危くされるのを憂え、土地についてはキクの隱居に先だち保管の目的で仲川丈一、近藤猪藏及び江口孫四郎の三名の共有名義に移し、その移轉登記を経由したが、家屋についてはその虞れがないのでそのような手続をせず、結局本件家屋は忠男が右家督相続によりその所有権を承継取得したが、同人は昭和二十一年五月八日戰病死したので同人の長男である被告廣澄がその家督を相続して本件家屋の所有権を承継取得した。右のような次第で忠男がキクの家督を相続して以來親戚、近隣などからも事実上孫左衞門家の跡を継いだ者として遇せられて來たのであつた。殊に昭和二十一年六月頃忠男の妻である被告登喜が被告廣澄同信義の二兒を連れて満州から引揚げ一旦茨城縣の親戚に身を寄せるや、当時本件家屋に住んでいた仲川丈一その長男嚴及びその妻志づ子等は被告登喜に対し佐渡には忠男の家屋敷や田畑があるから速やかに帰宅するよう交々申し送つて同被告母子を呼寄せ、これに應じて同年八月帰つて來た同被告母子と本件家屋に同居するようになると間もなく、右仲川丈一は被告登喜に対してこの家は忠男の所有であつて、孫左衞門家の供養は今後登喜がするように、又自分等は近いうちにこの家を出ようなどと話し同被告と円満に暮して來たが同年十一月頃忠男が戰病死した報が傳わると、にわかに同被告を冷遇し始め同年暮には遂に同被告母子を本件家屋から追い出したこともあつて、それ以來両者間に紛爭が続けられるようになるに至つた。一方高田市へ去つたタツノは同地で成人し、昭和九年に仁科董と婚約がととのつたが、戸主であるため妹ミユキを家督相続人として隠居した上正式に婚姻し、後日右仁科董との間に子が出生した曉にはその子をミユキの家督相続人とすることに話を決め、それまでの間財産はすべてタツノにおいて留保しておくこととしたが、留保の書面は作成しなかつた。(このような留保の効力については後に判断する)かくして当事者間に爭のないとおり同年四月十一日タツノは隠居し、ミユキがその家督を相続し、次で翌十年タツノは仁科董と正式に婚姻して家を去つたところ同人は前示被告登喜と仲川丈一との間に紛爭が生じた後の昭和二十三年三月二十日に至り、本件家屋が未登記であり、從つてタツノからキクに対する贈與による所有権移轉登記及びその後の各家督相続による各所有権移轉登記などがいずれもなされないで江口タツノ名義のままであつたところからこれを自己(仁科タツノ)名義で保存登記を経由した上、即日原告に対して本件家屋の賣買名義による所有権移轉登記を経由した事実を認めることができ、甲第三号証の一、同第四号証の一(一部)、同第五号証(一部)の各記載内容並に証人仲川丈一、同野本ミユキ(第一回及び第二回の一部)の各供述のうち右認定に反する部分はいずれも前示の証拠に照してにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は被告廣澄の本件家屋の所有権の取得はその登記を経由していないから第三者である原告に対してその所有権の取得を対抗することができない旨主張し、その登記を経由していない事実は当事者間に爭のないところであるけれども、民法第百七十七條に所謂第三者とは当事者若しくはその包括承継人以外のもので不動産に関する物権の得喪及び変更の登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者をいうと解するのを正当とするので原告が同法條に所謂第三者に該当するかどうかを檢討して見るに、昭和二十二年法律第二百二十二号による改正前の民法第九百八十八條によれば、隠居者がその財産を留保するには確定日附のある証書によることを要し、かような証書によらない財産の留保はその効力がないと解すべきであるから、前段認定のタツノがその隠居に際してなした財産の留保はその効力がなく、その一身に專属するものを除いて当時同人が有していた財産は勿論さきになした不動産の讓渡人としての地位などもすべて家督相続人であるミユキに包括移轉したものというべきである。そして隠居者が隠居前他に讓渡した不動産につき、その隠居に際し有効でない財産の留保をした隠居者からその隠居後重ねてその不動産の讓渡を受けた第三者は、さきに隠居者からその隠居前同一不動産を讓り受けた者又はその包括承継人に対してその者の所有権取得の登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に該当しないというべきであるから、前示認定のようにタツノが隠居前キクに贈與した本件家屋につき、同人が有効でない財産の留保をして隠居した後になつて同一家屋を重ねて同人から贈與された原告はさきに贈與を受けた右キク又は同人から忠男を経て順次家督相続により本件家屋を包括承継取得した被告廣澄に対してその所有権取得の登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に該当しないというべきである。しかのみならず、原告はタツノが大正五年五月本件家屋を江口キクに贈與するに際しその法定代理人として讓渡行爲をなした者であることは前段認定によつて明かなところなれば、当時該讓渡につき不動産登記法第五條に所謂他人のため登記を申請する義務のあつた者にあたるところ、原告が右讓渡につき、キクに対しその所有権移轉登記をなさなかつたことも前段認定によつてこれを知ることができる。そしてかように未成年者を代理して不動産の権利を他人に讓渡し、その移轉登記をなすべき義務のある法定代理人はその移轉登記をしないまま未成年者が成年に達し法定代理権が消滅した後においても、その法定代理人としてなした不動産の権利の讓渡における讓受人又はその包括承継人に対してその所有権の取得の登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に該当しないと解するを正当とすべきであるから江口タツノの法定代理人として同人を代理して同人所有の本件家屋を江口キクに贈與しながらその移轉登記手続をなさなかつた原告は、その法定代理権が消滅した現在においても右キク又は同人の家督相続人忠男を経て順次本件家屋を包括承継取得した被告廣澄に対して、その所有権取得登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に該当するとはいえない。してみれば以上いずれの点からしても、原告は被告廣澄の本件家屋についての所有権の取得を否定することができない筋合で結局本件家屋は大正五年五月当時の所有者江口タツノから原告が同人を代理して江口キクに贈與されその後順次家督相続により忠男を経て被告廣澄の所有に帰したものというべく、原告の所有とは認められないので、原告が本件家屋を自己の所有であるとして、その所有権に基き、被告等に対し本件家屋の明渡を求める本訴請求は、その余の点について判断をなすまでもなく、この点においてすでにその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五條、第八十九條を適用して主文のように判決する。

(裁判官 小笠原肇)

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