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知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10292号 判決 2008年4月24日

原告

ルーセント テクノロジーズ インコーポレーテッド

訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

朝日伸光

三山勝巳

被告

特許庁長官 肥塚雅博

指定代理人

富澤哲生

山本春樹

山本章裕

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2004-25435号事件について平成19年3月27日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成11年2月18日(優先権主張:1998年2月23日,アメリカ合衆国),発明の名称を「プロセッサ,システム及び呼処理機能提供方法」とする特許出願(特願平11-39706号。以下「本願」という。)をした。

その後,原告は,平成16年7月29日付けの手続補正書により,本願に係る明細書の特許請求の範囲の記載を補正(以下,この補正後の本願に係る明細書及び図面を「本願明細書」という。)する手続補正をしたが,平成16年9月7日付けの拒絶査定を受けたので,同年12月13日,これに対する不服の審判(不服2004-25435号事件)を請求し,平成17年1月12日付けの手続補正書により,本願に係る明細書の特許請求の範囲の記載を補正(以下,この補正を「本件手続補正」といい,本件手続補正後の本願に係る明細書及び図面を「補正明細書」という。)する手続補正をしたが,特許庁は,平成19年3月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(附加期間90日,以下「審決」という。)をし,同年4月9日,その謄本を原告に送達した。

2  特許請求の範囲

(1)  本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。

「連続的なメディア通信データパケットの複数のストリームを送受信することによりパケットネットワークを介して通信するユーザ通信装置(UCD)と共に使用され,該UCDに呼処理機能を提供するプロセッサであって,

(1)該UCDのユーザにより記憶されたプログラム可能呼処理情報を参照して,連続的なメディア通信データパケットの1つのストリームから構成されていると共に該UCDに向けられている呼について,特定の代替処理が可能であることを決定し,そして

(2)該呼と関連している該連続的メディア通信データパケットを,該特定の代替処理に従って処理させるための命令を実行するプロセッサ。」

(2)  補正明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「補正発明」という。下線部は本件手続補正による補正箇所を示す。)。

「連続的なメディア通信データパケットの複数のストリームを送受信することによりパケットネットワークを介して通信するユーザ通信装置(UCD)と共に使用され,該UCDに呼処理機能を提供するプロセッサであって,

(1)制御チャネルを介して受信した情報を参照することなく,該UCDのユーザにより記憶されたプログラム可能呼処理情報を参照して,連続的なメディア通信データパケットの1つのストリームから構成されていると共に該UCDに向けられている起呼者と被呼者との間の呼についての特定の代替処理が該起呼者と該被呼者の双方について実行可能である場合にのみ,該特定の代替処理が実行されるべきであるということを決定し,そして

(2)該呼と関連している該連続的メディア通信データパケットを,該特定の代替処理に従って処理させるための命令を実行することを特徴とするプロセッサ。」

3  審決の理由

別紙審決書写しのとおりである。要するに,下記(1)の理由により,本件手続補正は,特許法17条の2第3項の規定に違反するものであって,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきものであるところ,本願発明は,下記(2)の理由により,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

(1)  特許法17条の2第3項違反

本件手続補正は,本願発明(前記2(1))を補正発明(前記2(2))に変更すること(これには,①「制御チャネルを介して受信した情報を参照することなく」を追加した点〔以下「変更点1」という。〕及び,②「特定の代替処理が可能であることを決定」する構成を「特定の代替処理が該起呼者と該被呼者の双方について実行可能である場合にのみ,該特定の代替処理が実行されるべきであるということを決定」する構成に変更する点〔以下「変更点2」という。〕が含まれる。)を含む。しかし,本願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「当初明細書」という。)には,「制御チャネルを介して受信した情報を参照すること」がないこと,及び,「特定の代替処理が該起呼者と該被呼者の双方について実行可能である場合にのみ,該特定の代替処理が実行されるべきであるということを決定」することは記載されておらず,当初明細書の記載から自明なことであるとも認められないから,変更点1及び2に係る補正はいずれも当初明細書に記載した事項の範囲内においてしたものではない。したがって,本件手続補正は,特許法17条の2第3項の規定に違反するものであって,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下されるべきである。

(2)  特許法29条2項違反

本願発明は,国際公開第97/31492号パンフレット(以下「引用例」という。甲5の1)記載の発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

審決は,上記判断をするに当たり,引用発明の内容及び本願発明と引用発明との一致点・相違点を次のとおり認定した。

ア 引用発明の内容

「音声通信データを送受信することによりインターネットを介して通話するユーザ通信装置(UCD)と共に使用され,該UCDに呼処理機能を提供するプロセッサであって,

該UCDに記憶された呼転送先の情報に基づいて,音声通信データから構成されていると共に該UCDに向けられている呼と関連している該音声通信データを,呼転送に従って処理させるための命令を実行するプロセッサ。」

イ 一致点

「通信データを送受信することによりパケットネットワークを介して通信するユーザ通信装置(UCD)と共に使用され,該UCDに呼処理機能を提供するプロセッサであって,

通信データから構成されていると共に該UCDに向けられている呼と関連している該通信データを,該特定の代替処理に従って処理させるための命令を実行するプロセッサ。」である点

ウ 相違点

(ア) 相違点1

通信データに関して,本願発明は「連続的なメディア通信データパケットの複数のストリーム」であるのに対し,引用発明は単に音声通信データであって,その具体的な構成は不明な点。これに連動して,呼が,本願発明では「連続的なメディア通信データパケットの1つのストリーム」から構成されているのに対し,引用発明では音声通信データから構成されているに止まる点

