知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10350号 判決 2008年12月10日
平成19年(行ケ)第10350号 審決取消請求事件
平成20年(行ケ)第10031号 審決取消当事者参加事件
原告
X1
当事者参加人
ベクトン・ディキンソン・アンド・カンパニー
両名訴訟代理人弁護士
鈴木修
同
大西千尋
同訴訟代理人弁理士
星野修
同
吹田礼子
被告
特許庁長官
指定代理人
八木誠
同
北川清伸
同
紀本孝
同
酒井福造
脱退原告
X2
脱退原告
X3
主文
1 特許庁が不服2004-23836号事件について平成19年6月6日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,原告及び脱退原告両名が,発明の名称を「ルア受け具及び流体の移送方法」とする後記発明につき国際出願の方法により共同して特許出願をしたところ,日本国特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,同庁が平成16年12月22日付け補正を却下した上で請求不成立の審決をしたことから,同審決の取消しを求めた事案である。
なお,当事者参加人は,本件訴訟係属中に脱退原告両名から特許を受ける権利の譲渡を受けたとして,平成20年1月28日付けで当事者参加をし,脱退原告両名は本件訴訟から脱退した。
2 争点は,①上記補正却下は適法か,及び,②上記補正前の発明が下記引用例との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するか,である。
記
・ 引用例:特開昭63-130038号公報(発明の名称「内視鏡用鉗子栓」,出願人オリンパス光学工業株式会社,公開日昭和63年6月2日,以下「引用例」といい,同記載の発明を「引用発明」という。甲1)
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告及び脱退原告両名は,平成10年(1998年)5月29日と平成10年(1998年)9月28日の優先権(いずれも米国)を主張して,平成11年(1999年)5月28日,名称を「ルア受け具及び流体の移送方法」とする発明につき国際出願(PCT/US99/11882。日本国における出願番号は特願2000-550551号。以下「本願」という。)をし,平成12年11月29日に日本国特許庁に翻訳文(甲14の1~4。国内公表は平成14年6月4日〔特表2002-516160号〕,甲2)を提出し,その後,平成13年5月9日付け(第1次補正。甲3)及び平成16年1月7日付け(第2次補正。甲4)で各補正をしたが,拒絶査定を受けたので,不服の審判請求をした。
同請求は特許庁において不服2004-23836号事件として審理され,その中で原告及び脱退原告両名は平成16年12月22日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正(第3次補正,請求項の数62,以下「本件補正」という。甲5)をしたが,特許庁は,平成19年6月6日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない」との審決(出訴期間として90日附加)をし,その謄本は平成19年6月18日原告及び脱退原告両名に送達された。
(2) 当事者参加と脱退
本件訴訟は原告及び脱退原告両名により平成19年10月16日提起されたが,その後の平成20年1月2日に至り,脱退原告両名の有する特許を受ける権利は当事者参加人に譲渡され,特許庁に対し平成20年1月18日付けで上記に関し出願人名義変更届が提出された。
そこで当事者参加人は,平成20年1月28日に至り,当事者承継参加の申出をし,これを受けて脱退原告両名は,平成20年4月14日の本件第2回弁論準備手続期日において,原告と被告の同意を得て本件訴訟から脱退した。
(3) 発明の内容
ア 本件補正前(第2次補正時のもの)
本件補正前の特許請求の範囲は,平成16年1月7日付けの第2次補正時のもので,請求項の数は62であるが,その請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。下線は判決で付記)は,次のとおりである。
【請求項1】 ルアロックコネクタの雄型ルア先端を受け入れるルア受け具であって,
内壁を有すると共に,基端から末端側に向けてボアが形成され,該基端が前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な寸法であるハウジングと,
前記基端近傍で且つ前記ボアの内部に少なくとも一部が挿置されるように該ハウジングに取り付けられると共に,上側部分と,該上側部分から下方に伸長する伸長部分と,前記上側部分の上面近傍から延伸して該上側部分を貫通し且つ前記伸長部分の少なくとも一部に延入するスリットとを有する隔膜とを備え,
前記ハウジングは前記隔膜の上面近傍に密封力を加えて該上面近傍の前記スリットを密封し,前記伸長部分は前記スリットと交差する方向の長さであるその幅が前記上側部分の幅より狭く,前記隔膜及び前記スリットは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる寸法に形成され,該雄型ルア先端が前記隔膜内に挿入されると,該隔膜の少なくとも一部が該隔膜の長手軸から側方に変位して変位した隔膜部分が形成され,
更に,前記隔膜の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,該キャビティは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の内部に挿入された時に変位した前記変位した隔膜部分を受け入れることを特徴とするルア受け具。
イ 本件補正後(第3次補正時)
平成16年12月22日付けでなされた本件補正後の特許請求の範囲は,請求項の数は62であるが,その請求項1に記載された発明(以下「補正発明」という。下線は判決で付記)は,次のとおりである。
【請求項1】 雄型ルアカニューレと,該雄型ルアカニューレを取り囲むように形成された雌型ねじ端部とを有するルアロックコネクタに結合するルア受け具であって,
ハウジングと,該ハウジングに取り付けられる隔膜とを備え,
前記ハウジングは内壁を有すると共に,その基端から末端側に向けてボアが形成され,該ハウジング基端の寸法は前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な大きさに設定され,
前記隔膜は,少なくとも部分的に前記ハウジング基端近傍の前記ボア内に挿置されると共に,上側部分と,該上側部分から下方に延在する伸長部分と,前記上側部分の上面近傍から該上側部分を貫通し且つ該伸長部分の少なくとも一部にまで延伸するスリットとを有し,
前記ハウジングは前記隔膜の上面近傍に密封力を加えて前記スリットを前記上面の部分で密封し,
前記隔膜の伸長部分は前記スリットと交差する方向の長さであるその幅が前記上側部分の幅より狭く,
前記隔膜と前記スリットの寸法及び形状は,前記ハウジングの基端を前記ルアロックコネクタの前記雌型ねじ端部の内部に係入すると前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込むように,夫々設定され,
前記雄型ルアカニューレを前記隔膜に挿入すると,該隔膜の少なくとも一部がその長手軸から側方に変位し,
前記隔膜の伸長部分の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,前記雄型ルアカニューレを前記隔膜の内部に挿入し且つ前記雌型ねじ端部が前記ハウジングに嵌合した時に,前記変位した隔膜の一部は,前記雌型ねじ端部の内部で前記少なくとも一つのキャビティ内に受け入れられることを特徴とするルア受け具。
(4) 審決の内容
