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知財高等裁判所 平成18年(ネ)10059号 判決 2006年12月21日

控訴人

ホクト株式会社

同訴訟代理人弁護士

高井正直

被控訴人

株式会社泰和

同訴訟代理人弁護士

中山修

三浦由美

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,原判決別紙1記載の種苗を生産,譲渡,又は生産,譲渡する目的をもって保管してはならない。

(3)  被控訴人は,控訴人に対し,1323万6000円及びこれに対する平成14年11月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(5)  仮執行宣言

2  被控訴人

主文と同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,種苗法に基づき品種登録第10615号として品種登録されたエリンギ(以下,この品種を「ホクト2号」という。)の育成者権を有する控訴人が,被控訴人の生産,販売するエリンギがホクト2号と同一の品種であり控訴人の育成者権を侵害しているなどとして,被控訴人に対し,原判決別紙1記載の種苗の生産,譲渡及び生産,譲渡する目的をもって保管することの差止めを請求するとともに,種苗法14条に基づく補償金640万円及び不法行為に基づく損害683万6000円(同法34条1項)並びに遅延損害金の支払を求めたのに対し,被控訴人が,ホクト2号の品種登録には種苗法3条1項1号違反又は同法4条2項違反の無効事由があり,また,同法27条の先育成による通常利用権を有するなどと主張して争った事案である。

原判決は,ホクト2号はその品種登録出願日である平成11年2月1日に公知であったエリンギの品種であるクンヌタリ1号と「明確に区別される」(種苗法3条1項1号)ものではなく,明確区別性を欠き,ホクト2号の品種登録には公知性を理由とした無効事由があるから,控訴人によるホクト2号の育成者権に基づく権利行使は,権利の濫用に当たり許されないなどとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が,これを不服として,本件控訴を提起したものである。

2  前提事実,当事者の主張

本件の前提事実及び当事者の主張は,後記3,4のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2ないし5(原判決2頁4行~4頁22行)記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決別紙5の下から2行目~末行の「※ きのこ(子実体)……本書面に添付する。」を削除する。)。

3  当審における控訴人の主張の要点

(1)  クンヌタリ1号の公知性について

ア 原判決が,「社団法人韓国種菌生産協会は韓国科学技術院から平成11年1月22日に他の数十種のキノコ種菌とともにクンヌタリ1号の種菌を譲り受けていることが認められる」と認定しているのは,誤りである。

すなわち,「クンヌタリ」という語は,韓国語で「大きな」を意味する「クン」と,韓国語で「ひらたけ」を意味する「ヌタリ」とからなるが,甲37には,クンヌタリ1号を示すという「クン1」の申込数が16であることが記載されているだけで,分譲された「クン1」の数は記載されていない。そもそも,甲37によれば,農業科学技術院によって分譲されたキノコ種菌の総数は,申込総数375に対し,試験管165本,分譲されたひらたけの総数は,申込総数264に対し,69であることが記載されているにすぎない。

このように,甲37には,クンヌタリ1号の分譲数の記載はなく,キノコ種菌やひらたけの分譲総数の記載があるだけで,しかもその分譲総数は申込総数を下回っているのであるから,クンヌタリ1号が分譲されたかどうかは甲37から明らかでないというべきである。

イ 仮に平成11年1月22日にクンヌタリ1号が分譲されたとしても,原判決が認定したように,「クンヌタリ1号は遅くとも同日において種苗法3条1項1号にいう『外国において公然知られた』品種となったと認められる」とはいえない。

「公然知られた」品種とは,その特性の主要な部分又はその多くが一般の栽培業者に知られている品種を意味するところ,キノコの品種の特性は種菌を培養,栽培して初めて判明するものである。鑑定によれば,クンヌタリ1号の種菌を所持してからこれを培養し栽培してキノコ(子実体)を収穫するまでに少なくとも50日は必要であるから,15の業者がクンヌタリ1号の種菌を入手したとしても,それだけではクンヌタリ1号はホクト2号の品種登録出願前に「公然知られた」品種であるということはできない。

また,仮にクンヌタリ1号の種菌を入手したこと自体でその特性が明らかとされたとしても,わずか15の業者が入手しただけでは,未だ「公然」知られたということはできない。

(2)  鑑定試料とクンヌタリ1号との同一性について

原判決は,「鑑定資料のクンヌタリ1号と韓国で品種名称登録されたクンヌタリ1号の同一性は明らかである」としているが,誤りである。

ア 鑑定人に交付されたものが,平成10年4月1日に品種名称登録されたクンヌタリ1号と同一のものであることは,立証されていない。

平成17年12月14日付け補足鑑定事項書の下部に記載されたAの証明文は,日本語部分は作成者が不明なので,英文部分のみを検討すべきであるが,これは,Bから私に提供された「Pleurotus eryngii」(エリンギの学名)をCに渡しましたことは間違いありません,というものであって,そこには,クンヌタリ1号はもとより,「クンヌタリ」を示す文言すらない。しかも,Bはクンヌタリ1号の開発同定者とも認められない。

イ クンヌタリ1号の特性は,平成10年2月27日の品種名称登録出願では明らかにされていないが,乙21及び甲40に記載されているとおり,その特性は,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料の特性とは,明らかに異なる。

原判決は,「相違の程度は大きなものではなく,生育条件などによって生じ得る」というが,原判決別紙5記載の5項目にわたって特性が異なるのであるから,異なる品種とするのが常識にかなう。

我が国の審査基準では,傘の大きさは,「10~20mm」,「20~30mm」,「30~40mm」,「40~50mm」,「50~60mm」,「60~70mm」,「70mm以上」の7段階に区別される。これに対し,乙21及び甲40では,クンヌタリ1号の傘の大きさは17~70mmとされ,上記審査基準における6段階にわたるものとなっており,特性が固定されているとはいえない。このように,特性が固定されていないものは,そもそも「品種」とは認められない(種苗法3条1項2号)。

