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知財高等裁判所 平成18年(行ケ)10482号 判決 2007年7月12日

原告

エンシステックス・インコーポレイテッド

訴訟代理人弁護士

大野聖二

坂巻智香

訴訟代理人弁理士

田中玲子

被告

バイエルクロップサイエンス株式会社

訴訟代理人弁理士

川口義雄

小野誠

渡邉千尋

金山賢教

大崎勝真

坪倉道明

主文

特許庁が無効2005-80225事件について平成18年6月14日にした審決中,「本件審判の請求は,成り立たない。」との部分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

主文と同旨の判決

第2事案の概要

本件は,被告の有する下記1(1) の特許(以下「本件特許」といい,本件特許に係る発明を「本件発明」という。)について,同1(2)のとおり,原告が無効審判請求をしたところ,特許庁は,被告がした訂正請求に係る訂正を認めた上,上記審判請求は成り立たないとの審決をしたため,原告が,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件特許の登録手続(甲11)

特許権者:原告

出願日:平成3年12月12日(優先日 平成3年4月27日 日本)

発明の名称:「工芸素材類を害虫より保護するための害虫防除剤」

出願番号:特願平3-350751号

設定登録日:平成13年2月23日

特許番号:特許第3162450号

(2)  無効審判手続

審判請求日:平成17年7月20日(無効2005-80225号)

訂正請求日:平成17年10月7日(乙13。以下「本件訂正」という。)

審決日:平成18年6月14日

審決の結論:「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」

原告に対する審決謄本送達日:平成18年6月26日

2  本件発明の要旨

審決が対象としたのは,上記訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の「【特許請求の範囲】」の請求項1~3に記載された発明であり,その要旨は,次のとおりである。

「【請求項1】1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-2-ニトロイミノ-イミダゾリジンを有効成分として含有することを特徴とする工芸素材類をイエシロアリ又はヤマトシロアリより保護するための害虫防除剤。

【請求項2】工芸素材類が木材及び木質合板類であるところの請求項1の害虫防除剤。

【請求項3】1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-2-ニトロイミノ-イミダゾリジンを土壌処理することにより,工芸素材類をイエシロアリ又はヤマトシロアリの侵襲から保護する方法。」(以下,【請求項1】ないし【請求項3】の発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明3」という。)

3  審決の理由の要点

審決の理由は,その「6 当審の判断」の項において示される以下のとおりのものであるが,その要点は,本件発明と引用刊行物に記載された発明との一致点及び相違点を認定した上,本件発明は当業者が引用刊行物記載の発明に基づいて容易に発明することができたものとはいえない,というものである。なお,審決中の証拠番号は本判決中のものと共通であり,以下,本判決において,証拠番号について,審決を引用する場合を含め,「甲1」などと略称する。また,項の番号及び記号について本判決で指定するものに改めた部分がある。

「6 当審の判断

(1)  甲1及び甲2の記載事項

ア 甲1 「ブリトン農作物保護会議-害虫及び病気-1990年」(“Brighton Crop Protection Conference-Pests and Diseases-1990”)配布資料

(ア) 「イミダクロプリドは作物の液体を吸う等,農作物に被害を与える害虫,例えば:アブラムシ,ヨコバイ,ウンカ類,アザミウマ及びカメムシ類(他の殺虫剤に抵抗性があるカメムシ類を含む)をコントロールする極めて有効な殺虫剤で,しかも哺乳動物に低毒である。この殺虫剤はコウチュウ目(鞘翅目)(例えば:キスイムシ,コロラドムシ,イネクビボソハムシ,Oulema(=Lema)oryzae ノミハムシ),ハエ目(双翅目)(例えば:キモグリバエ,ハナバエ,),チョウ目(鱗翅目)(例えば:ハバチ)等に対して強い毒性を持っている。然し,この殺虫剤は線形虫やハダニ類に対して毒性の作用が発見されていない。優れた浸透性の特性を持つことから,イミダクロプリドは種子の防虫処理や微粒での施用が適切である。この為当該商品を用い,農作物に施用したことにより農作物を早期より長期的な保護に成功したことが認められた。施用された作物は穀物,トウモロコシ,棉花,稲,ジャガイモ,とシュガービート等を含んでいる。この商品を落葉への施用として上述された農作物に対し,シーズン後期のペストによる作物への被害がコントロール出来る。同様な方法で柑橘類,落葉性の果物,野菜及び他の作物への被害に対しペストコントロールが出来る。イミダクロプリドは種子の防虫処理用のため使用する商品はGauchoと名付けられ,落葉や土壌処理用として商品名はConfidor(日本ではAdmire)で市場にて発売されている。ここで我々は実験室や野外の試験から選んだ試験データを発表と討論する。」(21頁「ABSTRACT」(「摘要」),全訳1頁)

(イ) 「次に述べるヘテロサイクリクのニトロメチレンに殺虫の属性がある発見がSolowayらによる(1977)もので,その後日本特殊農薬製造株式会社がこの化学グループからより高い活性を持つ化合物を合成することに成功したことがイミダクロプリドの開発に導いた。ニトロメチレンはニコチンアセチルコリン受容体の作用因子で(Benson,1989;Scheroder etal.,1984),我々独自の予備調査で行った試験のデータではイミダクロプリドも同じく受容体に作用することを指摘している。この論文は実験室内や野外の試験によって得られたイミダクロプリドに関するその化学的な性質や生物活性を紹介する。

化学及び物理性質

一般名:イミダクロプリド

化学名:1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-N-ニトロイミダゾリジン-2-イリデンアミン

コード番号:NTN 33893

分子式:C9H10ClN5O2構造式:

file_2.jpg分子量:255.7

物理学的状態:結晶体

気化圧力:2.0×10-9mbar at 20℃

融点:143.8℃ modification 1

溶解度(20℃):0.51g AI/1000ml water

製法:70 WS,350 FS,5 GR,2 GR,1 GR,200 SL,10 WP,0.25 DL,combinations」(21頁下から9行~22頁化学構造式の下8行,全訳1~2頁)

(ウ) 「生物性質:

実験室での研究

材料及び実験方法

イミダクロプリドの生物に対する有効性を落葉に施用することで調べた。この化合物と土壌均質に混和したもので土,種子や種子の植用箱を処理したことでより高い浸透力と長い残留性の特徴を持つことで土壌に早いシーズンから棲息している害虫の抑制に有効であることが判明した。試験する為に人工的に病原体で感染させた作物に当該商品で処理し,処理された3-4日の後,イミダクロプリドの生物に対するその病原体への有効性の評価を行なった。

殺虫の活性とその効果の残留性

落葉への施用法でイミダクロプリドを保護する農作物に使用することにより農産業に重要な様々な害虫類を駆除出来ることが認められた。特に植物の液体を吸って生息する害虫,例えば:ヨコバイのツマグロヨコバイ,ヒシウンカ類のトビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,アブラムシ類のモモアカアブラムシ,ワタアブラムシやアザミウマ類のクリバネアザミウマ(表1)。また,イミダクロプリドはタバココナジラミや稲茎に穴を空けるニカメイガや稲の葉に害を与えるクワガタムシ類のイネクビボソハムシやイネミズゾウムシなどによる農作物の被害を防ぐことに有効であると確認された。イミダクロプリドのニコチンアセチルコリン受容体の作用因子に似る現在稲を保護する為によく使用されているブプロフェジンとエトフェンプロックスはアブラムシを抑制用殺虫剤のピリミカーブとカルタップより有効性が高いことが実験で判った。

file_3.jpgBL GREWAL SI7D7) SEMOSEMSN TN SRAM RRNA IGHE(LC95, ppm DEERE aL GROR FS77GT Hey FFaI~ =PT. ur ? LS 032 200 LR 0068 8 8 E LR ie 8 0 . bs is - 16 8 F MP6 1000 5 8 MPs : - i Mp6 : 2 F bos 8 3 . bo8 ow - E Ts 8 0 x Tai w Bs ‘SHR ERT HOR: La Le DROPERB «RRR + RAY RON Te PRA SMO : MP: ATR.イミダクロプリドの目立った浸透力が土壌や種子に処理することによって植物の液体を吸い生息する害虫のコントロールで顕著な効果が挙げられる(表2)。

file_4.jpg21 SF FOF) KOREN TT 7 IPA IN PEL OL ARECHT SER HAOSS) LUTTE THRO He nin «AR S407 TH H-RIS 9tAWIse ur ed y y ERE Prem aT 125 125 13s : EEPHTII, 8 3 a ss wage s z Be WTEUR eAle 10 é 3 é we wapny75 os = - x DIFFS LY > 2 ¢ REAR gave 10 : “ 50 LI BISN a 4 E “I aR bed on ‘ « R eAnEY YH on & E 1 Ss ERISA S sir a sir ESCEUEOR Te ERUS RON T7— RACER EROR土壌と混和された商品のイミダクロプリドの濃度は土に1.25ppmに達すると,モモアカアブラムシとマメクロアブラムシの被害を受けるキャベツなどの野菜に対し長持ちの保護が出来る。イミダクロプリドの微粒処理された実生え箱(1gAI/箱),ヨコバイ類やヒシウンカ類の害虫にもたらされる稲の被害防止が出来る。同じように,イミダクロプリドで処理された種子が(1gAI/kg)棉花に被害するマメクロアブラムシとワタアブラムシの被害を少なくとも5週間の抑制が出来る。」(22頁下から8行~24頁6行,全訳2~4頁)

