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知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10280号 判決 2008年9月29日

原告

訴訟代理人弁理士

望月孝道

被告

特許庁長官 鈴木隆史

指定代理人

槻木澤昌司

前田幸雄

森川元嗣

内山進

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2005-15444号事件について平成19年6月11日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,原告が名称を「凹凸付与装置」とする発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。

2  争点は,平成17年6月16日付け手続補正に係る発明が下記刊行物1及び2との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。

・ 刊行物1

特公昭49-2014号公報(発明の名称「熱可塑性合成樹脂製バンドの製造方法」,出願人三井石油化学工業株式会社,公告日昭和49年1月18日〔以下,これに記載の発明を「引用発明1」という。〕甲10)

・ 刊行物2

特開平6-47847号公報(発明の名称「紙の湿潤装置」,出願人株式会社環境公社ほか2名,公開日平成6年2月22日。甲11)

第3当事者の主張

1  請求原因

(1)  特許庁における手続の経緯

原告は,平成7年11月17日,名称を「凹凸付与装置」とする発明につき特許出願(特願平7-323752号,請求項の数2,甲1。公開公報は特開平9-141348号〔甲16〕)をし,その後平成14年11月7日付け(第1次補正,請求項の数8,甲2)及び平成17年6月16日付け(第2次補正,請求項の数7,甲5,以下「本件補正」という。)で,それぞれ特許請求の範囲の変更等を内容とする手続補正を行ったが,特許庁から拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。

特許庁は,同請求を不服2005-15444号事件として審理した上,平成19年6月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年7月2日原告に送達された。

(2)  発明の内容

平成17年6月16日付けでなされた本件補正後の特許請求の範囲は,上記のとおり請求項1~7から成るが,そのうち請求項2に係る発明(以下「本願発明」という。)の内容は,以下のとおりである。

「【請求項2】回動自在に固定された第一ローラーと,押し付け手段にて上記第一ローラーに押し付けられる第二ローラーとでピンチローラ機構を形成するとともに,両ローラーの周面に凹凸模様を形成し,両ローラー間にシート状体を通すことによりシート状体に凹凸を付与するようにした凹凸付与装置において,各ローラーの周面に左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を形成し,互いに交差する両螺旋ねじ溝にて凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成し,一のローラーの凸部と他のローラーの凹部を歯合させたことを特徴とする凹凸付与装置。」

(3)  審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。

その理由の要点は,本願発明は,前記引用発明1及び刊行物2記載事項並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。

イ なお,審決は,上記判断をするに当たり,引用発明1の内容を以下のとおり認定したうえ,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点を次のとおりとした。

<引用発明1の内容>

「エンボスローラーaと,上記エンボスローラーaに対して相対的に押し付けられるエンボスローラーbとで,一対のローラー間に供給されるバンドを挟持して一のローラーの凸部と他のローラーの凹部を互いに噛み合い連動させる機構を形成するとともに,両ローラーの周面に凹凸模様を形成し,両ローラー間にバンドを通すことによりバンドに凹凸を付与するようにしたエンボス装置において,凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成し,一のローラーの凸部と他のローラーの凹部を噛み合わせたエンボス装置。」

<一致点>

いずれも,

「第一ローラーと,第一ローラーに相対的に押し付けられる第二ローラーとで,相対的に押し付けられて同一の周速度で連動させられて回転する二つの回転体の間にシート状体を挟持して走向させる機構を形成するとともに,両ローラーの周面に凹凸模様を形成し,両ローラー間にシート状体を通すことによりシート状体に凹凸を付与するようにした凹凸付与装置において,凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成し,一のローラーの凸部と他のローラーの凹部を歯合させた凹凸付与装置。」である点。

<相違点1>

本願発明では「回動自在に固定された第一ローラーと,押し付け手段にて上記第一ローラーに押し付けられる第二ローラーとでピンチローラ機構を形成する」ものであるのに対し,引用発明1では,そのような特定がされていない点。

<相違点2>

本願発明では「各ローラーの周面に左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を形成し,互いに交差する両螺旋ねじ溝にて凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成し」ているのに対し,引用発明1では,そのような特定がされていない点。

(4)  審決の取消事由

しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるので,審決は違法として取り消されるべきである。

ア 取消事由1(相違点の看過)

引用発明1における「凹凸模様」と本願発明における「凹凸模様」とは,その構成及び効果が全く異なるものであるのに,審決はこれを相違点として認定することなく,相違点を看過したものである。

すなわち,引用発明1における「凹凸模様」は,刊行物1(甲10)の第2図からも理解されるように,凸部の底部を形成する円筒面に対して,凸部はローラー外面へ向かって形成され,凹部はローラー内面へ向かって形成されている。つまり,前記円筒面を基準としてみれば,凹凸が内外に対称的に形成されているものである。

