大判例

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知財高等裁判所 平成19年(ネ)10036号 判決 2007年12月25日

控訴人

大成プラス株式会社

訴訟代理人弁護士

赤尾直人

訴訟代理人弁理士

富崎元成

被控訴人

松下電器産業株式会社

被控訴人

パナソニックモバイルコミュニケーションズ株式会社

被控訴人両名訴訟代理人弁護士

大武和夫

山内貴博

金山卓晴

古川裕実

同補佐人弁理士

高松猛

小栗昌平

橋本公秀

北辰工業株式会社承継人(平成19年4月1日吸収合併

被控訴人両名補助参加人

シンジーテック株式会社

訴訟代理人弁護士

酒井正之

補佐人弁理士

栗原浩之

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は,補助参加によって生じた費用を含め,控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2(1)  被控訴人松下電器産業株式会社(以下「被控訴人松下電産」という。)は,原判決別紙1「イ号装置目録」記載の記録再生装置の防振装置を製造し,かつ販売してはならない。

(2)  被控訴人松下電産は,控訴人に対し,3552万6316円及びこれに対する平成16年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人パナソニックモバイルコミュニケーションズ株式会社(以下「被控訴人パナソニック」という。)は,控訴人に対し,7500万円及びこれに対する平成16年8月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

5  上記2(2),3につき仮執行宣言

第2事案の概要

1  一審原告である控訴人は,名称を「記録再生装置の防振装置」とする発明について特許権を有している(出願 平成2年10月22日,登録 平成10年10月9日,登録第2138602号,請求項の数4,訂正審決確定平成14年11月12日。本件特許。甲2の1,2)。一方,原判決別紙1「イ号装置目録」に記載された商品名及び品番の記録再生装置(本件CDチューナー)を,一審被告である被控訴人パナソニックは平成8年から平成14年まで,一審被告である被控訴人松下電産は平成15年以降,それぞれ販売している。そして,イ号装置のうち「減衰手段」に該当する部材(イ号減衰手段)は平成19年4月1日補助参加人シンジーテック株式会社に吸収合併された北辰工業株式会社(以下「北辰工業」という)が製造したものである。

2  本件訴訟は,上記イ号装置が本件特許の請求項1の発明(訂正後のもの。以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属するとして,控訴人が,(1)被控訴人松下電産に対しては,①本件CDチューナー内のイ号装置の製造販売禁止,及び,②平成15年1月から平成16年7月までの使用による特許法102条3項に基づく損害賠償金3552万6315円とこれに対する平成16年8月18日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を,(2)被控訴人パナソニックに対しては,平成8年から平成14年までの使用につき,平成8年から平成13年8月3日までは不当利得として,平成13年8月4日以降は特許法102条3項に基づく損害賠償金として,合計7500万円及びこれに対する平成16年8月17日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

3  原審の東京地裁は,平成19年3月16日,本件CDチューナー内のイ号装置が本件発明の構成要件中の「熱融着」を充足していることの立証はない等として,控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで,この判決に不服の控訴人が,本件控訴を提起した。

4  なお,これまで控訴人は北辰工業に対し,訂正前の本件特許の請求項1に基づき,前記イ号減衰手段の製造販売禁止と損害賠償等の支払を求めた(東京地裁平成11年(ワ)第20766号)が,平成14年1月29日請求棄却の判決がなされ,同判決は平成14年10月29日の東京高裁判決(平成14年(ネ)第1250号)及び平成15年3月27日の最高裁決定(平成15年(オ)第195号,平成15年(受)第208号)で維持された。

一方,本件特許に対し北辰工業から特許無効審判請求がなされた(無効平11-35576号)が,平成13年10月2日「訂正を認める。請求不成立」の旨の審決がなされ,これに対する審決取消訴訟(東京高裁平成13年(行ケ)第505号)が提起されたが,平成14年10月29日請求棄却の判決がなされ,平成14年11月12日確定している。

第3当事者の主張

1  当事者双方の主張は,次に付加するほか,略称も含め,原判決の「事実及び理由」欄の第2「事案の概要」のとおりであるから,これを引用する。

なお,当事者間に争いがない本件発明(本件特許の請求項1。ただし,訂正後のもの)の構成要件(分説の符号は原判決のとおり)は,次のとおりである(下線が訂正部分)。

「A 内部に空間を区画する筐体と,この筐体の一部に設けられ,記録再生装置を支持するための弾性支持具と,前記筐体の一部に設けられ,前記記録再生装置を支持し,かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置であって,

B 前記減衰手段は,

a  前記筐体にその内方を向くように設けられた,熱可塑性樹脂のエンジニアリングプラスチックからなる複数の中空の筒状部と,

b  この筒状部内に収容された減衰材と,

c  前記筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体からなり,略中央部に前記記録再生装置に設けた突起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材と,

d  前記筒状部の他端部に固着された第2密封部材とを有する

C 記録再生装置の防振装置。」

2  控訴人

原判決は,イ号減衰手段が構成要件Bc「熱融着」を充足しないとしたが,この判断には,以下に述べるとおり,「熱融着」の成否に対して行われた控訴人の主張の重要不可欠な部分を曲解するとともに,控訴人の主張の少なからぬ部分について判断を欠落するという瑕疵があり,その結果,明らかに誤った結論に至っているものである。

(1)  構成要件Bc「熱融着」の解釈

ア 原判決は,「…構成要件Bcにいう「熱融着」は,接着剤による接着や機械的接着方法によらずに,熱可塑性弾性体自身の溶融熱で筒状部の表面部分を一部溶かし,接着することを意味する…」(57頁下13行~下11行),「接着剤の配合の点については,…本件発明は,接着剤による接着方法や機械的接合方法を一切使用しないで,熱融着のみで減衰手段として必要な接着強度を確保しようとするものであり,それ以外の接着方法を併用しなければ必要な接着強度を確保できない場合は,本件発明の技術的範囲には含まれないものと解するのが相当である。」(57頁下10行~下6行)とする。

(ア) しかし,接着剤の塗布による接着方法,機械的接合方法を本件発明が採用していないという事項と,「熱融着」に際し,エンジニアリングプラスチックに接着剤を配合することによって接着力を増強又は補強することとは,技術的に別の事項である。すなわち,前者は,「熱融着」と全く異なる技術的手法であって本来併存し得ないのに対し,後者は,「熱融着」を前提とした上で,接着力を増強又は補強することを目的として「熱融着」と併存することを前提としている。したがって,前者と後者とは「熱融着」の併存関係において相違している以上,前者から後者に関する一般的基準を導くことはできない。

(イ) また,「熱融着」においては,必要な接着の程度,すなわち接着強度を加熱温度及び又は加熱時間等によって調整可能である以上,通常接着剤の配合を必要としているわけではなく,ましてや,接着剤を配合しなければ,接着強度を確保できない等ということは,技術常識としてあり得ない。

(ウ) また,イ号筒状部におけるイ号接着剤の配合は,あくまでポリプロピレンとガラス繊維との結合力の向上を本来の目的としているところ,広義の趣旨の「エンジニアリングプラスチック」にガラス繊維を配合することは,本件特許出願前から既に公知(甲21)である。一方,イ号接着剤はイ号筒状部内に略均一に分散されており,こうしたガラス繊維との接着強度の増強を目的としていると解される(甲77,92)。さらに,本件特許出願前から,イ号接着剤のような変性ポリエチレンの配合によって耐衝撃性を増強させることも開示されている(甲87)。

これらを踏まえれば,本件発明は,その筒状部につき一定以上の機械的強度を必要としている以上,ガラス繊維の配合,更にはポリプロピレンとガラス繊維との結合力の増強のために接着剤を配合することを排除していないというべきである。

イ(ア) 減衰手段において「熱融着」が成立するためには,以下のa,bの双方の条件を満たすことをもって必要かつ十分である。なぜなら,後記bの状況は,溶融したエンジニアリングプラスチック(イ号ポリプロピレン)が,第1密封部材の素材(イ号エラストマー)との衝突を原因として,金型の温度条件に基づいて,溶融することを不可欠としており,また,後記aの状況は,切断片を破断するという実際の使用段階では生じないような応力に対しても,剥離不能状態を呈することによって減衰手段に必要な接着強度を十分実現していることを意味するからである。

a 剥離試験において,筒状部又はその切断片と第1密封部材(イ号エラストマーを含む。)又はその切断片とが剥離不能状態を示すこと

b 筒状部におけるエラストマーとの接合界面が,金型内における成形条件について,金型内の成形圧力,すなわち温度条件以外の成形条件を同一に設定した場合において,剥離可能状態を示す筒状部成形品(被告実験のイ号筒状部サンプルを含む。)の接合界面よりも程度の大きい起伏状態が形成されていること

(イ) 仮に前記aのような剥離不能状態に至るも,bのような接合界面における起伏状態が実現していないのであれば,実際の製造工程においても,剥離可能状態を示す筒状部成形品の場合と同様に,筒状部が溶融していないことを意味している以上,「熱融着」は実現されていない。他方,仮に前記bのような起伏が形成されるも,前記aのような剥離不能状態に至っていないのであれば,減衰手段としての本来必要な強度を伴った接着が保証されていない以上,減衰手段に必要な「熱融着」には該当しない。

(ウ) そして,上記a及びbを基準とした場合には,原告実験(甲6実験,甲41実験,甲59実験,甲64実験及び甲69実験のこと。以下同じ)の成形条件とイ号減衰手段の製造工程の成形条件との異同,及びイ号接着剤の配合の有無は,全く問題となり得ない。

ウ 被控訴人らは,控訴審において,従前「混合又は凝着」が定義の一部であったはずであるにもかかわらず,「混合及び凝着」という変遷が行われていると主張する。

しかし,「混合又は凝着」とは,「混合」と「凝着」とが異なる技術概念であることから技術概念として峻別するために「又は」の表現を使用したものである一方,双方のポリマーが熱融着に際し,現実に生じ得る現象として,「混合」及び「凝着」を伴うと主張したのは,双方のいずれもが「熱融着」において生じ得る現象であること,具体的には「溶融」に伴う「混合」が行われ接着し合う場合と,このような「混合」を伴わずに「溶融」を原因とする「凝着」によって接着し合う場合との双方が存在し得ることから「及び」の表現が行われているのである。すなわち,「混合」と「凝着」とが異なる技術概念である一方,双方が「熱融着」と共に実現し得る現象であるがゆえに「及び」の表現を採用したところで,そこには何ら不合理性は存在しない。

(2)  イ号減衰手段の「熱融着」の充足性

イ号減衰手段においては,その筒状部と,第1密封部材14を形成しているスチレン系熱可塑性エラストマー(イ号エラストマー)とが接合するに際して「熱融着」が行われているから,イ号減衰手段は,本件発明の構成要件Bcの「熱融着」との文言を充足する。

ア イ号筒状部先端の変形(甲4)

原判決は,「確かに,…イ号筒状部の先端頂部の形状(甲4の1)は,試作品の先端部の形状(甲4の4)とは相当異なっていること,イ号筒状部の先端頂部の形状につき,成形前の筒状部の形状と成形後の形状と対比していないため,変形の有無や程度が明らかではないこと,イ号筒状部の厚さは1mm以下という薄いものであり…,射出成形時の圧力又は製品断面を観察するために切断した時の刃物の押し圧により変形する可能性も否定できないところ(乙44),試作品の射出成形時の圧力がイ号エラストマーの射出成形時の圧力と同じであることの立証がないことからすると,甲4の4の写真との対比から,甲4の1の先端頂部の丸みを帯びて湾曲していることの原因が,イ号ポリプロピレンが溶融して変形したためであると認めることはできない。」(61頁6行~下2行)とする。

(ア) しかし,イ号筒状部の金型と,試作品の奥山金型とが,具体的な形状において相違するとしても,筒状部の先端頂部が根元と同一幅であり,しかも先端頂部のコーナーが直角である点においては共通している。しかるに,イ号筒状部(甲4の1)及び試作品(甲4の4)において,そのような直角形状が維持されずに変化している原因として,イ号ポリプロピレンの溶融を論じるものである以上,上記共通性を考慮すべきであるのに,原判決はこれを理解していない。

(イ) イ号筒状部の先端頂部(甲4の1)及び試作品の先端部(甲4の4)は,いずれも,ダイヤモンドカッターで切断しており,切断段階における押し圧力によって変形することはない。

(ウ) 原判決が根拠とする乙44を見ても,仮に切断によってイ号筒状部の先端頂部が変形するのであれば,イ号筒状部全体が幅方向に広がり,イ号エラストマーのうち,筒状部の両側に位置している部分は横方向に広がり,イ号筒状部の上側と同一幅を維持することはあり得ないはずであるのに,実際のイ号エラストマーは,筒状部の両側及び上側とも同一幅を示している。甲104(大成プラス株式会社技術本部長E作成の試験結果報告書(1))も,切断によって頂部におけるコーナー部分の形状は何ら変化していないことを示している。

(エ) 乙56の写真17は,接着剤が配合されていないイ号ポリプロピレンの剥離試験後の写真であるところ,金型の形状を反映して根元及び先端頂部が同一の幅であり,かつコーナーは直角状態にある。また,甲44の写真1・2,乙43の写真2・3は,イ号減衰手段の筒状部の接合界面の断面写真であるところ,イ号ポリプロピレン中の有機物の充填剤が膨潤し,略円形の断面形状を呈している。これらのことは,イ号筒状部先端は単に成形圧力だけでは変形せず,イ号ポリプロピレンの溶融によって初めて変形し得ることを示している。

(オ) 甲69実験におけるイ号減衰手段(153ダンパ)のノズル温度170℃サンプルと同230℃サンプルの端部の形状をみると,前者の場合には,先端頂部は金型直角形状を維持しながら,全体形状がやや傾斜するという変形状態を呈しているのに対し,後者の場合には,先端頂部は,筒状部が溶融することによって丸みを帯びた形状となった上で,全体形状が傾斜している。これは,温度条件の相違によってイ号筒状部先端の変形の程度が相違することを示している。

イ 剥離試験(甲41,59,64,69)について

(ア) 原告実験による評価

① 甲41実験,甲59実験,甲69実験は,イ号筒状部において採用されているガラス繊維入りのポリプロピレン樹脂(日本ポリプロ株式会社製造のガラス繊維を約20%含有している「ノバテック C 520X」)によって製造したサンプルに対し,軟質の熱可塑性弾性体であるエラストマーを,射出成形機の先端に位置しているノズルから,温度を順次変化させながら同サンプルの先端部のみに衝突させ,かつ接合を行わせた上で,金型内ピーク温度の測定及びその後の剥離試験を行ったものである。

その結果,ノズル温度170℃に対応する金型内ピーク温度が161.4℃の段階では,4個すべてが剥離し,ノズル温度190℃に対応する金型内ピーク温度が175.7℃の段階でも,8個のうち7個が剥離し1個が一部剥離不能であった。しかるに,ノズル温度200℃に対応する金型内ピーク温度183.0℃以上の段階においては,4個すべて剥離不能であった。

このように,ノズル温度200℃に対応する金型内ピーク温度183.0℃に至って急にすべて剥離不能状態に至る原因としては,熱融着以外にはあり得ない。なぜなら,上記サンプルの融点以下の段階では,全部剥離状態であるにもかかわらず,上記サンプルの融点を超えた特定の温度条件(最高融解温度)に至った段階にて急に剥離不能状態という著しい接着性を示すことについては,加熱を原因として,上記サンプルが十分溶融してエラストマーと接着し合うという熱融着によって初めて合理的に説明することが可能であり,熱融着以外に合理的な原因を想定することは不可能だからである。

② 甲64実験,甲69実験は,それぞれ被控訴人松下電産の製品番号CQ-C1101D及び同CQ-DPX153Dの各製品(イ号装置)からイ号減衰手段を取り出し,イ号エラストマーを除去することによって,製造段階において既にイ号接着剤が約20重量%配合されているイ号筒状部について,上記①と同様の実験を行ったものである。

その結果,ノズル温度170℃に対応する金型内ピーク温度(162.9℃,163.6℃,161.4℃)の場合は,12個すべて剥離し,ノズル温度190℃に対応する金型内ピーク温度(174.5℃,175.3℃,175.7℃)の場合は,12個のうち10個が剥離し2個が一部剥離不能であった。しかるに,ノズル温度230℃に対応する金型内ピーク温度(221.7℃)以上の場合は,12個すべてが剥離不能であった。

③ 上記①,②の原告実験の評価

a 以上の①,②から明らかなように,金型内の温度変化に対応する剥離状態→一部剥離状態→剥離不能状態という変化状況は,接着剤が配合されていないサンプルの場合とイ号筒状部の場合とでは全く同一であって,変性ポリエチレンによるイ号接着剤の寄与は全く見られない。

イ号接着剤の融点は約103℃であり(乙17の2),少なくとも115℃を超えた段階ではイ号接着剤(変性ポリエチレン)の最高融解温度領域を超えているから,本来の接着機能を発揮することが可能であるはずであるし,金型内ピーク温度が約148℃~220℃の温度範囲においては,高温になるに従って接着強度が増強しているはずである(乙23の表1,図2参照)。しかるに,上記②のとおり,ノズル温度170℃の場合,金型内ピーク温度約161℃~164℃であるにもかかわらず,依然として全部剥離状態であることは,イ号接着剤が全く寄与していないことを明瞭に示している。

b 原告実験で使用した金型と,被告実験(乙23実験,乙44実験,乙48実験のこと。以下同じ)の金型とは,形状が相違しており,製造工程におけるノズル温度以外の成形条件(エラストマーの射出速度,射出圧力,射出時間等)の異同関係も明らかでない。

しかし,乙48実験で作成された筒状部のエラストマーとの剥離界面を撮影した乙56の写真14,20,25によれば,その表面には金型のバイト傷や縞模様が残存し,筒状部は溶融しておらず,非接合界面の表面と略同一であるのに対し,イ号筒状部の接合界面を撮影した甲31の写真3の試料1の表面写真,乙43の写真2,3によれば,その界面には非接合界面には見られないような起伏状態が形成されている。両者においてこのような起伏状態の相違が生じたのは,両者の温度条件が,金型内において筒状部を溶融させることによって起伏を生じさせるような温度条件であったかどうかという点で異なっていたからにほかならない。

この点,乙56の写真14,20の倍率と甲31の写真3の倍率とが相違するとしても,双方は全く桁違いの状態の表面を示しているわけではなく,かえって非接合界面において金型表面が転写されている略平坦形状が,接合界面において維持されているか否かを対比しうる状態にある点では,共通している。

