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知財高等裁判所 平成17年(行ケ)10028号 判決 2006年12月26日

原告

訴訟代理人弁護士

田中克郎

中村勝彦

奥山倫行

同弁理士

佐藤俊司

吉田研二

石田純

被告

訴訟代理人弁護士

山崎卓也

辻哲哉

鎌田真理雄

松本泰介

同弁理士

首藤俊一

補助参加人

Z1

補助参加人

Z2

補助参加人

Z3

補助参加人

Z4

補助参加人

Z5

補助参加人

Z6

補助参加人

Z7

補助参加人

Z8

補助参加人

Z9

補助参加人

Z10

10名訴訟代理人弁護士

田中清和

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2004-35027号事件について平成16年9月22日にした審決を取り消す。

第2前提事実等

1  特許庁における手続の経緯

原告は,別添審決別掲欄(別紙本件関連登録商標一覧表の(注1))のとおりの構成からなり,指定商品を第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」とする商標登録第3370400号商標(平成6年5月18日商標登録出願,平成10年8月20日登録査定,同年10月9日設定登録,以下「本件商標」といい,その商標権を「本件商標権」,その商標権者を「本件商標権者」という。)の商標権者である。

被告は,平成16年1月15日,原告を被請求人として,本件商標について,その商標登録を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,同請求を無効2004-35027号事件として審理した結果,同年9月22日,「登録第3370400号の登録を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同年10月4日,原告に送達された。

2  審決の理由

審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件商標の登録は,公正な取引秩序を害し,公序良俗に反するものとして,商標法4条1項7号に違反してされたものであるから,同法46条1項の規定により,その登録を無効とすべきであるとした。

3  前提事実

(1)  Pは,極真空手と呼ばれる空手の流派の創始者であり,昭和39年,同空手の団体として国際空手道連盟極真会館(以下「極真会館」という。)を設立し,その代表者として,館長ないし総裁と呼ばれていた。

(2)  Pは,平成6年4月26日に死亡したが,同月19日付けで,死亡危急時遺言の方式による同人の遺言(以下「本件遺言」という。)が作成されており,本件遺言においては,極真会館のPの後継者を原告とすることなどが述べられていた。

同年5月10日,極真会館の支部長会議が開かれ,原告が,Pの後継者として極真会館の代表者である館長に就任することが承認された。

(3)  極真会館は,極真会館を出所として表示する商標として,「極真会」との文字を筆字によって縦書きにしてなるものや,「極真会館」との文字を横書きにしてなるもの,円形の内部を図案化したマーク等各種のものを使用してきたところ(以下,極真会館に関連する各種の標章を併せて「極真関連標章」ともいう。),原告は,同月18日以降,原告名義で,複数の極真関連標章の登録出願を行った。その中には,別紙本件関連登録商標一覧表記載1ないし6の各商標(以下「本件関連登録商標」という。)があり,本件商標は,同一覧表記載6の商標である。

第3原告主張の審決取消事由

審決は,商標法56条1項において準用する特許法167条所定の一事不再理に違反し(取消事由1),また,商標法4条1項7号の該当性判断を誤り(取消事由2),本件商標の登録を同法46条1項により無効とすべきであるとしたものであるから,違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(一事不再理違反)

(1)  原告を商標権者とする本件商標を含む別紙本件関連登録商標一覧表記載1,3,5,6の各商標及び登録番号4071120号の商標(注,「INTERNATIONAL KARATE ORGANIZATION」の文字と「國際空手道連盟」の文字を二段に横書きしてなり,指定役務を第41類「技芸・スポーツ又は知識の教授,空手の興業の企画・運営又は開催,運動施設の提供」とする商標〔平成7年2月24日登録出願,平成9年10月17日設定登録〕)に対して,平成11年,本件の審判の請求人(被告)とは異なる者から,原告を被請求人として,各商標登録を無効とすることについての審判請求がされ,特許庁は,それらを審理し,平成13年6月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(平成11年審判第35276号事件〔本件商標関係〕,同第35279号事件,同第35280号事件,同第35289号事件及び同第35462号事件〔甲1の2,甲44の1ないし4〕。以下,これらの審決を併せて「旧審決」という。)をし,平成15年5月21日,旧審決について,確定審決の登録がされたところ,本件の審判請求は,既に旧審決において確定した法律関係の不当な蒸し返しであり,審決は,商標法56条1項において準用する特許法167条所定の一事不再理に違反する。

(2)  旧審決の審理においては,同審判の請求人によって,本件と同様,登録商標について,商標法4条1項7号(以下,単に「7号」ともいう。)違反の無効事由が主張され,その該当性が審理の対象とされていた。この点について,旧審決は,「P氏により創設され1964年に発足した空手団体である国際空手道連盟極真会館が使用する『極真会館』,『極真会』等は,被請求人(注,原告)が代表者(館長)である『国際空手道連盟極真会館』が行う事業等により継続使用されているものとみるのが相当である」などと認定した上で,「商標権者(注,原告)は本件商標に少なからず関係を有する者といい得るから,本件商標は,これを商標権者がその指定商品に使用しても,商品の流通,社会の秩序を害するおそれがあるとも認められない。」などと判断して,当該商標は,7号に違反するものではないとした。

7号の該当性判断において問題とされるべき本件商標の出願経緯に関する証拠等は,旧審決の審理において,既に提出され尽くしていたというべきであるから,本件の無効審判請求は,既に旧審決において確定した法律関係の不当な蒸し返しにほかならない。

(3)  審決は,「本件商標登録については,既に,平成11年審判第35276号(商標法第4条第1項第7号の主張も含む商標登録無効審判事件)において,『本件審判の請求は,成り立たない』旨の審決がされ,その確定登録が平成15年5月21日になされているが,該審判事件において提出された証拠と本件商標登録無効審判事件において提出された証拠とは,いずれも極真空手に関わるものではあるが,商標公報,商標登録原簿以外,同一の証拠は見当たらない」(審決謄本10頁第6段落)として,本件の審決が商標法56条1項において準用する特許法167条所定の一事不再理に違反するものではない旨説示するが,失当である。

審決は,本件商標の登録出願後の事情により,原告による本件商標の登録出願時の不正の目的を推認しているが,そうとすれば,本件商標の有効性を争う者は,登録出願後の事情を追加して主張し,かつ,形ばかりの新たな証拠を追加して提出すれば,繰り返し無効審判の請求をすることができることとなる。特に,商標法4条1項7号については除斥期間の定めは存在しないから,商標権者は,半永久的に無効審判の請求を受けることとなるが,これは,商標法56条1項において準用する特許法167条が一事不再理を規定する趣旨に反することは明白である。

2  取消事由2(商標法4条1項7号の該当性判断の誤り)

(1)  審決は,本件商標の登録が商標法4条1項7号に違反してされたものであるとしたが,そもそも,原告と被告間の私益に関する紛争に,同規定を適用したこと自体が誤りである。

商標法は,商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り,もって,商標の使用を通じて商品又はサービスに関する取引秩序の維持を図り,産業の発展に寄与することを目的とする(同法1条参照)。商標法4条1項7号は,商標法の目的を具現化する条項の一つとして,公益保護のために公序良俗を害するおそれのある商標の登録を認めないとする公益的な不登録事由を規定するものであって,私人間の利益を保護するための私益的な不登録事由を規定するものではない。7号に関する特許庁の審査基準においても,同号の適用に際して,私益的な事情は全く考慮されていないし,同号違反を理由とする商標登録の無効審判については,同法47条の除斥期間の規定が置かれていないことからも明らかなように,7号は,絶対的不登録事由として位置付けられ,公的な秩序の維持にかかわるものであって,私的な利害の調整は,権利濫用や信義則違反等の法理を適用して対応すれば十分である。

本件紛争は,原告とPの遺族の一人(三女)である被告との間の商標権の帰属をめぐる紛争,すなわち,私益に関する紛争にすぎないから,このような私人間の紛争の解決のために,7号を適用した審決は,そもそも誤りである。

(2)  審決は,「Xの館長就任が承認される前提となった危急時遺言の確認を求める申立てが却下された事実と極真会館の分裂に至る経緯及びXによる極真関連標章の商標権の行使により,他会派に属する支部長らの業務に支障が生じている事実をも併せ考慮すると,被請求人(注,原告)による極真関連標章についての登録の有効性は認め難いばかりでなく,被請求人は,極真関連標章を出願する際には既に,極真会館分裂の可能性をも予見して,将来生ずるであろう各派の対立関係を自己に有利に解決する意図をもって,本件商標を始めとする極真関連標章の登録出願をしたものと推認せざるを得ない。してみれば,このような事実関係の下においてなされた本件商標の登録は,公正な取引秩序を害し,公序良俗に反するものといわなければならない。」(審決謄本15頁第6段落~最終段落)と認定判断した。

しかし,商標法4条1項7号は,絶対的な不登録事由であるから,商標法上,同じく絶対的不登録事由として規定されている同項1号から6号,9号及び16号と同程度の事由が存在する場合に限定して適用すべきであり,特に,権利濫用あるいは信義則違反の法理の適用により解決が図れる事案において,7号の適用範囲をむやみに拡張すべきではない。

そして,商標法4条1項7号は,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」と規定して商標自体の性質に着目した規定となっていること,商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同項各号に個別に不登録事由が定められていること,商標法においては,商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることなどにかんがみると,商標の構成自体に公序良俗違反のない商標が7号に該当するのは,その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られる(東京高裁平成15年5月8日判決〔甲3〕,東京高裁平成15年3月20日判決〔甲4〕等)。したがって,登録商標の構成自体に公序良俗違反のないことが明白である本件商標が7号に該当するか否は,登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものであるか否かの観点から検討及び判断を行う必要がある。

ところが,審決は,原告による本件商標の登録出願の経緯に著しく社会的に妥当性を欠く点があるか否かにつき,何ら実質的な検討を行わず,不当に,登録出願についての不正の目的を推認し,商標登録が無効であると判断したものであり,本来限定的に解釈適用すべきである7号を安易に適用した点において違法である。