(エ) 「トウモロコシ

コメツキムシ類は多くの國に於いてトウモロコシに対し最も重要な経済害虫である。コメツキムシ類の害虫からもたらされる被害は農作物の密度の縮小や作物成長の抑制など含む農産量の減少につながるものである。フランスではイミダクロプリド490-700gAI/100kgの用量で処理された種子はトビイロムナボソコメツキによるトウモロコシの感染に顕著な抑制効果を挙げる(図5)。イミダクロプリドは下述したトウモロコシに加害する様々な重要な害虫,例えば,カブトムシ,ゾウムシ,Protostrophus spp.,Astylus atromaculatus,Buphonellamurina,フリットフライ,様々な種類のシロアリ,アブラムシ,Jessids及びアザミウマなどに対して卓越した抑制の効果を挙げる。」(27頁10~19行,全訳8~9頁)

イ 甲2 特開昭61-267575号公報

(ア) 「一般式:

file_5.jpg式中,Rは水素原子又はアルキル基を示し,Xはハロゲン原子,アルキル基,アルコキシ基,アルキルチオ基,ニトロ基,シアノ基,アミノ基,アシルアミノ基,ジアルキルアミノ基,アルコキシカルボニル基,アシル基,アルキルスルホニル基,アルキルスルフィニル基,ハロアルキル基,ハロアルコキシ基,ハロアルキルチオ基,ホルミル基,アルケニル基,アルキニル基及びハロアルケニル基よりなる群からえらばれた基を示し,lは0,1,2,3又は4を示し,そしてmは2,3又は4を示す,で表わされるニトロイミノ誘導体。」(1頁,特許請求の範囲,請求項1)

(イ) 「一般式

(一般式省略。(ア)の一般式と同じ。)

(式中の記号の説明省略。(ア)の一般式と同じ。)で表わされるニトロイミノ誘導体を有効成分として含有することを特徴とする殺虫剤。」(3頁,特許請求の範囲,請求項9)

(ウ) 「本発明一般式(I)の化合物の具体例としては,特には,下記のものを例示することができる。・・・1-(2-クロロ-5-ピリジルメチル)-2-(ニトロイミノ)イミダゾリジン」(5頁右上欄6~12行)

(エ) 「本発明の式(I)化合物は,強力な殺虫作用を現わす。従って,それらは,殺虫剤として,使用することができる。そして,本発明の式(I)活性化合物は,栽培植物に対し,薬害を与えることなく,有害昆虫に対し,的確な防除効果を発揮する。また本発明化合物は広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫およびその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除のために使用でき,それらの駆除撲滅のために適用できる。そのような害虫類の例としては,以下の如き害虫類を例示することができる。昆虫類として,鞘翅目害虫,例えばアズキゾウムシ・・・;鱗翅目虫,例えば,マイマイガ・・・;半翅目虫,例えば,ツマグロヨコバイ・・・;直翅目虫,例えば,チャバネゴキブリ・・・;等翅目虫,例えば,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formaosanus);双翅目虫,例えば,イエバエ・・・等を挙げることができる。」(14頁左上欄1行~左下欄19行)

(オ) 「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」(16頁左上欄11~15行)

(カ) 「実施例3-ii

file_6.jpg(化合物No.3)

上記実施例3-iで合成された臭化水素酸塩(5.8g)を98%硫酸(30ml)に0℃で加え,続いて,攪拌しながら,0℃で発煙硝酸2mlを少しずつ加える。加え終わった後,0℃で2時間攪拌した後,内容物を氷水(100g)に注ぎ,ジクロロメタンで抽出する。抽出物よりジクロロメタンを減圧で留去すると,淡黄色の結晶が得られ,この結晶をエーテルで洗浄すると,1-(2-クロロ-5-ピリジルメチル)-2-(ニトロイミノ)イミダゾリジン(1.5g)が得られる。mp.136~139℃」(16頁右下欄下から4行~17頁9行)

(キ) 「実施例5(生物試験)

有機リン剤抵抗性ツマグロヨコバイに対する試験

供試薬液の調製

溶剤:キシロール3重量部

乳化剤:ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル1重量部

適当な活性化合物の調合物を作るために活性化合物1重量部を前記量の乳化剤を含有する前記量の溶剤と混合し,その混合物を水で所定濃度まで希釈した。

試験方法:

直径12cmのポットに植えた草丈10cm位の稲に,上記のように調製した活性化合物の所定濃度の水希釈液を1ポット当り10ml散布した。散布薬液を乾燥後,直径7cm,高さ14cmの金網をかぶせ,その中に有機リン剤に抵抗性を示す系統のツマグロヨコバイの雌成虫を30頭放ち,恒温室に置き2日後に死虫数を調べ殺虫率を算出した。代表例をもって,その結果を第2表に示す。

file_7.jpge 2 cain | mone ay e a age 1 8 100 2 8 i00 Ej 8 300 tobi 200 Eo実施例6(生物試験)

ウンカに対する試験

試験方法:

・・・

代表例をもって,その結果を第3表に示す。

file_8.jpgB S aR KS) Be r beqolespe| eve m [pra [oda jern Lj 0 | ie vo) 100 2] | wo } 1 | 100 3 | 4 | 1 | we | 10 4/4 | 100 | io | 100 w | | wo | im | iw lstasia] 200 0 0 0実施例7(生物試験)

有機リン剤,及びカーバメート剤抵抗性モモアカアブラムシに対する試験

試験方法:

・・・

代表例をもって,その結果を第4表に示す。

file_9.jpg|」(19頁左上欄4行~20頁左上欄)

(2)  対比,判断

ア 化学物質について

本件発明の害虫防除剤の有効成分である「1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-2-ニトロイミノ-イミダゾリジン」は,その化学構造からみて,甲1に記載されたイミダクロプリド(1-(6-クロロ-3-ピリジルメチル)-N-ニトロイミダゾリジン-2-イリデンアミン)及び甲第2号証に記載された「化合物No.3」(1-(2-クロロ-5-ピリジルメチル)-2-(ニトロイミノ)イミダゾリジン,(1)イ(カ)参照。)と同一の化学物質であると認められる。以下,それらを統一して,その一般名である「イミダクロプリド」と呼ぶ。

なお,審判請求書において,「化合物I.1」と表記されている化合物は「化合物I.3」の誤記であり(第1回口頭審理調書参照。),その化合物もイミダクロプリドと同一の化学物質である。

イ 本件発明1と甲2に記載された発明の対比・判断(甲2に基づく容易想到性に関する無効理由に対する判断)

甲2には,イミダクロプリドを含む,(1)イ(ア)の一般式で表わされるニトロイミノ誘導体が記載され((1)イ(ア),(ウ),(カ)),その化合物群が種々の有害昆虫の殺虫剤として使用されるものであることが記載され((1)イ(イ),(エ)),殺虫剤としての有効性がツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシを対象とした生物試験により示されている(実施例5~7,(1)イ(キ))から,甲2には,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤に係る発明が記載されているものと認められ,本件発明1と甲2に記載された発明(以下,「甲2発明」という。)を対比すると,いずれも,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤である点で一致しているが,(1)害虫から保護する対象が,本件発明1では工芸素材類と特定されているのに対し,甲2発明では,栽培植物は具体的に挙げられている((1)イ(エ))が,他の態様に関しては,「有害な吸液昆虫,かむ昆虫およびその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除」((1)イ(エ))と,対象となる害虫について記載されているだけで,保護する対象については明確にされていない点,及び(2)対象となる害虫が,本件発明1ではイエシロアリ又はヤマトシロアリであるのに対し,甲2発明では請求項では単に「殺虫剤」とされていて,種名あるいは属名等で特定されておらず,また,具体的な生物試験では,ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシを対象としたものが行われるのみで,イエシロアリ又はヤマトシロアリでは試験がされていない点で相違している(発明の詳細な説明では,「等翅目虫,例えば,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)」と具体的に例示されているが,その対象害虫に関して明細書中に具体的な生物試験の結果が示されていないので,甲2発明としては,ひとまず,単なる有害な昆虫等の殺虫剤に係る発明と認定して,それを相違点(2)として検討することとする。)。

