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知財高等裁判所 平成19年(ネ)10100号 判決 2008年5月14日

控訴人(原審原告)

井前工業株式会社

訴訟代理人弁護士

村林隆一,井上裕史

被控訴人(原審被告)

有限会社三洋商会

訴訟代理人弁護士

石井義人,石田大輔,安藤誠一郎,林健太郎,村上知子

同弁理士

内山邦彦

訴訟復代理人弁護士

岡田健一

補佐人弁理士

杉本勝徳

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

「原判決を取り消す。被控訴人は,原判決別紙物件目録1,2記載の各製品の製造,販売若しくは販売の申出をしてはならない。被控訴人は同目録1,2記載の各製品を廃棄せよ。被控訴人は控訴人に対し,198万円及びこれに対する平成18年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。被控訴人は控訴人に対し,3850万円及びこれに対する平成18年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第1,第2審とも被控訴人の負担とする。」との判決。

2  被控訴人

主文と同旨の判決。

第2事案の概要

本件は,圧延油中に含まれる異物を除去するためのフィルタモジュールの発明に関する特許権を有する控訴人(以下,この特許を「本件特許」,その特許権を「本件特許権」,本件特許に係る発明を「本件特許発明」という。なお,控訴人は,本件特許に係る特許を受ける権利を他から譲り受けたものである。)が,本件特許の出願公開後に被控訴人が製造販売した原判決別紙物件目録1,2記載の各製品(以下,これらを併せて「被控訴人製品」という。)が本件特許発明の技術的範囲に属すると主張して,被控訴人に対し,①被控訴人製品の製造販売等の差止め及び廃棄,②平成16年6月17日(出願公開後の日であって,控訴人が特許を受ける権利の移転を受けた日)から平成17年3月17日(特許権の設定登録日の前日)までの被控訴人製品の製造販売について,特許法65条1項に基づく補償金の支払(遅延損害金は特許権の設定登録日より後の日である平成18年9月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による。),③平成17年3月18日(特許権の設定登録日)から平成18年8月31日までの被控訴人製品の製造販売について,民法709条に基づき,特許権侵害による損害賠償金の支払(遅延損害金は不法行為の日以後である平成18年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による。)をそれぞれ請求する事案である。

原判決は,本件特許発明が,その特許出願前に公然実施されていたものであり,特許法29条1項2号に該当するので,本件特許は,同法123条1項2号の無効事由を有し,特許無効審判により無効とされるべきものであるから,同法104条の3第1項により,控訴人は被控訴人に対し,本件特許権の行使をすることができないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。

本件の前提となる事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,下記1,2のとおり,当審における控訴人の主張及びこれに対する被控訴人の反論を付加するほかは,原判決「第3 前提となる事実」(原判決2頁22行~4頁8行),「第4 争点」(同4頁9~14行)及び「第5 争点に対する当事者の主張」(同4頁15行~23頁25行)のとおりであるから,これを引用する。

1  当審における控訴人の主張

以下のとおり,ユニオン,三共理化学及び被控訴人がそれぞれ本件特許発明と同一の発明を公然実施していたとの被控訴人の主張は誤りであり,これを採用した原判決の認定には事実誤認がある

(1)  被控訴人の上記主張によれば,三共理化学の製造販売に係る圧延油の濾過フィルター(以下,単に「三共理化学製品」という。同様に,ユニオンの製造販売に係る圧延油の濾過フィルターを「ユニオン製品」という。)は,ユニオン製品を分析して同一の製品を製造したものであり,被控訴人製品は三共理化学製品を真似ただけのものであるから,被控訴人の公然実施の主張は,結局,ユニオンが本件特許発明と同一の発明に係る製品を製造販売していたか否かという問題に集約される。

しかるところ,ユニオンは,昭和39年ころから本件特許発明の実施例と同様の形状の濾過フィルター(ただし,ガラス繊維の構成が本件特許発明と異なるもの)を製造販売しており,かつ,ユニオンは,濾過フィルターのトップメーカーであって,その販売数量は多量であった。そうすると,仮に,被控訴人の上記主張のとおりであるとすれば,本件特許発明は,平成元年(被控訴人主張のユニオンの公然実施時期)から平成11年(本件特許に係る出願年)までの間,当業者が現実に利用してきた技術であったことになるから,当業者に広く知られ,かつ,これについての文献も多数に上っていたはずである。しかるに,本件特許発明に対しては本件特許査定がなされたのであり,このことは,特許庁審査官が,かかる文献を見出せなかったことを意味するものであるから,被控訴人の上記主張が誤りであることを端的に示すものということができる。

(2)  本件特許発明は,従来例の濾過フィルターにおける逆洗操作時のガラス繊維の抜けの問題の解決を技術課題として,構成要件B~Dの構成を採用することによりこれを解決したものである。

しかるところ,被控訴人の主張のように,平成元年当時,圧延油の濾過フィルターの市場をほぼ独占していたユニオンが,本件特許発明と同一の発明に係る製品を製造販売していたのであれば,その当時,市場で販売されている製品は,既に逆洗操作時のガラス繊維の抜けという技術課題を克服していたはずである。しかるに,現実には,平成8年に,不織布の外側を保持する金網を取り付けることにより上記技術課題を解決しようとする発明についての特許出願(特願平8-156287号。甲15)がなされているとおり,平成8年に至っても,本件特許発明のような製品が流通していなかったのであるから,被控訴人の上記主張は誤りである。

(3)  ユニオンは,平成11年11月4日に,特許請求の範囲に本件特許発明を含む発明について,ユニオン特許出願(特願平11-314287号。甲16)をした。このことに照らして,ユニオンが,それまで本件特許発明と同一の発明を実施していなかったことは明らかである。

原判決は,この点につき,「ユニオン特許出願に係る特許請求の範囲が,同出願当初には本件特許発明よりも広範囲であるとしても,ユニオンは,ユニオン製フィルターが三共理化学に分析され,同様の製品を製造されていたことを知らなかった可能性もあり,・・・以前より実施していた発明を後に特許出願しないとは限らないから,ユニオン特許出願をもって,ユニオンが平成元年ころに本件特許発明の実施に当たる行為をしていなかったことの証左とすることはできない。」と判断したが,ユニオン自身が本件特許発明と同一の発明を実施していたことと,三共理化学が同様の製品の製造販売をしていたことをユニオンが知っているかどうかとは,関係のない事柄であり,また,10年以上製造販売してきた製品と同一の発明が特許要件を欠くことは明白であって,そのような発明についての特許出願をすることは考えられないから,原判決の上記判断は誤りである。

(4)  被控訴人は,控訴人が本件訴訟提起前にした警告に対し,本件特許に係る出願の半年程前に被控訴人が被控訴人製品の製造販売を開始した旨の回答書(甲6)及びそれに沿う鑑定書(乙1)を送付してきた。しかしながら,本件特許発明と同一の製品が20年以上製造販売されていたというような事実は,上記回答書及び鑑定書に一切記載がなかった。被控訴人は,本件訴訟に至ってから,被控訴人が本件特許発明と同一の発明を公然実施していたとの主張に加え,平成元年2月ころまでにユニオンが,同年6月ころに三共理化学が,それぞれ本件特許発明と同一の製品を製造販売していたとの主張を提出したのである。