ア 審決の詳細は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,①本件補正は特許請求の範囲を一部拡張し又は不明確にするものであるから却下されるべきである,②本件補正前の発明である本願発明は前記引用発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
イ なお審決は,引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点を次のとおりとした。
<引用発明の内容>
「弾性栓体のスリット外周部と保持枠との間に空隙を設けることにより密着性と開口性を両立させるようにした鉗子栓1と,鉗子保持枠4とを備え,
鉗子栓1は,上面に上部フランジを有し,上面中央部の球面状凹部1aの底壁中心部には直径方向のスリット2が穿設され,側周面上方寄りの部分のスリット2と略直角方向位置にはスリット2の長さより小さい区間で半球状の突起3が設けられ,スリットは突起3の位置よりも下方まで延びていて,突起3から下方のフランジ部に至るまでの側周面は,凹部を形成して,円筒状の鉗子保持枠4の内表面との間に空隙6が形成されるように嵌着される鉗子挿入口。」
<一致点>
いずれも,
「他の部材の先端を受け入れる受け具であって,
内壁を有すると共に,基端から末端側に向けてボアが形成されたハウジングと,
前記基端近傍で且つ前記ボアの内部に少なくとも一部が挿置されるように該ハウジングに取り付けられると共に,上側部分と,該上側部分から下方に伸長する伸長部分と,前記上側部分の上面近傍から延伸して該上側部分を貫通し且つ前記伸長部分の少なくとも一部に延入するスリットとを有する隔膜とを備え,
前記ハウジングは前記隔膜の上面近傍に密封力を加えて該上面近傍の前記スリットを密封し,前記伸長部分は前記スリットと交差する方向の長さであるその幅が前記上側部分の幅より狭く,前記隔膜及び前記スリットは,前記他の部材の先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる寸法に形成され,該他の部材の先端が前記隔膜内に挿入されると,該隔膜の少なくとも一部が該隔膜の長手軸から側方に変位して変位した隔膜部分が形成され,
更に,前記隔膜の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,該キャビティは,前記他の部材の先端が前記隔膜の内部に挿入された時に変位した前記変位した隔膜部分を受け入れる受け具。」
である点で一致する。
<相違点>
本願発明は,「ルアロックコネクタの雄型ルア先端」を受け入れる受け具であって,ハウジングの基端の寸法が,前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な寸法であるのに対し,引用発明は,鉗子の先端を受け入れるための受け具であって,その基端の寸法について特定されていない点。
(5) 審決の取消事由
しかしながら,審決には以下に述べるとおり誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(補正却下の判断の誤り)
(ア) 審決は,「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア」とが同じものであるとの理解を前提に,補正前において「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを本件補正により「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」とした点,すなわち「雄型ルア先端」を「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」とする補正が,特許請求の範囲を拡張又は不明確にするものであるとして,本件補正を却下した。
しかし,「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア」とは同じものではなく,むしろ「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア先端」が同じものである。
この点,本願明細書(甲14の2,国内書面の明細書)の「カニューレ」という用語のうち,図に記載された数字が付されているものは,全部で11箇所あり(明細書の段落【0025】,【0029】,【0030】,【0031】参照),そこで付されている数字はすべて「32」であるので,記載としては「ルアカニューレ32」となる。この「ルアカニューレ32」は,前後の文脈からすると,いずれも図1に「32」という番号を付した部分を指し示している。
これに対し,ルア先端について数字が付されている例は4箇所であり,このうち段落【0029】には「ルア先端32」と,段落【0078】には「ルア先端832」と,段落【0094】には「ルア先端932」と,それぞれ記載されている。このうち「ルア先端32」と記載されている部分は,前後の文脈からすると,図1において「32」という番号を付した部分を指し示している。すなわち,「ルアカニューレ32」も「ルア先端32」も同じもの(図1において「32」という番号を付された部分)を指し示している。また,「ルア先端832」と記載されている部分は,図54の下の図(英語で「Fig.55」と記載されているもの)及び図55の下の図(英語で「Fig.55」と記載されているもの)において「832」という番号を付した部分を指し示しているが,これは,その形状からすると,図1にいう「32」という数字を付された部分と同じものであると考えられる。同様に,「ルア先端932」と記載されている部分は,図60において「932」という番号を付した部分を指し示しているが,これは,その形状からすると,図1にいう「32」という数字を付された部分と同じものであると考えられる。
以上のとおり,「ルアカニューレ」と「ルア先端」とは同じものである。
(イ) そうすると,本件補正の前後による差は,「雄型ルア先端(を挿入する)」か「雄型ルア先端の少なくとも一部(が内部に入り込む)」かという点となる。
この点,補正前の文言は,「前記隔膜及び前記スリットは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる寸法に形成され」という表現であり,隔膜とスリットの寸法及び形状が,雄型ルアカニューレの挿入を受け入れることができるものであること,という要件が規定されていた。この要件において,隔膜とスリットの寸法及び形状が,雄型ルアカニューレの全部の挿入を可能とするものでなければならない,という限定はなされていない。また,雄型ルアカニューレの一部が隔膜の内部に挿入されているという程度の挿入状態であっても,一応カニューレが隔膜の内部に挿入されているといえることからすれば,その程度に挿入可能なものも「内部に挿入できる」という概念に当たるのは当然である。
そして,ロック付きのルア・コネクターは汎用品であるから,ルア受け具に挿入されるルアカニューレ及びそれを取り巻くハウジング部分の長さは,メーカーにより,また製品により多少の差がある。そのためルアとルア受け具を嵌合させた場合に,ある製品についてはルアカニューレの全部が隔膜の内部に完全に挿入されるものもあれば,別の製品についてはルアカニューレの一部しかルア隔膜の内部に挿入されないものもあり得る。そのような場合を考えて,ルアカニューレが隔膜内部に挿入される,との当初の記載を,ルアカニューレの全部又は一部が隔膜内部に挿入される,と補正することは,嵌合の仕方をより正確に表現し,明確化したものにすぎない。
以上のとおり,補正前の文言についても,雄型ルアカニューレの一部のみを受け入れることができるような形状・寸法の隔膜やスリットも技術範囲に含まれるものと理解することができるのであって,補正後の文言において「の少なくとも一部」が付加されたことは,特許請求の範囲を拡張するものではなく,不明確にするものでもない。
