知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10261号 判決 2008年4月28日
原告
株式会社安川電機
訴訟代理人弁護士
松尾和子
訴訟代理人弁理士
大塚文昭
同
竹内英人
同
近藤直樹
同
中村彰吾
訴訟代理人弁護士
高石秀樹
同
奥村直樹
訴訟代理人弁理士
那須威夫
被告
株式会社日立製作所
訴訟代理人弁護士
飯田秀郷
同
井坂光明
同
隈部泰正
訴訟代理人弁理士
沼形義彰
同
西川正俊
訴訟復代理人弁護士
辻本恵太
主文
1 特許庁が無効2005-80360号事件について平成19年6月12日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,被告が後記特許(発明の名称「誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法」,出願日昭和59年3月2日,登録日平成8年11月21日,発明の数1)の特許権者であるところ,原告から平成17年12月20日付けで特許無効審判請求がなされ,特許庁が平成18年6月8日付けで特許無効の審決をしたものの,審決取消訴訟を提起された知的財産高等裁判所が特許法181条2項により審決取消の決定をし,再び審理した特許庁が今度は平成19年6月12日付けで無効審判請求不成立の審決(本件審決)をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
争点は,①本件審決は被告からの訂正審判を認容したがこれは適法か(訂正要件違反の有無),②被告が出願審査過程の平成5年8月10日になした手続補正が平成5年改正前の特許法(旧特許法)40条にいう「要旨変更」に当たるか(肯定されれば本件特許の公開公報が特許法29条1項3号の刊行物となる),③本件特許発明(訂正後発明)が特開昭57-79469号(発明の名称「非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス漏れインダクタンスに対するパラメータ値検出装置」,出願人シーメンス・アクチエンゲゼルシャフト,公開日昭和57年5月18日,甲3。以下この発明を「甲3発明」という。)との関係で新規性又は進歩性を有するか(特許法29条1項3号,29条2項),④本件特許は旧特許法36条4項の記載要件を欠くものか,等である。
第3当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁等における手続の経緯
ア 被告は,昭和59年3月2日,名称を「交流電動機の定数測定方法」とする発明につき特許出願(特願昭59-38582号)をし(公開公報は特開昭60-183953号〔甲2の1〕,公開日昭和60年9月19日),その後,平成5年8月10日になした手続補正(甲2の2)を含む数次の手続補正・拒絶査定(平成6年2月28日)・不服審判請求(不服平6-6960号)等を経て,平成8年11月21日に特許第2580101号として設定登録を受けた(名称「誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法」,発明の数1,甲1〔特許公報〕。以下「本件特許」という。)。
イ その後平成17年12月20日に至り,原告から下記無効理由に基づいて特許無効審判請求がなされたので,同請求は無効2005-80360号事件として審理されたが,特許庁は,平成18年6月8日,「特許第2580101号発明についての特許を無効とする。」旨の審決(第1次審決。甲6)をした。
記
無効理由1:本件特許は,出願審査過程においてなされた手続補正が要旨変更に当たり,平成5年法律第26号による改正前の特許法40条により出願日が手続補正書を提出した平成5年8月10日とみなされ,本件特許の公開公報である上記甲2の1に記載された発明と同一であるから,新規性を欠く無効理由がある。
<判決注,>平成5年法律第26号による改正前の特許法40条の規定は,次のとおりである。
「40条 願書に添付した明細書又は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要旨を変更するものと特許権の設定の登録があった後に認められたときは,その特許出願は,その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなす。」
無効理由2:本件特許の発明は,前記甲3に記載の発明であるか,あるいはそこに記載された発明から容易に想到できたから新規性ないし進歩性(特許法29条1項3号,2項)を欠く無効理由がある。
無効理由3:本件特許の特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明の項に記載された発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載していないから,明細書の記載要件(昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項)を欠く無効理由がある。
<判決注,>昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項の規定は,次のとおりである。
「36条 特許を受けようとする者は,次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければならない。
…
4 第2項第4号の特許請求の範囲には,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。ただし,その発明の実施態様を併せて記載することを妨げない。」
ウ そこで,これに不服の被告は平成18年7月12日,その取消しを求める訴訟を提起した(当庁平成18年(行ケ)第10326号)ところ,知的財産高等裁判所は,平成18年11月17日,被告から訂正審判請求がなされた等の事情を考慮して,特許法181条2項に基づき第1次審決を取り消す旨の決定をした。
エ 上記決定により特許庁において再び無効2005-80360号事件が審理されるところとなり,その中で被告は平成18年12月18日付けで訂正請求(以下「本件訂正」という。甲8)をしたところ,特許庁は,平成19年6月12日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(第2次審決。以下「本件審決」ということがある。)をし,その謄本は平成19年6月22日原告に送達された。
(2) 発明の内容
ア 訂正前発明
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下「訂正前発明」という。)
「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機を駆動する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,
前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,
実運転前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の出力量を前記演算手段に入力し,該入力した出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,
この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することを特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。」
イ 訂正発明
本件訂正後の特許請求の範囲の1記載の発明は,次のとおりである(下線が訂正部分。以下「訂正発明」という。)。
「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,
前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,
前記電動機をベクトル制御する前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,
この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することを特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。」
(3) 訂正請求の内容
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を,前記(2)ア(訂正前発明)からイ(訂正発明)と訂正する。
イ 訂正事項2
【発明の詳細な説明】の〔発明の利用分野〕の欄に「本発明は,誘導電動機を駆動する制御装置の制御演算定数を設定する誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法に関する。」(本件明細書〔甲1〕2頁左欄29行~31行)とあるのを,「本発明は,誘導電動機をベクトル制御する制御装置の制御演算定数を設定する誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法に関する。」と訂正する。
ウ 訂正事項3
【発明の詳細な説明】の〔発明の概要〕の欄に「本発明の特徴とするところは,誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機を駆動する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,実運転前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の出力量を前記演算手段に入力し,該入力した出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することにある。」(本件明細書〔甲1〕2頁右欄20行~33行)とあるのを,「本発明の特徴とするところは,誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,前記電動機をベクトル制御する前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することにある。」
と訂正する。
エ 訂正事項4
【発明の詳細な説明】の〔発明の効果〕の欄に「また,本発明による電動機定数の測定は,電動機の実運転前に,電動機定数演算手段から出力する電動機定数の測定条件に応じた指令信号を用いることによって,電動機の実運転時に使用する制御システム(変換器,制御装置)を共用して行なうので,電動機定数測定のための特別の測定装置を不要とすることができる。」(本件明細書〔甲1〕8頁左欄16行~右欄4行)とあるのを,「また,本発明による電動機定数の測定は,電動機をベクトル制御する前に,電動機定数演算手段から出力する電動機定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を用いることによって,電動機をベクトル制御する時に使用する制御システム(変換器,制御装置)を共用して行なうので,電動機定数測定のための特別の測定装置を不要とすることができる。」と訂正する。
オ 訂正事項5〔誤記の訂正〕
【発明の詳細な説明】の〔発明の実施例〕の[l1+l2’の測定]の式(12)(本件明細書〔甲1〕5頁)の分子に「M3」とあるのを「M2」に,訂正し,また,[L1の測定]に「i1q=」とある(5頁左欄29行)のを「i1q=0」と訂正する。
(4) 審決の内容
審決の内容は別添審決写し記載のとおりである。その理由の要点は,本件訂正は明りょうでない記載の釈明,特許請求の範囲の減縮又は誤記の訂正に当たるとしてこれを認め,原告主張の前記無効理由1ないし3はいずれも認めることができない,としたものである。
(5) 審決の取消事由
しかしながら,審決には以下に述べるような誤りがあるから,審決は違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(訂正要件違反)
(ア) 審決は,訂正事項1につき,「実運転前」を「電動機をベクトル制御する前」と訂正するのは明りょうでない記載の釈明に当たる(5頁18行~19行)として訂正を認めたが,誤りである。
訂正発明は,「電動機をベクトル制御する前」に電動機定数を測定演算するとする発明であるから,「ベクトル制御」を行うことなく「電動機定数を測定演算」するものと解される。
しかし,本件明細書(甲1)に開示されている「電動機定数を測定演算」する方法は,「励磁電流とトルク相当分電流をそれぞれ独立に制御」して測定演算する方法のみであって,それ以外の方法により「電動機定数を測定演算」する方法は記載されていない。その詳細は以下のとおりである。
(イ) 本件明細書(甲1)に記載されている〔発明の実施例〕(2頁右欄34行以下)においては,各種の電動機定数の演算方法を求めるための出発点として,次の誘導電動機の電圧方程式((5)式)を採用している(4頁)。
file_2.jpgvadsryipd—@ (£i4+L1) i1a-OM ing y vid =, (£i+11) idtrsivate Misa | (5)上記(5)式は,変換器の出力電流及び電動機電圧について,これらをベクトルとして,回転座標系におけるd軸成分(励磁電流方向の成分/dの添字が付されたもの)に関するものとq軸成分(トルク電流方向の成分/qの添字が付されたもの)に関するものとに分解して表した式である。
本件明細書の実施例に記載されている各電動機定数の演算式は,この(5)式から2次電流i2d及びi2qを消去して得た(7)式又は(11)式に,所定の周波数,位相及び大きさを有する出力電流(ω1,i1d,i1q),及び,該電流条件下では所定値に特定(ω1に特定)される「すべり角周波数ωS」を代入して導出されたものである。
したがって,各演算式は,いずれも,前記所定の周波数,位相及び大きさを有する電流値(ω1,i1d,i1q)において成立し,該電流値どおりに出力電流が制御されていることを前提とするものであり,特に,上記(5)式を用いて測定演算するものであるから,必然的に,出力電流をd軸成分(i1d/励磁電流)とq軸成分(i1q/トルク相当分電流)とに分解し,これらを独立して制御しなくてはならない。これはすなわち,電動機定数の測定演算において「ベクトル制御」していることに他ならない。
これを本件明細書(甲1)の測定演算の対象となっている各電動機定数の測定方法に則して主張すると,以下のとおりである。
(ウ)a 「1次抵抗(r1)」の測定演算は,i1q=0,ω1=0,及びωS=0(直流励磁)との条件を設定(i1dは電流指令信号id*に比例して制御されるため既知である)して1次抵抗を求める(8)式を導いているが,ここで出力電流をi1d=所定値及びi1q=0とすることは,出力電流をd軸成分(i1d/励磁電流)とq軸成分(i1q/トルク相当分電流)とに分解し,これらを独立して制御することであるから,ベクトル制御に相当する(4頁〔r1の測定〕欄,6頁左欄5行~20行)。
b 「(1次換算の)2次抵抗(r2’)」の測定演算は,i1q=0,ω1=ωSとの条件を設定して,(さらにi1dは電動機が回転しない程度の小さな値に設定し,ω1はr22≪ω12(l2+L2)2である条件,例えば314rad/s(50Hz)に設定して,)2次抵抗を求める(10)式を導いているが,ここで出力電流をi1d=所定値(電動機が回転しない程度の小さな値)及びi1q=0と設定することは,出力電流をd軸成分(i1d/励磁電流)とq軸成分(i1q/トルク相当分電流)とに分解し,これらを独立して制御することであるから,ベクトル制御に相当する(4頁〔r2’の測定〕欄,6頁左欄26行~34行)。
c 「漏れインダクタンス(l1+l2’)」の測定演算は,i1q=0,ω1=ωSとの条件を設定して(さらにi1dは電動機が回転しない程度の小さな値とし,ω1はr2≪ω1(l2+L2)である条件,例えば314rad/s(50Hz)に設定する)漏れインダクタンスを求める(13)式を導いているが,ここで出力電流をi1d=所定値(電動機が回転しない程度の小さな値)及びi1q=0とすることは,出力電流をd軸成分(i1d/励磁電流)とq軸成分(i1q/トルク相当分電流)とに分解し,これらを独立して制御することであるから,ベクトル制御に相当する(5頁〔l1+l2’の測定〕欄,6頁左欄35行~39行)。
d 「1次インダクタンス(L1)」の測定演算は,i1q=0,ω1=0,ωS=0かつi1dをステップ変化させる条件を設定して1次インダクタンスを求める(18)式を導いているが,ここで出力電流をi1dをステップ変化させかつi1q=0とすることは,出力電流をd軸成分(i1d/励磁電流)とq軸成分(i1q/トルク相当分電流)とに分解し,これらを独立して制御することであるから,ベクトル制御に相当する(5頁〔L1の測定〕欄,6頁左欄40行~右欄34行)。
