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知財高等裁判所 平成18年(行ケ)10130号 判決 2006年10月04日

原告

大日本印刷株式会社

訴訟代理人弁護士

椙山敬士

吉田正夫

赤尾太郎

市川譲

松田美和

同弁理士

牛久健司

井上正

高城貞晶

高木千嘉

結田純次

三輪昭次

金山聡

藤枡裕実

後藤直樹

被告

特許庁長官 中嶋誠

指定代理人

末政清滋

瀬川勝久

立川功

田中敬規

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

特許庁が訂正2005-39138号事件について平成18年2月17日にした審決を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

本件は,後記本件特許の特許権者である原告が,訂正審判の請求をしたところ,請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件特許(甲第10号証)

特許権者:大日本印刷株式会社(原告)

発明の名称:「透過形スクリーン」

特許出願日:昭和62年12月29日(特願昭62-333089)

設定登録日:平成9年1月29日

特許番号:特許第2599945号

(2)  本件手続

本件特許につき,無効審判の請求がされ(無効2004-80073号),原告は,上記審判手続において,平成16年9月24日に特許請求の範囲及び明細書の訂正を請求したところ,特許庁は,平成17年4月19日,「訂正を認める。特許第2599945号の特許請求の範囲に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をした。本件訂正審判請求は,上記無効審決の取消訴訟(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10493号)の係属中になされたものであり,上記訴訟事件は未だ係属中である。なお,同事件は,同一裁判体によって審理され,本件と同一日に弁論が終結し,同一日に判決の言渡しが行われる。

審判請求日:平成17年8月5日(訂正2005-39138号)(甲第18号証の1,2)

手続補正日:平成17年11月14日(甲第19号証)

審決日:平成18年2月17日

審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」

審決謄本送達日:平成18年3月1日

2  特許請求の範囲の記載

(1)  訂正審判請求前のもの(請求項の数は4個である。)

「【請求項1】観察側に配置される光拡散作用をもつ光拡散性基板と,前記光拡散性基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつフレネルレンズ基板とからなる透過形スクリーンにおいて,前記フレネルレンズ基板が紫外線硬化樹脂により成形されており,前記光拡散性基板に紫外線吸収作用をもたせたことを特徴とする透過形スクリーン。

【請求項2】前記光拡散性基板は,紫外線吸収作用のある樹脂で成形したことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の透過形スクリーン。

【請求項3】前記光拡散性基板は,紫外線吸収剤を混練した樹脂基板であることを特徴とする特許請求の範囲第1項または第2項記載の透過形スクリーン。

【請求項4】前記光拡散性基板は,紫外線吸収剤が含まれている紫外線吸収インキを塗布したことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の透過形スクリーン。」

(2)  訂正審判請求に係るもの

平成17年11月14日付け手続補正が,訂正審判請求書の要旨を変更しない軽微な瑕疵の補正に当たるとして認められたので,同手続補正に係る手続補正書添付の明細書に記載された特許請求の範囲が,本件訂正審判請求に係る特許請求の範囲として,審決の対象とされた。請求項の数は1個であり,下線部が,訂正審判請求書添付の明細書に係る訂正を含めた訂正部分である。

「フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板と,

前記レンチキュラーレンズ基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ前記フレネルレンズ基板と

からなるプロジェクションTV用透過形スクリーンにおいて,

前記フレネルレンズ基板が,該基板の前記レンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したものであり,

前記レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせたこと

を特徴とするプロジェクションTV用透過形スクリーン。」

3  審決の理由の要点

審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件訂正審判請求に係る発明(上記補正後の発明。以下「補正後訂正発明」という。)は,特開昭61-164807号公報(甲第1号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開昭51-89419号公報(甲第2号証の1。以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)並びに周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により,特許出願の際,独立して特許を受けることができるものではないので,本件訂正審判請求に係る訂正は認められない,というものである。

「7.訂正事項

訂正の補正が軽微な瑕疵の補正にあたるので,本件訂正審判請求に係る補正後の訂正(以下,「補正後訂正」という。)の訂正事項は,以下のものである。

(1)訂正事項a’ 特許請求の範囲の請求項1の「観察側に配置される光拡散作用をもつ」を,「フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつ」と訂正する。

(2)訂正事項b’ 特許請求の範囲の請求項1の「フレネルレンズ形状をもつフレネルレンズ基板と」を,「フレネルレンズ形状をもつ前記フレネルレンズ基板と」と訂正する。

(3)訂正事項c’ 特許請求の範囲の請求項1の「光拡散性基板」を,「レンチキュラーレンズ基板」と訂正する。

(4)訂正事項d’ 特許請求の範囲の請求項1の「透過形スクリーン」を「プロジェクションTV用透過形スクリーン」と訂正する。

(5)訂正事項e’ 特許請求の範囲の請求項1の「前記フレネルレンズ基板が紫外線硬化樹脂により成形されており」を,「前記フレネルレンズ基板が,該基板の前記レンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したものであり」と訂正する。

(6)訂正事項f’ 特許請求の範囲の請求項1の「前記光拡散性基板に紫外線吸収作用をもたせたこと」を,「前記レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせたこと」と訂正する。

(7)訂正事項g’ 請求項2を削除する。

(8)訂正事項h’ 請求項3を削除する。

(9)訂正事項i’ 請求項4を削除する。

(10)訂正事項j’ 特許掲載公報第4欄第43行から第44行の「光拡散性基板に紫外線吸収作用をもたせたので」を,「フレネルレンズ基板が該基板のレンチキュラーレンズ基板側に紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したものであり,レンチキュラーレンズ基板に,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせたので」と訂正する。

8.訂正の目的の適否,新規事項の有無及び拡張変更の存否

(1)訂正事項a’は,特許請求の範囲の請求項1に「フレネルレンズ基板より」という限定事項を加入することにより,特許請求の範囲を減縮しようとするものである。

当該事項は,特許掲載公報の図面(以下,「図面」という。)の第1図および第2図に図示されているとともに,特許請求の範囲の請求項1および本件特許明細書第3欄第24行から第26行の「前記光拡散性基板より光源側に配置され・・・・フレネルレンズ基板」の記載から導き出されるものである。

したがって,この訂正事項a’は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また,訂正事項a’は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(2)訂正事項b’は,上記訂正事項a’において訂正(加入)した「フレネルレンズ基板」と同じものを指す「フレネルレンズ基板」に「前記」という文言を加入することにより,特許請求の範囲の記載を明りょうにしようとするものであり,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

また,訂正事項bは,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(3)訂正事項c’は,特許請求の範囲の請求項1の「光拡散性基板」を「レンチキュラーレンズ基板」とすることにより,特許請求の範囲を減縮しようとするものであり,本件特許明細書第4欄第30行から第31行に記載されているものである。

したがって,この訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

また,訂正事項c’は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(4)訂正事項d’は,特許請求の範囲の請求項1に「プロジェクションTV用」という限定事項を加入することにより,特許請求の範囲を減縮しようとするものであり,本件特許明細書第2欄第7行に記載されているものである。

したがって,この訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

また,訂正事項d’は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(5)訂正事項e’は,特許請求の範囲の請求項1に記載された「前記フレネルレンズ基板が紫外線硬化樹脂により成形されており」を,「前記フレネルレンズ基板が,該基板の前記レンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したものであり」とするものである。

この訂正事項e’による訂正後の「前記フレネルレンズ基板が,該基板の前記レンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したものであり」は,「フレネルレンズ基板自体が紫外線硬化樹脂であり,そのレンチキュラーレンズ基板側にフレネルレンズ部を成形した」なる解釈と,「紫外線樹脂でないフレネルレンズ基板の,該基板のレンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形した」なる解釈の2通りが可能である。

上記2通りの解釈において,前者の解釈は「フレネルレンズ部」を「レンチキュラーレンズ基板側」に設けることに限定するものであり,本件特許明細書第4欄第27~29行の記載及び図面の第1図の記載に基づくと言うことができ,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでない。

一方,請求人は,平成14年11月14日付けの意見書第5~6頁において,「本件特許発明における「フレネルレンズ基板」は,・・・透明基板と紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズ部の二層構成からなる」と後者の解釈を主張していると解される。

しかしながら,後者の解釈は訂正前の「前記フレネルレンズ基板が紫外線硬化樹脂により成形されており」と対比すると,拡張・変更されていると判断するのが相当である。

したがって,訂正事項e’の解釈としては前者の解釈を採用して以下の検討を続ける。

(6)訂正事項f’は,特許請求の範囲の請求項1に記載された「前記光拡散性基板に紫外線吸収作用をもたせたこと」を,「前記レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせたこと」に限定しようとするものであり,請求人は,本件特許明細書第3欄第18~20行及び同第4欄第34~38行の記載並びに図面第3図の記載に基づくものである,と主張する。

本件特許明細書第3欄第18~20行には,「光散乱性基板に紫外線,特に,光分解に強い影響をもつ波長である300nm~400nmの紫外線の吸収作用をもたせる」と記載され,同第4欄第36~38行には,「このようにして作製した光散乱性基板11に,種々の波長における透過率を分光光度計を使用して測定した。その結果,本実施例の基板では,第3図のA曲線に示すように,約380nmより短波長側の紫外線を吸収していることがわかる。」と第3図が分光光度形により測定されたものであると記載されている。

これらの記載によれば,300nm~400nmの紫外線の吸収作用をもたせることを目的に作成した光散乱性基板(実施例では,レンチキュラーレンズ基板)は,透過率を分光光度計で測定した結果,約380nmより短波長側の紫外線を吸収していることが記載されているし,図面第3図からは,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しないことを読み取ることができる。

したがって,訂正事項f’は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

また,訂正事項f’は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(7)訂正事項g’,h’及びi’は,特許請求の範囲の請求項2,請求項3及び請求項4を削除するものである。