(イ) 相違点2

「代替処理情報」に関して,本願発明は「該UCDのユーザにより記憶されたプログラム可能呼処理情報」であるのに対し,引用発明は「呼転送先の情報」であってユーザにより記憶されたものか否かは不明な点。これに連動して,呼と関連している該連続的メディア通信データパケットを,該特定の代替処理に従って処理させるための命令を,本願発明は「該UCDのユーザにより記憶されたプログラム可能呼処理情報を参照して,連続的なメディア通信データパケットの1つのストリームから構成されていると共に該UCDに向けられている呼について,特定の代替処理が可能であることを決定し,そして」実行しているのに対し,引用発明は「ワークステーションに記憶された呼転送先の情報に基づいて」実行している点

第3取消事由に係る原告の主張

審決は,主位的に,本件手続補正を却下した結果,判断の対象となるべき発明の要旨認定を誤った違法があり(取消事由1),取消事由1が認められないとしても,予備的に,①本願発明と引用発明との相違点を看過した違法(取消事由2),及び,②相違点2の判断を誤った違法(取消事由3)があるから,取り消されるべきである。なお,審決における相違点1の判断に誤りがないことについては認める。

1  取消事由1(本件手続補正を却下した誤り)

審決は,変更点1及び2に係る補正がいずれも当初明細書に記載された事項の範囲内においてしたものではないと認定判断した。

しかし,以下のとおり,審決の上記認定判断は誤りである。

(1)  変更点1について

①当初明細書の段落【0024】,【0029】ないし【0031】には,発呼者と被呼者のIDを判定することは記載されているが,当該IDが制御チャネルを介さずに具体的にどのようにして受信しているのか特定されておらず示唆もされていないこと(審決書3頁12行~16行),②当初明細書には,「制御チャネル」との用語は記載されておらず,さらに,チャネルに関する記載も見当たらないこと(審決書3頁16行~18行)について,審決の認定に誤りがない点は認める。

しかし,以下のとおり,変更点1に係る補正は当初明細書に記載された事項の範囲内においてしたものであり,上記①及び②から直ちに変更点1に係る補正が当初明細書に記載された事項の範囲内においてしたものではないとした審決の認定判断は誤りである。

当初明細書(甲1)の段落【0011】,【0015】ないし【0018】,図1,図2の記載から,通信すべき情報がパケットを介して送受信されており,当該ID情報はデータを含むパケットのヘッダに含まれて送受信されていることが,明らかである。そうすると,ID情報は,データと同じチャネルで送受信されており,換言すると,データチャネルと別のチャネルを介さずに送受信されているということができる。

当初明細書に「制御チャネル」という用語が記載されていなくとも,技術常識に照らせば,「制御チャネル」が,「データチャネル」(「メディア通信データパケットの1つのストリーム」が通る論理チャネル)とは別のチャネルを意味することは,明らかである。

そして,当初明細書に実施例として記載された発明は,上記のような「制御チャネル」を用いていない。

したがって,変更点1に係る補正は当初明細書に記載された事項の範囲内においてしたと判断すべきである。

(2)  変更点2について

審決は,変更点2に係る補正が当初明細書に記載された事項の範囲内においてしたものではないと認定判断した。

しかし,以下のとおり,「特定の代替処理」の具体例である呼阻止機能(発呼阻止機能,着呼阻止機能)及び呼転送機能に関する当初明細書の記載に照らし,審決の上記認定判断は誤りである。

ア 当初明細書の段落【0026】ないし【0044】,図4,図5には,呼阻止機能(発呼阻止機能,着呼阻止機能)に関する記載があり,これによれば,発呼阻止の場合,「制御は・・・呼阻止がこの発呼ステーションについて実行可能であるか(イネーブルとなっているか)否か決定」(段落【0029】)し,「呼阻止が実行可能であると決定された場合,制御は,・・・選択的呼阻止が被呼ステーション(すなわち,宛先)について起動されたか否か決定」(段落【0030】)しており,着呼阻止の場合,「制御は・・・被呼ステーションについて呼阻止が実行可能であるか否か決定」(段落【0039】)し,そして,「呼阻止が実行可能であると決定された場合,制御は,・・・選択的呼阻止が発呼ステーション(すなわち,ソース)について起動されたか否か決定」(段落【0041】)している。

イ 当初明細書の段落【0045】ないし【0057】,図6,図7には,「呼転送機能」に関する記載があり,これによれば,「制御は・・・呼転送が被呼ステーション(すなわち,ユーザステーション)について実行可能にされているか否かを決定」(段落【0046】)し,そして,「制御は・・・被呼ステーション(すなわち,宛先)について,選択的呼転送が起動されたか否か決定」(段落【0052】)している。

なお,段落【0046】では「被呼ステーション」が用いられているが,同段落における「被呼ステーション」は,以下のとおりの理由から,呼阻止機能における「発呼ステーション」に相当する。なぜなら,例えば,ステーションAから発せられたユーザ通信装置(実施例でいう「ユーザステーション」)への呼をステーションCへ転送する場合,ユーザ通信装置はステーションAとの関係では「被呼ステーション」であるが,ステーションCとの関係では「発呼ステーション」となるからである。

ウ 上記ア及びイにおける「発呼ステーション」,「被呼ステーション」は,変更点2における「起呼者」,「被呼者」に相当し,また,「発呼阻止機能」,「着呼阻止機能」及び「呼転送機能」は,「特定の代替処理」に相当するから,当初明細書には,「特定の代替処理」が「被呼者」又は「起呼者」について実行可能にされているかが決定され,実行可能にされているときには,さらに,相対する「起呼者」又は「被呼者」について,当該特定の代替処理の機能が起動されたか否か(当該特定の代替処理が実行可能であるか)を決定することが記載されており,同記載は,正に,変更点2の「特定の代替処理が該起呼者と該被呼者の双方について実行可能である場合にのみ,該特定の代替処理が実行されるべきであるということを決定」することを指している。

