知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10233号 判決 2008年2月27日
原告
株式会社ポラテクノ
訴訟代理人弁理士
佐伯憲生
同
佐伯裕子
同
一入章夫
同
小板橋浩之
被告
特許庁長官 肥塚雅博
指定代理人
植野孝郎
同
江塚政弘
同
森川元嗣
同
内山進
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2006-12725号事件について平成19年5月7日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が名称を「液晶プロジェクタ用ガラス偏光板または位相差板および液晶プロジェクタ」とする発明について後記特許の出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
争点は,本願発明(後述)が特開平4-142527号(発明の名称「投写型液晶表示装置」,出願人セイコーエプソン株式会社,公開日平成4年5月15日。甲3。以下「引用例」という)との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するか,である。
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成8年7月23日,名称を「液晶プロジェクタ用ガラス偏光板または位相差板および液晶プロジェクタ」とする発明につき特許出願(特願平8-210474号。以下「本願」という。公開公報〔特開平10-39138号〕は甲1)をしたが,平成17年7月21日付けで拒絶理由通知(甲22)を受けたので平成17年9月29日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする手続補正(以下「本件補正」という。甲2)をしたものの,平成18年5月11日付けで拒絶査定を受けた。
そこで原告は上記拒絶査定に対する不服の審判請求をし,特許庁はこれを不服2006-12725号事件として審理した上,平成19年5月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成19年5月28日原告に送達された。
(2) 発明の内容
平成17年9月29日になされた本件補正による特許請求の範囲は,前記のとおり請求項1~10から成るが,このうち請求項1に係る発明の内容は,次のとおりである(以下「本願発明」という。下線は補正部分)
「【請求項1】偏光膜の一面にガラス板を,他方の面にガラス成型品を接着剤で接着した液晶プロジェクタ用ガラス偏光板。」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願発明は,前記引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。甲3)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
イ なお,審決が認定した引用発明の内容,本願発明との一致点と相違点は,次のとおりである。
<引用発明の内容>
「薄片状の偏光板10の一面にガラス板42を,他方の面に偏光板ガラス7をそれぞれ接着層を介して設けた,液晶ライトバルブを用いた投写型液晶表示装置用のガラス偏光板。」
<一致点>
「偏光膜の一面にガラス板を,他方の面にガラス製の部材を接着剤で接着した液晶プロジェクタ用ガラス偏光板。」である点。
<相違点>
偏光膜の他方の面に接着剤で接着したガラス製の部材が,本願発明は,ガラス成型品であるのに対して,引用発明は,偏光板ガラス7である点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおりの誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消理由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)
(ア) 審決は,「3.対比」において「(b)引用発明の「薄片状の偏光板10」は,本願発明の「偏光膜」に相当する。」(3頁14行~15行)とし,上記(3)イ記載のとおりの一致点を認定するが,引用発明の「薄片状の偏光板10」は,本願発明の薄膜状の「偏光膜」に相当するものではない。審決は,この点について一致点の認定を誤り,相違点を看過したものである。
(イ) 「偏光板」と「偏光膜」
① 「偏光板」は,「偏光膜(偏光子とも言う。)」の両側に酢酸セルロースなどの保護フィルムを貼り合わせた3層構造からなる積層体であり,「偏光膜」は当該「偏光板」を構成するひとつの層を形成するための原料のひとつであり,両者は保護フィルムの有無により相違している。「偏光板」は酢酸セルロースのような比較的堅い保護フィルムを有する積層体であり,「偏光膜」のような膜状のものとは異なり,ある程度の機械的強度を有するものである。この点,「偏光板」も,保護フィルム自体は厚いものではなく,全体としてはフィルム状のものであるということもできるが,「偏光膜」自体はかなり薄いものであるから「偏光膜」と比べれば相当な程度に厚くなっているものである。
② 「偏光板」と「偏光膜」がこのように相違するものであることは,当業者にはよく知られていることである。例えば,甲10〔松本正一・角田市良「液晶の最新技術」株式会社工業調査会,1983年(昭和58年)発行〕の149頁においては,「一般に市販されているフィルム状の偏光板は,図10.9に示したように,H膜とよばれる偏光膜を酢酸セルローズなどの保護フィルムの間に挟みこんだものである。H膜は,1938年頃E.H.Landによって発明され,アメリカ特許2,237,567,2,454,515などに製造法が詳しくのべられている。代表的な製法は,ポリビニルアルコール(PVA)の薄い膜を加熱しながら延伸し,ヨウ素を大量に含有するHインキとよばれる溶液に接触させると,PVAの膜はHインキ中のヨウ素を吸収し,偏光能を持つ膜ができあがる。…PVAとヨウ素の組合せ以外のH膜も製造されている。例えば,ポリビニルブチラールの膜にヨウ素を吸収させたものがある。また,ヨウ素以外のインキを使ったものもある。」と記載されており,当該頁の図10.9(同頁)には,「偏光板の構造」と題されて,偏光膜が酢酸セルローズと酢酸セルローズ(UVカットフィルター)とに挟まれた3層構造であることが図示されている。
③ さらに,「偏光板」が,「偏光膜」と保護フィルムからなる3層構造を有するものであることは,甲11〔平成16年度特許流通支援チャート「液晶用偏光板樹脂」独立行政法人工業所有権情報・研修館,2005年(平成17年)3月発行〕の5頁にも,偏光板の基本的な構造として図1.1.2-1に明確に記載されているとおりである。すなわち,甲11においては,前記した「保護フィルム」に代えて「偏光子保護材」と記載され,「偏光板」を他の部材の接着させるための「粘着材」,当該粘着材層を保護するための「離型材」,及び偏光板の表面を使用時まで保護するための「表面保護材」が併記されているが,「偏光板」の基本構造としての3層構造が明確に図示されている。なお,甲11に記載されている「偏光子」は,甲11の表1.1.2-1(同頁)に記載されているように,PVA(ポリビニルアルコール)などの樹脂にヨウ素系の色素を用いて製造されるものであり,甲10における偏光膜に相当するものである。
④ 以上のように,「偏光膜」とはH膜と称される膜状のものであり,保護フィルムと当該偏光膜とからなる3層構造の積層体である「偏光板」とは異なるものである。
(ウ) 本願発明における「偏光膜」
① 本願発明における「偏光膜」については,本願明細書(甲1)の段落【0005】に,「…偏光膜としては,例えばヨウ素や2色性色素を偏光子とし透明なPVA系膜を基材とした偏光膜があげられ」と記載され,さらに段落【0006】には,「…偏光膜としては,PVAの薄膜を加熱しながら延伸し,ヨウ素(ヨウ化カリ)を大量に含有するHインキと呼ばれる溶液に浸漬させてヨウ素を吸収させて形成されたいわゆるH膜,ポリビニルブチラールの膜にヨウ素を吸収させて形成された膜,1軸延伸PVA膜に2色性色素を吸収させて形成された膜等を使用することができる。」と記載されているように,甲10における偏光膜に相当するものであり,また甲11における偏光子に相当するものであることが明示されている。
他方,本願発明における「偏光板」については,本願明細書(甲1)の段落【0010】に,「…例えば,偏光板は湿式法や乾式法で偏光膜を作成した後,この偏光膜の一面にガラス板を,他方の面にガラス成形品を接着剤で接着することにより得られる。」と記載されているように,前記した「偏光膜」にガラス板などが接着した積層構造となったものである旨が明らかにされている。
② 被告は,原告の本願発明の「偏光膜」についての主張が請求項の記載に基づかない旨主張している。
しかし,本願の請求項には「偏光膜」であることが明瞭に記載されており,原告は当該「偏光膜」について本願明細書(甲1)の記載に基づいて説明し,さらに甲11に記載の事項との対応関係を述べているから,原告の主張は,本願の請求項に記載された事項に基づくものである。
(エ) 引用発明における「偏光板」
① 引用例(甲3)には,「偏光膜」又は「偏光子」については全く記載されていない。
