知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10255号 判決 2008年2月27日
原告
株式会社九州パイリング
訴訟代理人弁護士
山上和則
訴訟代理人弁理士
小谷悦司
村松敏郎
小谷昌崇
被告
Y
訴訟代理人弁護士
美勢克彦
訴訟代理人弁理士
梶原克彦
主文
特許庁が無効2006-80193号事件について平成19年6月5日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告の有する下記1(1)の特許(以下「本件特許」という。)に係る請求項1及び2(以下,各請求項に係る発明を請求項番号に対応させて「本件発明1」などといい,両発明について「本件発明」という。なお,請求項は全3項である。)について,原告が,同1(2)のとおり,無効審判請求をしたところ,特許庁は,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をしたため,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許
特許権者:被告
発明の名称:杭埋込装置及び基礎用杭の埋込方法
出願日:平成7年2月3日(特願平7-39091号)
設定登録日:平成10年8月14日
特許登録番号:第2814356号
(2) 無効審判手続
審判請求日:平成18年9月29日(無効2006-80193号)
審決日:平成19年6月5日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
原告に対する審決謄本送達日:平成19年6月15日
2 本件発明の要旨(甲8)
本件発明の要旨は,本件特許出願に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次のとおりのものと認められる。
「【請求項1】基礎用杭を地盤に埋め込むための杭埋込装置であって,
油圧式ショベル系掘削機(9),
当該油圧式ショベル系掘削機(9)のアーム先端部に取り付けてあり,振動装置(2)と杭上部に被せるための嵌合部(15)を有する埋込用アタッチメント(A)と,
当該埋込用アタッチメント(A)の上記嵌合部(15)に自在継手を介して着脱可能に取り付けられる穿孔装置(4)と,
を備えており,
上記穿孔装置(4)は,
油圧モーター(43)と,
当該油圧モーター(43)により回転駆動される穿孔ロッド(44)と,
を備えており,
上記穿孔装置(4)と上記嵌合部(15)は,穿孔時と杭埋込時において選択的に使用されることを特徴とする,
杭埋込装置。」(なお,請求項1の記載中「油圧ショベル系掘削機(9)」,「油圧モーター(21)」とあるは,それぞれ「油圧式ショベル系掘削機(9)」,「油圧モーター(43)」の誤記と認められる。)
「【請求項2】基礎用杭を地盤に埋め込むための杭埋込装置であって,
油圧式ショベル系掘削機(9)と,
当該油圧式ショベル系掘削機(9)のアーム先端部に取り付けてあり,振動装置(2)と杭上部に被せるための嵌合部(15)を有する埋込用アタッチメント(A)と,
当該埋込用アタッチメント(A)の上記嵌合部(15)にピン(34)を介し着脱可能な自在継手を介して取り付けられる穿孔装置(4),
を備えており,
上記穿孔装置(4)は,
油圧モーター(43)と,
当該油圧モーター(43)により回転駆動される穿孔ロッド(44)と,
を備えており,
上記穿孔装置(4)と上記嵌合部(15)は,穿孔時と杭埋込時において選択的に使用されることを特徴とする,
杭埋込装置。」(なお,請求項2の記載中「油圧モーター(21)」,「抗上部」,「埋込用アタッチメト」とあるのは,それぞれ「油圧モーター(43)」,「杭上部」,「埋込用アタッチメント」の誤記と認められる。)
3 審決の要旨
原告(無効審判請求人)が,本件発明は,下記①-1及び2,②ないし⑥並びに⑦-1及び2の各刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許を無効とするべきであると主張したのに対し,審決は,下記①の公開実用新案公報及びマイクロフィルムを主引例として,本件発明1について検討し,本件発明1は,主引例記載の発明(以下「甲1発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたとはいえず,本件発明1を引用する本件発明2についても当業者が容易に発明することができたとはいえないから,本件特許を無効とすることはできないとした。審決の理由中,対比・判断の部分は,下記(1),(2)のとおりである。なお,審決中の甲号証の表記は,本訴における甲第1号証の1,2を一括して甲第1号証とするほか,甲第2ないし6号証並びに甲第7号証の1及び2は本訴のものと共通であり,審決中で「『乙第4号証』(三和ブレーカー株式会社の製品パンフレット)」と表記されるものは,本訴における甲第22号証の2である。なお,章の記号及び番号について,本判決で指定したものに改めた部分がある。
①-1 実願昭52-4483号(実開昭53-100709号)の公開公報(甲第1号証の1)
①-2 実願昭52-4483号(実開昭53-100709号)のマイクロフィルム(甲第1号証の2)
② ベレックス株式会社の製品パンフレット「SBシリーズ オーガー」(甲第2号証)
③ 実願昭53-172557号(実開昭55-88442号)のマイクロフィルム(甲第3号証)
④ 特開平4-120313号公報(甲第4号証)
⑤ 日本建設機械要覧 1986(社團法人日本建設機械化協会編)(甲第5号証)
⑥ ベレックス株式会社の証明書(甲第6号証)
⑦-1 ②の穿孔装置の説明図(甲第7号証の1)
⑦-2 ②の支持アーム部分の説明図(甲第7号証の2)
(1) 本件発明1について
・・・本件発明1における「杭上部に被せるための嵌合部(15)」と規定した点の技術的意義について検討すると,広辞苑(第五版)によれば,「嵌合」は「はめあい」を意味するものであって,当該「はめあい」は「〔機〕軸が穴にかたくはまり合ったり,滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう語。」であると説明されていることから,上記記載中の「嵌合部」は,相互に形状が合った部材同士を嵌め合わせる部分を意味したものと解することができる。