したがって,金型の異同やノズル温度以外の成形条件の異同にかかわらず,原告実験によればイ号減衰手段が「熱融着」を充足していることを導くことができる。

c 原告実験においては,その切断片が剥離不能な状態にある(甲6,乙48の2)イ号減衰手段の筒状部とイ号エラストマーとの接着工程が再現されている。原告実験においては,イ号筒状部を摘出するためにクロロホルムによってイ号エラストマーを除去しているが(甲63,69),もとよりイ号減衰手段の製造工程には,そのような除去工程は存在しない。しかし,仮にイ号接着剤がイ号筒状部内において略均等に分布しているのであれば,原告実験においてクロロホルムによって接合界面の一部を侵食したとしても,略均等な分布状態に変化が生ずるわけではない。そして,甲52によれば,イ号接着剤はイ号筒状部の界面に偏在しているわけではなく,略均等に分布しており,局所的な集中はなされていない。さらに,甲106のA~C3枚の写真は,イ号筒状部のエラストマー接合部と非接合部の電子顕微鏡写真であり,このうちエラストマー接合部はクロロホルムに所定期間浸漬後に剥離処理を行ったものであるが,これらの写真によれば,エラストマー接合部に見られる起伏の形成原因は,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外に考えられない(東京農工大学名誉教授工学博士Fの「松下筒状部の表面写真に関する意見書」〔甲107〕)。

(イ) 剥離試験(甲6,41,64,69)に係る原判決の説示について

原判決は,原告実験(甲6実験,甲41実験,甲64実験及び甲69実験)の結果から,「イ号減衰手段の製造において,エラストマーのノズル温度を230℃に設定すれば,筒状部に到達する際のエラストマーの温度がポリプロピレンの融点を超えると認めることはできない。」(65頁4行~6行)とし,その根拠として,「…微小表面センサによる計測は,測温部が1.5mmあるため,センサを設置するために,測定空間のエラストマーの肉厚は2mmを超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚が0.3mmであることと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなるものと考えられる。…」(64頁下7行~下3行),「甲6実験,甲41実験,甲64実験及び甲69実験は,…いずれもイ号減衰手段とは異なる金型を用いている…,いずれもノズル温度や金型温度以外の成形条件が同一であることの立証がない…,エラストマーについてはいずれも,接着剤については甲6実験及び甲41実験で素材の同一性が認められない…,…金型内温度の測定方法に問題がある…」(64頁下2行~65頁3行)とする。

① しかし,原判決は,乙48実験における金型内ピーク温度の測定について,「…温度センサによる測定値は応答速度や測定空間による影響を受けて実際の温度よりもある程度低くなっているものと考えられる…」(73頁7行~9行)とするのであるから,原告実験の場合も,微小表面センサにおいて所定の応答速度,測定空間が存在する以上,「実際の温度よりもある程度低くなっている」という帰結に至るはずであるのに,原告実験の場合はそのような説示はなされていない。

② また,たとえ一度金型内ピーク温度を測定した後に,当該金型内ピーク温度からの冷却の程度が少ないとしても,金型内ピーク温度自体を実際の数値よりも高く測定することはあり得ない。

③ 原判決の上記説示のうち,測定空間のエラストマーの肉厚が2mmを超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚が0.3mmであることと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなる,との説示は,乙35(北辰工業株式会社「理化工業(株)製キャビサーモ射出成形機金型内樹脂温度センサを使用した当社使用の熱可塑性エラストマーの温度測定」)を根拠とする。しかるに,乙35実験で使用されているキャビサーモは,温度センサとして熱電対素子の熱容量が大きく,かつ応答時間が遅いため,測定された金型内ピーク温度と,本来イ号エラストマーが有している温度との間に,時間遅れを原因とする温度差(温度ギャップ)を生じさせる。この点,原告実験のように,大きな測定空間を設定することによって冷却の程度が緩慢であることは,かえって温度差(温度ギャップ)を小さくする点において正確性に寄与するものである。また,原告実験における測定空間の大きさ及びその位置が適切であることについては,甲59実験及び甲62実験によって明らかである。

④ 被控訴人らは,営業上の秘密であるとしてイ号減衰手段のノズル温度以外の成形条件を明らかにしていない。しかるに,原判決のように,原告実験についてイ号減衰手段の製造工程と同一の成形条件であることを要求した場合には,一般に特許権者においては,いかなる実験を行ったところで,「秘密」事項に関連するデータを左右するような実験の場合には,同一性の立証が行われていないがゆえに,結局当該実験に基づく訴訟資料は全て水泡に帰することにならざるを得ず,このような帰結は不当かつ不公正である。

そして,本件においては,原告実験に基づき,イ号筒状部及びイ号ポリプロピレンのいずれにおいても,ノズル温度230℃の段階において剥離不能状態が出現するとともに,接合界面において,イ号ポリプロピレンが,溶融していない場合の平坦な状況とは明らかに異なる起伏状態を呈することが既に証明されている。

このような場合,技術常識に即するならば,イ号筒状部及びイ号ポリプロピレンは,ともにポリプロピレンの溶融に基づいて接合界面における起伏の形成,更には剥離不能状況に至った旨の合理的な説明が可能となる以上,ノズル温度230℃と設定した場合のイ号減衰手段の成形条件についても,原告実験の場合と同様に,「熱融着」が成立するような状況にあったものと認定又は推定することは十分可能であるというべきである。

ウ 界面写真及び断面写真について

(ア) 起伏状態の存在とその評価

① 甲41実験の接着剤なしのサンプルの場合における,ノズル温度190℃のときの写真(甲98)とノズル温度160℃のときの写真(甲68)とを対比すると,一部剥離不能状態を呈しているノズル温度190℃の場合は,ノズル温度160℃の場合に比し,やや起伏が増大するという程度であるが,これに対し,剥離不能状態を呈しているノズル温度220℃のときの写真(甲68)は,上記のノズル温度190℃のときの写真(甲98)に比し,明らかに程度の著しい起伏状態を形成している。

このように,全部剥離不能状態と全部剥離状態及び一部剥離不能状態とは,起伏の程度において相違しており,起伏の程度と剥離の可否及びその程度とは明白な相関関係にある。これは,接合界面においてエラストマーが溶融したポロプロピレンの領域内に侵食することによって,略平坦だったポリプロピレンの界面が凸凹状態を形成するに至ったことを原因としており,他に合理的な原因は見いだせない。

② イ号筒状部とイ号エラストマーとの接合界面に,非接合界面に存在しないような起伏状態が形成されていることは,断面写真である甲44の写真1,2と同3,4との対比によって明らかであり,また,乙43の写真1(イ号筒状部のイ号エラストマーとの接着が行われる前段階にある接合部の上端部断面)と,乙22の写真2(イ号筒状部の接合断面の側部)及び乙43の写真2(イ号筒状部の接合断面の上端部)との対比からも明らかである。

③ また,甲29の写真6は,イ号筒状部のイ号エラストマーと接触していない界面,すなわち非接合界面の断面を示しており,写真7は,イ号筒状部の非接触部の領域を230℃×30秒加熱を行い,当該非接触領域のイ号ポリプロピレンが溶融した後の状態を示している。しかるに,写真7の非接合界面には,接合界面のような起伏状態は形成されていない。したがって,イ号筒状部の接合界面における起伏状態は,単なる加熱に基づくイ号ポリプロピレンの溶融だけでなく,所定の成形圧力を伴ったイ号エラストマーとの衝突によって形成されていることになる。

④ 甲31の写真3の試料1(イ号筒状部の接合界面における表面状態)は,甲78の2(甲41実験のノズル温度220℃の場合の接合界面の表面状態)と酷似している。このような酷似状態は,イ号筒状部の接合界面も,溶融したイ号ポリプロピレンに対しイ号エラストマーが衝突し,双方が混合し合うことによって形成されたことを十分推定させるものである。

⑤ イ号筒状部と,イ号接着剤が配合されていない筒状部とは,その成形条件は同一のはずであるところ,イ号筒状部においては起伏状態が形成されている(甲44の写真1・2,乙43の写真2・3)にもかかわらず,イ号接着剤が配合されていない筒状部においては起伏状態が形成されていない(乙56の写真14,20)ことは,技術的に明らかに不合理である。

もっとも,イ号筒状部の接合界面の起伏が専ら変性ポリエチレンによるイ号接着剤によって形成されているのであれば,前記のような起伏状態の形成の相違を合理的に説明し得るかもしれないが,甲78の2(変性ポリエチレンを配合していない場合)と甲99(変性ポリエチレンを配合した場合)とを対比すると,起伏状態の存否は,接着剤である変性ポリエチレンの配合の有無によって左右されていないことが明らかであるし,また,乙43の写真3に示すような,イ号筒状部の接合界面における起伏状態や二次ラメラによる縞模様の状態(凸凹縞模様状態)は,金型の成形加圧のような温度条件以外の成形条件では実現不可能であるから,これらに照らせば,同起伏がイ号ポリプロピレンによって形成されていることは明らかであり,上記のような説明は客観的に不可能である。

⑥ 乙43の写真2,3等に示す接合界面の起伏状態が,イ号ポリプロピレンの溶融を伴う熱融着を原因としていないのであれば,当該起伏状態は,イ号エラストマーがイ号ポリプロピレンの界面において,所定の成形圧力を伴って衝突することによって,イ号ポリプロピレンの界面が溶融せずに変化し,起伏状態を呈するに至ったものと解する以外にない。しかし,甲78の2の写真(甲41実験によって得られた各サンプルのうち,ポリプロピレンのみによるノズル温度160℃サンプルの接合界面の状態)は,ライン状の金型の表面状態が反映し,界面における起伏状態を全く形成しておらず,このことは,イ号エラストマーの成形圧力に伴う衝突によって,接合界面による起伏状態の形成がなされることがあり得ないことを示している。

⑦ イ号筒状部の接合界面における起伏状態は,イ号ポリプロピレンの溶融以外の成形条件によっては実現し得ない。

すなわち,原告実験のノズル温度190℃サンプルにおける金型内ピーク温度は,イ号ポリプロピレンの融点を超え,最高融解温度領域に至っており,しかも一部剥離不能状態が生じているところ,この場合の接合界面における起伏状態は,甲98の写真のとおりである。しかるに,かかる甲98の接合界面における起伏状態よりも,甲44の写真1,2,乙43の写真3に示すようなイ号筒状部の接合界面における起伏は,より大きな状態となっている。このことは,後者の起伏状態が,金型内の温度条件以外の成形条件では実現不可能であり,イ号ポリプロピレンの溶融によって初めて実現可能であることを示している。

(イ) 原判決の説示に対し

① 原判決は,「…どの程度,界面が凸凹していれば,ポリプロピレンが熱によって溶解したことを裏付けるのかについての客観的な判断基準は明らかではないことからすると,…界面又は断面写真から,イ号減衰手段においてポリプロピレンが熱により溶解したものと認めることはできない。」(67頁下1行~68頁3行)とするが,誤りである。

なぜなら,接合界面における起伏状態の相違という定性的な判断基準と,どの程度の凸凹状態がイ号ポリプロピレンの溶融を裏付けるかという定量的な判断基準とは,技術的に全く異なる事項であるからである。すなわち,金型内の温度条件以外の成形条件だけでは起伏は生じ得ず,剥離不能状態における起伏状態の形成は,イ号ポリプロピレンの溶融を伴わずには実現し得ない以上,どの程度の凸凹状況による起伏が溶融を裏付けるか等という議論には意味がない。

② 原判決は,「…甲44の写真1及び2,乙21の写真1及び2,乙22の写真1及び2並びに乙43の写真2及び3の界面の形状は,エラストマー非接触部の界面写真(乙43の写真4及び5,甲44の写真3及び4)やエラストマー成形前の断面写真(乙21の写真2,乙43の写真1)に比べると,若干凸凹している…」(67頁9行~12行),「…乙43の写真3では,エラストマーとの接合界面部にポリプロピレンに起因すると考えられるラメラが製品全体にわたって観察される…」(67頁13行~14行),「…ノズル温度を高くすると,…接合部分の断面又は界面が次第に凸凹すること…が認められる。」(65頁下3行~下1行),「…ノズル温度が220℃の方が,160℃のものよりも,エラストマーとの接合面が凸凹していることが認められる。」(66頁15行~16行),「…甲31の写真3(試料1接合部)の界面写真は凸凹しており…」(67頁7行)としており,剥離不能状態に対応する接合界面には,非接合界面に見られないような起伏が示されていること,更にはノズル温度ひいては金型内ピーク温度が高くなるに従って,起伏状態が大きくなるという変化が生じており,剥離不能状態に対応する接合界面が全部剥離状態に対応する接合界面よりも起伏状態が大きいことを認めている。

a このような場合,原判決においても,剥離不能状態に対応する起伏が生じた原因として,加熱に基づくイ号ポリプロピレンの溶融を当然想定せざるを得ないはずである。そして,乙56の写真14,20の状態と,乙43の写真1,2,3の状態における対比に基づいて,凸凹の程度の判断基準とは無関係に,起伏状態(凸凹状態)が加熱溶融によって生じたものと判断できることは,意見書(甲96)からも明らかである。

b すなわち,仮に,乙43の写真2,3に示す接合界面の起伏状態が,イ号ポリプロピレンの溶融を伴う熱融着を原因としていないのであれば,当該起伏状態は,イ号エラストマーがイ号ポリプロピレンの界面において,所定の成形圧力を伴って衝突することによって,イ号ポリプロピレンの界面が溶融せずに変化し,起伏状態を呈するに至ったものとみるほかない。しかし,例えば,甲41実験における,ノズル温度160℃に対応する接着剤未配合のサンプルの写真(甲78の2)を見ても,成形圧力により起伏が形成されるのであれば,この場合も起伏自体は形成されていなければならないはずであるのに,実際にはライン状の金型の表面状態が反映しており,界面における起伏状態を全く形成していない。また,乙56の写真20(接着剤を配合していない場合)を見ても,接着剤を配合していない場合に比べれば変形しやすい状態であるにもかかわらず,金型の痕跡が残存するような表面状態となっている以上,起伏状態が成形圧力を原因としていないことが明らかである。

c また,甲41実験における,ノズル温度160℃に対応する接着剤未配合のサンプルの写真(甲78の2)と,変性ポリエチレン(接着剤)を配合したサンプルの写真(甲99)とを対比すると,変性ポリエチレンが溶融することにより,前者に示されている金型の痕跡による縞模様は後者においては消失し,より平坦な状態となっている。したがって,イ号減衰手段の筒状部において変性ポリエチレンのみが溶融しているとすれば,これが配合されていない乙56の写真20の場合に示される金型の痕跡が残っている状態よりも平坦な状態になっていなければならないはずであるのに,実際は起伏状態が生じている(甲106の写真)。

d 甲106のA~C3枚の写真は,イ号筒状部のエラストマー接合部と非接合部の電子顕微鏡写真であり,このうちエラストマー接合部はクロロホルムに所定期間浸漬後に剥離処理を行ったものであるが,これらによれば,エラストマー接合部に見られる起伏の形成原因は,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外には考えられない(甲107の前記意見書)。

③ 原判決は,「…乙43の写真3では,エラストマーとの接合界面部にポリプロピレンに起因すると考えられるラメラが製品全体にわたって観察される…」(67頁13行~14行),「…ラメラは溶融すると消失するが,融液からの結晶化では単結晶であるラメラを得ることは難しい…本件において,球晶を観察した証拠は提出されていない…」(67頁下8行~下6行),「…ラメラは,ポリプロピレンやポリエチレンのような結晶性高分子に特有の結晶構造であり,それらが溶融した場合には,ラメラは消失すること,融液からの結晶化では単結晶であるラメラを得ることは難しく,多くの場合,球晶が形成されるか,アモルファス(非晶質)となり,結晶構造が確認できなくなること,ラメラは,厚さは数十nm,平面方向に数百nmの薄い板状の結晶であるが,球晶は直径数百μmにまで達することが認められる。したがって,…ラメラの観察は,イ号減衰手段の接合部において,ポリプロピレンが溶融していない可能性が高いことを示すものと認められる。」(68頁11行~19行)とし,イ号筒状部の界面においてラメラが観察されているが,ラメラが溶融することによって消失した場合には,球晶が形成されるか又はアモルファス(非晶質)となり,単結晶であるラメラを得ることは困難であるという根拠を説示したうえで,イ号筒状部の接合部においては,イ号ポリプロピレンが溶融していない可能性が高いと説示し,「熱融着」を否定している。

a しかし,剥離不能状態と接合界面における起伏状態の形成とは,前記のように,明らかに因果関係が存在し,当該起伏状態は,イ号ポリプロピレンの溶融を裏付けている。それにもかかわらず,「単結晶であるラメラ」の存在によってイ号ポリプロピレンの溶融を否定するのであれば,「単結晶であるラメラ」が存在する場合には,イ号ポリプロピレンの溶融は絶対にあり得ないことが不可欠の前提となるが,上記説示は,イ号ポリプロピレンの溶融から単に「単結晶であるラメラを得ることが困難である」という論拠のみを以ってイ号ポリプロピレンの溶融を否定しようとしており,誤っている。

b しかも,東京農工大学名誉教授F作成の意見書(甲97)からも明らかなように,上記説示は,以下のc~gのとおり,結晶性ポリマーの溶融とラメラの形成との関係,更には単結晶とラメラとの関係等につき,技術的に誤っている。

c 原判決の前記説示は,甲54(松下裕秀著「高分子化学Ⅱ物性」丸善株式会社〔平成12年10月20日発行〕)の,「…融液からの結晶化では単結晶を得ることは難しい。…」との記載(84頁本文下2行)に基づくものと考えられ,結晶性ポリマーの単結晶とは,結晶方向が概略揃っている結晶の単位を指しているが,かかる単結晶は,実験室において融液を希薄状態とすることによって辛うじて得ることができ,実際の製造現場において得ることは困難とされている。