しかるところ,上記のような被控訴人の主張の変遷は,明らかに不自然である。特に,被控訴人代表者は,三共理化学の従業員として,平成元年に同社が開催した技術説明会に出席し,本件特許発明と同一の濾過フィルターを販売し,平成6年ころに三共理化学が濾過フィルターの販売から撤退するに当たっては,三共理化学に代わって同一の濾過フィルターを製造販売する業者を探し,当該業者から購入した濾過フィルターを鉄鋼会社に販売し,さらに,三共理化学が製造販売していた濾過フィルター製品の手触りを覚えていたというほど,三共理化学による濾過フィルターの製造販売に関わってきたというのであるから,それが真実であれば,控訴人による上記警告時に,被控訴人代表者がこれらの事情をまったく忘れ,三共理化学による公然実施の事実に言及せず,根拠の薄弱な被控訴人による実施の事実しか主張しないということはあり得ない。

なお,被控訴人代表者は,原審における代表者尋問において,控訴人からの警告後の交渉の際に,三共理化学による濾過フィルター製造販売の事実を代理人弁理士に話していないことを認め,その理由として,先使用権を証明できると思ったなどと説明するが,限定された範囲の実施権にすぎない先使用権よりも,特許権を無効とする方が被控訴人にとって利益が大きいことは明らかであるから,上記説明は信用できない。

原判決は,この点につき,「三共理化学の公然実施を主張するには,同社から資料の提供を受ける等の協力を得て,その製品の構成・・・を証明することが必要であるから・・・,その準備ができない段階では主張しなかったという可能性もないとはいえず,不自然ともいい難い。」と判断したが,企業間の交渉においては,訴訟に発展させないことが重要なのであって,より相手方が納得できる事実を主張するのが当然であるから,本件特許発明が少なくとも10年以上,当業者の公知技術になっていたとすれば,その事実を指摘する方が,本件特許に係る出願の直前に自己が製造販売したなどという微妙な事実を主張するよりも自然である。また,本件特許発明と同一の製品が10年以上にわたってユニオンにより製造販売されていたとすれば,ユニオンの製品仕様書など,容易に入手し得る資料があるはずであるし,控訴人にかかる事実を告げて,控訴人による調査を促すという方法もあるのであるから,原判決の上記判断は誤りである。

被控訴人が,三共理化学の社内文書と証する証拠のみを公然実施の立証方法とし,公表された証拠を提出できなかった事実は,本件特許発明と同一の製品が10年以上にわたってユニオンにより製造販売されていたとの事実を強く疑わせるものである。

2  控訴人の主張に対する被控訴人の反論

(1)  控訴人の上記1の(1)の主張のうち,被控訴人の公然実施の主張が,ユニオンが本件特許発明と同一の発明に係る製品を製造販売していたか否かという問題に集約されるとの主張は争う。

また,控訴人は,被控訴人の上記主張のとおりであるとすれば,本件特許発明は,平成元年から平成11年までの間,当業者が現実に利用してきた技術であったことになるから,当業者に広く知られ,かつ,これについての文献も多数に上っていたはずであると主張するが,フィルタエレメントの濾材のガラス繊維の構成は,ユニオン製品においてもばらつきがあるように,顧客が希望する濾過能力,逆洗の頻度,フィルターの寿命,被圧延材の表面品質等によって,長年にわたる経験の蓄積に基づき,技術者によって変更され,定着してきたものであって,その内容は,本来,当業者すべてが知っていたり,多くの文献が存在する性質,領域のものではない。

(2)  控訴人は,ユニオンが,平成11年11月4日に,特許請求の範囲に本件特許発明を含むユニオン特許出願をしたから,ユニオンが,それまで本件特許発明と同一の発明を実施していなかったことは明らかであると主張する。

上記主張は,ユニオン特許出願に係る発明の要旨中に本件特許発明を含むとする点で既に誤りであるが,その点は措くとしても,ユニオン特許出願に係る発明は,フィルタエレメントの濾材として,あらかじめ強く圧縮したグラスウール・不織布を使用し,毛管浸透濾過方式の濾過精度が極めて高く,逆洗に強いフィルターを提供する点に特徴があり,なんら不自然な点はない。

(3)  さらに,控訴人は,被控訴人の主張に変遷があるとして,被控訴人の提出に係る証拠の信用性を争うが,被控訴人は,控訴人による警告時に行った主張を撤回して,これと相矛盾する主張を訴訟で行ったものではなく,上記警告時からの時間の経過に伴って,主張を追加し,詳細なものに構成したにすぎない(したがって,そもそも主張の変遷はない。)。警告直後の交渉時に調査,準備可能な資料と,その後の訴訟において調査,準備可能な資料との間には,質量ともに大きな差異があるから,上記のような主張の追加及び詳細化は何ら不自然ではなく,証拠の信用性に影響を及ぼすものではない。

第3当裁判所の判断

1  争点1(出願前の公知ないし公然実施による本件特許権の無効事由(新規性の欠如)の有無)のうち,ユニオンによる公然実施及び三共理化学による公然実施について検討する。

(1)  事実経過

上記前提となる事実(原判決2頁22行~4頁8行)に,以下に掲記の各証拠(「証人A」,「被控訴人代表者」とあるのは,それぞれ原審における証人A尋問の結果,原審における被控訴人代表者尋問の結果を意味し,頁数はそれぞれの尋問調書添付速記録のものである。)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実を認めることができる。

ア 金属ストリップを圧延するための圧延機は,圧延工程に圧延油を用いるが,圧延油は循環させて繰り返し使用するので,圧延工程で混入した金属粉等の異物を除去することが必要であり,圧延機には,通常,異物除去のための濾過装置が設けられている。本件特許発明のようなフィルタモジュール(濾過フィルター)は,圧縮状態で保持された不織布ブロックを濾過材(濾材)として,圧延油中の異物を除去するものであり,圧延機の濾過装置に多数取り付けられて使用されるものであって,平成元年当時,ユニオン製品が濾過フィルターの国内シェアの大部分を占めていた。(甲2,証人A5頁)

イ 三共理化学は,鉄鋼メーカーが使用する研磨布紙その他の研磨材の製造販売を主たる営業内容とする会社であり,当該分野では,平成元年当時,国内のトップメーカーであったが,同年初めころ,取引先である日金工衣浦工場の担当者から,当時,同工場がユニオンから購入し,巻替作業をユニオンに依頼していた濾過フィルターにつき,それと同等の互換品の製造販売及び巻替作業を,ユニオンより安価で行うことはできないかとの打診を受け,三共理化学桶川工場の技術者であったAが当該濾過フィルター開発の担当者となった。(乙33,証人A1~5頁)