e 「2次時定数(T2)」の測定演算は,1次インダクタンス(L1)の測定演算結果を利用して求めているところ,上述したとおり1次インダクタンス(L1)の測定演算はベクトル制御によって行われる以上,2次時定数(T2)の測定演算もベクトル制御によって行われる(5頁〔T2の測定〕欄,6頁右欄35行~7頁左欄2行)。
(エ) 以上のとおりであるから,本件明細書には,「電動機をベクトル制御する前」に「ベクトル制御」を行うことなく「電動機の電動機定数を測定演算」する発明は開示されておらず,本件特許出願当時(昭和59年3月2日)「ベクトル制御」以外の方法により誘導電動機の電動機定数を測定演算することが当業者に自明であった事実もない。
したがって,訂正事項1の「電動機をベクトル制御する前」とは,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項ではなく,「実運転前」を「電動機をベクトル制御する前」とする訂正は認められるべきものではなく,審決にはこの点の判断を誤った違法がある。
イ 取消事由2(要旨変更による出願日繰り下げに伴う新規性欠如)
(ア) 本件特許の願書に最初に添付された明細書又は図面(当初明細書等)には,本件公開公報(甲2の1)記載のとおり,以下の事項が記載されていた。
a「特許請求の範囲
1.交流電動機と,該電動機に直流及び交流を供給する変換器と,該変換器の出力電流の周波数及び位相を制御するための制御装置を備え,前記変換器より前記電動機に所定の周波数及び位相の電流(直流の場合は各巻線に対して所定の極性と大きさの電流)を供給し,その際に発生する電動機電圧と前記電流に基づいて前記電動機の電気定数を演算測定するようにしたことを特徴とする交流電動機の定数測定方法。」(1頁左欄3行~12行)
b「〔発明の利用分野〕
本発明は,交流電動機の電気定数の測定法に関し,特に出力電流(電圧)の大きさ及び周波数を調節できる変換装置を用いてその諸定数を測定する方法に関する。」(1頁左欄14行~18行)
c「従来は電動機定数の設計値に基づいてその設定を行っているが,使用する電動機毎に制御定数を変更する必要がありはん雑なこと,また前述の設計値と実際値の不一致により制御演算誤差を生じることが問題である。ところで従来においては,直流電動機などの直流負荷のインピーダンスを,その電動機に給電する変換装置の出力電流及び電圧に基づいて計測する方法が周知である。直流機の場合,その等価回路は各々,単一の抵抗,インダクタンス及び逆起電力で表わされ,その抵抗値は,電動機に所定の電流を流した際における電動機電圧と電流の比の値(定常値)に基づいて測定される。またインダクタンスについては,電動機に所定の電圧をステップ的に印加した際における電動機電流の立上り時定数から測定することができる。そしてその測定結果に基づいて制御定数が設定される。」(1頁右欄4行~末行)
d「一方,交流電動機の場合は,その等価回路は各各,複数の抵抗,インダクタンス等で表わされ,それぞれを分離して測定する必要があること,また交流電動機は一般に多相巻線をもつため,測定時に各巻線に流す電流の位相(直流の場合は電流の極性と大きさ)並びに電流の通流により誘起される各巻線電圧の位相(直流の場合は電圧の極性と大きさ)をも考慮する必要があり,前述した従来の方法によっては応じられない。」(2頁左上欄1行~9行)
e「〔発明の目的〕本発明は前述した問題を解決することにあり,ベクトル制御用などの変換装置においてはその出力電流の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し,これを用いて電動機に所定の電流を供給し,その際に誘起する電動機電圧に基づいて交流電動機の電気定数を高精度に測定し,その測定結果に基づき変換装置(インバータなど)による交流電動機制御システムの制御演算定数を決定する方法に関する。」(2頁左上欄10行~19行)
f「〔発明の概要〕本発明の特徴とするところは,直流及び交流を出力できる変換装置を用いて交流電動機に供給する電流の大きさ及び周波数を所定値に制御し,その際の電動機電圧の検出値に基づき電動機の各種インピーダンスを測定し,またその測定結果に基づいて変換装置の制御演算定数を決定し,各交流電動機に対して常に最適な制御が行えるようにしたことにある。」(2頁左上欄20行~右上欄8行)
g「〔r1の測定〕
…
ここで,i1q=0,ω1=0及びωS=0(直流励磁)の条件を設定すれば,v1d=r1i1d…(8)
v1dは前述した電圧成分検出器8を用いて検出でき,またi1dは前述したように電流指令信号id*に比例して制御されるために既知である。したがってr1は(8)式に基づいて測定できる。
〔r2'の測定〕
次に,i1q=0,ω1=ωS,すなわち回転停止にて一定周波数で励磁する条件を設定すれば,…ここで,1次角周波数ω1に対してr22≪ω12(l2+L2)2である条件を設定すれば,…ここで,r1は前述より既知であるから,2次抵抗の1次換算値r2'が測定できる。
〔l1+l2’の測定〕
(5)(6)式よりv1qを求めると,…ここで,i1q=0,ω1=ωSである条件を設定すれば…さらに,r2≪ω1(l2+L2)がある条件では…ここで,v1qは前述した電圧成分検出器8を用いて検出でき,また,i1q(誤記/i1dが正しい)及びω1はそれらの設定信号iq*(誤記/id*が正しい)及びω1*に比例して制御されるため既知である。したがって漏れインダクタンス11+12'が測定できる。
〔L1の測定〕
i1q=0,ω1=0,ωS=0かつi1dをステップ変化させる条件を設定する。なお,インバータ出力電流は電流制御回路の動作に従い高速応答制御できる。したがつてステップ変化のid*を与えることにより,i1dをステップ変化させることができる。」(3頁右上欄10行~4頁右上欄2行)
h「〔発明の効果〕
以上述べたように本発明によれば,電動機定数の測定が簡便かつ高精度に行え,またその測定結果に基づいて制御系の定数設定が自動的に行えるため,電動機定数の設計値と実際値の不一致による前述の不具合を防止でき,また制御系の調節に要する手間を大幅に削減することができる。なお本発明は誘導電動機を対象とするものに限らず,同期電動機が対象であっても同様に適用できる。また変換器は前述のようにPWMインバータに限らず他方式のものであってもよい。」(6頁左下欄下6行~右下欄5行)
(イ) 上記のとおり,制御装置の制御対象に関し,当初明細書(甲2の1)においては,変換器の出力電流の大きさ,周波数及び位相であったのに対し,平成5年8月10日付けの手続補正(甲2の2)により,変換器の出力電流または出力電圧のいずれか,または両方を意味する広い概念である「変換器の出力量」へと補正された。すなわち,出願当初の「出力電流」が変換器の出力電流のみ,変換器の出力電圧のみ,変換器の出力電流及び出力電圧の3つの態様を包含するものへと補正された(甲2の1,2)。
しかし,当初明細書(甲2の1)には,実施例として変換器の出力電流を制御する態様について,電流指令信号の励磁電流成分とトルク電流成分と発振器の出力信号に基づいて出力電流の指令パターン信号を出力し,この値に比例して制御している旨は記載されているが,変換器の出力電圧のみを制御する態様については,何ら記載されていない。
そして当初明細書に記載された発明は,「ベクトル制御用などの変換装置においてはその出力電流の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し,これを用いて電動機に所定の電流を供給」することを前提としたものであって,出力電圧のみを制御することは,何ら記載されておらず,かつ示唆もされていなかったことは明らかであり,また,変換器の出力電圧の成分を制御することが,当初明細書の記載からみて自明な事項であるともいえない。
したがって,制御装置の制御対象につき「変換器の出力量」とする補正は,該補正によって,特許請求の範囲に記載した技術的事項が当初明細書に記載した事項の範囲内でないものとなるので,明細書の要旨を変更するものである。
(ウ)a 審決は,上記手続補正が要旨変更とならないとする理由として「ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条件を設定することにより,式(8)等の,v1d,i1d,すなわち測定演算可能な値のみで電動機定数を演算できる式を求め,この式を用いて電動機定数を演算測定する方法の発明が記載されていた」(12頁4行~8行)と認定したが,この点も誤りである。
b すなわち,当初明細書等(甲2の1)には,1次抵抗r1,2次抵抗r2’,漏れインダクタンスl1+l2’,励磁インダクタンスL1及び2次時定数T2の測定法が記載されており,電動機を回転停止させかつ前記各電動機定数を測定するための,変換器の出力量の条件設定(回転停止条件+他の追加条件)につき,3種類の条件設定が開示されていた。そして,各々の電動機定数につき,3種類の条件設定の中から,該電動機定数に適した一の条件設定においてのみ,該電動機定数を測定演算できることが開示されていた。すなわち,当初明細書等には,回転停止の条件さえ満たせば,変換器の出力量を測定することで電動機定数を演算測定できる方法の発明は記載されていないものである。
c 審決のいう「ω1=0且つωs=0,…である回転停止条件」を設定条件に含む1次抵抗r1測定時の条件設定(ω1=0かつ定常時)では,1次抵抗r1しか測定できない。すなわち,2次抵抗r2’,漏れインダクタンスl1+l2’,励磁インダクタンスL1及び2次時定数T2を測定することはできない。これは1次抵抗r1測定時における出力電流と電動機電圧との関係が,1次抵抗r1以外の電動機定数を含まない(8)式で規定されることからも明らかである。
同じく「ω1=0且つωs=0,…である回転停止条件」を設定条件に含む励磁インダクタンスL1及び2次時定数T2測定時の条件設定(ω1=0かつi1dをステップ変化させる)では,インダクタンスL1及び2次時定数T2しか測定できない。この条件設定で他の電動機定数を測定することについては,何らの開示もない。
「ω1=ωsである回転停止条件」を設定条件に含む2次抵抗r2’及び漏れインダクタンスl1+l2’測定時の条件設定(i1d=回転しない程度の小さな値かつ所定値,i1q=0,ω1はr22≪ω12(l2+L2)2となる条件)では,2次抵抗r2’及び漏れインダクタンスl1+l2’しか測定できない。これは2次抵抗r2’及び漏れインダクタンスl1+l2’測定時における出力電流と電動機電圧との関係が,他の電動機定数を含まない(10)式及び(13)式で規定されることからも明らかである。
このように,当初明細書等には,各々の電動機定数につき,回転停止の条件を含む各種の条件設定の中から,該電動機定数の測定に適した一の条件設定においてのみ,該電動機定数を測定演算できることが開示されているにすぎず,審決の「…回転停止条件を設定することにより,…電動機定数を演算測定する方法の発明が記載されていた」との認定は,事実に反する。結局のところ,審決は,一の条件設定において該条件に適した一の電動機定数の測定方法が開示されていれば,該条件設定による他の電動機定数の測定方法までも開示されていたとみなすに等しいものであり,その誤りは明らかである。
(エ) また審決の「回転停止の条件さえ満たせば,出力電圧,出力電流の値は任意であって,所定値に制御する必要はない」(12頁29行~30行)との認定も誤りである。
当初明細書等には,回転停止の条件に加えて,出力電流を所定値に制御する条件設定を行い,かかる条件設定下における変換器の出力電流及び電動機電圧を用いて,電動機定数を測定演算する方法の発明が記載されている。したがって,「回転停止の条件さえ満たせば,出力電圧,出力電流の値は任意であって,所定値に制御する必要はない。」との認定も誤りである。
(オ) さらに「当初明細書等には,少なくとも,回転停止状態における変換器の出力量(電流,電圧,周波数,位相)から電動機定数を演算測定しようとする技術思想が記載されていたものである」(審決12頁31行~33行)との認定も誤りである。
「変換器の出力量」には変換器の出力電流のみ,変換器の出力電圧のみ,変換器の出力電流及び出力電圧の3つが該当し得る(審決22頁8行~9行)。すなわち,「変換器の出力量…から電動機定数を演算測定しようとする技術思想が記載されていた」との認定は,変換器の出力電流のみから電動機定数を演算測定する態様,及び変換器の出力電圧のみから電動機定数を演算測定する態様も記載されていたとの認定になる。しかしながら,変換器の出力電圧のみから演算測定する2次時定数T2を除けば,1次抵抗r1,2次抵抗r2’,漏れインダクタンスl1+l2’及び励磁インダクタンスL1の全てについて,変換器の出力電流及び出力電圧を用いて電動機定数を測定演算するものである。すなわち,1次抵抗r1,2次抵抗r2’,漏れインダクタンスl1+l2’及び励磁インダクタンスL1については,変換器の出力電流のみを用いて,あるいは変換器の出力電圧のみを用いて,いかなる方法で測定演算できるかについて,何らの開示もない。したがって,「当初明細書等には,少なくとも,回転停止状態における変換器の出力量(電流,電圧,周波数,位相)から電動機定数を演算測定しようとする技術思想が記載されていたものである」とする審決の上記認定は誤りである。
(カ) よって,上記手続補正は,当初明細書に記載した事項の範囲内においてなされたものではなく,明細書の要旨を変更するものである。その結果,本件特許の出願日は,平成5年8月10日に繰り下がる結果,本件特許の公開公報である甲2の1が公知文献となり,本件発明は,甲2の1発明であるといえるから,特許を受けることができないものである。
(キ) なお,同一の無効審判において,訂正審判が請求された場合の差戻し決定の前後で,当該訂正事項と無関係に旧審決の結論が変更されることは不当である。特許法181条2項は,「訴えに係る特許について訴えの提起後に訂正審判を請求し,又は請求しようとしていることにより,当該特許を無効にすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であると認めるときは,事件を審判官に差し戻すため,決定をもって,当該審決を取り消すことができる」という規定にすぎないのであって,訂正とは無関係である旧無効審判と同一の論点について審判体の再考を促したり,別の判断を期待することは,特許法181条2項が予定する適用態様ではない。同条による差戻し決定後の審決が,差戻し決定前の審決の判断と抵触する判断をなすことは,事実上,甚だ不当であり,法の安定性を極めて損う事柄である。本件についていえば,上述のとおり差戻し決定前の審決が述べた「出力量」に係る要旨変更による無効理由は「ベクトル制御」に限定した今般の訂正事項とは無関係であるにもかかわらず,「出力量」の点について判断を変更したことは遺憾である。
ウ 取消事由3(訂正発明の新規性又は進歩性欠如)
(ア) 甲3発明において「電動機定数を測定演算する演算手段」が存在すること,及び,「ベクトル制御する制御装置に一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号」が出力されることは,「甲3発明」が誘導電動機の磁界オリエンテーション制御において使用される発明であることから当然のことである(12頁左上欄11~右上欄4行)。
また甲3には,「固定子抵抗rSの予めの設定」を「固定子周波数が静止しているとき」に行うこと,すなわち「回転停止」状態において設定を行うことが記載されている(16頁右上欄16行~左下欄5行)とともに,ω1=0の条件に近接する下部周波数領域において「固定子抵抗を予め設定するためには,e’j1=0となるまで,パラメータ値rs’が変られねばならない。」ことも記載されている(15頁右下欄11行~19行)から,「回転停止となる指令信号を出力」する手段も開示されている。
したがって,あとは甲3において「ベクトル制御する制御装置に含まれて,電動機定数を測定演算する」構成が開示されているか否か,並びに,当業者が同構成を容易に想到し得たか否かが問題である。
このことは,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明の記述に即して言えば,「電動機定数を測定演算する演算手段」と「ベクトル制御する制御装置」とを「共用」することにより,「電動機定数測定のための特別の測定装置を不要と」した(8頁左欄下2行~右欄4行)構成が甲3に開示されているか否か,及び,当業者がこれを容易に想到し得たか否かである。
(イ) 甲3には以下の内容が開示されている。