しかし,ラメラが即単結晶というわけではなく,単結晶ではないラメラ,すなわち単結晶が積層して厚化したラメラは,通常の融液から容易に生成することが可能である。このことは,甲53(宮田幹二外「役にたつ化学シリーズ7高分子化学」株式会社朝倉書店〔2005年(平成17年)9月30日発行〕)の,「…融液から結晶化した場合でも折りたたみ構造が形成されることが明らかにされている。」(35頁下5行~下3行)との記載や,山形大学工学部教授G作成の「高分子-高分子の熱融着(welding)について」(乙12)に添付された技術文献(エドワード・P・ムーア・Jr「ポリプロピレンハンドブック」株式会社工業調査会〔1998年(平成10年)10月15日発行〕)の,「…融液から静的に結晶化した半結晶性ホモポリマーのとる結晶の形態は,図3.7に示されるような折りたたみ鎖ラメラであることが一般的に受け入れられている。」(144頁下5行~下3行)との記載からも明らかである。

d イ号減衰手段におけるイ号筒状部の断面写真である株式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所「測定分析結果報告書」(甲44)の写真1・2及び株式会社ユービーイー科学分析センター「分析結果報告書」(乙43)の写真3には,複数個の微結晶領域の結合に基づき,厚化したラメラの状態が示されており,決して単結晶のラメラ状態を示しているわけではない。原判決は,上記各写真のラメラ状態を単結晶と見なしており,誤りである。

e 株式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所「測定分析結果報告書」(甲29)の写真7は,イ号筒状部の非接触部につき230℃×30秒の加熱を行い,イ号ポリプロピレンは一度溶融に至っているが,イ号筒状部の場合と同じようなラメラ構造を示すライン状の模様が形成されている。同様に,株式会社ユービーイー科学分析センター「分析結果報告書」(乙43)の写真7も,イ号筒状部の非接合部につき,230℃×30秒の加熱を行うことによってイ号ポリプロピレンを溶融させた場合の断面写真であるところ,当該断面においてもラメラ構造を示すライン状の模様が形成されている。

f イ号ポリプロピレンが加熱された後に,金型との接触に伴う強制的な冷却を伴っていない緩慢な冷却が行われた場合には,加熱前よりも厚化したラメラが明瞭に出現する。この点,イ号筒状部の接合界面の断面写真である甲44の写真1,2,乙43の写真3と,イ号筒状部の非接合界面の断面写真である甲44の写真3・4とを対比すると,非接合界面における一次ラメラ(甲44の写真3・4)に比し,接合界面における厚化した二次ラメラの状態(甲44の写真1・2及び乙43の写真3)を明瞭に観察することができる。そうすると,イ号筒状部の接合界面における厚化したラメラの存在は,イ号ポリプロピレンの融液から再結晶が行われたことを積極的に証明している。

g 上記cのように,単結晶が積層して厚化したラメラは,通常の融液から容易に生成することが可能であるが,ラメラが放射状に配列される球晶は常に形成されるわけではない。この点,甲54(松下裕秀著「高分子化学Ⅱ物性」丸善株式会社〔平成12年10月20日発行〕)にも,「融液からの結晶化では球晶がしばしば形成される」(85頁下1行)との記載があり,当該形成が比較的多く見られるも,必然的な所産ではないことを明らかにしている。

そして,イ号筒状部の接合界面の断面写真である甲44の写真1,2,乙43の写真3に示されているような厚化したラメラの積層状態は,これらの写真では明瞭な観察は不可能であっても,当該ラメラの集合によって実際には球晶が形成されている場合も十分あり得る。この点,甲100(高木謙行外「ポリプロピレン樹脂」日刊工業新聞社〔昭和56年1月30日発行〕)には,「…図3.13はMが球晶の構造を説明するために用いたモデルであり,球晶がラメラおよびラメラ間にある無定形部から成り立っていることを示している。…」(42頁2行~4行)との記載があり,このような球晶とラメラの積層構造との関係を考慮するならば,上記ラメラ写真の積層構造において,球晶が形成されている可能性を否定することはできない。

④ 原判決は,「…乙56によれば,乙48実験において,接着剤なしのポリプロピレンにイ号エラストマーを使用して製作したサンプル3及びサンプル4について,ポリプロピレンのエラストマーとの剥離界面を観察したところ,金型を加工するときに金型に残る微細なバイト傷が観察されたことが認められる。この事実は,接着剤なしのサンプルについては,ポリプロピレンが融点を超えて溶融していないことを示しているが,さらに,接着剤ありのサンプルについても同様であることを示していると認められる。」(72頁下5行~73頁2行)とする。

a しかし,接着剤ありのサンプルの場合には,イ号エラストマーは剥離しない以上,剥離界面の観察は不可能であって,原判決の前記説示は単なる独断にすぎない。

また,乙56の写真14(接着剤ありのサンプルの写真),同20(接着剤なしのサンプルの写真)によれば,接着剤なしのサンプルのイ号エラストマーとの接合界面,すなわち剥離界面は,非接合界面と同様,金型表面の縞模様が残存し,平坦形状を示しているのに対し,接着剤ありのサンプルの場合は,原判決自体が「甲44の写真1及び2,…乙43の写真2及び3の界面の形状は,エラストマー非接触部の界面写真…やエラストマー成形前の断面写真…に比べると,若干凸凹している…」(67頁9行~12行)とするように,非接合界面とは異なるような起伏状態が形成されている。

b 仮に原判決が,接着剤ありのサンプルのイ号エラストマーとの接合界面の起伏状態が金型内の温度条件以外の成形条件によって形成された旨を説示しようというのであれば,逆に,同じ成形条件でありながら,なぜ接着剤なしのサンプルの場合は,バイト傷が残存し,成形金型の表面形状が転写され,平坦形状を呈することが可能であるかについて合理的な説明を行わなければならないが,そのような説明はなされていない。

エ 被告実験(乙23,44,48)について

(ア) 乙48実験の乙23実験との矛盾

① 乙48実験は,金型内ピーク温度を111℃であったとするが,乙23実験によれば,金型内ピーク温度が111℃の場合は,その接着強度は接着剤未配合のときと比べて全く増強し得ない状態にあるはずである。しかるに,乙48実験は,イ号接着剤の配合の有無によって剥離実験の結果が全く相違しているから,乙23実験と矛盾している。

すなわち,乙23実験によれば,イ号筒状部は,イ号接着剤が未配合のときと比べて,ノズル温度が190℃であって,金型内ピーク温度の平均値が178.6℃の場合には,その接着強度は約58%増大し,ノズル温度150℃であって,金型内ピーク温度の平均値が147.6℃の場合には,その接着強度が約23%増大している。そうすると,ノズル温度が更に低温となり,乙48実験のように金型内ピーク温度が111℃の場合には,接着強度は増強し得ないはずである。

② 他方,原告実験においては,イ号筒状部及び接着剤が配合されていない筒状部は,金型内ピーク温度が約160℃~164℃の場合には,ともに全て剥離状態であり,金型内ピーク温度が約176℃の場合には,ともに一部剥離不能状態を呈している。乙23実験によれば,このような各金型内ピーク温度においては,接着強度は接着剤を配合しないときに比べて2倍にも至っていないはずであるから,ともに剥離状態又は一部剥離不能状態であることは,乙23実験との結果と何ら矛盾関係にはない。

(イ) 乙44実験につき

① 乙44実験においては,ノズル温度150℃と記載されているが,当該ノズル温度及び対応する金型内ピーク温度に関するデータ上の裏付けは存在しないから,このような乙44実験において剥離不能状態が記載されていたとしても,実験結果に関する合理性及び信憑性はない。

② 仮に,乙44実験において熱融着が行われていないのであれば,乙56の写真17に示すように,筒状部の先端端部のコーナーにおいては,金型形状を反映して直角の状態が維持されていなければならない。しかるに,乙44実験において,ノズル温度150℃及び200℃の各サンプルにおいては前記コーナーの部分が丸みを帯びた状態に至っており,このような状態は,先端部分が一度溶融しなければ不可能である。

③ 乙44実験においては,前記コーナー部分の変形について,エラストマー成形時の圧力と製品断面を観察したときの刃物の押圧力に由来していると記載するが,いずれも根拠がない。

④ 乙23実験を考慮するならば,乙44の金型内ピーク温度として計算した結果(102℃,133℃)では,イ号接着剤は本来の接着機能を発揮することができない。

⑤ 原判決の説示に対し

a 原判決は,「原告は,接着剤の入っていない筒状部との比較がされていないことを指摘するが,乙44実験の結果から,ポリプロピレンの融点以下の温度であっても,接着剤の接着力により剥離不能な程度の接着を実現することは可能であるとの限度では,上記比較は必要ではない…」(71頁下9行~下6行)とする。

しかし,乙44実験には,上記に記載したような不合理があるし,一連の原告実験によって,一部剥離不能状態の場合でさえ,イ号接着剤は全部剥離不能状態を実現するような接着機能を有していないことが明らかになっており,接着剤の入っていない筒状部との比較は不可欠である。

b 原判決は,「原告は,金型内の温度変化状況に関する客観的データ(数値及びグラフ)を提示していないことを指摘するが,ノズル温度を150℃と設定した場合,金型内温度がポリプロピレンの融点を超える温度になることはないと考えられる…」(71頁下5行~下2行)とする。

しかし,控訴人が指摘したのは,単に金型内ピーク温度のデータの不存在だけではなく,そもそもノズル温度150℃自体信憑性が存しないことである。これに併せて,上記②,④も考慮すれば,少なくともノズル温度の証明は不可欠である。

c 原判決は,「原告は,乙23実験によると,ノズル温度が150℃の場合に界面剥離していること,接着強度がせいぜい1.22倍しか向上していないことと矛盾する旨主張するが,乙23実験と乙44実験とは成形条件も剥離実験の方法も異なるので,矛盾しているとはいえず,…」(71頁下1行~72頁3行)とする。

しかし,乙23実験によって示されているイ号接着剤の配合に基づく接着強度の増強の程度は,乙44実験にも妥当するところ,乙44実験は,イ号接着剤が本来接着機能を発揮し得るような温度領域が実現されていない。

(ウ) 乙48実験につき

① 乙48実験は,根本的な欠陥を有している。すなわち,金型内ピーク温度が約111℃というイ号ポリプロピレンの融点に至っていない温度であるにもかかわらず,イ号エラストマーとの剥離不能な接着が実現しているのであれば,イ号接着剤を配合しているサンプルの接合界面は,非接合界面(甲29の写真6,甲31の写真3,甲44の写真3・4)又は全部剥離に対応している接合界面(甲68,78の2,96)のように,略平坦であって,実際のイ号筒状部の接合界面のような起伏状態を形成することはあり得ない。

② 原判決は,「…筒状部との接合部分のエラストマーの温度測定値が111℃であるとしても,射出時のノズル温度は230℃であること,…温度センサによる測定値は応答速度や測定空間による影響を受けて実際の温度よりもある程度低くなっているものと考えられることからすると,測定値が111℃であることから,エラストマーが金型内を流動できず,成形が不可能であると認めることはできない。」(73頁6行~11行)とする。

a しかし,乙48実験においては,イ号エラストマーの流動性及び成形性が実現されているにもかかわらず,その金型内ピーク温度は111℃と測定されており,これは,流動性及び成形性を実現することができない温度である(甲71(L「スチレン系ブロック共重合体とポリマーアロイ」参照)。

b このように,乙48実験の金型内温度111℃という測定値自体不合理であるのに,この温度でもノズル温度230℃であった段階の性状が残存していることも論証されていない。

c また乙48の1の説明図面によれば,乙48実験における測定空間の径は3mmであり,温度センサの先端においてイ号エラストマーが形成する肉厚は最大約0.9mm程度であって,イ号エラストマーの肉厚の0.3mmよりも明らかに大きな状態にある。このような場合,原告実験の測定空間の直径が5mmであり,かつ温度センサの先端部の肉厚が2mmを超えているがゆえに,金型内ピーク温度の測定値が実際のイ号減衰手段の場合よりも高いという原判決の説示に立脚した場合には,乙48実験についても同様の評価が成立するはずである。なぜなら,測定空間の各寸法が,イ号エラストマーの肉厚よりも大幅に大きい点において,双方の実験に何ら変わりはないからである。

しかるに,原判決は,乙48実験の場合には,応答速度及び測定空間によって測定温度が実際の温度よりも低くなる旨の説示をし,原告実験の場合の説示と矛盾している。

あるいは原判決が言わんとしているのは,測定空間だけではなく,温度センサの応答速度をも考慮した場合には,測定温度は実際の温度よりも低くなるということかもしれないが,原告実験の温度センサが所定の応答速度を有している以上,前記矛盾が,応答速度を加味することによってクリアされることにはならない。

③ 原判決は,「本件では,どの程度低い温度が測定されるか,実際の温度がポリプロピレンの融点を超えるかが重要であるところ,甲62実験によると,原告の推奨する微小表面用温度センサと被告が使用した岡崎センサとを使用して,測定空間及び温度計設置箇所を変化させて測定温度の比較を行っても,測定値の差は,最大でも42.6℃であるが…,乙48実験では,測定空間が3mm(甲62実験では1mm又は5mm)であり,温度センサの位置について,甲62実験のB(筒状部最先端部の上1.8mm)とC(筒状部最先端部の下1.2mm)の中間を採用していること…からすると,乙48実験の測定値と実際の温度との差は最大でも約40℃であると考えられる。そうすると,乙48実験で筒状部を製作した際の金型内温度は,いずれにしてもポリプロピレンの融点を超えるものではないと認められる。」(73頁下1行~74頁10行)とする。

a しかし,イ号金型と奥山金型との相違,及び温度条件以外の成形条件(射出圧力及び単位時間当たりのイ号エラストマーの射出量等)の異同を論じている原判決の立論に立脚した場合には,乙48実験において,原告実験と同様の測定状態Aを採用したところで,測定温度がどのような結果になるかは,単にノズル温度だけではなく,他の成形条件によっても左右されるはずであるから,甲62実験の温度差を直ちに乙48実験に当てはめることはできないはずである。

b 原判決のように,111℃に約40℃を加えたことによって,約150℃というイ号ポリプロピレンの融点を下回る測定値を得たとしても,イ号筒状部の接合界面における起伏状態(甲44の写真1・2,甲31の写真3,乙43の写真3)が形成し得ないことに変わりはない。

④ イ号接着剤として変性ポリエチレンが採用される前には,モディックP505が使用されていたことが明らかであるところ,イ号接着剤としてモディックP505を採用する場合と変性ポリエチレンを採用する場合とによって,イ号エラストマーが流動する際の適切な成形条件に相違が生ずることはあり得ない。そして,モディックP505においては,ポリプロピレンと無水マレン酸との結合による化合物であるため,ポリプロピレンと固溶体を形成し,モディックP505固有の融点を呈することはあり得ず,モディックP505の融点が138℃であっても,モディックP505のみが溶融して固有の動きを示さない。したがって,イ号ポリプロピレン+モディックP505による筒状部の場合には,融点がイ号ポリプロピレンの融点と概略同一であって,モディックP505が固有の接着機能を発揮する状態とは,イ号ポリプロピレンの結晶構造と共にモディックP505の結晶構造も崩壊したうえでイ号エラストマーとの「混合」状態に至ること,すなわち,イ号ポリプロピレン+モディックP505とイ号エラストマーとの「熱融着」を意味している。このことは,同じ成形条件である変性ポリエチレンを採用している乙48実験においても「熱融着」が生じていることを示している。

⑤ 原判決は,「確かに,乙33によると,ノズル温度が230℃,金型温度が30℃で射出成形をした場合,エラストマーの肉厚が当時の減衰手段に最も近い0.4mmの場合のキャビサーモによる測定値は平均135.3℃であること,乙35によると,同様に肉厚が0.3mmの場合のキャビサーモによる測定値は113℃であることが認められるが,平成13年に行われた乙33実験及び乙35実験のノズル温度や金型温度以外の成形条件及び測定方法は,乙48実験と同一であるとは認められないことからすると,これらの数値から乙48実験の測定値が不合理であるということはできない。」(73頁15行~22行)とする。

a しかし,成形条件は,イ号エラストマーの流動性及びイ号ポリプロピレンとの接着に基づく成形性を考慮したうえで設定される以上,ともにイ号エラストマーを採用している乙33実験及び乙35実験の場合と乙48実験の場合とでは,筒状部先端に至る金型内ピーク温度は,本来共通しているはずであって,原判決の前記説示は,このようなイ号エラストマーの最適条件における共通性を看過している。

b 乙35実験において,金型温度を約30℃とした場合の製品部に至った場合の温度測定値は約195℃である(原告訴訟代理人弁護士赤尾直人ら作成の「技術説明書(6)」〔甲91の1・2〕参照)。これに対し,イ号金型と酷似し,しかもイ号金型よりも温度降下の程度が大きいと解される金型について検討した甲73の2(原告訴訟代理人弁護士赤尾直人ら作成の「技術説明書(5)」)及び甲95(同人ら作成の「技術説明書(7)」)によれば,金型温度を18℃と設定した場合の製品部における温度測定値は約193℃であり(甲95の4頁3の

θ=230×0.828+18×0.172≒193(℃)

の部分参照),同様の算定方式に基づいて,金型温度が30℃の場合には,

θ=230×0.828+30×0.172≒195(℃)

である。そうすると,乙35実験の金型と甲73の2及び甲95で検討した金型とは,冷却条件及びノズル温度が同一である場合には,イ号エラストマーを流動させた場合の温度降下は殆ど同一であることを十分推認することができる。

このような場合,イ号金型の場合には,甲73の2等で検討した金型よりも温度降下の程度が小さいと解される以上,結局,乙35実験が採用している金型よりも,更に実際の測定値は高いはずである。

⑥ 原判決は,「原告は,甲64実験及び甲69実験において,220℃の場合に切断片の先端部が光沢を失っているのは,凸凹状態が形成され,光の散乱状態が生じているからであるところ,同じ成形条件でありながら,接着剤を加えたポリプロピレンを用いた成形品(検乙6)は光沢状態を呈しておらず起伏状態を形成し,接着剤を加えないポリプロピレンを用いた成形品(検乙7)は光沢状態を呈し,起伏状態が形成されていないのは矛盾する旨主張する。しかし,甲86及び検甲1ないし3の170℃と220℃の写真及び切片の先端部を対比しても,光沢状態に相違があると認めることはできないし,検乙6と検乙7を対比しても,光沢状態に相違があると認めることはできない。また,仮に,検乙6と検乙7の切断片の先端部の光沢状態に相違があるとしても,光沢状態が起伏状態の存否と連動することについての客観的裏付けはなく,どの程度の起伏状態があれば,ポリプロピレンが熱によって溶解したことを裏付けるのかについての客観的な判断基準も明らかではないから,光沢状態の有無から検乙6と検乙7が矛盾する旨の原告の主張は理由がない。」(75頁3行~16行)とする。

しかし,検乙6の先端部の場合には,エラストマーが剥離し得ないため,先端部における光沢の存否を確認することは本来できないが,甲86の写真3-1(甲69実験のノズル温度170℃の場合の成形品)と写真3-2(甲69実験のノズル温度230℃の場合の成形品)を対比しても,また,写真2-1~3(甲64実験,甲69実験で,イ号筒状部を用いてノズル温度170℃で成形した場合のもの)と写真3-1を対比しても,各先端部の光沢の存否の相違は明瞭である。そして,光沢状態が実際にあることは光の乱反射が生じていることを示しており,当該乱反射は表面の凸凹状態におる起伏状態以外にはその原因はあり得ない。

⑦ 乙48実験よりも甲64実験及び甲69実験の方が信用できることは,甲70鑑定書,甲73説明書,甲75説明書,甲77鑑定書,甲91説明書,甲96意見書,甲97意見書から明らかであり,また,乙48実験は偽装工作が行われたものであって,このことは,甲79鑑定書,甲82(控訴人技術本部長E作成の「実験報告書(4)」),甲83の1,2(E作成の「写真撮影報告書(3)」)から明らかである。

例えば,甲77鑑定書は,イ号減衰手段の製造工程,ひいては成形条件に基づいて「熱融着」の成否を論じているわけではなく,甲64実験,甲69実験のノズル温度,金型内ピーク温度に対応して変化する剥離試験の結果を考慮した上で,イ号接着剤の配合の有無にかかわらず,イ号エラストマーから十分な熱エネルギーの供給が行われた場合に,剥離不能な「熱融着」が成立することを明らかにした上で,剥離試験の結果と接合界面の起伏状態との相関関係を考慮し,剥離不能状態を呈しているイ号減衰手段においても,甲64実験,甲69実験のうちのノズル温度230℃サンプルの場合と同じように「熱融着」が成立する旨の論述を行い,また,変性ポリエチレンが,乙48実験のように,剥離状態を剥離不能状態とするような格別の接着力を有することを否定している。