(3)  原告には,以下のとおり,本件商標の商標権者としての正当性が認められる。したがって,原告による本件商標の登録出願が,社会的妥当性を有することは明らかである

ア Pは,原告に極真会館の館長の地位を承継させる遺志を有していた。

すなわち,原告について,極真会館史上,最も格闘技術に優れた選手であること,極真会館が主催する空手の各種大会において,審判員,模範演技や大会運営委員の支部長代行委員等の役職を務め,Pの晩年には,その名代としてネパールを訪問したこと,P及び極真会館にとって極めて重要な極真会館の新会館建設の建設委員会第二次建設委員長に任命されていたこと,Pが極真会館の総本部で黒帯の道場生に直接指導する点に特徴がある黒帯研究会と呼ばれる研究会の指導をPから直接,任されていたこと,Pから直接支部長として任命され,本部直轄浅草道場の運営を任されていたことなどの事実が認められる。

また,生前,Pは,極真会館の館長の後継者の条件として,全日本選手権に3連覇すること,世界選手権において優勝すること,100人組手と呼ばれる荒行を達成することを挙げていたところ,これらの条件を満たす者は,Pの生前は,原告しか存在しなかったし,Pは,生前,自分の後継者には若くて空手家としても超一流の人材を起用しようとする意向を示していて,比較的若年の原告を後継者として想定していた。さらに,原告は,昭和62年の現役引退後,一時的に,極真空手の指導の現場から離れたが,Pから請われて,極真会館に戻り,本部直轄の道場を任されるなど,Pは,原告を極真会館の館長の後継者とするために,自分の近くに置いて育てていこうとしていた。Pの側近のQらも,Pが原告に極真会館の館長の地位を承継させる遺志を有していたことを述べている。

したがって,原告は,極真会館の他の構成員とは,明らかに異なる立場にあり,Pの死亡時,Pの後継者となり得る者は,原告のほかには存在しなかった。このことは,平成6年5月10日の支部長会議において,原告を館長として極真会館としての活動を行っていくことが支部長会議出席者の全員一致で確認されていることからも明らかである。

イ 原告は,現在もPの生前の極真会館と継続性及び同一性を有している極真会館の代表者であり,それ以外の極真会館を名乗る団体は,Pの生前の極真会館から離脱ないし脱退した者によるものである。

このことは,Pの生前,極真会館総本部が,極真会館全体の組織を統括する中心組織として機能し,総本部道場において,総裁による稽古や講話が実施されてきたところ,Pの死後も,総本部及び総本部道場の運営は,原告によって引き継がれていること,極真会館の各支部長の構成が,原告が極真会館の館長に就任後もそれ以前と実質的に同一であること,原告が代表者である団体が,若干の変動はあるものの,依然として大きな勢力を保持し続けて現在に至っていること,全日本空手道選手権大会等の大会は,Pが大会実行の責任者であったところ,現在も,原告を大会実行委員長として,同様の大会が,継続して開催されていること,極真会館総本部における内弟子制度が,Pの生前と同様の内容のまま継続されていること,原告が代表者である団体が,館長等の署名部分を除き,Pの生前に使用していた昇段状,表彰状,修了証等と全く同じもの使用し,極真会館の空手着等の製造・販売を行っている業者等との取引や極真空手に関する出版事業を継続して行っていることなどから,明らかである。

(4)  仮に,原告が,Pの遺志に基づいて,極真会館の代表者の地位を承継した者であるとは認められないとしても,本件商標の出願経緯において,社会的妥当性を欠く点はない。したがって,本件商標につき,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれが認められないことは明らかである。

ア 極真会館においては,従来,商標の管理に十分な配慮がされず,1980年代にイギリスなど海外の支部長が無断で「極真会館」に関する商標登録をしたという事件があり,上記事件後,極真関連標章の取扱いが,大きな懸案事項となっていた。そして,極真会館に無関係な第三者が勝手に極真関連標章を登録すると,極真会館の組織としての活動に重大な支障が生じ,また,極真会館ないし極真空手に関する取引秩序に混乱が生じることが予想された。

そこで,原告は,極真会館の代表者として,本件商標の出願及び登録を行う必要があったのであり,その出願及び登録の目的は,特定の個人の利益でなく,極真会館という団体の利益を図るもので,原告が極真会館の代表者として本件商標の登録出願を行った動機は正当であって,商標登録出願から商標権取得に至る行為について,不当であると評価することはできない。原告の個人名義で登録出願をしたのは,極真会館が法人ではなく,その名義で登録出願ができなかったため,その代表者である原告の名義で行ったにすぎない。団体に法人格がない場合,個人名義で団体名等の商標登録を行うことは,他の空手の団体においても行われているように,ごく一般的なことである。そして,今後,本件商標を含む本件関連登録商標の保有管理については,現在,極真会館が設立準備を進めている特定非営利活動法人(NPO法人)において行っていく予定である。

したがって,原告による本件商標の登録出願は,極真会館の代表者の地位に就任した者の当然の責務に基づくものであり,当時の状況の下では,最善の選択であったというべきであるから,その登録出願が不正の目的でされたとは到底いえず,その経緯に公序良俗に反するところはない。

イ 審決は,原告が本件商標を出願した意図について,本件遺言の確認を求める審判申立てを却下する決定が平成8年10月21日付けで確定したこと,その後,極真会館が三会派に分裂したこと,当事者間で紛争が生じていること等の事実を掲げた後,「そうとすれば,・・・被請求人(注,原告)による極真関連標章についての登録の有効性は認め難いばかりでなく,被請求人は,極真関連標章を出願する際には既に,極真会館分裂の可能性をも予見して,将来生ずるであろう各派の対立関係を自己に有利に解決する意図をもって,本件商標を始めとする極真関連標章の登録出願をしたものと推認せざるを得ない」(審決謄本15頁第6段落)と判断した。

しかし,商標法4条1項7号に該当するか否かの判断は,当該登録商標の登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものであるか否かによって判断され,そこでは,飽くまで登録出願時の事情を問題とすべきであって,その後の事実は,登録商標の登録出願の経緯とは直接的には関係がなく,出願人の登録出願時の目的を推認させるための間接的な事情にすぎない。審決が掲げる上記事実は,本件商標の登録出願後に生じた事実であり,原告が本件商標の登録出願を行った時点において,上記事実が将来生ずることを予測することは不可能であった。このように,予測不可能であり,その後に偶然生じた事実から,原告の登録出願時における不正の目的を不当に推認した審決の判断の誤りは,明らかである。

個々の事実についてみると,審決は,本件遺言の確認を求める審判申立ての却下決定が平成8年10月21日付けで確定したことを,原告の不正な目的を推認させる事情とするが,原告は,本件遺言の証人等でもなく,その作成には一切関与していない。本件遺言の有効性は,証人の一人に民法974条2号(平成11年法律第149号による改正前の同条3号,以下同じ。)に定める欠格事由があることにより否定されたのであるが,法律の専門家でもない原告が,同理由により,本件遺言が無効とされることがあることは,本件商標の登録出願時には想像もできないことであった。

また,審決は,原告が商標権を行使したために,極真会館に関係する当事者間で紛争が生じていることを原告の不正な目的を推認させる事実とするが,事実を誤認している。原告ないし原告が代表者である団体は,本件商標を含む極真関連標章が登録された後も,極真会館を脱退ないし離脱した者に対して商標権を行使することはなかった。しかし,平成11年ころ,極真会館各支部の支部長から,「極真会館から既に離脱ないし脱退した者がタウンページに『極真会館』の名称を使用した広告を掲載しており,道場生,入館希望者,取引先の間に大きな混乱が生じている。極真会館という組織の判断として何とかすることはできないか。」との申入れが相次いだため,極真会館ないし極真空手の需要者の間にこれ以上の混乱が生じることを防ぐため,支部長会議における支部長の総意に基づき,東日本電信電話株式会社,西日本電信電話株式会社(以下,これらを単に「NTT」ともいう。)に対して,既に極真会館から離脱し,又は脱退した者によるタウンページの広告の掲載の中止を申し入れた。これは,原告の利益を図るためではなく,極真会館の組織的な秩序を維持するためにしたものである。そして,NTTに対する上記広告掲載中止の申入れ以外に,原告から積極的に商標権を行使した事実は存在しない。

ウ 審決は,極真関連標章の権利の帰属について,「極真会館に所属する支部長ら構成員全体に,共有的ないし総有的に帰属していたものと解するのが相当である」(審決謄本15頁第1段落)とし,「極真会館が法人化されるまでの保全的な措置としてのものであり,しかも,Xの館長就任が承認される前提となった危急時遺言が有効なものであり,かつ,極真会館の運営及び極真関連標章に係る商標権の管理が極真会館関係者の間において,平穏裡に行われていた場合」(同頁第2段落)であれば,極真関連標章を登録出願することができると判断しているが,誤りである。

極真関連標章に関する権利が,極真会館の「構成員」に総有的ないし共有的に帰属するとすると,本件商標を含めた極真関連標章については,他の「構成員」の全員ないし過半数の同意を得ない限り,だれも商標登録をすることができなくなる。しかし,Pの生前に極真会館に属していた者の中には,既に極真会館を離脱ないし脱退した者も少なからず存在しており,「構成員」の全員ないし過半数から同意を得ることは到底不可能であるから,極真関連標章に化体した信用を保護しようとしても,何人も商標登録を行うことができなくなくなり,その信用を保護することが不可能となってしまう。

エ 補助参加人らは,Pは,生前,極真関連標章について,商標登録出願を行わなかったし,行う意思もなかった旨主張するが,Pは,昭和51年に財団法人極真奨学会(以下「極真奨学会」という。)名義で12件の極真関連標章の登録出願を行い,その後,商標登録をしていた。

(5)  本件商標の登録を商標法4条1項7号違反として無効とすることは,社会的な秩序に大きな混乱が生じる可能性が極めて高く,同規定の趣旨に反するものであり,違法である。

