知財高等裁判所 平成18年(行ケ)10316号 判決 2007年12月26日
原告
出光興産株式会社
訴訟代理人弁理士
大谷保
同
東平正道
同
塚脇正博
同
平澤賢一
被告
昭和シェル石油株式会社
訴訟代理人弁護士
牧野利秋
同
島田康男
同
鈴木修
同
那須健人
同
横井康真
訴訟代理人弁理士
友松英爾
同
野矢宏彰
同
松本謙
同
平山晃二
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2005-80074号事件について平成18年5月29日にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「ガソリンエンジン用燃料油」とする特許第3161256号の特許(平成6年11月29日出願〔優先権主張:平成5年11月30日,日本〕,平成13年2月23日設定登録。請求項の数は1である。)の特許権者である。
上記特許に対し,特許異議の申立て(異議2001-72969号事件)がされ,その審理の過程において,原告は,平成14年3月11日,上記特許に係る明細書(特許請求の範囲の記載を含む。)を訂正する請求をした(以下,この訂正後の特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成14年5月22日,「訂正を認める。特許第3161256号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をした。原告が,上記決定の取消しを求めて東京高等裁判所に提訴したところ(同庁平成14年(行ケ)第363号),同裁判所は,平成16年5月31日,「特許庁が異議2001-72969号事件について平成14年5月22日にした決定を取り消す。」との判決をした。上記判決の確定を受けて,特許庁は,平成16年6月30日,「訂正認める。特許第3161256号の請求項1に係る特許を維持する。」との決定をし,この決定は,同年7月26日,確定した。
被告は,平成17年3月10日,本件特許を無効とすることについて審判を請求した。特許庁は,上記請求を無効2005-80074号事件として審理した結果,平成18年5月29日,「特許第3161256号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「審決」という。)をし,同年6月8日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明」といい,本件発明の下記(1)ないし(5)の構成をそれぞれ「要件(1)」ないし「要件(5)」という。)。
「(1) 沸点25℃未満の留分が3~10容量%,沸点25℃以上75℃未満の留分が35~50容量%,沸点75℃以上125℃未満の留分が25~40容量%,沸点125℃以上175℃未満の留分が10~30容量%及び沸点175℃以上の留分が5容量%以下であること,(2)上記各留分のリサーチ法オクタン価が70以上であること,(3)式(I)
Y=1.07BZ+0.12TO+0.11EB+0.05XY+0.03C9+A+0.005〔100-(BZ+TO+EB+XY+C9+A)〕 ・・・(I)
〔式中,BZはベンゼン含有量,TOはトルエン含有量,EBはエチルべンゼン含有量,XYはキシレン含有量,C9+Aは炭素数9以上の芳香族分含有量(いずれも燃料油中の含有量で容量%)を示す。〕
で表される排気ガス指数Yが5以下であること,(4)ベンゼン含有量が1容量%以下で,硫黄分が40ppm以下,かつ含酸素化合物含有量が0容量%であること,及び(5)リサーチ法オクタン価が89~92であることを特徴とするガソリンエンジン用燃料油。」
3 審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明は,本件特許の優先日(以下「本件優先日」という。)前に頒布された下記①ないし⑩の刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明についての特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号の規定により無効とすべきである,というものである。
① 石原健二,山下忠孝,「自動車ガソリンの性状と組成」,東洋大学工学部研究報告,25号,1990年7月31日,103頁~114頁(甲1。以下「引用例」といい,引用例において,「1-1R」ないし「1-5R」の符号が付された各レギュラーガソリンを,当該符号に対応して,「1-1Rガソリン」などという。)
② 「新石油事典」,石油学会編,朝倉書店,1982年11月20日,536頁(甲3)
③ William F. Marshall and M. Daniel Gurney,「Effect of Gasoline Composition on Emissions of Aromatic Hydrocarbons」, SAE Technica1 Paper Series 892076, 1989年9月25日~28日,1頁~10頁(甲9)
④ 「昭和61年度自工会受託研究報告書 市販自動車用燃料の性状調査試験」,昭和62年9月,財団法人日本自動車研究所(甲12)
⑤ 「MTBEの自動車ガソリンへの混入について」,通商産業省通達 3資油部第46号,平成3年8月12日(甲15)
⑥ 岡村文治,「最近のガソリン製造プロセス」,配管技術,1992年8月,61頁~66頁(甲16)
⑦ 松本英之,「石油精製関連触媒 接触改質触媒」,PETROTECH,8巻,5号,石油学会,1985年,86頁~88頁(甲19)
⑧ G.P.HULING,他,「Feed-sulfur distribution in FCC product」, THE OIL AND GAS JOURNAL, 1975年5月19日,73頁~79頁(甲20)
⑨ Jack D. Benson,他, 「Effects of Gasoline Sulfur Level on Mass Exhaust Emissions‐Auto/oi1 Air Quality Improvement Research Program」, SAE Technical Paper Series 912323,1991年10月7日~10日,1頁~14頁(甲28)
⑩ A1an R.Goe1zer,他,「Refiners have several options for reducing gaso1ine benzene」, Oi1 Gas Journal, 1993年9月13日,63頁~69頁(甲31)
審決は,上記結論を導くに当たり,引用例記載の1-1Rガソリンに係る発明(以下「引用発明」という。)の内容及び本件発明と引用発明との一致点・相違点を次のとおり認定した。
(引用発明の内容)
「(1) 沸点25℃未満の留分が6.7~6.8容量%,沸点25℃以上75℃未満の留分が40.3~42.8容量%,沸点75℃以上125℃未満の留分が30.5~33.2容量%,沸点125℃以上175℃未満の留分が16.4~16.7容量%及び沸点175℃以上の留分が3.1~3.3容量%であり,
(2) 上記各留分のリサーチ法オクタン価が76.5以上であり,