なお,「巻替え」とは,濾過フィルターの濾過材である不織布(グラスウール)を交換することであって,かつては,このような濾過材は,濾過フィルターの主軸パイプに巻き重ねられて保持されていたために,このような用語が用いられていたものであり,濾過材を濾過フィルターの主軸パイプに保持する方法が,必ずしも巻重ねに限られなくなった平成元年当時においても,なお,「巻替え」との用語が濾過材の交換の意味で使用されていた。(乙23,証人A32~33頁)

ウ 三共理化学はそれまで濾過フィルターの製造を手がけたことがなかったので,Aは,文献などにより,グラスウールの人体に対する影響等,濾過フィルター製造に関する基礎的事項を調査するとともに,平成元年2月までに日金工衣浦工場が使用しているユニオン製濾過フィルターのサンプル(以下「ユニオン衣浦サンプルA」という。)を入手し,同月22日までに,その調査分析をした。同調査分析の結果によると,ユニオン衣浦サンプルAの形状は,側面に多数の貫通孔(直径4.5mm)を形成した円筒形パイプ(長さ400mm,外径21.7mm)に,複数個のドーナツ状のガラスウール(グラスウール。外径55mm,内径(ドーナツ状の穴の径)22mm,厚み20mm)を,その穴に上記円筒形パイプを通すようにして装着充填した上,上記円筒形パイプの長手方向に圧縮し,上記円筒形パイプ両端に設けたフランジで止めるというものであり,圧延油が,外周からグラスウールで濾過され,円筒形パイプの貫通孔を通過して同パイプ内に流入する構造であった。そして,ユニオン衣浦サンプルAに充填されていたグラスウールの重量は355g/本であった。(乙2の1,乙33,35~36,証人A1~2頁,4~9頁,11頁,45頁)

また,Aは,ユニオン衣浦サンプルAのグラスウール自体の分析を市川毛織株式会社に依頼して,同年3月15日ころにその回答を得るとともに,三共理化学が製造する濾過フィルターに使用するグラスウールの仕入れ先を選定するため,同年4月10日ころ,ユニオン衣浦サンプルA,日本無機から提供を受けたグラスウールのサンプル及び三共理化学が有していた旭ファイバーの断熱材に係る板状グラスウールサンプルの3種類について,電子顕微鏡を用いて写真を撮り,グラスウール繊維の直径を測定してそれぞれの平均値を求めたところ,ユニオン衣浦サンプルAに係るグラスウール繊維径は11.2μm,日本無機から提供を受けたサンプルに係るグラスウール繊維径は10.9μm,旭ファイバーのサンプルに係るグラスウール繊維径は12.7μmであった。この結果を参考として,Aは,三共理化学が製造する濾過フィルターに使用するグラスウールの仕入れ先を日本無機とすることを決めた。(乙2の2,乙3,4,33,証人A9~11頁)

エ Aは,同年5月ころまでに,さらに2回にわたり,日金工衣浦工場からその使用に係るユニオン製濾過フィルターのサンプルを入手し(以下,入手順に「ユニオン衣浦サンプルB」,「ユニオン衣浦サンプルC」という。),その調査分析をしたところ,形状や寸法はユニオン衣浦サンプルAと同じで,圧延油が,外周からグラスウールで濾過され,円筒形パイプの貫通孔を通過して同パイプ内に流入する構造であったが,グラスウールの充填重量が,ユニオン衣浦サンプルBは290g/本,ユニオン衣浦サンプルCは255g/本である点で,355g/本であるユニオン衣浦サンプルAと異なっていた。(乙5,31,33,証人A8頁,11~12頁,23頁)

オ Aは,同年5月下旬ないし6月ころ,三共理化学が製造する濾過フィルターの形状,製品仕様,見積価格等を決め,同月14日に開催された三共理化学の営業会議において,各営業担当者に発表した。Aが決めた濾過フィルターの形状は,ユニオン衣浦サンプルA~Cと同様であり,側面に多数の貫通孔を形成した円筒形ステンレスパイプに,複数個のドーナツ状のグラスウールを,その穴に上記円筒形ステンレスパイプを通すようにして装着充填した上,上記円筒形ステンレスパイプの長手方向に圧縮し,上記円筒形ステンレスパイプ両端に設けたフランジで止めるという構造のものであり,圧延油が,外周からグラスウールで濾過され,円筒形パイプの貫通孔を通過して同パイプ内に流入する構造であった。また,製品仕様は,円筒形ステンレスパイプの長さを400mm,グラスウール濾過材の外径を55mm,その内径(ドーナツ状の穴の径)を22mm,濾過材に用いるグラスウール原布の繊維径を11μm(上記日本無機提供サンプルのグラスウール繊維径10.9μmと実質上等しいものと考えられる。)とし,充填密度(嵩密度)を0.376g/cm3(376kg/m3)とするものであった。なお,上記充填密度は,上記仕様の下でグラスウールの充填重量を300g/本とすることにより算出される値である。(乙7,33,34,証人A12~13頁,37頁,49頁)

カ Aは,三共理化学が濾過フィルターを製造販売するについて障害となるユニオンの知的財産権の有無の調査をB弁理士(以下「B弁理士」という。)に依頼していたところ,B弁理士からは,いずれもファクシミリで,平成元年6月5日に,昭和62年~平成元年3月に出願公開されたユニオンを出願人とする特許又は実用新案の出願としては,「粘度測定装置」の考案に係る実用新案登録出願が1件あるのみで,濾過フィルターに係るものはない旨の報告があり,また,平成元年6月14日に,ユニオン製品(ユニオン衣浦サンプルA)は,「各種鋼板製造工程中における水,油,薬液等の絞取ローラー」の発明に係る特公昭49-27014号公報等により,公知技術であって,特許されないとの見解が示され,さらに,同月21日は,ユニオン製品に最も内容的に近い発明として,特開昭62-241516号公報に係る「圧延機における圧延油再生用フィルターの洗浄方法及びその装置」の発明(出願人・三洋石油化学株式会社)等がある旨の報告がなされた上,同月23日に,昭和55年1月1日~平成元年4月15日に出願公開されたユニオンを出願人とする特許又は実用新案の出願としては,上記「粘度測定装置」の考案に係る実用新案登録出願があるのみであるとする正式な調査結果の報告がなされた。Aは,これらの報告等に加え,B弁理士と電話でも話をして,三共理化学が濾過フィルターを製造販売するについて障害となるユニオンの知的財産権は存在しないと判断した。(乙22~25,33,38,証人A13~15頁,38~39頁)

キ その後,日金工衣浦工場から三共理化学に対し,その使用に係る濾過フィルターの濾過材の巻替えの注文があり,平成元年7月5日に約150本の濾過フィルター鉄芯(円筒形パイプ)が同社桶川工場に送付された。三共理化学は,その製造販売に係る濾過フィルターの上記仕様に則って,300g/本の重量のグラスウールを充填装着し,同月24日に日金工衣浦工場に出荷した。(乙28~30,33,証人A19~22頁)