ア Pの生前の極真会館の構成員で組織される各団体のうち,原告が代表者である団体に次ぐ規模の団体として,特定非営利活動法人国際空手道連盟極真会館が存在していたところ,平成15年4月15日,原告との間で裁判上の和解を行い,特定非営利活動法人全世界空手道連盟新極真会(以下「新極真会」という。)に名称を変更し,現在は,新極真会として活動を行っている。Pの生前の極真会館の構成員で組織される団体のうちの,最大の二つの団体が,それぞれ,「極真会館」と「新極真会」という名称を使用することにより,それぞれの団体のすみ分けを図り,需要者の混乱を防ぐ形で,社会的な秩序が形成されている。また,新極真会以外の団体との関係においても,Pの生前の極真会館の構成員で構成される団体のうち,新極真会に次いで大規模な団体である極真連合会の構成員の一部の者(本件補助参加人ら)が,本件の原告に対し提起した訴訟の判決において,Pの生前から,同人の承認の下に道場を開設し,極真空手の教授等の活動を行っていた者が一定の活動を行うことに対し,原告が商標権を行使することは権利の濫用に該当するとの判断がされ,同判断に基づき,極真会館と極真連合会との間の活動に関するすみ分けが形成されてきている。その他,極真会館と関係がない第三者が極真関連標章を使用する場合,原告から当該第三者に対して使用中止の申入れを行うこともある。

このように,現時点において,原告が本件商標権を保有していることを前提として,Pの生前の極真会館の構成員で組織される各団体間には,すみ分けが形成されるなど,社会的な秩序が形成されている。これは,原告が,本件商標権を保有・管理してきたことに基づくものである。

イ 被告は,現在,「極真会(縦書き)」等の極真関連標章の登録出願を行い,また,「新 極真会/SHIN KYOKUSINKAI」等の新極真会に関連する商標の登録出願を行っている。

これらは,現在,いずれも,本件商標等が原告の名義等で先に登録されていることを理由として,商標法4条1項11号に基づき登録が拒絶されている。しかし,仮に,本件商標の登録が無効になった場合,上記の各商標の商標登録が認められる可能性があり,その場合,被告が当該登録商標を根拠に積極的な権利行使をしていくことが容易に想定され,Pの生前の極真会館の構成員で組織される各団体間で形成されてきた社会的な秩序が根本から覆され,需要者の間に看過し難い混乱が生じる可能性がある。

また,仮に,被告による極真関連標章の登録が認められなくとも,本件商標の登録が無効となると,極真会館とは関係がない第三者が無秩序に極真関連標章を使用するおそれがあり,公正な取引秩序が崩壊し,商標法1条の規定する同法の目的に反する結果を招来することが予想される。

第4被告の反論

審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1(一事不再理違反)について

原告は,本件の審判請求は,既に旧審決において確定した法律関係の不当な蒸し返しである旨主張するが,失当である。

2  取消事由2(商標法4条1項7号の該当性判断の誤り)について

(1)  原告は,審決が,そもそも,原告と被告間の私益に関する紛争に,商標法4条1項7号を適用したこと自体が誤りである旨主張するが,失当である。

「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は商標登録を受けることができないとする7号の規定は,周知著名な商標の信義則に反する出願について適用されてきたものである。

すなわち,平成8年の商標法一部改正で新設された商標法4条1項19号は,他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして,日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であって,不正の目的(不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他不正の目的)をもって使用するものは,商標登録を受けることができないと規定する。特許庁編「工業所有権法逐条解説」の解説によれば,「19号は,・・・日本国又は外国で周知な商標と同一又は類似の商標を不正目的で使用するものを不登録事由としたものである。・・・『不正の目的』の定義である『不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他不正の目的』とは,図利目的・加害目的をはじめとして取引上の信義則に反するような目的のことをいう・・・信義則に反するような不正の目的による出願については商標登録すべきでないからである。」としており,「不正の目的があるとして,本号が適用される具体的な想定例」の三番目の事例として「その他日本国内又は外国で周知な商標について信義則に反する不正の目的で出願した場合」が例示されている。そして,その立法趣旨につき,「以上のような事例については,従来,7号又は15号に該当するとの解釈・運用を行ってきたものであるが,平成8年の一部改正では,このような規定の解釈・運用に頼らず,内外の周知・著名商標と同一又は類似の商標について『不正の目的』をもって使用をするものは登録しないことを明確化したものである。」としている。

本件は,原告による本件商標の登録出願が,上記解説において不正の目的があるとして,具体的な想定例の三番目の事例として挙げられている場合に,正に合致するものであるから,7号の規定を適用した審決に誤りはない。

(2)  原告は,本件の事実関係において,本件商標の登録に7号を適用すべきで

ない旨主張するが,失当である。

ア 審決は,証拠に基づき,原告が,昭和51年に極真会館に入門し,師のPからも,その歴史の中で,最も優れた選手の一人と認められていたこと,平成6年4月26日に死亡したPが入院中の同月19日付けで作成された同人の本件遺言において,原告が後継者とされていたこと,同月27日のPの葬儀の出棺の際,本件遺言の証人の一人であるRから,原告が後継者であることが発表されたこと,同年5月10日の支部長会議で原告の館長就任が承認されたこと,同月9日の東京家裁に対する本件遺言の確認審判の申立てに対し,Pの遺族らが本件遺言に疑義を表明して争ったこと,平成7年3月31日,本件遺言について,方式遵守違反(Rが証人欠格事由を有するにもかかわらず証人となっていたこと)及び5人の証人が,病状の進行により体力気力とも衰えた遺言者を2日間という長期にわたり,証人等と利害の対立する立場にある家族を排除して,5人等で取り囲むような状況下で作成されたもので,遺言者であるPの真意に出たものであると確認できないことを理由として,東京家裁によって確認審判申立てが却下され,最終的に,最高裁において却下決定が確定したこと,別紙本件関連登録商標一覧表のとおり,平成6年5月18日及び平成7年2月20日に,原告は本件関連登録商標の登録出願を行い,平成9年7月11日から平成10年10月9日にかけて,それらが登録されたことなどの事実を認定した。

上記事実関係の下において,原告による本件商標の出願は,「その他日本国内又は外国において周知な商標について信義則に反する不正の目的で出願した場合」に該当し,不正の目的をもってされたものであるから,本件商標の登録は公正な取引秩序を害し,公序良俗に反するものとして,7号を適用した審決に誤りはない。

イ 原告は,審決の認定に対し,登録出願後の事情を考慮すべきでない旨主張するが,審決は,登録出願前後から登録査定時までの事情を,7号の該当性判断の対象としなければならないのであり,原告の主張は,失当である。

また,原告は,審決が指摘する事実は,原告にとって予測不可能な事実であり,そのような事実から,原告の登録出願時における不正の目的を推認した審決は不当である旨主張する。しかし,審決が指摘する上記事実は,いずれも原告(出願人)本人にまつわるものであり,また,不正目的の有無の認定に当たっては,登録出願前後から登録査定までの間の諸事実を判断対象とするものである。審決が,本件商標の登録出願後の事実を指摘することは,行政処分としての裁量の範囲であり,本件においては,むしろ,登録出願後の事実を無視することが,審決の取消事由となる。

ウ なお,審決は,極真関連標章の権利の帰属について,「極真関連標章に係る権利は,極真会館に所属する支部長ら構成員全体に,共有的ないし総有的に帰属していたものと解するのが相当である。」(審決謄本15頁第1段落)と判断するが,不当である。

商標登録の無効審判は,特許庁が出願を受けて登録するまでの行政処分,すなわち,商標登録査定の違法性の有無を行政庁である特許庁が再考する制度であって,権利の帰属を審理する手続ではない。本件無効審判において,請求人(被告)は,本件商標を出願できる地位にあるのは,Pの相続人であり,事業の承継者でもある被告であることを疎明するために証拠を提出したのであって,権利の帰属について,審理中の示唆もなく上記のような判断をすることは,請求人(被告)の利益を不当に害し,正義に反する。

もっとも,上記判断の当否にかかわらず,原告は,正当な出願人とはいえず,原告による本件商標の登録について,公正な取引秩序を害し,公序良俗に反するという審決の判断の結論は変わらないので,審決の上記判断の誤りは,審決の取消理由にはならない。

(3)  原告は,本件商標の登録を,商標法4条1項7号違反として無効とすることは,社会的な秩序に大きな混乱が生じる可能性が極めて高く,同規定の趣旨に反するものであり,違法である旨主張するが,失当である。

商標登録の無効審判は,最終判断時である登録査定の時点において,登録査定をした特許庁の行政処分に違法性があるかどうかを検証する制度であり,商標登録が無効であるか否かは,登録査定という行政処分がされた登録査定時を基準として判断される。

原告の主張は,登録査定という行政処分がされた後の事情,審決が確定した後の事情及び将来の事態までをも想像たくましく想定した上でされているものであり,そのような想定に基づき,審決の違法性が問われるべきでないことは,明らかである。

また,原告は,被告による極真関連標章の登録出願状況等を述べるが,本件訴訟の争点は,審決に取り消されるべき違法性があるか否かであり,被告による登録出願状況等は,審決の取消事由とはなり得ない。

第5補助参加人らの取消事由2(商標法4条1項7号の該当性判断の誤り)についての主張

1  原告は,原告が代表者である団体のみが,Pの生前の極真会館と同一性を有しているなどとして,原告が本件商標権者としての正当性を有する旨主張するが,事実と異なる。

Pの死後,極真会館は,大きく三会派に分裂し,原告は,その一会派の代表者であるにすぎない。原告は,極真会館という団体を代表して本件商標権者となる資格も正当性もなかったにもかかわらず,極真会館の館長をせん称して,それを前提に,本件商標を不当に登録したものである。

このことは,極真関連標章をめぐって本件補助参加人らと本件原告との間で争われた,大阪地裁の判決(乙1の20),その控訴審である大阪高裁の判決(丙1)及び東京地裁の判決(乙1の21)のいずれにおいても明確に認定されている。

