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知財高等裁判所 平成17年(行ケ)10180号 判決 2005年4月27日

原告

イーストマンケミカルカンパニー

訴訟代理人弁護士

上谷清

宇井正一

笹本摂

山口健司

訴訟代理人弁理士

石田敬

竹内浩二

被告

特許庁長官小川洋

指定代理人

佐野整博

井出隆一

一色由美子

涌井幸一

柳和子

宮下正之

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  原告

(1)  特許庁が異議2002-71283号事件について平成15年7月30日にした決定中「特許第3229321号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1及び2と同旨

第2当事者間に争いのない事実等

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「改良された風味保持性及び透明性を有するポリエステル/ポリアミドブレンド」とする特許第3229321号の特許(平成5年3月31日出願,優先権主張平成4年4月2日,米国,平成13年9月7日設定登録。

以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。本件特許に対して特許異議の申立てがされ,特許庁は,これを異議2002-71283号事件として審理した。その過程において,原告は,平成15年2月24日,願書に添付した明細書の訂正(請求項の文言の訂正を含む。以下「本件訂正」という。)の請求をした(以下,この訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成15年7月30日,「訂正を認める。特許第3229321号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年8月16日,決定の謄本を原告に送達した。

2  特許請求の範囲(本件訂正後)

「【請求項1】(A)(1)少なくとも85モル%のテレフタル酸からの反復単位を含んでなるジカルボン酸成分;及び

(2) 少なくとも85モル%のエチレングリコールからの反復単位を含んでなるジオール成分(ジカルボン酸100モル%及びジオール100モル%基準)を含んでなるポリエステル98.0~99.95重量%;並びに

(B) 12,000未満の数平均分子量を有する低分子量の部分芳香族ポリアミド,6,000未満の数平均分子量を有する低分子量の脂肪族ポリアミド,及びそれらの組合せからなる群から選ばれたポリアミド2.0~0.05重量%(但し(A)及び(B)の総重量は100%であり,前記低分子量脂肪族ポリアミドはポリ(ヘキサメチレンアジパミド)及びポリ(カプロラクタム)からなる群から選ばれたものである)を含んでなる,改良された風味保持性を有するポリエステル組成物。」

「【請求項2】(A)(1)少なくとも85モル%のテレフタル酸からの反復単位を含んでなるジカルボン酸成分;及び

(2) 少なくとも85モル%のエチレングリコールからの反復単位を含んでなるジオール成分(ジカルボン酸100モル%及びジオール100モル%基準)を含んでなるポリエステル98.0~99.95重量%;並びに

(B) ポリ(m-キシリレンアジパミド),ポリ(ヘキサメチレンイソフタルアミド),ポリ(ヘキサメチレンアジパミド-コ-イソフタルアミド),ポリ(ヘキサメチレンイソフタルアミド-コ-テレフタルアミド)及びポリ(ヘキサメチレンイソフタルアミド-コ-テレフタルアミド)からなる群から選ばれた,12,000未満の数平均分子量を有する低分子量の部分芳香族ポリアミド2.0~0.05重量%((A)及び(B)の総重量は100%である)

を含んでなる,改良された透明性を有するポリエステル組成物。」

(以下,順に「本件発明1」,「本件発明2」といい,両者を併せて「本件発明」という。)

3  決定の理由

別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件訂正を認めた上で,本件発明は,特開昭63-35647号公報(以下,決定と同様「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである。

決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明1と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである(なお,決定は,本件発明1についての判断をそのまま本件発明2についても援用している。)。

(一致点)

「ポリエステル並びに部分芳香族ポリアミド,脂肪族ポリアミド,及びそれらの組合せからなる群から選ばれたポリアミド(前記低分子量脂肪族ポリアミドはポリ(ヘキサメチレンアジパミド)及びポリ(カプロラクタム)からなる群から選ばれたものである)を含んでなる,改良された風味保持性を有するポリエステル組成物であり,ポリエステルのジカルボン酸成分及びジオール成分及び量比,また,ポリエステルとポリアミドの量比において一致」する。

