知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10298号 判決 2008年3月26日
原告
SMC株式会社
訴訟代理人弁理士
林宏
同
林直生樹
同
堀宏太郎
被告
特許庁長官 肥塚雅博
指定代理人
本庄亮太郎
同
田中秀夫
同
小池正彦
同
内山進
主文
1 特許庁が不服2004-19165号事件について平成19年6月25日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,名称を「電磁弁用ソレノイド」とする発明について原告(旧商号「エスエムシー株式会社」)が特許出願(本願)をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
争点は,本願が,実願平3-1533号〔実開平4-97179号〕のマイクロフィルム(考案の名称「ソレノイド」,出願人 甲南電機株式会社,公開日 平成4年8月21日。以下この文献を「引用例」といい,そこに記載された発明を「引用発明」という。)との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。
第3当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年12月25日,名称を「電磁弁用ソレノイド」とする発明について特許出願(特願平2000-393044号。以下「本願」という。甲3)をし,平成16年4月23日に特許請求の範囲の変更等を内容とする補正(以下「本件補正」という。補正後の請求項の数3。甲4)をしたが,平成16年8月6日付けで拒絶査定を受けたので,不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2004-19165号事件として審理した上,平成19年6月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成19年7月18日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件補正後の請求項は前記のとおり1~3から成るが,そのうちの請求項1は次のとおりである(以下この発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】
コイルを巻いたボビンと,該ボビンの中心孔に装着した固定鉄心と,該ボビンの中心孔に摺動可能に挿入され該ボビンの中心孔内に吸引力作用面を有し該コイルへの通電により吸引される可動鉄心と,これらを囲む磁気枠とを有し,ボディ幅がボディ奥行より短い電磁弁用ソレノイドにおいて,
上記固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形にすると共に,
該ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせ,
上記固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とした,ことを特徴とする電磁弁用ソレノイド。」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本願発明は,その出願前に頒布された前記引用発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,としたものである。
イ なお,審決は,上記判断に当たり,引用発明の内容を次のとおり認定した上,引用発明と本願発明との一致点及び相違点を,以下のとおりとした。
<引用発明の内容>
「コイルを巻いたボビンと,該ボビンの中心の孔にある固定鉄心と,該ボビンの中心の孔にあり該ボビンの中心の孔内に対向面を有する可動鉄心と,これらを収容するヨークとを有し,幅が奥行よりも短い電磁弁用ソレノイドにおいて,
上記固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心の孔の断面形状を長円にした,
電磁弁用ソレノイド。」
<一致点>
「コイルを巻いたボビンと,該ボビンの中心孔に装着した固定鉄心と,該ボビンの中心孔に摺動可能に挿入され該ボビンの中心孔内に吸引力作用面を有し該コイルへの通電により吸引される可動鉄心と,これらを囲む磁気枠とを有し,ボディ幅がボディ奥行より短い電磁弁用ソレノイドにおいて,
上記固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円に(した),
電磁弁用ソレノイド。」である点。
<相違点1>
本願発明は「ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせ」るとしているのに対し,引用発明はかかる寸法関係が明確にされていない点。
<相違点2>
本願発明は「固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とした」としているのに対し,引用発明はかかる寸法関係が明確にされていない点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,本願発明は引用発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではなく,審決は,以下に述べる次第により,進歩性に関する判断を誤ったから,違法として取消されるべきである。
ア 取消事由1(相違点1に対する判断の誤り)
(ア) 審決は,相違点1に係る本願発明の寸法関係の技術的意義について,「小型の電磁弁用ソレノイドであっても該寸法関係によって固定鉄心と可動鉄心との間に働く吸引力を大きく設計できる点にあるといえる」(4頁8行~10行)とした。
しかし,本願発明では,本件明細書(甲3,4)の段落【0008】において「…固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にしたほうが,同じ鉄心断面積であっても吸引力が大きくなり」と明記しているように,特に,固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にするという寸法関係によって,固定鉄心と可動鉄心との間に働く吸引力を断面形状が円よりも大きく設計できることを確かめ,その知見に基づいて本願発明に至っている。
具体的には,本件明細書の段落【0003】及び【0004】に記載しているように,小型化及び吸引力増加に限界があった従来の電磁弁用ソレノイドの問題点を解決できることを見出し,しかも,それが電磁弁の奥行方向(ボディ幅に直交する方向)の余裕の範囲内で適切に対処できることを確かめたことによるものである。
このように,本願発明では電磁弁用ソレノイドを上述した寸法関係にすることによって,固定鉄心と可動鉄心との間に働く吸引力を断面形状が円よりも大きく設計できることが,上記相違点1に係る本願発明の寸法関係の技術的意義の重要な根幹をなすものであり,これを看過した審決の認定は誤りというべきである。
(イ) 上記に関連し,審決は「引用例には吸引力についての記載こそされていないものの,鉄心の断面形状の変更によって吸引力が低下しては電磁弁用ソレノイドとしての所期の作用が得られないことになるから,長円形状断面の鉄心とした場合であっても円形断面のものと少なくとも同等の吸引力を確保できるように電磁弁用ソレノイドを設計すべきことは明らかである」(4頁15行~19行)として,本願発明と引用発明の相違点1に係る寸法関係の技術的意義の同一性を示唆している。
しかし,引用例において上記「少なくとも同等の吸引力を確保できるように電磁弁用ソレノイドを設計すべきこと」を考慮しているか否かについては,引用例(甲1)にはその旨記載がなく不明であり,引用例が電磁弁の占有空間を小さくすることを課題としている(段落【0006】)ことからして吸引力を犠牲にしてでもコンパクト化を図ることを考慮している可能性も大きい。
以上によれば,引用例における審決の上記指摘である「長円形状断面の鉄心とした場合であっても円形断面のものと少なくとも同等の吸引力を確保できるように電磁弁用ソレノイドを設計すべきこと」は,明らかではなく,審決の引用例の記載内容に関する認定は誤りである。
しかも,本願発明の「吸引力を断面形状が円よりも大きく設計できる」との寸法関係の技術的意義に関しても,引用例は示唆していないことも明らかである。
以上によれば,審決は引用例についての認定・判断を誤り,相違点1に係る本願発明の寸法関係の技術的意義を看過している。
(ウ) さらに審決は,ソレノイドを設計する際に鉄心の断面積及び吸引力を考慮することは周知の技術であるとして,周知例(実願昭50-15057号〔実開昭51-96623号〕のマイクロフィルム〔甲2〕の明細書4頁4行~19行)を挙げる。
確かに甲2には,「両者が鉄心に対して同じ吸引力を持つとすると,コイル巻数とコイル巻線の断面積,鉄心の断面積が等しくなければならない」(4頁6行~8行)と記載され,甲2の第5図,第6図のように断面形状を細長形状あるいは円形状にした場合に同じ吸引力を有することが記載されている。
しかし,本願発明は電磁弁用ソレノイドを,上記「寸法関係によって固定鉄心と可動鉄心との間に働く吸引力を断面形状が円よりも大きく設計できる」ことを確かめた結果に基づくものであり,これを相違点1に係る寸法関係の技術的意義の重要事項とするものである。そのため,甲2に,審決が指摘する「ソレノイドを設計する際に鉄心の断面積及び吸引力を考慮すること」が記載されているとしても,これは「断面積が等しい鉄心において同等の吸引力が得られるよう鉄心の形状を変更」することが記載されているにすぎず,本願発明の寸法関係と同一の技術的意義を有するものではない。