(ウ) なお,平成18年法律第55号による改正前の特許法旧17条の2第4項2号の「特許請求の範囲の減縮」にいう「減縮」とは,補正後の特許請求の範囲が全体として補正前の特許請求の範囲に対してより狭い範囲であれば足りるものと解すべきである。補正前のクレームの文言を可能な限り生かしながら文言の修正をしようとするならば,多数の断片的な修正部分の集合となりやすい。そのような場合に個々の修正箇所がそれぞれ単独では請求の範囲の縮小には当たらないことがしばしば生じる。仮に同号を修正箇所のそれぞれが特許請求の範囲の減縮に当たることを要すると理解すると,上記のような修正箇所が含まれている場合には,「減縮」の要件を満たさないこととなるが,その結果,同号の存在意義が不合理に減殺されることは明らかである。修正箇所のそれぞれが特許請求の範囲の減縮に当たることを要するとの見解は,既に行われた審査結果を有効に活用することが可能な範囲の補正を認めるという同号の趣旨に照らし不合理であり,採り得ないものというべきである。
(エ) 以上のとおり,上述の補正前文言と補正後文言の間では特許請求の範囲は拡張されておらず,またその範囲が不明確になっているものでもないから,本件補正を却下した審決の判断は誤りである。
イ 取消事由2(一致点・相違点の認定の誤り)
(ア) ハウジング
審決は,「鉗子保持枠4」が,その機能ないし構造からみて本願発明の「ハウジング」に相当するとして,これらを一致点として認定する。
ところで,本願発明のハウジングは,「内壁を有すると共に,基端から末端側に向けてボアが形成され,該基端が前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な寸法で」あり,また,「前記隔膜の上面近傍に密封力を加えて該上面近傍の前記スリットを密封」するものである(請求項1)。
これに対し,引用発明の鉗子保持枠は特別な形状であることが求められていない。引用発明でも,スリットを閉じる方向に局部的に押圧する手段として突起3が設けられているが,鉗子保持枠は,スリットに加えられた開く方向の力に対し,突起3を通じて伝えられた押圧力に対する反作用として単純に押し返す力を作用させているだけである。
したがって,引用発明には,「隔膜の上面近傍に密封力を加えて該上面近傍の前記スリットを密封」するハウジングが開示されていないから,審決は一致点の認定を誤ったものであり,その結果,本願発明の「ハウジング」が密封力を加える特別な構造を持ったものであるのに対し引用発明の「鉗子保持枠」はそのような構造を持たない,という相違点を看過したものである。
(イ) スリット
審決は,引用発明における突起3から下方のフランジ部に至るまでの部分が,その機能ないし構造からみて本願発明の「伸長部分」に相当するとして,「上側部分と,該上側部分から下方に伸長する伸長部分と,前記上側部分の上面近傍から延伸して該上側部分を貫通し且つ前記伸長部分の少なくとも一部に延入するスリットとを有する」点を両発明の一致点として認定する。
ところで,本願発明の隔膜は,「上側部分と,該上側部分から下方に伸長する伸長部分」を持ち,スリットは「前記上側部分の上面近傍から延伸して該上側部分を貫通し且つ前記伸長部分の少なくとも一部に延入する」ように設けられているものである(請求項1)。
これに対し,引用発明(甲1)には,鉗子栓1の断面形状はM字状のものであり,「…その上面中央部の球面状凹部1aの底壁中心部には直径方向のスリット2が穿設されている。…」(2頁右下欄下7行~下5行)と記載されている。引用例には実施例以外に鉗子栓の形状全般について述べる部分はないので,「M字状」の形状が引用例に通有の形態とみることができる。
そして,引用発明(甲1)の第2図に示されているように,鉗子栓の上面の部分から突起3のやや下のところ(審決でいう上面部)までは中実であり,そこにはスリットが穿設されているが,その下方に伸長する「伸長部分」に相当する部分が設けられているとはいえない。また中空の部分にスリットが穿設されているとみることもできない。
したがって,審決の上記一致点の認定は誤りであり,審決は「該上側部分から下方に伸長する伸長部分」と「前記上側部分の上面近傍から延伸して該上側部分を貫通し且つ前記伸長部分の少なくとも一部に延入する」スリットに相当する構成の有無についての相違点を看過したものである。
(ウ) キャビティ
審決は,引用発明における「空隙6」は,その機能ないし構造からみて本願発明にいう「キャビティ」に相当するとして,これらを一致点として認定する。
この点,本願発明におけるキャビティは,隔膜の側方に少なくとも一つ画成されるものであり,かつ,雄型ルア先端が隔膜の内部に挿入された時に変位した隔膜部分を受け入れるものとして構成されている。
他方,引用発明において鉗子栓のスリットに物体が挿入された場合の力の作用について分析すると,①挿入された物体がスリットの長手方向軸線に対し概ね垂直の方向に力を付加し,②それにより引用発明のスリット部の横方向壁は側方に変位されようとする,③スリット部の外周,鉗子栓の側周面には空隙が形成されているが,スリットの真横に当たるスリット部の側方部分ではそこに設けられた突起3により空隙が埋められているから,スリットの横方向壁を受け入れるように変位することができなくなっている,そのため,④スリット部のスリットに対し垂直方向の部分は突起3も含め変形することになり,この変形に対する反発力によりスリットは密封される方向に力を受ける,⑤鉗子などがスリットを通過した後は,スリット部の変形した部分の反発力によりスリットは閉じる。これらによれば,引用発明においては,スリットが突起3によって付勢されている結果,直角方向には変位自在ではないことが明らかである。
また,引用発明(甲1)の第1図,第2図によれば,突起3より下の鉗子栓部分に空隙6の一部があるものとされているが,スリットに物体が挿入され,スリットと垂直方向に力が働く結果として,この部分が変形することはない。なぜなら,当該空隙6の近傍では,鉗子栓の中心側は中空であり,この中空部分に配置された鉗子その他の器具が鉗子栓の空隙部分を外側に押すように力を作用させることはないからである。
以上のとおり,鉗子先端がスリット内に挿入されても,スリットの側方で鉗子栓の一部が長手軸方向から側方に変位するものではなく,また,空隙にその変位した部分が受け入れられることにもならない。キャビティは鉗子栓のスリット側方には存在しないものであり,側方において変位した鉗子栓の部分を受け入れるものでもない。
したがって,審決の上記一致点の認定は誤りであり,同部分に係る相違点を看過したものである。
ウ 取消事由3(容易想到性の判断の誤り)
(ア) 審決は,本願発明が「ルアロックコネクタの雄型ルア先端」を受け入れる受け具であって,ハウジングの基端の寸法が前記ルアロックコネクタ内に挿入可能な寸法であるのに対し,引用発明は鉗子の先端を受け入れるための受け具であって,その基端の寸法について特定されていない点で相違するものの,二つの発明の課題は共通であるから,引用発明をルア受け具に適用して上記相違点に係る本願発明の特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得ることであるとする。
(イ) しかし,本願発明と引用発明の利用分野は異なるものであり,そのために求められる技術的な要件も以下のとおり異なることからすれば,引用発明をルア受け具に適用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。
a 本願発明は,汎用のルアロックコネクタの雄型ルア先端を受け入れるルア受け具の隔膜であるのに対し,引用発明は,内視鏡用鉗子栓である。ルア受け具の隔膜は,ルアと組み合わされて使用されるものであり,比較的外形の大きなルアカニューレを受け入れる受容性と,ルアカニューレを受け入れた状態で密閉して輸液を漏洩させないようにする密閉性を兼ね備えるという特徴を持たなければならない。
一方,内視鏡の鉗子栓は「栓」であり,鉗子など比較的大きなものを一時的に挿通した後は比較的細いものを保持するだけである。引用発明が改良しようとする密閉性に関する問題とは,鉗子栓を通して鉗子を挿入したり取り出したりする作業を繰り返すことから生じる鉗子栓スリット部分のヘタリに起因する密閉性の低下の問題である。