2  取消事由2(相違点の看過)

審決は,以下のとおり,引用発明の認定を誤った結果,本願発明と引用発明との相違点を看過した。

(1)  引用発明の認定の誤り

審決は,引用発明の内容を前記第2,3(2)アのとおり,認定した。

しかし,審決の上記認定は,引用発明の目的,構成及び効果について,以下のとおり,誤りがある。

引用例(甲5の1)の記載(1頁1行~5頁2行〔甲5の2,5頁1行~9頁3行参照〕,5頁14行~6頁5行〔甲5の2,9頁11行~10頁5行参照〕,7頁31行~9頁6行〔甲5の2,11頁12行~12頁19行参照〕,Fig.2〔甲5の2,Fig.2参照〕)によれば,引用発明は,ユーザを接続するための電話交換機,すなわち,PBX(構内交換機)内で実現されていた付加サービスを提供するに当たり,複数のワークステーション及びこれらのワークステーション間に設けられた2つ以上のリンクを備えた電話システム用の分散式(すなわち,ワークステーション向き)アーキテクチャを前提とするものである。

引用発明は,所期の目的を達成するために,「第1の信号を伝送するための第1の通信チャネルを確立又は設定するとともに,第2の信号を伝送するための第2の通信チャネルを設定して,これらのチャネルを介してエンド・ユーザ装置(例えば,ワークステーション)を直接的に接続すること・・・第1の信号は制御信号であり,第2の信号は音声信号である」(5頁18行~22行〔甲5の2,9頁14~18行参照〕)こと,そして,「ワークステーション間の一の制御チャネル12が呼制御用に提供され,一の音声チャネル13が音声通信用に提供される」(8頁4~7行〔甲5の2,11頁17行~18行参照〕)ことを,必須の技術的事項とする。

したがって,引用発明は,「音声通信データを送受信することによりインターネットを介して通話するユーザ通信装置(UCD)と共に使用され,該UCDに呼処理機能を提供するプロセッサであって,制御チャネルを介して送られた呼転送先の情報に基づいて,音声通信データから構成されていると共に該UCDに向けられている呼と関連している該音声通信データを,呼転送に従って処理させるための命令を実行するプロセッサ。」との構成が開示されていると解すべきである(下線部は審決の認定と異なる部分を示す。)。

(2)  相違点の看過

本願明細書(甲2,1)の段落【0034】,【0035】の記載によれば,本願発明における「プログラム可能呼処理情報」は,ユーザ通信装置(UCD)内に潜在的に記憶されているものである。

これに対し,引用発明は,前記(1)のとおり,従来のPBXの基本構成を踏襲するものであり,結果として「制御チャネル」を用いた制御情報の交換を必要とする。

したがって,本願発明が,潜在的にユーザ通信装置に記憶された「プログラム可能呼処理情報」に基づいて特定の代替処理を行うのに対して,引用発明が,「制御チャネルを介して送られた呼転送先の情報」に基づいて付加サービスを行う点において相違する。しかるに,審決は,この相違点を看過した。

なお,「引用発明の『呼転送先の情報』と本願発明の『プログラム可能呼処理情報』とは特定の代替処理に関わる代替処理情報である点で一致する」(審決書5頁7行~8行)との審決の認定は,本願発明と引用発明とを対比するに当たり,潜在的に記憶されているのか,制御チャネルを介して送られてくるのかという,発明の目的を達成するために不可欠な事項を除外したものであり,誤りである。

3  取消事由3(相違点2の容易想到性の判断の誤り)

審決は,「引用発明を上記相違点2に係る構成とすることは,当業者が容易になし得ることである。」(審決書6頁17行~18行)と判断した。

しかし,以下のとおり,審決の上記判断は誤りである。

(1)  審決は,「引用発明において,ワークステーションが転送先のphone numberを記憶していない場合には,当然,呼転送はできないから,引用発明を,該呼転送を実行する前に転送先のphone numberの存否を判別し転送先のphone numberがある場合にだけ呼転送を実行するように構成することは,引用例の記載から当業者が容易に想到し得ることである。」(審決書6頁8行~12行)と説示している。

しかし,前記2(1)で指摘した引用例の記載によれば,引用発明は,「ワークステーションが転送先のphone numberを記憶していない場合」を想定するものではなく,「呼ごと着信転送(Deflect Call)」を行うときには,必ず転送すべき電話番号を含むメッセージが送られてくるというものである。したがって,審決が,相違点2に係る本願発明の構成の容易想到性の有無について,引用発明において「転送先のphone numberを記憶していない場合」を想定した上で判断することは,誤りである。

(2)  審決は,「上記摘記事項c.から,転送先のphone numberは,ユーザBが忙しいときやある時間内にでられない場合のユーザBが希望する転送先であるから,ユーザBにより記憶しておくことは,当業者が適宜なし得ることである。」(審決書6頁13行~16行)と説示している。

しかし,審決には,そもそも「摘記事項c.」が記載されていないから,審決の上記説示はその意図するところが不明であり,これに基づく判断は誤りというべきである。

第4取消事由に係る被告の反論

審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1(本件手続補正を却下した誤り)に対し

(1)  変更点1について

以下のとおり,変更点1に係る補正は当初明細書に記載した事項の範囲内でするものとはいえない。

ア 当初明細書には,「制御チャネル」との記載はもとより,「チャネル」との記載すらなく,「制御チャネル」に相当する技術用語ないし技術的事項の開示もない。

イ ID情報がヘッダに含まれたパケットを送受信することと,制御チャネルを介して受信した情報を参照するか否かは,別の技術的事項であり,ID情報に基づいてパケットを送受信できるということから,直ちに「制御チャネルを介して受信した情報を参照することなく」との構成を導くことはできない。当初明細書の開示は,メディア通信データパケットのID情報に基づくパケットの送受信ができるという程度にとどまるのに対して,「制御チャネルを介して受信した情報を参照することなく」という表記を付加することは,例えば,「制御チャネルを介して情報を受信するが,参照はすることなく」というものなど,「参照する」もの以外のすべてを包含することになり,当初明細書に記載した事項の範囲内ということはできない。

