知財高等裁判所 平成17年(行ケ)10333号 判決 2006年11月15日
原告
松下電器産業株式会社
訴訟代理人弁理士
岩橋文雄
藤井兼太郎
石原隆史
森下賢樹
村田雄祐
被告
特許庁長官 中嶋誠
指定代理人
加藤惠一
小川謙
立川功
杉山務
田中敬規
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
「特許庁が異議2003-73205号事件について,平成16年8月16日にした決定を取り消す。」との判決。
第2事案の概要
本件は,特許異議の申立てに係る特許を取り消した決定の取消しを求める事件である。
1 手続の経緯
(1) 原告は,発明の名称を「画像形成装置」とする特許(特許番号第3429744号。請求項の数2。以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は,平成4年8月6日に出願した特願平4-209355号の一部を平成12年12月22日に新たな特許出願(特願2000-389649号)として,平成15年5月16日に設定登録を受けたものである。
(2) 本件特許について特許異議の申立てがされ(異議2003-73205号事件として係属),原告は,平成16年7月27日,上記手続において,明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求したところ,特許庁は,同年8月16日,「訂正を認める。特許第3429744号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年9月6日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載(本件訂正請求後のもの)
【請求項1】画像形成に用いた画像形成装置を特定するために,少なくとも画像形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ2次元ビットマップ情報を該装置内で発生する手段と,
選択的に,入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する付加手段と,前記付加手段からの信号に基づき記録媒体上に画像を形成する手段とを有する画像形成装置。
【請求項2】2次元ビットマップ情報を発生する手段は,再生画像全面より小さい所定の大きさの2次元ビットマップ情報を繰り返して読み出し,再生画像全面に2次元ビットマップ情報を発生することを特徴とする請求項1記載の画像形成装置。
3 決定の理由の要旨
決定の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件訂正を認めるとした上,請求項1及び2に係る発明(以下,各発明は請求項の番号に従い「本件発明1」のようにいう。)についての特許は,特許法29条の2の規定に違反してされたものである,というものである。
(1) 訂正の適否
本件訂正は,特許法120条の4第2項並びに第3項において準用する平成6年法律第116号による改正前の特許法126条1項ただし書き,2項及び3項の規定に適合するので,訂正を認める。
(2) 特許異議の申立てについて
ア 特願平3-60248号(特開平4-294682号。以下「先願」という。)の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された発明
先願の願書に最初に添付された明細書又は図面には,次の発明(以下「先願発明」という。)が記載されているといえる。
「複写した装置を限定することができる機械固有の製造番号の64画素×64画素のパターンを保持するROM903と,
予め,P1<P2<P3<P4である様に設定されている値が保持されているレジスタ906,907,908,909の何れかを選択して,入力画像中に,特定原稿の存在する可能性に応じて,付加するパターンのレベルを可変することで,通常の複写物では,パターンが人間の目では殆ど識別できない様にし,特定原稿が存在する可能性が高くなるほど,くっきりとパターンを付加するパターン付加回路と,
前記パターン付加回路からの信号に基づき,前記ROM903に保持されているパターンが主走査512画素,副走査512ラインごとに繰り返し読み出され,出力されるべき信号に付加され,プリンタ部でプリント出力される画像処理装置。」
イ 対比,判断
(ア) 本件発明2について
