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知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10266号 判決 2008年3月26日

原告

株式会社日立製作所

訴訟代理人弁護士

飯田秀郷

井坂光明

隈部泰正

訴訟代理人弁理士

沼形義彰

西川正俊

訴訟復代理人弁護士

辻本恵太

被告

株式会社安川電機

訴訟代理人弁護士

松尾和子

訴訟代理人弁理士

大塚文昭

竹内英人

近藤直樹

中村彰吾

訴訟代理人弁護士

高石秀樹

奥村直樹

訴訟代理人弁理士

那須威夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2005-80354号事件について平成19年6月12日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  原告が特許権者である後記特許(発明の名称「電力変換装置及びこれを利用した電気車の制御装置」)の請求項3に係る発明(以下「本件発明」という。)について被告から特許無効審判請求がなされたところ,特許庁が平成18年6月1日付けでこれを無効とする審決(第1次審決)をしたので,原告が知的財産高等裁判所にその取消しを求める訴訟(第1次訴訟,平成18年(行ケ)第10313号)を提起した。

2  その後原告から特許庁に上記特許に関し訂正審判請求がなされたことなどから,同裁判所は,当該特許を無効にすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であるとして,平成18年11月17日,特許法181条2項に基づき上記審決を取り消す旨の決定をした。

3  上記決定により特許庁において特許無効審判請求につき再び審理されることとなり,その中で原告は改めて上記特許につき訂正請求(本件訂正請求)をしたところ,特許庁は,平成19年6月12日,明細書に記載されている範囲内とは認められないので上記訂正請求は認められない(平成6年法律第116号による改正前の特許法134条2項ただし書)とした上,再び本件発明についての特許を無効とする旨の審決(第2次審決,以下「本件審決」ということがある)をしたことから,これに不服の原告がその取消しを求めたのが本件訴訟である。

<注>.平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「旧規定」という。)134条2項は,次のとおりである。

「第123条第1項の審判の被請求人は,前項又は第153条第2項の規定により指定された期間内に限り,願書に添付した明細書又は図面の訂正を請求することができる。ただし,その訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず,かつ,次に掲げる事項を目的とするものに限る。

一  特許請求の範囲の減縮

二  誤記の訂正

三  明りょうでない記載の釈明」

4  なお,原告は,本件訴訟係属中の平成19年9月28日,特許庁に上記特許につき再び訂正審判請求(訂正2007-390110号)をしたところ,特許庁は,平成20年1月29日,請求不成立の審決をしたことから,原告は同裁判所にその取消訴訟(平成20年(行ケ)第10063号)を提起している。

5  争点は,①訂正請求不許の判断(特許法旧規定134条2項)の適否,及び,②本件発明が下記文献に記載された各発明との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するか,である。

・甲2:特開平2-101969号公報(発明の名称「三点インバータの作動方法」,出願人 シーメンス・アクチエンゲゼルシャフト,公開日 平成2年4月13日,以下これに記載された発明を「甲2発明」という)

・甲13:「New Developments of 3-level PWM Strategies」(「3-レベルPWM〔パルス幅変調〕構想の新しい展開」,B.Velaerts, P.Mathys,G.Bingen 他, EPE Aachen 1989,411頁 平成元年10月9日。以下これに記載された発明を「甲13発明」という)

第3当事者の主張

1  請求の原因

(1)  特許庁等における手続の経緯

ア 原告は,平成3年11月18日,名称を「電力変換装置及びこれを利用した電気車の制御装置」とする発明につき特許出願(特願平3-301512号)をし,平成10年4月3日,特許第2765315号として設定登録を受けた(請求項1ないし6。甲1〔特許公報〕。以下「本件特許」という。)。

その後,平成17年12月8日付けで被告から本件発明(請求項3)について特許無効審判請求がなされ,同請求は無効2005-80354号事件として係属したところ,特許庁は,平成18年6月1日,「特許第2765315号の請求項3に係る発明についての特許を無効とする」旨の審決(第1次審決)をした。

イ 原告は,平成18年7月5日に上記第1次審決の取消しを求める訴えを知的財産高等裁判所に提起(平成18年(行ケ)第10313号事件)するとともに,平成18年9月28日付けで特許庁に訂正審判請求をした。同裁判所は,当該特許を無効にすることについて特許無効審判においてさらに審理させることが相当であるとして,平成18年11月17日,特許法181条2項に基づき上記審決を取り消す旨の決定をした。

ウ 上記決定により特許庁において特許無効審判請求につき再び審理されることになり,その中で原告は平成18年12月15日付けで訂正請求(第1次訂正。以下「本件訂正請求」という。甲16)をしたが,特許庁は,平成19年6月12日,本件訂正請求は認められないとした上,「特許第2765315号の請求項3に係る発明についての特許を無効とする」旨の審決をし,その謄本は平成19年6月22原告に送達された。

そこでこれに不服の原告は,平成19年7月18日,上記審決の取消しを求める訴え(本件訴訟)を同裁判所に提起した。

エ なお原告は,本件訴訟係属中の平成19年9月28日付けで,特許庁に対し,本件特許の請求項3をさらに訂正(第2次訂正)することなどを内容とする訂正審判請求(訂正2007-390110号)をしたところ,特許庁は,平成20年1月29日,独立特許要件の不存在を理由として請求不成立の審決をし,これに対して原告は審決取消訴訟を提起した(平成20年(行ケ)第10063号)。

(2)  本件発明の内容

「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成し,これら両期間の比率を変更する手段を備えた電力変換装置。」

(3)  本件訂正請求の内容

ア 訂正事項1

上記(2)を次のとおり訂正すること(下線が訂正部分)

「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成し,出力電圧指令に応じてこれら両期間の比率を変更する手段と,該手段による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段を備えた電力変換装置。」

イ 訂正事項2

本件明細書(甲1)の【発明の詳細な説明】の【0016】を,次のとおりに訂正すること(下線は訂正部分)

「また,上記他の目的は,直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成し,出力電圧指令に応じてこれら両期間の比率を変更する手段と,該手段による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段を備えることにより達成される。」

(4)  審決の内容

ア 審決の内容は別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,①本件訂正請求は,願書に添付した明細書又は図面に記載されている範囲内のものとは認められないから,特許法旧規定134条2項ただし書の規定に適合しない,②本件発明は甲2発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた,③また,本件発明は甲13発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,それぞれ特許法29条2項により特許を受けることができない,としたものである。

イ なお,審決は,甲2発明の内容を次のとおり認定し,本件発明との一致点及び相違点を,以下のとおりとした。

<甲2発明の内容>

「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する三点インバータにおいて,上側範囲に位置する第1の目標信号システムの相信号経過と変調信号を比較し,第1の目標信号システムの相信号経過が変調信号よりも小さいとき,負のパルスを出力し,下側範囲に位置する第2の目標信号システムの相信号経過と変調信号を比較し,第2の目標信号システムの相信号経過が変調信号よりも大きいとき,正のパルスを出力するものであり,変調信号のピークにより予め設定された上側または下側走査限界の上方または下方超過した範囲では,パルスが出力されないように構成した三点インバータ。」の発明

<一致点>

「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成した電力変換装置。」である点

<相違点>

本件発明は,「両期間の比率を変更する手段」を備えているのに対し,甲2発明においては,そのような手段を備えているか不明である点。

ウ また審決は,甲13発明の内容を次のとおり認定し,本件発明との一致点及び相違点を,以下のとおりとした。

<甲13発明の内容>

「直流を3の電位を有する交流相電圧に変換するインバータにおいて,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成したインバータ」の発明

<一致点>

「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成した電力変換装置。」である点

<相違点>

本件発明は,「両期間の比率を変更する手段」を備えているのに対し,甲13発明においては,そのような手段を備えていない点

(5)  審決の取消事由

しかしながら,審決は,以下に述べる次第により誤りであるから,違法として取り消されるべきである。

ア 取消事由1(甲2発明との相違点に関する判断の誤り)

(ア) 審決は,甲2発明と本件発明との相違点に対する誤った判断をした違法がある。

まず甲2発明の内容についてみると,甲2における変調方式は,三角波である搬送波と,正負のバイアスを設けて2分した変調波とを比較し,PWM制御(正負のパルス列を生成)を行うものである。ここで,甲2の変調方式では,変調波が搬送波の振幅より大きくなる過変調領域,すなわち変調波の大きさが”1”又は“-1”より大きくなる領域では,出力パルスが消滅している(甲14〔被告作成の甲2による動作シミュレーション結果〕)。甲2はこれにつき,「このような場合に,第1または第2の目標信号システムの極大または極小の範囲内の相信号経過の上側走査限界を上方超過する範囲または下側走査限界を下方超過する範囲は変調信号によりもはや検出されない。こうして,好ましくは正弦波状であり,また周波数変換装置の出力端における電気的量に対する目標経過としての役割をする相信号経過の“刈り込み(Kuppen)”が変調信号によりもはや走査され得ないので,1つの変調誤差が生ずる」(5頁右下欄14行~6頁左上欄4行)としている。

