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知財高等裁判所 平成18年(行ケ)10487号 判決 2007年7月19日

原告

コニシ株式会社

訴訟代理人弁理士

奥村茂樹

被告

アイカ工業株式会社

訴訟代理人弁護士

三木浩太郎

同弁理士

足立勉

毛利大介

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2005-80065号事件について平成18年9月25日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

原告は後記特許の特許権者であるところ,被告から平成17年3月1日付けで特許請求項1~5につき無効審判請求がなされたので,特許庁がこれを審理した上,平成18年3月7日付けでこれを無効とする審決(第1次審決)をしたことから,原告がその取消しを求める訴訟(第1次訴訟)を提起した。

第1次訴訟の提起を受けた当庁は,その後原告から特許庁に上記特許に関し訂正審判請求がなされたことなどの事情を考慮して,平成18年7月6日,特許法181条2項に基づき上記審決を取り消す旨の決定をした。

上記決定により特許庁において上記無効審判請求につき再び審理されることとなり,特許庁が,平成18年9月25日付けで,訂正請求を認めた上,再び請求項1~5に係る発明についての特許を無効とする旨の審決(第2次審決)をしたことから,原告において上記第2次審決の取消しを求めたのが本件訴訟である。

第3当事者の主張

1  請求原因

(1)  特許庁等における手続の経緯

原告は,名称を「水性接着剤」とする発明につき,平成14年2月4日(優先権主張平成13年2月16日,日本)に特許出願をし,平成16年2月20日に特許第3522729号として設定登録を受けた(請求項の数5。甲1〔特許公報〕。以下「本件特許」という。)。

その後平成17年3月1日に至り,請求項1ないし5について,被告から特許無効審判請求がなされ,同請求は無効2005-80065号事件として特許庁に係属した。そして同庁は,平成18年3月7日,「特許第3522729号の請求項1~5に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(以下「第1次審決」という。)をしたので,原告は平成18年4月5日,同審決の取消しを求める訴訟を提起した(当庁平成18年(行ケ)第10145号)。

そして平成18年5月8日に原告は本件特許につき特許庁に対し訂正審判請求を行い,同請求は訂正2006-39071号事件として係属したが,当庁は,平成18年7月6日,上記事情を考慮して特許法181条2項に基づき第1次審決を取り消す旨の決定をした。

そこで,特許庁において,再び無効2005-80065号事件について審理されるところとなり,特許庁は,平成18年9月25日,原告が上記訂正審判請求と同内容の訂正請求をしていることを前提として,「訂正を認める。特許第3522729号の請求項1~5に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決(第2次審決。以下「本件審決」ということがある。)をし,その謄本は平成18年10月5日原告に送達された。

(2)  発明の内容

訂正後の特許請求の範囲の内容は,下記のとおりである(下線部分は訂正部分。以下,請求項に対応して「訂正発明1」ないし「訂正発明5」等という。なお,これを合わせて「訂正発明」ということがある。)。

【請求項1】重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤であって,測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値が230~280Paであり,且つ測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が1200~1450Paである水性接着剤。

【請求項2】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが,エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンである請求項1記載の水性接着剤。

【請求項3】酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが,酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と,前記酢酸ビニルの添加とは独立して,前記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程とにより得られるエマルジョンである請求項2記載の水性接着剤。

【請求項4】酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体として,アクリル酸エステル類,メタクリル酸エステル類,ビニルエステル類及びビニルエーテル類から選択された少なくとも1種の単量体を用いる請求項3記載の水性接着剤。

【請求項5】請求項1~4の何れかの項に記載の水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤。

(3)  審決の内容

審決の内容は,別添審決写しのとおりである。

その理由の要点は,訂正発明1ないし5に関し,訂正明細書の発明の詳細な説明には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がされているとはいえないから,平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下単に「法」という場合がある。)36条4項の要件を満たさない,等としたものである。

〔判決注〕平成14年法律第24号による改正前の法36条4項の規定は,次のとおりである。

法36条4項

前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。

(4)  審決の取消事由(法36条4項の解釈,適用の誤り)

ア 訂正発明の内容

(ア) 訂正発明1は物の発明であり,これを分説すれば,以下のとおりとなる。

a 重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤であって,

b 測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値が230~280Paであり,

c 且つ測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が1200~1450Paである水性接着剤。

(イ) 上記記載形式から分かるように,構成要件aは,前提事項である。すなわち,訂正発明1が従来公知のシード重合タイプの酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる可塑剤を含有しない水性接着剤に関するものであって,物の発明であることを規定している。この物は,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなるものであるから,液体状態の物である。

構成要件bにおいて,その物の貯蔵弾性率G′の値が230~280Paであることを規定している。この貯蔵弾性率G′の値は,温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査したとき,その値がほぼ一定となる線形領域における値である。上記したように,訂正発明1は液体状態の物の発明であるが,貯蔵弾性率G′がほぼ一定となる線形領域を持つということは,その領域のずり応力では,弾性固体として振る舞っているということである。そして,その値が230~280Paということは,重力程度の応力を負荷しても,それは弾性固体として振る舞うということを意味している。

構成要件cにおいて,その物のずり応力の値が1200~1450Paであることを規定している。このずり応力の値は,ずり速度が200(1/s)の時点でのものである。すなわち,ずり速度が大きい時点では,ずり応力が1200~1450Paになるということである。このずり応力の値は,上記bで弾性固体として振る舞っていたにも拘わらず,大きなずり速度下では,ずり応力が低く,流動性が良好であることを意味している。

したがって,訂正発明1を分かりやすく説明すれば,シード重合法で得られた酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる液体状態の水性接着剤であって,重力程度の応力下では弾性固体として振る舞い,大きなずり速度下では流動性の良好な粘性流体として振る舞う水性接着剤ということである。このような振舞いの生じる原因は,エマルジョンを構成する粒子間結合が,重力程度の応力下では解除されず,大きなずり速度下では解除される構造となっているからである。もちろん,この構造は目視できないから,現象面から,すなわち,前記した貯蔵弾性率とずり応力とで把握されるものである。

(ウ) 従来より,シード重合法で得られた酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる液体状態の水性接着剤は存在したが,重力程度の応力下で粘性流体として振る舞い弾性固体として振る舞わないものであった。すなわち,重力程度の応力下でも,エマルジョンを構成する粒子間結合が解除された構造のものであった。

したがって,訂正発明1は,従来存在しなかった新規なエマルジョンに関する発明であり,目視できない粒子間結合の構造が従来とは異なるものとして把握されるものなのである。

そして,訂正発明2~5は,いずれも訂正発明1を引用し,訂正発明1の内容を技術的に限定したものであるから,訂正発明1と同一である。

イ 審決の誤り

(ア) 審決は,「本件発明1~5の水性接着剤を構成する「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」がどのような物質から製造されているか整理する。」(37頁3~4行目)として,製造原料として,酢酸ビニルと他のモノマーを併用したものを「エマルジョン<シード/酢ビ・他のモノマー>」と表現し,酢酸ビニルのみを使用したものを「エマルジョン<シード/酢ビ>」と表現し,両者を包含するものを「エマルジョン<シード/モノマー>」と表現し(38頁8~16行目),さらに,実施例に記載されたものを「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」と表現している(45頁10~12行目)。

しかしながら,エマルジョンの原料自体は公知の物質であって,そこには何らの発明性もなく,審決が検討すべきであったことは訂正発明の内容ないし特徴であって,発明に係る物の製造原料ではない。そうすると審決は,訂正発明とは直接関係しないものを検討したことになるから,審決は,法36条4項に規定されている「発明の実施」を検討したものではない点で誤りである。

(イ) 次に,審決は,訂正明細書(甲3)の段落【0046】のみの記載によって,訂正発明が実施しうるか否かを検討している(39頁20行目~42頁1行目)。しかしながら,訂正明細書全体の記載を無視し,段落【0046】のみの記載に基づいている点で,審決は誤りである。