先願発明は,プリント出力を行うプリンタ部を有する画像処理装置であるから,記録媒体上に画像を形成する手段を有する画像形成装置である点で本件発明2とかわりはない。また,「複写した装置を限定することができる機械固有の製造番号の64画素×64画素のパターンを保持するROM903」を有しており,「ROM903に保持されているパターンが主走査512画素,副走査512ラインごとに繰り返し読み出され」とするものであるから,画像形成に用いた画像形成装置を特定するために,少なくとも画像形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ2次元ビットマップ情報を該装置内で発生する手段であって,再生画像全面より小さい所定の大きさの2次元ビットマップ情報を繰り返して読み出し,再生画像全面に2次元ビットマップ情報を発生する手段を有する点で本件発明2とかわりはない。
そして,先願発明の「パターン付加回路」は,本件発明2の「付加手段」と,入力画像信号に2次元ビットマップ情報を付加する機能についてはかわりはないから,両者は,
「画像形成に用いた画像形成装置を特定するために,少なくとも画像形成装置ごとに割り当てられた情報を含んだ2次元ビットマップ情報を該装置内で発生する手段と,
入力画像信号に前記2次元ビットマップ情報を付加する付加手段と,前記付加手段からの信号に基づき記録媒体上に画像を形成する手段とを有する画像形成装置であって,
2次元ビットマップ情報を発生する手段は,再生画像全面より小さい所定の大きさの2次元ビットマップ情報を繰り返して読み出し,再生画像全面に2次元ビットマップ情報を発生することを特徴とする画像形成装置。」
である点で共通し,本件発明2の「付加手段」が,「選択的に,」とするのに対して,先願発明では,「特定原稿の存在する可能性に応じて,付加するパターンのレベルを可変することで,通常の複写物では,パターンが人間の目では殆ど識別できない様にし,特定原稿が存在する可能性が高くなるほど,くっきりとパターンを付加する」とするものである点で,一応の相違がある。
しかし,先願発明は,「本来複写されるべきでない特定原稿の複写がおこなわれ,その複写物が悪用された場合に,複写を行った複写機もしくは,複写した人物を特定することができなかった」という課題を解決するためにパターンを付加して,「再生画像から画像処理装置を特定できるようにした」ものであるから,複写することに問題のない通常の複写物では,そのようなパターンを付加する必要は,全くないとはいえないものの,極めて低いものである。さらに,複写機等の画像処理装置において,現物とほとんど見分けのつかないような高画質で複写できるようにすることは,普通に求められていることである。
したがって,複写することに問題のない通常の複写物では,できるだけ高画質で複写できるようにするために,特定原稿の存在する可能性が最も少ない場合の付加するパターンのレベルP1を,一番小さい値である”0”としてレジスタ906にあらかじめ保持することにより,パターンを実質的に付加しない設定とすることは,当業者が先願発明を実施する際に行うことができる設計事項の範囲である。
それゆえ,本件発明2は先願発明と同一の発明である。
(イ) 本件発明1について
本件発明1は,本件発明2から,「2次元ビットマップ情報を発生する手段は,再生画像全面より小さい所定の大きさの2次元ビットマップ情報を繰り返して読み出し,再生画像全面に2次元ビットマップ情報を発生すること」という事項を除いたものであるから,本件発明2と同様に,先願の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された発明と同一である。
(3) 決定のむすび
以上のとおりであるから,本件発明1及び2についての特許は,特許法29条の2の規定に違反してなされたものである。
第3当事者の主張の要点
1 原告主張の決定取消事由
(1) 取消事由1(本件発明2と先願発明との相違点の判断の誤り)
決定は,「先願発明は,「本来複写されるべきでない特定原稿の複写がおこなわれ,その複写物が悪用された場合に,複写を行った複写機もしくは,複写した人物を特定することができなかった」という課題を解決するためにパターンを付加して,「再生画像から画像処理装置を特定できるようにした」ものであるから,複写することに問題のない通常の複写物では,そのようなパターンを付加する必要は,全くないとはいえないものの,極めて低いものである。」などとし,「複写することに問題のない通常の複写物では,できるだけ高画質で複写できるようにするために,特定原稿の存在する可能性が最も少ない場合の付加するパターンのレベルP1を,一番小さい値である”0”としてレジスタ906にあらかじめ保持することにより,パターンを実質的に付加しない設定とすることは,当業者が先願発明を実施する際に行うことができる設計事項の範囲である。」として,「本件発明2は先願発明と同一の発明である。」と判断したが,誤りである。
