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知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10369号 判決 2008年6月24日

原告

シェード アナライジング テクノロジーズ インコーポレイテッド

同訴訟代理人弁理士

浜田治雄

被告

特許庁長官

同指定代理人

多賀実

田口英雄

主文

1  特許庁が不服2005-7446号事件について平成19年6月19日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨。

第2事案の概要

本件は,米国法人である原告が,「双方向歯科治療ネットワーク」とする名称の発明につき特許出願したところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

争点は,①特許請求の範囲の補正の許否,②本願発明が,特許法29条1項柱書にいう「発明」に該当するかどうか,である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,1998年(平成10年)11月3日,同月19日及び1999年(平成11年)2月18日の各優先権(米国)を主張し,同年10月4日,名称を「双方向歯科治療ネットワーク」とする発明について国際出願(PCT/US99/22857。特願2000-579144号)をし(甲11。国内公表は平成14年9月3日。特表2002-528832号),平成12年7月3日に日本国特許庁に翻訳文を提出したが(甲1),平成17年1月21日に拒絶査定を受けたので(甲5),不服の審判請求をした(甲6)。

特許庁は同請求を不服2005-7446号事件として審理し,その手続中で原告は,平成17年5月26日付けで特許請求の範囲を変更する補正(以下「本件補正」という。)をしたが(甲7,8),特許庁は,平成19年6月19日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決を行い,その謄本は,同月29日に原告に送達された。

なお,出訴期間として90日が附加された。

2  本件補正前の特許請求の範囲

本件補正前の特許請求の範囲は次のとおりである(平成16年12月28日付け手続補正書〔甲4〕による補正後のもの。)。

「【請求項1】 歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバと;

前記ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと;

データベースに蓄積された情報にアクセスし,この情報を人間が読める形式で表示するための1台または複数台のコンピュータであって少なくとも歯科診療室に設置されたコンピュータと;

要求される歯科修復を判定する手段と;

前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり,

前記通信ネットワークは初期治療計画を歯科技工室に伝送し;また

前記通信ネットワークは必要に応じて初期治療計画に対する修正を含む最終治療計画を歯科治療室に伝送してなる,コンピュータに基づいた歯科治療システム。

【請求項2】 歯科治療室において,初期治療計画,ならびに歯科治療要求のデジタル画像プレパラートを含むデザイン規準を作成する請求項1記載の歯科治療システム。

【請求項3】 最終治療計画を歯科治療室に伝送する前に初期治療計画を技工室において評価することをさらに含む請求項2記載の歯科治療システム。

【請求項4】 最終治療計画を実行し,最終治療計画を実施する前の確認を含む監視を行うために暫定プレパラート情報を技工室に伝送することをさらに含む請求項3記載の歯科治療システム。

【請求項5】 計画の伝送および評価のステップは通信ネットワークを介して実行される請求項3記載の歯科治療システム。

【請求項6】 最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し,この補綴材を患者に装着することをさらに含む請求項5記載の歯科治療システム。

【請求項7】 歯科補綴材を患者に装着する前にこの歯科補綴材が最終治療計画に従って作成されたかどうかを確認することをさらに含む請求項6記載の歯科治療システム。

【請求項8】 デザイン規準または修正の1つが提案された齲食剔削,歯のプレパラート,または補綴材の色を含む請求項6記載の歯科治療システム。

【請求項9】 デジタル画像表示は実画像と基準画像とを含み,修正は補綴材の色選択を相関させて実画像に整合させることを含む請求項6記載の歯科治療システム。

【請求項10】 デザイン規準は歯のプレパラートと提案された齲食剔削とを含み,1つまたは複数の提案されたデザイン規準が許容可能であるどうかの確認または修正事項を技工室から送信することをさらに含む請求項4記載の歯科治療システム。

【請求項11】 コンピュータは歯科診療室に設置し,通信ネットワークはインターネットである請求項1乃至10のいずれか1つに記載の歯科治療システム。

【請求項12】 データベースに蓄積された情報は特定の歯科補綴材のプレパラートダイアグラム,縮小図,縁部デザイン,およびバーを含む請求項1乃至11のいずれか1つに記載の歯科治療システム。

【請求項13】 データベースはさらに歯科治療の必要性を有する1人または複数の患者に関する情報を含む請求項1乃至11のいずれか1つに記載の歯科治療システム。

【請求項14】 ネットワークサーバは,ユーザが特定の歯科補綴材の材料または処理に関してデータベースを照会し,これを確認,証明,および評価することを可能にする応用プログラムをさらに備える請求項1乃至11のいずれか1つに記載の歯科治療システム。

【請求項15】 歯科診療室に設置された少なくとも1台のコンピュータは前記照会に対するデータベースからの回答を受信し,前記回答を印刷して治療計画を参照するために持ち出しするための,歯科診療室に設置された少なくとも1台のプリンタをさらに備える請求項14記載の歯科診療システム。

【請求項16】 さらに歯科技工室に少なくとも1台のコンピュータを備え,この少なくとも1台のコンピュータは通信ネットワークを介して前記サーバおよび前記歯科診療所に設置された1台または複数のコンピュータに対するアクセスを有する請求項1乃至15のいずれか1つに記載の歯科診療システム。

【請求項17】 歯科治療において必要とされる患者の歯のデジタル画像を撮影するためのデジタルカメラと,このデジタル画像を歯科診療室の1台または複数のコンピュータに送信するための通信リンクをさらに備える請求項1乃至16のいずれか1つに記載の歯科診療システム。

【請求項18】 歯科診療室の1台または複数のコンピュータは歯科治療において必要とされる患者の歯のデジタル画像を記録し,通信ネットワークによってデジタル画像をデータベースに送信してそこに蓄積する請求項17記載の歯科治療システム。」

3  本件補正後の特許請求の範囲

本件補正後の特許請求の範囲は,次のとおりである(甲7)。

「【請求項1】 歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバと;

前記ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと;

前記通信ネットワークを介してデータベースに蓄積された情報にアクセスし,この情報を人間が読める形式で表示するための前記ネットワークに操作可能に接続された1台または複数台のコンピュータであって,歯科診療室に設置された少なくとも1台のコンピュータと更に歯科技工室に設置された少なくとも1台の追加のコンピュータと;

患者の歯の治療必要情報に対応させ,前記歯科修復の歯科補綴材を生成するためのデザイン基準および患者の歯科修復必要情報に対応する電子画像を含む初期治療方法情報であって,この初期治療方法情報は歯科診療室コンピュータまたはコメントを要求するため少なくとも前記初期治療方法情報の電子画像のある歯科技工室コンピュータにおいて生成され,歯科診療室と歯科技工室におけるそれぞれのコンピュータは同時に電子画像に通信ネットワークを介してアクセス可能な初期治療方法情報と;さらに

前記初期治療方法情報の電子画像の修正,増強あるいは確認に基づき,且つ修正された,増強された,あるいは確認された電子画像を含み,電子画像を歯科診療室コンピュータへ通信ネットワークを介して伝送可能な最終治療方法情報と;

から構成されるコンピュータに基づいた歯科治療システム。

【請求項2】 歯科診療室と歯科技工室におけるそれぞれのコンピュータはその表示モニタ上で,最終治療方法情報の電子画像に同時にアクセス可能であり,更に通信ネットワークはインターネットを含むことを特徴とする請求項1記載の歯科治療システム。

【請求項3】 前記画像は患者の歯の色に関するデジタル情報を含み,前記初期治療方法情報は歯を治療するために少なくとも1つの整合する材料の色相を決定することを含み,歯科技工室において,歯科診療室による修復材料の色相の決定を確認あるいは代わりの色相を提示することを特徴とする請求項1記載の歯科治療システム。

【請求項4】 前記データベースは歯科診療室のコンピュータにおいて,複数の歯の色相を示す電子的に蓄積された色情報と;および

その蓄積された歯の色相の色情報を前記画像の色情報と比較して,患者の歯の色相に対応する1色あるいは混合した色を有する1つ以上の歯の色相を同定した後にその同定した色を歯科技工室に伝送する手段とを含む請求項3記載の歯科治療システム。