これに対して,本願発明における「凹凸模様」は,凸部の底面を形成する円筒面に対して,凸部がローラー外面へ向かって形成されているだけであり,ローラー内面へ向かって凹部が形成されているものではない。

そして,以上のような構成上の相違の結果として,引用発明1におけるバンド(本願発明における「シート状体」に相当する。)の表裏両面はローラーの凹凸と全面において接触するのに対し,本願発明における「シート状体」の表裏両面にはローラーの「凹凸模様」に接触しない部分が存在するという加工効果の相違が導かれる。

イ 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)

(ア) 刊行物2記載事項の認定の誤り

審決は,刊行物2(甲11)に「一対のねじ軸間に紙を通すことにより紙に凹凸を付与するようにしたエンボス加工装置において,各ねじ軸の周面に,両者が互いに噛み合うように,左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝を形成し,前記左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝という,互いに交差する二つの溝にて突起及び溝を各ねじ軸周面に形成すること」が記載されていると認定した(4頁17行~21行)が,誤りである。

a すなわち刊行物2(甲11)には「両方のねじ軸には,さらに軸方向に何本かのスプライン溝7が切ってあり,横断面が歯車のようになっている。紙1はこれらのねじ軸3の間を通過するときに,ねじ軸5の表面の突起によって,全面にわたってエンボス,すなわち波形が付けられる」(段落【0009】)と記載されており,ここにいう「突起」とは,以下に述べるように,スプライン溝によって形成された横断面が歯車のようになったものと解すべきであって,審決のように「互いに交差する二つの溝にて」形成される突起と解することはできない。

すなわち,刊行物2には,上記段落【0009】の記載のほか,「請求項2の装置は,エンボス加工部が,軸方向にスプライン溝を刻んだ,互いに噛み合って回転する2本のねじ軸からなる」(段落【0019】)と記載され,また,図3において被加工物が波状に加工されていることが示されている。これらの記載に照らせば,刊行物2には,スプライン溝を設けることにより2つのねじ軸の横断面を歯車のようにし,同期回転に関与させることが記載されているものである。

b 一方,刊行物2(甲11)には,「2本のねじ軸5には,一方に右雄ねじが,他方に左雄ねじが刻んであり,両者は互いに噛み合ったまま回転する」(段落【0008】)と記載されているが,右雄ねじと左雄ねじが互いに噛み合っただけの状態では,ねじ間で滑りが生じて2つのねじ軸の回転は同期せず,これらのねじ軸は軸方向に,それも互いに反対方向に動くこととなってしまうものであり,上記段落【0008】の記載は明らかに誤りであって,同期回転に関与するのは上記に述べたとおりスプライン溝である。

そして,このようにスプライン溝が同期回転に関与するために,個々のねじ山・ねじ溝は同期回転に関与せず,ねじ山・ねじ溝は全く異なる形であっても,更には存在しなくてもよいものである。

したがって,刊行物2において互いに噛み合うように形成された「突起」とは,スプライン溝によって形成された横断面が歯車のようになったもの,すなわち,ねじ山突起が軸方向に並列した集合体であって,「左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝という,互いに交差する二つの溝にて突起及び溝を各ねじ軸周面に形成」されたものでないことは明らかである。

c また,審決が,左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝が互いに「交差」するとした点についても,技術常識からみて「交差」とはいい難いものである。

すなわち,交差という概念は二次元(平面)におけるものであるが,螺旋状のねじ溝とスプライン溝が平面上で交わるのは,螺旋状のねじ溝(ねじ山の底)とスプライン溝(の底)が一致する場合に限られる。また仮にこの条件を充たしたとしても,スプライン溝は軸に平行に刻設されたものであって,これを螺旋状のねじ溝と「交差」させるというよりも,「スプライン溝によってねじ山(溝)を切断する」というほうが機械加工の分野における技術常識に沿うものである。

(イ) 容易想到性の判断の誤り

審決は,「ねじ軸の周面には,交差する螺旋状のねじ溝とスプライン溝とにより凹部が形成され,スプライン溝で分断された突起状のねじ山により凸部が形成されることは,技術常識を勘案すれば当業者にとって自明であるから,刊行物2記載事項における『突起』は本件発明における『凸部』に相当し,同様に『溝』は『凹部』に相当する」(6頁12行~17行)とした上で,「引用発明における各ローラーの周面に形成した凸部及び凹部を,刊行物2記載事項のように,互いに交差する二つの溝にて形成することは,当業者が容易になし得たことである。また,その際に,互いに交差する二つの溝の組み合わせとして,左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝の組み合わせを選択することは,当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない」(6頁30行~35行)としたが,誤りである。

a 審決の上記判断のうち,まず,「交差する螺旋状のねじ溝とスプライン溝とにより凹部が形成され」るとした点は,誤りである。

まず,スプライン溝の深さが螺旋状のねじ溝(ねじ山の底)に達しない場合や,スプライン溝の深さが螺旋状のねじ溝よりも深い場合には,一般的概念としての凹部は存在しない。