ア 先願発明は,複写物から複写した人や使用した装置を特定できないという課題を解決するためにされたもので,すべての複写物に対してパターンを付加し,これにより,仮に紙幣等の不正な複写が行われても,その主体や使用された装置が特定できるというものである。しかし,不正とは関係のない原稿にまでくっきりしたパターンを入れると,通常の複写に支障が生じるため,紙幣等であることの可能性が最も低い場合には,「弱い」パターンを付加することにしている。
このように,先願発明は,すべての複写物にパターンを付加することを大前提に,先願明細書の記載が一貫しているのであって,紙幣等であるか否かによってパターンを付加するか否かを択一的に決める本件発明2とは,立脚する技術思想が本質的に異なる。しかも,本件発明2は,後記(2)のとおり,その構成によって,新たな効果を奏するものである。
イ 本件発明2は,紙幣等ではない通常の複写物であればパターンを付加しないように作用するから,決定の「複写することに問題のない通常の複写物では,そのようなパターンを付加する必要は,全くないとはいえない」との判断は,それ自体,本件発明2が,先願発明と異なる技術思想(しかも,むしろ正反対ともいえる技術思想)に依拠していることを自認しているものである。決定は,この点において,本件発明2と先願発明との相違点をことさらに矯小化している。
先願発明は,「全複写物の追跡」を大前提に成立するものであって,パターンを付加しないという技術思想を排除する思想であり,決定も,上記のように,「複写することに問題のない通常の複写物では,そのようなパターンを付加する必要は,全くないとはいえない」と判断していて,先願発明が通常の複写物でもパターンを付加するという点を認めている。
レジスタPlの値は,PlからP4の中では一番小さいというだけであって,それでも,Pl≠0でなければ,先願発明の技術思想は成り立たないのである。Pl=0でよいというのであれば,Plは常に0でよいから,レジスタ906の存在自体が無意味であることになるが,先願明細書には,そのような記載も示唆もない。
ウ したがって,本件発明2と先願発明とでは,本質的に相違しているのであって,「本件発明2は先願発明と同一の発明である。」とした決定の判断は,誤りである。
(2) 取消事由2(本件発明2の顕著な作用効果の看過)
本件発明2は,紙幣等であるか否かによってパターンを付加するか否かを択一的に決めるものであって,その結果,通常の複写物では情報は付加されないから,複写物の画質低下を防止し,インクの無駄を回避し,かつ,不正使用に関係のない使用者に無用の心理的プレッシャをかけずに済むという,先願発明には見られない顕著な作用効果を奏するものである。先願発明から本件発明2に至るには,先願発明の出願人をもってしても,数年を要するほどの飛躍があるのであって,本件発明2がこのような顕著な作用効果を奏する以上,本件発明2と先願発明とが同一の発明であるということはできない。
決定は,本件発明2の顕著な作用効果を看過して,「本件発明2は先願発明と同一の発明である。」と判断したのであるから,決定の判断は,誤りである。
(3) 取消事由3(本件発明1に係る判断の誤り)
決定は,「本件発明1は,本件発明2から,「2次元ビットマップ情報を発生する手段は,再生画像全面より小さい所定の大きさの2次元ビットマップ情報を繰り返して読み出し,再生画像全面に2次元ビットマップ情報を発生すること」という事項を除いたものであるから,本件発明2と同様に,先願の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された発明と同一である。」と判断したが,上記(1)のとおり,「本件発明2は先願発明と同一の発明である。」とした決定の判断は誤りであるから,同様に,決定の上記判断は誤りである。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(本件発明2と先願発明との相違点の判断の誤り)に対して
ア 決定は,「パターンを付加しない」態様が,先願明細書に明確に記載されていない点をもって,本件発明2と先願明細書とに「一応の相違がある」と認定したのであるが,この相違については,先願明細書に実質的に記載されていて,かつ,本件発明2が新たな効果を奏するものではないから,両発明が実質的に同一であると判断したのである。
