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知財高等裁判所 平成18年(行ケ)10229号 判決 2006年9月27日

原告

被告

ユーシーシー上島珈琲株式会社

訴訟代理人弁理士

北村修一郎

宮崎浩充

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

(本判決においては,審決や書証等の記載を引用する場合も含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。)

第1原告の求めた裁判

「特許庁が無効2002-35284号事件について平成18年4月7日にした審決を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

本件は,被告が,原告を商標権者とする後記登録商標(「紅隼人」)について無効審判請求をしたところ,特許庁は,同商標をその指定商品中「ベニハヤトを使用したアイスクリーム」に使用した場合,これに接した取引者,需要者は,商品の原材料,品質を表示したものと理解し,商品の識別標識とは理解しないものと判断するのが相当であり,上記以外のアイスクリームに使用したときは,商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものであるから,同商標登録は商標法3条1項3号及び4条1項16号の規定に違反し,無効であるとの審決をしたため,原告が同審決の取消しを求めた事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件商標

商標権者:原告(X)

本件商標:「紅隼人」

指定商品:第30類「アイスクリーム」

登録出願日:平成9年8月4日

設定登録日:平成11年3月19日

登録番号:第4251949号

(2)  本件手続

審判請求日:平成14年7月8日(無効2002-35284号)

審決日:平成18年4月7日

審決の結論:「登録第4251949号の登録を無効とする。」

審決謄本送達日:平成18年4月19日(原告に対し)

2  審決の理由の要旨

(1)  審決の認定事実及び判断(審判の甲号証の証拠番号は本訴の乙号証の証拠番号と対応している。)

「ア 農林水産省(当時)は,昭和60年6月11日に,さつまいもの新品種「べニハヤト」など,農作物の新品種18種を発表し,このさつまいもの新品種「ベニハヤト」は,種苗法に基づき「ベニハヤト」の名称で昭和61年11月21日に品種登録され,同日付け「官報」により告示された(甲3,4,7)。

イ さつまいもの新品種「ベニハヤト」について,次のような内容の紹介記事が新聞,雑誌等に掲載された。

(ア) 1987年(昭和62年)2月24日「日本経済新聞」

「指宿市にある九州農業試験場の作物第二部作物第一研究室は,サツマイモの新品種づくりで大きな実績を上げている。…その成果は食品加工業にまで影響を及ぼしている。…カロチンポテト『ベニハヤト』は同研究室が生み出した新品種の一つ。」と記載されている(甲8)。

(イ) 鹿児島県広報誌「グラフかごしま1987年3月号」

「健康食品ブームのさ中に,本県特産のサツマイモを原料とする新しい加工食品が開発され,”カリビアン・ペースト”の商品名で発売された。これは,地域振興の起爆剤にと南薩一市二町(指宿市,喜入町,山川町)の行政機関,生活改善グループ,農業後継者グループなどがタイアップして共同で開発したもの。原料となるのは,鮮やかなオレンジ色をしたべニハヤトで,カロチンイモといわれるほど多量のカロチンを含む注目の新品種。」,「原料のべニハヤトは…昭和60年に品種登録された。贈答用はふるさと小包便で人気上昇中。」,「カリビアン・ペーストを使った菓子類。色がとても鮮やかに仕上がる。用途は広い」と記載されている(甲9)。

(ウ) 1988年(昭和63年)5月24日「日経流通新聞」

「菓子製造販売の九面屋…はサツマイモを使った和菓子だけの店『利エ門』を開店した。…社長は『ベニハヤト,山川紫など新品種が地元で開発されてきた。…和菓子の世界から鹿児島の復権を目指したい』と情熱を燃やす。」と記載されている(甲11)。