また,甲70鑑定書は,金型の全周囲が30℃の冷却状態の環境を設定し,実際の金型の冷却条件よりもはるかに厳しい冷却条件を設定している。

また,乙48実験においては,金型冷却温度(18℃)とピーク値に至る前の実際の温度(24℃)とに相違があり,不自然である。すなわち,温度コントローラの精度は±0.5℃であって,このようなコントローラを用いれば温度の偏差は精々1℃であるが,上記のような誤差が出ることは,実験に工作がなされていることを裏付けるものであり,これらのことは,甲101(株式会社松井製作所作成の金型温度コントローラー〔金型温度調節器〕に関するパンフレット),甲102の1~3(同社作成のFAX送信書,原告実験において採用されている金型温度コントローラーの取扱説明書等)から明らかである。

2  被控訴人両名及び同補助参加人

控訴人の主張は,原審における主張を多少目先を変えつつ繰り返し,原判決の説示を無理に攻撃しようとしているにすぎず,以下において被控訴人らが述べるように,いずれも失当であり,原判決の結論は相当である。

(1)  構成要件Bc「熱融着」の解釈について

ア 控訴人は,「熱融着」とは,加熱を原因としてポリマー同士が相互に溶けた状態にて接着し合う趣旨であり,その接着し合う状態として想定可能なのは,相互に混合し合うか又は相互に凝着(個別に分かれた物が一体となる現象)し合うかのいずれかであり,それら以外には相互に接着し合う状態は想定不可能であるという解釈を持ち出し,結論として,熱融着とは,加熱を原因として,双方のポリマーが流動可能な液層状態と化し,相互に混合又は凝着することによって接着し合うことと意義付けている。

しかし,控訴人は熱融着の意義を導く基礎として熱融着の趣旨を挙げるものの,かかる趣旨がいかにして導かれたのかは一切示していない。また,控訴人は,熱融着の趣旨において「接着し合う」という要件を用いるが,その「接着し合う」ということの技術的意義が不明であり,何らかの特殊な態様の接着であることを示せていない。したがって,控訴人が挙げる熱融着の趣旨からすれば,単に,ポリマーが溶融してくっつけば,たとえ分子間力による弱い接着であっても熱融着に該当してしまいかねず,当業者の技術常識と著しく乖離する。

イ また仮に混合した上で接着することが熱融着の成否の判断基準の一つであったとしても,控訴人は,何が,どのレベルで混合するのかを明らかにできていない。

まず何が混合するかについて注目すると,本件明細書には,熱可塑性弾性体や熱可塑性樹脂が混合または凝着することが示されているものの,ポリマーが混合するといった記載はなされていない。

また仮にポリマーが混合するとしても,どのレベルで,どの程度の混合がなされることを意味しているのかが明らかでない。そもそもポリマーとは,原子からなる分子がさらに結合してできているものをいうところ,かかるポリマーが混合するという場合,例えば以下のような3つの類型(モデル)が考えられる。第1には分子と分子が混ざり合うという最も微細なレベルで,ポリマーを構成する分子のレベルでの混合が考えられる。第2に分子が結合してできたポリマーの単位で混合している場合が考えられる。第3に分子レベル又はポリマーレベルでは混合せずに単にエラストマーとポリプロピレンの界面が波打っているにすぎない場合が考えられる。しかるに控訴人が主張する「混合」という概念がこの3つのどのレベルで混ざり合うことを指しているかは全く明らかにされていない。

ウ 控訴人は,「熱融着」の意義・判断基準を明らかにしていない。例えば,どのような場合に起伏が生じ,どのような起伏であれば「熱融着」の証左であるというのかを明らかにしないまま,単に恣意的な倍率を設定した上で界面に起伏があるというだけで,「熱融着」充足性の立証ができたかのような主張をしており,失当である。

(2)  イ号減衰手段の構成要件Bc「熱融着」の充足性について

ア 筒状部の先端頂部の形状の変形(甲4の1)

控訴人は,イ号筒状部の金型と,試作品の奥山金型とが,具体的な形状において相違するも,筒状部の先端頂部が根元と同一幅であり,しかもコーナーが直角である点においては共通する,など主張する。

しかし,そもそも試作品の射出成形時の圧力がイ号エラストマーの射出成形時の圧力と同じであることの立証がなく,さらにイ号筒状部の先端部の形状について成形前の筒状部の形状と成形後の形状との対比がなされていないことからすれば,甲4の1の先端頂部の変形の原因がイ号ポリプロピレンの溶解によるものであるとの証明がなされていないことは明らかである。

イ 剥離試験(甲6,41,64,69)につき

(ア) 控訴人は,原判決が,原告実験(甲6,41,64,69)における測定空間の肉厚が2mmを超えており,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合より高くなると考えられるとした点(64頁~65頁)について,一度金型内ピーク温度を測定した後に,当該金型内ピーク温度からの冷却の程度が少ないとしても,ピーク温度を実際の数値よりも高く測定することはあり得ないと主張する。

しかし,原判決の趣旨は,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度を測定することは実際上極めて困難であることを前提とした上で,控訴人の測定法では金型の冷却効果が大きく減殺されるために,イ号減衰手段を実際に製作する場合に想定される温度よりも高い温度が測定されているということにあるものと解されるから,控訴人の上記主張は失当である。

なお,控訴人は,原判決が,温度センサによる測定値は応答速度や測定空間による影響を受けて実際の温度よりもある程度低くなっていると考えられるとした点(73頁)について主張する。しかし,温度センサの応答速度の影響によって,温度センサが,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度よりも低い温度を示すことがありうることが認められるものの,測定空間による影響については,必ずしも金型の冷却効果が大きくなるわけではなく,イ号減衰手段を実際に製作する場合の温度より高く測定される可能性もある。したがって,応答速度と測定空間による影響を受けた場合に,結果として測定値が実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度よりも当然に低くなるわけではない。

(イ) また控訴人は,原判決が,原告実験(甲6,41,64,69)のいずれの実験もイ号減衰手段とは異なる金型を用いており,成形条件が同一であることの立証もないとした点(64頁~65頁)について,あくまで金型内ピーク温度及び剥離の可否について,イ号ポリプロピレン筒状部サンプルとの対比をベースとした上で熱融着の成否を論じており,単純にイ号筒状部のみ,又はその製造工程を対象として論じているわけではないと主張する。

しかし,そのような対比を行ったところで,対比の対象である控訴人の独自のイ号筒状部サンプルとイ号減衰手段との関連性は何ら立証されていないのであるから,控訴人の上記主張は失当である。

ウ 界面写真及び断面写真につき

(ア) 控訴人は,原判決が,界面写真及び断面写真に基づく控訴人の主張を排斥した理由として,どの程度,界面が凸凹していれば,ポリプロピレンが熱によって溶解したことを裏付けるのかについて客観的な判断基準は明らかでないと指摘した点(67頁~68頁)について,接合界面と非接合界面との対比,又は全部剥離状態に対応する接合界面と剥離不能状態に対応する接合界面との対比を行った場合,起伏状態が相違しているか否かという定性的な判断基準と,どの程度の凸凹によって溶融が生じたかという定量的な判断基準とは,全く技術的に異なる事項であり,起伏の程度という尺度は不要であり,しかもそのような尺度によって熱融着の成否を判断することは不可能であると主張する。

しかし,控訴人は,熱融着の成否に関して,界面における起伏の尺度とは無関係であるという主張を行う一方で,原判決が,金型内ピーク温度が高くなるに従って起伏状態が大きくなるという変化が生じていることを認めていると主張するところ,起伏状態が大きくなるというのは,明らかに,起伏の程度という尺度の問題である。そして,比較対象物の起伏状態の相違を,起伏状態が相違しているか否かという定性的な基準により判断したとしても,金型内ピーク温度が高くなるに従って起伏状態が大きくなる以上,結局のところ,一定の判断基準に基づき,どの程度起伏が大きくなった場合には控訴人の主張する熱融着が生じているのかということを示さなければならないことは明らかであるから,控訴人の上記主張は失当である。

(イ) 控訴人は,イ号筒状部とイ号エラストマーとの接合界面に,非接合界面に存在しないような起伏状態が形成されていることは,乙43の写真1(イ号筒状部のイ号エラストマーとの接着が行われる前段階にある接合部の上端部断面)と,乙22の写真2(イ号筒状部の接合断面の側部)及び乙43の写真2(イ号筒状部の接合断面の上端部)との対比からも明らかであると主張する。

しかし,上記各写真を対比しても,起伏と言えるほどの起伏は観察されず,控訴人が,熱融着が生じていると主張する甲29の写真3と比較しても,イ号減衰手段の断面には樹脂と熱可塑性エラストマーの境界において互いに入り組んでいる様子が見られない。仮に起伏が観察されるとの前提に立ったとしても,2μmを基準とするような微細な観察をして多少の起伏の有無を論ずることの意味は乏しい。

(ウ) 控訴人は,原判決においても,剥離不能状態に対応する起伏が生じた原因として,加熱に基づくイ号ポリプロピレンの溶融を当然想定せざるを得ず,乙56の写真20と甲106の写真を比較するなどすれば,成形圧力が原因となり得ないことは明らかであり,甲78の2の写真と甲99の写真を比較するなどすれば,変性ポリエチレンの溶融も原因とはなり得ない,と主張する。

しかし,起伏状態を生じる原因としては,エラストマー射出時に発生するガスによるポリプロピレン表面あるいは接着剤の腐食や,エラストマーに含まれていた物質による接着剤の溶解等を想定することも可能である。また,乙56の写真20と甲106の写真とでは,観察倍率が異なり(前者が175倍,後者が2000倍),観察方法も異なるから,意味ある比較はできない。さらに,甲78の2の写真と甲99の写真が比較されてはいても,変性ポリエチレンの接着剤のみが溶融した場合には平坦化して起伏は生じないということの根拠は明らかでなく,むしろイ号プロピレンが溶融したときも,同様に流動可能な状態になるのであるから,起伏を生じずに平坦な界面を形成するとするのが常識的である。なお,甲106の写真の試料作成過程においては,2度にわたりエラストマー除去処理がなされており不自然であるから,その証明力は乏しい。

(エ) 控訴人は,原判決が,イ号減衰手段にラメラが観察されており,「ラメラは,ポリプロピレンやポリエチレンのような結晶性高分子に特有の結晶構造であり,それらが溶融した場合には,ラメラは消失すること,融液からの結晶化では単結晶であるラメラを得ることは難しく,多くの場合,球晶が形成されるか,アモルファス(非晶質)となり,結晶構造が確認できなくなること,ラメラは,厚さは数十μm,平面方向に数百nmの薄い板状の結晶であるが,球晶は直径数百μmにまで達することが認められる。」(68頁11行~17行)と判示したことに対して,縷々反論する。

確かに,科学的にラメラと単結晶とは異なる概念であり,相互に関連性はないと考えられるが,原判決の上記判示は,科学的に何ら根拠のない控訴人の主張を元に構成したものと解され,「単結晶であるラメラ」との部分から単に「単結晶である」との修飾語を削除すれば良く,控訴人の主張が正しいことを示すものではない。

(オ) なお,原判決は,「…検乙6と検乙7を対比しても,光沢状態に相違があると認めることはできない。…」(75頁10行~11行)とするが,接着剤を加えないポリプロピレンを用いている成形品である検乙6は,検乙7と異なり,乙48実験において剥離不可能な状態になったことから,先端部にエラストマーが付着しており,光沢状態を確認することはできないものと思われる。しかし,原判決からかかる事実認定を削除したとしても,原判決の結論に影響を及ぼさない。

エ 被告実験につき

(ア) 控訴人は,界面観察報告書(乙56)の写真14及び写真20において,イ号エラストマーとの接合界面が,非接合界面と同じように金型表面の形状を維持しており,イ号筒状部のような接合界面における起伏状態を形成していないことを前提に,被告実験において,イ号筒状部(検乙6)の場合とイ号ポリプロピレン筒状部サンプル(検乙7)が成形条件は同一のはずであるにもかかわらず,一方においてイ号ポリプロピレンの溶融を裏付ける起伏状態が形成され,他方は当該起伏状態が形成されていないことは技術的に明らかに不合理であると主張する。

しかし,控訴人のかかる主張は,剥離不能状態を実現しているイ号筒状部(検乙6)に関し,イ号筒状部は熱融着をしていることを前提とした上で,その接合界面において起伏状態が形成されていなければならない,とする誤った立論によるものである。

なお,原判決が検乙6と検乙7の光沢状態について,相違があると認めることはできないとの認定を行っている(75頁)点については,上記ウ(オ)に記載したとおりである。

(イ) 控訴人は,控訴審に至って東京農工大学名誉教授Fが作成した意見書(甲96,97)を提出し,イ号減衰手段が「熱融着」していることを証明しようとする。

しかし,上記各意見書は,控訴人の各種実験の結果をベースとした議論が展開されているにすぎず,控訴人の各種実験及びその分析結果の前提条件が,イ号減衰手段と何ら関連性を持たないものであれば,全く意味を持たないものである。そして,控訴人の各種実験は,イ号減衰手段とは異なる控訴人独自のサンプルが使用されている等,イ号減衰手段とは何ら関連性を有さないものである。

なお,上記各意見書は,イ号筒状部の接合界面に明白に融解ラメラの厚化に伴う凸凹縞模様状態が観察されるなど,ラメラが存在することに言及している。しかるに,ラメラは,ポリプロピレン分子の結晶であるため,ラメラが存在しているということであれば,その中にはポリプロピレンと異なる分子,即ちエラストマー分子は存在しないことになる。そうすると,イ号減衰手段においては,控訴人が主張するような分子レベルでのポリプロピレンとエラストマーが「混合」して接着し合うという現象は認められないことを図らずも示していることになる。

第4当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,イ号減衰手段が構成要件Bc「熱融着」を充足していると認めることはできないとするものであり,その詳細は,控訴人の主張に対する判断として以下に述べるとおりである。

なお,控訴人による本訴提起が信義則違反となるものでないことは,原判決が52頁12行ないし55頁3行において説示するとおりであるから,これを引用する(ただし,北辰前訴は本件特許の訂正前請求項1に基づく請求であるのに,本訴は本件特許の訂正後請求項1に基づく請求である。すなわち,訂正前は構成要件Bcにつき「前記筐体内方側の端部に型成形により一体に熱融着された」であるのに,訂正後は「前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された」とするものである)。

2  イ号減衰手段の構成要件Bc「熱融着」充足性の有無

(1)  構成要件Bc「熱融着」の解釈について

原判決の判示するとおり,構成要件Bcにいう「熱融着」とは,熱融着のみで減衰手段として必要な接着強度を確保しようとするものであり,それ以外の接着方法を併用しなければ必要な接着強度を確保できない場合は,本件発明の技術的範囲には含まれないものと解するのが相当である。

ア 控訴人は,接着剤の塗布による接着方法,機械的接合方法を本件発明が採用していないという事項と,「熱融着」に際し,エンジニアリングプラスチックに接着剤を配合することによって接着力を増強又は補強することとは,技術的に別の事項であり,前者と後者とは「熱融着」の併存関係において相違している以上,前者から後者に関する一般的基準を導くことはできないと主張する。

しかし,たとえ接着剤の塗布による接着方法,機械的接合方法を本件発明が採用していないという事項と,「熱融着」に際し,エンジニアリングプラスチックに接着剤を配合することによって接着力を増強又は補強することとが,技術的に別の事項であり,両者が「熱融着」の併存関係において相違するとしても,熱融着のみで減衰手段として必要な接着強度を確保できず,熱融着以外の接着手段に当たる接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保できる場合は,なお構成要件Bc「熱融着」を充足しないと解するのが相当であるから,控訴人の上記主張は採用することができない。

イ また控訴人は,「熱融着」においては,必要な接着の程度,すなわち接着強度を加熱温度及び又は加熱時間等によって調整可能である以上,通常接着剤の配合を必要としているわけではなく,ましてや,接着剤を配合しなければ,接着強度を確保できない等ということは,技術常識としてあり得ないと主張する。

しかし,熱融着による接着の程度が調整可能であり,加熱温度,加熱時間等によって必要な接着強度を確保することができるのであれば,熱融着による接着の程度については,全く接着力を発揮していない段階,接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保できるといえる程度の段階,専ら熱融着による接着力によって必要な接着強度を確保しているため構成要件Bc「熱融着」を充足するといえる段階等がそれぞれ考えられるはずである。そうすると,加熱温度,加熱時間等によって,熱融着による接着により接着剤を配合しなくても必要な接着強度を確保できるということと,熱融着による接着の程度として,接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保できるといえる程度の,上記「熱融着」とはいえない段階が考えられることとが矛盾するものではないから,控訴人の上記主張は採用することができない。

ウ また控訴人は,イ号筒状部におけるイ号接着剤の配合は,あくまでポリプロピレンとガラス繊維との結合力の向上を本来の目的としているところ,広義の趣旨の「エンジニアリングプラスチック」にガラス繊維を配合することは,本件特許出願前から既に公知(甲21)であり,また,イ号接着剤はイ号筒状部内に略均一に分散されていて,こうしたガラス繊維との接着強度の増強を目的としていると解され(甲77,92),さらに,本件特許出願前から,イ号接着剤のような変性ポリエチレンの配合によって耐衝撃性を増強させることも開示されている(甲87)から,これらを踏まえれば,本件発明は,その筒状部につき一定以上の機械的強度を必要としている以上,ガラス繊維の配合,更にはポリプロピレンとガラス繊維との結合力の増強のために接着剤を配合することを排除していないというべきであると主張する。

しかし,イ号減衰手段の筒状部に配合されたと推定できる20%前後の変性ポリエチレン(イ号接着剤)が,ポリプロピレンとガラス繊維との結合力の向上という機能を果たすとしても,筒状部本体としての剛性を維持する機能自体はポリプロピレンが負っており,また,かかる結合力を向上させる機能と,イ号接着剤がイ号エラストマーとの接着の機能を果たすこととは,技術的に両立し得る別異のことである。そうすると,本件発明の「熱融着」該当性が,一面ではポリプロピレンとガラス繊維との結合力の向上という機能を果たす,その配合された変性ポリエチレン(イ号接着剤)の,接合力への寄与という別の働きのいかんによって左右されるとしても,やむを得ないというべきである。

エ さらに控訴人は,減衰手段において「熱融着」が成立するためには,a 剥離試験において,筒状部又はその切断片と第1密封部材(イ号エラストマーを含む。)又はその切断片とが剥離不能状態を示すこと,b 筒状部におけるエラストマーとの接合界面が,金型内における成形条件について,金型内の成形圧力,すなわち温度条件以外の成形条件を同一に設定した場合において,剥離可能状態を示す筒状部成形品(被告実験のイ号筒状部サンプルを含む。)の接合界面よりも程度の大きい起伏状態が形成されていること,の双方の条件を満たすことをもって必要かつ十分であると主張する。