相違点(2)について,甲2では,生物試験が行われて,害虫防除剤としての有効性がデータによって確認されているのは,前記5種類の害虫のみで,活性化合物としては,ツマグロヨコバイについて化合物No.1~3の3種,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカについて化合物No.1~4,10の5種,モモアカアブラムシについて化合物No.1~4,10,11の6種である(化合物No.3がイミダクロプリドである。)。その生物試験は,ツマグロヨコバイ及びトビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカの4種については,ポットに植えた草丈10cmの稲に活性化合物の水希釈液を散布し,乾燥後,害虫の成虫を30頭放ち,2日後の死虫数を調べて殺虫率を算出している。また,モモアカアブラムシについては素焼鉢に植えた高さ約20cmのナス苗に害虫を接種し,1日後に活性化合物の水希釈液を散布し,24時間後の殺虫率を算出している((1)イ(キ))。いずれも農作物(栽培植物)を保護対象とする試験が行われているものである。

甲2には,前記のとおり,害虫類の例としてイエシロアリ及びヤマトシロアリが列挙されている中に明示されている((1)イ(エ))が,列挙されている害虫は,その属する「目」の単位で区分され,鞘翅目(コクゾウムシ等),鱗翅目(マイマイガ等),半翅目(ツマグロヨコバイ等)(審決注.乙8の名古屋大学のホームページに掲載されているSystema naturae 2000に準拠している昆虫の系統分類の全文(乙8はその一部分である。)によると,「半翅上目」とされ,それは,異翅目(カメムシ類)と同翅目(ヨコバイ類)に分けられている。同翅目の中にウンカ科,ヨコバイ科,アブラムシ科が分類されている。ここでは,半翅上目を半翅目として論を進める。),直翅目(ケラ等)(審決注.甲2には,「直翅目虫,例えば,チャバネゴキブリ(Blatella germanica),ワモンゴキブリ(Periplaneta americana),ケラ(Gryllotalpa africana),バッタ(Locusta migratoria migratorides)」とあるが,ケラ,バッタは直翅目であるが,チャバネゴキブリ(学名の「Blatella」は「Blattella」の誤記である。),ワモンゴキブリは網翅目であるから,チャバネゴキブリ及びワモンゴキブリを直翅目の例示として挙げるこの記載は不正確である。),双翅目(イエバエ等)と並列して等翅目が挙げられ,その例としてイエシロアリ及びヤマトシロアリが挙げられている。

前記生物試験の対象害虫とされた5種類の昆虫はいずれも同じ半翅目に属するもので,他のグループ(目)に属する昆虫については生物試験が行われていない。

ある特定構造の化合物が殺虫活性を有している場合,その化合物が殺虫剤として効果を挙げることのできる対象害虫は,害虫の範囲を昆虫に限っても,昆虫には非常に多くの種類(種,属,科,目)があるから,すべての昆虫に効果を有するものはないと考えられる。すなわち,殺虫効果に関する作用機序は殺虫剤の種類により異なることが普通であり,また,昆虫の生態が科,目等のグループごとに大きく異なることは普通であるから,生理的な機能が科,目を越えて全く同じであるとも認められないので,異なるグループ(目あるいは科)の間での殺虫効果の類推性は一般的にはないものと考えられる。

例えば,広く使用されているピレスロイド系殺虫剤(ペルメトリン)はカメムシ類,アブラムシ類(半翅目),チャドクガ,ヨトウムシ,アオムシ(鱗翅目),アザミウマ類(総翅目)等に効果があることが知られているように,殺虫剤はいくつかの特定のグループ(例えば,科あるいは目でまとめられるグループ)が対象となっているものであり,それは,それぞれ実験によって確認された結果,使用対象として定められていることが普通である。

また,ある化合物が特定のグループの昆虫の殺虫剤として有効であることが生物実験により確認されたとき,その化合物と化学構造が類似している化合物がその昆虫に有効であるかどうかは,一般に予測することができない。例えば,甲2において,従来公知であった式(A)の1-ベンジル-2-ニトロイミノイミダゾリジン(「化合物A」という。下記化学式。)

file_10.jpgA [r- NO; | LODがほとんど殺虫作用を示さない(甲2の4頁右上欄~左下欄)のに対し,化合物Aのフェニル基を2-クロロ-5-ピリジル基としたイミダクロプリドは殺虫作用を示すものである。また,乙1のイミダクロプリド関連化合物のイエシロアリに対する効果試験結果によると,甲2の生物試験において,イミダクロプリドと同様にトビイロウンカ,モモアカアブラムシ等に有効とされている化合物No.4はイエシロアリに対し全く有効なものとは認められず,化合物No.10もほとんど有効性は認められない。化合物No.1,No.2も1~3日後の結果はイミダクロプリドに比してかなり劣るものである。

以上の事実を総合してみると,甲2に記載された一般式((1)イ(ア))で表わされる化合物群中,生物試験において有効であることが裏付けられている化合物は限られており,その対象害虫についても同じ半翅目に属する5種の昆虫のみであるから,その発明の詳細な説明に他の対象害虫及び他の一般式に包含されている化合物が具体的に記載されていても,そのうちどの化合物が,どの対象害虫に有効であるかということまでは,当業者であっても,明らかになっているものと認めることはできず,また,具体的に効果が裏付けられている化合物についても,それが,他のどの害虫にまで有効であるかも明らかにされているものではない。

また,「衛生害虫,貯蔵物に対する害虫に使用される際には活性化合物は,石灰物質上のアルカリに対する良好な安定性はもちろんのこと,木材及び土壌における優れた残効性によって,きわだたされている。」((1)イ(オ))との記載も,それが一般式に含まれる化合物全体(又は,イミダクロプリド)についていうものか不明であり,具体的にその効果が裏付けられている化合物はない。

よって,イミダクロプリドが5種の害虫に対し有効であることが裏付けられ,イミダクロプリド以外の多数の化合物を含む広範な化合物群が適用可能な害虫としてヤマトシロアリ及びイエシロアリが例示されていたとしても,当業者が,そのうちのイミダクロプリドをヤマトシロアリ及びイエシロアリ用の防除剤とすることを容易になし得るものではない。

以上,相違点(2)について,その相違点に関する本件発明1の構成に想到することは容易なものではないから,相違点(1)について検討するまでもなく,当業者が,本件発明1が甲2発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。

ウ 本件発明1と甲1に記載された発明の対比・判断(甲1に基づく容易想到性に関する無効理由に対する判断)

甲1には,イミダクロプリドが農作物に被害を与える害虫に対して極めて有効な殺虫剤で,哺乳動物に低毒性で,コウチュウ目(鞘翅目),ハエ目(双翅目),チョウ目(鱗翅目)等に対して強い毒性を持つこと,線形虫やハダニ類に対して毒性の作用が発見されていないこと,穀物,トウモロコシ,棉花,稲,ジャガイモ,シュガーピート等に施用され,農作物の早期より長期的な保護に成功したこと,柑橘類,落葉性の果物,野菜及び他の作物の被害を抑制することができること,種子の防虫処理及び落葉や土壌の処理のための商品があることが記載され((1)ア(ア)),また,トウモロコシに加害する重要な害虫である,カブトムシ,ゾウムシ,Protostrophus spp.,Astylus atromaculatus,Buphonella murina,フリットフライ,様々な種類のシロアリ,アブラムシ,Jessids及びアザミウマなどに対して卓越した抑制の効果を挙げることが記載されている((1)ア(エ))から,甲1には,イミダクロプリドを有効成分として含有する,トウモロコシ等の農作物の害虫防除剤に関する発明が記載されているものと認められ,本件発明1と甲1に記載された発明(以下,「甲1発明」という。)を対比すると,いずれも,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤である点で一致しているが,(1)害虫から保護する対象が,本件発明1では工芸素材類であるのに対し,甲1発明ではトウモロコシ等の農作物である点,(2)対象となる害虫が,本件発明1ではイエシロアリ又はヤマトシロアリであるのに対し,甲1発明では単に「シロアリ」とされていて,シロアリ類(等翅目)中の属名が特定されていない点で相違している。

相違点(2)について検討する。本件発明1のイエシロアリとヤマトシロアリはミゾガシラシロアリ科,イエシロアリ亜科に属する等翅目(シロアリ類)の昆虫であり(乙8),一方,甲1発明のトウモロコシに加害するシロアリ類について,甲1にはその属名,科名について詳細はない。