a「発明の名称
非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対するパラメータ値検出装置」(1頁左欄2行~5行)
「インバータ給電非同期機を…磁界オリエンテーション運転」(4頁左下欄8行~10行)とは,インバータ(変換器)を用いた誘導電動機のベクトル制御を意味する。非同期機が誘導電動機を意味すること,及び磁界オリエンテーション運転がベクトル制御運転を意味することは技術常識である。
b「非同期機を制御するためには,回転機の磁束と回転モーメントとに対する分離された目標値を予め与えることが有利である。…所望の磁束を設定するためには,固定子電流の磁化成分,回転モーメント…を調整するためには固定子電流の有効成分が調整できなければならならず,」(4頁左上欄9行~17行)
c「この調整の良否はパラメータrs,xσの正確な設定に関係している。」(4頁右下欄18行~末行)
d「パラメータ(例えば非同期機の運転においてrsは加熱により,またxhは飽和により)変化するので,正確な磁界オリエンテーション制御のためには,個々の運転状態に属するパラメータ値を検出することが必要である。」(5頁右上欄10行~14行)
e「パラメータ値のそれぞれ1つが検出される運転状態を互いに制限して,低い固定子周波数および高い負荷において固定子抵抗が,高い周波数および無負荷運転の近くで主インダクタンスが,また高い周波数および高い負荷において漏れインダクタンスが演算されるようにすることができる。」(11頁左上欄5行~10行)
f「磁界オリエンテーション制御に対しては,しばしば磁束ベクトルの方向に関する情報だけが必要であり,」(4頁右下欄6行~8行)
g「第6図は3つのすべてのパラメータ値を検出するための完全な装置を概略的に示している。本装置は,起電力形成器1,演算装置2,演算モデル回路3および調節器回路4から成っている。…非同期機の磁界オリエンテーション制御に対しては同様の装置が非同期機の磁界の方向を検出するための磁束検出器として必要である。」(11頁左上欄11行~左下欄2行)
h「磁界オリエンテーション制御の本質は,磁束とモーメントとが固定子電流の磁界に平行な成分と,磁界に直角な成分とに対する関係しない目標値により制御されることにある。従って固定子電流の相当する実際値は,パラメータ値xσ’およびrs’が回転機パラメータの真の値に等しい調整された状態においては,出力端26および27において,演算装置2から導き出されて,磁束ベクトルの方向に関する必要な情報を得るようにして得られる。…これにより制御のための固有の起電力検出器は節約される。」(12頁左上欄11行~右上欄4行)
(ウ) 審決の誤り
上記(ア)のとおり,甲3発明は,誘導電動機のベクトル制御を行うに当たり「非同期機(誘導電動機)の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対するパラメータ値(電動機定数)検出装置」である。
そして,甲3の上記(イ)のaないしe項において引用した各記述,及び,甲3の図6から,甲3発明の「パラメータ値検出装置」が誘導電動機をベクトル制御する時に「ベクトル制御インバータ装置」と接続して用いる装置であることは明らかである。
また,甲3の上記(イ)のfないしh項において引用した各記述から,磁束ベクトルの方向に関する情報として,固定子電流の磁界に平行な成分の実際値i’φ1(出力端27)及び磁界に直角な成分の実際値i’φ2(出力端26)が,非同期機(誘導電動機)の磁界オリエンテーション制御に使用され,「甲3発明」の「パラメータ値検出装置」がベクトル制御装置内の磁束検出器として使用されることは明らかである。
(エ) すなわち,甲3発明の「パラメータ値検出装置」は,「起電力形成器1」「演算装置2」「演算モデル回路3」「調節器回路4」を用いて非同期機(誘導電動機)の電動機定数を演算測定し,演算測定した電動機定数を用いて検出した固定子電流の磁界に平行な成分の実際値及び磁界に直角な成分の実際値を「出力端26及び27」から導出し,この磁束ベクトルの方向に関する情報を「ベクトル制御インバータ装置」に入力することで,実際に非同期機(誘導電動機)をベクトル制御する発明である。そして,磁束検出器(起電力検出器)の代用として「甲3発明」の「パラメータ値検出装置」を接続して使うから,「ベクトル制御インバータ装置」の内部においては,「ベクトル制御インバータ装置」が固有に内蔵していた起電力検出器が「節約」されるのである。
(オ) これらの点につき審決は,「甲第3号証には,第6図に記載の三相非同期機5の駆動にインバータ制御回路を用いていることは窺われるものの,パラメータ値を検出するための装置とインバータ制御回路との関係は記載されておらず,固有の起電力検出器を節約したときの構成も不明であ」ると説示して,要するに,甲第3号証にはパラメータ値を検出するための装置とインバータ制御回路とが共用される構成が開示されていないと認定した(審決16頁26行~30行)が,誤りであり,これは甲3の「…これにより制御のための固有の起電力検出器は節約される」(12頁左上欄11行~右上欄4行)という記述を誤解したことによる。
先ず,上記のとおり,甲3には「パラメータ値を検出するための装置とインバータ制御回路との関係」は明記されているから,審決の上記認定は,前提が誤っている。
また,甲3の上記記述部分は,甲3の構成を採用することにより「ベクトル制御インバータ装置」に固有の起電力検出器(パラメータ値検出装置)が不要となるから,これが「節約」される(不要となる)ことを説明しており,特別な工夫ないし設計変更等を行うことにより節約されると説明するものではない。審決は,甲3の該当記載部分が甲3の構成とは別に「ベクトル制御インバータ装置」に固有の起電力検出器を節約する工夫が必要であると誤認しており,「固有の起電力検出器を節約したときの構成も不明であ」ると説示するものであるから,前提が全く誤っている。
(カ) したがって,(誘導電動機の制御装置において)「電動機定数を測定演算する演算手段」と「ベクトル制御する制御装置」とを「共用」することは甲3に開示されているから,審決の認定は誤りである。
(キ) 以上のとおりであるから,甲3発明は訂正発明の構成要件を全て充足し,訂正発明は,甲3発明と同一であるか,少なくとも甲3発明及び本件特許出願当時の周知慣用技術に基づいて容易に発明できたものである。
エ 取消事由4(「出力量」の記載不備)
(ア) 訂正発明の特許請求の範囲の記載に「出力量」は,4箇所あるから,これら4箇所の「出力量」は同一の物理量を表わすものと解釈した場合,訂正発明は実施不可又は当初明細書等に開示のない構成を含むことになる。
例えば,「出力量」という用語につき,「出力電流」を表わすとした場合,指令信号に従い制御装置により変換器の「出力電流」を制御し,変換器の前記測定条件下における「出力電流」を演算手段に入力し,該入力した前記「出力電流」に基づいて電動機定数を測定演算することはできない。「出力電流」のみによる電動機定数の測定演算は不可能だからである。また,「出力電流」のみで電動機定数を測定演算する方法の開示もない。「出力量」という用語につき,「出力電圧」を表わすとした場合でも同様である。
他方,「出力量」のそれぞれが,出力電圧あるいは出力電流のいずれも表し得るものと解釈した場合には,電動機定数を測定することは原理的に不可能なもの,あるいは明細書に開示のないものが含まれることになり,訂正発明の外延も不明確になる。
(イ) よって,訂正発明は電動機定数を演算測定できない場合を包含しているから,「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載」したものではなく,特許法の定める明細書の記載要件に反する。
オ 取消事由5(「ベクトル制御する制御装置」の記載不備)
(ア) 本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明においては,電動機への出力電流を制御(励磁電流とトルク電流相当分をそれぞれ独立に制御)することの態様のみが記載され,電動機への出力電圧のみを制御することの態様は記載されていない。このことは,「ベクトル制御」に係る「交流電動機の電圧,電流をベクトル量として扱い,直流電動機と同様に励磁電流とトルク相当分電流をそれぞれ独立に制御することによって,高い応答性を得る制御方式(JIS工業用語大辞典第5版2086頁)」(乙3)との被告提出の証拠の定義からも明らかである。
ところで,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は「変換器の出力量を制御し」となっており,「出力電圧」のみを制御する態様を包含する。「出力量」の用語については,要旨変更,記載要件との関係でも問題があるが,これらの点をおいても本件明細書の発明の詳細な説明において,電動機をベクトル制御する制御装置を用いて「出力電圧」のみを制御する具体的な実施態様について一切開示がなく,それは当業者に自明な事項でもない。
したがって,訂正発明の特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものとはいえない。
(イ) 審決は「上記5.(2)(2-1)で述べたように」とするが(22頁18行),そのような項は存在せず審決が適切でないことを物語っている。
また審決は,「電動機定数演算のためには,電動機定数演算手段から制御装置に回転停止となる指令信号を出力しているときに,演算手段に入力する変換器の出力量が前記指令信号と比例関係にあることを要しないので,『ベクトル制御する制御装置』が何を制御するものであっても,そのことによって本件発明の実施ができないということではない。」としているが(22頁18行~23行),誤りである。
審決が述べる上記の説示は,(8)式を用いた1次抵抗r1の測定方法に関する記載,すなわち,ω1=0である回転停止の条件を設定し,その際の出力電流及び出力電圧(電動機電圧)を検出して(8)式に代入すれば(検出すれば済むので,指令信号と比例関係にあることを要しない),1次抵抗r1が得られるという認定(審決12頁1行~8行,25行~30行)を念頭に置いてのものと解される。
しかしながら,既に主張したとおり,1次抵抗r1を測定するためにはω1=0という回転停止の条件設定では足りず,出力電流及び出力電圧が一定値を持続した状態(定常時)に設定することも必須となる。すなわち,制御装置により,出力電流又は出力電圧のどちらか一方を一定値(所定値)に制御することが必須となる(一方を一定値に制御すれば,(8)式が成立するので他方も一定値となる)。このため,出力電流を一定値に制御するのであれば「ベクトル制御する制御装置」を用いる必要があり,出力電圧を一定値に制御するのであれば制御装置を「ベクトル制御する制御装置」以外のもの(具体的には,出力電圧のみを制御する制御装置)に切り替える必要がある。しかし,電動機をベクトル制御する制御装置から「出力電圧」のみを制御する制御装置への切り替えについては一切開示がなく,それは本件出願当時の当業者に自明な事項でもない。したがって,「…『ベクトル制御する制御装置』が何を制御するものであっても,そのことによって本件発明の実施ができないということではない。」との認定は誤りである。
また,1次抵抗r1以外の電動機定数については,出力電流を指令信号どおりに制御することが必須となる。すなわち,2次抵抗r2’及び漏れインダクタンスl1+l2’の測定においては,i1d=回転しない程度の小さな値(所定値)かつi1q=0という回転停止の条件に出力電流を制御することが必須であり,励磁インダクタンスL1及び2次時定数T2の測定においては,i1dをステップ変化させるという(i1dを零状態から垂直に立上げ,立上げ直後からは一定値に抑制維持する。このような動作は電流調節器を備えた制御装置でしか実現できない。甲1,5頁〔L1の測定〕),出力電流の波形形状を制御することが必須となる。
したがって,1次抵抗r1以外の電動機定数については「電動機定数演算(1次抵抗r1に限定していない)のためには,電動機定数演算手段から制御装置に回転停止となる指令信号を出力しているときに,演算手段に入力する変換器の出力量が前記指令信号と比例関係にあることを要しない」は有り得ず,「…『ベクトル制御する制御装置』が何を制御するものであっても,そのことによって本件発明の実施ができないということではない。」との点を論じる余地もない。
(ウ) さらに審決は「…請求項1の記載により電動機定数演算のための変換器出力量を得るときにおける制御状態が回転停止であることを特定しているので,『回転停止となる指令信号を出力』しているときの『変換器の出力量』を用いて行う電動機定数演算のための構成が不明となるものでもなく,特許請求の範囲が,発明の詳細な説明の項に記載された発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものでないということはできない。」としているがこれも誤りである(審決22頁24行~32行)。
既に検討したとおり制御状態が回転停止であることを特定するだけでは電動機定数を測定演算することはできないのであるから,「特許請求の範囲が,発明の詳細な説明の項に記載された発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものでないということはできない」との認定の誤りは明らかである。
カ 取消事由6(「回転停止となる指令信号」の記載不備)
(ア) 電動機定数(「r2’」及び「l1+l2’」)を測定する際の指令信号によって交流を電動機に供給しても,電動機を回転停止とすることができず,訂正発明を実施することができない。以下に,その理由を詳述する。
本件明細書に記載された各電動機定数の測定において,交流を供給して演算測定を行うものは,「r2’(2次抵抗)」及び「l1+l2’(漏れインダクタンス)」の2種類であり,何れも,①「i1q=0,i1d=回転しない程度の小さな値かつ所定値」及び「ω1=ωS=一定周波数(零でない/仮に,ω1=0かつ定常時であれば直流である)」という条件,並びに,②「r2≪ω1(l2+L2)」という条件を設定して演算測定することが説明されている(4頁右欄下8行,同下4行,5頁5行,8行,6頁左欄)。
(イ) ところで,交流供給においては,i1q(トルク電流成分)とωs(すべり角周波数)の間には次式の関係(甲1,7頁(24)式参照)がある。ここで,i1dは励磁電流成分,T2は2次回路時定数,ω1は出力周波数,ωrは電動機回転角周波数(但し電気角)である。
file_3.jpg以上の関係において,「i1q=0」とした場合は「ωs=0」となる。すなわち,「r2’」及び「l1+l2’」の演算測定の実施例の如く,「i1q=0」という条件と「ω1=ωS=一定周波数(零でない)」という条件は両立しないから,上述した①の条件設定は成立しない。
(ウ) 条件設定の矛盾を別の観点から説明すると,②r2≪ω1(l2+L2)いいかえればr2’≪ω1L1という条件(甲1,6頁(21)式)を設定した場合には,下記誘導電動機の等価回路(停止時)から明らかなとおり,ω1L1i1d=r2’i1qの関係があるので必然的にi1q>>i1dとなり,i1q=0の条件設定があれば,必然的にi1dも0になる。これは,i1dの設定条件(回転しない程度の小さな値かつ所定値・甲1,6頁左欄)と矛盾する。またi1dが0となるので,(10)式を用いた2次抵抗r2’の測定演算ができず,(13)式を用いた漏れインダクタンスl1+l2’の測定演算もできない。
逆に,出力電流Iが回転しない程度の小さな値であるならば,②r2≪ω1(l2+L2)いいかえればr2’≪ω1L1という条件下においては,i1q>>i1dとなるので,I≒i1qとなり,i1d≒0となる。これは,i1q=0の設定条件と矛盾する。またi1qが0ではないので,(7)式から(9)式への展開ができず,(11)式から(12)式への展開もできないので,2次抵抗r2’の測定演算式である(10)式を導出できず,漏れインダクタンスl1+l2’の測定演算式である(13)式も導出できない。
file_4.jpgSaRAMOSEOSしたがって,上記のとおり①の条件式が成立しないのみならず,②の条件式は①と矛盾する。また,2次抵抗r2’及び漏れインダクタンスl1+l2’を測定演算することもできない。すなわち,電動機定数を測定演算するという訂正発明の実施もできない。この意味では,訂正発明の特許請求の範囲記載の「前記電動機に交流…を供給し」て電動機定数を測定演算する態様は,開示のない発明ということになる。