b ルア受け具と内視鏡用鉗子栓とは同じくスリットを穿設されているが,隔膜のスリットは長いルアを挿入された時にその長さの全部についてぴったりと吸い付くように形状を工夫しなければならないのに対し,鉗子栓の場合にはスリット自体の形状については特別な工夫を要するものとはされていない。鉗子栓のスリットは,鉗子栓という蓋に鉗子を通過させるために設けられた開口である。
c ルア受け具においては,製品自体使い捨てであるから新品の状態における密封性の問題であるのに対して,鉗子栓の密封性は,上記のとおり,何度も開く,閉じるという動作をすることから生じる,ヘタリに起因する密封性の問題である。
d ルア受け具は常にハウジングの内側に(少なくとも部分的に)装着され,ルアとセットで輸液管を形成するとともに,ハウジング内に余分な滞留スペースが生じないようにするものであるのに対し,鉗子栓は,必ずしも鉗子栓枠の内側に装着されずとも鉗子栓枠の外側から栓をする形状であってもよい。
e ルア受け具はハウジングの内部に装着され,内側からはルアカニューレで,外側からはハウジングで圧迫されることになる。ルアカニューレを挿入されたときのスリットの開け方,隔膜のそれぞれの部分の変形の仕方,隔膜の微細な部分に微妙に作用する強弱様々な力の大きさや向きなどの工夫を通じて,ルアカニューレを挿入しやすいのに密閉性が高いという状況を作り出すように設計される。
これに対し,引用発明の鉗子栓では,スリットに対して垂直方向に付勢されているという程度の工夫があれば足りる。
f ルア受け具では,そのハウジングの基端の寸法が汎用のルアロックコネクタを挿入可能な寸法でなければならない。隔膜に設けられたスリットは,外径の比較的大きな円筒状のルアカニューレを受け入れるためのものであり,そのような形状や大きさに開放すると同時にルアカニューレを受け入れた状態で密閉性を保つ構造でなければならないし,動脈管又は血液透析管のような高圧の箇所に使用しても漏洩の可能性が少ないという程度に密閉性を持たなければならない。ルアロック受け具の場合,厳しい制約条件の下で密閉性と貫入容易性を両立しなければならない。
これに対し,引用発明における内視鏡の鉗子栓ではハウジングの寸法について特別の制約がない。鉗子栓に設けられたスリットは平板な形状の鉗子を通過させるためのものであり,一部の方向についてのみ十分な開放性を有すれば足り,鉗子が抜き取られた状態での密閉性に技術的意味がある。引用発明における密閉性と貫入容易性の両立はさほど困難なものではない。
(ウ) このように,本願発明の隔膜と引用発明の鉗子栓とは,スリットを穿設した弾性体という点では共通するものの,製品に用いられる技術的要件が大きく異なる。引用発明の鉗子栓には,製品の基本的な要件が全く異なるルア受け具という製品分野において,長いスリットを設けた長い中実な延伸部分とその側方に設けられたキャビティという構成を有し,スリットにルアカニューレが挿入されるとそれによりスリットを挟んだ横方向壁が横方向にキャビティに受け入れられるように変形することによって,ルア受け具に求められる高い密閉性と貫入の容易性を両立するという技術思想について,何らの開示も示唆もないのである。
それにもかかわらず,審決は,ルア受け具と内視鏡の鉗子栓とでは適用される技術分野が異なり,求められる密閉性と貫入容易性の要件が異なることを看過して上記のとおり判断したものであり,その進歩性についての判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(4)の各事実はいずれも認めるが,同(5)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告及び当事者参加人(以下「参加人」という。)の主張はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
本件補正は,隔膜の内部に挿入される部分について,補正前の「雄型ルア先端」を「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」に変更することを含むものである。
この補正箇所について,補正前の「雄型ルア先端」なる用語が表す部分と補正後の「雄型ルアカニューレ」なる用語が表す部分とがどのような対応関係になっているのか不明であるし,また,常識的には補正の前後において,部材の機能を有する部分が変更されることはあり得ないところ,補正後の「雄型ルアカニューレ」は補正前の「雄型ルア」に対応するものであるとすれば,本件補正により,その機能を有する部分が「雄型ルア」の「先端」から「雄型ルア」「の少なくとも一部」に変更するものとなるから,本件補正による変更は特許請求の範囲を拡張するものである。また,本件補正後の記載において,「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」の「少なくとも一部」が,どのような部分までを前記一部として含むのか本願の明細書又は図面をみても不明確であるから,審決において,本件補正は,特許請求の範囲を一部拡張し,又は不明確にするものである,としたものである。
原告及び参加人は,この補正箇所について,補正前の「雄型ルア先端」と補正後の「雄型ルアカニューレ」とが同じものである旨主張する。しかし,そうであったとしても,補正前には「雄型ルア先端」なる用語で表される部分全体が隔膜内部に挿入されるものであったのが,補正後には「雄型ルア先端」なる用語で表される部分の一部が隔膜の内部に挿入されるという,補正前にはない態様を含むものとなるから,本件補正による変更は特許請求の範囲を拡張するものであり,原告及び参加人の上記主張は失当である。
また原告及び参加人は,特許法旧17条の2第4項2号「特許請求の範囲の減縮」にいう「減縮」とは,補正後の特許請求の範囲が全体として補正前の特許請求の範囲に対してより狭い範囲であれば足りるものと解すべきであると主張する。しかし,同号は,「特許請求の範囲の減縮(第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と規定されており,特に,発明を特定するために必要な事項を「限定する」とは,補正前の請求項に記載された発明を特定するための事項の一つ以上を,それぞれ,概念的により下位の発明を特定するための事項とすることであるから,補正後の一つ以上の発明を特定するための事項が補正前の発明を特定するための事項に対して,概念的に下位になっていることを要するものである。
したがって,原告及び参加人の上記主張は失当である。
(2) 取消事由2に対し
ア ハウジング
原告及び参加人は,本願明細書の記載を参酌して,本願発明の「隔膜の上面近傍に密封力を加えて該上面近傍の前記スリットを密封」する「ハウジング」とは,密封力を加えるための特別な構造を持ったものである旨主張する。
しかし,本願の請求項1には,「傾斜面」,「突起」だけでなく,「プラットフォーム」についても何ら記載されておらず,本願発明の「ハウジング」が原告及び参加人が主張するような密封力を加えるための特別な構造を持ったものに限定されるものではない。
そして,引用発明の「鉗子保持枠4」は,鉗子栓1(隔膜)に設けた突起3を介して,鉗子栓1(隔膜)の上面近傍に密封力を加えて上面近傍のスリット2を密封するものであり,本願発明の「ハウジング」に相当するものであるから,原告及び参加人の上記主張は失当である。
なお,仮に原告及び参加人が主張するように本願発明の「ハウジング」が密封力を加えるための特別な構造を持ったものに限定されるとしても,引用例(甲1)には,別の実施例として,突起を「鉗子栓」(隔膜)ではなく,「鉗子保持枠」(ハウジング)に設けること(3頁右上欄2行~左下欄5行,第4,5図参照)が示されており,引用発明においてハウジング側に突起を設ける等してハウジングが密封力を加える特別な構造を持つようにする程度のことは,当業者が必要に応じて適宜なし得る設計事項にすぎないから,審決の結論に影響を与えるものではない。
イ スリット