2  原告は,自らが本件商標の登録出願を行った動機は正当であり,また,不正の目的でされたとは到底いえない旨主張するが,失当である。

(1)  原告は,極真関連標章の取扱いをどのように行うべきかについて,大きな懸案事項となっていた旨主張するが,事実に反する。

Pは,その生前の,およそ平成2年ころから死亡する平成6年4月までの間,極真関連標章について,商標登録出願を行わなかったし,行う意思もなかった。

Pは死亡の約2年前に出版された自著において,極真空手を象徴する「マ-ク」が2種類あって,それらのマ-クについての「意匠登録」を行っていない旨を述べ,他の組織が無断で使用しない限り,「マ-クの使用」について総本部(P)は,何らこれについて規制を加えることはないとしていた。 また,海外の支部長が極真会館のマークを権利化した事件は,確かにあったが,それは,1980年代のことであり,Pは,関係者を組織の規律を乱したとして破門したのであり,商標の管理や取扱いをどのようにしていくかについては何ら問題としていない。

もっとも,昭和51年,極真奨学会が極真関連標章の出願を行い,登録しているが,その登録商標の管理について,Pは全く関心を持たず,登録商標が平成2年から平成3年にかけて存続期間満了を迎えるため,更新登録の手続をすべきであるにもかかわらず,失念してそのまま放置し,その権利が抹消されている。加えて,登録名義人の極真奨学会がいわゆる休眠状態に陥っていたことに照らすと,その商標登録出願は,Pが自発的意思によって行ったとは考えにくい。

(2)  原告は,本件商標の登録出願の動機が正当なものである旨主張するが,事実に反する。

原告は,全国の極真会館の支部長らに対し,Pの「遺言」が,死亡危急時遺言であること,遺言の日から20日以内に家庭裁判所に確認を求める審判の申立てをして,その確認を得なければ効力を生じないものであることなどを一切説明せず,ただ,Pの遺言があるとして,極真会館の館長に就任する意思を表明し,平成6年5月10日開催の支部長会議において,カリスマ的なPの遺言ならば絶対とする支部長らによって,館長就任を承認された。そして,秘密裏に,本件商標の登録出願を準備し,支部長会議において説明するもことなく,同月18日,原告個人名義で本件商標の登録出願をした。

一方,Pの死後,被告を始めとする遺族らは,原告を極真会館の後継者に指名する内容を含む本件遺言は偽造であり,原告とそれを取り巻く者らによる極真会館の乗っ取り策動であると非難していた。そして,Pの生前に極真会館の事務を取り仕切っていたPの妻のSは,同月26日,全国の支部長に対し,本件遺言がPの意思により作成されたものでないこと,今後はSが極真会館を管理する考えである旨を通知し,この通知に5名の支部長が呼応した。これに対し,原告は,これらの支部長を除名処分にし,除名された支部長らは,同年10月,極真会館遺族派(以下,単に「遺族派」ともいう。)と呼ばれる会派を結成した。Sは,平成7年2月15日,原告が極真会館の館長であることを否定し,自ら同館長に就任することを宣言した。そして,原告を極真会館の館長にすることを承認した支部長においても,原告を批判する動きが高まり,同年4月5日開催の支部長会議において,原告の館長解任動議が提出され,賛成35名,反対3名,欠席10名により,原告の解任が決議された。原告は,上記決議を無視し,翌6日の記者会見で,Pの本件遺言がある以上,極真会館の館長を引き続き名乗ることを表明した。

このような本件商標の登録出願の前後の経緯に照らすと,原告は,商標登録出願の差し迫った必要性がないにもかかわらず,遺族の疑念やそれを支持する支部長らを排除して,本件商標の登録出願を行ったものである。原告が,特定の個人の利益を図るためではなく,極真会館という団体の利益のために登録出願をしたというならば,当然,支部長会議においてその旨を説明し,個人名義で登録出願することも報告してしかるべきであるが,そのようなことは一切していない。審決も認定するとおり(審決謄本15頁第6段落),原告は,極真関連標章を出願する際,既に,極真会館分裂の可能性をも予見して,将来生じるであろう各派の対立関係を自己に有利に解決する意図をもって,本件商標を始めとする極真関連標章の登録出願をしたものと推認できるものである。

この点について,原告は,原告の不正の意図を推認した審決について,出願後の事情から安易に推認したものである旨主張する。

しかし,上記のとおり,原告が出願する時点において,既に,遺族が原告の極真会館の館長就任に異議を申し立てており,極真会館分裂の萌芽が具体的に現れていたこと,原告は,支部長会議で館長就任を承認されたとはいえ,支部長の中の相当数が多かれ少なかれ不満を持っていることを知っていたことにかんがみれば,極真会館が将来分裂するなどの可能性があることは十分予見し得たのであり,そのため,原告は,秘密裏に本件商標権を個人名義で取得することによって,対立又は分裂した場合に備えて自己の支配権を得ようとしたのであるから,原告の主張は失当である。

(3)  本件商標の登録査定時である平成10年8月20日ころ,原告は,形式的にも実質的にも,極真会館の後継者としての代表者ではなく,極真会館が分裂してできた複数の会派のうちの一会派の代表者としての地位にある者にすぎなかった。

すなわち,平成7年4月5日の極真会館の支部長会議において原告の館長解任が圧倒的多数で決議された後,極真会館は大きく三会派に分裂した。Pが任命した支部長の数でみると,先に結成された遺族派は9名,館長解任決議に賛成した全国支部長協議会議長を代表者とする極真会館支部長協議会派(以下,単に「支部長協議会派」という。)は30名,原告を含む極真会館X派(以下,単に「X派」という。)は12名,その他無所属2名であり,各派は,いずれも,自派がPの生前の極真会館を承継すると主張し,極真会館を名乗って,対立競合し,Pの生前から開催されてきた全日本空手道選手権大会等の各種大会をそれぞれ開催してきた。その中でも,遺族派と支部長協議会派は合同して各種空手道選手権大会を開催するなどして,反X派の立場を鮮明にしていた。これらの経緯に照らすと,原告は,Pの生前の極真会館が分裂してできた一会派の代表者にすぎなかったことが明らかである。

そして,そのような状況下において,原告が個人名義で本件商標権を取得することは,原告が極真会館の唯一の代表者であり,他会派は極真会館を離脱したものであるとすること,したがって,他会派は,原告の許諾を得なければ,極真会館の標章を使用することができないことを意味するのであり,これは,本件商標を不正の目的で使用しようとするものにほかならないから,公序良俗を害するものである。

(4)  本件商標の登録出願についての原告の不正の目的は,本件商標権の取得後に,以下のとおり実行に移された。

原告は,平成11年ころ,本件商標権等を行使して,全国のNTTのタウンペ-ジから,極真関連標章を使用する他会派の広告を排除した。NTTのタウンペ-ジは,広告効果の最も高いものの一つであり,極真会館のほとんどすべての支部・道場が長年にわたり広告を出して,道場生を募集するなどしてきたところ,原告は,それを禁止したのであるから,原告の不正の目的は明らかである。タウンページから広告が排除されることは,X派以外の他会派にとり,死活問題であり,その後,原告を相手とした商標権に基づく使用差止請求権の不存在確認の訴えが,次々と提起された。

3  原告は,本件商標の登録を商標法4条1項7号違反として無効とすることは,社会的な秩序に大きな混乱が生じる可能性が極めて高く,同規定の趣旨に反するものであり,違法である旨主張するが,失当である。

(1)  原告は,特定非営利活動法人国際空手道連盟極真会館(支部長協議会派)との間で,平成15年4月15日,裁判上の和解をして,同派が「新極真会」という名称を使用することにより,それぞれの団体のすみ分けを図り,社会的な秩序が形成されている旨主張するが,実態は異なる。支部長協議会派は,表向きは,「新極真会」との名称を使用しているが,他方では,現在でも,なお,「極真会館」との名称を使用していて,社会的な秩序が形成されているとは到底いえない。原告は,また,補助参加人らが属する極真連合会との間でも,活動に関するすみ分けが形成されてきている状況にある旨主張するが,全く事実に反する。極真連合会に属する10名は,原告を相手にした商標使用差止権不存在確認の訴えにおいて勝訴し,NTTタウンペ-ジへの広告掲載が可能となったが,10名のほかにも,極真連合会には,支部長,師範代,道場責任者ら数百名の幹部がおり,そのほとんどが,原告の本件商標権により,タウンペ-ジへの広告の登載ができないでいる。そして,極真連合会に属する81名が,原告に対し,原告は極真会館館長の名称をせん称しているとして,同名称の使用差止めを求める訴えを提起し,大阪地裁において勝訴判決を得たところであり,また,平成15年11月には,X派の最高顧問であったTを中心とする一部の支部長らが,原告との意見の相違からX派を脱退し,「極真館」という会派を結成したが,T側は,極真奨学会を利用し,原告に対し,本件商標の移転登録手続等を求める訴えを東京地裁に提起し,東京地裁において一部勝訴判決を得るなど,現在,なお,極真会館をめぐり,多数の紛争が係争中である。

これらに照らしても,Pの生前の極真会館の構成員で組織される各団体間のすみ分けが形成され,社会的な秩序が形成されてきたという事実はない。

(2)  原告は,本件商標の登録が無効になると,極真会館と関係がない第三者が極真関連標章を使用するおそれがあり,公正な取引秩序が崩壊する旨主張するが,失当である。

極真会館の設立以来,第三者が「極真会館」を名乗って活動したという事実はない。空手流派の本質上,特定の流派には,それぞれ独自の型,組み手,教授法及び競技のル-ル等があり,流派と関係がない第三者が,勝手に特定の流派を名乗ることは,実際上不可能である。

また,Pの死後,原告が本件商標権を取得するまで約3年の期間があったが,この間に何ら混乱も生じなかったばかりでなく,むしろ,原告が本件商標権を取得してから混乱が生じたものである。

第6当裁判所の判断

1  取消事由1(一事不再理違反)について

(1)  原告は,本件の無効審判請求は,既に旧審決において確定した法律関係の不当な蒸し返しであり,審決は商標法56条1項において準用する特許法167条所定の一事不再理に違反する旨主張する。

確かに,本件商標(別紙本件関連登録商標一覧表記載6の商標)について,商標法4条1項7号等違反の事実に基づき,本件の審判請求人(被告)とは異なる者から,商標登録を無効とすることについての審判請求(平成11年審判第35276号事件)がされ,同事件に係る旧審決において,7号違反の主張が排斥され,審判請求が不成立となり,平成15年5月21日に確定審決の登録がされている(甲1の3)。