トウモロコシの害虫であるシロアリについて,他の甲号証の記載を検討する。

甲5(判決注「Finding Alternatives To Persistent Organic Pollutants(POPs) For Termite Management;United Nations Environment Programme,2003」)には,「(ii)トウモロコシ穀物の中では,トウモロコシがシロアリ(審決注.原文は「termites」)による被害を最も頻繁に受ける。Microtermes(審決注.甲5訳文の「Micdrotermes」は誤記と認められる。)およびAncistrotermesは生長しつつあるトウモロコシおよび生長したトウモロコシを攻撃し,一方,Macrotermesは幼植物に被害を与える。Odontotermes, AllodontermesおよびPseudacanthotermesは幼植物を落葉させるか,または植物全体を消費する。」(17頁第1段落),

甲6(判決注「African Crop Science Journal,Vol.9,No.2,411~419頁(2001)“The Effect Of Maize Stover Used As Mulch On Termite Damage To Maize And Activity Of Predatory Ants”(http://www.bioline.org.br 2005/12/08)」)には,「根囲いとしてトウモロコシの茎を使用したときの,シロアリによるトウモロコシの被害および補食蟻の活動性に及ぼす効果」との標題の下,「本研究は,発行されている文献および著者らによるウガンダにおける最近の現地調査(Sakamatteら,未公表データ)に基づいて,以下の2つの目的で行った。第1は,種々の量の根囲いがトウモロコシに与えるシロアリ(審決注.原文は「Termite」)の被害に及ぼす影響を調べることである。第2は,補食蟻の相対的出現頻度に及ぼす根囲いの影響,およびトウモロコシ栽培系におけるシロアリの作用の制御における補食蟻の役割を調べることである。」(1頁最終段落),

甲7(判決注「Project Abstracts-Crop Protection:Control of fungus-growing termites in maize and sorghum(http://www.arc.agric.za 2005/12/08)」)には,「トウモロコシおよびモロコシにおける急発生シロアリ(審決注.原文は「fungus-growing termites」であり,「キノコ栽培シロアリ」の誤訳と認められる(乙8のMacrotermes,Microtermes,Odontotermesが属する「キノコシロアリ亜科(Macrotermitinae)」がキノコ栽培種ありという記載参照。)。)の防除」「<概要>この研究は1994/95成長時期から2000/01成長時期の現地調査により行った。Microtermes,McrotermesおよびAllodontermes属の急発生シロアリ(前記審決注参照)は,トウモロコシの根に被害を与え,倒伏の原因となる。5年間の現地調査により,成長時期におけるシロアリのトウモロコシ根に対する攻撃のパターン,倒伏の出現率,および植物の被害に及ぼす植え付け日および収穫日の影響を調べた。」(Abstract,1~5行),

甲8(判決注「Termite control through non-pesticide approach;DAWN;October17,2005(http://www.dawn.com 2005/12/07)」)には,「殺虫剤以外の方法によるシロアリ(審決注.原文は「termite」)の防除」の標題の下,「サトウキビはGramineae科Saccharum属の丈の高い多年生熱帯植物である。砂糖の商業的生産用にはこの属のうち3種が栽培されている。その中でも,S.officinaumが最も広く用いられている種であり,アジアではおそらく有史前から栽培されている。これは,他の穀物,例えば,トウモロコシや小麦と同様に,シロアリ(審決注.原文は「termites」)の被害を受ける。」(1頁第4段落),

甲9(判決注「Topical Pest Management,Vol.26,No.3,241~253頁(1980)“Termite Damage and Crop Loss Studies in Nigeria-a Review of Termite(Isoptera) Damage to Maize and Estimation of Damage,Loss ib Yield and Termite(Microtermes) Abundance at Mokwa”」)には,「ナイジェリアにおけるシロアリ被害および作物損失の研究-トウモロコシに対するシロアリ(Isoptera)の被害の概説ならびにMokwaにおける被害,収穫損失およびシロアリ(Microtermes)の大量発生の評価」の表題の下,「トウモロコシに対するシロアリ(審決注.原文は「termite」)

被害の概要

公表されている被害の記録を表1にまとめる。記録の大部分は急速に増殖するシロアリ(審決注.原文は「fungus-growing termites」であり,「キノコ栽培シロアリ」の誤訳と認められる。)であるMacrotermitinaeに関するものであり,これは,動物地理学のエチオピア地域および東洋地域の範囲に分布する。しかし,これらの地域のサバンナ地帯および森林地帯では,これがシロアリの最も大量に存在する群であり,著しい比率の植物の残骸を消費する(Wood and Sands,1978;Wood,1976)。アフリカにおける未分類のシロアリ(審決注.原文は「termites」)による被害について別のいくつかの記録・・・もおそらくはMacrotermitinaeに帰すことができるであろう。」(241頁下から9~4行)と,それぞれ記載がある。

甲6及び甲8にはシロアリとして,その一般名である「termite(s)」という語しかなく,そこに記載されているトウモロコシの害虫がシロアリ類(等翅目)のうちどの科又は属のものかは不明である。甲5には,シロアリ類のうち,「Microtermes」,「Ancitrotermes」,「Macrotermes」,「Odontotermes」,「Allodontermes」,「Pseudacanthotermes」が(属名として)挙げられているが,それらは,いずれもイエシロアリ,ヤマトシロアリが属するミゾガシラシロアリ亜科の属のものではない。甲7には,「Microtermes」,「Macrotermes」,「Allodontermes」が(属名として)挙げられているが,それらは,いずれもイエシロアリ,ヤマトシロアリが属するミゾガシラシロアリ亜科の属のものではない。甲9には「Macrotermitinae」(キノコシロアリ亜科)が挙げられているが,それは,ミゾガシラシロアリ亜科とは異なるものである。

よって,甲5~9によっては,甲1にトウモロコシの害虫として記載されているシロアリがイエシロアリ又はヤマトシロアリであることを裏付けることはできず,他にそれを裏付ける証拠もない。

また,甲1にはイミダクロプリドの具体的な殺虫効果について,ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシ,ワタアブラムシ,クリバネアザミウマ,タバココナジラミ,ニカメイガ,イネクビボソハムシ,イネミズゾウムシ,マメクロアブラムシ((1)ア(ウ),表1,表2)の12種類の昆虫についてデータが示されているが,ここでは,同翅目(半翅上目)のヨコバイ科,ウンカ科,アブラムシ科,コナジラミ科に属する昆虫と,鱗翅目のメイガ科に属するもの,鞘翅目のハムシ科又はゾウムシ科に属する昆虫についてのデータが示されているのみであり,シロアリ類(等翅目)の昆虫に関しては殺虫効果について具体的なデータが全く示されておらず,殺虫剤とその対象害虫の関係については前記説示したとおりであるから,このデータを基にしても,当業者が,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリの防除に関して,それを使用することが容易になしえるものとは認められない。

以上,相違点(2)について,その相違点に関する本件発明1の構成に想到することは容易なものではないから,相違点(1)について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

エ 本件発明2,3について

本件発明2は本件発明1において,工芸素材類を木材及び木質合板類に特定した害虫防除剤に係る発明であり,本件発明3は本件発明1の害虫防除剤の発明を,土壌処理するという構成要件を付加して,工芸素材類をイエシロアリ又はヤマトシロアリの侵襲から保護するという方法の発明のカテゴリーとしたものであり,本件発明1は,当業者が甲1発明又は甲2発明に基づいて容易に発明をすることができないことは前示のとおりであるから,本件発明2及び本件発明3も,当業者が,甲1発明又は甲2発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。

(3)  むすび

以上のとおりであるから,請求人の主張する理由及び請求人の提出した証拠方法によっては,本件特許の請求項1ないし請求項3に係る発明の特許を無効とすることはできない。」

第3審決取消事由の要点

1  取消事由1(本件発明1と甲2発明の相違点の認定の誤り)

(1)  甲2の14頁左下部分には,イミダクロプリドを含む関連化合物の対象害虫として,イエシロアリおよびヤマトシロアリが明示的に記載されているが,同引用例中,イミダクロプリドの殺虫作用についての具体的な生物試験結果が示されているものは,ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシのみであり,イエシロアリ及びヤマトシロアリに対する生物試験結果は示されていない。

審決は,進歩性の判断のための引用例として適格性を有するためには,実験結果が必須であるとする理解を前提に,甲2においてイミダクロプリドの対象害虫としてイエシロアリ及びヤマトシロアリを挙げる記載は,進歩性を判断するための引用例として不適格であると認定,判断したものである。

(2)  しかし,進歩性の判断のための引用例としては,技術的思想の開示があれば十分であり,実験結果が必須であるとする審決の理解は明らかに誤りであり,引用例の認定にあたっては,進歩性の判断の資料となり得る技術的思想が開示されているか否かという観点から判断すべきである。

かかる観点からすると,甲2には,「本発明の式(Ⅰ)化合物は,強力な殺虫作用を現わす。従って,それらは,殺虫剤として,使用することができる。・・・また本発明化合物は広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫及びその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除のために使用でき,それらの駆除撲滅のために適用できる。」(14頁左上欄1~9行)と記載されて,イミダクロプリドを含む化合物が殺虫剤として使用することができることが開示されている。