(エ) 以上のとおりであるから,本件明細書に記載された方法は,一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力し,電動機に交流を供給して電動機定数を測定演算するものではないから,訂正後の本件発明の「回転停止となる指令信号」は,交流を供給して測定演算する態様に関しては,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていない。
よって,本件明細書の発明の詳細な説明には,「回転停止となる指令信号」を生成する方法の記載がないから,特許請求の範囲は,発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものではない。
(オ) この点に関する審決の認定は以下のとおりである。
「被請求人は,平成19年3月26日付け答弁書(以下「第2次答弁書」という。)の『7 理由の(7)』(23頁25行~25頁10行)において,i1q=0という条件が無くても,回転停止の条件として,回転磁界は回転させていながら,回転子を停止させたままである停止条件もある旨主張している。」
「回転磁界は回転させていながら,回転子を停止させたままとする実施例として本件特許の明細書には,電動機定数演算器9により行われる演算処理フローチャートのうち,第5図及びその説明が記載されているところ,そこでは,…トルク分電流を零に設定し,このとき励磁電流を,電動機が回転しない程度の小さな値とすることでω1=ωsとなる条件を設定するものとしている。」
「してみると,すべりωsが0以外で存在しているときには,トルク分電流は零ではあり得ず,回転トルクは存在するが,設定値としてω1=ωsとすることとは,すなわち,被請求人が第2次答弁書で述べているように,回転磁界は回転させていながら,回転子を停止させたままとするべく,電流指令値を小さな値にすることである…」(以上,審決23頁5行~21行)。
(カ) しかしながら,審決の上記認定は誤りである。
まず審決は,本件明細書に「電流指令値を小さな値にすること」により「回転子を停止させたままとする」ことができることが記載されているかのように引用して,あたかも「トルク分電流」及び「励磁電流」の電流指令値を小さい値に設定することが本件明細書に記載されているかのようにいうが,本件明細書に記載されている事項は「トルク分電流を零に設定し,このとき励磁電流を,電動機が回転しない程度の小さな値とする」ことである。すなわち,本件明細書に記載された発明は,飽くまで「トルク分電流を零に設定」した上で「励磁電流」を小さな値に設定する発明である。この点において,審決は,本件明細書の記載の認識を誤っている。
また審決は,上記の結論を導く上で「被請求人が第2次答弁書で述べているように」としてあたかも被請求人が「回転停止の条件として,回転磁界は回転させていながら,回転子を停止させたままである停止条件」として「回転子を停止させたままとするべく,電流指令値を小さな値にすること」を本件特許明細書の記載に沿って合理的に説明したかの如く述べているが,事実に反する。
被請求人(被告)は,平成19年3月26日付けの審判事件答弁書(乙1,23頁25行~25頁10行)において,回転停止の条件として「電流指令値を小さな値にする」という方法を説明した事実はない。
さらに,審決が述べる「回転停止の条件として,回転磁界は回転させていながら,回転子を停止させたままである停止条件」(審決23頁19~21行)にした場合には,出力電流≒i1q(回転しない程度の小さな値)かつi1d≒0となるので,(7)式から(9)式への展開ができず,(11)式から(12)式への展開ができないので,2次抵抗r2’の測定演算式である(10)式を導出できず(いいかえれば成立しない),漏れインダクタンスl1+l2’の測定演算式である(13)式も,導出できない(いいかえれば成立しない)。すなわち,審決が述べるところに従った場合においては,本件明細書に開示された方法では,これらの電動機定数を測定することができない。
(キ) 以上のとおりであるから,本件明細書に「回転子を停止させたままとするべく,電流指令値を小さな値にする」技術的事項が記載されているという審決の認定・判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(4)の各事実はいずれも認めるが,(5)は争う。
3 被告の反論
(1) 取消事由1に対し
ア 原告は,訂正事項1につき,「実運転前」を「電動機をベクトル制御する前」と訂正するのは明りょうでない記載の釈明には当たらず,訂正要件違反があるとする。
しかし誘導電動機に,三相交流電力を供給すれば,特殊な例外を除いて,原則として誘導電動機は回転するのであり,この誘導電動機の回転は,「ベクトル制御」によるものではないことは当業者の常識である。
このように回転している誘導電動機において生じている回転磁束Φと同期して回転し,直交するd-q軸座標を適宜想定することによって,誘導電動機の三相電流,三相電圧をd軸成分及びq軸成分として把握することができる。d軸成分及びq軸成分を取り扱うことは,固定座標系上の諸量を数学的に回転座標系に変換しただけにすぎず,固定座標系上の諸量と回転座標系上の諸量は等価であるから,誘導電動機に適宜三相交流を供給して誘導電動機を回転させても「ベクトル制御」ではない以上,その状況下での三相電流,三相電圧を等価のd軸,q軸成分として把握しても,そのこと自体で「ベクトル制御」になることはない。
つまり,誘導電動機における電流,位相及び角周波数について,d軸とq軸成分に分解した成分を取り扱っても,それが直ちにベクトル制御になるわけではない。誘導電動機では固定子巻線に1次電流が供給されるだけであり,この電流には磁束をつくる励磁電流(im)とトルク発生に必要なトルク電流it成分が一緒に含まれているため,1次電流,回転速度,指令周波数,電動機定数から演算して,誘導電動機の1次電流をベクトル的に磁束方向の励磁電流成分(im)とトルク電流it成分に分解して制御することで,磁束方向の励磁電流成分を一定に保って周波数を変化させた場合の速度-トルク特性を直流電動機の特性と同様の特性とすることができるのである。
つまり,
file_5.jpgの関係に従うようにωsを制御(トルク電流itに比例してωsを制御)した場合に初めてベクトル制御が行われるのである(上記(1)ないし(3)式は,本件明細書(甲1)に記載された式(22)ないし(24)に等しい)。
このように,ベクトル制御した場合に初めて,iqはトルク電流itに,idは励磁電流imに一致する。このベクトル制御をした場合には,誘導電動機における磁束(回転磁束)の方向と,d軸(d巻線の巻線軸)が一致することとなる。逆に言えば,d軸を磁束の方向に一致させることにより,トルクをトルク電流に比例するように制御することができるようになるのである。
原告は,JIS工業用語大辞典の定義を用いていながら,これを言い換えて,「(5)式を用いて測定演算するものであるから,必然的に,出力電流をd軸成分(i1d/励磁電流)とq軸成分(i1q/トルク相当分電流)とに分解し,これらを独立して制御しなくてはならない。これは,電動機定数の測定演算において「ベクトル制御」していることに他ならない。」と主張し,あたかも,d軸とq軸に分解した成分を取り扱えばその取扱いが直ちに誘導電動機のベクトル制御を行っていることになる旨主張しており,不当である。
本件明細書に記載されている電圧方程式(5)式は,誘導電動機に対して三相交流電力が供給されて定常状態になった際に,一般的に成立する関係式であることは,当業者の常識であり,(5)式における電流,電圧,角周波数等に関する関係は,誘導電動機がベクトル制御されているか否かにかかわらず,一般に成立するものである。(5)式を数学的に変形した(7)式もベクトル制御時であるか否かにかかわらず,一般に成立する。そして,この(7)式にi1q=0,ω1=0及びωs=0を代入すれば,(11)式が一般に得られることも明らかである。
従って,(5)式に基づいて,ベクトル制御がなされているとする原告の主張は誤りである。
イ 原告は,
①1次抵抗(r1)の測定演算に当たりi1d=所定値,及び,i1q=0とすること,
②(1次換算の)2次抵抗(r2’)の測定演算に当たり出力電流をi1d=所定値(電動機が回転しない程度の小さな値)及びi1q=0と設定すること,
③漏れインダクタンス(l1+l2’)の測定演算に当たり出力電流をi1d=所定値(電動機が回転しない程度の小さな値)及びi1q=0とすること,
④1次インダクタンス(L1)の測定演算に当たり出力電流をi1dをステップ変化させかつi1q=0とすること(2次時定数〔T2〕の測定演算は,1次インダクタンス(L1)の測定演算結果を利用して求められる)は,出力電流をd軸成分(i1d/励磁電流)とq軸成分(i1q/トルク相当分電流)とに分解し,これらを独立して制御することであるから,ベクトル制御を行っている
と主張している。
しかし,ベクトル制御のこの主張自体が成り立たないことは,上記のとおりである。
そもそも,訂正発明では,誘導電動機の電動機定数の測定演算に当たり,回転停止となる指令信号を出力して,誘導電動機を回転停止状態に置いている。この指令信号として,実施例は,i1q=0,i1d=回転しない程度の小さな値かつ所定値,及びω1=ωs=一定周波数(零でない)条件を与えることが説明されている(本件明細書4頁右欄下8行,下4行,5頁5行,同8行,6頁左欄)。
この条件を与えた場合に,原告が主張するように,
iq=it,id=im
が仮に成立すると仮定すると,
上記の(3)式の右辺は,iq=it=0だから,0になる。ところで,ω1=ωs=一定周波数(零でない)という条件が与えられているから,結局(3)式は成り立たないことになる。この点について,原告は矛盾であるというが,かかる矛盾が生じる前提としての仮定が誤りであることがこれによって証明されている(背理法)。
つまり,
iq=it,id=im
なる仮定が誤りであり,誘導電動機の電動機定数の測定演算に当たり,回転停止となる指令信号を出力した場合に,(3)式を満たす制御が行われていないこと,すなわち,「ベクトル制御」が行われていないことを証明している。
ウ 上記のとおり,本件明細書(甲1)に開示された実施例等は,いずれも,ベクトル制御をする前に,ベクトル制御を行うことなく,誘導電動機の電動機定数を測定演算する方法を開示しているから,原告の訂正要件違反の主張は理由がない。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告は,平成5年8月10日付け手続補正書でなされた補正は要旨変更補正であると主張する。
しかし,上記補正に基づく記載は,本件訂正により,出願当初から「該入力した前記出力量に基づいて」と変更されたことになる。そして,「該入力した出力量」は,同じく本件訂正により,「その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量」に変更され,その際とは,本件訂正により「回転停止状態となる指令信号に従い制御装置により変換器の出力量を制御している際」に変更されているから,訂正発明には回転停止状態における変換器の出力量(電流,電圧,周波数,位相)から電動機定数を演算測定しようとする技術思想が特定されて記載されていることは明らかである。そして,本件訂正によって,原告が要旨変更であるとする「補正」の内容についても変更されているから,原告の取消事由2の主張は失当である。
イ また,当初明細書において「出力電流」のみが制御対象であるという原告の理解は誤りである。
誘導電動機のベクトル制御は,前記のとおり,下記(1)ないし(3)式が成り立つように制御することである。
file_6.jpg当初明細書の「変換器の出力電流の大きさ,周波数及び位相を制御するための制御装置」という記載は,当初明細書に記載された変換器のベクトル制御が,明細書に記載された(22)式,(23)式及び(24)式(すなわち,上記(1)ないし(3)式)に従って,インバータの出力電流|i1|(出力電流の大きさ)と位相θおよび周波数ω1を制御することに対応したものである。
変換器の出力量を制御して周知のベクトル制御をする制御装置は,変換器の出力電流のみ又は出力電圧のみを制御することはない。周知のベクトル制御においては,回転座標系における電流及び電圧のd軸成分とq軸成分を取り扱うが,回転座標系における電流及び電圧のd軸成分とq軸成分と,固定座標系における三相電流及び三相電圧のそれぞれの大きさ,周波数,及び位相(すなわち,変換器の出力量そのもの)とは不可分に関係している。換言すると,回転座標系における電流及び電圧のd軸成分とq軸成分を制御することは,固定座標系における三相電流及び三相電圧のそれぞれの大きさ,周波数,及び位相(すなわち,変換器の出力量そのもの)を制御することに他ならない。
また,演算に用いる出力量は,「演算手段から制御装置に電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力」した状態での「変換器の出力量」を意味し,この「変換器の出力量」は,変換器の出力端での値,すなわち,変換器の出力端で測定可能な「出力量」を意味するものであるから,該「出力量」は,電動機に誘起される三相交流電圧または三相交流電流と同じ値である,電動機入力端における三相交流電圧または三相交流電流である。
従って,当初明細書の「変換器の出力電流の大きさ,周波数及び位相を制御するための制御装置」が,変換器の「出力量」,すなわち,電動機に誘起される三相交流電圧又は三相交流電流と同じ値である,電動機入力端における三相交流電圧又は三相交流電流を制御することに他ならないから,当初明細書に記載された発明が,変換器の出力電流のみ,変換器の出力電圧のみを制御するものであったと原告の主張のように解する余地は全くない。
本件訂正は,これを明確化して,「変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置」と規定したが,当初明細書の記載である「変換器の出力電流の大きさ,周波数及び位相を制御するための制御装置」と完全に同義である。
ウ 原告は,審決が「ω1=0且つωs=0,あるいはω1=ωsである回転停止条件を設定することにより,式(8)等の,v1d,i1d,すなわち測定演算可能な値のみで電動機定数を演算できる式を求め,この式を用いて電動機定数を測定演算する方法の発明が記載されていた」(12頁4行~8行)との認定につき,当初明細書等に記載された電動機定数の測定方法は,いずれも回転停止の条件に加えて他の追加条件を必要とするものであるから誤りであると主張する。
しかし審決は,原告が,当初明細書等においては,電動機定数の測定演算方法が,「『所定の周波数及び位相』に制御して電動機に供給する『電流』とその際に発生する『電動機電圧と前記電流』に基づいて測定すると限定されていた」と主張したことに対して,当初明細書等においては,少なくとも,回転停止条件を設定することによって,演算可能な値であるv1d,i1d(電動機入力端の電流,電圧,周波数及び電流と電圧の位相差を測定して座標変換することで求められるもの)に基づいて電動機定数を演算測定できる発明が開示されていることから,原告が主張するように,電流を供給し,電圧を検出して測定演算する場合に限定されているものではないと認定したものである。
従って,審決の上記認定において重要なことは,当初明細書等に開示された発明が,回転停止条件の下で,出力電流のみによって電動機定数が測定される発明ではないということであって,原告が主張するような,回転停止条件の下において,その他の条件が設定されない場合に演算測定が可能か否かではない。そして審決は,原告が主張するように,「回転停止の条件さえ満たせば,変換器の出力量を測定することで電動機定数を演算測定できる」発明が記載されているとは認定していない。審決は「回転停止の条件さえ満たせば,出力電圧,出力電流の値は任意であって,所定値に制御する必要はない。」(12頁29行~30行)と認定しているにすぎない。
原告の主張は,審決の認定を曲解して批判するものである。
エ また原告は,「回転停止の条件さえ満たせば,出力電圧,出力電流の値は任意であって,所定値に制御する必要はない。」との審決の認定は誤りであるとも主張する。
誘導電動機の電動機定数の測定演算をする際に,変換器に対する指令信号として,角周波数ω1は任意の値であって良いが,それにしても,誘導電動機の電動機定数の測定のための指令信号であるから,測定演算にふさわしい指令信号を与えることは当然である。
本件明細書(甲1)に記載された(5)式は,誘導電動機において一般に,すなわちベクトル制御をするか否かにかかわらず成立するものである。同様に本件明細書の(6)式は,誘導電動機が定常時において,1次電流と2次電流に関して一般に成立するものである。この(5)式と(6)式を連立させて解くと,式(7)及び(11)が得られる。
そして,各電動機定数の測定演算に関しては以下のとおりである。
(ア) 1次抵抗r1(回転停止条件の指令信号はω1=0)