② 上記甲10にも記載されているように,偏光膜は「膜」状のものであり,これに保護フィルムを積層させることにより,積層構造を有し,ある程度の機械的な強度を有する「偏光板」となる。偏光板がある程度の機械的な強度を有し,フィルム状であるために,引用例においては当該偏光板のことを「薄片状の偏光板」という表現が使用されているが,「偏光膜」のような膜状のものに使用される「薄膜状」という表現は引用例(甲3)にはなされていない。
③ しかるに,引用例(甲3)には,当該「偏光板」について第3図[C]を引用して,「…又,第3図[C]において,入射光は,偏光板10に入射する際に,表面反射損失105が起こり,空気層に入射する際にも表面反射損失105が起こり,液晶ライトバルブ13に入射する際に表面反射損失104がおきる。」(5頁左上欄3~8行)と記載され,第3図[C](7頁)には,偏光板10及び16と液晶ライトバルブ13との間に空気層が存在しており,偏光板10は液晶ライトバルブ13とは別個に自立していることが図示されている。このことは,引用発明の「偏光板」が,それ自体で自立して設置することができる程度の機械的強度を有する薄片状のものであることを示している。
④a さらに,引用例(甲3)には,「従来は,第5図に示すように,偏光板を液晶ライトバルブのガラス基板に貼り付けたり,液晶ライトバルブに連結する部材に,両面テープを介して偏光板単体で貼り付けた構造が一般的であった。」(1頁右下欄11行~14行),「更に又,液晶ライトバルブのガラス基板にローラー等の貼り付け用治具で偏光板を貼り付ける際に,力をかけすぎて大きな損傷を与え,不良品扱いとして歩留まりを低下させることは,装置が高価格になるもうひとつの原因である。又,その際,ガラス基板表面に小さな傷をつけたり,塵,手の脂等の不純物が付着したまま偏光板を貼り付ける可能性が高く,それらの小さな傷や不純物の存在する位置は,液晶ライトバルブの画像表示位置に非常に近く,投写レンズにより焦点位置付近の情報としてスクリーン上に影となって拡大投写され,画像劣化の原因となっている。」(2頁右上欄8行~19行),「又,偏光板のみで使用するにあたっては,表面反射損失による光入射効率が低下し,装置の明るさ低減につながるばかりでなく,薄片状の偏光板を板金等の部材に両面テープを介して貼り付けることは,完全固定でないばかりか,取り付け精度,組立性も悪く,装置設計の上で懸念される部分でもある。」(2頁右上欄1行~7行),「…この(6),(7),(8)式からわかるように,偏光板単体の時に比べ,反射防止膜を蒸着したガラス板を偏光板に貼り付けることにより,表面反射損失は,約半分にすることができる。」(5頁右上欄8行~11行),「…そして,液晶ライトバルブ13を透過し,光合成光学系23に入射するまでの間にも上記の表面反射損失があるので,偏光板単体の時と反射防止膜を蒸着したガラス板を偏光板の片面又は両面に貼り付ける時における表面反射損失の差が,より顕著に表れる。」(5頁右上欄14行~19行),「又,偏光板にガラス板を貼り付けた構造とすることで,薄片状のものから,ある程度の機械的強度をもつ部品となり,完全固定もでき,取り付け精度も向上し,組立性も良好である。」(6頁左上欄7行~10行)と記載されている。
b 上記aの記載によれば,引用発明における「偏光板」とは,従来の構造の投写型液晶表示装置の組立てにおいて,手作業によって,液晶ライトバルブのガラス基板に貼り付けたり,液晶ライトバルブに連結する部材に,両面テープを介して偏光板単体で貼り付けたりすることができるような作業性や取扱性及び必要な強度を有する薄片状の部材であることが示されている。そうすると,引用発明における「偏光板」とは,従来の構造の投写型液晶表示装置において,液晶ライトバルブとの間に間隙を設けて自立して設置することができるような,ある程度の機械的強度と自立性とを有する薄片状の部材であるということになる。
一方,前述してきたように「偏光膜」は極めて薄い膜状のものであり,手作業によって取り扱うことのできる取扱性や両面テープによって貼り付けることができるような作業性に乏しいものであり,さらに自立して液晶ライトバルブとは別個に設置することができる程度の機械的な強度を有しているものでもない。また,一般に「偏光膜」は,それを単独で液晶ライトバルブの間近に設置して,投写型液晶表示装置の使用に伴う光と熱を受けた場合には,ごく短期間で劣化してその偏光性能を失ってしまい,さらに偏光膜が収縮して変形してしまうために,そのような使用を想定することもできない。
c 以上によれば,引用例(甲3)に記載されている「偏光板」は,保護フィルムを有する積層構造を有する,いわゆる「偏光板」ということになる。
(エ) 以上に述べたように,本願発明の「偏光膜」は,積層構造を有する「偏光板」のひとつの層を形成している薄膜状のものであり,3層の積層構造を有する「偏光板」とは明確に区別されるものである。したがって,引用発明において「薄片状の偏光板」とされている部材が,本願発明の「偏光膜」に相当するものではなく,両者は明確に相違するものである。
(オ) なお,被告の主張に対し,以下のとおり反論する。
① 被告は,引用例(甲3)に記載の「偏光板」について,「汎用の偏光板」の他に,それとは別の「投写型液晶表示装置用偏光板」というカテゴリーが存在するかのような前提を設け,その前提のもとに主張しているが,被告の主張は,何ら技術的な裏付けもない主張であり,失当である。すなわち,引用例で用いている「偏光板」は,従来から液晶ライトバルブのガラス基板などに両面テープで単体の状態で貼り付けられて使用されるものであり,引用発明は,「偏光板」自体に係る発明ではなく,単に「偏光板」の貼り付け位置を変更することによる従来方法の改善方法に係る発明に当たるといえるから,引用例で用いられる偏光板は,従来から使用されている普通の「偏光板」である。
② 被告は,引用例(甲3)に記載の「偏光板」が積層構造ではないと主張するが誤りである。
a まず被告は,甲7(特開平1-100516号公報),乙1(特開平8-146432号公報)及び乙2(特開平6-337311号公報)を挙げて,偏光膜そのものが偏光板として用いられる場合があることは本願出願前において周知であり,偏光膜と偏光板という名称だけでは,両者を区別することはできない,と主張する。
しかし,被告が挙げた,上記の3例での記載は,いずれも具体性のない一行記載で,むしろ特殊な記述例であり,いずれも「投写型液晶表示用偏光板」の用途においても,「偏光膜」そのものを「偏光板」として用いることが周知であったことを何ら示すものではない。そして,液晶表示装置においては,「偏光板」こそが当たり前の仕様として用いられており,当業者も一般的には「偏光板」と「偏光膜」との用語は混同せずに明確に区別して使用しているものである(甲10〔松本正一・角田市良「液晶の最新技術」株式会社工業調査会,1983年(昭和58年)発行〕,甲11〔平成16年度特許流通支援チャート「液晶用偏光板樹脂」独立行政法人工業所有権情報・研修館,2005年(平成17年)3月発行〕,甲12〔特開平6-331825号公報〕,甲13〔特許第3274549号公報〕,甲14〔特許第3317578号公報〕,甲15〔特公平6-12362号公報〕,甲16〔特許第2779413号公報〕参照)から,被告の主張には理由がない。
b また被告は,引用例に記載の「偏光板」が一般に市販されている「偏光板」である旨の記載がされていないと主張するが,引用例に「偏光板」について格別の記載がなされていないということからは,当業者が容易に入手できる市販の汎用の「偏光板」が使用されていたと解することが自然である。
c さらに被告は,積層構造である旨の図示等もなされていないと主張するが,必然性のない部分の図示や説明を省略することは通常行われることである。特に「偏光板」の場合は,「偏光膜」を挟み込んだ積層構造上のものであることを疑う当業者はいない上に,通常一体のものとして取り扱われるからこそ,図面上でも省略されて記載されるにすぎない。
③ 被告は,引用例(甲3)の「偏光板」は,単層構造であると主張するが誤りである。
a まず被告は,引用例に記載の表面反射損失において偏光板10の内部構造における反射損失の記載がなされていないことを理由として,当該偏光板が単層構造であると主張するが,引用例においては偏光板を全体として一つの部材としていることから,その内部構造についてまでの詳細な言及がなされていないだけであり,かかる言及がなされていないことのみをもって単純な単層構造であると断言することはできない。
b また被告は,引用例に記載の偏光板が3層構造であるならば,保護フィルムにおける表面反射損失についても記載されてしかるべきである旨主張するが,引用例では偏光板をひとつのまとまった部材として検討しているのであるから,かかる表面反射損失については言及する必要性がない。仮に言及したとしても反射防止膜を蒸着したガラス板を貼り合わせたときも貼り合わせないときも同じであり,結果として相殺されるものであるから言及していないにすぎない。
c 偏光膜と保護膜からなる偏光板において,偏光膜の部材であるポリビニルアルコールの屈折率は1.55であり,偏光板の表面を形成している保護膜の部材であるトリアセチルセルロース(TAC)の屈折率は1.48であるところ,被告の主張するように偏光膜が単独で存在するのであれば偏光板の表面の屈折率は1.55であるとされなければならないにもかかわらず,引用例には偏光板の表面の屈折率が1.49であるとされているから,引用例の偏光板の表面はトリアセチルセルロース(TAC)であるといえる。
④ 被告は,引用例(甲3)に記載の偏光板がガラス板を貼り付けた構造とすることができるものであることから,引用例の「偏光板」が薄膜状のものである旨主張する。