そして,「そのような害虫類の例としては,・・・等翅目虫,例えば,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)」(同頁左下欄11~13行)と記載されて,甲2に開示されたイミダクロプリドという公知の物質がヤマトシロアリ,イエシロアリの防除剤としての用途を有することが明確に記載されている。

用途発明の場合,その技術思想は,公知の物質が新規,進歩的な用途に使用できるとする点にある。上記の甲2の記載からすると,イミダクロプリドを有効成分とする害虫防除剤がヤマトシロアリ,イエシロアリにも有効に使用出来る用途を有するという技術的思想は明確に記載されており,審決の引用例の認定は誤りである。

(3)  以上のとおり,審決は,甲2発明の認定を誤り,その結果,一致点とすべきところを相違点(2)として進歩性を肯定したものであり,違法なことは明らかであり,審決は取り消されるべきである。

2  取消事由2(本件発明と甲2発明との相違点についての判断の誤り)

(1)  相違点(2)の内容

審決は,本件発明1と甲2発明とは,イミダクロプリドを有効成分として含有する防除剤である点で一致しているが,「対象となる害虫が,本件発明1ではイエシロアリ又はヤマトシロアリであるのに対し,甲2発明では請求項では単に『殺虫剤』とされていて,種名あるいは属名等で特定されておらず,また,具体的な生物試験では,ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシを対象としたものが行われるのみで,イエシロアリ又はヤマトシロアリでは試験がなされていない点で相違している。」(13頁20~26行)とした。

つまり,本件発明1と甲2発明は,防除剤としての有効性成分である化合物に関しては完全に一致し,相違しているのは,対象となる害虫が本件発明1では,「イエシロアリ又はヤマトシロアリ」であるのに対して,甲2発明では,「ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシ」である点だけである。

(2)  相違点(2)の容易想到性

甲2の明細書には,「本発明の式(Ⅰ)化合物は,強力な殺虫作用を現わす。従って,それらは,殺虫剤として,使用することができる。・・・また本発明化合物は広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫およびその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除のために使用でき,それらの駆除撲滅のために適用できる。」(14頁左上欄1~9行)と記載されて,イミダクロプリドを含む化合物が殺虫剤として使用することができることが記載されている。そして,「そのような害虫類の例としては,・・・等翅目虫,例えば,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)」(同頁左下欄11~13行)とあり,甲2に開示されたイミダクロプリドを含む殺虫剤の対象害虫がヤマトシロアリ,イエシロアリであることが記載されている。

審決の認定するように,仮に,上記の甲2の記載が生物試験の結果が示されていないために,引用例としての適格性を有しないとしても,引用例としての適格を有する「イミダクロプリドを有効成分として含有する防除剤の対象害虫がツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシである」との記載がある公報と同一の公報に上記の記載がある以上,上記の引用例としての適格を有する記載に接する当業者に対して,少なくとも,示唆を与えることは明らかである。

かかる示唆を与えられた当業者が,イミダクロプリドを有効成分として含有する防除剤が,イエシロアリ,ヤマトシロアリに対しても有効であると見いだすことは極めて容易であり,用途の発見に何らの困難性もないものである。

この点,審決は,「以上の事実を総合してみると,甲2に記載された一般式・・・で表される化合物群中,生物試験において有効であることが裏付けられている化合物は限られており,その対象害虫についても同じ半翅目に属する5種の昆虫であるから,その発明の詳細な説明に他の対象害虫及び他の一般式に包含されている化合物が具体的に記載されていても,そのうちどの化合物が,どの対象害虫に有効であるかということまでは,当業者であっても,明らかになっているものと認めることはできず,また,具体的に効果が裏付けられている化合物についても,それが,他のどの害虫にまで有効であるかも明らかにされているものではない」(15頁21~29行)として,容易想到ではないと判断している。

しかし,上記のとおり,本件発明1と甲2発明は,防除剤としての有効性成分である化合物に関しては完全に一致し,相違点(2)は,対象となる害虫が本件発明1では,「イエシロアリ又はヤマトシロアリ」であるのに対して,甲2発明では,「ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシ」という点だけである。したがって,「そのうちどの化合物が,どの対象害虫に有効であるかということまでは,当業者であっても,明らかになっているものと認めることはできず,」という化合物の範囲を問題とする理由①は,本件には全く関係しない。

また,審決は,「具体的に効果が裏付けられている化合物についても,それが,他のどの害虫にまで有効であるかも明らかにされているものではない。」(15頁27~29行)とするが,これは,本件明細書に,「本発明の式(Ⅰ)化合物は,強力な殺虫作用を現わす。従って,それらは,殺虫剤として,使用することができる。・・・また本発明化合物は広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫およびその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除のために使用でき,それらの駆除撲滅のために適用できる。」(14頁左上欄1~9行),「そのような害虫類の例としては,・・・等翅目虫,例えば,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)」(同頁同欄10~13行)と記載されていることを全く無視するものである。これらの記載から,イミダクロプリドを含む化合物を有効成分とする防除剤の対象害虫として,ヤマトシロアリ,イエシロアリは示唆されており,かかる示唆に従って,イミダクロプリドの用途として,ヤマトシロアリ,イエシロアリに殺虫効果があることは極めて容易に発見できるものである。したがって,審決がこの点に進歩性を認めたのは明らかに失当である。

(3)  以上のとおり,審決は,相違点(2)の容易想到性の判断を誤ったものであり,取消しを免れない。

3  取消事由3(本件発明と甲1発明の相違点についての判断の誤り)

(1)  相違点(2)の容易想到性(その①)

審決は,「シロアリ類(等翅目)の昆虫に関しては殺虫効果について具体的なデータが全く示されておらず,殺虫剤とその対象害虫の関係は前記説示したとおりであるから,このデータを基にしても,当業者が,イミダクロプリドがイエシロアリ又はヤマトシロアリの防除に関して,それを使用することが容易になしえたものとは認められない。」(19頁10~14行)と認定,判断している。

しかし,我が国におけるシロアリ駆除の対象となるのは,主としてヤマトシロアリ,イエシロアリであるとするのが技術常識であり(甲12,13),甲1発明には,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫駆除剤が「シロアリ」に効果があることが記載されているのであるから,我が国の当業者がこの記載に接した場合,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫駆除剤を「シロアリ」の一種であるヤマトシロアリ,イエシロアリに適用することを想到することは極めて容易であり,その結果,容易にイミダクロプリドを有効成分として含有する害虫駆除剤の用途として,ヤマトシロアリ,イエシロアリに効果があることは容易に発見することができる。

したがって,用途発明である本件発明1の用途は,甲1発明の記載と上記の技術常識から容易に想到できるものであり,相違点(2)は,容易に想到できるものである。

審決は,上記の技術常識を考慮しておらず,失当である。

(2)  相違点(2)の容易想到性(その②)

審決が,「異なるグループ(目あるいは科)の間での殺虫効果の類推性は一般的にはないものと考えられる」(14頁下から3行~最終行),「例えば,広く使用されているピレスロイド系殺虫剤(ペルメトリン)はカメムシ類,アブラムシ類(半翅目),チャドクガ,ヨトウムシ,アオムシ(鱗翅目),アザミウマ類(総翅目)等に効果があることが知られているように,殺虫剤はいくつかの特定のグループ(例えば,科あるいは目でまとめられるグループ)が対象となっている」(15頁1~5行)と認定,判断するように,少なくとも,科あるいは目でまとめられるグループ内では,殺虫効果の類推性があることは認めている。例えば,ある殺虫剤がモモアカアブラムシに効果があるという知見があれば,同じ半翅目に属する昆虫に対しては,効果を類推できるのである。

グループに属するすべての昆虫に対して,殺虫効果を確かめることは事実上,不可能であり,このようなグループ内では少なくとも類推性があることを前提にしなければ,殺虫剤の対象をいくつかのグループとすることはできないことは明らかである。

他方,相違点(2)は,「対象となる害虫が,本件発明1ではイエシロアリ又はヤマトシロアリであるのに対し,甲1発明では単に『シロアリ』とされていて,シロアリ類(等翅目)中の属名が特定されていない点」(審決16頁下から5行~下から2行)にあるというのであるから,本件発明1と甲1発明は,同じ等翅目中の「ヤマトシロアリ,イエシロアリ」と「シロアリ」の相違しかない以上,審決によれば,同じ目に属する昆虫間においては,殺虫効果の類推性が認められ,当業者であれば,容易に想到できるのは明らかであり,審決のロジックは破綻しているといわざるを得ない。

(3)  以上のとおり,審決は,相違点(2)の容易想到性の判断を誤ったものであり,取消しを免れない。

4  取消事由4(本件発明2及び3と甲1発明及び甲2発明との相違点についての判断の誤り)