つまり甲2発明では,電力変換装置として出力電圧の基本波成分は電圧指令には比例せず,この電圧指令値より明らかに下回った電圧値しか得られず,変調誤差のあるパルス幅変調された電力変換装置にすぎない。

以上のことから,甲2に記載されたダイポーラ変調方式によるPWM変調では,インバータの出力交流電圧は過変調領域で変調率に比例せず,電力変換装置として出力電圧の基本波成分は電圧指令には比例せず,この電圧指令値よりも明らかに下回った電圧値しか得られず,変調誤差のあるパルス幅変調された電力変換装置にすぎないものである。

(イ) これに対し本件発明は,3レベルインバータにおいて,出力電圧の半周期中に,出力パルスを正負交互に出力する期間(実施例におけるダイポーラ変調期間)と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間(実施例におけるユニポーラ変調期間)とを有する構成とする。そして,出力電圧の半周期中に両期間を有する構成とするばかりではなく,更にこれら両期間の比率を変更する手段により,両期間を可変できるようにする構成を備える。

出力電圧指令の振幅は微小ではないが出力させようとする正弦波に微小電圧が含まれているので,本件発明は,上記構成により,出力電圧指令通りのインバータ出力電圧を実現する。

すなわち,本件発明では,比較的電圧の高い期間はユニポーラ変調期間で表現でき,裾野の付近など比較的電圧の低い期間はダイポーラ変調期間で表現することができるばかりではなく,これらの期間を可変できるよう構成しているため,電圧指令が変化しても,その変化に対応して電圧指令に忠実に出力電圧を表現することができるのである(本件明細書〔甲1〕段落【0019】)。

(ウ) そうすると,審決が認定した甲2発明と本件発明との相違点のほか,「本件発明は,出力パルスを正負交互に出力する期間(ダイポーラ変調期間)と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間(ユニポーラ変調期間)とを出力電圧の半周期中に有するように構成した電力変換装置であるのに対し,甲2発明においては,ダイポーラ変調方式のPWM変調(上側範囲に位置する第1の目標信号システムの相信号経過と変調信号を比較し,第1の目標信号システムの相信号経過が変調信号よりも小さいとき,負のパルスを出力し,下側範囲に位置する第2の目標信号システムの相信号経過と変調信号を比較し,第2の目標信号システムの相信号経過が変調信号よりも大きいとき,正のパルスを出力する変調方式)における過変調の場合に,極大または極小の範囲内の相信号経過の上側走査限界を上方超過する範囲または下側走査限界を下方超過する範囲は変調信号によりもはや検出されないこととなるために,見かけ上,出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間のようにみえるにすぎず,その結果,高調波スペクトルの含有率の大きい電力変換装置としては不適なものである点」でも相違しており,これも相違点とすべきである。

(エ) また審決は,甲2発明と本件発明との相違点に関する判断において,電力変換装置において,電圧指令値を変更できるようにすることは周知技術であるとした上,「甲第2号証記載の発明において,電圧指令値を変更する手段を設けることは,当業者にとって,容易に想到しうることである。その場合,電圧指令値を変更すれば,第1の目標信号システムの相信号経過,第2の目標信号システムの相信号経過が変調信号のピークにより予め設定された上側または下側走査限界の上方又は下方超過する範囲が変化するから,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間が変化することは明らかである。そうすると,電圧指令値を変更する手段は,『両期間の比率を変更する手段』であるといえる。」とした(9頁14行~23行)。

しかし,電圧指令値は,インバータに運転状態に応じた所望の電圧を出力させるための指令値であるから,所望の電圧指令値を変更してしまうと,所望の出力電圧を得ることができなくなってしまうものである。周知技術により前記当該運転状態に対応した所望の電圧指令を変更してしまうと,ユニポーラ期間とダイポーラ期間を変更する結果が得られたとしても,それは両期間が変更されるという結果が生じるにすぎず,かかる電圧指令値変更手段により前記当該運転状態に対応した所望の電圧指令値を変更してしまって,所望の電圧が出力できなくなってしまうため,このような電圧指令値変更手段を甲2発明に適用する技術的根拠は全くない。

(オ) また,電圧指令値を変更する手段によって本来の電圧指令値を変更してしまうと,本来の電圧指令値とは異なる電圧指令値になってしまい,運転状態に応じた出力電圧を得られないという悪影響を生じてしまう。

審決は,この点につき「甲第2号証における過制御状態に相当する過変調領域で運転するとともに,電圧指令を変化させられるようにしたものが記載されているばかりでなく,過変調領域でも運転をおこなうことは周知でもある(例えば,特開昭61-161974号公報,特開昭64-60285号公報参照)」(10頁11行~15行)としているが,ここで例としてあげられている特開昭61-161974号公報(発明の名称「交流モータの回生制動装置」,出願人 日産自動車株式会社,公開日 昭和61年7月22日,甲17),特開昭64-60285号公報(発明の名称「誘導電動機の制御装置」,出願人 株式会社日立製作所〔原告〕,公開日 昭和64年3月7日,甲18)のものは,従来技術の2レベルインバータに関するものであり,本件発明の「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置」に関するものではないばかりか,そもそも,審決の指摘する技術では何とか運転することができるというものであって,甲2が問題とする技術的課題に加え,さらに所望の電圧指令値を変更したことによる悪影響を生じることに変わりはない。

以上のように甲2において,前記「両期間を変更する」結果を生じる周知の技術を適用することはあり得ず,この点で周知技術を適用するには阻害要因がある。そして,甲2発明に電圧指令値を変更する手段を設けても,ダイポーラユニポーラ混在変調,部分ダイポーラ変調方式とし,さらにこの両期間の比率を可変に変更するように構成して,両者の長所を最適化することを可能にするとの本件発明には至らないことは明らかである。

以上のとおりであり,審決の甲2発明と本件発明との相違点に関する判断には誤りがある。

(カ) 被告が本件明細書(甲1)においても「過変調」状態を使用していると主張する根拠としてあげる段落【0051】,【0089】,【0090】,【0091】,【0095】,【0099】,【0128】,【0141】等の記載は,いずれもユニポーラ変調領域から過変調領域に移行したときにユニポーラ変調のパルスをつなげていく制御を行うものであり,過変調領域で「ダイポーラ変調」を行うものではなく,この技術自体は公知技術であって本件発明と関係もない。

(キ) また審決が指摘した特開昭61-161974号公報(甲17)及び特開昭64-60285号公報(甲18)に関し,本件発明の「3レベル」インバータの場合には,交互パルスの一方が欠落し他方が残って,見かけ上,同一極性パルス期間が発生している状態では,本来出力されるべき一方のパルスが単に欠落するのであって,残った他方のパルスでは出力電圧指令通りのパルス幅変調(ダイポーラ変調)が行えないという致命的な問題点が発生するので,上記甲17,甲18の「2レベル」インバータの場合に「過変調」で動作させることが周知であったとしても,これら2レベルのインバータを過変調領域で運転する構成も,当然に3レベルの本件発明の電力変換装置に含まれる旨の被告の主張は誤りである。

イ 取消事由2(甲13発明との相違点に関する判断の誤り)

(ア) 甲13訳文3頁末行~4頁4行の記載を参照すると,コンピュータ上でのパラメータ分析により,甲13訳文の4頁に記載された図1(b)の場合と図1(d)の場合には興味ある結果が期待され,これらの場合についての実用化についての研究は示されている。一方,同じく4頁の図1(c)の場合の変調方式の適用は何も検討されておらず,甲13には,図1(c)の場合には,変調スペクトルにおいて興味ある結果が期待できないことが示されている。

ここで,「変調スペクトルにおいて興味ある結果が期待できないものである」とは,当業者の技術常識を斟酌すると,甲2の第3図の「変調誤差のあるパルス幅変調された電圧を出力する」ものと同様のものであるということである。また,この点は,図1(c)と(d)のパルス幅を見ても容易に確認できる。

ここで,甲13の図1(c)と(d)のパルス波形を比較すると,図1(c)より(d)の方が変調率kが大きいにもかかわらずパルスの幅が狭くなっていることが確認できる。本来,図1(d)の方が変調率kが高い,すなわち高い電圧が出なければならないはずであるが,図1(d)のパルス幅は,図1(c)のパルス幅より狭くなっている。本来,インバータ出力電圧は変調率に比例するように制御される必要があるところ,甲2発明のようにパルス幅が狭くなるということは,その分だけ出力電圧が出ないことになる。

また,甲13訳文7頁3行~5行記載の出力電圧式における出力交流電圧の基本波成分は下式のように変調率kの(1/2)となることが記載されている。

V(t)=(1/2)kUsin(ωmt+Φ)(U:直流リンク電圧の半分)

以上のことから,甲13に記載されたダイポーラ変調方式によるPWM変調では,インバータの出力交流電圧は過変調領域で変調率に比例せず,電力変換装置として出力電圧の基本波成分は電圧指令には比例せず,最大出力電圧は変調率の2分の1以下となり,この電圧指令値よりも明らかに下回った電圧値しか得られず,変調誤差のあるパルス幅変調された電力変換装置にすぎない。