なお,日金工衣浦工場からは,同年6月上旬ころ,三共理化学名古屋営業所の営業担当者を介して,代金の見積依頼があり,Aは,同月8日に,シャフト(円筒形パイプ)を受領し,グラスウールの充填のみを行う場合は,100本単位で2380円/本,4000本単位で1850円/本,使用済みのグラスウールの抜取りが含まれる場合は,100本単位で2580円/本,4000本単位で2000円/本との回答をしたが,同営業担当者から価格を下げて欲しいとの要望があり,同月14日の上記営業会議の際は,見積価格として,100本以上の単位で,グラスウールの充填のみを行う場合は2000円/本,使用済みのグラスウールの抜取りが含まれる場合は2150円との説明を行い,さらに同営業担当者から,より安価でなければ新規参入が困難であるとの指摘があったため,同月28日,同営業担当者に対し,1000本単位で,グラスウールの充填のみを行う場合は1750円/本,使用済みのグラスウールの抜取りが含まれる場合は1870円とする旨の再見積価格を通知した。同通知に係る書面には,三共理化学によるグラスウール充填量を300g/本とする旨及び日金工衣浦工場から提供されたユニオン衣浦サンプルB及びユニオン衣浦サンプルCに係るグラスウール充填量が,それぞれ290g/本,255g/本であったことが付記されている。(乙5,7,27,33,証人A11頁,17~19頁)

ク 三共理化学は,平成元年7月ころ,日金工相模原工場から,同工場が使用しているユニオン製濾過フィルターにつき,ユニオンがするのと同等の濾過材の巻替えが可能であるかどうかという問合わせを受け,Aは,同月20日,日金工相模原工場が使用しているユニオン製濾過フィルターのサンプル(以下「ユニオン相模原サンプル」という。)の提供を受けた。Aが,ユニオン相模原サンプルについてグラスウールの充填重量を測定したところ,319g/本であった。(乙6,31,33,証人A22~24頁)

その後,三共理化学は,日金工相模原工場から,その使用に係る濾過フィルターの濾過材の巻替えの注文を受け,同月25日,2650本の濾過フィルターの送付を受けた。日金工相模原工場から三共理化学に対する注文本数は2640本であり,残りの10本は予備として送付を受けたものであるが,上記2650本の濾過フィルター中には,円筒形パイプの変形により使用できないものが予備本数を超えてあったので,三共理化学は,同年8月23日に更に1箱分の濾過フィルターの追加送付を受けた。上記のとおり,ユニオン相模原サンプルのグラスウール充填量は319g/本であったが,日金工衣浦工場から提供されたユニオン衣浦サンプルB及びユニオン衣浦サンプルCに係るグラスウールの充填重量が,それぞれ290g/本,255g/本とばらつきがあったため,Aは,日金工相模原工場に,さらに3~4本程度のサンプルの提供を求めようとしたものの,日金工相模原工場の夏季休業の関係で果たせず,結局,三共理化学は,グラスウール充填量を,その製造販売に係る濾過フィルターの上記仕様に則った300g/本とする旨の了解を得て,その充填装着を行い,同年9月7日に2650本(濾過フィルターの追加送付を受けたことにより,注文本数よりも多くした。)を出荷した。日金工相模原工場からの注文は,その後も継続してあったが,グラスウール充填量は,平成3年3月に305g/本に,さらに平成5年5月に290~295g/本に変更された。(乙6,8の1,2,乙32の1,2,乙33,39,証人A24~27頁,29頁)

ケ 被控訴人代表者Yは,平成元年当時,三共理化学大阪営業所の営業担当者であったが,同年6月14日の営業会議に出席した後,当時,ユニオン製品を使用していた川鉄西宮工場に対して営業交渉を行い,三共理化学の製造に係る濾過フィルターが,ユニオン製品と互換性があって,品質に問題がなく,かつ,ユニオン製品より安価であれば,購入を検討する旨の返答を得た上,川鉄西宮工場が使用していたユニオン製品のサンプル(以下「ユニオン川鉄サンプル」という。)の提供を受け,これをAに送付した。Aがユニオン川鉄サンプルを分析したところ,円筒形パイプの長さ400mm,グラスウール濾過材の外径55mm,内径(ドーナツ状の穴の径)22mmで,ユニオン衣浦サンプルA~Cと同じであり,グラスウールの繊維径は11.8μm,グラスウール充填重量は340g/本であって,圧延油が,外周からグラスウールで濾過され,円筒形パイプの貫通孔を通過して同パイプ内に流入する構造であった。(乙9,33,34,証人A27~28頁,被控訴人代表者18~19頁)

(2)  ユニオンによる公然実施

ア 上記(1)の事実関係によれば,ユニオンは,平成元年までに,ユニオン衣浦サンプルA~Cを製造して日金工衣浦工場に販売し,ユニオン相模原サンプルを製造して日金工相模原工場に販売し,ユニオン川鉄サンプルを製造して川鉄西宮工場に販売したこと,これらのサンプルのうち,ユニオン衣浦サンプルA~C及びユニオン川鉄サンプルは,側面に多数の貫通孔を形成した円筒形パイプに,複数個のドーナツ状のグラスウールを,その穴に上記円筒形パイプを通すようにして装着充填した上,上記円筒形パイプの長手方向に圧縮し,上記円筒形パイプ両端に設けたフランジで止めるという構造のものであり,圧延油が,外周からグラスウールで濾過され,円筒形パイプの貫通孔を通過して同パイプ内に流入する構造であって,円筒形パイプの長さを400mm,グラスウール濾過材の外径を55mm,その内径(ドーナツ状の穴の径)を22mmとするものであったこと(ユニオン相模原サンプルについては,証拠上,形状,寸法が明らかではない。),グラスウールの繊維径は,ユニオン衣浦サンプルA~Cが11.2μm,ユニオン川鉄サンプルが11.8μmであり,グラスウール充填量は,ユニオン衣浦サンプルAが355g/本,ユニオン衣浦サンプルBが290g/本,ユニオン衣浦サンプルCが255g/本,ユニオン川鉄サンプルが340g/本であったこと,以上の事実を認めることができる。

そして,不織布(グラスウール)の嵩密度(単位kg/m3)は,グラスウールの33充填量(単位 kg)を装着圧縮時の体積(単位m3)で除して得た値のことであるか3ら,ユニオン衣浦サンプルAが444.93kg/m3,ユニオン衣浦サンプルBが363.47kg/m3,ユニオン衣浦サンプルCが319.60kg/m3,ユニオ3ン川鉄サンプルが426.13kg/m3と求められる。

(算式)