審決は,「本件発明1は,当業者が甲1発明又は甲2発明に基づいて容易に発明をすることができないことは前示のとおりであるから,本件発明2及び3も,当業者が,甲1発明又は甲2発明に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない」(19頁24~27行)とする。

しかし,前述のとおり,本件発明1の進歩性の判断が誤っている以上,本件発明2及び3についての認定判断には誤りがあることは明らかである。

よって,この点からも,審決は取り消されるべきである。

第4被告の主張の要点

1  取消事由1(本件発明1と甲2発明の相違点の認定の誤り)に対して

(1)  原告は,審決が本件発明1と甲2発明との対比において一致点とすべきところを相違点(2)として認定し,本件発明1の進歩性を肯定したことは違法である旨の主張をする。

(2)  審決は,甲2にヤマトシロアリ,イエシロアリが例示されているが,それらの生物試験の結果が示されていないとして相違点(2)を認定したのものである(審決13頁26~32行のカッコ書き)。これは甲2及びその当該記載箇所を適格な引用例として採用して対比,判断したものであり,原告が「引用例の適格性」の問題として主張している部分は失当である。

(3)  原告は,「審決は,進歩性の判断のための引用例として適格性を有するためには,実験結果が必須であるとする理解を前提に,甲2のイミダクロプリドの対象害虫として,イエシロアリ及びヤマトシロアリに関する記載は,進歩性を判断するための引用例として不適格であると認定,判断したものである。」と審決を論難するが,審決は,「ある特定構造の化合物が殺虫活性を有している場合,その化合物が殺虫剤として効果を挙げることのできる対象害虫は,害虫の範囲を昆虫に限っても,昆虫には非常に多くの種類(種,属,科,目)があるから,すべての昆虫に効果を有するものはないと考えられる。」(14頁下から9~下から6行)との技術常識に立って,甲2に具体的に記載されている5種の害虫ないしはそれらが属する「半翅目」とは目の分類単位において異なるイエシロアリ及びヤマトシロアリが属する「等翅目」にも同様の殺虫活性が及ぶか否か不明としたものであり,この意味において,審決は妥当な判断をしたものということができる。

乙1(加本美穂子作成,2005年5月23日付け実験成績証明書)は,イミダクロプリド関連化合物のイエシロアリに対する生物学的活性試験を実施し,その結果を一覧したものである。具体的に,本件発明1のイミダクロプリドを甲2に記載の一般式に包含されイミダクロプリドと化学構造が類似する化合物No.1,2,4,5,10,11,16と対比してイエシロアリに対する殺虫効果を試験したものである。実験成績証明書のFig.1~Fig.3に見られるように,シロアリ投入30分~3時間後,50~400ppmのいずれの活性成分濃度においてもイミダクロプリドと接触したシロアリの苦悶の程度は他のニトロイミノ化合物に較べてはなはだしく,イミダクロプリドは即効性においても優れていることが判る。また,Fig.4~Fig.6から,シロアリ投入1~3日後におけるイミダクロプリドによるシロアリの苦悶起立,転倒,死虫の割合は50~400ppmのいずれの濃度においても他のニトロイミノ化合物から突出して増加していることが分かる。また,シロアリ投入5日後においては,No.1やNo.2では200ppm以下で苦悶虫が残るのに対し,イミダクロプリドは50ppmでも完璧な死虫率100%を表している。No.4~No.16では殆ど効果がない。このように,化学構造が類似しても,各々の殺虫活性には優劣が認められ,イミダクロプリドは試験した化合物群の中で最も早くシロアリを苦悶・死亡に至らしめ,低濃度におけるシロアリ防除効果及び効力の持続性という点で最も優れているものであり,類似化合物と対比しても極めて卓越したシロアリ防除効果を示すのである。

甲2の実施例5~7の生物試験においては,上記No.1,2,4,10及び11の化合物は,ツマグロヨコバイ等々の「半翅目」に対してNo.3の化合物(本件特許と同じイミダクロプリドである。)と同等の殺虫活性を示すとされているが,乙1の実験成績証明書によれば,目が異なるイエシロアリ,ヤマトシロアリの「等翅目」については,No.3の化合物ほどの卓効した殺虫活性が認められない。このことは,対象害虫が異なれば,例えば「半翅目」から「等翅目」に変われば,同等の殺虫活性が常に予期できるということにはならないことを表す一つの証左である。

乙9(本件特許に係わる発明の共同発明者の一人である坪井真一の平成18年3月14日付け私見。同人は本件特許に係わるイミダクロプリドの研究・開発・商品化に20年以上関与し,イミダクロプリドを最もよく知る専門家である。)において,農業用殺虫剤の主たる対象害虫は鱗翅目昆虫であるとし,イミダクロプリドの鱗翅目昆虫に対する殺虫効果について,同じ鱗翅目に属するとはいえ,分類学上,ある科の鱗翅目昆虫によって,卓効を示す場合と示さない場合があると述べられ(3,4頁),その例として,コハモグリガ科のミカンハモグリガ,ホソガ科のキンモンホソガ,ハモグリガ科のギンモンハモグリガ,モモハモグリガには殺虫効果が認められて農薬登録されているが(乙9に添付の「みどりの手引」参照),同じ鱗翅目昆虫であっても,他の科に属するアオムシ(モンシロチョウの幼虫),ヨトウムシやアメリカシロヒトリのような害虫には殺虫効果がないことから,これらの害虫に対しては防除剤として認可されなかったことを挙げられている。これは,同じ分類上の「目」に属する虫でも,「科」が異なれば殺虫効果に差が出ることを示しているのであり,或いは,同じ「目」に属する虫でもすべての「科」に一様に殺虫効果が及ぶということにはならないことを言い表しているのである。また,実際の野外試験において,かんきつの鱗翅目害虫に対する効果試験を行ったところ,イミダクロプリドは,コハモグリガ科のミカンハモグリガに高い殺虫効果を示すが,マルハキバガ科のミカンマルハキバガ,アゲハチョウ科のアゲハチョウ類に対しては効果は低く,特にアゲハチョウに対してはほぼ効力なしであったことを確認している(乙9に添付の「試験例1」参照)。また,茶樹の鱗翅目害虫に対する効果試験においても,イミダクロプリドは,ホソガ科のチャノホソガに高い殺虫効果を示したが,ハマキガ科のチャノコカクモンハマキに対する効果はまったく認められなかったことも確認している(乙9に添付の「試験例2」参照)。

(4)  以上のとおり,取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(本件発明と甲2発明との相違点についての判断の誤り)に対して

(1)  原告は,相違点(2)があるものとしても,審決は相違点(2)の容易想到性の判断を誤ったものであるから,その取り消しは免れないと主張する。

具体的に,原告は,引用例としての適格を有する「イミダクロプリドを有効成分として含有する防除剤の対象害虫がツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシである」という記載と同一の公報に記載されている以上,当業者に対して少なくとも示唆を与えることは明らかであり,本件発明1の用途の発見に何らの困難性もない,と主張する。

しかしながら,同一の公報に記載されていることを理由に,示唆が与えられているから当該用途の発見に何らの困難性もないとするのは余りにも短絡的である。

甲2には,生物試験がなされているツマグロヨコバイなどの半翅目の他に,鱗翅目,鞘翅目,直翅目,双翅目,等翅目等々の非常に多数の害虫が例示されているところ,上に述べたように,「目」が異なれば同等の殺虫効果が常に予期できるとは限らないのであり,また,前記乙9に記載されているように,イミダクロプリドは,1つの分類である鱗翅目害虫に限っても,「科」が異なれば卓効を示す場合と示さない場合があるのであり,甲2に列記された害虫すべてに亘って所期の殺虫効果が予測されるということにはならないからである。

また,審決は,本件発明1に係わる「イエシロアリ」,「ヤマトシロアリ」が上記ツマグロヨコバイ他4つの害虫と同一の公報に記載されていることはもとより承知の上で,それでも,以下に掲げる事実を勘案すれば,本件発明1は甲2発明に基づいて容易に発明をすることはできないと認定したものである。

(2)  甲2では,生物試験が行われて,害虫防除剤としての有効性がデータによって確認されているのは,ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシの5種類の害虫(実施例5~7)のみであること(審決13頁下から6~下から4行)。

前記生物試験の対象害虫とされた5種類の昆虫はいずれも同じ半翅目に属するもので,他のグループ(目)に属する昆虫については生物試験が行われていないこと(審決14頁28~30行)。

ある特定構造の化合物が殺虫活性を有している場合,その化合物が殺虫剤として効果を挙げることのできる対象害虫は,害虫の範囲を昆虫に限っても,昆虫には非常に多くの種類(種,属,科,目)があるから,すべての昆虫に効果を有するものはないと考えられること(審決14頁31~34行)。