そうすると,甲13発明は,甲2発明と同様に,「ダイポーラ変調方式によるPWM変調により直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換するインバータにおいて,過変調が有効である期間において正負パルスの交番がない,すなわち,出力電圧と同一極性のみのパルスを出力し,その他の期間では,正負交互のパルスを出力するように構成した変調誤差のあるパルス幅変調された電圧を出力するインバータ。」と認定すべきものである。

そうすると,甲13発明と本件発明とを対比すると,「本件発明は,出力パルスを正負交互に出力する期間(ダイポーラ変調期間)と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間(ユニポーラ変調期間)とを出力電圧の半周期中に有するように構成した電力変換装置であるのに対し,甲13発明においては,2極性変調,すなわち,ダイポーラ変調(出力パルスを正負交互に出力する変調方式)における過変調の場合に,正負パルスの交番がなくなる,すなわち,極大または極小の範囲内の相信号経過の上側走査限界を上方超過する範囲または下側走査限界を下方超過する範囲は変調信号によりもはや検出されないこととなるために,見かけ上,出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間のようにみえるにすぎず,その結果,高調波スペクトルの含有率の大きい電力変換装置としては不適なものである」との相違点も存するものであり,審決の相違点の認定は誤っている。

(イ) また審決は,「電力変換装置において,電圧指令値を変更できるようにすることは,提出された証拠(例えば,特開昭58-133199号公報(甲第6号証))を参照するまでもなく周知技術であり,甲第13号証記載の発明において,電圧指令値を変更する手段を設けることは,当業者にとって,容易に想到しうることである。その場合,電圧指令値を変更すれば,過変調となり正負パルスの交番がなくなる期間が変化するから,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間が変化することは明らかである。電圧指令値を変更する手段は,『両期間を変更する手段』であるといえる」と判断した(11頁26行~12頁2行)。

しかし,電圧指令値は,前記のとおり,インバータに運転状態に応じた所望の電圧を出力させるための指令値であるから,所望の電圧指令値を変更してしまうと,所望の出力電圧を得ることができなくなってしまう。周知技術により,前記当該運転状態に対応した所望の電圧指令を加工してしまうと(電圧を上下させるなど),前記「両期間を変更する」結果が得られたとしても,それは両期間が変更されるという結果が生じるにすぎず,かかる電圧指令値変更手段により前記当該運転状態に対応した所望の電圧指令値を加工してしまう結果,所望の電圧が出力できなくなってしまうため,このような電圧指令値変更手段を適用する技術的根拠はない。審決の判断は誤りである。

そもそも電圧指令値を変更してしまうと,「変調信号のピークにより予め設定された上側または下側走査限界の上方又は下方超過する範囲」においては,変調誤差があるパルス幅変調がなされるという,甲13が問題とする技術的課題に加え,さらに,異なる電圧指令値になってしまうという悪影響(運転状態に応じた出力電圧を得られない)を生じてしまうものである。

(ウ) 以上の次第で,甲13において,前記「両期間を変更する」結果を生じる周知の技術を適用することはあり得ず,この点で周知技術を適用するには阻害要因があるものといわなければならない。すなわち,電圧指令値を変更する手段は,「両期間を変更する手段」であることはないのである。

そして,甲13発明に電圧指令値を変更する手段を設けても,ダイポーラユニポーラ混在変調,部分ダイポーラ変調方式とし,さらにこの両期間の比率を可変に変更するように構成して,両者の長所を最適化することを可能にするとの本件発明には至らないことは明らかである。

(エ) 以上のように,審決で提示した本件明細書及び図面に記載された実施例のもの,周知技術のものは,いずれも,本件発明あるいは甲13発明とは技術分野が相違してこれを適用するには阻害要因があり,強引に甲13発明に適用しても,甲13発明の問題点を解決できるどころか運転状態に応じた所望の出力電圧を得ることが余計にできなくなってしまうため,電圧変更手段をもって「両期間を変更する手段」とすることはできないから,両者を組み合わせても「両期間を変更する手段」を備えることにならず,審決の判断には誤りがある。

ウ 取消事由3(本件訂正請求を認めなかった誤り)

(ア) 原告が求めた本件訂正請求の内容は,上記(3)のとおり請求項3の特許請求の範囲の記載を訂正すること(訂正事項1)のほか,本件明細書(甲1)の【発明の詳細な説明】の【課題を解決するための手段】の【0016】欄につき,請求項3の特許請求の範囲の記載の訂正と整合する記載に訂正すること(訂正事項2)を求めたものである。

訂正事項1は,請求項3の特許請求の範囲の記載を上記(3)アのとおりとするものであるところ,この訂正は,「該手段(比率を変更する手段)による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段」なる限定を付加するものである。

(イ) 審決は,訂正事項1につき,「該手段(比率を変更する手段)による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段」は,願書に添付した明細書又は図面に記載されていないような他の手段,例えば「正負交互に出力する期間が下限値となったときにそれ以降は正負交互に出力する期間のパルスを特定のものとしてしまう」(4頁下9行~下8行)もの等を含むものと認められ,「願書に添付した明細書又は図面に記載されている範囲内のものとは認められない」(5頁4行~5行)とした。

(ウ) しかし,審決が上記「正負交互に出力する期間が下限値となったときにそれ以降は正負交互に出力する期間のパルスを特定のものとしてしまうもの等を含む」と判断した点は誤りである。

すなわち,本件訂正後の「調整する手段」は,出カパルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整されればどのような手段でもよいと規定しているわけではなく,該手段による比率を変更するように調整するものでなければならないことは文言上明らかである。

ところが,審決が「調整手段」に含まれるとする他の手段である「正負交互に出力する期間が下限値となったときにそれ以降は正負交互に出力する期間のパルスを特定のものとしてしまうもの」という方法は,確かに,正負交互に出力する期間は確保されるが,両者の比率は当該下限値という特定のものに固定されてしまい,出力電圧指令に応じて両期間の比率を変更するように調整することはできない。かかる他の手段を含むとする審決の判断は誤りである。

(エ) 他方,審決は本件明細書(甲1)には「該手段による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段」に該当するオフセット量を変更するものが願書に添付した明細書又は図面に記載されていることを認めている(審決3頁下4行~末行)。この方式の場合には,オフセット量を変更することによって正負交互に出力する期間が確保されるとともに両者間の比率が変更されるから,訂正事項1の「該手段による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段」は,願書に添付した明細書又は図面に記載されたものであることは明らかである。

(オ) 以上のように,訂正事項1は,願書に添付した明細書又は図面に記載されている範囲内のものであり,また,審決が例示して願書に添付した明細書又は図面に記載されていないとされたもの等は,そもそも上記訂正事項1には含まれないのであるから,本件訂正請求は認められるべきである。そして,本件訂正請求による訂正後発明は,甲2発明又は甲13発明から容易に発明することができるものでないことは明らかであるから,審決の結論に影響する違法がある。

2  請求原因に対する認否

請求の原因(1)ないし(4)の各事実はいずれも認めるが,同(5)は争う。

3  被告の反論

(1)  取消事由1に対し

ア 原告は,甲2発明では,インバータの出力交流電圧は過変調領域で変調率に比例せず,電圧指令値よりも明らかに下回った電圧値しか得られないから変調誤差のあるパルス幅変調された電力変換装置にすぎないと主張する。

しかし,審決が適正に認定するとおり(10頁1行~5行),本件発明に係る請求項3は,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成した,と結果として生じるパルスの形態により構成を限定しているにすぎず,それ以外の点で構成上の限定はない。したがって,仮に原告主張のように甲2発明が変調誤差のあるパルス幅変調された電力変換装置にすぎないものとしても,そのような電力変換装置が本件発明において除外されていると認められる理由はない。

また審決が指摘するように,本件明細書(甲1)に記載された実施例においても過変調領域で運転するとともに,電圧指令を変化させられるようにしたものが記載されているばかりでなく,過変調領域で運転を行うことも周知であって,過変調領域で運転する構成も,本件発明の「電力変換装置」に含まれる。

イ また原告は,審決が周知例としてあげた特開昭61-161974号公報(甲17),特開昭64-60285号公報(甲18)のものは,従来技術の2レベルインバータに関するものであり,審決の指摘する技術では何とか運転することができるにすぎないなどとも主張するが,電力変換装置において出力電圧の基本波成分が電圧指令に比例せず,この電圧指令値よりも明らかに下回った電圧値しか得られなくなり,結果として変調誤差のあるパルス幅変調となるという問題は,何も2レベルインバータに特有のものではなく,3レベルインバータでも同様に生じる可能性があり,原告の指摘は意味がない。審決において挙げられた特開昭61-161974号公報(甲17),特開昭64-60285号公報(甲18)に記載の装置が2レベルインバータに関するものであるということは,審決の判断が誤りであるとする理由にはならない。

ウ 原告は,周知技術により当該運転状態に対応した所望の電圧指令を変更してしまうと,所望の電圧が出力できなくなってしまうと主張する。

しかし,本件明細書(甲1)には,本件発明の実施例に関し以下の記載がある。

「【0076】ここで,期間Iはダイポーラ変調,期間IIはユニポーラ変調となる。

【0077】これらの期間I,期間IIをインバータ出力電圧指令に応動させて変更(可変,インバータ出力電圧の半周期中の期間I,期間IIの比率を変更)することにより,部分ダイポーラ領域におけるインバータ出力電圧指令が忠実に表現される。」