法36条4項には,「前項第3号の発明の詳細な説明は,・・・記載しなければならない。」と規定されているのであって,発明の詳細な説明全体に記載されているか否かを検討すべきである。発明の詳細な説明の一段落だけを取り上げて,そこに発明が実施可能なように明確かつ十分に記載されていないと認定することは,法36条4項の規定に違反するものであり,誤りである。

(ウ) 審決は,段落【0024】及び実施例の記載についてという項目において,「エマルジョン<シード/モノマー>」を実施することができないと認定している(43頁18~26行目)。また,実施例の追試についてという項目においては,「エマルジョン<シード/酢ビ>」を実施することができないと認定し(47頁23~25行目),さらに「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」を実施することができないと認定している(48頁12~13行目)。すなわち,実施例で使用した製造原料以外のものを使用すれば,実施例と同一の方法で本件訂正発明に係る物が製造できないと認定している。

しかしながら,実施例で使用した原料以外のものを使用したとき,その原料について実施例と同一の方法を適用して,訂正発明に係る物を得られないからといって,直ちに訂正発明が実施できないというわけではない。このような場合,実施例と同一の方法ではなく,素材に適した方法に変更すれば,訂正発明の範囲内のものが得られるものであり,下記ウにおいて述べるとおりである。

(エ) 以上のとおり,審決は,法36条4項にいう「発明の実施」を検討せず,発明の詳細な説明に記載された実施例を看過して実施可能要件を判断したもので,違法である。

ウ 訂正発明の詳細な説明の記載が法36条4項の規定を満足することについて

(ア) 訂正発明1は,上記ア(ア)a~cの構成要件よりなるものである。そして,訂正明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例1~3を,そのまま追試すれば,a~cの構成要件を充足する物を得ることができる。したがって,訂正発明1は,訂正発明の詳細な説明に基づいて,当業者が実施しうる。すなわち,①当業者が発明を実施しうることと,②発明の実施をしうる程度に明確であることの要件を具備している。

また,構成要件bは,貯蔵弾性率G′の値が230~280Paの範囲となっているところ,この下限値及び上限値のいずれも,実施例2及び3で得られた水性接着剤の値である。構成要件cは,ずり応力τの値が1200~1450Paの範囲となっているところ,この下限値及び上限値のいずれも,実施例2及び3で得られた水性接着剤の値である。なお,構成要件aは,全部公知の事項であって,発明の前提事項であるから,発明の実施という観点からは取り上げる必要のないものである。したがって,訂正明細書の発明の詳細な説明には,発明の特徴部分である構成要件b及びcの全範囲にわたって,発明の実施をしうるように記載されている。したがって,③発明の実施をしうる程度に十分であることの要件を具備している。

よって,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,上記①~③の要件を満足しており,法36条4項に規定された実施可能要件を満足している。

(イ) 訂正発明2~5は,いずれも,訂正発明1を引用し,訂正発明1の構成要件aを技術的に限定したものである。すなわち,多数の公知事項の中から,訂正発明1を合理的に且つ簡単に適用できる公知事項に限定したものである。そして,この公知事項に基づいて,訂正明細書の発明の詳細な説明の実施例が記載されている。したがって,訂正発明2~5もまた,上記①~③の要件を具備している。

よって,訂正発明2~5に関しても,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,上記①~③の要件を満足しており,法36条4項に規定された実施可能要件を満足している。

(ウ) 以上に述べたように,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,法36条4項に規定された要件を満足するものであり,それを満足しないとした審決の判断は誤りである。

(エ) また,原告は,使用原料にn-ブチルアクリレートを添加せずに,酢酸ビニルモノマーのみを用い,かつ,実施例1~3の基本設計を用いて,訂正発明を実施しうるか否かを確認した。その結果,訂正明細書(甲3)の【0046】に,「特に,G′a及びτaを前記所定の範囲にするためには,重合開始剤である過酸化水素水の添加量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量などが重要である」と記載されているところ,実施例1~3の基本設計中,過酸化水素水の添加量,保護コロイドの種類及び添加量,界面活性剤の添加量を変更することによって,訂正発明を実施できた(L・M「実験成績証明書」平成18年8月25日,甲11)。

このことからも,訂正発明1ないし5が訂正明細書の記載に基づき実施できることが明らかである。

被告は,原料を変更した場合に,訂正発明を実施するには,試行錯誤的な膨大な実験が必要になると主張する。しかし,何を根拠に試行錯誤的な膨大な実験が必要であるかを被告は明らかにしていないし,どの程度の実験数が必要となるのか,どの程度の費用を要するのか,どの程度の年数が必要であるのかも全く明らかにしていない。

そもそも,当業者は従来より種々の原料を用いて,酢酸ビニルエマルジョンを製造しているのであり,これは公知ないしは周知の事項である(訂正明細書の【0003】)。したがって,どのような原料を使用すればどのような酢酸エマルジョンが得られるかは,概ね理解しうる技術水準にある。このような技術水準下において,訂正明細書(甲3)に接して,訂正発明の課題とその解決手段が与えられれば,原料変更しても,試行錯誤的な膨大な実験を要せず,容易に訂正発明を実施しうる。現に,原告において約1ケ月程度で,原料を変更して訂正発明を実施できている(甲11)。原料変更により試行錯誤的な膨大な実験が必要であるとの被告の主張は失当である。

2  請求原因に対する認否

請求の原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。

3  被告の反論

(1)  訂正発明の内容に関し

訂正発明1が,原告主張のとおりa,b,cに分説できることは認める。しかし,構成要件b,cについての原告の主張,すなわち,「その物の貯蔵弾性率G′の値が230~280Paである・・・ということは,重力程度の応力を負荷しても,それは弾性固体として振る舞うことを意味している。」,「・・・ずり応力が1200~1450Paになるということ・・・は,上記bで弾性固体として振る舞っていたにも拘わらず,大きなずり速度下では,ズリ応力が低く,流動性が良好であることを意味している。」「・・・このような振る舞いの生じる原因は,エマルジョンを構成する粒子間結合が,重力程度の応力下では解除されず,大きなずり速度下では解除される構造となっているからである。」「・・・したがって,訂正発明1は,従来存在しなかった新規なエマルジョンに関する発明であり,目視できない粒子間結合の構造が従来とは異なるものとして把握されるものである」旨の主張は,訂正発明の当初明細書はもとより訂正明細書(甲3)においても何ら記載されていないものである。

そもそも原告は,特許請求の範囲の減縮であるとして,貯蔵弾性率G′及びずり応力τの上限値及び下限値を実施例1~3の測定値に限定して本件訂正を行ったものであって,本件訂正が認容された後に,突然,「貯蔵弾性率G′及びずり応力τの上限値及び下限値の範囲における粒子間結合は従来のエマルジョンとは異なる」などと実質上特許請求の範囲を変更するが如き主張をすることは禁反言に当たり,許されないものである。

(2)  審決に関し

ア 訂正発明1の構成要件aは「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」と規定しているが,シード重合による「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」を構成する不飽和単量体の組み合わせ(酢酸ビニルのみ,又は,酢酸ビニルと他の不飽和単量体)は,多数のものが存し,かつ不飽和単量体の組合せにより得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,その組合せ方によって物性を大きく異にするものであることが知られている。

このことは,審決に「本件特許明細書には,酢酸ビニルとシード重合させることのできる「他のモノマー」の具体的なものとして,段落【0027】~【0032】に非常に多数の不飽和単量体が記載されている。にもかかわらず,実施例で使用されている他のモノマーはn-ブチルアクリレートだけである。段落【0027】~【0032】に記載される非常に多数の不飽和単量体の中には,n-ブチルアクリレートと物性が大きく異なるものも多く含まれる。例えば,芳香族ビニル化合物(ポリスチレンのガラス転移点は100℃である)は,n-ブチルアクリレート(ポリn-ブチルアクリレートのガラス転移点は-45.5℃である。)に比べてガラス転移点が高く,また,結晶性も大きく異なることから,他のモノマーとしてn-ブチルアクリレートを使用するものと,スチレンを使用したものとでは接着剤に関係する物性は大きく異なるものと考えられる。」(47頁28行目~48頁2行目)と記載されているとおりである。