また,螺旋状のねじ溝(ねじ山の底)とスプライン溝(の底)が一致する場合であっても,分断されたねじ山の底とスプライン溝による2種類の凹部が存在するものであり,一種類の凹部ではない。

したがって,いずれの場合にも,「交差する螺旋状のねじ溝とスプライン溝とにより凹部が形成され」るものではない。

b また,審決が「刊行物2記載の事項における『突起』は本件発明における『凸部』に相当する」とした点も,誤りである。

前記(ア)で述べたように,刊行物2における「突起」は,スプライン溝によって形成された横断面が歯車のようになったもの,すなわち,ねじ山突起が軸方向に並列した集合体であって,このスプライン溝によって形成された歯車のような横断面が同期回転に関与するものであり,ねじ山・ねじ溝は同期回転に全く関与しない。これに対して,本願発明では,ねじ山・ねじ溝によって構成される凸部と凹部の噛み合いによってもたらされる同期回転が必須の要件であって,本願発明と刊行物2に記載された技術とでは,噛み合い方が全く異なるものである。

また,本願発明の「凸部」は,互いに交差する左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝によって形成される,尖りのある錐体であるのに対して,刊行物2における突起は,稜線のある突起である。

そして,以上のような噛み合い方の相違や,ねじ山突起の形態の相違の結果として,本願発明においては被加工物に凹凸模様が付与されるのに対し,刊行物2に記載された技術によって被加工物に付与される模様は波型模様であるという相違が導かれる。

これらの相違は,そもそも本願発明と刊行物2に記載の技術とでは目的が異なるところに起因するものであり,本願発明では一定の凹凸模様を創出することを目的としているのに対し,刊行物2においてはシュレッダー等において紙を小さく引きちぎりやすくするための湿潤装置において,紙の表面積を大きくするために波形を付すことを目的としているものである。

c また,審決が「互いに交差する二つの溝の組み合わせとして,左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝の組み合わせを選択することは,当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない」とした点も誤りである。

ねじ溝は溝底部に平坦部が存在しないのに対し,スプライン溝は溝底部が平坦であり,また,ねじ溝は螺旋状であるため物を締め付ける機能を有しているのに対し,スプライン溝にはこのような機能はない。したがって,スプライン溝とねじ溝を単なる「溝」として同一視することはできない。

この点に関して,被告は,刊行物1(甲10)の第3図に,互いに交差する右螺旋と左螺旋を組み合わせた模様が見られると主張するが,同図の模様が右螺旋と左螺旋を組み合わせたものでないことは,同文献の第2図を見れば明らかである。

また,被告は,審決の判断を補足するものとして下記乙1~5を提出するが,これらの文献に記載された技術は,いずれもローラーに設けられた凸部と凹部が噛み合わないものであって,単に互いに交差する右螺旋と左螺旋が存在することの証拠にしかならないものであるから,審決の判断を補足するに足りるものではない。

乙1:特開平7-98053号公報(発明の名称「エンドレススチールベルト用プーリー」,出願人凸版印刷株式会社,公開日平成7年4月11日)

乙2:特開平5-70012号公報(発明の名称「高摩擦ローラ及びその製造法」,出願人加藤発条株式会社,公開日平成5年3月23日)

乙3:実願昭62-98697号(実開昭64-4696号)のマイクロフィルム(考案の名称「媒体移送型プロツタの摩擦ローラ」,出願人グラフテツク株式会社,公開日昭和64年〔平成元年〕1月12日)

乙4:特開平2-182444号公報(発明の名称「紙変形工業用機械」,出願人ペリニ・フイナンジアリア・ソシエタ・ペル・アチオーニ,公開日平成2年7月17日)

乙5:特公昭40-15720号公報(発明の名称「荷造りバンド及びその製造法」,出願人日東紡績株式会社,公告日昭和40年7月21日)

2  請求原因に対する認否

請求原因(1)~(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。

3  被告の反論

審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。

(1)  取消事由1に対し

原告は,ローラーの周面に形成した凹凸模様について,引用発明1における「凹凸模様」と本願発明における「凹凸模様」との相違が審決において相違点として挙げられていないことを主張する。

しかし,審決は,本願発明と引用発明1との相違点2として,本願発明では「各ローラーの周面に左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を形成し,互いに交差する両螺旋ねじ溝にて凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成し」ているのに対し,引用発明1ではそのような特定がされていない点を認定している。