したがって,これらの訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

また,訂正事項g’,h’及びi’は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

(8)訂正事項j’は,発明の詳細な説明において,「光拡散性基板に紫外線吸収作用をもたせたので」を,「フレネルレンズ基板が該基板のレンチキュラーレンズ基板側に紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したものであり,レンチキュラーレンズ基板に,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせたので」と訂正することにより,請求項1の表現と整合させようとするものであるので明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。

以上,訂正事項a’ないしf’は,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明りょうでない記載の釈明を目的とした訂正であり,補正後訂正は,特許法第126条第1項ただし書き第1号ないし第3号に規定される事項を目的に該当する。

9.独立特許要件の適否

本件訂正審判請求においてした補正後訂正が特許法第126条第1項ただし書き第1号ないし第3号に規定される事項を目的とするものに該当するので,次に,補正された訂正特許明細書に記載された発明が独立して特許を受けることができるものであるか否かについて検討する。

(1)補正後訂正発明

特許第2599945号の請求項1に係る発明は,補正された訂正明細書及び図面の記載により,

「フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板と,

前記レンチキュラーレンズ基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ前記フレネルレンズ基板と

からなるプロジェクションTV用透過形スクリーンにおいて,

前記フレネルレンズ基板が,該基板の前記レンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したものであり,

前記レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせたこと

を特徴とするプロジェクションTV用透過形スクリーン。」

なる発明(補正後訂正発明)である。

(2)補正後訂正発明の容易想到性

(2-1)刊行物

(a)本件訂正審判に係る特許の無効審判請求において甲第1号証として提示された刊行物1には,従来技術として第2図が示され,

[記載事項1]

「一般的な透過形ビデオプロジェクターのスクリーンは第2図に示されるように構成され,図において,1は光源,2は光源1よりの光線を平行にするためのフレネルレンズ,3はそのレンズ面,4は視角を広くするためのレンチキュラーレンズ,5はレンチキュラーレンズ4を構成する光拡散性物質を示している(第1頁左下欄第19行~同頁右下欄第。」5行,および第2図参照)と記載されるとともに,

[記載事項2]

「次に,フレネルレンズ2の製造方法であるが,最も一般的な方法としては,熱可塑性のアクリル樹脂等を加熱プレスして製造する方法である。この方法はフレネルレンズ用金型を加熱した後,充分に変形可能なまでに加熱された透明なアクリル板を金型に挿入して加圧成形を行ない,定時間経過後金型温度が約70℃前後まで冷却した時点で脱型するものであった。しかし,この冷却については,冷却の際に歪を発生させない為に徐冷が必要で一工程に30分~60分以上要していた。この結果,金型の専有時間が長く,生産性が悪いという欠点があった。更に,加熱プレスによる宿命である冷却時の樹脂の収縮に起因する脱型不良(収縮によって金型に樹脂型が喰いつく現象)が生ずるという問題が多発していた。

そこで,加熱収縮あるいは徐冷等の問題点を解決する方法として紫外線硬化性樹脂を使用して成型する方法が提案されている。」(第1頁右下第20行~第2頁左上欄第17行)と記載されている。

したがって,記載事項1,2および第2図を参照すると,刊行物1には,

「フレネルレンズより光源の反対側に配置され光拡散性物質で構成されたレンチキュラーレンズと,

前記レンチキュラーレンズより光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ前記フレネルレンズと,

からなる透過形ビデオプロジェクターのスクリーンにおいて,

前記フレネルレンズが紫外線硬化性樹脂により成型されたことを特徴とする

透過形ビデオプロジェクターのスクリーン。」

の発明(引用発明1)が記載されている。

(b)同じく,甲第5号証として提示された刊行物2には,

「ワックスと結晶性ポリマーから選ばれる光散乱物質の少なくとも一つを含有する拡散板の,少なくとも一つの面に直接凹凸を生ぜしめることを特徴とする後面投影型スクリーン」(特許請求の範囲)

なる記載とともに,その第2図に,投影光学系1からの光を受けるレンチキュラーレンズ8の面を有する拡散板3が示され,

「第2図は,円筒レンズを多数個並べたレンチキュラーレンズ8より成る構造をマイクロ光学素子構造として用いたものである。第2図の場合,微細なレンチキュラーレンズ8の1個1個が光を広げる作用を持ち,これに拡散板3の拡散作用が重なり合って,スクリーン全体としての拡散特性が向上せしめられる。」(第10頁左下欄第5行~第11行,および第2図参照)

「例えば,ワックス或いは結晶性ポリマーの経時性を改良する目的で,酸化防止剤および紫外線吸収剤を添加することができる。」(第8頁右上欄第5行~第7行)なる記載があり,「拡散作用をもつレンチキュラーレンズの経時性を改良するために紫外線吸収剤を添加した後面投影型スクリーンに使用するレンチキュラーレンズ」の発明(引用発明2)が記載されている。

(c)また,特開昭61-177215号公報(以下,「刊行物3」という。本訴甲第3号証)には,第2図に透明樹脂板(4)にフレネルレンズ面(8a)を有する紫外線硬化性樹脂(8)を接着させたフレネルレンズが開示され,特開昭61-248707号公報(以下,「刊行物4」という。本訴甲第4号証)には,金型1とフレネルレンズの基体となるプラスチックシート2の隙間に紫外線硬化樹脂3を充填し,紫外線照射で紫外線硬化樹脂3が硬化した後に成形装置からプラスチックシート2,紫外線硬化樹脂3から成るフレネルレンズを取り出すようにしたフレネルレンズの製造方法の発明が記載されている。

(d)(実願昭53-183666号実開昭55-99534号)のマイクロフィルム(以下,「刊行物5」という。本訴甲第5号証)の,従来例として記載されている第1図,特開昭58-59436号公報(以下,「刊行物6」という。本訴甲第6号証)の,従来のスクリーンの断面図として示された第2図,及び特開昭58-134627号公報(以下,「刊行物7」という。本訴甲第7号証)の,プロジェクションテレビの光学系の基本構成を示す図として示された第1図には,それぞれ,拡散スクリーン2側,レンチキュラーレンズ7a側,レンチキュラーレンズ7側に,フレネルレンズ面が配置された構成が記載されている。

(e)また,特開昭58-87144号公報(以下,「刊行物8」という。本訴甲第8号証)には,「多くに有機ポリマー;例えばポリエチレン,ポリプロビレン,ポリ塩化ビニル,飽和または不飽和ポリエステル,ポリカーボネートなどは日光に曝されると次第に劣化し,ある種のポリマーは望ましからざる着色を呈する。この現象はこれらのポリマーが太陽光中の紫外線,特に波長290~400mμの光線に対して感受性が大きいことに基因している。」(第1頁右下欄第10~17行)としたうえで,フッ化ビニリデン系樹脂に高分子量紫外線吸収剤を添加した成形物が開示され,その特性として第2図において400mμ以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少する曲線1が示されている。また,「紫外線分光器による測定ではこのフイルムが波長210~390mμの紫外線を完全に遮断することを示した。」(第4頁左下欄第19行~同右下欄第1行)との記載もある。(なお,長さの単位,1mμは1nmと同じ長さである。)

特開昭56-109847号公報(以下,「刊行物9」という。本訴甲第9号証)には,「樹脂組成物の劣化分解を防止」(第1頁右欄第17行)するために「380nm以下の波長の光を遮蔽するプライマー組成物」(第2頁左上欄第11~12行)の発明が開示されており,第2図では,トルエン溶液100重量部に対し,ベンゾフェノン系紫外線吸収剤5重量部数の紫外線遮蔽プライマー組成Hおよびベンゾトリアゾル系紫外線吸収剤5重量部数の紫外線遮蔽プライマー組成Jによる透過率の波長に対する変化のグラフが示されており,特にJについては400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少し,「380nm以下の波長の光が遮蔽されている」(第5頁右上欄第8~9行)ことがわかる。

(2-2)補正後訂正発明と引用発明1との一致点および相違点

引用発明1における「フレネルレンズ」,「光源の反対側」,「光拡散性物質で構成された」,「レンチキュラーレンズ」,「紫外線硬化性樹脂」,「成型」,「透過形ビデオプロジェクターのスクリーン」はそれぞれ,補正後訂正発明における「フレネルレンズ基板」,「観察側」,「光拡散作用をもつ」,「レンチキュラーレンズ基板」,「紫外線硬化樹脂」,「成形」,「プロジェクションTV用透過形スクリーン」に相当し,補正後訂正発明において「該基板のレンチキュラーレンズ基板側に紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したもの」は,先の訂正事項fにおいて検討したように「フレネルレンズ基板が紫外線硬化性樹脂により成形したもの」に含まれるものであることから,引用発明1と補正後訂正発明は,

「フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板と,前記レンチキュラーレンズ基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ前記フレネルレンズ基板とからなるプロジェクションTV用透過形スクリーンにおいて,前記フレネルレンズ基板が紫外線硬化樹脂により成形されたことを特徴とするプロジェクションTV用透過形スクリーン。」の点で一致し,以下の点で相違する。

[相違点1]

補正後訂正発明では,フレネルレンズ基板がフレネルレンズ基板のレンチキュラーレンズ基板側に紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したもの,であるのに対し,引用発明1では,フレネルレンズ基板が紫外線硬化性樹脂により成型されたもの,とされ,レンチキュラーレンズ基板側にフレネルレンズを成型した,とはされていない点。

[相違点2]

補正後訂正発明が「レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせた」構成を有するのに対して,引用発明1はそのような構成を有しない点。

なお,先に「8.(5)訂正事項e’」において,訂正事項e’の解釈を「フレネルレンズ基板自体が紫外線硬化樹脂であり,そのレンチキュラーレンズ基板側にフレネルレンズ部を成形した」として,独立特許要件を検討するものとしたが,仮に「紫外線硬化樹脂でないフレネルレンズ基板の,該基板のレンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形した」と解釈されるとした場合には,以下の点も相違点(仮に,[相違点3]とする。)となる。

