知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10324号 判決 2008年2月21日
原告
エルメス セリエ
訴訟代理人弁護士
高松薫
同
鈴岡正
同
大澤俊行
訴訟復代理人弁護士
奥原力也
被告
特許庁長官 肥塚雅博
指定代理人
梅澤修
同
岩井芳紀
同
大場義則
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005-21907号事件について平成19年4月13日にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成16年8月13日,別紙審決書写し添付の別紙第1記載の意匠(優先権主張2004年3月5日。以下「本願意匠」という。)について,意匠に係る物品を「ハンドバッグ」として意匠登録出願(意願2004-24357号)をし,特許庁は,平成17年8月10日,拒絶査定をした。
原告は,これを不服として審判請求(不服2005-21907号)をしたが,特許庁は,平成19年4月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年5月28日,原告に送達された。
2 審決の内容
別紙審決書写し記載のとおりである。要するに,本願意匠は,別紙審決書写し添付の別紙第2記載の国際事務局意匠公報(2000年5月31日発行)所載の登録番号「DM/050 964」のハンドバッグの意匠(意匠課公知資料番号第HH14518592号。以下「引用意匠」という。)と,意匠に係る物品が一致し,形態においても共通点が差異点を凌駕し,意匠全体として美感が共通するので,意匠法3条1項3号に該当し,意匠登録を受けることができないというものである。
審決がその判断の前提として認定した本願意匠と引用意匠との共通点及び差異点は,次のとおりである。
(共通点)
(A) 鞄本体の全体を正面視略長方形状で側面視略三角形状とし,表面全体をほぼ無模様とした構成態様。
(B) 断面略円形の細長い紐状ループとしたハンドル(持ち手)2本を,鞄本体正面及び背面の上側に,鞄本体の横幅の約2分の1程度の高さで鞄本体から突出して設けた構成態様。
(C) 蓋部を鞄本体と略同幅で全体略長方形状とし,背面より延伸して正面側に折り返して開口部を覆い,その蓋部の左右両端を切欠くとともに,横幅を略3等分し2箇所を切欠きハンドルを通す孔を設けた構成態様。
(D) 中央に止め具を有するベルトを,蓋部左右両端の切欠き部分から,左右2つのブラケット(紐通し金具)を通して,蓋部の上に回し,蓋部の抑えとした構成態様。
(差異点)
(a) 鞄本体の全体形状が,本願意匠では,本体の高さと横幅の比率が約1対2と横長の形状となっているのに対し,引用意匠では,横幅が高さよりもわずかに長い程度の正方形に近い形状である点。
(b) 本願意匠においては,ハンドルの突出が鞄本体部分の高さと比較すると,ほぼ同じくらい突出しているのに対し,引用意匠においては,約2分の1の突出である点。
(c) 本願意匠においては,本体部分の中央を横断し囲うように1本の縫い目がほどこされているのに対し,引用意匠においては,同様の縫い目がない点。
(d) 本願意匠の正面上部左右に2つ設けられたブラケットは,矩形金属板に固定されるのに対し,引用意匠のブラケットの固定状態が不明である点。
(e) 本願意匠においては,南京錠を掛けるための穴あき止め具の形状は,側面視略四角形状であるのに対し,引用意匠の穴あき止め具の形状は側面視略円形状である点。
(なお,審決書には,「本願の添付図面の「使用状態を示す参考斜視図」によれば,本願意匠の止め具部分に南京錠が掛けられているが,一組の図面(6面図)においては南京錠はなく,本願意匠は南京錠がないものと認められる。」との付加記載がある。)
第3当事者の主張
1 原告主張の審決の取消事由
審決における本願意匠と引用意匠との共通点及び差異点の認定に誤りがないことは認める。
しかし,審決は,以下のとおり,本願意匠が引用意匠と類似するとの誤った判断をした違法がある。
(1) 差異点(a)の評価の誤り
審決は,差異点(a)(鞄本体の縦横の比率の差異)について,「鞄本体の縦横の比率の差異は,この種ハンドバックの意匠においては両意匠の構成比率のいずれもありふれたものであり,かつ,鞄本体の全体を正面視略長方形状で側面視略三角形状とする両意匠に共通する構成態様の中での微差であり,格別看者の注意を引くものではない。」(審決書3頁4行~7行)と判断したが,以下のとおり誤りである。