これは,本願発明の「凹凸模様」が「各ローラーの周面に左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を形成し,互いに交差する両螺旋ねじ溝にて凸部及び凹部を有する凹凸模様」であるのに対し,引用発明1の「凹凸模様」はそのような特定がなされた凹凸模様でないことを述べたものである。

したがって,審決は,本願発明の「凹凸模様」と引用発明1の「凹凸模様」とに具体的構成の相違があることをもって,その相違を相違点2として認定したのであり,審決には原告が主張するような相違点の看過はない。

(2)  取消事由2に対し

ア 刊行物2記載技術の認定につき

原告は,審決が刊行物2に記載の技術について「左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝という,互いに交差する二つの溝にて突起」を形成すると認定したことは誤りであると主張する。

しかし,刊行物2(甲11)には,「…2本のねじ軸5には,一方に右雄ねじが,他方に左雄ねじが刻んであり,両者は互いに噛み合ったまま回転する」(段落【0008】),「両方のねじ軸には,さらに軸方向に何本かのスプライン溝7が切ってあり,横断面が歯車のようになっている。紙1はこれらのねじ軸3の間を通過するときに,ねじ軸5の表面の突起によって,全面にわたってエンボス,すなわち波形が付けられる」(段落【0009】)との記載がある。

これらの記載によれば,刊行物2に記載の技術は,一方のねじ軸に右雄ねじが,他方のねじ軸に左雄ねじが刻んであり,その一方のねじ軸のねじ山と他方のねじ軸のねじ溝が互いに噛み合ったまま回転するものであって,さらに,両方のねじ軸の軸方向に何本かのスプライン溝が切ってあるものである。そして,このようにスプライン溝が切ってあるねじ山とねじ溝が互いに噛み合ったまま回転するねじ軸の間を紙が通過すれば,全面にわたってエンボスすなわち波形が付けられることは明らかである。

そうすると,刊行物2に記載の技術においては「左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝という,互いに交差する二つの溝にて突起」が形成されるから,審決の認定に誤りはない。

イ 容易想到性の判断につき

(ア) 刊行物2(甲11)に記載の技術において,ねじ軸に雄ねじを刻設した場合,ねじ軸の周面には,螺旋状の稜線を成す突起状のねじ山と,ねじ山とねじ山との谷間を成す螺旋状のねじ溝が形成されること,そして,そのような雄ねじを刻設したねじ軸に対して,軸方向に何本かのスプライン溝を切れば,ねじ軸の周面には,交差する螺旋状のねじ溝とスプライン溝とにより凹部が形成され,スプライン溝で分断された突起状のねじ山により凸部が形成されることは当業者にとって自明である(審決6頁9行~15行も同旨)から,刊行物2に接した当業者は,ローラーの周面に凸部及び凹部を形成するために互いに交差する溝を用いるという技術思想を把握することができる。

そして,シート状体に凹凸を付与するに当たっては,一方のローラーの凸部が他方のローラーの凹部のどこかに入り込むようにすればよいのであり,審決が刊行物2(甲11)から引用したのは,ローラーの周面に凸部及び凹部を形成するために互いに交差する溝を用いるという事項であって,一のローラーのどの凸部と他のローラーのどの凹部とがどのように噛み合うのかといった具体的な噛み合い方まで含めて引用したものではない。

また,引用発明1における凸部及び凹部を有する凹凸模様も,例えば刊行物1(甲10)の第3図に見られるように互いに交差する右螺旋と左螺旋を組み合わせた模様となっているとともに,そのような螺旋を組み合わせた模様もごくありふれたものである。

(イ) これに対し原告は,本願発明における「凸部」は尖りのある錐体であるのに対し,刊行物2におけるねじ山突起は稜線のある突起であると主張する。

しかし,本願発明の請求項においては,凸部及び凹部の形状並びに凹凸模様について,「互いに交差する両螺旋ねじ溝にて凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成」するとされているだけで,そのほかには何ら特定されていない。

また,ねじ溝及びねじ山の形状としては,例えばその断面形状が三角形である三角ねじや台形である台形ねじ,ほぼ方形に近い角ねじなど,多種多様な形状が知られているところ,本願発明では,両螺旋ねじ溝及びねじ山の形状について限定されていない。互いに交差する両螺旋ねじ溝の形状を,断面形状が連続する三角形となる三角ねじとしない限り,両螺旋ねじ溝にて形成される凸部の形状は錐体とはなり得ないものである。

(ウ) また原告は,本願発明と刊行物2(甲11)に記載の技術とでは発明の目的が相違すると主張する。

しかし,審決が刊行物2から引用したのは,ローラーの周面に凸部及び凹部を形成するために互いに交差する溝を用いるという事項であって,加工物の用途について引用したものではない。