file_7.jpgvia = Ofek tb ayer ae iaP #Orsω1=0の条件により,枠で囲まれた部分がゼロになり,式(8)に類似の式 v1q=r1i1q となる。
従って,1次抵抗r1を測定演算する際に出力電圧,出力電流の値は任意である。
(イ) 2次抵抗r2’の測定(回転停止条件の指令信号はω1=ωsとなるようなr22≪ω12(l2+L2)2(r2≪ω1(l2+L2)としても同じ)等の条件を設定する指令信号)
回転磁界の周波数ω1と電動機の回転周波数ωrと電動機のすべり周波数ωsの間には,ω1=ωr+ωsの関係があるので,ω1*=ω1=ωsの一定周波数で励磁すると,電動機の回転周波数ωr=0となり,一定周波数ω1で磁界が回転するように固定子を励磁し,電動機を回転停止したままの状態となる。
ここで,(7)式から,
v1d≒(r1+r2’)i1d-ω1(l1+l2’)i1q
…式(10)’
に簡略化され,(11)式から,
v1q≒ω1(l1+l2’)i1d+(r1+r2’)i1q
…式(13)’
に簡略化される。
(10)式から,出力電圧v1d,出力電流i1dにより,又は(10)’,(13)’式から,出力電圧であるv1dとv1q,及び,出力電流であるi1dとi1qから,(r1+r2’)とω1(l1+l2’)が求められる。
従って,2次抵抗r2’を測定演算する際に出力電圧,出力電流の値は任意である。
(ウ) 漏れインダクタンスl1+l2’の測定(回転停止条件の指令信号はω1=ωsとなるようなr22≪ω12(l2+L2)2(本件明細書では,r2≪ω1(l2+L2)という条件を設けているが同じことである)等の条件を設定する指令信号)等の条件を設定する指令信号)
l2/L2≪1の条件を考慮すると,変換器(インバータ)1の出力電圧と出力電流の関係を示す式(11)において,ωs=ω1と代入し,
r22≪ω12(l2+L2)2の条件を設定すれば,前記のとおり,
v1q≒ω1(l1+l2’)i1d+(r1+r2’)i1q
…式(13)’
に簡略化される。
r1+r2’は既に測定演算されているから,l1+l2’は,v1q,ω1,i1d,i1qから測定演算できる。
従って,漏れインダクタンスl1+l2’を測定演算する際に出力電圧,出力電流の値は任意である。
(エ) 励磁インダクタンスL1の測定(回転停止条件の指令信号はω1=0)
この条件でid*をステップ変化させて,出力電流i1dをステップ変化させると,(14)式及び(15)式が,(16)式となり,2次時定数T2よりも十分長い時間で(18)式を積分すると,
∫v1ddt≒ (l1+L1)i1d …(18)式
に簡略化される。
従って,励磁インダクタンスL1を測定演算する際に出力電圧,出力電流の値は任意である。
(オ) 2次時定数T2の測定(回転停止条件の指令信号はω1=0)
∫v1ddt=(l1+L1/(1+PT2))i1d1 …(17)
だから,
l1≪L1のため,v1dの積分値はi1dのステップ変化に対して時定数がほぼT2の1次遅れ変化をする。
従って,2次時定数T2を測定演算する際に出力電圧,出力電流の値は任意である。
(カ) 上記によれば,審決の認定には原告主張のような誤りはない。
オ さらに原告は,審決が「当初明細書等には,少なくとも,回転停止状態における変換器の出力量(電流,電圧,周波数,位相)から電動機定数を演算測定しようとする技術思想が記載されていたものである」(12頁31行~33行)と認定したことについて,「変換器の出力量」には,変換器の出力電流のみ,変換器の出力電圧のみ,変換器の出力電流及び出力電圧の3つが該当しうるとの前提のもと,審決の認定は誤りである旨主張する。
しかし,そもそも,「変換器の出力量」が,原告の主張する3つの態様に分類されるものではない。また原告は,「変換器の出力量」について上記の3つが該当するということについて,「審決の22頁8行~9行」との記載をし,あたかも審決が,「変換器の出力量」について,変換器の出力電流のみ,変換器の出力電圧のみ,変換器の出力電流及び出力電圧の3つが該当しうると判断しているかのような主張をしているが,審決の22頁8行~9行には,「該『出力量』は,電動機に誘起される電圧または電流と同じ値である,電動機入力端における電圧または電流である。」と記載されているだけであり,「変換器の出力量」について,原告の主張する3つの場合を含むことを認定しているものではない。
カ 以上のとおり,審決の認定は正当であり,原告の主張には理由がない。
(3) 取消事由3に対し
ア 原告は,問題の所在は,甲3において「ベクトル制御する制御装置に含まれて,電動機定数を測定演算する」構成が開示されているか否か,並びに,当業者が同構成を容易に想到し得たか否かであり,このことは,本件明細書中の発明の詳細な説明の記述に即していえば,「電動機定数を測定演算する演算手段」と「ベクトル制御する制御装置」とを「共用」することにより,電動機定数測定のための特別の測定装置を不要とした構成が甲3に開示されているか否か,及び,当業者がこれを容易に想到し得たかであると主張する。
しかし審決は,訂正発明が,誘導電動機をベクトル制御する制御装置において電動機定数を演算測定する方法の発明であることから,ベクトル制御する制御装置に含まれた構成についての記載や示唆の有無を問題としているのであって,「共用」できるかどうかについて判断をしているわけではない。
原告は,審決の判断に対して独自の解釈を加えて議論をしているだけであり,審決の誤りについて論じているわけではない。
イ 原告は,甲3の開示として,図6において,図示されていない出力端26,27からインバータへの接続,非同期機5から図示されないインバータへの接続があるかのごとく主張するが,甲3には,変換器の存在は図示も説明もされていないし,示唆もされておらず,出力端26及び27から導出された値が図示されないベクトル制御インバータ装置に入力されることの記載もないし,示唆もない。
甲3には,交流電動機の定数(パラメータ)を電動機定数の専用の検出回路により検出する発明が開示されているものである。第6図には「3つのパラメータ値の1つを選択して検出する装置の一例の接続図」が開示されているにすぎない。
ウ また原告の主張を前提とすれば,「ベクトル制御インバータ装置」には,「固定子電流の磁界に平行な成分の実際値及び磁界に直角な成分の実際値」が入力されることになる。
しかし,訂正発明は,「前記電動機をベクトル制御する前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御」する発明である。
従って,仮に原告が主張するような構成が開示されていたとしても,「“ベクトル制御する”制御装置に一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力」する構成が開示されておらず,また,その示唆もないことに変わりはない。
審決の認定は正当であり,原告の主張には理由がない。
(4) 取消事由4に対し
ア 原告は,訂正発明において「出力量」は,4箇所あるから,これら4箇所の「出力量」は同一の物理量を表すものと解釈した場合,訂正発明は実施不可又は当初明細書等に開示のない構成を含むことなると主張する。
しかし,変換器の出力量を制御してベクトル制御する制御装置は,変換器の出力電流のみ又は出力電圧のみを制御することはない。また演算に用いる出力量は,「演算手段から制御装置に電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力」した状態での「変換器の出力量」を意味し,この「変換器の出力量」は,変換器の出力端での値,すなわち,変換器の出力端で測定可能な「出力量」を意味するものであるから,該「出力量」は,電動機に誘起される電圧又は電流と同じ値である,電動機入力端における電圧又は電流である。
イ 従って,原告の主張するような記載不備の違法は存しない。
(5) 取消事由5に対し
ア 原告は,訂正後の特許請求の範囲の記載は「変換器の出力量を制御し」となっており,「出力電圧」のみを制御する態様を包含するから,本件明細書の発明の詳細な説明において,電動機をベクトル制御する制御装置を用いて「出力電圧」のみを制御する具体的な実施態様について一切の開示がなく,当業者に自明な事項でもないと主張する。
しかし,原告の主張の前提となる,変換器の出力量を制御することには,出力電圧のみを制御する態様を包含するという主張がそもそも誤りである。
イ また審決が「電動機定数演算のためには,電動機定数演算手段から制御装置に回転停止となる指令信号を出力しているときに,演算手段に入力する変換器の出力量が前記指令信号と比例関係にあることを要しないので,『ベクトル制御する制御装置』が何を制御するものであっても,そのことによって本件特許発明の実施ができないということではない。」(22頁18行~23行)と認定したことに対しても,原告は出力電流を一定値に制御するのであればベクトル制御する制御装置を用いる必要があり,出力電圧を一定値に制御するのであれば制御装置をベクトル制御する制御装置以外のものに切り替える必要があるとする。
しかし,出力電流及び出力電圧が一定値を持続した状態(定常時)において測定することは,何ら出力電流や出力電圧を所定値に制御したことにはならない。
そもそもベクトル制御において,回転座標系における電流及び電圧のd軸成分とq軸成分を制御することは,固定座標系上の変換器の出力量(電流,電圧,周波数,位相)を制御することに他ならない。また,「ベクトル制御する制御装置」から,ベクトル制御用の指令信号を変換器に与えれば,電動機をベクトル制御するが,この制御装置からベクトル制御用の指令信号とは異なる別の指令信号として回転停止となる指令信号を与えれば,電動機は回転停止状態になる(これはベクトル制御ではない)から,「ベクトル制御する制御装置」以外のものに切り替える必要もない。
ウ 以上によれば,原告の主張は誤りであり,審決の認定に誤りはない。
(6) 取消事由6に対し
ア 取消事由6の原告の主張は,原告が無効審判事件において無効理由として主張した記載不備の内容と全く異なるものであり,この審決取消訴訟において初めて取消事由と称して主張するものであり,もともと取消事由たりえない。この点において原告の主張は失当である。
イ 原告は,「①『i1q=0,i1d=回転しない程度の小さな値かつ所定値』及び『ω1=ωs=一定周波数(零でない/仮に,ω1=0かつ定常時であれば直流である)』という条件」が,
file_8.jpgor+ esとの関係において成り立たないと主張する。
しかし,そもそも,上記関係は,誘導電動機がベクトル制御されて,iqがトルク電流itに,idが励磁電流imに一致したときに初めて成立するものであるものであるから,原告の主張は失当である。
この原告が主張する矛盾が生じるのは,「ベクトル制御」であるという仮定をするからであり,この原告が示す式が成立しないことから,かかる条件のもとに誘導電動機の電動機定数を測定演算するときは,ベクトル制御をしていないことを端的に示している。
前記原告式の関係は誘導電動機をベクトル制御する場合に成立するもので,誘導電動機の電動機定数を測定演算するときは,前記原告式は成立しておらず,ベクトル制御は行っていない。
ウ また原告は,「②r2≪ω1(l2+L2)いいかえれば,r2′≪ω1L1という条件を設定した場合」には,i1q≫i1dとなり,i1q=0とすればi1d=0となるから,i1dの設定条件と矛盾すると主張する。
原告が示す等価回路は,励磁電流をi1d,トルク電流をi1qとしており,誘導電動機がベクトル制御されている場合を示している。この場合は,原告が示す次の関係が成立する。
ω1L1i1d=r2’i1q
しかし,誘導電動機がベクトル制御されないときは,磁束Φの方向とd軸が一致しないから,i1dにも,i1qにも,それぞれ励磁電流成分とトルク電流成分が含まれ,上式は成立しない。従って,原告の主張は,回転停止となる指令信号が与えられて誘導電動機の電動機定数を測定演算する動作を「ベクトル制御」であると誤って理解することに基づくものであり,失当である。
なお,上式において,回転停止を想定すると,ω1=ωsだから
ωsL1i1d=r2’i1q
の関係が成立し,これは,
file_9.jpgが成立することになり,原告の主張は前提が誤っている。
エ 原告は,審決は,本件明細書に「電流指令値を小さな値とすること」により回転子を停止させたままとすることができることが記載されているかのように引用して,あたかも「トルク分電流」及び「励磁電流」の電流指令値を小さい値に設定することが記載されているかのように装うが,本件明細書に記載された発明は,あくまで「トルク分電流を零に設定」した上で「励磁電流」を小さな値にする発明であり,審決は明細書の記載を誤魔化しているなどと主張する。
しかし,本件明細書には,正確には「iq*を零に設定してi1dを流し交流励磁を行う,この場合,i1dは電動機が回転しない程度の小さな値とし,」と記載されている。
ここで,ベクトル制御が行われていない場合には,誘導電動機に流れる回転座標系上の電流iqは,単にq軸電流であるにすぎず,磁束方向と一致する直交座標軸上に位置するトルク分電流の意味を持たず,誘導電動機をベクトル制御した場合に初めて,iqはトルク電流itに,idは励磁電流imに一致するのである。
従って,本件明細書の上記記載は,原告が主張する「トルク分電流を零に設定」した上で,「励磁電流」を小さな値にすることを意味しているわけではなく,ベクトル制御がなされる以前の誘導電動機に流れる回転座標系上のq軸電流を零に設定した上で,d軸電流を小さな値とすることを意味しており,この場合,d軸電流,及び,q軸電流は,それぞれトルク電流成分と励磁電流成分を有するのである。
そうすると,審決が「してみると,すべりωsが0以外で存在しているときには,トルク分電流は零ではあり得ず,回転トルクは存在するが,設定値としてω1=ωsとすることとは,すなわち,被請求人が第2次答弁書で述べているように,回転磁界は回転させていながら,回転子を停止させたままとするべく,電流指令値を小さな値にすることであると認めることができる。よって,発明の詳細な説明の項には,『回転停止となる指令信号』を生成する方法について記載されており」(23頁17行~23行)と認定した意味を敷衍すると,次のとおりである。
すなわち,すべりωsが0以外で存在しているときには,q軸電流を0とした場合であっても,d軸電流のトルク電流成分が存在する以上(d軸は回転磁界Φの方向と一致しないから,トルク分電流成分と励磁電流成分に分解できる)回転トルクは存在する。しかし,訂正発明において,回転磁界は回転させていながら,回転子を停止させたままとするべく,d軸電流のトルク電流成分が十分小さな値となるような電流指令値を生成し,ω1=ωsとなる条件を設定しているものであるから,「回転停止となる指令信号」の生成方法が記載されている,という意味に理解することができる。
なお,審決が,iqをトルク分電流,idを励磁電流と読み替えて表現したのは,誘導電動機をベクトル制御した際には,id*は励磁電流成分,iq*はトルク電流成分となるために,便宜的にそのような記載をしたのであるものと解される。
オ 以上から,原告主張の本件明細書に記載された発明の理解が誤りであると共に,審決の認定が正しいことは明らかである。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(訂正請求の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(訂正要件違反)について
(1) 原告は,本件明細書(甲1)には訂正事項1に係る「電動機をベクトル制御する前」にベクトル制御を行うことなく電動機の電動機定数を測定演算する発明は開示されておらず,本件明細書に開示されている電動機定数を測定演算する方法は,いずれもベクトル制御を行って測定する方法のみであり,本件特許の出願当時,ベクトル制御以外の方法により誘導電動機の電動機定数を測定演算することは当業者に自明でもないから,「電動機をベクトル制御する前」とは,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項ではなく,「実運転前」を「電動機をベクトル制御する前」と訂正することは訂正要件に違反する旨を主張する。
(2)ア 本件訂正に係る訂正事項1は,特許請求の範囲の請求項1の記載に関するものであるところ,訂正前の記載及び訂正後の記載は,以下のとおりである(下線は訂正部分)。
(訂正前)
「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機を駆動する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,