イ 複写機において,原稿にできるだけ忠実な複写物を得ることは,当然に求められる基本的な課題の一つであり,先願発明の特許出願当時,既に多数の複写機が使用されていたが,複写することに問題のない通常の複写物に,装置を特定できるパターンが付加されていないからといって,格別の問題が生じていたということはできない。しかし,そのことにより,複写することに問題のない通常の複写物に,装置を特定できるパターンを付加することが,全く必要ないといえるわけではないのであって,先願明細書には,複写することに問題のない通常の複写物に,装置を特定できるパターンを付加することが,その必要性についての明確な記載がないものの,一実施例として示されているのである。
ウ したがって,「本件発明2は先願発明と同一の発明である。」とした決定の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2(本件発明2の顕著な作用効果の看過)に対して
先願明細書には,「通常の複写物では,パターンが人間の目ではほとんど識別できない様にし」(段落【0046】)との記載があるように,複写物が紙幣等と紛らわしくない場合には,画質低下を防止することや不正使用に関係のない使用者に無用の心理的プレッシャをかけないことについて,一定の配慮がされているから(また,「人間の目ではほとんど識別できない」レベルであって,インクの使用量も少ない。),本件発明2が,先願発明に見られない顕著な作用効果を奏するとはいえない。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明2と先願発明との相違点の判断の誤り)について
(1) 先願明細書(甲1)には,次の記載がある。
「[比較器モジュール]図8に比較器モジュール310のブロック図を示す。801,802,803は比較器であり,804はインバータ,805はANDゲート,806,807はORゲートである。予め,レジスタ307にはR1,レジスタ308にはR2,レジスタ803にはR3なる値がセットされており,R1>R2>R3なる関係がある。この構成により,結果として,出力には,判定結果が2ビットに量子化されて出力される。すなわち,R1<(入力)の場合,11が出力され,R2<(入力)≦R1の場合,10が出力され,R3<(入力)≦R2の場合,01が出力され,(入力)≦R3の場合,00が出力される。この出力信号が,入力画像が特定原稿である可能性を示す。」(段落【0040】,【0041】)
「一方,レジスタ906,907,908,909には,予め,P1,P2,P3,P4なる値が保持されており,CPUより指定されたパターンレベル選択信号PSに応じて,P1からP4までのいずれかが選択され,ANDゲート911を経て,加算器912によって,入力信号Vにパターンが付加されV’が出力される。従って,CNO=2即ち現在イエローでプリントされているときに,ROM903に保持されているパターンが繰り返し読み出され,出力されるべき信号に付加される。ここで,P1<P2<P3<P4である様に設定されており,セレクタ910はs=00(2進数)のときY=A・・・となる様に設定されているため,PS=00(2進数)のときV’=V+P1・・・なるように,パターンが付加される。ここで,付加するパターンは,人間の目で識別し難い様に,イエローのトナーのみで付加されるが,これは,人間の目が,イエローのトナーで描かれたパターンに対して識別能力が弱いことを利用したものである。更に,入力画像中に,特定原稿の存在する可能性に応じて,付加するパターンのレベルを可変することで,通常の複写物では,パターンが人間の目では殆ど識別できない様にし,特定原稿が存在する可能性が高くなるほど,くっきりとパターンが付加する。
[複写結果]・・・更に,読み取り画像中に,本来複写されるべきでない特定原稿が存在する可能性が高い場合には,くっきりとしたパターンを付加することもできる。即ち,特定原稿である可能性に応じてパターンの濃度を変化されることができる。」(段落【0044】ないし【0048】)
(2) これらの記載によれば,先願明細書には,P1なる値は,レジスタ906に保持され,P1<P2<P3<P4に設定されていること,入力画像が特定原稿である可能性が最も低い((入力)≦R3)場合には,PS=00(2進数)で,V’=V+P1となることが開示されている。レジスタが,最小の値として零を保持し得ることは技術常識であるところ,先願明細書は,P1の下限値を格別特定していないから,P1の値として零を採用することができるのは明らかである。そして,P1=0の場合には,パターンは付加されないから,先願明細書には,紙幣等か否かでパターンを付加するか否かを択一的に決める構成が記載されているということができる。
そうであれば,先願発明は,本件発明2と実質的に同一であると認められる。