【請求項5】 患者の歯の画像はコンピュータにより電子的に蓄積された歯の色相の色情報と自動的に比較され且つ患者の歯の画像はカラーピクセルで電子的に表示され 患者の歯の色相の色を決定することを補助する請求項4記載のシステム。

【請求項6】 患者の歯の色相は画像の1つ以上のピクセルを選択することにより決定し,このピクセルは類似の色情報を提供する患者の歯の空間位置差に相当し,その色情報と蓄積された歯の色相の色情報とを電子的に比較することにより患者の歯のその部分の色を決定し,更に歯の色相の色が患者の歯の画像の全ての空間位置に対して決定されるまでピクセルの選択が繰り返され,ここで患者の歯の色相は画像の選択されたピクセル位置での色情報を平均化することにより決定された後に平均化された色情報を蓄積された歯の色相の色情報とを電子的に比較することを特徴とする請求項5記載のシステム。

【請求項7】 患者の歯の画像を得るため及び色情報を電子的に蓄積する前に歯の色相の色情報を得るためにデジタルカメラを更に備えることを特徴とする請求項4記載のシステム。

【請求項8】 デザイン基準の1つは提案された齲食剔削,歯のプレパラート,または補綴材の色を含み,且つコンピュータの少なくとも1つは相互交流型のウェブサイトを含み段階的な手順を検討することにより適切な修復手順を決定し,且つ患者の歯に対する特別な歯科要求に対する反応を得ることができ,ここで修復手順は最終治療方法情報のデザイン基準,歯のプレパラート情報,プレパラートを実施するための工具,あるいは修復に使用する工具あるいは材料を得るための情報源を満たす歯科補綴材の同定を含む請求項1記載のシステム。

【請求項9】 歯科診療室のコンピュータは歯科治療において必要とされる患者の歯のデジタル画像を記録し,通信ネットワークによってデジタル画像をデータベースに送信してそこに蓄積し,治療方法情報及び電子画像は電子メールにより伝送される請求項1記載のシステム。

【請求項10】 患者の歯の治療方法を実施するための1つ以上のプログラムを構成するコンピュータ可読媒体において,患者の歯の電子画像を生成し;患者の歯の要求に対応した初期治療方法情報を提供し;且つ電子画像及び初期治療方法情報を歯科技工室に伝送して歯科技工士がその画像及び治療方法情報を評価でき,これにより歯科技工士と歯科医が初期治療方法情報を検討し議論できるコンピュータ可読媒体。

【請求項11】 1つ以上のプログラムにより歯科技工士及び歯科医が同時に電子画像にアクセスすることができる請求項10記載のコンピュータ可読媒体。

【請求項12】 歯科修復の歯科補綴材に関する材料,手順及びプレパラートの情報を蓄積するデータベースから更に構成され,且つ使用者は前記プログラムにより歯科修復補綴材に関する特定の材料あるいは手順についてのデータベースに対して確認,照合,変更あるいは評価するために照会することができる請求項10記載のコンピュータ可読媒体。」

4  審決の内容

審決の内容は,別紙審決のとおりである。

その理由の要点は,①本件補正は,特許請求の範囲の減縮,請求項の削除,誤記の訂正及び明りようでない記載の釈明を目的とするものに当たらないから,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第4項の規定(以下「旧17条の2第4項」という。)に違反し却下されるべきである,②本件補正前の本願発明(以下,本件補正前の本願発明との趣旨で,「本願発明」という。)は,特許法2条1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当せず,同法29条1項柱書の規定により特許を受けることができない,というものである。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(補正却下の誤り)について

(1)  請求項1について

ア 審決は,本件補正につき,「請求項1の補正は,補正前の『歯科治療システム』の発明を特定するために必要な事項である『歯科修復を判定する手段』,『初期治療計画を策定する手段』を削除したものであり,請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものでないことは明らかであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらない。また,該補正は,請求項の削除,誤記の訂正,明りようでない記載の釈明を目的とするものに当たらないのは明らかである。」「また,請求項10~12の補正は,『歯科治療システム』の発明から『コンピュータ可読媒体』の発明に変更したもの,あるいは新たに『コンピュータ可読媒体』の発明を附加したものといえ,何れの場合も請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものでないのは明らかであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たらない。そして該補正は,請求項の削除,誤記の訂正,明りようでない記載の釈明を目的とするものに当たらないのは明らかである。」「そうすると,本件補正は,特許請求の範囲の減縮,請求項の削除,誤記の訂正及び明りようでない記載の釈明を目的とするものということはできない。」と認定判断した。

イ しかしながら,本願発明につき,請求項1の「要求される歯科修復を判定する手段」及び「初期治療計画を策定する手段」の記載に対して,抽象的であり記載の内容の範囲が広すぎ,技術的手段としての記載がないため拒絶を受けたことから,原告は,本件補正を行い,請求項1の抽象的であり範囲が広すぎる記載とされた「要求される歯科修復を判定する手段」及び「初期治療計画を策定する手段」を削除し,より自然法則を利用した技術的手段として機械を使用することを明りょうに示すべく,「患者の歯の治療必要情報に対応させ,前記歯科修復の歯科補綴材を生成するためのデザイン基準および患者の歯科修復必要情報に対応する電子画像を含む初期治療方法情報であって,この初期治療方法情報は歯科診療室コンピュータまたはコメントを要求するため少なくとも前記初期治療方法情報の電子画像のある歯科技工室コンピュータにおいて生成され,歯科診療室と歯科技工室におけるそれぞれのコンピュータは同時に電子画像に通信ネットワークを介してアクセス可能な初期治療方法情報」並びに「前記初期治療方法情報の電子画像の修正,増強あるいは確認に基づき,且つ修正された,増強された,あるいは確認された電子画像を含み,電子画像を歯科診療室コンピュータへ通信ネットワークを介して伝送可能な最終治療方法情報」と補正し,上記2つの手段に対して,初期治療情報及び最終治療方法情報を生成するために歯科診療室コンピュータ並びに歯科技工室コンピュータ上で実施される手段であることを明確にしたものである。

(2)  請求項10ないし12について

請求項10ないし12の補正は,請求項1に記載される「歯科治療システム」の発明において,「1つ以上のプログラムを構成するコンピュータ可読媒体」を用いていることをより明確に強調するために,発明の一構成として記載したものであって,請求項1の各構成要素に対して何ら附加する特徴事項を記載しておらず,請求項1に対する実質的な限定的減縮にすぎないものである。

(3)  以上のとおり,本件補正は,補正前の平成16年12月28日付け手続補正書によって補正された請求項1に対してされた,抽象的記載であるとの発明の成立性の拒絶理由を回避するために,抽象的記載を削除し,かつ,より具体的な機械的手段を用いることが明確になるよう,記載範囲を減縮したものであって,要旨変更あるいは記載範囲の拡大ではなく,飽くまでも限定的減縮を目的としたものである。

2  取消事由2(発明該当性の判断の誤り)について

本件補正手続が却下されたことを前提とすると,本願発明は,平成16年12月28日付け手続補正書によって補正された明細書の請求項1ないし18のとおりとなる(以下,単に「請求項1」,「請求項2」などといい,また,同明細書の請求項1ないし10に記載された発明を「本願発明1」,「本願発明2」などという。)。