また,酢酸ビニルとシード重合させる不飽和単量体(モノマー)の種類が変わると,他の製造条件が全く同じであっても,貯蔵弾性率及びずり応力が大きく変動することは,甲7(Nほかの実験成績証明書),乙1(Lほかの実験成績証明書2)の実験結果からも明らかである。

したがって,訂正発明が実施可能であるというためには,シード重合による「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」を構成する不飽和単量体の組合せ,つまりこれによって得られる物性の異なる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンのすべてについて,構成要件b及びcを充足する物を実施をすることができるか否かが検討されなければならない。

審決では,まず,訂正発明1を製造原料の組合せごとに,すなわちモノマーの種類に応じて,「エマルジョン<シード/酢ビ>」と「エマルジョン<シード/酢ビ・他のモノマー>」に分類し,さらに後者を,「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」と「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」に分類したうえで,各分類ごとに,訂正発明1の実施可能要件を検討している(45頁7行目~48頁20行目)のであって,その判断手法は合理的であり,誤りはない。

イ 原告は訂正明細書全体の記載を無視し,段落【0046】のみの記載に基づいて判断しているとするが,審決では,訂正明細書の段落【0024】及び実施例を検討し(42頁10行目~45頁6行目),段落【0024】,【0046】の記載及び実施例,比較例を総合して勘案しており(43頁20行目~同26行目),この点でも審決に誤りはない。

ウ 訂正発明が実施可能であるとは,訂正発明の全ての範囲にわたってその実施をすることができるということを意味する。したがって,実施例として記載された方法をそのまま追試することにより訂正発明の実施態様の一つが実施できるということと,訂正発明の全ての範囲にわたって実施可能であることとは,本来,別の事項であり,実施例がそのまま製造できれば直ちに訂正発明の全ての範囲にわたって実施できるというものではない。

本件においては,構成要件aは「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」と規定されており,これには酢酸ビニルとシード重合させることのできる多数の不飽和単量体の組合せによって得られる物性の異なる多数の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが構成要件に含まれると解されるところ,訂正明細書に記載された実施例1~3はいずれも,上記多種類の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの一例たる,酢酸ビニルとn-ブチルアクリレートをシード重合した酢酸ビニル樹脂系エマルジョンについてのみ記載されているに過ぎない。

すなわち,訂正明細書に実施例として記載された方法により得られた酢酸ビニルとn-ブチルアクリレートをシード重合した酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,本件構成要件aの「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」のごく一部に過ぎず,したがって,これが本件構成要件b,cの数値範囲を充足すれば,そのことをもって訂正発明は実施可能要件を充足するとの原告主張は明らかに失当である。

また,審決は,訂正発明を製造原料の組合せごとに分類しているのであり,製造原料自体を検討しているのではないから,「訂正発明とは無関係な事項を取り上げて(訂正発明のエマルジョンの構造を無視し,その原料を取り上げている。)」という原告の主張も誤りである。

エ 原告は,実施例と同一の方法ではなく,素材に適した方法に変更すれば,訂正発明の範囲内のものが得られるとも主張するが,原料を変更したものが実施可能であるというためには,それを訂正発明の範囲内とするための,実施例と同一の方法ではなく,素材に適した方法を当業者が容易に見い出せることが必要である。

この点につき,審決は,「貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaを調整するための要件が,材料の種類の選択,添加量の決定,反応条件の決定等の多岐にわたって約20項目記載されている。しかし,この約20項目の要件をどのように選択,変動させれば貯蔵弾性率及びずり応力の値をどのように調整できるのか,そして,本件請求項の数値範囲内に調整するために,どの要件をどのように調整すればよいのかについての具体的な教示は全くされていない。そして,貯蔵弾性率とずり応力の調整方法は,本件出願時に技術常識として自明であったものとも認められない。そうすると,本件発明を実施するに当たって,貯蔵弾性率やずり応力を特定数値範囲内とするために,約20項目記載されている要件のそれぞれをどのように設定すると良いのか決めるには,試行錯誤的な膨大な実験が必要となり,当業者が容易に行い得るものではない。」(39頁末尾行~40頁12行目)とし,また訂正明細書の段落【0024】及び実施例1~3に訂正発明が実施できるように記載されているかを検討した結果,<「ク>上記のとおりであるから,本件特許明細書の段落【0024】,段落【0046】の記載,及び,実施例,比較例を総合して勘案しても,本件の詳細な説明は,当業者が過度の試行錯誤なしに本件発明を実施することができるように記載されているとはいえない。」(同45頁3行目~6行目)として,結論的に,訂正発明の範囲外のものを訂正発明の範囲内に移行させる具体的な手段は本件訂正明細書に記載されていないと判断したものであるが,上記立論は極めて合理的であり,正当である。

すなわち,訂正明細書には,「原料を変更した」ものを訂正発明の範囲内とするための「実施例と同一の方法ではなく,素材に適した方法」が,当業者に理解できるように記載されていないのであるから,訂正発明の範囲外のものを訂正発明の範囲内に移行させることは当業者にとって容易ではないことが明らかである。

(3)  発明の詳細な説明の記載が法36条4項を満足するかに対し

ア 構成要件aに関し

特許請求の範囲には,各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない(法36条5項)のであるから,構成要件a,b,cはいずれも本件発明の構成要件そのものであって,訂正発明が実施可能であるというためには,構成要件a+同b+同cを充足する範囲全部について実施することが可能でなければならないことは自明である。

シード重合するモノマーの種類が変わると,他の製造条件が全く同じであっても,貯蔵弾性率及びずり応力が大きく変動することは,前記甲7,乙1の実験結果からも明らかであるから,構成要件aの一部たる,酢酸ビニルと特定のモノマー(本件においてはn-ブチルアクリレート)とからなる「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」について,構成要件b及びcを充足するものが実施できたとしても,構成要件aの他の部分たる,酢酸ビニルのみからなる「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」,及び酢酸ビニルと他のモノマー(上記n-ブチルアクリレート以外のモノマー)とからなる「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」について,構成要件b及びcを充足するものが実施できなければ,訂正発明の構成要件すべて(a+b+c)を充足する範囲全部について実施可能であるとはいえない。

したがって,「発明の実施という観点からは,b+cの充足だけを検討すれば足り,aは取り上げる必要がない」という原告の主張はその前提が誤りである。

イ 構成要件b及びcに関し

(ア) 訂正明細書が実施可能要件を充足するためには,構成要件b及びcで規定する貯蔵弾性率及びずり応力の範囲全体が実施可能でなければならない。しかしながら,訂正明細書の実施例1~3により実現している貯蔵弾性率及びずり応力は,貯蔵弾性率が上限値であり且つずり応力が下限値である点付近と,貯蔵弾性率が下限値であり且つずり応力が上限値である点付近のみであり,その他の領域に対応する実施例は全くない。特に,貯蔵弾性率が上限値であり且つずり応力が上限値である点,貯蔵弾性率が下限値であり且つずり応力が下限値である点については,実施例1~3により実現されている値から大きく乖離しているから,これらの値を実現しようとするとき,実施例1~3は全く手掛かりにならない。

また,審決39頁20行目~45頁6行目で詳細に検討されているとおり,訂正明細書には,貯蔵弾性率及びずり応力を調整する具体的な手段が全く記載されていないのであるから,実施例1~3における貯蔵弾性率やずり応力の値を,その他の値に調整することは決して容易でない。

よって,訂正明細書の発明の詳細な説明は,構成要件b及びcが規定する貯蔵弾性率及びずり応力の範囲全体を実施可能にするものではない。

(イ) また,訂正明細書の実施例1~3は,いずれも「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」であり,構成要件a「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」のごく一部のものに過ぎないから,実施例1~3を追試したとき,構成要件b,cを充足したとしても,構成要件a「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」に含まれ,かつ「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」と物性を異にする「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」以外のものについて,実施例1~3の方法によって当然に構成要件b,cを充足するとはいえないから,実施可能要件を充たすとはいえない。

現に,訂正明細書の実施例1~3において,モノマーを酢酸ビニルのみに変更すると,貯蔵弾性率及びずり応力が訂正発明の範囲外となることは,前記甲7及び乙1の実験結果から明らかである。