(3) 式(I)
Y=1.07BZ+0.12TO+0.11EB+0.05XY+0.03C9+A+0.005〔100-(BZ+TO+EB+XY+C9+A)〕 ・・・(I)
〔式中,BZはベンゼン含有量,TOはトルエン含有量,EBはエチルべンゼン含有量,XYはキシレン含有量,C9+Aは炭素数9以上の芳香族分含有量(いずれも燃料油中の含有量で容量%)を示す。〕で表される排気ガス指数Yが5.2~5.3であり,
(4) ベンゼン含有量が2.51~2.54容量%であり,
及び(5)リサーチ法オクタン価が91.9であるガソリンエンジン用燃料油。」(審決書17頁6行~22行)
(一致点)
「(1) 沸点25℃未満の留分が6.7~6.8容量%,沸点25℃以上75℃未満の留分が40.3~42.8容量%,沸点75℃以上125℃未満の留分が30.5~33.2容量%,沸点125℃以上175℃未満の留分が16.4~16.7容量%及び沸点175℃以上の留分が3.1~3.3容量%であり(要件(1)),
(2) 上記各留分のリサーチ法オクタン価が76.5以上であり(要件(2)),
及び
(5) リサーチ法オクタン価が91.9である(要件(5)),
ガソリンエンジン用燃料油である点」(審決書17頁26行~34行)
(相違点)
「(A) 本件発明では,燃料油中の含酸素化合物含有量が0容量%であるのに対して,引用発明では,含酸素化合物の含有量について記載がない点,
(B) 本件発明では,燃料油中の硫黄分が40ppm以下であるのに対して,引用発明では,硫黄分の含有量について記載がない点,
(C) 本件発明では,燃料油中のベンゼン含有量が1.0容量%以下であるのに対して,引用発明では,ベンゼン含有量が2.51~2.54容量%である点,
(D) 次式(I)
Y=1.07BZ+0.12TO+0.11EB+0.05XY+0.03C9+A+0.005〔100-(BZ+TO+EB+XY+C9+A)〕 ・・・(I)
〔式中,BZはベンゼン含有量,TOはトルエン含有量,EBはエチルべンゼン含有量,XYはキシレン含有量,C9+Aは炭素数9以上の芳香族分含有量(いずれも燃料油中の含有量で容量%)を示す。〕で表される排気ガス指数Yが,本件発明では5以下であるのに対して,引用発明では5.2~5.3である点」(審決書17頁35行~18頁15行)
第3取消事由に係る原告の主張
審決は,以下のとおり,本件発明の容易想到性の判断を誤った違法があるから,取り消されるべきである。なお,審決における引用発明の内容及び本件発明と引用発明との一致点・相違点の各認定はいずれも認める。
1 引用発明の公知発明としての適格性
引用発明は,次のとおり,進歩性を否定するための公知発明としての適格性を欠くから,当業者が引用発明に基づいて本件発明に想到することは困難である。
(1) 引用発明に係る1-1Rガソリンの製造の困難性
一般に,ガソリンエンジン用燃料油(以下,単に「ガソリン」という。)は,複数のガソリン基材を配合して製造されるものであり,成分組成の情報のみに基づいて当該組成のガソリンを製造しようとすれば,ガソリン基材を選定しその配合割合を検討するため,多大な試行錯誤が必要となるから,成分組成の情報があっても,どのようなガソリン基材をどのような割合で配合したものかが明らかでなければ,当業者といえども当該組成のガソリンを製造することは困難である。
引用例には,引用発明に係る1-1Rガソリンの成分組成が記載されているものの,その製造方法の記載がないから,当業者といえどもこれを容易に製造することはできない。1-1Rガソリンを製造することが困難である以上,これを出発点として本件発明に想到することは極めて困難であるから,引用発明は進歩性を否定するための公知発明としての適格性を欠くというべきである。
(2) 被告の主張に対し
ア 被告は,審決が引用例記載の1-1Rガソリンないし1-5Rガソリンの背景にあるレギュラーガソリンの技術水準を念頭に,上記ガソリンの中でも本件発明と数値的に類似している1-1Rガソリンを引用発明とし,これと他の刊行物(甲3,9,12,15,16,19,20,28及び31)記載の発明に基づいて,本件発明が容易に想到できたと結論付けたものである旨主張する。
しかし,被告の上記主張は,審決に基づかないものであり,失当である。
審決は,ガソリン基材の配合を変更するという観点から,本件発明と引用発明との相違点を判断したものであって,レギュラーガソリンの技術水準を念頭にしたとか,同技術水準に基づいて判断したなどとは記載していない。
イ 被告は,本件発明及び引用発明に係る1-1Rガソリンはいずれもレギュラーガソリンであって,特段の事由がない限り,その製造の困難性に相違はないとして,成分組成の情報があってもどのようなガソリン基材をどのような割合で配合したものかが明らかでなければ,当業者といえども当該組成のガソリンを製造することは困難であるという原告の主張によれば,ガソリン基材の選定及び配合割合の決定が容易ではないということになり,引用発明に限らず,本件発明や本件明細書記載の比較例1を含め,ガソリン一般の製造が困難であることになる旨主張する。
しかし,原告は,引用発明に係る1-1Rガソリンの基材組成が不明であるため,当業者といえどもその製造には多大な試行錯誤を要することを指摘したものであって,ガソリン一般の製造が困難であるなどとは主張していない。
なお,本件発明については,本件明細書記載の実施例において基材組成が明らかにされており,比較例1も同様であるから,当業者は,本件明細書を参照することにより,本件発明や比較例1を製造することができる。
ウ 被告は,改質ガソリン(本件明細書記載の基材A),FCCガソリン(同基材C)及び軽質ナフサ(原告の作成に係る平成17年10月6日付け口頭審理陳述要領書〔乙3〕記載の基材)を甲16記載の混合割合の範囲で混合して得られると被告が主張する4種類のガソリン(通常の配合割合において,①改質ガソリン及び軽質ナフサを最大にしたもの〔以下「ガソリンa」という。〕,②改質ガソリンを最大に,軽質ナフサを最小にしたもの〔以下「ガソリンb」という。〕,③FCCガソリン及び軽質ナフサを最大にしたもの〔以下「ガソリンc」という。〕,④FCCガソリンを最大に,軽質ナフサを最小にしたもの〔以下「ガソリンd」という。〕)の性状(計算値)を,本件発明及び引用発明に係る1-1Rガソリンと比較し,ガソリンcは,本件発明とはベンゼン含有量とY値が異なるのみであり,1-1Rガソリンと同等のものであるから,1-1Rガソリンは従来より知られていたガソリン基材及びその配合割合から容易に製造できる旨主張する。
しかし,ガソリンcと引用発明に係る1-1Rガソリンとは,成分組成,蒸留性状,各留分のリサーチ法オクタン価,芳香族分,Y値の全てにおいて異なっており,同等の値とはいえない。また,ガソリンa,b及びdも,1-1Rガソリンの数値範囲は一致しない。したがって,被告の上記主張は上記3基材を通常の混合割合の範囲で混合しても,1-1Rガソリンを得ることはできず,ガソリンの成分組成の情報から当該組成を満足するようなガソリン基材及びその配合割合を見い出すことが困難であることを示すものである。
2 相違点(B)の判断の誤り