原告及び参加人は,審決には,鉗子栓1の上面の部分から突起3のやや下のところまでが上面部であり,突起3のやや下のところまでが本願発明の上側部分に相当し,突起3のやや下のところから下方のフランジ部に至るまでの部分が本願発明の伸長部分に相当することが記載されている旨主張するが,審決が本願発明の「上側部分」に相当すると認定した「上部フランジ」を含む「上面部」は,突起3よりも上の部分である。
また原告及び参加人は伸長部分が中実である旨主張しているが,本願の請求項1には伸長部分が「中実」であることは記載されていないから,原告及び参加人の主張は請求項1の記載に基づくものではなく失当である。ただし,スリットは中実の部分でないと形成できないから,同項における「伸長部分の少なくとも一部に延入するスリットとを有する」なる記載からみて,前記伸長部分の少なくとも一部が中実であるとはいえる。
そして,本願の請求項1における上記記載に加えて,同項における「上側部分から下方に伸長する伸長部分」,「前記伸長部分は前記スリットと交差する方向の長さであるその幅が前記上側部分の幅より狭く」なるとの記載からは,本願発明の「伸長部分」は,「上側部分」から下方に伸長し,スリットと交差する方向の長さであるその幅が「上側部分」の幅より狭く,伸長部分の少なくとも一部が中実であり,該一部の中実の部分にはスリットを有するものであると認められる。
これに対し,引用発明の「突起3から下方のフランジ部に至るまでの」「部分」は,上部フランジを含む上面部(上側部分)から下方に伸長し,その幅が上面部(上側部分)の上部フランジの幅より狭いものであるとともに,突起3がある部分が含まれており,この突起3がある部分は中実であり,スリットが延びていることは明らかである。したがって,「突起3から下方のフランジ部に至るまでの」「部分」は,本願発明の「伸長部分」に相当するものである。そして,鉗子栓1は,上面部(上側部分)の上面近傍から伸長して該上面部(上側部分)を貫通し,かつ「突起3から下方のフランジ部に至るまでの」「部分」(伸長部分)の少なくとも一部に延入するスリットを有するものであるから,審決の一致点・相違点の認定に誤りはなく,原告及び参加人の上記主張は失当である。
ウ キャビティ
引用例(甲1)には,「…鉗子栓1はその突起3と鉗子保持枠4の内周とによりスリット2の中央部で直角方向にのみ押圧付勢されている。…更に,スリット2は,その中央部の小さい区間のみ押圧付勢されているだけであり,直角方向以外には第3図に示すように変形自在であるため,処置具や注射筒の挿入性を著しく妨げるようなことはない。」(3頁左上欄10行~右上欄1行)と記載されており,これに第1,3図をも参酌すると,確かに,突起3があるため第3図で示されたスリット2の中央部の直角方向には変形しにくくなっているが,鉗子栓1の突起3がある位置でも,その外周には空隙6が設けられているから,鉗子等がスリット2に挿入された場合,上記空隙6が変位した鉗子栓1の部分を受け入れることにより,鉗子栓1がスリット2の側方で変位できることは明らかである。
したがって,機能ないし構造からみて,引用発明の「空隙6」は本願発明の「キャビティ」に相当するものであるから,審決の認定に誤りはない。
(3) 取消事由3に対し
ルアロックコネクタの雄型ルア先端を受け入れ,ハウジングの基端の寸法がルアロックコネクタ内に挿入可能な寸法であるルア受け具は,医療器具として周知のものである。
そして,上記周知のルア受け具と引用発明は,医療器具という同様の技術分野に属するものであり,管状又は棒状の部材をスリットに挿入して密閉するという機能や構造も共通しているから,上記周知のルア受け具に引用発明を適用することは,当業者であれば容易に想到し得ることである。
また,引用発明における密閉性と貫入容易性の両立の要件については,引用例(甲1)には,「…従って,スリットの密着性は高く,処置具や注射筒がくり返し挿入され,スリット面が摩耗したり,ヘタリが生じるような場合でも気密性は保たれ,吸引力の低下や吸引時の汚物の洩れや吹き出し等も生ずることはない。更に,スリット2は,その中央部の小さい区間のみ押圧付勢されているだけであり,直角方向以外には第3図に示すように変形自在であるため,処置具や注射筒の挿入性を著しく妨げるようなことはない。」(3頁左上欄13行~右上欄1行)と記載されており,ヘタリが生じるような場合でも気密性が保たれるということは,当然新品の場合にも厳しい密閉性が求められることは明らかである。また,処置具や注射筒の挿入性を著しく妨げるようなことはないのであるから,引用発明は貫入容易性についても考慮していることは明らかである。さらに,挿入する処置具や注射筒の径には様々なものがあるものと考えられるから,仮に引用発明のスリットに外径が比較的大きなものが挿入されたとしても,その密閉性や貫入容易性が維持されるように考慮することは当然のことである。そうすると,本願発明と引用発明との密閉性と貫入容易性の両立の要件には,格別な違いがあるとはいえない。
したがって,本願発明の密閉性と貫入容易性の両立についての効果は,引用発明から予測し得る程度のものにすぎず,審決のなした本願発明の進歩性についての判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(当事者参加と脱退),(3)(発明の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 取消事由1(補正却下の判断の誤り)について
(1) 補正発明の意義
ア 本件補正後の補正発明の内容(【請求項1】)は,前記第3,1(3)イ記載のとおりである。
イ 一方,本願明細書(甲14の2,なお図面は公表公報〔甲2〕による。)には次の記載がある。
・ 「【0001】
【発明の背景及び概要】
本発明は従来のルアロックコネクタに係合するルアアクセス装置,特に,ルアロックコネクタの先端が隔膜内に貫入することを利用して,医療流体を移送すべくアクセスする装置に関する。」
・ 「【0002】
開発間のない「ニードル無し」の医療流体アクセス装置が高価であることは周知である。このコストの多くは,隔膜に貫入するためカニューレを広く使用すること,又は高価なルア作動弁及び内部のスパイク利用装置を使用することに関係する。」
・ 「【0003】
理想的な医療流体アクセス装置は,IV管,食塩水ウェル,動脈管,血液透析管,及び流体を吸引するため又は流体の注入が望まれるその他の全ての箇所を含む,あらゆる医療流体の供給又は血液へのアクセス装置に適用可能でなければならず,また,次の9つの重要な特徴を備えなければならない。」
・ 「【0004】
1. 従来の尖くないカニューレと遡って適合可能であること;
2. ルアカニューレを通る流量以下の流量に制限しないこと;
3. ルアロックコネクタを装置から引き抜くとき,実質的に負圧が存在しないこと;
4. ルア先端を装置内に挿入するときの力が小さいこと;
5. ルア先端が挿入後に休止する前進位置に止まるように,ルア先端を滑り挿入した後,実質的な反作用が存在しないこと;
6. (従来の簡単なリシールに関係する場合のように)所要面積が小さく且つ高さが低いこと;
7. 装置内の流体の流れに対して中央の流路を隔離すること;
8. 基本的な設計は,流体の境面と関係した流体の無駄スペース(中央スパイクの固定された管腔に伴うような無駄スペースは,装置を血液の吸引に使用するならば,装置内に残留血液を残すことになろう)を生じることなく展開することのできる形態を提供しなければならない;
9. 製造コストが従来の標準型のリシールと同様であること(これらの簡単な装置は,20年以上に亙って流体にアクセスするための基本的なアクセス箇所であり,新たな汎用的標準たらんとする新しい全ての装置の最適な目標製造コストのコスト基本となる)。」
・ 「【0005】
本発明の1つの目的は,これら9つの特徴の全てを提供し,また,医療流体にアクセスするための新しい汎用的標準となることのできる,医療流体のアクセス装置を提供することである。」
・ 「【0007】
本発明は,経済的に製造でき,「閉じたスリット」休止位置への反発を増し,これにより,動脈管又は血液透析管のような,高圧の箇所にて使用したときの漏洩の可能性を少なくする改良された隔膜及びハウジングの形態を含むものである。また,本発明は,平坦な面付きの大径のルア先端の場合でさえ,隔膜に貫入するのに必要な貫入力が小さく,また,ルア先端の引き抜きに伴う負圧を降下させ又は解消する形態をも提供するものである。」