ここで,本件明細書(甲1)の図4(a)において,基本波振幅指令Aを増減することによって,同(b)における”0”レベルの上下にはみ出す領域(図4(c)(d)の領域Ⅱ)が変動する。上記【0077】の説明である,「これらの期間I,期間IIをインバータ出力電圧指令に応動させて変更」することは,正にこのことを示すものである。

このような制御は原告が否定的に捉える「運転状態に対応した所望の電圧指令を変更(加工)してしまう」ことにより,前記「両期間を変更する」ことに他ならない。この記載から明らかなように,本件明細書にも運転状態に対応した所望の電圧指令を変更することにより,前記「両期間を変更する」実施例が記載されているといえる。

また審決が「周知技術」とする内容は,「電力変換装置において,電圧指令値を変更できるようにする」(9頁13行~14行)ことにすぎず,これを否定して,甲2に記載のインバータ(電力変換装置)に,電圧指令値を変更できるようにする思想を適用することに阻害要因が存するとの原告の主張は,技術常識に反する。この原告の主張は,電力変換装置においては電圧指令値を変更できないというに等しく,技術的に誤りであることは明らかである。

したがって,甲2発明において,電圧指令値を変更する手段を設けることは,当業者にとって,容易に想到し得るとした審決の判断に誤りはない。

(2)  取消事由2に対し

ア 原告は,甲13発明は,甲2発明と同様に,「ダイポーラ変調方式によるPWM変調により直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換するインバータにおいて,過変調が有効である期間において正負パルスの交番がない,すなわち,出力電圧と同一極性のみのパルスを出力し,その他の期間では,正負交互のパルスを出力するように構成した変調誤差のあるパルス幅変調された電圧を出力するインバータ。」と認定すべきものであると主張する。

しかし,上記取消事由1について反論したのと同様に,仮に原告主張のように甲13発明は,変調誤差のあるパルス幅変調された電圧を出力するインバータであると解するとしても,本件発明に係る請求項3の特許請求の範囲記載は,そのように解釈される甲13発明を技術的範囲から排除するものとはなっていない。原告の主張は,甲13発明と本件発明とを対比する上では無意味である。

イ また原告は,甲13発明と本件発明との審決の相違点の認定は誤りである旨も主張する。

しかし,この点についても上記アと同じく,仮に原告主張のように甲13発明は,変調誤差のあるパルス幅変調された電圧を出力するインバータであると解釈できるとしても,本件発明の請求項3の記載は,その甲13発明を排除するものとはなっておらず,原告指摘の相違点もない。原告の主張は誤りである。

ウ 原告は,電圧指令値はインバータに運転状態に応じた所望の電圧を出力させるための指令値であるから,所望の電圧指令値を変更してしまうと,所望の出力電圧を得ることができなくなってしまい,周知技術により当該運転状態に対応した所望の電圧指令を加工してしまうと,両期間を変更する結果が得られたとしても,所望の電圧が出力できなくなってしまうため,このような電圧指令値変更手段を適用する技術的根拠はなく,審決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,本件明細書(甲1)においても,「運転状態に対応した所望の電圧指令を変更(加工)」することにより,前記「両期間を変更する」実施例が記載されている。

また,審決が挙げる「周知技術」は,「電力変換装置において,電圧指令値を変更できるようにする」(11頁26行~27行)ものにすぎず,これを否定して甲13に記載のインバータ(電力変換装置)に「電圧指令値を変更できるようにする」思想を適用することに阻害要因が存するとの原告の主張は,技術常識に反する。原告の主張は,「電力変換装置においては電圧指令値を変更できない」というに等しく,誤りは明らかである。

したがって,「甲第13号証記載の発明において,電圧指令値を変更する手段を設けることは,当業者にとって,容易に想到しうることである」(11頁28行~30行)とした審決の認定に誤りはない。

エ 原告は,審決で提示した本件特許明細書及び図面に記載された実施例のもの,周知技術のものは,いずれも,本件発明,あるいは甲13発明とは技術分野が相違してこれを適用するには阻害要因があるとも主張するが,審決で提示した周知技術のものを,甲13に適用することに阻害要因は存しない。

また,この適用によって得られる発明が,たとえ原告主張のように,「運転状態に応じた所望の出力電圧を得ることが余計にできなくなってしまう」ものであるとしても,本件発明に係る請求項3の記載は,そのような構成を排除するものではない。原告の主張は,本件請求項3の特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,誤りである。

審決に原告主張のような誤りはなく,審決の判断は正当である。

(3)  取消事由3に対し

原告の主張は,要するに審決が例示した手法は,「出力電圧指令に応じてこれら両期間の比率を変更する手段」により変更された「比率」を調整するものではないから,訂正事項1に係る構成に含まれる例とはならないというものと解される。

しかし,審決が「他の手段」として挙げる例,すなわち「正負交互に出力する期間が下限値となったときにそれ以降は正負交互に出力する期間のパルスを特定のものとしてしまうもの」は,「出力電圧指令に応じてこれら両期間の比率を変更する手段」により変更された「比率」を調整するものと理解できるから,原告の主張は理由がない。すなわち,正負交互に出力する期間が下限値となったときには,そのまま「比率を変更する手段」による比率変更を継続する場合,パルスを正負交互に出力する期間が消滅することになる。これを防止するために,「調整する手段」が当該比率の調整を行い,その調整の結果として,見かけ上は,「正負交互に出力する期間のパルスを特定のものとしてしまう」状態になる制御が成り立ち得る。審決が挙げる例は,このような調整,制御であり,訂正事項1による発明の一態様として存在し得るものである。そして,このような調整,制御が,願書に添付した明細書又は図面の記載範囲内のものではないとする審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(本件発明の内容),(3)(本件訂正請求の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

原告は,取消事由1及び2として審決が本件発明の進歩性を認めなかった違法を,取消事由3として審決が本件訂正請求を認めなかった違法を,それぞれ主張するが,事案に鑑み,まず訂正請求の可否に関する取消事由3について判断し,次いで必要に応じ取消事由1及び2について判断する。

2  取消事由3(本件訂正請求を認めなかった誤り)について

(1)  原告は,審決が「該手段による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段」とする訂正事項は,願書に添付した明細書又は図面に記載されていない他の手段,例えば,「正負交互に出力する期間が下限値となったときにそれ以降は正負交互に出力する期間のパルスを特定のものとしてしまうもの」をも含むとして願書に添付した明細書又は図面の記載の範囲内とは認められないと判断したことは誤りであり,訂正後の「調整する手段」は,出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整されればどのような手段でもよいと規定しているわけではなく,該手段による比率を変更するように調整するものでなければならないことは文言上明らかであるから,審決が「調整する手段」に含まれるとする前記「他の手段」では,確かに正負交互に出力する期間は確保されるが,両者の比率は当該下限値という特定のものに固定されてしまい,出力電圧指令に応じて両期間の比率を変更するように調整することはできないことから,かかる「他の手段」を含むことになるとして本件訂正請求を認めなかった審決の判断は誤りである旨主張する。

(2)  原告が本件訂正請求によりした訂正事項1は,前記のとおり次のようなものである(下線は訂正部分)。

「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成し,出力電圧指令に応じてこれら両期間の比率を変更する手段と,該手段による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段を備えた電力変換装置。」

これによると,訂正事項1の内容は,①「これら両期間(出力パルスを正負交互に出力する期間〔ダイポーラ期間〕と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間〔ユニポーラ期間〕)の比率を変更する手段」(以下,「比率変更手段」という。)について,これを「出力電圧指令に応じて」変更するものであることに訂正し,②比率変更手段が変更する比率を,出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する機能を奏する手段(以下,「比率調整手段」という。)を新たに追加するものである。

そこで,両者の相互関係を検討すると,比率変更手段は,上記①のとおり,「これら両期間の比率」を出力電圧指令に応じて変更するものであり,比率調整手段は,その比率変更手段が変更する比率を上記②の条件(出力パルスを正負交互に出力する期間を確保すること)が満足されるように調整を加えるものであるところ,比率調整手段を特定した「該手段(比率変更手段)による比率」の解釈によっては以下の2通りの場合が想定され得る。なお,その両方のケースとも技術的に成り立ち得る構成であって矛盾するものでないことは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば容易に認識し得ることである。

1)ユニポーラ期間とダイポーラ期間との比率を,出力電圧指令に応じて比率変更手段により単独で(独立して)変更される比率(換言すると,比率変更手段による変更後の比率)を意味すると解釈した場合,例えば比率調整手段が比率変更手段の後段に位置するもので,比率変更手段で変更した比率を更に比率調整手段で調整するものと捉えられるケースに相当し,このケースでは,比率変更手段で変更した出力電圧指令に応じた比率は,比率調整手段の調整により更なる変更が生じる可能性があるものと考えられる。