しかし,商標法56条1項において準用する特許法167条は,何人も,商標登録無効等の審判の確定審決の登録があったときは,「同一の事実及び同一の証拠」に基づいて,新たな審判請求をすることができないことを規定するところ,本件商標に係る旧審決(甲1の2)及び本件の審決によれば,両審決において,7号の該当性に関して提出された証拠は,商標公報,商標登録原簿以外,同一であると認めることはできない。本件の審決も,本件商標について,上記のとおり,7号違反の主張を含む商標登録無効審判事件における審判請求不成立の確定審決(旧審決)が登録されていることを認定した上,「該審判事件において提出された証拠と本件商標登録無効審判事件において提出された証拠とは,いずれも極真空手に関わるものではあるが,商標公報,商標登録原簿以外,同一の証拠は見当たらない。」(審決謄本10頁第6段落)と判断しており,その判断に誤りはない。

(2)  原告は,両審決における証拠が異なることを前提として,商標法4条1項7号の該当性判断において問題とされるべき本件商標の出願経緯に関する証拠等は,旧審決の審理において,既に提出され尽くしていたというべきであること,そのように解さなければ,形ばかりの新たな証拠を追加することにより,商標権者は,繰り返し無効審判の請求を受けることなどを根拠として,本件の審決において,証拠が異なるとしても,商標法56条1項において準用する特許法167条の趣旨に基づき,その審判請求ができない旨主張しているものと解される。

しかしながら,上記主張は,「同一の事実及び同一の証拠」の場合に限り新たな審判請求を制限した法の明文に反するものであり,また,一度,審判請求がされて,その不成立審決の確定審決の登録がされると,他により適切な証拠が存在するにもかかわらず,何人も審判請求をすることができず,7号の公序良俗違反の商標登録の有効性を争えないということが不当であることは明らかであって,原告の主張は,失当というほかはない。

(3)  そうすると,審決には一事不再理違反の違法はなく,原告の取消事由1の主張は,採用することができない。

2  取消事由2(商標法4条1項7号の該当性判断の誤り)について

(1)  審決は,本件商標の登録は,商標法4条1項7号に違反してされたものであるとしたのに対し,原告は,本件紛争は,原告とPの遺族の一人(三女)である被告との間の商標権の帰属をめぐる紛争,すなわち,私益に関する紛争にすぎないから,このような私人間の紛争の解決のために7号を適用した審決は,そもそも誤りである旨主張する。

「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」につき,商標登録を受けることができないとする7号の文言自体からすれば,商標の構成自体に着目した規定となっているが,登録出願の経緯に照らし,商標法の予定する秩序に反する登録出願も,公の秩序に反するものというほかなく,これを有効とすることは同法の趣旨に反するものというべきである。そして,商標法4条1項各号には個別に不登録事由が定められていること,商標法においては商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることなどを併せ考えると,登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして容認し得ないような場合には,商標の構成自体に公序良俗違反のない商標であっても,7号に該当するものと認めるのが相当である。

原告は,本件紛争が私益に関する紛争であるとして,7号が適用されない旨主張するが,本件においては,原告の有する本件商標について,原告の登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものがあるか否かが争われているのであり,単に,原告と被告との間の私益に関する紛争が問題となっているものではないから,被告(審判請求人)からの本件無効審判請求において,審決が,本件商標の登録の有効性につき,その登録出願の経緯等を認定した上,7号の該当性判断を行ったことに原告主張のような誤りはない。

(2)  そこで,本件商標を含む本件関連登録商標の登録出願の経緯等についてみると,前記第2の3の前提事実並びに証拠(甲5ないし8,11,15ないし19,20の1,48,甲50の2ないし4,甲61,甲79の1ないし9,甲80の1ないし9,甲81の1ないし3,甲82の1,2,甲83,乙1の1ないし23,丙1ないし3)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。

ア Pの生前の極真会館の組織及び原告について

(ア) Pは,極真空手と呼ばれる空手の流派の創始者であり,昭和39年,同空手に関する団体として国際空手道連盟極真会館(極真会館)を設立し,平成6年4月26日の死亡時まで,その代表者として,極真会館の館長ないし総裁と呼ばれていた。

極真会館は,代表者であるPの下で規模を拡大し,世界各地に多数の支部等を置くほか,日本国内においても,総本部のほか,全国各地に支部等を置いた。支部は,それぞれ担当する地区が定められており,Pによって任命された支部長が,各担当の地区において,道場を開設し,極真空手の教授を行っていた。

国内支部の支部長は,極真会館が開催する大会に選手を派遣する等大会の運営に協力する義務,極真会館の総本部に会費等を納める義務,支部長会議に出席する義務等を負っていた。他方,支部長は,担当地区内に道場を開設して,極真空手に入門した道場生に対し,極真空手の教授を行い,極真空手の級位や初段の段位を与えることができ,また,担当地区内に,分支部を設けることができた。極真空手を学ぶ者は,本部直轄道場や各支部の道場に入門して,極真会館の会員となり,道場生として,極真空手の教授を受けた。

Pが死亡した平成6年4月当時,極真会館は,日本国内において,総本部,関西本部のほか,55支部,550道場,会員数50万人を有し,世界130か国,会員数1200万人を超える勢力に達していた。

極真会館は,毎年,全日本空手道選手権大会及び全日本ウェイト制空手道選手権大会と呼ばれる極真空手の大会を開くと共に,4年に一度,全世界空手道選手権大会と呼ばれる極真空手の大会を開催していた。

(イ) P及び極真会館の支部長らは,極真会館及び極真空手を示す標章として,本件商標を含む極真関連標章を,空手の教授の際に使用するほか,極真会館が開催する空手大会の開催等にも,極真関連標章を使用していた。なお,支部規約上,支部長は,極真会館を表示する標章を無断で使用することを禁止されていたが,極真会館の活動趣旨に沿う限り,道場等において,その教授等に際し,極真関連標章を自由に使用することができた。

そして,前記のような極真会館の規模の大きさやその活発な活動から,Pが死亡した平成6年4月時点においては,本件商標を含む本件関連登録商標は,少なくとも空手及び格闘技に興味を持つ者の間では,Pの極真会館というまとまった一つの団体を出所として表示する標章として広く知られていた。

(ウ) 極真会館の設立後,組織やその運営に関する定めが,「極真会館国内支部規約」等の形で規定されたが,極真会館が法人格を取得することはなく,また,その代表者である館長ないし総裁の地位の決定や承継等に関する規定はなかった。そして,組織運営の具体的な場面においては,創設者であり,死亡時まで一貫して代表者であったPの個人的な判断にゆだねられる部分が多く,同人が強い影響力をもって団体全体を統率していた。

また,Pは,「財団法人極真奨学会」(昭和17年1月21日に育英及び学術研究の助成を目的として設立された財団法人)の運営権を取得し,極真会館が各種の昇段状や賞状を発行する際の権威付けなどのためにその名称を使用していた。この極真奨学会の組織や活動についての最終的な決定権もPの個人的な判断にゆだねられていた。

(エ) 原告は,昭和38年1月生まれで,昭和51年に極真会館に入門し,極真会館において,昭和60年及び昭和61年の全日本空手道選手権大会で優勝し,昭和61年には,極真空手において極限の荒行とされる100人組手を完遂し,昭和62年の全世界空手道選手権大会では優勝して,極真空手において,最も格闘技術に優れた選手の一人であった。また,平成4年に,Pから支部長として任命され,本部直轄浅草道場を開設したほか,極真会館が主催する空手の各種大会において,審判員,模範演技や大会運営委員会の支部長代行委員などの職務を務め,黒帯研究会と呼ばれる会における指導を任されたり,Pの名代として,ネパールに赴いたり,極真会館の新会館建設の建設委員会第2次建設委員長に任命されたりした。

Pの死亡時,原告は支部長であったが,支部長の中では31歳と年齢的に最も若く,支部長としての経歴も短かった。

イ Pの死亡と原告の館長就任

(ア) Pは,平成6年4月26日に死亡したが,入院中であった同月19日付けで同人の本件遺言が作成された。本件遺言は,Pの病室において,弁護士であるU(以下「U」という。)外4名の証人の立会の下に,死亡危急時遺言の方式により作成されたものである。

本件遺言には,極真会館,国際空手道連盟のPの後継者を原告と定めること,極真会館,国際空手道連盟を一体として財団法人化を図ること,この法人化には日時を要するので,その間,極真奨学会を拡充化するとともに,可能であれば,極真奨学会が極真会館,国際空手道連盟を吸収することもよいこと等が記載されていた。

Pは,生前,自己の死後,極真会館の代表者をだれにするかについて,公開の場で公に示したことはなかった。

(イ) Pの葬儀は,極真会館葬として同月27日に行われ,その出棺の際,本件遺言の証人の一人であるRから,Pが原告を後継館長に指名した旨の遺言がある旨が発表され,同日開催された極真会館の支部長らの集まりにおいても,同趣旨の説明がされて,原告は,自ら後継館長に就任する意思を明らかにした。ほとんどの支部長は,これらの時に初めて,Pが,生前,その死後における極真会館の館長として原告を指名するとの意向を有していたものと認識した。

同年5月10日,極真会館の支部長会議が開催され,原告を後継者にするとのPの本件遺言があるとされたことにより,全員一致で,原告がPの後継者として極真会館の代表者である館長に就任することが承認され,原告もこれを承諾し,原告が極真会館の代表者となった。

ウ 原告による本件商標等の登録出願について

(ア) 原告は,平成6年5月18日,本件商標を含む別紙本件関連登録商標一覧表記載1ないし4及び6の各商標の登録出願をし,平成7年2月20日,同一覧表記載5の商標の登録出願をした。

これらの商標登録出願に当たり,原告は,極真会館の支部長会議や他の支部長らに対し,登録出願をすることについて諮ったり,相談したりすることはなかった。

また,原告は,上記,登録出願後,極真会館の支部長らに対し,その旨を正式に報告しなかった。そして,平成7年3月ころの支部長会議において,商標登録についての質問が出た際に,原告が商標登録出願をした旨を答えたことにより,多くの支部長は,初めて,原告が上記商標登録出願をしたことを知った。