[相違点3]

補正後訂正発明では,フレネルレンズ基板が紫外線硬化樹脂でない基板と紫外線硬化樹脂によりフレネルレンズ部を成形したもの,であるのに対し,引用発明1では,そのような構成を有しない点。

(2-3)判断

請求人は,平成17年10月7日付けの訂正拒絶理由に対し,

A.刊行物1と刊行物2に記載された発明を組合せることは容易ではない,

B.刊行物5~7に記載のフレネルレンズは紫外線硬化樹脂で成形されたものでない

C.補正後訂正発明のレンチキュラーレンズ基板には(フレネルレンズ部の)紫外線硬化樹脂の長波長側の紫外線による劣化に対応する紫外線吸収特性をもたせたもの,

D.引用発明1および引用発明2は補正後訂正発明の課題を示唆しておらず,「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用」を想定することは困難である,

とし,補正後訂正発明は引用発明1および引用発明2,ならびに刊行物1ないし9に記載された発明から当業者が容易に想到できたものではないとの主張を行ったが,訂正拒絶理由で述べた上記補正後訂正発明と引用発明1との一致点および相違点については意見を述べていない。

したがって,請求人の主張を勘案し,上記相違点について検討する。

[相違点1]について

フレネルレンズ基板と光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板とによりプロジェクションTV用透過型スクリーンを構成するにあたり,レンチキュラーレンズ基板側にフレネルレンズ面を配置することは,本件出願の出願前に頒布された刊行物5ないし7により周知のものである。

とするならば,引用発明1における紫外線硬化性樹脂により成型されたフレネルレンズ(補正後訂正発明におけるフレネルレンズ基板に相当)の配置として周知の配置であるフレネルレンズ面をレンチキュラーレンズ側にすることに何ら困難性はなく,当業者が容易に採用することができたものであり,相違点1に係る構成は格別のものではない。

なお,請求人は刊行物5ないし7に記載のフレネルレンズは紫外線硬化樹脂で成形されたものではないと主張するとともに,補正後訂正発明ではレンチキュラーレンズを通して紫外線が最初に紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズ部に当たり,劣化しやすく,これを防止する必要性が大きく,補正後訂正発明はこれを解決するものであると主張する。

しかしながら,フレネルレンズを紫外線硬化樹脂で成形することは引用発明1に記載されたものであるし,フレネルレンズの配置として刊行物5ないし7に記載の配置が周知であり,フレネルレンズ面をレンチキュラーレンズ側にしても,レンチキュラーレンズ側と反対側にしても,紫外線硬化樹脂により作成されるフレネルレンズが劣化する点では同じであるので,フレネルレンズ面をどちらに向けるかは設計的事項であって,引用発明1において刊行物5ないし7に記載の配置を採用することが困難であるとは言えず,請求人の主張は上記相違点1についての判断を左右するものではない。

[相違点2」について

引用発明2は「拡散作用をもつレンチキュラーレンズの経時性を改良するために紫外線吸収剤を添加した後面投影型スクリーンに使用するレンチキュラーレンズ」の発明であり,後面投影型スクリーンもプロジェクションTV用透過形スクリーンの概念に属するものであり,引用発明2は,引用発明1と技術分野を同じくするものであるので,引用発明1における「光拡散性物質で構成されたレンチキュラーレンズ」に替えて引用発明2のレンチキュラーレンズを使用することは当業者が容易になし得たものであるとの当審の判断に対し,請求人は,引用発明1のレンチキュラーレンズは「分散系スクリーン」であるのに対し,刊行物2では「ワックス系スクリーン或いは結晶性ポリマー系スクリーン」に「紫外線吸収剤を添加」して経時性を改良することが記載されているだけであるので,「刊行物2には,レンチキュラーレンズ一般ではなく,あくまでワックス或いは結晶性ポリマー系スクリーンに限定して紫外線吸収剤を添加することが記載されているに過ぎ」ず,引用発明1と引用発明2を組合わせること自体が容易ではない,と主張する。

しかしながら,当審における上記判断は引用発明2に基づき引用発明1のレンチキュラーレンズに紫外線吸収剤を添加することではなく,引用発明1のレンチキュラーレンズに替えて引用発明2のレンチキュラーレンズを使用することが容易である,としたものであり,本件出願の出願時において,引用発明2が記載された刊行物2の記載から,当業者が,樹脂で作成されるレンチキュラーレンズに紫外線吸収剤を添加することで劣化を防止できるという技術思想を読み取ることは容易である。

また,紫外線硬化樹脂により成形された樹脂製品が紫外線により劣化することは本件出願時に当業者において知られていた課題(たとえば,本件訂正審判に係る特許の無効審判請求において甲第7号証として提示された特開昭53-45345号公報(本訴甲第16号証),同甲8号証として提示された特開昭58-89609号公報(本訴甲第17号証)の記載)であり,たとえ,刊行物1にも刊行物2にも補正後訂正発明の課題が示唆されていないとしても,引用発明1におけるレンチキュラーレンズに引用発明2の紫外線吸収剤を添加したレンチキュラーレンズを適用して得た構成によって,紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズへの紫外線も減少して劣化が防止されることは,当業者が容易に予測できたものである。

そして,多くのポリマーは290nm~400nmの光線に対して感受性が大きいことに基因して劣化すること,380nm以下の波長の光を遮蔽することにより樹脂組成物の劣化分解を防止できることは,本件出願の出願時において広く知られていたことから,刊行物8,刊行物9に記載のように,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少し,約360nmより短波長側において光を透過しなくなる特性となるように紫外線吸収剤を添加することも,当業者が適宜採用し得るものであるので,請求人の主張は採用できない。

なお,請求人は,刊行物8,刊行物9と補正後訂正発明の技術分野は相違し,刊行物8,刊行物9に記載の吸収特性から,「プロジェクションTV用透過形スクリーンの紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズの劣化を防止するためにレンチキュラーレンズ基板に所定の紫外線吸収特性を持たせることを想到することはきわめて困難」と主張し,更に,刊行物8,刊行物9に記載の吸収特性は「光線透過率の減少が400nmでほぼ終了しており,『400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少している』ことを示唆するものではない,と主張する。

刊行物8,刊行物9に記載の紫外線吸収剤を含有する組成物は,プロジェクションTV用透過形スクリーンの紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズの劣化を防止するためのものとはされていないが,ポリマーや樹脂組成物の紫外線による劣化を防止する目的で400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少し,約360nmより短波長側において光を透過しなくなる特性が開示されている。なお,刊行物9には異なる紫外線吸収剤の配合比を変化させることで透過率特性を変化させることができることも明記されていることから,刊行物8,刊行物9記載の周知技術を知る当業者が紫外線吸収剤を含有する組成物をプロジェクションTV用透過形スクリーンに使用する場合には,例えば,着色がないように透過率特性を調整することは当業者が当然行う設計的事項であり,何ら格別のものではない。

したがって,相違点2は格別のものではない。

[相違点3]について

本件出願の出願日前に頒布された刊行物3,刊行物4にはそれぞれ,透明樹脂板にフレネルレンズ面を有する紫外線硬化性樹脂を接着させたフレネルレンズ,プラスチックシートと紫外線硬化樹脂からなるフレネルレンズが記載されており,本件訂正発明の出願時においては,フレネルレンズ基板を紫外線硬化樹脂でない透明樹脂板である基板と紫外線硬化樹脂により成形することは広く知られていたものである。

とするならば,引用発明1にけるフレネルレンズ基板として,上記刊行物3,刊行物4により,広く知られていたフレネルレンズ基板を採用することに何ら困難性はなく,相違点3に係る補正後訂正発明の構成は格別のものではない。

(3)まとめ

以上のとおりであるから,補正後訂正発明は,特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が刊行物1,刊行物2に記載された発明および周知技術に基いて容易に発明をすることができたものであるので,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。

したがって,補正後訂正発明は,独立して特許を受けることができないものであり,訂正事項a’ないしf’は平成6年改正前特許法第126条第3項の規定に違反するものであるので,訂正事項a’ないしf’を含む本件訂正は認められない。

10.むすび

以上のとおりであり,本件訂正審判請求においてした訂正は,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるものとされた同法による改正前の特許法第126条第3項の規定に適合しないから当該訂正を認めることはできない。

第3原告の主張(審決取消事由)の要点

1  審決が,補正後訂正発明についての独立特許要件の具備の有無を判断するに当たってした,補正後訂正発明と引用発明1との一致点及び相違点1~3の各認定は相当であるが,審決は,相違点2についての判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。

2  取消事由(相違点2についての判断の誤り)

(1)  審決は,補正後訂正発明と引用発明1との相違点2として認定した,「補正後訂正発明が『レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせた』構成を有するのに対して,引用発明1はそのような構成を有しない点」につき,大要以下のとおり述べて,「相違点2は格別のものではない。」と判断したが,下記(2)以下に述べるとおり,誤りである。

a 引用発明2は「拡散作用をもつレンチキュラーレンズの経時性を改良するために紫外線吸収剤を添加した後面投影型スクリーンに使用するレンチキュラーレンズ」の発明であり,後面投影型スクリーンもプロジェクションTV用透過形スクリーンの概念に属するものであり,引用発明2は,引用発明1と技術分野を同じくするものであるので,引用発明1における「光拡散性物質で構成されたレンチキュラーレンズ」に替えて引用発明2のレンチキュラーレンズを使用することは,当業者が容易になし得たものである。

b 紫外線硬化樹脂により成形された樹脂製品が紫外線により劣化することは本件出願時に当業者において知られていた課題であり,たとえ,刊行物1にも刊行物2にも補正後訂正発明の課題が示唆されていないとしても,引用発明1におけるレンチキュラーレンズに引用発明2の紫外線吸収剤を添加したレンチキュラーレンズを適用して得た構成によって,紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズへの紫外線も減少して劣化が防止されることは,当業者が容易に予測できたものである。

c 多くのポリマーは290nm~400nmの光線に対して感受性が大きいことに基因して劣化すること,380nm以下の波長の光を遮蔽することにより樹脂組成物の劣化分解を防止できることは,本件出願の出願時において広く知られていたことから,特開昭58-87144号公報(甲第8号証。以下「刊行物8」という。),特開昭56-109847号公報(甲第9号証。以下「刊行物9」という。)に記載のように,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少し,約360nmより短波長側において光を透過しなくなる特性となるように紫外線吸収剤を添加することも,当業者が適宜採用し得るものである。