そこで,本件発明1と甲1発明とを対比すると,甲1発明の「杭」は本件発明1の「基礎用杭」に相当し,以下同様に,「杭打機」は「杭埋込装置」に,「杭打込みに必要な動力(垂直振動)を杭に付与する起振装置10」は「振動装置(2)」に,「杭打込み装置5」は「埋込用アタッチメント(A)」に,「アースオーガ13」は「穿孔装置」に,「回転駆動される地盤Eを掘削するオーガ刃17」は「回転駆動される穿孔ロッド(44)」に,それぞれ相当する。
また,甲1発明の「杭保持用のチヤツク9」と本件発明1の「杭上部に被せるための嵌合部(15)」とは,共に「杭保持部」である点で共通する。
同様に,甲1発明の「回転モータ14」と本件発明1の「油圧モーター」とは,共に「モーター」である点で共通する。
してみると,両者は,
「基礎用杭を地盤に埋め込むための杭埋込装置であって,
振動装置と杭保持部を有する埋込用アタッチメントと,
当該埋込用アタッチメントの上記杭保持部に着脱可能に取り付けられる穿孔装置と,
を備えており,
上記穿孔装置は,
モーターと,
当該モーターにより回転駆動される穿孔ロッドと,
を備えており,
上記穿孔装置と上記杭保持部は,穿孔時と杭埋込時において選択的に使用される,
杭埋込装置。」である点で一致し,次の各点で相違するといえる。
(注;以下の記載中の[ ]内には,対応する各甲号証の用語を表記した)。
(相違点1)
埋込用アタッチメント[杭打込み装置5]の取付構造に関して,本件発明1が「油圧式ショベル系掘削機(9)のアーム先端部に取り付け」ているのに対し,甲1発明は,このような掘削機の構成を備えておらず,「クレーン1のリーダー2」に「吊ワイヤー3を用いて進退自在に支持」された「基台6」に取り付けたものである点。
(相違点2)
埋込用アタッチメント[杭打込み装置5]が有する杭保持部の構成及び当該杭保持部に(穿孔装置[アースオーガ13]を)着脱可能に取り付ける構成に関して,本件発明1が,杭保持部を「杭上部に被せるための嵌合部(15)」として構成し,当該「嵌合部(15)」に(穿孔装置を)自在継手を介して着脱可能に取り付ける構成としているのに対し,甲1発明は,杭保持部を(油圧シリンダ11により強固に固定する)「杭保持用のチャツク9」として構成し,当該「チャツク9」に(穿孔装置[アースオーガ13]の上部に取付けた杭的形状をなす)嵌挿部材15を嵌挿するとともに,当該穿孔装置[アースオーガ13]の上部両端部に設けた係合装置18を用いて着脱可能に構成している点。
(相違点3)
穿孔ロッドを回転駆動するモーターに関して,本件発明1が「油圧モーター」であるのに対し,甲1発明が「回転モータ14」である点。
そこで,上記の相違点1~3につき,以下検討する。
(相違点1について)
ところで,甲第3号証には,その記載事項(ハ)からみて,杭上部に被せるための溝部9を有する埋込用アタッチメント[ハンマー部材(4)]を油圧式ショベル系掘削機[走行体A]に取り付けるように構成した点が記載されている。
そうすると,相違点1に係る本件発明1の構成は,甲1発明の埋込用アタッチメント[杭打込み装置5]の取付構造として,上記甲第3号証に記載された構成を適用することにより当業者が容易に想到し得るものといえる。
(相違点2について)
次に,相違点2について検討する。
甲第3号証の記載を見ると,同甲第3号証には,上記したように,杭上部に被せるための溝部9を有する埋込用アタッチメント[ハンマー部材(4)]を油圧式ショベル系掘削機[走行体A]に取り付けるように構成した点が記載されているとともに,当該「ハンマー部材(4)」の例として,「第4図に示すように松杭(10)の上端に被嵌される筒状部(11)を形成したもの」の記載があるものの,この埋込用アタッチメントの嵌合部である「筒状部(11)」に,穿孔装置を(自在継手を介して)着脱可能に取り付けることに関して何らの記載もない。
次に,甲第4号証の記載事項を検討する。
甲第4号証には,その従来の杭打機を示した【図8】に関して,油圧式ショベル系掘削機[油圧ショベル本体1]のアーム[エクステンションアーム2c]先端部に取り付けてあり,杭上部を把持するチャック装置5aを有する埋込用アタッチメント[バイブロハンマ(作業用アタッチメント)5]が記載されているものの,この埋込用アタッチメント[バイブロハンマ(作業用アタッチメント)5]は,杭上部に被せるための嵌合部を有しておらず,かつまた,その取付軸6を中心に回動するに止まるものであって,自在継手を介して穿孔装置を着脱可能に取り付けられる構成を備えるものではない。
また,同甲第4号証の【図1】~【図5】及び【図7】に記載された実施例の構成を見ると,油圧式ショベル系掘削機[油圧ショベル本体1]のアーム[エクステンションアーム2c]先端部に,杭上部を把持するチャック装置5aを有する埋込用アタッチメント[バイブロハンマ(作業用アタッチメント)5]を取り付けた構成が記載されているものの,上述したのと同様に,この埋込用アタッチメント[バイブロハンマ(作業用アタッチメント)5]は,杭上部に被せるための嵌合部を有しておらず,かつまた,その取付軸6を中心に回動するに止まるものであって,自在継手を介して穿孔装置を着脱可能に取り付けられる構成を備えるものではない。
さらに,同甲第4号証の【図6】に記載された別の実施例の構成を見ると,油圧式ショベル系掘削機[油圧ショベル本体1]のアーム[エクステンションアーム2c]先端部に,バイブロハンマ5の代わりに,ガイドシーブ軸14と略同軸の取付軸を介して,オーガ回転駆動機45を連結し,オーガスクリュ46を装着する構成が記載されている。
しかしながら,そのオーガ回転駆動機45は,バイブロハンマ5の代わりにオーガスクリュ46を装着するための機構であるので杭上部に被せるための嵌合部を有するものとはいえず,また,その(ガイドシーブ10Aの取付軸と同軸の)取付軸を中心に回動するに止まる構成であって,自在継手を介して穿孔装置を着脱可能に取り付けられる構成を備えるものではない。
さらに,甲第5号証の記載を見ると,同甲第5号証には,油圧式ショベルに杭打込み用のアタッチメントを取り付けることが記載されているものの,その埋込用アタッチメントの取付け部に,穿孔装置を自在継手を介して着脱可能に取り付けられる構成は記載されていない。
そうすると,甲1発明における「杭保持用のチャツク9」に代えて,甲第3号証に記載の埋込用アタッチメント[ハンマー部材(4)]の嵌合部である「筒状部(11)」,すなわち,杭上部に被せるための「嵌合部」を用いるものと単に変更することは,当業者が容易に想到し得たことということができる。
しかしながら,このような変更をすると,甲1発明では(油圧シリンダ11により強固に固定する)「杭保持用のチャツク9」に(穿孔装置[アースオーガ13]の上部に取付けた杭的形状をなす)嵌挿部材15を嵌挿するとともに,当該穿孔装置[アースオーガ13]の上部両端部に設けた係合装置18を用いて着脱可能に構成していたのであるから,このような穿孔装置[アースオーガ13]の着脱可能な取り付けが他方でできないことになり,結果として,相違点2に係る本件発明1の構成は得られないこととなる。