・ 「【0008】
全体として,該ルア貫入受け入れ具は,入口及び出力を有するハウジングを備えている。該ハウジングは,従来の円筒状ルアロック端部内に受け入れられ且つねじ込まれ得るような寸法とした基端部分を備えている。ハウジング内に密封部分を有する,長手方向軸線を画定する細長いエラストマー的な隔膜が提供される。該隔膜は,隔膜上側部分と,隔壁下側部分を備える目標部分とを有している。上側部分は,ハウジングの上方に突き出し且つ周囲面を画定することが好ましい。下側部分は,ハウジングの入口に隣接して配置されている。スリットが密封部分から周囲面まで隔膜を貫通して伸びている。このスリットは,隔膜の長手方向軸線に沿った長手方向軸線と,隔膜の交軸線に沿った長い交軸線とを画定する。…隔膜は,ハウジング内の中央に突き出す伸長部も備えており,該伸長部は,上側部分と比較したとき,スリットの長い交軸線に対し垂直な縮小した横方向幅を有している。」
・ 「【0009】
隔膜は,ハウジングの入口を塞ぐことが好ましい。隔膜上側部分は,ルア先端の断面積よりも大きい断面積を有することが好ましい。入口は,隔膜上側部分の下方に配置された対向する入口壁プラットフォームを提供する形態とされている(このプラットフォームは,周方向となるよう隔膜の周りを伸びるようにしてもよい)。隔膜上側部分は,入口壁のプラットフォームの上面に休止することが好ましい。対向するプラットフォームの少なくとも一部分は,スリットの長い交軸線に対し横方向に且つ該交軸線と相対的に整合した関係にて隔膜上側部分の対向する横方向部分の下方に配置されている。…」
・ 「【0011】
上述の形態を有する隔膜の面に対しルア先端を押し付けたとき,面の谷部分が形成されて貫入が容易となり,また,貫入したとき,長い交軸線スリットに対して横方向の隔膜の対向する上側部分は横方向に変位される。ルアロック受け具として使用可能であるようにするため,大径のルア先端を受け入れるにも拘らず,隔膜の横方向への拡張程度は最小のスペース内に止め,ルア貫入受け具を円筒状のルアロックコネクタの限界箇所内までねじ込むことができるようにすることを認識することは極めて重要なことである。このことは,ハウジング内に保持された隔膜部分,及びハウジングの上方にある全ての隔膜部分の双方に当て嵌まることである。また,スペースの制限が厳格であり,また,スリットを緊密に密封することが必要であるにも拘らず,隔膜内へルア先端の貫入力を最小にし得るようにルア先端によるスリットの横方向への拡張が大幅に制限されることはない。本発明において,ハウジング及び隔膜は,隔膜が横方向に拡張する間に,ハウジングと隔膜とが圧縮可能に接触し得るように互いに垂直方向への縮小した断面積を提供するような形態とされている。このことは,隔膜が横方向に拡張するのに必要な貫入力の程度を小さくし,これにより,貫入力が最小で済むことになる。入口壁の狭小な対向するプラットフォーム突起を使用することにより,垂直方向断面積を最小にし,また,突起の下方又は上方の関係したスロット内への拡張を容易にすることができる。…」
・ 「【0012】
上述したように,隔膜は,ハウジングの基端部分内の中央にて,隔膜の目標部分まで中央にて突き出す上側部分よりも,小さい断面積を有する伸長部を備えることができる。スリットは,隔膜の伸長部の中心を貫通して伸びる。隔膜の伸長部の横方向壁にスロット又は切欠きを設けることは,隔膜の伸長部の断面積をより小さくすることを可能にする。これらのスロット又は切欠きは,取り巻くハウジングと隔膜の伸長部の横方向壁との間にてスリットの長い交軸線と平行に整列状態に配置することができる。隔膜のスロット又は切欠きは,ハウジングの基端部分の狭小領域内にて隔膜が拡張するためのスペースを提供する。」
・ 「【0025】
【現在の好適な実施の形態の説明】
図1,図2及び図3に図示するように,ルアロック受け具10は,基端部分14と,中央部分16と,末端の管腔20を有する末端部分18とを含むハウジング12を備えている。基端部分14は,入口22と,中間空間すなわちボア26を画定する内壁24と,雄ねじ28とを有し,雄型ルア先端及びそれを取り巻く雌型ねじ端部を有する従来のルアロック30内に螺着可能に受け入れられる寸法とされている。ボア26は,従来のルアカニューレ32を受け入れ得る寸法とされている。隔膜34は,基端部分を有し,この実施の形態において,該基端部分は,幅が拡張した上側部分36と,狭小な下側部分38とを有している。該隔膜34は,ハウジング12の内壁の中間に受け入れられる伸長部40を更に備えている。ルアカニューレ32を緊密に受け入れ得る寸法とされた中央スリット42は,隔膜34の基端部分を貫通し且つ少なくとも一部分,伸長部40を貫通して上側部分36の上面に隣接する位置から伸びるように設けられている。図1の実施の形態において,スリットは伸長部40を貫通して隔膜の末端部分72内に伸びている…隔膜は,シリコーンゴムを含む,その他の同様の医療等級材料を使用することができるが,ポリイソプレンにて製造することができる。…」
・ 「【0028】
隔膜の伸長部40は,上側部分36の横幅(従って,断面積)よりも小さい横幅,従って,断面積を有している。伸長部40は,中央スリット42と整列し且つ該中央スリットに隣接する横方向壁62を有している。伸長部40は,ボア26内に配置され,また,ボア26の横幅(従って,断面積)よりも小さい横幅,従って,断面積を有する,より薄い部分64を含んでおり,対向する隔膜スロット又は切欠き66を画定する。該スロット又は切欠きは,基端ハウジング14の対向する壁の切欠き68と整合させてある。ねじ付きシュラウド30をハウジング12の上方で且つハウジングの周りに受け入れる場合,切欠き66及び切欠き又はスロット68(存在するならば)の組み合わさった容積により画定されたキャビティ又は空隙の容積は,次のようなものとする,すなわち雄型ルア先端の挿入により横方向に変位された隔膜34の部分の少なくとも容積を受け入れることができ,円筒状のルアロックコネクタの狭小部分内に隔膜,ハウジング及び貫入するルアテーパー部分を保持することができるようなものとする。」
・ 「【0029】
中央ハウジング部分16は,拡張した隔膜の密封部分72を受け入れる対向する横方向スロット70を画定する。該隔膜の密封部分72は,中央スリット42の長い交軸線に交差する対向した壁74により中央スリット42から長い距離にて圧縮され,スリット42の密封効果を向上させる。隔膜の密封部分72は,スリット42に隣接して壁76に対し比較的平らに取り付けられ,隔膜の密封部分72が管腔20内に貫入することに伴う下方への撓みを最小にし,ルアカニューレ32を引き抜いたとき,管腔20内の負圧による撓みの可能性を最小にする。管腔20に直ぐ隣接して隔膜の密封部分72の最末端部分を圧縮することを少なくし又は不要にすることにより,横方向への撓みを向上させることができる。隔膜の伸長部40の質量体の一部は,スロット70内により容易に下方に拡張するのを許容し得るように密封隔膜72の横方向部分に追加的な対向する切欠き78を提供することができる。隔膜の密封部分72は,ルアカニューレ32の最大の容積を実際に受け入れるハウジングの基端ボア26を流体充填した末端管腔20から隔離し,ルア先端32を引き抜いたとき,管腔20内に負圧が発生するのを防止する働きをする。隔膜の伸長部40は,スリット42をハウジングの基端ボア26から隔離し且つ流体の容積をこのボアから変位させ,これにより,隔離する末端の密封隔膜72が設けられない場合であっても,ボア26内の流れ及びこれに伴う負圧による撓みをも防止する。」
・ 「【0030】