しかし,熱融着による接着力の程度は,成形時の温度,圧力,時間に応じて,結合力が非常に弱い力から非常に強い力まで様々に変化すると考えられるところ,本件発明においては,「…筒状部の…筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着された軟質の熱可塑性弾性体…」(構成要件Bc)を設けることによって減衰手段を備えた防振装置を得るのであるから,減衰手段によって「熱融着」が成立するためには,結合力の程度として,熱融着によって通常の防振機能を発揮できる程度の結合状態が実現されている強い結合力である必要があると解される。しかるに,後記にも説示するとおり,起伏の形成がイ号接着剤(変性ポリエチレン)の溶融や成形時の圧力による可能性を否定できないことに照らせば,a 剥離試験において剥離不能状態を示し,かつ,b 起伏状態の大きさが剥離可能状態を示す筒状部成形品の接合界面よりも程度が大きければ,それのみで当然に熱融着によって通常の防振機能を発揮できる程度の結合状態が実現されているということはできないのであるから,減衰手段において「熱融着」が成立する必要十分条件としては,上記a,bのほかに,さらに,上記の結合状態における結合力のほとんどが熱融着によるものであることを要するものというべきである。したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

(2)  イ号減衰手段の「熱融着」の充足性について

ア イ号筒状部の先端頂部の変形(甲4の1)につき

(ア) 控訴人は,イ号筒状部(甲4の1)の金型と試作品(甲4の4)の奥山金型とが具体的な形状において相違するとしても,筒状部の先端頂部が根元と同一幅でありしかも先端頂部のコーナーが直角である点においては共通している,そして,イ号筒状部(甲4の1)及び試作品(甲4の4)において,そのような直角形状が維持されずに変化している原因としてイ号プロピレンの溶融を論じるものである以上,上記共通性を考慮すべきであるのに原判決はこれを理解していない,と主張する。

しかし,イ号筒状部(甲4の1)及び試作品(甲4の4)において,ともに直角形状が維持されずに変化している点では共通するとしても,かかるイ号筒状部の先端頂部の形状(甲4の1)と試作品の先端部の形状(甲4の4)とはそもそも相当異なっていることは否定できないし,またイ号筒状部の厚さが1mm以下という薄いものであり(弁論の全趣旨),射出成形時の圧力等により変形する可能性も否定できないところ(乙44),試作品の射出成形時の圧力がイ号エラストマーの射出成形時の圧力と同じであることの立証もない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

(イ) 控訴人は,イ号筒状部の先端頂部(甲4の1)及び試作品の先端部(甲4の4)は,いずれも,ダイヤモンドカッターで切断しており,切断段階における押し圧力によって変形することはない,原判決が根拠とする乙44を見ても,仮に切断によってイ号筒状部の先端頂部が変形するのであれば,イ号筒状部全体が幅方向に広がり,イ号エラストマーのうち,筒状部の両側に位置している部分は横方向に広がり,イ号筒状部の上側と同一幅を維持することはあり得ないはずであるのに,実際のイ号エラストマーは,筒状部の両側及び上側とも同一幅を示している,甲104(大成プラス株式会社技術本部長E作成の試験結果報告書(1))も,切断によって頂部におけるコーナー部分の形状は何ら変化していないことを示している,と主張する。

しかし,控訴人の上記主張を前提としても,上記(ア)に説示した事項に,イ号筒状部の先端頂部の形状につき,成形前の筒状部の形状と成形後の形状と対比していないため,変形の有無や程度が明らかではないことをも併せ考慮すれば,甲4の4の写真との対比から,甲4の1の先端頂部の丸みを帯びて湾曲していることの原因が,イ号ポリプロピレンが溶融して変形したためであると認めることはできない,との原判決の説示を左右することはできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

(ウ) 控訴人は,乙56の写真17は,接着剤が配合されていないイ号ポリプロピレンの剥離試験後の写真であるところ,金型の形状を反映して根元及び先端頂部が同一の幅であり,かつコーナーは直角状態にある,また,甲44の写真1・2,乙43の写真2・3は,イ号減衰手段の筒状部の接合界面の断面写真であるところ,イ号ポリプロピレン中の有機物の充填剤が膨潤し,略円形の断面形状を呈している,これらのことは,イ号筒状部先端は単に成形圧力だけでは変形せず,イ号ポリプロピレンの溶融によって初めて変形し得ることを示している,と主張する。

しかし,乙56(北辰工業株式会社H作成の「イ号減衰手段TPE剥離試験後のPP界面観察報告書」)の写真17を見ても,根元及び先端頂部が同一の幅であるか,コーナーが直角状態にあるかまでは必ずしも明らかでない。しかも,上記写真17は,筒状部において変性ポリエチレン(接着剤)が配合されていない場合のものであるから,たとえ変性ポリエチレン(接着剤)が配合されている場合と成形条件とが同一であったとしても,変性ポリエチレン(接着剤)の溶融等の有無によって,先端部位の変化も異なってくる蓋然性があることは否定できない。また,イ号ポリプロピレン中の有機物の充填剤が膨潤し,略円形の断面形状を呈しているとしても,イ号ポリプロピレンが溶融する温度に至らない段階であっても,ポリプロピレンが軟化し,融点の低い配合剤の溶融と相俟ってポリプロピレン中の配合剤の変形が起こる可能性があるから,イ号ポリプロピレン中の有機物の充填剤の形状変化が直ちにイ号ポリプロピレンの溶融を意味するともいえない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

(エ) 控訴人は,甲69実験におけるイ号減衰手段(153ダンパ)のノズル温度170℃サンプルと同230℃サンプルの端部の形状をみると,前者の場合は,先端頂部は金型直角形状を維持しながら,全体形状がやや傾斜するという変形状態を呈しているのに対し,後者の場合は,先端頂部は,筒状部が溶融することによって丸みを帯びた形状となった上で,全体形状が傾斜しており,これは,温度条件の相違によってイ号筒状部先端の変形の程度が相違することを示している,と主張する。

この点,甲69(公証人I作成の事実実験公正証書)によれば,甲69実験は,イ号減衰手段(153ダンパ)から筒状部を摘出したうえで,同筒状部に,スチレン系エラストマーであるクラレプラスチックス株式会社製造の「セプトンコンパウンドCJ103」を,ノズル温度170℃,190℃,230℃の3段階にそれぞれ変化させながら接着し,これに対応する金型内ピーク温度を測定し,いずれの金型内ピーク温度を超えた段階で剥離不能な接合状態に至るかを確認した実験と認められる。しかるに,上記(ア)に説示したとおり,イ号筒状部の厚さが1mm以下という薄いものであり(弁論の全趣旨),射出成形時の圧力等により変形する可能性も否定できないところ(乙44),甲69実験における射出成形時の圧力がイ号エラストマーの射出成形時の圧力と同じであることの立証はなく,しかも,甲69実験において射出された上記スチレン系エラストマー「セプトンコンパウンドCJ103」が,イ号エラストマーと同じであることの立証もない。そうすると,甲69実験において,ノズル温度170℃の場合とノズル温度230℃の場合,すなわちポリプロピレンの融点付近の温度の場合とポリプロピレンの融点を大きく超える場合とを比較したとしても,その比較から,イ号減衰手段における筒状部先端の変形の原因を導き出すことはできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

イ 剥離試験(甲6,41,64,69)につき

(ア) 控訴人(一審原告)が行った諸実験(原告実験)の評価

①a 控訴人は,甲41実験,甲59実験,甲64実験,甲69実験によれば,ノズル温度200℃に対応する金型内ピーク温度183.0℃に至って急にすべて剥離不能状態に至る原因としては,熱融着以外にはあり得ない,ポリプロピレンの融点以下の段階では,全部剥離状態であるにもかかわらず,ポリプロピレンの融点を超えた特定の温度条件(最高融解温度)に至った段階にて急に剥離不能状態という著しい接着性を示すことについては,加熱を原因として,ポリプロピレンが十分溶融してエラストマーと接着し合うという熱融着によって初めて合理的に説明することが可能であり,熱融着以外に合理的な原因を想定することは不可能だからである,金型内の温度変化に対応する剥離状態→一部剥離状態→剥離不能状態という変化状況は,接着剤が配合されていないサンプルの場合とイ号筒状部の場合とでは全く同一であって,変性ポリエチレンによるイ号接着剤の寄与は全く見られない,と主張する。

b しかし,接着剤が配合されていないサンプルについての甲41,59,69実験をみても,金型内ピーク温度が161.4℃の段階で4個すべてが剥離し,金型内ピーク温度が175.7℃の段階で8個のうち7個が剥離し1個が一部剥離不能であり,金型内ピーク温度183.0℃の段階で4個すべて剥離不能であったというのであるから,測定温度の正確性についての議論を措くとして,金型内ピーク温度が162℃~182℃の範囲において,一部剥離不能状態という,それのみでは減衰手段として必要とされる接合力を有しない程度の弱い熱融着が起きている可能性は否定できない。

そして,同様に,接着剤が配合されたサンプルについての甲64,69実験をみると,金型内ピーク温度が162.9℃,163.6℃,161.4℃の段階で12個すべてが剥離し,金型内ピーク温度が174.5℃,175.3℃,175.7℃の段階で12個のうち10個が剥離し2個が一部剥離不能であり,金型内ピーク温度221.7℃の段階で12個すべてが剥離不能であったというのであるから,測定温度の正確性についての議論を措くとして,金型内ピーク温度が164℃~221℃というより広い範囲において,一部剥離不能状態という,それのみでは減衰手段として必要とされる接合力を有しない程度の弱い熱融着が起きている可能性は否定できない。

以上によれば,たとえ上記原告実験において金型内の温度変化に対応する剥離状態→一部剥離状態→剥離不能状態という変化状況がみられることを前提にするとしても,熱融着が全く起きていないときのほか,上記のような程度の弱い熱融着が起きている範囲があり,このときは,接着剤が配合されているのであれば,熱融着による接合力だけで減衰手段として必要とされる十分な接合力を有しており変性ポリエチレンたるイ号接着剤の寄与が全く見られないということは当然にはできないのであるから,実際のイ号減衰手段においても,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することができている場合に該当する可能性を否定できることにはならない。

c さらに検討すると,上記原告実験は,イ号減衰手段と同一成分の筒状部と,イ号エラストマーと同一成分のエラストマーとについて,接合実験をしたものとは認めることができない。この点,原告実験のうち,イ号減衰手段の筒状部と同一成分を用いた実験としては,甲64実験,甲69実験があるが,これらの各実験についても,接合対象のエラストマーは,控訴人(一審原告)が用意したものであり,イ号エラストマーと同一成分のエラストマーと認めることができない。そもそも熱融着による接着は,どのようなプラスチック相互間でも起こる現象ではなく,硬質プラスチックとして特定の材料を選択し,且つ軟質プラスチックとして別の特定の材料を選択したときのみ起こる現象であるところ(特開昭61-213145号公報〔乙27〕参照),このような二つの部材の接合結果が問題となるとき,一方の接合部材が異なるのでは,その結果も同じとなると認めるのは困難と言わざるを得ない。

d しかも,原告実験は,イ号減衰手段を製造する際に使用される金型と同一の金型を用いたものと認めることができないため,スプルー部,ランナー部,ゲート部の金型内の位置,エラストマーが通過するそれらの流路の径,イ号減衰手段におけるイ号エラストマーの厚み(乙35〔北辰工業株式会社J外「理化工業(株)製キャビサーモ射出成形機金型内樹脂温度センサを使用した当社使用の熱可塑性エラストマーの温度測定〕及び弁論の全趣旨によれば,0.3mmという薄いものであると認められる。)などの点における金型による構造の違いから,原告実験の場合とイ号減衰手段を製造する場合とでその冷却効果が相当程度異なってくる可能性を否定することができない。また,かかる金型の冷却効果については,原告実験においては,測定空間として,約5mmもの空間を設けて温度計を配置して測定し,測定空間のエラストマーの肉厚も2mmを超えていることも,接合時の温度を高く測定する可能性があるという意味で,影響すると言わざるを得ない。しかも,原告実験における成形条件が,イ号減衰手段を製造する際に用いるノズル温度以外の成形条件(射出速度,射出圧力,射出時間等)と同一と認めるに足りる証拠もない。

e 上記c,dに照らせば,金型内の温度変化に対応する剥離状態→一部剥離状態→剥離不能状態という変化状況が,原告実験の場合と,イ号筒状部の製造条件においてノズル温度を変化させた場合とで,同様のノズル温度で同様に起こりうると認めることはできない。

f 以上によれば,控訴人の上記主張はその前提を欠き,採用することができない。

②a 控訴人は,乙48実験で作成された筒状部(検乙7)のエラストマーとの剥離界面を撮影した乙56の写真14・20・25によれば,その表面には金型のバイト傷や縞模様が残存し,筒状部は溶融しておらず,非接合界面の表面と略同一であるのに対し,イ号筒状部の接合界面を撮影した甲31の写真3の試料1の表面写真,乙43の写真2・3によれば,その界面には非接合界面には見られないような起伏状態が形成されている,両者においてこのような起伏状態の相違が生じたのは,両者の温度条件が,金型内において筒状部を溶融させることによって起伏を生じさせるような温度条件であったかどうかという点で異なっていたからにほかならない,乙56の写真14,20の倍率と甲31の写真3の倍率とが相違するとしても,双方は全く桁違いの状態の表面を示しているわけではなく,かえって非接合界面において金型表面が転写されている略平坦形状が,接合界面において維持されているか否かを対比しうる状態にある点では,共通している,したがって,金型の異同やノズル温度以外の成形条件の異同にかかわらず,原告実験によればイ号減衰手段が「熱融着」を充足していることを導くことができる,と主張する。

b しかし,乙56(北辰工業株式会社H作成の「イ号減衰手段TPE剥離試験後のPP界面観察報告書」)の写真14は,イ号減衰手段を垂直方向に切断して剥離試験を行った試料を,光学顕微鏡で,その剥離界面を真横から観察し,その結果を撮影した175倍の倍率の写真であり,同写真20・25は,イ号減衰手段でイ号接着剤を含まないものについて同様の観察結果を撮影した175倍,100倍の写真であるのに対し,甲31(株式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所作成の「測定分析結果報告書」)の写真3は,イ号減衰手段(153ダンパ)の小試験片をクロロホルムに一夜間浸漬後,15分間×2回の超音波処理をしてイ号エラストマーを除去して作成した試料を,走査型電子顕微鏡で,入射電子線に対し試料面を30度傾けた観察を行い,その結果を撮影した2000倍の倍率の写真であり,また,乙43((株)ユービーイー科学分析センター高分子材料分析研究室作成の「分析結果報告書」)の写真2・3は,イ号減衰手段の筒状部とエラストマーとの断面接合部界面を,透過型電子顕微鏡で観察してその結果を撮影した2万倍,10万倍の倍率の写真である。

そうすると,上記乙43の写真2・3のような高倍率で観察されるとする起伏が,乙56の写真14のような低倍率の写真で確認できるとするのは困難であるし,同様に,イ号減衰手段でイ号接着剤を含まないものは上記の中で乙56の写真20・25のみであるところ,これらは175倍,100倍という倍率であって,たとえ金型の縞模様やバイト傷が転写されていたとしても,ポリプロピレンの溶融の有無についてはともかく,上記のような2万倍,10万倍という倍率で観察されるとする起伏が生じているかどうかはこれのみでは必ずしも明らかにならない。そして,上記乙56,甲31,乙43の写真がいずれもイ号減衰手段を撮影した点では共通するとしても,これらは,撮影倍率,撮影角度,撮影対象物の態様が大きく異なっているのであり,これらを単純に比較して,界面の起伏状態が相違しているということはできない。

c 控訴人は,上記乙56,甲31,乙43が,金型の形状や,製造工程におけるノズル温度以外の成形条件(エラストマーの射出速度,射出圧力,射出時間等)が同一である以上,乙56,甲31,乙43で接合界面の起伏状態に相違が生じたのは,温度条件が異なっていたからにほかならないと主張する。

しかし,仮に上記乙56,甲31,乙43で,接合界面の起伏状態に相違が生じているとしても,後記ウ(ア)②に説示するとおり,接合界面の起伏状態の形成に対する変性ポリエチレン(接着剤)の関与の度合いが否定できないから,乙56,甲31,乙43で接合界面の起伏状態に相違が生じたのは,温度条件が異なっていたからにほかならないと言うことはできない。

d 以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

③ 控訴人は,イ号減衰手段において,その切断片が剥離不能な状態にあることは客観的に証明されているところ,原告実験においては,このようなイ号減衰手段についてのイ号筒状部とイ号エラストマーとの接着工程が再現されている,この点,原告実験においては,イ号筒状部を摘出するためにクロロホルムによってイ号エラストマーを除去しているが(甲63,69),甲52によれば,イ号接着剤はイ号筒状部の界面に偏在しているわけではなく,略均等に分布しており,局所的な集中はなされていないから,原告実験においてクロロホルムによって接合界面の一部を侵食したとしても,略均等な分布状態に変化が生ずるわけではない,甲106のA~C3枚の写真は,イ号筒状部のエラストマー接合部と非接合部の電子顕微鏡写真であり,このうちエラストマー接合部はクロロホルムに所定期間浸漬後に剥離処理を行ったものであるが,これらの写真によれば,エラストマー接合部に見られる起伏の形成原因は,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外に考えられない(東京農工大学名誉教授工学博士Fの「松下筒状部の表面写真に関する意見書」〔甲107〕),と主張する。

しかし,変性ポリエチレン,ポリプロピレンはクロロホルムにより浸食を受けるものであり,クロロホルムに浸漬されたエラストマー接合部はその上エラストマー除去のための作業を受けているから,それらにより影響を受けることも考えられる。そうすると,起伏の原因としてポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外の原因も考えられる。

また,仮にイ号減衰手段において,その接合界面に起伏が形成されており,その原因がポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融によるものとしても,イ号減衰手段が,熱融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することができている場合に該当する可能性を否定できることにはならない。

しかも,仮に原告実験においてクロロホルムによる浸食の影響を考慮する必要性が小さいとしても,そもそも,上記①cに記載したとおり,原告実験は,イ号減衰手段と同一成分の筒状部と,イ号エラストマーと同一成分のエラストマーとについて,接合実験をしたものとは認めることができず,また,イ号減衰手段を製造する際に使用される金型と同一の金型を用いたものと認めることもできず,さらに,測定空間として,約5mmもの空間を設けて温度計を配置し測定している影響も無視できず,しかも,原告実験における成形条件は,イ号減衰手段を製造する際に用いるノズル温度以外の成形条件(射出速度,射出圧力,射出時間等)と同一と認めることもできないものである。これらによれば,イ号減衰手段において,その切断片が剥離不能な状態にあることは前提にできるとしても,原告実験において,このようなイ号減衰手段についてのイ号筒状部とイ号エラストマーとの接着工程が再現されているということはできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