(イ) 上記各出願については,別紙本件関連登録商標一覧表記載のとおり,同一覧表記載1ないし3の各商標につき,それぞれ,平成9年5月16日に登録査定がされて,同年7月11日に登録がされ,同一覧表記載4の商標につき,同年7月7日に登録査定がされて,同年8月1日に登録がされ,同一覧表記載5の商標につき,同年6月27日に登録査定がされて,同年8月8日に登録がされ,同一覧表記載6の商標(本件商標)につき,平成10年8月20日に登録査定がされて,同年10月9日に登録がされた。

(ウ) 極真関連標章の商標登録については,Pの生前,財団法人である極真奨学会が,昭和51年,別紙本件関連登録商標一覧表記載3の商標と構成を同じくする「極真会館」との文字を横書きにしてなり,指定商品を商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)別表第24類「空手道衣及びその帯を含む運動用特殊衣服,その他本類に属する商品」又は同別表第26類「印刷物(文房具類に属するものを除く)書画,彫刻,写真,これらの附属品」とする商標,同一覧表記載1及び6の商標と構成を同じくする「極真会」との文字を筆字によって縦書きにしてなり,指定商品を同別表第24類「空手道衣,その他の運動用特殊衣服,その他本類に属する商品」又は同別表第26類「印刷物(文房具類に属するものを除く)書画,彫刻,写真,これらの附属品」とする商標等を登録出願し,昭和55年から昭和59年にかけて,極真奨学会名義による合計12件の極真関連標章の商標登録がされた。もっとも,上記登録商標のうち,上記4件を含む9件は,平成2年から平成4年にかけて存続期間満了を迎えるのにもかかわらず,Pらが,更新登録の手続をすることを失念していたため失効し,Pの死亡時までには登録が抹消されていた。また,上記財団法人も,昭和62年に理事の就任登記がされて以降,何ら登記がされておらず,上記商標登録が抹消されたころには,いわゆる休眠状態となっていた。

極真奨学会名義の上記登録商標のうち,昭和59年に登録された3件の商標については,Pの死亡時にはその商標登録は抹消されていなかったところ,原告は,平成6年6月1日譲渡を原因として,同年10月24日,自己名義への移転登録手続を了した。

極真関連標章について,1980年代に,イギリスの極真会館の幹部が権利取得手続をし,Pが同幹部を破門にしたことはあったが,その後,平成6年当時まで,第三者が商標登録出願をしたり,これを企図したなどの具体的な問題が生じていたような事実はない。

(エ) 原告は,商標登録出願の経緯について,株式会社ベースボール・マガジン社発行の格闘技通信平成7年5月23日号の記事(乙1の19の22頁,23頁)において,次のとおり述べた。

「極真会という商標権,またあの極真のマークですね,ああいうものの商標権がすべて私の個人名で登録されているという部分で支部長たちがおっしゃったようですけども,それに関してですね,実際問題私,実際それらの登記は私の個人名となっております。というのは,一つの理由として極真会館は任意の団体であって,法的にいうと,Pによる一心(ママ)専属的(注,「一身専属的」の意に解される。)な団体である・・・総裁(注,P)が残された遺言の遺志を継ぐということで,私まぁ,立っている訳ですが,・・・その責任上,私が個人名で登録させていただいたと。・・・個人のもんではありませんから,公益法人が出来れば,社団法人なり財団法人なり,公益法人が出来れば,速やかにそちらに移します。・・・それから,極真会館という商標権を個人で登録すると言ったときに,支部長たちに確認をとらなかったこということに端を発して独断専行と,またはそのもっと言えば独裁というような形で物事を言われているようです。・・・ただ,それは時間的にもですね,もちろん情報は取り合いながら,意思の疎通を計りながらという部分でやるのは筋だと思いますけど,緊急の事項もいろいろな形でありますから,そのときは私の館長としての,職務の中でまた負った責務の中でですね,責任をもって物事を決定して進めてきたという部分があるわけです。」

また,大阪地裁における後記カ記載の訴訟(同庁平成14年(ワ)第1018号事件)に提出された陳述書(甲6)及び同訴訟の本人尋問調書(甲7)によれば,原告は,上記登録出願の理由について,海外の支部長により商標が登録されるなどしたため,Pの生前から「案件事項」(注,「懸案事項」の意に解される。)となっていたこと,本件遺言の証人になった者の助言もあったことから,商標の登録出願をした旨を述べている。

エ 本件遺言の有効性について

本件遺言の証人の一人である弁護士のUは,平成6年5月9日,東京家庭裁判所に対し,本件遺言の確認を求める審判の申立てをした。上記審判申立てに対して,東京家裁は,平成7年3月31日,証人の一人であるRが,同遺言により財産の遺贈を受ける法人の理事・代表取締役であるため,民法974条2号所定の証人欠格事由を有するにもかかわらず,証人として立ち会い,遺言内容の決定に深くかかわっていて,方式遵守の違反があること,本件遺言は,証人となった5人が,当時,病状の進行により体力,気力ともに衰えた遺言者(P)を2日間という長期間にわたり,証人らと利害の対立する立場にある家族を排除して証人らで取り囲むような状況の下で作成されたものであり,遺言者が遺言事項につき自由な判断の下に内容を決定したものか否かにつき疑問が強く残り,遺言者の真意に出たものと確認することが困難であることを理由として,同確認審判申立てを却下した。上記決定に対して,Uは抗告したが,東京高裁は,平成8年10月16日,上記とほぼ同様の理由により抗告を棄却し,平成9年3月17日,最高裁も,特別抗告を却下した。

オ 極真会館の分裂について

(ア) 前記のとおり,平成6年5月10日に開催された支部長会議において,全員一致で原告の極真会館の館長就任が承認されたが,同月26日には,Pの妻であったSが,本件遺言を理由とする原告の極真会館の館長への就任は,原告らによる極真会館の乗っ取り工作であるとして,全国の極真会館の支部長に対し,今後は,同人が極真会館を管理する旨通知し,同年6月20日には,本件遺言に対する疑義を主張する記者会見をするとともに,平成7年2月15日には,自ら極真会館の2代目の館長の襲名の発表をした。原告により破門されていたVら5名の支部長もその行動を支持し,Sを館長とする支部長の団体は遺族派と称された。

(イ) その後,原告の活動に反対する支部長が多くなり,平成7年4月5日,極真会館の臨時の支部長会議が開催され,極真会館の私物化,独断専行,不透明な経理処理の三点を理由として,賛成35名,反対3名,欠席10名により,原告の館長解任が決議された。また,私物化,独断専行の具体的な事実として,極真会館の総裁と名乗ったことのほか,支部長会議に諮ることもなく,本件商標を含む本件関連登録商標等の極真関連標章を原告個人名義で商標登録出願をしたことが挙げられた。

同日,解任を支持する支部長らは,記者会見を行い,今後,同支部長らを中心として,極真会館を運営する旨発表した。これらの支部長らにより運営される道場の関係者らで構成される団体は,支部長協議会派と称され,当時,30支部長がこれに所属した。

これに対し,原告及び原告を支持する支部長らは,翌6日,記者らと懇談し,Pが決めたものを支部長会議で覆すことはできず,解任決議は効力がないとして,原告が引き続き極真会館の館長の地位にあると宣言した。当時,これに従う支部長は12支部長であり,被告を代表者とする団体は,X派と称された。

Sを館長とする遺族派の支部長は,9名であった。

(ウ) 上記各派は,いずれも,自派が極真空手を正当に承継するものであるとして,極真会館を名乗って,道場の運営を行い,従前,極真会館が行っていたのと同一名称の極真空手の大会を開催するなどした。

その後,平成13年12月には,遺族派の一部,支部長協議会派の一部等が,極真連合会と称する団体を組織したり,平成15年11月には,X派の支部長の一部がX派から脱退し,新たに極真館と称する組織を発足させたりした。

現在においても,Pの生前の極真会館における支部長等は,各派に分かれ,それぞれが,本部,支部等を設け,道場で極真空手の教授等を行ったり,極真空手の大会を開催したりしており,Pの生前の極真会館というまとまった一つの団体は,これと同一性を有しない複数の団体に分かれた状態である。原告は,現在も,その中の一つの団体であるX派の代表者であり,極真会館の館長の地位にあると主張している。

カ 極真関連標章をめぐる紛争について

原告は,平成11年から平成12年にかけて,極真関連標章の商標権に基づき,NTTに対し,極真関連標章を使用した広告の掲載の禁止を申し入れたため,原告の団体に属さない極真会館を名乗る団体の支部長らは,NTTのタウンページに掲載する広告に原告が商標権を取得した極真関連標章を使用することができなくなった。

これに対し,上記支部長らは,原告に対し,極真関連標章をタウンページに登載することの妨害禁止を求める仮処分の申立てや,原告が商標権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める訴えの提起をした。それらの仮処分及び訴訟は,和解により終了したものもあるが,本件補助参加人らと本件原告との間で争われた,大阪地裁における商標権に基づく差止請求権不存在確認等請求訴訟(同庁平成14年(ワ)第1018号事件),その控訴審(大阪高裁平成15年(ネ)第3283号事件)及び東京地裁における商標権に基づく差止請求権不存在確認等請求訴訟(同庁平成14年(ワ)第16786号事件)においては,本件原告が商標権を有する合計8件の極真関連標章(その中には,別紙本件関連登録商標一覧表記載1ないし3及び5の各商標が含まれる。)について,本件原告が差止請求権を有しないことの確認が求められていたところ,上記各事件の判決において,本件原告は,極真会館の一分派の代表者であり,同じく極真会館の分派に属する者に対して,極真関連標章の使用を禁止することは権利の濫用であるなどと判断され,差止請求権の不存在が確認された。