ウ 当初明細書には,前者から後者への一般化ないし上位概念化が可能であることを示唆する記載がない以上,一般化ないし上位概念化は,当初明細書に記載した事項の範囲を逸脱するものとして許されない。この点は,メディア通信データパケットのID情報を参照する形態が,「制御チャネルを介して受信した情報を参照することなく」の一形態であるとしても,許されることにはならない。

(2)  変更点2について

ア 「特定の代替処理」が「発呼阻止機能」である場合に関し,当初明細書の段落【0029】には,呼阻止が「発呼ステーション」について「実行可能であるか」否かを決定することが記載され,段落【0030】には,「被呼ステーション」について「起動されたか否か決定する」ことが記載されているが,「起呼者」及び「被呼者」については記載されておらず,また,それらと「発呼ステーション」及び「被呼ステーション」との関係も記載されていない。したがって,当初明細書には,「発呼阻止機能」が「該起呼者と該被呼者の双方について実行可能である場合にのみ」,「発呼阻止機能」が実行されることは記載されていないというべきである。

このことは,「特定の代替処理」が「着呼阻止機能」である場合及び「呼転送機能」である場合についても,同様である。

イ この点,原告は,「特定の代替処理」が「呼転送機能」である場合に関し,例えば,ステーションAから発せられたユーザ通信装置(実施例でいう「ユーザステーション」)への呼をステーションCへ転送する場合,ユーザ通信装置はステーションAとの関係では「被呼ステーション」であるが,ステーションCとの関係では「発呼ステーション」となることから,段落【0046】における「被呼ステーション」は,呼阻止機能における「発呼ステーション」に相当すると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

当初明細書には,呼転送の過程においてユーザ通信装置が発呼ステーションとなることは,記載も示唆もされていない。

当初明細書には,「呼検出ステップ610において,データパケットがユーザステーションを識別する宛先として受信されたときに,着呼は検出される。」と記載されており,ユーザ通信装置は「宛先」である。

また,当初明細書には,「情報抽出ステップ625において,データパケットのヘッダ内に含まれるソース及び宛先情報が抽出され,そして,データパケットはバッファ(例えば,アクセスノードに付属されるデータ記憶装置などのメモリデバイス)内に配置され,データパケットを代替宛先へ伝送するために,呼転送基準ルーチンからの要求を未決にする。」(段落【0047】),「データパケットのヘッダ内の宛先アドレスを,呼転送基準ルーチンにより提供された代替宛先アドレスと置換する。」(段落【0050】)と記載されているから,ステーションCは「代替宛先」である。

このように,当初明細書において,「宛先」と「代替宛先」とは明確に区別されており,段落【0052】の「被呼ステーション(すなわち,宛先)について,選択的呼転送が起動されたか否か決定する。」との記載は,ユーザ通信装置についての事項であると解釈せざるを得ない。つまり,段落【0052】に記載された「被呼ステーション」がステーションCに相当するということはできない。

2  取消事由2(相違点の看過)に対し

(1)  引用発明の認定の誤りに対し

ア 原告は,引用発明の内容として,「制御チャネルを介して送られた」との構成を認定すべきであると主張する。

しかし,審決の認定に係る引用発明の内容は,それのみで十分まとまった一つの技術的思想を表現している。

また,そもそも,本願明細書の請求項1には,「チャネル」の構成を含む通信路構成について格別の特定事項はなく,本願発明が「制御チャネル」の使用を排除しているわけでもない。このような本願発明と引用発明とを対比するに当たり,「制御チャネル」の点を特に考慮する必要はない。

イ 審決は,引用例(甲5の1)の「1頁9~15行や13頁6~23行等の記載並びに関連する図面及びこの分野における技術常識を考慮」(審決書4頁27行~28行)して,引用発明を認定したものであるところ,引用例の「発明の属する技術分野」の記載(1頁9行~15行),「呼ごと着信転送」に関する記載(13頁6行~23行),及び,同記載において引用されている「呼の設定及び受信」に関する記載(9頁16行~10頁19行)によれば,「呼ごと着信転送」に関し,以下の事項を理解することができる。

(ア) 「呼ごと着信転送」では,WS-Aから発せられWS-Bへ向けられた呼に対してユーザBが所定のタイムアウト期間内に応答することができない場合,当該呼を転送すべき所定の電話番号に転送するために,WS-BがWS-Aに対して制御チャネルを介して上記電話番号を含むメッセージを送信する「ステップ7」と,WS-Aが呼を設定する「ステップ9」とを含む一連の処理が実行されるものであるところ,ユーザBが所定のタイムアウト期間内に応答することができないとは,その間WS-Bに対する操作ができないということであるから,少なくともタイムアウトの計時が開始される以前に,事前準備として,電話番号すなわち呼転送先の情報がWS-Bによりあらかじめ記憶されていると解するのが自然である。

そうすると,WS-Aが呼を設定するためにWS-BがWS-Aに対して制御チャネルを介して上記電話番号を含むメッセージを送信するものの,メッセージ中の電話番号はもともとWS-Bに記憶されていたものであるから,WS-Bによるメッセージの送信と,WS-Aによる呼の設定のいずれについても,WS-Bに記憶された呼転送先に基づいて行われる処理であるということができる。

