大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10373号 判決 2008年6月04日

原告

富士高分子工業株式会社

訴訟代理人弁護士

山上和則

訴訟代理人弁理士

池内寛幸

若月節子

被告

松下電工株式会社

訴訟代理人弁護士

井窪保彦

北原潤一

訴訟代理人弁理士

加藤志麻子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2007-800043号事件について平成19年9月27日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,被告が有し発明の名称を「熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物によりなる放熱シート」とする後記特許第3290127号の請求項1~5(以下,請求項毎に順に「本件特許発明1」等という。)について,原告が無効審判請求をしたところ,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。

2  争点は,原告主張に係る以下の無効理由1ないし3が認められるか,である。

無効理由1:本件特許発明1~3はその出願前になされた下記引用発明1と,本件特許発明1~3及び5は下記引用発明2と,本件特許発明1~5は下記引用発明3と,それぞれ同一であるから,新規性の要件を欠く(平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項3号違反)

<判決注>上記改正前の特許法29条1項3号は,次のとおりである。

「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明」

無効理由2:本件特許発明1~5は,その出願前になされた下記引用発明2~7に基づき容易に発明することができたから,進歩性の要件を欠く(特許法29条2項違反)

無効理由3:本件特許発明1及び5は,「発明の詳細な説明」に記載したものではないので平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号に適合せず,又は上記「発明の詳細な説明」には当業者がそれを実施できる程度に明確かつ十分な記載がなされていないので,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項に適合しない。

<判決注>上記改正前の特許法36条4項~6項は,次のとおりである。

4項:「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」

5項:(略)

6項:「第3項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」

1号:「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」

2号~4号:(略)

・引用発明1:特開昭62-184058号公報(甲1,発明の名称「熱伝導性ポリオルガノシロキサンエラストマー組成物」,出願人 ダウ コーニング コーポレーション,公開日昭和62年8月12日)

・引用発明2:特開平8-325457号公報(甲2,発明の名称「熱伝導性シリコーンゴム組成物」,出願人 東レ・ダウコーニング・シリコーン株式会社,公開日平成8年12月10日)

・引用発明3:特開平9-111124号公報(甲3,発明の名称「熱伝導性シリコーンゴムおよびその組成物」,出願人 東レ・ダウコーニング・シリコーン株式会社,公開日平成9年4月28日)

・引用発明4:特表平9-509686号公報(甲4,発明の名称「シラン処理された顔料をポリマー中に配合するときの改善された加工性およびレーシング抵抗性」,出願人 イー・アイ・デュポン・ドゥ・ヌムール・アンド・カンパニー,公開日平成9年9月30日)

・引用発明5:特開平5-259314号公報(甲5,発明の名称「半導体用封止樹脂組成物」,出願人 松下電子工業株式会社,公開日平成5年10月8日)

・引用発明6:チッソ株式会社パンフレット「SILICON CHEMICALS」(甲6,1996年[平成8年]6月ころ刊行)

・引用発明7:Degussa AG「SCHRIFTENREIHE PIGMENTE Grundlagen von AEROSIL<R>Nummer11」p.1-20,1993年(平成5年)6月,第5版(甲7)

第3当事者の主張

1  請求の原因

(1)  特許庁における手続の経緯

被告は,平成10年1月27日,名称を「熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物によりなる放熱シート」とする発明について特許出願(特願平10-14565号)をし,平成14年3月22日,特許第3290127号として設定登録を受けた(請求項の数5,以下「本件特許」という。特許公報は甲11)。

これに対して,A及びBから特許異議の申立てがされたので,特許庁はこれを異議2002-72874号事件として審理し,被告はその手続において平成15年6月2日付けで訂正請求(甲17,以下「本件訂正」という。)をし平成16年2月9日付けで同請求の補正をした(甲18)ところ,特許庁は,平成16年2月23日,「訂正を認める。特許第3290127号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。」との決定をした(甲12。以下,本件訂正後の特許明細書を「本件特許訂正明細書」という。)。

そこで,原告が,平成19年3月2日に至り,本件特許の請求項1~5に係る特許について無効審判請求をしたので,特許庁は,これを無効2007-800043号事件として審理した上,平成19年9月27日,「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決をし,その謄本は平成19年10月10日原告に送達された。

(2)  発明の内容

本件訂正後の請求項1~5は,次のとおりである(前記のとおり,各請求項の発明について「本件特許発明1」等といい,総称するときは「本件特許発明」という。)。

「【請求項1】 シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【化1】

YSiX3  (A)

X=メトキシ基又はエトキシ基

Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」

【請求項2】 上記熱伝導性無機フィラーとして金属酸化物,金属窒化物,及び金属単体から選択されたものを用いることを特徴とする請求項1に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項3】 熱伝導性無機フィラーとしてアルミナを用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項4】 熱伝導性無機フィラーとしてシリカを用いることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項5】 請求項1乃至4のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物を成形して成ることを特徴とする放熱シート。」

(3)  審決の内容

審決の内容は,別添審決写しのとおりであり,その理由の要点は,前記無効理由1ないし3はこれを認めることができない,というものである。

(4)  審決の取消事由

しかしながら,審決は,以下のとおり,本件特許発明の新規性,進歩性及び明細書の記載不備についての判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。

ア 取消事由1(引用発明1との対比による新規性判断の誤り)

(ア) 審決は,本件特許発明1と引用発明1は,以下の(あ)及び(い)の点で相違すると判断している(25頁17行以下)。

「(あ)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1では,『一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカップリング剤を使用するのに対して,引用発明1では,『一般式R''qSi(OR''')4-qのシラン〔式中,R''およびR'''は1~約20個の炭素原子を含む同一または異なる炭化水素基を表し,且つqは1または2である。〕』であるシランカップリング剤を使用する点。

(い) 熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1では,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%』と規定するのに対し,引用発明1では,シリコーンゴムの出発原料である『「液体ポリジオルガノシロキサン」「100重量部」』に対して,『50~90重量%の酸化亜鉛および10~50重量%の酸化マグネシウムを含む200~400重量部の熱伝導性充填剤微粒子』を配合すると規定する点。」

しかし,そもそも,内容を検討する前から,相違する点があるとの判断手法は,それ自体誤りである。

(イ) 相違点(あ)について

a 審決は,引用発明1のR'',R'''について,「1~約20」と20の前に「約」がついているから,「可能性のある数字を漠然と示したにすぎない」と判断している(26頁2行~3行)。

しかし,「約20」は「20近辺」を示しており,「1~約20」は,本件特許発明1の炭素数「6~18」が含まれていることは明瞭である。

したがって,審決が,「1~約20」を根拠に,引用発明1には,本件特許発明1の炭素数「6~18」の開示がないと判断したことは誤りである。

b 審決は,甲1の「好ましくはR''およびR'''は低級アルキル基であり,最も好ましくはメチルであり,…」(8頁左下欄13行~14行)を捉えて,本件特許発明1の炭素数「6~18」は開示がないと判断している(26頁4行~27行)。

しかし,審決は,甲1の「好ましくは」,「最も好ましくは」という文言及びR'',R'''についての「1~約20」という記載を無視している。

このような理由により,審決が,引用発明1には,本件特許発明1の炭素数「6~18」の開示がないと結論付けたことは誤りである。

c 審決は,新規性(特許法29条1項3号)の判断時期を誤っている。新規性の判断時期は,本件特許の「出願時」である。

本件特許出願前には,甲2~甲7に示すように,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤は,周知自明であった。

d したがって,審決が,(あ)を実質的相違点としたことは誤りである。

(ウ) 相違点(い)について

a 審決は,「…相違点(い)について検討するまでもなく,本件特許発明1は甲第1号証に記載された発明ではない。」(26頁34行~36行)と判断している。

しかし,検討を省略して,(い)を相違点と認定した審決は,明らかに誤りである。

b そして,検討したとしても,次のとおり,本件特許発明1と引用発明1は一致している。

α 甲1の請求項1(1液配合)において,ポリジオルガノシロキサンを100重量部に対して,酸化亜鉛70重量%と酸化マグネシウム30重量%の比率で混ぜた熱伝導性フィラーを200重量部~400重量部とすると,以下の①,②で計算するように,熱伝導性フィラーは28.69~44.59vol%となる。

[計算]

① ポリジオルガノシロキサン100重量部に対して,熱伝導性フィラー200重量部の場合

・ポリジオルガノシロキサンの体積の算出

ポリジオルガノシロキサンの比重は0.97であるから,

100÷0.97=103(a)

・熱伝導性フィラーの体積の算出

熱伝導性フィラー200重量部は,酸化亜鉛70重量%と酸化マグネシウム30重量%の比率であり,酸化亜鉛の比重は5.6,酸化マグネシウムの比重は3.65であるから,

140÷5.6=25(b)(酸化亜鉛の体積)

60÷3.65=16.44(c)(酸化マグネシウムの体積)

・(a),(b)及び(c)の合計

(a)+(b)+(c)=144.44(d)

・ポリジオルガノシロキサンのvol%

[(a)/(d)]×100=71.31vol%・酸化亜鉛のvol%

[(b)/(d)]×100=17.31vol%(e)

・酸化マグネシウムのvol%

[(c)/(d)]×100=11.38vol%(f)

・熱伝導性フィラー(e)と(f)の合計vol%

(e)+(f)=28.69vol%

② ポリジオルガノシロキサン100重量部に対して,熱伝導性フィラー400重量部の場合

・ポリジオルガノシロキサンの体積の算出

ポリジオルガノシロキサンの比重は0.97であるから,

100÷0.97=103(a)

・熱伝導性フィラーの体積の算出

熱伝導性フィラー400重量部は,酸化亜鉛70重量%と酸化マグネシウム30重量%の比率であり,酸化亜鉛の比重は5.6,酸化マグネシウムの比重は3.65であるから,280÷5.6=50(b)(酸化亜鉛の体積)

120÷3.65=32.88(c)(酸化マグネシウムの体積)

・(a),(b)及び(c)の合計

(a)+(b)+(c)=185.88(d)

・ポリジオルガノシロキサンのvol%

[(a)/(d)]×100=55.41vol%

・酸化亜鉛のvol%

[(b)/(d)]×100=26.90vol%(e)

・酸化マグネシウムのvol%

[(c)/(d)]×100=17.69vol%(f)

・熱伝導性フィラー(e)と(f)の合計vol%

(e)+(f)=44.59vol%

β 甲1の請求項2(2液配合)において,ポリジオルガノシロキサンを100重量部に対して,酸化亜鉛70重量%と酸化マグネシウム30重量%の比率で混ぜた熱伝導性フィラーを200重量部~400重量部加えた第1液と,ポリジオルガノシロキサンを100重量部に対してアルミナ(比重,3.98)を200重量部~400重量部加えた第2液を1:1で混合したときの熱伝導性フィラーを,上記αと同じ方法で算出すると,以下の①,②で計算するように,30.81~47.10vol%となる。

[計算]

① ポリジオルガノシロキサン100重量部に対して,熱伝導性フィラー200重量部の場合

・ポリジオルガノシロキサンの体積の算出

ポリジオルガノシロキサンの比重は0.97であるから,

100÷0.97=103(a)

・第1液の熱伝導性フィラーの体積の算出

熱伝導性フィラー200重量部であり,酸化亜鉛70重量%と酸化マグネシウム30重量%の比率であり,酸化亜鉛の比重は5.6,酸化マグネシウムの比重は3.65であるから,

140÷5.6=25(b)(酸化亜鉛の体積)

60÷3.65=16.44(c)(酸化マグネシウムの体積)

・(a),(b)及び(c)の合計体積

(a)+(b)+(c)=144.44(d)

・第2液の熱伝導性フィラーの体積の算出

熱伝導性フィラー200重量部であり,アルミナの比重は3.98であるから,

200÷3.98=50.3(e)(アルミナの体積)

・(a)及び(e)の合計体積

(a)+(e)=153.3(f)

・熱伝導性フィラー(b),(c)及び(e)の合計vol%

[{(b)+(c)+(e)}/{(d)+(f)}]×100=30.81vol%(g)

② ポリジオルガノシロキサン100重量部に対して,熱伝導性フィラー400重量部の場合

・ポリジオルガノシロキサンの体積の算出

ポリジオルガノシロキサンの比重は0.97であるから,

100÷0.97=103(a)

・熱伝導性フィラーの体積の算出

熱伝導性フィラー400重量部であり,酸化亜鉛70重量%と酸化マグネシウム30重量%の比率であり,酸化亜鉛の比重は5.6,酸化マグネシウムの比重は3.65であるから,

280÷5.6=50(b)(酸化亜鉛の体積)

120÷3.65=32.88(c)(酸化マグネシウムの体積)

・(a),(b)及び(c)の合計体積

(a)+(b)+(c)=185.88(d)

・第2液の熱伝導性フィラーの体積の算出

熱伝導性フィラー400重量部であり,アルミナの比重は3.98であるから,

400÷3.98=100.5(e)(アルミナの体積)

・(a)及び(e)の合計体積

(a)+(e)=203.5(f)

・熱伝導性フィラー(b),(c)及び(e)の合計vol%

[{(b)+(c)+(e)}/{(d)+(f)}]×100=47.10vol%(g)

(エ) 以上のとおり,審決が指摘する相違点(あ)は,相違するところはなく,本件特許発明1と共通しており,相違点(い)については,審決は判断をしていないが,精査すれば共通していることは明らかである。

したがって,引用発明1には本件特許発明1の全構成要件が開示されており,本件特許発明1は新規性を欠如しているから,新規性を認めている審決の判断は誤りである。

(オ) 審決は,引用発明1は本件特許発明1とは,上記(あ)及び(い)が相違するから,本件特許発明2,3も甲1には記載されていないと判断している(26頁下1行~27頁4行)。

しかし,引用発明1は本件特許発明1とは上記(あ)及び(い)で相違しないことは,上記のとおりである。加えて,甲1の「酸化亜鉛,酸化マグネシウム,アルミナ,酸化第二鉄」(7頁左上欄下2行~右上欄2行)は,いずれも金属酸化物であり,本件特許発明2と共通する。また,甲1の「アルミナ」(7頁右上欄2行)は,本件特許発明3と共通する。

したがって,本件特許発明2,3も,新規性が欠如しており,新規性を認めている審決の判断は誤りである。

イ 取消事由2(引用発明2との対比による新規性判断の誤り)

(ア) 審決は,本件特許発明1と引用発明2は,以下の(う)及び(え)の点で相違すると判断している(29頁下6行~30頁10行)。

「(う)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1では,『一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカップリング剤を使用するのに対して,引用発明2では,シランカップリング剤として作用し得る化合物として,アルミナ微粉末用表面処理剤として明記された『アルコキシシラン』または『(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキサン』を使用する点。

(え) 熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1では,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%』と規定するのに対し,引用発明2では,シリコーンゴムの出発原料である(A)成分『100重量部』および(B)成分『0.1~50重量部』に対して,『(i)平均粒子径が10μm未満である球状または非球状アルミナ微粉末5~95重量%と(ii)平均粒子径が10~50μmである球状または非球状アルミナ微粉末95~5重量%からなるアルミナ微粉末』を『300~1200重量部』配合すると規定する点。」

そもそも,内容を検討する前から,相違する点があるとの判断手法は,それ自体誤りである。

(イ) 相違点(う)について

a 審決は,引用発明2の(C)成分のその余の基として「ヘキシル基,オクチル基」が記載されていると認めながら(30頁21行~27行),一転して,本件特許発明1の炭素数「6~18」は,具体例がないから開示がないと判断している(30頁27行~34行)。しかし,「ヘキシル基」とは「C6H13-」であり,「オクチル基」とは「C8H17-」である。

具体例はなくても,甲2の(C)成分には「ヘキシル基,オクチル基」が記載されていると認めているのであるから,審決の上記判断は矛盾した判断といわざるを得ない。

また,甲2の4頁段落【0011】には,「(C)成分のオルガノシロキサンは本組成物にチクソトロピー性を付与して,高充填したアルミナ微粉末の沈降を抑制し,また,たとえアルミナ微粉末が沈降していても均一に再分散させることを容易にするための成分であり,一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有する。(C)成分中のケイ素原子結合アルコキシ基としては,例えばメトキシ基,エトキシ基,・・・(C)成分中のケイ素原子に結合する基として,例えば・・・ヘキシル基,オクチル基等のアルキル基」と記載されており,炭素数6と8のシランカップリング剤を,アルミナ微粉末の表面処理剤として使用することが開示されている。

したがって,引用発明2には本件特許発明1の炭素数「6~18」は開示がないと結論付けた審決は誤りである。

b 審決は,新規性(特許法29条1項3号)の判断時期を誤っている。新規性の判断時期は,本件特許の「出願時」である。

本件特許出願前には,甲2~7に示すように,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤は,周知自明であった。特に,甲2には,上記のとおり「X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個及び8個の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤が記載されている。

c したがって,審決が,(う)を実質的相違点としたことは誤りである。

d なお,審決が引用発明2の(C)成分である「アルコキシシラン」はシランカップリング剤として作用すると認定したこと(29頁20行~28行)は,正しい。なぜなら,引用発明2において,「アルコキシシラン」に該当する(C)成分を,(D)成分であるアルミナ微粉末及び(A)成分等とともに均一に混合した場合には,当該(D)成分の表面が当該(C)成分によって処理される,つまり,(C)成分である「アルコキシシラン」がシランカップリング剤として作用することになることは事実であり,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0022】~【0023】に記載されている「インテグラルブレンド法の直接法」と同一だからである。

(ウ) 相違点(え)について

a 審決は,「…相違点(え)について検討するまでもなく,…」(30頁下2行)として,原告の主張を排斥している。

しかし,検討を省略して,(え)を相違点と認定した審決は,明らかに誤りである。

b そして,検討したとしても,甲2の「オルガノポリシロキサン100重量部に対してアルミナ粉末300~1200重量部」(2頁2行~3行及び10行)の記載は,体積%に換算すると,次のとおり,42.3~74.5vol%となるから,本件特許発明1と引用発明2は一致している。

file_2.jpg(i+#) ES HR 1000.97 3003.98, RS Ie 1000.97 1200 _ 3.98 HBL v01% 103 57.7 AMHR ayy 75.4 42.9 TSHR 4100% HB v.01% 103 25.5 AAAS RY Yay 301.5 74.5 TS TBE #100%(エ) 以上のとおり,審決が指摘する相違点(う)は,相違するところはなく,本件特許発明1と共通しており,相違点(え)について審決は判断をしていないが,精査すれば共通していることは明らかである。

したがって,引用発明2には本件特許発明1の全構成要件が開示されており,本件特許発明1は新規性を欠如しているから,新規性を認めている審決の判断は誤りである。

(オ) また,審決は,引用発明2は本件特許発明1とは,上記(う)及び(え)が相違するから,本件特許発明2,3,5も甲2には記載されていないと判断している(31頁2行~7行)。

しかし,引用発明2は本件特許発明1とは上記(う)及び(え)で相違しないことは,上記のとおりである。加えて,甲2の「アルミナ微粉末」(2頁10行及び段落【0014】)は,金属酸化物であり,本件特許発明2と共通する。また,甲2の「アルミナ微粉末」(2頁10行及び段落【0014】)は,本件特許発明3と共通する。さらに,甲2の「放熱シート」(段落【0019】末行)は,本件特許発明5と共通する。

したがって,本件特許発明2,3,5も新規性が欠如しており,新規性を認めている審決の判断は誤りである。

ウ 取消事由3(引用発明3との対比による新規性判断の誤り)

(ア) 審決は,本件特許発明1と引用発明3は,以下の(お)及び(か)の点で相違すると判断している(33頁下5行~34頁4行)。

「(お)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1では,『一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカップリング剤を使用するのに対して,引用発明3では,このような規定がなされていない点。

(か) 熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1では,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%』と規定するのに対し,引用発明3では,『熱伝導性シリコーンゴム組成物』の『40~90重量%』と規定する点。」

(イ) 相違点(お)について

a 審決は,引用発明3の(E)成分には「オクタデシルトリメトキシシラン」が記載されている(甲3の段落【0026】[6頁10欄17行~18行])と認めながら(34頁25行~26行),これは,水酸基などと縮合反応する架橋剤であるから,インテグラルブレンド法に適用したとしても,熱伝導性充填剤の表面が処理されることにはならないと判断している(35頁6行~8行)。

b しかし,架橋剤が水酸基などと縮合反応するのは加熱時である。加熱の前に混合スラリー(コンパウンド)を作成する工程が必要であるが,架橋剤を添加して混合スラリーを作成する際に,架橋剤(オクタデシルトリメトキシシラン)はフィラー表面に吸着されるから,「インテグラルブレンド法の直接法」と同一になる。

ここで「インテグラルブレンド法の直接法」とは,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0022】に記載されているように,「またインテグラルブレンド法の直接法にて処理を行なう場合は,シリコーンゴム中に熱伝導性無機フィラー1を混練する際にシランカップリング剤を同時に配合する…」という方法である。このように,本件特許発明1では,シランカップリング剤をシリコーンゴムに添加してもよい。「添加」という技術手段は引用発明3と同一である。そして,「添加」という技術的手段が同一であれば,同一物となるのは当然のことである。

c また,「縮合反応硬化型」のシリコーンゴム組成物について加熱が必要でないとしても,反応原理を考慮すれば,次のとおり,架橋剤(オクタデシルトリメトキシシラン)はフィラー表面に吸着され,「インテグラルブレンドの直接法」と同一になる。