ちなみに,本願発明の技術的課題は,本願明細書(甲1)に「…例えば,新聞紙,コピー用紙などの廃紙を汚水,油などの拭きとり用として有効利用するためには,凹凸を付与することによって拭き取り効果が大幅に向上することになる…」(段落【0003】)と記載されているように,例えばシート状体が紙の場合,紙の表面積を(平面視的な見かけ上の面積に比べて)大きくし,拭き取り効果等を向上させることである。

一方,刊行物2(甲11)においても「紙にエンボス加工を施すと,紙の表面積が大きくなり,また,その分だけ紙が薄くなるので,紙がよく濡れる」(段落【0006】)と記載されており,本願発明と技術的課題を共通にするものである。

(エ) さらに,審決が「互いに交差する二つの溝の組み合わせとして,左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝の組み合わせを選択することは,当業者が適宜なし得る設計的事項にすぎない」(6頁33行~35行)とした点については,前記乙1(特開平7-98053号公報),乙2(特開平5-70012号公報),乙3(実願昭62-98697号〔実開昭64-4696号〕のマイクロフィルム),乙4(特開平2-182444号公報),乙5(特公昭40-15720号公報)の各文献において,ローラーの周面に互いに交差する右螺旋と左螺旋を組み合わせた模様を形成することが記載されていることからも,ローラーの周面に凸部及び凹部を形成するに当たり,互いに交差する右螺旋と左螺旋を組み合わせた模様を採用することは,ごくありふれたものである。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。

2  取消事由1(相違点の看過)について

原告は,本願発明における「凹凸模様」と引用発明1における「凹凸模様」とに相違があるのに相違点として認定されていないと主張するので,まずこの点について検討する。

(1)ア  本願発明の「凹凸模様」について,本願請求項2には「各ローラーの周面に左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を形成し,互いに交差する両螺旋ねじ溝にて凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成し,一のローラーの凸部と他のローラーの凹部を歯合させ」ることが記載されている。

イ  さらに,本願明細書(甲1。ただし,本件補正〔甲5〕による補正後のもの。以下同じ)には,次の記載がある。

(ア) 産業上の利用分野

・ 「本発明は,紙,金属薄板,樹脂板などのシート状体に凹凸を付与する凹凸付与装置にするものである。」(段落【0001】)

(イ) 発明が解決しようとする課題

・ 「…従来例においは,…メーカー側での大形製造設備を用いて凹凸を付与するものであり,ユーザー側で簡単に凹凸を付与できないという問題があった。…例えば,新聞紙,コピー用紙などの廃紙を汚水,油などの拭きとり用として有効利用するためには,凹凸を付与することによって拭き取り効果が大幅に向上することになるが,簡便な凹凸付与装置がないため,手で揉んで使用しているのが現状である。」(段落【0003】)

・ 「また,厚紙,金属薄板,樹脂板などの廃材を飾り板などとして有効利用するために凹凸を付与して装飾効果を持たせたい場合にも,…手作業で凹凸模様を付与するか,製造メーカーにおけるプレス装置と同様の大がかりな装置が必要になるという問題があった。

本発明は上述の点に鑑みて為されたものであり,その目的とするところは,シート状体に簡便に凹凸を付与でき,しかも構成が簡単な凹凸付与装置を提供しようとするものである。」(段落【0004】)

(ウ) 作用

・ 「本発明は…ローラー1,2の周面に凹凸模様5を形成し,両ローラー1,2間にシート状体6を通すことによりシート状体6に凹凸を付与するようにしたものであり,ピンチローラ機構にシート状体6を通すだけでシート状体6に簡便に凹凸を付与でき…る。」(段落【0006】)

・ 「また,各ローラー1,2の周面に形成される凹凸模様5を,左螺旋ねじ溝5aと右螺旋ねじ溝5bを形成し,互いに交差する両螺旋ねじ溝5a,5bにて四角錐状の凸部及び凹部を綾目状に形成すれば,凹凸模様5を簡単なねじ切り加工で形成でき,ローラー1,2の加工コストを安くすることができるという効果がある。」(段落【0007】)

(エ) 実施例

・ 「…実施例にあっては,各ローラー1,2の周面に形成される凹凸模様5は,図5(a)に示すような綾目状の凹凸模様であり,断面が三角形の左螺旋ねじ溝5aと右螺旋ねじ溝5bを形成することにより,互いに交差(実施例では直交)する両螺旋ねじ溝5a,5bにて四角錐状の凸部及び凹部を等間隔で綾目状に形成している。図5(b)は両ローラー1,2の凹凸模様5の歯合状態を直線的に示しており,両ローラー1,2間を通すことによりシート状体6に綾目状の凹凸が付与される。」(段落【0008】)