また,Pの死後に極真奨学会名義から原告名義に移転登録された3件の登録商標については,極真奨学会と本件原告との間の商標権移転登録手続請求訴訟(東京地裁平成16年(ワ)第23624号事件)において,極真奨学会への移転登録手続を命じる第1審判決が言い渡されている(当裁判所に職務上顕著な事実)。

(3)  以上認定の事実によれば,本件商標は,その登録出願時(平成6年5月18日)において,少なくとも空手及び格闘技に興味を持つ者の間では,Pの極真会館というまとまった一つの団体を出所として表示する標章として広く知られていたが,極真会館が法人格を有さず,極真会館の名義により商標登録出願を行うことができないところから,原告は,極真会館の代表者として個人名義で登録出願を行ったものである。

一般に,法人格のない団体を出所として表示する商標がある場合,その団体自身の名義により商標の登録出願をすることはできず,他方,団体とは関係がない第三者がその登録出願を行うなどして,団体が不利益を被る可能性もあるから,団体の利益ないし権利を守るため,便宜上,代表者の個人名義で登録出願を行うことが,その団体の利益ないし権利を守るための行動であると認められる場合のあることは,否定することができない。

しかし,団体の規模が小さく,いわば,代表者個人の団体と評価することができるような場合はともかく,団体としての組織運営に関する定めを有し,団体と代表者個人とが明確に区別され,多数の構成員からなる規模の大きな団体にあっては,団体と代表者個人の利害関係は必ずしも一致しない。そのような団体の場合,代表者は,団体のために,善良な管理者の注意をもって代表者としての事務を処理し,団体の重要な財産の管理,処分については,団体内部の適正な手続を経るべき義務を負うものというべきである。

極真会館は,前記(2)アのとおり,法人格を取得していなかったが,組織運営に関する定めが「極真会館国内支部規約」等の形で規定され(ただし,代表者である館長ないし総裁の地位の決定や承継等に関する規定はなかった。),Pが死亡した平成6年4月当時,日本国内において,総本部,関西本部のほか,55支部,550道場,会員数50万人を有し,世界130か国,会員数1200万人を超える勢力に達しており,それぞれ担当する地区が定められている各支部には支部長が任命され,各道場において,その道場生に対して極真空手の教授が行われていたものであって,創設者であるPは,生前,一貫して極真会館の代表者であり,強い影響力をもって団体全体を統率していた。このことに関して,原告は,平成7年5月ころ発行の雑誌記事の中で,極真会館はPの一身専属的な任意団体であった旨述べている(前記(2)ウ(エ))。

これに対し,原告は,Pの死亡時には,既に支部長ではあったが,支部長の中では年齢的に最も若く,支部長としての経歴も短かったものの,本件遺言の存在により,同年5月10日の支部長会議において,極真会館の代表者である館長に就任し,同月18日,本件商標を含む別紙本件関連登録商標一覧表記載1ないし4,6の各商標の登録出願を行った。さらに,原告は,平成7年2月20日,同一覧表記載5の商標の登録出願を行ったが,同一覧表記載1ないし4,6の各商標の登録出願を行う直前の平成6年5月15日には,Pの妻が自ら極真会館の2代目館長の襲名を発表しており,また,多くの支部長が,平成7年3月ころの支部長会議における原告の説明により,初めて,原告の上記商標登録出願の事実を知り,その後,原告の活動に反対する立場の者が増え,極真空手の道場を運営する複数の団体が対立競合するに至ったものである。このような登録出願の前後における一連の経緯をみると,原告の登録出願は,Pの死亡時から,早いものでは1か月以内に,最も遅いものでも10か月程度の間に性急に行われているのであって,原告が,各登録出願時において,上記のとおり膨大な構成員からなる規模の大きな極真会館という団体について,自らその運営方針をすべて決めることができるなど,いわば,原告個人の団体と評価することができるようなものでなかったことは明らかである。このことは,前記(2)オ(イ)のとおり,後日,独断専行等を理由とする原告の解任決議に多数の支部長が賛成したことによっても裏付けられる。

したがって,原告は,極真会館のために,善良な管理者の注意をもって代表者としての事務を処理し,本件商標を含む本件関連登録商標のような極真会館の重要な財産の管理,処分については,極真会館内部の適正な手続を経るべき義務を負っていたものというべきである。

(4)  この観点から,前記(2)の認定事実に基づき,原告による本件商標を含む本件関連登録商標の登録出願について検討する。

ア 原告は,本件遺言において,Pの後継者として指名され,支部長会議において,代表者への就任が承認されたのであるが,Pは,生前,自己の死後,極真会館の代表者をだれにするかについて,公開の場で公に示したことはなく,ほとんどの支部長は,Pの葬儀以後,初めて,Pが,その死後における極真会館の館長として原告を指名するとの意向を有していたものと認識したのであり,Pの死後,原告が極真会館の代表者になることは,極真会館における既定の方針といえるものではなかった。この点に関連し,原告は,Pには,原告を後継者とする遺志があり,また,Pの死後,その後継者となり得る者は,原告以外に存在しなかったとも主張するが,後記(7)アのとおり,同主張は,失当というほかなく,原告がPの死後における極真会館の代表者となることが,関係者にとり,既定の方針であったとは認められない。

そして,原告は,格闘技術に優れていることは認められていたものの,Pと異なり,極真空手や極真会館の創始者でもなく,また,他の支部長らに比し,年齢的に若く,支部長としての経歴も短かったことなどから,原告は,極真会館の多数の支部長のうちには,将来,原告の極真会館の代表者としての活動に対し,反発や反対する者が出てくることも容易に予想し得たと推認するのが相当である。ここで,本件商標を含む本件関連登録商標は,極真会館の日常活動に密接に関係する,極真会館にとって極めて重要な財産であったから,原告が個人名義でこれらの商標権を有することは,極真会館内における自己の立場を著しく強化するものであり,利点が大きかったはずである。

イ 他方,本件商標を含む本件関連登録商標の登録出願時において,極真会館にとっては,その登録出願を速やかに行う必要性があったとは認められず,また,仮に,商標登録をするのであれば,本件遺言でも述べられたように,極真会館の財団化を図ったり,それまでの間,財団法人として法人格を有する極真奨学会を拡充するなどして,法人名義で商標登録を得ることが,権利関係も明確であり,望ましかったということができる。

この点について,原告は,極真会館に無関係な第三者が勝手に極真関連標章を登録すると,極真会館の組織としての活動に重大な支障が生じ,また,極真会館ないし極真空手に関する取引秩序に混乱が生じることが予想されたとして,当時,極真会館に商標登録出願をする必要性があった旨主張し,雑誌記事等において,海外の支部長により商標が登録されるなどしたため,極真関連標章について商標登録を行うことがPの生前からの懸案事項であり,本件遺言の証人となった者の助言もあったことから,緊急の事項として,支部長に諮ることなく,極真会館の代表者である自己の責任で商標登録出願をしたなどと述べている(前記(2)ウ(エ))。

しかし,前記(2)ウ(ウ)のとおり,Pの生前,極真会館においては,過去に極真奨学会名義でした商標登録の一部(その中には,別紙本件関連登録商標一覧表記載1,3及び6と同一の構成の各商標も含まれる。)について,更新登録の手続を失念し,商標権が消滅しても,何ら問題が発生していなかったのであり,また,極真関連標章について,1980年代に,イギリスの極真会館の幹部が権利取得手続をし,Pが同幹部を破門にしたことはあったが,その後,平成6年当時まで,第三者が商標登録出願をしたり,これを企図したなどの具体的な問題が生じていたような事実はない。 その他,原告が,極真会館の代表者として承認されてから,早いものではわずか数日という短期間で,遅いものでも9か月程度の間に,本件商標を含む本件関連登録商標を性急に個人名義で登録出願しなければならない必要性は,全く見当たらない。さらに,原告が,支部長らに事前にその旨を諮ったり,事後的に直ちに報告することが困難であった格別の事情を認めるに足りる証拠もない。

ウ 原告は,上記のとおり,極真会館にとっては,極めて重要な財産である本件商標を含む本件関連登録商標の登録出願を速やかに行う必要性がなかったにもかかわらず,事前に極真会館に諮ることも,事後的に直ちに報告することもせず,極真会館に秘密裏といえる態様で,個人名義で行ったものである。その後,原告は,その必要性があったことから登録出願を行ったかのような説明を繰り返し,他方,本件遺言でも述べられた,極真会館の財団化を図ったり,それまでの間,財団法人として法人格を有する極真奨学会を拡充するなどして,法人名義で商標登録を得る方策を検討したような事実はない。さらには,極真奨学会名義で登録されていた極真関連標章のうち,失効していない3件の登録商標についても,個人名義に移転登録をしているが,その時期は,Pの妻であったSが,本件遺言を理由とする原告の極真会館館長への就任は,原告らによる極真会館の乗っ取り工作であるとして,全国の極真会館の支部長に対し,今後は,Sが極真会館を管理する旨通知し,本件遺言に対する疑義を主張する記者会見をした後のことである。

もっとも,原告は,平成7年5月ころ発行の雑誌記事の中で「その責任上,私が個人名で登録させていただいたと。・・・個人のもんではありませんから,公益法人が出来れば,社団法人なり財団法人なり,公益法人が出来れば,速やかにそちらに移します。」と述べているが(前記(2)ウ(エ)),その後,この発言に沿う具体的な行動に出たような形跡は,証拠上,全くうかがうことができない。また,原告が個人名義に移転登録した極真奨学会名義の上記登録商標については,もとの極真奨学会名義に戻すべき旨の第1審判決が言い渡されている。

さらに,原告は,平成6年5月10日の支部長会議の際には,登録出願の予定について,何ら言及せず,事後的に直ちに報告することもなく,平成7年3月ころ,支部長から質問されて,それに答える形で,初めて,正式に上記登録出願の事実を報告しているのである。極真会館として,当時,速やかに商標登録出願をする必要性があったとはいえないことは,上記のとおりであるから,緊急性等を理由として,原告が極真会館内部の適正な手続を経なかったことを正当化することはできないし,事後的に直ちに報告しなかったことの理由にもならない。

エ 以上の諸事情を併せ考えると,原告による本件商標を含む本件関連登録商標の登録出願は,当時の極真会館のためにされたというよりも,もっぱら,原告の個人的な利益のためにされたと推認するのが相当である。