ア 一般的に,バッグ類において,身頃の形状(本体部のアウトライン)は,意匠の基本的構成態様であり,バッグ類の外観に最も大きく影響を与え,看者の注意を引くものであって,身頃の形状の相違は,看者に異なった美感を与える。そして,引用意匠の身頃の形状は,「ほぼ正方形」であるのに対し,本願意匠の身頃の形状は,縦横の比率が約1:2と極端な横長であり,両意匠は,異なる形状であり,需要者にとって一見して異なった意匠として認識されものである。
イ 本願意匠に係る物品が「ハンドバッグ」であることに照らすならば,消費者は,鞄本体が「正面視略長方形」で「側面視略三角形状」に該当する無数の商品の中から,用途や機能,美観等の差異に着目するし,創作者も,鞄本体の形状について様々な工夫を凝らすのが通常である。このような点に鑑みれば,意匠の類否を判断するに当たり,「正面視略長方形」,「側面視略三角形状」といった広範な基準で判断するのは妥当でない。
そして,鞄本体の全体形状において,本願意匠は本体の横幅の長さが高さの2倍を超える極端に横長のデザインであるのに対し,引用意匠は横幅の長さが高さの1.5倍に満たない「正方形に近い形状」である点で異なり,また,側面形状においても,本願意匠では底辺部分を除く2辺が内側に湾曲した正三角形に近い形状であるのに対し,引用意匠では底辺部を除く2辺がやや外側に湾曲した釣鐘状の二等辺三角形に近い形状である点で具体的形状を異にする。
このような鞄全体の形状の差異は,消費者への訴求という観点からすれば重要な差異であり,それぞれの鞄の全体的美観に重大な影響をもたらし,本願意匠と引用意匠とが全く別個の意匠として看者に認識されるというべきである。
(2) 差異点(b)の評価の誤り
審決は,差異点(b)(ハンドルの突出と鞄本体部分の高さとの比率の差異)について,「ハンドル自体において差異が視認されるものではなく,また,鞄本体の横幅との比較では,両意匠とも鞄本体の横幅の約2分の1程度大きく突出して設けた構成態様において共通し」(審決書3頁9行~11行),差異点(b)は,「格別看者の注意を引くものではない。」(同3頁14行)と判断したが,以下のとおり誤りである。
ア バッグ類を認識する上において,ハンドル部分の印象は大きな要素となる。ハンドルまで含めたバッグ全体の高さに占めるハンドルの突出部分の割合は,本願意匠では約2分の1であるのに対し,引用意匠では約3分の1にとどまり,そのため,引用意匠が通常のハンドルを有する鞄と認識されるのに対し,本願意匠は,ハンドルの長く突出した鞄と認識され,看者に対して,異なる美感を与える。そして,消費者への訴求という観点からすれば,上記2分の1と3分の1の相違は,全体的な美観に重大な影響を与えるといえる。
イ また,本願意匠と引用意匠のハンドル部分の幅は,最も広い部分でそれぞれ鞄本体の上端横幅の約3分の1程度であるが,本願意匠の上端横幅が115mmである一方,引用意匠の上端横幅が68mmであることに鑑みれば,ハンドル部分の幅について,本願商標と引用意匠の幅には約2倍の差があることになる。この差異は,消費者がそれぞれの意匠に係るハンドバッグを実際に使用する際,本願意匠のハンドバッグについては肩にかけて使用することができるが,引用意匠のハンドバッグについては,肩にかけて使用することはできないという機能上の差異をもたらす。肩にかけて使用することができるか否かという用途・機能上の差異は,消費者が本願意匠に係るハンドバッグと引用意匠に係るハンドバッグのいずれかを選択しようとした場合の重要な考慮事情の一つといえる。
(3) 全体的観察の誤り
審決は,「本願意匠と引用意匠の共通点と差異点について,意匠全体として検討すると,両意匠の共通する構成態様(A)ないし(D)は,意匠全体にわたり,両意匠の骨格的な造型性を形成する構成態様であって,看者の注意を引くものであり,特に,上半部分における構成態様,すなわち,鞄本体上部,ハンドル,蓋部,及びベルトの構成態様は,ほとんど同一というほどに酷似しており,両意匠は全体として美感が共通する」(審決書2頁35行~3頁1行)のに対し,「差異点は微弱であって,両意匠の共通する美感を変更するまでの特異な美感を起こさせるものではない。」(同3頁2行~3行)として,両意匠は類似すると判断したが,以下のとおり誤りである。