(エ) 1989年(平成元年)2月6日「朝日新聞(夕刊)」

「お台所メモ うまい焼き芋」の中に,「…ニンジンよりビタミンAが多いベニハヤトも登場。」と記載されている(甲12)。

(オ) 1989年6月30日社団法人農山漁村文化協会発行「まるごと楽しむサツマイモ百科」

「…ベニハヤトはカロチンが多く含まれそのビタミンとだいだい色でスナック用として人気が上昇し,…」と記載されている(甲13)。

(カ) 1991年(平成3年)9月13日「南日本新聞」

特集記事「サツマイモ新世紀第2部学校給食」の中に,「…つい最近もべニハヤトのペーストを原料にしたクッキーを開発した。」と記載されている(甲14)。

(キ) 1991年(平成3年)9月14日「南日本新聞」

「サツマイモ新世紀第2部高級料理」の中に,「サツマイモの産地鹿屋市の国道沿いに建つレストラン…そのフルコース。…べニハヤトのスープ,…肉の添え物はジャガイモ,ニンジンならぬサツマヒカリとべニハヤト。デザートのケーキ,シャーベットにももちろんイモが使ってある。」と記載されている(甲15)。

(ク) 鹿児島県広報誌「グラフかごしま1993年1月号」

「温泉保養館に隣接する構造改善センター。…いまここでは,新しい特産品『カリビアン・ペースト』が注目を集めている。べニハヤトという品種のサツマイモを加工したもので,…調理加工しやすく,しかも健康食品というのがセールスポイントとなっている。現在,県内一円の学校給食のパンの生地にも使われており,今後さらに,用途が広がるものと期待されている。」と記載されている(甲17)。

(ケ) 1995年(平成7年)10月5日「南日本新聞」

「秋の味覚に挑戦」の中に,「講師…が,クリやクコ,シメジなど旬のものを使った色鮮やかなピラフやべニハヤトで彩りをよくした菊花あえづくりを実演すると,参加者は『季節感のある料理がこんなに手軽にできるなんて』と感心していた。」と記載されている(甲19)。

ウ さつまいもの新品種「ベニハヤト」は,登録された名称の「ベニハヤト」のほか,「紅隼人」,「紅ハヤト」,「紅はやと」とも表記されて,次のような内容の紹介記事が新聞,雑誌,ホームページ等に掲載された。

(ア) 「岡山大農学報(80),61-68(1992)」

「サツマイモ”紅隼人”…高カロテノイド色素生産細胞の選抜」の中に,「本研究は,…サツマイモの栽培品種で比較的多量のカロテノイド色素を含み『カロテンいも』と別称されている”紅隼人”を材料として…」,「1988年5月に九州農業試験場より供試を受けたサツマイモの一品種である”紅隼人”を用いた。」と記載されている(甲21)。

(イ) 1992年(平成4年)3月8日「日本経済新聞」

「薩摩きんつば,磯庭園でもヒット,原料足りぬ,うれしい悲鳴」の中に,「サツマ芋を使った和菓子『薩摩きんつば』が,伊勢丹本店(東京・新宿)に続き,鹿児島市の観光名所・磯庭園でも大ヒット商品となっている。」,「薩摩きんつばは,…種子島紫,紅隼人,紅さつまという三品種のサツマ芋を小麦の焼き皮で包んだ和菓子。」と記載されている(甲22)。

(ウ) 1992年(平成4年)7月23日「日経流通新聞」

「薩摩藩本店サツマ芋菓子を旧藩の別邸で」の中に,「『薩摩きんつばの人気が高い』…この商品は,種子島や薩摩半島南部など限られた地域で委託生産した珍品種の種子島紫のほか,紅隼人(はやと),紅さつまと言う三品種の青果用サツマ芋を素材とした和菓子。」と記載されている(甲23)。

(エ) 1995年(平成7年)3月13日「南日本新聞」

「かごしまトップの転機料理にからいも生かす」の中に,「料理に使うのは『紅はやと』『さつまひかり』『山川むらさき』という色の違う三種。…市内のサツマイモ農家五軒と契約した。カロチンを豊富に含む紅はやとを一定量引き受け,健康イモとして販路に乗せる。」と記載されている(甲18)。

(オ) 1995年(平成7年)10月6日「日経産業新聞」

「関西ルナ 温めてもおいしい 和風デザート2種類発売」の中に,「…和風デザート二種類を発売した。鹿児島県特産のさつまいもを使い,味だけでなく紫や黄色の色も楽しめる。…新製品は『さつまいも山川紫』と『同紅隼人』で,…」と記載されている(甲24)。