(2)  補正後訂正発明における紫外線吸収特性の技術的意義

平成17年11月14日付け手続補正書添付の明細書(甲第19号証。以下「補正後訂正明細書」という。)の発明の詳細な説明に,「背景技術」として,「従来,この種の透過形スクリーンとして,観察側にレンチキュラーレンズ基板等の光拡散性基板を,光源側にフレネルレンズ基板を重ねあわせて配置したものが知られている。フレネルレンズシートは,金型と透明樹脂基板との間に紫外線(UV)硬化樹脂を流し込み,紫外線を照射することにより,その樹脂を硬化させて重合するUV硬化法により製造したものの開発がさかんになされている。しかし,前記UV硬化樹脂には,重合の際に,その反応を開始させるために,増感剤あるいはUVと相互作用をする官能基を含む分子,その他これに類する反応性基を含む物質が含有されている。このため,長時間使用すると,外光等に含まれている紫外線により,フレネルレンズ基板が劣化するという問題点があった。また,このフレネルレンズ基板は,形状が複雑で,製造コストが高い。さらに,構造的にも内側に取り付けられるので,交換しづらい。本発明は,簡単かつ安価な方法で,長時間使用しても,UV樹脂で成形したフレネルレンズ基板が劣化しない透過形スクリーンを提供することを目的としている。」(1頁22行~2頁7行)との記載があるとおり,補正後訂正発明は,フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板と,レンチキュラーレンズ基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ前記フレネルレンズ基板とからなるプロジェクションTV用透過形スクリーンにおいて,フレネルレンズ基板のレンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂により成形したフレネルレンズ部が,外光等に含まれている紫外線により劣化するという課題を解決するために,「レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」るという構成を採用したものである。

しかるところ,このように「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる」構成としたのは,フレネルレンズ部を構成する紫外線硬化樹脂の特性に着目し,さらに,プロジェクションTVに使用されるレンチキュラーレンズは,400nm以上の波長の光を吸収することは許されないことを考慮した結果である。

すなわち,多くのポリマーでは,約360nm以下の波長の紫外線によって劣化しやすく,これより長波長側の紫外線によっては劣化しにくい性質を有しているが,紫外線硬化樹脂は,重合の際,反応を開始させるために含ませる増感剤や官能基等の作用により,約400nm以下の波長の紫外線によって劣化し,黄変するという特徴を有している。しかし,レンチキュラーレンズによって,400nm以下の波長の紫外線を完全に遮蔽しようとすれば,400nmより相当に長波長側の領域から紫外線の吸収を開始せざるを得なくなるが,そうすると,レンチキュラーレンズ自体が黄色に着色し,プロジェクションTVに使用することができなくなる。補正後訂正発明の上記「レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」るという構成は,レンチキュラーレンズが400nm以上の波長の可視光を吸収してはならないという制約の下で,400nm以下の波長の紫外線を実質的に吸収することを目的とするものであり,このような紫外線吸収特性を実現することにより初めて,紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズ部の劣化を有効に防止できるという技術的意義を有するものである。

(3)  刊行物8,9に開示された技術の認定の誤り(上記(1)のcについて)

まず,刊行物8,9には,審決が認定したような,「多くのポリマーは290nm~400nmの光線に対して感受性が大きいことに基因して劣化すること」や「380nm以下の波長の光を遮蔽することにより樹脂組成物の劣化分解を防止できること」は記載されていない。

刊行物8に記載された発明は,紫外線によって劣化しやすい材料を包装,被覆するのに適し,かつ,農業用ハウスに使用できるフッ化ビニリデン系樹脂組成成形物(フィルム)であって,プロジェクションTV用透過形スクリーンである補正後訂正発明とは技術分野を異にしている。さらに,刊行物8の第2図に示された,実施例の紫外線吸収曲線上,光透過率が470mμから400mμにかけて減少していることにより,刊行物8に記載されたフィルムは,主に青色の光を吸収して,黄色に着色していることが理解されるから,到底プロジェクションTV用透過形スクリーンに使用できるものではない。

また,刊行物9に記載された発明は,自動車,建築物等を用途とするガラス表面に使用される弾性シーラントに適用されるプライマー組成物であり,その目的は,シーラント等の硬化性組成物の耐候接着性を改良することであるから,プロジェクションTV用透過形スクリーンである補正後訂正発明とは技術分野を異にしている。さらに,刊行物9の第1,第2図に示されたA~Pの紫外可視分光スペクトル上,可視光部分を吸収して,プライマーを黄色ないし橙色に着色させることが理解されるから,到底プロジェクションTV用透過形スクリーンに使用できるものではない。

したがって,審決の相違点2についての判断のうち,上記(1)のcの部分は誤りである。

(4)  進歩性の判断手法の誤り(上記(1)のbについて)

上記(2)のとおり,補正後訂正発明は,フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板と,レンチキュラーレンズ基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ前記フレネルレンズ基板とからなるプロジェクションTV用透過形スクリーンにおいて,フレネルレンズ基板のレンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂により成形したフレネルレンズ部が,外光等に含まれている紫外線により劣化するという課題を解決するために,「レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」るという構成を採用したものであり,その結果,「UV硬化樹脂で成形したフレネルレンズ基板の劣化を有効に防止できる」(補正後訂正明細書4頁7~8行)という効果を奏するものである。

このような課題は,刊行物1,2に記載又は示唆されていない。

しかるに,審決は,上記(1)のbのとおり判断したものであるが,進歩性判断において,発明の構成のみを重視し,補正後訂正発明がその構成を採用するに至る動機となった課題が何であるかは問題ではないとする,このような判断手法自体が誤りである。

すなわち,発明の進歩性の判断においては,当業者のレベルで,その出願時を時的基準として,当該発明が解決することを意図した課題,その目的を達成するために採択された技術的手段(構成),その構成によって奏することのできる特有の作用効果の各点につき,その予測性及び困難性を考察すべきであり,そのいずれかの段階において予測性がない(困難性がある)と認められるときは,当該発明に進歩性があると解すべきであり,それが一般的な考え方でもある。

このように,発明の構成が,目的(課題)や作用効果とともに把握されねばならないことは,次のような事情による。すなわち,技術とは,自然法則を意図的に利用して所定の効果の発生を操作するものであるから,現実的に技術を利用する場合には,目的に照らして,その採否が決定される(例えば,目指す効果が他の効果とのバーターとして採用されないこともある。また,目指す効果に照らして費用が高。ければ採用しないことがあり得る)。また,通常,構成を現実に実現するためには,材質,形状,加工,分量,その他の微妙な工夫などの調整を行わざるを得ない。技術は,目的や効果を包摂する構成であり,その現実的適用に当たっては,その目的,効果に即して採否,調整が行われることになり,異なった目的,効果が意識されている場合には,異なった扱いがなされることが一般である。このように採否,調整は目的,効果に即して行われるのであり,ある目的のためのものとして理解された技術は,その目的のために現実的に採用され,その目的に即して調整されるものであるから,別の目的のためのものとして理解された技術と採否の基準が異なるし,別の目的に即して調整されるものでもないから,別の目的に応じた効果が達成されるという保障は全くない。技術を特定して把握するためには,目的や効果も包摂して理解しなければならないという現実的な意味はこのような点にあるのである。

この点につき,新規性の判断や侵害の有無を判断する場合であれば,構成のみで判断し,動機や課題の有無は問題としなくてもよい。新規性の判断の場合には現に文言上同一の構成が,侵害の有無の判断の場合には現に製品上同一の構成がそれぞれ存在しており,その現に特定された構成により効果は当然に発生するからである。

しかしながら,同一の構成をもつ先行技術が存在せず,当業者が組合せにより当該発明と同一の構成を容易に採用し得ると観念的に想定できるか否かが問題となる進歩性の判断においては,引用例の課題や目指す方向を含む技術思想を考慮に入れざるを得ない。なぜなら,三木清がその著作「技術哲学」において説くように,「目的は技術の中にあるところから,技術的なものは目的論的構造をもつてゐる。目的論といふのは全體と部分との關係における論理的構造であり,そこではつねに全體が部分を規定し,一つの部分は他の部分と,そして各々の部分は全體と,相互に依存し,いづれの部分のうちにも全體の意味が表現されてゐる」(株式会社岩波書店発行「三木清全集第7巻」218頁2~5行)からである。

進歩性判断における技術の把握において,構成のみを偏重すれば,事の本質を見誤り,後知恵に陥る危険がある。進歩性の判断では,欧州特許庁で採用されている課題解決アプローチに倣い,通常の発明過程と同様に,最も近い従来技術を基礎として,時間的に前向きに進歩性の有無を検討しなくてはならず,後知恵による判断をできるだけ防止する必要がある。

そこで,進歩性判断においては,課題の予測性,構成の予測性,組合せの動機付け,効果の予測性の各要素を考慮する必要があり,審決の上記判断手法は誤りである。

(5)  引用発明1,2及び周知技術の組合せの困難(上記(1)のa,cについて)