(1)  本願発明1について

ア 審決は,請求項1につき,「歯科医師が,その精神活動の一環として,患者からの歯科治療要求を判定したり,初期治療計画を策定するものであることは社会常識であるから,請求項1の『要求される歯科修復を判定する』,『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する』の主体は,歯科医師であるといえる。そうすると,請求項1において,歯科医師が,その精神活動の一環として『判定する』こと,『策定する』ことを,それぞれ『手段』と表現したものと認められる。」「念のため,この点について,特許請求の範囲の記載以外の明細書の記載及び図面の記載を見ても,『要求される歯科修復を判定する手段と;』と『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり』に関し,何らかの定義,即ち,歯科医師が主体でない,或いは歯科医師の精神活動に基づくものでないなどの定義は記載されていない。本願明細書の発明の詳細の説明には,『一般的に,歯科医師は初期治療計画および設計要件を策定し,・・・』【0004】,『特定のケースにおいて,歯科医師は第一のステップとして患者の歯の状態の複雑な検査及び診断を行う。これは,一般的に基礎歯周検査,臨床検査,放射線検査,TMDスクリーニング等からなる。歯科医師はさらに患者の歯の状態の要求に応じた治療計画を策定する・・・』【0011】,『・・・医師及び技工士は双方向歯科治療ネットワーク(“サイト”)にアクセスする前に共同で評価を行う。・・・』【0013】,『・・・提案とはここで重要な表現であり,これは採用する治療方法の選択は最終的に歯科医師が決定するものであり,技工士またはサイトによってなされるものでないからである。・・・【0018】との記載があって,歯科医師が,主体として,患者からの歯科治療要求を判定したり,初期治療計画を策定することは開示されているが,『判定する手段』,『策定する手段』については,特別な構成が採用されるなどの記載はなされていない。」「請求項1は,当初の『双方向歯科治療方法』から『コンピュータに基づいた歯科治療システム』の発明に補正され,『判定し』,『策定し』を『判定する手段』,『策定する手段』に補正しているが,『判定する手段』,『策定する手段』に関して,上述のとおりその発明の特定事項として,歯科医師が主体の精神活動に基づく判定,策定することを,上記『手段』と表現したものであるから,請求項1に係る発明全体をみても,自然法則を利用した技術的創作とすることはできない。」「してみると,請求項1に係る発明は,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」と認定判断する。

イ しかしながら,本願発明1の特徴は,歯科治療室と歯科技工室との間での初期治療計画を,ネットワークサーバ,通信ネットワーク,1つ以上のコンピュータを使用して生成し,伝送することにより最終治療計画を生成し実施することを可能にするシステムにある。本願発明についての国際公開パンフレットに基づいて再訳した甲12の【0001】に記載されるように,具体的には,歯科医師側のコンピュータと修復技工室側のコンピュータが1つ又は複数の歯及び支台歯(プレパラート)のカラー画像を分析することを可能にし,特定の治療又は美容処置において置換される歯に精密に適合するよう義歯又は義歯冠を適宜に設計することを可能にしたコンピュータベースの対話型システムに関するものである。なお,明細書に記載する「プレパラート」とは,歯科用語として正しくは「支台歯」であり,修復物を装着する歯牙の歯冠部あるいは歯根部を削除形成して必要な形態となった歯牙を指す(甲13)。

ウ 本願発明1は,甲12の【0002】に記載されるように,近年歯科処置のために新しい材料あるいは方式を選択する際に情報が多量に存在することから,選択が困難であったことを解決するため,個々の歯科修復要求に対して,最適な材料を即座に参照し,選択することができるような補助手段に関するものである。本願発明1のシステムにより,上記【0002】に記載されるように,歯科医師及び歯科技工士が患者に対して従来要してきた時間,労力を大幅に節約することが可能となる効果を上げることができる。

エ したがって,請求項1に記載される「判定する手段」,「策定する手段」につき,審決が「歯科医師が主体の精神活動に基づく判定,策定する」ことと定義するのは,本願発明1の目的からすると全く逆の意味となり,矛盾が生ずる。本願発明1の目的からすると,従来非常に困難であった歯科医師の精神活動に基づく適切な材料あるいは方式を選択する作業をできるだけ少なくするための発明であるため,歯科医師の精神活動的な行為そのものが主体とする手段をシステムとして含まないことは明らかである。

オ さらに,出願当初の「判定する」及び「策定する」を,「判定する手段」及び「策定する手段」とする補正を行ったことに対し,審決が,「発明の特定事項として,歯科医師が主体の精神活動に基づく判定,策定することを,上記『手段』と表現したものである」とすることも誤解に基づく推測にすぎない。すなわち,「手段」とは「判定する」及び「策定する」ために用いられる「手段」であるため,たとえ「判定する」あるいは「策定する」行為の一部に歯科医師の行為が含まれていたとしても,歯科医師がその行為をするために用いる補助的な手段を「手段」として表現するものである。

請求項1は,「要求される歯科修復を判定する手段」と「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」との発明特定事項,その他の発明特定事項として「歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラート(支台歯)に関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバ」,「通信ネットワーク」及び「歯科診療室に設置されたコンピュータ」とから構成される歯科修復システムの発明である。したがって,歯科修復システムの構成要素は,上記2つの手段のほかはすべて明確にコンピュータに基づくシステムであることが記載されている。

さらに,請求項1は,構成要素すべてを含むものとして,「コンピュータに基づいた歯科治療システム」と記載する。この請求項1の記載全体から見ても明らかに,上記2つの手段は,コンピュータに基づくシステムの構成要素の一部であることが明らかである。したがって,「判定する手段」及び「策定する手段」についても,他の構成要素と同様に,コンピュータに基づく手段であり,歯科医師の精神活動に基づく行為そのものとしての手段ではないことは明りょうである。

カ よって,本願発明1は,特許法2条1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない,とする審決の認定判断には誤りがある。

(2)  本願発明2ないし10について

ア 審決は,本願発明2ないし10につき,「請求項1に係る発明は,自然法則を利用した技術的創作に該当しないものであるから,これを直接,或いは間接的に引用した請求項であって,請求項1の『判定する手段』,『策定する手段』については何ら限定するものでない請求項に係る発明も,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」と判断する。

しかしながら,請求項1に記載される「判定する手段」,「策定する手段」を含む本願発明1は,自然法則を利用した技術的創作に該当するものであり,更に請求項1を直接あるいは間接的に引用した請求項2ないし10については,請求項1を更に限定する特徴事項が記載されており,本願発明2ないし10も,請求項1と同様に自然法則を利用した技術的創作に該当する。

したがって,本願発明2ないし10につき,特許法2条1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないとする審決の認定判断には誤りがある。

イ また,審決は,「請求項2,3,6,7に係る発明は,主要な発明特定事項として,『歯科治療室において,初期治療計画,ならびに歯科治療要求のデジタル画像プレパラートを含むデザイン規準を作成する』(請求項2),『最終治療計画を歯科治療室に伝送する前に初期治療計画を技工室において評価することをさらに含む』(請求項3),『最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し,この補綴材を患者に装着することをさらに含む』(請求項6),『歯科補綴材を患者に装着する前にこの歯科補綴材が最終治療計画に従って作成されたかどうかを確認することをさらに含む』(請求項7)を有するものであるが,これらは何れも歯科医師,技工士を主体とし,人の精神活動そのもの或いはそれに基づく行為を特定したものであるといえる。」「してみると,請求項2,3,6,7に係る発明は,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」と認定判断する。

しかしながら,上記(1)のとおり,本願発明1は,ネットワークサーバにおけるプログラム上で判定され,策定された画像情報を歯科治療室と歯科技工室とのコンピュータに通信ネットワークを介して画像データの相互の交換のための飽くまでもコンピュータに基づくシステムの発明であり,そのシステムにおいて,請求項2,3,6及び7に記載される特徴事項が達成されるものである。

したがって,本願発明2,3,6及び7につき,特許法2条1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないとする審決の判断には誤りがある。

第4被告の反論

1  取消事由1(補正却下の誤り)について

(1)  請求項1について

ア 原告は,「本件補正により,本件補正前の請求項1に記載され,拒絶査定において抽象的であり範囲が広すぎるとされた『要求される歯科修復を判定する手段』及び『初期治療計画を策定する手段』を削除し,より自然法則を利用した技術的手段として機械を使用することを明りょうに示すべく,『初期治療方法情報』並びに『最終治療方法情報』と補正し,上記2つの手段に対して,初期治療情報及び最終治療方法情報を生成するために歯科診療室コンピュータ並びに歯科技工室コンピュータ上で実施される手段であることを明確にしたものである」,「本件補正につき,抽象的記載を削除し,かつ,より具体的な機械的手段を用いることが明確になるよう,記載範囲を減縮したものであって,要旨変更あるいは記載範囲の拡大ではなく,飽くまでも限定的減縮を目的としたものである」旨主張する。