(なお,上記の記載中,「前記低分子量脂肪族ポリアミド」とあるのは,「前記脂肪族ポリアミド」の誤記と認めるのが相当である。)

(相違点)

「ポリアミドについて,本件発明1では,12,000未満の数平均分子量を有する低分子量の部分芳香族ポリアミド,6,000未満の数平均分子量を有する低分子量の脂肪族ポリアミドとするのに対し,刊行物1では,96%硫酸100mlに1グラムの重合体を溶解して,25℃で測定したときの相対粘度(ηREL)が0.4乃至4.5の範囲にあるのが好ましいとの記載はあるものの,分子量についての記載がない点で相違する。」

第3原告主張の取消事由の要点

決定は,刊行物1の記載事項の認定を誤り(取消事由1),進歩性判断の資料として適格性のないものを用いる誤りを犯し(取消事由2),その結果,本件発明の容易想到性についての判断を誤ったものであり,この誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。

1  取消事由1(刊行物1の記載事項の認定の誤り)

(1)  相対粘度と低分子量ポリアミドの示唆について

決定は,刊行物1には「好ましいものとして,0.4という極めて低い相対粘度のポリアミドが記載され,低分子量のポリアミドが示唆されて」いると認定している。

確かに,刊行物1には「相対粘度(ηREL)が0.4乃至4.5の範囲にあることが一般には好ましい」(5頁右上欄)との記載があるものの,相対粘度の定義からいって,その数値が1以下になることはなく,相対粘度0.4という数値はあり得ない数値であり,相対粘度0.4を有するポリマーは存在しない。決定は,このように「相対粘度が0.4」というのが明らかに誤った記載であることを見落として,刊行物1に低分子量のポリアミドが示唆されていると認定したものであり,誤りであることは明らかである。

(2)  「末端アミノ基が多ければアセトアルデヒドの捕捉が大きい」との知見について

決定は,「刊行物1にはポリアミドの末端アミノ基の多いものがアセトアルデヒドの捕捉が大きいことが示され,末端アミノ基濃度を増やす方法として,分子量調節すること,即ち,低分子量のものほど末端アミノ基の濃度が大きくなることはよく知られたところである」(決定書6頁22~26行)と認定している。

しかしながら,決定が刊行物1に開示されているとした「ポリアミドの末端アミノ基が多ければアセトアルデヒドの捕捉が大きい」との知見は,刊行物1の実施例1~3の結果を実施例4の結果と比較して導かれたものであるところ,実施例4は,本件発明とは異なるタイプの「重合脂肪酸ポリアミド」に係る試験結果を示したものであり,その追試も不可能であって内容が確定できないものである。すなわち,実施例4の「重合脂肪酸ポリアミド」は,実施例1~3のポリアミドと分子構造を異にするもので,実施例1~3のポリアミドの分子量について示唆するものではなく,また,実施例4は,「相対粘度(ηREL)が0.52」の「重合脂肪酸ポリアミド」を使用したとして,あり得ない相対粘度を記載しており,当該「重合脂肪酸ポリアミド」の製造条件等の開示もないから,実施例4の内容を追試・確認することが不可能である。

したがって,このような実施例4の結果に基づいて,刊行物1に「ポリアミドの末端アミノ基が多ければアセトアルデヒドの捕捉が大きい」との知見が開示されているということはできない。

(3)  フィルム形成能について

刊行物1には,使用されるポリアミドが「フィルム形成能」を有する範囲内であることが記載されている(5頁右上欄)が,この点について,決定は,「刊行物1に記載のフィルム形成性というのは,単独でフィルムとして使用される強度のあるフィルムを意味するというよりも,フィルムとしての形成が可能なものをも意味していると解するのが相当であり,刊行物1には,本件発明1の低分子量のポリアミドが示唆されているものと認める。」(決定書6頁下から3行~7頁2行)と認定判断している。