ア まず,審決は,刊行物2に記載された引用発明2について,「拡散作用をもつレンチキュラーレンズの経時性を改良するために紫外線吸収剤を添加した後面投影型スクリーンに使用するレンチキュラーレンズ」の発明と認定したが,刊行物2に記載されているのは,レンチキュラーレンズに限定された発明ではなく,レンチキュラーレンズを使用することは,選択肢の一つとして記載されているにすぎないし,紫外線吸収剤の添加は任意事項であるとされているのであるから,審決が「紫外線吸収剤を添加した・・・レンチキュラーレンズの発明」が刊行物2に記載されていると認定したのは強引にすぎる。また,審決は,刊行物2において,紫外線吸収剤を任意に添加する対象が「ワックス或いは結晶性ポリマー」に限定されていること(8頁右上欄1~7行)を看過している。

イ 仮に,進歩性判断において,発明の構成を重視するとしても,引用発明1に引用発明2及び周知技術を組み合わせて,補正後訂正発明の進歩性を否定するためには,組み合わせるための動機ないし課題が必要である。

しかしながら,引用発明1は分散系スクリーンであるのに対し,刊行物2に,「分散系スクリーンにおいては,ギラツキの減少と解像力,拡散特性及び画像再生域の向上とは互いに相反する関係にあり,光学特性を全体として向上せしめ光学特性のすぐれたRPSを得ることは不可能である。」(3頁左下欄2~6行)との記載があり,他方,刊行物2記載の発明に関しては,「かかる知見に基き,本発明者等は更に研究を重ねた結果,ワックス系スクリーン或いは結晶性ポリマー系スクリーンとマイクロ光学素子系スクリーンとを直接組合わせることにより,マイクロ光学素子系スクリーンの有するすぐれた光再分布特性を賦与することが出来る一方・・・ワックス系スクリーン或いは結晶性ポリマー系スクリーンのもつすぐれた光学特性を実質的に変化させることなく,光再分布特性を向上せしめることが出来ることを見出した。」(5頁右上欄3~16行)との,分散系スクリーン以外のスクリーンについての記載はあるが,分散系スクリーンについての記載はないことに照らして,刊行物2は分散系スクリーンを排除しているから,引用発明1に引用発明2を組み合わせることには阻害事由がある。

また,刊行物2は,ワックス系スクリーンや結晶性ポリマー系スクリーンの優れた光学特性を生かすために,2枚構成のスクリーンを避け,あえてこれを採用していない。このような刊行物2から抽出された引用発明2のレンチキュラーレンズを,2枚構成である引用発明1のスクリーンにおける光拡散性物質で構成されたレンチキュラーレンズに使用することには阻害事由がある。

さらに,上記(3)のとおり,刊行物8,9に記載された発明は,補正後訂正発明と技術分野が異なるものであり,かつ,それらに示された紫外線吸収特性はポリマーや樹脂組成物の劣化の防止に結び付くものではなく,引用発明1,2のレンチキュラーレンズの劣化防止とは何ら技術的に関係しないものであるから,刊行物8,9に記載された発明を引用発明1,2と組み合わせる共通の動機ないし課題も存在しない。

したがって,当業者が,引用発明1に引用発明2及び刊行物8,9記載の技術を組み合わせることは困難である。

仮に,これらを組み合わせたとしても,刊行物8,9に示された紫外線吸収特性は,補正後訂正発明の紫外線吸収特性とは異なるため,補正後訂正発明と同一の構成とはならない。補正後訂正発明の「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる」との構成は,紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズ部の紫外線劣化の防止という課題が存在して,初めて想定できるものである。

(6)  効果の予測性の不存在(上記(1)のbについて)

審決は,紫外線硬化樹脂により成形された樹脂製品が紫外線により劣化することは本件出願時に当業者において知られていた課題であると認定し,その際,特開昭53-45345号公報(甲第16号証)及び特開昭58-89609号公報(甲第17号証)を引用した。そして,その上で,審決は,刊行物1,2に補正後訂正発明の課題が示唆されていないとしても,引用発明1におけるレンチキュラーレンズに引用発明2の紫外線吸収剤を添加したレンチキュラーレンズを適用して得た構成によって,紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズへの紫外線も減少して劣化が防止されることは,当業者が容易に予測できたものと判断した。

しかしながら,上記各公報は,光硬化性樹脂組成物は耐光性が悪いことを一般的に述べているだけで,紫外線に対し,どの程度耐光性が悪いかを示すものではなく,プロジェクションTV用透過形スクリーンの有する課題との関係で,その解決方法を示唆するものではない。補正後訂正発明の奏する「UV硬化樹脂で成形したフレネルレンズ基板の劣化を有効に防止できる」(補正後訂正明細書4頁7~8行)という効果は,紫外線硬化樹脂が一般の樹脂以上に紫外線により劣化しやすく,一般の樹脂の劣化を防止する以上の紫外線吸収作用をもたせることにより,紫外線硬化樹脂からなるフレネルレンズ基板の劣化を防止し得ることに気付き,レンチキュラーレンズ基板に,「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」て,360~400nmの長波長側の紫外線を実質的に吸収することにより,初めて得られるものである。

引用発明1と引用発明2とを組み合わせる動機又は課題は,紫外線硬化樹脂ではない一般の樹脂から成るレンチキュラーレンズの経時性の改良であり,仮に引用発明1に引用発明2を適用してレンチキュラーレンズに紫外線吸収作用をもたせたとしても,その紫外線吸収作用は,一般の樹脂の劣化防止に止まり,紫外線硬化樹脂から成るフレネルレンズの劣化を有効に防止するという効果は予測することができない。

第4被告の反論の要点

1  審決の認定,判断に誤りはなく,原告の主張は理由がない。

2  取消事由(相違点2についての判断の誤り)に対し

(1)  原告の主張2の(1)は,審決の判断が誤りであるとの点を争い,その余は認める。

(2)  「補正後訂正発明における紫外線吸収特性の技術的意義」との主張に対し原告は,補正後訂正発明の「レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」るという構成は,約360nm以下の波長の紫外線によって劣化しやすくなる多くのポリマーと異なって,紫外線硬化樹脂が400nm以下の波長の紫外線によって劣化し,黄変するという特徴を有しているため,レンチキュラーレンズが400nm以上の波長の可視光を吸収してはならないという制約の下で,400nm以下の波長の紫外線を実質的に吸収することを目的とするものであり,このような紫外線吸収特性を実現することにより初めて,紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズ部の劣化を有効に防止できるという技術的意義を有するものであると主張する。

しかしながら,本件特許公報(甲第10号証)に示された本件訂正請求前の明細書の発明の詳細な説明における「背景技術」及び「発明の開示」の欄の記載によれば,本件の発明が,「フレネルレンズ基板が,外光等に含まれている紫外線によって劣化する」という問題点を,光拡散性基板に「光分解に強い影響をもつ波長である300~400nmの紫外線」の吸収作用をもたせることにより解決したものであることは明らかであって,原告の主張するような,約360nm以下の波長の紫外線によって劣化しやすくなる多くのポリマーと異なって,紫外線硬化樹脂が400nm以下の波長の紫外線によって劣化し,黄変するという特徴を有しているとか,レンチキュラーレンズが400nm以上の波長の可視光を吸収してはならないという制約があること等は,上記明細書から,全く読み取ることができない。

原告の上記主張は,一実施例に基づく訂正事項から,新たな発明を作り上げるものであって到底認められず,補正後訂正発明の上記構成は,レンチキュラーレンズに「光分解に強い影響をもつ波長である300~400nmの紫外線」の吸収作用をもたせるという技術思想の下で,400~約360nmの波長の範囲では吸収作用が部分的であり,約360nmより短波長では吸収作用が完全であることを意味するにすぎない。

(3)  「刊行物8,9に開示された技術の認定の誤り」との主張に対し

原告は,刊行物8,9に記載された発明の技術分野が補正後訂正発明と異なるとか,これらの刊行物に記載された紫外線吸収特性は,黄色等に着色された素材を示すもので,プロジェクションTV用透過形スクリーンに使用できないと主張する。

しかしながら,審決は,刊行物8から,「多くの有機ポリマーでは,太陽光中の紫外線,特に波長290~400mμの光線に曝されると次第に劣化する」という技術的課題を解決するための「波長210~390mμの紫外線を完全に遮断するフィルム」という技術事項を,また,刊行物9からは「380nm以下の波長の光を遮断するプライマー組成物」という技術事項を抽出し,これらの技術事項と,刊行物8の第2図及び刊行物9の第2図を併せ見れば,紫外線吸収作用をもたせる場合に,補正後訂正発明の「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる」という限定は,当業者が適宜採用し得ると判断したものである。原告の上記主張は,審決の趣旨を正解したものではない。

(4)  「進歩性の判断手法の誤り」との主張に対し

原告は,審決の進歩性判断が,発明の構成のみを重視し,補正後訂正発明がその構成を採用するに至る動機となった課題が何であるかは問題ではないとするもので,このような判断手法自体が誤りであると主張するが,この主張は争う。

(5)  「引用発明1,2及び周知技術の組合せの困難」との主張に対し

ア 原告は,刊行物2に記載されているのは,レンチキュラーレンズに限定された発明ではなく,レンチキュラーレンズを使用することは,選択肢の一つとして記載されているにすぎないと主張するが,引用発明の認定においては,引用発明に含まれるひとまとまりの構成及び技術思想を抽出できるところ,刊行物2には審決が認定摘記した(審決書12頁14~28行)技術事項が記載されており,これらの記載から「拡散作用をもつレンチキュラーレンズの経時性を改良するために紫外線吸収剤を添加した後面投影型スクリーンに使用するレンチキュラーレンズ」の発明(引用発明2)を認定し得ることは明らかである。

また,原告は,審決が,刊行物2において,紫外線吸収剤を任意に添加する対象が「ワックス或いは結晶性ポリマー」に限定されていることを看過しているとも主張するが,刊行物2において,紫外線吸収剤を添加する対象は,ワックス或いは結晶性ポリマーを含む「拡散板」,すなわちレンチキュラーレンズである。

イ 原告は,刊行物2は分散系スクリーンを排除しているとか,2枚構成のスクリーンを避けている等として,引用発明2を引用発明1と組み合わせることに阻害事由があると主張するが,この主張は争う。