・ 「…凸部(凹部)の高さ(深さ)を大きくすれば,大きな凹凸を付与できる。さらに,凸部の先端を先鋭なままにしておけば,先端部に孔をあけることができ,シート状体6を新聞紙,コピー用紙などの廃紙(何枚か重ねたものでも良い)とし,凹凸付与により拭き取り効果を得ようとしている場合には,孔断面部分での液体吸収効果をより一層向上させることができる。一方,凸部の先端を丸める処理を施せば,滑らかな凹凸模様が形成されることになるが,この場合にあっても紙の繊維が適度にほぐされることになって吸収効果の向上が図られる。」(段落【0011】)

(オ) 図面

file_2.jpgウ  以上の記載によれば,本願発明は,新聞紙等の廃紙,金属薄板,樹脂板等の廃材を有効利用するために簡便に凹凸を付与することを目的とするものであって,本願発明における「各ローラーの周面に左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を形成し,互いに交差する両螺旋ねじ溝にて凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成し,一のローラーの凸部と他のローラーの凹部を歯合させ」るという構成は,被加工物に凹凸を付与するためにローラー周面に設けられる凹凸模様を簡単なねじ切り加工によって形成することができるようにし,ローラーの加工コストを安くするためのものである。

そして,具体的にどのような凹凸模様をローラー周面に形成するかは,被加工物の性状や,加工目的に応じて異なるものであり,そもそも「ねじ」にはねじ山の形状によって三角ねじのほかに角ねじ,台形ねじ等の形状があることは広く知られていることに照らせば,本願明細書における「四角錐状の凸部及び凹部」(段落【0007】【0008】)との記載や,図5(a)(b)の記載は,本願発明を実施する場合の一例を示したものにすぎないというべきである。

したがって,本願明細書の記載を参酌しても,本願発明における「凹凸模様」は,互いに交差する左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝によって形成される凸部及び凹部からなるという以外に,特定の形状が限定されるものではない。

(2)ア  他方,刊行物1(甲10)には,次の記載がある。

・ 「本発明は,熱可塑性合成樹脂製バンドをエンボスするにあたり,表面に縦横両方向に於て交互に凹凸を有し,かつ互いに噛み合う雄雌一対のエンボスローラーを連動させ,この一対のロール間に熱可塑性合成樹脂製バンドを供給してエンボスすることを特徴とする熱可塑性合成樹脂バンドの製造方法に関する。」(1欄21行~27行)

・ 「次に本発明の実施態様を示す図について説明すると,…第2図はエンボスローラーa,bの表裏模様の一例で,cは凸部,dは凹部を示し,a,b両ロールが連動する際は,c部とd部とは正確に噛み合い,その間でエンボスされるバンドには局部的な厚薄が生じないものである。第3図はエンボスローラーC(判決注,「エンボスローラーa」の誤記)及びbを使用しバンド1をエンボスする状態を示す概略図である。…」(3欄6行~16行)

・ 「実施例

ポリプロピレン…を熔融温度275℃で押出しバンドとし…6倍に延伸した。これを第2図に示した長方形(縦1mm,横0.5mm)の角錐突起2を有し,角錐の凹部を有する互いに嵌合するエンボスローラーでエンボスした。…」(4欄2行~9行)

file_3.jpg+ #38イ  以上の記載によれば,引用発明1(刊行物1)における凹凸模様は,エンボスローラーの表面に縦横両方向に交互に凸部及び凹部が設けられているものであって,例えば刊行物1の第2図に示されるような長方形の角錐突起(凸部),角錐の凹部のように形成され,凸部と凹部が噛み合うものであることが認められる。

(3)  以上を踏まえて本願発明における凹凸模様と引用発明1における凹凸模様とを対比すると,まず本願発明については前記(1)で検討したとおり,各ローラーの周面に形成された左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝が交差することによって形成される凹凸模様であるという以外にはその形状に関して特段の限定がなされていない。

一方,引用発明1(刊行物1)における凹凸模様は,前記(2)で検討したとおり,エンボスローラーの表面に縦横両方向に交互に凸部及び凹部が設けられているというものであって,左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝が交差することによって形成されるという本願発明の構成を備えていないものであるが,それ以外の点において本願発明と相違するものではない。

そうすると,本願発明における凹凸模様と引用発明1(刊行物1)における凹凸模様との相違は,審決が相違点2として認定したとおりのものであって,審決に相違点を看過した違法はない。

(4)  これに対し原告は,本願発明と引用発明1とは,凹部とローラーの周面との関係(凹部が周面と比べてローラーの軸心方向に向かって形成されているか)において異なると主張するが,本願発明における凹部がローラーの周面との関係でいかなる形状を有するか特定されていないことは上記のとおりであるから,原告の上記主張は採用することができない。

3  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)  原告は,刊行物2記載技術の認定に誤りがあると主張するので,まずこの点について判断する。