しかし,従来から使用されている通常の偏光板であっても保護層のフィルムは必ずしも十分な機械的な強度を有するものではなく,従来からガラス基板などに貼り付けられて使用されてきていたのであるから,引用例に記載の偏光板は従来から使用されてきている偏光板,すなわち保護層を有するいわゆる「偏光板」であると解するのが通常の解釈である。また,ガラス板などの基材に貼り付けた構造とすることは引用例に記載の偏光板に特有なことではなく,従来から行われたきたことであることは引用例の従来技術にも記載されているとおりであり,かかる引用例の記載のみをもってして,引用例に記載の偏光板が従来から通常使用されている偏光板とは異なる構造を有する特別な偏光板であると解することはできない。
⑤ 被告は,引用発明において,薄片状の偏光板の両面に貼り付いたガラス板が偏光板を保護する板状部材として機能していることは明らかであり,引用発明の「薄片状の偏光板10」自体には,原告がいう「保護フィルム」を備える必要がないというべきであると主張する。
しかし,それについての記載は引用例には全くなされていないし,それを示唆する記載もなされていない。被告の主張は,偏光膜になんらかの部材が貼付されていればそれが保護膜(保護層)として機能するものであるというものであり,保護膜(保護層)に要求されている特性を無視している。
イ 取消事由2(相違点の判断の誤り)
審決は,「…引用発明において,偏光膜の他方の面に接着剤で接着したガラス製の部材として,「偏光板ガラス7」にかえて,引用例に記載されたガラス板,即ち「ガラス成型品」を用いることは,当業者にとって格別の困難性はない。」(4頁7行~10行)とする。
しかし,上記アで述べたとおり,引用発明の「薄片状の偏光板10」が本願発明の「偏光膜」に相当するとの認定は誤りであり,引用発明の「薄片状の偏光板10」と本願発明の「偏光膜」とは相違する。そして,引用例(甲3)には,引用発明の「薄片状の偏光板10」に代えて本願発明の「偏光膜」を使用することについての記載も示唆もなされていない。そして,上記アで述べたとおり,「偏光膜」は,積層構造を有する「偏光板」とは異なり機械的な強度が十分ではない薄膜状のものであり,取扱いが困難で作業性の乏しいものであることから,このような作業性に乏しい「偏光膜」を,引用例(甲3)に記載の作業性の比較的良好な「偏光板」に代えて使用することを妨げる要因(阻害要因)が引用例(甲3)に開示されているというべきである。すなわち,審決は,本願発明と引用発明との相違点である,引用発明の「薄片状の偏光板10」に代えて,本願発明の「偏光膜」を使用することについての判断を遺漏し,本願発明についての困難性の判断を誤ったものである。
ウ 取消事由3(顕著な作用効果の看過)
審決は,「…本願発明の作用・効果も,引用例の記載から予測される範囲内のもので,格別のものではない。」(4頁11行~12行)とする。しかし,本願発明は,前記アで述べたような引用発明との相違点に基づき,以下のとおり,引用発明と比較して,耐久性が大幅に向上するという予測することができない顕著な作用効果を奏するものである。
(ア) すなわち,本願発明によるガラス偏光板の優れた耐久性について,本願明細書(甲1)に「…偏光膜や位相差膜をガラスの平面部に貼付したガラス偏光板や位相差板を用いたほうが意外にも耐久性がより一層向上すること,さらに光学特性も向上することを見い出し,本発明を完成した。」(段落【0004】)と記載されているように,本願発明は,従来の酢酸セルロースを保護フィルムとしている「偏光板」に代えて,ガラスを保護板としたものが優れた性能を有することを見出したものであることが記載されている。
そして,本願明細書(甲1)には発明の効果として,「本発明によれば,光源と偏光板や位相差板の間に紫外線カットフィルタを配置した場合,非常に強い光を照射しても偏光板や位相差板の耐久性を向上できる。また,紫外線吸収剤を使用していないので,紫外部に近い光線の吸収がなく,光線を有効に利用できる。また,偏光膜を貼付するガラスの平面部の平滑性をより厳密に制御できるので,平滑性がより高く,場所による光学特性の違いが小さい等の光学特性のより良好な偏光板が得られる。さらに,本発明のガラス偏光板や位相差板を使用すれば高コントラストの画像を長時間安定的に表示できる液晶プロジェクタが得られる。」(段落【0025】)と記載されているように,本願発明による液晶プロジェクタ用ガラス偏光板が,従来の液晶プロジェクタ用偏光板と比較して,耐久性において特に優れている旨が明記されている。
(イ) 本願発明におけるこの優れた耐久性についての実験データの概要は,以下のとおりである(平成18年7月24日付け手続補正書〔不服審判請求の理由を変更するもの,甲9〕参照)。
① 本願発明によるガラスを直接偏光膜に積層したものを[実施例]とし,引用例に記載されているような偏光板にガラスを積層したものを従来例として[比較例]として実験を行った。なお,ここに記載されているPVAはポリビニルアルコールのことであり,TACは三酢酸セルロースのことである。
② [実施例]
本願発明に係るガラス偏光板として,PVAによる偏光膜の両面に板ガラスを接着して,両面ガラス偏光板を作成した。これを110℃に加熱することにより劣化を加速して,黄変等の異常が発生するまでの経過時間を測定した。
③ [比較例]
従来の技術によるガラス偏光板として,PVAによる偏光膜の両面にTACのフィルムを接着した後に,さらにその上から両面に板ガラスを接着して,TACフィルム付き両面ガラス偏光板を作成した。これを実施例と同様に110℃に加熱して劣化を加速し,黄変等の異常が発生するまでの経過時間を測定した。
④ [実験結果]
比較例のTACフィルム付き両面ガラス偏光板(従来の技術によるガラス偏光板)は,耐久実験開始後264時間で,黄変を呈した。一方,実施例の両面ガラス偏光板(本願発明に係るガラス偏光板)は,耐久実験開始後5672時間を経過しても異常は見られなかった。そのために,実施例の両面ガラス偏光板(本願発明に係るガラス偏光板)は,耐久実験開始後5672時間を経過した時点で観察を取りやめて,以後の実験を行わなかった。
実験結果のまとめ:
実施例:5672時間以上(5672時間で観察を取りやめた)
比較例: 264時間
⑤ 以上の結果から,[実施例]の両面ガラス偏光板(本願発明に係るガラス偏光板)は,[比較例]のTACフィルム付き両面ガラス偏光板(引用発明におけるガラス偏光板に相当するもの)と比較して,少なくとも21倍以上の耐久性を有することが明らかである。すなわち,本願発明に係るガラス偏光板は,「偏光膜」に直接ガラス板を接着させることにより,引用例(甲3)に記載されているような保護フィルムによる積層構造を有する「偏光板」にガラス板を接着させたものと比較して,予想外に顕著に優れた耐久性を有するものとなっている。そして,上記実験に使用したTACフィルム付き両面ガラス偏光板(比較例のガラス偏光板)は,引用発明と同じ構成を有しているので,上記実験は,本願発明によるガラス偏光板が,引用発明によるガラス偏光板と比較して特に優れた耐久性を有することを実証するものである。この優れた耐久性は,引用発明と比較して著しく優れた効果である。
⑥ 「偏光膜」に直接ガラス板を接着させるという簡便な構成により,このような顕著な作用効果を奏することを予測させる記載も示唆も引用例(甲3)には全くなされていないし,本願発明により初めて確認することができる予想外の結果であるというほかない。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)~(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)に対し
ア 原告は,本願明細書(甲1)の段落【0005】及び段落【0006】の記載を引用して,本願発明における「偏光膜」は,前記甲10における偏光膜(H膜)に相当するものであり,また前記甲11における偏光子に相当するものであると主張する。
しかし,本願明細書(甲1)には,「H膜」は偏光膜の一例として記載されているにすぎず,また,本願発明の特許請求の範囲にも「偏光膜」がH膜である旨の記載がなされていないから,原告の上記主張は,請求項の記載に基づかない主張であり,理由がない。
イ また原告は,引用例(甲3)に記載されている「偏光板」は,保護フィルムを有する積層構造を有する,いわゆる「偏光板」ということになると主張する。
(ア) しかし,審決が本願発明の「偏光膜」と対比した引用発明の「薄片状の偏光板10」は,引用例(甲3)の第3図[A]に記載された「薄片状の偏光板10」であり,その用途は投写型液晶表示装置用であり,また,偏光板10の一面にガラス板42を,他方の面に偏光板ガラス7をそれぞれ接着層を介して設けて用いられるものであり,要するに用途及びその用い方が特定されていない汎用の偏光板ではない。したがって,引用発明の「薄片状の偏光板10」は,直ちに甲10に記載されているような,汎用の,積層構造を有する偏光板であるとはいえない。
(イ) 「薄片状の偏光板10」が積層構造でない点
① 「偏光板」及び「偏光膜」という名称につき
a 特開平1-100516号公報(甲7)には,「従って,偏光板18としては,多少偏光性能が劣っても高温時の特性劣化が少ない温度特性が優れたものが良く,例えば,二色性染料を用いた色素形偏光フイルムを用いる。」(5頁左上欄12行~15行)と記載されている。
b 特開平8-146432号公報(乙1,公開日平成8年6月7日)には,「…また,液晶セルの外表面に貼り合わされる偏光板としては,ポリビニルアルコールを延伸配向させながら,ヨウ素を吸収させたH膜と称される偏光膜を酢酸セルロース保護膜で挟んだ偏光板,またはH膜そのものからなる偏光板などを挙げることができる。」(段落【0035】)と記載されている。