また,原告は,刊行物8,9に記載された発明が,補正後訂正発明と技術分野が異なるとか,それらに示された紫外線吸収特性は補正後訂正発明の紫外線吸収特性とは異なるとして,引用発明1に引用発明2及び刊行物8,9記載の技術を組み合わせることは困難であり,組み合わせたとしても,補正後訂正発明と同一の構成とはならないと主張するが,審決が,刊行物8,9を引用した趣旨は,上記(3)のとおりであるから,原告の上記主張は失当である。

(6)  「効果の予測性の不存在」との主張に対し

原告は,審決が引用した特開昭53-45345号公報(甲第16号証)及び特開昭58-89609号公報(甲第17号証)は,光硬化性樹脂組成物は耐光性が悪いことを一般的に述べているだけで,紫外線に対し,どの程度耐光性が悪いかを示すものではなく,プロジェクションTV用透過形スクリーンの有する課題との関係で,その解決方法を示唆するものではないと主張するが,審決は,上記各公報により,紫外線硬化樹脂が紫外線によって劣化することが周知であることが認められるとしたもので,特定の波長にまで言及したものではない。

また,原告は,補正後訂正発明の効果は,レンチキュラーレンズ基板に,「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」て,360~400nmの長波長側の紫外線を実質的に吸収することにより,初めて得られると主張するが,上記(2)のとおり,そのような技術思想は,本件の発明において認識されていたものということはできず,原告の主張は,実質上,特許請求の範囲を変更するものである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由(相違点2についての判断の誤り)について

(1)  審決が,原告の主張2の(1)のとおり判断したことは,当事者間に争いがない。

(2)  「補正後訂正発明における紫外線吸収特性の技術的意義」との主張について

原告は,補正後訂正発明の「レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」るという構成は,約360nm以下の波長の紫外線によって劣化しやすくなる多くのポリマーと異なって,紫外線硬化樹脂が400nm以下の波長の紫外線によって劣化し,黄変するという特徴を有しているため,レンチキュラーレンズが400nm以上の波長の可視光を吸収してはならないという制約の下で,400nm以下の波長の紫外線を実質的に吸収することを目的とするものであり,このような紫外線吸収特性を実現することにより初めて,紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズ部の劣化を有効に防止できるという技術的意義を有するものであると主張する。

しかしながら,補正後訂正明細書(図面は本件特許公報(甲第10号証)に表示)には,「背景技術」として,「従来,この種の透過形スクリーンとして,観察側にレンチキュラーレンズ基板等の光拡散性基板を,光源側にフレネルレンズ基板を重ねあわせて配置したものが知られている。フレネルレンズシートは,金型と透明樹脂基板との間に紫外線(UV)硬化樹脂を流し込み,紫外線を照射することにより,その樹脂を硬化させて重合するUV硬化法により製造したものの開発がさかんになされている。しかし,前記UV硬化樹脂には,重合の際に,その反応を開始させるために,増感剤あるいはUVと相互作用をする官能基を含む分子,その他これに類する反応性基を含む物質が含有されている。このため,長時間使用すると,外光等に含まれている紫外線により,フレネルレンズ基板が劣化するという問題点があった。・・・本発明は,簡単かつ安価な方法で,長時間使用しても,UV樹脂で成形したフレネルレンズ基板が劣化しない透過形スクリーンを提供することを目的としている。」(1頁22行~2頁7行),「発明の開示」として,「本件発明者は,種々研究の結果,光拡散性基板に紫外線,特に,光分解に強い影響をもつ波長である300nm~400nmの紫外線の吸収作用をもたせることにより,前記目的を達成できることを見出して,本発明をするに至った。」(2頁9~11行),「実施例」として,「本実施例の基板では,第3図のA曲線に示すように,約380nmより短波長側の紫外線を吸収していることがわかる。」(3頁27~28行),「発明の効果」として,「本発明によれば,・・・レンチキュラーレンズ基板に,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせたので,UV硬化樹脂で成形したフレネルレンズ基板の劣化を有効に防止できる。」(4頁3~8行)との各記載がある。他方,補正後訂正明細書には,紫外線硬化樹脂が,約360nm以下の波長の紫外線によって劣化しやすくなる多くのポリマーと異なって,400nm以下の波長の紫外線によって劣化し,黄変するという特徴を有しているとか,レンチキュラーレンズが400nm以上の波長の可視光を吸収してはならないという制約があるとの記載や,レンチキュラーレンズ基板に,約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせることの具体的な技術的意義についての記載はなく,これらの事項が,当業者に自明であると認めるに足りる証拠もない。

そうすると,補正後訂正発明の「UV硬化樹脂で成形したフレネルレンズ基板の劣化を有効に防止できる」との効果は,光拡散性基板(レンチキュラーレンズ基板)に「光分解に強い影響をもつ波長である300nm~400nmの紫外線の吸収作用をもたせる」ことに由来する効果であると認められ,少なくとも補正後訂正明細書(約380nmより短波長側の紫外線を吸収しているとされる第3図を含む。)上,「レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」るという構成自体に独自の技術的意義があるものと認めることはできない。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3)  「刊行物8,9に開示された技術の認定の誤り」との主張について

原告は,刊行物8,9には,審決が認定したような,「多くのポリマーは290nm~400nmの光線に対して感受性が大きいことに基因して劣化すること」や「380nm以下の波長の光を遮蔽することにより樹脂組成物の劣化分解を防止できること」は記載されていないと主張し,また,刊行物8,9に記載された発明の技術分野が補正後訂正発明と異なるとか,これらの刊行物に記載された紫外線吸収特性は,黄色等に着色された素材を示すもので,プロジェクションTV用透過形スクリーンに使用できないと主張する。

しかしながら,刊行物8,9に関する審決の説示は,「多くのポリマーは290nm~400nmの光線に対して感受性が大きいことに基因して劣化すること,380nm以下の波長の光を遮蔽することにより樹脂組成物の劣化分解を防止できることは,本件出願の出願時において広く知られていたことから,刊行物8,刊行物9に記載のように,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少し,約360nmより短波長側において光を透過しなくなる特性となるように紫外線吸収剤を添加することも,当業者が適宜採用し得るものである」(審決書16頁末行~17頁6行),「刊行物8,刊行物9に記載の紫外線吸収剤を含有する組成物は,プロジェクションTV用透過形スクリーンの紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズの劣化を防止するためのものとはされていないが,ポリマーや樹脂組成物の紫外線による劣化を防止する目的で400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少し,約360nmより短波長側において光を透過しなくなる特性が開示されている。なお,刊行物9には異なる紫外線吸収剤の配合比を変化させることで透過率特性を変化させることができることも明記されていることから,刊行物8,刊行物9記載の周知技術を知る当業者が紫外線吸収剤を含有する組成物をプロジェクションTV用透過形スクリーンに使用する場合には,例えば,着色がないように透過率特性を調整することは当業者が当然行う設計的事項であり,何ら格別のものではない。」(同17頁16~27行)というものであって,要するに,多くのポリマーは290nm~400nmの光線に対して感受性が大きいことに基因して劣化すること,380nm以下の波長の光を遮蔽することにより樹脂組成物の劣化分解を防止できること,及び異なる紫外線吸収剤の配合比を変化させることで透過率特性を変化させることができることが従来周知であるほか,補正後訂正発明のレンチキュラーレンズ基板と同様,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を有する樹脂も周知であることを認定した上,異なる紫外線吸収剤を配合比を変えて添加するなどして透過率特性を調整し,「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を有する」ようにすることも,当業者が適宜採用し得る設計的事項であると判断したものであることが明らかである。

そして,刊行物8には「多くの有機ポリマー;例えばポリエチレン,ポリプロピレン,ポリ塩化ビニル,飽和または不飽和ポリエステル,ポリカーボネートなどは日光に曝されると次第に劣化し,ある種のポリマーは望ましからざる着色を呈する。この現象はこれらのポリマーが太陽光中の紫外線,特に波長290~400mμの光線に対して感受性が大きいことに基因している。」(1頁右欄10~17行),「紫外線分光器による測定ではこのフイルムが波長210~390mμの紫外線を完全に遮断することを示した。」(4頁左下欄19行~右下欄1行)との記載があり,多くのポリマーは290nm~400nmの光線に対して感受性が大きいことに基因して劣化することが開示されているものと認められる。

また,刊行物9には,「参考例1 ジアリルフタレートプレポリマー・・・100g,塩化白金酸1×10-5g,ハイドロキノン1gを300gのトルエンに溶解した後,トリメトキシシラン30gを添加し90℃で4時間反応させた。」(3頁右下欄19行~4頁左上欄4行),「実施例1~3 参考例1で得られたトルエン溶液に,紫外線吸収剤,顔料及び塗料を表-1に記載した割合で添加しプライマー溶液を調製した。・・・得られたプライマー溶液を脱脂綿にて5cm×5cm×0.5cmのガラス板の片面に塗布し約2時間風乾した後,紫外可視分光スペクトルを測定した。結果を第1図に示すが,いずれのプライマーも,380nm以下の波長の光の透過率(T%)が0であり,380nm以下の波長の光を実質的に遮蔽していることが判る。」(4頁右上欄6~17行),「表-1のプライマーを使用して,変性シリコン系・・・の市販シーラントのガラス耐候接着性の評価を行った結果を比較例と共に表-2に示す。評価は,JIS-A5758に準じてH型サンプルをサンシャインロングライフウエザオメーター・・・で促進バクロ後,オートグラフ・・・による引張り試験により行った。」(4頁右下欄10~末行)との各記載,及び「参考例2 90℃に加熱した300gのトルエン中に,スチレン30g,メタクリル酸アリル16g,メタクリル酸メチル20g,メタクリル酸n-ブチル19g,アクリル酸ブチル14g,アクリル酸1g,n-ドデシルメルカブタン2gにアゾビスイソブチロニトリル2gを溶かした溶液を滴下し10時間反応させ分子量8000のアリル型不飽和基含有のビニル系共重合体が得られた。このビニル系共重合体溶液20gにメチルジメトキシシラン0.7g,塩化白金酸0.0005gをイソプロパノールに溶かした溶液を加え,密封下90℃で6時間反応させた。」(4頁左上欄10行~右上欄2行),「実施例4~6 参考例2で得られたトルエン溶液に,紫外線吸収剤,顔料及びシランカップリング剤等を表-3の割合で添加しプライマー溶液を調整した。実施例1~3と同様の手順で測定した紫外可視分光スペクトルを第2図に示した。いずれも,380nm以下の波長の光が遮蔽されていることが判る。」(5頁右上欄3~9行),「表-3のプライマーを使用して表-4に記載した各組成の配合物のガラス耐候接着性をJIS-A5758に準じて評価した。結果を表-5に示した」(5頁右下欄11~13行)との各記載があり,前者の各記載と表-1,表-2及び第1図を,また,後者の各記載と表-3,表-5及び第2図を,それぞれ併せ見れば,紫外線吸収剤の種類と配合比を変えることにより,紫外線透過率特性を変化させることができること,及び380nm以下の波長の光を遮蔽することにより樹脂組成物の強度を上げること,すなわち劣化分解を防止できることが理解される。