また,鑑定では耐病性について検討されていないが,クンヌタリ1号は,「若いキノコの発生後,細菌に弱い」(乙21の訳文),あるいは「芽出し後,細菌(病害)に弱い」(甲36)とされているのに対し,ホクト2号は「害菌耐性の強い変異株」であって(甲11),耐病性が強いことを特性の一つとしている(甲1)。なお,耐病性は,その種菌の持つ本来の性質であるから,生育条件によって簡単に変化するものではなく,同じような育成条件の中で栽培されたキノコは,同一品種ならば,耐病性についても同じような性質になるものと考えられる。

さらに,キノコの子実体はいわゆる食物として販売される商品であるため,その形は極めて重要な形質であり,これが異なれば別品種とほぼ断定し得るところ,クンヌタリ1号の形はじょうご型であり,「クンヌタリ1号」として鑑定に供された試料とは,明らかに異なる。ちなみに,ホクト2号は平形であり,クンヌタリ1号の上記の形とは異なる。なお,甲40の写真部分に示されるキノコの形は,控訴人が本訴を提起する前に入手していた韓国で販売されていたエリンギと同じものであり(甲27~29),その基本的な形はいわゆるじょうご形であって,ホクト2号とは異なる。

ウ 鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料は,現在,韓国に存在しているクンヌタリ1号であるが,これと平成11年1月22日に分譲されたとされるクンヌタリ1号とが同一であるという証拠はない。

キノコの種菌を同一性を保持したまま保存するには,害菌による汚染や遺伝的変異の問題を克服するため,かなりのノウハウを必要とする(甲41)ところ,クンヌタリ1号がどのような方法でBのもとで保存されていたのかは明らかでない。

クンヌタリ1号は耐病性に弱いとされている(乙21及び甲40)から,害菌による汚染について特に注意が必要なはずである。また,母菌の維持中,あるいは母菌から増殖して種菌を作る過程で,遺伝的変異が起こる可能性があるから,クンヌタリ1号に遺伝的変異が全く生じなかったと断定することはできない。遺伝的組成の同一性を維持したままで菌株を保存する方法としては,継代培養保存法,流動パラフィン重層法,凍結保存法が知られているが,いずれの方法もそれなりの技術的方法が必要であって,どこの国でも可能であるというわけではない。平成4年9月当時,韓国にはキノコの菌株や糸状菌を扱っている保存機関はなく,甲41(最新バイオテクノロジー全書編集委員会編「きのこの増殖と育種」農業図書株式会社平成4年9月14日発行)にも韓国の保存機関は記載されていない。

エ 上記アないしウによれば,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料と,韓国で品種名称登録されたクンヌタリ1号との同一性を認めることはできないというべきである。

(3)  クンヌタリ1号の種苗法3条1項1号にいう「他の品種」該当性について

ア 種苗法3条1項1号にいう「他の品種」とは「別の品種」を意味すると解されるから,通常,同一の品種については未譲渡性(同法4条2項)の問題として扱うべきものである。

もっとも,同一の品種であっても,登録された品種と全く関係しないところで,これより先に別人によって独立して開発・育成され,公知となっていた場合には,種苗法3条1項1号の「他の品種」に該当するというべきである。なぜなら,他者が客観的に同一の品種を独立して先に育成し,それが公知となっている場合,これと無関係に同一の品種を後に開発・育成した者に独占権を与えるべきではなく,また,そのようにすれば,先に開発・育成した者の利益を害するからである。

そうすると,同一の品種について種苗法3条1項1号が問題となるのは,偶然に,客観的に同一の品種が別々に開発・育成された場合ということになるが,そのようなことは,通常の経験則に照らし,稀有ないし例外的な事象であるから,これを主張する者が立証責任を負担するものと解するべきである。

イ 上記アを前提にすれば,客観的に同一の品種が公知である場合に,種苗法3条1項1号の無効事由が成立するには,当該品種が,登録品種と同時又はより先に,登録品種とは全く関係なく独立に,開発・育成されたものであることが必要というべきである。

しかるところ,本件では,クンヌタリ1号がホクト2号と同時又はより先に開発・育成されていたことも,クンヌタリ1号が,ホクト2号とは全く関係なく独立に開発・育成されていたことも,立証されていない。

(ア) クンヌタリ1号は平成10年4月1日に品種名称登録されているが,乙20には,クンヌタリ1号という名称のエリンギが登録されたことが記載されているにとどまり,Bがこれを開発・同定したことは記載されていない。

乙21及び甲40には,クンヌタリ1号について,「農業科学技術院で1995年まで10年間菌株を収集」,「本試験場で菌株別生理的特性及び人工栽培可能性を援助」(乙21の訳文),あるいは「農業科学技術院で1995年まで10年間菌株を収集」,「本試験場で菌株別の生理的特長及び人工栽培の可能性に関し協力」(甲36)と記載されているが,育成というには,入手した菌株の由来を明らかにした上,交配したり,栽培して優良株を選抜し,更に栽培をするなどの行為を重ねることが必要であり,単に収集しただけでは「育成」とは認められない。

したがって,クンヌタリ1号がホクト2号と同時又はこれより先に開発・育成されていたことは,立証されていないというべきである。

(イ) 原判決は,「ホクト2号が公然公知となった理由は原告自身の譲渡によるのではない」としたが,かかる認定は不当である。

仮に平成11年1月22日にクンヌタリ1号が公知になったとしても,それはホクト2号の譲渡開始(平成10年3月1日)から11か月以上後であるから,控訴人によるホクト2号の譲渡により公知となった可能性は排除されない。