よって,訂正明細書の実施例1~3は,「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」以外の訂正発明を実施するときに,全く手掛かりにならないのであるから,原告の主張は明らかに失当である。

(ウ) 上述したとおり,原告の主張はいずれも失当であるから,本件訂正発明の詳細な説明の記載は,法36条4項に規定された実施可能要件を充足しない。

なお,原告は,訂正発明2~5に関しても,訂正発明の詳細な説明の記載は,①~③の要件を充足しており,法36条4項に規定された実施可能要件を満足していると主張しているが,訂正発明2~5についても,訂正発明1と同様に,法36条4項に規定された実施可能要件は満足されていない。すなわち,訂正発明2,5は,訂正発明1と同様に,審決での分類における,「エマルジョン<シード/酢ビ>」,「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」,「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」を含んでおり,また,訂正発明3,4は,審決での分類における,「エマルジョン<シード/酢ビ・BA>」,「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」を含んでいるところ,「エマルジョン<シード/酢ビ>」,及び「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」について,実施可能要件を満足しないことは,訂正発明1と同様であるから,訂正発明2~5も,実施可能要件を満足しないことは明らかである。

また,訂正発明2~5も,貯蔵弾性率とずり応力の数値範囲は,訂正発明1と同様であるところ,訂正発明の詳細な説明の記載からだけでは,訂正発明2~5の各発明の構成要件が規定する貯蔵弾性率及びずり応力の範囲全体を実施することができないことは,訂正発明1と同様であるから,訂正発明2~5もまた実施可能要件を満足しないことは明らかである。

(4)  原告は,前記甲11によれば,訂正発明が容易に実施可能であることが明らかであると主張するが,そもそも甲11は,無効審判において全く審理されておらず,本件訴訟の審理範囲から外れるものである。

仮に甲11を本件訴訟において斟酌するとしても,以下のとおり,甲11は原告の従前の主張とも反し,また信用できないものである。

ア 原告は,第1次審決までの審理において,平成18年1月11日付け実験成績証明書2(乙1)を提出した。これは,訂正発明1の発明者本人Lが行った「酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる接着剤組成物について,n-ブチルアクリレートを添加しない以外は,実施例に基づいて」作成したものの貯蔵弾性率及びずり応力を測定した実験の結果を示すものであるが,同実験の結果は,実施例1ないし実施例3について,その貯蔵弾性率は,それぞれ170,22,210Paであり,またずり応力は,それぞれ1290,960,1330Paであって,いずれも本件訂正後の貯蔵弾性率の数値範囲(230~280Pa)を充たさないものであり,また実施例2についてはずり応力も本件訂正後の数値範囲(1200~1450Pa)を充たさないものであった。原告は,第1次審決までの審理において,平成18年1月30日付け口頭審理陳述要領書(乙2)を提出し,乙1として提示した上記実験成績証明書に関し,「実施例2の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,使用原料とn-ブチルアクリレートとが相互作用をしていたものと考えられ,本件発明の範囲内に入らなかった。しかし,エマルジョンの場合には,使用原料間の相性によって,予測しえない結果となることもあるから,これは特別な例であると考えられる。」と主張していた。

そして,原告は,甲11を提出して「原告において約1ヶ月程度で原料を変更して訂正発明を実施できている」と述べているが,上記から明らかなとおり,原告は,発明者本人が行った平成18年1月11日付け実験成績証明書2(乙1)の実験においても,訂正前の貯蔵弾性率及びずり応力の数値範囲を常に充足する「エマルジョン<シード/酢ビ>」を製造することはできず,また訂正後の貯蔵弾性率の数値範囲からも大きく外れる(実施例2については訂正前のずり応力の数値範囲からも外れる)「エマルジョン<シード/酢ビ>」しか製造し得なかったものである。

イ そして,上記甲11に記載された実験No.1~No.4は,訂正明細書の実施例1~3と対比したとき,

(a) 水の量が475g(実験例No.2は450g)であること(実施例1~3では505g)

(b) PVAの種類が「117」,「B-33」,「235」であること(実施例1~3ではB-17)

(c) PVAとして,2種を併用すること(実施例1~3はいずれも1種のみ)

(d) EVAの量が104gであること(実施例1~3では130g)

(e) 初期一括添加する触媒の量が1.5gであること(実施例1~3では0.5又は0.3g)

(f) 酢酸ビニルモノマーとともに滴下する触媒の量が1.5gであること(実施例1~3では0.5g)

において相違している。

すなわち,実施例1~3に基づき,実験No.1~No.4を得るためには上記6項目((a)ないし(f))において,それぞれ,適切な変更条件を見出さなければならない上,上記項目のうち,少なくとも,(a)は訂正明細書に全く記載されていない項目であり,他の項目についても,段落【0046】に多数列挙された項目のうちの一部であり,多数列挙された項目からそれらを選択する手掛かりとなる記載は本件訂正明細書に全くないのであるから,実施例1~3の製造方法において,変更すべき6項目を見出すだけでも容易ではない。

さらに,訂正明細書には,(a)~(f)の各項目ついて,具体的にどのように変更すれば,貯蔵弾性率及びずり応力が,どの方向に,どの程度変化するのかが全く記載されていないのであるから,各項目について,適切な変更条件を見出すためには,多数の実験を繰り返す必要がある。しかも,変更すべき項目が6つもあるのであるから,実験は,各項目を組み合わせて行う必要があり,膨大な数となってしまう。

原告は,前記甲11によれば,原料変更等は約1ヶ月程度で可能である旨主張するが,原告が平成17年12月に行った実験(乙1)から甲11の実験まで少なくとも半年以上要していて,「約1ヶ月」なる期間に疑問が存する上,そもそも甲11に記載された実験No.1~No.4は発明者L本人が行ったものである。

ウ さらに,審決においては,「エマルジョン<シード/酢ビ>」と「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」との両方について,実施可能要件を満たさないと判断されているが,甲11においては,「エマルジョン<シード/酢ビ・BA以外のモノマー>」に対応する実験はなく,したがって,「エマルジョン<シード/BA>」及び「エマルジョン<シード/酢ビ>」とは物性の異なる「エマルジョン<シード/BA以外のモノマー>」が本件構成要件b,cを充足する条件(製造方法)については裏付けられていない。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

原告は,訂正明細書の記載は法36条4項の要件を満たしていないと判断した審決の判断は誤りであると主張するので,以下検討する。

2  訂正明細書の記載

(1)  訂正明細書(甲3)には,上記のとおり,発明の名称を「水性接着剤」とする訂正発明1ないし5が記載されているほか,【発明の詳細な説明】には,以下のアないしエの記載がある。

ア 従来の技術

【0002】

【従来の技術】従来,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,木工用,紙加工用,繊維加工用等の接着剤や塗料などに幅広く使用されている。しかし,そのままでは最低造膜温度が高いため,多くの場合,揮発性を有する可塑剤,有機溶剤などの成膜助剤を添加する必要がある。前記可塑剤としてフタル酸エステル類などが使用されるが,昨今の環境問題の高まりから,フタル酸エステル類が環境に対して好ましくないとの指摘もあり,安全性の高い可塑剤などへの代替が検討されている。しかし,可塑剤は本質的にVOC成分(Volatile Organic Compounds;揮発性有機化合物)であり,特に,住宅関連に使用される接着剤では,VOC成分が新築病(シックハウス症候群)の原因物質ではないかとの見方もある。このように,環境負荷の少ない水性接着剤であっても,可塑剤に起因するVOC問題が指摘されるようになっている。そこで,可塑剤を含まない酢酸ビニル樹脂系エマルジョン系接着剤が検討されているが,木工用に使用できるほどの高接着強度を発現し,しかも冬季など低温下で成膜できる技術は近年まで全く見当たらなかった。