審決は,相違点(B)の判断に際し,硫黄分が多い「FCCガソリンは,ガソリン基材としては,製品ガソリンに最大50%程度配合されるものであって……,FCCガソリン以外のガソリン基材については,硫黄分をほとんど含ませないことができるから,1-1Rガソリンに配合するガソリン基材として」甲20記載の「硫黄分を51~67ppm程度に脱硫したFCCガソリンを用いることによって,製品ガソリン中の硫黄分を40ppm以下とすることができる」(審決書19頁19行~24行)旨認定判断した。
しかし,以下のとおり,審決の上記認定判断は,FCCガソリンの置換によるリサーチ法オクタン価の変動(低下)についての考察を欠くものであって,誤りである。
(1) FCCガソリンの脱硫によるオクタン価の低下について
一般に,FCCガソリンの脱硫率を90%以上に高めていくとオクタン価の低下が著しくなることが知られているところ(甲45),甲20記載のFCCガソリンは約95%の脱硫率であるから,脱硫によるFCCガソリンのリサーチ法オクタン価の低下は約5と推測される(甲45の図1)。
一方,引用例には硫黄分含有量について記載がなく,引用発明に係る1-1RガソリンがどのようなFCCガソリンをどういう割合で配合したものかは不明であるが,リサーチ法オクタン価は91.0(実測値)と記載されている。
そうすると,1-1Rガソリンにおいて,これに含まれる多量のFCCガソリン(甲16記載のFCCガソリンの配合割合(最大50%程度)は一つの予測にすぎない。)をオクタン価が低い低硫黄分の脱硫FCCガソリンですべて置き換えれば,そのリサーチ法オクタン価は,本件発明における下限である89を下回る可能性は十分にある。
(2) 水素移行反応としての脱硫反応について
FCC(流動接触分解)により,原料である重質油中の硫黄分は,H2S,FCCガソリン,軽油留分,LCO,コーク等に配分されるが,重質油の分解過程で水素が生じ,この水素により,重質油中の硫黄分がH2Sという形で脱硫される(甲20)。
ところで,甲50(「触媒活用大事典」,2004年12月工業調査会)は,FCCプロセスでの反応気孔を示すものであり,「水素移行反応は,接触分解において生じるさまざまな二次反応の中でも重要な反応であり,反応の度合いによってガソリン,LPGの収率,オクタン価などの性状に大きく影響する。」(102頁左欄29~33行),「これらの反応からわかるように,接触分解で生成したガソリン中のオレフィン分子は,水素移行反応によってパラフィン,芳香族に転化し,またパラフィンに転化した炭化水素はオレフィンに比べ安定なため,ガソリンのC3,C4への分解がおこりにくくなる。……水素移行反応を促進する触媒はガソリン中のオレフィン減少によるオクタン価の低下をもたらし,一方ではC3,C4への二次分解が少ないためガソリン選択性は高くなる。」(同頁右欄4行~15行)との記載がある。脱硫反応は水素移行反応であるから,FCCにおいて高度の脱硫のために水素移行反応が促進される場合は,FCCガソリンのオクタン価の低下をもたらすのである。
甲45(NPRA Annual Meeting Paper No.AM-92-21(1992))は,水素による脱硫反応とFCCガソリンのオクタン価の関係を示すものであって,高度の水素化脱硫を行うとオクタン価が急落することが示されている。すなわち,FCCガソリン中の硫黄分濃度は,水素による脱硫の程度と関係があり,甲20のように,硫黄分が51~67ppmとしたFCCガソリンを製造する場合,FCCにおいて水素化脱硫が起こるとともに,結果としてオクタン価が低下したFCCガソリンが得られている可能性が高い。
そうすると,上記の観点からも,1-1Rガソリンにおいて,これに含まれるFCCガソリンをオクタン価が低い低硫黄分の脱硫FCCガソリンですべて置き換えれば,そのリサーチ法オクタン価は,本件発明における下限である89を下回る可能性は十分にある。
3 相違点(C)の判断の誤り
審決は,相違点(C)の判断に際し,甲31には,「リフォーメート中のベンゼン含有量は,一般に,約2.5重量%から8重量%の範囲にあること……,……ベンゼン抽出法により,(他の成分は除去せずに,)リフォーメイトベンゼンの90%以上が自動車ガソリン基材から除去できることが記載され……ているから,同号証には,リフォーメイトからベンゼン含有量が約0.25重量%から0.8重量%以下の混合リフォーメイトが製造できることが記載されているものと認められる。」(審決書20頁15行~26行),「したがって,1-1Rガソリンの基油として,ベンゼン含有量が1.17容量%のFCCガソリンを使用したとしても,混合リフォーメイトとして,リフォーメイトにベンゼン抽出法を適用し,原料となるリフォーメイトからベンゼンのみを除去し,ベンゼン含有量を0.8容量%以下のものとし,さらに,他の基油として,ほとんどベンゼンが含まれていない,軽質ナフサ,異性化ガソリン及びアルキレートを用いることによって,1-1Rガソリンにおいてベンゼン含有量が1.0容量%以下の製品ガソリンを製造することは可能である。」(審決書21頁25行~32行)と認定判断した。
しかし,審決の上記認定判断は,以下のとおり,甲31の図2に示されるベンゼン抽出法に関する「基材全体の芳香族分が1.0-1.5vol%分低減する。」(65頁1欄25行~26行,訳文4頁4行)との記載の解釈を誤ったものであり,これを前提とする相違点(C)の判断も誤りである。
(1) 甲31の記載について
ア 甲31の「基材全体の芳香族分が1.0-1.5vol%分低減する。」(65頁1欄25行~26行,訳文4頁4行)との記載は,図2に示されるベンゼン抽出法の利点の一つに関するものであり,これに引き続き,同抽出法の主な欠点の一つとして,「オクタン価補填が必要になる可能性があること」(65頁1欄39行~40行,訳文4頁11行)との記載があることからすれば,同記載は,製品ガソリン全体としてオクタン価の低下につながる芳香族分の低下が少なくて済むことを利点として記載したものである。すなわち,同記載は,リフォーメイトベンゼンの90%以上を自動車ガソリン基材から除去することが可能であるが,同抽出法では,実際には,「製品ガソリン全体の芳香族分(ベンゼン)を1.0~1.5容量%分低減させる」ことを意味するというべきであって,できるだけオクタン価の低下を避けるという観点から,比較的ベンゼン含有量の低い製品ガソリンにおいては芳香族分(ベンゼン)低減量を1.0容量%程度とし,ベンゼン含有量の高い製品ガソリンにおいても芳香族分(ベンゼン)低減量を最大1.5容量%に抑えるというものと解すべきである。
イ 被告は,上記記載につき相対値基準で解釈し,ベンゼンの低減量と芳香族分の低減量が一致するものではないと主張する。
しかし,上記記載における「1.0-1.5vol%分低減」は絶対値基準で解釈すべきであり,図2に示されるベンゼン抽出法はリフォーメイト中のベンゼンのみを抽出するものであるから,同記載は,その文言どおり,「製品ガソリン全体のベンゼンがもとの値から1.0-1.5容量%分低減する」ことを意味する。ガソリンという製造量が極めて多く,製造量の維持が前提である場合,それを構成する基材及びガソリン量の変更・低減については,その低減分の補充等を考慮せねばならないことから,それらの値を絶対量(絶対値)で把握・考察することが実情に沿ったものというべきである。