(エ) 審決は,「ところで,ソレノイドの吸引力は,一般に,コイルの巻数が多いほど強く,また,鉄心の断面積が大きいほど強いといえる。しかしながら,鉄心が円形断面のソレノイドにおいて,ソレノイドの外径を一定とすれば,コイルの巻数に関連するコイルの巻外径W’に対する,鉄心の断面積に関連する鉄心の直径d’の比率と吸引力との関係を考えた場合,該比率が大きすぎるとコイルの巻数が十分に得られなくなって吸引力が小さくなってしまい,逆に該比率が小さすぎると吸引力の作用面も小さくなり且つ鉄心を通る磁束が少なくなってやはり吸引力が小さくなってしまうといえる。よって,適切な吸引力を得るには,該比率(d’/W’)が大きすぎても小さすぎてもいけないことは明らかである」(4頁24行~33行)として,比率(d’/W’)につき説明を行っている。
しかし,上記説明の「鉄心が円形断面のソレノイド」において,コイルの巻外径W’に対する鉄心の直径d’の比率(d’/W’)と吸引力との関係を考えても,本願発明とは何ら関係がないものである。
審決はこれに続けて「同様のことは,長円形状の鉄心を採用した引用発明にもあてはまり,ボビンに巻かれた断面が長円のコイルの短軸側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積と同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの比率(d/W)として検討する場合にも,かかる比率を適正な範囲に設定すべきことは明らかであるといえる」(4頁34行~5頁1行)とも説示する。
しかし,上記比率(d’/W’)に関する説明が「長円形状の鉄心を採用した引用発明」に対して,どのように当てはまるのか審決からは不明であり,「ボビンに巻かれた断面が長円のコイルの短軸側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積と同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの比率(d/W)として検討する場合」と「鉄心が円形断面のソレノイドにおいて,コイルの巻外径W’に対する鉄心の直径d’の比率(d’/W’)と吸引力との関係」とは次元が異なる事項であり,審決の指摘内容は不明といわざるを得ない。
(オ) 結局,審決は「かかる比率は,当業者が実験的に最適な特性が得られるものとして,適宜選定し得るものであると共に,本願発明の『d=(0.4~0.8)W』という数値限定の範囲内と範囲外とで,有利な効果の差異が顕著であるともいえないから,かかる数値限定に臨界的意義を見出すこともできない」(5頁2行~5行)と判断した。
一般に発明における数値範囲の限定は,単純に当業者により実験的に得られる最適な数値範囲である場合には適宜選定し得るものとして,あるいは最適な数値範囲を選択するのは技術の常識であるとして,発明の進歩性は否定される。
しかし,本願発明における相違点1にかかる数値範囲の限定は,単純に公知の発明における最適な数値範囲を求めたものではなく,本件明細書(甲3,4)の段落【0008】に記載されているように「固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にしたほうが,同じ鉄心断面積であっても吸引力が大きくなる」ことを見出し,その知見に基づいて数値範囲を限定するものである。
したがって,相違点1にかかる数値範囲の限定は,従来知られていなかった数値範囲を見出してそれを限定したものであり,審決が指摘するように「当業者が実験的に最適な特性が得られるものとして,適宜選定し得るもの」ではない。
さらに審決は「本願発明の「d=(0.4~0.8)W」という数値限定の範囲内と範囲外とで,有利な効果の差異が顕著であるともいえない」(5頁3行~5行)と判断しているが,本件明細書の段落【0026】,図6(d/Wを0~1の間で変化させたときの吸引力Fとd/W=0.618のときの最大吸引力Fとの比率を示すグラフ)から明らかなように,最大吸引力(d/W=0.618の場合)に対する吸引力Fの割合が75%以上であるところの,比率(d/W)が0.4~0.8の範囲を採用すると,「コイルの巻外径Wが同じ大きさでも大きな吸引力を得られるので,電磁弁のボディ幅に制限があってボビンに巻かれたコイルの巻外径Wをボディ幅に略等しい長さ以上に大きくできない場合でも,設計に適した大きな吸引力が得られる」という効果があり,図6に示している曲線により,(d/W)が0.4~0.8の数値限定の範囲内と範囲外とで,吸引力が大幅に相違することから,上記数値限定の範囲内と範囲外とで有利な効果の差異が顕著であることは明らかである。
このように,本願発明における相違点1にかかる数値範囲の限定は,単に公知の発明における最適な数値範囲を求めたものではなく,「固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にしたほうが,同じ鉄心断面積であっても吸引力が大きくなる」という知見に基づいて数値範囲を限定したものであって,従来知られていなかった数値範囲を見出したものであり,また,その数値範囲の限定によって上記の顕著な効果を奏するものであるから,相違点1として挙げられた数値限定を含む本願発明には進歩性があり,この認定を誤った審決の判断は取り消されるべきである。
イ 取消事由2(相違点2に対する判断の誤り)
(ア) 審決は,「相違点2についても,『1.3≦a/b≦3.0』という数値限定の範囲内と範囲外とで,有利な効果の差異が顕著であるといえる証拠は見当たらないから,かかる数値限定に臨界的意義を見出せない」(5頁10行~12行)と判断した。
しかし,「1.3≦a/b≦3.0」という数値限定の臨界的意義については,本件明細書(甲3,4)の段落【0027】~【0038】並びに図7,図8により詳述している。
すなわち,段落【0028】及び【0029】の表1及び表2は,鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)が0.4~0.8の範囲に設計された仮想円柱鉄心の鉄心断面積Sに対し,該鉄心断面積Sの大きさを一定にしておいてその形状が長円になるように変化させ,ボビンに巻かれた断面が長円のコイルの短軸側の巻外径Wを一定(ボディ幅に略等しい長さ)にした場合に,「吸引力の大きさを示す指標」及び「投下コストを考慮した吸引力の大きさを示す指標」が,鉄心断面の形状変化(断面が長円の長軸aと短軸bとの比率a/bの変化)によりどのようになるかを示している(段落【0027】)。
そして,表1及び表2において,a及びbは固定鉄心及び可動鉄心の断面が長円の長軸及び短軸の長さ,S1は固定鉄心及び可動鉄心の断面積(mm2),S2はボビンに巻かれたコイルの断面積(mm2),NIはコイルの巻数Nとコイルに流れる電流Iとの積,βは上記S1とS2との和(β=S1+S2)である。該固定鉄心及び可動鉄心の断面積S1(mm2)は,鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)を0.4~0.8の範囲に設計した鉄心断面積である(段落【0030】)。
また,αは段落【0020】記載の(1)式(F=K(NI)2S)の左辺に示す吸引力Fを右辺の定数Kで除した値であり,該αは吸引力Fの大きさに比例することから吸引力Fの大きさを示す数値である。
表1及び表2において,NO.1~6の行は,鉄心断面の形状を円(NO.1のa/bが1の場合)から長円(NO.2~6)にすると共にその長円の扁平度を変化させた場合の,すなわち長円における長軸aと短軸bとの比a/bを変化させた場合の計算値をそれぞれ示している(段落【0031】)。そして,NO.1の鉄心断面形状が円の場合からNO.2~6の扁平度が大きい長円になるにしたがって吸引力Fの大きさを示すαの値が大きくなって行くことがわかる。
また,βは鉄心断面積S1(一定)とコイル断面積S2との和(β=S1+S2)で,βが大きくなれば投下コストが大きくなることは明らかであり,扁平度が大きい長円になるにしたがってその投下コストの大きさを示すβの値が大きくなっている。
したがって,表1及び表2に示すα及びβの値から,鉄心断面形状は円よりも長円にした方が吸引力が大きくなり,しかも扁平度が大きい長円になるにしたがって吸引力が増大して行くが,扁平度が大きくなるにしたがって投下コストの大きさを示すβの値も大きくなっていく(段落【0032】)。
さらに表1及び表2において,xは基準となる仮想円柱鉄心の吸引力に対する長円になった場合の吸引力の大きさの割合を示す数値(指標)であり,扁平度が大きい長円になるにしたがってxの値が大きくなって行く(段落【0033】)。
また,yは基準となる仮想円柱鉄心の投下コストの大きさに対する長円になった場合の投下コストの大きさの割合を示す数値(指標)であり,扁平度が大きい長円になるにしたがってyの値が大きくなって行く(段落【0034】)。
このように,扁平度が大きい長円になるにしたがってx及びyの値が大きくなるため,長円になるにしたがって仮想円柱鉄心に対して吸引力は増大して行くが投下コストも増大して行くことがわかる。従って,投下コストの増大を避けながら大きな吸引力を得られる最適な鉄心形状を得るため,投下コストを考慮した吸引力の指標を次のように設定する(段落【0035】)。
すなわち,xは吸引力の大きさを示す指標であり,yは投下コストの大きさを示す指標であるが,指標の重要性としては吸引力の大きさを示す指標xのほうが投下コストの大きさを示す指標yより重要であるため,常法により,指標の重要性の重み付けを加え,吸引力の大きさを示す指標xを2乗してその値と投下コストの大きさを示す指標yとの比率を求めた。それが表1及び表2におけるx2/yである(段落【0036】)。さらに,そのx2/yの値が基準となるNO.1の仮想円柱鉄心のときのx2/yの値(x2/y=1)からどの程度変化しているかを明確にするために,その差を取ったのが表中における(x2/y-1)である。この(x2/y-1)は指標の重要性の重み付けを加えながら投下コスト対する吸引力の大きさの割合を示しているから,投下コストを考慮した吸引力の指標ということができ,(x2/y-1)の値が大きいほど投下コストの割には大きな吸引力が得られることを示している(段落【0037】)。