そうすると,審決が,多くのポリマーは290nm~400nmの光線に対して感受性が大きいことに基因して劣化すること,380nm以下の波長の光を遮蔽することにより樹脂組成物の劣化分解を防止できること,及び異なる紫外線吸収剤の配合比を変化させることで透過率特性を変化させることができることが,周知であり,広く知られていたと認定したことに誤りはない。もっとも,刊行物9の第1,第2図に示された各紫外線透過率は,必ずしも,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を,正確に示しているとはいい難いが,少なくとも,それに近似した特性を示すものもあり,上記(2)のとおり,「レンチキュラーレンズ基板は,400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなるように紫外線を吸収する作用をもたせ」るという構成に格別の技術的意義を認めることはできないのであるから,上記の不正確な点を考慮したとしても,審決が,刊行物8,9に示された上記周知事項に基づき,透過率特性(換言すれば,紫外線吸収特性)を調整して,「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を有する」ようにすることも,当業者が適宜採用し得る設計的事項であると判断したことに,誤りがあるということはできない。

(4)  「引用発明1,2及び周知技術の組合せの困難」との主張について

原告の「進歩性の判断手法の誤り」との主張(原告の主張2の(4))に対する判断はしばらく措き,「引用発明1,2及び周知技術の組合せの困難」との主張(同2の(5))について検討する。

ア まず,原告は,刊行物2に記載されているのは,レンチキュラーレンズに限定された発明ではなく,レンチキュラーレンズを使用することは,選択肢の一つとして記載されているにすぎないし,紫外線吸収剤の添加は任意事項であるとされているのであるから,審決が「紫外線吸収剤を添加した・・・レンチキュラーレンズの発明」が刊行物2に記載されていると認定したのは強引にすぎ,また,審決は,刊行物2において,紫外線吸収剤を任意に添加する対象が「ワックス或いは結晶性ポリマー」に限定されていることを看過していると主張する。

しかるところ,刊行物2には,「ワックスと結晶性ポリマーから選ばれる光散乱物質の少なくとも一つを含有する拡散板の,少なくとも一つの面に直接凹凸を生ぜしめることを特徴とする後面投影型スクリーン。」(特許請求の範囲),「ワックスをアクリル板等の透明樹脂中に分散させ,専らワックスに光散乱を担当させるものも,ワックスが光散乱物質として機能しているものである以上,本発明に包含されることはいうまでもない。更にワックスではなく結晶性ポリマーをアクリル板等の透明樹脂中に分散せしめた場合,ワックス及び結晶性ポリマーを共に分散せしめた場合も同様である。これらの場合には,ワックス或いは結晶性ポリマーの少なくとも一方が分散されている透明樹脂が本発明にいう拡散板に相当することもまた明らかであろう。」(6頁右上欄9~19行),「本発明において,拡散板表面に直接凹凸を生ぜしめるとは,該拡散板表面にマイクロ光学素子構造を直接設けることである。」(6頁左下欄11~13行),「本発明に於てワックス或いは結晶性ポリマーの添加物としては・・・ワックス或いは結晶性ポリマーを用いる業界で一般に使用する添加物を併用することが出来る。例えば,ワックス或いは結晶性ポリマーの経時性を改良する目的で,酸化防止剤および紫外線吸収剤を添加することができる。」(8頁右上欄1~7行),「第1図乃至第5図は本発明の実施態様を示す概略図である。第1図はマイクロ光学素子構造としてフレネルレンズ構造を,第2図はレンチキュラーレンズ構造を,第3図はV型みぞ構造をそれぞれ用いた場合を示す。また第4図はフレネルレンズ構造とレンチキュラーレンズ構造とを拡散板の異なる面に施した場合を,第5図は,フレネルレンズ構造を変形した場合を示す。」(16頁左上欄7~14行),「第2図は,円筒レンズを多数個並べたレンチキュラーレンズ8より成る構造をマイクロ光学素子構造として用いたものである。第2図の場合,微細なレンチキュラーレンズ8の1個1個が光を広げる作用を持ち,これに拡散板3の拡散作用が重なり合って,スクリーン全体としての拡散特性が向上せしめられる。」(10頁左下欄5~11行),「第4図は拡散板3の一方の面にフレネルレンズ5構造を,他方の面にレンチキュラーレンズ8構造をそれぞれ施した場合を示している。このような構造を採用することにより拡散特性が向上,すなわち観測範囲が広がり,同時に均一な輝度分布を有するスクリーンを得ることが出来る。」(12頁左下欄4~9行)との各記載がある。

上記記載によれば,刊行物2には,後面投影型スクリーンに使用するレンズをレンチキュラーレンズとすることは選択肢の一つとして記載されていること,また,紫外線吸収剤の添加は任意事項とされていることは,いずれも原告主張のとおりである。しかしながら,刊行物2は,独立特許要件の有無の判断に当たり,特許法29条2項が引用する同条1項3号の「刊行物」として引用されているものであるところ,このような「刊行物」として,偶々,特許請求の範囲を含む特許明細書及び図面等が掲載された特許公報が引用された場合において,同号の「刊行物に記載された発明」は,特許請求の範囲に記載された発明に限られるものではなく,発明の詳細な説明や図面等を含めた全体の記載によって,当該明細書に記載されているものと認められれば足りることはいうまでもないところである。そして,上記の各記載により,「拡散作用をもつレンチキュラーレンズの経時性を改良するために紫外線吸収剤を添加した後面投影型スクリーンに使用するレンチキュラーレンズ」が,刊行物2に,その特許請求の範囲に記載された発明の1態様として記載されているものと認定し得ることは明らかである。もっとも,上記の各記載によれば,紫外線吸収剤は「ワックス或いは結晶性ポリマーの添加物として」添加されるものとされているところ,審決の引用発明2の認定には,その点及びその前提として,引用発明2が「ワックスと結晶性ポリマーから選ばれる光散乱物質の少なくとも一つを含有する」こと(引用発明2のレンチキュラーレンズが,ワックス又は結晶性ポリマーのみから成るということではない。)が欠けていることは否めない。しかしながら,これらの点を含めて引用発明2の認定を行ったとしても,引用発明2を引用発明1のレンチキュラーレンズに使用することが当業者に容易になし得たものであるとする審決の理由に何ら変わるところはないから,これらの不備は,審決の結論に影響を及ぼすものではない。

イ 原告は,引用発明1に引用発明2及び周知技術を組み合わせて,補正後訂正発明の進歩性を否定するためには,組み合わせるための動機ないし課題が必要であるとした上,①刊行物2は分散系スクリーンを排除している,②刊行物2は2枚構成のスクリーンを避けているとして,引用発明2を引用発明1と組み合わせることに阻害事由があると主張する。

しかるところ,①の主張は,その主張に係る「分散系スクリーン」が「光散乱粒子をバインダーに分散した光拡散層よりなるスクリーン」(刊行物2第1頁左欄19~末行)と定義されることを前提とするものと解されるところ,上記アの刊行物2の各記載によれば,刊行物2記載の発明は,「ワックスと結晶性ポリマーから選ばれる光散乱物質の少なくとも一つを含有する拡散板」を構成要件とするスクリーンであり,当該構成要件には,アクリル板のような透明樹脂を拡散板として,その中にワックス又は結晶性ポリマーの一方又は双方を分散させ,これらを光散乱物質としたものも含まれることが認められ,他方,引用発明1(刊行物1記載の従来技術)は「アクリル樹脂のような透明性と熱可塑性のある樹脂にシリカ,アルミナ,粘度(判決注:「粘土」の誤記と解される。),ガラス粉等の光拡散性物質5を混練し,金型を使用し…成形される」(1頁右欄12~15行)ものであるから,引用発明1が分散系スクリーンに当たるのであれば,刊行物2に記載された上記のような態様のものも分散系スクリーンに当たるものというべく,したがって,①の主張も採用することができない。また,②の主張に関しては,刊行物2に記載された発明が1枚構成のスクリーンであるとしても,補正後訂正明細書に「従来,この種の透過形スクリーンとして,観察側にレンチキュラーレンズ基板等の光拡散性基板を,光源側にフレネルレンズ基板を重ね合わせて配置したものが知られている。」(1頁22~24行)との記載があるとおり,レンチキュラーレンズを2枚構成のスクリーンのうちの1枚として使用することは,本件特許出願当時,周知の技術であったと認められるのみならず,上記アの刊行物2の各記載によれば,刊行物2には,スクリーン自体は1枚構成であるものの,フレネルレンズ構造とレンチキュラーレンズ構造を組み合わせることにより,拡散特性の向上,すなわち観測範囲が広がるとともに輝度分布を均一とすることを可能としたものが記載されており,この記載によって,審決が認定した引用発明2のレンチキュラーレンズをフレネルレンズ構造と組み合わせることが,刊行物2自体に示唆されているということができ,他方,審決が認定した引用発明2のレンチキュラーレンズが2枚構成のスクリーンに使用できないとする理由もないから,当業者が,これを引用発明1と組み合わせて使用することは容易であったと認めることができる。したがって,②の主張も失当である。