1  ユニオン衣浦サンプルA~C,ユニオン川鉄サンプルの装着圧縮時の体積(単位m3)

file_2.jpg) x 314. x 04 0007978742  ユニオン衣浦サンプルAの嵩密度

0.355÷ 0.000797874= 444.9324079

3  ユニオン衣浦サンプルBの嵩密度

0.290÷ 0.000797874= 363.4659107

4  ユニオン衣浦サンプルCの嵩密度

0.255÷ 0.000797874= 319.5993352

5  ユニオン川鉄サンプルの嵩密度

0.340÷ 0.000797874= 426.132447

さらに,本件特許発明の構成要件Dに係るφは,

file_3.jpgo=¥ D*+(2500—-M) /“M(M:不織布の嵩密度(単位 kg/m3),D:繊維の平均径(単位μm))の算式によって得た値となるから,ユニオン衣浦サンプルAが24.07,ユニオン衣浦サンプルBが27.15,ユニオン衣浦サンプルCが29.25,ユニオン川鉄サンプルが26.03と求められる。

(算式)

1  ユニオン衣浦サンプルA

file_4.jpg@ =v 112 * + (2500 — 444.93) 7 444.93 = 24.070520832  ユニオン衣浦サンプルB

file_5.jpgo (2500 363.47) / 363.47 = 27154276433  ユニオン衣浦サンプルC

file_6.jpg=v 112 * + (2500 — 319.60) 7 319.60 = 29.253820384  ユニオン衣浦サンプル

file_7.jpg(2500 — 426.13) 7 426.13 = 26.03165123イ  上記アによれば,ユニオン衣浦サンプルB及びCは,本件特許発明の構成要件A~Eの全部を充足することは明らかである。他方,ユニオン衣浦サンプルA及びユニオン川鉄サンプルは,本件特許発明の構成要件A,B,D,Eを充足するが,同Cを充足しない。

すなわち,ユニオンは,平成元年までに,本件特許発明と同一の発明であるユニオン衣浦サンプルB及びCを製造販売していたものであるから,本件特許発明は,その出願前にユニオンが日本国内において公然実施していた発明であると認めることができる。

(3) 三共理化学による公然実施

ア  上記(1)の事実関係によれば,三共理化学は,平成元年7月24日までに濾過フィルター約150本を製造して,日金工衣浦工場に販売し,また,同年9月7日までに濾過フィルター約2650本を製造して,日金工相模原工場に販売したこと,このうち,少なくとも日金工衣浦工場に販売した約150本については,側面に多数の貫通孔を形成した円筒形パイプに,複数個のドーナツ状のグラスウールを,その穴に上記円筒形パイプを通すようにして装着充填した上,上記円筒形パイプの長手方向に圧縮し,上記円筒形パイプ両端に設けたフランジで止めるという構造のものであり,圧延油が,外周からグラスウールで濾過され,円筒形パイプの貫通孔を通過して同パイプ内に流入する構造であって,円筒形パイプの長さを400mm,グラスウール濾過材の外径を55mm,その内径(ドーナツ状の穴の径)を22mmとし,グラスウールの繊維径を11μm,グラスウールの嵩密度を376kg/m3(グラスウールの充填量を300g/本(0.300kg/本)として算出した嵩3密度の値は,376.00kg/m3となる。)とするものであることが認められる。

そして,上記(2)のアと同様にして,本件特許発明の構成要件Dに係るφを求めると,26.14となる。

(算式)

file_8.jpg6 =¥ 117 = (2500 — 376) 7 376 = 26.14イ  上記アによれば,三共理化学が日金工衣浦工場に販売した約150本の濾過フィルターは,本件特許発明の構成要件A~Eの全部を充足することは明らかである。

すなわち,三共理化学は,平成元年7月までに,本件特許発明と同一の発明である濾過フィルターを製造販売していたものであるから,本件特許発明は,その出願前に三共理化学が日本国内において公然実施していた発明であると認めることができる。

(4) 控訴人の主張に対する検討

ア  当審における主張について

(ア) 控訴人は,被控訴人の上記主張のとおりであるとすれば,本件特許発明は,平成元年(被控訴人主張のユニオンの公然実施時期)から平成11年(本件特許に係る出願年)までの間,当業者が現実に利用してきた技術であったことになるから,当業者に広く知られ,かつ,これについての文献も多数に上っていたはずであるとした上,本件特許発明に対して本件特許査定がなされたことは,特許庁審査官が,かかる文献を見出せなかったことを意味するものであるから,被控訴人の主張は誤りである旨主張し,また,被控訴人の主張のように,平成元年当時,圧延油の濾過フィルターの市場をほぼ独占していたユニオンが,本件特許発明と同一の発明に係る製品を製造販売していたのであれば,その当時,市場で販売されている製品は,既に逆洗操作時のガラス繊維の抜けという技術課題を克服していたはずであるが,現実には,平成8年に至っても,本件特許発明のような製品が流通していなかったとも主張する。

しかしながら,上記(1)の認定説示のとおり,ユニオン製品は,不織布(グラスウール)の充填量,したがってその嵩密度のばらつきが大きく,Aが調査分析をした5例(ユニオン相模原サンプルを除いたとしても4例)のうち,本件特許発明の構成要件を充足するものは2例であり,他はこれを充足していない。すなわち,平成元年当時であっても,ユニオン製品の一部のみが本件特許発明と同一であったにすぎない。のみならず,ユニオンが,本件特許に係る明細書(甲2)の段落【0004】~【0006】に記載されたような,逆洗操作による不織布の繊維抜けという技術課題を解決する手段として,上記2例に係る構成(特に本件特許発明の構成要件C及びDに相当する構成)を意識的に採用したと認めるに足りる証拠はなく,平成元年以降,ユニオンが,本件特許発明の構成要件を充足した濾過フィルターを継続して製造販売していたことを認めるに足りる証拠もない(もとより,そうであっても,ユニオンが,本件特許発明の構成要件を充足する濾過フィルターを製造販売した事実が存在する以上,ユニオンが,本件特許発明と同一の発明を実施したことに変わりがないことは,いうまでもない。)。以上の経緯に照らすならば,ユニオン衣浦サンプルB及びCが本件特許発明の構成要件を充足するからといって,本件特許発明が,平成元年から平成11年までの間,当業者が現実に利用してきた技術であって,当業者に広く知られ,これについての文献が多数に上っていたはずであるとか,平成元年当時,市場で販売されている製品は,既に逆洗操作時のガラス繊維の抜けという技術課題を克服していたはずであるなどと即断し得ないことは明らかであり,控訴人の上記各主張は,いずれもその前提を欠くものであるといわざるを得ない。

(イ) 控訴人は,ユニオンが,平成11年11月4日に,特許請求の範囲に本件特許発明を含むユニオン特許出願をしたことに照らして,ユニオンが,それまで本件特許発明と同一の発明を実施していなかったことは明らかであると主張する。

しかるところ,証拠(甲10~12,16)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

a ユニオン特許出願は,平成11年11月4日の出願に係るものであって,その公開公報(特開2001-129320号。平成13年5月15日公開。甲16)には,平成12年9月28日付け手続補正前の明細書について以下の記載があった(なお,同公開公報8~12頁には,上記手続補正後の明細書が併せ掲載されている。)。