(2) 本件発明への適用について
上記を前提として,「2.51~2.54容量%」という,比較的ベンゼン含有量の低いレギュラーガソリンである引用発明に係る1-1Rガソリンに用いられるリフォーメイトに,甲31のベンゼン抽出法を適用すれば,製品ガソリン中のベンゼン含有量が1.0容量%低減されるように適用される結果,得られる製品ガソリン中のベンゼン含有量は「1.51~1.54容量%」となり,本件発明の「1.0容量%以下」には届かない。
4 組合せの動機付けの欠如
本件発明は,低ベンゼン,低硫黄分でありながら良好な運転性能を確保するオクタン価を維持したガソリンエンジン用燃料油を提案するものである。かかる技術思想は,引用例を含め,審決が進歩性判断の基礎とした刊行物のいずれにも記載・示唆されていない。甲28は硫黄分低減について,甲9はベンゼン低減について,それぞれ個々に存在していた一般的な課題ないし認識を記載するものにすぎず,しかも,低ベンゼン化,低硫黄分化はいずれもオクタン価低下を招くものである。
このような技術思想ないし技術課題の記載・示唆のない引用発明と,甲20の低硫黄分FCCガソリン及び甲31のリフォーメイトからのベンゼン抽出法等の各知見は,組合せの動機付けを欠く単なる寄せ集めであり,これらの組合せにより本件発明に到達可能とする審決の論理付けは,誤りである。
第4取消事由に係る被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
1 引用発明の公知発明としての適格性について
(1) 本件発明はガソリンという「物」の発明であるから,本件優先日前の刊行物に「物」である引用発明の構成が記載されている以上,同発明は,進歩性を否定するための公知発明,すなわち特許法29条1項3号にいう「頒布された刊行物に記載された発明」として,十分である。
また,引用例は,本件優先日前である平成元年9月の時点において既に市販されていたガソリンについて,研究報告に必要な成分組成等を記載したものであって,引用発明に係る1-1Rガソリンは上記市販されていたガソリンの一つであるから,引用例にガソリン基材の配合割合等の記載がないからといって,1-1Rガソリンが製造できないとか,架空のガソリンであるなどということにはならない。
したがって,1-1Rガソリンを製造することが困難である旨の原告主張は,審決取消事由とはなり得ない。
(2) 原告は,引用発明に係る1-1Rガソリンの製造が困難である以上,これを出発点として本件発明に想到することは極めて困難であると主張するが,その趣旨が,1-1Rガソリンを出発物質とし,これに手を加えて本件発明を製造(発明)するというものであるとすれば,進歩性判断に際しての本件発明と引用発明との関係を誤認するものである。
引用例記載の1-1Rガソリンないし1-5Rガソリンはいずれも市販のレギュラーガソリンであるところ,審決は,上記ガソリンに更に手を加えて本件発明を発明(製造)することが容易か否かを判断したものではなく,その背景にあるレギュラーガソリンの技術水準を念頭に,上記ガソリンの中でも本件発明と数値的に類似している1-1Rガソリンを引用発明とし,これと他の刊行物(甲3,9,12,15,16,19,20,28及び31)記載の発明に基づいて,本件発明が容易に想到できたと結論付けたものである。1-1Rガソリンないし1-5Rガソリンと同様に,本件発明もレギュラーガソリンであるところ,ガソリンメーカー各社は他社の製造に係る市販のレギュラーガソリンに更に手を加えるのではなく,各自がガソリン基材を選定し,配合割合を決め,JIS規格に適合するレギュラーガソリンを製造しているのであるから,本件発明の進歩性判断に際し,市販のレギュラーガソリンに更に手を加えて本件発明を発明(製造)することを議論するのは,誤りである。
(3) 本件発明及び引用発明に係る1-1Rガソリンはいずれもレギュラーガソリンであって,特段の事由がない限り,その製造の困難性に相違はないところである。仮に,原告の主張するように,成分組成の情報があっても,どのようなガソリン基材をどのような割合で配合したものかが明らかでなければ,当業者といえども当該組成のガソリンを製造することは困難であるというのであれば,ガソリン基材の選定及び配合割合の決定が容易ではないということになり,引用発明に係る1-1Rガソリンばかりでなく,本件発明や本件明細書記載の比較例1を含め,ガソリン一般の製造が困難であることになるはずである。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は本件明細書の記載に反する。
本件明細書の「本発明の燃料油は,上記(1)~(5)の条件を満たすものであればよく,その起源については特に制限はないが,例えば次に示すガソリン基材を用いて,該(1)~(5)の条件を満たすように適宜配合することにより,調製することができる。」(段落【0008】)との記載によれば,本件発明の製造に当たって,その原料の期限には制限がなく,当業者が適宜用意することができるガソリン基材を適宜配合することにより製造できるとされていることが理解できる。そして,本件明細書には,ガソリン基材の一例が示されているだけであるから,当業者は,従来技術において既に達成されていた本件明細書記載の上記(1)~(5)の条件を与えられれば,本件明細書記載のガソリン基材以外の基材によっても,容易に製造することができることが前提とされている。このように,本件明細書では,本件発明の製造が格別困難なものとはされていない。
そして,本件発明の製造が格別困難なものでないというのであれば,引用発明に係る1-1Rガソリンの製造も格別困難なものということはできない。
審決が,引用例記載の1-1Rガソリンないし1-5Rガソリンに示されたレギュラーガソリンの技術水準(引用発明に係る1-1Rガソリンは,レギュラーガソリンの技術水準そのものである。)に基づいて,本件発明が容易に想到できたと結論付けているのは正当であり,このようなレギュラーガソリンの技術水準を念頭に本件発明の進歩性が検討されなければならない。
本件発明が,本件優先日当時の市販のレギュラーガソリン(例えば,引用例記載の1-1Rガソリンないし1-5Rガソリン)と比較して,その性能,品質において格別のものと認められないことは,引用発明に係る1-1Rガソリンと比較したときにもっとも明らかとなるのであり,本件発明も市販のレギュラーガソリンの一つと評価されるべきものであって,当業者であれば,本件優先日当時におけるレギュラーガソリンの技術水準を前提に,一般的要請であった硫黄分及びベンゼンの含有量の低減を目的として,ガソリン製造工程に通常の処理工程を加え,本件発明を得ることは,容易にできたものというべきである。
(4) 引用発明に係る1-1Rガソリンは,以下のとおり,本件優先日当時におけるレギュラーガソリンの技術水準そのものであり,未完成又は実施不能あるいは特別のノウハウなしには製造できないような特段の性状を有するものではなく,また,容易に製造できないものでもない。