すなわち,上記(1)及び(2)に加えて,差異点(c)(身頃の縫い目の有無),差異点(d)(ブラケット(紐通し金具)の形状の差異)及び差異点(e)(止め具の形状の差異)は,いずれも視覚上の大きな差異をもたらすものとなっていることをも考慮すれば,本願意匠と引用意匠を全体として観察した場合,両意匠は異なった外観を有し,看者に異なる美感を与え,その差異は,両意匠の共通点を凌駕するものであるから,本願意匠と引用意匠とは類似しない。
2 被告の反論
(1) 差異点(a)の評価の誤りに対し
鞄本体の形状は,鞄の意匠において,外観に最も大きく影響を与え,看者の注意を引く要素の一つである。両意匠の鞄本体の全体形状において,「本願意匠では,本体の高さと横幅の比率が約1対2と横長の形状となっているのに対し,引用意匠では,横幅が高さよりもわずかに長い程度の正方形に近い形状」との差異〔差異点(a)〕が存在するが,それは,鞄本体の全体を正面視略長方形状で側面視略三角形状とした共通点がある中の一部の差異にすぎない。
本願意匠は,「高さ(53mm):底横幅(115mm):上端横幅(108mm)=1:2.17:2.04」であるのに対し,引用意匠は,「高さ(47mm):底横幅(68mm):上端横幅(65mm)=1:1.45:1.38」である。引用意匠は,本願意匠に比較すれば正方形に近いが,その形状はあくまで「正面視略長方形状」であって,原告主張のような「ほぼ正方形」ではない。
したがって,「鞄本体の縦横の比率の差異は,この種ハンドバッグの意匠においては両意匠の構成比率のいずれもありふれたものであり,かつ,鞄本体の全体を正面視略長方形状で側面視略三角形状とする両意匠に共通する構成態様の中での微差であり,格別看者の注意を引くものではない。」とした審決の判断に誤りはない。
(2) 差異点(b)の評価の誤りに対し
ハンドルまで含めたバッグ全体の高さとハンドルの突出部分の比率は,本願意匠では,「全高(95mm):ハンドル突出(42mm)=1:0.44」であり,引用意匠では,「全高(80mm):ハンドル突出(33mm)=1:0.41」である。ハンドルまで含めたバッグ全体の高さに占めるハンドルの突出部分の割合は,本願意匠では約2分の1であるのに対し,引用意匠では約3分の1といえるが,このような差異は,美観上大きな差異とはいえない。
また,審決認定のとおり「鞄本体の横幅との比較では,両意匠とも鞄本体の横幅の約2分の1程度大きく突出して設けた構成態様において共通」(審決書2頁10行~11行,3頁10行~11行)しており,鞄本体が「横長の形状」か「正方形に近い形状」かの差異があるものの,両意匠とも全体としてハンドルの長く突出した鞄と認識される。
さらに,審決認定のとおり「上半部分における構成態様,すなわち,鞄本体上部,ハンドル,蓋部,及びベルトの構成態様は,ほとんど同一というほどに酷似している」(審決書2頁38行~3頁1行,3頁12行~14行)のであるから,バッグ全体の高さに占めるハンドルの突出部分の割合の差異は,「格別看者の注意を引くものではない」との審決の判断に誤りはない。
(3) 全体的観察の誤りに対し
審決の各差異点に関する評価に誤りはなく,本願意匠が引用意匠に類似するとした審決の類否判断にも誤りはない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,本願意匠と引用意匠について,それぞれの外観全体を総合して観察すると,差異点(a)ないし(e)が存在するものの,両意匠が有する共通点(A)ないし(D)によって生じる意匠的効果,すなわち,視覚を通じて引き起こされる美観において主要な点で共通するといえるから,本願意匠は引用意匠と類似する意匠の範囲に含まれるものと判断できる。
その理由は,以下のとおりである。
1 共通点について
本願意匠(甲1の2)を引用意匠(乙1の1,2)と対比すると,両意匠は,①鞄本体の構成態様について,「鞄本体の全体を正面視略長方形状で側面視略三角形状とし,表面全体をほぼ無模様とした構成態様」〔共通点(A)〕である点,鞄本体の上半分に,ハンドル,蓋部及びベルトを設けた点において共通し,②ハンドル,蓋部及びベルトの具体的構成態様について,「断面略円形の細長い紐状ループとしたハンドル(持ち手)2本を,鞄本体正面及び背面の上側に,鞄本体の横幅の約2分の1程度の高さで鞄本体から突出して設けた構成態様」〔共通点(B)〕,「蓋部を鞄本体と略同幅で全体略長方形状とし,背面より延伸して正面側に折り返して開口部を覆い,その蓋部の左右両端を切欠くとともに,横幅を略3等分し2箇所を切欠きハンドルを通す孔を設けた構成態様」〔共通点(C)〕,「中央に止め具を有するベルトを,蓋部左右両端の切欠き部分から,左右2つのブラケット(紐通し金具)を通して,蓋部の上に回し,蓋部の抑えとした構成態様」〔共通点(D)〕である点において共通している(争いがない)。