また,甲第3号証~甲第5号証のいずれにも,相違点2に係る本件発明1の構成における杭保持部,すなわち「杭上部に被せるための嵌合部」に(穿孔装置を)自在継手を介して着脱可能に取り付ける構成は何ら示されていない。
してみると,相違点2に係る本件発明1の構成は,甲1発明に甲第3号証~甲第5号証の記載事項を適用することによっては,当業者が容易に想到し得たことということができない。
ところで,甲第2号証の記載を見ると,同甲第2号証には,油圧式ショベル系掘削機のアーム先端部に,自在継手[左右,前後のスイング機構]を介して着脱可能に穿孔装置[オーガー]を取り付けた構成が記載されている。
ところが,甲第2号証にはその頒布日を窺わせる日付け等の記載が無いし,また,被請求人が答弁書(第2頁参照)において主張するように,甲第2号証の裏表紙に記載された本社の郵便番号は7桁(574-0043)であるところ,郵便番号が7桁となったのは本件出願後の平成10年2月2日であり,同じく甲第2号証の裏表紙に記載された本社の電話の大阪の市外局番は4桁(6792)であるが,大阪の市外局番が4桁となったのは本件出願後の平成11年1月1日であることは(当審においても)顕著な事実である。
そうすると,甲第2号証は,少なくとも本件特許の出願日である平成7年2月3日より後に印刷され,配付されたものと推認できるから,同甲第2号証は本件特許の出願日前に頒布された刊行物であると認めることはできない。
そして,上記のように認定した点は,甲第6号証の証明書によっても左右されるものではないというべきであるから,甲第2号証に記載の穿孔装置等の説明図を記載したところの甲第7号証も本件特許の出願日前の公知技術を記載したものといえないことは明らかである。
さらに,請求人より提出された平成19年4月28日付け上申書を見ると,大阪地裁・平成18年(ワ)第7010号事件の「被告準備書面(2)」等が添付されており,その内の平成18年12月15日付け証拠説明書に記載された証拠であって,同証拠説明書で「平成元年11月頃」に作成されたものと記載されているところの「乙第4号証」(三和ブレーカー株式会社の製品パンフレット)には,甲第2号証の「立穴掘削機 サンワ油圧オーガー」と同様の構成を備えた製品が記載されている。
そこで,仮に,同上「乙第4号証」が本件特許の出願日前に頒布された刊行物であるとして,以下検討する。
ところで,同上「乙第4号証」には,甲第2号証と同様に,油圧式ショベル系掘削機のアーム先端部に,自在継手[左右,前後のスイング機構]を介して着脱可能に穿孔装置[オーガー]を取り付けた構成が記載されており,当該構成によれば,本件の特許明細書(段落【0023】の(b)参照)に記載された「穿孔装置は穿孔ロッドを任意方向に傾斜させて地盤に穿孔することもできる。また,穿孔中に穿孔装置が石やコンクリート破片などの障害物に接触したときには,穿孔ロッドの方向が変わり,逃がすことができるので,穿孔装置の損傷を防止できる。」という作用効果も奏することができるといえる。
しかしながら,同上「乙第4号証」に記載されたところの油圧式ショベル系掘削機のアーム先端部に穿孔装置[オーガー]を着脱可能に取り付けるための構成は,本件発明1のように「杭上部に被せるための嵌合部を有する埋込用アタッチメント」の「上記嵌合部(15)」に対して,言い換えれば,穿孔装置以外の何らかの他の装置を(嵌合する態様で)取り付けることができるものとして構成された「嵌合部」に対して,自在継手を介して穿孔装置[オーガー]を着脱可能に取り付けるものではないことが明らかであり,また,甲1発明における「杭保持用のチャツク9」に代えて,甲第3号証に記載の杭上部に被せるための「嵌合部」を用いるものと単に変更してみても,このような穿孔装置[アースオーガ13]の着脱可能な取り付けができないことになる結果,相違点2に係る本件発明1の構成を得ることができないことも上述したとおりである。
以上検討したことから,請求人より提出された平成19年4月28日付け上申書に添付された証拠を参酌してみても,相違点2に係る本件発明1の構成は,審判請求人が提出した証拠に基いて当業者が容易に想到することができたものということができない。
(まとめ)
したがって,他の相違点を検討するまでもなく,本件発明1は,審判請求人が提出した証拠らに基いて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
(2) 本件発明2について
本件発明2は,本件発明1を引用する発明であって,本件発明1における埋込用アタッチメントの嵌合部に自在継手を介して穿孔装置を着脱可能に取り付ける際に,当該自在継手を「ピンを介して」着脱自在とするものであることを更に限定したものといえるから,本件発明2と甲1発明とを対比すると,(本件発明1と同様に)少なくとも上記・・・の相違点2において相違するといえる。
そうすると,本件発明1が審判請求人が提出した証拠に基いて当業者が容易に発明をすることができたものといえないことは上記説示したとおりであるから,本件発明2もこれと同様の理由により,他の相違点を検討するまでもなく,審判請求人が提出した証拠らに基いて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
第3審決取消事由の要点
1 取消事由1(本件発明1と甲1発明の相違点の認定の誤り)
(1) 審決は,本件発明1と甲1発明とは,「基礎用杭を地盤に埋め込むための杭埋込装置であって,振動装置と杭保持部を有する埋込用アタッチメントと,当該埋込用アタッチメントの上記杭保持部に着脱可能に取り付けられる穿孔装置と,を備えており,上記穿孔装置は,モーターと,当該モーターにより回転駆動される穿孔ロッドと,を備えており,上記穿孔装置と上記杭保持部は,穿孔時と杭埋込時において選択的に使用される,杭埋込装置。」である点で一致すると認定する一方,「相違点2」として,「埋込用アタッチメント[杭打込み装置5]が有する杭保持部の構成及び当該杭保持部に(穿孔装置[アースオーガ13]を)着脱可能に取り付ける構成に関して,本件発明1が,杭保持部を「杭上部に被せるための嵌合部(15)」として構成し,当該「嵌合部(15)」に(穿孔装置を)自在継手を介して着脱可能に取り付ける構成としているのに対し,甲1発明は,杭保持部を(油圧シリンダ11により強固に固定する)「杭保持用のチャツク9」として構成し,当該「チャツク9」に(穿孔装置[アースオーガ13]の上部に取付けた杭的形状をなす)嵌挿部材15を嵌挿するとともに,当該穿孔装置[アースオーガ13]の上部両端部に設けた係合装置18を用いて着脱可能に構成している点。」を認定したが,これらの認定は誤りである。