(イ) コンピュータの処理がプロセッサによって行われることは当然のことであるから,WS-A又はWS-Bのプロセッサが,「呼ごと着信転送」における「ステップ7」ないし「ステップ9」のいずれかの処理の命令を実行することは,自明である。

(ウ) 引用例の「発明の属する技術分野」の記載によれば,「音声チャネル」は,インターネット又は他のデータ・ネットワーク上に設けられることになるから,データ・ネットワークがインターネットであれば,「呼の設定及び受信」の「ステップ11」においてユーザA及びBが音声チャネルを介して通話する際には,WS-A及びWS-Bが音声通信データを送受信することによりインターネットを介して通話が行われることが明らかである。そうすると,「呼ごと着信転送」の「ステップ9」においてWS-Aが電話番号Mへの呼を設定して転送後の通話が行われる際も同様に,音声通信データを送受信することによりインターネットを介して通話が行われることも,明らかである。

(エ) 上記(ア)ないし(ウ)によれば,「呼ごと着信転送」では,WS-A又はWS-Bのプロセッサが「ステップ7」ないし「ステップ9」のうちのいずれかの処理をせよという命令を受けてそれぞれ実行するものであり,結果として転送後の通話に係る音声通信データの処理が可能となるのであるから,各命令はそれぞれ,「音声通信データから構成されていると共にWS-Bに向けられている呼と関連している音声通信データを,呼転送に従って処理させるための命令」である,ということができる。

また,「呼ごと着信転送」,「呼の設定及び受信」のいずれにおいても,WS-A及びWS-Bはユーザの通信に用いる装置となるものであるから,両者は「ユーザ通信装置」又は「UCD」と呼ぶことができ,本願明細書の「UCDに呼処理機能(例えば,呼転送又は呼阻止)を提供するシステム」との記載(段落【0007】)に照らせば,呼転送は「呼処理機能」であり,引用例に記載されたものは,「プロセッサがユーザ通信装置(UCD)と共に使用され,UCDに呼処理機能を提供する」ものである。

したがって,審決における引用発明の内容の認定に誤りはない。

(2)  相違点の看過に対し

前記(1)のとおり,本願発明を引用発明と対比するに当たり,「制御チャネル」の点を特に考慮する必要はなく,また,引用発明について「UCDに記憶された呼転送先の情報」との認定が可能であるから,審決は,原告主張の相違点を看過したものではない。

3  取消事由3(相違点2の容易想到性の判断の誤り)に対し

(1)  確かに,審決は,前記2(1)イのとおり,引用例の「1頁9~15行や13頁6~23行の記載等」に基づいて引用発明を認定しており,相違点2の判断に際しても,引用例の上記記載のうち「13頁6~23行」を表記すべきであったところ,「摘記事項c.」(審決書6頁13行)と表記した点には誤りがある。また,審決は,「摘記事項c.」との記載に引き続き,正確には,「転送先の電話番号は,ユーザBが話中であるか,又は着信呼に対し所定のタイムアウト期間内に応答することができない場合のユーザBが希望する転送先であるから」と表記すべきところ,「転送先のphone numberは,ユーザBが忙しいときやある時間内にでられない場合のユーザBが希望する転送先であるから」(審決書6頁13行~15行)と表記した点において,説示に適切を欠く点がある。

しかし,審決の上記説示は,以下のとおり,違法とはいえない。すなわち,審決は,引用発明の認定に際して引用例の「13頁6~13行」の記載を指摘し,相違点2の判断に際してその内容を示しているのであるから,審決における「摘記事項c.」との表記が,引用例の「13頁6~13行」を指摘するものであったことは,前後の文脈から合理的に理解される。また,引用発明はいわゆる転送電話に関する発明であるところ,審決の上記説示内容は,引用例の「13頁6~13行」を参酌するまでもなく,転送電話の通常の使用形態に照らし自明な事項であるから,「摘記事項c.」との説示に相当する事項が記載されていなくとも,根拠を欠くものとして違法と解すべきではない。

(2)  引用例の「呼ごと着信転送」に関する項目(13頁6行~23行)には,「ユーザBが話中であるか,又は着信呼に対し所定のタイムアウト期間内に応答することができなければ,ユーザBは,この着信呼を直ちに他の電話番号(電話番号M)に転送したいと望むことがある。」との記載がある。審決においてて「引用発明において,ワークステーションが転送先のphone numberを記憶していない場合」と説示した部分は,上記のユーザが転送を望まない場合を指すものである。引用例の「呼の設定及び受信」に係る記載(9頁16行~10頁19行)は,転送が行われない場合を指しているのであるから,当業者であれば,ユーザが転送を希望する場合と希望しない場合を選択可能にすることは,当然に想定することである。

そして,WS-B(ワークステーション)が転送先の電話番号を記憶していなければ呼転送ができないことも当然のことであり,また,一般に,コンピュータは,ユーザによりあらかじめプログラムされた設定情報の記憶の存否によって,対応する動作が決まるものであるから,引用発明において,プロセッサが,ユーザによる選択を特定するために,呼転送を実行する前に転送先の電話番号(phone number)の存否を判別し,転送先の電話番号(phone number)がある場合にだけ呼転送を実行するように構成すること,すなわち,呼転送先の情報を,その記憶が存在しない状態を含めて「プログラム可能呼処理情報」として利用し,プロセッサが同情報を参照して,呼転送先情報の存在する場合に呼転送が可能と決定し,呼転送先の情報に基づいて呼転送に従って処理を実行するようにすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

また,引用例の13頁6行~23行の記載から,転送先の電話番号は,ユーザBが話中であるか,又は着信呼に対し所定のタイムアウト期間内に応答することができない場合のユーザBが希望する転送先であるから,WS-Bにおける電話番号の記憶をユーザBにより行うことは,当業者が適宜なし得たことである。