(a) 「縮合反応硬化型」のシリコーンゴムにおける縮合反応は,次のように進む。

Si-OR+H2O→Si-OH+ROH(縮合反応の第1段階)

Si-OR+Si-OH→Si-O-Si+ROH(縮合反応の第2段階)

(Rは-CH3基又は-C2H5基。反応に直接関与する,もしくは注目する結合,原子,基だけを記した。以下の反応式においても同じ。)

(b) シランカップリング剤と熱伝導性無機フィラーとの反応は,第2段階の反応式で「-SiOH」を「MOH」(ただし,Mは金属)に置き換えれば,下記のようにフィラー表面で起こる反応の式になる(下記の反応式は,アルミナの場合である。)。この反応については,本件特許訂正明細書の【図1】(b)(甲11の10頁)にも記載されている。

YSi-OR+H2O→YSi-OH+ROH(縮合反応の第1段階)

YSi-OR+YSi-OH→YSi-O-SiY+ROH(縮合反応の第2段階)

YSi-OH+YSi-OH→YSi-O-SiY+H2O(シラノールどうしの縮合)

YSi-OR+Al-OH→YSi-O-Al+ROH(アルミナの場合の第2段階)

(オクタデシルトリメトキシシランでは,YはC18H37-)

(c) シリカの場合は,次のようになる。第1段階の反応式は,アルミナと同一であるので省略した。

YSi-OR+Si*OH→YSi-O-Si*+ROH(シリカの場合の第2段階)

(Si*がシリカのケイ素である。)

(d) こうしてみると,縮合反応におけるシリコーンゴムの反応と,シランカップリング剤とフィラーとの反応は,同じ脱アルコール反応であり,等価の反応である。

そうすると,オクタデシルトリメトキシシランを,シリコーンゴム材料及びアルミナやシリカ等の熱伝導性無機フィラーと添加して混合スラリーを作成すると,熱伝導性無機フィラーの表面積は大きいから,オクタデシルトリメトキシシランはフィラー表面に吸着され(甲9[相馬勲ほか「初歩から学ぶフィラー活用技術」株式会社工業調査会2003年10月20日発行]の19頁下8行~20頁1行参照),熱伝導性無機フィラーと反応する。この結果,「インテグラルブレンド法の直接法」と同一になる。

d 「オクタデシルトリメトキシシラン」は,「YSiX3  X=メトキシ基,Y=炭素数18個の脂肪族長鎖アルキル基」であるから,本件特許発明1の一般式(A)と共通する。

e したがって,審決が,(お)を実質的相違点としたことは誤りである。

(ウ) 相違点(か)について

a 審決は,「…相違点(か)について検討するまでもなく,…」(35頁31行)として,原告の主張を排斥している。

しかし,検討を省略して,(か)を相違点と認定した審決は,明らかに誤りである。

b また,検討したとしても,次のとおり,甲3の「充填剤の含有量は…40~90重量%の範囲」(段落【0008】)は,シリカ50重量%,アルミナ50重量%としたとき18.6~75.5vol%となるから,本件特許発明1と引用発明3は一致している。

file_3.jpg(it®) ais 60 20 ca 0.97 2.2 HE 61.9 ot vol% 814 ALAR a ety 120 29H 3,98 20 Cat) bs 10 45 sem 0.97 al o te 10.3 20.5 66 TSF H100% vol% 2.8 ANH yaety 48.7 YIN 41.3 45 3,98 26.8 TVET 100%(エ) 以上のとおり,審決が指摘する相違点(お)は,相違するところはなく,本件特許発明1と共通しており,相違点(か)について,審決は判断をしていないが,精査すれば共通していることは明らかである。

したがって,引用発明3には本件特許発明1の全構成要件が開示されており,本件特許発明1は新規性を欠如しているから,新規性を認めている審決の判断は誤りである。

(オ) そして,審決は,引用発明3は本件特許発明1とは,上記(お)及び(か)が相違するから,本件特許発明2~5も甲3には記載されていないと判断している(35頁下5行~36頁1行)。

しかし,引用発明3は本件特許発明1とは上記(お)及び(か)で相違しないことは,上記のとおりである。加えて,甲3の「シリカ微粉末,アルミナ微粉末からなる熱伝導充填剤」(段落【0005】)は,金属酸化物であり,本件特許発明2と共通する。また,甲3の「アルミナ微粉末からなる熱伝導充填剤」(段落【0005】)は本件特許発明3と共通し,甲3の「シリカ微粉末からなる熱伝導充填剤」(段落【0005】)は本件特許発明4と共通する。さらに,甲3の「放熱シート」(段落【0034】~【0035】)は本件特許発明5と共通する。

したがって,本件特許発明2~5も新規性が欠如しており,新規性を認めている審決の判断は誤りである。

エ 取消事由4(進歩性判断の誤り)

(ア) 引用発明2について

審決は,本件特許発明1と引用発明2とは,前記相違点(う)と(え)で相違し,(う)は容易ではないと判断した(36頁9行~22行)。

しかし,前記アのとおり,(う)と(え)は相違点ではないから,審決は前提からして誤っている。

また,甲2の段落【0004】には,「…本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわらず,アルミナ微粉末が沈降しにくく,また,たとえアルミナ微粉末が沈降していても容易に均一に再分散させることができる熱伝導性シリコーンゴム組成物を提供することにある。」と記載されているから,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0007】と共通する。したがって,甲2と本件特許発明の作用効果及び動機付けは共通する。

(イ) 引用発明3について

審決は,本件特許発明1と引用発明3とは,前記相違点(お)と(か)で相違し,(お)は容易ではないと判断した(39頁18行~下4行)。

しかし,前記ウのとおり,(お)と(か)は相違点ではないから,審決は前提からして誤っている。

また,甲3の段落【0004】には,「…本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわらず,貯蔵中にこれが沈降し難く,また,たとえこれが沈降しても,容易にこれを再分散させることができる熱伝導性シリコーンゴム組成物を提供する…」と記載されているから,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0007】と共通する。したがって,甲3と本件特許発明の作用効果及び動機付けは共通する。本件特許公報(甲11~甲12)の段落【0007】と共通する。

(ウ) 引用発明4について

a 審決は,甲4には,シランカップリング剤を熱伝導性無機フィラーの表面処理に適用することは教示するところがないとして,原告の主張を排斥している(36頁下11行~下4行)。

しかし,甲4の7頁下3行~8頁19行に記載されている「TiO2」は,本件特許発明2の「金属酸化物」の下位概念であり,本件特許発明の実施例11(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0035】)と共通する。「TiO2」の熱伝導率は,8.4W・m-1・k-1である(甲16[「電子機器・部品用放熱材料の高熱伝導化および熱伝導性の測定・評価技術」2003年2月24日株式会社技術情報協会発行99頁])。したがって,甲4記載の「TiO2」は,「顔料」であっても「熱伝導性無機フィラー」であり,本件特許発明の実施例11の「酸化チタン」とは,単に表現が異なるだけで,同一物である。

したがって,審決の上記判断は誤りである。

b その上,甲4の8頁2行~19行には,次の記載がある。

「適切なシランは,

RxSi(R′)4-x

(式中,Rは少なくとも1~約20個の炭素原子を有する,加水分解しない,脂肪族,環式脂肪族または芳香族の基であり:

R′は加水分解性基,例えばアルコキシ,ハロゲン,アセトキシもしくはヒドロキシまたはそれらの混合物であり;そしてx=1~3である)

例えば,本発明を実施するのに有用なシランには,オクチルトリエトキシシラン,ノニルトリエトキシシラン,デシルトリエトキシシラン,ドデシルトリエトキシシラン,トリデシルトリエトキシシラン,テトラデシルトリエトキシシラン,ペンタデシルトリエトキシシラン,ヘキサデシルトリエトキシシラン,ヘプタデシルトリエトキシシラン,およびオクタデシルトリエトキシシランが含まれる。シランのさらに別の例には,R=8~18個の炭素原子;R′=クロロ,メトキシ,ヒドロキシまたはそれらの混合物;そしてx=1~3が含まれる。好ましいシランは,R=8~18個の炭素原子;R′=エトキシ;およびx=1~3である。R=8~18個の炭素原子は,加工性を高めるのに好ましい。R′=エトキシは取り扱いを容易にするために好ましい。」

上記記載は,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」のうち,「YSiX3」の式と「X=エトキシ基,Y=炭素数8個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」が共通するから,本件特許発明1と引用発明4では,シランカップリング剤は共通する。

c 審決は,甲4にはシリコーンゴムについて記載されていないと判断している(37頁下6行~38頁8行)。

しかし,甲4の10頁22行~25行には,次の記載がある。

「また,本発明によるポリマーには,種々のゴムおよび/またはエラストマー,・…これらすべては当分野で一般に知られているものである。」

ここで「種々のゴム」と記載されているから,シリコーンゴムに応用することは,当業者であれば容易である。

d さらに,甲4の12頁19行~20行には,次の記載がある。

「観察される付加的な利点は,嵩密度の増加,粘度の低下,優れた分散性,耐湿性および優れた光学的性質,例えば高い着色力である。」

上記記載のうち「粘度の低下,優れた分散性,耐湿性」は,本件特許発明の作用効果ないし動機付けと共通する。

e 以上のとおり,引用発明4を引用発明2又は引用発明3と組み合わせることは当業者が容易にできることである。

(エ) 引用発明5について

a 審決は,「甲第3号証もまた,当該『シラン化合物』による『処理』を熱伝導性無機フィラーの表面に適用することについて教示するものではない」(37頁2行~4行)として,原告の主張を排斥している(原告注:上記「甲第3号証」は,「甲第5号証」の誤記と思われる。)。

しかし,甲5には,「…無機質充填剤としては,溶融シリカ,結晶シリカ,タルク,アルミナ,窒化珪素,…などがある。…熱伝導の点で優れ,好ましい。」(段落【0041】)と記載されているから,本件特許発明1~4の熱伝導性無機フィラーと共通する。

甲5には,上記のように「熱伝導の点で優れ」とまで記載されているにもかかわらず,「熱伝導性無機フィラーの表面に適用することについて教示するものではない」と判断することは,明白な誤りである。

b 加えて,甲5の段落【0013】~【0014】には,「溶融シリカ粉末100重量部に,オクタデシルトリエトキシシラン(C18H37Si(OC2H5)3)を1.2重量部と,トルエンを50重量部混合する。上記の混合物をシェーカで1時間混合分散した後,濾過した後,150℃で1時間加熱して表面処理シリカを得る。」と記載され,段落【0015】には,「第1の実施例で使用したのと同じシリカに対して,表面処理剤にヘキサデシルトリメトキシシラン(C16H33Si(OCH3)3)により,第1の実施例と同じ混合割合で,同じ方法条件で表面処理を行い,表面処理シリカ粉末を得る。」と記載されている。

上記シラン化合物は,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」のうち,「YSiX3」の式と「X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数16個と18個の脂肪族長鎖アルキル基」が共通するから,本件特許発明1と引用発明5とは,シランカップリング剤が共通する。

c 甲5の段落【0022】【表1】の最下段には,「充填剤 シリカ粉末 82.2重量部」と記載されているから,シリカ粉末の比重を2.2g/cm3,エポキシ樹脂の比重を1.1g/cm3とすると,シリカ粉末のvol%は,次のとおり,69.8vol%となる。

file_4.jpg(Ct) ERS ME HR v01% 17.82 LL 16.2 90.2 ARES ARIM (SOREL -<) B22 22 374 68 YY AER 100%以上から,引用発明5は,本件特許発明1とは,熱伝導性無機フィラーの添加範囲も共通する。

d 甲5の段落【0038】~【0039】には,「…充填剤表面と樹脂の間の滑りが起こり易くなるため,粘度の低下に寄与し,トランスファー成形時の流れ性の優れた組成物が提供できる。本発明における以上のごとき作用効果は,例えばシリカを充填剤にした場合,その配合割合が80重量%以上の高充填組成物において,即ち充填剤粒子間の樹脂膜厚が極めて薄い場合に顕著に発揮されるものである。」と記載されているから,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0007】に記載の「成形スラリーの粘度低下」という目的及び作用効果と共通する。したがって,甲5には,本件特許発明の動機付けは記載されている。

また,本件特許発明の「成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム弾性の付与)及び引裂強度の向上の効果」は,前記甲5に記載の「充填剤表面と樹脂の間の滑りが起こり易くなるため,粘度の低下に寄与し,トランスファー成形時の流れ性の優れた組成物が提供できる」に起因するものであり,特別な目的及び作用効果とはいえない。

e 審決は,引用発明5と本件特許発明1のシリコーンゴム組成物は,組成が大きく異なると判断している(38頁2行~4行,13行~23行)。

しかし,甲5の段落【0053】には,「樹脂の可とう化剤は必要に応じてシリコーン系ゴム及びポリオレフィン系ゴム材料がマトリックス樹脂を海として島状に混入される」と記載されているから,マトリックス樹脂に甲5の段落【0041】に記載の熱伝導に優れる無機質充填剤(フィラー)を混合すれば,必然的にシリコーン系ゴムにも前記フィラーは混合される。

したがって,上記のシランカップリング剤処理された熱伝導性無機フィラーをシリコーンゴムに適用することは,当業者であれば容易にできることである。

f 以上のとおり,引用発明5を引用発明2又は引用発明3と組み合わせることは当業者が容易にできることである。

(オ) 引用発明6について

a 審決は,「…甲第6号証の記載によれば,これらのシラン化合物は『撥水剤』を主用途とするものである…。」(37頁8行~9行),「…甲第6号証に,『n-ヘキシルトリメトキシシラン』または『n-ヘキシルトリエトキシシラン』を『無機質』の表面処理剤,ましてや,熱伝導性無機フィラーの表面処理剤として使用することが記載されているとは解されない。」(37頁13行~16行)と判断している。

しかし,この判断は,論理が飛躍しており,なぜ「熱伝導性無機フィラーの表面処理剤として使用することが記載されているとは解されない」という結論になるのか不明である。なぜなら,「n-ヘキシルトリメトキシシラン」も「n-ヘキシルトリエトキシシラン」も撥水剤であるからこそ,本件特許発明の目的である「成形スラリーの粘度低下,成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム弾性の付与)及び引裂強度の向上の効果」(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0007】)をもたらすからである。また,化学品,材料などのカタログ・技術資料に記載する「主用途」とは,「メーカーがその時点で把握している主たる用途」のことである。「それ以外には使えない,適さない」ということは意味しない。化学品,材料のカタログ・技術資料を読む当業者は,そのように考えるのが通常である。

加えて,甲6の4頁上段の「シラン化合物」の下に,「チッソのシラン化合物は,クロロシラン・アルコキシシラン・シラザン等で構成され,無機質の表面処理剤,樹脂の改質剤,エレクトロニクス関連材料などの幅広い分野で使われています。」と記載されている。「アルコキシシラン」は「n-ヘキシルトリメトキシシラン」及び「n-ヘキシルトリエトキシシラン」を含む上位概念である。

したがって,審決の上記判断は誤りである。

b また甲6の4頁表には,「No.11」及び「No.12」の欄に各々次の記載がある。

No.

品名

名称

構造式

11

HTS-M

n-ヘキシルトリメトキシシラン

C6H13Si(OCH3)3

12

HTS-E

n-ヘキシルトリエトキシシラン

C6H13Si(OC2H5)3

この二つの化合物は,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」と共通する。

そして,甲6の4頁左下欄には,「●荷姿:…他のものは18L石油缶,200Lドラム缶となります。」と記載されている。

上記の記載は,平成8年(1996年)6月以降,チッソ株式会社が,本件特許発明のシランカップリング剤を国内で広く販売していた事実があることを示している。

審決は,甲6には,配合対象となる樹脂が記載されていないと判断している(38頁5行)が,広く販売されていた商品をシリコーンゴムに適用することは,当業者にとって容易といわざるを得ない。

c 甲6の8頁には,シランカップリング剤と無機材料(上段には「シリカ」と記載され,本件特許の実施例9[本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0035】]と共通する。)との反応式が記載されており,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0025】~【0027】の記載内容と共通する部分がある。

通常シランカップリング剤と無機材料とは,脱アルコール反応により1段反応で直接結合させるのが自然である。

これに対して,甲6の8頁の反応式も,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0025】~【0027】の記載も,一度アルコキシ基を水と反応させて加水分解し,次に無機材料と脱水縮合反応させており,2段反応させている。2段反応させるメリットは通常は考えられないから,本件特許発明の発明者は,甲6の8頁を参考にしたと思われる。

さらに,甲6の9頁には,「インテグラルブレンド法」,「乾式法」,「湿式法」,「スプレー法」が各々記載されており,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0019】の記載内容と共通する部分が多い。このことからも,本件特許発明の発明者は,甲6の9頁を参考にしたと思われる。

d 甲6においては,「シラン化合物」(4頁~5頁)と「サイラエース」(6頁以下)は,同一の文献の隣り合わせの頁であるから,当業者であっても無くても,「n-ヘキシルトリメトキシシラン」及び「n-ヘキシルトリエトキシシラン」を熱伝導性無機フィラーの表面処理剤として使用することを試みるであろう。また,上記の「シラン化合物」と「サイラエース」は,いずれも,有機基とケイ素結合性反応性基(アルコキシ基,Si-Cl基など)を同一ケイ素原子上に合わせ持つシランであるから,当業者にとっては,二つの分類は大きな意味を持たない。実際に,本件特許訂正明細書では,甲6では「シランカップリング剤」に分類されていないシラン類を「シランカップリング剤」と記載している。

e 以上のとおり,甲6には,本件特許発明の動機付けとなる記載があり,引用発明6を引用発明2又は引用発明3と組み合わせることは当業者に容易にできることである。

(カ) 引用発明7について

審決は,「…甲第7号証には,当該『AEROSIL R 805』を含めて『AEROSIL』なる商品名を有するシリカを,熱伝導性充填剤として使用することに関しては何ら記載されていない…」(37頁22行~25行)と判断している。

しかし,甲7のフィラーは熱伝導性ではないとしても,本件特許の実施例9(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0035】)に記載されているのもシリカ(SiO2)であるから,甲7のシランカップリング剤を熱伝導性シリカ(SiO2)に適用することは,当業者であれば容易にできることである。

その上,甲7の15頁の「Abbildung7」(訳文3頁上段「図7」)には,「AEROSIL R 805」(シリカ)とその表面に固定された「C8H17Si-O-」(原告注:Siは4価であるが,簡略化のため価数を省略した。)が記載されている。すなわち,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」と共通するシランカップリング剤を,シリカ(SiO2)に適用した例が記載されている。

さらに,甲7の16頁の「Abbildung9」(訳文4頁下段の図9)のグラフには,シランカップリング剤処理したシリカである上記「AEROSIL R 805」の粘度が45分までは最も低いことが示されているから,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0007】に記載の「成形スラリーの粘度低下」という目的と共通する。

以上のとおり,甲7には,本件特許発明の動機付けとなる記載があり,引用発明7を引用発明2又は引用発明3と組み合わせることは当業者に容易にできることである。

(キ) 本件特許発明の作用効果について

a 審決は,本件特許発明1の作用効果は格別であると判断している(38頁24行~33行,40頁14行~23行)。

しかし,本件特許発明1は「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である」としているが,本件特許の実施例1~11(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0032】~【0054】)は,すべて熱伝導フィラーを60vol%配合しているだけであって,それ以外の配合量は一切実験されておらず,60vol%以外の配合では,本件特許発明の「成形スラリー粘度」,「圧縮永久歪」,「引裂強度」及び「ゴム硬度」といった作用効果が明らかにされていない。

したがって,審決の上記判断は誤りである。

b 審決は,甲4~7には「…電子・電気部品の放熱に有用な放熱シートの形成に好適な樹脂組成物を提供することについても一切教示されていない…」(38頁8行~9行,40頁9行~10行)と判断している。また,甲5について同様の判断をしている(38頁20行~23行)。

しかし,本件特許訂正明細書(甲18)には,放熱シートの放熱性はどの程度なのか,熱伝導性シリコーンゴムの熱伝導性はどの程度なのか,一切の記載はないから,判断すること自体できないことである。

したがって,審決の上記判断は誤りである。

(ク) 以上のとおり,引用発明2又は引用発明3のアルミナ粉末に対して,甲4~7によって周知のシランカップリング剤を処理し,引用発明2又は引用発明3の熱伝導性シリコーン組成物に適用することは,当業者にとって容易であるから,本件特許発明1には進歩性が欠如しており,進歩性を認めている審決の判断は誤りである。

また,前記イのとおり,本件特許発明2~3,5は,いずれも引用発明2と共通し,前記ウのとおり,本件特許発明2~5は,いずれも引用発明3と共通しているから,本件特許発明2~5には進歩性が欠如しており,進歩性を認めている審決の判断は誤りである。

オ 取消事由5(明細書の記載不備についての判断の誤り)

(ア) フィラーの配合量についての特許法36条6項1号(サポート要件)違反

a 審決は,「…熱伝導性の程度は熱伝導性無機フィラーの充填量に依存し,…」(43頁16行~17行)と,「熱伝導性」のみで本件特許発明の作用効果を判断し,フィラーの配合量について特許法36条6項1号(サポート要件)違反はないと判断している(43頁8行~下2行)。

しかし,本件特許発明の作用効果は,「成形スラリー粘度」,「圧縮永久歪」,「引裂強度」及び「ゴム硬度」の物性である(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0035】)。