イ しかしながら,「手段」は処理や機能を奏する主体であるのに対し,「情報」は処理を受ける客体であるから,「情報」と「手段」とは概念的に異なるものである。したがって,補正後の「初期治療方法情報」や「最終治療方法情報」が,補正前の「歯科修復を判定する手段」あるいは「初期治療計画を策定する手段」を限定したものではないことは明らかである。

そして,原告が自認するとおり,請求項1の補正は,補正前の「歯科修復を判定する手段」,「初期治療計画を策定する手段」を削除することを含む。「歯科修復を判定する手段」,「初期治療計画を策定する手段」は,「歯科治療システム」の発明を特定するために必要な事項であるから,「歯科修復を判定する手段」,「初期治療計画を策定する手段」を削除する補正は,特許請求の範囲の拡張であって,発明特定事項を限定することを目的としたものとはいえない。

また,原告は,「歯科修復を判定する手段」あるいは「初期治療計画を策定する手段」に対して,初期治療情報(正確には,初期治療「方法」情報である。)及び最終治療方法情報を生成するために歯科診療室コンピュータ並びに歯科技工室コンピュータ上で実施される手段であることを明確にしたとも主張する。

しかしながら,本件補正後の請求項1においては,歯科修復の判定が歯科診療室コンピュータ並びに歯科技工室コンピュータ上で実施されることは特定されていない。したがって,「歯科修復を判定する手段」について,初期治療方法情報及び最終治療方法情報を生成するために歯科診療室コンピュータ並びに歯科技工室コンピュータ上で実施される手段であることを明確にしたとする原告の主張は失当である。

(2)  請求項10ないし12について

原告は,「請求項10ないし12の補正は,請求項1に記載される『歯科治療システム』の発明において,『1つ以上のプログラムを構成するコンピュータ可読媒体』を用いていることをより明確に強調するために,発明の一構成として記載したものである」旨主張する。

しかしながら,請求項10ないし12は,請求項1を引用していない。また,本件補正前の請求項1の特許請求の対象は「歯科治療システム」であるのに対し,本件補正後の請求項10ないし12の特許請求の対象は「コンピュータ可読媒体」であるから,特許請求の対象が全く異なる。したがって,請求項10ないし12に係る発明は,請求項1に係る発明の一構成として記載されたものではなく,全く別の発明である。

また,原告は,請求項10ないし12は,請求項1に対する実質的な限定的減縮にすぎないと主張する。

しかしながら,補正前請求項1の特許請求の対象である「歯科治療システム」と補正後請求項10ないし12の特許請求の対象である「コンピュータ可読媒体」とが,概念的に上位下位の関係にないことは明らかであるから,補正後請求項10ないし12が補正前請求項1を限定的に減縮したものとはいえない。

さらに,補正後請求項10ないし12は,補正前請求項1の発明特定事項である「ネットワークサーバ」を有していないから,この点からも,補正後請求項10ないし12は,補正前請求項1の限定的減縮を目的としたものではないことは明らかである。

2  取消事由2(発明該当性の判断の誤り)について

(1)  本願発明1について

ア 原告は,「本願に係る発明は請求項の記載全体としてみれば,『自然法則を利用した技術的思想の創作』であるため,その発明は特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしている。」「請求項1に記載された『判定する手段』及び『策定する手段』は,飽くまでもコンピュータのプログラムが主体として行っており,主体は人間の精神活動になく,機械であるため,発明全体として『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当する。」「発明を特定する事項を『・・・し』という方法的記載から,各『・・・手段』という記載上の変更を行っており,記載内容からも,人間の精神活動ではなく,機械が行っている処理であると認められるため,記載全体として『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当する。」「一部発明特定事項並びに請求項の記載全体からも,明らかに人間の精神活動にてなし得るものではなく,機械そのものが実施していると認められるため,発明のすべての構成要件は,『自然法則を利用した技術的思想の創作』に該当する。」旨主張する。

イ しかしながら,「・・・し」という方法的記載に代えて,単に「手段」なる文言が附加されれば,機械的に,その主体は人ではなく機械であると解されるものではない。「A手段」の主体が人か機械かは,「A」の文言を解釈した上で,技術常識や社会常識,発明の詳細な説明にA手段についての定義があるかなどを踏まえて実質的に理解されるべきものである。「要求される歯科修復を判定する」や「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する」との記載内容では,歯科治療における業務内容が記載されているにすぎず,機械(コンピュータ)が行う処理と理解されるような技術的内容を何ら有していない。したがって,記載内容から,「人間の精神活動ではなく,機械が行っている処理である」とは到底いえない。

その上で,審決は,「歯科医師が,その精神活動の一環として,患者からの歯科治療要求をしたり,初期治療計画を策定するものであることは社会常識である」(8頁35行~9頁1行)ことや,「特許請求の範囲の記載以外の明細書の記載及び図面の記載を見ても,『要求される歯科修復を判定する手段と;』と『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり』に関し,何らかの定義,即ち,歯科医師が主体でない,或いは歯科医師の精神活動に基づくものでないなどの定義は記載されていない」(9頁7行~12行)ことを踏まえて,「判定する手段」,「策定する手段」を,人間の精神活動そのものとしての手段と理解したものであり,審決の認定判断に誤りはない。

なお,「プレパラート」の意味は,原告主張のように「支台歯」ではなく,むしろ「形成」を意味する。そして「○○のプレパラート」とは,○○を切削形成して必要な形態にすること(あるいは,○○を切削形成して必要な形態にされたもの)を意味し,「○○」を省略して単に「プレパラート」という場合には,「支台歯の」を省略して用いたと理解されるといえる。したがって,原告の「プレパラート」に関する主張は,本願明細書に基づいて行っているとはいえない。

ウ また,原告は,発明の認定につき,発明の詳細な説明に記載された事項に基づく主張をするが,発明の認定は,特許請求の範囲である請求項の記載に基づいて行われるものであり,発明の詳細な説明に記載された事項に基づいて行われるものではない。

請求項1には「要求される歯科修復を判定する手段」「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」と記載されるにとどまり,「判定するために用いる補助手段」とか「策定するために用いる補助手段」とは記載されていない。

したがって,「判定する手段」や「策定する手段」を「判定するために用いる補助手段」や「策定するために用いる補助手段」の意味に解すべきとする原告の主張は,請求項の記載に基づく主張ではなく,失当である。

エ 他の発明特定事項がコンピュータに基づくシステムであるからといって「要求される歯科修復を判定する手段」「初期治療計画を策定する手段」もコンピュータと解される理由はない。また,「コンピュータに基づいた歯科治療システム」との記載についても,どの範囲でコンピュータに基づくものか特定されないから,「判定する手段」「策定する手段」がコンピュータと解される理由とはならない。原告の論理に従えば,請求項6(甲4)の発明特定事項である「最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し,この補綴材を患者に装着する」の主体も人間ではなくコンピュータと解されるという主張になるが,それをコンピュータが行うとは社会常識的に考えられないことからも,原告の主張には理由がない。

次に,他の発明特定事項との関連や請求項の記載全体を見ても,「判定する手段」「策定する手段」が歯科医師と理解されないことはない。

すなわち,請求項1には,「歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベース」,「データベースに蓄積された情報にアクセスし,この情報を人間が読める形式で表示するための1台または複数台のコンピュータであって少なくとも歯科診療室に設置されたコンピュータ」と記載されている。一方,データベースにアクセスして得た情報を「要求される歯科修復を判定する手段」や「初期治療計画を策定する手段」に入力するとは記載されていない。つまり,データベースに蓄積された「歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報」は,人間への提示という形で利用されることが特定されているにすぎないのである。

加えて,「歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報」は,初期治療計画を策定する際に参考となる情報である。