(3)  以上のとおり,審決における相違点2の判断に誤りはなく,また,審決における「摘記事項c.」との記載は,軽微な誤記にすぎず,審決の結論に影響するものとはいえない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本件手続補正を却下した誤り)に対し

(1)  変更点1について

原告は,変更点1に係る補正が当初明細書に記載された事項の範囲内においてしたものではないとした審決の認定判断が誤りであると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

ア 当初明細書(甲1)の段落【0016】ないし【0018】及び図2の各記載によれば,当初明細書には,「ソース250及び宛先情報260」は「データパケット210」の「ヘッダ220」などに包含されることができること,「ソース又は宛先若しくは両方における個人のID」は「ソース250及び宛先情報260」に包含されることができることが,それぞれ記載されている。そうすると,当初明細書には,「ソース又は宛先若しくは両方における個人のID」をヘッダなどに含む「データパケット」が送受信されることが記載されているということができる。

しかし,当初明細書には,「制御チャネル」の用語はもとより,これに相当する技術用語ないし技術的事項の開示はなく,「チャネル」との用語すら記載されていないのであって,「ソース又は宛先若しくは両方における個人のID」を送受信するチャネルに関する記載は,これを見出すことができない。また,データパケットに特定の情報が含まれているか否かということと,当該情報がいかなるチャネルにより送受信されるかということとは,技術内容を異にするというべきである。

一般に,ユーザ間で音声などの「データ」を双方向通信する電話サービスを行うには,当該「データ」のほかに,通信の始まりと終わりを制御するための信号を送受信することが必要であるところ,当初明細書の段落【0001】,【0007】の記載に示されるように,同明細書記載の発明は,インターネット電話などのパケットネットワークを介した通信に関するものであるから,音声などの「データ」のみでなく,制御情報の送受信をするものと解される。

また,音声などの「データ」を送受信する際には,必ずしも,「データパケット」に「ソース又は宛先若しくは両方における個人のID」を含ませる必要があるとはいえない。

そうすると,「ソース又は宛先若しくは両方における個人のID」と,音声などの「データ」との一方のみを含む「データパケット」が送受信されることもあり得るというべきであり,そのような場合には,両者は同じ「データパケット」には含まれないことになる。

イ 原告は,当初明細書に実施例として記載された発明では「制御チャネル」を用いていないと主張する。

しかし,当初明細書に具体的に記載された実施態様について検討しても,以下のとおり,「制御チャネルを介して受信した情報を参照しない」ことに関する記載はないので,この点の原告の主張は理由がない。

(ア) 当初明細書には,「呼阻止」についての実施態様に関し,「呼阻止処理は,呼を発呼又は着呼する特定のユーザステーションを監視するパケット遮断ルーチンを包含する。発呼又は着呼などの呼を検出すると,パケット遮断ルーチンは,起呼加入者又は被呼加入者のIDを判定し,この情報を呼阻止ルーチンへ提供する。」(段落【0022】)との記載があり,これによれば,「パケット遮断ルーチン」は,呼を検出して,起呼加入者又は被呼加入者のIDを,呼阻止ルーチンへ提供するものであることが認められる。

しかし,当初明細書には,「パケット遮断ルーチン」が,加入者のIDを具体的にどのチャネルから受信するかは,何ら記載されていない。

また,当初明細書には,図4のパケット遮断ルーチンの流れ図について,「発呼は通常,ユーザステーションがパケットネットワークへの接続を要求するときに検出される。」(段落【0026】),「着呼は通常,データパケットが宛先として機能するステーションにおいて受信されるときに検出される。・・・・その後,情報提供ステップ415において,被抽出ソース及び宛先情報は呼阻止ルーチンへ提供される。」(段落【0027】),「呼阻止ルーチンは情報受信ステップ520で開始される。このステップでは,データパケットのソース及び宛先情報を受信する。」(段落【0028】)との記載があり,これらによれば,呼を検出するためにデータパケットが受信されることが認められる。

しかし,当初明細書には,どのチャネルについて受信するかは,何ら記載されていない。

(イ) 「呼転送」についての実施態様に関し,当初明細書には,「呼転送ルーチンは着信呼を受信し,起呼加入者及び被呼加入者のIDを判定する。呼転送ルーチンは起呼加入者及び被呼加入者のIDを呼転送基準ルーチンに提供する。」(段落【0024】)との記載があり,これによれば,「呼転送ルーチン」は,着信呼を受信し,起呼加入者及び被呼加入者のIDを判定するものであることが認められる。

しかし,当初明細書には,「呼転送ルーチン」が加入者のIDを具体的にどのチャネルから受信するかは,何ら記載されていない。

また,当初明細書には,図6の呼転送ルーチンの流れ図について,「呼検出ステップ610において,データパケットがユーザステーションを識別する宛先として受信されたときに,着呼は検出される。」(段落【0045】),「呼転送実行可能決定ステップ615において,呼転送が実行可能であると決定された場合,情報抽出ステップ625において,データパケットのヘッダ内に含まれるソース及び宛先情報が抽出され・・・る。」(段落【0047】),「呼転送ルーチンは,情報提供ステップ630において,被抽出ソース及び宛先情報を呼転送基準ルーチンへ提供し,そして,制御は要求待機ステップ635へ進む。これにより,呼転送ルーチンは,呼転送基準ルーチンからの要求を待つ。」(段落【0048】)との記載があり,これらによれば,着呼を検出するために,データパケットの受信を検出し,データパケットのヘッダ内に含まれるソース及び宛先情報を抽出することが認められる。