また,原告は,刊行物8,9に記載された発明が,補正後訂正発明と技術分野が異なるとか,それらに示された紫外線吸収特性は補正後訂正発明の紫外線吸収特性とは異なるとして,引用発明1に引用発明2及び刊行物8,9記載の技術を組み合わせることは困難であり,組み合わせたとしても,補正後訂正発明と同一の構成とはならないと主張するが,審決は,刊行物8,9により認定した周知事項に基づき,紫外線吸収特性を調整して,「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を有する」ようにすることも,当業者が適宜採用し得る設計的事項であると判断したものであって,その判断に誤りがないことは,上記(3)のとおりである。原告の上記主張は,審決が刊行物8,9を引用した趣旨を正解しないものであって,失当である。

そして,上記アの刊行物2の各記載によれば,刊行物2には,「光散乱物質としてワックス又は結晶性ポリマーの少なくとも一つを含有し,後面投影型スクリーンとして用いられるレンチキュラーレンズにおいて,ワックス又は結晶性ポリマーの経時性を改良するために一般に使用される紫外線吸収剤を添加する」ことが記載されていると認められるから,この記載に接した当業者が,引用発明1のレンチキュラーレンズとして,引用例2に開示された紫外線吸収剤の添加により経時性が向上したレンチキュラーレンズ(引用発明2)を用いることは,容易になし得るところであり,その際,「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を有する」ように,レンチキュラーレンズの紫外線吸収特性を調整することが,当業者が適宜行う設計的事項であることは,上記のとおりである。

したがって,引用発明1,2及び周知技術の組合せが困難であるとする原告の主張は,失当である。

(5)  「効果の予測性の不存在」との主張について

特開昭53-45345号公報(甲第16号証)には,発明の課題の説明の前提事項として「光硬化触媒で硬化した樹脂組成物は耐光性が劣り,長時間光に曝露されると黄変を呈してくる欠点を有している。」(1頁右欄8~10行)との記載があり,また,特開昭58-89609号公報(甲第17号証)には,同様に発明の課題の説明の前提事項として,「光硬化性樹脂組成物とは,重合性アクリル基を含有する重合体の他にある種の物質を含有する・・・ある種の物質とは,・・・重合開始剤あるいは硬化促進剤と称されるものを含有する」(1頁右欄13行~2頁左上欄2行),「重合性アクリル基を含有する重合体の特質および重合開始剤の含有からの様々なトラブルも生ずることになる。例えば,・・・硬化樹脂物がもろくなったりひびわれたり等の耐光性が悪いこと・・・など色々のトラブルの原因となる。」(2頁右上欄18行~左下欄9行)との記載があって,これらの記載によれば,紫外線硬化樹脂成形物の紫外線による劣化という課題は,本件特許出願以前から周知であったものと認められる。そうすると,引用発明1のように,フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板と,当該レンチキュラーレンズ基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ上記フレネルレンズ基板とからなるプロジェクションTV用透過形スクリーンにおいて,当該フレネルレンズ基板が(あるいは,当該フレネルレンズ基板のレンチキュラーレンズ基板側に配置したフレネルレンズ部が)紫外線硬化成形物である以上,紫外線を含む外光の照射を受ければ劣化を免れ得ないことは明白であり,フレネルレンズ基板が(あるいは上記フレネルレンズ部が)外光の照射を受けることがあり得ないということもできないから,紫外線硬化樹脂成形物であるフレネルレンズ基板の(あるいは上記フレネルレンズ部の)紫外線による劣化という課題も,上記紫外線硬化樹脂成形物の紫外線による劣化という課題の1適用場面として,本件特許出願以前から周知であったものというべきである。そして,上記(4)のとおり,補正後訂正発明の課題とは異なる課題の解決のためであるにせよ,引用発明1のレンチキュラーレンズとして,引用発明2を用いることは,当業者が容易になし得るところであり,その際,「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を有する」ように,レンチキュラーレンズの紫外線吸収特性を調整することも設計的事項にすぎないところ,引用発明1のように,フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板と,当該レンチキュラーレンズ基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ上記フレネルレンズ基板とからなるプロジェクションTV用透過形スクリーンにおいて,紫外線を含む外光はスクリーンの外側から,すなわち,レンチキュラーレンズ基板を透過してフレネルレンズ基板に達するものであることは明らかであるから,この引用発明1のレンチキュラーレンズ基板に紫外線吸収作用をもたせれば,レンチキュラーレンズ基板を透過してフレネルレンズ基板に達する紫外線が減少することは必然というべきであり,そうだとすれば,紫外線硬化樹脂成形のフレネルレンズ基板の(あるいは上記フレネルレンズ部の)劣化を防止し得るという補正後訂正発明の課題に係る効果も,当業者が十分予測し得るものである。

原告は,上記各公報は,光硬化性樹脂組成物は耐光性が悪いことを一般的に述べているだけで,紫外線に対し,どの程度耐光性が悪いかを示すものではなく,プロジェクションTV用透過形スクリーンの有する課題との関係で,その解決方法を示唆するものではないと主張するところ,上記各公報に,紫外線劣化という課題の具体的な解決方法まで記載ないし示唆されていないことは,原告主張のとおりであるが,原告のいうプロジェクションTV用透過形スクリーンの有する課題との関係におけるその解決方法とは,結局,紫外線硬化樹脂成形のフレネルレンズ基板の劣化を防止するために,レンチキュラーレンズに紫外線吸収作用をもたせるということであるから(「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を有する」ようにすることに,格別の技術的意義を認めることはできず,単なる設計的事項であることは上記のとおりである。),上記各公報に,紫外線劣化という課題の具体的な解決方法まで記載ないし示唆されていないとしても,補正後訂正発明の課題に係る効果を,当業者が十分予測し得るものであることに変わりはない。

(6)  「進歩性の判断手法の誤り」との主張について

原告は,フレネルレンズ基板より観察側に配置され光拡散作用をもつレンチキュラーレンズ基板と,レンチキュラーレンズ基板より光源側に配置されフレネルレンズ形状をもつ前記フレネルレンズ基板とからなるプロジェクションTV用透過形スクリーンにおいて,フレネルレンズ基板のレンチキュラーレンズ基板側に,紫外線硬化樹脂により成形したフレネルレンズ部が,外光等に含まれている紫外線により劣化するという課題は,刊行物1,2に記載又は示唆されていないところ,審決が,刊行物1,2にも補正後訂正発明の課題が示唆されていないとしても,引用発明1におけるレンチキュラーレンズに引用発明2の紫外線吸収剤を添加したレンチキュラーレンズを適用して得た構成によって,紫外線硬化樹脂で成形されたフレネルレンズへの紫外線も減少して劣化が防止されることは,当業者が容易に予測できたものであると判断したことは,進歩性判断において,発明の構成のみを重視し,補正後訂正発明がその構成を採用するに至る動機となった課題が何であるかは問題ではないとするものであって,このような判断手法自体が誤りであると主張する。

しかしながら,引用発明1に引用発明2及び周知技術を組み合わせることによって,補正後訂正発明の構成と同一の構成が導かれれば,たとえ,それらを組み合わせる目的が,補正後訂正発明の課題と同一の課題を解決するためでなかったとしても,補正後訂正発明の課題も併せて解決されることは明らかである。もっとも,この点に関し,原告は,技術の採否や調整は目的(課題)に即して行われ,ある目的のための採用の基準は,別の目的のための採用の基準と異なるし,ある目的に即して調整されても,別の目的に応じた効果が達成されるという保障は全くないと主張する。しかしながら,発明がある効果を奏するかどうかという点は,その発明が採用されるかどうかということによって左右される問題ではないし,また,調整とは,要するに発明の実施態様をどのように設定するかということであるから,ある目的に即して調整されたとしても,発明の構成の範囲内でなされる限り,その構成に応じた他の効果も奏するはずのものである。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

そして,そうであれば,引用発明1に引用発明2及び周知技術を組み合わせて,補正後訂正発明と同一の構成を導いたことが,補正後訂正発明と同一の課題の解決を直接の目的とするものでなかったとしても,引用発明1に引用発明2や周知技術を組み合わせること自体に,他の課題によるものであれ,動機等のいわゆる論理付けがあり,かつ,これを組み合わせることにより,補正後訂正発明が課題とした点の解決に係る効果を奏することが,当業者において予測可能である限り,補正後訂正発明は,引用発明1,2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。

しかるところ,引用発明1のレンチキュラーレンズとして,引用発明2の紫外線吸収剤を添加したレンチキュラーレンズを使用することに論理付けがあることは,上記(4)のとおりであり,また,このように引用発明1と引用発明2とを組み合わせることにより,補正後訂正発明が課題とした点の解決に係る効果を奏することが,当業者において予測可能であることは,上記(5)のとおりである。レンチキュラーレンズが「400nm以下の波長に対して光線透過率が短波長側に移るにつれて減少して約360nmより短波長側においては光を透過しなくなる紫外線吸収特性を有する」ようにする点は,上記のとおり,格別の技術的意義はなく,当業者が適宜設定し得る設計的事項にすぎないから,この構成については,論理付けの有無を探るまでもない。

そうすると,補正後訂正発明は,引用発明1,2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものというべきであって,審決の判断に誤りはない。

2  結論

以上によれば,原告の主張はすべて理由がなく,原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 石原直樹 裁判官 高野輝久)

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