c 特開平6-337311号公報(乙2)には,「上記の如く製造した偏光フィルムは,種々の加工を施して使用することができる。例えば,フィルム又はシートにしてそのまま使用する他,使用目的によっては,アセチルセルロース,アクリル又はウレタン系等の樹脂フィルムを片面又は両面に接着して保護層を形成する。」(段落【0013】)と記載されている。
d これらa~cの記載によれば,偏光膜(偏光フィルム)そのものが偏光板として用いられる場合があることは,本願出願前において周知であり,偏光膜と偏光板という名称だけでは,両者を区別することはできないといえる。一方,引用例(甲3)の記載を見ても,引用例(甲3)には,引用発明の「薄片状の偏光板10」として一般に市販されている偏光板が用いられる旨等の記載がされておらず,また,引用発明の「薄片状の偏光板10」が,積層構造である旨の図示等もされていない。
以上によれば,引用例(甲3)の第3図[A]に示された引用発明の「薄片状の偏光板10」は,原告が主張する,偏光膜を2枚の保護フィルムで挟んだ3層の積層構造であるとはいえない。
② 「薄片状の偏光板10」が単層構造である点
引用例(甲3)の4頁右下欄8行~18行には,「…第3図[A]において,入射光が,空気層から偏光板ガラス7に入射する際に,表面反射損失101が起こり,偏光板ガラス7から偏光板10との間の接着層に入射する際に表面反射損失102,偏光板10に入射する際に表面反射損失103,再び接着層に入射する際にも表面反射損失103,ガラス板42に入射する際に表面反射損失102,更に又,空気層に入射する際に表面反射損失101,そして,更に液晶ライトバルブ13に入射する際に表面反射損失104が起こる。」と記載されている。
この記載によれば,偏光板10(「薄片状の偏光板10」)の一方の面に設けられている接着層における表面反射損失,偏光板10における表面反射損失,そして,偏光板10の他方の面に設けられている接着層における表面反射損失等のみを問題にしていることが分かる。しかるに,仮に,原告が主張するように,「薄片状の偏光板10」が,偏光膜を2枚の保護フィルムで挟んだ3層構造であるならば,上記保護フィルムにおける表面反射損失についても記載されてしかるべきであるところ,上述したように,引用例(甲3)には,「薄片状の偏光板10」について,その表面における表面反射損失しか記載されていないから,引用発明の「薄片状の偏光板10」は単層構造であることは明らかである。
③ 「薄片状の偏光板10」が「薄膜状」のものである点
引用例(甲3)の6頁左上欄7行~10行には,「偏光板にガラス板を貼り付けた構造とすることで,薄片状のものから,ある程度の機械的強度をもつ部品となり,完全固定もでき,取り付け精度も向上し,組立性も良好である。」と記載されている。この記載によれば,ガラス板が貼り付けられる「薄片状の偏光板10」それ自体は,機械的強度もなく,固定することに苦労するようなもの,換言すれば,「薄膜状」のものといっても差し支えない程度のものである。
また,引用例(甲3)の第3図[A]からも分かるように,引用発明の「薄片状の偏光板10」は,接着層を介してガラス板に貼り付けられることを前提とした偏光板であり,薄膜状のものでも使用可能であることは明らかである。
④ 「薄片状の偏光板10」が「偏光膜」である点
引用例(甲3)には,「偏光板の両面に,ガラス板を貼り付けることにより,熱を放出する面が2面となるため,より一層,温度上昇を低減できる。」(5頁右下欄5行~8行),「偏光板にガラス板を貼り付けた構造とすることで,薄片状のものから,ある程度の機械的強度をもつ部品となり,」(6頁左上欄7行~9行)と記載されている。
これらの記載によれば,上記記載箇所における「偏光板」が「薄片状の偏光板10」であり,引用発明の「薄片状の偏光板10」の両面に貼り付けたガラス板が,上記「薄片状の偏光板10」を保護する板状部材として機能していることは明らかであり,引用発明の「薄片状の偏光板10」自体には,原告がいう「保護フィルム」を備える必要がないというべきである。したがって,引用例(甲3)の第3図[A]に示された,引用発明の「薄片状の偏光板10」は,偏光膜そのものである。
⑤ 以上によれば,引用発明の「薄片状の偏光板10」は,その構造及び機能からみて,実質的に偏光膜である。したがって,原告の,引用例(甲3)に記載されている「偏光板」は,保護フィルムを有する積層構造を有する,いわゆる「偏光板」ということになるとの主張は誤りである。
(ウ) 以上の(ア),(イ)によれば,引用発明の「薄片状の偏光板10」は,実質的に偏光膜であり,「偏光膜」以上の限定がない本願発明の「偏光膜」と何ら相違しないものであるから,審決の「3.対比」における「(b)引用発明の「薄片状の偏光板10」は,本願発明の「偏光膜」に相当する。」との認定に誤りはなく,取消事由1の主張は失当である。
(2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)に対し
上記(1)に記載したとおり,審決の「3.対比」における「(b)引用発明の「薄片状の偏光板10」は,本願発明の「偏光膜」に相当する。」との認定に誤りはない。そうすると,本願発明と引用発明との一致点の認定の誤りを前提とする取消事由2の主張は,その前提において誤っていることとなるから,取消事由2の主張も失当である。
(3) 取消事由3(顕著な作用効果の看過)に対し
上記(1)に記載したとおり,審決の「3.対比」における「(b)引用発明の「薄片状の偏光板10」は,本願発明の「偏光膜」に相当する。」との認定に誤りはない。そして,引用発明の「薄片状の偏光板10」が,本願発明の「偏光膜」に相当する以上,本願発明と引用発明との間に,原告が主張するような顕著な作用効果の差異が存在しないことは明らかであり,「本願発明の作用・効果も,引用例の記載から予測される範囲内のもので,格別のものではない。」との審決の判断に誤りはないから,取消事由3の主張も失当である。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 本願発明について
(1) 本願発明の内容は,第3,1,(2)記載のとおりであるところ,本願明細書(甲1)の【発明の詳細な説明】には,以下の記載がある。
ア 産業上の利用分野
「本発明は,液晶プロジェクタ用ガラス偏光板…および液晶プロジェクタに関し,特に液晶プロジェクタ用として耐久性や光学特性の良好なガラス偏光板…およびそれを使用した液晶プロジェクタに関する。」(段落【0001】)
イ 従来の技術
「液晶表示素子の表示画像を拡大して投影する液晶プロジェクタ…に用いられる光源は非常に高輝度であるため,多量の紫外線を含み,また装置内が高温になる。このような過酷な使用条件下の液晶表示素子の劣化を避けるため,紫外線カットフィルタを光源と液晶表示素子との間に別に配置している。また,液晶表示素子の偏光板部と液晶セル部を分離して冷却効率を高めると共に,偏光板には紫外線吸収剤を使用してカットしきれない紫外線の影響を避けている。…」(段落【0002】)
ウ 発明が解決しようとする課題
「しかし,偏光板…に紫外線吸収剤を使用しても長時間使用するとその劣化は避けられず,耐久性をより一層向上した偏光板…の開発が望まれている。」(段落【0003】)
エ 課題を解決するための手段
「本発明者等は上記問題を解決するため種々検討した結果,液晶プロジェクタにおいて紫外線カットフィルタを光源と偏光板…との間に別に配置している場合には,偏光膜…をガラスの平面部に貼付したガラス偏光板…を用いたほうが意外にも耐久性がより一層向上すること,さらに光学特性も向上することを見い出し,本発明を完成した。…」(段落【0004】)
オ 発明の実施の形態
「本発明の液晶プロジェクタ用ガラス偏光板は,偏光膜の少なくとも片面に透明なガラス板を貼付したものである。もう一方の面には透明なガラス成形品を貼付する。偏光膜としては,例えばヨウ素や2色性色素を偏光子とし透明なPVA系膜を基材とした偏光膜があげられ,偏光子として2色性色素を使用したものが好ましい。…」(段落【0005】)
「偏光膜は,例えば28μm程度の厚さを有し,入射光を直線偏光に変換して出射する。偏光膜としては,PVAの薄膜を加熱しながら延伸し,ヨウ素(ヨウ化カリ)を大量に含有するHインキと呼ばれる溶液に浸漬させてヨウ素を吸収させて形成されたいわゆるH膜,ポリビニルブチラールの膜にヨウ素を吸収させて形成された膜,1軸延伸PVA膜に2色性色素を吸収させて形成された膜等を使用することができる。」(段落【0006】)
「本発明で使用するガラス偏光板…は公知の方法で製造される。例えば,偏光板は湿式法や乾式法で偏光膜を作成した後,この偏光膜の一面にガラス板を,他方の面にガラス成形品を接着剤で接着することにより,…得られる。…」(段落【0010】)
「光入射側偏光板は強度の光にさらされる。このため,その温度が高くなる。通常の液晶表示素子のように,液晶セルと光入射側偏光板が密着していると,光入射側偏光板の熱が液晶セルに伝達し,液晶セル内の液晶がNI点を越えて,表示ができなくなってしまう。これを避けるため,液晶セルと光入射側偏光板とを離間して配置し,冷却ファン等により空気やガスを循環させて,液晶セルの加熱を防止する(水冷方式でもよい)。」(段落【0015】)
カ 実施例
「実施例1