(a) 「【請求項1】少なくとも支持体及び濾過材層を有するフィルタエレメントであり,このフィルタエレメントは圧延工程,ホーミング,工作機で潤滑油として用いる純鉱物油の濾過に用いるものであり,濾過材層は濾面及び滲出面を有し,濾面は被処理液と接するようにされ,滲出面側に濾液室が配置され,すなわち被処理液が濾面から濾過材層を通り滲出面から滲出されて濾液室に導入されるように構成され,濾過材層を構成する濾材として圧縮されたグラスウール又は不織布が用いられるフィルタエレメントであって,濾材は圧縮方向への変形が抑えられる様に支持体により支持され,且つ濾面及び滲出面は濾材の圧縮方向と略平行とされ,すなわち濾面から滲出面へ流れる被処理液の流入方向は濾過材の圧縮方向と略直交するようにされていることを特徴とするフィルタエレメント。」(特許請求の範囲)

(b) 「【発明の属する技術分野】本発明はグラスウール又は不織布を圧縮してなる濾材を使用したフィルタエレメントに係り,その目的は圧延工程・・・で潤滑油として用いる純鉱物油を好適に濾過することができ,目詰まりを起こしにくく,逆洗時にグラスウール又は不織布の繊維が濾材から剥離することがなく,長期間使用できるフィルタエレメントを提供することにある。」(段落【0001】)

(c) 「【従来の技術】従来より,汚濁液から清浄液を得る方法として,濾過法が用いられているが,その目的に応じてさまざまな濾過法が開発されている。このなかで,機械油に入り込んだミクロン単位の金属屑を取り除くのに適した精密濾過法の一つに,毛管浸透濾過と呼ばれる方法がある。この毛管浸透濾過とは・・・濾材が被濾過液と接する接液面に大きな付着面及び該付着面に連なる多数の毛細管路を有する肉厚浸透濾材を使用し,分離すべき夾雑物が前記付着面に付着し,濾液のみが毛管を通り濾材を通過するような微少濾過圧により濾過を行う方法である。この方法では,濾材として微細繊維を堆積させて塊状に成形した肉厚浸透濾材を用い,この濾材に金属屑を含んだ機械油を毛管浸透速度以下の速度で通過させることにより濾材の表面に夾雑物を付着させ,濾材表面に付着した夾雑物は凝集して径大になると自重により濾過層の底部に沈降するようにされていた・・・しかしながらこの方法では機械油の濾過速度が毛管浸透速度を越えてしまった場合,濾過材内部に夾雑物が大量に入り込んでしまって濾材内部で目詰まりをおこし,濾材そのものが使用できなくなるという欠点がある。また,一旦濾過層底部に沈降した夾雑物が被濾過液の流れに乗って舞い上がり,再び濾過材表面に付着するため,次第に濾材の表面で目詰まりが起こるようになり,結局一定周期毎に濾過材及び濾過槽を洗浄する必要がある。濾過材の一般的な洗浄方法として圧縮空気による逆洗が挙げられる。この方法は濾過中の被処理液の流入方向とは逆向きに圧縮空気を流出させることにより濾過材の表面に付着した夾雑物を剥離させるというものである。しかしながら,上記したような微細繊維を圧縮成形した濾材を使用したフィルタの場合,逆洗時に夾雑物が剥離すると共に濾材を構成する微細繊維まで剥離してしまい,濾過能力が低下してしまう。この原因は,この濾材は圧縮成形されたものであるから微細繊維間に若干の反発力が残っている事である。濾過中であれば被処理液に加えるわずかな濾過圧により濾材は濾過機自体に押し付けられ,元の形状を保つが,逆洗時には繊維間に残る反発力と同方向に圧縮空気が流出するため,濾材は元の形状を維持できなくなる。このため,毛管浸透濾過法における濾材は圧縮空気による逆洗が行えず,使い捨てか,或いは極めて少ない回数のみ逆洗が行われていた。」(段落【0002】~【0003】)

(d) 「【発明が解決しようとする課題】上記従来技術に鑑み,この発明は好適に濾過を行なうことができ且つ毛管浸透速度以上の速度で濾過してしまった場合にも濾材内部に夾雑物が入り込みにくく,圧縮空気による逆洗を繰り返し行っても濾過能力が低下しない毛管浸透濾過用のフィルタエレメントの提供を課題とする。」(段落【0004】)

(e) 「【発明の実施の形態】以下,本発明に係るフィルタエレメントの実施形態について図面に基づき説明する。・・・本件発明のフィルタエレメント(1)は支持体(2)及び濾過材層(3)を有する。このうち濾過材層(3)は圧縮されたグラスウールからなる濾材(3a)により形成される。・・・この発明で使用される濾材(3a)は例えば図3に記載されるような方法で作成される。つまり,グラスウールを所定の大きさに切断されたブロックとし(図3のa),次にこのブロックを重ねあわせて重積方向に圧縮し(図3のb),濾材(3a)を得る方法が例示できる。・・・この発明において,支持体(2)は主に濾材(3a)の圧縮方向への変形を抑えるように構成される。そのために例えば2枚の板で濾材(3a)を挟み込み,固定具で2枚の板の間が広がらない様にする方法が採用できる。・・・支持管(2a)はその外周から管内に向かって液体が流入可能であるように流入孔が穿孔されている。この実施例においては中央部に滲出孔が設けられた濾材(3a)が使用され,滲出孔の内部が濾液室(4)とされる。なお,この滲出孔はグラスウールの圧縮方向と平行に穿孔されている。濾過材層(3)の表面は図4に例示される通り被処理液と接する面が濾面(3b)とされ,濾過済みの濾液と接する面が滲出面(3c)とされる。図1及び図2に記載した実施例では濾材(3a)が肉厚管状に形成されているが,その外周面側が濾面(3b)とされ,内周面側が滲出面(3c)とされている。この濾材(3a)は肉厚管の長さ方向に圧縮されているため,濾面(3b)及び浸出面は圧縮方向に対し平行である。つまり,この発明において濾液は濾面(3b)から滲出面(3c)に向かって流れるため,濾液は濾材(3a)の圧縮方向に対し,略直交するように流れることになる。この発明のフィルタエレメント(1)は上記のように構成されているため,処理液の速度が毛管浸透速度を越えてしまった場合でも,濾材(3a)内に夾雑物が入り込みにくい。すなわち,濾材(3a)の圧縮方向は被処理液の流入方向(6)と略直交するようにされているためガラス繊維(3d)同士が互いに密着し,被処理液の入口は流入方向(6)と略平行に圧縮した場合と比較して非常に小さくなっている(図5及び図6参照)。このため,夾雑物はこの入口にある程度阻まれて濾材(3a)内部には入りにくくなる。なお,濾材(3a)表面に形成される被処理液の入口の大きさは濾材(3a)を圧縮する圧力により変化する。すなわち濾材(3a)を圧縮する圧力を大きくすればするほど被処理液の入口は狭くなり,これにより径が小さな夾雑物を除去できるようになる一方,濾過速度は低下する。このため,濾材(3a)を圧縮する圧力は除去すべき夾雑物の径と必要な濾過速度を勘案し,適宜定めればよい。また,逆洗時にも濾材(3a)を構成するガラス繊維が濾材(3a)から剥離する危険性が少ない。すなわち,濾材(3a)は支持体(2)により圧縮方向への変形が抑えられる様に支持されているので,ガラス繊維の圧力方向への移動は支持体(2)により遮られる。さらに,濾材(3a)は圧縮されているためこのガラス繊維間の摩擦力は強く,逆洗時の圧縮空気による剥離力よりも強力になっている。したがって,逆洗時であっても圧縮方向と略直交する方向へのガラス繊維の移動は前記摩擦力により抑えられる。従って,逆洗時であってもガラス繊維は剥離せず,フィルタエレメント(1)が目詰まりを起こした場合でも逆洗を行なうことにより繰り返し使用することができる。」(段落【0006】~【0011】)