(イ) 原判決に対する控訴人の主張に対する判断

① 控訴人は,原判決は乙48実験における金型内ピーク温度の測定について「温度センサによる測定値は応答速度や測定空間による影響を受けて実際の温度よりもある程度低くなっているものと考えられる」(73頁7行ないし9行)とするが,そうであれば,原告実験の場合も,微小表面センサにおいて所定の応答速度,測定空間が存在する以上,「実際の温度よりもある程度低くなっている」という帰結に至るはずであるのに,原告実験の場合はそのような説示はなされていないと主張する。

しかし,原判決の説示は,原告実験や乙48実験のような温度測定実験においては,測定空間,温度センサの応答速度など,種々の要因により誤差の発生が避けられず,その対応によっては,実際の温度,すなわち,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度より高くも低くも測定され得ることを前提として,乙48実験では低い測定値となった可能性があることを指摘したものにすぎない。しかも,原告実験では,原判決は「甲6実験,甲41実験,甲64実験及び甲69実験は,直径5mmの測定空間を設け,その中央部分…微小表面センサによる計測は,測温部が1.5mmあるため,センサを設置するために,測定空間のエラストマーの肉厚は2mmを超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚が0.3mmであることと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなるものと考えられる。」(64頁13行~下3行)というように,原告実験における微小表面センサによる計測につき,イ号減衰手段の場合と対比して直径5mmの測定空間を設けた点等を具体的に検討した結果,金型内温度が,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度よりも高くなると考えられることを導いたものであるし,その説示する金型内の冷却効果が減殺される度合いの大きさからすると,原告実験における微小表面センサにおいて所定の応答速度があるとしても,金型内温度がイ号減衰手段の場合よりも高くなるとの結論が左右されるものではない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

② また控訴人は,たとえ一度金型内ピーク温度を測定した後に当該金型内ピーク温度からの冷却の程度が少ないとしても,金型内ピーク温度自体を実際の数値よりも高く測定することはあり得ないと主張する。

しかし,上記①に説示したように,原告実験や乙48実験のような温度測定実験においては,実際の温度,すなわち,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度より高くも低くも測定され得ることは避けられないところ,原判決が,金型の冷却効果について「微小表面センサによる計測は,測温部が1.5mmあるため,センサを設置するために,測定空間のエラストマーの肉厚は2mmを超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚が0.3mmであることと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなるものと考えられる」(64頁下7行~下3行)と説示したのは,その説示内容に照らし,ノズルから230℃で射出されたイ号エラストマーが,スプルー部,ランナー部,ゲート部を経て成形部分に射出成形され,イ号減衰手段の筒状部の接合部分に到達して同接合部分の表面等に所定の熱量を与えるという過程の中で,イ号エラストマーが所定の時点から金型内に入り所定の構造の管を経て所定の厚みで射出成形される過程で金型に接触し冷却されることを意味するというべきである。すなわち,原判決が説示する金型の冷却効果とは,イ号エラストマーから見たとき,同エラストマーが,ノズル温度から上記過程を経て温度が低下して金型内ピーク温度と同一の温度に至るという一連の過程における当該温度低下について言ったものというべきであって,一度金型内ピーク温度を測定した後の当該金型内ピーク温度からの冷却の程度を言ったものではない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

③ また控訴人は,原判決の上記説示のうち,測定空間のエラストマーの肉厚が2mmを超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚が0.3mmであることと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなる,との説示は,乙35(北辰工業株式会社J外作成の「理化工業(株)製キャビサーモ射出成形機金型内樹脂温度センサを使用した当社使用の熱可塑性エラストマーの温度測定」)を根拠とするが,乙35実験で使用されているキャビサーモは,温度センサとして熱電対素子の熱容量が大きく,かつ応答時間が遅いため,測定された金型内ピーク温度と,本来イ号エラストマーが有している温度との間に,時間遅れを原因とする温度差(温度ギャップ)を生じさせる,この点,原告実験のように,大きな測定空間を設定することによって冷却の程度が緩慢であることは,かえって温度差(温度ギャップ)を小さくする点において正確性に寄与するものであるし,原告実験における測定空間の大きさ及びその位置が適切であることについては,甲59及び甲62によって明らかである,と主張する。

しかし,原告実験において,測定空間のエラストマーの肉厚が2mmを超えており,イ号減衰手段のエラストマーの肉厚が0.3mmであることと比べると,金型の冷却効果を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなる,との原判決の説示は,原告実験の場合及びイ号減衰手段の製造の場合における,エラストマーが筒状部の接合部分に到達したときの金型内の客観的な温度について述べていることが明らかであって,かかる客観的な温度を測定する際に使用する温度計の測定の際の誤差の度合いについて述べたものではないのであるから,原判決の上記説示は,乙35実験で使用されているキャビサーモという具体的な温度計の測定の際の誤差の度合いによって左右されるものではない。また,甲59(大成プラス株式会社技術本部長E作成の「実験報告書(2)」)及び甲62(同人作成の「実験報告書(3)」)を精査しても,上記説示を左右するものではない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

④ 控訴人は,被控訴人らは営業上の秘密であるとしてイ号減衰手段のノズル温度以外の成形条件を明らかにしていないところ,原判決のように,イ号減衰手段の製造工程と同一の成形条件であることを要求した場合には,一般に特許権者においては,いかなる実験を行ったところで,「秘密」事項に関連するデータを左右するような実験の場合には,同一性の立証が行われていないがゆえに,結局当該実験に基づく訴訟資料は全て水泡に帰することにならざるを得ず,このような帰結は不当かつ不公正である,そして,本件においては,原告実験に基づき,イ号筒状部及びイ号ポリプロピレンのいずれにおいても,ノズル温度230℃の段階において剥離不能状態が出現するとともに,接合界面において,イ号ポリプロピレンが,溶融していない場合の平坦な状況とは明らかに異なる起伏状態を呈することが既に証明されている,このような場合,技術常識に即するならば,イ号筒状部及びイ号ポリプロピレンは,ともにポリプロピレンの溶融に基づいて接合界面における起伏の形成,更には剥離不能状況に至った旨の合理的な説明が可能となる以上,ノズル温度を230℃と設定した場合のイ号減衰手段の成形条件についても,原告実験の場合と同様に,「熱融着」が成立するような状況にあったものと認定又は推定することは十分可能である,と主張する。

しかし,控訴人は,本件発明の特許請求の範囲において,自ら「熱融着」という機能的な文言を選択し用いたものであるから,かかる「熱融着」という文言が,技術的に見れば,使用する金型の具体的な構造や,製造工程における様々な成形条件に相当影響され得るものであった以上,イ号減衰手段の「熱融着」の充足性を考えるに当たっても,上記のような各因子を考慮せざるを得ないのはやむを得ない。そして,本件においては,後に説示するように,原告実験のノズル温度230℃の場合における接合界面における剥離不能状態,起伏状態によっても,「熱融着」の文言を充足するものとまで認めることができない上,原告実験は,イ号減衰手段の製造の場合と対比したとき,甲6実験及び甲41実験においてはポリプロピレンに配合される変性ポリエチレン(接着剤)の同一性を認めるに足りる証拠がなく,また,すべての原告実験において,射出されるエラストマーの同一性,使用した金型の同一性,射出条件(射出速度,射出時間,射出圧力等)の同一性を認めるに足りる証拠がなく,これらの各因子によって相当な影響を受けると言わざるを得ない金型内の客観的な温度の現れ方は,たとえノズル温度が同一であったとしても,原告実験の製造条件の場合とイ号減衰手段の製造条件の場合とで相当異なるというほかないものである。そうすると,イ号減衰手段の成形条件が,原告実験の場合と同様に,「熱融着」が成立するような状況にあったものと認定又は推定することができるとはいえない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

ウ 界面写真及び断面写真につき

(ア) 起伏状態の存在とその評価

① 控訴人は,甲41実験の接着剤なしの場合における,ノズル温度190℃のときの写真(甲98)と160℃のときの写真(甲68)とを対比すると,一部剥離不能状態を呈しているノズル温度190℃のときの写真(甲98)は,ノズル温度160℃のときの写真(甲68)に比し,やや起伏の程度が増加するという程度であるが,これに対し,剥離不能状態を呈しているノズル温度220℃のときの写真(甲68)は,上記のノズル温度190℃のときの写真(甲98)に比し,明らかに程度の著しい起伏状態を形成している,このように,全部剥離不能状態と全部剥離状態及び一部剥離不能状態とは,起伏の程度において相違しており,起伏の程度と剥離の可否及びその程度とは明白な相関関係にある,これは,接合界面においてエラストマーが溶融したポロプロピレンの領域内に侵食することによって,略平坦だったポリプロピレンの界面が凸凹状態を形成するに至ったことを原因としており,他に合理的な原因は見いだせない,と主張する。

しかし,甲41実験の接着剤なしの場合において,全部剥離不能状態と全部剥離状態及び一部剥離不能状態とが,起伏の程度において相違し,甲41実験の接着剤なしの場合における各ノズル温度の場合の写真(甲68,98)が,サンプルの起伏の程度と剥離の可否及びその程度とに相関関係があることを裏付けていたとしても,本件発明の構成要件Bc「熱融着」を充足するための起伏の程度を客観的に明らかにしたものではないし,また上記イ(イ)④に説示したとおり,イ号減衰手段の種々の成形条件と同一とは認められない甲41実験の結果からは,イ号減衰手段が,熱融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することができる場合に該当する可能性を否定できないことに変わりはない。

② また控訴人は,イ号筒状部とイ号エラストマーとの接合界面に,非接合界面に存在しないような起伏状態が形成されていることは,断面写真である甲44の写真1・2(イ号減衰手段の接合断面)と同3・4(イ号減衰手段の非接合断面)との対比,乙43の写真1(イ号筒状部のイ号エラストマーとの接着が行われる前段階にある接合部の上端部断面)と,乙22の写真2(イ号減衰手段の接合断面の側部)及び乙43の写真2(イ号減衰手段の接合断面の上端部)との対比からも明らかである,と主張する。

しかし,仮にイ号筒状部とイ号エラストマーとの接合界面に,非接合界面に存在しないような起伏状態が形成されているとしても,イ号減衰手段の場合,その筒状部には詳細な構造が不明な変成ポリエチレンが配合されており,またこれに接合するエラストマーも詳細な成分が不明であるところ,各種成形条件に応じてその接合時に両者の界面にどのような相互作用が生じるかは明らかでない。そうすると,イ号接着剤(変性ポリエチレン)が接着力の増強に寄与していないとも,接合界面の起伏状態の形成に対して変性ポリエチレン(接着剤)の関与の度合いがないとも認めることはできないから,接合界面の起伏状態のほとんどがポリプロピレンの溶融によって生じたものと認めることも困難である。また,仮に起伏状態自体はポリプロピレンの溶融により生じているとしても,それにより得られた接合力と,変性ポリエチレンから得られる接合力の割合も明らかでない。

したがって,控訴人が指摘する上記各写真をもってしても,実際のイ号減衰手段が,熱融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することができている場合に該当する可能性は否定することができない。

③ また控訴人は,甲29の写真6は,イ号筒状部のイ号エラストマーと接触していない界面,すなわち非接合界面の断面を示しており,写真7は,イ号筒状部の非接触部の領域を230℃×30秒加熱を行い,当該非接触領域のイ号ポリプロピレンが溶融した後の状態を示しているところ,写真7の非接合界面には,接合界面のような起伏状態は形成されていないから,イ号筒状部の接合界面における起伏状態は,単なる加熱に基づくイ号減衰手段の筒状部の溶融だけでなく,所定の成形圧力を伴ったイ号エラストマーとの衝突によって形成されていることになる,と主張する。

しかし,たとえイ号筒状部の接合界面における起伏状態が,単なる加熱に基づくイ号減衰手段の筒状部の溶融だけでなく,所定の成形圧力を伴ったイ号エラストマーとの衝突によって形成されているとしても,上記②に説示したように,接合界面の起伏状態のほとんどがポリプロピレンの溶融によって生じたものと認めることが困難であることや,仮に起伏状態自体はポリプロピレンの溶融により生じているとしても,それにより得られた接合力と,変性ポリエチレンから得られる接合力の割合がどの程度かも明らかになっていないことに変わりはないから,イ号減衰手段が,熱融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することができている場合に該当する可能性を否定できないことに変わりはない。

④ また控訴人は,甲31の写真3の試料1(イ号筒状部の接合界面における表面状態)は,甲78の2(甲41実験のノズル温度220℃のときの接合界面の表面状態)と酷似しており,イ号筒状部の接合界面が,溶融したイ号ポリプロピレンに対しイ号エラストマーが衝突し,双方が混合し合うことによって形成されたことを十分推定させる,と主張する。

しかし,イ号筒状部の接合界面における表面状態を撮影した甲31(株式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所作成の測定分析結果報告書)の写真3(試料1)が,甲78の2(同社の測定分析結果報告書)のノズル温度220℃のときの接合界面の表面状態と類似するとしても,両者は,ポリプロピレンにおける変性ポリエチレンの配合の有無が異なり,また,エラストマーの種類,金型の構造,各種の成形条件(射出速度,射出圧力,射出時間等)も同じとは認められないから,両写真における表面状態が同一の原因によって生じたものと直ちには言うことができない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

⑤ また控訴人は,イ号筒状部と,イ号接着剤が配合されていない筒状部とは,その成形条件は同一のはずであるところ,イ号筒状部においては起伏状態が形成されている(甲44の写真1・2,乙43の写真2・3)にもかかわらず,イ号接着剤が配合されていない筒状部においては起伏状態が形成されていない(乙56の写真20・25)ことは,技術的に明らかに不合理である,この点,甲78の2(変性ポリエチレンを配合していない場合)と甲99(変性ポリエチレンを配合した場合)とを対比すると,起伏状態の存否は,接着剤である変性ポリエチレンの配合の有無によって左右されないことが明らかであること,乙43の写真3に示すような,イ号筒状部の接合界面における起伏状態や二次ラメラによる縞模様の状態(凸凹縞模様状態)は,金型の成形加圧のような温度条件以外の成形条件では実現不可能であることに照らせば,イ号筒状部の接合界面の起伏が専ら変性ポリエチレンであるイ号接着剤によって形成されているということもできない,と主張する。

しかし,前記イ(ア)②に説示したように,乙43の写真2・3のような高倍率で観察されるとする起伏が,乙56の写真14のような低倍率の写真で確認できるとするのは困難であるし,同様に,イ号減衰手段でイ号接着剤を含まないものは上記の中で乙56の写真20・25のみであるところ,これらは175倍,100倍という倍率であって,たとえ金型の縞模様やバイト傷が転写されていたとしても,ポリプロピレンの溶融の有無についてはともかく,上記のような2万倍,10万倍という倍率で観察されるとする起伏が生じているかどうかはこれのみでは必ずしも明らかにならない。そして,上記乙56,甲31,乙43の写真とがいずれもイ号減衰手段を撮影した点では共通するとしても,これらは,撮影倍率,撮影角度,撮影対象物の態様が大きく異なっているのであり,これらを単純に比較して,界面の起伏状態が相違しているということはできない。

また,仮に上記乙56,甲31,乙43で,接合界面の起伏状態に相違が生じているとしても,前記②に説示したとおり,接合界面の起伏状態の形成に対する変性ポリエチレン(接着剤)の関与が否定できないから,乙56,甲31,乙43で接合界面の起伏状態に相違が生じたのは,温度条件が異なっていたからにほかならないと言うことはできない。すなわち,ノズル温度160℃のときの甲78の2写真(変性ポリエチレンを配合していない場合。倍率2000倍)と甲99写真(変性ポリエチレンを配合した場合。倍率2000倍)とを対比した場合,甲99写真においては甲78の2写真にあるような金型の表面形状が写されていないことが認められ,これは,変性ポリエチレンのみが既に溶融して界面の状態に影響を与え,甲78の2写真において転写されているような形態の金型の痕跡の起伏状態を不鮮明にしたものと考えることができる。そうすると,変性ポリエチレンの溶融は界面の状態に影響を与えるものであるところ,その影響の与え方について見ても,甲99写真(変性ポリエチレンを配合した場合。倍率2000倍)における界面はその程度はともかく決して平坦ではなく,むしろ波打っているようにも見えるから,変性ポリエチレンの溶融が,倍率2万倍の断面写真で観察できるような微小な起伏状態の形成に関与している可能性は否定できないと考えられる。

そうすると,たとえノズル温度220℃のときの甲78の2写真と甲99写真とを対比し,両者が似ているように見えるとしても,それのみで,イ号筒状部の接合界面の起伏状態が,接着剤である変性ポリエチレンの配合の有無によって左右されないということはできない。また,後記(イ)③~⑤の説示に照らすと,乙43の写真3から当然に,当該起伏状態が金型の成形加圧のような温度条件以外の成形条件では実現不可能であることを導くこともできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

⑥ また控訴人は,乙43の写真2・3等に示す接合界面の起伏状態がイ号ポリプロピレンの溶融を伴う熱融着を原因としていないのであれば,当該起伏状態は,イ号エラストマーがイ号ポリプロピレンの界面において所定の成形圧力を伴って衝突することによって,イ号ポリプロピレンの界面が溶融せずに変化し,起伏状態を呈するに至ったものと解する以外にない,しかし,甲78の2の写真(甲41実験によって得られた各サンプルのうち,ポリプロピレンのみによるノズル温度160℃サンプルの接合界面の状態)は,ライン状の金型の表面状態が反映し,界面における起伏状態を全く形成しておらず,このことは,イ号エラストマーの成形圧力に伴う衝突によって,接合界面による起伏状態の形成がなされることがあり得ないことを示している,と主張する。

しかし,たとえ甲78の2の写真(甲41実験によって得られた各サンプルのうち,ポリプロピレンのみによるノズル温度160℃サンプルの接合界面の状態)において,ライン状の金型の表面状態が反映していたとしても,イ号減衰手段の種々の成形条件と異なる甲41実験の結果からは,当然には,イ号エラストマーの成形圧力に伴う衝突によって接合界面による起伏状態の形成がなされることがあり得ないことを導くことはできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

⑦ また控訴人は,イ号筒状部の接合界面における起伏状態は,イ号ポリプロピレンの溶融以外の成形条件によっては実現し得ない,すなわち,原告実験のノズル温度190℃サンプルにおける金型内ピーク温度は,イ号ポリプロピレンの融点を超え,最高融解温度領域に至っており,しかも一部剥離不能状態が生じているところ,この場合の接合界面における起伏状態は甲98の写真のとおりである,しかるに,かかる甲98の接合界面における起伏状態よりも,甲44の写真1・2,乙43の写真3に示すようなイ号筒状部の接合界面における起伏がより大きな状態となっていることは,後者の起伏状態が,金型内の温度条件以外の成形条件では実現不可能であり,イ号ポリプロピレンの溶融によって初めて実現可能であることを示している,と主張する。