そして,上記共通点のうち,「蓋部を鞄本体と略同幅で全体略長方形状とし,背面より延伸して正面側に折り返して開口部を覆い,その蓋部の左右両端を切欠くとともに,横幅を略3等分し2箇所を切欠きハンドルを通す孔を設けた構成態様」及び「中央に止め具を有するベルトを,蓋部左右両端の切欠き部分から,左右2つのブラケット(紐通し金具)を通して,蓋部の上に回し,蓋部の抑えとした構成態様」〔共通点(C)及び(D)〕は,特に看者の注意を強く引く部分であるということができる。さらに,「鞄本体の全体を正面視略長方形状で側面視略三角形状とし,表面全体をほぼ無模様とした構成態様」及び「断面略円形の細長い紐状ループとしたハンドル(持ち手)2本を,鞄本体正面及び背面の上側に,鞄本体の横幅の約2分の1程度の高さで鞄本体から突出して設けた構成態様」〔共通点(A)及び(B)〕を併せると,両意匠においては,共通点(A)ないし(D)が全体として意匠的なまとまりを形成し,これにより,需要者(消費者,取引者)の視覚を通じて一つのまとまった独特の共通の美観を生じさせているものと認められる。
2 差異点について
(1) 差異点(a)
ア 原告は,本願意匠と引用意匠に「鞄本体の全体形状が,本願意匠では,本体の高さと横幅の比率が約1対2と横長の形状となっているのに対し,引用意匠では,横幅が高さよりもわずかに長い程度の正方形に近い形状である点」において差異〔差異点(a)〕があることを考慮すれば,両意匠は全体として類似しないと判断すべきである旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
イ 両意匠の正面形状における鞄本体の縦横の比率の差異を検討すると,本願意匠の鞄本体は,高さが53mm,底横幅が115mm,上端横幅が108mmで,その比率は「1:2.17:2.04」であり(争いがない。),「本体の高さと横幅の比率が約1対2と横長の形状」ということができる。これに対して,引用意匠の鞄本体は,高さが47mm,底横幅が68mm,上端横幅が65mmで,その比率は「1:1.45:1.38」である(争いがない。)。そして,引用意匠の上記比率及び引用意匠に係る写真(乙1の1,2)に照らすならば,引用意匠の正面視の形状も,「ほぼ長方形」であるということができる。そうすると,両意匠は,縦横の比率の差異が存在するとしても,その差異が,看者をして異なる形状であるとの強い印象を与えることはない。
また,両意匠の側面形状を対比すると,本願意匠の側面形状(甲1の2の【右側側面図】,【左側側面図】)は底辺部分を除く2辺が内側に湾曲した正三角形に近い形状であるのに対し,引用意匠の側面形状(乙1の1,2)は底辺部を除く2辺がやや外側に湾曲した釣鐘状の二等辺三角形に近い形状である点において差異がある。しかし,①本願意匠に係る写真(甲1の2)のうち,【正面方向から見た斜視図】と【背面方向から見た斜視図】とを対比すると,本願意匠の側面形状は,写真撮影時における鞄本体の素材の表面のたわみ等の影響により必ずしも同一であるとはいえず,むしろ【背面方向から見た斜視図】では二等辺三角形に近い形状であるとの印象を受けること,②一方,引用意匠に係る写真(乙1の1,2)中には,側面図のものがなく,側面図自体を直接対比することはできないことに照らすならば,両意匠の側面形状における差異は,看者をして美観の相違を引き起こすものとはいえない。
ウ そして,①前記1のとおり,両意匠は,「鞄本体の全体を正面視略長方形状で側面視略三角形状とし,表面全体をほぼ無模様とした構成態様」〔共通点(A)〕と,鞄本体の上半分に設けられたハンドル,蓋部及びベルトの具体的構成態様〔共通点(B)ないし(D)〕とが全体として一つの意匠的なまとまりを形成し,需要者(消費者,取引者)に視覚を通じて一つのまとまった独特の共通の美感を与えていること,②本願意匠に係る写真(甲1の2)のうちの【正面方向から見た斜視図】及び【背面方向から見た斜視図】と引用意匠に係る写真(乙1の1,2)をみると,鞄本体上部に設けられたハンドル,蓋部及びベルトの構成態様に係る共通点(B)ないし(D)は,ほとんど同一といえる程度に共通しているといえること,③本願意匠の鞄本体の縦横の比率は,「本体の高さと横幅の比率が約1対2と横長の形状」であり(上記イ),格別目新しいものとはいえないことに照らすならば,差異点(a)に係る本願意匠の構成態様によって,需要者に対し,両意匠の共通点(A)ないし(D)によって与えられる一つのまとまった独特の共通の美感と異なる格別な美感を与えるものとは認められないというべきである。