また,控訴人は,ホクト2号の開発・育成において,商品として販売を開始する平成10年3月1日以前は,ホクト2号が外部に流出しない措置及び対策を講じていたものの,試験栽培中のホクト2号を収穫した後,その栽培に用いた培地をそのまま肥料として農家に分譲していたため,分譲された培地からホクト2号のエリンギが発生したことがある(甲42)。クンヌタリ1号の品種名称登録は,名称を登録したものにすぎず,いかなる品種について名称が登録されたのかは明らかでないから,「クンヌタリ1号」という名称で,ホクト2号が品種名称登録された可能性を排除するものではない。

したがって,クンヌタリ1号が,ホクト2号とは全く関係なく独立に開発・育成されていたことは,立証されていないというべきである。

ウ 上記ア及びイによれば,仮にクンヌタリ1号が公知の品種であるとしても,ホクト2号との関係で,種苗法3条1項1号にいう「他の品種」ということはできない。

4  当審における被控訴人の主張の要点

(1)  クンヌタリ1号の公知性について

ア 控訴人は,甲37を正解せずに原判決を論難するが,次のとおり失当である,

(ア) 甲37は,乙23の1の訳文として控訴人が提出したものであるところ,乙23の1は,被控訴人の代理人が社団法人韓国種菌生産協会に対し送付した乙22の1(「ご依頼」と題する書面)に対する回答書である。乙23の1は,基本的には韓国種菌生産協会が作成したものであるが,回答の裏付けとして,農業科学技術院が韓国種菌生産協会に宛てた文書の写し(2枚目,3枚目)を含むものである。

同号証の4枚目は,韓国種菌生産協会が作成した平成11年の微生物分譲申込書であり,同協会所属の種菌業者から同協会に対する種菌の申込みとこれに対する同協会からの分譲本数を表している。

一方,同号証の2枚目は,農業科学技術院から韓国種菌生産協会に対する栽培用キノコ優良品種の種菌の代金請求と引取依頼の文書の写しであり(なお,最下部は韓国種菌生産協会の押印欄である。),これに記載された分譲数量は,平成11年1月22日に農業科学技術院が韓国種菌生産協会に分譲した数量であって,全部で165本,そのうちひらたけが69本である。

(イ) 控訴人は,甲37の4枚目に記載された分譲申込みと,同号証2枚目に記載された分譲内容が一致しないことを指摘するが,前者を農業科学技術院が作成した一覧表と誤解しているようである。後者,すなわち農業科学技術院が韓国種菌生産協会に分譲した本数やその内容と,前者,すなわち同協会が同協会の会員に分譲した本数やその内容の間に違いがあるのは当然であり,原判決の認定を誤りとする理由にはならない。

韓国種菌生産協会は,協会員からの申込みに応じ種菌を分譲する業務を行っており(乙18),協会員からの分譲申込みにはすべて応じている。分譲申込みを受けた種菌について,在庫がない場合には,農業科学技術院に分譲を申し込んで,当該種菌を入手し,協会員に分譲している。 同協会は,協会員から375本の分譲申込みを受け,これに応ずるため,農業科学技術院から試験管165本の種菌を入手しているが,それは既に210本の在庫があったからであり,不足分の165本について新たな分譲を受けたものである。すなわち,同協会は,乙21の1の4枚目に記載された協会員からの申込本数375本は,これをすべて協会員に分譲したものである。

イ 控訴人は,「公然知られた」品種というためにはその特性が知られる必要があるとか,15の業者がクンヌタリ1号の種菌を入手しただけでは「公然」とはいえないなどと主張する。

(ア) しかし,乙23の1は,平成11年1月22日の時点において既に,クンヌタリ1号について誰でも分譲を申し込める状況になっており,公に流通していたということを示すものである。

(イ) そもそも,クンヌタリ1号は,平成10年2月27日,農業科学技術院によって品種名称登録出願され,同年4月1日公告されていたものであるから,上記出願がなされた平成10年2月27日の時点において既に,「外国において公然知られた」品種となったといえるのである。

ウ したがって,原判決が,クンヌタリ1号について,遅くとも平成11年1月22日において「外国において公然知られた」品種となっていたことを認定したことに誤りはない。むしろ,クンヌタリ1号は,品種名称登録出願がなされた平成10年2月27日において,「外国において公然知られた」品種になったというべきである。

(2)  鑑定試料とクンヌタリ1号との同一性について

ア 控訴人は,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料と,韓国で品種名称登録されたクンヌタリ1号との同一性に疑問があるという。

しかし,原審が採用した鑑定人及び同鑑定人に対する鑑定事項はいずれも,控訴人・被控訴人双方と協議した上で,原裁判所が決定したものである。そして,鑑定事項は,「韓国において平成10年4月1日に品種名称登録された『クンヌタリキノコ1号』」との同一性につき判断するというものであり,「菌株,種菌は,鑑定人自身において入手する」としたものであるから,鑑定人は,当然,韓国で平成10年4月1日に品種名称登録されたクンヌタリ1号の種菌を入手し,鑑定したはずである。

イ 控訴人は,乙21及び甲40に記載されたクンヌタリ1号の特性は,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料の特性とは異なると主張する。

しかし,エリンギに限らず,キノコの特性は,培地内容や栽培条件(温度,湿度,照明,換気による炭酸ガス濃度等)によって大きく左右されるものであり(乙24~27),品種の同一性を判断する決定的な要素にはならない。本件において,品種の同一性は,栽培特性の同一性のみならず,DNAによる遺伝子レベルでの同一性まで鑑定されている。

控訴人は,ホクト2号は耐病性が強いとか,クンヌタリ1号と形が違うなどと主張するが,上記のとおり,本件においては,鑑定の結果により,遺伝子レベルでの同一性が立証されているのであるから,生育条件等によって異なってくる特性の違いによって同一性の有無を論ずる意味はない。