図7及び図8は,上記表1及び表2における(a/b)と(x2/y-1)の関係をそれぞれグラフにしたものであり,長円の長軸aと短軸bとの比率a/bを変化させた場合の,投下コストを考慮した吸引力の指標(x2/y-1)を示している。これにより,投下コストの割に大きな吸引力を得るためにはa/bが1.3≦a/b≦3.0の範囲になるように設計するのが適していると結論付けることができる(甲4,段落【0038】)。
(イ) このように,「1.3≦a/b≦3.0」という数値限定の臨界的意義は,本件明細書(甲3,4)の段落【0027】~【0038】の記載,並びに図7及び図8により詳述している。
これに対し,何らの理由も示すことなく,「1.3≦a/b≦3.0」という数値限定の範囲内と範囲外とで,有利な効果の差異が顕著であるといえる証拠は見当たらないとし,かかる数値限定に臨界的意義を見出せないとする審決は,明らかに審理不尽を免れない。
(ウ) また審決は,「ソレノイドの断面形状としての長円であれば,かかる数値限定の範囲に属する長円は普通に実施されているというべきものであり,その数値限定の範囲が格別なものともいえない。よって,引用発明において相違点2に係る本願発明の寸法関係とすることは,当業者が容易に想到できたことである」(5頁13行~17行)と判断した。
しかし,審決が指摘するように「ソレノイドの断面形状としての長円であれば,かかる数値限定の範囲に属する長円は普通に実施されているというべきもの」であれば,その証拠を示すべきであり,特許庁における審査・審判段階でそれが提示されていない以上,そのような認定が審決においてされるべきではない。また,「その数値限定の範囲が格別なものともいえない」との指摘も,何らの根拠がないものである。
以上のとおり,相違点2に係る本願発明の構成は,引用発明及び周知の技術に基づいて,当業者が容易に想到できたことではなく,この点の認定を誤った審決は取り消されるべきである。
ウ 取消事由3(相違点3の看過)
(ア) 本願発明では,上記相違点1の数値限定を前提として相違点2の数値限定を加えているが,審決にはこの点についての進歩性の判断が欠落している。
すなわち,「本願発明は,上記相違点1として挙げられている巻外径Wと仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせることを前提として,相違点2として挙げられている固定鉄心及び可動鉄心の断面における長さaと長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0としているのに対し,引用発明はかかる寸法関係が明確にされていない点」との点を相違点3とすべきであり,審決はこれについての判断をしていない。
(イ) 本件明細書(甲3,4)の段落【0027】に記載されているように,本願発明では,「鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)が0.4~0.8の範囲に設計された仮想円柱鉄心の鉄心断面積Sに対し,該鉄心断面積Sの大きさを一定にしておいてその形状が長円になるように変化させ,ボビンに巻かれた断面が長円のコイルの短軸側の巻外径Wを一定の長さ(ボディ幅に略等しい長さ)にした場合に,吸引力の大きさを示す指標及び投下コストを考慮した吸引力の大きさを示す指標が鉄心断面の形状変化(断面が長円の長軸aと短軸bとの比率a/bの変化)によりどのようになるか」を求めている。
すなわち,本願発明では,相違点1にかかる吸引力に関して有利な数値的限定(d/W=0.4~0.8)を行うことを前提とし,その前提のもとで,相違点2に係る数値的限定,つまり,吸引力の大きさを示す指標及び投下コストを考慮した吸引力の大きさを示す指標を考慮した数値限定を行ったものである。
審決は,相違点2に関する進歩性を相違点1とは全く無関係に判断しているが,相違点1の数値限定のもとに導出された相違点2の数値限定は,当然に相違点1の数値限定が存在することを前提に考慮されるべきである。
したがって,仮に相違点1にかかる数値限定についての進歩性が否定されたとしても,その相違点1の数値限定を前提として相違点2にかかる限定を行った本願発明は,進歩性を有するものである。
なお,既に取消事由2で主張したように,審決は相違点2についての判断として「ソレノイドの断面形状としての長円であれば,かかる数値限定の範囲に属する長円は普通に実施されているというべきものであり,その数値限定の範囲が格別なものともいえない」(5頁13行~15行)と認定したが,この認定も相違点1にかかる吸引力に関して有利な数値的限定(d/W=0.4~0.8)のもとにおいて,固定鉄心及び可動鉄心の断面における長さaと長さbとの比率が1.3≦a/b≦3.0の範囲にあることに技術的意義があることを全く考慮していない。
審決は上記相違点3について看過したものであり,取り消されるべきである。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)・(2)・(3)の各事実はいずれも認める。同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の判断は正当であり,審決に原告主張の誤りはない。
(1) 取消事由1に対し
ア 原告は,固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にするという寸法関係によって,固定鉄心と可動鉄心との間に働く吸引力を断面形状が円よりも大きく設計できるとの知見に基づき本願発明に至ったとするが,そもそも吸引力は,鉄心の断面形状で決まるものではないから,原告が上記知見として主張する内容は正しいものといえない。本件明細書(甲3,4)の段落【0020】には,式(1)として,吸引力Fが,F=K(NI)2S で表されると記載されている。ここで,Kは定数であるから,吸引力Fは,コイルの巻数N,コイルを流れる電流I,及び鉄心断面積Sに影響されることがわかる。しかし,鉄心の断面形状については,式(1)に記載されておらず,吸引力に影響を及ぼす事項とはいえないし,技術常識であるともいえない。
原告の上記知見について,原告は本件明細書の段落【0028】,【0029】,【表1】,【表2】並びに【0030】に説明されているとも主張するが,かかる【表1】及び【表2】をみても,確かに鉄心の断面形状が円である場合のNo.1に比べ,長円であるNo.2~6のほうが吸引力Fの大きさを示す数値αが大きくなってはいる。しかし,【表1】及び【表2】においては,No.1に比べてNo.2~6のほうが,吸引力に関係するNIが大きくなっている。つまり,鉄心の断面形状が円から長円になったからではなく,単に,NIが増やされているから,数値αも大きくなっているといえる。鉄心の断面積が一定という条件のもとでは,鉄心の断面形状を長円にしたとしても,コイルの巻数Nか,コイルを流れる電流Iかを増やさない限り,前記式(1)から明らかなように,吸引力が大きくなることはない。そうすると,鉄心の断面形状を長円にしたからといって,直ちに吸引力が大きくなるわけではない。
このことは,乙1(石黒敏郎外「交直マグネットの設計と応用」株式会社オーム社・昭和56年)の72頁,乙2(トリケップス企画部「トリケップス叢書(TR)24,電磁石の設計と応用」株式会社トリケップス・1997年)の37頁の吸引力の式からも,鉄心の断面形状が直接に吸引力に影響を及ぼすものではないことが裏付けられている。
イ 原告の主張するように,引用例(甲1)には「少なくとも同等の吸引力を確保できるように電磁弁用ソレノイドを設計すべきこと」に該当する記載はないが,鉄心の断面形状を円から長円に変更したとしても,電磁弁用ソレノイドとして機能するのに必要な吸引力を発揮するよう設計することは当然のことであり技術常識である。また,吸引力を犠牲にしてでもコンパクト化を図ることを考慮している可能性があるとの原告の主張について,そのように主張する根拠もなく,希望的な推量にすぎない。
ウ また,本願発明は仮想円柱鉄心の断面積と同じ断面積の長円又は略長方形の鉄心を用いるものであるから,本願発明も,まず鉄心の断面形状が円であるものを想定しているといえる。そして,鉄心の断面形状が円であれば,鉄心の外周に巻かれるコイルの外形も円になるから,この場合に適切な吸引力を得られる鉄心の直径d’とコイルの巻外径W’との比率があることを説明した審決の比率d’/W’に関する説明は,本願発明と直接的に関係する。
そして,審決の摘示した周知例(実開昭51-96623号公報,甲2)に開示されているように,鉄心の断面積を維持しつつ鉄心の断面形状を変更しても同等の吸引力を維持できるのであるから,審決が比率d’/W’に関して説示した内容と同様のことを引用発明の長円鉄心を有するソレノイドの設計に際しても考慮することは,当業者にとって容易である。
したがって,審決のした比率d’/W’に関する説明は,本願発明と直接的な関係があり,鉄心の断面形状が長円である引用発明に適用することも引用発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に想到できたことである。
エ 本願発明の,d=(0.4~0.8)Wという数値限定についても格別のものではなく,当業者が適宜選定し得る程度のものであることは審決の説示するとおりである。そもそも,仮想円柱鉄心の直径dとコイルの短軸側又は短辺側の巻外径Wとの関係を規定しても,それはコイルの外形が長円形又は略長方形であるのに鉄心の断面形状は円にするという,現実にはあり得ない組合せにおける関係を規定するにすぎず,かかる関係に数値限定を加えたところで格別の意味を有するものではない。