70μPVA膜(紫外線吸収剤不使用,クラレ社製)を2色性色素で染色し,ついで湿式法で4倍に一軸延伸して得られた偏光膜(膜厚30μ)の両面に熱硬化型接着剤を介して30mm×40mmの大きさの片面をAR処理した透明なガラス板を貼付し,加熱硬化しガラス板を接着してガラス偏光板を得る。」(段落【0016】)
キ 発明の効果
「本発明によれば,光源と偏光板や位相差板の間に紫外線カットフィルタを配置した場合,非常に強い光を照射しても偏光板や位相差板の耐久性を向上できる。また,紫外線吸収剤を使用していないので,紫外部に近い光線の吸収がなく,光線を有効に利用できる。また,偏光膜を貼付するガラスの平面部の平滑性をより厳密に制御できるので,平滑性がより高く,場所による光学特性の違いが小さい等の光学特性のより良好な偏光板が得られる。さらに,本発明のガラス偏光板や位相差板を使用すれば高コントラストの画像を長時間安定的に表示できる液晶プロジェクタが得られる。」(段落【0025】)
(2) 上記(1)ア~キの記載によれば,本願発明は,液晶表示素子の表示画像を拡大して投影する液晶プロジェクタにおいて,光源が非常に高輝度であることから多量の紫外線を含み,また装置内が高温になるといった過酷な使用条件下において,偏光板に紫外線吸収剤を使用しても長時間使用するとその劣化が避けられず,耐久性をより一層向上した偏光板の開発が望まれていたという技術的課題を解決するため,偏光膜の一面にガラス板を,他方の面にガラス成型品を接着剤で接着したガラス偏光板という構成を採用し,その耐久性や光学特性を向上させるという効果を生じさせたものであると認められる。
(3) そして,上記(1),(2)によれば,本願発明の特許請求の範囲には,「偏光膜の一面にガラス板を,他方の面にガラス成型品を接着剤で接着した液晶プロジェクタ用ガラス偏光板。」と記載されており,ガラス板やガラス成型品を接着させる対象としては単に「偏光膜」という文言が使われており,また偏光膜が保護膜を有していることの記載はない。さらに,かかる「偏光膜」について本願明細書(甲1)の発明の詳細な説明を見ても,段落【0004】に,「…偏光膜…をガラスの平面部に貼付したガラス偏光板…を用いたほうが意外にも耐久性がより一層向上する…」と記載され,段落【0005】に,「…偏光膜としては,例えばヨウ素や2色性色素を偏光子とし透明なPVA系膜を基材とした偏光膜があげられ」と記載され,同段落【0006】に,「…偏光膜としては,PVAの薄膜を加熱しながら延伸し,ヨウ素(ヨウ化カリ)を大量に含有するHインキと呼ばれる溶液に浸漬させてヨウ素を吸収させて形成されたいわゆるH膜,ポリビニルブチラールの膜にヨウ素を吸収させて形成された膜,1軸延伸PVA膜に2色性色素を吸収させて形成された膜等を使用することができる。」と記載され,さらに,同段落【0010】に,「…例えば,偏光板は湿式法や乾式法で偏光膜を作成した後,この偏光膜の一面にガラス板を,他方の面にガラス成形品を接着剤で接着することにより,…得られる。」と記載されており,ガラス板やガラス成型品を接着させる対象の「偏光膜」が保護膜を有していることを前提とする記載はない。
以上によれば,本願発明において,ガラス板やガラス成型品を接着させる対象は,保護膜のない偏光膜であるとみるのが自然である。
(4) なお被告は,本願明細書(甲1)には,「H膜」は偏光膜の一例として記載されているにすぎず,また,本願発明の特許請求の範囲にも「偏光膜」がH膜である旨の記載がなされていないから,本願発明における「偏光膜」は甲10における偏光膜(H膜)や甲11における偏光子に相当するものであるとの原告の主張は,請求項に記載に基づかないものであると主張する。
しかし,偏光膜が「H膜」に限定されるものではないとしても,上記(3)に説示したように,ガラス板やガラス成型品を接着させる対象は,保護膜のない偏光膜であるというのが自然というべきことに変わりはない。
以上によれば,被告の上記主張は採用することができない。
3 引用発明について
(1) 一方,引用発明が記載された引用例(甲3)には以下の記載がある。
ア 特許請求の範囲
「(1) 光源,光分離光学系,液晶ライトバルブ,光合成光学系,投写光学系と,前記液晶ライトバルブを冷却する冷却装置とで構成される投写型液晶表示装置において,前記液晶ライトバルブの光入射側及び出射側に配される偏光板にガラス板を貼り付けることを特徴とする投写型液晶表示装置。」
イ 産業上の利用分野
「本発明は,画像形成のために液晶ライトバルブを用いた投写型液晶表示装置に関する。」(1頁右下欄8行~9行)
ウ 従来の技術
「従来は,第5図に示すように,偏光板を液晶ライトバルブのガラス基板に貼り付けたり,液晶ライトバルブに連結する部材に,両面テープを介して偏光板単体で貼り付けた構造が一般的であった。」(1頁右下欄11行~14行)
エ 発明が解決しようとする課題
「しかし,前述の従来の技術では,光源から発する光の不要偏光成分を偏光板のみで吸収し,該吸収した不要偏光成分が熱に変換されるために,偏光特性の劣化,熱変形等が生じ画像劣化となること,又,偏光板で吸収した熱が液晶ライトバルブのガラス基板に伝導し液晶ライトバルブの温度上昇を増進することにより,配向不良を誘発し画像劣化となること等,動作する環境温度が高温である時の信頼性の保証が難しいという問題点を有していた。…
又,偏光板のみで使用するにあたっては,表面反射損失による光入射効率が低下し,装置の明るさ低減につながるばかりでなく,薄片状の偏光板を板金等の部材に両面テープを介して貼り付けることは,完全固定でないばかりか,取り付け精度,組立性も悪く,装置設計の上で懸念される部分でもある。…」(1頁右下欄下2行~2頁右上欄7行)
オ 課題を解決するための手段
「本発明に係る投写型液晶表示装置は,光源,光分離光学系,液晶ライトバルブ,光合成光学系,投写光学系と,液晶ライトバルブを冷却する冷却装置とで構成される投写型液晶表示装置において,液晶ライトバルブの光入射側及び出射側に配される偏光板にガラス板を貼り付けることを特徴とする。…又,偏光板の両面共,ガラス板を貼り付けることを特徴とする。」(2頁左下欄7行~下1行)
カ 作用
「上記のように構成された投写型液晶表示装置において,ガラス板の熱伝導率は,偏光板の熱伝導率より高いため,偏光板で吸収した熱をガラス板に放出できる。又,偏光板の両面にガラス板を貼り付けることにより,熱を放出できる面が2面となるため,より一層,温度上昇を低減できる。…又,ガラス板を偏光板に貼り付けることで,偏光板の表面で起こっていた反射を抑制できるので,光入射効率を高められる。更に,ガラス板を偏光板の両面に貼り付けることにより,片面のみでなく,両面の表面反射を抑えることができるので,より一層,光入射効率を高めることができる。又,反射防止膜を蒸着したガラス板を用いると,ガラス板の表面反射損失をほぼなくすことができる…」(2頁右下欄5行~3頁左上欄8行)
キ 実施例
「…第2図は,第1図の実施例の液晶ライトバルブ周辺の詳細図を表す。…熱は熱伝導率の低い偏光板10及び16から,それよりも熱伝導率の高い偏光板ガラス7及び19に伝導する。…
第3図に,液晶ライトバルブ,偏光板及び偏光板ガラスの表面反射損失の詳細を示す。…第3図[A]において,入射光が,空気層から偏光板ガラス7に入射する際に,表面反射損失101が起こり,偏光板ガラス7から偏光板10との間の接着層に入射する際に表面反射損失102,偏光板10に入射する際に表面反射損失103,再び接着層に入射する際にも表面反射損失103,ガラス板42に入射する際に表面反射損失102,更に又,空気層に入射する際に表面反射損失101,そして,更に液晶ライトバルブ13に入射する際に表面反射損失104が起こる。第3図[B]において,偏光板10に入射する際の表面反射損失103までの過程は,第3図[A]と同様であり,その後,空気層に入射する際に表面反射損失105が起こり,液晶ライトバルブ13に入射する際に表面反射損失104が起こる。又,第3図[C]において,入射光は,偏光板10に入射する際に,表面反射損失105が起こり,空気層に入射する際にも表面反射損失105が起こり,液晶ライトバルブ13に入射する際に表面反射損失104がおきる。上記のいずれの場合とも,液晶ライトバルブ13から出射した光は,入射した時と逆の過程を経て,それぞれの表面反射損失を起こす。偏光板ガラス7には,反射防止膜を蒸着してあるので,表面反射損失101は,…0…である。空気層の屈折率は,1.00,ここで,偏光板ガラス7の屈折率は,1.52,接着層の屈折率は,1.48,偏光板10の屈折率は,1.49である…偏光板単体の時に比べ,反射防止膜を蒸着したガラス板を偏光板に貼り付けることにより,表面反射損失は,約半分にすることができる。更に,偏光板の両面に,反射防止膜を蒸着したガラス板を貼り付けると,桁違いに表面反射損失を低減でき,0に近い。そして,液晶ライトバルブ13を透過し,光合成光学系23に入射するまでの間にも上記の表面反射損失があるので,偏光板単体の時と反射防止膜を蒸着したガラス板を偏光板の片面又は両面に貼り付ける時における表面反射損失の差が,より顕著に表れる。従って,更に明るい投写型液晶表示装置が実現できる。…」(4頁右上欄8行~5頁右上欄下1行)
ク 発明の効果
「本発明の投写型液晶表示装置は,…偏光板にガラス板を貼り付けるという非常に簡単な構造によって,偏光板の温度上昇を低減できる。更に,片面だけでなく,偏光板の両面に,ガラス板を貼り付けることにより,熱を放出する面が2面となるため,より一層,温度上昇を低減できる。…この温度上昇低減は,偏光板の偏光特性の劣化や熱変形,液晶ライトバルブの配向不良による画質劣化を防げるので,環境温度の保証範囲を広げられ,装置の信頼性が増大するばかりか,冷却装置を低能力化することができる。…又,偏光板にガラス板を貼り付けた構造とすることで,薄片状のものから,ある程度の機械的強度をもつ部品となり,完全固定もでき,取り付け精度も向上し,組立性も良好である。従って,この点からも設計が容易となっている。又,反射防止膜を蒸着したガラス板を,偏光板の片面あるいは両面に貼り付けることにより,光の表面反射損失を抑制でき,光入射効率が増大し,明るい装置が実現できる。」(5頁右下欄2行~6頁左上欄15行)