(2) 広辞苑によれば,「嵌合」は「はめあい」を意味するものであって,当該「はめあい」は「[機]軸が穴にかたくはまり合ったり,滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう語。」であると説明されていることから,上記記載中の「嵌合部」は,相互に形状が合った部材同士を嵌め合わせる部分を意味したものと解することができるところ,甲第1号証1,2の記載にかんがみれば,チャック9が本件発明1の「杭上部に被せるための嵌合部(15)」を有するものであることは明らかである。
また,甲第1号証の2には,チャック9と杭上部との関係について,次の記載がある。
「オーガ13と,チャック9の嵌挿であるが,チャック9は目的に応じて杭を装着するので,オーガ13の上部の嵌挿部材15は,このチャックに装着する杭と同じ形状,もしくは杭と同様の形状を有(する)」(5頁9~13行)
「杭打込み装置5のチャック9の油圧シリンダ11をゆるめ,かつ係合装置18をはずしアースオーガ13をとりはずし,チャック9で先に地盤中に打込んだ杭の頭を装着し」(6頁9~12行)
これらの記載によると,甲第1号証には,①オーガ13の上部の嵌挿部材15がチャック9に「嵌挿」されること,②この嵌挿部材15が「チャックに装着する杭」と同じ形状もしくは同様の形状を有すること,及び,③チャック9に杭の頭が装着されること,が記載されているのであるから,チャック9が「杭上部に被せるための嵌合部」を有することが記載されているというべきである。
さらに,甲第1号証の2の「4.図面の簡単な説明」(8頁3~5行)によると,上記第3図及び第4図は,それぞれ,チャック9にオーガ13の上部の嵌挿部材15が装着された状態を正面及び側面から見た断面図であるところ,これらの図にはチャック9に設けられた下向きの穴に前記嵌挿部材15が嵌合された状態が示されており,チャック9が「杭上部に被せるための嵌合部」を有することが明確に示されている。
そして,上記のとおり,当該嵌挿部材15と同じ形状もしくは同様の形状をもつ杭の頭が,当該嵌挿部材15と同様に前記チャック9の穴に嵌合されることは,甲第1号証の2に記載されている事項であるというべきであるから,甲第1号証の2に記載されるチャック9は,その基本構成として「杭上部に被せるための嵌合部」を具備した上で,その嵌合された杭上部を更に把持する機能が付加されたものであって,チャック9が,少なくとも,「杭上部に被せるための嵌合部」を含むものであることは明白である。
(3) 上記(2)のとおり,本件発明1及び甲1発明は,埋込用アタッチメントが有する杭保持部の構成として「杭上部に被せるための嵌合部」を具備する点で一致しているのであるから,本件発明1と甲1発明とは,同じ杭保持部に穿孔装置を着脱可能に取り付けるための具体的な構造が相違しているに過ぎない。
したがって,「相違点2」は,正しくは,「埋込用アタッチメント[杭打込み装置5]が有する『杭上部に被せるための嵌合部』に対して(穿孔装置[アースオーガ13]を)着脱可能に取り付ける構成に関して,本件発明1が当該嵌合部に(穿孔装置を)自在継手を介して着脱可能に取り付ける構成としているのに対し,甲1発明は,当該嵌合部に(穿孔装置[アースオーガ13]の上部に取付けた杭的形状をなす)嵌挿部材15を嵌挿するとともに,当該穿孔装置[アースオーガ13]の上部両端部に設けた係合装置18を用いて着脱可能に構成している点。」と認定されるべきであり,これと異なり,上記の(1)のとおり相違点2を認定した審決は誤りである。
(4) 以上のとおり,審決の相違点の認定には誤りがあり,審決は取り消されるべきである。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
(1) 審決は,「甲1発明における『杭保持用のチャツク9』に代えて,甲第3号証に記載の埋込用アタッチメント[ハンマー部材(4)]の嵌合部である『筒状部(11)』,すなわち,杭上部に被せるための『嵌合部』を用いるものと単に変更することは,当業者が容易に想到し得たことということができる。」としながら,「このような変更をすると,甲1発明では(油圧シリンダ11により強固に固定する)『杭保持用のチャツク9』に(穿孔装置[アースオーガ13]の上部に取付けた杭的形状をなす)嵌挿部材15を嵌挿するとともに,当該穿孔装置[アースオーガ13]の上部両端部に設けた係合装置18を用いて着脱可能に構成していたのであるから,このような穿孔装置[アースオーガ13]の着脱可能な取り付けが他方でできないことになり,結果として,相違点2に係る本件発明1の構成は得られないこととなる。」と判断した。
その上で,「甲第3号証~甲第5号証のいずれにも,相違点2に係る本件発明1の構成における杭保持部,すなわち『杭上部に被せるための嵌合部』に(穿孔装置を)自在継手を介して着脱可能に取り付ける構成は何ら示されていない。」として,「相違点2に係る本件発明1の構成は,甲1発明に甲第3号証~甲第5号証の記載事項を適用することによっては,当業者が容易に想到し得たことということができない。」と判断した。
しかしながら,審決のこの判断は誤りである。
(2) 本件発明1と甲1発明の技術思想の同一性について
甲第1号証には,杭の上部を保持するチャック9を有する埋込用アタッチメント(杭打込み装置5)に穿孔装置(アースオーガ13)を着脱可能に連結することにより穿孔作業と埋込作業を1台の装置で行うことを可能にするという技術思想が開示されており,本件発明1も同様の技術思想を有し,課題,解決原理及び作用効果を共通にするものであるから,甲第1号証のチャック9を甲第3号証の筒状部11に置き換えて相違点2に係る構成とすることに何の障害も存在しない。
また,係合装置18は,チャック9に嵌合された杭上部をさらに把持する機能として付加されたものであり,本件発明1と甲1発明とは,同じ埋込用アタッチメントに穿孔装置を着脱可能に取り付けるための具体的な構造が相違しているにすぎないところ,嵌挿部材15をチャック9に嵌挿して係合装置18を作動させるという手段に代え,嵌合部に自在継手を介して穿孔装置を取り付けるという手段を採用することは,当業者にとって自明であり,単なる設計事項にすぎないというべきである。
(3) 穿孔装置の着脱に関する技術水準について