そうすると,請求項1で特定された事項から把握される「歯科治療システム」は,「歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報」を蓄積したデータベースを備えるネットワークサーバと,通信ネットワークと,歯科診療室に設置されたコンピュータと,歯科診療室に設置されたコンピュータを道具として利用してデータベースの情報にアクセスし,得られた情報を画面上で見て参考としながら「要求される歯科修復を判定する手段」や「初期治療計画を策定する手段」として機能する歯科医師とからなり,歯科医師が策定した初期治療計画を通信ネットワークを用いて歯科技工室へ伝送し,また,初期治療計画に対する修正を含む最終治療計画を,通信ネットワークを用いて歯科治療室に伝送するという,歯科治療の仕組みを特定したものと自然に理解できる。このように理解された「歯科治療システム」は,データベースを利用する点でコンピュータに基づくから,「コンピュータに基づいた歯科治療システム」という要件も満たしている。

つまり,「判定する手段」「策定する手段」以外の発明特定事項との関連や,請求項の記載全体を見ても,「判定する手段」「策定する手段」は歯科医師の精神活動そのものとしての手段と理解することができる。

オ 発明の認定は,特許請求の範囲の請求項の記載に基づいて行われるものであり,発明の詳細な説明に記載された事項に基づいて行われるものではない。

したがって,発明の詳細な説明に,プログラムにより実現された「判定するために用いる補助手段」や「策定するために用いる補助手段」が記載されていても,そのことをもって,請求項の記載における「判定する手段」「策定する手段」の主体が歯科医師ではなくプログラムであると解釈される理由とはならない。

しかも,発明の詳細な説明には,「一般的に,歯科医師は初期治療計画および設計要件を策定し,・・・」【0004】,「特定のケースにおいて,歯科医師は第一のステップとして患者の歯の状態の複雑な検査及び診断を行う。これは,一般的に基礎歯周検査,臨床検査,放射線検査,TMDスクリーニング等からなる。歯科医師はさらに患者の歯の状態の要求に応じた治療計画を策定する・・・」【0011】,「・・・医師及び技工士は双方向歯科治療ネットワーク(“サイト”)にアクセスする前に共同で評価を行う。・・・」【0013】,「・・・提案とはここで重要な表現であり,これは採用する治療方法の選択は最終的に歯科医師が決定するものであり,技工士またはサイトによってなされるものでないからである。・・・」【0018】との記載があって,歯科医師が,主体として,患者の歯科修復要求を判定したり,初期治療計画を策定することが開示されている。そうすると,「判定する手段」,「策定する手段」の解釈につき,発明の詳細な説明を参酌したとしても,人の精神活動そのものとしての手段であるといえる。

カ 以上のとおり,請求項1に係る発明が,特許法2条1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないとした審決の判断に誤りはない。

(2)  本願発明2ないし10について

ア 原告は,「請求項1に記載される『判定する手段』,『策定する手段』を含む請求項1の発明は,自然法則を利用した技術的創作に該当するものであり,更に請求項1を直接あるいは間接的に引用した請求項2ないし10について,請求項1を更に限定する特徴事項が記載されており,請求項1と同様に自然法則を利用した技術的創作に該当する。」旨主張する。

しかしながら,原告の上記主張は,請求項1に係る発明が自然法則を利用した技術的思想の創作であることを前提とするものであるが,上記したとおり,請求項1に係る発明についての原告の主張にはいずれも理由がなく,請求項1に係る発明が「特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しない」との審決の判断に誤りはない。したがって,原告の主張は前提において失当である。

イ また,原告は,「本願発明1は,ネットワークサーバにおけるプログラム上で判定され,策定された画像情報を歯科治療室と歯科技工室とのコンピュータに通信ネットワークを介して画像データの相互の交換のためのあくまでもコンピュータに基づくシステムの発明であり,そのシステムにおいて,請求項2,3,6及び7に記載される特徴事項が達成される」旨主張する。

しかしながら,本願発明2,3,6及び7は,主要な発明特定事項として,「歯科治療室において,初期治療計画,ならびに歯科治療要求のデジタル画像プレパラートを含むデザイン規準を作成する」【請求項2】,「最終治療計画を歯科治療室に伝送する前に初期治療計画を技工室において評価することをさらに含む」【請求項3】,「最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し,この補綴材を患者に装着することをさらに含む」【請求項6】,「歯科補綴材を患者に装着する前にこの歯科補綴材が最終治療計画に従って作成されたかどうかを確認することをさらに含む」【請求項7】を有するものである。これらは,歯科治療における業務内容を特定する記載にすぎず,機械(コンピュータ)が行う処理と理解されるような技術的内容を何ら有していない。そして,技術常識や社会常識から見て,これらは,いずれも歯科医師,技工士を主体とし,人の精神活動そのものあるいはそれに基づく行為を特定したものと解するほかない。

そうすると,本願発明2,3,6及び7は,発明の主要な発明特定事項として,人の精神活動そのものあるいはそれに基づく行為を含むものであるから,特許法2条1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかなく,審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(補正却下の誤り)について

(1)  請求項1について

ア 請求項1についての本件補正は,補正前の請求項1に「要求される歯科修復を判定する手段」とあるのを,「患者の歯の治療必要情報に対応させ,前記歯科修復の歯科補綴材を生成するためのデザイン基準および患者の歯科修復必要情報に対応する電子画像を含む初期治療方法情報であって,この初期治療方法情報は歯科診療室コンピュータまたはコメントを要求するため少なくとも前記初期治療方法情報の電子画像のある歯科技工室コンピュータにおいて生成され,歯科診療室と歯科技工室におけるそれぞれのコンピュータは同時に電子画像に通信ネットワークを介してアクセス可能な初期治療方法情報」とする補正内容を含むものである。

イ 上記の補正内容は,補正前の「要求される歯科修復を判定する手段」との記載を,「歯科修復の歯科補綴材を生成するためのデザイン基準および患者の歯科修復必要情報に対応する電子画像を含む初期治療方法情報」とするものであるが,これは,「手段」とされていたものを,これとは異質な「情報」という抽象的な内容のものにする補正であり,請求項に記載した発明を特定するために必要な事項(要求される歯科修復を判定する手段)を限定するものとはいえず,また,明りようでない記載の釈明にも当たらない。

(2)  請求項10ないし12について

本件補正後の請求項10は,独立請求項として,新たに,「コンピュータ可読媒体」について特許を請求するものであり,請求項11,12は,請求項10を引用して更にこれを限定するものである。

本件補正前の特許請求の範囲は,請求項1を引用して(又は請求項1を引用した請求項を引用して)記載され,すべて「歯科治療システム」として特許請求され,「ネットワーク」を含むのに対し,本件補正後の請求項10ないし12は,「記憶媒体」として特許請求され,対象が異なる上に,「ネットワーク」を含まない。

そうすると,本件補正後の請求項10ないし12は,請求項に記載した発明を特定するために必要な事項(要求される歯科修復を判定する手段)を限定するものとはいえず,また,明りようでない記載の釈明にも当たらない。

(3)  そして,本件補正による請求項1,10ないし12の補正内容が,請求項の削除にも,誤記の訂正にも当たらないことは明らかであるから,本件補正について,補正要件を満たさないとしてこれを却下した審決の判断に誤りはない。

(4)  以上のとおりであるから,取消事由1は,理由がない。

2  取消事由2(発明該当性の判断の誤り)について

(1)  本願発明1について

ア 審決は,「請求項1には,『要求される歯科修復を判定する手段と;』と『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり』とが発明特定事項として記載されている。」「そして,歯科医師が,その精神活動の一環として,患者からの歯科治療要求を判定したり,初期治療計画を策定するものであることは社会常識であるから,請求項1の『要求される歯科修復を判定する』,『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する』の主体は,歯科医師であるといえる。そうすると,請求項1において,歯科医師が,その精神活動の一環として『判定する』こと,『策定する』ことを,それぞれ「手段」と表現したものと認められる。」「念のため,この点について,特許請求の範囲の記載以外の明細書の記載及び図面の記載を見ても,『要求される歯科修復を判定する手段と;』と『前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり』に関し,何らかの定義,即ち,歯科医師が主体でない,或いは歯科医師の精神活動に基づくものでないなどの定義は記載されていない。・・・」「請求項1は,当初の『双方向歯科治療方法』から『コンピュータに基づいた歯科治療システム』の発明に補正され,『判定し』,『策定し』を『判定する手段』,『策定する手段』に補正しているが,『判定する手段』,『策定する手段』に関して,上述のとおりその発明の特定事項として,歯科医師が主体の精神活動に基づく判定,策定することを,上記「手段」と表現したものであるから,請求項1に係る発明全体をみても,自然法則を利用した技術的創作とすることはできない。」「してみると,請求項1に係る発明は,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」と認定判断する(8頁32行~9頁35行)。