なお,クンヌタリ1号が品種名称登録された平成10年ころは,エリンギが一般に食され始めた時期であるが,そのころと現在とでは,エリンギの栽培方法が大きく異なっている。違った栽培条件の下で比較しても,意味はないのである。

もし,控訴人が,真に,韓国において品種名称登録されたクンヌタリ1号と鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料が別のものと考えるのであれば,自らの責任において再鑑定を申し立ててしかるべきであるが,控訴人は,高度な研究施設を有しているから,既に控訴人自身がその同一性を確認しているものと思われる。

ウ 控訴人は,平成4年当時の韓国における種菌の保存の技術水準について疑問を唱えているが,本件で問題となるのは,平成10年以降の技術水準であり,その当時の韓国における種菌の保存方法は,我が国とほぼ同一レベルである。

また,そもそも農業科学技術院はクンヌタリ1号の種菌を国立種子管理所に委託保存しており(乙18),その同一性は当然担保されている。

(3)  クンヌタリ1号の種苗法3条1項1号にいう「他の品種」該当性について

ア 種苗法3条1項1号にいう「他の品種」とは,出願に係る品種と比較するための他の品種,すなわち出願品種を除く全ての既存の品種という意味であり,出願に係る品種とは独立して育成された品種が出願に係る品種と客観的に同一である場合をも含む。

なお,出願に係る品種を育成した者が,当該品種をその出願前に譲渡し,公知となった場合は,種苗法4条2項により一定期間は新規性は喪失されず,また,この場合は,育成者自身が出願している品種そのものであり,それは「他の品種」ではないから,同法3条1項1号の明確区別性も否定されないと考える。

しかし,そのような例外的な場合の立証責任は,出願者(本件の場合は,控訴人)にあるというべきところ,本件ではそのような立証はない。

イ(ア) 乙20,乙21及び甲40によれば,クンヌタリ1号は,平成10年2月27日,韓国において,農業科学技術院のBによって,品種名称登録出願され,同年4月1日,公告されたことは明らかである。控訴人は,Bが単に名称だけを登録した旨主張するが,商標登録ではないのであるから,品種を離れて名称だけを登録することはあり得ない。また,前記のとおり,農業科学技術院は,クンヌタリ1号の種菌を国立種子管理所に委託保存しているものであり(乙18),その同一性は当然担保されている。

(イ) 控訴人は,控訴人によるホクト2号の譲渡により公知となった可能性が排除されない旨主張するが,そもそもホクト2号の譲渡開始が,平成10年3月1日であることは立証されていない。また,クンヌタリ1号は,韓国において平成10年2月27日に品種名称登録出願されており,その時点で公然知られたものとなっていたというべきであるから,クンヌタリ1号の公知性とホクト2号の譲渡とは関係がない。

控訴人は,平成10年3月1日以前にも,ホクト2号が外部に流出した可能性があると主張するが,その根拠とされる甲42は裁判上の立証というに値しない。また,仮にそのような可能性があるとしても,クンヌタリ1号の公知性が控訴人によるホクト2号の譲渡によるものであることを立証したことにはならない

クンヌタリ1号の品種名称登録出願の時期とホクト2号の品種登録出願の時期の客観的な前後関係からみれば,むしろホクト2号がクンヌタリ1号を盗用したものであるか,その譲渡によるものであることが推認されるのである。

ウ 上記ア及びイによれば,クンヌタリ1号が,ホクト2号との関係で,種苗法3条1項1号にいう「他の品種」に該当することは明らかである。

第3当裁判所の判断

当裁判所も,ホクト2号の品種登録は種苗法3条1項1号に違反してされたものであり,ホクト2号の育成者権に基づく差止め,損害賠償等(損害金及び補償金)の請求は権利の濫用として許されないから,控訴人の本訴請求はいずれも認められないと判断する。その理由は,次のとおりである。以下,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」について,当審において,内容的に付加訂正した主要な箇所をゴシック体太字で記載する。

1品種登録が種苗法3条1項1号に違反してされたことを抗弁として主張することの可否について

被控訴人は,ホクト2号が種苗法3条1項1号所定の品種登録の要件を欠いているので,その品種登録は無効であり,したがって育成者権の行使はできない旨主張する。

種苗法に基づく品種登録(同法18条1項)は農林水産大臣が行う行政処分であり,農林水産大臣は,出願品種が①同法3条1項(区別性,均一性及び安定性の具備),②同法4条2項(未譲渡性の存在),③同法5条3項(育成者複数の場合の共同出願),④同法9条1項(先願優先)又は⑤同法10条(外国人の権利享有の範囲)の規定により,品種登録をすることができないものであるときは,品種登録出願を文書で拒絶しなければならない旨定める(同法17条1項1号)とともに,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたことが判明したときは,これを取り消さなければならず(同法42条1項),品種登録が取り消されたときは,育成者権は品種登録の時にさかのぼって消滅したものとみなされる(同法42条4項1号)ところ,育成者権に基づく権利に対して,品種登録の取消しを経ることなしに,品種登録の要行使件を欠くことを抗弁として主張し得るかが問題となる。