2)その比率を,出力電圧指令に応じて比率変更手段により単独で(独立して)変更されるのではなく,比率調整手段と連動して変更される比率を意味すると解釈した場合,例えば比率調整手段が比率変更手段の中に含まれるもので,比率を比率調整手段で調整しながら比率変更手段で変更するものと捉えられるケースに相当し,そのケースでは,比率変更手段から出力電圧指令に応じて変更される比率は,比率調整手段における出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整を受けるが,更なる変更が生じるものではないと考えられる。

本件訂正事項1からは上記1),2)の2通りの場合が想定され得る。

(3)  一方,本件発明に則してユニポーラ期間とダイポーラ期間との比率を決める要因について検討すると,その要因は,本件訂正事項1の①の手段〔比率変更手段〕からは「出力電圧指令」であり,②の手段〔比率調整手段〕からは「出力パルスを正負交互に出力する期間を確保する」という条件であるということができるところ,どちらの要因が優先されて上記両期間の比率が決まるのかについては,訂正事項1からはその点に関する記載も示唆もなく,また当業者にとり自明な技術事項ともいえない。

(4)ア  この点に関連して,本件明細書(甲1)には以下の【0038】~【0046】の記載がある。

「【0038】しかしながら,微小電圧指令(インバータ出力周波数が小さく出力電圧指令自体が小さい場合及びこれよりも出力電圧指令は大きいが出力させようとする正弦波に微小電圧が含まれている場合を含む)に対し,スイッチング素子の最小オン時間により定まる最小出力パルス幅よりも小さな電圧を実現することができず(インバータ出力電圧として表現することができない),指令より大きな電圧を出力してしまうことになる。

【0039】例えば,インバータ出力電圧の電圧パルスが全て最小オン時間により定まる最小パルス幅である場合に得られる出力電圧の基本波成分E1を次式に示す。

【0040】【0041】

E1=2T on PFiE max 【数2】

T on:最小オン時間,P:パルス数,Fi:インバータ周波数,E max:最大出力電圧である。

【0042】ここで,スイッチング周波数Fcが

【0043】【0044】

Fc=PFi【数3】

で表されることから,出力電圧の基本波成分E1は次式で表せる。

【0045】

E1=2T on FcE max 【数4】

【0046】従って,例えば,スイッチング周波数が1kHzで,最小オン時間が100μsの場合,E1=0.2E maxとなり,最大電圧の約20%以下は制御できないことになる。」

イ  上記本件明細書の従来技術に関する記載に照らしても,微小電圧指令でスイッチング素子の最小オン時間のときの最小出力パルス幅の場合に,「出力パルスを正負交互に出力する期間を確保する」という上記(2)②の条件を優先すると,指令より大きな電圧を出力してしまうこととなり,上記1)の場合のように両期間の比率が変わって結果的には出力電圧指令の変更が必要となり,所定の出力電圧指令に基づく運転状態の維持が困難となる。一方,上記の場合に①に示された「出力電圧指令」に応じた両期間の変更の条件を優先すると,所定の運転状態の維持のために「出力パルスを正負交互に出力する期間を確保する」条件(②の条件,ダイポーラ期間を確保すること)を遂行することが困難となる場合が想定される。そして,訂正事項1からは,上記のとおり,①,②のどちらの要因を優先する場合も想定され得るものである。

ウ  以上によれば,上記1)及び2)のいずれの場合も,訂正事項1から想定される構成に含まれることとなる。

(5)ア  そうすると,訂正事項1に含まれる上記1),2)のいずれの場合が,本件願書に添付した明細書又は図面に記載されているかが問題となるので,まず本件明細書(甲1)に示された実施例との対応を検討する。

イ  本件明細書(甲1)には,以下の2つの実施例が示されている。

a)図1に示される電気車の制御装置の基本構成図で,極性判別分配器24,25,27,28を使用した実施例,すなわち,基本波振幅指令値Aに応じて設定されるオフセット量Bを用いて,図3~図6の変調モードにしたがって動作するものである,なお,その動作については本件明細書の段落【0048】~【0094】,その実現構成については【0102】~【0146】に記載されている。

b)図1の構成図で,図13に示される極性判別分配器240,250,270,280を使用した実施例,すなわち,基本波振幅指令値Aに応じて設定されるオフセット量Bを用いる点は実施例a)と同様であるが,そこで問題となる最小オン時間を確保してよりスムーズな出力を可能とするため,実施例a)の極性判別分配器24,25,27,28に替えて,かさあげ機能を有する極性判別分配器240,250,270,280を用いることにより,図4で示された部分ダイポーラ変調(出力電圧の半周期中にユニポーラ変調期間とダイポーラ変調期間の両方を設けるもの)の原理を,図14に出力波形の示される実際の部分ダイポーラ変調とするものである。なお,その動作及び実現構成については本件明細書の段落【0157】~【0162】に記載されている。

ウ 上記アに関し,本件発明と関連する図4(部分ダイポーラ変調時の基本振幅指令と出力電圧のパルス波形を示す図)の記載は以下のとおりである。

図4

file_2.jpgi) 13) RRR S ° YAR Ste AURIS NES HAVA S 0 Aacsosn §ML E ino nanne a2 Salata 8 ee eeeee a roooouutsエ また,電圧指令をかさあげする極性判別分配器を示す図13及びこれを用いて上記図4の振幅指令によった場合の出力波形を示す図14はそれぞれ以下のとおりである。

図13

file_3.jpgsor" % ba50図14

file_4.jpg上記図13記載の極性判別分配器は,正側最小オン時間を確保するため極性判別分配器で電圧指令がd以下のものを出力しないようかさあげし,その分を負側の電圧指令で補うようにしたものである(段落【0160】)。これにより,図14の(a)で示された正側及び負側の振幅指令は,図13の極性判別分配器に入力され,加算された後の実際の正側,負側の振幅指令は図14の(f),(g)となり(段落【0161】),正側,負側ともに最小オン時間に接触する電圧指令を出力することがなくなる(段落【0162】)。

(6)  上記によれば,本件明細書(甲1)に示された2つの実施例a)及びb)は,共に「出力電圧指令」に相当するインバータ出力電圧指令A sin θに応じて,図4の部分ダイポーラ変調におけるダイポーラ変調期間Ⅰ(出力パルスを正負交互に出力する期間,図4(b)のグラフ下の「Ⅰ」)とユニポーラ変調期間Ⅱ(出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間,図4(b)のグラフ下の「Ⅱ」)の両期間の比率が変更されるものであるところ,その比率は,「出力パルス正負交互に出力する期間」に相当するダイポーラ変調期間Ⅰが確保されるように,実施例a)においてはオフセット量Bにより調整され,実施例b)においてはオフセット量B及び極性判別分配器240,250,270,280が有するかさあげ機能により調整されるものと認められる。そうすると,本件明細書に開示された実施例は,上記訂正事項1との関係からいうと,上記2)のケースのみに該当するものと認められる。

以上の検討によれば,本件明細書(甲1)に示された実施例では,上記2)のケースに該当するものが示されているところ,審決が願書に添付した明細書又は図面に記載されていないものとして示した例である,「正負交互に出力する期間が下限値となったときにそれ以降は正負交互に出力する期間のパルスを特定のものとしてしまうもの」は,上記比率調整手段として,出力パルスを正負交互に出力する期間,すなわちダイポーラ期間が確保されるように調整する機能を奏することが必要とされ,上記1)のケースに相当するところ,このようにダイポーラ期間を確保するために比率調整手段における調整の結果,比率変更手段で変更した出力電圧指令に応じた比率に更なる変更を加えるものは本件明細書に開示されていない。

よって,審決が,「該手段による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段」とする訂正事項は,願書に添付した明細書又は図面の記載の範囲内とは認められないと判断したことに誤りがあるということはできない。審決の判断に誤りはなく,原告の主張は採用することができない。

(7)  なお原告は,審決が,本件明細書(甲1)には「該手段による比率を出力パルスを正負交互に出力する期間が確保されるように調整する手段」に該当するオフセット量を変更するものが,願書に添付した明細書又は図面に記載されていることを認めている(審決3頁下4行~末行)から,訂正事項1は,願書に添付した明細書又は図面に記載されている範囲内のものであり,また,審決が例示したものは,訂正事項1には含まれないのであるから,訂正拒絶理由の「訂正事項は願書に添付した明細書又は図面に記載されている範囲内のものではない」という判断は違法である旨主張する。

しかし,審決は,本件明細書(甲1)に記載がある上記オフセット量を変更してダイポーラ変調期間を確保するもののほか,既に検討したとおり,本件訂正事項1によれば,審決が例示した本件明細書等に記載のない構成も含まれてしまうことの当否を問題としているものであって,原告の主張は前提を欠き採用の限りでない。

(8)  以上の検討によれば,原告主張の取消事由3は理由がない。

3  取消事由1(甲2発明との相違点に関する判断の誤り)について

(1)ア  原告は,甲2に記載されたダイポーラ変調方式によるPWM変調では,インバータの出力交流電圧は過変調領域で変調率に比例しないから,甲2発明では,電力変換装置として出力電圧の基本波成分が電圧指令には比例せず,電圧指令値より明らかに下回った電圧値しか得られず,変調誤差のあるパルス幅変調された電力変換装置にすぎないとして,この点を看過して甲2発明と周知技術に基づき本件発明は容易想到と判断した審決は誤りである旨主張する。