(カ) 1995年(平成7年)11月15日「南日本新聞」

「食品の新作土産品を対象にした観光土産品コンクール…の菓子部門優秀賞の『トリコロール屋久島』は紅隼人,屋久島幸吉いも,種子島紫の三種類のサツマイモでつくった羊羹(ようかん)で,一本で三種類の味が楽しめる。」と記載されている(甲25)。

(キ) 1996年(平成8年)10月19日「日経流通新聞」

「イモ入りウインナ」の中に,「芋の品種によって三種類。…『山川むらさきいも』の紫色,『紅隼人(べにはやと)』のオレンジ色,『こうけい十四号』のクリーム色と見た目にも鮮やか。」と記載されている(甲26)。

(ク) 1997年(平成9年)10月20日「経済広報センターカード(第936号)」

「暮らしくらしクラシ さつまいも」の中に,「最近人気の品種は紅あずまと,ビタミンAが普通のさつまいもの20倍もあるといわれる紅隼人」と記載されている(甲27)。

(ケ) 以上のほか,インターネット上の各ウェブサイトのホームページでも,さつまいもの品種「ベニハヤト」は,「紅隼人」とも表記して掲載されている。

a さつまいも粉を使った生地にコガネセン,紅隼人,紫いも3種の蜜煮をトッピングし焼き上げた丸ボーロです(甲28)。

b 本場かごしまの種子島紫・黄金・紅隼人を使用した植物繊維を多く含む体にやさしい唐芋ようかんです(甲29)。

c おすすめは,フレッシュ焼きいもようかんで,紅ことふくき芋,種子島紫芋,紅隼人芋の3種(甲30)。

d オレンジ色のさつまいも,紅隼人いも(甲31)。

e 種子島紫,幸吉いも,紅隼人の3種類のさつまいもが味わえて,紫,黄,オレンジ3色のコントラストが美しいデザート(甲32)。

f サイコロみたいな3色の芋なっとう。高系(黄),種子島紫(紫),紅隼人(べにはやと,オレンジ)という3種類の芋を使っている(甲33)。

g [紅さつま][紅隼人]焼いてよし,煮てよし,料理によし(甲34)

エ さつまいも自体又はさつまいもの品種「ベニハヤト(紅隼人,紅ハヤト,紅はやと)」が,料理の食材,加工食品特に菓子類等の原材料に使用されているとして,次のような内容の紹介記事が新聞,雑誌等に掲載された。

(ア) さつまいもの品種「ベニハヤト(紅隼人,紅ハヤト,紅はやと)」が料理の食材,加工食品特に菓子類等の原材料として使用される旨記載されている(甲9,11,14,15,17~19,22~26)。

(イ) 鹿児島県広報誌「グラフかごしま1990年3月号」に,「さつまいもを使ったヘルシー食品,新しいおいしさが広がります」と記載されている(甲36)。

(ウ) 鹿児島県広報誌「グラフかごしま1997年3月号」に「アングル全国さつまいも食品コンクール初開催」として,そのコンクール受賞作品等が掲載された(甲37)。

(エ) 平成8年1月鹿児島県農政部流通園芸課発行「さつまいも食品コンクール作品集」に,「昭和62年度から『さつまいも食品コンクール』を開催しております。…これまで9回行われ,…」と記載され,さつまいも食品コンクールの平成7年度の入賞作品とそれまでの入賞作品の中から好評を得ている作品が掲載された(甲38)。

(オ) ようかん,水羊羹,ケーキ,クッキーなどの菓子が,原料,原材料等の表示として「唐芋(紅はやと)」,「紅隼人芋」,「紅隼人いも」,「紅はやと」「ベニハヤト芋」などとその包装箱等に表示された(甲39~45)。

オ さつまいも自体又はさつまいもの品種「ベニハヤト(紅隼人,紅ハヤト,紅はやと)」が,アイスクリームの原材料に使用されているとして,次のような内容の紹介記事が新聞,書籍等に掲載された。

(ア) 昭和47年4月25日株式会社光琳書院発行「アイスクリーム・ハンドブック」

「フレーバーによる種類」として「さつまいも」が挙げられている(甲46)。

(イ) 昭和62年(1987年)12月20日「日本経済新聞」

「イモづくり付けたい競争力」の中に,「…『ベニハヤト』という品種ができ,ニンジンと同じくらいビタミンAがあるので,学校給食関係でかなり引き合いが増えてきている。それと,『山川紫』という品種からはアイスクリーム,シャーベット,パイ,洋菓子,和菓子が作れる。」と記載されている(甲47)。