ところで,特許権に関しては特許無効審判を経なくても,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者は特許権の侵害に係る訴訟において相手方に対してその権利を行使することができないとされており(特許法104条の3第1項),この規定は実用新案権,意匠権,商標権の侵害訴訟にも準用されているが,種苗法の育成者権の侵害訴訟には準用されていない。しかし,これは種苗法が特許法のような独自の無効審判制度を設けていないことによるものと考えられるが,種苗法においても,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたものであり,農林水産大臣により取り消されるべきものであることが明らかな場合(農林水産大臣は,品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたことが判明したときはこれを取り消さなければならないのであって,その点に裁量の余地はないものと解される。)にまで,そのような品種登録による育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の請求が許されるとすることが相当でないことは,特許法等の場合と実質的に異なるところはないというべきである。けだし,上記①ないし⑤の規定に違反し,取り消されるべきものであることが明らかな品種登録について,その育成者権に基づいて,当該品種の利用行為を差し止め,又は損害賠償等を請求することを容認することは,実質的に見て,育成者権者に不当な利益を与え,当該品種を利用する者に不当な不利益を与えるものであって,衡平の理念に反する結果となるし,また,農林水産大臣が品種登録の取消しの職権発動をしない場合に,育成者権に基づく侵害訴訟において,まず行政不服審査法に基づく異議申立て又は行政訴訟を経由しなければ,当該品種登録がその要件を欠くことをもって育成者権の行使に対する防御方法とすることが許されないとすることは,訴訟経済に反するといわざるを得ないからである。したがって,品種登録が取り消される前であっても,当該品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされたものであって,取り消されるべきものであることが明らかな場合には,その育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の権利行使(補償金請求を含む。)は,権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である(最高裁判所平成10年(オ)第364号同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照。なお,品種登録に重大かつ明白な瑕疵がある場合には,育成者権に基づく侵害訴訟においても,当該品種登録の当然無効を主張することができると解されるが,行政処分の当然無効は,行政処分時において重大かつ明白な瑕疵がある場合に限られるところ,当該品種登録が上記①ないし⑤の規定に違反してされた場合に,仮にそれが重大な瑕疵に当たると解し得るとしても,その瑕疵が品種登録時において常に明白であったとは限らないから,上記①ないし⑤の規定に違反してされた品種登録が常に当然無効であるとまではいえない。本件において,被控訴人は,ホクト2号の品種登録時において種苗法3条1項1号に違反することが明白であったことまでを主張立証するものではなく,被控訴人の前記主張は,種苗法3条1項1号所定の品種登録の要件を欠いていることを理由に,ホクト2号の育成者権の行使の権利濫用を主張する趣旨を含むものと解されるところ,このように解することについては,控訴人も争っていないと認められる。)。

そこで,以下,ホクト2号が種苗法3条1項1号所定の品種登録の要件を欠いてされたものであるかどうかについて検討する。

2クンヌタリ1号の公知性について

被控訴人がホクト2号と比較すべき品種として主張するのはクンヌタリ1号との名称のキノコであるところ,クンヌタリ1号の公知性につき検討する。

(1) 甲20,21,31,32,35(乙20の訳文として控訴人が提出したもの),乙18,19,20,弁論の全趣旨によれば,クンヌタリ1号はB(農業科学技術院)が平成10年2月27日に韓国において品種名称登録出願をし同年4月1日に公告されたこと,韓国においては種子産業保護法により植物の品種が保護されており,同法上,品種保護制度として,品種保護登録,品種生産輸入販売申告,品種名称登録の各制度があること,品種保護登録は,品種保護登録することにより品種保護権を得,保護品種を実施(増殖・生産・調製・貸与・輸出・輸入等)する権利を独占する効果を有するものであること,品種生産販売申告は種子を生産・輸入・販売する場合には必ず当該種子につき申告しなければならないとする制度であること,品種名称登録は品種保護登録,品種輸入販売申告等をする前提として,品種の名称を登録しなければならないとの制度であることが認められる。外国に対する品種登録出願に相当する出願に係る品種につき品種の育成に関する保護が認められた場合にはその品種は出願時において公知の品種とみなされるが(準公知,種苗法3条2項),上記認定の事実によれば,同条項にいう「外国に対する品種登録出願に相当する出願に係る品種につき品種の育成に関する保護が認められた場合」とは,韓国では,品種保護登録出願がされて品種保護登録がされた場合がこれに当たると考えられ,甲20,21,乙18ないし20によれば,クンヌタリ1号は品種名称登録はされているが品種保護登録はされていないことが認められるから,クンヌタリ1号に種苗法3条2項による公知性があるとはいえない。

(2)アしかしながら,甲37(乙23の1の訳文として控訴人が提出したもの),乙18,19,22の1ないし3,23の1・2によれば,韓国ではキノコ種菌業者たちが作った社団法人である韓国種菌生産協会が種菌の普及のため種菌を頒布しており,クンヌタリ1号については平成10年中に36件の品種生産輸入販売申告があり,社団法人韓国種菌生産協会は農業科学技術院から平成11年1月22日にクンヌタリ1号を含む12品目27品種のキノコ種菌を譲り受け,そのころ,分譲を申し込んだ15の協会員にクンヌタリ1号を譲り渡していることが認められる。よって,クンヌタリ1号は遅くとも同日において種苗法3条1項1号にいう「外国において公然知られた」品種となったと認められる。

イ  控訴人は,甲37には,クンヌタリ1号の分譲数の記載はなく,キノコ種菌やひらたけの分譲総数の記載があるだけで,しかもその分譲総数は申込総数を下回っているから,クンヌタリ1号が分譲されたかどうかは明らかでないと主張する。

しかし,乙19,23の1及び弁論の全趣旨によれば,控訴人の指摘に係る甲37記載の分譲数及び申込数は,それぞれ農業科学技術院から韓国種菌生産協会への分譲数,韓国種菌生産協会に対する協会員の申込数であり,また,韓国種菌生産協会は協会員からの申込みに応じて種菌を分譲する業務を行っていることが認められ,同協会自身が種菌の在庫を保有することもあり得るところであるから,農業科学技術院が韓国種菌生産協会に分譲した本数やその内容と,韓国種菌生産協会が協会員に分譲した本数やその内容の間に違いがあることが不自然であるとはいえない。そして,上記のとおり,乙19によれば,クンヌタリ1号について,平成10年中に36件の品種生産輸入販売申告があり,現実にその需要があったことが認められることを合わせ考えれば,韓国種菌生産協会は農業科学技術院から平成11年1月22日に他の十数種のキノコ種菌とともにクンヌタリ1号の種菌を譲り受け,そのころ同協会はクンヌタリ1号を協会員に譲り渡したものと推認される。