しかしながら,刊行物1にいう「フィルム形成能」とは,「単独でフィルムとして使用し得る程度の強度を備えていること」を意味する用語であって,高分子量のポリアミドを指す用語であるから,刊行物1は,フィルム形成能(性)を有する高分子量のポリアミドを開示するものであり,本件発明のような低分子量のポリアミドを示唆するものではない。

決定は,特開昭56-49226号公報(甲5号証),特開昭57-51427号公報(甲6号証)及び特開平4-120168号公報(甲7号証)に開示された,ポリアミド単独からなるフィルムに使用されるポリアミドの相対粘度が,「1.8~4.0」及び「1.7~5.5」であることを指摘した上で,これら一般的な数値との対比において,刊行物1が「相対粘度0.4」という極端に低い数値を挙げていることを根拠に,「刊行物1に記載のフィルム形成性というのは,・・・フィルムとしての形成が可能なものをも意味している」と認定したものであり,ここでも,あり得ない「相対粘度が0.4」の記載を根拠とするという誤りを犯している。

刊行物1に記載されているポリアミドは,「フィルム形成能」を有する高分子量のものであるから,低分子量のポリアミドが示唆されているという決定の認定判断は誤りである。

2  取消事由2(進歩性判断の資料として適格性のないものを用いた誤り)

決定が,刊行物1において低分子量のポリアミドを示唆しているとする箇所は,すべて実施例4の開示事項に根拠を置くものである。

しかし,一般に,引用例が進歩性の判断の基礎とされるには,「当業者が引用例の開示事項をみてそれを正しいと認識し,かつ追試によってその内容を実際に確認することが可能であること(実施可能性要件)を要し,そこから発明の示唆が得られる」というものでなければならない。したがって,その内容に誤りがあり,かつ追試・確定することができないような引用例は,当業者に対して発明の示唆を与えるものではなく,それゆえ,当該引用例は進歩性の判断の基礎資料として用いる適格性を欠く。

その意味で,刊行物1の実施例4は追試が不可能で,その内容が確定できないものであるから,当該開示内容を発明の進歩性判断の基礎として用いることは許されない。

したがって,このような刊行物1の実施例4の開示事項に全面的に依拠して本件発明の進歩性の判断をした決定には,本来進歩性の判断資料となし得ないものを資料としたという重大な誤りがあるものである。

第4被告の反論の要点

決定が引用した刊行物1の一部の記載に誤りがあったとしても,刊行物1に低分子量のポリアミドが示唆されていることは明らかであり,引用発明に基づいて本件発明が容易に想到できるとした決定の判断に誤りはない。

1  取消事由1(刊行物1の記載事項の認定の誤り)について

(1)  相対粘度と低分子量ポリアミドの示唆について

相対粘度がその定義上1以下とならないことは原告主張のとおりであり,刊行物1の「相対粘度(ηREL)が0.4乃至4.5の範囲にあることが好ましい。」との記載中の「0.4」という値については,何らかの誤りがあったものと認められる。

しかし,相対粘度として1以下のものが存在しないとしても,刊行物1には,相対粘度が範囲(0.4乃至4.5)として記載されており,その範囲内には現実に低い粘度のものが記載されているのであるから,刊行物1に,低分子量のポリアミドが示唆されている事実に変わりはない。決定は,刊行物1の相対粘度の範囲の記載が「低分子量のポリアミドを示唆」しているとしたものであり,0.4のものが存在しないことによって,低分子量ポリアミドの示唆自体まで否定されるものではない。

(2)  「末端アミノ基が多ければアセトアルデヒドの捕捉が大きい」との知見について

原告は,刊行物1の実施例4はその相対粘度の誤りがあり,追試できないと主張するが,実施例4は相対粘度以外の他の記載に誤りはなく,重合脂肪酸ポリアミド自体は市販品であって,ポリアミドの一つとしてよく知られたものであり,実施例4の記載に基づいて追試は可能であって,相対粘度の記載に誤りがあったとしても,追試不能ということにはならない。