殺虫効果に関する作用機序は殺虫剤の種類により異なることが普通であり,また,昆虫の生態が科,目を越えて全く同じであるとも認められないので,異なるグループ(目あるいは科)の間での殺虫効果の類推性は一般的にはないものと考えられること(審決14頁34~末行)。

広く使用されているピレスロイド系殺虫剤(ペルメトリン)は・・・が対象となっているものであり,それは,それぞれ実験によって確認された結果,使用対象として定められていることが普通であること(審決15頁1~6行)。

甲2において,従来公知であった式(A)の1-ベンジル-2-ニトロイミノイミダゾリジン(化合物A)がほとんど殺虫作用を示さないのに対し,化合物Aのフェニル基を2-クロロ-5-ピリジル基としたイミダクロプリドは殺虫作用を示すものであること(4頁右上欄~左下欄)(審決15頁10~15行)。

乙1のイミダクロプリド関連化合物のイエシロアリに対する効果試験結果によると,甲2の生物試験において,イミダクロプリドと同様にトビイロウンカ,モモアカアブラムシ等に有効とされている化合物No.4はイエシロアリに対し全く有効なものとは認められず,化合物No.10もほとんど有効性は認められず,化合物No.1,No.2も1~3日後の結果はイミダクロプリドに比してかなり劣るものであること(審決15頁15~21行)。

審決は,以上の事実を総合して,「その発明の詳細な説明に他の対象害虫及び他の一般式に包含されている化合物が具体的に記載されていても,そのうちどの化合物が,どの対象害虫に有効であるかということまでは,当業者であっても,明らかになっているものと認めることはできない」と結論したのであり,原告の非難は当たらない。

ちなみに,本件発明の「害虫防除剤発明」と同様に用途発明の一種である「医薬発明」に関する審査基準,2.2.1.1 新規性の判断の手法(2)「引用発明の認定」において,「・・・・また,例えば,当該刊行物に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に多数列挙されている場合は,技術的に意味のある医薬用途が明らかであるように当該刊行物に記載されているとは認められず,その発明を引用発明とすることはできない。」と記載され,上記被告の主張に沿う審査運用がなされている。

(3)  原告は,化合物の範囲は本件には全く関係しないと強調しているかのようであるが,審決は,本件発明1と甲2発明との対比において,もともと「いずれも,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤である点で一致している」と認定して(13頁14~15行)化合物の異同を何ら問題にはしていないのであり,当該原告の主張は,ただ単に審決を非難しているに過ぎない。

(4)  以上のとおり,取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(本件発明と甲1発明の相違点についての判断の誤り)に対して

(1)  原告は,本件発明1と甲1発明との相違点(2)に関して,「我が国における,シロアリ駆除の対象となるのは,主としてヤマトシロアリ,イエシロアリであるとする技術常識」(甲12,13)を考慮すれば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫駆除剤を「シロアリ」の一種であるヤマトシロアリ,イエシロアリに適用することを想到することは極めて容易である,と主張する(相違点(2)の容易想到性その①)。

(2)  しかしながら,甲1に記載されているトウモロコシを加害する「シロアリ」と,本件発明1の工芸素材類(主として木材,木質合板類)を侵襲する「イエシロアリ」,「ヤマトシロアリ」とでは,次に述べるように,生物分類上も,その生態においても截然と異にしているのであり,原告の上記主張はこれらを混淆するもので妥当なものということはできない。

甲1のシロアリは,具体的には,Microtermes, Ancistrotermes, Macrotermes spp., Odontotermes, Allodontermes, Pseudacanthotermesなどをいうのであって(甲5~9),生物分類上「シロアリ科」の「キノコシロアリ亜科」に属するものである(乙7の1~4,乙8)。一方,本件発明1のシロアリは,生物分類上「ミゾガシラシロアリ科」の「イエシロアリ亜科」または「ヤマトシロアリ」に属するもので(乙8),甲1に記載の農業害虫としてのシロアリとは生物分類上「科」の分類単位において明確に一線を画しているのである。甲1のシロアリが前記したものであることは原告自身が立証したことであり,本件発明1のシロアリとは明確に異なることは原告自身が十二分に承知しているはずである。審決も本件発明1のシロアリが甲1のシロアリと相違することを認定している(審決17頁5行~19頁1行)。

また,甲1の「シロアリ科(Termitidae)」は「Higher Termites」と呼ばれるシロアリ種であり(乙7の1),当該Higher Termitidaeは,すべてのシロアリ種の4分の3を構成しており,それらは内臓中にプロトゾアよりむしろバクテリアを有している点でシロアリ科(Termitidae)以外のすべてのシロアリ種(lower termites)と異なっていると,記載されている(乙7の3)。このことは,換言すれば,甲1のトウモロコシのシロアリ類と,lower termitesに属するミゾガシラシロアリ科(Rhinotermitidae)の本件発明に係る「イエシロアリ又はヤマトシロアリ」とでは,セルロース消化システムが異なることを意味している。また,ミゾガシラシロアリ科(Rhinotermitidae)の生物は,主に土中に時には地上湿気のある生息環境下で巣をつくり,唾液や糞と一緒に混ぜた土で作られた避難導管を作り,また,食害された木は層状様を呈する,と記載されている(乙7の4)。

このように,本件発明1の防除対象である「イエシロアリ」及び「ヤマトシロアリ」は,甲1のトウモロコシのシロアリとは生物分類上も,その生態もまったく異なるものであり,両者は生物学的に峻別されなければならないものである。

(3)  また,原告は,審決の「(甲1には)シロアリ類(等翅目)の昆虫に関しては殺虫効果について具体的なデータが全く示されていない」云々との認定・判断につき,我が国におけるシロアリ駆除の対象となるのは主としてヤマトシロアリ,イエシロアリであるとする技術常識を考慮しないもので失当なのは明らかである,と主張するが,甲1に具体的に殺虫データが示されているのは,同翅目(半翅上目),鱗翅目,鞘翅目に属する一部の昆虫のみであり,シロアリ類(等翅目)の昆虫については何の具体的な殺虫効果のデータも示されていない。殺虫剤と対象害虫の関係については審決認定のとおりであるから,原告のかかる非難も当たらない。

(4)  原告は,審決は「少なくとも科あるいは目でまとめられるグループ内では,殺虫効果の類推性があること」を認めているとし,「同じ目に属する昆虫間においては,殺虫効果の類推性が認められる」のであるから,審決のロジックは破綻していると主張する(相違点(2)の容易想到性その②)。

しかしながら,原告の「審決は少なくとも科あるいは目でまとめられるグループ内では,殺虫効果の類推性があることを認めている」との主張は,審決の認定,判断を曲解するものである。審決は,「異なるグループ(目あるいは科)の間での殺虫効果の類推性は一般的にはないものと考えられる。」と説示したが(14頁下から3~最終行),これは「目」あるいは「科」のグループを超えて殺虫性の類推性は認められないというだけであって,原告主張のように,同じ「目」あるいは「科」のグループ内での殺虫効果の類推性を肯定しているわけではない。審決中に,同じ「目」あるいは「科」のグループ内では殺虫効果の類推性は認められると明記しているところはどこにもない。

加えて,審決は,当該記載に続き,「それは,それぞれ実験によって確認された結果,使用対象として定められていることが普通である。」と説示しているように,「目」のグループで殺虫効果を認めたのではなく,「実験」によって確認されたといっているのである。審決は「目」のグループ内で殺虫効果の類推性を認めているという原告の主張は,審決の認定,判断に到底合致するものとは言い難い。

昆虫分類上の各「目」それぞれには多大の数の昆虫が分類されているのであり,ある「目」のグループに分類されるすべての害虫に殺虫効果が等しく及ぶというようなことはない(乙10)というのが技術常識であり,審決もかかる技術常識を勘案したうえで理由を述べているのであるから,同じ「目」に属する昆虫間においては殺虫効果の類推性が認められるとまで説示するはずがない。

このことは,乙9からも明らかである。乙9には,実際の殺虫試験において,同じ「目」の昆虫であっても,「科」が異なれば,殺虫効果が認められる場合と認められない場合があると記載されているのであり,同じ「目」に属する昆虫間に殺虫効果の類推性が認められるとすることはできないのである。また,本件発明1のシロアリと甲1のシロアリとは「科」のグループで明白に異なるのであり,上記審決にいう「異なるグループ(目あるいは科)の間での殺虫効果の類推性は一般的にはないものと考えられる。」が相当するケースであり,審決の認定には誤りはない。

また,前記したように,甲1には,イミダクロプリドが「等翅目」の昆虫に殺虫効果があることは具体的にデータで示されていないのであり,それをさておいて,単に「等翅目」の同じグループに属するから殺虫効果の類推性が認められるとする原告の主張には,論理の飛躍がある。