ウ  控訴人は,「公然知られた」品種というためにはその特性が知られる必要があるが,種菌を所持してからこれを培養,栽培して収穫するには少なくとも50日は必要であるし,仮に種菌を入手したこと自体でその特性が明らかであるとしても,15の業者がクンヌタリ1号の種菌を入手しただけでは「公然」とはいえないなどと主張する。

しかし,ある品種の種苗,すなわち,植物体の全部又は一部で繁殖の用に供されるもの(種苗法2条3項)を入手すれば,当該品種を繁殖することが可能となるのであるから,当該品種の種苗が守秘義務を負わない者の手に渡った場合には,当該品種はもはや秘密の状態を脱したものというべきであって,「公然知られたもの」と認めるのが相当である。そして,上記のとおり,クンヌタリ1号の種菌は,平成11年1月22日に農業科学技術院から韓国種菌生産協会に分譲されているから,同協会がクンヌタリ1号の種苗を入手したことは明らかであり,また,同協会が分譲を申し込んだ15の協会員にクンヌタリ1号を譲り渡していることからすれば,同協会が守秘義務を負うものでないことも明らかである。控訴人の主張は採用することができない。

3ホクト2号とクンヌタリ1号の明確区別性について

(1)  ホクト2号と鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料の同一性について

鑑定嘱託の結果によれば,ホクト2号と鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料とは,比較栽培試験を行ったすべての項目(原判決別紙3(品種登録原簿に記載されたホクト2号の重要な形質に係る特性)記載14ないし39の項目)においてその特性が明確に区別できないこと,対峙培養試験において帯線はみられず,子実体の実際の目視形状においても差異はみられないことが認められる。なお,鑑定嘱託の結果からは,ホクト2号と鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料とについて,原判決別紙3記載1ないし13及び40の項目について特性が明確に区別できるか否かは明らかでないが,両者は,変異のかかる割合が他の領域と比べて高く,その塩基配列の比較で品種の識別が有効に行えるとされるrDNAのITS領域の塩基配列が異ならないことが認められる。これらの事実及び弁論の全趣旨によれば,ホクト2号と鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料とは,客観的に同一の品種であることがうかがわれ,少なくとも,両者がその特性において明確に区別されないものであることは明らかというべきである。

(2)  鑑定試料とクンヌタリ1号との同一性について

ア控訴人は,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料と韓国で品種名称登録されたクンヌタリ1号との同一性につき疑問を呈するが,乙20,甲35(控訴人が乙20の訳文として提出したもの),乙21,甲36(控訴人が乙21の訳文として提出したもの),甲40,補充鑑定嘱託の結果によれば,鑑定に「クンヌタリ1号」として供されたキノコの種菌(試料)は,鑑定を嘱託した九州大学の大学院農学研究院のCが韓国国立忠北大学校林産工学科教授のAからクンヌタリ1号と特定して手交されたものであること,Aはクンヌタリ1号の開発同定者である農業科学技術院のBを通じてクンヌタリ1号の種菌を入手したことが認められ,また,乙19によれば,農業科学技術院はクンヌタリ1号の種菌を国立種子管理所に委託保存していることが認められる。控訴人の主張によれば,A若しくはBにおいて,品種名称登録されたクンヌタリ1号の種菌とは別の種菌を供給したということにならざるを得ないが,本件記録を検討しても,そのようなことを疑わせる事情は認められない。

イ 控訴人は,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料の特性と,乙21及び甲40に示されるクンヌタリ1号の特性とは,原判決別紙5記載の特性(①所用日数(菌かき後初めてきのこが発生するまで),①’生育期間(きのこ発生から収穫まで),②傘の大きさ,③傘の厚さ,④色(傘の部分の色),⑤キノコの形)において異なるから,別の品種とするのが常識にかなうと主張する。

(ア) 乙21及び甲40に示される特性がどのような条件(生育条件ないし栽培条件,特性の判断基準)の下で得られたかは明らかでないが,我が国と韓国では気候が相違することは当裁判所に顕著な事実であり,鑑定と,乙21及び甲40とでは,生育条件ないし栽培条件及び特性の判断基準を異にすると考えられる。そして,乙24ないし27及び弁論の全趣旨によれば,エリンギを含むキノコ類については,一般に,その発生や生育に要する期間や形態的特徴などの特性が,栽培条件(培地,温度,湿度,照明,換気による炭酸ガス濃度等)によって大きく左右されるものであることが認められる。加えて,甲16(報告書)によれば,ホクト2号の特性は,出願時の願書(甲11)に添付した特性表,平成13年9月から平成14年3月にかけて実施した特性試験の結果を示す特性表(甲15)及び平成14年1月から4月にかけて審査官が現地調査した際の検定の結果との間に食い違いがあり,特に,願書に添付した特性表記載の特性と後二者記載の特性は,形態的特性(菌さんの形,紋様及び厚さ,葉柄の形,太さ及び色),子実体の発生型における有効茎数,子実体の発生に要する期間(発生最盛期までの期間及び菌かき後発生までの期間),発生最適温度において相違するところ,控訴人の従業員は,栽培するごとに形態や栽培日数に多少の変化が生じることは通常仕方がないことであり,上記の相違は栽培方法や特性値の判断基準において異なった点があることに起因するものである旨説明していることが,認められる。