しかし,当初明細書には,データパケットをどのチャネルから受信するかは,何ら記載されていない。

ウ 上記ア及びイで検討したところによれば,当初明細書の記載から「ソース又は宛先若しくは両方における個人のID」が,「データ」とは別のチャネルを介さずに送受信されていることが明らかであるとの原告主張は,採用することができない。

(2)  小括

以上によれば,変更点1に係る補正が当初明細書に記載された事項の範囲内においてしたものではないとした審決の認定判断は,これを是認することができる。原告は,変更点1に係る補正につき,その他縷々主張するが,いずれも理由がない。

したがって,変更点2に係る補正の当否について検討するまでもなく,審決が本件手続補正を却下した点に違法はないというべきであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点の看過)に対し

(1)  引用発明の認定の誤りに対し

原告は,審決における引用発明の内容の認定に誤りがあると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

ア 引用例の記載

引用例(甲5の1。なお,特表平11-504191号公報〔甲5の2〕を引用例の訳文とすることは当事者間に争いがない。)には,次の記載がある。

(ア) 「〔発明の属する技術分野〕

本発明はテレフォニ(telephony)に係り,更に詳細に説明すれば,インターネット又は他のデータ・ネットワーク等の既存ネットワークを介して,テレフォニを実現するための方法及び装置に係る。その特徴は,例えば,ワークステーション又はパーソナル・コンピュータ等の典型的なエンド・ユーザ装置内の知能を使用して,分散式の呼処理を行うことにある。」(1頁9行~15行〔甲5の2,5頁4~9行参照〕)

(イ) 「4.呼ごと着信転送(Deflect Call)

もし,ユーザBが話中であるか,又は着信呼に対し所定のタイムアウト期間内に応答することができなければ,ユーザBは,この着信呼を直ちに他の電話番号(電話番号M)に転送したいと望むことがある。ユーザAがユーザBへの呼を設定しているものと仮定すると,タイムアウト後に転送を行うためのステップは,次の通りである。

ステップ1~5:呼の設定及び受信と同じ。

ステップ6:ユーザBは,タイムアウト後になっても回答していない。

ステップ7:WS-Bは,制御チャネルを介して「呼ごと着信転送」メッセージをWS-Aに送信する。このメッセージは,この呼を転送すべき電話番号(電話番号M)を含んでいる。

ステップ8:WS-Bは,WS-Aへの制御チャネルを解放する。

ステップ9:WS-Aは,電話番号Mへの呼を設定する。」(13頁6行~23行〔甲5の2,15頁25行~16頁10行参照〕)

(ウ) 「1.呼の設定及び受信

図3には,このプロセスの各ステップが示されている。以下の説明の便宜上,ユーザAがユーザBへの呼を設定することを望んでいるものと仮定する。ユーザA及びBの各々は,図1のワークステーション3A~3Dの何れかに位置しているものとする。

ステップ1:先ず,ユーザAのワークステーション(WS-A)は,ユーザBの名前又は電話番号を,ユーザBのワークステーション(WS-B)のネットワーク・アドレスにマップする。この「アドレス・マッピング」機能は,テレフォニ・サーバ2において実行中の適当なサーバ・プロセスによって提供することができる。

ステップ2:WS-Aは,WS-Bへの制御チャネル(図2の12)を設定する。

ステップ3:WS-Aは,この制御チャネルを介して,「呼要求」制御メッセージをWS-Bに送信する。

ステップ4:WS-Bは,「呼確認」制御メッセージをWS-Aに返送して,WS-Bが呼の設定を継続可能であることをWS-Aに通知する。

ステップ5:WS-Bは,着信呼が存在することをユーザBに通知する。

ステップ6:ユーザBは,この呼に回答中であるとの応答を返す。

ステップ7:WS-Bは,制御チャネルを介して「接続」メッセージをWS-Aに送信し,ユーザBがこの呼に回答中であることをWS-Aに通知して,WS-Aが音声チャネルを設定することを請求する。

ステップ8:WS-Aは,WS-Bへの音声チャネルを設定する。

ステップ9:WS-Bは,この呼が現に活動的であることをユーザBに通知する。

ステップ10:WS-Aは,この呼が現に活動的であることをユーザAに通知する。

ステップ11:ユーザA及びBは,この音声チャネルを介して通話する。」(9頁16行~10頁19行〔甲5の2,12頁24行~13頁24行参照〕)

イ 引用例の記載内容について

(ア) 引用例の前記ア(ア)の記載によれば,引用例には,インターネットを介して,音声通信データを送受信することにより,通話するための装置が記載されるとともに,呼処理をワークステーション又はパーソナル・コンピュータ等のエンド・ユーザ装置内の知能を使用して行うことが記載されているところ,ユーザ装置内で呼処理機能を提供する知能として機能するハードウエアが,プロセッサであることは技術常識であるから,「音声通信データを送受信することによりインターネットを介して通話するユーザ通信装置(UCD)と共に使用され,該UCDに呼処理機能を提供するプロセッサ」が記載されているということができる。

(イ) 引用例の前記ア(イ)及び(ウ),並びにFig.1ないしFig.3の各記載によれば,引用例には,「呼ごと着信転送」として,ユーザBのワーク・ステーション(WS-B)への着信呼に対し,ユーザBが話中であるか,所定のタイムアウト期間内に応答することができない場合に,着信呼を他の電話番号(電話番号M)に転送することが記載されていることから,「音声通信データから構成されていると共に該ユーザ通信装置(UCD)に向けられている呼と関連している該音声通信データを,呼転送に従って処理させるための命令を実行する」ことが記載されているということができる。