前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,
実運転前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の出力量を前記演算手段に入力し,該入力した出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,
この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することを特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。
(訂正後)
「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,
前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含み,
前記電動機をベクトル制御する前に,前記演算手段から前記制御装置に前記電動機の一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の前記測定条件下における出力量を前記演算手段に入力し,該入力した前記出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,
この演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御演算定数を設定することを特徴とする誘導電動機制御システムの制御演算定数設定方法。」
イ 上記によれば,訂正事項1に係る各訂正項目(上記下線部分)は以下の<ア>~<オ>のとおりであるところ,原告は,その<ア>,<ウ>~<オ>については,結論として訂正が認められるべきとする点については争わないが,<イ>についてはこれが明りょうでない記載の釈明に当たるとする審決の判断(5頁18行~19行)を争うものである。
<ア>「電動機を駆動する」との記載を「電動機をベクトル制御する」に訂正
<イ>「実運転前」との記載を「電動機をベクトル制御する前」に訂正
<ウ>「測定条件に応じた指令信号」との記載を「測定条件に応じた回転停止となる指令信号」に訂正
<エ>「その際における変換器の出力量」との記載を「その際における変換器の測定条件下における出力量」に訂正
<オ>「該入力した出力量」を「該入力した前記出力量」に訂正
ウ ここで「ベクトル制御」とは「交流電動機の電圧,電流をベクトル量として扱い直流電動機と同様に励磁電流とトルク相当分電流をそれぞれ独立に制御することによって,高い応答性を得る制御方式」(JIS工業用語大辞典〔第5版 平成13年3月30日第5版第1刷発行〕2086頁,乙3)をいい,これは本件特許出願当時においても同様である。そして,励磁電流とは電動機磁束の発生に寄与する電流成分で,トルク相当分電流とは電動機トルクの発生に寄与する電流成分であることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)においては技術常識であるところ,ベクトル制御とは,これらを独立に制御することにより,交流電動機における発生磁束の大きさ及び発生トルクの大きさをそれぞれ独立に制御可能とし,交流電動機に対して高い応答性を可能とする制御方式である。
そうすると,ベクトル制御が,交流電動機の駆動(運転)時を想定して適用される制御であることは,当業者であれば容易に認識し得る事項といえる。
エ 一方,本件明細書(甲1)には,以下の記載がある。
①〔発明の目的〕
「本発明の目的は,前述した問題を解決することにあり,ベクトル制御用などの変換装置においては,その出力電流の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し,これを用いて電動機に所定の電流を供給し,その際に誘起する電動機電圧に基づいて誘導電動機の電気定数を高精度に測定し,その測定結果に基づいて誘導電動機制御システムの制御演算定数を設定することにある。」(2頁右欄10行~18行)
②〔発明の実施例〕
「第1図はPWMインバータ制御誘導電動機システムに本発明の電動機定数測定方法を適用した場合の一実施例の回路構成図を示す。1はGTO(Gate Turn-off Thyristor)あるいはトランジスタ及びダイオードなどで構成されるPWMインバータ,2は測定対象である誘導電動機,3は周波数指令信号ω1*に比例した周波数の2相正弦波信号を発生する発振器,4は電流指令信号の励磁電流成分id*及びこれに直交するトルク電流成分iq*と発振器3の出力信号に基づいて,インバータの出力電流の指令パターン信号i1*を出力する座標変換器,5はインバータ出力電流の瞬時値i1を検出する電流検出器,6はi1*とi1の偏差に応じてGTOをオン・オフ制御し,i1をi1*に比例するように制御する電流調節器,7はGTOにゲート信号を供給するゲート回路である。なお5~7については全体で3相分あるが,他の2相分は図示を省略してある。8は電動機電圧の直交回転座標系の各軸成分v1d及びv1qを検出する電圧成分検出器,9はid*,iq*,ω1*などの各指令信号を出力し,インバータの出力電流を所定値に保ち,その際に得られる検出信号v1d及びv1q並びに前述のid*,iq*及びω1*に基づいて電動機の電気定数を測定する電動機定数演算器である。なお1,3~7はインバータ装置の構成要素を利用するため,本発明を実施する上で新しく必要となるものは電圧成分検出器8及び電動機定数演算器9である。」(2頁右欄35行~3頁右欄2行)
③「以上が測定原理である。上述した演算はマイクロコンピユータ等で構成される電動機定数演算器9により行われる。その演算処理フローチヤートを第3~8図に示す。
<中略>
上述のようにして演算された各電動機定数は,記憶要素に記憶され,次に述べるインバータ制御装置の制御演算定数の設定に使用される。」(6頁左欄1行~7頁左欄5行)
④「第9図は誘導機ベクトル制御装置の回路構成図であり本発明の適用可能例を示す。1~7は第1図と同一物であるので説明を省略する。…
ベクトル制御の原理は周知であるので詳細な説明は省略するが,次式に従いインバータの出力電流の大きさ|i1|と位相θ及び周波数ω1を制御することにより高速応答高精度な制御を行うものである。…
ところで,im*は演算器14において次式に従い取り出される。…
すなわちこのとき前述の測定されたL1が演算定数として用いられる。また演算器15において(24)式の演算を行う際には前述のT2が用いられる。このような演算定数の設定は,インバータ制御装置がマイクロコンピユータで構成される場合には,前述のように測定記憶された電動機定数に基づいて演算プログラムの定数設定を行うことにより,また制御装置がアナログ回路で構成される場合には,割算器あるいは乗算器を用いて(24)式及び(25)式の演算を行うことにより可能である。
第10図は誘導機ベクトル制御装置の回路構成図であり,本発明の他の適用可能例を示す。…
第9図の装置との違いは,2次時定数T2(2次抵抗r2)の2次巻線温度による変動を補償するためにedに応じて周波数(すべり周波数)を修正するようにしたこと,また磁束弱め制御を行う際の電動機の鉄心飽和による影響を防止するために誘導起電力eqを指令値E*に一致するように励磁電流imを調節する制御ループを設けたところにある。
漏れインピーダンス補償器16は次式に示す演算を行いed及びeqを検出する。…
すなわちこのとき先に測定されたr1,l1,l2'の各電動機定数が用いられる。各電動機定数のこれら演算への取り込みは,第9図の場合と同様に,マイクロコンピユータの演算プログラムの定数設定あるいはアナログ回路においては乗算器を用いて行える。
また電流調節器6などで構成される電流制御系の制御定数設定に際しては,測定したl1+l2'が用いられるが,その詳細については上述と本発明の範囲において同様であるので説明を省略する。」(7頁左欄6行~8頁左欄7行)
⑤ 第1図の記載は以下のとおりである。
file_10.jpg⑥ 第9図の記載は以下のとおりである。
file_11.jpg⑦ 第10図の記載は以下のとおりである。
file_12.jpgterオ 以上によると,上記④から,第9又は10図に示される誘導機ベクトル制御装置は,ベクトル制御に基づいてインバータの出力電流の大きさ|i1|と位相θ及び周波数ω1を制御することで,誘導電動機駆動(運転)に対して高速応答高精度な制御を行うものであること,すなわち誘導電動機駆動(運転)時にベクトル制御を適用し,それにより高速応答高精度な駆動(運転)を達成するものであることが開示されているといえる。
カ また,上記②及び③から,上記制御のために,PWMインバータ制御誘導電動機システム(上記第1図)に訂正発明の電動機定数測定方法を適用することにより演算された各電動機定数(詳細については後述する)が記憶要素に記憶され,インバータ制御装置の制御演算定数の設定に使用されるものであることが認識し得る。
キ そうすると,上記演算された各電動機定数が,記憶要素に記憶され,インバータ制御装置の制御演算定数の設定に使用されるのは,誘導機ベクトル制御装置による実際の誘導電動機駆動(運転)に先立って,すなわち誘導電動機をベクトル制御によって駆動(運転)するに先立って行われることと認められ,また,「実運転」とは,実際の誘導電動機駆動(運転)に他ならないから,請求項1において,「実運転前」の記載を「電動機をベクトル制御する前」に訂正することは,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内であって,特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもないことが認められる。
よって,原告の訂正要件違反に関する主張(取消事由1)は理由がない。
(3)ア 原告は,電動機定数の測定演算自体において「ベクトル制御」していることから,「電動機をベクトル制御する前」に「ベクトル制御」を行うことなく「電動機の電動機定数を測定演算」する発明は開示されていないと主張する。
しかし,前記のとおり,電動機定数の測定演算は,本件発明の誘導電動機の駆動(運転)時において行われるものでなく,該駆動(運転)に先立って行う準備段階の状態で行われるものであり,電動機定数の測定演算自体において「ベクトル制御」しているとの原告の主張は採用することができない。
イ また,「ベクトル制御」の意味について,d軸及びq軸で表され角周波数ω1で回転する直交回転座標系(dq座標系)において,定常時に成り立つ電動機電圧の各軸成分v1d及びv1qの電圧方程式(甲1,4頁(5)式)に対して,上記(2)ウのとおり,励磁電流とトルク相当分電流をそれぞれ独立に制御することがベクトル制御の基本といえるものであるところ,甲1における各電動機定数の測定演算の概略は以下のとおりである(甲1,第3~8図に示される測定演算に係るフローチャート上で設定された項目内容を示す。)。
(ア) r1(誘導電動機の1次抵抗)の測定
直流励磁(ω1*=0)による回転停止状態で,かつi1q=0(iq*=0に設定)として,所定のi1dを流した状態(所定値のid*)におけるv1dの大きさを検出し,(8)式に基づいて(v1dをid*で割り算して)r1を算出する。
第3図は以下のとおりである。
file_13.jpgap Wi 08 BRAD} id 0 RBSE AIIAC Vaid SIE BE aD tH]なお,本件明細書(甲1)には,r1を別方式にて測定する方法が示され(6頁左欄13行~20行),またそのフローチャートとして第4図が示されているが,上記同様に直流励磁(ω1*=0),iq*=0に設定する点で同様である。
(イ) r2'(誘導電動機の2次抵抗)の測定
一定周波数での励磁(ω1*=314rad/s(50Hz))の下で,かつi1q=0(iq*=0に設定)として,ω1=ωSとするために電動機が回転しない程度の小さな値とした所定のi1dを流した状態(所定値のid*)におけるv1dの大きさを検出し,(10)式及び先に求めたr1に基づいて(v1dをid*で割り算しr1を引き算して)r2'を算出する。
第5図は以下のとおりである。
file_14.jpgr (i vi wit BEI Gin Gon REL dE AT T ta anaes | ue w Uia/id A) rte SH T $ Tete 1) ra riee ap(ウ) l1+l2'(漏れインダクタンス)の測定
上記(イ)と同じ状態においてv1qの大きさを検出し,(13)式に基づいて(v1qをω1*とid*で割り算して)l1+l2'を算出する。
第6図は以下のとおりである。
file_15.jpgEP ~ sl uit REIS I be da BU if =2E BEL adhd I Yig.o REG E RYE i 3 Updutid J 8 EB ab(エ) L1の(励磁インダクタンス)測定
直流励磁(ω1*=0)による回転停止状態で,かつi1q=0(iq*=0に設定)として,i1dをステップ的に流した状態(ステップ変化のid*)におけるv1dの大きさを検出して所定期間のv1dの積分値を求め(v1dを累積加算し),(18)式及び(19)式に基づいて(累積加算結果をid*で割り算しl1を引き算して)L1を算出する。
第7図は以下のとおりである。
file_16.jpgaD Fai het BEB Ey ares(オ) T2(2次)の測定
上記(エ)と同じ状態においてv1dの大きさを検出し,上記(エ)で求めたv1dの積分値の63%に達するまでの時間(累積加算を行った時間をカウント)が求めるT2となる。
第8図は以下のとおりである。
file_17.jpgBeTeadd 6 Bet Ad B ATP He ban Re ESa ALAC BIE I fag emay |_a Ticdat BRR TERRA NSA At Lat l) Tob kad abウ 以上によると,電動機定数を測定演算するための設定条件は,回転停止状態とするための直流励磁もしくは一定周波数励磁の下で,i1q=0にして,所定のi1dを流した状態を想定したものである。この設定は,電動機磁束は発生させるがトルクは発生させない状態にして電動機定数を測定演算するものであり,およそ励磁電流とトルク相当分電流をそれぞれ独立に制御するとするベクトル制御の趣旨からはかけ離れた特殊な条件設定であって,当該技術分野で一般的に用いられているベクトル制御といえないと解される。
原告は,この点に関し,上記iq=0に設定することをもって,これはトルク相当分電流(q軸成分)を独立に制御するものであり,これもベクトル制御に該当すると主張するが,トルク相当分電流を励磁電流から独立して制御するとの概念から著しく離れており,採用することができない。
エ 上記の検討によれば,原告が主張する取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(要旨変更による出願日の繰り下げに伴う新規性欠如)について
(1) 原告は,平成5年8月10日付けの手続補正書(甲2の2)による補正は要旨変更補正に当たり,出願日が上記補正書提出の時に繰り下がるので,本件発明は,本件特許の公開公報(甲2の1)と同一であって,新規性を欠く無効理由があるとし,その内容としては,Ⅰ)出願当初の「出力電流」が,変換器の出力電流のみ,変換器の出力電圧のみ,変換器の出力電流及び出力電圧の3つの態様を包含する「変換器の出力量」へと補正されたこと,及び,Ⅱ)電動機の電動機定数を測定演算する態様につき,「(変換器の)出力量に基づいて演算手段により電動機の電動機定数を測定演算」するものと補正されたことは,特許請求の範囲に記載した技術的事項が当初明細書に記載した事項の範囲内でないものとなるので,明細書の要旨を変更するものであると主張する。
そして,上記Ⅰ),Ⅱ)に対応する具体的理由として,以下の点を主張する。
Ⅰ)当初明細書には,実施例として,変換器の出力電流を制御する態様について,電流指令信号の励磁電流成分とトルク電流成分と発振器の出力信号に基づいて出力電流の指令パターン信号を出力し,この値に比例して制御している旨記載されているが,変換器の出力電圧のみを制御する態様については記載されていない。そして,当初明細書に記載された発明は,「ベクトル制御用などの変換装置においてはその出力電流の大きさ,周波数及び位相を精度よく制御できることに着目し,これを用いて電動機に所定の電流を供給」することを前提としたもので,出力電圧のみを制御することは記載も示唆もなされていなかったことは明らかで,また,変換器の出力電圧の成分を制御することが当初明細書の記載からみて自明な事項であるともいえない。