そして,本件特許発明1は,熱伝導性シリコームゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%の熱伝導性無機フィラーを加えることを要件としているが,本件特許訂正明細書の実施例1~11及び比較例1~12(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0032】~【0054】)は,すべて熱伝導フィラーを60vol%配合しているだけであって,それ以外の配合量は一切実験されておらず,60vol%以外の配合では,本件特許発明の効果が本当に得られるのか,実験によって確かめられていない。

したがって,当業者といえども,60vol%以外の配合では,「成形スラリー粘度」,「圧縮永久歪」,「引裂強度」及び「ゴム硬度」の物性がどのようになるのか理解することはできない。

特に60vol%よりも熱伝導性フィラーの体積含有率が高い領域では,当業者ならば,大きな疑問を抱く。なぜなら,熱伝導性フィラーの体積含有率がこのように高い領域では,混合を強化しても湿り気がある粉状にしかならず,硬化してゴム状組成物が得られないことが多いからである。

b 審決は,発明の容易性判断では,「柔軟性」,「ゴム弾性」,「引張強度」,「引裂強度」,「圧縮永久歪」,「機械的特性変化」という有利な作用効果を認定(38頁27行~33行)しておきながら,記載要件については,これらと全く関係のない「熱伝導性」のみを判断したにすぎない。その上,本件特許訂正明細書(甲18)には,「熱伝導性」がいくらなのか,具体的数値は一切記載されていない。40vol%で本当に熱伝導性があるのか,疑問である。

c 以上のとおり,本件特許発明は,60vol%以外の配合は開示していないから,特許法36条6項1号(サポート要件)に違反しており,審決の上記判断は誤りである。

d なお,審決は,原告出願に係る甲13・乙1(特許第2732791号公報),甲14・乙2(特許第3435097号公報),甲15・乙3(特許第3531805号公報)も,実施例には熱伝導性フィラーの添加割合はほぼ1点しか開示されていないと判断している(43頁23行~30行)。

しかし,甲13の実施例1~6(段落【0014】~【0018】)は,44.4~49.7体積%の熱伝導性フィラーを添加しており,その上,段落【0020】の【表1】には各実施例の熱伝導率を記載している。

同様に,甲14の実施例1~9(段落【0029】~【0037】)について,熱伝導性フィラーの添加量を計算すると,次のようになる。

実施例1

10.21体積%

実施例2

10.23体積%

実施例3

18.89体積%

実施例4,7

9.51体積%

実施例5,8

9.57体積%

実施例6,9

16.64体積%

また,甲15の実施例1,2(段落【0020】,【0021】)の熱伝導性フィラーの添加量は66.10体積%であるが,甲15においては,熱伝導性フィラーはそのままの状態で使用しており(無処理),甲13に記載されている実施例1~6の添加量と【表1】に記載されているシリコーンゴム組成物の熱伝導率のデータから類推できる。

本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリング剤を処理して被覆するのであるから,フィラー表面は絶縁性となり,無処理の熱伝導性無機フィラーを使用した場合とは,熱伝導性は異なり,当業者といえども,60vol%以外の配合では,本件特許発明の「熱伝導性」はいくらなのかを,理解することはできない。

したがって,審決の上記判断は誤りである。

(イ) シリコーンゴム組成物の「熱伝導性」についての特許法36条4項(実施可能要件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反

a 審決は,「…熱伝導性シリコーンゴム組成物の技術分野では,熱伝導性の無機フィラーをマトリックス樹脂に高充填量で混合分散することにより『熱伝導性』を発現させることは慣用の手段であり,その熱伝導性の程度が熱伝導性無機フィラーの充填量に依存することは,技術常識というべき事項である…」(44頁6行~9行),「…本件特許訂正明細書の実施例で得られているシリコーンゴム組成物は,具体的な熱伝導率を記載するまでもなく『熱伝導性』のものである…」(44頁13行~15行)と判断し,シリコーンゴム組成物の「熱伝導性」について特許法36条4項(実施可能要件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反はないと判断している(44頁1行~17行)。

b しかし,本件特許訂正明細書(甲18)中には,実施例も含めて,熱伝導性がどの程度のものであるのか一切記載されていない。特に本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリング剤を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機フィラーを使用した場合とは,熱伝導性は異なる。

したがって,「熱伝導性」という重要な物理特性の記載がされていない本件特許訂正明細書は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められないから,特許法36条4項(実施可能要件)に違反している。また,本件特許訂正明細書は,特許法36条6項1号(サポート要件)にも違反している。審決の上記判断は誤りである。

c そして特許法36条6項1号(サポート要件)についての主張立証責任は特許権者にあるから,特許権者である被告において立証義務を放棄することは許されない。

(ウ) 放熱シートの「放熱」についての特許法36条4項(実施可能要件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反

a 審決は,本件特許発明5の目的は,「…放熱性の付与自体にある訳ではない。」(44頁21行~22行),「…通常の熱伝導性を有するシリコーンゴム組成物を利用すれば,通常の放熱作用を奏することが期待される…」(44頁25行~26行),「…このシート状物についても,通常の放熱作用を発揮すると解するのが相当である。」(44頁30行~31行)と判断し,放熱シートの「放熱」について,特許法36条4項(実施可能要件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反はないと判断している(44頁19行~33行)。

b しかし,本件特許訂正明細書(甲18)中には,実施例も含めて,放熱性がどの程度のものであるのか,一切記載されていない。特に本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリング剤を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機フィラーを使用した場合とは,放熱性が異なると判断できる。

したがって,「放熱性」という重要な物理特性の記載がされていない本件特許訂正明細書は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないから,特許法36条4項(実施可能要件)に違反している。また,本件特許訂正明細書は,特許法36条6項1号(サポート要件)にも違反している。審決の上記判断は誤りである。

2  請求原因に対する認否

請求原因(1)ないし(3)の事実は認めるが,(4)は争う。

3  被告の反論

(1)  取消事由1に対し

ア 特に化学分野の発明においては,引用文献から引用発明を認定するに際し,引用文献の発明の詳細な説明中に記載された一行記載,選択肢さらにはこれらの組み合わせに基づいて,引用発明を認定することが許されるかどうかを検討する必要がある。なぜなら,明細書の発明の詳細な説明には,発明を説明するために,種々の物質名が列挙されることがあるが,これら列挙される選択肢の全てが発明に値する程度に検証がされたものではないこともしばしばあるのであり,このような事情を考慮せず,引用文献に記載されている要素から形式的に選択し得るすべての組み合せについて,新規性を欠如させる適格性があるとすると,実際に実験を行い効果を確認した有益な発明が,引用文献に記載されている要素を任意に組み合わせた,いわば架空ともいえる引用発明によって新規性が否定される,という不合理な結果を導くことになるからである。このような考え方は,従来から特許庁における新規性の判断においても採用されてきているところである。また,このような考え方は,米国,欧州でも共通して採用されている。

イ 審決は,上記アで述べた日本及び欧米で確立した考え方を踏襲し,甲1中の形式的な記載に惑わされることなく,引用発明1を的確に認定しており,審決における相違点(あ)の判断の手法及び結論は,正当である。

この点,原告は,甲1中に「1~約20」と記載されているのに,審決はこの明確な記載を無視しているなどと主張する。しかし,上記アで述べた常識的かつ一般的な引用発明の認定方法に照らすと,原告の主張こそ,甲1の形式的な記載に固執した誤った主張であるといわざるを得ない。原告は,審決の新規性の判断時期についても誤りがあるかのような主張をしているが,審決においては,本件特許の出願日(平成10年1月27日)を基準として,その時における公知の文献である甲1に記載された発明に照らして本件特許発明1の新規性について判断しているから,新規性判断の時期について誤りはない。

ウ 以上のとおり,本件特許発明1と引用発明1に相違点(あ)が存するという審決の判断に誤りはない以上,審決において,相違点(い)について検討することなく本件特許発明1が新規性を有すると判断したことについては,誤りはない。さらに進んでいえば,相違点(い)は実質的な相違点であり,この点も本件特許発明1が引用発明1に対して新規性を有する別途の理由となる。なぜなら,以下のとおり,甲1には,熱伝導性無機フィラーの配合割合を,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%とする例については,実質的に記載されているといえないからである。

(ア) まず,甲1に記載されているのは,静電複写機の溶融ロール(定着ロール)の被膜に用いられる熱伝導性エラストマーであるが,当該エラストマーの性質としては「エラストマーおよびエラストマーと接触する表面の早期摩耗を回避するためには比較的低い硬度が望ましい」(甲1の3頁右上欄19行~同左下欄1行)と記載され,さらに「ポリオルガノシロキサンエラストマーの硬度は酸化物充填剤の種類および濃度によってある程度決まってくる。」(甲1の3頁右上欄17行~19行)と記載されている。当該記載と,酸化物充填剤の濃度が高いほうがエラストマーの硬度が高くなるという技術常識からすれば,引用発明1においては,ある程度の熱伝導性を担保しつつも,酸化物充填剤の充填量は,極力少ない方がよいということが把握できる。このことは,甲1中の「本発明の少くとも1つのポリジオルガノシロキサンおよび約50重量%を越える量の熱伝導性充填剤を含む混合物においては,液体組成物としての加工性を保持するために充填剤処理剤の存在が必要である。」(8頁右上欄3行~7行)との記載からも明らかである。

(イ) そこで,熱伝導性充填剤の比率が50重量%であり,熱伝導性充填剤が酸化亜鉛70重量%,酸化マグネシウムが30重量%の比率からなるとして計算すると,

ポリジオルガノシロキサンの体積:

50÷0.97(真比重)=51.5(a)

熱伝導性充填剤の体積:

35÷5.6(真比重)=6.25(b)

15÷3.65(真比重)=4.11(c)

熱伝導性充填剤の体積分率:

(b)+(c)/(a)+(b)+(c)=16.7vol%

となるから,本件特許発明1の40%よりもかなり低いフィラー充填率となる。

(ウ) また,甲1の実施例1(9頁右下欄3行~10頁左下欄下5行)において実際に採用されている,熱伝導性充填剤の体積分率も,以下の計算によれば,約33.5%であり,本件特許発明1の40%を下回る。

file_5.jpgZhY yy Anes RY ANH SLB PY A 21. 86 i% RIANA FYB tyB 9. 04 Hm% APRN RES °上記シリコーンゲルの体積を,真比重0.97と近似して計算すると,

31.74÷0.97=32.72(a)

充填剤成分

酸化亜鉛

49.0

重量%

酸化マグネシウム

19.26

重量%

上記酸化亜鉛の体積を,真比重5.6として計算すると,

49.0÷5.6=8.75(b)

上記酸化マグネシウムの体積を,真比重3.65として計算すると,

19.26÷3.65=5.28(c)

材料Iの充填剤の体積分率は,

(b)+(c)/(a)+(b)+(c)=30.0vol%(d)

file_6.jpg<A> Le bY yy apse RYAN FARIA 23.25 i% PFMPYRREYYDY 0. 50 R% Dalal 2. 27 Em% ait 26. 02 Hi%上記シリコーンゲルの体積を,真比重0.97と近似して計算すると,

26.02÷0.97=26.82(e)

充填剤成分

平板状アルミナ

38.77

重量%

酸化第二鉄

35.24

重量%

上記平板状アルミナの体積を,真比重3.98として計算すると,

38.77÷3.98=8.75(f)

上記酸化第二鉄の体積を,真比重5.2として計算すると,

35.24÷5.2=6.78(g)

材料Ⅱの充填剤の体積分率は,

(f)+(g)/(e)+(f)+(g)=36.9vol%(h)

以上の計算結果からすると,材料Iと材料Ⅱをいかなる比率で混合したとしても,充填剤微粒子の体積分率は40%以上となることはない。

材料Iと材料Ⅱの混合比を1:1とすると,実施例1に記載されている二液型組成物における充填剤の体積分率は,

(d)+(h)/2=33.5vol%

となる。

エ 以上のとおり,本件特許発明1は,甲1に記載された発明ではない。したがって,審決が,この点に基づいて,本件特許発明1を引用する本件特許発明2,3も,甲1に記載された発明ではないとした点に誤りはない。

(2)  取消事由2に対し

ア 甲2からの引用発明の認定に際しても,上記(1)アで述べた常識的かつ一般的な考え方が適用されるべきであるところ,審決の相違点の認定においては,上記考え方が踏襲されており,正当なものである。

イ 審決では,相違点(う)について,本件特許発明1のシランカップリング剤と,甲2の(C)成分とを対比させている。

しかし,甲2において,本件特許発明1のシランカップリング剤に対応させるべき成分は,上記(C)成分ではなく,甲2の段落【0014】に開示されている「アルミナ微粉末の表面を処理するための有機ケイ素化合物」であるから,審決の上記対比及びこれに基づく相違点の認定については異論がある。しかし,審決の上記前提に立ったとしても,審決は,本件特許発明1と引用発明2とでは,カップリング剤として開示する化合物が異なるという点で実質的に相違すると結論づけており,この点で審決の結論は正しいといえる。

原告は,自己の主張を裏付ける記載として甲2の段落【0011】の記載を挙げる。しかし,甲2の段落【0011】には,(C)成分のオルガノシロキサンが極めて包括的に記載されているにすぎない。特に,「ケイ素原子に結合する基」としては,アルキル基のみならず,アルケニル基,アリール基,官能性有機基,アルコキシシリルアルキル基,ケイ素結合水素原子など,上位概念で特定しただけでも様々な種類の基を想定しているし,また,(C)成分の分子構造としては,「直鎖状,環状,分岐状,一部分岐を有する直鎖状」など種々のものが挙げられている。したがって,形式上,これらを組み合わせてなる(C)成分に該当する化合物は無数に存在する。そして,甲2の段落【0012】の記載の中に本件特許発明1のシランカップリング剤は開示されていないし,また本件特許発明1のシランカップリング剤を想起させるような化合物の記載もない。そうすると,甲2の段落【0011】に開示されている無数の化合物中に,本件特許発明1のシランカップリング剤が存在するという理由のみでは,本件特許発明1のシランカップリング剤についての開示があるとはいえない。

さらに,原告は,甲2に関しても,新規性判断時期の誤りを述べているが,審決においては,本件特許の出願日(平成10年1月27日)を基準として,その時において公知の文献である甲2に記載された発明に照らして本件特許発明1の新規性について判断しているのであるから,新規性判断の時期について誤りはない。

ウ 上記イのとおり,本件特許発明1と引用発明2に相違点(う)が存するという審決の判断に誤りはない以上,審決において,相違点(え)について検討することなく本件特許発明1が新規性を有すると判断したことについて誤りはない。

エ 以上のとおり,本件特許発明1は,甲2に記載された発明ではない。したがって,審決が,この点に基づいて,本件特許発明1を引用する本件特許発明2,3,5も,甲2に記載された発明ではないとした点について誤りはない。

(3)  取消事由3に対し

ア 甲3には,「付加反応硬化型」(請求項2,3)と,「縮合反応硬化型」(請求項4,5)の2種類のシリコーンゴム組成物が開示されている。原告が問題にする(E)成分は,「縮合反応硬化型」のシリコーンゴム組成物の架橋剤成分として記載されているものであり(請求項5,段落【0022】,【0026】),一方,「付加反応硬化型」のシリコーンゴム組成物においては,(E)成分とは全く異なる(B)成分(請求項3,段落【0010】,【0013】)を架橋剤成分として用いるとされている。

そして,甲3の段落【0037】においては,「…この組成物が付加反応硬化型である場合には,この組成物を150℃で1時間加熱することに硬化させて,…」と記載されており,「付加反応硬化型」のシリコーンゴム組成物の場合に限って,加熱により硬化させることが記載されている。

そうすると,(E)成分を用いる「縮合反応硬化型」のシリコーンゴム組成物について,「架橋剤が水酸基などと縮合反応するのは加熱時」とする原告の主張は,当を得ていないといえる。また,「縮合反応硬化型」のシリコーンゴム組成物について加熱が必要でない以上,(E)成分については,審決で判断されているとおり,「…縮合反応硬化型シリコーンゴム組成物を調製する際に,…主剤に…含まれる反応性基,すなわち,ケイ素原子に結合した水酸基もしくは加水分解可能な基,と縮合的に反応して架橋構造を形成する『架橋剤』として開示されたものである」(34頁下6行~下3行)と解するのが技術的に正しい評価である。したがって,審決における相違点(お)の認定判断には,誤りはない。

イ 上記アのとおり,本件特許発明1と引用発明3に相違点(お)が存するという審決の判断に誤りはない以上,審決において,相違点(か)について検討することなく本件特許発明1が新規性を有すると判断したことについて誤りはない。

ウ 以上のとおり,本件特許発明1は,甲3に記載された発明ではない。したがって,審決が,この点に基づいて,本件特許発明1を引用する本件特許発明2~5も甲3に記載された発明ではないとした点について誤りはない。

(4)  取消事由4に対し

ア 本件特許発明1と引用発明2,3との間における,相違点(う),(え),相違点(お),(か)についての審決の判断に誤りがないことは,上記(2),(3)で述べたとおりである。

イ 引用発明4について

(ア) 引用発明4は,従来技術において,ポリマーに白色の着色を施すための顔料であるTiO2をポリマーに分散させようとすると,ポリマーマトリックスの分散性及びポリオレフィンをマトリックスとした時のレーシング(欠陥の発生)について問題が生じていたのに対し,TiO2を甲4の特許請求の範囲請求項1記載のシラン化合物によって処理することにより,上記問題を解決しようとする発明である。そうすると,引用発明4においてTiO2を熱伝導性無機フィラーと解する余地はないから,審決が,甲4には「…当該『シラン処理』を熱伝導性無機フィラーの表面処理に適用することについては何ら教示するところがない。」(36頁31行~33行)と判断した点について,原告が主張するような誤りはない。

(イ) 原告は,甲4に記載されている「TiO2」は,本件特許発明2の「金属酸化物」の下位概念であり,本件特許発明の実施例11と共通するから,「顔料」であっても「熱伝導性無機フィラー」と解すべきである旨主張する。しかし,「金属酸化物」であれば「熱伝導性無機フィラー」であるとはいえないから,本件特許発明の実施例11にTiO2が記載されているとしても,そのことをもって甲4のTiO2が「熱伝導性無機フィラー」であるとはいえない。

(ウ) また,引用発明2,3は,電子機器の放熱などの用途に用いられる熱伝導性シリコーンゴム組成物に関する発明であり,2種類の特定の平均粒子径を有するアルミナ微粉末を混合して(引用発明2の場合),あるいは,特定の平均粒子径を有するシリカ微粉末とアルミナ微粉末とを混合して(引用発明3の場合),用いることによって,粉末の沈降が生じにくく,かつ沈降したアルミナ微粉末の再分散を容易にすることを特徴の一つとする発明であり,マトリックスとなる樹脂及び無機充填剤は,上記のものに限定されている。

(エ) そうすると,マトリックス樹脂の種類及び表面処理の目的が異なる引用発明4に記載されている表面処理が施された無機充填剤を,引用発明2,3のような電子・電気部品の放熱の用途に用いられる熱伝導性シリコーンゴム組成物に適用することは,当業者が容易になしうるとはいえないのであり,審決における同趣旨の判断(38頁6行~12行)に誤りはない。

原告は,甲4には,シランカップリング剤が施された無機充填剤の配合対象となるマトリックス成分として,シリコーンゴムが開示されていないとしても,この点は,甲4の「種々のゴム」の記載(10頁22行)に基づけば,容易になしうると主張するが,このような1行記載に基づいて,シリコーンゴムが直ちに想定できるとはいえないから,原告の当該主張に理由はない。

(オ) 以上のことからすると,審決において,本件特許発明1は引用発明2あるいは引用発明3と引用発明4との組み合わせにより当業者が容易になしうるものではない,とした点に誤りはない。

ウ 引用発明5について

(ア) 引用発明5は,従来のエポキシ樹脂,ポリイミド樹脂を用いた半導体用封止樹脂組成物においては,充分な耐半田クラック性が得られないという問題があったのに対し,実装時の際の熱ショックに対してパッケージクラックが発生することのない,耐吸湿半田性に優れた同組成物を提供することを目的とし,そのために,甲5の特許請求の範囲請求項1に記載されているシラン化合物によって処理した無機質充填剤粉末を配合分散させたことを特徴とする発明である。したがって,そもそもここでいう無機質充填剤には,何ら熱伝導性など求められていない。原告が挙げる段落【0041】においても,「これらのなかでシリカが熱膨張,熱伝導の点で優れ,好ましい。」とされているだけであり,熱伝導性が必須とされているわけではない。

(イ) また,引用発明5は,原告が指摘する発明の効果の記載(段落【0038】)からも明らかなとおり,「トランスファー成形」を対象とした発明であり,樹脂としては,上記したエポキシ樹脂,ポリイミド樹脂等を用いることしか想定しておらず(段落【0049】),マトリックス樹脂としてシリコーンゴムを用いることは何ら想定されていない。この点に関しては,審決においても,「…甲第4~7号証には,上記特定表面処理が施された無機充填剤が配合される,マトリックス成分としてのシリコーンゴムについて何処にも記載されておらず」(38頁6行~8行)と判断されているとおりである。

(ウ) 以上のことからすると,審決において,本件特許発明1は引用発明2あるいは引用発明3と引用発明5との組み合わせにより当業者が容易になしうるものではない,とした点に誤りはない。