なお,本件明細書には,「さらに,本実施例では入力画像が複写が禁止されたものであると判定したときのみ再生画像に情報を付加するとしているが,変調パターンの切換が再生画像の画質を与える影響が無視できる場合には,判定手段を省略して常に再生画像に付加情報を与えるようにしても良い。・・・」(段落【0017】)との記載があり,この記載によれば,そもそも本件発明2においても,常に付加情報を与えるようにするか,パターンを付加するか否かを択一的に決めるようにするかは,必要により適宜決めればよい技術的な選択事項にすぎないと解されるから,この点からみても,先願発明は,本件発明2と実質的に同一であると認められる。
(3) 原告は,先願発明は,複写物から複写した人や使用した装置を特定できないという課題を解決するためにされたもので,すべての複写物に対してパターンを付加するのであって,紙幣等であるか否かによってパターンを付加するか否かを択一的に決める本件発明2とは,立脚する技術思想が本質的に異なると主張する。
確かに,先願の特許請求の範囲(請求項の数8)の請求項1は,「フルカラー画像信号を電気的に処理し出力画像信号を得る,画像処理装置において,前記出力画像信号に,人間の目には識別しにくい特定パターンを付加することを特徴とする画像処理装置。」というものであり,請求項2ないし8は,請求項1に従属するものであるから,先願の特許請求の範囲に記載された発明は,「前記出力画像信号に,人間の目には識別しにくい特定パターンを付加すること」を必須の構成としている。
しかしながら,決定が認定した先願発明は,第2の3(2)アのとおりであり(このことは,原告も争わない。),特許請求の範囲に記載された発明に限定されたものではなく,明細書又は図面に記載された事項に基づいて,特許法29条の2の規定に定める本件発明1,2との対比・判断をするために認定した発明であるところ,これについてみれば,上記(2)のとおり,P1の値として零を採用することができるのであり,その場合には,パターンは付加されないから,先願発明には,紙幣等か否かでパターンを付加するか否かを択一的に決める構成が含まれているということができる。
原告の上記主張は,先願発明が先願の特許請求の範囲に記載された発明に限定されることを前提とするものであって,前提を異にするものであり失当である。
(4) また,原告は,レジスタPlの値は,PlからP4の中では一番小さいというだけであって,それでも,Pl≠0でなければ,先願発明の技術思想は成り立たないところ,Pl=0でよいというのであれば,Plは常に0でよいから,レジスタ906の存在自体が無意味であることになるが,先願明細書には,そのような記載も示唆もないと主張する。
しかしながら,Pl≠0でなければ,先願発明の技術思想は成り立たないというのは,上記(3)のとおり,先願発明が先願の特許請求の範囲に記載された発明であることを前提とするものである。また,上記(2)のとおり,先願発明は,P1の値として零を採用することができるものであるが,P1=0は,P1の取り得る値としての選択肢の一つにすぎず,常に零でよいとか,常に零でなければならないというものではないから,P1の値として零を採用したからといって,レジスタ906の存在自体が無意味になることはない。
(5) したがって,「特定原稿の存在する可能性が最も少ない場合の付加するパターンのレベルP1を,一番小さい値である”0”としてレジスタ906にあらかじめ保持することにより,パターンを実質的に付加しない設定とすることは,当業者が先願発明を実施する際に行うことができる設計事項の範囲である。」として,「本件発明2は先願発明と同一の発明である。」とした決定の認定判断に,誤りはなく,原告の取消事由1は,理由がない。
2 取消事由2(本件発明2の顕著な作用効果の看過)について
上記1のとおり,先願発明は,本件発明2と同一の構成を有するものであるから,当然に,本件発明2と同一の作用効果を奏するものである。
原告は,本件発明2が先願発明には見られない顕著な作用効果を奏すると主張するが,原告の上記主張は,先願発明が先願の特許請求の範囲に記載された発明に限定されることを前提とするものであるから,採用の限りでない。
3 取消事由3(本件発明1に係る判断の誤り)について
本件発明1についての原告の主張は,本件発明2についての決定の認定判断が誤りであることを前提とするものであるが,本件発明2についての決定の認定判断に誤りがないことは,上記1及び2のとおりであるから,原告主張の取消事由3も,理由がない。
第5結論
よって,原告の主張する決定取消事由は,すべて理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 高野輝久 裁判官 佐藤達文)