(2) 上記(1)ア~クの記載によれば,引用発明は,偏光板が不要偏光成分を吸収して発熱することで温度が上昇することによる偏光特性の劣化や熱変形等による画像劣化を防止することや,表面反射損失を抑制して光入射効率を増大するために,「偏光板」の両面に放熱特性の良い「ガラス板」を接着剤で貼り付けて形成したものであると認めることができる。
そこで,引用発明の「偏光板」について検討するに,引用例(甲3)には,偏光板という文言とともに偏光膜という文言が記載されているわけではなく,「薄片状の偏光板を板金等の部材に両面テープを介して貼り付ける」(上記(1)エ)と記載されていることから,「偏光板」は,両面テープにより板金等の部材に貼り付けることができる程度の剛性を有するものであることが理解できるものの,偏光板の構造については,その両面に保護膜層を有さない偏光膜のみからなるとも,その両面に保護膜を貼着された偏光膜からなる3層構造のものであるとも明記されているわけではない。
しかし,上記のとおり,引用発明が,表面反射を抑制して光入射効率を増大させることを目的の一つとするものであり,また,上記(1)キのように,引用例(甲3)には,「入射光が,空気層から偏光板ガラス7に入射する際に,表面反射損失101が起こり,偏光板ガラス7から偏光板10との間の接着層に入射する際に表面反射損失102,偏光板10に入射する際に表面反射損失103,再び接着層に入射する際にも表面反射損失103,ガラス板42に入射する際に表面反射損失102,更に又,空気層に入射する際に表面反射損失101,そして,更に液晶ライトバルブ13に入射する際に表面反射損失104が起こる。」との記載があるところ,表面反射を抑制するためには表面反射が発生する境界面をできるだけ少なくする必要があることは明らかであるから,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば,引用発明の「偏光板」が「単層構造」のもの,すなわち「偏光膜」のみから構成されるものである方が,表面反射の低減を達成する上で望ましいことを容易に理解し,引用例においては「偏光板」が単層構造のものとして取り扱われているものと理解できる。さらに,上記(1)クにおいて,「偏光板」の両面にガラス板を貼着した場合にはある程度の機械的強度を持つ部品となる旨記載されていることから,かかる記載に接した当業者であれば,引用発明のように「偏光板」の両面にガラス板を貼着する場合には,もはや,「偏光板」に「偏光膜」を保護するための「保護膜」が不要と考えることになる。
一方,特開平8-146432号公報(発明の名称「液晶配向剤」,出願人日本合成ゴム株式会社,公開日平成8年6月7日,乙1)の段落【0035】末尾には,「…また,液晶セルの外表面に貼り合わされる偏光板としては,ポリビニルアルコールを延伸配向させながら,ヨウ素を吸収させたH膜と称される偏光膜を酢酸セルロース保護膜で挟んだ偏光板,またはH膜そのものからなる偏光板などを挙げることができる。」と記載され,特開平6-337311号公報(発明の名称「偏光フィルムの製造方法」,出願人三井東圧化学株式会社,公開日平成6年12月6日,乙2)の段落【0013】には,「上記の如く製造した偏光フィルムは,種々の加工を施して使用することができる。例えば,フィルム又はシートにしてそのまま使用する他,使用目的によっては,アセチルセルロース,アクリル又はウレタン系等の樹脂フィルムを片面又は両面に接着して保護層を形成する。…」と記載され,同段落【0020】には,発明の効果として,「本発明の偏光フィルムの製造方法は,耐熱性,耐湿熱性および偏光性能に優れた偏光フィルムを製造することができることから,熱安定性ならびに高偏光度を必要とする,液晶表示装置の信頼性の保持に大きく貢献するものである。」と記載されている。これらに照らせば,本願出願時(平成8年7月23日)において,液晶表示装置の偏光フィルタとして保護膜を偏光膜の両面に有する3層構造の偏光板だけが用いられるものではなく,「偏光膜」のみからなる構造の「偏光板」も用いられていたことが認められるから,当業者が,「偏光板」といえば,必ず保護膜を偏光膜の両面に有する3層構造のものを想定するものともいえない。そして,引用発明の「偏光板」が,「偏光膜」のみからなるものであるとしても,引用発明の目的が阻害されると認めることはできず,むしろ,その目的の達成に適う構成であるということができる。
以上を総合すれば,引用例(甲3)に接した当業者であれば,引用発明の「薄片状の偏光板」が,保護膜を偏光膜の両面に有する3層構造の偏光板のみに限定されるものではなく,保護膜を有さないもの,すなわち,偏光膜のみからなるものを排除するものではないと認識すべきであるから,引用例(甲3)には,本願発明の「偏光膜」に相当するものが実質的に記載されているものと認められる。
4 取消事由の主張に対する判断
以上を前提として,以下,原告主張の取消事由1~3について判断する。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について
ア 上記2,3によれば,本願発明の「偏光膜」は保護膜を有さないものと認められる一方,引用例(甲3)にはこのような本願発明の「偏光膜」に相当するものが実質的に記載されているものと認められる。そうすると,本願発明の「偏光膜」と引用発明の「偏光板」とは一致するというべきであるから,これと同旨の審決に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。なお,これに関する補足的判断は以下のとおりである。
イ 原告主張に対する補足的判断
(ア) 原告は,引用例(甲3)には,「偏光膜」又は「偏光子」については全く記載されていないと主張する。
しかし,たとえ「偏光膜」又は「偏光子」の記載がなかったとしても,前記3(2)の説示に照らせば,引用例(甲3)に接した当業者であれば,引用発明の「薄片状の偏光板」が,保護膜を偏光膜の両面に有する3層構造の偏光板のみに限定されるものではなく,保護膜を有さないもの,すなわち,偏光膜のみからなるものを排除するものではないと認識するというべきであることに変わりはないから,原告の上記指摘によっても上記アの判断を左右することはできない。
(イ) また原告は,上記甲10にも記載されているように,偏光膜は「膜」状のものであり,これに保護フィルムを積層させることにより,積層構造を有し,ある程度の機械的な強度を有する「偏光板」となる,偏光板がある程度の機械的な強度を有し,フィルム状であるために,引用例においては当該偏光板のことを「薄片状の偏光板」という表現が使用されているが,「偏光膜」のような膜状のものに使用される「薄膜状」という表現は引用例(甲3)にはなされていないと主張する。
しかし,前記3(2)に説示したように,引用発明の「偏光板」は,引用例(甲3)に「薄片状の偏光板を板金等の部材に両面テープを介して貼り付ける」(前記3(1)エ)と記載されていることから,両面テープにより板金等の部材に貼り付けることができる程度の剛性を有するものであることが理解できるものの,引用例に接した当業者であれば,引用発明の「薄片状の偏光板」が,保護膜を偏光膜の両面に有する3層構造の偏光板のみに限定されるものではなく,保護膜を有さないもの,すなわち,偏光膜のみからなるものを排除するものではないと認識するというべきであって,同「偏光板」が,引用例の記載から,原告が主張するような,「膜」状の偏光膜に保護フィルムを積層させることにより積層構造を有しある程度の機械的な強度を有する「偏光板」となったものでなければならないと読み取ることはできないというべきである。そして,引用例(甲3)に「薄片状」という表現のみ使用され「薄膜状」という表現が使用されていないとしても,そのこと自体によって当然に前記3(2)の説示が左右されるものではない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) また原告は,引用例(甲3)には,当該「偏光板」について第3図[C]を引用して,「又,第3図[C]において,入射光は,偏光板10に入射する際に,表面反射損失105が起こり,空気層に入射する際にも表面反射損失105が起こり,液晶ライトバルブ13に入射する際に表面反射損失104がおきる。」(5頁左上欄3行~8行)と記載され,第3図[C]には,偏光板10及び16と液晶ライトバルブ13との間に空気層が存在しており,偏光板10は液晶ライトバルブ13とは別個に自立していることが図示されている,このことは,引用発明の「偏光板」が,それ自体で自立して設置することができる程度の機械的強度を有する薄片状のものであることを示していると主張する。