(5)  以上のとおり,取消理由3は理由がない。

4  取消事由4本件発明2及び3と甲1発明及び甲2発明との相違点についての判断の誤り)に対して

原告は,審決における本件発明1の進歩性の判断が誤っている以上,本件発明2及び3についての認定判断に誤りがあることは明らかであると主張するが,前記のとおり,原告が主張する取消事由1~3はいずれも理由がないから,取消事由4も理由がない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本件発明1と甲2発明の相違点の認定の誤り)について

(1)  原告は,審決には,「進歩性の判断のための引用例として適格性を有するためには実験結果が必須である」という誤った理解を前提として,甲2発明の認定を誤ったため,本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点の認定を誤った違法があると主張するので,以下検討する。

(2)  審決は,甲2発明について,「甲2には,イミダクロプリドを含む,・・・ニトロイミノ誘導体が記載され・・・,その化合物群が種々の有害昆虫の殺虫剤として使用されるものであることが記載され・・・,殺虫剤としての有効性がツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ,モモアカアブラムシを対象とした生物試験により示されている・・・から,甲2には,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤に係る発明が記載されている」と認定した上で,本件発明1と甲2発明を対比し,両発明の一致点を「イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤である点」と判断し,次いで,相違点を「害虫から保護する対象」の違い(相違点1。原告はこの相違点の認定判断については争っていない。)及び「対象となる害虫」の違い,すなわち,「本件発明1ではイエシロアリ又はヤマトシロアリ」と防除対象害虫が限定されているのに対し,甲2発明では「単なる有害な昆虫等」と防除対象害虫が種名あるいは属名等で特定されていないものと判断し,この点を相違点2としているところである。

以上によれば,審決の一致点の認定判断に誤りはないし,また,相違点2についても,審決も指摘するように甲2の発明の詳細な説明中には甲2発明が対象とする害虫として「等翅目虫,例えば,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)」との記載があるものの,これらの害虫に対する防除効果についての技術的意義については生物試験結果が示されていないことから即断することはできないとし,とりあえず相違点2として取り上げ,同相違点に対する判断でこれを明らかにすることとしたものであることは明らかである。

したがって,審決が甲2発明の引用例としての適格を否定したものでないことは明らかであり,原告の主張は採用できない。

2  取消事由2について

(1)  本件明細書には次のとおりの記載があることが認められる(甲11,乙13)。

「様々な昆虫が,工芸素材類に被害をもたらすことが知られており,それによって引き起こされた深刻な被害のために,住環境への影響,更に工芸素材類からできた文化財建造物への影響が,社会的問題になると共に,その保護並びに有効な防除が強く望まれている。そして,これら有害生物のうち,シロアリは,特に重要な害虫として知られている。」(段落【0002】)

「近年,我が国に於いては,従来シロアリ防除剤として各方面で多用されてきたクロルデンがその長期残留性及び環境への影響の点から,使用禁止となり,現今使用されている薬剤は,主に,ホキシム・・・,クロルピリホス・・・等の有機リン系殺虫剤,並びにパーメスリン・・・,デカメスリン・・・等のピレスロイド系殺虫剤である。」(段落【0003】)

「また,上記ピレスロイド系殺虫剤の外に,サイパーメスリン・・・,フェンバレレート・・・,シフルトリン・・・も,シロアリ防除活性を有している。然しながら,これとても薬剤の使用濃度,並びにその効果及び安全性,また木造家屋(住居)並びに文化財等の性質上,薬剤処理回数の制約等々の問題もあり,決して満足いくべきものではない。」(段落【0004】)

上記記載によると,工芸素材類に対する害虫,特にシロアリの被害が深刻であるばかりか,防除剤の使用による住環境への影響等が社会的問題となる中,従来シロアリ防除剤として各方面で多用されてきたクロルデンが,その長期残留性及び環境への影響の点から,本件発明に係る特許出願時に近い時期に我が国において使用禁止となったこと,その後,クロルデンに代わるシロアリ防除剤としてピレスロイド系殺虫剤などが使用されているが,薬剤の使用濃度並びに効果及び安全性に問題があるほか,木造家屋(住居)並びに文化財等についてはその性質上薬剤処理回数が制約されるなどの問題と相まって,満足のいくべきものではなかったこと,このため本件発明の特許出願時においては,シロアリに対する防除効果が高く,かつ,安全性の高い防除剤の開発が求められていたことが認められる。

(2)  甲2に,審決で認定したとおりの各記載(上記第2の3「6 当審の判断」中の(1)イ(ア)ないし(キ))があることについては,当事者間に争いがない。

上記記載によると,甲2発明の特許請求の範囲に記載されたニトロイミノ誘導体が,強力な殺虫作用を現す殺虫剤として使用することができること,同化合物が広範な種々の害虫,有害な吸液昆虫,かむ昆虫及びその他の植物寄生害虫,貯蔵害虫,衛生害虫等の防除及び駆除撲滅のために適用できるものであること,その対象となる害虫類の一例として,ヤマトシロアリ(deucotermes speratus),イエシロアリ(Coptotermes formosanus)などの等翅目虫が明記されていること,同化合物は石灰物質状のアルカリに対する良好な安定性を示すほか,木材及び土壌において優れた残効性を示すものであること,上記ニトロイミノ誘導体の実施例として,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物が示されていることが認められる。

また,甲2の記載によると,甲2発明の一般式によって示される化合物は50種類以上に及ぶこと(17頁右欄12行目以下,第1表),製造実施例として5種の化合物が記載され,そのうちの1つ(実施例3-ii,化合物No.3)がイミダクロプリドを有効成分として含有する化合物であること(16頁左欄上段19行目から17頁右欄上段11行目),実施例5ないし7として,有機リン剤抵抗性ツマグロヨコバイ,トビイロウンカ,ヒメトビウンカ,セジロウンカ並びに有機リン剤及びカーバメート剤抵抗性モモアカアブラムシに対する3種類の生物試験が行われ,その結果として,実施例5においては3種,実施例6においては5種,実施例7においては6種の化合物によるものが代表例として示されているところ,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物である「化合物No.3」は,いずれの生物試験の代表例にも挙げられていること(19頁左欄上段3行目から20頁左欄上段4行目)が認められる。

(3)  ところで,審決は,甲2には,甲2発明の防除対象害虫としてヤマトシロアリ及びイエシロアリが記載されているものの,これらに対する効果が生物試験によって裏付けられていない以上,甲2発明から示唆を受けて本件発明1を容易に想到することはできないとしたものであるから,以下,この点について検討する。

上記(1)で認定したところによると,工芸素材類をシロアリから保護するための防除剤の開発に従事する当業者は,使用が禁止されたクロルデンに代わる物質を有効成分とする害虫防除剤で殺虫能力と残効性の高いものを速やかに発見しなければならないという課題に直面していたということができる。

そして,上記(2)のとおり,甲2には,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物を一つの代表例とするニトロイミノ誘導体が広汎な害虫に対して強力な殺虫作用を示すとともに,木材における優れた残効性を示すこと,さらに,同化合物が殺虫効果を示す対象害虫類の一つとして,等翅目虫のヤマトシロアリ,イエシロアリが具体的に挙げられているのであるから,上記の課題に直面していた当業者が,同一技術分野に属する刊行物である甲2に接したならば,イミダクロプリドを有効成分として含有する害虫防除剤をヤマトシロアリやイエシロアリに適用してみようとすることは何ら困難な事柄ではないというべきである。

被告は,上記第4の1(3)のとおり,化学物質の害虫に対する防除効果は害虫の種類によって大きな差異があるから化学物質の効果が生物試験によって裏付けられていない限り,所期の効果を予測することはできないと主張するが,このような事情を考慮したとしても,イミダクロプリドを有効成分として含有する化合物をヤマトシロアリ及びイエシロアリの防除剤として適用してみようとする動機付けとする限りにおいては,上記に説示したところを左右するには足りない。

また,被告は,用途発明の一種である医薬発明に関しては,特許庁の審査基準に,「当該刊行物に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に多数列挙されている場合は,技術的に意味のある医薬用途が明らかであるように当該刊行物に記載されているとは認められず,その発明を引用発明とすることはできない。」と記載されていることから,甲2のヤマトシロアリ,イエシロアリに関する記載を引用発明とすることは不適当である旨主張しているが,上記審査基準は,発明の公知性の有無に係る新規性の判断に関するものであり,進歩性の判断の当否を問題とする本件に妥当するものではないから,失当である。

(4)  以上によれば,相違点(2)について,当業者が甲2発明から本件発明1の構成に想到することが容易ではないとした審決の判断は誤りであり,原告主張の取消事由2は理由があるというべきである。

第6結論

以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,審決中,無効審判請求を成り立たないとした部分は誤りであり,取り消しを免れない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中信義 裁判官 石原直樹 裁判官 杜下弘記)

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