そして,実施例4の重合脂肪酸ポリアミドは,末端アミノ基濃度31.08ミリモル/100gが示すとおり,極めて低分子量のポリアミドということができ,刊行物1に,「重合脂肪酸ポリアミドのように,末端アミノ基濃度が高い熱可塑性ポリアミドでは,少量の添加によってアセトアルデヒドの低減効果が著しく大きいことが第3表の結果から知られる。」(9頁左下欄)とあるように,極めてアセトアルデヒドの捕捉効果が大きいことが明らかである。さらに,刊行物1の「アセトアルデヒドがポリアミドのアミノ末端に捕捉されることが理由の一つであろうと考えられる。」(2頁右下欄)という記載からみて,刊行物1に「ポリアミドの末端アミノ基が多ければアセトアルデヒドの捕捉が大きいこと」が開示されているとした決定の認定に誤りはない。

(3)  フィルム形成能について

原告は,刊行物1に記載された「フィルム形成能」について,「単独でフィルムとして使用し得る程度の強度を備えていること」を意味する用語であると主張するが,何ら根拠のない一方的な見解に過ぎない。

刊行物1のポリアミドはアセトアルデヒド濃度低下剤として使用されるものであり,その添加量はポリエステル100重量部当たり5×10-7乃至10重量部(実施例3では0.05~8重量部であるが,その他の実施例は1重量部以下)という微量である。このことは,ポリエステルフィルムとしての能力(物性)を落とさない程度の分子量でありさえすればよいことを示すものであり,刊行物1記載の「フィルム形成能」は,文字どおり「フィルムとして形成が可能」と解すべきことは明らかである。

仮に,この「フィルム形成能」を「単独でフィルムとして使用し得る」と解したとしても,甲5~7号証において,単独でフィルムとして使用することが明らかなポリ(キシリレンアジパミド)の相対粘度の最低値は1.8あるいは1.7とされており,その場合の分子量は,本件発明で特定する数平均分子量12.000未満と重複するから,刊行物1記載の「フィルム形成能」が本件発明で特定する低分子量ポリアミドを排除するものでないことは明らかである。

2  取消事由2(進歩性判断の資料として適格性のないものを用いた誤り)について

原告の主張は争う。実施例4の相対粘度の記載に誤りがあったとしても,追試不能ということにならないことは前記のとおりである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(刊行物1の記載事項の認定の誤り)について

(1)  刊行物1の発明の詳細な説明には,「これらのポリアミドの分子量も,一般のフィルム形成能を有する範囲内にあれば,特に制限なく使用し得るが,後述するように,96%硫酸100mlに1グラムの重合体を溶解して,25°cで測定したときの相対粘度(ηREL)が0.4乃至4.5の範囲にあることが一般には望ましい。」(甲3号証5頁右上欄1~6行)との記載があり,決定は,「刊行物1には,分子量そのものの記載はないとしても,上記のとおり,好ましいものとして,0.4という極めて低い相対粘度のポリアミドが記載され,低分子量のポリアミドが示唆されており,」(決定書6頁20~22行)と説示している。

しかし,相対粘度(溶液粘度を溶媒の粘度で割ったもの)がその定義上1以下とならないことは,当事者間に争いのないところであり,刊行物1の上記記載中,ポリアミドの相対粘度の下限値が「0.4」であるという点は,誤りである。したがって,決定が,刊行物1に「0.4という極めて低い相対粘度のポリアミドが記載され」ていることを挙げて,刊行物1には低分子量のポリアミドが示唆されているとしたことは,適切な説示であるとはいえない。

もっとも,決定は,上記説示に続けて,「また,刊行物1にはポリアミドの末端アミノ基の多いものがアセトアルデヒドの捕捉が大きいことが示され,末端アミノ基濃度を増やす方法として,分子量調節すること,即ち,低分子量のものほど末端アミノ基の濃度が大きくなることはよく知られたところである」(決定書6頁22~26行)と説示していることからすれば,決定は,単に「0.4という極めて低い相対粘度のポリアミドが記載され」ていることだけでなく,「ポリアミドの末端アミノ基の多いものがアセトアルデヒドの捕捉が大きいことが示され」ていることなどをも根拠として,刊行物1に低分子量のポリアミドが示唆されていると認定したものであることは明らかである。