そこで,審決の上記判断について,以下検討する。

イ(ア) 本件補正前の請求項1の記載は,次のとおりである(甲4)。

「歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報を蓄積するデータベースを備えるネットワークサーバと;

前記ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと;

データベースに蓄積された情報にアクセスし,この情報を人間が読める形式で表示するための1台または複数台のコンピュータであって少なくとも歯科診療室に設置されたコンピュータと;

要求される歯科修復を判定する手段と;

前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段とからなり,

前記通信ネットワークは初期治療計画を歯科技工室に伝送し;また

前記通信ネットワークは必要に応じて初期治療計画に対する修正を含む最終治療計画を歯科治療室に伝送してなる,コンピュータに基づいた歯科治療システム。」

(イ) この請求項1の記載から,本願発明1は,「歯科治療システム」に関するものであり,「データベースを備えるネットワークサーバ」,「通信ネットワーク」,「1台または複数台のコンピュータ」,「要求される歯科修復を判定する手段」及び「初期治療計画を策定する手段」をその要素として含み,「コンピュータに基づ」いて実現されるものである,と理解することができる。

また,「システム」とは,「複数の要素が有機的に関係しあい,全体としてまとまった機能を発揮している要素の集合体」(広辞苑第4版)をいうから,本願発明1は,上記の要素の集合体であり,全体がコンピュータに基づいて関係し合って,歯科治療のための機能を発揮するものと解することができる。

ウ ところで,特許の対象となる「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であり(特許法2条1項),一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。

したがって,人の精神活動それ自体は,「発明」ではなく,特許の対象とならないといえる。しかしながら,精神活動が含まれている,又は精神活動に関連するという理由のみで,「発明」に当たらないということもできない。けだし,どのような技術的手段であっても,人により生み出され,精神活動を含む人の活動に役立ち,これを助け,又はこれに置き換わる手段を提供するものであり,人の活動と必ず何らかの関連性を有するからである。

そうすると,請求項に何らかの技術的手段が提示されているとしても,請求項に記載された内容を全体として考察した結果,発明の本質が,精神活動それ自体に向けられている場合は,特許法2条1項に規定する「発明」に該当するとはいえない。他方,人の精神活動による行為が含まれている,又は精神活動に関連する場合であっても,発明の本質が,人の精神活動を支援する,又はこれに置き換わる技術的手段を提供するものである場合は,「発明」に当たらないとしてこれを特許の対象から排除すべきものではないということができる。

エ これを本願発明1について検討するに,請求項1における「要求される歯科修復を判定する手段」,「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」という記載だけでは,どの範囲でコンピュータに基づくものなのか特定することができず,また,「システム」という言葉の本来の意味から見ても,必ずしも,その要素として人が排除されるというものではないことから,上記「判定する手段」,「策定する手段」には,人による行為,精神活動が含まれると解することができる。さらに,そもそも,最終的に,「要求される歯科修復を判定」し,「治療計画を策定」するのは人であるから,本願発明1は,少なくとも人の精神活動に関連するものであるということができる。

しかし,上記ウのとおり,請求項に記載された内容につき,精神活動が含まれている,又は精神活動に関連するという理由のみで,特許の対象から排除されるものではないから,さらに,本願発明1の本質について検討することになる。

オ そして,上記エのとおり,請求項1に記載の「要求される歯科修復を判定する手段」,「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」の技術的意義を一義的に明確に理解することができず,その結果,本願発明1の要旨の認定については,特許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとの特段の事情があるということができるから,更に明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することとする。

(ア) 本願発明の明細書には,次の記載がある。

「【技術分野】この発明は,歯科医師と補綴材技工室との間の通信をリアルタイムで行って相談,仕上げ,および患者の治療プランを最適化する歯科補綴方法,システムならびに装置に関する。より具体的には,本発明は,歯科医師と補綴技工室が1つまたは複数の歯および歯のプレパラートのカラー画像を分析することを可能にし,特定の治療または美容処置において補綴される歯に精密に適合するよう歯科補綴材または歯冠を適宜にデザインすることを可能にする,コンピュータに基づいた双方向システムおよび方法に関する。」【0001】

「【発明の背景】修復歯学は損傷した歯の構造を代替または補綴する技術および学問からなる。代替する歯の構造の量によって歯科医師がどの方式を採用するか,補綴は歯冠,ブリッジ,インレイ,アンレイまたは直接補綴(すなわち充填)のどれとするかが決定される。以前は,使用し得る材料および技術の数が限られていたため,方式の選択が簡単であった。例えば,米国特許第5766006号公報および米国特許第5961324号公報には,カメラによって提供されるデジタル画像に基づいて色情報を決定し,修復材(例えば歯科補綴材)の色を決定された歯の色に整合させる方法およびシステムが記載されている。しかしながら,近年は新しい材料および概念が開発され,処置の選択が劇的に増大した。歯科医師達は個々のケースについて最適の材料および治療方法を選択するための情報が過多であることに直面している。現状において歯科医師が必要としているものは,必要に応じて治療計画および最適な修復歯科治療を作成し,最適な材料を使用することによって歯科医師および歯科技工室を補助する方法である。本発明は上記の課題を解決するものである。」【0002】

「【発明の概要】この発明は,歯医者と歯科技工室との間の双方向歯科修復方法に関する。この方法の基本的なステップは患者の歯科治療要求を確認することであり;初期処置計画を策定し,これは患者の歯科治療要求を満たすために使用される歯科補綴材を製作するための設計要件を含むものであり;通信ネットワークを介して初期治療計画を歯科技工室に伝送し;必要に応じて初期治療計画に対する変更を含む最終治療計画を歯科医師に伝達する。特に,最終治療計画は設計要件を満たす歯科補綴材を製作するための材料に関する情報を含み,その後歯科補綴材は患者に装着するように加工される。この方法により,歯科医師,歯科技工士および患者の時間および労力を充分に節約しながら歯科治療を最適化することが可能となる。」【0003】

「一般的に,歯科医師は初期治療計画および設計要件を策定し,これは歯科治療要求を示すデジタル画像を含むものである。その後,初期治療計画は伝送され最終治療計画を作成して歯科医師に伝達される前に技工室で評価される。計画を伝送し評価するステップは通信ネットワークを介して実施される。従って,最終治療計画は,プレパラート情報が技工室に送信され確認されるまでは患者に対して実施されることはなく,これによって計画を実施した後に再加工したり修正したりする必要がなくなる。」【0004】

「設計要件および変更点は,齲食陥凹,歯のプレパラート,および歯科補綴材の色等を含むことが好適である。歯冠,ブリッジ,または義歯等の歯科補綴材が必要である場合,歯科補綴材を患者に装着する前にこの歯科補綴材が最終治療計画に従って製作されているかどうかを確認することを含む。歯科補綴材の色を患者の歯に最も近く整合させるために,デジタル画像表示は実画像と基準画像とを有し,変更は歯科補綴材を実画像に整合させるための色選択の校正を含んでいる。さらに,設計要件は,歯のプレパラートおよび齲食陥凹を含み,さらにこの方法は提案された1つまたは複数の設計要件が受け入れられるものであるかどうかを技工室に確認して修正を行うための通信を含んでいる。」【0005】