エ 引用発明6について

(ア) 甲6には,「n-ヘキシルトリメトキシシラン」又は「n-ヘキシルトリエトキシシラン」の開示があるが,これらの化合物は,「シラン化合物」(4頁~5頁)として挙げられており,また,その主用途としては「撥水剤」が挙げられているのみである。これに対し,甲6の6頁~15頁には,「サイラエース」と称するシランカップリング剤が記載されており,当該「サイラエース」が,無機質と有機質との界面を改質させる働きがあること(6頁),無機フィラー等の無機質の表面処理に用いられること(9頁),ビニルトリメトキシシランをはじめとする18種類の化合物があること(10頁~11頁)が記載されている。以上の記載からすると,甲6において「n-ヘキシルトリメトキシシラン」又は「n-ヘキシルトリエトキシシラン」は,「撥水剤」として用いられる「シラン化合物」として,無機質と有機質との界面を改質させる「シランカップリング剤」とは明確に区別されて記載されているといえる。そうすると,これらの化合物について,「…『無機質』の表面改質剤,ましてや,熱伝導性無機フィラーの表面処理剤として使用することが記載されているとは解されない。」(37頁15行~16行)とした審決の判断に誤りはない。

(イ) 以上のことからすると,審決において,本件特許発明1は,引用発明2あるいは引用発明3と引用発明6との組み合わせにより当業者が容易になしうるものではない,とされた点に誤りはない。

オ 引用発明7について

(ア) 甲7に記載されている「AEROSIL」は,乙5(「TECHNICAL BULLETIN AEROSIL<R>No.17」日本アエロジル株式会社1999年6月改訂版発行)の1頁,17頁に記載されるとおり,非晶質シリカであり,その室温における熱伝導率は,乙5の34頁に記載されている表によれば,およそ0.02W/m・Kであって,本件特許発明で用いられる熱伝導性フィラーであるアルミナ(20W/m・K)や結晶性シリカ(10W/m・K)の熱伝導率よりもはるかに小さい(乙6[「電子機器・部品用 放熱材料の高熱伝導化および熱伝導性の測定・評価技術」株式会社技術情報協会2003年[平成15年]5月22日発行62頁参照)。

(イ) 以上のとおり甲7に記載されている「AEROSIL」が熱伝導性無機フィラーに当たらない以上,当業者であれば,甲7に記載されているシランカップリング剤を,熱伝導性無機フィラーを開示する引用発明2,引用発明3に適用しようなどという発想には至らない。単なる「シリカ」という表記の共通性のみによって,引用発明7のカップリング剤を,引用発明2,引用発明3の熱伝導性のシリカに適用しうるなどという原告の主張は,技術常識を無視した荒唐無稽な主張である。

(ウ) 以上のことからすると,審決において,本件特許発明1は,引用発明2あるいは引用発明3と引用発明7との組み合わせにより当業者が容易になしうるものではない,とされた点に誤りはない。

カ 本件特許発明1の作用効果について

(ア) 本件特許発明1の進歩性は,上記ア~オで述べた,構成要件の非到達性の点から肯定されるべきものであり,作用効果の点のみを単独で論じても本件特許発明1の進歩性が覆せるわけではないから,原告の主張は,この点においてまず失当である。

(イ) 原告は,本件特許訂正明細書における実施例1~11で採用されている熱伝導フィラー量がすべて60vol%であることを挙げ,それ以外の配合では,本件特許発明1の作用効果が明らかではないなどとして,進歩性欠如を主張する。しかし,審決は,熱伝導フィラー量に関する具体的な開示が60vol%であっても,請求項1に記載されている40vol%~80vol%の範囲をサポートしていることを認めている(審決43頁8行~下2行)から,当然この前提に基づいて,本件特許発明1の作用効果を評価しているといえる。

(ウ) そうすると,審決においては,本件特許発明1のすべての範囲について効果の裏付けがあるとの前提の下に,同範囲すべてについて引用発明に比して顕著な作用効果があるとの判断がなされているといえるから,原告が主張するような審決の瑕疵は見当たらない。

(エ) また,原告は,審決が,甲4~7に関して,「…電子・電気部品の放熱に有用な放熱シートの形成に好適な樹脂組成物を提供することについても一切教示されていない…」(38頁8行~9行,40頁9行~10行)と判断した点は誤りである旨主張する。原告は,当該主張の根拠について,本件特許訂正明細書の記載を引き合いに出しているが,上記イ~オで述べたとおり,引用発明4~7が「電子・電気部品に有用な放熱シート」とは無関係であることは,甲4~7の目的,効果の記載自体から明らかであるから,この点で,審決の上記判断は正当であるといえる。そして,審決において,一般式(A)で示される特定のシランカップリング剤で表面処理を施すことを特徴とする本件特許発明1の顕著な作用効果について,「…一般式(A)中の基Yが脂肪族短鎖アルキル基に相当するシランカップリング剤で表面処理した場合と比較して,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度の向上及び圧縮永久歪みの低減が達成され,さらに,当該硬化成形物の耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減することができる…」(40頁16行~20行)と認定したことは,本件特許発明1及び先行技術の内容の正しい理解に基づく正当な評価であるといえる。

キ 以上のとおり,本件特許発明1は,引用発明2あるいは引用発明3と引用発明4~7の組み合わせにより,当業者が容易になし得る発明ではなく,その旨の審決の判断に誤りはない。また,審決が,本件特許発明1を引用する本件特許発明2~5も,引用発明2あるいは引用発明3と引用発明4~7の組み合わせにより,当業者が容易になし得る発明ではないとした点についても,誤りはない。

(5)  取消事由5に対し

ア フィラーの配合量について

(ア) 本件特許発明における熱伝導性無機フィラーの配合量に関する要件は,発明の対象である熱伝導性シリコーンゴム組成物に対して,その基本的性質であるともいえる高い熱伝導性を付与するための要件である。このことは,本件特許訂正明細書(甲18)には,熱伝導性無機フィラーの配合量を40vol%~80vol%とする技術的意義について,「…40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であり,80vol%を超えると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない。」(段落【0015】)と述べられていることからも明らかであるし,また,この点に関しては,従来技術の説明においても,「しかし熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると,熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し,成形加工性が低下したり,成形したシートの硬度が高硬度化することになる。」(段落【0004】)と記載されている。これらの点からすると,熱伝導性無機フィラーの配合量に関する要件は,発明の対象である熱伝導性シリコーンゴム組成物に対して,その基本的性質であるともいえる高い熱伝導性を付与するための要件であって,従来技術にない本件特許発明に特有の効果をもたらす解決手段を示す要件ではない。

そうすると,本件特許発明においては,実施例や比較例において,請求項1に記載される数値範囲の中央値にあたる「60vol%」の例しか記載されていなかったとしても,そのことによりサポート要件違反が成立するとは考えられない。

(イ) 原告は,当業者といえども,60vol%以外の配合では,「成形スラリー粘度」,「圧縮永久歪」,「引裂強度」及び「ゴム硬度」の物性がどのようになるか理解できないなどと主張する。しかし,当該充填量が60vol%以外の場合であっても,上記物性等について同様の改善効果が得られるであろうことは,当業者であれば合理的に予測しうるものである。

(ウ) サポート要件の適否を判断するためには,請求項の記載と,「発明の詳細な説明」の記載を対比させるべきであるところ,原告の出願に係る甲13(特許第2732791号公報)及び甲14(特許第3435097号公報)においては,請求項中の熱伝導性フィラー(甲13では「塩基性金属酸化物」として記載されている)は「重量部」で特定されているのであるから,請求項における「重量部」を単位として数値範囲で示された熱伝導性フィラー配合率と,実施例として具体的に開示された「重量部」を単位とする配合率とを対比して,サポート要件の適否を判断するべきである。しかるところ,原告が当該配合率を甲13,甲14に記載のない「体積%」に換算して主張を行っていること自体,失当であるといえる。

そして,甲13においては,請求項1の「30~1000重量部」という広範な配合率に対して,実施例では,73.8重量%あるいは,73.6重量%の例しか挙げられておらず,また,甲14においては,請求項1の「10~1200重量部」という広範な配合率に対して,実施例では,100重量部の例しか挙げられていないのであるから,甲13,甲14の実施例に開示される配合量は実質的に1種類であるといえる。

イ シリコーンゴム組成物の「熱伝導性」について

(ア) 本件特許の特許請求の範囲には,「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である」こと,すなわち,熱伝導性無機フィラーの充填量については明確に記載されている。一方,「熱伝導性シリコーンゴム組成物」の「熱伝導性」が当該「熱伝導性無機フィラー」を配合させたことにより生じること,及び,「熱伝導性」の程度が当該「熱伝導性無機フィラー」の配合量によって決まることは技術常識である。したがって,「熱伝導性の程度」について記載がなくても,熱伝導性無機フィラーの充填量と,充填したフィラーの熱伝導率によって推認できるのであるから,実施例に熱伝導性の具体的な値が開示されていないからといって,実施可能要件やサポート要件違反が成立するとは考えられない。

(イ) 原告は,「特に本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリング剤を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機フィラーを使用した場合とは,熱伝導性は異なる。」などと主張するが,上記のとおり,熱伝導性が「熱伝導性無機フィラー」の配合量によって決まることからすると,シランカップリング剤処理を施したとしても,熱伝導性に影響を与えるとは必ずしもいえない。原告の主張する,シランカップリング剤の被覆による熱伝導性の変化については,具体的な証拠が示されていないためその真偽のほどは明らかでないが,仮にこの点が熱伝導性に影響を与えるとしても,その影響はわずかであると予測され,実施可能要件やサポート要件違反の根拠とはなりえない。

(ウ) 原告の出願に係る特許の中にも,「熱伝導性シリコーンゲルを含むシート」を発明の対象としつつも,当該シートあるいはシリコーンゲルについて,熱伝導性がどの程度のものであるのか一切記載されていないものがある(甲15[特許第3531805号公報])。このことからしても原告の主張は失当である。

ウ 放熱シートの「放熱」について

(ア) 「放熱シート」の用語自体,放熱性を有するシートの一般名称としてごく普通に用いられているものであるから,そもそも明細書中で,「どの程度の熱を放出できるのか」について記載をしなければ,実施可能要件やサポート要件違反が成立するとは考えられない。

(イ) また,本件特許発明5の「放熱シート」は,本件特許発明1~4に係る,熱伝導性無機フィラーを40vol%~80vol%含む熱伝導性シリコーンゴムを成形してなるものであり,また,「放熱」が「熱伝導性」に由来する機能であることも周知である(この点は,本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0003】において「ここで,熱伝導性フィラーは放熱シート3の熱抵抗をできる限り低減するために用いられるものであり,電子機器の小型化,放熱器5の小型化,更には電子部品4の発熱量の増加の傾向に伴い,電子部品4から発生した熱をできる限り効率よく放熱器5から放熱させようとするものである。」と記載されているとおりである。)。

そうすると,上記イの「熱伝導性」について述べたのと同様に,上記「放熱シート」の放熱の程度も,熱伝導性無機フィラーの充填量と,充填したフィラーの熱伝導率によって推認できるといえるから,実施例に放熱の程度が開示されていないからといって,実施可能要件やサポート要件違反が成立するとは考えられない。

エ 以上のとおりであるから,原告の実施可能要件,サポート要件違反の主張はいずれも理由がない。

第4当裁判所の判断

1  請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。

2  本件特許発明の意義について

(1)  本件特許訂正明細書(甲18)には,特許請求の範囲として,前記第3,1(2)の記載があるほか,「発明の詳細な説明」として,次の記載がある。

ア 発明の属する技術分野

「本発明は,トランジスター,コンピューターのCPU(中央演算処理装置)等の電気部品と放熱器との間に配置され,電子・電気部品から発生する熱を放熱器に伝導する放熱シートを形成するために好適な熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物にて成形された放熱シートに関するものである。」(段落【0001】)

イ 従来の技術

「近年パソコン,ワークステーション等のクロック数の増加や,集積度の増加に伴い,電子部品4からの発熱量が増加している。またパワーIC等の発熱も様々な問題を抱えている。これらの電子部品4からの発熱を効率よく放熱するためには,図2(a)に示すように半田バンプ等の実装用電極8を介して基板6に実装された電子部品4に放熱器5を設けることが一般的に行なわれている。ここで電子部品4と放熱器5との間に図2(c)のように空隙7が生じた場合,この空隙7が熱伝導の大きな抵抗となるため,放熱器5と電子部品4との間に放熱シート3を配置し,図2(b)のように放熱器5と電子部品4の接合面の微妙な反りやうねりに放熱シート3を沿わせることによって,空隙7が生じることを防ぎ,電子部品4から発する熱を放熱器5に効率良く伝導させるようにしている。」(段落【0002】)

「従来このような放熱シート3のための材料として,柔軟性を持ったゴムシート,両面に接着剤をコーティングしたテープ,あるいは接着剤やグリース等のような形態のものが用いられており,いずれの形態のものにおいても熱伝導性フィラーをマトリックス樹脂に混合分散することが行なわれている。この場合マトリックス樹脂としては,耐熱性,耐寒性に優れ,広い温度範囲で良好な圧縮復元性を有するシリコーンゴムが用いられることが多く,また熱伝導性フィラーとしては,アルミナ,酸化マグネシウム,窒化ホウ素等の高熱伝導性の無機フィラーを用いるものであり,この熱伝導性無機フィラーをマトリックス樹脂に高充填量で混合分散することによって得られる熱伝導性シリコーンゴム組成物を加熱成形して放熱シート3を形成することが行なわれている。ここで,熱伝導性フィラーは放熱シート3の熱抵抗をできる限り低減するために用いられるものであり,電子機器の小型化,放熱器5の小型化,更には電子部品4の発熱量の増加の傾向に伴い,電子部品4から発生した熱をできる限り効率よく放熱器5から放熱させようとするものである。」(段落【0003】)

ウ 発明が解決しようとする課題

「しかし熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると,熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し,成形加工性が低下したり,成形したシートの硬度が高硬度化することになる。このように放熱シート3が高硬度化すると,電子部品4や放熱器5の接合面の微妙なうねりや反りに対しての追随性が低下し,放熱器5と電子部品4との間の空隙7を充分に埋めることができないという問題が発生する。またこのような高硬度の放熱シート3を微妙なうねりや反りに追随させようとすると,電子部品4と放熱シート3の間にかなりの荷重を掛ける必要があり,電子部品4に対して大きなダメージを与える恐れがある。」(段落【0004】)

「このような放熱シート3の高硬度化の問題に対しては,樹脂中の主剤と硬化剤との組成比を変えることにより,すなわち樹脂の架橋密度を下げることにより,低硬度化と高充填化を両立することが可能であるが,そのような場合,放熱シート3のゴム弾性を低下させ,圧縮永久歪み測定では歪みが著しく大きくなったり,引裂強度が低下したりという新たな問題が生じることになる。」(段落【0005】)

「また熱伝導性無機フィラーの充填率が高い場合には,ゴムの機械物性の耐熱信頼性を著しく低下させる。例えば150~200℃で長時間放置する際の機械特性変化のデータを測定してみると,熱伝導性無機フィラーの充填率を大きくすると,ゴム硬度が大きく上昇すると共に,材料が脆化する(硬く脆くなる)。従って熱伝導性無機フィラーの充填率を大きくすると,ゴム硬度が大きくなると共に,引裂強度,引張強度が低下するものである。」(段落【0006】)

「本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり,熱伝導性無機フィラーを高充填化しても,成形物に柔軟性と耐熱機械特性が付与される熱伝導性シリコーンゴム組成物及び放熱シートを提供することを目的とするものであり,更に具体的には,成形スラリーの粘度低下,成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム弾性の付与)及び引裂強度の向上の効果をもたらす熱伝導性シリコーンゴム組成物及び放熱シートを提供することを目的とするものである。」(段落【0007】)

エ 発明の実施の形態

(ア) 「以下に本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成する方法を説明する。熱伝導性無機フィラー1へのシランカップリング剤による表面処理は,熱伝導性無機フィラー1への直接処理法,インテグラルブレンド法,ドライコンセントレート法等を用いることができる。直接処理法には,乾式法,スラリー法,スプレー法等があり,インテグラルブレンド法としては,直接法,マスターバッチ法等があるが,このうち乾式法,スラリー法,直接法が良く用いられる。」(段落【0019】)

「乾式法にて処理を行なう場合は,例えば所定量のシランカップリング剤を水又はアルコール水溶液(水/アルコール=1/9)で2~5倍に希釈したものを均一になるまで攪拌する。一方所定量の熱伝導性無機フィラー1をヘルシェンミキサー等の装置に仕込んで攪拌し,この攪拌されている熱伝導性無機フィラー1に上記のシランカップリング剤溶液を数十分かけて滴下又はスプレー噴霧する。シランカップリング剤全量を添加したら,この状態のまま10分間攪拌を続ける。このようにして処理した熱伝導性無機フィラー1を浅いトレー等に均一に拡げ,100~150℃で1時間乾燥させる。乾燥後,熱伝導性無機フィラー1によっては凝集するのでボールミル等で粉砕する。」(段落【0020】)

「またスラリー法にて処理を行なう場合は,例えば所定量の熱伝導性無機フィラー1に水又はアルコール水溶液(水/アルコール=1/9)を加えてスラリー状にし,所定量のシランカップリング剤をスラリー状の熱伝導性無機フィラー1に添加する。添加後数十分攪拌を続けた後,デカンテーション又は濾過を行い,シランカップリング剤で処理した熱伝導性無機フィラー1を取り出す。このようにして処理した熱伝導性無機フィラー1を浅いトレー等に均一に拡げ,100~150℃で1時間乾燥させる。乾燥後,熱伝導性無機フィラー1によっては凝集するのでボールミル等で粉砕する。」(段落【0021】)

「またインテグラルブレンド法の直接法にて処理を行なう場合は,シリコーンゴム中に熱伝導性無機フィラー1を混練する際にシランカップリング剤を同時に配合するものであるが,この場合はスラリー法や乾式法等の直接処理法の場合よりもシランカップリング剤の添加量を多くすることが好ましい。」(段落【0022】)

「シリコーンゴムと熱伝導性無機フィラー1を混練する際,シリコーンゴムとして一液型のものを用いる場合は,予めシランカップリング剤によるカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラー1を混練機を用いてシリコーンゴムと混練することができ,このようにして熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成することができる。また上記のようにインテグラルブレンド法の直接法のように,未処理の熱伝導性無機フィラー,シランカップリング剤,及びシリコーンゴムをインテグラルブレンドすることもできる。またシリコーンゴムとして二液型のものを用いる場合は,予め主剤と硬化剤にそれぞれ目的量の熱伝導性無機フィラー1を混合してスラリーを形成しておき,その主剤スラリーと硬化剤スラリーを混練して熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成することができるものであり,また主剤と硬化剤を混合した後,熱伝導性無機フィラー1を添加してもよい。」(段落【0023】)

「上記のようにして形成される熱伝導性シリコーンゴム組成物は,スラリー状に形成されるものである。この熱伝導性シリコーンゴム組成物をシート状にプレス成形した後,加熱硬化させることによって,放熱シート3を形成することができる。またこのようにコンパウンドの状態で成形する他,ガラス布等の基材にシリコーンゴム組成物を含浸させた後成形したものを,加熱硬化させることもできる。このようにして形成される放熱シート3は,図2(a)に示すように基板6上に半田バンプ等からなる実装用電極8を介して実装されたIC,電源モジュール,パワートランジスタ,CPU等の電子部品4と,ヒートシンク,ヒートパイプ,筺体等の放熱器5と間に配置され,図2(b)のように放熱器5と電子部品4の接合面の微妙な反りやうねりに放熱シートを沿わせることによって,放熱器5と電子部品4の接合面に図2(c)に示すような熱抵抗の大きい空隙7が生じることを防ぎ,電子部品4から発する熱を放熱器5に効率良く伝導させるようにしている。」(段落【0024】)

「ここで,上記のようにしてシランカップリング剤にて表面処理が成された熱伝導性無機フィラー1の表面の様子は,図1に示すようになる。すなわち,シランカップリング剤としてYSi(OMe)3(OMeはメトキシ基,Yは炭素数6以上の脂肪族長鎖アルキル基を示す)を用いるとすると,シランカップリング剤は,下記の式のようにYSi(OH)3まで加水分解された後,数個の分子が脱水反応によりオリゴマー化する。」(段落【0025】)

「【化3】

file_7.jpgYSi(OMe)s > YSi (OH): = yor ot ij HO-31-0-81- 0-31-08 OH OH OH」(段落【0026】)

「更に熱伝導性無機フィラー1の表面の水酸基と反応して,熱伝導性無機フィラー1の表面は図1に示すような,疎水性の長鎖のアルキル基2で覆われるものである。このように親水性の熱伝導性無機フィラー1の表面が疎水性の長鎖のアルキル基2で覆われることにより,熱伝導性無機フィラー1とマトリックスのシリコーンゴムとの相溶性が著しく向上するものである。上記の式(A)中にYで表されているアルキル基の炭素数は,大きければ大きいほど熱伝導性無機フィラー1とマトリックスのシリコーンゴムとの相溶性が向上するものであるが,現時点ではこのアルキル基の炭素数が18のものまでが,安定に存在することが確認されており,Yで表されているアルキル基の炭素数の上限は18となっている。」(段落【0027】)