そして,引用発明の長円鉄心を有するソレノイドの設計に際し,「比率d’/W’の説明」と同様にして,適切な吸引力が得られる鉄心やコイルの寸法を実験的に見い出すことが当業者にとって容易に行えるのであるから,その結果として,上記数値限定に該当するものも当業者が格別の困難なく実施できたものといえる。
なお,比率d’/W’としては,例えば,前記乙1には,プランジャ型電磁石の設計例として比率d’/W’に相当する値が0.61であるものが示され,同じく,前記乙2には0.51及び0.49としたものが,乙3(特開平10-122415号公報)には0.49としたものが,乙4(特開平4-192312号公報)には0.43としたものが,それぞれ示されている。乙5(特開平7-123689号公報)にも,ステッピングモータにおける電磁石ではあるものの,比率d’/W’に相当する値の最適値が0.618であると示されており,しかも本件明細書(甲3,4)の段落【0025】の式(15)と同様の式から0.618を算出している。また,上記乙5の図5にも,本願の図6と同様の曲線が示されている。そうすると,比率d’/W’として0.4~0.8という数値範囲内の値をとる電磁石が既に実施されてきたものにすぎないことを考慮すると,本願発明の「d=(0.4~0.8)W」に相当する比率d/Wを0.4~0.8とする数値範囲についても,当業者が適宜設定し得る程度のものといえる。
しかも,本願明細書の図6をみても,その曲線は緩やかにつながっており,比率0.4又は0.8を境界として急に変化するものではなく,かつ,0.4~0.8の値が単に吸引力が75%以上になるように原告が取り決めた結果により得られたものであるから,上記数値範囲の内外で顕著な効果上の差異もない。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告の主張する本願発明の「1.3≦a/b≦3.0」との数値限定についても,臨界的意義はないものである。本件明細書の図7及び図8に示される曲線は緩やかにつながっており,a/bが1.3又は3.0を境界として急に変化するものではない。しかも,1.3≦a/b≦3.0という数値限定は,段落【0038】の記載内容から明らかなように「指標(x2/y-1)」が20%以上となる点で単に区切ったものにすぎない。そのうえ,この「指標(x2/y-1)」自体も,吸引力の大きさを示す指標xと投下コストの大きさを示す指標yとから,指標xのほうが指標yよりも重要なので指標xを2乗したものを指標yで除し,さらに,そこから1を減じたものを,パーセント表示したというものであるから,原告が適宜取り決めた指標にすぎない。
すなわち,原告が適宜取り決め,緩やかな曲線として示される「指標」が,20%以上という原告が適宜取り決めた範囲になるようにしたにすぎない上記の数値限定は,技術的な意義もなければ,臨界的意義もない。
なお,投下コストとは,本件明細書の段落【0032】の記載から鉄心断面積とコイル断面積との和に対して相関関係があることは窺えるものの,投下コストについての具体的な説明は本件明細書及び図面には何らなされていない。
イ また,一般に,a/bが2倍とか3倍の長円は,長円を示す図形として普通に想像される範囲のものである。そして,引用発明のソレノイドの鉄心の断面形状も長円であるのだから,これを実施する際に,a/bが2倍や3倍の長円を鉄心の断面形状として採用することに格別の困難性はない。そのうえ,「1.3≦a/b≦3.0」という数値限定の臨界的意義はないのであるから,かかる数値限定の範囲が格別なものであるともいえない。
(3) 取消事由3に対し
そもそも,仮想円柱鉄心の直径dとコイルの短軸側又は短辺側の巻外径Wとの寸法関係を規定したという相違点1の数値限定と,原告が経済性等を考慮して適宜取り決めた指標に基づいた相違点2の数値限定とは,技術的に関連しておらず,個別に検討してよいものである。
また,仮に相違点1と相違点2とが技術的に関連しているものだとしても,審決は「そして,本願発明の全体構成により奏される作用効果も,引用発明及び周知の技術から当業者が予測できる範囲のものである」(5頁18行~19行)の箇所で,相違点1及び2をまとめた本願発明の全体構成についても検討したうえで判断していることを示しており,審決は原告の主張する相違点3を看過したものではない。
そもそも原告主張の相違点3は,相違点1を前提としたうえで相違点2を検討していないというものであるから,看過というよりも相違点1及び2の総合的判断をしていないという主張とも解されるところ,そのように解したとしても,前記のように本願発明の全体構成についての総合判断を審決は行っているから,原告主張は理由がない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(相違点1に対する判断の誤り)について
(1) 原告は,審決がコイルの短軸側巻外径Wとコイル内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの比率d/Wについて「かかる比率は,当業者が実験的に最適な特性が得られるものとして,適宜選択し得るものである」(5頁2行~3行)とした判断は誤りである旨主張するので,以下判断する。
(2)ア 従来技術と本願発明の課題につき,本件明細書(甲3,4)には,以下の記載がある。
「【従来の技術】
…複数の電磁弁をマニホールドベースに連接して一括制御することも,特に例示するまでもなく既に知られている。」(段落【0002】)
「しかし,複数の電磁弁をマニホールド化したとき,電磁弁全体が大型で重くなるという問題が生じるため,個々の電磁弁のボディ幅を小さくし全体を小型化することが最重要となる。しかし,全体を小型化するために電磁弁のボディ幅を小さくすると,ボディ内に収容されている電磁弁の弁体を駆動するソレノイドの巻外径が小さくなり,ソレノイドの巻外径が小さくなるとソレノイドの吸引力が減少し,電磁弁の弁体を駆動する駆動力が低下するという新たな問題が生ずる。また,ソレノイドの吸引力を増大させるためにコイルの巻数を増やしたり鉄心を大径化したりすると,ソレノイドの巻外径が大きくなると共にコストが増大するといった問題があった。したがって,従来の電磁弁用ソレノイドは,小型化及び吸引力増加に限界があった。」(段落【0003】)
「本発明は,複数の電磁弁をマニホールド化するに際し,個々の電磁弁のボディ幅を小さくする場合でも,ボディ幅と直角方向の電磁弁の奥行には余裕があることに着目し,電磁弁用ソレノイドにおける固定鉄心及び可動鉄心の断面形状及びボビンの中心孔の形状に工夫をこらすことにより,上記問題を解決できることを見出し,しかも,それが上記余裕の範囲内で適切に対処できることを確かめ,本発明に至ったものである。」(段落【0004】)
「【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は,小型でありながら吸引力が大きく,しかも経済性の良い電磁弁用ソレノイドを提供することにある。」(段落【0005】)
イ 上記記載によれば,本願発明は,複数の電磁弁用ソレノイドを連接するためボディ幅を小さくして小型化するに際し,ボディ幅と直角方向の電磁弁の奥行きには余裕があることに注目し,小型でありながら吸引力が大きく,経済性の良い電磁弁用ソレノイドを提供することを目的とし,これを鉄心の断面形状及びボビンの中心孔の形状に工夫をこらすことで達成しようとするものと認められる。
(3)ア 次にその課題を解決する具体的な手段について,本件明細書(甲3,4)には,以下の記載がある。
「【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するため,本発明に係る電磁弁用ソレノイドは,…固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形にすると共に,該ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせ,上記固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0としたことを特徴とするものである。…」(段落【0006】)
「本発明の電磁弁用ソレノイドにおいては,コイルを巻いたボビンと,該ボビンの中心孔に装着した固定鉄心と,該ボビンの中心孔に摺動可能に挿入され該ボビンの中心孔内に吸引力作用面を有し該コイルへの通電により吸引される可動鉄心と,これらを囲む磁気枠とを有し,ボディ幅がボディ奥行より短い電磁弁用ソレノイドにおいて,ボビンに巻かれたコイルの巻外径Wと上記仮想円柱鉄心の直径dとの関係が,d=(0.4~0.8)Wになるような断面積の鉄心にすると,電磁弁用ソレノイドの固定鉄心と可動鉄心の間に働く吸引力を大きく設計できることは,後述する計算により確認されている。」(段落【0007】)
「また,上記により求めた直径dの固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にしたほうが,同じ鉄心断面積であっても吸引力が大きくなり,更に,上記固定鉄心及び可動鉄心の断面が長円または略長方形の長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率が,1.3≦a/b≦3.0となるようにすると,投下コストの割には大きな吸引力を得られることが後述する計算等により確認された。」(段落【0008】)
イ 上記記載によれば,小型でありながら吸引力が大きく経済性が良い電磁弁用ソレノイドを達成するに当たり,本願発明は,①固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形にすること,②コイルの短軸側ないし短辺側(以下,単に「短辺側」ということがある。長軸側ないし長辺側についても同様である)の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせること,③鉄心の断面における長辺の長さaと短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とすること,によることとされている。そして,上記①~③がいずれも本願発明の特許請求の範囲に記載され,発明特定事項となっている(前記第3,1,(2))。