(f) 「次に,この発明に関する試験例を示すことにより,この発明の効果を明らかにする。なお,試験に際しては,試験機として実施例,対照例1,対照例2,対照例3を用い,毛管浸透速度での濾過における濾過量と濾液内の夾雑物量を測定した。なお,濃度測定方法はJIS-K2276航空燃料油試験方法 微粒夾雑物試験方法(試験室濾過法)により,汚濁液濃度は0.8~500μmの粒子を30mg/リットルに設定して行なった。」(段落【0013】)

(g) 「試験の結果を以下に示す。

・・・

上記の表にも示される通り,実施例のフィルタエレメント(1)を使用した場合には93%以上の夾雑物が除去され,汚濁液は好適に清浄化されるのに対し,対照例1及び2のフィルタエレメントでは夾雑物をほとんど除去できなかった。また,対照例3のフィルタエレメントでは約50%の夾雑物を除去でき,対照例1及び2のフィルタエレメントよりは優れていたが,実施例のフィルタエレメントには劣っている。」(段落【0016】)

(h) 「次に,この発明のフィルタエレメント(1)について,目詰まりを起こす毎に逆洗し,繰り返し使用した場合の圧力損失に関する試験例を示す。この試験には上記濾液内の夾雑物量に関する試験で使用した実施例を用い,粘度が7.8Cst/40℃,密度が0.86g/cm2/15℃,夾雑物の濃度が30mg/リットル,夾雑物の粒度が1μm~100μmである汚濁液を0.7リットル/minの速度で濾過し,12時間おきに逆洗した場合の圧力損失を測定した。試験の結果を図8,図9,図10に示す。もし,フィルタエレメント(1)内部に夾雑物が入り込んでいるとすると,入り込んだ夾雑物により処理液が通過しにくくなり,圧力損失が増加するはずであるが,この発明のフィルタエレメント(1)においては図8,図9,図10に示される通り450回逆洗した後,即ち225日間連続運転した後でも圧力損失はほとんど変化していない。これはフィルタエレメント(1)内部の目詰まりをほとんど起こしていないことを示す。」(段落【0017】~【0018】)

b ユニオン特許出願に対し,審査官から,実願昭62-96894号(実開昭64-1709号)のマイクロフィルムを引用して,ユニオン特許出願に係る発明が,特許法29条1項3号又は同条2項の規定に該当する旨の拒絶理由通知があり(甲12),これに対して,ユニオンは,平成12年9月28日付け手続補正(特開2001-129320号公報8~12頁。甲16)によって,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の補正をした。同補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は以下のとおりである(下線部が補正部分である。)。

「【請求項1】少なくとも支持体及び濾過材層を有し,毛管浸透速度にて濾過を行うフィルタエレメントであり,このフィルタエレメントは圧延工程,ホーミング,工作機で潤滑油として用いる純鉱物油の濾過に用いるものであり,濾過材層は濾面及び滲出面を有し,濾面は被処理液と接するようにされ,滲出面側に濾液室が配置され,すなわち被処理液が濾面から濾過材層を通り滲出面から滲出されて濾液室に導入されるように構成され,濾過材層を構成する濾材として予め積層方向に圧縮されたグラスウール又は不織布の積層体が用いられるフィルターエレメントであって,濾材は圧縮方向への変形が抑えられる様に支持体により支持され,且つ濾面及び滲出面は濾材の圧縮方向と略平行とされ,すなわち濾面から滲出面へ流れる被処理液の流入方向は濾過材の圧縮方向と略直交するようにされており,前記濾材を構成するグラスウール又は不織布は繊維間の摩擦力が逆洗時の圧縮空気による剥離力よりも強力となるように圧縮されていることを特徴とするフィルタエレメント。」

c その後,審査官は,平成13年4月4日付けで,ユニオン特許出願に対し,本件特許に係る出願である特願平11-200085号(特開2001-25621号)を引用して,ユニオン特許出願に係る発明が,本件特許に係る出願の願書に最初に添付された明細書又は図面に記載された発明と同一であり,特許法29条の2の規定により特許を受けることができないとする拒絶理由通知(甲11)をした。これに対し,ユニオンは,同年6月18日付け手続補正によって,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の補正をするとともに,同日付けで意見書(甲12)を提出した。同補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は以下のとおりである(下線部が補正部分である。)。

「【請求項1】少なくとも支持体及び濾過材層を有し,毛管浸透速度にて濾過を行うフィルタエレメントであり,このフィルタエレメントは圧延工程,ホーミング,工作機で潤滑油として用いる純鉱物油の濾過に用いるものであり,濾過材層は濾面及び滲出面を有し,濾面は被処理液と接するようにされ,滲出面側に濾液室が配置され,すなわち被処理液が濾面から濾過材層を通り滲出面から滲出されて濾液室に導入されるように構成され,濾過材層を構成する濾材として,JISK-2276規定の試験方法で93%以上の夾雑物除去率を有する様に予め積層方向に圧縮されたグラスウール又は不織布の積層体を用いた,フィルタエレメントであって,濾材は圧縮方向への変形が抑えられる様に支持体により支持され,且つ濾面及び滲出面は濾材の圧縮方向と略平行にされ,すなわち濾面から滲出面へ流れる被処理液の流入方向は濾過材の圧縮方向と略直交するようにされており,前記濾材を構成するグラスウール又は不織布は,繊維間の摩擦力が逆洗時の圧縮空気による剥離力よりも強力となるように圧縮されていることを特徴とするフィルタエレメント。」

d ユニオン特許出願に対しては,上記cの手続補正後に特許査定がされ,平成13年8月10日に,特許第3220442号として設定登録がされた(甲10)。

上記a~dの出願・審査の経緯にかんがみれば,ユニオン特許出願は,圧延油等の濾過に用いる濾過フィルターのうち,被濾過液と接する接液面に大きな付着面を有し,また,該付着面に連なる多数の毛細管路を有する肉厚浸透濾材を濾材として使用し,分離すべき夾雑物(異物)が上記付着面に付着し,濾液のみが毛管を通り濾材を通過するような微少濾過圧によって濾過を行う毛管浸透濾過法によるものを前提とした上,濾過速度が毛管浸透速度を越えてしまった場合に濾過材内部に夾雑物が大量に入り込み,濾材内部で目詰まりを起こすという問題,及び濾過材の一般的な洗浄方法である圧縮空気による逆洗の際に,濾材を構成する微細繊維が剥離してしまい,濾過能力が低下するという問題を解決することを課題として,濾材であるグラスウール(不織布)を予め積層方向に圧縮した上,圧縮方向への変形が押さえられるように支持体により支持すること,圧縮の強さを,濾材を構成するガラス繊維間の摩擦力が逆洗時の圧縮空気による剥離力よりも強力になる程度のものとすること,濾材の濾面及び浸出面を圧縮方向に対し平行とし,濾液が濾材の圧縮方向に略直交して流れるようにすることなどの技術手段により上記課題を解決して,JISK-2276規定の試験方法で93%以上の夾雑物除去率を有するような濾過フィルターの発明を意図したものであることは明らかであるから,このような構成の発明が,本件特許発明と同一であると認めることはできない。