ⅱ)当初明細書には,電動機の電動機定数を測定演算する態様としては,「変換器によって制御された出力電流および該出力電流を電動機に供給した際に発生する電動機電圧に基づいて演算するもの」しか開示されておらず,①変換器によって制御された出力電流のみに基づいて演算する態様と,②変換器によって制御された出力電圧のみに基づいて演算する態様については記載も示唆もなく,また,そのような演算が当初明細書の記載からみて自明な事項であるともいえない。
(2)ア そこで検討すると,当初明細書(甲2の1)の特許請求の範囲の記載は以下のとおりである。
「1.交流電動機と,該電動機に直流及び交流を供給する変換器と,該変換器の出力電流の周波数及び位相を制御するための制御装置を備え,前記変換器より前記電動機に所定の周波数及び位相の電流(直流の場合は各巻線に対して所定の極性と大きさの電流)を供給し,その際に発生する電動機電圧と前記電流に基づいて前記電動機の電気定数を演算測定するようにしたことを特徴とする交流電動機の定数測定方法。」
これによると,当初明細書の特許請求の範囲の記載に係る発明の要旨は,制御装置が変換器の出力電流の周波数及び位相を制御して,該変換器に所定の周波数及び位相の電流を供給した際に発生する電動機電圧と該所定の周波数及び位相の電流に基づいて交流電動機の電気定数を演算測定することにあるものと認められるところ,「該変換器の出力電流の周波数及び位相を制御するための制御装置を備え」の記載から,制御装置が直接に制御する対象は周波数及び位相を含めた変換器の出力電流であり,また,交流電動機の電気定数の演算測定の基となるものは,その出力電流とそれにより発生する電動機電圧であると認められる。
イ 一方,平成5年8月10日付け手続補正書(甲2の2)により補正された特許請求の範囲第1項の記載は以下のとおりである。
「1.交流電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機を駆動する制御装置を備えた交流電動機制御システムにおいて,
前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を有し,
実運転前に,前記演算手段から前記定数の測定条件に応じた指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し,
前記電動機に交流あるいは直流を供給し,その際における前記変換器の出力量に基づいて前記演算手段により前記電動機の電動機定数を測定演算し,
該演算された電動機定数に基づいて前記制御装置の制御定数を設定することを特徴とする交流電動機制御システムの制御定数設定方法。」
ウ 上記イの補正後の特許請求の範囲の記載に係る発明の要旨は,制御装置が電動機定数の測定条件に応じた指令信号に従ってその指令信号にかかる物理量を制御して,その制御の結果として出力される変換器の出力量に基づいて電動機の電動機定数を測定演算し,その電動機定数に基づいて制御装置の制御定数を設定するものと認められるところ,「前記演算手段から前記定数の測定条件に応じた指令信号を出力し,該指令信号に従い前記制御装置により前記変換器の出力量を制御し」の記載から,制御装置が直接に制御する対象は電動機定数の測定条件に応じた指令信号にかかる物理量であり,また,交流電動機の電動機定数の測定演算の基となるものは,その指令信号に従って制御された際の変換器の出力量であると認められる。またこの変換器の出力量は,交流電動機の駆動に供されるものでもある。
ここで電動機定数の測定条件に応じた指令信号にかかる物理量とは,例えば,上記2(取消事由1に対する判断),(2),エ,②から,インバータの出力電流の指令パターン信号i1*である出力電流が該当し,その指令信号に従って変換器が制御されるもので,電動機定数の測定演算の基となる変換器の出力量についても,同じく上記2,(2),エ,②から,指令パターン信号に従ったインバータの出力電流及びその際に得られる電動機電圧であると認められる。
(3) 原告は,上記ⅰ)のとおり,出願当初の「出力電流」が,変換器の出力電流のみ,変換器の出力電圧のみ,変換器の出力電流及び出力電圧の3つの態様を包含する「変換器の出力量」へと補正された旨主張し,当初明細書には,実施例として,変換器の出力電流を制御する態様についての記載はあるが,変換器の出力電圧のみを制御する態様については記載されていないと主張する。
しかし,この原告の主張は,補正後の「変換器の出力量」を,制御装置が直接に制御する対象として認識したことに基づくものであるところ,上記のとおり,補正後の「変換器の出力量」は制御装置が直接制御する対象ではなく,交流電動機の駆動に供されるものであると共に交流電動機の電動機定数を測定演算するためのものであるから,原告の上記主張は採用することができない。
また原告は,上記Ⅱ)のとおり,当初明細書に開示された電動機の電動機定数を測定演算する態様は,「変換器によって制御された出力電流および該出力電流を電動機に供給した際に発生する電動機電圧に基づいて演算するもの」であり,①変換器によって制御された出力電流のみに基づいて演算する態様と,②変換器によって制御された出力電圧のみに基づいて演算する態様については記載も示唆もなく,また自明な事項でもない旨主張する。
しかし,ここでの原告主張も,補正後の「変換器の出力量」を制御装置が直接に制御する対象とすることを前提とするものであるところ,これを採用することができないことは既に上記で検討したとおりである。
(4) 原告は,当初明細書等に記載された電動機定数の測定方法は,いずれも回転停止の条件に加えて他の追加条件を必要とするものであり,審決の「ω1=0且つωS=0,あるいはω1=ωSである回転停止条件を設定することにより,式(8)等の,v1d,i1d,すなわち測定演算可能な値のみで電動機定数を演算できる式を求め,この式を用いて電動機定数を演算測定する方法の発明が記載されていた」との認定は事実に反する旨主張する。
審決の上記認定は,審判請求人である原告が無効理由1(要旨変更)の「出力電流について」の補正につき,「出願当初の『所定の周波数及び位相』に制御して電動機に供給する『電流』とその際に発生する『電動機電圧と前記電流』に基づいて測定すると限定されていた開示を,『出力量』とすることによって『出力電圧』と『出力電流』のいずれも含み得るような記載に変更したものである」(審決7頁10行~13行)ところ,「『出力量(出力電圧,電流)』は,所定値に制御されて電動機に供給される電流のみならず,所定値に制御されて電動機に供給される電圧も含む拡大された概念となるため,当業者に自明でない事項を含む用語に補正されたことになる」(7頁21行~24行)ことより,「『大きさ,周波数,及び位相を所定値に制御した電動機への出力電流』と『電動機での発生電圧』とに基づいて電動機定数を測定する構成を,『出力量(出力電圧,電流)』を制御して電動機に『交流あるいは直流』を供給し,その際における『出力量(出力電圧,電流)』に基づいて電動機定数を測定する構成に補正することは,出願当初の明細書の要旨を変更するものである」(7頁25行~30行)との主張に対して,上記認定をしたものである。
しかし,上記審決の認定については,出願当初の明細書又は図面には,直交回転座標系(dq軸)で表した(5)式の電圧方程式(甲2の1,3頁右上欄13行~15行)に対して,「ω1=0且つωS=0,あるいはω1=ωSである回転停止条件を設定すること」(甲2の1,3頁左下欄13行~14行〔数式を1行と数える〕,3頁右下欄3行~4行,4頁左上欄1行,4頁左上欄14行)を基本的要件として,演算可能なv1d(甲2の1,3頁左下欄(7)式),i1d(3頁左下欄17行~18行)に基づいて電動機定数を求めることが示されているものと認められるから,出願当初の明細書には,「『所定の周波数及び位相』に制御して電動機に供給する『電流』とその際に発生する『電動機電圧と前記電流』に基づいて測定すると限定されていた」ものとは認められず,審決の認定が事実に反するとの原告の主張は採用することができない。
(5) さらに原告は,当初明細書等の記載によれば,電動機定数を測定演算するためには,出力電流を所定値に制御することが必要であり,また,変換器の出力電流及び出力電圧に基づいて測定演算することが必要であるから,「演算に用いる変換器の出力量の一つを,『前記電流』すなわち,変換器より電動機に供給する所定の周波数及び位相の電流から,『変換器の出力量』とすること」は要旨変更であり,「その際に発生する電動機電圧と前記電流に基づいて…測定演算する」から「前記出力量に基づいて…測定演算し,」とすることは要旨変更である旨主張する。
しかし,上記(3)で検討したとおり,「変換器の出力量」に関しては,制御装置が直接制御する対象ではなく,交流電動機の駆動に供されるものであると共に交流電動機の電動機定数を測定演算するためのものであり,変換器の出力電流及び出力電圧を表すものと認められるものである。
したがって,原告の上記主張は,「変換器の出力量」につき誤った認識に基づくものであるから採用の限りでない。
上記の検討によれば,原告主張の取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(訂正発明の新規性又は進歩性欠如)について
(1) 原告は,甲3発明が誘導電動機の磁界オリエンテーション制御において使用される発明であるところから,甲3発明には電動機定数を測定演算する演算手段が存在し,ベクトル制御する制御装置に一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号が出力されることは当然のことであり,また,甲3には,固定子抵抗rSの予めの設定を固定子周波数が静止しているときに行うこと,すなわち「回転停止」状態において設定を行うことの記載があるとともに,ω1=0の条件に近接する下部周波数領域において「固定子抵抗を予め設定するためには,e'j1=0となるまで,パラメータ値rS'が変られねばならない」との記載により,「回転停止となる指令信号を出力」する手段も開示されているから,訂正発明の容易想到性の判断は,甲3において「ベクトル制御する制御装置に含まれて,電動機定数を測定演算する」構成が開示されているか否か,同構成が容易想到か否かが係わってくるもので,すなわち本件明細書中の詳細な説明の記述に即せば,「電動機定数を測定演算する演算手段」と「ベクトル制御する制御装置」とを「共用」することにより,「電動機定数測定のための特別の測定装置を不要と」した構成が甲3に開示されているか否か,及び,容易想到か否かである旨を主張している。
その上で,原告は,甲3発明の「パラメータ値検出装置」が,「起電力形成器1」「演算装置2」「演算モデル回路3」「調節器回路4」を用いて非同期機(誘導電動機)の電動機定数を演算測定し,演算測定した電動機定数を用いて検出した固定子電流の磁界に平行な成分の実際値及び磁界に直角な成分の実際値を「出力端26及び27」から導出し,この磁束ベクトルの方向に関する情報を「ベクトル制御インバータ装置」に入力することで,実際に非同期機(誘導電動機)をベクトル制御する発明であり,磁束検出器(起電力検出器)の代用として「パラメータ値検出装置」を接続して使うから,「ベクトル制御インバータ装置」の内部においては,「ベクトル制御インバータ装置」が固有に内蔵していた起電力検出器が「節約」されるのであり,「パラメータ値を検出するための装置とインバータ制御回路との関係」は明記されているから,審決の認定は前提が誤りである旨主張する。
また,原告は,甲3が,甲3の構成を採用することにより「ベクトル制御インバータ装置」に固有の起電力検出器(パラメータ値検出装置)が不要となるから,これが「節約」される(不要となる)ことを説明しているから,審決が甲3につき,「固有の起電力検出器を節約したときの構成も不明であ」る(16頁29行~30行)とするのは前提が誤りであるとも主張する。
そして原告は,(誘導電動機の制御装置において)「電動機定数を測定演算する演算手段」と「ベクトル制御する制御装置」とを「共用」することは甲3に開示されているから,審決の認定は誤りであると主張する。
原告が主張する,「電動機定数を測定演算する演算手段とベクトル制御する制御装置とを共用することにより,電動機定数測定のための特別の測定装置を不要とした構成が甲3に開示されているか」については,結局のところ「ベクトル制御する制御装置に含まれて,電動機定数を測定演算する」構成の開示の有無が問題となると解するのが相当であるので,以下検討する。
(2) 甲3(特開昭57-79469号公報(発明の名称「非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス漏れインダクタンスに対するパラメータ値検出装置」,出願人シーメンス・アクチエンゲゼルシャフト,公開日昭和57年5月18日)には以下の記載がある。
① 「2.特許請求の範囲
1) 非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対するパラメータの少なくとも1つを検出するための装置において,
(a) 所属の第1のベクトルの固定子抵抗と漏れインダクタンスに対する設定されたパラメータ値を形成するため,回転機入力端より取出される固定子電流ベクトルと固定子電圧ベクトルとの成分に対する値および設定されたパラメータ値から,これらのパラメータ設定に対応する起電力または相当する磁束に対するベクトルを形成する起電力形成器と,
(b) 対応する磁化電流と第1のベクトルの決定量とを計算するために,第1のベクトルからこのベクトルの方向を定める角度量を検出する少なくとも1つのベクトルアナライザと,固定子電流ベクトルの取出された成分と角度量とから対応する磁化電流成分として起電力形成器パラメータ設定に相当する磁束ベクトルに平行な固定子電流成分を計算する変換回路とを備え,同時に第1のベクトルの決定量をも取出す演算装置と,
(c) 演算装置において計算された対応する磁化電流成分と,非同期機の主インダクタンスに対する設定されたパラメータ値とから磁界発生に導く過程を計算して模擬することにより設定された主インダクタンスパラメータに対応する磁束を検出し,対応する磁化電流に対応する磁束を形成するための演算モデル回路と,
(d) 一方では第1のベクトルの決定量に相当し,演算回路において検出された磁束から導出できる演算モデル回路に対応するベクトルを定める決定量を形成し,他方では2つの決定量の差を積分調節器の入力端に導き,この調節器の出力信号は検出すべきパラメータ値に対する設定入力端に導かれ,調整平衡の際に求めるべきパラメータ値として取出すことのできる調節器回路と
を有することを特徴とする非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対するパラメータ値検出装置。」(1頁左欄6行~2頁左上欄10行)
② 「3.発明の詳細な説明
本発明は,非同期機の固定子抵抗,主インダクタンス,漏れインダクタンスに対する少なくとも1つのパラメータ値を検出するための装置に関するものである。」(4頁左上欄4行~8行)
③ 「…インバータ給電非同期機を上述の磁界オリエンテーション運転を行うために,固定子電流の目標値は磁界オリエンテーシヨンされた基準系において予め与えられ,この目標値から場所を固定された固定子基準系において予め与えられる固定子電流ベクトルに対する相当する目標値が検出されねばならない。このためには磁界オリエンテーシヨンされた基準系と固定子基準系との間の相互の位置(すなわち角度φ)に関する情報が必要である。
起電力ベクトルeは回転機において取出される固定子に関係する固定子電流ベクトルiと固定子電圧ベクトルuとの座標から,次の式により計算される。
file_18.jpgaこの起電力ベクトルの積分により,磁束ベクトル
φ=∫edt (1a)
が形成される。」(4頁左下欄8行~右下欄6行)
④ 「本発明の目的は,回転子位置に関する情報なしですむ,非同期機の固定子抵抗,漏れインダクタンス,主インダクタンスに対するパラメータ値を検出する装置を提供することである。」(6頁左上欄13行~16行)
⑤ 「本発明によれば,装置は次の素子により構成される。
a) 所属する第1のベクトルを作るための起電力形成器,
b) 第1のベクトルに対する対応する磁化成分と決定量とを作るための演算装置,
c) 対応する磁化電流成分に属する磁束を演算するための演算モデル回路,
d) この磁束に対応する第2のベクトルの決定量を演算し,2つのベクトルの決定量の制御偏差を作る調節器回路
起電力形成器は回転機入力端において取出された固定子電流ベクトルの成分iα1,iα2と,固定子電圧ベクトルuα1,uα2とに対する値,および固定子抵抗rSと漏れインダクタンスxσ(“真の”回転機パラメータrS,xσ)とに対する設定されたパラメータ値rS',xσ'から,起電力または相当するこれらのパラメータ設定に対応する第1のベクトルe'(成分e'α1,e'α2)またはφ'(成分φ'α1,φ'α2)を検出する。