「上記のように本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物では,熱伝導性無機フィラー1とマトリックスのシリコーンゴムとの相溶性を向上することができるため,熱伝導性を高めるためにマトリックスのシリコーンゴムに熱伝導性無機フィラー1を高充填化しても,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が低下するようなことがなく,熱伝導性無機フィラー1を高充填化して熱伝導性を高めた熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形加工性を向上することができる。」(段落【0028】)

「またシリコーンゴムとの相溶性を向上させたことにより,熱伝導性無機フィラー1同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中での熱伝導性無機フィラー1の二次凝集の少ない良好な分散状態を可能とすることができ,従って熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性が向上し,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度,圧縮永久歪み特性を著しく改善することができる。」(段落【0029】)

「またシリコーンゴムとの相溶性を向上すると耐熱エージング(高温放置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしにくくさせ,またこのときの熱伝導性無機フィラー1同士の凝集も,上記のように起こりにくいことから,この熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の,耐熱試験における機械特性変化を低減することができるものである。」(段落【0030】)

「従って本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物で放熱シート3を形成する際の成形性を向上することができるものであり,また形成された放熱シート3はゴム弾性が高いと共に強度が高いため,放熱器5と電子部品4との間に配置する際,電子部品4に強い荷重を掛けなくても放熱器5と電子部品4の接合面の反りやうねりを容易に埋めることができ,放熱器5と電子部品4の間に熱抵抗が高い空隙7が形成されることがなく,かつこの放熱シート3は熱伝導性が高いので,電子部品4から放熱器5への熱伝導効率を向上し,電子部品4からの発熱を容易に放熱することができるものである。また耐熱試験における機械特性変化が低いため,電子部品4からの発熱による機械特性の変化が小さく,長期間に亘って安定して使用することができるものである。このように本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,放熱シート3を形成するために好適なものである。」(段落【0031】)

(イ) 実施例

「以下,本発明を実施例によって詳述する。

(実施例1)

シリコーンゴムとして,主剤と硬化剤の二液よりなる付加反応型シリコーンゲル(東レダウコーニング社製,品番「SE1885」)を,熱伝導性無機フィラー1としてアルミナ(昭和電工社製)を,シランカップリング剤としてn-ヘキシルトリメトキシシランをそれぞれ用い,熱伝導性無機フィラー1に上記の直接処理法の乾式法にて,シランカップリング剤を,熱伝導性無機フィラー100重量部に対して0.5重量部の割合で処理し,シリコーンゴムの主剤と硬化剤のそれぞれに,この表面処理を施した熱伝導性無機フィラー1を,熱伝導性無機フィラー1の体積分率(Vf)が60%となるように配合した。この混練物の主剤と硬化剤を一対一の比率で混練して,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物を得た。」(段落【0032】)

「またこの熱伝導性シリコーンゴム組成物を離型フィルムで挟み込み,プレス成形により2mm厚のシート状に成形し,これを120℃,2hの条件下で硬化させて,放熱シート3を形成した。

(実施例2~8,比較例1~9)

シランカップリング剤及びその処理量を下記のようにした他は,実施例1と同様に行なった。」(段落【0033】)

実施例2

n-ヘキシルトリメトキシシラン

1.0重量部 (対フィラー100重量部)

実施例3

n-ヘキシルトリエトキシシラン

0.5重量部 (対フィラー100重量部)

実施例4

n-ヘキシルトリエトキシシラン

1.0重量部 (対フィラー100重量部)

実施例5

n-オクチルトリエトキシシラン

0.5重量部 (対フィラー100重量部)

実施例6

n-オクチルトリエトキシシラン

1.0重量部 (対フィラー100重量部)

実施例7

n-デシルトリメトキシシラン

0.5重量部 (対フィラー100重量部)

実施例8

n-デシルトリメトキシシラン

1.0重量部 (対フィラー100重量部)

比較例1

シランカップリング剤未処理

比較例2

メチルトリメトキシシラン

0.5重量部 (対フィラー100重量部)

比較例3

メチルトリメトキシシラン

1.0重量部 (対フィラー100重量部)

比較例4

メチルトリエトキシシラン

0.5重量部 (対フィラー100重量部)

比較例5

メチルトリエトキシシラン

1.0重量部 (対フィラー100重量部)

比較例6

ジメチルジメトキシシラン

0.5重量部 (対フィラー100重量部)

比較例7

ジメチルジメトキシシラン

1.0重量部 (対フィラー100重量部)

比較例8

ジメチルジエトキシシラン

0.5重量部 (対フィラー100重量部)

比較例9

ジメチルジエトキシシラン

1.0重量部 (対フィラー100重量部)

(実施例9~11,比較例10~12)

実施例9~11ではシランカップリング剤としてn-デシルトリメトキシシランをフィラー100重量部に対して1.0重量部処理し,比較例10~12ではシランカップリング剤は未処理とし,熱伝導性無機フィラー1として下記のものを用いた以外は,実施例1と同様に行なった。」(段落【0034】)

実施例9

シリカ(龍森(株)製)

実施例10

酸化マグネシウム(協和化学(株)製)

実施例11

酸化チタン(石原産業(株)製)

比較例10

シリカ(龍森(株)製)

比較例11

酸化マグネシウム(協和化学(株)製)

比較例12

酸化チタン(石原産業(株)製)

上記の各実施例及び比較例について,下記のような評価試験を行なった。

(成形スラリー粘度測定)

各実施例及び比較例のスラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物について,レオメーターにより,せん断速度5(1/S)の条件で粘度を測定した。

(圧縮永久歪み測定)

各実施例及び比較例の放熱シート3を50%圧縮し,120℃で10h処理した後,圧縮分の何%が歪みとして残ったかを測定した。

(引裂強度測定)

各実施例及び比較例の放熱シート3について,JIS K6301により,2号型 A型に準拠して測定した。

(ゴム硬度測定)

各実施例及び比較例の放熱シート3について,JIS K6301Aに準拠して測定した。また各実施例及び比較例の放熱シートを150℃で1000h処理した後,同様にゴム硬度を測定し,加熱後のゴム硬度の変化を測定した。」(段落【0035】)

「…実施例1乃至11のものは,比較例1乃至12のものに対して全体的に,圧縮永久歪みの低減,引裂強度の向上,及び加熱後のゴム硬度変化の低減が生じていることが確認できた。」(段落【0040】)

オ 発明の効果

「上記のように本発明の請求項1に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,上記一般式(A)で示されるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%であるため,熱伝導性無機フィラーの表面が疎水性の長鎖のアルキル基に覆われてシリコーンゴムとの相溶性が向上し,熱伝導性を高めるためにマトリックスのシリコーンゴムに熱伝導性無機フィラーを高充填化しても,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が低下するようなことがなく,熱伝導性無機フィラーを高充填化した熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形加工性を向上することができるものであり,また熱伝導性無機フィラー同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中での熱伝導性無機フィラーの二次凝集の少ない良好な分散状態を可能とすることができ,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性が向上し,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度の向上及び圧縮永久歪みを低減することができるものであり,また耐熱エージング(高温放置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしにくくさせると共に上記のように熱伝導性無機フィラー同士の凝集も起こりにくいものであって,この熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の,耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減することができるものである。また熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得ると共に,80vol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することができるものである。」(段落【0055】)

「また本発明の請求項2に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,請求項1の構成に加えて,上記熱伝導性無機フィラーとして金属酸化物,金属窒化物,及び金属単体から選択されたものを用いるため,熱伝導性シリコーンゴム組成物の熱伝導性を効率良く向上することができると共に,熱伝導性無機フィラーに対して容易にシランカップリング処理を施すことができるものである。」(段落【0056】)

「また本発明の請求項3に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,熱伝導性無機フィラーとしてアルミナを用いるため,熱伝導性無機フィラーとシランカップリング剤との反応性が良く,熱伝導性無機フィラーに対するシランカプリング剤の処理効率を向上するとができるものであり,また熱伝導性無機フィラーのコストを安くすることができ,熱伝導性無機フィラーの充填量を多くできるものである。」(段落【0057】)

「また本発明の請求項4に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,熱伝導性無機フィラーとしてシリカを用いるため,熱伝導性無機フィラーとシランカップリング剤との反応性が良く,熱伝導性無機フィラーに対するシランカプリング剤の処理効率を向上することができるものであり,また熱伝導性無機フィラーのコストを安くすることができ,熱伝導性無機フィラーの充填量を多くできるものである。」(段落【0058】)

「また本発明の請求項5に記載の放熱シートは,請求項1乃至4のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物を成形したため,放熱シートを形成する際の成形性を向上することができるものであり,またこの放熱シートはゴム弾性が高いと共に強度が高いため,放熱器と電子部品との間に配置する際,電子部品に強い荷重を掛けなくても放熱器と電子部品の接合面の反りやうねりを容易に埋めることができ,放熱器と電子部品の間に熱抵抗が高い空隙が形成されることがなく,かつこの放熱シートは熱伝導性が高いので,電子部品から放熱器への熱伝導効率を向上し,電子部品からの発熱を容易に放熱することができるものである。また耐熱試験における機械特性変化が低いため,電子部品からの発熱による機械特性の変化が小さく,長期間に亘って安定して使用することができるものである。」(段落【0059】)

(2)  上記(1)からすると,本件特許発明は,トランジスター,コンピューターのCPU(中央演算処理装置)等の電気部品と放熱器との間に配置され,電子・電気部品から発生する熱を放熱器に伝導する放熱シートを形成するための熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物にて成形された放熱シートに関するものであって,本件特許発明の構成を採用することにより,①熱伝導性無機フィラーのシリコーンゴムとの相溶性が向上するので,シリコーンゴムに熱伝導性無機フィラーを高充填化しても,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が低下することがない,②熱伝導性無機フィラー同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴム中での熱伝導性無機フィラーの二次凝集の少ない良好な分散状態を可能とすることができるので,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性,ゴム弾性が向上し(圧縮永久歪みの低下),引張強度,引裂強度が向上する,③熱伝導性無機フィラーのシリコーンゴムとの相溶性が向上することによって,耐熱エージング(高温放置)によるシリコーンゴムの酸化が起こりにくくなるとともに,上記のように熱伝導性無機フィラー同士の凝集も起こりにくくなるので,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減することができる,④熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得るとともに,80vol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することができる,というものであると認められる。そして,以上の効果のうち,成形スラリー粘度の低下,圧縮永久歪みの低減,引裂強度の向上及び加熱後のゴム硬度変化の低減については,実施例と比較例の比較実験によって示されている。

3  取消事由1(引用発明1との対比による新規性判断の誤り)について

(1)  甲1(特開昭62-184058号公報)には,次の記載がある。

ア 特許請求の範囲

「1.硬化により熱伝導性シリコーンエラストマーになり得るポリオルガノシロキサン組成物において:

A.1分子当り平均で2個のエチレン性不飽和炭化水素基を含む100重量部の液体ポリジオルガノシロキサンと;

B.上記ポリジオルガノシロキサンを硬化するのに充分な量の硬化剤と,この場合上記硬化剤は1分子当り平均で少くとも3個のケイ素結合水素原子およびケイ素原子1個当り1つ以下の上記水素原子を含んでおり;

C.上記ポリジオルガノシロキサンの硬化を促進するのに充分な量の白金含有ヒドロシレーション触媒と;

D.50~90重量%の酸化亜鉛および10~50重量%の酸化マグネシウムを含む200~400重量部の熱伝導性充填剤微粒子と;

E.上記組成物の加工性を保持するのに充分な量の充填剤処理剤とから成ることを特徴とするポリオルガノシロキサン組成物。」(1頁左欄6行~右欄4行)

「2.混合した時硬化して熱伝導性シリコーンエラストマーになり得る二液型ポリオルガノシロキサン組成物において,この組成物の第1液が:

A.1分子当り平均で2個のエチレン性不飽和炭化水素基を含む100重量部の液体ポリジオルガノシロキサンと;

B.上記ポリジオルガノシロキサンの硬化を促進するのに充分な量の白金含有ヒドロシレーション触媒と;

C.50~90重量%の酸化亜鉛および10~50重量%の酸化マグネシウムを含む200~400重量部の熱伝導性充填剤微粒子と;

D.上記第1液の加工性を保持するのに充分な量の充填剤処理剤とから成り,且つ上記組成物の第2液が:

E.100部の上記ポリジオルガノシロキサンと;

F.上記ポリジオルガノシロキサンを硬化するのに充分な量の硬化剤と,この場合上記硬化剤は1分子当り平均で少くとも3個のケイ素結合水素原子およびケイ素原子1個当り1個以下の上記水素原子を含んでいるオルガノシリコン化合物であり;

G.200~400重量部のアルミナ微粒子と;

H.上記第2液の加工性を保持するのに充分な量の充填剤処理剤とから成ることを特徴とする二液型ポリオルガノシロキサン組成物。」(1頁右欄5行~2頁左上欄11行)

「3.上記アルミナの60重量%以下が等量の酸化第二鉄と取替えられていることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載の組成物。」(2頁左上欄12行~14行)

イ 発明の詳細な説明

(ア) 産業上の利用分野

「本発明は熱伝導性ポリオルガノシロキサンエラストマーに関する。

さらに詳しくは,本発明は熱伝導性充填剤を独特な組み合せで含む硬化性ポリオルガノシロキサン組成物に関する。これらの組成物を用いて製造した硬化エラストマーは静電複写機において用いられる溶融ロール(定着ロール)の被膜として使用するのに特に望ましいものである。」(2頁左上欄17行~右上欄4行)

(イ) 問題点を解決するための手段および作用効果

「5.充填剤処理剤:

本願の発明者は次のことを見い出した。即ち,本発明の少くとも1つのポリジオルガノシロキサンおよび約50重量%を越える量の熱伝導性充填剤を含む混合物においては,液体組成物としての加工性を保持するために充填剤処理剤の存在が必要である。そのような処理剤が存在しない場合組成物のコンシステンシーが通常堅くなりすぎて,そのため従来の混合装置,射出成形装置および塗布装置を用いて処理することが不可能となる。

望ましい充填剤処理剤としては,1分子当り平均で少くとも2つの官能基を含むシランおよびシロキサンがある。理論によって拘束されたくはないけれども,これらの処理剤は充填剤粒子上に存在するヒドロキシル基と反応することができると考えられる。これらの反応性基は通常ケイ素結合ヒドロキシル基およびアルコキシル基である。また容易に加水分解してケイ素結合ヒドロキシル基を生成するヘキサオルガノジシラザンおよび環状ジオルガノシロキサンオリゴマーのようなオルガノシリコン化合物もまた有用な充填剤処理剤である。…

代表的な処理剤は周囲温度において液体で,このような処理剤としてはアルキルオルトシリケート,1分子当り平均で4~約10個の反復単位を含むヒドロキシル基を末端基とするポリジオルガノシロキサンおよび一般式R''qSi(OR''')4-qのシランがある。この式において,R''およびR'''は1~約20個の炭素原子を含む同一または異なる炭化水素基を表し,且つqは1または2である。好ましくはR''およびR'''は低級アルキル基であり,最も好ましくはメチルであり,またqは1である。

本発明の硬化性組成物の処理を容易にするために,充填剤処理剤はポリジオルガノシロキサン成分と相溶可能であることが好ましい。不相溶性処理剤は充填剤粒子の完全な「浸潤性」を得ることができず,このため硬化性組成物の粘度が著しく高くなる。

通常本発明の一液型および二液型組成物の加工性を保持するためには,硬化性組成物の重量に対して約5%未満の好ましい充填剤処理剤で充分である。好ましくは,この処理剤の含有量は0.1~約1%である。組成物が二液型の場合,両方の材料が充填剤処理剤を含むことが通常望ましい。」(8頁右上欄1行~右下欄7行)

「6.硬化性組成物の製造および性質:本発明の硬化性組成物はすべての成分を室温で一緒に配合することにより製造することができる。」(8頁右下欄9行~10行)

(ウ) 実施例

「実施例1

次の成分を用いて,本発明の二液型硬化性ポリオルガノシロキサン組成物を製造した:

材料I

成分

重量パーセント

ポリジオルガノシロキサンA

21

.86

ポリジオルガノシロキサンB

.04

酸化亜鉛

49

.0

酸化マグネシウム

19

.26

メチルトリメトキシシラン

.5

白金含有触媒

.24

2-メチル-3-ブチン-2-オール

.1

材料IはポリジオルガノシロキサンAおよびBの100重量部の混合物および173.96部の全充填剤を含んでおり,この充填剤のうち72重量%は酸化亜鉛である。酸化亜鉛および酸化マグネシウムの平均粒度はそれぞれ0.11および6ミクロンであった。

材料Ⅱ

成分

重量パーセント

ポリジオルガノシロキサンA

23

.25

平板状アルミナ

38

.77

酸化第二鉄

35

.24

メチルトリメトキシシラン

.50

硬化剤

.27

材料Ⅱは100重量部のポリジオルガノシロキサンおよび318.2重量部の全充填剤を含み,この充填剤のうち52重量%はアルミナであり残りは酸化第二鉄である。アルミナおよび酸化第二鉄の平均粒度はそれぞれ10ミクロンおよび0.25ミクロンであった。…

メチルトリメトキシシランは充填剤処理剤であり,…

二液材料のそれぞれはドウ型ミキサーを用いてすべての成分を一緒に配合することにより調製した。次に2つの材料を一緒に混合して,均一な組成物を生成し,この組成物を厚さ1.5mmのシート状に形成した。このシートを170℃で10分間硬化し,次に160℃で1時間後硬化した。」(9頁右下欄3行~10頁左下欄6行)

「実施例2(対照)

この実施例は,充填剤としてアルミナおよび酸化第二鉄の混合物を含む従来の熱伝導性エラストマーが比較的大きな重量損失および高いジュロメータ-硬度を示すことについて証明するものである。

次の成分および使用量で上記実施例1に述べた方法で,熱伝導性エラストマーを製造した。

材料I

成分

重量パーセント

ポリジオルガノシロキサンA

18

.8

ポリジオルガノシロキサンB

11

.2

平板状アルミナ

69

.0

メチルトリメトキシシラン

.5

白金含有触媒

.5

材料IはポリジオルガノシロキサンAおよびBの100重量部の混合物並びに唯一の充填剤として230重量部のアルミナを含んでいた。

材料Ⅱ

成分

重量パーセント

ポリジオルガノシロキサンA

18

.6

ポリジオルガノシロキサンB

.8

平板状アルミナ

38

.8

酸化第二鉄

35

.3

メチルトリメトキシシラン

.5

硬化剤

.9

2-メチル-3-ブチン-2-オール

.2

ポリジオルガノシロキサンA,ポリジオルガノシロキサンB,白金含有触媒および硬化剤の各成分は上記実施例1において用いられたものと同じであった。

材料ⅡはポリジオルガノシロキサンAおよびBの100重量部の混合物並びに330.5重量部の充填剤を含んでいた。なおこの充填剤の52重量部はアルミナであり,残りは酸化第二鉄であった。アルミナおよび酸化第二鉄の平均粒度はそれぞれ10ミクロンおよび0.25ミクロンであった。」(10頁左下欄下4行~11頁左上欄13行)

「静電複写機における溶融ロール被膜としてエラストマーを評価した場合,本発明(実施例1)の硬化エラストマーは先行技術(実施例2)の熱伝導性エラストマーに比べて…有効寿命が長く優れた性能であることを示している。」(11頁右上欄1行~7行)

(2)  審決の判断手法につき

ア 審決は,本件特許発明1と引用発明1は,以下の(あ)及び(い)の点で相違すると判断している(25頁17行以下)。

「(あ)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1では,『一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカップリング剤を使用するのに対して,引用発明1では,『一般式R''qSi(OR''')4-qのシラン〔式中,R''およびR'''は1~約20個の炭素原子を含む同一または異なる炭化水素基を表し,且つqは1または2である。〕』であるシランカップリング剤を使用する点。

(い) 熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1では,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%』と規定するのに対し,引用発明1では,シリコーンゴムの出発原料である『「液体ポリジオルガノシロキサン」「100重量部」』に対して,『50~90重量%の酸化亜鉛および10~50重量%の酸化マグネシウムを含む200~400重量部の熱伝導性充填剤微粒子』を配合すると規定する点。」

イ この点につき,原告は,内容を検討する前から相違する点があるとの判断手法は,それ自体誤りであると主張する。しかし,本件特許発明1の特許請求の範囲の記載と上記(1)認定の甲1の記載を対比すると,記載上,(あ),(い)の各点が異なることは明らかであるから,これらを相違点とした上,これらが実質的に相違するかどうかを,結論に必要な限度で判断している審決の判断手法に誤りがあるということはできない。

そこで,上記各相違点の実質について検討する。

(3)  相違点(あ)につき

ア 上記(1)のとおり,甲1には,「一般式R''qSi(OR'''4-q)のシラン〔式中,R''およびR'''は1~約20個の炭素原子を含む同一または異なる炭化水素基を表し,且つqは1または2である。〕」であるシランカップリング剤を使用することが記載されている。そして,この引用発明1の一般式には,本件特許発明1の一般式である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕」が含まれる。しかし,このような広い範囲の開示しかない引用発明1の一般式に本件特許発明1の一般式が含まれるからといって,直ちにこれらが一致すると認めることはできない。

すなわち,上記(1)イ(イ)のとおり,甲1には,「好ましくはR''およびR'''は低級アルキル基であり,最も好ましくはメチルであり,またqは1である。」と記載されており,実施例において用いられているのも,メチルトリメトキシシランのみであるから,R''及びR'''が炭素数1又は1に近い低級のアルキル基については開示されているものの,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」という特定の組み合わせを有するものまで開示されていると認めることはできない。