【0004】・・・シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤は,一般に貯蔵弾性率G′が低く,ずり応力τが高いという粘弾性上の特徴を有している。そのため,ロールコーターを用いて塗布する場合のロール塗工性には優れるものの,(i)ノズル付きの容器に充填し,手で容器を押して接着剤を出し,所望の箇所に適用しようとした場合,内容物が出にくいという問題,(ii)垂直面や天井に適用すると垂れやすいという問題がある。前者の問題は特に冬場などの低温下において顕著であり,後者の問題は夏場などの比較的高温下で起こりやすい。前者の問題(押出し性)を解消するためには粘度を低くすることが考えられるが,粘度を低くすると後者の問題(垂れ性)が一層顕著になる。また,逆に粘度を高くして垂れ性を改善すると,今度は押出し性が著しく低下する。すなわち,冬場の使用適性を上げると夏場に使いにくくなり,夏場の使用適性を上げると冬場に使いにくくなるというジレンマがある。このように,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤では,押し出し易さと垂れにくさを両立することは一般に困難であり,通年で使用できるものは無かった。

イ 発明が解決しようとする課題

【0005】

【発明が解決しようとする課題】

[本発明の本質的課題]従って,本発明の目的は,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であっても,容器のノズル先から容易に押し出すことができるとともに,保形性に優れ,比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくい水性接着剤,及び該水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤を提供することにある。

ウ 課題を解決するための手段

【0007】

【課題を解決するための手段】

[本発明の構成の説明]本発明者らは,上記課題を解決するため,・・・シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であっても,貯蔵弾性率G′とずり応力τを特定の範囲に調整すると,ノズル付き容器に充填した場合,冬場であっても手で容易に押し出すことができるだけでなく,比較的高温下で垂直面に適用した場合でも垂れにくいことを見出した。・・・

【0008】すなわち,本発明は,重合開始剤として過酸化水素水を用いシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤であって,チタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値が230~280Paであり,且つチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が1200~1450Paである水性接着剤を提供する。

【0012】

[用語の定義]なお,本明細書では,「シード重合」を樹脂エマルジョン中でモノマーを重合させる広い意味に用いる。また,「アクリル」と「メタクリル」とを「(メタ)アクリル」と総称する場合がある。

【0015】

[本発明の構成の説明]

本発明の水性接着剤を構成する酢酸ビニル樹脂系エマルジョンとしてはシード重合により得られるものであれば特に制限はないが,

[請求項2に係る発明の限定的構成の説明]

接着強度が高い点,及び可塑剤を添加しなくても低温成膜性に優れる点などから,エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して得られるエマルジョンが特に好ましい。

【0016】前記エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂としては,特に限定されないが,通常,エチレン含有量が5~40重量%程度の共重合樹脂が用いられる。なかでも,エチレン含有量が15~35重量%の範囲にある共重合樹脂は,特に低い成膜温度を与えると共に,接着強さも優れるため好ましい。エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンは広く市販されており,市中で容易に求めることができる。エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンは,必要に応じて水により希釈して用いられる。

【0017】エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂の量は,得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)中の含有量として,例えば3~40重量%,好ましくは5~30重量%,さらに好ましくは10~25重量%程度である。

【0018】

[本発明の構成の説明]

シード重合は,例えば,前記エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンと,好ましくは保護コロイドとしてのポリビニルアルコール(PVA)を含む水系エマルジョン中,重合開始剤の存在下で行われる。重合系内にポリビニルアルコールを存在させると,該ポリビニルアルコールがシード重合における乳化剤として有効な機能を持つとともに,接着剤として用いたときの塗布作業性及び接着強さが向上する。

【0019】ポリビニルアルコールとしては,特に限定されず,一般に酢酸ビニル樹脂系エマルジョンやエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンを製造する際に用いられるポリビニルアルコールを使用でき,アセトアセチル化ポリビニルアルコールなどの変性ポリビニルアルコールなどであってもよい。ポリビニルアルコールは,部分鹸化品,完全鹸化品の何れであってもよく,また,分子量や鹸化度等の異なる2種以上のポリビニルアルコールを併用することもできる。

【0020】ポリビニルアルコールの量は,シード重合の際の重合性や接着剤としたときの接着性などを損なわない範囲で適宜選択できるが,一般には,得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)中の含有量として,例えば2~40重量%,好ましくは5~30重量%,さらに好ましくは8~25重量%程度である。

【0021】系内には,重合性や接着剤としての性能を損なわない範囲で,ポリビニルアルコール以外の保護コロイド類や界面活性剤(非イオン系界面活性剤,アニオン系界面活性剤,カチオン系界面活性剤等)などを添加してもよい。

【0044】本発明の水性接着剤の重要な特徴は,チタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値(以下,G′aと称する)が120~1500Paであり,且つチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値(以下,τaと称する)が100~2000Paである点にある。G′aは,好ましくは130~1000Pa,さらに好ましくは150~800Paであり,τaは,好ましくは500~1800Pa,さらに好ましくは1000~1500Paである。ただし,本発明では,後記実施例に記載した貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの範囲を,請求項1に記載した。より具体的には,貯蔵弾性率G′及びずり応力τは粘弾性測定装置(例えば,ハーケ社製,レオメーターRS-75)により測定できる。一方のプレート[例えば,円錐-円盤型のレオメーターにおける円錐型プレート(材質:チタン)(この場合,円盤型プレート(材質:ステンレス)は固定平板とすることができる)]を回転させる際の周波数(角速度)が一定である条件下で,ずり応力τを走査して,貯蔵弾性率G′を測定する方法であるstress sweep法により測定されたずり応力τに対する貯蔵弾性率G′のグラフ(両軸とも対数表示である)では,ずり応力τに対する貯蔵弾性率G′がほぼ一定値となる線形領域が観測され,この線形領域における貯蔵弾性率G′の測定値の平均値をG′aとして採用する。貯蔵弾性率G′の測定周波数は0.1Hzである。また,τaとしては,ずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τのグラフで得られる流動曲線(フローカーブ)におけるずり速度(dγ/dt)が200(1/s)の時の値を採用する。なお,容器の胴部を押さえてノズルから水性接着剤を出す際のノズルを通る時の水性接着剤にかかるずり速度(dγ/dt)は,通常,102~103(1/s)程度であり,前記ずり応力τを測定する際のずり速度200(1/s)は,この容器のノズルを水性接着剤が通る際のずり速度に相当している。ずり速度(dγ/dt)が200(1/s)を越えると(例えば,500(1/s)であると),ずり応力τaの再現性が低下する。また,ずり速度(dγ/dt)を0(1/s)から200(1/s)まで一定の割合で連続的に上昇させる際に要する時間は60秒である。ずり速度を200(1/s)まで一定の割合で連続的に上げるのに要する時間が60秒よりも短すぎると,ずり応力τaの再現性が低下する。

【0045】G′aが120Pa未満であると,特に夏場において,垂直面や天井などに接着剤を塗布した場合に垂れやすく,接着剤を必要としない箇所が汚染される。また,τaが2000Paを超える場合には,特に寒冷地や冬場において,ノズル付き容器を手で押して接着剤を押し出そうとしても接着剤が出にくく,作業性に劣る。

【0046】貯蔵弾性率G′及びずり応力τは,シードエマルジョンの種類や添加量,シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量,前記酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類,添加量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量,重合開始剤である過酸化水素水の添加量,添加時期及び添加方法,前記添加剤の種類や添加量,重合温度,重合時間などの重合条件を適宜選択することにより調整できる。特に,G′a及びτaを前記所定の範囲にするためには,重合開始剤である過酸化水素水の添加量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量などが重要であるが,これらに限らず,上記の種々条件を適宜選択することにより,G′a及びτaを前記所定の範囲内に調整することが可能である。

【0050】本発明の水性接着剤は,これまでのシード重合により得られる一般的な酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤と異なり,貯蔵弾性率G′が高く,ずり応力τが低いという粘弾性上の特徴を有している。そのため,ノズル付きの容器に充填した場合,容器のノズル先から手で容易に押し出すことができるとともに,比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくい。従って,ノズル押出し用又は刷毛塗り用の水性接着剤として好適に使用できる。なお,水性接着剤をノズル付き容器に充填する場合,それ以前には如何なる容器(円筒状容器,角柱状容器,袋状容器(有底袋状容器など)等)に保存されていてもよい。また,水性接着剤を刷毛塗り用に使用する場合,刷毛としては,特に限定されず,取っ手が刷毛の中央部に位置する通常の刷毛のほか,歯ブラシ形状のものなども用いることができる。