しかし,たとえ引用例(甲3)の第3図[C]を見て,その偏光板10が保護層を有するものに沿う記載であるように見えたとしても,同第3図[C]はあくまでも表面反射損失を説明するための模式的な図にすぎないものであるし,また,引用例に記載されているとおり,従来の「偏光板」は,液晶ライトバルブのガラス基板に貼り付けたり,液晶ライトバルブに連結する部材に両面テープを介して偏光板単体で貼り付けるなどして用いられていたのであるから,それ自体で自立して設置できる程度の機械的強度まで有しているものではない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(エ) また原告は,引用例(甲3)の各記載によれば,引用発明における「偏光板」とは,従来の構造の投写型液晶表示装置の組立てにおいて,手作業によって,液晶ライトバルブのガラス基板に貼り付けたり,液晶ライトバルブに連結する部材に,両面テープを介して偏光板単体で貼り付けたりすることができるような作業性や取扱性及び必要な強度を有する薄片状の部材であることが示されているから,引用発明における「偏光板」とは,従来の構造の投写型液晶表示装置において,液晶ライトバルブとの間に間隙を設けて自立して設置することができるような,ある程度の機械的強度と自立性とを有する薄片状の部材であるということになると主張する。
しかし,前記3(2)に説示したように,引用発明の「偏光板」は,引用例(甲3)に「薄片状の偏光板を板金等の部材に両面テープを介して貼り付ける」(前記3(1)エ)と記載されていることから,両面テープにより板金等の部材に貼り付けることができる程度の剛性を有するものであることが理解できるものの,引用例に接した当業者であれば,引用発明の「薄片状の偏光板」が,保護膜を偏光膜の両面に有する3層構造の偏光板のみに限定されるものではなく,保護膜を有さないもの,すなわち,偏光膜のみからなるものを排除するものではないと認識するというべきであって,同「偏光板」が,引用例の記載から原告が主張するような,従来の構造の投写型液晶表示装置において,液晶ライトバルブとの間に間隙を設けて自立して設置することができるようなある程度の機械的強度と自立性とを有する薄片状の部材でなければならないと読み取ることはできないというべきであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(オ) また原告は,「偏光膜」は極めて薄い膜状のものであり,手作業によって取り扱うことのできる取扱性や両面テープによって貼り付けることができるような作業性に乏しいものであり,さらに自立して液晶ライトバルブとは別個に設置することができる程度の機械的な強度を有しているものでもない,また,一般に「偏光膜」は,それを単独で液晶ライトバルブの間近に設置して,投写型液晶表示装置の使用に伴う光と熱を受けた場合には,ごく短期間で劣化してその偏光性能を失ってしまい,さらに偏光膜が収縮して変形してしまうために,そのような使用を想定することもできない,と主張する。
しかし,前記特開平8-146432号公報(乙1)の段落【0035】末尾には,「…また,液晶セルの外表面に貼り合わされる偏光板としては,ポリビニルアルコールを延伸配向させながら,ヨウ素を吸収させたH膜と称される偏光膜を酢酸セルロース保護膜で挟んだ偏光板,またはH膜そのものからなる偏光板などを挙げることができる。」と記載され,前記特開平6-337311号公報(乙2)の段落【0013】には,「上記の如く製造した偏光フィルムは,種々の加工を施して使用することができる。例えば,フィルム又はシートにしてそのまま使用する他,使用目的によっては,アセチルセルロース,アクリル又はウレタン系等の樹脂フィルムを片面又は両面に接着して保護層を形成する。…」と記載されているから,これらの記載に接した当業者であれば,保護膜を有しない偏光板を,液晶セルの外表面に貼り合わせたり,フィルム又はシートにしてそのまま使用するなど,液晶表示装置の偏光フィルタとして「偏光膜」のみからなる構造の「偏光板」を使用できると理解するというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(カ) また原告は,被告の主張は「投写型液晶表示装置用偏光板」というカテゴリーが存在するかのような前提を設けている,また,引用例で用いている「偏光板」は,従来から液晶ライトバルブのガラス基板などに両面テープで単体の状態で貼り付けられて使用されるものであり,引用発明は,「偏光板」自体に係る発明ではなく,単に「偏光板」の貼り付け位置を変更することによる従来方法の改善方法に係る発明に当たるといえるから,引用例で用いられる偏光板は,従来から使用されている普通の「偏光板」であるということになると主張する。
しかし,前記3(2)の説示は,「投写型液晶表示装置用偏光板」というカテゴリーを設けて検討したものではない。また,前記3(2)に説示したとおり,引用発明は,「偏光板」の取付位置を変更することのみでなく,「偏光板」の両面にガラス板を取り付けることを特徴とするものでもあるから,原告のいうように,単に貼り付け位置を変更するものであるということはできない。さらに,引用例の「偏光板」が,従来から液晶ライトバルブのガラス基板などに両面テープで単体の状態で貼り付けられて使用されるものであるとしても,上記(エ)(オ)で説示したように,液晶表示装置の偏光フィルタとして「偏光膜」のみからなる構造の「偏光板」も用いられるのであるから,原告の上記指摘をもって引用発明の「偏光板」が保護膜を有するもののみに限定されるとすることはできない。そして,引用発明の「偏光板」には,従来からの普通に使用される偏光板が含まれるものとしても,引用例の記載に接した当業者であれば,引用例に記載の「偏光板」には,保護膜のない偏光膜のみからなる単層構造のものが含まれると理解することは前記3(2)で説示したとおりである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(キ) 原告は,被告の挙げた,前記乙1(特開平8-146432号公報),同乙2(特開平6-337311号公報)等の記載は,いずれも具体性のない一行記載で,むしろ特殊な記述例であり,いずれも「投写型液晶表示用偏光板」の用途においても,「偏光膜」そのものを「偏光板」として用いることが周知であったことを何ら示すものではない,と主張する。
しかし,上記乙2は,偏光フィルム自体の耐熱性,耐湿熱性及び偏光性能の向上を目的とするものであり,乙2に記載の製造方法により製造した偏光フィルムの使用法について例示するものであって,前記3(2)に記載したとおり,使用目的によっては両面又は片面に保護層を形成するとされているから,偏光フィルムをそのまま使用することを具体的に提示しているものというべきである。また,上記乙1についても,H膜そのものが偏光作用を有することは明らかであり,H膜そのものを液晶セルの外表面に貼り合わせる偏光板として使用することは,乙1の記載から十分理解できることであって,乙1の記載が技術的な具体性がないものということはできない。そして,このように公知文献である乙1や乙2に,「偏光板」として「偏光膜」や「偏光フィルム」そのものが用いられていることが具体的に示されていることからすれば,引用発明の「偏光板」が必ず保護膜を有するものということはできないというべきであり,その事実が周知であったことが示されていないとしても前記アの判断を左右することはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(ク) また原告は,甲10(松本正一・角田市良「液晶の最新技術」149頁・株式会社工業調査会・昭和58年5月25日)・11(平成16年度特許流通支援チャート「液晶用偏光板樹脂」5頁・独立行政法人工業所有権情報・研修館・平成17年3月)・12(特開平6-331825号公報),13(特許第3274549号公報),14(特許第3317578号公報),15(特公平6-12362号公報),16(特許第2779413号公報)を挙げ,液晶表示装置においては,「偏光膜の両面に保護層を有する偏光板」こそが,当たり前の仕様として用いられており,当業者も一般的には「偏光板」と「偏光膜」との用語は混同せずに明確に区別して使用していると主張する。
しかし,前記3(2)に説示したとおり,引用例の記載から,引用発明の「偏光板」には,「偏光膜」のみからなるものが含まれると解することができるのであって,他方で「偏光板」と「偏光膜」が異なるものとして使用される複数の用例が存在したとしても,原告の上記指摘をもって前記アの判断を左右することはできない。
(ケ) また原告は,引用例(甲3)に「偏光板」について格別の記載がなされていないということから,当業者が容易に入手できる市販の汎用の「偏光板」が使用されていたと解することが自然であると主張するが,前記3(2)に説示したとおり,引用例の記載から,引用発明の「偏光板」には「偏光膜」のみからなるものが含まれると解することができるのであって,原告の上記指摘をもって前記アの判断を左右することはできない。
(コ) また原告は,引用例(甲3)に「偏光板」の積層構造が記載されている必要はなく,そのような場合に偏光板の図示を簡略化して記載することは通常行われていることである旨主張する。
しかし,引用発明においては,表面反射を抑制することが目的の一つであって,表面反射が屈折率の異なる層の境界面において生じることからすると,偏光板の層構造が密接に関わるものであるというべきである。したがって,引用例に偏光板の積層構造が記載されている必要がないものとすることはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(サ) また原告は,引用例(甲3)に記載の表面反射損失において偏光板10の内部構造における反射損失の記載がなされていないのは,引用例においては偏光板を全体として一つの部材としていることから,その内部構造についてまでの詳細な言及がなされていないだけであり,かかる言及がなされていないことのみをもって単純な単層構造であると断言することはできない,仮に言及したとしても反射防止膜を蒸着したガラス板を貼り合わせたときも貼り合わせないときも同じであり,結果として相殺されるものであるから言及していないにすぎない,と主張する。