ア 刊行物2(甲11)には,次の記載がある。

(ア) 産業上の利用分野

・ 「この発明は,紙を濡らすための紙の湿潤装置に関し,例えば,紙を細かく引きちぎる方式のシュレッダ等に好適なものである。」(段落【0001】)

(イ) 発明が解決しようとする課題

・ 「…紙を断ち切るのではなく,小さく引きちぎるようにすれば繊維が短くなることが少ない。紙を引きちぎり易くするためには,紙を液体(例えば,水酸化ナトリーム溶液)で濡らすのが効果的である。この発明は紙をよく濡らすための装置を得ることを目的とする。」(段落【0003】)

(ウ) 課題を解決するための手段

・ 「エンボス加工部は,紙を間に挟んで互いに反対方向に回転する平行な2本のねじ軸から構成することができる。ねじ軸には,互いに噛み合う左右雄ねじを刻設し,さらに,軸方向に沿ってスプライン溝を一定間隔で複数本刻む。…」(段落【0005】)

(エ) 作用

・ 「紙にエンボス加工を施すと,紙の表面積が大きくなり,また,その分だけ紙が薄くなるので,紙がよく濡れる。」(段落【0006】)

(オ) 実施例

・ 「エンボス加工部Bは,図3,4に示すように,紙1を間に挟んで,互いに反対方向に回転駆動される左右一対のねじ軸5からなる。駆動モータは図示していない。2本のねじ軸5には,一方に右雄ねじが,他方に左雄ねじが刻んであり,両者は互いに噛み合ったまま回転する。」(段落【0008】)

・ 「両方のねじ軸には,さらに軸方向に何本かのスプライン溝7が切ってあり,横断面が歯車のようになっている。紙1はこれらのねじ軸3(判決注,「ねじ軸5」の誤記)の間を通過するときに,ねじ軸5の表面の突起によって,全面にわたってエンボス,すなわち波形が付けられる。」(段落【0009】)

(カ) 図面

file_4.jpg*B3 “Ba tHitttイ 以上の記載によれば,刊行物2(甲11)におけるエンボス加工部は,紙を間に挟んで互いに反対方向に回転する平行な2本のねじ軸によって構成され,一方のねじ軸に右雄ねじが,他方のねじ軸に左雄ねじが刻設されて,これら両ねじが互いに噛み合ったまま回転するものである。そして,両方のねじ軸には,軸方向に沿ってスプライン溝が一定間隔で複数本刻まれ,横断面が歯車のようになっており,ねじ軸の表面の突起によって紙の全面にわたって波形が付けられることが認められる。

そうすると,刊行物2に記載の技術は,右雄ねじと左雄ねじが互いに噛み合ったまま回転する一対のねじ軸において,さらに軸方向に複数本のスプライン溝が刻設されているというものであり,ねじ軸にスプライン溝が刻設されることで横断面が歯車のようになることから,スプライン溝は右雄ねじ又は左雄ねじを分断していることが明らかであって,ねじ軸の周面には,スプライン溝によってねじ山が分断された突起部,すなわちねじ溝とスプライン溝という2つの交差する溝によって形成される突起部が存在するものである。

したがって,審決が刊行物2(甲11)に「左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝という,互いに交差する二つの溝にて突起及び溝を各ねじ軸周面に形成すること」が記載されていると認定したことに誤りはない。

ウ この点に関し原告は,右雄ねじと左雄ねじが互いに噛み合っただけの状態ではねじ間で滑りが生じて2つのねじ軸の回転は同期せず,刊行物2における「2本のねじ軸5には,一方に右雄ねじが,他方に左雄ねじが刻んであり,両者は互いに噛み合ったまま回転する」(段落【0008】)との記載は誤りであり,スプライン軸が歯車として同期回転に関与するものであると主張する。

しかし,ねじ軸5に刻設されるスプライン溝については,刊行物2(甲11)の段落【0005】に「軸方向に沿って…一定間隔で複数本刻む」と記載されている一方,スプライン溝によって形成される一方の凸部と他方の凹部が噛み合って同期回転に関与することを示唆する記載はなく,そこの図3からも明らかではない。

むしろ,段落【0009】における「両方のねじ軸には,さらに軸方向に何本かのスプライン溝7が切ってあり,横断面が歯車のようになっている。紙1は…ねじ軸5の表面の突起によって,全面にわたってエンボス,すなわち波形が付けられる」との記載に照らせば,スプライン溝7は紙1にエンボスを付ける突起を形成するためにねじ軸5の周面に刻設されているものと解することができ,「横断面が歯車のようになっている」との上記記載は,紙1にエンボスを付けるための突起の形状を表したものにすぎないというべきである。