そして,その他には,甲1に,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」という特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されているというべき事情は認められないから,引用発明1に,本件特許発明1の上記特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されていると認めることはできない。

イ また,原告は,本件特許出願前には,甲2~7に示すように,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤は,周知自明であったと主張するが,後記6(6)のとおり,甲2~7から,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤が,熱伝導性シリコーンゴム組成物の熱伝導性無機フィラーに適用できるものとして周知自明であったと認めることはできない。

ウ したがって,相違点(あ)につき実質的な相違点であるとした審決の判断に誤りはない。

(4)  相違点(い)につき

上記(3)のとおり,相違点(あ)が実質的な相違点である以上,本件特許発明1と引用発明1が同一のものであることは否定されるから,相違点(い)について判断するまでもなく,引用発明1との対比における新規性は認められるのであって,相違点(い)について判断することなく,引用発明1との対比における新規性を認めた審決の判断に誤りはない。

(5)  本件特許発明2,3につき

上記のとおり,本件特許発明1について引用発明1との対比における新規性が認められるのであるから,本件特許発明1に係る熱伝導性シリコーンゴム組成物にさらに限定を付した本件特許発明2,3についても,引用発明1との対比における新規性が認められることは明らかであり,その旨の審決の判断に誤りはない。

4  取消事由2(引用発明2との対比による新規性判断の誤り)について

(1)  甲2(特開平8-325457号公報)には,次の記載がある。

ア 特許請求の範囲

「【請求項1】

(A) 一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合アルケニル基を含有するオルガノポリシロキサン100重量部,(B)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を含有するオルガノハイドロジェンポリシロキサン0.1~50重量部,(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキサン0.1~10重量部,(D)(i)平均粒子径が10μm未満である球状または非球状アルミナ微粉末5~95重量%と(ii)平均粒子径が10~50μmである球状または非球状アルミナ微粉末95~5重量%からなるアルミナ微粉末300~1200重量部および(E)ヒドロシリル化反応用触媒触媒量からなる熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項2】(D)成分が有機ケイ素化合物により表面処理されたアルミナ微粉末であることを特徴とする請求項1記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。」

イ 発明の詳細な説明

(ア) 産業上の利用分野

「本発明は熱伝導性シリコーンゴム組成物に関し,詳しくは,高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわらず,アルミナ微粉末が沈降しにくく,また,たとえアルミナ微粉末が沈降していても均一に再分散させることが容易な熱伝導性シリコーンゴム組成物に関する。」(段落【0001】)

(イ) 発明が解決しようとする課題

「本発明者らは上記の課題を解決するため鋭意検討した結果,本発明に到達した。すなわち,本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわらず,アルミナ微粉末が沈降しにくく,また,たとえアルミナ微粉末が沈降していても容易に均一に再分散させることができる熱伝導性シリコーンゴム組成物を提供することにある。」(段落【0004】)

(ウ) 課題を解決するための手段およびその作用

「(C)成分のオルガノシロキサンは本組成物にチクソトロピー性を付与して,高充填したアルミナ微粉末の沈降を抑制し,また,たとえアルミナ微粉末が沈降していても均一に再分散させることを容易にするための成分であり,一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有する。(C)成分中のケイ素原子結合アルコキシ基としては,例えば,メトキシ基,エトキシ基,プロポキシ基,ブトキシ基が挙げられ,特に,メトキシ基であることが好ましい。また,(C)成分のケイ素原子に結合する基としては,例えば,メチル基,エチル基,プロピル基,ブチル基,ヘキシル基,オクチル基等のアルキル基;ビニル基,アリル基,ヘキセニル基等のアルケニル基;フェニル基,トリル基,キシリル基等のアリール基;3,3,3-トリフロロプロピル基,3-クロロプロピル基等のハロゲン化アルキル基;3-グリシドキシピロピル基,3-メタクリロキシプロピル基,3-アミノプロピル基,N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピル基等の官能性有機基;トリメトキシシリルエチル基,メチルジメトキシシリルエチル基等のアルコキシシリルアルキル基;ケイ素結合水素原子が挙げられる。(C)成分の分子構造としては,例えば,直鎖状,環状,分岐状,一部分岐を有する直鎖状が挙げられ,これらの分子構造を有する二種以上の混合物であってもよい。また,(C)成分の分子量は限定されないが,本組成物に十分なチクソトロピー性を付与できることから,2量体以上の重合度であることが好ましく,25℃における粘度が3~2000センチポイズの範囲であることが好ましい。」(段落【0011】)

「ケイ素原子結合アルコキシ基を含有する(C)成分としては,例えば,テトラメトキシシラン,テトラエトキシシラン,テトライソプロポキシシラン,メチルトリメトキシシラン,メチルトリエトキシシラン,ジメチルジメトキシシラン,ビニルトリメトキシシラン,メチルビニルジメトキシシラン,メチルフェニルジメトキシシラン,フェニルトリメトキシシラン,フェニルトリエトキシシラン,トリメチルメトキシシラン,3,3,3-トリフロロプロピルトリメトキシシラン,3-グリシドキシピロピルトリメトキシシラン,3-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン,3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン,3-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン,3-アミノプロピルトリメトキシシラン,3-アミノプロピルトリエトキシシラン,N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアルコキシシランの一種もしくは二種以上からなる部分加水分解縮合物が挙げられる。この部分加水分解縮合物としては,例えば,メチルポリシリケート,エチルポリシリケート,式:

【化1】file_8.jpgCl Coll CH CHsO- si 0- si- 0- si- ~OCHs Cth Oct Ch

で示されるオルガノシロキサンオリゴマーが挙げられる。…」(段落【0012】)

「(C)成分の配合量は,(A)成分100重量部に対して0.1~10重量部の範囲内である。これは,(C)成分の配合量が,(A)成分100重量部に対して0.1重量部未満であると,得られる組成物の貯蔵安定性が悪化するためであり,また,これが10重量部をこえると,得られる組成物の貯蔵中にゲル化したり,これを硬化して得られるシリコーンゴムの物理特性が悪化するためである。」(段落【0013】)

「(D)成分のアルミナ微粉末は本組成物を硬化して得られるシリコーンゴムに高熱伝導性を付与するための成分である。(D)成分は(i)平均粒子径が10μm未満である球状または非球状アルミナ微粉末5~95重量%と(ii)平均粒子径が10~50μmである球状または非球状アルミナ微粉末95~5重量%からなる。本組成物では,このような混合物からなるアルミナ粉末と上記に(C)成分を組み合わせることにより,アルミナ微粉末の沈降が生じにくく,かつ,沈降したアルミナ微粉末の再分散が容易となる。また,本組成物の貯蔵安定性が優れることから,(D)成分は有機ケイ素化合物により表面処理されたアルミナ微粉末であることが好ましい。アルミナ微粉末の表面を処理するための有機ケイ素化合物としては,例えば,メチルトリメトキシシラン,ビニルトリメトキシシラン,ビニルトリエトキシシラン,3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン,3ーメタクリロキシプロピルトリメトキシシラン,3-アミノプロピルトリメトキシシラン,3-アミノプロピルトリエトキシシラン,N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアルコキシシラン;メチルトリクロルシラン,ジメチルジクロルシラン,トリメチルモノクロルシラン等のクロロシラン;ヘキサメチルジシラザン,ヘキサメチルシクロトリシラザン等のシラザン;分子鎖両末端シラノール基封鎖ジメチルシロキサンオリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖ジメチルシロキサン・メチルビニルシロキサン共重合体オリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖メチルビニルシロキサンオリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖メチルフェニルシロキサンオリゴマー等のシロキサンオリゴマーが挙げられる。これらの表面処理方法としては,例えば,アルミナ微粉末とこれらの有機ケイ素化合物を直接混合して処理する方法(乾式処理方法),これらの有機ケイ素化合物をトルエン,メタノール,ヘプタン等の有機溶剤と共にアルミナ微粉末と混合して処理する方法(湿式処理方法),(A)成分とこれらの有機ケイ素化合物との混合物中にアルミナ微粉末を配合するか,または,(A)成分とアルミナ微粉末の混合物中にこれらの有機ケイ素化合物を配合してアルミナ微粉末の表面を処理する方法(in-situ処理方法)が挙げられる。また,これらの有機ケイ素化合物によりアルミナ微粉末の表面処理を行う際には,その処理効率を向上させるために,例えば,有機チタン等の有機金属化合物,水等を添加することが好ましい。」(段落【0014】)

「本組成物は上記の(A)成分~(E)成分を均一に混合することにより調製される。…」(段落【0018】)

「本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物を調製する方法は特に限定されず,例えば,ロスミキサー,プラネタリーミキサー等の混合装置を用いて調製することができる。本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物は高熱伝導性のシリコーンゴムを形成することができるので,例えば,トランジスター,IC,メモリー素子等の電子部品を登載したプリント回路基板やハイブリッドICのポッティング材や接着剤,半導体素子の接着剤,エンジンマウントの接着・シール剤として利用することができる。また,この熱伝導性シリコーンゴム組成物を硬化して得られるシリコーンゴムは,これを成形して放熱シートとして利用することができる。」(段落【0019】)

(2)  審決の判断手法につき

ア 審決は,本件特許発明1と引用発明2は,以下の(う)及び(え)の点で相違すると判断している(29頁下6行~30頁10行)。

「(う)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1では,『一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカップリング剤を使用するのに対して,引用発明2では,シランカップリング剤として作用し得る化合物として,アルミナ微粉末用表面処理剤として明記された『アルコキシシラン』または『(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキサン』を使用する点。

(え) 熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1では,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%』と規定するのに対し,引用発明2では,シリコーンゴムの出発原料である(A)成分『100重量部』および(B)成分『0.1~50重量部』に対して,『(i)平均粒子径が10μm未満である球状または非球状アルミナ微粉末5~95重量%と(ii)平均粒子径が10~50μmである球状または非球状アルミナ微粉末95~5重量%からなるアルミナ微粉末』を『300~1200重量部』配合すると規定する点。」

イ この点につき,原告は,内容を検討する前から相違する点があるとの判断手法は,それ自体誤りであると主張する。しかし,本件特許発明1の特許請求の範囲の記載と上記(1)認定の甲2の記載を対比すると,記載上,(う),(え)の各点が異なることは明らかであるから,これらを相違点とした上,これらが実質的に相違するかどうかを,結論に必要な限度で判断している審決の判断手法に誤りがあるということはできない。

なお,甲2には,「(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキサン」は,シランカップリング剤としては記載されていないが,上記(C)成分を,(D)成分のアルミナ微粉末等とともに均一に混合した場合には,アルミナ微粉末の表面が(C)成分によって処理されることがあるから,審決が「(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキサン」をシランカップリング剤として作用し得る化合物として認定したことに誤りはない。

そこで,上記各相違点の実質について検討する。

(3)  相違点(う)につき

ア 上記(1)のとおり,甲2には,シランカップリング剤として作用し得る化合物として,アルミナ微粉末用表面処理剤として明記された「アルコキシシラン」と「(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキサン」が記載されている。

そして,上記(1)イ(ウ)のとおり,甲2には,(C)成分中のケイ素原子結合アルコキシ基として,メトキシ基,エトキシ基が例示され,(C)成分のケイ素原子に結合する基として,ヘキシル基,オクチル基が例示されている(段落【0011】)ところ,ヘキシル基は「C6H13-」,オクチル基は「C8H17-」であるから,炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基に含まれる。

しかし,上記の甲2のメトキシ基,エトキシ基は,「特に,メトキシ基であることが好ましい。」との記載があるものの,(C)成分中のケイ素原子結合アルコキシ基の例示として,プロポキシ基,ブトキシ基とともに掲げられているものにすぎない。また,甲2に,(C)成分のケイ素原子に結合する基として掲げられているヘキシル基,オクチル基は,他の多くの基とともに,例示されているにすぎない。

さらに,甲2には,(C)成分の「アルコキシシラン」として,多くの化合物が掲げられている(段落【0012】)が,この中には「一般式YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される」ものは含まれていない。

甲2においては,アルミナ微粉末用表面処理剤として明記された「アルコキシシラン」(段落【0014】)にも,「一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される」ものは含まれていない。

その他には,甲2に,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」という特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されているというべき事情は認められないから,引用発明2に,本件特許発明1の上記特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されていると認めることはできない。

イ また,原告は,本件特許出願前には,甲2~7に示すように,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤は,周知自明であったと主張するが,後記6(6)のとおり,甲2~7から,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤が,熱伝導性シリコーンゴム組成物の熱伝導性無機フィラーに適用できるものとして周知自明であったと認めることはできない。

ウ したがって,相違点(う)につき実質的な相違点であるとした審決の判断に誤りはない。

(4)  相違点(え)につき

上記(3)のとおり,相違点(う)が実質的な相違点である以上,本件特許発明1と引用発明2が同一であることが否定されるから,相違点(え)について判断するまでもなく,引用発明2との対比における新規性は認められるのであって,相違点(え)について判断することなく,引用発明2との対比における新規性を認めた審決の判断に誤りはない。

(5)  本件特許発明2,3,5につき

上記のとおり,本件特許発明1について引用発明2との対比における新規性が認められるのであるから,本件特許発明1に係る熱伝導性シリコーンゴム組成物にさらに限定を付した本件特許発明2,3,5についても,引用発明2との対比における新規性が認められることは明らかであり,その旨の審決の判断に誤りはない。

5  取消事由3(引用発明3との対比による新規性判断の誤り)について

(1)  甲3(特開平9-111124号公報)には,次の記載がある。

ア 特許請求の範囲

「【請求項1】(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末10~90重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μmを除く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導性充填剤を40~90重量%含有することを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項2】付加反応硬化型であることを特徴とする請求項1記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項3】(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末10~90重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μmを除く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導性充填剤,(A)一分子中に少なくとも2個のアルケニル基を含有するオルガノポリシロキサン,(A)成分100重量部に対して0.1~50重量部の(B)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を含有するオルガノポリシロキサン,および触媒量の(C)ヒドロシリル化反応用触媒からなり,この充填剤を40~90重量%含有することを特徴とする請求項2記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項4】縮合反応硬化型であることを特徴とする請求項1記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項5】(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末10~90重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μmを除く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導性充填剤,(D)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する水酸基もしくは加水分解可能な基を含有する実質的に直鎖状のオルガノポリシロキサン,(D)成分100重量部に対して0.1~25重量部の(E)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する加水分解可能な基を含有する有機ケイ素化合物,および(D)成分100重量部に対して0.01~10重量部の(F)縮合反応用触媒からなり,この充填剤を40~90重量%含有することを特徴とする請求項4記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。

【請求項6】請求項1ないし5のいずれか1項に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物を硬化させてなる熱伝導性シリコーンゴム。」

イ 発明の詳細な説明

(ア) 産業上の利用分野

「本発明は,熱伝導性シリコーンゴムおよびその組成物に関し,詳しくは,比較的比重が小さい高熱伝導性シリコーンゴム,およびこのシリコーンゴムを形成するために多量の熱伝導性充填剤を配合しているにもかかわらず,貯蔵中にこれが沈降し難く,また,たとえこれが沈降しても,容易にこれを再分散させることができる熱伝導性シリコーンゴム組成物に関する。」(段落【0001】)

(イ) 発明が解決しようとする課題

「本発明者らは上記の課題を解決するため鋭意検討した結果,本発明に到達した。すなわち,本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわらず,貯蔵中にこれが沈降し難く,また,たとえこれが沈降しても,容易にこれを再分散させることができる熱伝導性シリコーン組成物を提供することにあり,そして,比較的比重が小さい高熱伝導性シリコーンゴムを提供することにある。」(段落【0004】)

(ウ) 課題を解決するための手段およびその作用

「これらの充填剤は有機ケイ素化合物により表面処理されていてもよい。この有機ケイ素化合物としては,例えば,メチルトリメトキシシラン,ビニルトリメトキシシラン,ビニルトリエトキシシラン,3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン,3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン,3-アミノプロピルトリメトキシシラン,3-アミノプロピルトリエトキシシラン,N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアルコキシシラン化合物;メチルトリクロロシラン,ジメチルジクロロシラン,トリメチルモノクロロシラン等のクロロシラン化合物;ヘキサメチルジシラザン,ヘキサメチルシクロトリシラザン等のシラザン化合物;分子鎖両末端シラノール基封鎖ジメチルシロキサンオリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖ジメチルシロキサン・メチルビニルシロキサン共重合体オリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖メチルビニルシロキサンオリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖メチルフェニルシロキサンオリゴマー等のシロキサンオリゴマー化合物が例示される。これらの充填剤を表面処理する方法としては,例えば,これらの充填剤にこれらの有機ケイ素化合物を直接混合して処理する方法(乾式処理方法),これらの有機ケイ素化合物をトルエン,メタノール,ヘプタン等の有機溶剤と共にこれらの充填剤に混合して処理する方法(湿式処理方法),シリコーンゴム組成物の主剤であるオルガノポリシロキサンとこれらの有機ケイ素化合物との混合物中にこれらの充填剤を混合して処理するか,または,このオルガノポリシロキサンとこの充填剤の混合物中にこれらの有機ケイ素化合物を混合して処理する方法(in-situ処理方法)が挙げられる。また,これらの有機ケイ素化合物により,これらの充填剤を表面処理する際に,その処理効率を向上させるために,例えば,有機チタン等の有機金属化合物,水等を配合しておくことが好ましい。」(段落【0007】)

「この充填剤の含有量は,本組成物において40~90重量%の範囲内であり,特に,60~80重量%の範囲内であることが好ましい。これは,この充填剤の含有量が組成物の40重量%未満であると,硬化して得られるシリコーンゴムに十分な熱伝導性を付与することができないためであり,また,この充填剤の含有量が組成物の90重量%をこえると,この組成物の粘度が著しく大きくなり,その取扱作業性が著しく悪化するためである。」(段落【0008】)

「本組成物の硬化機構としては,例えば,付加反応硬化型,縮合反応硬化型,有機過酸化物硬化型が挙げられ,特に,付加反応硬化型,縮合反応硬化型であることが好ましい。また,縮合反応硬化型としては,例えば,脱アルコール縮合反応硬化型,脱オキシム化合物縮合反応硬化型,脱酢酸縮合反応硬化型,脱ケトン化合物縮合反応硬化型,脱アミン化合物縮合反応硬化型,脱アミド化合物縮合反応硬化型および脱ヒドロキシアミン化合物縮合反応硬化型が挙げられる。」(段落【0009】)

「本組成物の硬化機構が付加反応硬化型である場合には,例えば,(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末10~90重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μmを除く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導充填剤,(A)一分子中に少なくとも2個のアルケニル基を含有するオルガノポリシロキサン,(A)成分100重量部に対して0.1~50重量部の(B)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を含有するオルガノポリシロキサン,および触媒量の(C)ヒドロシリル化反応用触媒からなり,この充填剤を40~90重量%含有する組成物であることが好ましく,特に,この充填剤を60~80重量%含有する組成物であることが好ましい。(段落【0010】)

「(B)成分のオルガノポリシロキサンはこの組成物の架橋剤であり,一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を含有する。(B)成分のケイ素原子結合水素原子の結合位置としては,例えば,分子鎖末端および/または分子鎖側鎖が挙げられる。(B)成分のケイ素原子に結合する有機基としては,例えば,メチル基,エチル基,プロピル基,ブチル基,ペンチル基,ヘキシル基,ヘプチル基等のアルキル基;フェニル基,トリル基,キシリル基,ナフチル基等のアリール基;ベンジル基,フェネチル基等のアラルキル基;クロロメチル基,3-クロロプロピル基,3,3,3-トリフロロプロピル基等のハロゲン化アルキル基が挙げられ,特に,メチル基,フェニル基であることが好ましい。このような(B)成分の分子構造としては,例えば,直鎖状,一部分岐を有する直鎖状,環状,分岐鎖状が挙げられるが,(A)成分が分岐鎖状である場合には,(B)成分は実質的に直鎖状であることが好ましい。…」(段落【0013】)

「このような(B)成分のオルガノハイドロジェンポリシロキサンとしては,分子鎖両末端トリメチルシロキシ基封鎖メチルハイドロジェンポリシロキサン,分子鎖両末端トリメチルシロキシ基封鎖ジメチルシロキサン・メチルハイドロジェンシロキサン共重合体,分子鎖両末端トリメチルシロキシ基封鎖ジメチルシロキサン・メチルハイドロジェンシロキサン・メチルフェニルシロキサン共重合体,分子鎖両末端ジメチルハイドロジェンシロキシ基封鎖ジメチルポリシロキサン,分子鎖両末端ジメチルハイドロジェンシロキシ基封鎖ジメチルシロキサン・メチルフェニルシロキサン共重合体,分子鎖両末端ジメチルハイドロジェンシロキシ基封鎖メチルフェニルポリシロキサン,式:R13SiO1/2で示されるシロキサン単位と式:R12HSiO1/2で示されるシロキサン単位と少量の式:SiO4/2で示されるシロキサン単位からなるオルガノポリシロキサン共重合体,式:R12HSiO1/2で示されるシロキサン単位と少量の式:SiO4/2で示されるシロキサン単位からなるオルガノポリシロキサン共重合体,式:R1HSiO2/2で示されるシロキサン単位と少量の式:R1SiO3/2で示されるシロキサン単位もしくは式:HSiO3/2で示されるシロキサン単位からなるオルガノポリシロキサン共重合体,および,これらのオルガノポリシロキサンの二種以上からなる混合物が挙げられる。上式中のR1はアルケニル基以外の一価炭化水素基であり,前記と同様の基が例示される。」(段落【0014】)