しかし,引用例(甲3)には「液晶ライトバルブ13の直前の空気層に入射するまでの全表面反射損失は,
R(第3図[A])=3.78×10-4・・(6)
R(第3図[B])=0.0392・・・・(7)
R(第3図[C])=0.078・・・・・(8)
である。この(6),(7),(8)式からわかるように,偏光板単体の時に比べ,反射防止膜を蒸着したガラス板を偏光板に貼り付けることにより,表面反射損失は,約半分にすることができる。更に,偏光板の両面に,反射防止膜を蒸着したガラス板を貼り付けると,桁違いに表面反射損失を低減でき,0に近い。」(5頁右上欄2行~14行)と記載されており,かかる記載によれば,引用例の表面反射損失の検討が,「全表面反射損失」を考慮して検討したものであること,また,「偏光板単体」(第3図[C])の場合の全表面反射損失が計算された上で,その他と比較されていることからすれば,引用例の当該記載は,偏光板10の内部構造を無視したものではなく,同偏光板が単層構造であることを前提とした検討であると解することが自然というべきである。
以上によれば,原告の主張は採用することができない。
(シ) また原告は,偏光膜と保護膜からなる偏光板において,偏光膜の部材であるポリビニルアルコールの屈折率は1.55であり,偏光板の表面を形成している保護膜の部材であるトリアセチルセルロース(TAC)の屈折率は1.48であるということができるところ,被告の主張するように偏光膜が単独で存在するのであれば偏光板の表面の屈折率は1.55であるとされなければならないにもかかわらず,引用例には偏光板の表面の屈折率が1.49であるとされているから,引用例の偏光板の表面がトリアセチルセルロース(TAC)であるといえる,と主張する。
しかし,引用例においては,偏光板ガラス,接着層,偏光板についてそれぞれ「屈折率」が記載されているだけであって,それらの物質名についてはいずれも特定されているわけではなく,引用例に記載の「接着層」の屈折率が「1.48」であることからしても,屈折率が一致するものが同じ物質であるとは限らないのであるから,原告の上記指摘をもってしても引用例の「偏光板」の表面がトリアセチルセルロース(TAC)であると直ちに断定することはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(ス) また原告は,従来から使用されている通常の偏光板であっても保護層のフィルムは必ずしも十分な機械的な強度を有するものではなく,従来からガラス基板などに貼り付けられて使用されてきていたのであるから,引用例に記載の偏光板は従来から使用されてきている偏光板,すなわち保護層を有するいわゆる「偏光板」であると解するのが通常の解釈であると主張するが,前記(カ),3(2)に説示した理由により,同主張を採用することができない。
(セ) さらに原告は,引用発明において,薄片状の偏光板の両面に貼り付いたガラス板が偏光板を保護する板状部材として機能していることについての記載は引用例(甲3)には全くなされていないし,それを示唆する記載もなされていない,偏光膜になんらかの部材が貼付されていればそれが保護膜(保護層)として機能するものであるというのは,保護膜(保護層)に要求されている特性を無視していると主張する。
しかし,前記3(2)で説示したように,引用例には,「偏光板」の両面にガラス板を貼着した場合にはある程度の機械的強度を持つ部品となる旨記載されていることから,かかる記載に接した当業者であれば,引用発明のように「偏光板」の両面にガラス板を貼着する場合には,もはや,「偏光板」に「偏光膜」を保護するための「保護膜」が不要と考えるというべきであり,またその根拠とした引用例の上記記載は,偏光膜になんらかの部材が貼付されていればそれが保護膜(保護層)として機能するというものではなく,両面にガラス板を貼着した場合にはある程度の機械的強度を持つ部品となる旨の記載であるから,かかる認定が保護膜(保護層)に要求されている特性を無視しているということはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
ア 原告は,取消事由1の主張を前提として,引用発明の「薄片状の偏光板10」が本願発明の「偏光膜」に相当するとの認定は誤りであり,引用発明の「薄片状の偏光板10」と本願発明の「偏光膜」とは相違する,と主張するが,取消事由1の主張に理由がなく,原告のかかる主張が採用できないことは,上記(1)で説示したとおりである。
イ また原告は,引用例(甲3)には,引用発明の「薄片状の偏光板10」に代えて,本願発明の「偏光膜」を使用することについての記載も示唆もなされていない,「偏光膜」は積層構造を有する「偏光板」とは異なり機械的な強度が十分ではない薄膜状のものであり取扱いが困難で作業性の乏しいものであることから,このような作業性に乏しい「偏光膜」を,引用例(甲3)に記載の作業性の比較的良好な「偏光板」に代えて使用することを妨げる要因(阻害要因)が引用例(甲3)に開示されているというべきである,すなわち,審決は,本願発明と引用発明との相違点である,引用発明の「薄片状の偏光板10」に代えて,本願発明の「偏光膜」を使用することについての判断を遺漏し,本願発明についての困難性の判断を誤ったものである,と主張する。
しかし,前記(1)で説示したとおり,引用例(甲3)には,本願発明の「偏光膜」に相当するものが実質的に記載されているものと認められる以上,引用発明の「偏光板」が積層構造を有するものであることを前提として,機械的強度の十分性や取扱い・作業性の容易性といったことを理由として,これに代えて本願発明の「偏光膜」を使用することはできないという原告の上記主張は失当というべきである。
ウ 以上によれば,原告主張の取消事由2は理由がない。
(3) 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
ア 原告は,本願発明によるガラス偏光板の優れた耐久性について,本願明細書(甲1)に「偏光膜や位相差膜をガラスの平面部に貼付したガラス偏光板や位相差板を用いたほうが意外にも耐久性がより一層向上すること,さらに光学特性も向上することを見い出し,本発明を完成した。」(段落【0004】)と記載されているように,本願発明は,従来の酢酸セルロースを保護フィルムとしている「偏光板」に代えて,ガラスを保護板としたものが優れた性能を有することを見出したものであることが記載されている,と主張する。
しかし,引用例(甲3)にも本願発明の「偏光膜」に相当するものが実質的に記載されているものと認められることは,上記(1)に説示したとおりであるから,原告の上記指摘から直ちに引用発明と対比した本願発明の顕著な作用効果の存在を導くことはできない。
イ また原告は,本願明細書(甲1)には発明の効果として,「本発明によれば,光源と偏光板や位相差板の間に紫外線カットフィルタを配置した場合,非常に強い光を照射しても偏光板や位相差板の耐久性を向上できる。また,紫外線吸収剤を使用していないので,紫外部に近い光線の吸収がなく,光線を有効に利用できる。また,偏光膜を貼付するガラスの平面部の平滑性をより厳密に制御できるので,平滑性がより高く,場所による光学特性の違いが小さい等の光学特性のより良好な偏光板が得られる。さらに,本発明のガラス偏光板や位相差板を使用すれば高コントラストの画像を長時間安定的に表示できる液晶プロジェクタが得られる。」(段落【0025】)と記載されているように,本願発明による液晶プロジェクタ用ガラス偏光板が,従来の液晶プロジェクタ用偏光板と比較して,耐久性において特に優れている旨が明記されている,と主張する。
しかし,本願発明の「偏光膜」と引用発明の「偏光板」とが一致することは上記(1)に説示したとおりであるから,これらが一致しないことを前提として耐久性の優劣についていう原告の上記主張は失当というほかない。
ウ さらに原告は,本願発明における優れた耐久性についての実験データとして,比較例のTACフィルム付き両面ガラス偏光板(従来の技術によるガラス偏光板)は,耐久実験開始後264時間で,黄変を呈する一方,実施例の両面ガラス偏光板(本発明に係るガラス偏光板)は,耐久実験開始後5672時間を経過しても,異常は見られなかったと主張し,同実験に使用したTACフィルム付き両面ガラス偏光板(比較例のガラス偏光板)は,引用発明と同じ構成を有しているので,上記実験は,本願発明によるガラス偏光板が,引用発明によるガラス偏光板と比較して,特に優れた耐久性を有することを実証するものである,この優れた耐久性は,引用発明と比較して著しく優れた効果である,「偏光膜」に直接ガラス板を接着させるという簡便な構成により,このような顕著な作用効果を奏することを予測させる記載も示唆も引用例(甲3)には全くなされていないし,本願発明により初めて確認することができる予想外の結果であるというほかない,と主張する。
しかし,本願発明の「偏光膜」と引用発明の「偏光板」とが一致することは上記(1)に説示したとおりであるから,これらが一致しないことを前提として耐久性についての実験結果についていう原告の上記主張は失当というほかない。
エ 以上によれば,原告主張の取消事由3も理由がない。
5 結語
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 田中孝一)