ところで,引用例の「呼ごと着信転送」のステップ6において,ユーザBが「所定のタイムアウト期間内に応答することができない」のは,そもそも着信に気付かないか,気付いても応答しない場合であって,WS-Bを操作することができない状態にあることが通常と解されるから,ステップ7において,WS-BがWS-Aに送信する「電話番号M」は,この時点において入力されたものではなく,あらかじめWS-Bに記憶されたものと解するのが自然である。そうすると,WS-BによるWS-Aへの「電話番号M」の送信は,WS-Bに記憶された呼転送先の情報に基づく処理であるといえるから,引用例には,「呼ごと着信転送」を「該UCDに記憶された呼転送先の情報に基づいて」行うことが記載されているということができる。

ウ 原告の主張について

この点,原告は,引用発明には,「該UCDに記憶された」に代えて,「制御チャネルを介して送られた」との構成が記載されていると認定すべきであると主張する。

しかし,前記イのとおり,引用例の「呼ごと着信転送」におけるWS-BによるWS-Aへの「電話番号M」の送信は,WS-Bに記憶された呼転送先の情報に基づく処理であるといえる(なお,「該UCD」に相当するものとして,WS-Bでなく,WS-Aについて検討したとしても,引用例の「呼ごと着信転送」では,ステップ8において,WS-BはWS-Aへの制御チャネルを解放しているから,WS-Aは,ステップ9に先だって,電話番号Mを記憶していると解するのが自然であり,同ステップにおけるWS-Aの「電話番号Mへの呼の設定」は,WS-Aに記憶された呼転送先の情報に基づく処理であるといえる。)から,審決が,引用発明の内容として,「該UCDに記憶された」との構成を認定した点に誤りはない。

また,一般に,転送電話の使用形態としては,ユーザが外出をする前に転送先をあらかじめ記憶させておくことは,ごく通常行われていることであるから,WS-BがWS-Aに送信する「電話番号M」は,ユーザBの外出先等からWS-Bに「制御チャネルを介して送られた」ものである必要はなく,むしろ外出前にWS-Bに入力され,記憶されたものである場合が多いと解されるのであって,引用発明の内容が「制御チャネルを介して送られた」との構成を備えたものに限定されるということはできない(なお,「該UCD」に相当するものとして,WS-Bでなく,WS-Aについて検討したとしても,本願発明における「該UCD」に「記憶されたプログラム可能呼処理情報」は,「制御チャネルを介して送られた」もの以外の情報に限定されていないから,WS-Aに記憶された呼転送先の情報が,制御チャネルを介して送られたものであることは,本願発明と引用発明との一致点・相違点の認定を左右するものではない。)。

原告の主張は,採用することができない。

エ 以上によれば,引用発明の内容について審決の認定は,これを是認することができる。

(2)  相違点の認定の誤りに対し

原告は,本願発明は,潜在的にユーザ通信装置に記憶された「プログラム可能呼処理情報」に基づいて特定の代替処理を行う点で,「制御チャネルを介して送られた呼転送先の情報」に基づいて付加サービスを行う引用発明と相違すると主張する。

しかし,前記(1)のとおり,審決が,引用発明の内容として,「該UCDに記憶された」との構成を認定した点に誤りはなく,また,引用発明の内容が「制御チャネルを介して送られた」との構成を備えたものに限定されるということもできないから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,失当である。

(3)  小括

以上によれば,審決における一致点・相違点の認定は,いずれもこれを是認することができる。原告は,上記認定につき,その他縷々主張するが,いずれも理由がない。したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(相違点2の容易想到性の判断の誤り)に対し

(1)  原告は,引用発明は,「ワークステーションが転送先のphone numberを記憶していない場合」を想定するものではないと主張する。

一般に,電話において,着信を転送せずに応答することと,着信を転送することとは,基本サービスと付加サービスという関係にあるところ,基本サービスに対して,各種の付加サービスを選択的に付加することは常套手段であり,付加サービスを望まないユーザに対して,基本サービスを選択可能にすることは当然のことというべきである。

引用発明においても,ユーザーが呼転送を希望する場合と希望しない場合とを選択可能とすることは,当業者が当然に想定するところであり,引用例の前記2(1)ア(ウ)の記載の場合には,呼転送は行われていない。

そして,「ワークステーションが転送先のphone numberを記憶していない場合」には,呼転送ができないことは自明であるから,引用発明において,そのような場合をユーザが呼転送を希望しない場合の一つとすることは,当業者が適宜実施し得たことといえる。

そうすると,引用発明を,該呼転送を実行する前に転送先のphone numberの存否を判別し転送先のphone numberがある場合にだけ呼転送を実行するように構成することは,当業者が容易に想到し得たものというべきであり,これと同旨の審決の判断に誤りはない。

原告の主張は,採用することができない。

(2)  原告は,審決の「摘記事項c.」が見当たらないことを指摘する。

しかし,審決が,引用発明の内容を認定するに際して,引用例の「1頁9~15行や13頁6~23行等の記載」(審決書4頁27行)を指摘していること,「摘記事項c.」(審決書6頁13行)との記載に引き続いて,引用例の「13頁6~13行」に相当する内容を摘記していることに照らせば,審決が引用例の「13頁6~23行を指摘しようとしたことは,十分理解可能である。また,引用例の「呼ごと着信転送」のステップ7において,WS-BがWS-Aに送信する「電話番号M」について,あらかじめユーザBが記憶させるものとすることは,転送電話の通常の使用形態から自明の事項といえる。

したがって,審決に「摘記事項c.」が見当たらないことは,審決の結論に影響するものではなく,取消事由に当たらないと判断する。

(3)  小括

以上によれば,審決における相違点2の判断は,これを是認することができる。原告は,判断認定につき,その他縷々主張するが,いずれも理由がない。したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。

4  結論

上記検討したところによれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,また,審決に,これを取り消すべきそのほかの誤りがあるとも認められない。

よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 齊木教朗 裁判官 嶋末和秀)

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