もっとも,平成12年9月28日付け手続補正前の明細書(ユニオン特許出願に係る当初明細書であるか,少なくとも当初明細書とほぼ同じものであると推認される。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,その記載に係る発明の範囲が,上記のような意図に基づく発明の範囲を超え,本件特許発明を含むものと判断されてもやむを得ないものであったということはできる。

しかしながら,上記請求項1については,その後の2度にわたる手続補正によって特許請求の範囲の減縮がなされ,最終的に上記cの認定に係るものとされた上で,特許査定がなされたものであるところ,このように,出願当初の特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明に記載された発明の範囲と比較しても広すぎる特許出願(その多くは,拒絶理由通知等を受けた際の手続補正によって特許請求の範囲の減縮がされる。)は往々にして見かけるものであり,そのような特許出願をする出願人の意図が奈辺にあるかは別論として,少なくとも,平成12年9月28日付け手続補正前の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の各記載にかんがみても,ユニオンが同特許請求の範囲に記載された発明の範囲の全部にわたって,当然に特許を受け得るものと考えていたとは認め難いから,ユニオン特許出願に係る平成12年9月28日付け手続補正前の請求項1が,本件特許発明を含むものであったとしても,ユニオンが,それまで本件特許発明と同一の発明を実施していなかったと即断し得るものではない。

したがって,控訴人の上記主張は失当である。

(ウ) 控訴人は,控訴人が本件訴訟提起前にした警告に対し,被控訴人は,本件特許に係る出願の半年程前に被控訴人が被控訴人製品の製造販売を開始した旨の回答をし,本件特許発明と同一の製品が20年以上製造販売されていたというような回答はなく,被控訴人は,本件訴訟に至ってから,平成元年2月ころまでにユニオンが,同年6月ころに三共理化学が,それぞれ本件特許発明と同一の製品を製造販売していたとの主張を追加提出したとした上,上記のような被控訴人の主張の変遷は不自然であると主張する。

しかしながら,被控訴人が,ユニオン又は三共理化学による本件特許発明の公然実施を主張するためには,少なくとも,三共理化学から,平成元年当時,Aが分析したユニオン製濾過フィルターのサンプルの分析結果等を含めた事実関係の説明を受け,同サンプルや三共理化学が製造販売した濾過フィルターが本件特許発明と同一の構成を備えるか否かを検討し,かつ,それを裏付ける資料の提供を受ける必要があったことは明らかであるところ(なお,上記のとおり,被控訴人代表者は,平成元年当時,営業担当者として,三共理化学製の濾過フィルターの販売の一部に携わったのみであるから,被控訴人代表者が三共理化学の従業員であったからといって,上記のような点で三共理化学の協力を得る必要がなかったとはいえない。),それが約17年前の事実に関するものである(控訴人から被控訴人に対する上記警告があったのは,平成18年3月ころである。被控訴人代表者16頁)ことにかんがみれば,三共理化学にとって,そのような説明,資料提供の要求に応ずることは,少なからぬ時間と労力を要するものであり,迷惑というほかないものであることは,何人にも容易に理解し得るところである。そうであるとすれば,被控訴人において,自身に関するものとして当然事実関係を把握し,かつ,資料の収集もより容易な被控訴人による本件特許発明の実施をまず主張して,控訴人がそれに納得することを期待し,それが期待通りにならず,訴訟係属にまで発展し,深刻な事態となってから,やむを得ず三共理化学の協力を求めるようなことは,極めて自然な経過というべきであるから,控訴人の上記主張を採用することはできない。

なお,控訴人は,被控訴人から,本件特許発明と同一の製品が20年以上製造販売されていたというような回答はなかったと主張し,また,本件特許発明が少なくとも10年以上,当業者の公知技術になっていたとすれば,その事実を指摘する方が,本件特許に係る出願の直前に自己が製造販売したという事実を主張するよりも自然であるとか,本件特許発明と同一の製品が10年以上にわたってユニオンにより製造販売されていたとすれば,容易に入手し得る資料があるはずであるなどと主張するが,ユニオンによる本件特許発明の公然実施の事実が,必ずしも,長年にわたってユニオンが本件特許発明と同一の製品を製造販売し,本件特許発明が当業者に広く知られ,これについての文献,資料が多数に上っていたことを意味するものでないことは,上記(ア)のとおりであるから,控訴人の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。

さらに,控訴人は,被控訴人代表者が,原審における本人尋問において,控訴人からの警告後の交渉の際に,三共理化学による濾過フィルター製造販売の事実を代理人弁理士に話していなかった理由として,先使用権を証明できると思った旨供述した(被控訴人代表者32頁)ことにつき,限定された範囲の実施権にすぎない先使用権よりも,特許権を無効とする方が被控訴人にとって利益が大きいから,上記供述は信用できないと主張するが,その当時,被控訴人代表者が,先使用権及び特許無効のそれぞれの法的効果を十分理解していたことを認めるに足りる証拠はない上,被控訴人としては,先使用権が認められれば,濾過フィルターの製造販売を継続することができ,かつ,過去及び将来の実施に対するものを含め,控訴人に対する金銭的出捐も必要としない(したがって,控訴人が本訴において行うような請求は全部排斥し得る)のであるから,現実的には先使用権に伴う法的効果のみで足りるということができ,上記供述が信用できないとする主張は失当である。

イ  原審における主張について

上記アの主張のほか,控訴人は,ユニオン及び三共理化学による公然実施の事実を否定して縷々主張するが,いずれも採用することができない。その理由は,以下のとおりである。

(ア) 原判決の30頁20行~33頁12行,34頁12行~35頁6行,42頁23行~43行のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決31頁5~6行の「本件明細書【0022】には次の記載があり,本件当初明細書の記載も同様であったものと推認される。」との部分を「本件特許に係る出願当初の明細書(甲8-25)の段落【0022】には次の記載がある。」と改める。

(イ) その余の主張は,いずれも,上記(1)~(3)の認定判断を覆す根拠足り得るものとはいえない。

2 以上によれば,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから,これを棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がない。

(裁判長裁判官 田中信義 裁判官 石原直樹 裁判官 杜下弘記)

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