(5)  進んで,本件商標の登録査定時(平成10年8月20日)までの状況についてみると,以下のとおりである。

ア 前記(2)オ(イ)のとおり,平成7年4月5日,極真会館の臨時の支部長会議が開催され,極真会の私物化,独断専行,不透明な経理処理の三点を理由として,賛成35名,反対3名,欠席10名により,原告の館長解任が決議され,極真会館は,従前からの遺族派のほか,支部長協議会派,X派と称される団体に分かれることとなった。上記解任決議においては,原告による極真会館の私物化,独断専行の具体的な事実として,支部長会議に諮ることもなく,本件商標を含む本件関連登録商標等の極真関連標章を原告個人名義で商標登録出願したことが挙げられていた。

このことは,前記(2)ア(ア)のとおり極真会館の重要な構成員である支部長の圧倒的多数が,原告がした本件商標を含む本件関連登録商標の登録出願について,代表者の解任事由に当たるような極めて不適切な行為であると認識していたことを示し,極真会館として,原告の登録出願行為について,不適切なものであるとの判断を表明したものにほかならない。

イ そして,支部長協議会派には30支部長が,X派には12支部長が,遺族派には9支部長が属し,それぞれの団体が,極真会館を名乗って,極真空手の道場の運営を行い,従前,極真会館が行っていたのと同一名称の極真空手の大会を開催するなどしたが,上記各団体は,いずれもPの生前の極真会館の構成員からなるものである。極真会館における支部長の果たす大きな役割に加え,支部長協議会派,X派及び遺族派と称される各団体に属する当時の支部長の数を併せ考えれば,上記のいずれかの団体が,Pの生前の極真会館と同一性を有するというものではなく,Pの生前の極真会館は,それと同一性を有しない複数の団体に分裂したものと評価するのが相当である。個別の団体間の離合集散があったとしても,Pの生前の極真会館が,それと同一性を有しない複数の団体に分かれて,存続している状況は,その後も変わりがない。原告は,そのうちのX派と呼ばれる団体の代表者であるが,X派と呼ばれる団体も,Pの生前の極真会館とは同一性を有しない団体というほかはない。

したがって,本件商標は,本来,Pの生前の極真会館というまとまった一つの団体を出所として表示する標章として広く知られていたのに,登録査定時には,これと同一性を有しない複数の上記各団体が,それぞれ,自らの正当性を主張して,対立競合する状況にあり,原告は,その一団体の代表者であったというべきである。

ウ 本件遺言に係る確認審判申立ての却下決定が平成9年3月17日に特別抗告審において確定したことは,前記(2)エのとおりである。

平成6年5月10日の支部長会議において,極真会館の代表者である館長への原告の就任が,支部長の全員一致で承認されているが,これは,原告を後継館長とするというPの本件遺言に効力があることを前提とし,各支部長が同遺言に従った結果と認められるものであり,その拠って立つ本件遺言の効力が認められないことが最終的に確定したことは,上記支部長会議における承認の前提を覆すものにほかならず,少なくとも,内部的には,原告は,代表者としての正当性を主張する根拠を失うこととなった。この点について,原告は,Pには,原告を後継者とする遺志があり,また,Pの死後,その後継者となり得る者は,原告以外に存在しなかったとも主張するが,後記(7)アのとおり,同主張は採用の限りではない。

(6)  以上によれば,原告による本件商標の登録出願は,Pの生前の極真会館という膨大な構成員からなる規模の大きなまとまった一つの団体を出所として表示するものとして広く知られていた標章について,Pの死亡時から間もない当時の代表者である原告が個人名義でしたものであるところ,その登録出願は,極真会館のために,善良な管理者の注意をもって代表者としての事務を処理すべき義務に違反し,事前に団体内部においてその承認を得ると共に,その経過を直ちに報告するなど,極真会館内部の適正な手続を経るべき義務を怠り,個人的な利益を図る不正の目的で,秘密裏に行ったと評価できるものであり,極真会館としても,その後,それが不適切な行為であると表明していた。また,本件遺言が確認審判申立ての却下決定の確定により効力が認められず,原告は,少なくとも内部的には,正当な代表者であると主張する根拠を欠くに至っていた。そして,登録査定時において,原告は,X派と呼ばれる極真会館を名乗る団体の代表者であったのであるが,本件商標は,本来,上記のとおり,Pの生前の極真会館というまとまった一つの団体を出所として表示する標章として広く知られていたものであり,X派は,上記極真会館と同一性を有するものではないから,原告がX派と呼ばれる極真会館を名乗る団体の代表者であったことが,直ちに,本件商標の登録出願を正当化するものではない。かえって,本件商標の正当な出所といえるPの生前の極真会館が,その死後,複数の団体に分裂し,極真空手の道場を運営する各団体が対立競合している状況下において,Pの死亡時から間もない当時の極真会館の代表者としての原告が重大な義務違反により個人名義で登録出願したことによる本件商標の登録を,登録査定時においてPの生前の極真会館とは同一性を有しない一団体の代表者である原告にそのまま付与することは,商標法の予定する秩序に反するものといわざるを得ない。

(7)  原告の主張について

ア 原告は,Pが,原告に極真会館の館長を承継させる意思を有していたとして,本件商標の商標権者としての正当性が認められる旨主張する。

しかし,上記(2)エに照らせば,本件遺言に基づいて,Pが原告に極真会館の館長を承継させる遺志を有していたと認めることはできない。

そして,Pは,生前,自己の死後,極真会館の代表者をだれにするかについて,公開の場で公に示したことはなかった。

原告は,自らが,格闘技術に優れ,Pから各種の重要な役割を与えられていたこと,本部直轄の道場を任されるなどしていたことなどを挙げるが,それらは,原告が,格闘技術に優れていたこと及びPにより重用されていた事実は示すものの,後継者として指名されることとは別の問題であり,Pが原告を自己の後継者とする意思を有していたことを示すものとは到底いえない。また,原告は,Pが生前に極真会館の館長の後継者の条件として挙げていたいくつかの点を満たす者は原告のみであるとも主張するが,Pが原告を後継者とするのであれば,その旨を明確に述べることが容易であったにもかかわらず,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠がないことからも,それらの条件を満たすことをもって,原告を後継者とするPの意思を認めることはできない。

なお,原告は,Pの側近のQらが,原告を後継者とする旨をPから聞いていたとも主張し,証拠(甲8,15,16,18,20の1ないし3)を提出するが,そのうち,Pがその死後の極真会館の代表者として原告を指名したことの証拠となり得るのは,原告を二代目にする旨述べたという,内弟子出身で,平成5年からの極真会館事務局員であるというQ作成の「極真カラテ手帳1994」(甲20の1)及び陳述書(甲20の2,3)があるのみである。そして,そのような重要事項につき,家族を始め,極真会館の主立った者に話していたと認めるに足りる証拠がないことからも,上記証拠によって,Pが,原告を極真会館の代表者とするという確定的な意思を有していたと認めるに足りない。

さらに,原告は,上記各事情から,極真会館の他の構成員と原告とは,明らかに異なる立場にあり,Pの死亡時,その後継者となり得る者は,原告のほかに存在しなかったとも主張するが,平成6年5月10日の支部長会議における原告の館長就任への承認は,原告を後継者とするというPの本件遺言があるとされたことによるのであり,前記(2)オ記載のその後の分裂の経緯からもうかがえるように,原告を極真会館の代表者として適切でないと考えていた者が少なからず存在していたのであって,原告の上記主張は,採用の限りではない。

イ 原告は,自らが代表者である団体のみがPの生前の極真会館と継続性及び同一性を有しており,それ以外の極真会館を名乗る団体は,Pの生前の極真会館から離脱ないし脱退した者によるものであると主張する。

しかし,前記(5)イのとおり,Pの生前の支部長の役割の大きさに,原告の解任決議後の各団体に属する支部長の数を併せ考慮すれば,原告が,継続性及び同一性を有するとして挙げる各事実を考慮したとしても,原告を代表者とする団体(X派)がPの生前の極真会館と継続性及び同一性を有するものとは認められない。

ウ 原告は,本件商標の登録出願の経緯において,社会的妥当性を欠く点はないとして,極真会館に法人格がなく,極真会館名義で本件商標を含む極真関連標章を登録出願することはできず,また,そのような権利化をめぐり紛争があったことから,第三者が不当に登録をすることを防ぐなど,極真会館のために本件商標の登録出願をした旨主張するが,本件商標の登録出願が,原告の重大な義務違反に基づいてされたものであり,その登録出願に際して個人的な利益を図る不正の目的が認められることは,前記(6)のとおりであり,これに反する原告の主張は,採用することができない。

エ 原告は,本件商標の登録を,商標法4条1項7号違反として無効とすることは,社会的な秩序に大きな混乱が生じる可能性が極めて高く,同規定の趣旨に反するものである旨主張し,その根拠として,自らが本件商標を保有,管理してきたことにより,極真会館をめぐる各団体間に,すみ分けが形成されて,極真関連標章をめぐる社会的な秩序が形成されてきたこと,被告が,極真会館に関連する商標の登録出願をしており,本件商標の登録が無効になると,上記商標が登録されたり,第三者が無秩序に商標を使用するおそれがあり,社会的秩序に混乱を招くことなどを挙げている。

しかし,本件においては,本件商標の登録出願時のほか登録査定時における7号該当性の有無を審理の対象とするものであるのに対し,原告の主張する事実は,その主張する事実が認められたとしても,登録査定後に,新たに関係者の合意等によって形成されるものであるか,本件商標の登録の無効が確定した後に想定され得る事実を述べるにすぎないから,そもそも,本件商標の登録の有効性を判断するに当たり考慮されるものではなく,失当である。

(8)  以上によれば,本件商標の登録は,その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして容認し得ないというべきであるから,商標法4条1項7号に違反してされたものであるとして,同法46条1項の規定により,その登録を無効とすべきであるとした審決の結論に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。

3  以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 宍戸充 裁判官 柴田義明)

別紙

本件関連登録商標一覧表

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