上記の事実を勘案すると,控訴人の指摘する上記①,①’,②,③,④,⑤の各相違は,いずれも生育条件ないし栽培条件の相違,あるいは特性の判断基準の相違に起因するものと考えられるのであって,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料が,韓国で品種名称登録されたクンヌタリ1号とは異なる別の品種であることを裏付けるものということはできない。

(イ) 控訴人は,乙21では,クンヌタリ1号の傘の大きさは17~70mmとされ,我が国の審査基準における6段階にわたるものとなっており,特性が固定されているとはいえないから,「品種」とは認められない旨主張するが,乙21に記載された傘の大きさが,どのような条件(生育条件ないし栽培条件,特性の判断基準)の下で得られたかは明らかでないから,これをもって直ちに特性が固定されていないと認めることはできない。

(ウ) 控訴人は,鑑定では耐病性について検討されていないが,クンヌタリ1号については,乙21において「若いキノコの発生後,細菌に弱い」とされていること(原判決別紙5記載⑥の「その他の特記事項」の対比)を指摘する。

乙26及び27によれば,一般に,キノコはバクテリア(細菌)による汚染が,生育不良の原因の一つとされていることが認められるところ,乙21によれば,クンヌタリ1号は,若いキノコの発生後,細菌に弱いとされていることが認められる。

一方,ホクト2号の特性とされる耐病性(原判決別紙3記載40の項目)とは,トリコデルマという真菌に対する抵抗性を観察又は測定した結果である(甲2,11,14)から,ホクト2号について,細菌に対する耐性がいかなるものであるかは明らかでない。また,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料についても,細菌に対する耐性がいかなるものであるかは,鑑定嘱託の結果からは明らかでない。

したがって,乙21において,クンヌタリ1号が若いキノコの発生後,細菌(バクテリア)に弱いとされていることから,直ちに,これと鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料が別の品種であることが疑われるということはできない。

(エ) 控訴人は,キノコの子実体の形は極めて重要な形質であり,これが異なれば別品種とほぼ断定し得るところ,乙21記載のクンヌタリ1号の形はじょうご型であって,「クンヌタリ1号」として鑑定に供された試料の形(平形)とは,明らかに異なる旨主張する。

しかし,前記(ア)のとおり,子実体を構成する菌さんの形の上記相違は,生育条件ないし栽培条件の相違,あるいは特性の判断基準の相違に起因するものと考えられるのであって,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料が,韓国で品種名称登録されたクンヌタリ1号とは異なる別の品種であることを裏付けるものということはできない。

ウ 控訴人は,キノコの種菌を同一性を保持したまま保存するには,害菌による汚染や遺伝的変異の問題を克服するため,かなりのノウハウを必要とするところ,クンヌタリ1号がどのような方法でBのもとで保存されていたのかは明らかでないから,鑑定に「クンヌタリ1号」として供された試料と平成11年1月22日に分譲されたとされるクンヌタリ1号とが同一であるとすることには疑問がある旨主張し,平成4年当時の韓国の種菌の保存に関する技術水準を問題にする。

しかし,韓国における種菌の保存に関する技術水準が,クンヌタリ1号の品種名称登録のあった平成10年当時及びそれ以降において,格別問題となるようなものであったことは認められない。

(3)  クンヌタリ1号の種苗法3条1項1号にいう「他の品種」該当性について

上記(1)及び(2)で検討したところによれば,ホクト2号とクンヌタリ1号は,その特性において明確に区別されないものというべきである。

もっとも,両者は客観的に同一の品種であることがうかがわれるところ,種苗法3条1項1号は,品種登録の要件として,その文言上,公然知られた「他の品種」と特性が明確に区別されることと規定しているから,同一の品種であるクンヌタリ1号が公知であっても同条項の要件が否定されないのではないかが問題となる。

ア(ア) そこで検討するに,種苗法は,「同一の品種又は特性により明確に区別されない品種について二以上の品種登録出願があったときは,最先の出願者に限り,品種登録を受けることができる。」(9条1項),「出願者が前項の規定により優先権を主張した場合には,締約国出願日又は特定国出願日から品種登録出願をした日までの間にされた当該出願品種と同一の品種又は特性により明確に区別されない品種についての品種登録出願,公表,譲渡その他の行為は,当該品種登録出願についての品種登録を妨げる事由とはならない。」(11条2項),「登録品種の育成をした者よりも先に当該登録品種と同一の品種又は特性により明確に区別されない品種の育成をした者は,その登録品種に係る育成者権について通常利用権を有する。」(27条)とそれぞれ規定しており,「同一の品種」と「特性により明確に区別されない品種」とを区別して規定していることからすると,同法3条1項1号の「公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」の「他の品種」には「同一の品種」は含まれないと解されないでもない。

しかしながら,種苗法の目的は,品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り,もって農林水産業の発展に寄与すること(種苗法1条)にあるから,出願品種と客観的に同一の既存の品種が公然知られたものとなっている場合には,品種の育成の振興という観点からは,もはや出願品種について品種登録出願をした者に育成者権という独占権を与える必要はないばかりか,かえって,これに独占権を認めることは,すでに公然知られた状態となった品種の流通が妨げられ,種苗の流通の適正化という種苗法の目的に反することになることは明らかであって,同法3条1項1号がそのような場合について品種登録を許容していると解することはできず,同号が「同一の品種」を含まないと解することは,種苗法の趣旨に反し相当でない。

したがって,種苗法3条1項1号にいう「品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」の「他の品種」とは,同号所定の明確区別性を判断する前提として当該出願品種と対比すべき既存の品種を意味するものであり,同号は,公然知られた既存の品種と対比して,当該出願品種がその特性の全部又は一部によって明確に区別されることを品種登録の要件として定めたものというべきであって,出願品種が,公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合を含めて上記既存の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されるものでないときは,同号所定の品種登録要件を欠くと解するのが相当である。