「さらに,この発明は,歯科補綴材の材料,処理方法,およびプレパラートに関する情報が蓄積されたデータベースを備えるネットワークサーバと;ネットワークサーバへのアクセスを提供する通信ネットワークと;通信ネットワークを介してデータベースに蓄積された情報にアクセスしこの情報を人間が読み取れる形式で表示するための,歯科診療室に設置された1つまたは複数のコンピュータとからなるコンピュータに基づいた歯科治療システムに関する。好適には,通信ネットワークはインターネットとし,データベースに記録される情報は特定の歯科補綴材のプレパラートダイアグラム,縮図,縁部のデザイン,およびバーに関するものとなる。」【0006】

「データベースは歯科治療を必要とする1人または複数の患者に関する情報を蓄積することが好適である。また,ネットワークサーバはさらにユーザが歯科補綴材の材料または処理方法に関してデータベースを照会することを可能にするプログラムを備え,歯科診療室に設置された1つまた複数のコンピュータを使用して歯科補綴材の材料または処理方法を確認,確立,修正または評価しこの照会に対するデータベースからの回答を受信する。必要に応じて,歯科診療室に設置されたプリンタを使用してこれらの回答を印刷し,歯科医師が治療計画を持ち運ぶこともできる。」【0007】

(イ) 以上の記載を参酌すると,本願発明は,歯科治療において,これまでは使用し得る材料及び技術の数が限られていたため,治療方式の選択が簡単だったものが,近年,新しい材料及び技術が開発され,処置の選択が劇的に増大した結果,歯科医師が個々のケースについて最適の材料及び治療方法を選択するための情報が過多となったという課題認識の下,歯科医師と歯科技工士が歯科治療計画及び最適な修復歯科治療計画を作成し,最適な材料を使用することを支援する方法及びシステムを提供するものであり,従来歯科医師や歯科技工士が行っていた行為の一部を支援する手段を提供するものであることが理解できる。

そして,データベースには,歯科補綴材の材料,処理方法及びプレパラートに関する情報が蓄積され,ネットワークサーバには,歯科補綴材の材料や処理方法についてデータベースを照会することを可能にするプログラムが備えられ,診療室又は歯科技工室には,人間が読み取れる形式で表示する端末が置かれ,コンピュータを使用して歯科補綴材の材料若しくは処理方法を確認,確立,修正又は評価し,この照会に対するデータベースからの回答を受信するように構成されている。さらに,歯及び歯のプレパラートのカラー画像を分析する手段を有し,歯科補綴材の色を患者の歯に最も近く整合させるために必要なデジタル画像を表示できるようにされている。

(ウ) 本願発明の明細書には,「発明の詳細」として,更に次の記載等がある。

「【発明の詳細】次に,本発明に係る歯科医師用の歯科治療ネットワークにつき詳細に説明する。このネットワークは,歯科医師,技工室,さらに必要に応じてキャップ,歯冠,ブリッジ,充填物等の歯科補綴材の材料,処理,および加工デザインおよび解析等の作業に関する最新の情報を含んだ技工室のデータバンクとの間をコンピュータに基づいてリンクすることによって達成される。」【0010】

「特定のケースにおいて,歯科医師は第一のステップとして患者の歯の状態の複雑な検査および診断を行う。これは,一般的に基礎歯周検査,臨床検査,放射線検査,TMDスクリーニング等からなる。歯科医師はさらに患者の歯の状態の要求に応じた治療計画を策定する。歯のキャップまたは代替が必要である場合,診断写真を撮ってプログラム上で捕捉し技工室に伝送する。これらの写真は患者の歯の色,および治療のための歯のプレパラート,または最終治療の前に修正または拡張される一時的な治療に関するものとすることができる。写真は以下に詳細に記述するように多数の方式から選択することができる。」【0011】

「本発明において,歯科医師が治療の前に歯の1枚または複数のデジタル画像を撮影し,画像内の齲食部分を除去し,歯のデジタル画像に基づいて歯の治療に使用される材料の色相を除去の前に整合させることからなる,現場へ設置された治療システムを提供する。別の視点において,歯科医師は歯のデジタル画像をプレパラートの後に撮影し,残った歯の部分に基づいて修復に使用する材料の色相に整合させる。画像は,ファクシミリ,コンピュータリンク,また電子メールを介して技工室に伝送し,歯科医師の初期治療計画に従って分析される。」【0012】

「初期治療計画を策定し,歯周状況,齲食陥凹,歯内状態等の部分を確認した後,修復の必要性を検討する。治療計画が固定的な歯科補綴(歯冠およびブリッジ)を含む場合,臨床画像が技工室に伝送される。医師および技工士は双方向歯科治療ネットワーク(“サイト”)にアクセスする前に共同で評価を行う。この種のネットワーク全体が図16に示されており,以下に詳細に説明する。直接的な修復のみを必要とする場合,歯科医師はその部分に直接向かうことができる。」【0013】

「歯科医師がサイトへのアクセスを持たず技工室がアクセスを有している場合,医師は画像を技工室に伝送し,技工士が直ちにサイトにアクセスして医者に対してサイトから得られた治療選択肢を提供して相談することができる。このサービスは技工室から歯科医師に対して提供されるものであり,サイトにおいてコンピュータを用いて電子処理および通信を行うにはあまり好適ではないものである。」【0014】

「サイトは,使用者に対して,材料,この種の材料を使用して例えばプレパラートの設計を行う処理方法,プレパラートを実施するために適したバー,適宜な一時使用材料,所与の材料とともに使用するセメント,このセメントの使用方法に関する指示(すなわち,エッチングすべきか下塗りすべきか,どれくらいの時間ですべきか,乾燥させるべきかどうか,予め硬化するべきかどうか等の条件),ならびにどこで材料を購入できるか等の情報へのアクセスを提供する。他方,技工室は,このようなサービスがどのように提供されるか,またはこのサービスを得るために歯科医師は誰とコンタクトを取るべきか説明することができる。これに加えて,一度治療が開始されると,歯科医師は必要に応じてデジタル画像を電気的に送信して最終的な押し型を作成する前に再検査することによってプレパラートを技工士とともに再確認することができる。治療中により正確に分析を行うために,歯科医師はプレパラートをスキャンして歯を検査して剔削量を判定するサイト部分に向かうことができる。このことは特に大きく複雑な場合に適用される。」「サイトは,歯科医師と技工士との間において歯科治療情報を伝達する多数の方式を提供する。サイトの最も典型的な特徴はその双方向性である。歯科医師が確認するための単なるデータバンクではなく,歯科医師が段階的な手段で最適な修復方法を決定することを可能にする。代替的な処置,異なった選択肢について考慮し,または以前の方針が適正に実施されていることを確認するために定期的にサイトを訪問することができる。特定の事態に遭遇する前にその事態に関する最新の情報を得るために多数の歯科医師が記事および報告書を読み,セミナーに参加しているが,それらの情報は多くの場合不要なものである。実際にセミナーで学習した事態に遭遇した際に,歯科医師は既にその情報を忘れている可能性がある。本発明の方法およびシステムは,特定の患者の必要とすることに対してリアルタイムで最新の情報を即座に再調査することを可能にする。」【0015】

「歯科医師がサイトにアクセスすると,患者の履歴に関して特定の質問が提示される。歯科治療方法の判断に関する典型的な質問は:『美容が最重要な事項であるか?』,『患者は歯ぎしりする人(すなわちヘビーグラインダ)か?』,『患者のスマイルの大きさはどうか?(患者の最大のスマイルに際して見える歯の数の最大数)』,『患者は高いリップラインを有しているか?(すなわち患者の唇は門歯の下か,前歯の下か,頸部縁上か,または頸部上方か?)』,『スマイルの際に下顎歯(下の歯)が見えるか?』,『反対側の歯は自然のものか?』,『自然でない場合,それは金属性か,ポーセレンか,アマルガムか,合成材か,または義歯か?』等である。技工室に追加的な情報を提供することにより,個別の適正な治療計画を確認かつ提案することができる。」【0016】