【0053】

【発明の効果】

[本発明による特有の効果]本発明の水性接着剤は,シード重合により得られた水性接着剤であっても,ノズル先から容易に押し出すことができ,しかも比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくいという効果を奏する。従って,ノズル押出し用や刷毛塗り用として好適に使用できる。・・・

エ 実施例

訂正明細書には,【0055】ないし【0057】において,実施例1ないし3が,【0058】ないし【0060】において,比較例1ないし3が示されている。実施例1,2における水性接着剤の製造方法をそれぞれ【0055】,【0056】の記載として下記に記すほか,実施例2,3,比較例1ないし3の製造原料,製造条件等は後記(ウ)の「表1」記載のとおりである。

なお,【0061】として参考例1が示されているが,これは可塑剤を含有する市販の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンである。

(ア) 【0055】

実施例1

攪拌機,還流冷却器,滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量部を入れ,これに,ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業(株)製,デンカポバールB-17)50重量部,酒石酸0.5重量部を加えて溶解させ,80℃に保った。PVAが完全に溶解した後,エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン(電)気化学工業(株)製,デンカスーパーテックスNS100,不揮発分55重量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで,n-ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し,5分間攪拌した。さらにこの混合液に,触媒(35重量%過酸化水素水)0.5重量部を添加した後,触媒(35重量%過酸化水素水0.5重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)と,酢酸ビニルモノマー285重量部とを,別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後,さらに1.5時間攪拌し,重合を完結させて,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメーターRS-75;円錐-円盤型のレオメーターにより)測定した結果,G′a及びτaは,それぞれ,270Pa及び1250Paであった。なお,ずり応力τに対する貯蔵弾性率G′の測定では,円盤型プレート(固定平板)(材質:ステンレス)との角度(円錐プレートの円錐面と円盤型プレートの平面との間の角度)が4°であり且つ直径35mm(底面の直径)の円錐プレート(コーンプレート;回転側プレート)(材質:チタン)を用いた。一方,ずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τの測定では,円盤型プレート(固定平板)(材質:ステンレス)との角度が1°であり且つ直径が20mmの円錐プレート(回転側プレート)(材質:チタン)を用いた。なお,この粘弾性測定により得られたずり応力τに対する貯蔵弾性率G′のグラフ(両軸とも対数表示である;測定温度23℃;測定周波数0.1Hz)を図4に,ずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τのグラフ(測定温度7℃)を図5に示す。図4では,縦軸が貯蔵弾性率G′(Pa)であり,横軸がずり応力τ(Pa)である。図5では,縦軸がずり応力τ(Pa)であり,横軸がずり速度(dγ/dt)[γドット;(1/s),ずり速度を0から200(1/s)まで一定の割合で連続的に上昇させる際に要する時間:60秒]である。図4に係るずり応力τに対する貯蔵弾性率G′のグラフより,ずり応力τが0.5(Pa)~10.5(Pa)の範囲は,貯蔵弾性率G′がほぼ一定となる線形領域となっており,前記線形領域における貯蔵弾性率G′の測定値の平均値(算術平均値)がG′aの値として採用されている。また,図5に係るずり速度(dγ/dt)に対するずり応力τのグラフを観察すると,ずり応力(τ)は,ずり速度(dγ/dt)の増加とともに増加しており,ずり速度(dγ/dt)が200(1/s)の時の測定値がτaの値として採用されている。なお,ずり応力(τ)の測定に際しては試料を4℃で24時間養生しており,また,測定器の設定温度を4℃とすることにより,測定時の摩擦熱により,測定時における試料の実際の温度を7℃とすることができる。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを,図1に示されるようなノズル付きチューブ状容器[ノズルの長さ:35mm(その内ノズル先端部の長さ:15mm),ノズル先端部の内径:6mm,容器本体の長さ:240mm,容器本体の直径:68mm]に充填してノズル付き容器入り水性接着剤(内容量750g)を得た。

(イ) 【0056】

実施例2

EVAエマルジョンとして,NS100の代わりにスミカフレックスS-401(住友化学工業(株)製,不揮発分55重量%)を130重量部用いた以外は実施例1と同様の方法により酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメーターRS-75)により実施例1と同様にして測定した結果,G′a及びτaは,それぞれ,230Pa及び1450Paであった。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを,実施例1と同様のチューブ状容器に充填してノズル付き容器入り水性接着剤を得た。

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(2)  上記によれば,訂正明細書には,訂正発明1ないし5の水性接着剤は,①シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であり,②容器のノズル先から容易に押し出すことができる「押出し性」に優れるとともに保形性に優れ,比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくい「耐垂れ性」にも優れる水性接着剤であり,③該水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤を提供すること,④VOC問題に対しての観点から可塑剤を全く含まなくとも,優れた低温成膜性及び接着強度を備え,しかも低温養生時においても高い接着強さ(低温接着強さ)を示す水性接着剤(訂正発明1ないし4)及び該水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤(訂正発明5)を提供することを目的としてなされたもので,⑤従来のシード重合により得られる一般的な酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤と異なり,貯蔵弾性率G′が高く,ずり応力τが低いという粘弾性上の特徴を有していることにより,ノズル付きの容器に充填した場合,容器のノズル先から手で容易に押し出すことができるとともに,比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくいという効果を奏するものであることが記載されているということができる。

そして,訂正発明1において,この「押出し性」と「耐垂れ性」は,各々,「ずり応力τ」及び「貯蔵弾性率G′」を指標として表わされ,ずり応力τの値(τa)が低いことが押出し性に優れていること,貯蔵弾性率G′の値(Ga)が高いことが耐垂れ性に優れていることをそれぞれ意味し,訂正発明1に係る水性接着剤が,従来のシード重合により得られる一般的な酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤とは異なり,従来の接着剤よりも貯蔵弾性率G′の値(Ga)が高く,ずり応力τの値(τa)が低いという粘弾性上の特徴を有するものであることを意味すると解することができる。

(3)  ところで,出願された特許が法36条4項の要件(以下「実施可能要件」という場合がある。)を充たすためには,願書に,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていなければならない(法36条4項)ところ,本件のような物の発明における発明の実施とは,その物を作りかつ使用できることをいうから,発明の詳細な説明にその物の製造方法が具体的に記載されていなければ,実施可能要件を満たすとはいえないというべきである。

以下,この観点から検討する。

ア 訂正発明1は,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤でありながら,「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤では,押し出し易さと垂れにくさを両立することは一般に困難であり,通年で使用できるものは無かった」(上記【0004】)ところ,押出し性と対垂れ性に優れる接着剤を提供するとして,この耐垂れ性を表す貯蔵弾性率G′,押出し性を表すずり応力τが,訂正発明1記載の条件で測定した際に,それぞれ230~280Pa,1200~1450Paである水性接着剤をいうものである。

そして,訂正明細書の実施例1ないし3は,それぞれ訂正明細書の前記【0055】ないし【0057】記載の方法により製造された場合,貯蔵弾性率G′が,実施例1ないし3につきそれぞれ270,230,280Paであり,ずり応力τが1250,1450,1200Paであるから,実施例1ないし3に関しては,上記貯蔵弾性率G′,ずり応力τについて,訂正発明1記載の数値を充たすということができる(そもそも本件訂正が,実施例1ないし3の各数値範囲に合わせて限定したものということもできる。)。

イ 一方,訂正発明1は,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり,その貯蔵弾性率G′,ずり応力τがそれぞれ所定の値となる水性接着剤であるところ,貯蔵弾性率G′,ずり応力τを所定の値とするための方法に関しては,訂正明細書1には,上記のとおり,【0046】として,「貯蔵弾性率G′及びずり応力τは,シードエマルジョンの種類や添加量,シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量,前記酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類,添加量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量,重合開始剤である過酸化水素水の添加量,添加時期及び添加方法,前記添加剤の種類や添加量,重合温度,重合時間などの重合条件を適宜選択することにより調整できる。特に,G′a及びτaを前記所定の範囲にするためには,重合開始剤である過酸化水素水の添加量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量などが重要であるが,これらに限らず,上記の種々条件を適宜選択することにより,G′a及びτaを前記所定の範囲内に調整することが可能である。」と記載されているのみである。