もっとも,種苗法4条2項は,出願品種の種苗又は収穫物が日本国内において品種登録出願の日から1年(外国においては4年)さかのぼった日前に,業として譲渡されていた場合には,その譲渡が育成者の意に反してされた等の場合を除き,品種登録を受けることができないと定めており,出願品種の種苗等が業として譲渡され当該出願品種が公然知られたものとなった場合でも一定の要件の下で品種登録を受けることが可能であるとされていることからすると,同法3条1項1号の出願品種と対比すべき既存の品種には,上記のとおり,出願品種と客観的に同一の品種であるものも含まれるが,それが出願品種そのものである場合には,同号所定の品種登録要件を欠くことにはならず,その場合は専ら同法4条2項において規律されるものと解するのが相当である(本来,ある品種の種苗又は収穫物が譲渡された場合には,当該品種は公然知られたものとなるのが通常であるから,種苗法4条2項は,品種の育成の振興という政策的観点から,出願品種の譲渡等の場合につき一定の要件の下で同法3条1項1号の例外を定めたものというべきである。)。

(イ) 以上のとおりであるから,出願品種が,品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合には,当該公然知られた既存の品種が出願品種そのものでない限り,種苗法3条1項1号にいう「公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること」との要件を欠き,品種登録を受けることができないというべきである。そして,出願品種が,品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた既存の品種と客観的に同一の品種である場合において,なおそれが種苗法3条1項1号の要件を備えているというためには,出願者又は育成者権者において,当該公然知られた既存の品種が出願品種そのものであることを立証しなければならないというべきである。けだし,品種登録出願前から公然知られた同一の品種について,それが出願品種そのものであるといえないにもかかわらず,育成者権という独占権を認めることとなれば,取引の安全が著しく害されることは明らかであり,また,品種登録出願前に出願品種の種苗等を譲渡するなどした出願者又は育成者権者に対し,公然知られた既存の品種が出願品種そのものであることについて立証の負担を課するものとしても,酷であるとはいえないからである。

イ(ア) これを本件について見るに,乙19ないし21,22の1ないし3,23の1,2,弁論の全趣旨によれば,控訴人によるホクト2号の販売開始は平成10年3月1日,クンヌタリ1号の品種名称登録出願は平成10年2月27日であることが認められるから,控訴人が流通させたホクト2号をクンヌタリ1号として品種名称登録出願した可能性は否定され,ホクト2号が公知となった理由は控訴人自身の譲渡によるのではないといえる。

(イ) 控訴人は,①クンヌタリ1号の品種名称登録は,名称を登録したものにすぎず,いかなる品種について名称が登録されたのかは明らかでないところ,ホクト2号の譲渡を開始した平成10年3月1日以前も,試験栽培中のホクト2号を収穫した後その栽培に用いた培地をそのまま肥料として農家に分譲していたため,分譲された培地からホクト2号のエリンギが発生したことがあるから,「クンヌタリ1号」という名称で,ホクト2号が品種名称登録された可能性は排除されない,②平成11年1月22日にクンヌタリ1号が公知になったとしても,それはホクト2号の譲渡を開始した平成10年3月1日から11か月以上後であるから,控訴人によるホクト2号の譲渡により公知となった可能性は排除されない,と主張する。

しかし,本件記録を検討しても,韓国でクンヌタリ1号として品種名称登録出願された品種が控訴人の育成に係るホクト2号そのものであるとの事実,あるいは,農業科学技術院から韓国種菌生産協会に分譲されたクンヌタリ1号の種菌が控訴人の譲渡等したホクト2号であるとの事実を認めるに足りる証拠は,見当たらない。控訴人の主張は採用することができない。

(ウ) 控訴人は,クンヌタリ1号が開発・育成された事実は認められない旨主張するが,既に認定したとおり,クンヌタリ1号はB(農業科学技術院)が品種名称登録出願をしたものであるところ,乙21,補充鑑定嘱託の結果及び弁論の全趣旨によれば,クンヌタリ1号は,農業科学技術院で10年間にわたって菌株を収集した後,農業技術院広州キノコ試験場の協力を得て,生理的特性及び人工栽培の可能性についての調査検討を経たものであり,Bがクンヌタリ1号の開発・同定を行ったことが認められるから,クンヌタリ1号について,自然的変異に係る特性の検定が行われたことは明らかであり,これが種苗法3条1項柱書にいう「品種の育成」(人為的変異又は自然的変異に係る特性を固定し又は検定すること)に該当することも明らかである。

したがって,クンヌタリ1号が,ホクト2号とは関係なく,独立に育成されていたことは明らかであり,控訴人の主張は採用することができない。

(4)  まとめ

そうすると,ホクト2号はその品種登録出願日である平成11年2月1日に,外国において公然知られた品種であるクンヌタリ1号と種苗法3条1項1号の明確区別性を欠いており,当該品種登録は同法3条1項1号に違反してされたもので,取り消されるべきものであることが明らかであるから,控訴人の被控訴人に対する育成者権に基づく差止め又は損害賠償等の権利行使(補償金請求を含む。)は,権利の濫用に当たり許されないというべきである。

4結論

以上によれば,控訴人の本件差止請求並びに補償金及び損害金請求は,権利の濫用として許されないというべきである。よって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する本訴請求を棄却すべきものとした原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する(なお,控訴人は,平成18年11月30日付け申立書をもって口頭弁論の再開を申し立てているが,その理由として挙げる事由は本件口頭弁論終結前に生じていたものであるし,また,その内容に照らしても,本件において口頭弁論を再開する必要があるとは認められない。)。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 大鷹一郎 裁判官 嶋末和秀)

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