本件発明は,本件訂正前の請求項3の特許請求の範囲の記載により特定されるものであり,その内容は,前記第3,1,(2)のとおり,次のようなものである。

「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成し,これら両期間の比率を変更する手段を備えた電力変換装置。」

そうすると,本件発明の電力変換装置は,直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置であって,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成されており,これら両期間の比率を変更する手段を備えたものとして特定されたものである。

イ  しかし,本件発明の電力変換装置は甲2発明が有する技術的問題を有するものではないと主張する上記の点,すなわち本件発明は,①出力交流電圧は,その基本波成分が電圧指令値には比例せずそれより下回った電圧値を出力するものではない点,及び,②変調誤差のあるパルス幅変調でもない点,については,いずれも本件発明を特定する請求項3の特許請求の範囲には記載も示唆もなく,また自明の技術事項に該当するとも認められない。

そうすると,仮に甲2発明が,原告が主張する上記技術的特性(問題)を持つものであるとしても,甲2発明が本件発明の電力変換装置から直ちに除かれるものではない。原告の主張は,甲2発明から本件発明の進歩性の判断を行うに当たって,それを妨げる要件になるものとは認められず,前提を欠くといえる。

(2)ア  また原告は,甲2発明と本件発明との相違点に関し,「電圧指令値を変更する手段は,『両期間を変更する手段』であるといえる」(審決9頁22行~23行)とした審決の判断は誤りである旨主張し,その理由として,電圧指令値は,インバータの運転状態に応じた所望の電圧を出力させるための指令値であるから,所望の電圧指令値を変更してしまうと,所望の出力電圧を得ることができなくなるところ,甲2発明における電圧指令値は,当該運転状態に対応した所望の電圧指令であり,これを周知技術により変更してしまうと,「出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間」は変更されるが,所望の電圧が出力できなくなるため,このような電圧指令値変更手段を甲2発明に適用する技術的根拠はあり得ず,この点で周知技術を適用するには阻害要因があると主張する。

しかし,前記(1)のとおり,本件発明は,直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置であって,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成されており,これら両期間の比率を変更する手段(比率変更手段)を備えたものとして特定されたものであるところ,該比率変更手段が,その比率変更という機能を,何に基づいて,また,いつの時点で,奏するものであるかについては本件発明にその特定はなく,これが自明の技術事項であるとはいえない。しかし,該比率変更手段により,これら両期間の比率が変更される,すなわち出力電圧の正負のパルス幅が変更されることから,実質的に出力電圧の大きさ(出力電圧値)が変更されることは自明の技術事項である。

そして,一般に,インバータで代表されるような電力変換装置は,電源としてその出力を負荷に供給するものであり,その負荷を所定の運転(稼動)状態に制御するために,電圧指令値(設定値)等の指令信号(設定信号)が与えられるものであること,及び,該電圧指令値(設定値)に応じて電力変換装置の出力電圧のパルス幅が制御されるいわゆるパルス幅変調(PWM)制御も周知慣用の技術であるところ,本件発明も甲2発明も,共にパルス幅変調(PWM)制御により出力電圧を得るものである(この点は当事者間に争いがない)。

そうすると,電力変換装置は,電圧指令値(設定値)が与えられると,それに対応する出力電圧を得るために,出力電圧のパルス幅(すなわち,パルス出力期間)を制御するものであるから,該電圧指令値(設定値)は,パルス出力期間の比率決定に寄与するものであり,また,負荷に応じて種々の値に設定されるものでもあるから,パルス出力期間の比率を変更するものとも捉えられるものである。

イ  そこで,甲2の記載を参照する。

①「第1図には二重変調の原理による三点インバータDWRの作動のための制御装置のブロック回路図が示されている。その際に,負荷として三点インバータDWRから駆動される三相機Mに対する所望の電圧空間フェーザU*を予め設定する役割は目標値設定ユニットSVがしている。この電圧空間フェーザはさらに1つの部分システム形成器TSBのなかで二重変調により第1および第2の目標信号システムに分割される。その際に両目標信号システムの各々は上記の仕方で3つのたとえば正弦波状の120°だけ電気的に互いに位相のずれた相信号経過U*RO,U*SO,U*TOまたはU*RU,U*SU,U*TUから成っている。補助電圧発生器HSGは,目標信号システムの相信号経過を走査するため,好ましくは三角波状の変調信号MSを発生する。部分システム形成器TSBから補助電圧発生器HSGへ延びている追加的な信号線SYにより変調信号の経過は目標信号システムの相信号経過に同期化され得る。所望の目標信号システムの本来の走査が各1つの第1および第2の変調器MOSおよびMUSのなかで変調信号による相応の相信号経過の重畳により行われることは有利である。MOSおよびMUSの出力端における2値の変調パルスPRO,PSO,PTOおよびPRU,PSU,PTUは,変調信号MSがそのつどの相信号経過よりも大きいか小さいかを指示する。インバータ相PR,PS,PTのなかの弁のスイッチングのための信号は最後に点弧パルス形成器ZIBの部分ZIBR,ZIBS,ZIBTにより与えられる。第1図中にはそのために例としてインバータ相PRの弁T1ないしT4のスイッチオンおよびスイッチオンのためのスイッチングパルスZTIないしZT4が示されている。これらは点弧パルス形成器ZIBの部分ZIBRのなかで,相信号経過U*ROおよびU*RUの変調から形成された2値の変調パルスPROおよびPRUを利用して形成される。」(5頁左上欄13行~同頁左下欄9行)

②「第3図中ではこの重畳が既に1つのドライブ値A=0.53において交叉範囲SBの生起により明らかに認められる。このような交叉範囲の生起も,変調信号MSのピークにより予め設定された上側または下側走査限界の上方または下方超過も,過制御が存在することを指示する。このような場合に,第1または第2の目標信号システムの極大または極小の範囲内の相信号経過の上側走査限界を上方超過する範囲または下側走査限界を下方超過する範囲は変調信号によりもはや検出されない。こうして,好ましくは正弦波状であり,また周波数変換装置の出力端における電気的量に対する目標経過としての役割をする相信号経過の“刈り込み(Kuppen)”が変調信号によりもはや走査され得ないので,1つの変調誤差が生ずる。その結果,インバータの出力端における電気的信号の歪みが変調と共に増大する。すなわち所望の正弦波形からの偏差が増大する。その結果,これらの信号は,特に負荷として作動する電気機械に対する望ましくない高調波スペクトルの含有率の大きいものとなる。この理由から,上側または下側走査限界を上方または下方超過する相信号経過の際には,または遅くとも0.5よりも大きい値を有する変調以降は,周波数変換装置出力信号の高調波スペクトルへの過制御の望ましくない作用を回避するための対策が講じられることは有利である。」(5頁右下欄9行~6頁左上欄15行)

③「第5図中に示されている相信号経過U'RO,U'SO,U'TOまたはU'RU,U'SU,U'TUは値0.75を有する変調に相応している。このような変調の際には,第1または第2の目標信号システムの相信号経過による明白な上側走査限界+1.0の上方超過または下側走査限界-1.0の下方超過も,座標系の零線の範囲内での両目標信号システムの相信号経過の顕著な交差も生ずる。第5図中には,走査限界の上方または下方超過の範囲がハッチングを施して示されている。さらに第5図中の2つの時間ユニットZEと5つの時間ユニットZEとの間の参照符号Bを付されている範囲を特に考察することにする。そこには,3つの時間ユニットにおいて生ずる,相信号経過からの現在の最大値と上側走査限界+1.0との間の第1の間隔値AW1と,相信号経過からの現在の最小値と下側走査限界-1.0との間の第2の間隔値AW2とが記入されている。この第1または第2の間隔値AWIまたはAW2だけ,本発明によれば,第1または第2の目標信号システムの相信号経過が低く,または高くされる。

その結果として,第5図中でたとえば,相信号経過U'SOは上側走査限界との交点SPIとSP3との間の範囲B2内でその値に制限される。相応して範囲B内で相信号経過U'TUは2つの時間ユニットと交点SP3との間の範囲内で,また相信号経過U'RUは交点SP4と5つの時間ユニットとの間の範囲内で下側走査限界-1.0の値に制限される。しかし,第1または第2の目標信号システム内のそのつどの最大または最小値を形成し,またそれぞれ第1または第2の間隔値の経過により表される相信号経過のなかの,上記の制限により“失われた”スパンは,そのつどの目標信号システムのその他の制限されない相信号経過のなかで,本発明によれば,第1または第2の間隔値の減算または加真により考慮される。こうして,本発明によれば,特に有利に直線的変調範囲が高くされ得る。それによって,周波数変換装置の出力端における電気的信号は所望の正弦波からより少なく偏差し,従ってまた望ましい高調波スペクトルを有する。」(6頁右上欄8行~同頁右下欄8行)