しかし,甲98(日本電子データム株式会社K作成の「TEM用試料作製および写真撮影結果ご報告」)の写真は,控訴人が甲41実験においてその用意したポリプロピレンとエラストマーをノズル温度190℃という条件下で接合させたものの接合断面を撮影した写真であり,他方,甲44の写真1・2と乙43の写真3は,イ号減衰手段の接合断面を撮影した写真である。

そうすると,甲98の写真と,甲44の写真1・2,乙43の写真3とは,そもそも撮影対象が異なっているのであるから,これらを比較しても,起伏状態の起こっている原因を解明できることにはならないというほかなく,したがって,後者の起伏状態が,金型内の温度条件以外の成形条件では実現不可能であり,イ号ポリプロピレンの溶融によって初めて実現可能であることを示していることにはならない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

(イ) 原判決に対する控訴人の主張に対する判断

① 控訴人は,原判決は「どの程度,界面が凸凹していれば,ポリプロピレンが熱によって溶解したことを裏付けるのかについての客観的な判断基準は明らかではないことからすると,上記界面又は断面写真から,イ号減衰手段においてポリプロピレンが熱により溶解したものと認めることはできない。」(67頁下1行~68頁3行)とするが,接合界面における起伏状態の相違という定性的な判断基準と,どの程度の凸凹状態がイ号ポリプロピレンの溶融を裏付けるかという定量的な判断基準とは,技術的に全く異なる事項である,すなわち,金型内の温度条件以外の成形条件だけでは起伏は生じ得ず,剥離不能状態における起伏状態の形成は,イ号ポリプロピレンの溶融を伴わずには実現し得ない以上,どの程度の凸凹状況による起伏が溶融を裏付けるか等という議論には意味がない,と主張する。

しかし,接合界面における起伏状態は,それ自体,乙56の175倍の倍率の光学顕微鏡写真で見ても明らかではなく,2万倍の倍率の透過型電子顕微鏡写真で見て初めて明らかに観察できるような微小なものである上,その大きさも連続的な概念であって,剥離試験において剥離してしまう程度の熱融着もあり得るものであるから,単なる起伏状態の相違という定性的な判断基準で熱融着の実現の有無を判断することはできないというべきであり,起伏状態の存在と言っても,いかなる大きさであれば接合状態が剥離しないという程度の混合又は凝着が起こり,熱融着が実現されているかということは問題にせざるを得ない。また,ポリプロピレンが軟化し,その融点に達しない金型内温度においても,成形条件によっては上記のような微小な起伏状態の形成が生じ得ることは技術的に見て必ずしも否定することはできないし,20重量%も配合されている変性ポリエチレンの溶融によって生じることも考えられ,これらの現象とともに,金型内の温度条件によるポリプロピレンの程度の少ない溶融が併せて起こっていることも考えられる。そもそも,金型内の温度自体が,たとえ同一のノズル温度であっても,金型の構造や具体的な成形条件(射出速度,射出時間,射出圧力)によって,相当大きな影響を受けるものである。そうすると,金型内の温度条件以外の,接着剤,エラストマー,金型の構造,各種成形条件(射出速度,射出時間,射出圧力)という具体的条件の相違によって,起伏状態の程度が変わり得ることは否定することができず,そうである以上,金型内温度の上昇に比例して起伏状態の程度が大きくなること自体を前提にするとしても,どの程度の大きさ,態様の起伏状態であれば,減衰手段として必要とされる十分な接合力を有しているかを問題にせざるを得ないものである。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

② 控訴人は,原判決も,剥離不能状態に対応する接合界面には非接合界面に見られないような起伏が示されていること,更には,ノズル温度ひいては金型内ピーク温度が高くなるに従って起伏状態が大きくなるという変化が生じており,剥離不能状態に対応する接合界面が全部剥離状態に対応する接合界面よりも起伏状態が大きいことを認めている,このような場合,原判決においても,剥離不能状態に対応する起伏が生じた原因として,加熱に基づくイ号ポリプロピレンの溶融を当然想定せざるを得ず,乙56の写真20と甲106の写真を比較するなどすれば,成形圧力が原因となり得ないことは明らかであり,甲78の2の写真と甲99の写真を比較するなどすれば,変性ポリエチレンの溶融も原因とはなり得ない,甲106のA~C3枚の写真は,イ号筒状部のエラストマー接合部と非接合部の電子顕微鏡写真であり,このうちエラストマー接合部はクロロホルムに所定期間浸漬後に剥離処理を行ったものであるが,これらによれば,エラストマー接合部に見られる起伏の形成原因は,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外には考えられない,と主張する。

しかし,剥離不能状態に対応する接合界面が全部剥離状態に対応する接合界面よりも起伏状態が大きいとしても,イ号減衰手段が,熱融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することができている場合に該当する可能性を否定することにはならないと考えられることは,前記(ア)②に説示したとおりである。

また,甲106の写真の試料については,変性ポリエチレン,ポリプロピレンがクロロホルムによる浸食を受けるものであり,クロロホルムに浸漬されたエラストマー接合部は,その上,エラストマー除去のための作業を受けているから,それにより影響を受けることも考えられる。そうすると,起伏状態が生じる原因として,ポリプロピレンと変性ポリエチレンの溶融以外の原因も考えられる。

そして,甲78の2の写真と甲99の写真との比較により変性ポリエチレンの溶融も原因とはなり得ないとの控訴人の主張を採用できないことは,前記(ア)⑤に説示したとおりであり,むしろ,イ号減衰手段の筒状部においては,変性ポリエチレン(イ号接着剤)の溶融やイ号ポリプロピレンの軟化・溶融とが相俟って,これにイ号エラストマーの成形圧力が加わったことによる複雑な相互作用により,起伏状態が形成し,減衰手段として必要な接着力を得ている蓋然性もあるといえる。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

③ 控訴人は,剥離不能状態と接合界面における起伏状態の形成とは明らかに因果関係が存在し,当該起伏状態はイ号ポリプロピレンの溶融を裏付けているにもかかわらず,「単結晶であるラメラ」の存在によってイ号ポリプロピレンの溶融を否定するのであれば「単結晶であるラメラ」が存在する場合にはイ号ポリプロピレンの溶融は絶対にあり得ないことが不可欠の前提となるが,原判決の説示は,イ号ポリプロピレンの溶融から単に「単結晶であるラメラを得ることが困難である」という論拠のみを以ってイ号ポリプロピレンの溶融を否定しようとしており,誤っていると主張する。

しかし,剥離不能状態と接合界面における起伏状態の形成との間に因果関係が存在したとしても,イ号減衰手段が,熱融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を有さず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することができている場合に該当する可能性は否定できないと考えられることは,前記イ(ア)①に説示したとおりであるから,控訴人の上記主張は,その前提を欠く。

④ 控訴人は,ラメラが即単結晶というわけではなく,単結晶ではないラメラ,すなわち単結晶が積層して厚化したラメラは,通常の融液から容易に生成することが可能である,イ号減衰手段におけるイ号筒状部の断面写真である株式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所「測定分析結果報告書」(甲44)の写真1・2及び株式会社ユービーイー科学分析センター「分析結果報告書」(乙43)の写真3には,複数個の微結晶領域の結合に基づき,厚化したラメラの状態が示されており,決して単結晶のラメラ状態を示しているわけではない,株式会社ダイヤ分析センター四日市分析事業所「測定分析結果報告書」(甲29)の写真7は,イ号筒状部の非接触部につき230℃×30秒の加熱を行い,イ号ポリプロピレンは一度溶融に至っているが,イ号筒状部の場合と同じようなラメラ構造を示すライン状の模様が形成され,同様に,株式会社ユービーイー科学分析センター高分子材料分析研究室「分析結果報告書」(乙43)の写真7も,イ号筒状部の非接合部につき,230℃×30秒の加熱を行うことによってイ号ポリプロピレンを溶融させた場合の断面写真であるところ,当該断面においてもラメラ構造を示すライン状の模様が形成されている,と主張する。

しかし,ラメラが即単結晶というわけではないことや,単結晶が積層して厚化したラメラが通常の融液から容易に生成することが可能であり,イ号筒状部の非接触部等に230℃×30秒の加熱を行ったときにラメラ構造を示すライン状の模様が形成されることを前提としても,そのことから当然に,イ号減衰手段が,熱融着による接合力だけでは減衰手段として必要とされる十分な接合力を有していることが導かれることにはならず,イ号接着剤の配合による接着力の発揮によって初めて必要な接着強度を確保することができている場合に該当する可能性を否定することはできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

⑤ 控訴人は,イ号ポリプロピレンが加熱された後に,金型との接触に伴う強制的な冷却を伴っていない緩慢な冷却が行われた場合には,加熱前よりも厚化したラメラが明瞭に出現する,この点,イ号筒状部の接合界面の断面写真である甲44の写真1・2,乙43の写真3と,イ号筒状部の非接合界面の断面写真である甲44の写真3・4とを対比すると,非接合界面における一次ラメラ(甲44の写真3・4)に比し,接合界面における厚化した二次ラメラの状態(甲44の写真1・2及び乙43の写真3)を明瞭に観察することができるから,イ号筒状部の接合界面における厚化したラメラの存在は,イ号ポリプロピレンの融液から再結晶が行われたことを積極的に証明している,ラメラが放射状に配列される球晶も,常に形成されるわけではないし,イ号筒状部の接合界面の断面写真である甲44の写真1,2,乙43の写真3に示されているような厚化したラメラの積層状態は,これらの写真では明瞭な観察は不可能であっても,当該ラメラの集合によって実際には球晶が形成されている場合も十分あり得る,と主張する。

しかし,厚化したラメラの存在については,どの程度ラメラが厚化していれば徐冷されて生じた二次ラメラといい得るのか,さらに,それがどの程度存在すれば,ポリプロピレンとエラストマーとが,減衰手段として必要な程度の接合力を有する熱融着をしていると言えるのかについての客観的な基準を見いだすことができないから,上記ラメラの存在をもって,イ号減衰手段が本件発明の構成要件Bcの「熱融着」を充足するとは認めがたい。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

⑥ 控訴人は,乙48実験において,接着剤ありのサンプルの場合には,イ号エラストマーは剥離しない以上,剥離界面の観察は不可能である,乙56の写真14(接着剤ありのサンプルの写真),同20(接着剤なしのサンプルの写真)によれば,接着剤なしのサンプルのイ号エラストマーとの接合界面,すなわち剥離界面は,非接合界面と同様,金型表面の縞模様が残存し,平坦形状を示しているのに対し,接着剤ありのサンプルの場合は,原判決自体が「甲44の写真1及び2,…乙43の写真2及び3の界面の形状は,エラストマー非接触部の界面写真…やエラストマー成形前の断面写真…に比べると,若干凸凹している…」(67頁9行~12行)とするように,非接合界面とは異なるような起伏状態が形成されている,仮に原判決が,接着剤ありのサンプルのイ号エラストマーとの接合界面の起伏状態が金型内の温度条件以外の成形条件によって形成された旨を説示しようというのであれば,逆に,同じ成形条件でありながら,なぜ接着剤なしのサンプルの場合は,バイト傷が残存し,成形金型の表面形状が転写され,平坦形状を呈することが可能であるかについて合理的な説明はなされていない,と主張するが,前記(ア)⑤に説示したとおり,控訴人のかかる主張は失当と言わざるを得ない。

エ 被告が行った諸実験(被告実験;乙23,44,48)につき

(ア) 乙23実験と乙48実験

① 控訴人は,乙48実験は金型内ピーク温度が111℃であったとするが,乙23実験によれば金型内ピーク温度が111℃の場合はその接着強度は接着剤未配合のときと比べて全く増強し得ない状態にあるはずである,しかるに,乙48実験は,イ号接着剤の配合の有無によって剥離実験の結果が全く相違しているから,乙23実験と矛盾している,すなわち,乙23実験によれば,イ号筒状部は,イ号接着剤が未配合のときと比べて,ノズル温度が190℃であって,金型内ピーク温度の平均値が178.6℃の場合には,その接着強度は約58%増大し,ノズル温度150℃であって,金型内ピーク温度の平均値が147.6℃の場合には,その接着強度が約23%増大している,そうすると,ノズル温度が更に低温となり,乙48実験のように金型内ピーク温度が111℃の場合には接着強度は増強し得ないはずである,と主張する。

しかし,乙23(北辰工業株式会社H作成の「テストピースによるポリプロピレンとエラストマーの接着強度試験結果報告書」)実験は,円錐形テストピースによるASTM D-429-73準拠の剥離試験であり,乙48実験のようにイ号減衰手段の形状の筒状部やエラストマーを用いたものではなく,その接合部の態様も異なり,その評価の仕方も異なる以上,接着機能の発揮の態様についてもイ号減衰手段の場合と異なることは否定できず,また,金型内ピーク温度の平均値が178.6℃の場合にはその接着強度は約58%増大し,金型内ピーク温度の平均値が147.6℃の場合にはその接着強度が約23%増大しているとするが,このような僅か2点の測定結果をもって,111℃の場合は接着強度がないと推定することには無理があり,むしろイ号接着剤の融点は100℃前後と認められる(乙17の2のDSC曲線を参照)から,100℃を超える温度があれば,接着剤の効果が達成される可能性もまた否定できない。このように,乙23実験と乙48実験とは成形方法も評価方法も異なっており,両者において相反する結果が出ているともいえないから,乙23実験の結果のみをもって,乙48実験の測定値(111℃)を否定することは相当でないと考えられる。そして,乙48実験による金型内ピーク温度の測定には測定誤差があり得ることも考慮すると,実際の接着強度の増強は十分考え得るというべきであるから,乙48実験が乙23実験と矛盾しているとまではいえない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

② 控訴人は,原告実験においては,イ号筒状部及び接着剤が配合されていない筒状部は,金型内ピーク温度が約160℃~164℃の場合にはともに全て剥離状態であり,金型内ピーク温度が約176℃の場合にはともに一部剥離不能状態を呈している,乙23実験によれば,このような各金型内ピーク温度においては,接着強度は接着剤を配合しないときに比べて2倍にも至っていないはずであるから,ともに剥離状態又は一部剥離不能状態であることは,乙23実験との結果と何ら矛盾関係にはない,と主張する。

しかし,剥離状態,一部剥離不能状態であれば,そもそも減衰手段として必要な接合強度を得られていない場合であり,このような場合の結果が乙23実験と矛盾がないとしても,必要な接合強度が得られているイ号減衰手段において,変性ポリエチレンたる接着剤の寄与が認められないことを導くことはできない。

(イ) 乙44実験

① 控訴人は,乙44実験においてはノズル温度150℃と記載されているが,当該ノズル温度及び対応する金型内ピーク温度に関するデータ上の裏付けは存在しないから,このような乙44実験において剥離不能状態が記載されていたとしても,実験結果に関する合理性及び信憑性はない,と主張する。

しかし,乙44(北辰工業株式会社H作成の「ポリプロピレンの融点以下での成形温度におけるイ号減衰手段同等製品の成形」)においては,その「成形条件」の欄に,イ号減衰手段の成形条件で,イ号エラストマーの射出成形温度のみをポリプロピレンの融点以下の温度に設定した場合,エラストマーの流動性が低下して,「ショート」という現象を起こすことが考えられたこと,「ショート」とは,金型内を流動するエラストマーの流動性が低下したために,金型末端までエラストマーがたどり着かず,製品にならないことをいうこと,イ号減衰手段の金型の末端(エラストマーが流動する終点の部分)はポリプロピレン組成物とエラストマーの接合部に当たること,このような理由から,今回の試験では,すべての成形条件を再検討し,イ号減衰手段の成形条件を可能な限り維持しつつ,射出成形温度を明らかにポリプロピレンの融点を下回る150℃で成形できるように成形条件を変更したこと,このように成形条件の変更が必要であったことに加え,成形機の能力の問題もあったことから,実際のイ号減衰手段ではなく,イ号減衰手段の形状とほぼ変わらない形状の製品の成形を行ったこと,が記載されており,これらの各記載を受けて,「今回の成形条件…」として,成形機(日精樹脂工業製DC-120),成形温度(150℃),金型設定温度(70℃),エラストマー(イ号減衰装置用現行材),ポリプロピレン(イ号減衰装置用現行材)が記載されているのであり,その実験過程に具体的な不自然な点は見当たらない。そうすると,控訴人指摘のように,ノズル温度及び対応する金型内ピーク温度に関するデータ上の裏付けは存在しないことのみをもって,乙44実験の実験結果の合理性,信憑性を否定することはできない。また,ノズル温度が150℃ではポリプロピレンの溶融は起こり得ないことは明らかである以上,融点以下で接合が生じることを立証するために金型内温度の測定が不可欠とは言えない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

② 控訴人は,仮に,乙44実験において熱融着が行われていないのであれば,乙56の写真17に示すように,筒状部の先端端部のコーナーにおいては,金型形状を反映して直角の状態が維持されていなければならないところ,乙44実験において,ノズル温度150℃及び200℃の各サンプルにおいては前記コーナーの部分が丸みを帯びた状態に至っており,このような状態は,先端部分が一度溶融しなければ不可能である,と主張する。

しかし,前記ア(ウ)に説示したとおり,乙56(北辰工業株式会社H作成の「イ号減衰手段TPE剥離試験後のPP界面観察報告書」)の写真17を見ても,コーナーが直角状態にあるかまでは必ずしも明らかでなく,しかも,筒状部において変性ポリエチレン(接着剤)が配合されていない場合のものであるから,たとえこれが配合されている場合と成形条件が同一であったとしても,変性ポリエチレン(接着剤)の溶融等の有無によって,これにエラストマー成形時の圧力が加わることにより,先端部位の変化も異なってくる蓋然性があることは否定できない。しかも,乙44実験において,ノズル温度150℃及び200℃の各サンプルにおいて前記コーナーの部分が丸みを帯びた状態に至っているとしても,筒状部の先端頂部の形状につき,成形前の筒状部の形状と成形後の形状と対比していないため,変形の有無や程度が明らかではないことに照らせば,当然に,上記丸みを帯びた状態の原因が,先端部分が一度溶融して変形したためであると認めることはできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

③ 控訴人は,乙44実験においては,筒状部の先端端部の変形について,エラストマー成形時の圧力と製品断面を観察したときの刃物の押圧力に由来していると記載するが,いずれも根拠がない,と主張する。

しかし,製品断面を観察したときの刃物の押圧力についてはともかく,エラストマー成形時の圧力については,上記②に説示したとおり,根拠がないとはいえないものである。

④ 控訴人は,乙23実験を考慮するならば,乙44の金型内ピーク温度として計算した結果(102℃,133℃)では,イ号接着剤は本来の接着機能を発揮することができない,と主張するが,前記(ア)①の説示に照らし,採用することができない。

⑤ 控訴人は,乙44実験には,種々の不合理があるし,一連の原告実験によって,一部剥離不能状態の場合でさえ,イ号接着剤は全部剥離不能状態を実現するような接着機能を有していないことが明らかになっており,接着剤の入っていない筒状部との比較は不可欠である,と主張する。