そこで,末端アミノ基濃度の観点から,刊行物1に低分子量のポリアミドが示唆されているかどうかについて検討する。

(2)  刊行物1(甲3号証)には,次の記載がある。

ア 「特許請求の範囲

(1)  エチレンテレフタレート単位を主体とする熱可塑性ポリエステルに,末端アミノ基濃度が0.05乃至50ミリモル/100g樹脂の範囲にある熱可塑性ポリアミドを,ポリエステル100重量部当り5×10-7乃至10重量部の量でアセトアルデヒド濃度低下剤として含有せしめた組成物から成ることを特徴とする香味保持性の向上したポリエステル製容器。」

イ 「本発明はポリエステルの成形性能やその物性に格別の悪影響を及ぼすことなしに,ポリエステル器壁中に含有されるアセトアルデヒド濃度を減少させ,香味保持性の向上したポリエステル容器を提供することを課題とする。」(2頁左上欄16~20行)

ウ 「本発明は,ポリエチレンテレフタレート中に一定の末端アミノ基濃度を有するポリアミドを一定の量で配合すると,熱成形された容器壁中のアセトアルデヒド濃度を顕著に低減させ得るという知見に基ずくものである。即ち,本発明に用いる末端アミノ基含有ポリアミドは,ポリエチレンテレフタレート中のアセトアルデヒドの濃度低下剤として作用するのであり,その作用機構は未だ十分に解明されるに至っていないが,下記式

・・・・

-CH2

-NH2

+CH3

-C

-H

・・・・

-CH2

-N

=CH

-CH3

に示されるような反応により,アセトアルデヒドがポリアミドのアミノ基末端に捕捉されることが理由の一つであろうと考えられる。」(2頁左下欄7行~右下欄5行)

エ 「本発明に用いるポリアミドは,高分子物質であって,ポリエステル中に分散されているため,低分子量のアミノ化合物のように,容器内の内容物中に抽出乃至揮散により移行することがなく,それ自体も内容品のフレーバーに悪影響を与えないという利点を有する。」(2頁右下欄6~11行)

オ 「本発明に用いる末端アミノ基含有ポリアミドは,末端アミノ基を0.05乃至50ミリモル/100gポリアミド樹脂の濃度,特に好適には0.1乃至40ミリモル/100gポリアミド樹脂の濃度で含有することが重要である。末端アミノ基濃度が上記範囲よりも低いときにはアセトアルデヒドの捕捉能が不十分であり,一方末端アミノ基濃度が上記範囲よりも高いときには,ポリアミドを配合することによる容器のフレーバー低下の問題を生じる傾向がある。」(2頁右下欄12行~3頁左上欄3行)

カ 「尚,末端アミノ基濃度の調節は,分子量調節,ジアミン成分とジカルボン酸成分との反応モル比の調節,重合終結時における末端処理等により行うことができる。」(3頁右上欄11~14行)。

(3)  刊行物1の上記記載によれば,引用発明は,ポリエチレンテレフタレート中に一定の末端アミノ基濃度を有するポリアミドを一定の量で配合するという方法によって,熱成形された容器壁中のアセトアルデヒド濃度を顕著に低減させ,香味保持性の向上したポリエステル製容器を提供するという目的を達成する発明であり(上記アないしウ),ポリアミドとして「末端アミノ基濃度が0.05乃至50ミリモル/100g樹脂の範囲にある熱可塑性ポリアミド」を使用すること(上記ア),アセトアルデヒド濃度の低減は,アセトアルデヒドがポリアミドのアミノ基末端に捕捉されることによるものと考えられること(上記ウ),末端アミノ基濃度が所定値の範囲よりも低いとアセトアルデヒドの捕捉能が不十分となること(上記オ)などが明らかにされているのであって,刊行物1には,ポリアミドの末端アミノ基濃度がアセトアルデヒド濃度の低減と関係し,アセトアルデヒド捕捉能が十分なポリアミドであるためには,末端アミノ基濃度が所定値以上のものであることが必要であることが開示されており,また,ポリアミドの末端アミノ基がアセトアルデヒドを捕捉するというのであるから,アセトアルデヒドを捕捉するアミノ基末端が多ければ,アセトアルデヒドの捕捉が大きくなることは,刊行物1から容易に知り得るところということができる。