(ウ) 1989年(平成元年)9月1日「南日本新聞」

「ゴールドマッシュはカンショをふかしてすりつぶし,乾燥して,せんべいようの破片(フレーク)や粉状(グラニコール)にしたもの。普通の菓子のほか,アイスクリームやシャーベットなどの原料にもなる。」と記載されている(甲48)。

(エ) 1991年(平成3年)9月9日「朝日新聞」

「サツマイモが表舞台に見直されるヘルシー食品」の中に,「上品なオレンジ色でビタミンAにかわるカロチン含有量がニンジン並みというべニハヤト,全体に鮮やかな紫色でその色素を抽出しシャーベットやアイスクリームに使われる山川紫などだ。」と記載されている(甲49)。

(オ) 鹿児島県広報誌「グラフかごしま1993年2月号」

「さつまいものイメージが変わります。」の中に,「きんつばやアイスクリーム」と記載されている(甲50)。

(カ) 1994年(平成6年)11月29日「日経産業新聞」

「サツマイモ復権パイでケーキでアイスクリームで」の中に,「イモようかん,スイートポテトアップルパイ,アイスクリーム…。さつまいもを使った菓子の人気が急上昇している。」,「浅草・雷門の近く,駒形二丁目にある『おいもやさん』には女子高生からお年寄りまでが『さつまいも菓子』を買い求めに来る。さつまいもアイスクリーム,パイ,スイートポテトに加え,昔ながらの大学いもの量り売りが人気商品だ。」と記載されている(甲51)。

(キ) 1995年(平成7年)3月19日「南日本新聞」

「増えるサツマイモ加工品」の中に,「鹿児島の代表的特産物サツマイモ。かつて,その加工品といえば焼酎と菓子類が中心だった。最近はアイスクリーム,ウインナー,めん類なども登場。」と記載されている(甲52)。

(ク) 平成8年4月30日株式会社光琳発行「アイスクリームの製造」

「フレーバーによるアイスクリーム類の種類」として「さつまいも」が挙げられている(甲53)。

(ケ) 平成8年10月29日社団法人日本アイスクリーム協会発行「アイスクリーム図鑑」

「和風素材のアイスクリーム」の中に,「さつまいものアイスクリーム」と記載されている(甲54)。

(コ) 1998年12月20日社団法人農山漁村文化協会発行「食品加工シリーズアイスクリーム」

「いま,アイスクリームが大人気」の中に「サツマイモ」が記載されている(甲55)。

(サ) 昭和61年7月31日農林水産省九州農業試験場企画調整部発行「九州農業試験場ニュース NO34」の「カンショ新品種『ベニハヤト』の特性を生かした料理」の中に「アイスクリーム」が挙げられている(甲56)。

(シ) 昭和62年(1987年)1月25日「日本経済新聞」

「サツマ芋でペースト食品」の中に,「サツマ芋の新品種べニハヤトを原料としたペースト食品『カリビアン・ペースト』…ババロア,クッキー,アイスクリームなどの菓子類やグラタンの材料としても利用できる。」と記載されている(甲57)。

(ス) 昭和63年(1988年4月6日「日本経済新聞」

「サツマイモにはアイスがにあう」の中に,「サツマイモアイスクリームはいかが…サツマイモの新品種べニハヤトを原料に使ったアイスクリーム…」と記載されている(甲58)。

(セ) 昭和63年(1988年)4月6日「南日本新聞」

「サツマイモのアイスクリーム業務向けから商品化鹿児島上島伽緋」の中に,「ベニハヤト(サツマイモの新品種)を原料とするアイスクリームを,同社系列の喫茶店,レストランなどで販売すると発表した。」と記載されている(甲59)。