穿孔装置であるアースオーガが油圧式ショベル系掘削機のアタッチメントの一種であること及び当該アタッチメントが油圧式ショベル系掘削機のアームの先端に回動可能かつ着脱可能に連結されることは,本件特許出願当時において,当業者に周知の技術である。
また,アースオーガを連結するための部材として自在継手を用いることは,ごくありふれた技術であり,自在継手を介して,アースオーガを油圧式ショベル系掘削機のアームに取り付けることも周知技術である。
(4) 以上のとおり,審決の相違点2についての判断は誤りであり,審決は取り消されるべきである。
3 取消事由3(本件発明2について判断の誤り)
審決は,本件発明2は,本件発明1における埋込用アタッチメントの嵌合部に自在継手を介して穿孔装置を着脱可能に取り付ける際に,当該自在継手を「ピンを介して」着脱自在とするものであることを更に限定したものといえるから,本件発明2と甲1発明とを対比すると,少なくとも相違点2において相違するとし,本件発明1に関する相違点2についての判断を前提として,本件発明2についても,審判請求人が提出した証拠に基いて当業者が容易に発明をすることができたものということはできないと判断した。
しかしながら,審決の相違点2の認定及び判断に誤りがあることは上記1及び2のとおりであるから,審決の本件発明2についての判断も誤りであり,審決は取り消されるべきである。
第4被告の主張の要点
1 取消事由1(本件発明1と甲1発明の相違点の認定の誤り)について
(1) 原告は,本件発明1と甲1発明はいずれも「杭上部に被せるための嵌合部」を有しており,審決による両発明の一致点及び相違点の認定は誤りであると主張するが,失当である。
(2) 甲1発明の杭打込み装置5は,起振装置10を備える振動杭打機(バイブロハンマー)であり,リーダーによる垂直推進機構を採用しているものであることから,杭の角度を修正するには,一旦地盤から抜き,再度打ち直す必要がある。チャックは,このような引き抜きにも使用されるほか,オーガ刃17を回動させて掘削した後で,オーガ刃17を穴から引き上げる際にも使用される。また,オーガ作業では,オーガを回転させながら土を解す必要があるため,回転による地盤中への進行に抗してオーガを制御する必要がある。さらに,起振装置10で振動を与える甲1発明の杭打込み装置では,杭に十分振動を伝えることも必要となる。したがって,甲1発明の杭打込み装置においては,杭やオーガを掴み,強固に固定することができるチャックを必須とする。
これに対して,本件発明においては,油圧式ショベル系掘削機と嵌合部を組み合わせているので,杭を強く掴まなくても,地盤に打ち込んだ杭上部に被せた嵌合部に振動を与えながら,杭上部を旋回させて杭を垂直に修正することができる。また,埋込用アタッチメントの嵌合部を杭の上部に被せ,掘削機のアームやブームによって杭の頂部を押さえつけて押し込むことができるので,甲1発明のようにチャックで杭やオーガを強固に固定する必要はない。
また,チャックは,目的物の大きさに対応して歯間の間隔を変え,目的物を掴むものであるから,「可変性」を有するが,「形状が合った物を嵌め合わせるという意味で使用される「嵌合」は「可変性」を有するものではない。
原告は,オーガ13の上部の嵌挿部材15がチャック9に「嵌挿」されること,嵌挿部材15が「チャックに装着する杭」と同じ形状もしくは同様の形状を有すること,及び,チャック9に杭の頭が装着されることから,チャック9が「杭上部に被せるための嵌合部」を有すると主張するが,「嵌挿」の語が使用されているのは,チャック9とオーガ13に関する説明の部分だけであり,杭との関係では「装着」の語が用いられている。
さらに,原告は,「チャック9に設けられた下向きの穴」があると主張するが,第3図及び第4図から,チャックの両側が開放空間となっていることは明らかであり,原告の主張は失当である。
したがって,甲1発明には「杭上部に被せるための嵌合部」は存在せず,審決がこの点を一致点として認定しなかったことは正当である。
(3) 上記(2)のとおり,本件発明1と甲1発明は,「杭上部に被せるための嵌合部」の有無において相違し,この点を相違点として挙げた審決の認定は正当であるから,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 原告は,審決の相違点2についての判断が誤りであるとする理由として,甲第1号証には,「杭の上部を保持するチャック9を有する埋込用アタッチメント(杭打込み装置5)に穿孔装置(アースオーガ13)を着脱可能に連結することにより穿孔作業と埋込作業を1台の装置で行うことを可能にするという技術思想」が開示されているところ,本件発明1の技術思想も同様であり,本件発明1と甲1発明は,課題の解決原理,作用効果のいずれも共通するから,甲1発明のチャック9を筒状部11に置き換えて相違点2に係る構成とすることには何の障害も存在しないと主張するほか,自在継手を媒介として,アースオーガを油圧式ショベル系掘削機のアームに取り付けることは周知技術であると主張する。
しかしながら,これらの主張は失当である。
(2) 甲1発明は,「杭保持用のチャックに,上部に杭的形状をなす嵌挿部材を取り付けたアースオーガを着脱可能」としたものであるのに対し,本件発明1は,「杭上部に被せるための嵌合部を有する埋込用アタッチメントの嵌合部に自在継手を介して穿孔装置を着脱可能に取り付けるもの」であって,技術的手段を異にする。
作用効果についても,甲1発明では,上下に長いリーダーを備えたクレーンを使用するため,電線のある場所や軒下など,空中に作業を制限する構造物がある場合には杭打ち作業ができないのに対し,本件発明1では,油圧式ショベル系掘削機を使用し,上下に長いリーダーを使用しないので,クレーン作業ができない場所でも杭打ち作業ができる。また,本件発明1のアタッチメントは,穿孔装置を作動して地盤に穴をあけるときには,振動装置は穿孔装置に対して錘として機能し,穿孔効率の向上に寄与するという格別の効果を奏するのであり,甲1発明と本件発明1は作用効果においても異なるものである。
したがって,甲1発明と本件発明1は課題において共通しているとしても,技術的手段及び作用効果が相違しており,技術思想において共通ではない。
(3) 原告は,アースオーガが油圧式ショベル系掘削機のアタッチメントの一種であることを示して,相違点2の構成とすることが容易であると主張するが,アースオーガをショベルのアームに取り付けることについて記載があるとしても,本件発明1のように「杭上部に被せるための嵌合部を有する埋込用アタッチメント」の嵌合部に自在継手を介して穿孔装置を着脱可能に取り付けることについては,原告が示す証拠に何ら記載されていない。