ア 従来から,自動車ガソリンとして必要な実用性能は,「JIS K2254」の石油製品-蒸留試験方法で得られた蒸留性状のうち,特に10%点,50%点,90%点などを指標にすることで,基材を適宜選択し,最適な品質に調製できることが周知であった(立木清廣,「自動車ガソリンの性状とその製造技術(2)」,PETROTECH,5巻8号,石油学会,1982年,48頁~53頁〔乙5(審決にいう甲5)〕)ところ,引用発明に係る1-1Rガソリンは,蒸留性状の初留点,10%点,50%点,90%点,終点のいずれにおいても,レギュラーガソリンである「JIS2号ガソリン」の蒸留性状の平均値にほぼ等しく,未完成又は実施不能あるいは特別のノウハウなしには製造できないような特段の蒸留性状を有するものではない。
また,1-1Rガソリンは,オクタン価,芳香族分,オレフィン分,ベンゼン含有量のいずれについても,本件優先日当時市販されているMTBEを含まないレギュラーガソリンの平均的性質(乙1)を有する。
このように,引用発明に係る1-1Rガソリンは,ガソリンの性質を決定する重要な性状(蒸留性状,オクタン価),組成(芳香族分,ベンゼン,オレフィン等)のいずれについても,未完成又は実施不能あるいは特別のノウハウなしには製造できないような特段の性状ないし成分を有するものではない。
イ 引用発明に係る1-1Rガソリンは,次のとおり,容易に製造できるものである。
甲16の「自動車ガソリンは,我が国では主にリフォーメイト・FCCガソリンおよび軽質ナフサを混合基材として製造されている。」(61頁左欄13行~15行)との記載のとおり,ガソリン基材として,改質ガソリン(リフォーメイト),FCCガソリン及び軽質ナフサを選定することは,当然のことであって,何ら困難性はない。
また,上記3つのガソリン基材を甲16記載の範囲(軽質ナフサ10~15%,リフォーメイト30~60%,FCCガソリン20~50%)内で混合することは,通常行われることであって,何ら困難性はない。
そして,改質ガソリン(リフォーメイト)(本件明細書記載の基材A),FCCガソリン(同基材C)及び軽質ナフサ(乙3記載の基材〔ただし,リサーチ法オクタン価は甲16の記載による。〕)を甲16記載の混合割合の範囲で混合して得られるガソリンaないしdの性状(計算値)を,本件発明及び引用発明に係る1-1Rガソリンと比較すると,次頁の表に示されるとおり,ガソリンaないしdは,いずれも本件発明の要件(1)及び(2)を満たすものであり,また,ガソリンcは,本件発明とはベンゼン含有量とY値が異なるのみであって,1-1Rガソリンと同等のものであることが明らかとなった。
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なお,リフォーメート,FCCガソリン,軽質ナフサ等のガソリン基材は原油から製造されるものであるところ(乙6,7),原油が天然由来のものであって,その成分が一定でないことから,ガソリン基材はもとより,蒸留性状やオクタン価を全く同じくするガソリンを再現することはほとんど不可能である。また,前記のとおり,本件発明はJISに規定された蒸留性状と異なるパラメータを用いているところ,かかる通常用いられていないパラメータにより蒸留性状を示したガソリン基材の資料は発見できなかったから,本件発明が用いるパラメータに対応する1-1Rガソリンの蒸留性状と全く同一のガソリンを計算上再現することも困難である。しかし,上記のとおり,通常のガソリン基材を通常の配合割合で混合することによって,1-1Rガソリンと同等のガソリンを製造することは容易であり,数値が完全に一致するガソリンが製造できないことをもって,引用発明を製造することができないということはできない。
2 相違点(B)の判断の誤りについて
原告は,審決における相違点(B)の判断は,FCCガソリンの置換によるリサーチ法オクタン価の変動(低下)についての考察を欠くものであって,誤りであるとし,その根拠として縷々主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張はいずれも失当である。
(1) 原告は,審決において,FCCガソリンは硫黄分が多い旨認定されているかのように主張する。
しかし,審決は,「FCCガソリンは,ガソリン基材としては,製品ガソリンに最大50%程度配合される」と認定しただけで,FCCガソリンは硫黄分が多いとの認定はしていない。
なお,後記(2)のとおり,原料である重油をあらかじめ0.11重量%まで脱硫した後,FCC(流動接触分解法)を経て生成されたFCCガソリンの硫黄分が51~67ppmまで低減されているのであって,FCCガソリンになった段階で多くの硫黄分が含まれているわけではない。
(2) 原告は,FCCガソリンには硫黄分が多く含まれているという誤った前提の下,甲20記載の脱硫FCCガソリンは約95%の脱硫率であるとし,甲45の図1のとおりFCCガソリンの脱硫率を90%以上に高めていくとオクタン価の低下が著しくなるから,甲20記載のようにFCCガソリンを約95%脱硫した場合,本件発明におけるリサーチ法オクタン価の下限である「89」を下回る可能性がある旨主張する。
しかし,次のとおり,原告の上記主張は失当である。
ア 甲20(乙2はその訳文である。)の「硫黄の排出を制御することの現在の重要性は,Gulf Research & Development Co.(GRDC)に,高転化率のライザー式接触分解法の生成物中への硫黄の配分について検討させている。」(73頁左欄1行~6行〔乙2,1頁9行~11行〕),「得られたデータは,高転化レベルでの各種の未処理の原料と水素化処理された原料の分解(cracking)によるSOx(硫黄酸化物)排出量とH2S(硫化水素)収率および液体のFCC生成物の硫黄含有量を示している。」(73頁右欄14行~74頁2行〔乙2,1頁19行~21行〕),「たとえば,未処理のクウエートガスオイルの場合は,原料中の硫黄の47%がH2Sになる。(表6)」(75頁38行~40行〔乙2,3頁10行~11行〕)との記載から明らかなように,甲20は,FCC(流動接触分解)によって原料である重油中の硫黄が,FCCガソリンをはじめとする各FCC生成物中にどのように配分されるかを検証するものである。
そして,甲20の表6には,原料である重油に未処理のクウエートガスオイル(Virgin Kuwait G.O.)を用いた場合と過酷にガルファイニングしたクウエートガスオイル(Severely Gulfined Kuwait G.O.)を用いた場合とが並記され,原料(重油)の硫黄含有量が前者では2.66重量%,後者では0.11重量%であること,後者から製造されたFCCガソリンの硫黄含有量が51~67ppmであることなどが示されている。これによれば,硫黄分を2.66重量%含む未処理の原料である重油をあらかじめ硫黄分0.11重量%まで前処理脱硫し,かかる前処理脱硫工程を経た重油を用いて製造されたFCCガソリンの硫黄分が51~67ppmしかないということを理解することができる。