④「第4図には三点インバータに対する本発明による作動方法がブロック回路図を例として示されている。本発明による方法を実施するための部分システム形成器TSBを第4図の回路に相応して構成することは特に有利である。これは好ましくは座標変換器KW,第1の零システム加算器NA1および零システムマニピュレーターNPから成っている。その際に部分システム形成器TSBの入力端に目標値として予め与えられる所望の電圧空間フェーザU*は座標変換器のなかで先ず三相目標信号システムU*R,U*S,U*Tに変換される。このシステムは二重変調のための第1および第2の目標信号システムを形成するための出発点としての役割をする。第1および第2の目標信号システムの相信号経過U'RO,U'SO,U'TOまたはU'RU,U'SU,U'TUへの本来の分割は第1の零システム加算器NA1により行われる。第4図の特別な実施例ではそのために目標信号システムU*R,U*S,U*Tが値0.5だけ高くまたは低くされる。その結果,第3図,第5図に相応して,第1および第2の目標信号システムの相信号経過はそれぞれ+0.5または-0.5に位置する第1または第2の中心線MLOまたはMLUのまわりを経過する。このように零点シフトされた目標信号システムは最後に零システムマニピュレーターNPのなかで本発明による方法に従って補正される。そのためにそれぞれ最大または最小値検出器MAXまたはMINが相信号経過の現在の最大または最小値を検出する。この場合に極性を有する第1または第2の間隔値AWIおよびAW2が,検出された最大値から上側走査限界を減算すること,または検出された最小値に下側走査限界を加算することにより形成される。部分システム形成器TSBの補正された出力信号を形成するため,最後に第1または第2の間隔値が第1または第2の目標信号システムの相信号経過から減算される。」(7頁右上欄4行~同頁左下欄20行)

⑤「第9図には最後に,たとえば第4図または第7図の回路により個々の相PR,PS,PTに対する第6図または第8図による本発明により補正された相信号経過から生ずるスイッチング状態信号SZPR,SZPS,SZPTが示されている。その際にそれぞれ1つの正の状態信号の際には正電位U+Dが,1つの状態信号の欠落の際には中央電位MPが,また1つの負の状態信号の際には負電位U-Dがそのつどの三点インバータ相の出力端に通過接続されている。」(8頁左上欄16行~同頁右上欄5行)

⑥「第13図の相信号経過が再び第1図の変調器MOSおよびMUSに以後の処理のための入力信号として与えられると,三点インバータの相PR,PS,PTに対する第14図中に示されているスイッチング状態信号SZPR,SZPS,SZPTが生ずる。第9図中に示されているスイッチング状態信号との比較により,たとえば相PRに対する状態信号SZPRのなかでは特に第14図中の約3および7時間ユニットZEにおける範囲内でスイッチング状態信号の変化が生じていないことがわかる。」(9頁右下欄2行~12行)

⑦「…三点インバータの正電位U+Dが負電位U-Dよりも一時的により多く負荷されるものとする。好ましくは平滑化された中間回路電流は第1図中に記入されている方向および正規化された値iZM=0.5を有する。第18a図の上側部分に示されている第1または第2の目標信号システムの相Rの相信号経過U'RO,U'RUはこの場合,本発明によれば,定数1+0.5=1.5または1-0.5=0.5により評価される。こうして生ずる相信号U”RO,U”RUは第18b図に示されている。これらの相信号経過が最後のステップで最後に第2の補正値0.5の大きさだけ下方にシフトされると,第18c図の上側部分に示されている相信号経過U*RO,U*RUが生ずる。第1または第2の目標信号システムに属する相信号経過の振幅の拡大または縮小と,それに続く下側走査限界の方向の第2の補正値の大きさおよび極性に相応する相信号経過のシフトとは,考察している例で,直流電圧源の元々はより強く負荷された正電位U+Dの負荷軽減をもたらす。このことは,第18a図および第18c図の下側部分に示されている三点インバータの相PRに対するスイッチング状態信号SZPRの比較から理解される。第18a図の下側部分では正および負のスイッチングパルスの面積はほぼ等しい,すなわち正および負の電位U+DおよびU-Dは平均的にほぼ均等に相PRの出力端に通過接続されるが,第18c図中の正のスイッチングパルスの和は負のスイッチングパルスの和よりも著しく小さい,第18a図および第18c図の比較から,確かに一致する時間的平均線を有する同数の正および負のパルスが生ずることがわかる。それに対して,第18c図中の正または負のパルスは第18a図中の相応のパルスよりも小さい,または大きい面積を有する。それにより,本発明によれば,正の電位U+Dの先行のより強い負荷を平衡させるため,直流電圧源の負の端子U-Dの一時的なより強い負荷が生ずる。」(12頁右下欄17行~13頁右上欄14行)

⑧第5図の記載は以下のとおりである。

file_5.jpg⑨第18a図,第18b図,第18c図の記載は以下のとおりである。

file_6.jpgウ  以上の記載によると,3点インバータにおける目標信号システムの上側又は下側走査限界の上方又は下方経過による過制御で発生する高調波スペクトルに対する望ましくない作用を回避するために,甲2発明では,目標値として予め与えられる所望の電圧空間フェーザU*から変換生成された三相目標信号システムU*R,U*S,U*Tに基づいて第1及び第2の目標信号システムの相信号経過U'RO,U'SO,U'TO又はU'RU,U'SU,U'TUを生成し,それら相信号経過U'RO,U'SO,U'TO又はU'RU,U'SU,U'TUに対して,上側又は下側走査限界から該相信号経過の最大値又は最小値を減算または加算することで得た第1又は第2の間隔値により,必要に応じた適宜の補正をかけるものである。

そして,上記三相目標信号システムの目標値(例えば,第5図の相信号経過U'RO,U'SO,U'TOの振幅値,第18a図の振幅値),又は上記補正のかけ方(例えば,第4図のAW1及びAW2による補正演算,第10図のAKMA及びAKMIに基づく補正演算,第17図のKW2に基づく第18b,18c図に示される補正演算),それぞれの設定(指令)に応じて,第9図,第14図,第18a及び18c図に示されるように,出力パルス幅(出力パルスの出力期間)が変更されるものである。また,第9図は以下のとおりであり,そこには出力パルスを正負交互に出力する期間(本件発明のダイポーラ変調期間に相当)と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間(本件発明のユニポーラ変調期間に相当)とを出力電圧の半周期中に有する場合のものが示されている。

file_7.jpgFIG 9エ  そうすると,審決が認定した,本件発明と甲2発明との一致点「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成した電力変換装置。」,及び,相違点「本件発明は,『両期間の比率を変更する手段』を備えているのに対し,甲2発明においては,そのような手段を備えているか不明である点」に,誤りがあるものと認めることはできない。

オ  以上のとおり,三相目標信号システムの目標値及び補正のかけ方の設定(指令)により,出力パルスの出力期間,すなわち出力パルスのオンオフの期間の比率が変更されるものであるといえるところ,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するスイッチング状態信号に関する上記イ⑤の記載と第9図,及び,補正信号の変更により正負交互に出力されるパルスの正パルス期間と負パルス期間との比率が変更されることに関する上記イ⑦の記載及び第18a~18c図から,上記三相目標信号システムの目標値及び上記補正のかけ方を適宜設定(指令)することにより,出力パルスを正負交互に出力する期間(ダイポーラ変調期間)と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間(ユニポーラ変調期間)の比率の変更を可能にすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。

また甲2発明における三相目標信号システムの目標値は,上記イ④の記載から明らかなように,目標値として予め与えられる所望の電圧空間フェーザU*を座標変換を介して得られるものであるから,電圧指令値といえるものであることも当業者であれば容易に認識し得ることである。

(3)ア  これに対し原告は,甲2記載の電圧指令値は当該運転状態に対応した所望の電圧指令値としてインバータに入力されるものであって,この所望の電圧指令値を周知技術により変更してしまえば所望の電圧は出力できなくなるため,甲2発明に周知技術を適用するには阻害要因があると主張する。

しかし,電圧指令値(設定値)は常に一定値として固定されるものに限られず,所望の負荷状態に応じて変更されるものであることは自明の技術事項である。また,そもそも本件発明に係る請求項3の特許請求の範囲の記載からは,本件発明の比率変更手段が,原告主張の電圧指令値(設定値)を変更する態様に限定されるものではない。

よって,電圧指令値変更手段を甲2発明に適用する技術的根拠はあり得ず,この点で周知技術を適用するには阻害要因があるとの原告主張は,採用することができない。

イ  また原告は,本件発明も過変調状態を使用するものであることを示す根拠として被告のあげる本件明細書の段落【0051】,【0089】,【0090】,【0091】,【0095】,【0099】,【0128】,【0141】等の記載は,いずれもユニポーラ変調領域から過変調領域に移行したときにユニポーラ変調のパルスをつなげていく制御を行うものであり,本件発明は過変調領域でダイポーラ変調を行うものではなく,この技術自体は公知技術であり,しかも,本件発明とは関係がないから,過変調領域で運転する構成も本件発明の電力変換装置に含まれるとの被告主張は誤りであると主張する。

しかし,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明に開示された過変調領域は,ダイポーラ変調時において発生する領域ではないが,本件発明を特定する請求項3の特許請求の範囲の記載は,過変調領域(瞬時出力電圧のピーク近傍における出力パルス幅を最大とする領域(甲1,段落【0051】))における運転について何ら記載するものではなく,甲2発明と本件発明との対比に当たり何ら問題となるものではない。