上記記載には,貯蔵弾性率G′とずり応力τの値を調整する多数の因子が列記されているのみで,これら多数の因子を具体的にどのように調整すると貯蔵弾性率G′とずり応力τの値が如何に変化するのかについての記載がなく,一義的に理解することができない。

そして,上記【0046】の記載は「・・・シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量,前記酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類,添加量・・・などの重合条件を適宜選択することにより調整できる。・・・」としながら,上記実施例1ないし3は,いずれも上記(1)エ(ウ)の表1記載のとおり,重合性不飽和単量体として,n-ブチルアクリレートを所定量添加したものに限られている。酢酸ビニルのみを用いて製造されるエマルジョンや,n-ブチルアクリレート以外のモノマーを添加した場合の具体例も示されおらず,それらを用いて訂正発明1の水性接着剤を製造する方法についての記載もない。

ウ また,前記のとおり「本明細書では,「シード重合」を樹脂エマルジョン中でモノマーを重合させる広い意味に用いる。」(【0012】)「本発明の水性接着剤を構成する酢酸ビニル樹脂系エマルジョンとしてはシード重合により得られるものであれば特に制限はない」(【0015】)とするところ,訂正明細書(甲3)には,酢酸ビニルを用いたシード重合と,重合させる他のモノマーとに関し,以下の記載がある(下線は判決付記。)。

【0025】

[請求項3及び4に係る各発明の限定的構成の説明]

本発明における酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程(以下,単に「工程A」と称する場合がある)と,前記酢酸ビニルの添加とは独立して,前記工程中又は前記工程の前若しくは後になされる酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体(以下,単に「他のモノマー」と称する場合がある)を系内に添加する工程(以下,単に「工程B」と称する場合がある)とにより得られるエマルジョンであるのが好ましい。

【0026】前記工程Aにおける酢酸ビニルの添加方法としては,一括添加,連続添加,間欠添加の何れであってもよいが,反応の制御の容易性などの点から,連続添加又は間欠添加の方法が好ましい。酢酸ビニルは,ポリビニルアルコールなどの保護コロイド水溶液と混合,乳化して系内に添加してもよい。なお,酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を前記酢酸ビニルとは独立して系内に添加する工程を設けると共に,反応性や得られるエマルジョンの接着性能等を損なわない範囲で,前記酢酸ビニルに酢酸ビニル以外の他の重合性不飽和単量体を混合して系内に添加してもよい。シード重合に用いる酢酸ビニルの使用量は,得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)に対して,例えば10~90重量%,好ましくは15~80重量%,さらに好ましくは40~75重量%程度である。工程Aにおける重合温度は,例えば60~90℃,好ましくは70~85℃程度である。

【0027】前記工程Bにおいて使用する酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体としては,特に限定されないが,例えば,アクリル酸エステル類,メタクリル酸エステル類,ビニルエステル類,ビニルエーテル類,芳香族ビニル化合物,不飽和カルボン酸アミド類,オレフィン類,ジエン類,不飽和ニトリル類などが挙げられる。これらの重合性不飽和単量体は単独で又は2以上を組み合わせて使用できる。

【0028】アクリル酸エステル類及びメタクリル酸エステル類としては,従来公知の(メタ)アクリル酸エステルの何れをも使用することができる。この代表例として,(メタ)アクリル酸メチル,(メタ)アクリル酸エチル,(メタ)アクリル酸プロピル,(メタ)アクリル酸ブチル,(メタ)アクリル酸ヘキシル,(メタ)アクリル酸2-エチルへキシル,(メタ)アクリル酸オクチル,(メタ)アクリル酸イソオクチル,(メタ)アクリル酸ラウリル,(メタ)アクリル酸ステアリルなどの(メタ)アクリル酸アルキルエステル;(メタ)アクリル酸ヒドロキシエチル,(メタ)アクリル酸ヒドロキシプロピルなどの(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキル,(メタ)アクリル酸メトキシメチル,(メタ)アクリル酸エトキシメチルなどの(メタ)アクリル酸アルコキシアルキル,(メタ)アクリル酸グリシジル,(メタ)アクリル酸とポリオキシエチレングリコール,ポリオキシプロピレングリコールなどのポリオキシアルキレングリコールとのエステル(ポリオキシアルキレン構造を有するアクリロイル化合物又はメタクロイル化合物)などの反応性官能基含有(メタ)アクリル酸エステルなどが例示できる。

【0029】ビニルエステル類としては,酢酸ビニル以外の従来公知のビニルエステルの何れも使用することができる。この代表例として,例えば,ギ酸ビニル;プロピオン酸ビニル,酪酸ビニル,カプロン酸ビニル,カプリル酸ビニル,カプリン酸ビニル,ラウリン酸ビニル,ステアリン酸ビニル,オクチル酸ビニル,ベオバ10(商品名:シェルジャパン社製)などのC3-18脂肪族カルボン酸のビニルエステル;安息香酸ビニルなどの芳香族カルボン酸ビニル等が挙げられる。

【0030】ビニルエーテル類としては,従来公知のビニルエーテル類を何れも使用することができる。この代表例として,例えば,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,iso-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,sec-ブチルビニルエーテル,tert-ブチルビニルエーテル,tert-アミルビニルエーテルなどのアルキルビニルエーテルなどが挙げられる。

【0031】前記芳香族ビニル化合物としては,スチレン,ビニルトルエン,α-メチルスチレン,N-ビニルピロリドン,ビニルピリジンなどが挙げられる。不飽和カルボン酸アミド類には,(メタ)アクリルアミド,N-メチロールアクリルアミド,N-メトキシメチルアクリルアミド,N-メトキシブチルアクリルアミドなどの(メタ)アクリルアミド類などが含まれる。オレフィン類としては,エチレン,プロピレン,ブチレン,イソブチレン,ペンテンなどが挙げられる。ジエン類としては,ブタジエン,イソプレン,クロロプレンなどが例示できる。また,不飽和ニトリル類としては,(メタ)アクリロニトリルなどが挙げられる。

【0032】これらの重合性不飽和単量体のうち,アクリル酸エステル類,メタクリル酸エステル類,ビニルエステル類及びビニルエーテル類から選択された少なくとも1種を使用するのが好ましい。中でも,(メタ)アクリル酸アルキルエステル[例えば,(メタ)アクリル酸C1-18アルキルエステル,特に(メタ)アクリル酸C1-14アルキルエステル],C3-14脂肪族カルボン酸のビニルエステルが,低温養生時の低温接着強さの低下が最も少ないので好ましい。また,その低温接着強さに加えて,優れた低温造膜性能の保持及び形成皮膜の透明性の見地から,さらに好ましくは,アクリル酸C3-12アルキルエステル及びメタクリル酸C2-8アルキルエステルなどである。

【0033】前記他のモノマーの使用量は,エマルジョンの接着性等の性能を損なわない範囲で適宜選択できるが,一般には,酢酸ビニル100重量部に対して,0.05~15重量部程度の範囲である。前記使用量が0.05重量部未満では低温養生時の接着強さ(低温接着強さ)が低下しやすく,15重量部を超える場合には常態接着強さが低下しやすい。前記の範囲の中でも,接着強さに優れ且つ低温養生時の低温接着強さの低下が最も少ない範囲は,酢酸ビニル100重量部に対して,0.1~12重量部,特に好ましくは0.5~10重量部の範囲である。

エ 訂正発明1は,上記のとおり,水性接着剤を構成する酢酸ビニル樹脂系エマルジョンとしてはシード重合により得られるものであれば特に制限はないとされているところ,上記ウの請求項3,4の限定的構成の説明についての記載から明らかなとおり,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを形成する際に用いうるモノマーには多種多様なものがあり,実施例1ないし3で用いられているn-ブチルアクリレートはその1つにすぎない(下線部参照。)。しかし,訂正明細書には,訂正発明1の接着剤を製造する方法につき,実施例1ないし3の製造方法以外に,貯蔵弾性率G′とずり応力τを所定の値に調整した酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを製造する具体的な方法の記載は全くない。