したがって,甲1発明に基づいて相違点2に係る構成とするためには,甲1発明のチャック9を甲第3号証の筒状部11に置き換えた上,これに穿孔装置を連結する手段として自在継手を用いるという二段階の創作能力を発揮する必要があり,当業者が容易に想到し得るものではない。
(4) さらに,甲1発明に自在継手を介して穿孔装置を取り付けることには阻害事由がある。
甲1発明の杭打機はクレーンを使用したものであり,クレーンを杭打機やアースオーガとして使用する場合,風や振動によっても杭やアースオーガの方向が不安定にならないように,ガイドを持つリーダーを装備することが必要であり,甲1発明のクレーンもこれを装備している。このような構造の甲1発明においては,アースオーガを自在継手を介して取り付けた場合,アースオーガが障害物に接して抵抗を受けたときに自在継手の部分が前後左右方向に傾斜し,リーダー又はガイドを傷つけるおそれがある。
他方,本件発明1は,穿孔機が動く方向を拘束させないために使用するものであり,穿孔ロッドを任意の方向に傾斜させることができるものである。
したがって,甲1発明に接した当業者は,杭打込み装置とアースオーガを自在継手を介して取り付けることは想到しない。
(5) 以上のとおり,本件発明1と甲1発明の技術的思想は異なり,甲1発明に基づいて相違点2に係る構成とすることには阻害要因があることから,審決の相違点2についての判断は正当であり,取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(本件発明2について判断の誤り)について
原告は,審決の相違点2の認定及び判断が誤りであることを前提として,本件発明2についての判断も誤りであると主張するが,取消事由1及び2は理由がないから,これらを前提とする取消事由3も理由がない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と甲1発明の相違点の認定の誤り)について
(1) 原告は,甲第1号証には,嵌挿部材15と同じ形状もしくは同様の形状をもつ杭の頭が,嵌挿部材15と同様にチャック9の穴に嵌合されることが記載されており,甲第1号証に記載されるチャック9は「杭上部に被せるための嵌合部」を具備するものであるから,審決がこの点を本件発明1と甲1発明の一致点として認定せず,「相違点2」として「埋込用アタッチメント[杭打込み装置5]が有する杭保持部の構成及び当該杭保持部に(穿孔装置[アースオーガ13]を)着脱可能に取り付ける構成に関して,本件発明1が,杭保持部を『杭上部に被せるための嵌合部(15)』として構成し・・・ているのに対し,甲1発明は,杭保持部を(油圧シリンダ11により強固に固定する)『杭保持用のチャツク9』として構成し・・・ている点。」を認定したことは誤りである旨主張するので,以下,検討する。
(2) 上記第2の2のとおり,本件発明1は「杭上部に被せるための嵌合部」と規定するものではあるが,「嵌合部」の形状や嵌合の状況について特段限定していない。
平成3年11月15日株式会社岩波書店発行の「広辞苑第4版」によると,「嵌合」とは,「はめあい」を意味するものであるとされ(574頁),「はめあい」とは「〔機〕軸が穴にかたくはまり合ったり,滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう語。かんごう。」であるとされ(2098頁),「穴(・孔)」とは「①くぼんだ所。または,向うまで突き抜けた所。・・・」とされている(60頁)。
そうすると,特段の事情のない限り,本件発明における「嵌合」の意義についても,上記の一般的な語義に従い,「軸がくぼんだ所にかたくはまり合ったり,滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係」を意味し,本件発明1の「嵌合部」とは,そのようにして軸がはまる「穴」,すなわち,「くぼんだ所」のことを意味するものと理解することができ,これを別異に解すべき特段の事情を認めることはできない。
(3) 甲第1号証の2には,次の各記載がある。
ア 「杭打込みに必要な動力を杭に付与する装置と,この装置に併設した杭保持用のチヤツクとを有する杭打込み装置を取付けた基台をリーダーに進退自在に支持して杭の打込みをする杭打機において,前記チヤツクに,上部に杭的形状をなす嵌挿部材を取付けたアースオーガを着脱可能としたことを特徴とする杭打機。」(実用新案登録請求の範囲)
イ 「この杭打込み装置5は,杭保持用のチヤツク9と,杭打込に必要な動力を杭に付与する装置としてのたとえば起振装置10とからなり,杭保持用のチヤツク9の開閉動作はチヤツク9内側に装備した,たとえば油圧シリンダ11で行わせている。」(4頁13~17行)
ウ 「また前記杭保持用チヤツク9の下部には,アースオーガ13が嵌挿され,このオーガ13は,回転モータ14を内蔵し,前記チヤツク9に嵌挿する嵌挿部材15を上部に取付けたフレーム本体16と,下部には前記回転モータ14から延長して延びる地盤Eを掘削するオーガ刃17が取付けられている。オーガ13と,チヤツク9の嵌挿であるが,チヤツク9は目的に応じて杭を装着するので,オーガ13の上部の嵌挿部材15は,このチヤツクに装着する杭と同じ形状,もしくは杭と同様の形状を有し,チヤツク9内の油圧シリンダ11でもつて強固に固定するようにし,さらにオーガ13の上部両端部に油圧等で作動する係合装置18を設け,より確実に一体化が図れるようにし,オーガ13は前記チヤツク9の油圧シリンダ11と係合装置18をはずすことによつて離脱するようになつており,これにより杭打込み装置5と,アースオーガ13は着脱可能である。」(5頁4~20行)
エ 「なおこの場合連続して杭を全部打込んで最後に,杭打込み装置5のチヤツク9の油圧シリンダ11をゆるめ,かつ係合装置18をはずしアースオーガ13をとりはずし,チヤツク9で先に地盤中に打込んだ杭の頭を装着し,杭に支持力をもたせるために短時間杭打込み装置5の起振装置10を作動させ杭の打止めを行う。」(6頁8~14行)
(4) 上記(5)の各記載によると,甲1発明のチャック9は嵌挿部材15を嵌挿するものであり,その嵌挿部材15は同じくチャックに装着される杭と同一形状又は杭と同様の形状を有するものであるというのであるから,杭はその上部がチャック9に嵌挿されるものであることが認められる。
そうすると,チャック9が杭上部に被せるための「くぼんだ所」を有すること及び杭上部とチャック9の「くぼんだ所」が「はまり合う」関係にあることは明らかであり,チャック9は「杭上部を被せるための嵌合部」を有するものと認められる。