(4)ア そして,上記(3)イ②に示された,コイルの短辺側巻外径Wとコイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせるとの点についての具体的な計算根拠についての本件明細書(甲3,4)の記載は以下のとおりである。
「次に,前述の数値限定の計算根拠を述べる。…固定鉄心5及び可動鉄心6の断面形状及びボビン4の中心孔4aの形状は長円をしており,ボビン4に巻かれた断面が長円(または略長方形)のコイル7の短軸側及び長軸側の巻外径をそれぞれW及びLとし,該コイル7の高さをH,固定鉄心5と可動鉄心6の距離をχとし,上記固定鉄心及び可動鉄心の長円の短軸の長さをdnとし,上記巻外径Wを上記ボディ幅に略等しい長さにしている。」(段落【0018】)
「…コイル7の固定鉄心5と可動鉄心6の間に働く吸引力Fは,コイル7の巻数をN,コイル7を流れる電流をI,固定鉄心5及び可動鉄心6の断面積をS,空気の透磁率をμ,固定鉄心5と可動鉄心6の間の距離をχ,定数をKとし,該固定鉄心5と可動鉄心6の間の距離χを一定とすると,
F=K(NI)2S ・・・・(1) (但し,K=μ/2χ2)
で表される。…」(段落【0020】)
「コイルの巻数Nは,コイルの線径をAとすると,
N=(W-dn)H/2A2 ・・・・(2)
で表される。また,コイルの抵抗値Rは,コイルの平均巻直径をB,コイルの単位長さ当たりの抵抗値をrとすると,R=πBNr ・・・・(3)
で表される。
次に,消費電力をPとすると,P=I2R ・・・・(4)
で表される。(1)式に(3),(4)式を代入し,次式を得る。
F=KN2I2S=KN2SP/R=KN2SP/πBNr
=KNPS/πBr=K1NS/Br ・・・・(5)
(但し,K1=KP/π,P=一定)
(5)式に(2)式を代入し,次式を得る。
F=K1(W-dn)HS/2A2Br
=K2(W-dn)S/A2Br ・・・・(6)
(但し,K2=K1H/2,H=一定)」(段落【0021】)
「したがって,W,H,S,Pを一定とし,L>WでLを変数とすると,吸引力Fは,F=K2(W-dn)S/A2Brで表すことができる。一方,コイルの単位長さ当たりの抵抗rは,コイルの導電率をσ,コイルの断面積をC,コイルの線径をAとすると,
r=1/σC=4/σπA2 ・・・・(7)
で表されるから,(6)式に(7)式を代入し,次式を得る。
F=K2(W-dn)S/A2Br=K2σπ(W-dn)S/4B
=K3(W-dn)S/B ・・・・(8)
(但し,K3=K2σπ/4,σ=一定)」(段落【0022】)
「次に,コイルの平均巻長さからコイル寸法と吸引力及び仮想鉄心との関係を表すため,長円鉄心コイルを図5に示す長方形断面積をもつコイルモデルに置き換える。図5には,固定鉄心及び可動鉄心を断面略長方形とし,その短辺及び長辺の長さをそれぞれdn及びyとし,ボビン4に巻かれた断面略長方形のコイル7の短辺側の巻外径をWとし,平均巻長さuを示す導線を略長方形の導線52で示した場合の,コイル寸法が示されている。固定鉄心及び可動鉄心は断面略長方形であることから,その断面積Sはdnとyの積であり,一方,固定鉄心及び可動鉄心の断面積Sは一辺の長さがdの仮想正方形断面の鉄心の断面積(d2)と等しいことから,次式を得る。
S=ydn=d2 ・・・・(9)
したがって,
y=d2/dn ・・・・(10)
となる。」(段落【0023】)
「平均巻長さuを示す導線52は,断面略長方形の鉄心5と断面略長方形の巻外径の中間位置にあることから,該導線52は断面略長方形となりその短辺及び長辺の長さは,それぞれ(W+dn)/2及びd2/dn+(W-dn)/2となる。
したがって,平均巻長さuは,
u=〔(W+dn)/2〕×2+〔d2/dn+(W-dn)/2〕×2
=W+dn+2d2/dn+(W-dn)
=2〔W+d2/dn〕 ・・・・(11)
一方,コイルの平均巻直径がBの場合の平均巻長さuは,u=πBとなるから,この式に(11)式を代入して,次式を得る。
B=u/π=2〔W+d2/dn〕/π ・・・・(12)
(9),(12)式を(8)式に代入し,次式を得る。
F=K4(W-dn)d2/〔W+d2/dn〕 ・・・・(13)
(但し,K4=K3π/2)」(段落【0024】)
「更に,(13)式の巻外径Wを1とし,d,dnを巻外径に対する比で表すと,次式を得る。
F/K=(1-dn)d2/〔1+d2/dn〕 ・・・・(14)
(但し,0<dn<d<W=1,K=K4=一定)固定鉄心及び可動鉄心を断面正方形または円とした場合,dn=dであるから,(14)式は次のようになる。
F/K=(1-d)d2/〔1+d〕 ・・・・(15)
(但し,0<d<W=1,K=K4=一定)
(15)式でdを0~1の間で変化させると,d=0.618で吸引力Fが最大となる。すなわち,(15)式のdは,コイルの巻外径Wを1とした場合のコイルの巻外径Wに対する鉄心径の割合であるから,鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)が0.618になったときに吸引力Fは最大となる。」(段落【0025】)
「そこで,d/Wを0~1の間で変化させたときの吸引力Fとd/W=0.618のときの最大吸引力Fとの比率(すなわち,d/W=0.618のときの最大吸引力Fに対するd/Wを0~1の間で変化させたときの吸引力Fの割合)を求めると図6に示すグラフのようになる。
図6のグラフから,最大吸引力に対する吸引力Fの割合が75%以上を適正範囲とすると,鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)が0.4~0.8の範囲が設計に適した範囲と言える。
すなわち,鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)を0.4~0.8の範囲にすると,コイルの巻外径Wが同じ大きさでも大きな吸引力を得られるので,電磁弁のボディ幅に制限があってボビンに巻かれたコイルの巻外径Wをボディ幅に略等しい長さ以上に大きくできない場合でも,設計に適した大きな吸引力が得られる。」(段落【0026】)
イ そして,図6の記載は以下のとおりである。
【図6】
file_2.jpgJanae doves i ‘aa W_as—ae 13 Saas aeウ 上記各記載については,以下のとおり整理できる。コイルの短辺側巻外径Wと仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせるとの点については,上記【0025】の(15)式でdを0~1の間で変化させた場合にd=0.618で吸引力Fが最大となることから,このときの吸引力を図6の最大値(100%)とし,吸引力Fの値(縦軸に示される)がその75%以上を示す範囲を適正範囲とすると,このときのdとWとの比率(d/W,横軸に示される)を図6から求めると,0.4~0.8の範囲となることによるものである。
(5)ア 次に,前記(3)イ③に示された,鉄心の断面における長辺の長さaと短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とすることについての本件明細書(甲3,4)に示された具体的な計算根拠は以下のとおりである。
「そして,鉄心径dの円柱鉄心の断面積はπd2/4であることから,鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)を0.4~0.8の範囲に設計することは,同じ大きさのコイルの巻外径Wに対し大きな吸引力を得られる鉄心断面積の範囲を設計することでもある。
次に,鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)が0.4~0.8の範囲に設計された仮想円柱鉄心の鉄心断面積Sに対し,該鉄心断面積Sの大きさを一定にしておいてその形状が長円になるように変化させ,ボビンに巻かれた断面が長円のコイルの短軸側の巻外径Wを一定の長さ(ボディ幅に略等しい長さ)にした場合に,吸引力の大きさを示す指標及び投下コストを考慮した吸引力の大きさを示す指標が鉄心断面の形状変化(断面が長円の長軸aと短軸bとの比率a/bの変化)によりどのようになるかを計算により求めると,表1及び表2に示すようになる。」(段落【0027】)