そうすると,シード重合により得られるものであれば特に制限はないとされる訂正発明1の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンについて,酢酸ビニルのみを用いて製造されるエマルジョンの場合及びn-ブチルアクリレート以外のモノマーを酢酸ビニルに併用する場合に,貯蔵弾性率G′及びずり応力τについて所定の値を満たす水性接着剤を製造する方法についての記載はないということになる。

(4)  以上検討したところによれば,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が訂正発明1を容易に実施しうる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。そして,訂正発明2ないし5は,いずれも訂正発明1を引用する水性接着剤に関するものであるから,訂正発明1と同様というべきである。

よって,訂正発明1ないし5につき,訂正明細書の記載が法36条4項の要件を充たしておらず,法123条1項4号に該当するとした審決の判断に誤りはない。

3  原告の主張に対する判断

原告は,Lほか作成の実験証明書(甲11)によれば,使用原料としてn-ブチルアクリレートを添加せずに酢酸ビニルモノマーのみを用い,訂正明細書の実施例1ないし3の基本設計を用いて訂正発明を実施できたから,訂正発明は試行錯誤的な膨大な実験によらず容易に実施可能であると主張するので,以下この点について判断する。

(1)  実験証明書(甲11)の内容

実験証明書(甲11)は,原告の従業員であるL(以下「L」という。),Mにより,平成18年7月13日から平成18年8月24日にかけて,n-ブチルアクリレートを添加せずに,次の実験例1ないし4の条件下で酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを作成し,その貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaを測定したところ,訂正発明1の構成要件cの数値の範囲である貯蔵弾性率230~280Pa及びずり応力1200~1450Paを満たす結果が得られたとするものである。

実験例No.1

撹拌機,還流冷却器,滴下槽および温度計つきの反応容器に,

①水475重量部を入れ,

②ポリビニルアルコール(PVA)(電気化学工業(株)製,商品名デンカポバールB-33)37.5重量部,

③ポリビニルアルコール(PVA)((株)クラレ製,商品名クラレポバール117)7.5重量部,

④酒石酸0.5重量部を加えて溶解させ,80℃に保った。PVAが完全に溶解した後,

⑤エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン)(電気化学工業(株)製,商品名デンカスーパーテックスNS100,不揮発分55重量%含有)104重量部を添加した。液温が80℃まで上がったところで,

⑥触媒(35重量%過酸化水素水)1.5重量部を添加した後,

⑦触媒(35重量%過酸化水素水1.5重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)と,

⑧酢酸ビニルモノマー285重量部とを,別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。酢酸ビニルモノマー滴下終了後,さらに1.5時間撹拌し重合を完結させて,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。

実験例No.2は,実験例No.1と同一の条件で,上記①ないし⑧の添加量(製品が実験例No.1と異なるものは記載した。)につき,次のとおりとするものである(実験例No.3,No.4についても同様)。

①水450重量部

②PVA((株)クラレ製,商品名クラレポバール235)32重量部,

③PVA(117)8重量部,

④酒石酸0.5重量部

⑤EVAエマルジョン104重量部

⑥35重量%過酸化水素水1.5重量部

⑦35重量%過酸化水素水1.5重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)

⑧酢酸ビニルモノマー285重量部

実験例No.3

①水475重量部

②PVA(235)33.3重量部,

③PVA(117)6.7重量部

④酒石酸0.5重量部

⑤EVAエマルジョン104重量部

⑥35重量%過酸化水素水1.5重量部

⑦35重量%過酸化水素水1.5重量部を水22重量部に溶解させた水溶液

⑧酢酸ビニルモノマー285重量部

実験例No.4

①水475重量部

②PVA(235)33.3重量部

③PVA(117)6.7重量部

④酒石酸0.5重量部

⑤EVAエマルジョン(住友化学工業(株)製,商品名スミカフレックスS-401,不揮発分55重量%含有)104重量部

⑥35重量%過酸化水素水1.5重量部

⑦35重量%過酸化水素水1.5重量部を水22重量部に溶解させた水溶液

⑧酢酸ビニルモノマー285重量部

(2)  ところで,特許出願が法36条4項の実施可能要件を充たすといえるためには,既に述べたように,明細書の発明の詳細な説明自体に特許に係る発明が実施可能なように記載する必要があり,その記載にない事項を後の実験等により補うことが許されないことは明らかであるから,そもそも訂正明細書に記載のない事実に係る甲11についての原告の主張は失当である。

(3)  そして,上記甲11の内容をみても,その記載は,訂正明細書の前記実施例1ないし3とは水の量,PVAの種類及び併用の有無,EVAの量,触媒の量等の項目で相違しており,これらの条件を適切に変更しうるかに関して,訂正明細書の記載から当業者が過度の試行錯誤なくなしうるものとは到底認められないし,n-ブチルアクリレート以外のモノマーに関して実施可能な記載がないことに変わりはない。

(4)  加えて,原告は,第1次審決前の特許庁における審理において,平成18年1月11日付けの実験成績証明書2(乙1。以下「乙1実験」という。)を提出している。

乙1実験は,訂正発明1の発明者であるLらが平成17年12月13日から平成18年1月11日にかけて行った実験の結果であり,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる接着剤組成物を,n-ブチルアクリレートを添加しない以外は,訂正発明の実施例に基づいて作成し,その貯蔵弾性率及びずり応力を測定したとするものである。

乙1実験の実施例1ないし実施例3について,その貯蔵弾性率G′a(Pa)は,それぞれ170,22,210Paであり,またずり応力τa(Pa)は,それぞれ1290,960,1330Paであった。

乙1実験は,そもそも本件訂正前の貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの数値範囲(それぞれ120~1500Pa,100~2000Pa)を満たすことを目的としたものであったにもかかわらず,実施例2においては,ずり応力τaにおいてはそれすら満たすことができず,また本件訂正発明1の数値と比較しても,いずれの実施例も訂正後の貯蔵弾性率G′の数値範囲(230~280Pa)を充たさないものとなっている。

原告は,この点,乙1実験に関し,「実施例2の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,使用原料とn-ブチルアクリレートとが相互作用をしていたものと考えられ,本件発明の範囲内に入らなかった。しかし,エマルジョンの場合には,使用原料間の相性によって,予測しえない結果となることもあるから,これは特別な例であると考えられる。」と主張していた(審決35頁11~15行目,乙2。)。

このように,原告自身,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンに関し,貯蔵弾性率G′及びずり応力τの値を所定の数値範囲に調整することの困難さを自認しているものということができ,この点からしても,甲11の実験例をもって訂正発明が実施可能であるといえないことが明らかというべきである。

(5)  以上の検討によれば,原告の甲11に関する主張はいずれも採用することができない。

4  その他の原告の主張に対する判断

(1)  原告は,エマルジョンの原料自体は公知の物質であり発明性がなく,審決は訂正発明の実施可能要件とは直接関係しないものを検討していると主張するが,審決は,訂正発明1ないし5記載の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンが,どのように構成されるかを分類し,その上でその構成要件に係るモノマーを検討しているものであり,原告主張のようにエマルジョンの原料自体の公知性を問題にしているのではない。審決に誤りはなく,原告の主張は採用できない。

(2)  また,原告は,訂正発明が実施しうるかにつき,審決は,訂正明細書全体の記載を無視して,段落【0046】のみの記載に基づき判断した点で誤っており,実施例で使用した原料以外のものを使用しても素材に適した方法に変更すれば訂正発明の数値の範囲内のものが得られる点で審決は誤りであると主張する。

しかし,審決は,訂正明細書全体の記載を十分に斟酌した上で貯蔵弾性率及びずり応力を調整する要素についての記載が上記段落【0046】にしかないとしたものであって,何らの違法がないことは既に説示したとおりである。また素材に適した方法に変更するとの原告の主張に関し,それを可能とする記載が訂正明細書に何らないことも既に説示したとおりである。

5  結語

以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がない。

よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 田中孝一)

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