ウ  また原告は,本件発明のような3レベルインバータの場合には,交互パルスの一方が欠落し他方が残って,見かけ上,同一極性パルス期間が発生している状態では,本来出力されるべき一方のパルスが単に欠落するのであって,残った他方のパルスでは出力電圧指令通りのパルス幅変調(ダイポーラ変調)が行えないといった問題点が発生するので,審決が周知技術として指摘する前記甲17,甲18のような2レベルインバータの場合に過変調領域で動作させることが周知であったとしても,これが当然に3レベルの本件発明の電力変換装置に当てはまるわけではない旨主張する。

しかしながら,前記イで検討したとおり,本件発明を特定した請求項3の特許請求の範囲の記載は,過変調領域における運転につき何ら構成要件として特定していない。また審決が特開昭61-161974号公報(甲17),特開昭64-60285号公報(甲18)を示して行った周知技術の指摘は,原告の審判段階における甲2の図3の運転は過制御状態あって電力変換装置の制御に適していないとの指摘に対し,過変調領域における運転を行うことが周知であることを示して原告の主張を採用できない旨を明らかにしたにすぎず,甲17,18の構成を本件発明に当てはめることができるか否かが問題となるものでもない。原告の主張は採用できない。

(4)  以上の検討によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。

4  取消事由2(甲13発明との相違点に関する判断の誤り)について

(1)ア  原告は,甲13に記載されたダイポーラ変調方式によるPWM変調では,インバータの出力交流電圧は過変調領域では変調率に比例しないから,甲13発明は,電力変換装置として出力電圧の基本波成分が電圧指令には比例せず,最大出力電圧は変調率の2分の1以下となり,この電圧指令値よりも明らかに下回った電圧値しか得られず,変調誤差のあるパルス幅変調された電力変換装置にすぎないものである旨主張する。

本件発明は,上記3で検討したとおり,直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置であって,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成されており,これら両期間の比率を変更する手段を備えたものとして特定されたものである。

しかし,本件発明の電力変換装置について,原告が甲13号証記載の発明の有する技術事項に該当するものではないと主張する点,すなわち,①出力交流電圧は,その基本波成分が電圧指令には比例せず,最大出力電圧は変調率の2分の1以下で,電圧指令値より下回った電圧値を出力するものではない点,及び,②変調誤差のあるパルス幅変調ではない点,については,いずれも上記3(1)イ同様,本件発明を特定する請求項3の特許請求の範囲にはその記載も示唆もなく,また自明の技術事項とも認められないものである。たとえ甲13発明が,原告が主張する上記の特性を持つものであるとしても,甲13発明が請求項3により特定される本件発明の電力変換装置から除外されるものとまでいえないことは,本件発明についての特許請求の範囲の記載から明らかである。原告の主張は,前提を欠き,採用できない。

イ  また原告は,「電圧指令値を変更する手段は,『両期間を変更する手段』であるといえる」(12頁1行~2行)との審決の判断は誤りである旨を主張し,その理由として,電圧指令値はインバータの運転状態に応じた所望の電圧を出力させるための指令値であるから,所望の電圧指令値を変更してしまうと,所望の出力電圧を得ることができなくなるところ,周知技術により,運転状態に対応した所望の電圧指令を加工してしまうと,「出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間」は変更されるが,所望の電圧が出力できなくなるため,このような電圧指令値変更手段を甲13発明に適用する技術的根拠はあり得ず,この点で周知技術を適用するには阻害要因があるとの上記3(2)と同旨の主張をする。

ウ  しかし上記3(2)アのとおり,本件発明は,直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置であって,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成されており,これら両期間の比率を変更する手段(比率変更手段)を備えたものとして特定されたものであるが,比率変更の機能につき,何に基づきいつの時点で行うものかの特定はなく,自明の技術事項でもないことも既に上記3(2)アで判断したとおりである。

エ(ア)  一方,甲13には以下の記載がある。

① 「3-レベル PWM(パルス幅変調)構想の新しい展開

要約: 可変速度非同期機械用の高出力GTOインバータの制御に3レベルパルス幅変調を特別に適応させる。これによって,波形の低調波部分を維持しながら,高電圧レベルでGTOテクノロジーを使用することが可能となる。」(甲13訳文1頁1行~4行)

② 「各インバータログに4個のスイッチをもつ構造であるため,3レベルインバータ(Holtz,1988年参照)が高電圧レベルでのGTO使用に新しい展望を開くことが確実である。これは,可変速度の制御,すなわち,高出力非同期機械の駆動に特に有用である。代表的な例は,供給電圧が直流3kに達するベルギーの鉄道ネットワークである。」(1頁16行~19行)

③ 「2極変調は,基本的に『副高調波』方法である。変調器は,インバータの各相毎に,より高い周波数対称三角搬送波をもつ2つの変調波の共通部分を計算する。この共通部分は,変調波に関連する搬送波レベルによって相電圧を(+),(-),又は(0)に変更しながら,インバータの対応する鉄心脚の中に整流を引き起こす。3組の変調波をもつすべての三相に,同じ搬送波を使用する。」(2頁19行~23行)

④ 「…図1bは2極性変調を示す。この場合,ギャップHは1,すなわち,搬送波の振幅,に制限される。

H=変調波間のギャップ

k=変調の深さ」(2頁最下行~3頁13行)

⑤ 「図1c及び1dは,2極性変調の特性を開発する2つの異なる方法を示す。この場合,ギャップHは,1よりも大きいとする。変調波は,現在,極めて短い時間で搬送波の振幅を超えて進むため,過変調について論じることができる。しかし,過変調の概念は,2レべルバイポーラ変調の場合と同様,基本波電圧の高い振幅に直接関係がないということを知っておくことが望ましい。

一般的な場合を図1cに示す。過変調が有効である間,正負パルスの交番がなくなることが分かる。この場合,振幅又は基本波電圧は,kとHの両方に依存する。」(3頁下7行~末行)

⑥ そして,訳文4頁の図1(Fig.1)には,Hとkの大きさ及び両者の大小関係から,出力パルス波形が変化する2極性変調が(a)~(d)として記載され,そのうちの(c)には,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有する2極性変調が示されている。

(イ)  以上によると,甲13には,非同期機械(誘導電動機)の可変速制御に有用な3レベルPWMインバータに関し,2つの変調波とそれより高い周波数の対称三角搬送波によって,+,0,-の相電圧を出力する3レベルインバータを形成し,H(変調波間のギャップ)の大きさ,k(変調の深さ)の大きさ,及び,Hとkの大小関係から,出力パルスを正負交互に出力する2極性変調(本件発明のダイポーラ変調に相当する)の出力(図1〔Fig.1〕の(b)),及び,出力電圧の半周期中に出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間を有する2極性変調の出力(図1の(c))が得られることが記載されている。

そうすると,審決が認定した,本件発明と甲13発明との一致点「直流を3以上の電位を有する交流相電圧に変換する電力変換装置において,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間とを出力電圧の半周期中に有するように構成した電力変換装置。」,及び,本件発明と甲13発明との相違点「本件発明は,『両期間の比率を変更する手段』を備えているのに対し,甲13発明においては,そのような手段を備えていない点。」のそれぞれに誤りがあるものということはできない。

オ  そして,上記エの⑤及び⑥から,甲13には,Hとkの大きさ(値)及び両者の大小関係により,出力パルスの出力期間,換言すれば,出力パルスのオンオフの期間の比率が変更されることが示唆されている。そして,特に,図1(a)~図1(d)に図示された出力パルス波形とそのパルス幅の変遷をみると,Hとkの大きさ(値)及び両者の大小関係を適宜設定(指令)することにより,図1(c)に示される,出力パルスを正負交互に出力する期間と出力電圧と同一極性のみのパルスを出力する期間を有する出力において,両期間の比率を変更することが可能になることは,当業者であれば容易に想到し得ることであり,これを比率変更手段として構成することにも何らの技術的困難性は認められない。

また,Hとkの大きさ(値)及び両者の大小関係により,出力パルスの出力期間,換言すれば,出力パルスのオンオフの期間の比率が変更されることは,出力電圧の大きさ(値)が変わることに他ならないことから,Hとkの大きさ(値)及び両者の大小関係が,出力電圧設定(指令)に関連するパラメータと捉え得ることは,当業者であれば容易に認識し得ることである。

なお審決は,甲13発明に基づく容易想到性の判断においても,電圧指令値を変更することは周知技術であると上記甲2発明におけるのと同旨の判断をしているが,電圧指令値は常に一定値として固定されるものとは限らず,所望の負荷状態に応じて変更させるものであることは自明ともいえる技術事項であること,本件発明に係る請求項3の特許請求の範囲の記載からは本件発明の比率変更手段が,電圧指令値を変更する態様に限定されるものではないことも既に上記3で判断したとおりである。電圧指令値変更手段を甲13発明に適用する技術的根拠はあり得ずまたこの点で周知技術を適用するには阻害要因があるとの原告主張は,採用することができない。

(2)  以上の検討によれば,原告主張の取消事由2も理由がない。

5  結語

以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はすべて理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 田中孝一)

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