file_3.jpg‘e1] Ino] 2 |e [ar] ex [ar | a x04 esis see | a7 Pi fs. ceaa} oon 1 | refp.ch.cofes.afen] an 16 zp etfesi.erfes feet] ara | r.tne | sens | vet fe roa) at | erfe.i.calas.afcaa] on,20 | 9.200 | osn.o | zee [ozo] 20 a P oafes)s.2afas. sso) 9.00 [1.286 vate |p. siodl a8 94 fraofe se crfes four] an.an [ar | aon.a | 070 |r ze] zo | fre efe ala cafec ona] anos | ame | ans | 1 sce frre] v0 a] (Be l0028))file_4.jpgv foo] s [ura xios S] ia afx.cofat.s| 225] a8 97 0.08] safesefee. caw] 2 70 16.2% |t.srfac.ofesa] 53.08 zo tafe calor e]zal eres [rae | ase [ sate [s 200] 20 a] as|z.es}or.s} ee] 45.28 | tam | axs.7 | sere |1.2206] 22.06] selaafere|z] ena7 | are | ems | vote frustal ony T0029)「表1及び表2において,a及びbは固定鉄心及び可動鉄心の断面が長円の長軸及び短軸の長さ,S1は固定鉄心及び可動鉄心の断面積(mm2),S2はボビンに巻かれたコイルの断面積(mm2),NIはコイルの巻数Nとコイルに流れる電流Iとの積,βは上記S1とS2との和(β=S1+S2)である。該固定鉄心及び可動鉄心の断面積S1(mm2)は,鉄心径dとコイルの巻外径Wとの比率(d/W)を0.4~0.8の範囲に設計した鉄心断面積であり,該鉄心断面積S1は巻外径Wがボディ幅に略等しい長さにしていることから実際のボディ幅の寸法から求められる実際の鉄心断面積(mm2)であり,表1及び表2では該鉄心断面積S1の大きさが45.4mm2及び91.6mm2の場合で,該鉄心断面積S1を一定にして鉄心形状を変化させた場合の吸引力の大きさを示す指標及び投下コストを考慮した吸引力の大きさを示す指標をそれぞれ計算している。」(段落【0030】)
「すなわち,表1及び表2において,αは上記(1)式の左辺に示す吸引力Fを(1)式の右辺に示す定数Kで除した値であり,該αは吸引力Fの大きさに比例することから吸引力Fの大きさを示す数値であり,固定鉄心及び可動鉄心の断面積S1が設計により与えられ,コイルの巻数Nとコイルに流れる電流Iとの積NIが計算により求められると,(1)式よりα=F/K=(NI)2S1となるから,αは計算により求めることができる。
表1及び表2において,NO.1~6の行は,鉄心断面の形状を円から長円にすると共にその長円の扁平度を変化させた場合の,すなわち長円における長軸aと短軸bとの比a/bを変化させた場合の計算値をそれぞれ示している。」(段落【0031】)
「そして,NO.1の行は,a/b=1の場合,すなわち鉄心断面形状が円の場合を示しており,NO.2~6の行に行くにしたがって扁平度が大きい長円になっており,表1及び表2から扁平度が大きい長円になるにしたがって吸引力Fの大きさを示す数値であるαの値が大きくなって行くことがわかる。また,βは鉄心断面積S1とコイル断面積S2との和(β=S1+S2)であることから,βが大きくなればなるほど投下コストが大きくなることは明らかであり,表1及び表2から扁平度が大きい長円になるにしたがって投下コストの大きさを示す数値であるβの値が大きくなって行くことがわかる。したがって,表1及び表2に示すα及びβの計算値から,鉄心断面形状は円よりも長円にした方が吸引力が大きくなり,しかも扁平度が大きい長円になるにしたがって吸引力が増大して行くが,扁平度が大きい長円になるにしたがって投下コストの大きさを示す数値であるβの値も大きくなって行くことがわかる。」(段落【0032】)
「表1及び表2において,α1~α6及びβ1~β6は,それぞれNO.1~6の行におけるα及びβの値であり,xはNO.1~6の行におけるαの値α1~α6をそれぞれNO.1の行におけるαの値α1で除した値であり,yはNO.1~6の行におけるβの値β1~β6をそれぞれNO.1の行におけるβの値β1で除した値である。
そして,xはNO.1~6の行におけるαの値α1~α6を基準となるNO.1の行に示す仮想円柱鉄心のαの値α1で除した値であり基準となる仮想円柱鉄心の吸引力に対する長円になった場合の吸引力の大きさの割合を示す数値であることから吸引力の大きさを示す指標と言うことができ,表1及び表2から扁平度が大きい長円になるにしたがってxの値が大きくなって行くことがわかる。」(段落【0033】)
「また,yはNO.1~6の行におけるβの値β1~β6を基準となるNO.1の行に示す仮想円柱鉄心のβの値β1で除した値であり基準となる仮想円柱鉄心の投下コストの大きさに対する長円になった場合の投下コストの大きさの割合を示す数値であることから投下コストの大きさを示す指標と言うことができ,表1及び表2から扁平度が大きい長円になるにしたがってyの値が大きくなって行くことがわかる。」(段落【0034】)
「表1及び表2を見ると,扁平度が大きい長円になるにしたがってx及びyの値が大きくなっており,したがって扁平度が大きい長円になるにしたがって基準となる仮想円柱鉄心に対し吸引力は増大して行くが投下コストも増大して行くことがわかる。
したがって,投下コストの増大を避けながら大きな吸引力を得られる最適な鉄心形状を設計上得ることができるかどうかを検討するために,投下コストを考慮した吸引力の指標を考えてみる。」(段落【0035】)
「xは吸引力の大きさを示す指標であり,yは投下コストの大きさを示す指標であるが,指標の重要性としては吸引力の大きさを示す指標xのほうが投下コストの大きさを示す指標yより重要である。
そこで,指標の重要性の重み付けを加えるために,吸引力の大きさを示す指標xを2乗してその値と投下コストの大きさを示す指標yとの比率を求めたものが表1及び表2におけるx2/yである。」(段落【0036】)
「表1及び表2を見ると,長軸aと短軸bとの比率a/bをNO.1~6の行に示すように変化させた場合に,上記計算で求めたx2/yの値もNO.1~6の行に示すように変化しているが,該x2/yの値が基準となるNO.1の行に示す仮想円柱鉄心のときのx2/yの値(x2/y=1)からどの程度変化しているかを明確にするためにその差を取ったのが表1及び表2における(x2/y-1)である。(x2/y-1)は指標の重要性の重み付けを加えながら投下コスト対する吸引力の大きさの割合を示しているから,投下コストを考慮した吸引力の指標ということができ,(x2/y-1)の値が大きいほど投下コストの割には大きな吸引力が得られることを示している。」(段落【0037】)
「そして,表1及び表2における(a/b)と(x2/y-1)の関係をそれぞれグラフにしたものが図7及び図8である。
すなわち,図7及び図8は,断面長円鉄心の断面積S1を一定の大きさ(S1=45.4mm2及びS1=91.6mm2)にした状態で長円の長軸aと短軸bとの比率a/bを変化させた場合の,投下コストを考慮した吸引力の指標(x2/y-1)を示している図と言える。
図7及び図8を見ると,(x2/y-1)の値は長円の長軸aと短軸bとの比率a/bの変化に対し30%付近をピークに山形に変化し,a/bが1.3≦a/b≦3.0の範囲では(x2/y-1)の値は20%以上となるが,a/bが1.3より小さかったりあるいはa/bが3.0より大きいと(x2/y-1)の値は20%より小さい値となることから,投下コストの割に大きな吸引力を得るためにはa/bが1.3≦a/b≦3.0の範囲になるように設計するのが適している。…」(段落【0038】)
イ そして,図7,図8の記載は以下のとおりである。
【図7】
file_5.jpg【図8】
file_6.jpg308 > ar} > 103 Ys a a SB rzウ 上記ア・イについては,以下のとおり整理できる。すなわち,鉄心断面の長辺の長さaと短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とすることについては,上記d/Wを0.4~0.8に設定した上で鉄心断面のa/bの比率(a/bの値として,図7,図8の横軸に示される)を変化させて投下コストを考慮した吸引力の指標である(x2/y-1)の値(図7,図8の縦軸に示される)を算出してこれを図7,図8でグラフ化し,この指標を示す値(x2/y-1)が20%以上となるa/bの値の範囲が図7,図8のグラフから1.3≦a/b≦3.0であると読みとれるところから,このような数値範囲を設定したものである。
そして,上記投下コストを考慮した吸引力の指標であるx2/y-1の求め方については,まず投下コストを示す指標y(段落【0023】,図5で鉄心の長辺の長さを表すyとは異なる)は段落【0032】,【0034】【0035】にあるとおり,鉄心断面積とコイル断面積との和を示すβについて,これを鉄心の断面形状についてのa/bの値に応じて求めたβ1~β6を断面形状が円であるβ1の値で除したものである。このyは鉄心の扁平度が大きい長円になるにしたがって大きくなる(段落【0034】,表1,表2)。
また,吸引力を示すxは,投下コストを考慮した吸引力の指標としてのx2/y-1では吸引力は投下コストよりも重要な指標であるからこれを2乗しているところ(段落【0036】),このxは段落【0020】の(1)式の吸引力Fを定数Kで除したα(段落【0031】)を,上記β同様,鉄心の断面形状についてのa/bの値に応じて求めたα1~α6を断面形状が円であるα1の値で除したものである(段落【0033】)。
(6) 上記の(2)~(5)を総合すると,本件明細書(甲3,4)には,コイルにおける短軸側の巻外径Wを一定にした場合,固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にしたほうが,同じ鉄心断面積であっても吸引力が大きくなる点を,まず(13)の式であるF=K4(W-dn)d2/〔W+d2/dn〕として求め,その巻外径Wを1とし,d,dnを巻外径に対する比で表すと,式(14)F/K=(1-dn)d2/〔1+d2/dn〕を得ることから,仮想円柱鉄心の直径をd=dnとした時(円又は正方形)の式(15)F/K=(1-d)d2/〔1+d〕により吸引力が大きい領域(範囲:W/d=0.4~0,8)を定め,更にその仮想円柱鉄心の面積と同じくなる条件で長円又は長方形の形状(a/bの比の範囲)をコストの面を考慮して特定することが記載され,Wが一定ならdを小さくするとコイル巻数及び巻線の幅(W-b)が増えて吸引力が増加しかつ鉄心断面積を奥行き方向を長くして確保し,吸引力を増大させた形状の電磁弁用ソレノイドの発明が記載されていることになる。