作動時,湾曲面60に入ることによりルアカニューレ32が貫入し,隔膜上側部分36の撓む部分すなわち横方向部分58を上方に傾動させ,円筒状ルアロックコネクタ30内に拘束されるようにする。ルアカニューレ32を更に下方に進めると,隔膜上側部分36の横方向壁が拡張して対向する狭小な突起50に対して圧縮する。この圧縮力は,対向する狭小な突起50によって集中され,また,ルア先端を挿入することによりこの力に打ち勝つことができる。それは,入口プラットフォーム44及び隔膜34の形状が適合するため,入口プラットフォーム44の周り(及びその上方及び下方)にて拡張することを許容するからである。圧縮力がこの領域にて集中されるにも拘らず,てこ力が加わる隔膜の上側部分36は受け入れ可能な形態であること,及びプラットフォーム44の上方及び下方にて狭小な突起50の周りで隔膜34が拡張することにより,この領域を通じての貫入が容易に実現される。ルアカニューレ32が更に前進すると,隔膜の伸長部40の横方向壁62は撓んで,隔膜の切欠き及びハウジングスロットにより提供されるスペースに入る。また,隔膜の伸長部40の一部分は,撓んでスロット70に入る。ルアカニューレ32をスリット42を通じて末端方向に進めると,該ルアカニューレは,隔膜の密封部分72を横方向に変位させ,ルアカニューレ32と末端の管腔20との間の流体連通状態を開放する。」
・ 「【0031】
ハウジングの基端部分14の長さは,ルアロックコネクタ30を基端部分14まで完全にねじ込むことを許容する寸法とされている。1つの実施の形態において,ルアのテーパー付き先端が,最大限貫入したとき,密封隔膜の端部の丁度,基端側のスリット42内の位置に達するような隔膜の長さが提供される。ルアカニューレ32の相対的に大きい直径は,カニューレ32の先端を超えて開く中央スリット42の一部分を保持し,このため,正確に位置決めすることがそれ程臨界的ではなくなる。ルア先端を引き抜いたとき,流体の負圧による撓みを生じる可能性を更に減少させるため,これを採用することができる。」
・ 【図1】
file_2.jpg( AX.»ウ 以上によれば,補正発明は従来のルアロックコネクタに係合するルアアクセス装置,特に,ルアロックコネクタの先端が隔膜内に貫入することを利用して医療流体を移送すべくアクセスする装置に関するものである。その構成上の特徴は,ルアロック受け具のハウジング部に設けられた一定の長さを持つ内腔(ボア)の一定範囲にシリコンゴム等の弾力性物質(隔膜)を保持し,当該隔膜に切れ目(スリット)を設けることで隔膜を介してルアロックを受け入れることを可能とし,かつハウジング内の隔膜の一部に切欠き(キャビティ)を設けることで隔膜の変形を容易にする等したものであり,これにより,ルアカニューレを通る流量を維持しつつ,小さな力でルア先端を装置内に挿入することを可能にしたり,ルアロックコネクタを装置から引き抜くとき,実質的に負圧が存在しない等の効果を奏するものである。
(2) 補正却下の当否
ア 審決は,「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」と補正したことに関し,「雄型ルア先端」を「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」とすることは,特許請求の範囲を一部拡張し,また不明確にするものである(4頁下15行~下6行)として,本件補正を却下したものである。
上記補正部分は,雄型ルアないし雄型ルアカニューレを本願発明に係るルア受け具に挿入する場合の当該雄型ルアないし雄型ルアカニューレ・スリット・隔膜の各構成を特定するものであるが,審決の上記判断は,基本的には,「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア」とが同じものであるとの理解を前提とするものと理解することができるのに対し,原告及び参加人は,「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア」とは同じものではなく,むしろ「雄型ルアカニューレ」と「雄型ルア先端」とが同じである旨主張するので,以下,両者の関係について検討する。
イ この点,前記(1)イの本願明細書(甲14の2)の記載によれば,
・ ルアカニューレ(32)は中央スリット(42)に受け入れられるものであること(段落【0025】)
・ 雄型ルア先端は隔膜に挿入され,これにより隔膜をキャビティ部において横方向に変位させるものであること(段落【0028】)
・ ルアカニューレ(32)及びルア先端(32)は,いずれもこれらを隔膜から引き抜く際,管腔(20)内に負圧が生じる可能性があること(段落【0029】)
・ ルアカニューレ(32)は隔膜内に挿入され,前進することで,その応当部において隔膜を変形させ,最終的にルアカニューレ(32)と管腔(20)との間の流体連通状態を開放すること(段落【0030】)
・ ルアカニューレ(32)ないしカニューレ(32)はスリット(42)に挿入するものであり,また,ルア先端引き抜いたときに,段落【0029】と同様の理由により,隔膜に流体の負圧による撓みを生じる可能性があること(段落【0031】)
がそれぞれ認められる。
ウ そして,本願明細書(甲14の2)には,上記のほか,次の記載がある。
・ 「【0078】
…ルア先端832を中央スリット内に進めたとき,コラム839をより大きい圧縮荷重下に置き,これにより,垂直なスリット841を撓ませて開放する。…ルア先端832を実質的に完全に挿入すると,膜871(存在するならば)を破断させる一方,ハウジング部分812a,812bの間に拘束された密封リング881は隔膜834の外周の周りにシールを維持する。ルアを挿入する過程中,垂直なスリットが開放すると,流体は開放したスリット841により形成されたキャビティ(図55)に入る。ルア先端を引き抜くと,キャビティが閉じるとき,流体はキャビティから引き出されて流体チャンバに入る。垂直なスリット841は,ルア先端が貫入する間に圧縮力を逃がすことにより,隔膜の末端に貫入するのに必要な貫入力を小さくすることができる。このようにして,圧縮力により緊密な密封状態であるが,小さい貫入力を保つことを許容し得るよう,逃がし機構により垂直な圧縮力を付与することができる。更に,ルアを除去したときに流体がキャビティから排出されることは,典型的に,ルア先端を引き抜くことに伴う負圧を降下させ又は解消することになる。」
・ 「【0094】
…作動時,ルア先端932(図60)を隔膜934の面960に押し付けると,隆起部分958は下方に押されて,隔膜934の面960をスリット934の長軸線に対して垂直な方向よりも該長軸線に対して平行な方向により大きく撓ませ,これにより,その面を曲げ且つ壁921,923の上側部分を偏倚させて面960に隣接するスリット942を開放する。末端の接触部材943は,次のように配置されている,即ち,雄型ルア932が末端の接触部材943に抗してボア926に沿って隔膜934を前進させるとき,末端の接触部材943が壁921,923の下側部分を撓ませ,スリットがその全長に沿って開放するような位置に配置する。隔膜934は,比較的柔軟で且つ弾性的であり,また,デュロメータ硬さが約20乃至40の弾性的なシリコーンで形成することができ,このため,隔膜は末端の接触部材943に対し容易に圧縮するが,解放された後,反発動作する。スリット942に沿って閉じる順序は,隔膜942がその基端の休止位置に反発して戻るときの開放順序の逆にし,圧力を隆起部分958から除去したとき,基端部分が最初に閉じるようにする。これにより,スリット942内の残留する流体を流路637に向けて撓ませ,隔膜934が反発して戻るとき,流路937内の負圧による流体流撓みを緩和し且つ実質的に解消する。…」
これによれば,ルア先端(832,932)はスリット(841,942)に受け入れられ,隔膜(834,934)を変位させるものであること,また,ルア先端(932)は隔膜内に挿入され,前進することで,その応当部において隔膜を変形させ,最終的にスリットが全長に沿って開放されること,さらに,ルア先端(832,932)を隔膜から引き抜く際,負圧が生じる可能性があるなど,上記イと同様のことが認められる。