この点に関し,被告は,チャックと杭との関係では「嵌挿」ではなく「装着」の語が用いられていることを主張するが,上記のとおり,杭の上部がチャック9に嵌挿されることによって「装着」されるものと理解すべきであるから,被告の主張を採用することはできない。
したがって,審決が,この点を本件発明1と甲1発明の相違点として認定し,「埋込用アタッチメント[杭打込み装置5]が有する杭保持部の構成及び当該杭保持部に(穿孔装置[アースオーガ13]を)着脱可能に取り付ける構成に関して,本件発明1が,杭保持部を『杭上部に被せるための嵌合部(15)』として構成し・・・ているのに対し,甲1発明は,杭保持部を(油圧シリンダ11により強固に固定する)『杭保持用のチャツク9』として構成し・・・ている点。」を「相違点2」とした点は誤りであるというべきである。
被告は,甲1発明の杭打込み装置においては,杭やオーガを掴み,強固に固定することができるチャックを必須とするのに対して,本件発明においては,油圧式ショベル系掘削機と嵌合部を組み合わせているので,甲1発明のようにチャックで杭やオーガを強固に固定する必要はないのであり,甲1発明のチャックとオーガ及び杭は「嵌合」するものではない旨主張するが,「嵌合」の語は上記のようなものであり,その「はまり合い」の程度を問わないものと理解することができるのであるから,被告の主張を採用することはできない。
また,被告は,チャックは,目的物の大きさに対応して歯間の間隔を変え,目的物を掴むものであるから,「可変性」を有するが,「形状が合った物を嵌め合わせるという意味で使用される「嵌合」は「可変性」を有するものではないと主張するが,チャックの歯間の間隔を変えるのは「嵌合」させるための準備行為に過ぎず,オーガや杭の大きさに合致した歯間に固定された上で使用されるのであるから,可変性を有することは「嵌合」を何ら妨げるものではない。したがって,被告の主張を採用することはできない。
さらに,被告は,甲第1号証の2の第3図及び第4図から,甲1発明のチャックの両側が開放空間となっていることを挙げるが,そもそも上記第3図及び第4図は要部拡大断面図であり,チャックの両側が開放空間となっていることを示すものということはできない上,仮にチャックの両側が開放空間となっていたとしても,上記で認定した「嵌合」の語義に照らすと,「くぼんだ所」については,その「くぼんだ所」と軸がはまり合うことができるものであれば足りるというべきであり,その周囲が閉じたものでなければならないと解すべき理由はないから,この点においても被告の主張を採用することはできない。
以上のとおり,取消事由1は理由がある。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 審決は「甲1発明における『杭保持用のチャツク9』に代えて,甲第3号証に記載の埋込用アタッチメント〔ハンマー部材(4)〕の嵌合部である『筒状部(11)』,すなわち,杭上部に被せるための『嵌合部』を用いるものと単に変更することは,当業者が容易に想到し得たことということができる。」としながら,「このような変更をすると,甲1発明では・・・『杭保持用のチャツク9』に・・・嵌挿部材15を嵌挿するとともに,当該穿孔装置〔アースオーガ13〕の上部両端部に設けた係合装置18を用いて着脱可能に構成していたのであるから,このような穿孔装置〔アースオーガ13〕の着脱可能な取り付けが他方でできないことになり,結果として,相違点2に係る本件発明1の構成は得られないこととなる。」と判断しているが,原告は,係合装置18は,チャック9に嵌合された杭上部をさらに把持する機能として付加されたものであり,これに代えて別の手段を採用することに問題はない旨主張する。
(2) 仮に,「嵌合部(15)」と甲1発明の「チヤツク9」が相違するものであり,審決がした相違点2の認定に誤りがないとしても,審決が「甲1発明における『杭保持用のチャツク9』に代えて,甲第3号証に記載の埋込用アタッチメント〔ハンマー部材(4)〕の嵌合部である『筒状部(11)』,すなわち,杭上部に被せるための『嵌合部』を用いるものと単に変更することは,当業者が容易に想到し得たことということができる。」としながら,「このような変更をすると,甲1発明では・・・『杭保持用のチャツク9』に・・・嵌挿部材15を嵌挿するとともに,当該穿孔装置〔アースオーガ13〕の上部両端部に設けた係合装置18を用いて着脱可能に構成していたのであるから,このような穿孔装置〔アースオーガ13〕の着脱可能な取り付けが他方でできないことになり,結果として,相違点2に係る本件発明1の構成は得られないこととなる。」と判断した点は,以下のとおり,誤りである。
甲1発明の係合装置18について,甲第1号証の2には,上記1(3)ウで認定したとおり,「オーガ13と,チヤツク9の嵌挿であるが,チヤツク9は目的に応じて杭を装着するので,オーガ13の上部の嵌挿部材15は,このチヤツクに装着する杭と同じ形状,もしくは杭と同様の形状を有し,チヤツク9内の油圧シリンダ11でもつて強固に固定するようにし,さらにオーガ13の上部両端部に油圧等で作動する係合装置18を設け,より確実に一体化が図れるようにし,オーガ13は前記チヤツク9の油圧シリンダ11と係合装置18をはずすことによつて離脱するようになつており,これにより杭打込み装置5と,アースオーガ13は着脱可能である。」との記載がある。
そうすると,係合装置18は,オーガ13とチャック9の嵌挿について,これを「より確実に一体化が図れるようにし」たものであることが明らかであり,甲第1号証の2には,係合装置18に関する上記記載以外の何らの記載もないことからすると,係合装置18がオーガ13とチャック9の嵌挿に必須の構成ということはできないから,オーガ13とチャック9の嵌挿に際し,係合装置18がない場合をも十分想定することができるのであり,この場合においては,甲1発明に甲第3号証の「筒状部(11)」を適用することにより「杭上部に被せるための嵌合部」を備える構成とすることができるというべきであるから,この点について,「相違点2に係る本件発明1の構成は得られないこととなる」とした審決の判断は誤りである。
(3) また,審決は,相違点2に関し,「甲第3号証~甲第5号証のいずれにも,相違点2に係る本件発明1の構成における杭保持部,すなわち『杭上部に被せるための嵌合部』に(穿孔装置を)自在継手を介して着脱可能に取り付ける構成は何ら示されていない。」とした上で「相違点2に係る本件発明1の構成は,甲1発明に甲第3号証~甲第5号証の記載事項を適用することによっては,当業者が容易に想到し得たということができない。」と判断しているが,この判断は,以下のとおり,誤りである。