イ 原告は,甲20について,硫黄分濃度0.11重量%のFCCガソリンを水素化処理法により脱硫して,硫黄分51~67ppmの脱硫FCCガソリンを製造しているものと解釈しているようであるが,甲20には,FCCガソリンを更に水素化処理法により脱硫するという工程を開示・示唆する記載は見当たらないし,硫黄分0.11重量%の原料である重油から製造されるFCCガソリンの硫黄分が0.11重量%のままであることを示す記載も存在しない。
甲45には,FCC原料の減圧軽油(原料である重油を意味する。)を水素化処理により0.15wt%まで脱硫した場合には,これを原料として生成したFCCガソリンの硫黄分濃度が50ppm以下であることが記載されており,このことからも,原料である重油を甲20の表6記載の0.11重量%の硫黄分を含むクウエートガスオイル程度まで前処理脱硫しておけば,その後,脱硫工程を経ずとも硫黄分50ppm程度のFCCガソリンが得られることは明らかである。
したがって,甲20記載の硫黄分51~67ppmのFCCガソリンは,水素化処理法による脱硫を経る必要はないのであるから,原告の主張に係るFCCガソリンを脱硫することに伴うオクタン価の低下はなく,本件発明におけるリサーチ法オクタン価の下限である「89」を下回るということはない。
(3)ア 原告は,甲50のFCCプロセスにおいて二次反応として起こる水素移行反応についての記載を挙げ,脱硫反応は水素移行反応であるから,FCCにおいて高度の脱硫のために水素移行反応が促進される場合は,FCCガソリンのオクタン価の低下をもたらすと主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
そもそも,甲50は本件優先日前の刊行物ではないから,その記載内容が本件優先日当時の技術常識を示すものであるといえるか疑問である。
また,甲50においてFCCプロセスで起こる二次反応としての水素移行反応として挙げられているのは,
「ナフテン+オレフィン→芳香族+パラフィン
カルベニウムイオン+パラフィン→パラフィン+カルベニウムイオン」(101頁の表2)のみであり,「脱硫反応は水素移行反応である」などということは一切記載されていない。
そして,脱硫反応が,形式的には水素が移動する反応であったとしても,原告がオクタン価が減少する原因として挙げる甲50の記載にいう水素移行反応とは,上記の「ナフテン+オレフィン→芳香族+パラフィン」のような,オレフィンが減少する反応であって,脱硫反応とは全く異なる反応である。
したがって,脱硫反応は水素移行反応であるという原告の主張は明らかに誤りである。
イ 原告は,甲45は,水素による脱硫反応とFCCガソリンのオクタン価の関係を示すものであって,高度の水素化脱硫を行うとオクタン価が急落することが示されている,すなわち,FCCガソリン中の硫黄分濃度は,水素による脱硫の程度と関係があり,甲20のように,硫黄分が51~67ppmとしたFCCガソリンを製造する場合,FCCにおいて水素化脱硫が起こるとともに,結果としてオクタン価が低下したFCCガソリンが得られている可能性が高いと主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
(ア) 甲45の図1は,FCCプロセスにより生産されたFCCガソリンを更に水素化処理法により脱硫した際の硫黄分とオクタン価の関係を示すものである。
一方,甲20には,前記(2)のとおり,原料である重油をあらかじめ前処理脱硫することによって,FCCプロセスのみから,その後の水素化処理を経ることなく硫黄分50ppm程度のFCCガソリンが得られることが記載されている。
「水素化脱硫」とは,各留分(ガソリンや灯油,軽油,重油など)を高温・高圧下(280~430℃,35~170kg/cm2)で水素と共に脱硫触媒(Ni-Co-Mo系など)へ通すことにより硫黄,窒素などの不要成分を各製品で許容される程度にまで除去,低減させるプロセスであるのに対し,「接触分解」とは,重質の軽油留分,常圧残油などを脱硫したものに分解触媒(シリカ-アルミナ,ゼオライトなど)を加えて高温(480~530℃)で分解すると,分解ガソリン,分解軽油,分解ガスが得られるプロセスであるところ(乙9の89頁9行~21行参照),甲20の表6は,あらかじめ脱硫されたガスオイルを原料とし,高活性ゼオライト触媒を用いて運転温度516℃~554℃(960°-1030°Fを℃に換算)で原料の分解が行われているFCC(流動接触分解)プロセスについて記載されたものであり,原料中の硫黄分の除去を目的とした水素化脱硫プロセスではない。
このようにFCCプロセス(流動接触分解)と水素化脱硫とは,異なる原料及び異なる触媒を用いて,異なる反応条件下で行われる全くの別反応であるから,たとえFCCプロセスにおいて原料である重油中の硫黄分の一部がH2Sとして配分されるからといって,甲45の図1の記載を単純に甲20に当てはめることができるものではないから,甲20のように,硫黄分が51~67ppmとしたFCCガソリンを製造する場合,FCCにおいて水素化脱硫が起こるとともに,結果としてオクタン価が低下したFCCガソリンが得られている可能性が高いという原告の主張は,根拠を欠くものである。
(イ) 乙10(「超クリーン石油系燃料製造技術に関する調査報告書」,2002年3月財団法人石油産業活性化センター,本件優先日後の刊行物であるが,FCCの技術については本件優先日前から既に確立されており,乙10の発行時に至るまでFCCガソリンのオクタン価への影響について特に進歩はない。)には,FCCの原料油である減圧残油の脱硫度とFCCガソリンの性状との関係が検討されたこと,その結果として,原料の脱硫度によるFCCナフサ(FCCガソリン)のオクタン価への影響はほとんど認められなかったことが記載され(15頁16行~17行),FCCガソリンの硫黄分が55ppmであっても,硫黄分がそれよりはるかに高いFCCガソリン(例えば,225ppmのもの)とほとんど変わらないリサーチ法オクタン価を達成できることが示されている(16頁の表4.2.2-1)。
(ウ) 甲50には,「水素移行反応は発熱反応のため反応温度が低いほど促進され」(102頁右欄19行~21行),「反応温度が高いほど発熱反応である水素移行反応が抑制されるため530~540℃の高温運転が有利となる」(105頁右欄下から2行~106頁左欄1行)との記載がある。
一方,甲20の表6には,運転条件として,「高温短時間接触ライザークラッキング(960°-1030°F,<5秒)」と記載されており,そのFCCプロセスの運転温度は摂氏に換算して516℃~554℃であることが理解できる。この運転温度は,甲50記載の水素移行反応が抑制されるために有利な高温運転とほぼ等しい。したがって,甲20の表6におけるFCCプロセスにおいて,水素移行反応が抑制され,FCCガソリンのオクタン価の低下が起こることはないことが理解できる。
(エ) 以上のとおり,原告の主張には根拠がない。
3 相違点(C)の判断の誤りについて
(1) 原告は,甲31の「基材全体の芳香族分が1.0-1.5vol%分低減する。」(65頁1欄25行~26行,訳文4頁4行)との記載は,リフォーメイトベンゼンの90%以上を自動車ガソリン基材から除去することが可能であるが,図2に示される抽出法では,実際には,「製品ガソリン全体の芳香族分(ベンゼン)を1.0~1.5容量%分低減させる」ことを意味すると主張する。