エ 以上によれば,本願明細書においては,雄型ルアないし雄型ルアカニューレを本願発明に係るルア受け具に挿入する場合,その前進に伴い隔膜が変形され,またそれを隔膜から引き抜く際,管腔内に負圧が生じる可能性を有するといった機能ないし性質を有することが明らかにされているところ,この場合の雄型ルアないし雄型ルアカニューレを特定する用語としては,「ルアカニューレ(カニューレ)32」と「ルア先端32(832,932)」とが混在して用いられていることが認められる。
そうすると,本願明細書においては,上記機能ないし性質を有するものとして指称する場合,「雄型ルアカニューレ32」と「雄型ルア先端32」とは同一のものを意味すると認められる。このことは,上記のようにスリットを介して隔膜内部に雄型ルアカニューレが入り込むような動作がなされる際,スリットに最初に接触するのが必然的に雄型ルアカニューレの先端部分となることからも明らかである。
そして,本件補正における,「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」との表現は,雄型ルアカニューレ32における上記機能が実現する場面を表現したものであることは明らかであるから,ここでの「雄型ルアカニューレ」というのは,ルア受け具に挿入されるルアコネクタの構成全体を指称するものではなく,「雄型ルア先端32」に相当する雄型ルアカニューレの先端部分である「ルアカニューレ32」を意味するものと理解することができるし,「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」というのも,「ルアカニューレ32」に相当する部分がスリットを介して隔膜内に挿入される場合に,これが隔膜と接触している範囲を指すものであることは容易に理解できるところである。
そうすると,本件補正において,「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」と変更することは,実質的に同じ構成を言い換えたにすぎないものであるから,これにより何ら特許請求の範囲を一部拡張するものではないし,不明瞭とするものでもない。
したがって,この点に関する審決の前記判断は誤りといわざるを得ない。
オ この点,被告は,仮に「雄型ルア先端」と「雄型ルアカニューレ」が同じものであったとしても,本件補正前には「雄型ルア先端」なる用語で表される部分全体が隔膜内部に挿入されていたものが,本件補正により「雄型ルア先端」なる用語で表される部分の一部で足りることになるから,本件補正による変更は特許請求の範囲を拡張するものである旨主張する。
しかし,本件補正前の本願発明においては,「ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介し該隔膜の内部に挿入できる」として,挿入されるのはルア先端とするだけで,「ルア先端の部分全体」が隔膜の内部に挿入されるとは記載されていない。そして,上記(1)のとおり,補正発明の意義は,雄型ルアとルア受け具が係合されることにより,ルアロックコネクタの先端が隔膜内に貫入することを利用して医療流体を移送するというものであり,ここで雄型ルアの先端部分が隔膜内に貫入される態様は,医療流体を移送できる程度であることは必要とされるものの,それを超えてその全部が貫入されることは必須の要素でないことは明らかである。
そうすると,本件補正前の本願発明においても,挿入される部分はルア先端の一部又は全部と解さざるを得ないのであって,これを本件補正により「ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」として,挿入される部分がルア先端の一部の場合だけでなく全部が挿入される場合があることを明示することは,実質的にみて何らの変更を加えるものではないから,特許請求の範囲を拡張するものではない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
カ なお被告は,特許法旧17条の2第4項2号「特許請求の範囲の減縮」にいう「減縮」とは,発明を特定するために必要な事項を「限定する」ことであり,これに該当するといえるためには,補正後の一つ以上の発明を特定するための事項が補正前の発明を特定するための事項に対して,概念的に下位になっていることを要するものであると主張するところ,同主張は,補正が「特許請求の範囲の減縮」(特許法旧17条の2第4項2号)に該当するためには,これに該当する個々の補正事項のすべてにおいて下位概念に変更されることを要するとの趣旨を含むものと解される。
しかし,特許請求の範囲の減縮は当該請求項の解釈において減縮の有無を判断すべきものであって,当該請求項の範囲内における各補正事項のみを個別にみて決すべきものではないのであるから,被告の上記主張が減縮の場合を後者の場合に限定する趣旨であれば,その主張は前提において誤りであるといわざるを得ない。
また,特許請求の範囲の一部を減縮する場合に,当該部分とそれ以外の部分との整合性を担保するため,当該減縮部分以外の事項について字句の変更を行う必要性が生じる場合のあることは明らかであって,このような趣旨に基づく変更は,これにより特許請求の範囲を拡大ないし不明瞭にする等,補正の他の要件に抵触するものでない限り排除されるべきものではなく,この場合に当該補正部分の文言自体には減縮が存しなかったとしても,これが特許法旧17条の2第4項2号と矛盾するものではない。
そこでこれを本件についてみると,本件補正は,「ルアロックコネクタの雄型ルア先端を受け入れるルア受け具であって,」を「雄型ルアカニューレと,該雄型ルアカニューレを取り囲むように形成された雌型ねじ端部とを有するルアロックコネクタに結合するルア受け具であって,」と補正することにより,ルア受け具の構成を限定するものであり,また,「前記隔膜の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,該キャビティは,前記雄型ルア先端が前記隔膜の内部に挿入された時に変位した前記変位した隔膜部分を受け入れることを特徴とするルア受け具。」を「前記隔膜の伸長部分の側方に少なくとも一つのキャビティが画成され,前記雄型ルアカニューレを前記隔膜の内部に挿入し且つ前記雌型ねじ端部が前記ハウジングに嵌合した時に,前記変位した隔膜の一部は,前記雌型ねじ端部の内部で前記少なくとも一つのキャビティ内に受け入れられることを特徴とするルア受け具。」と補正することにより,隔膜の構成を限定する部分を含むものである。
そして,これまで述べてきた「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」とした補正は,上記のようなルア受け具及び隔膜の各構成を減縮する補正を踏まえ,これにより「雄型ルア先端」と「雄型ルアカニューレ」との用語が混在するに至ることから,これを後者の用語をもって統一したものと理解することができ,また,「雄型ルア先端」を「雄型ルアカニューレの少なくとも一部」とする補正が実質的に何らの変更を加えるものでないことは,上記エ,オのとおりである。
したがって,本件補正のうち「前記雄型ルア先端が前記隔膜の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して該隔膜の内部に挿入できる」とあるのを「前記雄型ルアカニューレの少なくとも一部が前記上側部分の上面及び前記スリットの少なくとも一部を介して前記隔膜の内部に入り込む」とした部分は,何ら特許法旧17条の2第4項2号に矛盾するものではないから,被告の上記主張は採用することができない。
(3) 小括
以上によれば,本件補正を却下した審決の判断は誤りであり,被告は,本件補正後の特許請求の範囲を前提として,特許要件の有無を検討すべきである。
3 結論
よって,原告及び参加人主張の取消事由1は理由があることになるから,取消事由2,3について判断するまでもなく(なお,本件各証拠を検討すると,引用発明から本願発明が容易想到といえるかについては疑問が残る),原告及び参加人の本訴請求は理由があり,これを認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 森義之 裁判官 澁谷勝海)