ア 原告提出に係る証拠の記載
甲第25号証(1961年(昭和36年)9月10日株式会社コロナ社発行の「建設機械」75~76頁)には,アースオーガに関し,「はん用的な機種の大半はクローラのアタッチメント形式であるが,三輪又は四輪台車に組み込まれたもの,トラックフレームに組みこまれて動力をトラックのエンジンから得るものなどもある.オーガリーダは,ディーゼルパイルハンマ用リーダを兼用するものが多いが,専用リーダとしたものやリーダ中折れ形(地下鉄工事用)もある.専用機種には,旋回台をもつオタリー式走行台車に載せて集中制御装置をもつもの,発電機もいっしょに載せたもの,油圧ショベルのアタッチメントとして動力を油圧ショベルの油圧ポンプから受けるものなどがある.」との記載があるところ,この記載によると,本件特許出願当時において,アースオーガには種々のものが存在し,油圧式ショベル系掘削機に取り付けられるタイプのアースオーガも存在することが知られていたものと認められる。
また,甲第26号証(1989年(平成元年)10月15日社団法人日本機械学会発行の「機械工学便覧 エンジニアリング編」C1-134頁)には,油圧ショベルの応用アタッチメントとしてアースオーガが開発されていることが記載されているものと認められ,甲第27号証(実開平6-79890号)及び甲第29号証(実開平2-125092号)には,自在継手を介してアームに取り付けるアースオーガが記載されているものと認められる。
さらに,甲第22号証の3の三和ブレーカー株式会社発行の製品パンフレット(「サンワ油圧オーガー」と題するもので,表紙に「パワフルな掘削機!」との記載があるもの。以下「旧パンフレット」という。)には,ピン状の部材により自在継手を介して油圧式ショベル系掘削機のアームに取り付けるアースオーガが記載されている。そして,旧パンフレット掲載のアースオーガと同種のものが掲載されている同社の別の製品パンフレット(「立穴掘削機サンワ油圧オーガー」と題するもの。以下「新パンフレット」という。甲第22号証の2)の末尾には「新しく稼働した,三重県上野工場!!」との記載があり,甲第22号証の1(履歴事項全部証明書)及び第24号証の1(不動産登記簿謄本(全部事項証明書))によると,ベレックス株式会社の旧商号である三和ブレーカー株式会社が平成元年11月1日に三重県伊賀市大内字小廻り342番地2に工場を新築したことが認められるところ,旧パンフレットには上記の新工場に関する記載がないことからすると,旧パンフレットは,上記新工場の建築より前,すなわち,平成元年11月以前に発行されたものと推認することができる。そうすると,自在継手を介して油圧式ショベル系掘削機のアームに取り付けられるアースオーガは,遅くとも平成元年末ころまでには同社のパンフレットに掲載されていたものとみることができる。
以上によると,ピン状の部材により自在継手を介して油圧式ショベル系掘削機のアームに取り付けるアースオーガは,本件特許出願時において,周知であったものと認められるから,「相違点2に係る本件発明1の構成は,甲1発明に甲第3号証~甲第5号証の記載事項を適用することによっては,当業者が容易に想到し得たということができない。」との審決の判断は誤りである。
イ 被告は,「甲1発明と本件発明1は課題において共通しているとしても,技術的手段及び作用効果が相違しており,技術思想において共通ではない」ことを前提として,「甲1発明に基づいて相違点2に係る構成とするためには,甲1発明のチャック9を甲第3号証の筒状部11に置き換えた上,これに穿孔装置を連結する手段として自在継手を用いるという二段階の創作能力を発揮する必要があり,当業者が容易に想到し得るものではない」と主張する。
しかしながら,上記1のとおり,そもそも甲1発明は,「杭上部に被せるための嵌合部」を備えるものであり,甲1発明のチャック9を甲第3号証の筒状部11に置き換える必要はないから,被告の主張は前提において失当である。
この点に関し,審決は,「『乙第4号証』(判決注:本訴における甲第22号証の2)に記載されたところの油圧式ショベル系掘削機のアーム先端部に穿孔装置[オーガー]を着脱可能に取り付けるための構成は,本件発明1のように『杭上部に被せるための嵌合部を有する埋込用アタッチメント』の『上記嵌合部(15)』に対して,言い換えれば,穿孔装置以外の何らかの他の装置を(嵌合する態様で)取り付けることができるものとして構成された『嵌合部』に対して,自在継手を介して穿孔装置[オーガー]を着脱可能に取り付けるものではないことが明らかであ(る)」とするが,上記アのとおり,油圧式ショベル系掘削機のアームにアースオーガを自在継手を介して取り付けることが周知であると認められるところ,その取付位置をアームの先端とすることはごく自然に選択される事項であり,アームの先端部に嵌合部が取り付けられている場合において,アースオーガをその嵌合部に取り付けることに阻害事由があるとは認められないから,同嵌合部に穿孔装置を自在継手を介して取り付けることは当業者により適宜選択される事項であるというべきである。
なお,被告は,甲1発明の杭打機はクレーンを使用したものであるところ,このような杭打機に自在継手を介してアースオーガを取り付けて作業を行うと,アースオーガが障害物に接して抵抗を受けたときに自在継手の部分が前後左右方向に傾斜し,リーダーやガイドを傷つけるおそれがあるから,甲1発明に基づいて本件発明1の構成をすることには阻害事由が存在すると主張する。
しかしながら,甲第31及び第32号証には,クレーンにおいてアースオーガを自在継手を介して取り付けることが示されているから,被告の主張を採用することはできない。
(4) 以上のとおりであるから,審決の相違点2についての判断は誤りであり,取消事由2は理由がある。
3 取消事由3(本件発明2について判断の誤り)について
審決は,本件発明2と甲1発明は少なくとも「相違点2」において相違すること及び「相違点2」に係る構成とすることについて当業者が容易に想到し得ないことを前提として,本件発明2は当業者が容易に発明することができたものということはできないと判断した。
しかしながら,上記1及び2のとおり,取消事由1及び2は理由があり,本件発明2についての審決の判断は,前提において誤っているといわざるを得ないから,審決の判断は誤りである。
したがって,取消事由3は理由がある。
第6結論
以上のとおり,取消事由はいずれも理由があるから,原告の請求を認容すべきであり,審決は取消しを免れない。
(裁判長裁判官 田中信義 裁判官 石原直樹 裁判官 杜下弘記)