(ソ) 昭和63年(1988年)4月7日「日経産業新聞」

「さつまいもアイスカリビアン流通,全国販売」の中に,「サツマイモの新品種べニハヤトを原料に使ったアイスクリーム…」と記載されている(甲60)。

(タ) 平成元年3月鹿児島農林統計協会発行「さつまいも現状と課題」

「さつまいも加工食品」に掲載されている写真に「『ベニハヤト』のアイスクリーム」と記載されている(甲61)。

(チ) 1989年(平成元年)6月22日「日本経済新聞(夕刊)」

「サツマ芋&サツマ芋調理法など紹介」の中に,「シャーベットやアイスクリームのペーストに使えるべニハヤト…」と記載されている(甲62)。

(ツ) 1992年(平成4年)6月8日「読売新聞(夕刊)」

「川越名物がおしゃれに変身大人気イモアイス」の中に,「『イモアイス』が人気を集めています。…意外な好評に市販も始めたら,大手アイスクリーム・メーカーまで目をつけて,よく似たアイスを売り出したほどです。元祖花村さんのオリジナルは紅高系,紅ハヤト,山川紫の三つの異なったイモから製造する黄色,オレンジ,薄紫色の三種類。」と記載されている(甲63)。

(テ) 1994年(平成6年)7月31日「南日本新聞」

「喜入町…サツマイモのべニハヤト種から採取されるカリビアンペーストを利用したアイスクリーム・シャーベット,お菓子なども新しい特産品として好評です。」と記載されている(甲64)。

(ト) 1996年(平成8年)3月2日「朝日新聞(夕刊)」

「味ごころ旅ごころ鹿児島サツマイモ料理」の中に,「アイスクリームには『山川紫』『ベニハヤト』など色鮮やかな品種を使う。『豊富なビタミンと低脂肪』が受けて,女性の支持を集める。」と記載されている(甲65)。

カ 以上,認定した事実によれば,さつまいも(かんしょ)の新品種として昭和61年11月21日に種苗法に基づき品種登録された「ベニハヤト」は,多量のカロチンを含む品種として注目され,「紅隼人」,「紅ハヤト」あるいは「紅はやと」とも記載されて新聞,雑誌等で紹介されている。

また,上記「ベニハヤト」は,きんつば,羊羹などの和菓子,クッキー,ケーキパイ,アイスクリーム,シャーベットなどの洋菓子の原材料として利用されているというべきである。

そして,食品関連の商品の取引者,需要者の間においては,少なくとも「ベニハヤト」及び「紅隼人」の語は,さつまいもの品種の名称であると認識されていると認めるのが相当であり,かつ,上記「ベニハヤト」は「アイスクリーム」の原材料として利用されている事実も取引者,需要者の間に認識されているというべきである。

そうすると,本件商標の「紅隼人」は,本件商標をその指定商品中,「ベニハヤトを使用したアイスクリーム」に使用した場合,これに接する取引者,需要者は,商品の原材料,品質を表示したものと理解し,商品の識別標識とは認識しないものと判断するのが相当である。

また,上記以外のアイスクリームに使用したときは,商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものといわなければならない。」

(2)  被請求人(原告)の主張について

「被請求人は,本件商標「紅隼人」を付したアイスクリームを数多く販売し,広く一般需要者に知られていると述べる。

しかしながら,「紅隼人」の文字が商品アイスクリームに使用された場合,これに接する取引者,需要者は「紅隼人」の文字を商標と認識するというよりは,アイスクリームの原材料,品質を表示したものと認識するに止まるというべきであること前述のとおりである。しかも,被請求人の提出に係る証拠には,「紅隼人」の文字を付した商品アイスクリームについて,広告宣伝をどの程度の期間,どの程度の回数,どのような媒体を用いて行ったかなど,広告宣伝の実情を示すものはなく,また,販売に関しても,販売数がどの程度あって,どの程度の売上があつたのかなど,販売実績を示すものもない。そうすると,提出された証拠では,被請求人が「紅隼人」の文字を付した商品アイスクリームを販売した事実を伺い知る程度のものといわざるを得ないから,本件商標の登録査定の時に,「紅隼人」の文字からなる商標は,被請求人の業務に係る商品アイスクリームを表示するものとして需要者の間に広く認識され,需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる商標に至っていたものとは到底判断することができない。したがって,被請求人の主張は上記判断を左右するものではない。」

(3)  結論

「してみれば,本件商標は,商標法3条1項3号及び同16号(判決注:4条1項16号の誤りと認める。)の規定に違反して登録されたものであるから,同法46条1項の規定により,その登録を無効にすべきものである。」