以上によれば,差異点(a)の評価の誤りをいう原告の主張は理由がない。
(2) 差異点(b)
ア 原告は,「本願意匠においては,ハンドルの突出が鞄本体部分の高さと比較すると,ほぼ同じくらい突出しているのに対し,引用意匠においては,約2分の1の突出である点」〔差異点(b)〕を考慮すれば,両意匠は全体として類似しないと判断すべきである旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
イ 両意匠の差異点(b)を検討すると,本願意匠は,全高が95mm,ハンドルの突出部の高さが42mmで,その比率は「1:0.44」であり,引用意匠は,全高が80mm,ハンドルの突出部の高さが33mmで,その比率は「1:0.41」である(争いがない。)。しかし,本願意匠に係る写真(甲1の2)のうちの【正面方向から見た斜視図】及び【背面方向から見た斜視図】と引用意匠に係る写真(乙1の1,2)を対比すると,両意匠はともに全体としてハンドルの長く突出した鞄と認識され,上記差異は,計測しない限り認識されることはない程度のものであるから,差異点(b)は,看者をして異なる美感を引き起こすものとはいえない。
なお,原告は,ハンドル部分の幅について,本願商標と引用意匠の幅には約2倍の差異があり,このようなハンドル部分の幅の差異等により,肩にかけて使用することができるか否かの機能上の差異を生じさせると主張する。しかし,両意匠に実寸が示されていない以上,意匠に係るハンドバッグを肩にかけて使用することができるか否かの差異を生ずるとはいえないから,原告の主張は,その前提を欠き,採用することができない。
以上によれば,審決の差異点(b)の評価の誤りをいう原告の主張は理由がない。
(3) 全体的観察
ア 原告は,両意匠は,差異点(a)ないし(e)を総合考慮すれば,本願意匠は,引用意匠と非類似であり,両意匠が類似するとした審決の判断は誤りであるとも主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
イ 前記(1)及び(2)認定のとおり,差異点(a)及び差異点(b)に係る本願意匠の構成態様によって,需要者に対し,両意匠の共通点(A)ないし(D)によって与えられる一つのまとまった独特の共通の美感とは異なった格別な美感を与えるものとはいえない。
また,本願意匠に係る写真(甲1の2)のうちの【正面方向から見た斜視図】及び【背面方向から見た斜視図】と引用意匠に係る写真(乙1の1,2)をみると,審決が認定するように(審決書3頁15行~23行),①本体の縫い目の有無〔差異点(c)〕は,本願意匠の縫い目は,水平に1本だけ設けられた細い縫い目で,格別特徴的で看者の注意を引くものでもなく,両意匠とも鞄の表面全体としてはほぼ無模様との印象を与えるものである,②ブラケットの固定金具の差異〔差異点(d)〕は,意匠全体としてみれば一部位に係る差異であり,しかも,蓋に隠れている部位であるから,格別看者の注意を引くものではない,③南京錠を掛けるための穴あき止め具の形状の差異〔差異点(e)〕は,意匠全体としてみれば一部位に係る差異であり,また,鞄全体の中では余程注視しないと視認できない程度の微差であって,格別看者の注意を引くものではないといえる。
そして,差異点(a)ないし(e)が相俟って奏する視覚的な印象を考慮しても,差異点(a)ないし(e)によって,需要者(消費者,取引者)に対し,両意匠の共通点(A)ないし(D)によって起こさせる一つのまとまった独特の共通の美感とは異なった格別な美感を与えるものとは認められないから,本願意匠は引用意匠に類似するとした審決の判断に誤りはないというべきである。
第5結論
以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がない。原告は,他に縷々主張するが,審決を取り消すべき誤りは認められない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 大鷹一郎 裁判官 嶋末和秀)