「技工室はそこで歯に関して:『それは前歯であるか奥歯であるか?』,『歯内の治療かまたは生体のものか?』,『元々はどのような色相を有するか?(歯の色彩に関する情報を得る方法は他の出願に記載されている(ここに挿入すべし))』,『歯の寸法はどうであるか?(短い歯冠かまたは平均より大きなサイズを有するか?)』,『移殖材が植え込まれているか?』等の質問について判断する。処理は“消去方式”によって動作し,第1の美容的観点に関する質問の答えが“NO”である場合,サイトはスマイルの寸法に関する質問に進み,以下同様に進行する。全ての質問に対して回答がなされてプロフィールが編集され,個々の患者は場合によって彼らの要求の視点に基づいて複数のプロフィールに分割することを必要とし,例えば4分割したセクションごとにプロフィールを分割する。」【0017】

「考慮するべき別の事項は材料である。これは,材料の名前,特性および利点,さらになぜその材料を提案するかである。提案とはここで重要な表現であり,これは採用する治療方法の選択は最終的に歯科医師が決定するものであり,技工士またはサイトによってなされるものではないからである。歯科医師は材料を選択した後,その材料をまだ入手していない場合どこで入手できるか知る必要がある。従って,サイトの注文エリアを通じて,あるいはこのシステムを使用している技工室に照会して材料を購入する必要がある。」【0018】

「所定の材料がサイトによって得られるとプレパラートデザインを検討する。異なった材料は異なった基礎構造および縁部を必要とする。それほど多くの異なったデザインは必要とされない。サイト内にはプレパラートダイアグラム,縁部デザインおよび必要とするバーのファイルがあり,歯科医師は必要に応じてプレパラートダイアグラムを印刷して縮小図を得ることができる。これには,バーの名称,番号および形式,ならびにどこで入手できるかが含まれている。再び歯科医師がサイトを通じて発注するか,またはどこで入手できるかの情報を得ることができる。歯科医師は,特定の治療に関して全ての材料の注文リストを簡単に作成し,材料を入手することができる。」【0019】

「一度処理が開始され初期のプレパラートが完了すると,歯科医師はサイトに戻ってプレパラートの正確性についてスキャンする。他方,プレパラートのデジタル表示をサイトまたは技工室に返送してさらに詳しく検査する。プレパラートの1つはサイトの監視エリアにアクセスすることによっても作成できる。これを分析して,アンダーカット,アンダーリダクション,縁延長部,およびハイライト領域を作成し,これは最適な結果を得るために修正を加えるべきものである。」【0020】

「サイトとの間におけるリアルタイムの通信により時間と労力を大幅に節約することができる。最初にプレパラートと提案された歯科治療方式が適正であることを確認することにより,技工室は大量に試作を行う必要は無く,またプレパラートが変化したために使えなくなったモデルを製作することがない。さらに,複数の選択肢があるために患者を再度オフィスに呼び出してプレパラートを修正する必要もない。このことは,歯科医師と技工士の双方にとって重要な利点である。技工室の作業者にこの情報を提供することにより,押し型を形成し,模型を試作し,従来の検査装置でこれを検査する必要はなく,繰り返し作業による時間,材料およびコストの浪費を省略することができる。」【0021】

「リアルタイム分析による別の利点はリダクションである。プレパラートにおける最も一般的なミスはアンダーリダクション(すなわち歯の構造の削り取りが充分でなく歯冠または補綴材を形成する材料を挿入するために充分な空間ができない)であり,これによってその部分における修復が薄すぎるものとなって将来欠陥が生じる可能性があるか,または再度プレパラート,新規の押し型を形成し(より多くの時間が無駄になる),リダクションをコピーする必要が生じ得る。検査サイト内において,歯科医師は歯の咬合を見ながらプレパラートをより詳細にスキャンすることができ,これによってリダクションの量を10分の1mmの単位まで測定することができる。その後,歯科医師は測定値を予めサイトのプレパラートデザインのエリアから得た所定のプレパラートの仕様と比較してコンプライアンスを確認することができる。」【0022】

また,【0024】以下には,デジタルカメラによる歯等の撮影装置と歯等の画像データの処理方法について記載され,【0118】ないし【0121】には,【図16】とともに,本願発明の双方向ネットワークシステムについて記述され,最後に,付録Aとして,本願発明の一部に使用するコンピュータ・プログラムのリストが添付されている。

(エ) 以上のうち,【0010】,【0012】,【0013】及び【0015】の記載によれば,初期治療計画は歯等のデジタル画像を含むものであり,そのデジタル画像に基づいて歯の治療に使用される材料,処理方法,加工デザイン等が選択され,その選択に必要なデータはデータベースに蓄積されており,策定された初期治療計画はネットワークを介して診療室と歯科技工室とで通信されるものと理解することができる。そして,画像の取得,選択,材料等の選択には歯科医師の行為が必要になると考えられるが,これらはネットワークに接続された画像の表示のできる端末により行うものと理解できる。

また,【0020】,【0021】及び【0022】の記載によれば,本願発明は,スキャナを備え,歯又は歯のプレパラートをスキャンしてデータを入力し,データベースに蓄積されている仕様と比較することによって,治療計画の修正が必要かどうかが確認できるものであることが理解できる。もっとも,実際の確認の作業は,人が行うものと考えられる。

カ 以上によれば,請求項1に規定された「要求される歯科修復を判定する手段」及び「前記歯科修復の歯科補綴材のプレパラートのデザイン規準を含む初期治療計画を策定する手段」には,人の行為により実現される要素が含まれ,また,本願発明1を実施するためには,評価,判断等の精神活動も必要となるものと考えられるものの,明細書に記載された発明の目的や発明の詳細な説明に照らすと,本願発明1は,精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く,全体としてみると,むしろ,「データベースを備えるネットワークサーバ」,「通信ネットワーク」,「歯科治療室に設置されたコンピュータ」及び「画像表示と処理ができる装置」とを備え,コンピュータに基づいて機能する,歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものと理解することができる。

キ したがって,本願発明1は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるものということができ,本願発明1が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断は是認することができない。

(2)  本願発明2ないし10について

ア 審決は,①本願発明2ないし10につき「請求項1に係る発明は,自然法則を利用した技術的創作に該当しないものであるから,これを直接,或いは間接的に引用した請求項であって,請求項1の『判定する手段』,『策定する手段』については何ら限定するものではない請求項に係る発明も,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」(9頁36行~10頁3行),②本願発明2,3,6及び7につき「主要な発明特定事項として,『歯科治療室において,初期治療計画,ならびに歯科治療要求のデジタル画像プレパラートを含むデザイン規準を作成する』(請求項2),『最終治療計画を歯科治療室に伝送する前に初期治療計画を技工室において評価することをさらに含む』(請求項3),『最終治療計画のデザイン規準を満たす歯科補綴材を作成し,この補綴材を患者に装着することをさらに含む』(請求項6),『歯科補綴材を患者に装着する前にこの歯科補綴材が最終治療計画に従って作成されたかどうかを確認することをさらに含む』(請求項7)を有するものであるが,これらは何れも歯科医師,技工士を主体とし,人の精神活動そのもの或いはそれに基づく行為を特定したものであるといえる。」「してみると,請求項2,3,6,7に係る発明は,特許法第2条第1項で定義される発明,すなわち,自然法則を利用した技術的創作に該当しないというほかない。」(10頁5~17行)と認定判断する。

イ しかしながら,上記ア①の認定判断は,本願発明1が特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないことを前提とするものであって,採用することができない。

また,上記ア②の認定判断についても,上記(1)の認定判断によれば,請求項1を直接又は間接に引用する請求項2,3,6及び7に係る上記の主要な発明特定事項とされるものにつき,いずれも人の精神活動そのもの又はそれに基づく行為を特定したものであるとの理由をもって特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないということはできず,採用することができない。

ウ したがって,本願発明2ないし10が特許法2条1項で定義される「発明」に該当しないとした審決の判断も是認することができない。

3  結論

以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がないが,本願発明1ないし10が特許法2条1項に規定する「発明」に該当せず,本願発明が同法29条1項柱書にいう「発明」に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は是認することができず,取消事由2は理由があることになるから,審決は違法として取消しを免れない。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一)

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