しかし,以下のとおり,甲31には,ベンゼン抽出法を用いても製品ガソリン中のベンゼンは1.0~1.5容量%しか低減しないということは全く記載されていない。
ア 甲31の上記記載における主語は,「芳香族」であって,「ベンゼン」ではない。甲31には,同記載における「芳香族」を「ベンゼン」と読み替えることを示す記載は存在しない。
イ ベンゼン抽出法によって,リフォーメート(改質ガソリン)から90%以上のベンゼンを除去した場合,ベンゼン以外の芳香族分及び非芳香族分の含有量は相対的に増加するから,芳香族分全体の減少量をベンゼンの減少量と同視できないことは明らかである。
また,リフォーメート(改質ガソリン)にベンゼン抽出法を用いた場合に,製品ガソリン中のベンゼンの減少分と芳香族分の減少分が一致するわけでもない。
なお,原告は,甲31の「基材全体の芳香族分が1.0-1.5vol%分低減する。」との記載における「1.0-1.5vol%分低減」は絶対値基準で解釈すべきであり,同記載は,その文言どおり,「製品ガソリン全体のベンゼンがもとの値から1.0-1.5容量%分低減する」ことを意味すると主張するが,甲31には,「もとの値から」などという文言はない。
(2) 甲31の表2には,典型的な従来のRFG(リフォームレーテッドガソリン)のベンゼン含有量が2.5vol%であるのに対し,ベンゼン抽出法の場合は0.5vol%であることが記載されており,ベンゼン抽出法により,製品ガソリンのベンゼン含有量を工業的規模で0.5容量%に低減できることが示されている。
したがって,引用発明に係る「1-1Rガソリンにおいてベンゼン含有量が1.0容量%以下の製品ガソリンを製造することは可能である。」(審決書21頁25行~32行)との審決の認定判断は正当であり,これに反する原告の主張は失当である。
4 組合せの動機付けの欠如について
甲28記載のとおり,本件優先日前から,ガソリン中の硫黄分を低減させることでNOXなどの排気ガス中の有害物質が減少することが知られていたのであるから,引用発明においても,環境に配慮し,その成分から硫黄分を減少させるという動機付けは十分にあったというべきである。引用発明に対し,甲20記載の硫黄分を低減したFCCガソリンを適用して,硫黄分を更に低減させるようなガソリンを製造することは,当業者であれば容易に想到し得ることにすぎない。
また,甲9記載のとおり,本件優先日前から,自動車の排気ガス中に含まれるベンゼンが大気汚染物質として認識されていたのであるから,引用発明においても,その排気ガス中のベンゼンを減少させるべく,ガソリン成分中のベンゼン含有量を低減させようとする動機付けは十分にあった。引用発明に対し,甲31記載のベンゼン抽出法を適用して,ベンゼン含有量を更に低減させるようなガソリンを製造することは,当業者にとって何ら困難なことではない。
そして,原告主張の,低ベンゼン,低硫黄分でありながら良好な運転性能を確保するとともにオクタン価も維持されるという効果も,上記各刊行物に記載された発明を組み合わせて得られる効果を超えるものではなく,格別顕著なものではない。
したがって,本件発明は,引用発明に甲20,31等を組み合わせることによって,当業者であれば容易に想到し得るものであり,審決の判断には誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 引用発明の公知発明としての適格性について
原告は,引用発明が進歩性を否定するための公知発明としての適格性を欠く旨主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。
(1) 特許法29条2項は,「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは,その発明については,同項の規定にかかわらず,特許を受けることができない。」と規定している。そして,特許発明又は特許を受けようとする発明(以下「特許発明等」という。)の進歩性を否定するための公知発明のうち,同法29条1項3号に該当する発明についていえば,同項3号にいう特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」というためには,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りると解するのが相当である。例えば,特許発明等が「物」の発明の場合にあっては,特許発明等と対比される刊行物の記載としては,その「物」の構成が,特許発明等の内容との対比に必要な限度で開示されていることが必要であるが,当業者が,当該刊行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づいて,その「物」を入手又は製造し,使用することができれば,必ずしも,当該刊行物にその「物」を製造する具体的な方法が開示されている必要はなく,また,当該刊行物に記載された具体的な「物」それ自体でなくても,特許発明等の内容との対比に必要な限度でその「物」と同一性のある構成の「物」を入手又は製造し,使用することが可能であれば,それで足りるというべきである。
(2) 上記の観点から,引用例には引用発明に係る1-1Rガソリンの成分組成が記載されているものの,その製造方法の記載がないから,1-1Rガソリンを製造することは困難であった旨の原告主張について,検討する。
ア 証拠(甲1,16,乙1,5,7,16,17)及び弁論の全趣旨によれば,①引用発明に係る1-1Rガソリンは,本件優先日前である平成元年9月の時点において,日本国内で市販されていたガソリンであること(甲1),②1-1Rガソリンの蒸留性状は,本件優先日前である昭和57年の時点で知られていた日本のレギュラーガソリン(JIS2号ガソリン)の蒸留試験結果の平均値とほぼ等しく,また,ベンゼン含有量,オクタン価,炭化水素(芳香族,オレフィン)組成のいずれについても,本件優先日前に市販されていたレギュラーガソリン(ただし,MTBEが配合されるようになった平成3年以前のもの)の平均的性質を有すること(甲1,乙1,5,7,16,17),③本件優先日前である平成4年8月の時点において,日本では,主なガソリン基材の混合割合は,概略,ブタンが0~5%,軽質ナフサ及び異性化ガソリンが10~15%,リフォーメイトが30~60%,FCCガソリンが20~50%,アルキレートが0~10%,MTBE(メチル ターシャリー ブチル エーテル)が0~5%と考えられており,リフォーメイト,FCCガソリン及び軽質ナフサが主たるガソリン基材であると認識されていたこと(甲16),④リフォーメイト(本件明細書記載の基材A),FCCガソリン(同基材C)及び軽質ナフサ(乙3記載の基材)を,甲16記載の混合割合の範囲で,FCCガソリン及び軽質ナフサが最大となるよう混合して得られるガソリン(ガソリンc)の性状(計算値)は,1-1Rガソリンとほぼ同等であり,本件発明とは,ベンゼン含有量とY値が異なるのみであることが認められる。