「この組成物を調製する方法としては,例えば,ロスミキサー,プラネタリーミキサー等の混合装置により調製する方法が挙げられる。この組成物を一液として貯蔵する場合には,これを25℃以下で貯蔵するか,好ましくは,10℃以下に冷蔵することが必要であり,また,この組成物を二液以上に分けて貯蔵する場合には,使用直前に均一に混合することが必要である。」(段落【0021】)

「また,本組成物の硬化機構が縮合反応硬化型である場合には,例えば,(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末10~90重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μmを除く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導充填剤,(D)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する水酸基もしくは加水分解可能な基を含有する実質的に直鎖状のオルガノポリシロキサン,(D)成分100重量部に対して0.1~25重量部の(E)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する加水分解可能な基を含有する有機ケイ素化合物,および(D)成分100重量部に対して0.01~10重量部の(F)縮合反応用触媒からなり,この充填剤を40~90重量%含有する組成物であることが好ましく,特に,この充填剤を60~80重量%含有する組成物であることが好ましい。」(段落【0022】)

「(E)成分の有機ケイ素化合物はこの組成物の架橋剤であり,一分子中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する加水分解可能な基を含有する。(E)成分中のケイ素原子に結合する加水分解可能な基としては,前記と同様の基が例示される。このような(E)成分の有機ケイ素化合物としては,例えば,テトラメトキシシラン,テトラエトキシシラン,テトライソプロポキシシラン,テトラブトキシシラン,テトラ(2-クロロエトキシ)シラン,メチルセロソルブオルソシリケート,メチルトリメトキシシラン,メチルトリエトキシシラン,エチルトリメトキシシラン,ビニルトリメトキシシラン,フェニルトリメトキシシラン,3,3,3-トリフルオロプロピルトリメトキシシラン,オクタデシルトリメトキシシラン,プロピルトリス(4-クロロブトキシ)シラン,メチルトリス(メトキシエトキシ)シラン,ジフェニルジメトキシシラン,ジメチルジメトキシシラン等のアルコキシシラン化合物;エチルポリシリケート,ジメチルテトラメトキシジシロキサン等のアルコキシシロキサン化合物;テトラ(メチルエチルケトオキシム)シラン,テトラ(ジメチルケトオキシム)シラン,メチルトリス(メチルエチルケトオキシム)シラン,メチルトリス(ジエチルケトオキシム)シラン,ビニルトリス(ジメチルケトオキシム)シラン,メチルトリス(アセトンオキシム)シラン,ビニルトリス(ジメチルケトオキシム)シラン,フェニルトリス(ジメチルケトオキシム)シラン,フェニルトリス(ジメチルケトオキシム)シラン,ジメチルビス(ジメチルケトオキシム)シラン,ジメチルビス(アセトオキシム)ジメチルシラン等のオキシムシラン化合物;メチルトリス(プロペニルオキシ)シラン,ビニルトリス(ブテニルオキシ)シラン,フェニルトリス(プロペニルオキシ)シラン,ジメチルビス(プロペニルオキシ)シラン等のアルケノキシシラン化合物;メチルトリアセトキシシラン,メチルトリオクタノイルオキシシラン,メチルトリベンゾイルオキシシラン,トリアセトキシブトキシシラン,フェニルトリアセトキシシラン,ビニルトリアセトキシシラン,ジメチルジアセトキシシラン,メチルビニルジアセトキシシラン,ジ-t-ブチルジアセトキシシラン,ジフェニルジアセトキシシラン等のアセトキシシラン化合物;メチルトリス(ジメチルアミノ)シラン,ビニルトリス(ジメチルアミノ)シラン,ビニルトリス(N-ブチルアミノ)シラン,フェニルトリス(ジメチルアミノ)シラン,メチルトリス(シクロヘキシルアミノ)シラン,ジメチル-ビス(ジエチルアミノ)シラン,ジフェニル-ビス(ジエチルアミノ)シラン,メチルフェニル-ビス(ジエチルアミノ)シラン等のアミノシラン化合物;メチルトリス(N-メチルアセトアミド)シラン,メチルトリス(N-ブチルアセトアミド)シラン,メチルトリス(N-シクロヘキシルアセトアミド)シラン,ジメチルビス(N-メチルアセトアミド)シラン,ジメチルビス(N-エチルアセトアミド)シラン,メチルビニルビス(N-メチルアセトアミド)シラン等のアミドシラン化合物;メチルトリス(N,N-ジエチルアミノキシ)シラン等のアミノキシシラン化合物,およびこれらシラン化合物もしくはシロキサン化合物の部分加水分解縮合物,また,これらの2種以上の混合物が挙げられる。」(段落【0026】)

「この組成物において,(D)成分が一分子中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する水酸基を含有するジオルガノポリシロキサンである場合に,(E)成分として上記のアルコキシシラン化合物もしくはアルコキシシロキサン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱アルコール化合物縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として上記のオキシムシラン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱オキシム化合物縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として上記のアセトキシシラン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱酢酸縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として上記のアルケノキシシラン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱ケトン化合物縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として上記のアミノシラン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱アミン化合物縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として,上記のアミドシラン化合物またはその部分加水分解物を用いて,脱アミド化合物縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として上記のアミノキシシラン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱ヒドロキシアミン化合物縮合反応硬化型の組成物としたりすることができる。…」(段落【0027】)

「(E)成分の配合量は(D)成分100重量部に対して0.1~25重量部の範囲内であり,特に,0.5~10重量部の範囲内であることが好ましい。これは,(D)成分100重量部に対して,(E)成分が0.1重量部未満である組成物は十分に硬化しなかったり,湿気遮断下で貯蔵中に増粘やゲル化を生じ易くなるためであり,また,これが25重量部をこえる組成物は硬化速度が著しく遅かったりするためである。」(段落【0028】)

「この組成物を調製する際には,湿気遮断下で行う必要があり,また,この組成物を一液として貯蔵する際にも湿気遮断下で貯蔵することが必要である。」(段落【0033】)

「これらの硬化機構からなる本組成物は,硬化して高熱伝導性のシリコーンゴムを形成することができるので,例えば,トランジスター,IC,メモリー素子等の電子部品を登載したプリント回路基板やハイブリッドICのポッティング材や接着剤,半導体素子の接着剤,エンジンマウントの接着・シール剤として利用することができる。また,この組成物を硬化して得られる高熱伝導性シリコーンゴムは,放熱シートに成形して利用することができる。」(段落【0034】)

(エ) 実施例

「[実施例5]粘度が400ポイズである分子鎖両末端トリメトキシシロキシ基封鎖ジメチルポリシロキサン100重量部,メチルトリメトキシシラン4重量部,平均粒子径が5μmである不定形シリカ微粉末105重量部,平均粒子径が3μmである不定形アルミナ微粉末210重量部,およびテトラブチルチタネート1重量部を湿気遮断下で均一に混合して熱伝導性シリコーンゴム組成物を調製した。この組成物の貯蔵安定性,およびこれを硬化して得られたシリコーンゴム熱伝導率を表2に示した。」(段落【0047】)

(2)  審決の判断手法につき

ア 審決は,本件特許発明1と引用発明3は,以下の(お)及び(か)の点で相違すると判断している(33頁下4行~34頁4行)。

「(お)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1では,『一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカップリング剤を使用するのに対して,引用発明3では,このような規定がなされていない点。

(か) 熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1では,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%』と規定するのに対し,引用発明3では,『熱伝導性シリコーンゴム組成物』の『40~90重量%』と規定する点。」

イ この点につき,原告は,内容を検討する前から相違する点があるとの判断手法は,それ自体誤りであると主張する。しかし,本件特許発明1の特許請求の範囲の記載と上記(1)認定の甲3の記載を対比すると,記載上,(お),(か)の各点が異なることは明らかであるから,これらを相違点とした上,これらが実質的に相違するかどうかを,結論に必要な限度で判断している審決の判断手法に誤りがあるということはできない。

そこで,上記各相違点の実質について検討する。

(3)  相違点(お)につき

ア 上記(1)イ(ウ)のとおり,甲3には,充填剤を表面処理する有機ケイ素化合物として,メチルトリメトキシシラン等が例示されている(段落【0007】)が,この中には,本件特許発明1の「一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される」ものは含まれていない。

また,上記(1)イ(ウ)のとおり,甲3には,架橋剤として(B)成分と(E)成分が記載されているところ,このうち,組成物の硬化機構が縮合反応硬化型である場合の架橋剤である(E)成分として記載されている「オクタデシルトリメトキシシラン」(段落【0026】)は,本件特許発明1の「一般式 YSiX3〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される」ものに当たる。しかし,これは,極めて多くの化合物が例示されている中の一つとして記載されているものにすぎない。

そして,その他には,甲3に,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」という特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されているというべき事情は認められないから,引用発明3に,本件特許発明1の上記特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されていると認めることはできない。

なお,原告は,架橋剤を添加して混合スラリーを作成する際に,架橋剤はフィラー表面に吸着されるから,シランカップリング剤として用いたのと同様の結果となると主張し,甲8(原告社員Cの平成19年7月23日付け実験報告書)を提出するが,たとえそうであるとしても,甲3の記載が上記認定のようなものである以上,引用発明3に本件特許発明1の特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されていると認めることはできないとの上記認定を左右するものではない。

イ また,原告は,本件特許出願前には,甲2~7に示すように,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤は,周知自明であったと主張するが,後記6(6)のとおり,甲2~7から,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤が,熱伝導性シリコーンゴム組成物の熱伝導性無機フィラーに適用できるものとして周知自明であったと認めることはできない。

ウ したがって,相違点(お)につき実質的な相違点であるとした審決の判断に誤りはない。

(4)  相違点(か)につき

上記(3)のとおり,相違点(お)が実質的な相違点である以上,本件特許発明1と引用発明3が同一であることが否定されるから,相違点(か)について判断するまでもなく,引用発明3との対比における新規性は認められるのであって,相違点(か)について判断することなく引用発明3との対比における新規性を認めた審決の判断に誤りはない。

(5)  本件特許発明2~5につき

上記のとおり,本件特許発明1について引用発明3との対比における新規性が認められるのであるから,本件特許発明1に係る熱伝導性シリコーンゴム組成物にさらに限定を付した本件特許発明2~5についても,引用発明3との対比における新規性が認められることは明らかであり,その旨の審決の判断に誤りはない。

6  取消事由4(進歩性判断の誤り)について

(1)  引用発明2及び3につき

前記4(1)イ(イ)のとおり,甲2には「本発明者らは上記の課題を解決するため鋭意検討した結果,本発明に到達した。すなわち,本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわらず,アルミナ微粉末が沈降しにくく,また,たとえアルミナ微粉末が沈降していても容易に均一に再分散させることができる熱伝導性シリコーンゴム組成物を提供することにある。」(段落【0004】)」と記載されている。また,前記5(1)イ(イ)のとおり,甲3には「本発明者らは上記の課題を解決するため鋭意検討した結果,本発明に到達した。すなわち,本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわらず,貯蔵中にこれが沈降し難く,また,たとえこれが沈降しても,容易にこれを再分散させることができる熱伝導性シリコーン組成物を提供することにあり,そして,比較的比重が小さい高熱伝導性シリコーンゴムを提供することにある。」(段落【0004】)と記載されている。これらの記載は,前記2(1)ウ認定の本件特許訂正明細書の本件特許発明の目的に関する記載(段落【0007】)や前記2(2)認定の本件特許発明の作用効果と共通する点がある。

しかし,引用発明2と引用発明3が本件特許発明と構成において相違することは,前記4及び5で判断したとおりである。

したがって,引用発明2について相違点(う)と(え)が,引用発明3について相違点(お)と(か)が,それぞれ存在しないことを前提として,本件特許発明に進歩性がないとする原告の主張は理由がない。

(2)  引用発明4につき

ア 甲4(特表平9-509686号公報)には,次の記載がある。

(ア) 特許請求の範囲

「1.ポリマーおよびポリマーマトリックスの重量を基準にして,約0.01~約87重量%のシラン処理されたTiO2顔料からなる,高められた加工性を示す前記ポリマーマトリックスであって,前記シラン処理されたTiO2顔料が,前記シラン処理されたTiO2の重量を基準にして,約0.1~約5重量%の式:

RxSi(R′)4-x(式中,Rは8~約20個の炭素原子を有する,加水分解しない,脂肪族,環式脂肪族または芳香族の基であり;

R′はアルコキシ,ハロゲン,アセトキシもしくはヒドロキシまたはそれらの混合から選ばれる加水分解性基であり;そしてx=1~3である)を有する少なくとも一つの有機珪素化合物のコーティングを有する前記ポリマーマトリックス。」

「3.ポリマーがポリオレフィンである,請求項1または2記載の組成物。」

「5.ポリマーがポリ塩化ビニルである,請求項1または2記載の組成物。」

「6.Rが8~18個の炭素原子を有する脂肪族であり,R′がアルコキシであり,そしてx=1~3である,請求項1,2または4記載の組成物。」

「8.シラン処理されたTiO2顔料が,シラン処理されたTiO2の重量を基準にして,約0.1~約5重量%の式:

RxSi(R′)4-x

(式中,Rは8~約20個の炭素原子を有する,加水分解しない,脂肪族,環式脂肪族または芳香族の基であり;R′はアルコキシ,ハロゲン,アセトキシもしくはヒドロキシまたはそれらの混合から選ばれる加水分解性基であり;そしてx=1~3である)を有する有機珪素化合物のコーティングを有する,ポリオレフィンおよびポリマーマトリックスの重量を基準にして,約0.01~約87重量%のシラン処理されたTiO2顔料からなる,高められた加工性を示すポリオレフィンマトリックス。

「10.シラン処理された顔料が,約70~約82重量%の量で存在し,有機珪素化合物が,オクチルトリエトキシシラン,ノニルトリエトキシシラン,デシルトリエトキシシラン,ドデシルトリエトキシシラン,トリデシルトリエトキシシラン,テトラデシルトリエトキシシラン,ペンタデシルトリエトキシシラン,ヘキサデシルトリエトキシシラン,ヘプタデシルトリエトキシシラン,オクタデシルトリエトキシシラン,それらの混合物;並びにブチルトリメトキシシランおよびポリジメチルシロキサンの混合物,およびオクチルトリエトキシシランおよびポリジメチルシロキサンの混合物からなる群より選ばれる,請求項1,2,8または9記載の組成物。」

「11.(a)ポリオレフィンがポリエチレンであり:

(b) シラン処理されたTiO2が,約0.5~1.5重量%のオクチルトリエトキシシランでコーティングされたTiO2であり;そして

(c) シラン処理されたTiO2顔料が,約70重量%の量で存在する:

請求項10記載のポリオレフィンマトリックス。」

「14.ポリオレフィンマトリックスが,ポリオレフィンマトリックスの重量を基準にして,約0.2~約20重量%の範囲のTiO2濃度で,耐レーシング性を示す,請求項8記載の組成物。」

(イ) 発明の詳細な説明

a 発明の背景

「本発明は,有機珪素化合物で処理され,配合における加工性(processibility)およびポリオレフィンマトリックス中のレーシング抵抗性(lacingresistance)のような性能の性質が改善された白色顔料を含む,白色に着色されたポリマー(特にポリオレフィン,例えばポリエチレン)に関する。

TiO2顔料を有機珪素化合物で処理してポリマーマトリックス中の分散性を改善することは,当分野ではよく知られている。例えば,米国特許第4,061,503号および同第4,151,154号には,塗料及びプラスチック中のTiO2の高められた分散性が開示されている。そこでは,珪素に結合した少なくとも二つの加水分解性基およびポリアルキレンオキシド基を含む有機基を有するシランを用いてTiO2を表面処理する。

さらに,米国特許第4,810,305号には,合成樹脂中の分散性が改善された,オルガノポリシロキサン0.05~10重量%を含む,改質された疎水性顔料または充填剤が開示されている。

しかしながら,先行技術の欠点には,(1)許容できない加工性,すなわち遅い速度でのポリマーマトリックス中のTiO2顔料の分散性,(2)レーシング,すなわちポリオレフィンマトリックス中の欠陥の発生:が含まれるが,これらに限定されるわけではない。レーシングは,高い温度でポリオレフィンの加工プロセス中に,顔料から揮発物が放出される結果として起こる。またレーシングは,TiO2が水分を取り込むためでもありうる。さらに別の欠点は,ポリマー濃縮物中のTiO2顔料の配合量が高くなると,加工速度が遅くなるということである。

先行技術の上記の組合わせられた欠点は,本発明によって克服できることがわかった。」(6頁6行~下1行)

b 発明の詳述

(a) 「『シラン処理した』TiO2とは,本明細書中では,少なくとも一つのシラン,または少なくとも一つのシランおよび少なくとも一つのポリシロキサンの混合物(本明細書中ではひとまとめにして有機珪素化合物と称する)のいずれかで処理したTiO2のことである。

適切なシランは,

RxSi(R′)4-x

(式中,Rは少なくとも1~約20個の炭素原子を有する,加水分解しない,脂肪族,環式脂肪族または芳香族の基であり:

R′は加水分解性基,例えばアルコキシ,ハロゲン,アセトキシもしくはヒドロキシまたはそれらの混合物であり;そしてx=1~3である)

例えば,本発明を実施するのに有用なシランには,オクチルトリエトキシシラン,ノニルトリエトキシシラン,デシルトリエトキシシラン,ドデシルトリエトキシシラン,トリデシルトリエトキシシラン,テトラデシルトリエトキシシラン,ペンタデシルトリエトキシシラン,ヘキサデシルトリエトキシシラン,ヘプタデシルトリエトキシシラン,およびオクタデシルトリエトキシシランが含まれる。シランのさらに別の例には,R=8~18個の炭素原子;R′=クロロ,メトキシ,ヒドロキシまたはそれらの混合物;そしてx=1~3が含まれる。好ましいシランは,R=8~18個の炭素原子;R′=エトキシ;およびx=1~3である。R=8~18個の炭素原子は,加工性を高めるのに好ましい。R′=エトキシは取り扱いを容易にするために好ましい。」(7頁下3行~8頁19行)

(b) 「本発明の使用に適したポリマーには,オレフィンを含むエチレン系不飽和モノマーのポリマー,例えばポリエチレン,ポリプロピレン,ポリブチレンおよびエチレンとより高級なオレフィン,例えば4~10個の炭素原子を含むアルファオレフィンまたは酢酸ビニル等とのコポリマー;ビニル系樹脂,例えばポリ塩化ビニル,ポリビニルエステル,例えばポリ酢酸ビニル,ポリスチレン,アクリルホモポリマーおよびコポリマー;フェノール樹脂;アルキド樹脂;アミノ樹脂;エポキシ樹脂,ポリアミド,ポリウレタン;フェノキシ樹脂,ポリスルホン;ポリカーボネート;ポリエーテルおよび塩素化ポリエステル;ポリエーテル;アセタール樹脂;ポリイミド;およびポリオキシエチレンが含まれるが,これらに限定されるわけではない。また,本発明によるポリマーには,種々のゴムおよび/またはエラストマー,種々のジエンモノマーと上記ポリマーとの共重合,グラフト化または物理的ブレンドに基づく合成ポリマーまたは天然ポリマーも含まれ,これらすべては当分野で一般に知られているものである。従って,一般に本発明は,白色に着色されたプラスチックまたは弾性組成物(本明細書では,ひとまとめにして白色に着色されたポリマーと称する)のいずれにも有用である。例えば,そして限定するわけではないが,本発明はポリオレフィン,例えばポリプロピレン,ポリ塩化ビニル,ポリアミドおよびポリエステルに特に有用であると考えられる。」(10頁13行~11頁3行)

(c) 「高配合された,シラン処理された顔料のTiO2は,ポリオレフィンマトリックス中に配合した時に,優れたポリマーマトリックス中での加工性およびレーシング抵抗性を示す。観察される付加的な利点は,嵩密度の増加,粘度の低下,優れた分散性,耐湿性および優れた光学的性質,例えば高い着色力である。」(12頁17行~20行)

イ 上記アによると,引用発明4は,白色に着色されたポリマーにおいて,TiO2顔料を有機珪素化合物で処理して,ポリマーマトリックス中のTiO2顔料の分散性の改善及びレーシング(ポリオレフィンマトリックス中の欠陥の発生)の防止等を図るものであって,本件特許発明のような,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関するものではない。

そして,前記2(1)エ(イ)のとおり,本件特許発明の実施例11では,酸化チタンが用いられているから,この限度では,引用発明4は本件特許発明と共通する。しかし,引用発明4は,酸化チタンを顔料として用いているのであって,熱伝導性無機フィラーとして用いている本件特許発明とは異なる。

また,原告は,引用発明4の有機珪素化合物は,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」のうち,「YSiX3」の式と「X=エトキシ基,Y=炭素数8個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」が共通すると主張する。上記アの甲4の記載によると,引用発明4の有機珪素化合物を,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」と対比すると,原告が主張するように重なり合う部分があり,本件特許発明1の上記一般式に該当する化合物も開示されていることが認められる。しかし,引用発明4の有機珪素化合物は,熱伝導性無機フィラーの表面処理のためのシランカップリング剤ではない。