また,ねじ軸の回転については,刊行物2の段落【0008】に「…互いに反対方向に回転駆動される左右一対のねじ軸5からなる。駆動モータは図示していない…」と記載されているように,ねじ軸5は図示されていない駆動モータによって回転駆動されるものであるところ,右雄ねじと左雄ねじが互いに噛み合ったまま左右一対のねじ軸5が回転駆動される場合に,ねじ間に滑りが生じないように適宜調整することは当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が通常なしうることである。

エ また原告は,刊行物2においてねじ溝とスプライン溝が「交差」しているとはいえないと主張する。

しかし,「交差」とは「たがいちがいに組み合わせること。線状のものが十文字に交わること」(広辞苑第六版参照)を意味するものであり,刊行物2において上記のとおり一方のねじ軸に右雄ねじが,他方のねじ軸に左雄ねじが刻設され,さらに両方のねじ軸の軸方向に沿ってスプライン溝が刻まれていることや,そこの図4の記載に照らせば,刊行物2においてねじ溝とスプライン溝が交差していることは明らかである。

これに対し原告は,ねじ溝とスプライン溝が交差するといえるのは,ねじ溝とスプライン溝のねじ軸周面に対する深さが一致する場合に限られると主張するが,独自の見解であって採用することができない。

(2)  次に,容易想到性の判断について検討する。

ア 前記(1)で検討したとおり,刊行物2には「左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝という,互いに交差する二つの溝にて突起及び溝を各ねじ軸周面に形成すること」が記載されている。

ところで,乙4(特開平2-182444号公報)には,紙変形工業用エンボス機械に関して,エンボスシリンダ上に形成されるらせん状の突起の列を交差させることが記載されており,また,乙5(特公昭40-15720号公報)には,荷造りバンドの製造法に関して,製造されるバンドの表面に凹凸を付与するため,凹凸表面を有する2本のローラーを用い,そのローラー面にスパイラルに溝を左右方向に形成することが記載されている。このように,被加工物への凹凸付与を目的としてローラー等の表面に左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を交差させて成る凹凸模様を設けることは,本願前に周知であったものである。

したがって,引用発明1の凹凸模様に換えて,刊行物2に記載されているように互いに交差する2つの溝によって凸部及び凹部を形成することとした上,交差する2つの溝として左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を採用することは,当業者が容易になしうることである。

イ これに対して原告は,以下のとおり主張するが,いずれも採用することができない。

(ア) まず原告は,審決が刊行物2における「突起」及び「溝」は本願発明における「凸部」及び「凹部」に相当するとした点が誤りであると主張する。

しかし,上記のとおり刊行物2には「左螺旋ねじ溝とスプライン溝又は右螺旋ねじ溝とスプライン溝という,互いに交差する二つの溝にて突起及び溝を各ねじ軸周面に形成すること」が記載されているのであるから,交差するねじ溝とスプライン溝とによって凹部が形成され,スプライン溝で分断された突起状のねじ山により凸部が形成されることは明らかである。

(イ) また原告は,刊行物2における「突起」と本願発明における「凸部」とでは,噛み合い方,突起(凸部)の形状,被加工物に付与される模様等が異なると主張する。

しかし,本願発明における「凸部」の形状が各ローラーの周面に形成された左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝とが交差することによって形成されるという以外に限定されていないことは,前記2において検討したとおりであり,また,噛み合い方についても「一のローラーの凸部と他のローラーの凹部を歯合させ」る(本願請求項2)というほかには限定されていないものである。

また原告は,本願発明と刊行物2に記載の技術とは発明の目的が異なると主張するが,前記2(1)及び3(1)アにおいて認定したとおり,刊行物2に記載の技術は紙を濡らして小さくちぎりやすくするために紙にエンボス加工を施して紙の表面積を大きくすることを目的としており,一方,本願発明は,新聞紙等の繊維をほぐして液体吸収効果を向上させ,汚水などの拭き取り用として有効利用することを目的の一つとしているのであるから,両発明の目的はむしろ共通しているというべきである。

(ウ) また原告は,上記周知技術に関して,上記乙4及び乙5の各文献に記載された技術はいずれもローラー等の表面に設けられた凸部と凹部が噛み合わないものであると主張する。

しかし,一方のローラーの凸部と他方のローラーの凹部を噛合させることについては,審決において本願発明と引用発明1との一致点として認定しているものであり,本件においては「各ローラーの周面に左螺旋ねじ溝と右螺旋ねじ溝を形成し,互いに交差する両螺旋ねじ溝にて凸部及び凹部を有する凹凸模様を各ローラー周面に形成」するという相違点2の構成の容易想到性が問題とされているものであるから,上記乙4及び乙5に記載された技術においてローラー等の表面に設けられた凸部と凹部が噛み合わないものであるとしても,相違点2についての容易想到性に関する上記判断を左右するものではない。

4  結語

以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 清水知恵子)

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