第3原告の主張の要点

原告の主張は詳細多岐にわたるが,その要点を抜き出すと,以下のとおりである。

1  取消事由(商標法3条1項3号及び4条1項16号該当性の判断の誤り)

(1)  種苗法と商標法は独立した制度であり,種苗登録されていても,商標登録が無効になるものではない。種苗法4条1項は「出願品種の種苗に係る登録商標又は当該種苗と類似の商品に係る登録商標と同一又は類似のものであるとき」(2号),「出願品種の種苗又は当該種苗と類似の商品に関する役務に係る登録商標と同一又は類似のものであるとき」(3号)は,品種登録は受けることができないと定める。「紅隼人」に関する商標(「紅隼人」を縦書きし,その下に「べにはやと」と横書きしたもの。権利者は「日本酒類販売株式会社」。甲3の1)の商標出願は,種苗法に基づく「ベニハヤト」の品種登録(昭和61年11月21日)より先に行われており,「ベニハヤト」という名称は,登録商標と同一又は類似であるから,その品種登録は無効とされるべきである。無効にされるべき登録品種に基づいて本件商標を無効にすることはできないはずである。

(2)  被告は,本件商標を,ベニハヤトを原料に加えていないアイスクリームに使用すると,商標法4条1項16号に違反すると主張するが,商品の品質の誤認が生ずるおそれが大きいのではなく,消費者が誤認してはならないのであって,そのためにアイスクリーム商品に工業標準化法(JIS法)で規定された商品名,原材料名,内容量,販売者名(製造者名),所在地を記載することが求められているのである。また,本件商標の指定商品は「アイスクリーム」であって,野菜とは明確に分類されている。

2  結論

以上によれば,本件商標が商標法3条1項3号及び4条1項16号の規定に違反して登録されたものであるとの審決の判断は,誤りである。

第4  被告の主張の要点

1  取消事由(商標法3条1項3号及び4条1項16号該当性の判断の誤り)に対して

昭和61年11月21日に品種登録された「かんしょ」の新種である「ベニハヤト」は,「紅隼人」とも表記され,さつまいもの一種である。このことは,本願商標の出願前から,少なくとも原告が居住する鹿児島県下においてはよく知られている。本件商標の指定商品「アイスクリーム」には,その原料の一つとしてさつまいもを使用したものがあり,ベニハヤトもアイスクリームの原材料の一つとして使用されているのであるから,本件商標がアイスクリームに付された場合,取引者,需要者は,「紅隼人」の文字はそのアイスクリームの原材料の一つを表し,さつまいもの一種であるベニハヤトを原材料の一つに加えたものであると認識するにすぎない。したがって,本件商標は,商標法3条1項3号に該当する。

また,本件商標がベニハヤトを原材料に加えていないアイスクリームに使用された場合は,取引者,需要者は,そのアイスクリームはさつまいもの一種であるベニハヤトを原材料の一つに加えたものであると誤認するおそれが大きいのであるから,商標法4条1項16号に該当する。

2  結論

以上のとおり,審決の認定及び判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由(商標法3条1項3号及び4条1項16号該当性の判断の誤り)について

(1)  商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは,このような商標は,取引に際し必要適切な表示として何人もその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのは公益上適当でないとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他商品識別力を欠くものであることによるものと解される(最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決・裁判集民事126号507頁,判例時報927号233頁参照。)。この趣旨に照らせば,本件審決時において,当該商標が指定商品の原材料又は品質を表すものと取引者,需要者に広く認識されている場合はもとより,将来を含め,取引者,需要者にその商品の原材料又は品質を表すものと認識される可能性があり,これを特定人に独占使用させることが公益上適当でないと判断されるときには,その商標は,同号に該当するものと解するのが相当である。