さらに,原告は,上記ア(イ)b(b)の「また,本発明によるポリマーには,種々のゴムおよび/またはエラストマー,・…これらすべては当分野で一般に知られているものである。」との記載から,シリコーンゴムに応用することは,当業者であれば容易であると主張する。しかし,甲4には,このように一般的に「種々のゴムおよび/またはエラストマー」と記載されているのみであって,シリコーンゴムについて記載されているものではない。

原告は,上記ア(イ)b(c)の「粘度の低下,優れた分散性,耐湿性」は,本件特許発明の作用効果と共通すると主張する。しかし,作用効果が共通する点があるとしても,引用発明4の作用効果は,熱伝導性無機フィラーの表面処理のためのシランカップリング剤の作用効果ではなく,それから本件特許発明の効果を当然に予想し得るということもできない。

(3)  引用発明5につき

ア 甲5(特開平5-259314号公報)には,次の記載がある。

(ア) 特許請求の範囲

「【請求項1】樹脂に無機質充填剤粉末を配合分散させ,前記無機質充填剤粉末の表面が加水分解され易い少なくとも1つのアルコキシル基と,加水分解されにくいアルキル基からなり,その最長鎖の炭素原子数が14個から22個である少なくとも1つの基とがケイ素原子に結合してなるシラン化合物により処理されていることを特徴とする半導体用封止樹脂組成物。」

(イ) 発明の詳細な説明

a 産業上の利用分野

「本発明は半導体用の封止樹脂組成物に関するものである。特に耐半田クラック性に優れた半導体用樹脂組成物に関するものである。」(段落【0001】)

b 従来の技術

「IC,LSIなどの半導体のパッケージは,エポキシ樹脂などからなる樹脂組成物を低圧トランスファー成形により封止する方法が,生産性や価額の面で有利なため主流を占めている。」(段落【0002】)

「近年,半導体の微細化,チップの大型化,パッケージの小型,薄型化さらには高密度表面実装化の進む中で,封止樹脂には,極度の低応力化および表面実装時の耐半田クラック性が要求されている。」(段落【0003】)

「低応力化に対しては,樹脂にシリカ粉末などの充填剤を多量に配合して,熱膨張係数を小さくすることと,シリコン樹脂などの可とう性樹脂をマトリックス樹脂内に島状に混入し,弾性率を低減させることの二つの方法がある。」(段落【0004】)

「耐半田クラックに対しては,低吸水性樹脂や強靱性樹脂の導入により,また充填剤粉末表面にr-アミノメトキシシラン,r-グリシドキシプロピルトリメトキシシランなどのシランカップリング剤で処理を施し,樹脂と充填剤間の結合力を高め,樹脂を高強度化すること等により,改善がなされている。」(段落【0005】)

c 発明が解決しようとする課題

「しかしながら,半導体の信頼性を確保するには十分に満足できる状態にはない。」(段落【0006】)

「本発明は低応力で,実装時の際の熱ショックに対してパッケージクラックが発生することのない,耐吸湿半田性に優れた半導体封止用樹脂組成物を提供することである。」(段落【0007】)

d 実施例

(a) 「以下に本発明の第1の実施例である樹脂封止組成物について述べる。」(段落【0011】)

「充填剤粉末として,粒子径が0.1μmから75μmに分布し,その平均粒子径が14μmの溶融球状シリカについて,表面処理剤としてオクタデシルトリエトキシシランを用い,次の方法で表面処理を行った。」(段落【0012】)

「溶融シリカ粉末100重量部に,オクタデシルトリエトキシシラン(C18H37Si(OC2H5)3)を1.2重量部と,トルエンを50重量部混合する。」(段落【0013】)

「上記の混合物をシェーカで1時間混合分散した後,濾過した後,150℃で1時間加熱して表面処理シリカ粉末を得る。」(段落【0014】)

「以下に本発明の第2の実施例である樹脂封止組成物について述べる。第1の実施例で使用したのと同じシリカに対して,表面処理剤にヘキサデシルトリメトキシシラン((C16H33Si(OCH3)3)により,第1の実施例と同じ混合割合で,同じ方法条件で表面処理を行い,表面処理シリカ粉末を得る。」(段落【0015】)

(b) 【表1】の最下段には,「充填剤 シリカ粉末 82.2重量部」と記載されている(段落【0022】)。

(c) 「充填剤表面のアルキル基と組成物を構成するマトリックス樹脂とは一次的な化学結合を形成しないため,また長鎖のアルキル基が充填剤表面と樹脂との間に介在するので,両者間では容易にすべりが起こり,充填剤表面の応力集中の発生が極めて小さくなる。」(段落【0037】)

「この結果残留応力や熱時の発生応力の低減さらには熱衝撃的応力の吸収に効果がある。さらには,充填剤表面と樹脂の間の滑りが起こり易くなるため,粘度の低下に寄与し,トランスファー成形時の流れ性の優れた組成物が達成できる。」(段落【0038】)

「本発明における以上のごとき作用効果は,例えばシリカを充填剤にした場合,その配合割合が80重量%以上の高充填組成物において,即ち充填剤粒子間の樹脂層厚が極めて薄い場合に顕著に発揮されるものである。」(段落【0039】)

「本発明に使用可能な長鎖のアルキルシラン化合物において,ケイ素原子の4個の結合の内,1~3個の結合はアルコキシル基からなり,残りの3~1個の結合には同一または異なる非または難加水分解性の長鎖アルキル基が結合されているものである。アルキル基は最長鎖の炭素原子数が14~22個で,好ましくは16~20個である。炭素数が14個より少なくなると表面処理の効果が小さく,また22個を越えると加水分解速度が遅くなり,均一な表面処理ができにくくなる。」(段落【0040】)

「本発明に適用できる無機質充填剤としては,溶融シリカ,結晶シリカ,タルク,アルミナ,窒化珪素,炭酸カルシウム半田槽,けい酸カルシウム半田槽などがある。これらは単独もしくは2種類以上組合わせて使用できる。これらのなかでシリカが熱膨張,熱伝導の点で優れ,好ましい。」(段落【0041】)

(d) 「マトリックス樹脂としては,クレゾールノボラック型,ビフェニル型,ナフタレン型などのエポキシ樹脂およびポリイミド樹脂等が単独,もしくはそれらの混合系として適用できる。」(段落【0049】)

「又樹脂の硬化剤としては,フェノールノボラック,クレゾールノボラックなどのフェノール性OH基を有するものが一般的に使用できる。」(段落【0050】)

「樹脂の可とう化剤は必要に応じてシリコン系ゴム及びポリオレフィン系ゴム材料がマトリックス樹脂を海として島状に混入される。」(段落【0053】)

イ 上記アによると,引用発明5は,半導体用の封止樹脂組成物,特に耐半田クラック性に優れた半導体用樹脂組成物に関するものであって,樹脂に無機質充填剤粉末を配合分散させ,無機質充填剤粉末の表面を,上記ア(ア)記載のシラン化合物により処理することによって,半導体用封止樹脂組成物の耐半田クラック性等を向上させるものである。その樹脂としては,エポキシ樹脂,ポリイミド樹脂等が想定されており,シリコーンゴムについては記載されていない。上記ア(イ)d(d)の「樹脂の可とう化剤は必要に応じてシリコン系ゴム及びポリオレフィン系ゴム材料がマトリックス樹脂を海として島状に混入される。」[段落【0053】]との記載は,可とう化剤としてシリコン系ゴムを混入することが記載されているのみで,マトリックス樹脂としての記載ではない。したがって,引用発明5は,本件特許発明のような,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関するものではない。

また,上記ア(イ)d(c)のとおり,甲5の段落【0041】には,無機質充填剤としてシリカが熱伝導の点で優れていることが記載されている。しかし,引用発明5は,上記認定のようなものであって,本件特許発明のように熱伝導性が求められるものではないから,ここでいう無機質充填剤は,本件特許発明の熱伝導性無機フィラーとは異なるものである。

また,上記ア(イ)d(a)のとおり,甲5の段落【0013】~【0015】には,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」を満たす化合物が記載されている。しかし,これらは,半導体用樹脂組成物において無機質充填剤粉末の表面を処理するための化合物であって,熱伝導性無機フィラーを表面処理するためのものではない。

また,上記ア(イ)d(b)のとおり,甲5の段落【0022】【表1】の最下段には,「充填剤 シリカ粉末 82.2重量部」と記載されており,原告は,この記載からすると,引用発明5は,本件特許発明1とは,熱伝導性無機フィラーの添加範囲が共通すると主張する。しかし,引用発明5は,上記のとおり,本件特許発明のように熱伝導性無機フィラーを添加するものではない。

また,上記ア(イ)d(c)のとおり,甲5の段落【0038】~【0039】には,「…充填剤表面と樹脂の間の滑りが起こり易くなるため,粘度の低下に寄与し,トランスファー成形時の流れ性の優れた組成物が提供できる。本発明における以上のごとき作用効果は,例えばシリカを充填剤にした場合,その配合割合が80重量%以上の高充填組成物において,即ち充填剤粒子間の樹脂膜厚が極めて薄い場合に顕著に発揮されるものである。」と記載されている。原告は,この記載からすると,甲5には,本件特許発明の「成形スラリーの粘度低下」という目的及び作用効果と動機付けは記載されており,本件特許発明の「成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム弾性の付与)及び引裂強度の向上の効果」も,特別な目的及び作用効果とはいえないと主張する。しかし,甲5に記載の上記作用効果は,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関する作用効果ではなく,本件特許発明の効果を当然に予測とし得るということもできない。

(4)  引用発明6につき

ア 甲6(チッソ株式会社パンフレット「SILICON CHEMICALS」)の4頁~5頁には,「シラン化合物」の表題の下に,「チッソのシラン化合物は,クロロシラン・アルコキシシラン・シラザン等で構成され,無機質の表面改質剤,樹脂の改質剤,エレクトロニクス関連材料などの幅広い分野で使われています。」と記載され,その下の表に,15種類のシラン化合物が記載されている。そのうち,「11」には,品名「HTS-M」,名称「n-ヘキシルトリメトキシシラン」,構造式「C6H13Si(OCH3)3」,主用途「撥水剤等」と記載され,「12」には,品名「HTS-E」,名称「n-ヘキシルトリエトキシシラン」,構造式「C6H13Si(OC2H5)3」,主用途「撥水剤等」と記載されている。

また,甲6の4頁の左下には,「荷姿」として,「TCS・4CSはボンベ,コンテナ,ローリー車となります。他のものは18L石油缶,200Lドラム缶となります。」と記載されている。

イ 以上のとおり,甲6の4頁~5頁には,チッソ株式会社が販売しているシラン化合物が記載されているのみで,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物が記載されているということはできない。

上記アの「11」と「12」のシラン化合物は,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」を満たすものであるが,主用途としては,上記アのとおり,「撥水剤等」と記載されている。甲6の4頁~5頁の上記アの表には,他に「無機質の表面改質剤等」を主用途とするシラン化合物が記載されていることや甲6の6頁~15頁には「サイラエース」の表題の下に無機質の表面処理法に使用するシランカップリング剤が記載されていることからすると,上記アの「11」と「12」のシラン化合物が無機質の表面改質剤又はシランカップリング剤として記載されているとは認められないし,また,甲6に,それを無機質の表面改質剤又はシランカップリング剤として使用する動機付けとなる記載があると認めることもできない。

この点につき,原告は,上記アの「11」と「12」のシラン化合物は撥水剤であるからこそ,本件特許発明の効果をもたらすとか,上記アの「シラン化合物」の表題の下に記載されている「アルコキシシラン」は,上記アの「11」と「12」のシラン化合物を含む上位概念であるとか,甲6において,「シラン化合物」(4頁~5頁)と「サイラエース」(6頁以下)は同一の文献の隣り合わせの頁であって,「シラン化合物」と「サイラエース」は,いずれも,有機基とケイ素結合性反応性基(アルコキシ基,Si-Cl基など)を同一ケイ素原子上に合わせ持つシランであるなどと主張するが,それらの事情のみでは,上記アの「11」と「12」のシラン化合物が無機質の表面改質剤又はシランカップリング剤として記載されているとは認められず,それを無機質の表面改質剤又はシランカップリング剤として使用する動機付けとなる記載があると認めることはできない。

ウ 原告は,甲6の8頁の記載は,本件特許訂正明細書の段落【0025】~【0027】の記載内容(前記2(1)エ(ア))と共通する部分があり,甲6の9頁の記載は,本件特許訂正明細書の段落【0019】の記載内容(前記2(1)エ(ア))と共通する部分が多いと主張するが,単にこのような記載が共通しているというのみでは,甲6に基づく本件特許発明の容易想到性を基礎付けるものということはできない。

(5)  引用発明7につき

ア 甲7(Degussa AG「SCHRIFTENREIHE PIGMENTE Grundlagen von AEROSIL<R>Nummer11」p.1-20,1993年[平成8年]6月,第5版)の15頁には,「AEROSIL表面の機能化は,ハロゲン化シラン,アルコキシシラン,シラザンおよびシロキサン等により行われる。市販されている疎水性AEROSILの表面基の概要を図7に示す。」(左欄下7行~下1行。訳文は2頁下3行~下1行)と記載され,同頁の「Abbildung7」(訳文3頁上段の図7)には,「AEROSIL R 805」として,「(-O-)3Si-C8H17」を図示したものが記載されている。この図は,本件特許発明1の「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」と共通するシランカップリング剤を,AEROSILに適用した場合における表面構造の図であるということができる。

イ また,甲7の16頁には,次の記載がある(左欄下17行~下3行。訳文は3頁下6行~下2行)。

「例えば,図8に示すように,疎水性ケイ酸の最大水分吸着率は,親水性のものと較べると著しく低い。粘度効果の具体例において,架橋剤であるポリアミノアミドと促進剤である第三アミンの混合物を加えた前後における,低粘度になる反応性エポキシ樹脂内での親水性AEROSILの利点を図9に更に示す。エポキシ樹脂内において,疎水性のAEROSIL R 202とAEROSIL R 805は,AEROSIL 300に較べて明らかに優れている。」

ウ しかし,甲7には,AEROSILを熱伝導性無機フィラーとして使用することについて記載があるとは認められないし,配合の対象となる樹脂についてもエポキシ樹脂が記載されているのみで,シリコーンゴムは記載されていない。

また,乙5(「TECHNICAL BULLETEN AEROSIL<R>No.17」日本アエロジル株式会社1999年6月改訂版発行)によると,AEROSILは,非晶質シリカ(SiO2)であって(1頁,17頁),熱伝導率は,100度までの範囲では,約0.02W/m・kである(34頁の図32)と認められるところ,その熱伝導率は,乙6(「電子機器・部品用 放熱材料の高熱伝導化および熱伝導性の測定・評価技術」2003年5月22日株式会社技術情報協会第2版発行)によって認められるアルミナ(20W/m・k)や結晶性シリカ(10W/m・k)よりもはるかに低い。

したがって,引用発明7は,本件特許発明のような,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関するものではない。

なお,甲7の16頁の「Abbildung9」(訳文4頁下段の図9)のグラフには,上記の「AEROSIL R 805」の粘度が45分までは最も低いことが示されているが,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関する効果ではない。

(6)  小括

前記4及び5で判断したとおり,引用発明2と引用発明3は,本件特許発明1と目的及び作用効果について共通する点があるものの,構成において相違するものであり,また,上記(2)~(5)のとおり,引用発明4~7は,いずれも,本件特許発明のような,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関するものではなく,本件特許の出願前から,本件特許発明1の構成要件である「YSiX3  X=メトキシ基又はエトキシ基 Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤が,熱伝導性シリコーンゴム組成物の熱伝導性無機フィラーに適用できるものとして周知自明であったと認めることはできない。

(7)  本件特許発明の作用効果につき

ア 前記2(1)エ(イ)のとおり,本件特許発明の実施例1~11は,いずれも熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して60vol%のものである。

そして,前記2(2)のとおり,本件特許発明において,「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である」ことの技術的意義は,40vol%以上であることで高い熱伝導率を得るとともに,80vol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することができるというところにある(前記2(2)④)。このように,本件特許発明において,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることについては,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して80vol%以下であるとすることによって考慮されており,そのことが技術常識に反するというべき事情も認められない。

そうすると,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して60vol%以外のものについて実施例がないとしても,本件特許発明における,「成形スラリー粘度の上昇防止」,「ゴム弾性の向上(圧縮永久歪みの低下)」,「引裂強度,引裂強度の向上」,「機械特性変化の低減」といった作用効果(前記2(2)①~③)は,60vol%以外の40vol%~80vol%の範囲内においても生ずるものと合理的に推認することができるから,作用効果が明らかにされていないということにはならない。

イ また,前記第3,1(2)の特許請求の範囲【請求項5】によると,本件特許発明5は,「放熱シート」に関する発明である。これに対し甲4~7の記載は,上記(2)~(5)のとおりであって,電子・電気部品の放熱に有用な放熱シートの形成に好適な樹脂組成物を提供することについては開示されていない。

のみならず,本件特許訂正明細書(甲18)には,放熱シートの放熱性はどの程度なのか,熱伝導性シリコーンゴム組成物の熱伝導性はどの程度なのかの記載がないとしても,本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーを用いたものであって,熱伝導性を有することは明らかであり,その程度については,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,適宜設定することができると考えられるから,電子・電気部品の放熱に有用な放熱シートの形成に好適な樹脂組成物を提供することについて開示されていない甲4~7と作用効果について違いがあることは明らかである。

ウ そして,上記(1)~(6)のとおり,本件特許発明と引用発明2~7には違いがあるから,前記2(2)の本件特許発明の作用効果は,引用発明2~7から当然に予想することができたということはできない。

(8)  まとめ

以上の次第で,引用発明2又は引用発明3に引用発明4~7を組み合わせて本件特許発明1~5を容易に発明することができたとは認めることはできないことになるから,取消事由4は理由がない。

7  取消事由5(明細書の記載不備についての判断の誤り)について

(1)  フィラーの配合量についての特許法36条6項1号(サポート要件)違反につき

ア 前記6(7)アのとおり,本件特許発明において,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して60vol%以外のものについては実施例がない。しかし,前記6(7)アのとおり,本件特許発明における,「成形スラリー粘度の上昇防止」,「ゴム弾性の向上(圧縮永久歪みの低下)」,「引裂強度,引裂強度の向上」,「機械特性変化の低減」といった作用効果(前記2(2)①~③)は,60vol%以外の40vol%~80vol%の範囲内においても生ずるものと合理的に推認することができるから,本件特許訂正明細書(甲18)の「発明の詳細な説明」において,作用効果が明らかにされていないということにはならない。したがって,本件特許訂正明細書の記載が特許法36条6項1号(サポート要件)に違反しているということはない。

イ なお,原告は,「特に60vol%よりも熱伝導性フィラーの体積含有率が高い領域では,当業者ならば,大きな疑問を抱く。なぜなら,熱伝導性フィラーの体積含有率がこのように高い領域では,混合を強化しても湿り気がある粉状にしかならず,硬化してゴム状組成物が得られないことが多いからである。」と主張するが,上記6(7)アのとおり,本件特許発明において,ゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることについては,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して80vol%以下とすることによって考慮されており,そのことが技術常識に反するとも認められない。

また,原告は,「40vol%で本当に熱伝導性があるのか,疑問である。」と主張するが,上記6(7)アのとおり,本件特許発明において,高い熱伝導性を得ることについては,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%以上とすることによって考慮されており,そのことが技術常識に反するとも認められない。

したがって,これらの原告の主張はいずれも採用することができない。

(2)  シリコーンゴム組成物の「熱伝導性」についての特許法36条4項(実施可能要件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反につき

ア 本件特許訂正明細書(甲18)中には,実施例も含めて,熱伝導性がどの程度のものであるのか記載されていない。しかし,本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーを用いたものであって,熱伝導性を有することは明らかであり,その程度については,当業者が,適宜設定することができると考えられる。したがって,本件特許訂正明細書の記載が,シリコーンゴム組成物の「熱伝導性」について,特許法36条4項(実施可能要件)又は特許法36条6項1号(サポート要件)に違反しているということはできない。

イ なお,原告は,本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリング剤を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機フィラーを使用した場合とは,熱伝導性は異なると主張する。しかし,そうであるとしても,熱伝導性を有しなくなるというべき事情は認められず,その場合における熱伝導率は当業者が適宜設定することができるというべきであるから,上記認定を左右するものではない。

(3)  放熱シートの「放熱」についての特許法36条4項(実施可能要件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反につき

ア 本件特許訂正明細書(甲18)中には,実施例も含めて,放熱シートの放熱性がどの程度のものであるのか,記載されていない。しかし,本件特許発明5は,熱伝導性無機フィラーを用いたものであって,放熱性を有することは明らかであり,その程度については,当業者が,適宜設定することができると考えられる。したがって,本件特許訂正明細書の記載が,放熱シートの「放熱」について,特許法36条4項(実施可能要件)又は特許法36条6項1号(サポート要件)に違反しているということはできない。

イ なお,原告は,本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリング剤を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機フィラーを使用した場合とは,放熱性が異なると判断できると主張する。しかし,そうであるとしても,放熱性を有しなくなるというべき事情は認められず,その場合における放熱性の程度は当業者が適宜設定することができるというべきであるから,上記認定を左右するものではない。

(4)  以上のとおりであるから,取消事由5の主張も理由がない。

8  結論以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 森義之 裁判官 澁谷勝海)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例