しかし,上記①~④の説示に照らし,乙44実験に種々の不合理があるということはできないし,前記説示のとおり,イ号減衰手段の製造の際と対比するとエラストマーや成形圧力の同一性が認められない原告実験によって,比較的高温の場合であっても剥離不能とならず一部剥離不能状態だったという結果が出ていたとしても,これをイ号減衰手段の製造に当てはめることはできない。そして,ポリプロピレンの融点以下で接合を行えば,ポリプロピレンの熱融着が生じていないのは明らかであるから,接着剤の入っていないサンプルとの比較が必要とは言えない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

⑥ 控訴人は,乙23実験によって示されているイ号接着剤の配合に基づく接着強度の増強の程度は,乙44実験にも妥当するところ,乙44実験は,イ号接着剤が本来接着機能を発揮し得るような温度領域が実現されていない,と主張するが,上記④と同様,前記(ア)①の説示に照らし,採用することができない。

(ウ) 乙48実験

① 控訴人は,乙48実験は根本的な欠陥を有している,すなわち,金型内ピーク温度が約111℃というイ号ポリプロピレンの融点に至っていない温度であるにもかかわらず,イ号エラストマーとの剥離不能な接着が実現しているのであれば,イ号接着剤を配合しているサンプルの接合界面は,非接合界面(甲29の写真6,甲31の写真3,甲44の写真3・4)又は全部剥離に対応している接合界面(甲68,78の2,96)のように,略平坦であって,実際のイ号筒状部の接合界面のような起伏状態を形成することはあり得ない,と主張する。

しかし,乙48実験からは,原判決も説示するとおり,接着剤なしのポリプロピレンによる完成品については,ポリプロピレンとエラストマーの界面で剥離し,接着剤入りのポリプロピレン(イ号減衰手段たる153ダンパと同一素材)については,エラストマー部分で材料破断したことが認められ,イ号減衰手段は,熱融着の有無にかかわらず,変性ポリエチレンによるイ号接着剤の存在により初めて必要な接着強度を確保している可能性が高いことを推認することができる。控訴人は,かかる乙48実験は根本的な欠陥を有していると主張するが,金型内ピーク温度が,イ号ポリプロピレンの融点に至っていない約111℃という温度であっても,変性ポリエチレンであるイ号接着剤の融点を超えているからその溶融の可能性があり,これとイ号エラストマーの成形圧力とが相俟って起伏を形成する可能性があるから,当然にその接合界面が非接合界面等のように略平坦であるはずということはできない。なお,後記②~⑦の説示に照らしても,乙48実験の信用性を左右するに足りる事情は認められない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

② 控訴人は,乙48実験においては,イ号エラストマーの流動性及び成形性が実現されているにもかかわらず,その金型内ピーク温度は111℃と測定されており,これは,流動性及び成形性を実現することができない温度である,このように,乙48実験の金型内温度111℃という測定値自体不合理であるのに,この温度でもノズル温度230℃であった段階の性状が残存していることも論証されていない,また乙48実験は,測定空間の各寸法が,イ号エラストマーの肉厚よりも大幅に大きい点においては,原告実験と何ら変わりはないのに,原判決は,乙48実験の場合には,原告実験の場合の説示と矛盾して,応答速度及び測定空間によって測定温度が実際の温度よりも低くなる旨の説示をしている,原告実験の温度センサが所定の応答速度を有している以上,前記矛盾が,応答速度を加味することによってクリアされることにはならない,と主張する。

しかし,前記イ(イ)①に説示したとおり,原判決は,原告実験や乙48実験のような温度測定実験においては,測定空間,温度センサの応答速度など,種々の要因により誤差の発生が避けられず,その対応によっては,実際の温度,すなわち,実際のイ号減衰手段を製作する際の筒状部との接合部分のエラストマーの温度より高くも低くも測定され得ることを前提として,乙48実験では低い測定値となった可能性があることを指摘したものにすぎないし,また,乙48実験における測定空間の直径は3mmであり,温度センサの先端においてイ号エラストマーが形成する肉厚は最大約0.9mm程度であるのに対し,原告実験の測定空間の直径は5mmであり,かつ温度センサの先端部の肉厚は2mmを超えていることに照らせば,イ号減衰手段におけるイ号エラストマーの厚さ(0.3mm)を超えていること自体よりも,測定空間の直径や温度センサの先端においてイ号エラストマーが形成する肉厚が,原告実験においては乙48実験の場合よりも約2倍の厚さであることの方が,温度センサで測定する上で測定値の出方に大きく影響している可能性も否定することができない。そして,原告実験における金型内の冷却効果が減殺される度合いの大きさからすると,その微小表面センサにおいて所定の応答速度があるとしても,金型内温度がイ号減衰手段の場合よりも高くなるとの結論が左右されるものではないことは,上記イ(イ)①に説示したとおりである。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

③ 控訴人は,イ号金型と奥山金型との相違,及び温度条件以外の成形条件(射出圧力及び単位時間当たりのイ号エラストマーの射出量等)の異同を論じている原判決の立論に立脚した場合には,乙48実験において,原告実験と同様の測定状態Aを採用したところで,測定温度がどのような結果になるかは,単にノズル温度だけではなく,他の成形条件によっても左右されるはずであるから,甲62実験の温度差を直ちに乙48実験に当てはめることはできないはずであるし,原判決のように,111℃に約40℃を加えたことによって,約150℃というイ号ポリプロピレンの融点を下回る測定値を得たとしても,イ号筒状部の接合界面における起伏状態(甲44の写真1・2,甲31の写真3,乙43の写真3)が形成し得ないことに変わりはない,と主張する。

しかし,原判決は,平成13年(2001年)に行われた乙33実験及び乙35実験のノズル温度や金型温度以外の成形条件や測定方法は,乙48実験と同一であるとは認められないから,乙48実験の測定値が不合理であるということはできないことを指摘したものである。すなわち,乙33実験,乙35実験がイ号エラストマーを採用しているとしても,射出速度,射出圧力,射出時間等の成形条件によって金型内ピーク温度は大きな影響を受けると考えられるところ,乙48実験は,実際のイ号減衰手段の製造条件に則り実施されたもので,使用した金型の構造等の点も含めて,モデル化した乙33,35実験と同じ条件であると認めるに足りる証拠はない。また,原判決は,甲62実験の温度差を直ちに乙48実験に当てはめたものではなく,甲62実験の温度差を加えたとしてもポリプロピレンの融点を上回らないことを,総合判断の一事情として判示したにとどまるものであるし,上記①の説示に照らせば,約150℃のときに,イ号筒状部の接合界面において当然に起伏状態が形成し得ないということもできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

④ 控訴人は,イ号接着剤として変性ポリエチレンが採用される前には,モディックP505が使用されていたとして,かかるモディックP505が固有の接着機能を発揮する状態とは,イ号ポリプロピレンの結晶構造と共にモディックP505の結晶構造も崩壊したうえでイ号エラストマーとの「混合」状態に至ること,すなわち,イ号ポリプロピレン+モディックP505とイ号エラストマーとの「熱融着」を意味しており,このことは,同じ成形条件である変性ポリエチレンを採用している乙48実験においても「熱融着」が生じていることを示していると主張する。

しかし,接着剤としてモディックP505を使用したときと,変性ポリエチレン(イ号接着剤)を使用してイ号減衰手段を製造するときの成形条件が同じであると認めるに足りる証拠はないから,仮にモディックP505が「熱融着」しているとしても,変性ポリエチレンを採用している乙48実験においても「熱融着」が生じていることを示すことになるとはいえない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

⑤a 控訴人は,成形条件はイ号エラストマーの流動性及びイ号ポリプロピレンとの接着に基づく成形性を考慮したうえで設定される以上,ともにイ号エラストマーを採用している乙33実験及び乙35実験の場合と乙48実験の場合とでは,筒状部先端に至る金型内ピーク温度は,本来共通しているはずであって,原判決の説示は,このようなイ号エラストマーの最適条件における共通性を看過している,と主張するが,種々異なり得る成形条件のうち,金型内ピーク温度のみが共通するという根拠はないから,控訴人の上記主張は採用することができない。

b また控訴人は,乙35実験において,金型温度を約30℃とした場合の製品部に至った場合の温度測定値は約195℃であるが(原告訴訟代理人弁護士赤尾直人ら作成の「技術説明書(6)」〔甲91の1・2〕参照),これに対し,イ号金型と酷似し,しかもイ号金型よりも温度降下の程度が大きいと解される金型について検討した甲73の2(同人ら作成の「技術説明書(5)」)及び甲95(同人ら作成の「技術説明書(7)」)によれば,金型温度を18℃と設定した場合の製品部における温度測定値は約193℃であり,金型温度が30℃の場合には,約195℃である,そうすると,乙35実験の金型と甲73の2及び甲95で検討した金型とは,冷却条件及びノズル温度が同一である場合には,イ号エラストマーを流動させた場合の温度降下は殆ど同一であることを十分推認することができる,このような場合,イ号金型の場合には,甲73の2等で検討した金型よりも温度降下の程度が小さいと解される以上,結局,乙35実験が採用している金型よりも,更に実際の測定値は高いはずである,と主張する。

しかし,上記③に説示したように,射出速度,射出圧力,射出時間等の成形条件によって金型内ピーク温度は大きな影響を受けると考えられるから,甲73の2及び甲95で検討された金型の構造や計算のみから,実際のイ号減衰手段の製造条件に則り実施された乙48実験や,これと同じ製造条件であると認めることができない乙35実験と対比して,金型内ピーク温度の高低を論じることはできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

⑥ 控訴人は,検乙6の先端部の場合には,エラストマーが剥離し得ないため,先端部における光沢の存否を確認することは本来できないが,甲86の写真3-1(甲69実験のノズル温度170℃の場合の成形品)と写真3-2(甲69実験のノズル温度230℃の場合の成形品)を対比しても,また,写真2-1~3(甲64実験,甲69実験で,イ号筒状部を用いてノズル温度170℃で成形した場合のもの)と写真3-1を対比しても,各先端部の光沢の存否の相違は明瞭である,そして,光沢状態が実際にあることは光の乱反射が生じていることを示しており,当該乱反射は表面の凸凹状態による起伏状態以外にはその原因はあり得ない,と主張する。

確かに,検乙6(乙48実験で製造されたイ号減衰手段。被告ら代理人弁護士山内貴博作成の「写真撮影報告書」〔乙53〕参照)の先端部の場合には,エラストマーが剥離し得ないため,先端部における光沢の存否を確認することはできない。しかし,甲86の上記各写真を対比しても,光沢状態の相違を明確に確認できるとは言い難く,その光沢状態に差があるとしても,光沢状態がないとされるエラストマーが剥離不能となったサンプルでは,先端部を露出させるためにクロロホルムに浸漬し,エラストマーを完全に取り去るための作業を行っており,その影響を否定できない。また,エラストマーを取り去る作業の影響や甲64,69実験と乙48実験の場合とでエラストマーの同一性,成形条件の同一性が認められないことなどを措いて,光沢状態の相違をいうことによりイ号筒状部の接合部に起伏が形成されていることまでが導けるものと仮定したとしても,イ号筒状部の接合部の起伏状態を示した写真等から本件発明の構成要件Bc「熱融着」の充足性を導くことができないことは,前記において説示したとおりである。

⑦ 控訴人は,乙48実験よりも甲64実験及び甲69実験の方が信用できると主張し,甲70鑑定書,甲73説明書,甲75説明書,甲77鑑定書,甲91説明書,甲96意見書,甲97意見書を提出し,また,乙48実験は偽装工作が行われたと主張し,甲79鑑定書,甲82(大成プラス株式会社技術本部長E作成の「実験報告書(4)」),甲83の1,2(同人作成の「写真撮影報告書(3)」)を提出するが,前記イの説示に照らせば,甲64実験,甲69実験から,イ号減衰手段において筒状体とエラストマーが熱融着し,この熱融着により減衰手段として機能しうる接合力を確保していると認められないものであるところ,上記各証拠(説明書,鑑定書等)は,原判決が説示するとおり,いずれも前記イに説示した事項を克服するに足りるものではなく,また,乙48実験の偽装工作を裏付けるに足りるものともいえない。

これを若干補足すると,以下のとおりである。

a 甲77鑑定書

(a) 控訴人は,甲77鑑定書は,イ号減衰手段の製造工程,ひいては成形条件に基づいて「熱融着」の成否を論じているわけではなく,甲64実験,甲69実験のノズル温度,金型内ピーク温度に対応して変化する剥離試験の結果を考慮した上で,イ号接着剤の配合の有無にかかわらず,イ号エラストマーから十分な熱エネルギーの供給が行われた場合に,剥離不能な「熱融着」が成立することを明らかにした上で,剥離試験の結果と接合界面の起伏状態との相関関係を考慮し,剥離不能状態を呈しているイ号減衰手段においても,甲64実験,甲69実験のうちのノズル温度230℃サンプルの場合と同じように「熱融着」が成立する旨の論述を行っている,と主張する。

しかし,前記に説示したとおり,甲64実験,甲69実験の剥離試験の結果を考慮したとしても,これらの各実験には一部剥離状態を示す可能性がある相当の範囲の温度幅があることからすれば,当然にイ号接着剤の接合力への関与を否定できることにはならないし,イ号減衰手段の成形条件と甲64,69実験等の原告実験の成形条件との同一性が認められない以上,甲64,69実験等の原告実験から,イ号減衰手段と同じ材料の筒状部,エラストマー,成形金型,成形条件で筒状部とエラストマーの接合を行った場合,その界面がどのようになるかを明らかにできるとはいえない。さらに,イ号筒状部の接合界面に起伏状態があるとしても,その原因として,ポリプロピレンの溶融以外に,変性ポリエチレンの溶融や成形圧力等が否定できないことなどからすると,甲77鑑定書をもって,イ号減衰手段の「熱融着」該当性を立証できたことにはならない。

(b) また控訴人は,甲77鑑定書は,変性ポリエチレンが,乙48実験のように,剥離状態を剥離不能状態とするような格別の接着力を有することを否定している旨指摘する。

しかし,イ号ポリプロピレンに配合されている変性ポリエチレンやエラストマーの製品名や化学構造は明らかではなく,また,前記に説示したとおり,乙23実験によれば,イ号ポリプロピレンに配合された接着剤に一定の接着効果があることが認められる。さらに,仮に変性ポリエチレンに格別の接着力がなく,イ号減衰手段において変性ポリエチレン単独で剥離不能な状態にしていないとしても,ポリプロピレンが弱い熱融着をしていることと併せて,必要な接合力を得るために変性ポリエチレンが寄与している可能性を否定することはできない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

b 甲70鑑定書

控訴人は,甲70鑑定書が,金型の全周囲が30℃の冷却状態の環境を設定し,実際の金型の冷却条件よりもはるかに厳しい冷却条件を設定している,と主張するところ,甲70鑑定書は,

θ=(θi-θf)exp(-Kpx/cρv)+θf

という一般式に立脚した上で,接合部に到達したエラストマーが何度となるかを机上でシミュレーションし,さらに,実際に測定される数値は,計算値よりも高くなるはずであるとして,200℃を超えていると結論付けている。

しかし,上記シミュレーションでは,エラストマーの射出圧力,射出時間,射出速度等のイ号減衰手段の製造条件により,結果として得られる温度が大きく変わることになるところ,上記シミュレーションによる計算がイ号減衰手段の製造条件と同一の条件との前提で計算されたと認めるに足りる証拠がない以上,甲70鑑定書を根拠に,乙48実験が信用性を欠くということはできない。

c 甲96意見書,甲97意見書

(a) 甲96意見書は,①甲64実験,甲69実験を踏まえれば,変性ポリエチレンは接着剤として格別の機能は果たしていないことから,イ号筒状部とエラストマーの剥離不能状態は,熱融着に起因する,②実際のイ号減衰手段の製造方法は不明であるが,変性ポリエチレンの接着機能の発現を見ると甲64実験,甲69実験の結果の方が合理的であり,またイ号接合界面の起伏状態を見ると,イ号減衰手段の剥離不能は熱融着に基づいた機能であると言え,③このことは加熱溶融後にのみ生じる厚化したラメラの存在,金型内の温度条件でのみ生じる凸凹の形成からも裏付けられると指摘していると認められる。

またこれに関連して,甲97意見書は,エラストマーの熱によりポリプロピレンが半溶融ないし溶融し,徐冷されると厚い状態の二次ラメラが形成されるが,甲43等の写真にこれが表われている旨指摘していると認められる。

(b) しかし,上記(a)①については,前記a(b)の説示に照らし,また,上記(a)②については,前記a(a)の説示に照らし,いずれも採用できない。

(c) また,上記(a)③については,前記a(a)に説示したとおり,凸凹の形成が金型内の温度条件でのみ生じるとはいえないものであるし,ラメラの存在については,前記ウ(イ)⑤に説示したとおり,どの程度ラメラが厚化していれば徐冷されて生じた二次ラメラといい得るのか,さらにそれがどの程度存在すればポリプロピレンがエラストマーと熱融着していると言えるのかの客観的な基準はないから,上記(a)③をもってイ号減衰手段が本件発明に言う「熱融着」がなされているとは認められない。

d 控訴人は,金型冷却温度(18℃)とピーク値に至る前の実際の温度(24℃)との相違について指摘し,温度コントローラの精度は±0.5℃であって,このようなコントローラを用いれば温度の偏差は精々1℃であるが,上記のような誤差が出ることは,実験に工作がなされていることを裏付けるものである旨主張し,甲101(株式会社松井製作所作成の金型温度コントローラー(金型温度調節器)に関するパンフレット),甲102の1~3(同社作成のFAX送信書,原告実験において採用されている金型温度コントローラーの取扱説明書等)を提出する。

しかし,射出成形を繰り返した場合に,当初に18℃に設定した場合でも,実際の測定値が24℃に上昇することは十分あり得るものと認められるから,この点から,乙48実験に偽装工作が行われた疑いがあると認めることはできない。また,乙48実験において,控訴人の主張する精度の温度コントローラが使用されたと認めるに足りる証拠はないし,そもそも当該コントローラが,金型の全ての個所の温度を,射出成形の行われている間中,温度変動を±0.5℃に抑えることができることを保証するともされてはいない。

以上によれば,控訴人の上記主張は採用することができない。

オ まとめ

以上によれば,控訴人の当審における主張はいずれも理由がない。すなわち,上記ア~エによれば,イ号減衰手段は,熱融着の有無にかかわらず,変性ポリエチレンによる接着剤の存在により初めて必要な接着強度を確保している可能性が高いというべきであるから,イ号装置中のイ号減衰手段において筒状体とエラストマーが熱融着し,この熱融着のみにより減衰手段として機能しうる接合力のほとんどを確保しているとまで認めることはできない。

したがって,イ号装置が本件発明の構成要件Bcの「熱融着」を充足していると認めることはできない。

3  結論

以上のとおりであるから,その余について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人らに対する本訴請求はいずれも理由がなく,これと結論を同じくする原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 田中孝一)

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