演算装置は少なくとも1つのベクトルアナライザと変換回路,例えばベクトル回転機とを有している。ベクトルアナライザは第1のベクトルからこのベクトルの方向を定める角度量を計算する。変換回路は固定子電流ベクトルの取出された成分iα1,iα2と,パラメータ設定に対応する磁化電流成分としての角度量とから,起電力形成器(あるいはそのパラメータ設定)に対応する起電力ベクトルe'に直角,またはe'とφ'との直交性のために同じ意味であるが,相当する磁束φ'に平行な固定子電流成分を計算する。
…
演算モデル回路は,演算装置において演算された磁化電流成分i'φ1と,回転機の主磁界インダクタンスに対する設定されたパラメータ値xh'とから,磁界の発生に導く過程の計算による模擬により,設定された主磁界インダクタンスパラメータ値xh'に対応する磁束(磁束ベクトルφ"の値φ")を計算する。
…
調節器回路は,先ず,第1のベクトルの決定量に相当して演算モデル回路に対応して,演算モデル回路において検出された磁石から導き出すことのできる第2のベクトルの決定量を検出する。… 第1のベクトルの決定量として固定子電流オリエンテーシヨンされたφ'またはe'の座標が演算装置において演算されると,第2のベクトルの相当する決定値として同じ固定子電流オリエンテーシヨンされたベクトルφ"またはe"の成分が使用される。… 2つの決定量の差は調節器回路において積分調節器に加えられる。その出力信号は検出されたパラメータ値を設定するための入力端に導かれ,従つて起電力形成器における固定子抵抗パラメータrS’または漏れインダクタンスパラメータ値,あるいは演算モデル回路における主磁界インダクタンスパラメータxhに対する入力端に導かれる。平衡状態においては,調節器の出力信号は検出されるべきパラメータ値を示す。」(6頁右上欄12行~7頁右下欄5行)
⑥ 「パラメータ値のそれぞれ1つが検出される運転領域を互いに制限して,低い固定子周波数および高い負荷において固定子抵抗が,高い周波数および無負荷運転の近くで主インダクタンスが,また高い周波数および高い負荷において漏れインダクタンスが演算されるようにすることができる。」(11頁左上欄5~10行)
⑦ 「第6図は3つすべてのパラメータ値を検出するための完全な装置を概略的に示している。本装置は,起電力形成器1,演算装置2,演算モデル回路3および調節器回路4から成っている。三相非同期機5の入力端子においては,固定子電圧および固定子電流が取出されるが,それらはそれぞれの固定子巻線の方向に向けられたベクトル値として相当する座標変換器6,7においてベクトルfile_19.jpgまたはiαに合成される。… 起電力形成器1においては,設定されたパラメータ値rS'と,座標変換器7において取出された固定子電流ベクトルiαの固定子に関係する成分との乗算により(乗算素子8)抵抗電圧降下のベクトルrS'・iαが作られる。同様に成分による微分(微分素子9)により,また漏れインダクタンスに対する設定されたパラメータxσ'との乗算(乗算素子10)により誘導漏れ電圧のベクトルから作られる。減算回路12において,固定子に関係する固定子電圧ベクトルuαの座標変換器6において取出された成分から,設定された値xσ',rS'に対応する起電力のベクトルe'(“第1のベクトル”)から作られる。
非同期機の磁界オリエンテーション制御に対しては同様の装置が非同期機の磁界の方向を検出するための磁束検出器として必要である。」(11頁左上欄11行~左下欄2行)
⑧ 「磁界オリエンテーション制御の本質は,磁束とモーメントとが固定子電流の磁界に平行な成分と,磁界に直角な成分とに対する関係しない目標値により制御されることにある。従って固定子電流の相当する実際値は,パラメータ値xσ'およびrS'が回転機パラメータの真の値に等しい調整された状態においては,出力端26および27において,演算装置2から導き出されて,磁束ベクトルの方向に関する必要な情報を得るようにして得られる。… これにより制御のための固有の起電力検出器は節約される。」(12頁左上欄11行~右上欄4行)
⑨ 「第6図による回路においては,差e'-e"を選択的にパラメータの1つを追従するために使用してもよいが,各パラメータ値に対しては固有の積分調節器20,21,22が設けられている。制御偏差e'-e"はこの場合に切換装置23によりそれぞれ該当する決定すべきパラメータ値に対応する積分調節器に加えられる。既に説明したように,量m=i'φ2/i'φ1の定められた値に対して調整方向が切換えられるので,調節器20,21には調節器入力端信号の符号逆転のためのスイッチング装置24,24'が前置されている。最後に出力端が25により示されているが,この出力端において調整平衡後それぞれ求められるパラメータ値,例えばrS=rS'を取出すことができる。」(12頁左下欄11行~右下欄5行)
⑩ 「すなわち無負荷において駆動装置が運転されると(m=0),電流ベクトルは正しく設定された固定子抵抗パラメータにおいては下部周波数領域において磁束ベクトルに一致し,固定子電流に平行なベクトルe'の成分は無くなる。このことはxσ'およびxh'に対する設定された値には関係ないので,固定子抵抗を予め設定するためには,e'j1=0となるまで,パラメータ値rS'が変らねばならない。」(15頁右下欄11行~19行)
⑪ 「さらに,第10図による回路において漏れインダクタンスxσの補償は電流に直角なベクトルe'およびe"の成分の補償により使用されると有利である。このことは,パラメータ値xσをrSに対する値に関係なく非同期機の通常運転を開始する前に短絡試験により検出することを可能にする。
このためには回転子は,固定子電流が高い周波数(特に定格周波数の50%以上)で運転している間拘束される。これにより,磁化電流成分i'φが殆んど零である間は,負荷角度は殆んど90゚となる。従つて起電力ベクトルeは実際には,固定子電流ベクトルiに平行し,パラメータ値xσ'は,第10図において出力端29aから取出されている評価された起電力ベクトルe'の電流に直角な成分e'j2が零となるように調節されるだけでよい。パラメータ値rS'は,電流に平行な固定子抵抗を介して成分e'j1の中だけへ入り,従つてxσのこの決定には影響しない。
物理的にこれと同じ意味で,第6図による装置においても,パラメータ値xσ'は,出力端29a,29bにおいて取出された起電力形成器1により固定子基準系において検出された起電力ベクトルe'の2つの成分e'α1,e'α2が両方最小となるまで変えられる。何故ならばxα'の調整が正確でないときに生じるe'の無効成分は常に,有効成分だけを持つ起電力ベクトルに比してベクトルe'の増幅を意味するからである。同様に,短絡試験においては磁化電流成分が最小であるという事実も,xσ'検出に使用することができる。何故ならばxσ'は,出力端27においてiφ1の最小値が生じるまで,変えられるからである。」(16頁左上欄4行~右上欄15行)
⑫ 「一般の場合には,固定子抵抗rSの予めの設定は,測定器により回転機端子におけるオーム抵抗が測定され,基本設定として起電力形成器と,対応する調節器(例えば,第6図における20,または第10図における50)とに付与されることにより行われる。しかしながら,固定子周波数が静止しているときにも,固定子電流を記憶させ,e'=0となるようにパラメータrSを調節してもよい。同様に低い固定子周波数においてxσとxhとに対する任意の評価値から装置の固定子抵抗を検出させ,調節器に記憶させることができ,この場合にはxσおよびxhの誤設定は殆んど影響がない。
上述の短絡試験によつて漏れインダクタンスパラメータ値xσに対する出発値が検出されなければ,このパラメータの検出に対する出発値として評価された値を記憶し,パラメータ値rSおよびxhに対する予めの調整が行われている限り,通常運転の回転における真のパラメータを装置により検出する。xhの予めの調整は高い回転数および無負荷運転において行うと有利である。
場合によつては予めの調整を何回も繰返した後に,非同期機の通常運転においてそれぞれ第5図に与えられた動作領域において個々のパラメータが検出され,最後に検出された値が記憶されると,記憶装置にはそれぞれ1組のパラメータ値が利用され,これにより非同期機のパラメータは良い精度を以て与えられる。」(16頁右上欄16行~右下欄5行)
⑬ 第6図(Fig6。3つのパラメータ値の1つを選択して検出する装置の一例の接続図)の記載は以下のとおりである。
file_20.jpg(3) 上記①~⑬から,甲3発明の内容は,以下のとおりのものであると理解することができる。
ア 上記③から,「インバータ」が「可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器」に,「非同期機」が「誘導電動機」に,上記⑧から「磁界オリエンテーション制御」が「ベクトル制御」に,それぞれ相当することは当業者であれば容易に認識し得ることであり,また一般に,インバータ(変換器)は,制御装置からの駆動信号により運転されるもので,その出力量(出力電流及び出力電圧)は,制御装置に与えられる指令信号に応じて制御されるものであることは,本件特許出願当時(昭和59年3月2日)において周知の技術事項であるから,甲3発明は,訂正発明の「誘導電動機に可変電圧可変周波数の交流を出力する変換器と,該変換器の出力量を制御して前記電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システム」との点を満たすものと認められる。
イ また上記④及び⑤から,甲3発明は,非同期機(誘導電動機)の固定子抵抗,漏れインダクタンス,主インダクタンスに対するパラメータ値,すなわち電動機定数を検出することを目的とし,そのために上記⑤の(a)~(d)から構成される測定演算手段に相当するものを有するものと認められるから,訂正発明の「前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段」を備えたものと認められる。
ウ 上記⑧によると,ベクトル制御に相当する「磁界オリエンテーション制御」においては,磁束(ベクトル)に平行な磁化電流成分i'φ1(訂正発明でいう励磁電流成分i1d)と,磁束(ベクトル)に直角の電流成分i'φ2(訂正発明でいうトルク電流成分i1q)が,目標値に制御されるものであり,先の⑤の(a)~(d)から構成される測定演算手段から,第6図における出力端26及び27に導き出されて制御のために必要な情報(信号)として用いられるものと認められる。
なお,この点に関し,被告は甲3の第6図には非同期機へは3本の電力線の図示があるのみでインバータ(変換器)は示されていないと主張する。しかし,第6図に上記③を加味すれば,第6図の上記3本の電力線はインバータ(変換器)から出力されたものであること,また,上記出力端26及び27の信号i'φ1及びi'φ2が,上記磁界オリエンテーション制御のために,インバータの制御装置に対して指令信号の一部となるものであることは,当業者であれば容易に認識し得る技術事項であると認められる。
エ さらに⑫から,固定子抵抗rSの設定に関して,「固定子周波数が静止しているとき」とは,直流励磁を行っている場合に相当することは当業者であれば容易に認識し得るところ,その場合に「固定子電流を記憶させ,e'=0となるようにパラメータrSを調節してもよい」と記載されている。
ここで,甲3の(1)式は,file_21.jpgであるところ,直流励磁の場合にはfile_22.jpgelaであるから,「e'=0となるように」することとは,検出された固定子電圧及び固定子電流を座標変換したuα及びiαから,0=uα-iα・rSとなるようにrSを調整することに他ならないといえる。
そうすると,回転停止の条件として,固定子周波数が静止している条件(すなわち本件発明におけるω1=0とすること)を設定して,非同期機に直流を供給し,その状態下の固定子電圧及び固定子電流(本件発明における変換器の出力量に相当する)を測定演算手段(上記⑤の(a)~(d))により測定演算することにより,電動機定数の一つである固定子抵抗を設定可能にすることが示されている。
(4)ア 一方,審決は,甲3の記載事項を列挙した上で,その記載内容に対して以下のように説示し,他に甲3発明において,電動機定数演算手段をこのような構成とすることを当業者が容易に為し得るとするに足る証拠も示されていないとし,結論として訂正発明は甲3発明と同一ないしそこから容易想到とはいえないとした。
<ア>「本件特許発明の構成に欠くことのできない事項である『電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システム』において,『“ベクトル制御する制御装置に含まれて,電動機定数を測定演算する”演算手段から“ベクトル制御する”制御装置に一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力』する構成について記載も示唆もない。」(16頁16行~21行)
<イ>「甲第3号証には,第6図に記載の三相非同期機5の駆動にインバータ制御回路を用いていることは窺われるものの,パラメータ値を検出するための装置とインバータ制御回路との関係は記載されておらず,固有の起電力検出器を節約したときの構成も不明であって,甲第3号証に,『変換器の出力量を制御して電動機をベクトル制御する制御装置を備えた誘導電動機制御システムにおいて,前記制御装置に前記電動機の電動機定数を測定演算する電動機定数演算手段を含』む構成を備えた本件特許発明が記載され,あるいは示唆されているものと認めることができない。」(16頁26行~下34行)
イ そこで検討すると,まず上記<ア>については,上記⑧のとおりベクトル制御に相当する磁界オリエンテーション制御において,甲3では回転停止の条件として,固定子周波数が静止している条件を設定(上記⑫に示されている)して,非同期機に直流を供給し,その状態下の固定子電圧及び固定子電流(上記のとおり,訂正発明における変換器の出力量に相当する)を測定演算手段により測定演算することが示されているところ,回転停止の条件としての固定子周波数が静止している条件がインバータを駆動する制御装置に対しては回転停止となる指令信号として与えられるものであることは,当業者においては自明な技術事項にすぎない。また,その指令信号を測定演算手段から出力させるようにすることについても格別の創意工夫を必要とする技術事項とは認められず,当業者が適宜に採用し得る設定的事項であると認められる。
次に,上記<イ>について検討する。甲3には,測定演算手段(前記⑤の(a)~(d)から構成)から取り出される出力端26及び27の信号i'φ1及びi'φ2がインバータの制御装置に対して指令信号の一部となるものであるから,測定演算手段とインバータの制御装置との関係は示唆されているとみるのが相当である。また,測定演算手段をインバータの制御装置に含ませる点に関しては,インバータの制御装置は,測定演算手段により得られた電動機定数を使用するものであることから,電動機定数を測定演算手段から受け取れる形態であるならば,測定演算手段をインバータの制御装置に含ませるか否かは格別の問題とならず,当業者が適宜に採用し得る設計的事項といえるものである。
ウ そうすると,甲3発明から容易想到とはいえないとした審決の判断は誤りであるというべきである。
(5) 被告は,甲3には,変換器の存在は図示も説明もなく示唆もない,また,「出力端26及び27」から導出された値が図示されないベクトル制御インバータ装置に入力されることの記載も示唆もない旨主張する。
しかし,上記(3)ウで検討したとおり甲3には変換器の存在の記載があり,「出力端26及び27」から導出された値が図示されないベクトル制御インバータ装置に入力されることが示唆されていると解するのが相当であるから,被告の上記主張は失当である。
また被告は,甲3には,交流電動機の定数(パラメータ)を電動機定数の専用の検出回路により検出する発明が開示されているとも主張するが,訂正発明の電動機定数演算手段も電動機定数を検出する機能を奏するものであることを踏まえると,これも専用の検出回路といえるものであるから,被告の上記主張は採用することができない。
さらに被告は,仮に,原告が主張するような構成が開示されていたとしても,「『ベクトル制御する』制御装置に一つの定数の測定条件に応じた回転停止となる指令信号を出力」する構成の開示がなく,その示唆もないことには変わりはない旨主張するが,この主張を採用することができないことは既に検討したとおりである。
(6) 以上によれば,審決は前記無効理由2の容易想到性の判断に誤りがあることになる。
5 結語
以上によれば,原告主張の取消事由1及び2は理由がないが,容易想到性に関する取消事由3は理由があり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 清水知恵子)