(2)  そこで,本件について検討すると,審決が挙げる証拠(乙3,4,7~9,11~15,17~19,21~34,36~65)には,審決が引用した記載が存在すると認められるところ,これらの記載によれば,①さつまいも(かんしょ)の新品種ベニハヤトは,種苗法に基づき「ベニハヤト」との名称で昭和61年11月21日に品種登録され,官報により告示されたこと,②ベニハヤトは,多量のカロチンを含む色鮮やかなオレンジ色をしたさつまいもの新品種であり,広い用途に利用可能なものとして注目され,昭和62年ころから,新聞,雑誌上で広く紹介されるようになったこと,③ベニハヤトは,新聞,雑誌,ホームページ等において,登録された名称の「ベニハヤト」のほか,「紅隼人」「紅ハヤト」「紅はやと」などとも表記されていること,④新聞,雑誌等により,ベニハヤトや他のさつまいもが菓子類等(アイスクリーム,ようかん,水羊羹,ケーキ,クッキーなど)の原材料に適していることが度々紹介され,また,実際に,ベニハヤトや他のさつまいもを原材料として用いたアイスクリームやその他の菓子類が販売されていることの各事実が認められる。

(3)  上記認定事実によれば,本件審決時において,本件商標に係る「紅隼人」がさつまいもの品種であるベニハヤトを意味することは,取引者,需要者に広く知られており,また,ベニハヤトを和菓子類やアイスクリームの原材料として利用することができ,あるいは実際に利用されていることも同様に広く知られていたものと認められる。そうすると,「紅隼人」との文字からなる本件商標を,その指定商品中「ベニハヤトを使用したアイスクリーム」に使用した場合,これに接する取引者,需要者は,商品の原材料,品質を表示したものと理解して,自他商品を識別標識とは認識しないものというべきであり,他方,ベニハヤトを使用したアイスクリーム以外のアイスクリームに本件商標を使用したときは,商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものということができる。

したがって,本件商標は,商標法3条1項3号及び4条1項16号の規定に違反して登録されたものであるとの審決の判断に誤りがあるということはできない。

(4)  これに対し,原告は,種苗法と商標法は独立した制度であり,品種登録されていても,商標登録が無効になるものではなく,また,種苗法に基づく「ベニハヤト」の品種登録は無効にされるべきであると主張する。

しかしながら,審決がベニハヤトの品種登録について認定をしたのは,ベニハヤトがさつまいもの新品種の一つであり,取引者,需要者にそのことが広く知られていたことを基礎付けるためであり,ベニハヤトが種苗法に基づいて品種登録されていることから,本件商標登録を無効としたものではない。また,原告がベニハヤトの品種登録が無効である根拠として挙げる商標(甲3の1)は,その登録日がベニハヤトの品種登録よりも後の昭和63年3月であるから,同品種登録を無効とする根拠となるものではなく,仮に,原告の主張するとおりベニハヤトの品種登録自体が無効であるとしても,「ベニハヤト」がさつまいもの一品種であり,昭和62年ころから雑誌や新聞で紹介され,取引者,需要者に広く知られるようになったとの認定を左右するものではない。

原告は,アイスクリーム商品に工業標準化法(JIS法)で規定された商品名,原材料名,内容量,販売者名(製造者名),所在地を記載することにより,消費者が商品の品質を誤認しないようにするべきであると主張するが,同法上の表示義務と商標法の登録要件は異なる趣旨,目的に基づくものである。前記のとおり,「紅隼人」を和菓子類やアイスクリームの原材料として利用することができ,あるいは実際に利用されていることが取引者,需要者に広く知られていたと認められる以上,本件商標を,「ベニハヤト」を使用したアイスクリームに使用した場合,取引者,需要者は,商品の原材料,品質を表示したものと理解して,自他商品を識別する標識とは認識しないというべきである。

原告は,本件商標の指定商品である「アイスクリーム」は,野菜の一種であるベニハヤトとは区別し得るとも主張するが,ベニハヤトやその他のさつまいもがアイスクリームの原料として用いることができ,また実際に用いられていることは前記判示のとおりであり,ベニハヤト自体が野菜であることは,本件登録商標が商標法3条1項3号及び4条1項16号に該当することを否定する事情とはならない。

2  結論

以上のとおり,原告の主張には理由がない。

なお,原告は,上記主張と関連して,又はこれと別に詳細な主張(弁論終結後に提出された準備書面における主張を含む。)をしているが,これらの主張に照らして審決の認定判断を検討しても,審決にこれを取り消すべき誤りは認められない。 よって,原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 石原直樹 裁判官 佐藤達文)

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