(7)ア 一方,審決は,本願発明と引用発明との相違点1についての判断に当たり,「…引用例には吸引力についての記載こそされていないものの,鉄心の断面形状の変更によって吸引力が低下しては電磁弁用ソレノイドとしての所期の作用が得られないことになるから,長円形状断面の鉄心とした場合であっても円形断面のものと少なくとも同等の吸引力を確保できるように電磁弁用ソレノイドを設計すべきことは明らかである」(4頁15行~19行)としているところ,引用例(甲1)には,以下の記載がある。
(ア) 要約
【構成】 ケース5内に断面形状が扁平な鉄心1,2を複数個並列し,ソレノイドの鉄心1,2を囲むように複数のコイル4を巻いて複数のソレノイドを形成する。
【効果】 各鉄心,コイルが扁平であり並列配置したときデッドスペースが少なくなり複数のソレノイドをコンパクトに形成することができる。」
(イ) 実用新案登録請求の範囲
【請求項1】 ケース内に並列配置した断面形状が扁平な複数の鉄心と,外鉄心を夫々囲むように巻かれた複数のコイルとを有することを特徴とすソレノイド。
(ウ) 考案の詳細な説明
a 産業上の利用分野
本考案は,ソレノイド,詳しくは電磁弁用ソレノイドに関するものである。
b 従来の技術
「電磁弁の大きさは,ソレノイド56,57,例えば直流ソレノイドの大きさに依存しており,可成り大きな空間を占めることになる。…一般に図5の例が図3の例に対し空間占有率が約70%程度に小さくなるが,ソレノイドが占める空間が大きく影響することには変わりがない。」(段落【0005】)
c 考案が解決しようとする課題
本考案は,上記の従来の問題を解消し,電磁弁の占有空間を小さくするために小型形状のソレノイドを提供することを課題としている。
d 課題を解決するための手段
本考案は,上記の課題を,ケース内に並列配置した断面形状が扁平な複数の鉄心と,該鉄心を夫々囲むように巻かれた複数のコイルとを有することを特徴とするソレノイドにより解決した。
e 実施例
「図7~図10において固定鉄心1と可動鉄心2とが同軸状に並べて配置され,固定鉄心1及び可動鉄心2を囲むようにボビン3が設けられ,該ボビン3にコイル4が巻かれる。このように形成した鉄心1,2とコイル4とを1組として複数組,複数形電磁弁では2組の鉄心1,2及びコイル4が並列した状態でケース5すなわちヨークの中に収容される。」(段落【0010】)
「固定鉄心1及び可動鉄心2は楕円形又は長方形又はこれに近似する断面扁平形状に形成され,したがってコイル4の外周も断面では扁平に形成される。」(段落【0011】)
「1つのソレノイドの幅で約30%狭くできるので,2つのソレノイドを並列すると狭くするという効果は倍増する。」(段落【0019】)
「本考案に係る電磁弁の空間占有容積は(B+C)×1.4A×Hとなり,図3の例に対しては50%程度図5の例に対しては70%程度に小さくすることができた。」(段落【0020】)
f 考案の効果
鉄心の断面形状を扁平にすることにより同一出力で従来の円形断面ソレノイドに比べコンパクトなソレノイドが得られ,電磁弁全体を小型化軽量化することが可能となった。
(エ) また,図7,8,10の記載は以下のとおりである。
【図7】
file_7.jpg【図8】
file_8.jpg【図10】
file_9.jpgイ 上記記載によれば,引用例の図7には,ボビン3の中心の孔内に,固定鉄心1及び可動鉄心2を有し,かつ固定鉄心1に対する可動鉄心2の対向面を有することが示されており,図7,図8によれば電磁弁用ソレノイドの幅が奥行よりも短いことが示されている。また,図10には,固定鉄心1,可動鉄心2及びボビン3の中心の孔の断面形状が長円であることが示されている。
したがって,引用例(甲1)には,審決が引用発明の内容として認定したとおり,「コイルを巻いたボビンと,該ボビンの中心の孔にある固定鉄心と,該ボビンの中心の孔にあり該ボビンの中心の孔内に対向面を有する可動鉄心と,これらを収容するヨークとを有し,幅が奥行よりも短い電磁弁用ソレノイドにおいて,
上記固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心の孔の断面形状を長円にした,電磁弁用ソレノイド。」(審決3頁3行~8行)が記載されているといえる。
ウ しかし,引用例には,固定鉄心,可動鉄心の断面形状を長円にすることは記載されてはいてもその寸法関係は明確にされておらず(相違点1),審決が引用例につき「長円形状断面の鉄心とした場合であっても円形断面のものと少なくとも同等の吸引力を確保できるように電磁弁用ソレノイドを設計すべきことは明らかである」(4頁17行~19行)とした点についても,円形断面と少なくとも同等の吸引力を確保できるように長円形状断面の形状を設計することに関する記載は全くない(なお,引用例〔甲1〕の段落【0021】には,【考案の効果】として,上記のとおり「同一出力で従来の円形断面ソレノイドに比べコンパクトなソレノイドが得られ」との記載があるが,「同一出力で」との点を裏付ける具体的な記載は引用例にはない。)。
(8)ア さらに審決は,周知技術として甲2を引用し,「ソレノイドを設計する際に鉄心の断面積及び吸引力を考慮することは周知の技術である(必要ならば,実願昭50-015057号(実開昭51-96623号)のマイクロフィルムの明細書4ページ4ないし19行を参照。断面積が等しい鉄心において同等の吸引力が得られるよう鉄心の形状を変更している。)。」(審決4頁19行~23行)とする。
そして審決の指摘する甲2の「明細書」の4頁4行~19行には以下の記載がある。
「第5図と第6図は本考案に係るソレノイド断面形と在来型の円形ソレノイド断面形の比較図であって,両者が鉄心に対して同じ吸引力を持つとすると,コイル巻数とコイル巻数の断面積,鉄心の断面積が等しくなければならない。いま,コイル高さ,巻線の断面積,巻数を両者等しく,かつ鉄心の断面積を等しくし,コイル一巻きの巻線の平均長さがほぼ等しくなるようにしてコイルの大きさB,Dを適当に選定しコイル巻きの幅Cをいずれもほぼ一定とすると,鉄心に生じる電磁力を等しくすることができる。したがって第5図の短幅Bを第6図の外径D1より小さくしても,長幅Dを適当に選ぶことによって第6図のソレノイドと等しい鉄心吸引力を持たせられる。短幅Bは切換弁の前記幅Wによって決まるけれども,直角方向のコイル長幅D,ソレノイドケーシングの幅Aは自由に長くすることができる。」
イ 審決が上記周知技術として引用するところによれば,鉄心の断面が長円形状のものを用いたソレノイドにおいても,コイル巻数,コイル一巻きの巻数の平均長さ,コイル巻線の断面積,鉄心の断面積を等しくすれば,短幅や吸引力を等しくすることができることについては周知技術であると認められる。
しかし,本願発明は,上記のとおりコイルにおける短軸側の巻外径Wを一定にした場合に,固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円よりも長円または略長方形にしたほうが同じ鉄心断面積であっても吸引力が大きくなる点に注目し,その観点から相違点1に係るd=(0.4~0.8)Wとの式を求めたものであるから,この点に関し上記引用例には記載も示唆もされていないことからして,上記周知技術の内容から本願発明の相違点1に係る構成を容易に想到できたとすることはできないというべきである。
(9) なお,審決は,「ボビンに巻かれた断面が長円のコイルの短軸側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積と同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの比率(d/W)として検討する場合にも,かかる比率を適正な範囲に設定すべきことは明らかであるといえる。そして,かかる比率は,当業者が実験的に最適な特性が得られるものとして,適宜選定し得るものであると共に,本願発明の「d=(0.4~0.8)W」という数値限定の範囲内と範囲外とで,有利な効果の差異が顕著であるともいえないから,かかる数値限定に臨界的意義を見出すこともできない。」(4頁34行~5頁6行)とし,仮想円柱鉄心の直径dとコイルの短軸側の巻外径Wとの比を基にして本願発明と引用発明を比較している。しかし,本願発明は,既に検討したとおり,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせた上,固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とすることで巻線の幅(W-b)が増加することになり固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率a/b=1のものよりも吸引力が大きくなることに着目したものである。
したがって,本願発明は,長円にした際に,単に吸引力を発揮することを目的としたものではなく,コイルの巻外径Wが一定であることを前提として,かつ同じ鉄心断面積であっても円よりも吸引力が大きくなるようにしたものであり,単に鉄心の断面形状を円から長円にしたものではなく,また①d=(0.4~0.8)Wとの点,②1.3≦a/b≦3.0との点のいずれの数値限定についても,既に検討したとおりそれなりの技術的意義を有するものであるから,単に臨界的意義を見出すことができないとのみすることは妥当ではない。
(10) 被告の主張に対する補足的説明
ア 被告は,吸引力は鉄心断面形状で決まるものではないから,本件明細書(甲3,4)の段落【0008】にいう「固定鉄心及び可動鉄心の断面形状は円形よりも長円または略長方形にしたほうが,同じ鉄心断面積であっても吸引力が大きくなる」との知見は正しいものではなく,本件明細書の表1,表2をみると,吸引力が大きいものはNIも大きくなっており,鉄心の断面形状を長円にしたとしても,コイルの巻数Nか,コイルを流れる電流Iを増やさない限り吸引力が大きくなることはないとし,それに沿う前記乙1(72頁の式),及び乙2(37頁の式)を提出する。