そして,同一の繰り返し単位からなる高分子であれば,単位質量中に含まれるポリマーの数に比例した末端基が含まれ,その数はポリマーの分子量が小さいほど大となることは技術常識であり,このことは,甲8号証(訳文6~10頁)に,各種ポリアミドにおいて,分子量(Mn)が少なくなるに従ってアミノ末端基濃度(NH2ミリモル/100g)が大きくなっていることが記載されていることによっても十分裏付けられるところである。したがって,末端アミノ基濃度が所定値以上に高いということは,高分子の分子量が所定値以下であることを意味するものといえる。

そうすると,前記のとおり,刊行物1には,アセトアルデヒド捕捉能が十分なポリアミドであるためには,末端アミノ基濃度が所定値以上のものであることが必要であることが開示され,アミノ基末端が多ければ,アセトアルデヒドの捕捉が大きくなることを容易に知り得るのであり,また,「末端アミノ基濃度が0.05乃至50ミリモル/100g樹脂の範囲にある熱可塑性ポリアミド」を使用する発明(引用発明)が開示されているのであるから,刊行物1に接した当業者は,刊行物1の記載から,単位質量中の末端アミノ基濃度が十分に高いポリアミド,すなわち低分子量のポリアミドを所定濃度で主成分たるポリエステル中に含ませることにより,容器壁中のアセトアルデヒドの捕捉能が満足できるレベルに達することを理解し得るものということができる(なお,甲8号証(訳文6~10頁)の「ナイロンの構造,末端基濃度の数平均分子量との相関関係,及び計算方法の説明」中の記載からすると,引用発明の末端アミノ基濃度の上限値である「50ミリモル/100g」は,ナイロン6,ナイロン66,MXD-6の場合において,いずれも本件発明における低分子量ポリアミドというに十分なものといえる。)。

したがって,刊行物1の相対粘度に関する記載に一部誤りがあるとしても,上記のとおり,刊行物1に,アセトアルデヒド捕捉能が十分満足できる程度に低分子量のポリアミドを使用することが示唆されていることには変わりがなく,決定が,刊行物1に「ポリアミドの末端アミノ基の多いものがアセトアルデヒドの捕捉が大きいことが示され,末端アミノ基濃度を増やす方法として,分子量調節すること,即ち,低分子量のものほど末端アミノ基の濃度が大きくなることはよく知られたところである」として,低分子量のポリアミドが示唆されていると認定したことに誤りはないというべきであるから,決定が「0.4という極めて低い相対粘度」に言及した部分の誤りは,結論に影響を及ぼすものとはいえない。

(4)  原告は,決定のいう「ポリアミドの末端アミノ基が多ければアセトアルデヒドの捕捉が大きい」との知見は,刊行物1の実施例1~3の結果を実施例4の結果と比較して導かれたものであるところ,実施例4は,本件発明とは異なるタイプの「重合脂肪酸ポリアミド」に係る試験結果を示したものであり,その追試も不可能であって内容が確定できないものであるから,そのような実施例4の結果に基づいて,刊行物1に上記知見が開示されているということはできない旨主張する。

しかし,前記のとおり,上記知見は,刊行物1の前記各記載事項から容易に知り得るものであり,必ずしも原告主張のように実施例1~3の結果と実施例4の結果を比較して導き出されたものではないから,原告の上記主張は,その前提において失当である。なお,引用発明における「末端アミノ基濃度が0.05乃至50ミリモル/100g樹脂の範囲にある熱可塑性ポリアミド」は,重合脂肪酸ポリアミドだけではなく,部分芳香族ポリアミド,脂肪族ポリアミドを含むものであることは,刊行物1の記載(甲3号証3~5頁)から明らかであり,引用発明が実施例4の重合脂肪酸ポリアミドのみに限定されるかのような原告の主張は失当である。