また,所定の成分組成を満足するガソリンを製造する場合,複数のガソリン基材を適宜配合し調整することは常套手段であり(本件明細書の段落【0008】の記載は,これを前提とするものと解される。),1-1Rガソリンも同様の方法により製造されたものであることは,当業者には自明であったと認めるのが相当である。
イ 上記アによれば,引用例記載の1-1Rガソリンの成分組成を厳密に再現することはともかく,本件明細書の特許請求の範囲の記載により特定される本件発明の内容との対比に必要な限度で前記1-1Rガソリンと同一性のある構成を有するガソリンについて,当業者が,これを引用例の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて入手又は製造し,使用することが可能であったと認めるのが相当である。
(3) したがって,審決が,本件発明の進歩性の有無を判断するため,引用発明を特許法29条1項3号所定の公知発明として,本件発明と対比したことに,誤りはない。原告の主張は採用することができない。
2 相違点(B)の判断の誤りについて
原告は,FCCガソリンの脱硫率を高めるとオクタン価の低下が著しくなるから,引用発明に配合するFCCガソリンをオクタン価が低い低硫黄分の脱硫FCCガソリンですべて置き換えれば,製品ガソリンのリサーチ法オクタン価が本件発明における下限である「89」を下回る可能性がある旨主張する。しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
(1) 甲20の表6には,流動接触分解(FCC)によって,原料である重油中の硫黄分がFCCガソリンをはじめとする各FCC生成物中に配分された結果が記載されているところ,同表における51,57及び67の各数値は,硫黄分が0.11重量%となるまで脱硫処理された重油を用いて製造されたFCCガソリンの硫黄分(ppm)を示したものであって,FCCガソリンを脱硫した場合の硫黄濃度について記載したものとは認められない。
一方,甲45に記載されたリサーチ法オクタン価の低下は,FCCガソリンを脱硫した場合の脱硫率に関するものである。
そうすると,甲20記載の硫黄分51~67ppmのFCCガソリンは,甲45記載のFCCガソリンには該当しないから,甲20記載の低硫黄分のFCCガソリンをオクタン価が低いものであるとする原告の主張は根拠を欠くものというべきである。
(2) 原告は,甲50によれば,FCCにおいて高度の脱硫のために水素移行反応が促進される場合はFCCガソリンのオクタン価の低下をもたらすことから,甲20記載のFCCにおいて水素化脱硫が起こり,結果としてオクタン価が低下する可能性は高いとも主張する。
しかし,甲50記載の水素移行反応はオレフィンが減少する反応であって,脱硫反応との関係を明らかにするものではない。したがって,原告の上記主張は審決の認定判断を左右するものではなく,採用することができない。
(3) 以上のとおり,製品ガソリンのオクタン価が本件発明の下限「89」を下回る可能性があるとする原告主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
3 相違点(C)の判断の誤りについて
原告は,甲31の「基材全体の芳香族分が1.0-1.5vol%分低減する。」(65頁1欄25行~26行,訳文4頁4行)との記載は,リフォーメイトベンゼンの90%以上が自動車ガソリン基材から除去することが可能であるが,図2に示される抽出法では,実際には,「製品ガソリン全体の芳香族分(ベンゼン)を1.0~1.5容量%分低減させる」ことを意味すると主張する。
しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。
甲31には,「基材全体の芳香族分が1.0-1.5vol%分低減する。」(訳文4頁4行)のように,「芳香族分が……」と記載されており,「芳香族分(ベンゼン)が……」とは記載されていないところ,「ベンゼン」は「芳香族」に属する化合物の一つにすぎないから,甲31にいう「芳香族」がすべて「ベンゼン」であるいうことはできない。そして,甲31の図2のベンゼン抽出装置によりベンゼンを90%以上除去すれば,その分だけ芳香族分の含有量が減少し,ガソリン全体に占める芳香族分の割合が低減することは明らかであるから,甲31の記載は,そのような芳香族分の低減の程度を「1.0~1.5容量%分」と記載したものであり,それを「ベンゼン」の低減分とみなすべき合理的理由は見当たらない。
したがって,原告は,甲31の記載に基づかない独自の解釈を主張するものというべきである。なお,原告は,絶対値基準について言及するが,「vol%」で表示された組成変更を絶対値基準により評価することが技術常識であることを認めるに足りる証拠はないから,原告の主張は,結局,「芳香族」と「ベンゼン」を同視することに帰結するというべきであり,採用することができない。
4 組合せの動機付けの欠如について
原告は,本件発明は低ベンゼン,低硫黄分でありながら良好な運転性能を確保するオクタン価を維持したガソリンエンジン用燃料油を提案するものであるところ,このような技術思想ないし技術課題の記載・示唆のない引用発明と,甲20及び甲31などの刊行物という,組合せの動機付けを欠く単なる寄せ集めにより本件発明への到達が可能であるとする審決の論理付けは,誤りである旨主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。
本件優先日前から,ガソリン中の硫黄分を低減することで,排気ガス中の有害物質が減少させることが知られていたこと(甲28),自動車の排気ガス中に含まれるベンゼンが大気汚染として認識されていたこと(甲9)がそれぞれ認められるから,ガソリン中の硫黄分とベンゼン含有量を減少させる動機付けは存在していたというべきである。
また,ガソリンが自動車用燃料として使用される以上,良好な運転性能及び一定のオクタン価を有することは当然に要求される事項であるから,排気ガスの有害物質の減少という課題の解決に当たって,運転性能及びオクタン価の点で従前に劣らない水準を維持しつつ必要な解決手段を講じることは自明というべきであり,本件発明が低ベンゼン化及び低硫黄分化に加えて良好な運転性能の確保を考慮した点に格別の意義があるとは認められない。
したがって,審決が引用発明に甲20及び甲31などを組み合わせて進歩性を判断した点に誤りはない。
5 結論
上記検討したところによれば,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。また,審決に,これを取り消すべきそのほかの誤りがあるとも認められない。
なお,原告は,本訴を提起した上,平成18年9月7日に,本件特許に係る明細書を訂正する訂正審判を請求し,特許法181条2項により審決を取り消す旨の決定を求めたが,当裁判所は,当該訂正審判に係る訂正の内容に照らせば,本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効にすることについて,特許無効審判において更に審理させることが相当であるとは認められないと判断した。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 嶋末和秀 裁判官 上田洋幸)