しかし,既に検討したとおり,本件明細書の【表1】,【表2】の計算においては,断面が長円のコイルの短軸側の巻外径Wを一定にし,上記比率(d/W)が0.4~0.8の範囲に設計された仮想円柱鉄心の鉄心断面積Sを一定にしておいて,その形状が長円又は長方形になるようにa/b比を変化させている。そして,その結果,コイルの短軸側の巻外径Wと鉄心の短軸dnとの差の1/2,つまりコイルの厚さ(W-dn)/2が大きくなり,その結果,コイルの巻数Nが増大するため,NIが増加し,結局吸引力が増加するものである。
すなわち,本願発明は,投下コストの割に吸引力が最大となる課題を達成するために,巻外径W及び仮想円柱鉄心の鉄心断面積Sを一定とした条件の下で,仮想円柱鉄心の直径d,鉄心の断面における長軸(長辺)の長さa,及び短軸(短辺)の長さbとの関係を解明し,「ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係」とし,「固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0」として電磁弁用ソレノイドに適用したものであり,単に,NIを増やしたものではない。
被告の提出する乙1(石黒敏郎ほか著「交直マグネットの設計と応用」株式会社オーム社 昭和56年7月10日第2版第11刷発行)の72頁,乙2(トリケップス企画部編〔該当部分の執筆者 酒井伸吾〕「電磁石の設計と応用」株式会社トリケップス 1997年〔平成9年〕10日1日発行)の37頁~38頁には電磁石を設計するに当たり用いられる空隙の磁束密度と断面積から吸引力Fを求める式が記載されているが,これはあくまでも一般的な吸引力の式であって,断面が長円のコイルの短軸側の巻外径Wを一定にし,d/Wの比率を0.4~0.8変化させた場合の吸引力を求める指標とは関係がないものである。
イ また被告は,審決が「鉄心が円形断面のソレノイドにおいて,ソレノイドの外径を一定とすれば,コイルの巻数に関連するコイルの巻外径W’に対する,鉄心の断面積に関連する鉄心の直径d’の比率と吸引力との関係を考えた場合,…適切な吸引力を得るには,該比率(d’/W’)が大きすぎても小さすぎてもいけないことは明らかである」(4頁25行~33行)とした点に関し,前記乙1~5によれば,比率d’/W’として0.4~0.8という数値範囲内の値をとる電磁石が既に実施されてきたものに過ぎないことが示されており,本願発明の「d=(0.4~0.8)W」に相当する比率d/Wを0.4~0.8とする数値範囲についても,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が適宜設定し得る程度のものであるとも主張する。
しかし,乙1の75頁~79頁,乙2の42頁~45頁にソレノイドの一般論として示された鉄心の形状はいずれも円柱状のものであり,また乙3(特開平10-122415号公報,発明の名称「小型電磁弁」,出願人 三明電機株式会社,公開日 平成10年5月15日)の図2,乙4(特開平4-192312号公報,発明の名称「プランジャー貫通型電磁石」,出願人 三菱マテリアル株式会社,公開日 平成4年7月10日)の第2図の鉄心の形状はいずれも円柱状であり,これらから本願発明の長円形又は略長方形の鉄心について巻外径Wを一定にして巻線の幅を変え,吸引力を増加させる断面形状を規定する数値を設定することは当業者にとって容易であるとするのには飛躍がある。
また,被告が本件明細書(甲3,4)の段落【0025】の式(15)及び図6と同様の式及び図が示されているとする乙5(特開平7-123689号公報。式は4頁の式(11),図は6頁の図5。)についても,上記同様鉄心は円柱形状であるほか,そもそも本件明細書の式(15)は固定鉄心及び可動鉄心の断面を正方形又は円とした場合の式であるから,乙5の式(11)と一致するのは当然ともいえる。
加えて,上記乙1ないし5には,巻外径Wを一定にして巻線の幅を変え,吸引力を増加させる断面形状を規定する数値を設定すること,あるいは本願発明の「該ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせ,上記固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とした」ことにより,巻線の幅(W-b)が増加することになり,固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率a/b=1のものよりも吸引力が大きくなることについては,記載も示唆もされていない。
ウ さらに被告は,本件明細書(甲3,4)の図6をみても,その曲線は緩やかにつながっており,比率0.4又は0.8を境界として急に変化するものではなく,かつ,0.4~0.8の値が単に吸引力が75%以上になるように特許出願人である原告が取り決めた結果により得られたものであり,数値範囲の内外で顕著な効果上の差異もないとも主張するが,本願発明の数値範囲については既に検討したとおりそれなりの意義を有するものであるということができるから,被告の主張は採用の限りでない。
(11) 以上によれば,審決の相違点1に関する判断は誤りであり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
3 取消事由2(相違点2に対する判断の誤り)について
(1) 原告は,審決が「相違点2についても,『1.3≦a/b≦3.0』という数値限定の範囲内と範囲外とで,有利な効果の差異が顕著であるといえる証拠は見当たらないから,かかる数値限定に臨界的意義を見出せない」(5頁10行~12行)と判断したことについて,上記相違点2の構成について,本件明細書(甲3,4)の段落【0027】~【0028】,図7及び図8の記載からその意義は明らかであるから,審決の判断は誤りであると主張する。
(2) 上記2で検討したとおり,本願発明は,「上記固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形にする」ことだけでなく,「ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせ,上記固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とした」(特許請求の範囲)ことを特徴とするものである。
すなわち,「上記固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形に」し,「ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係」を持たせ,その上で,「固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0」としたものであり,これによって,コイルの短軸側の巻外径Wと鉄心の断面形状を特定するものである。
そして,このような構成とすることにより,コイル巻外径Wが一定のもとで,鉄心断面積を変更せずに,投下コストを増大させることなく吸引力を増大させたものである。上記「d=(0.4~0.8)Wの関係」の数値はコイル巻外径Wが一定のもとで鉄心断面積を変更しないことを規定するためのものであり,また「1.3≦a/b≦3.0」の数値はコイル巻外径Wが一定のもとで鉄心断面積を変更しないことを前提に投下コストを増大させることなく吸引力を増大させる範囲を定めるための数値であり,これらは,その数値範囲の内外における臨界的現象から数値を規定したものではない。
したがって,上記「1.3≦a/b≦3.0」の数値限定について臨界的意義を見出せないとし,また「ソレノイドの断面形状としての長円であれば,かかる数値限定の範囲に属する長円は普通に実施されているというべきものであり,その数値限定の範囲が格別のものともいえない」(審決5頁13行~15行)として,相違点2に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到できたとする審決の判断は誤りというべきである。
(3) 被告は,一般的に,a/bが2倍とか3倍の長円は,長円を示す図形として普通に想像される範囲のものであり,引用発明のソレノイドの鉄心の断面形状も長円であるのだから,これを実施する際に,a/bが2倍や3倍の長円を鉄心の断面形状として採用することに格別の困難性はないと主張する。しかし,既に検討したとおり,本願発明は単に固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0としたものではなく,固定鉄心,可動鉄心及びボビンの中心孔の断面形状を長円または略長方形にし,「ボビンに巻かれた断面が長円または略長方形のコイルの短軸側または短辺側の巻外径Wと,コイルの内側の断面積Sと同じ断面積の仮想円柱鉄心の直径dとの間に,d=(0.4~0.8)Wの関係を持たせ,その上で,固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0としたものである。これにより,Wを一定にした場合において,a/b及び巻線の幅(W-b)を変え,吸引力が増加する断面形状を特定したものである。
したがって,一般的に,a/bが2倍とか3倍の長円は,長円を示す図形として普通に想像される範囲のものであるとしても,これを上記効果と結びつけて固定鉄心及び可動鉄心の断面における長軸または長辺の長さaと短軸または短辺の長さbとの比率を,1.3≦a/b≦3.0とすることが格別な困難性がないということはできないというべきである。被告の主張は採用することができない。
4 結語
以上によれば,原告主張の取消事由1及び2は理由があり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 田中孝一)