(5)  原告は,刊行物1に「これらのポリアミドの分子量も,一般のフィルム形成能を有する範囲内にあれば,特に制限なく使用し得るが,」(甲3号証5頁右上欄1~3行)との記載部分をとらえて,この「フィルム形成能」とは「単独でフィルムとして使用し得る程度の強度を備えていること」を意味する用語であって,高分子量のポリアミドを指す用語であるから,刊行物1記載のポリアミドは「フィルム形成能」を有する高分子量のものであると主張する。

しかし,引用発明におけるポリアミドは,アセトアルデヒド濃度低下剤として使用されるものであって,単独でフィルムを形成することを目的とするものではなく,しかも,ポリエステル中に含まれるポリアミドの割合は,ポリエステル100重量部に対して,5×10-7~10重量部という微量なものに過ぎないことは,その特許請求の範囲の記載から明らかであるから,刊行物1記載のポリアミドが,単独で「フィルム形成能」を保有しなければならない必然性はない。このことからすれば,原告引用の上記記載部分における「フィルム形成能」は,ポリエステルに所定量,すなわち引用発明においては,ポリエステル100重量部当たり5×10-7~10重量部混合した場合に,それらの混合物が全体としてフィルム形成可能であることを示す記載と解するのが自然であり合理的であって,これを原告が主張するように「単独でフィルムとして使用し得る程度の強度を備えていること」を意味すると理解することはできない。したがって,「フィルム形成能」との記載を根拠に,刊行物1記載のポリアミドが高分子量のものであるとする原告の主張は採用することができず,上記記載があることは,刊行物1に低分子量のポリアミドが示唆されているとの前記認定を左右するものではない。

なお,この点について,決定は,刊行物1に「0.4という相対粘度のもの」が記載されていることに言及しており,これは前記と同様に適切な理由付けということができないが,「フィルム形成能」との記載が「単独でフィルムとして使用し得る程度の強度を備えていること」を意味するものといえないことは上記のとおりであるから,刊行物1記載の「フィルム形成能」は,単独でフィルムとして使用される強度のあるフィルムというよりも,フィルムとしての形成が可能なものを意味しているとした決定の判断は,結論において誤りがない。

(6)  以上のとおり,刊行物1には,末端アミノ基濃度が一定範囲のポリアミドを所定濃度でポリエステル中に含有させることにより,アセトアルデヒド濃度低下剤としての効果を有することが明らかにされており,低分子量のポリアミドを使用することが示唆されているのであるから,当業者であれば,刊行物1の記載事項に基づいて,引用発明の末端アミノ基の濃度に代えて,それと関連の深い分子量に着目し,ポリアミドの最適分子量範囲を特定する程度のことは容易になし得たところというべきであって,相違点に係る本件発明の構成は容易に想到し得るとした決定の判断に誤りはない。

2  取消事由2(進歩性判断の資料として適格性のないものを用いた誤り)について

原告は,決定が,刊行物1において低分子量のポリアミドを示唆しているとする箇所は,すべて実施例4の開示事項に根拠を置くものであるとの前提に立って,実施例4は追試が不可能で,その内容が確定できないものであるから,当該開示内容を発明の進歩性判断の基礎として用いることは許されないと主張する。

しかし,決定が実施例4の開示事項のみに基づいて本件発明の進歩性の判断を行っているものでないことは,その説示(決定書6頁20~29行)に照らして明らかであり,実施例4の開示事項に関わりなく,刊行物1に低分子量ポリアミドが示唆されていると認定できることは前記のとおりであって,原告の主張は,その前提を欠き失当であり,取消事由2は理由がない。なお,刊行物1において,相対粘度の下限値についての記載に誤りがあるからといって,刊行物1に開示されたその他の技術内容が,誤りであるとか,進歩性を判断する資料としての適格性に欠けることになるといえないことはいうまでもない。

3  結論

以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りはない。

よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担,上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 若林辰繁 裁判官 沖中康人)

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