大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10379号 判決 2008年11月26日

原告

グラクソ グループ リミテッド

訴訟代理人弁理士

平木祐輔

石井貞次

藤田節

大屋憲一

新井栄一

遠藤真治

被告

特許庁長官

指定代理人

蓮井雅之

北川清伸

森川元嗣

森山啓

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2005-1442号事件について平成19年6月29日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,請求が成り立たないとの審決がされたので,同審決の取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「薬を含む加圧容器の貯蔵方法および包装」とする発明について,1999(平成11)年11月23日(パリ条約による優先権主張:1998(平成10)年12月18日,米国)に国際特許出願(以下「本件出願」という。)をしたが,平成16年10月22日付けで拒絶査定を受けたので,平成17年1月24日,同拒絶査定に対する不服審判を請求した。

特許庁は,上記不服審判請求を不服2005-1442号事件として審理し,平成19年6月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年7月13日,その謄本を原告に送達した。

2  発明の要旨

審決は,本件出願に係る当初明細書(甲5。以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項16に記載された発明(以下「本願発明」という。)を対象としたものであるところ,その要旨は次のとおりである(なお,請求項の数は32個である。)。

「【請求項16】

噴射剤およびこの噴射剤に分散し若しくは溶解した薬剤を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む容器と,

前記容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装と,

を備えることを特徴とする包装容器。」

3  審決の理由の要旨

審決は,本願発明は,国際公開96/32345号(甲1。以下,「引用刊行物1」という。)記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術から当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

審決が上記結論に至った理由は,以下のとおりである。なお,審決の引用部分において,本訴の書証番号を付記した。

(1)  引用発明の内容

引用刊行物1には,

「ジプロピオン酸ベクロメタゾンと,フルオロカーボン噴射剤とを含む吸入薬剤配合物を貯蔵してなる加圧された密閉容器」の発明が記載されているものと認められる。

(2)  本願発明と引用発明との対比

本願発明と引用発明とを対比すると,両者は,

「噴射剤およびこの噴射剤に分散し若しくは溶解した薬剤を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む容器。」

の点で一致し,以下の点で相違する。

相違点:本願発明においては,容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装を備えているのに対して,引用発明においては,そのような構成を備えていない点。

(3)  相違点についての判断

「容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装を備えている点は,引用刊行物2(判決注:特開平7-96977号。本訴甲2)及び引用刊行物3(判決注:特開平8-243148号。本訴甲3)にも記載されているように周知技術であり,引用発明の容器に該周知技術を適用して上記相違点に係る本願発明の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。

また,本願発明の効果は,引用発明及び周知技術から当業者が予測し得る範囲内のものというべきであって,格別のものということはできない。」

第3審決取消事由の要点

審決は,周知技術の認定を誤り,その結果,相違点についての判断を誤ったものであり,これらの誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。

なお,本判決においても,審決における引用刊行物2,3との各略語を用いる。

1  取消事由1(周知技術認定の誤りによる相違点についての判断の誤り)審決は,「容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装を備えている点は,引用刊行物2及び引用刊行物3に記載されているように周知技術」であると認定し,この周知技術を引用発明の容器に適用して相違点に係る本願発明の構成が容易想到であると判断しているが,周知技術の認定に誤りがあるので,相違点についての判断も誤りである。

(1)  引用刊行物2に記載されている発明は,加熱滅菌処理が必要な易酸化性物品を充填し密封したプラスチック容器(内袋)を,酸素等のガス遮断性を有する外装袋で二重包装し,密封した易酸化性物品の二重包装物であり,この二重包装物に使用されている内袋及び外装袋は,いわゆるレトルト(加熱滅菌)処理に使用されるレトルトパウチと呼ばれるものである。

(2)  また,引用刊行物3には,血液バッグ等の薬液を充填した医療用バッグ包装体及びこれらの製造法が記載されている。引用刊行物3の医療用バッグ包装体は,薬液が充填された医療用バッグと吸湿紙を内部包装体に収容し,次いで内部包装体を高圧蒸気滅菌し,この滅菌処理された内部包装体を酸素等のガスバリヤー性のある外部包装体に収容することにより構成されるものであり,引用刊行物3も,レトルト処理した,血液バッグ等の薬液を充填し,密封したガスバリヤー性に優れる二重包装物を開示するものである。

(3)  上記のとおり,引用刊行物2,3に開示される包装は,レトルト処理される,易酸化性物品や血液バッグ等の薬液を充填した柔軟性のレトルトパウチの外装に使用する酸素等のガス遮断性のある外装袋であり,食品,医療用液剤,医療器具等の酸化・変色防止のためのレトルト容器及びレトルト包装の技術分野に属する。

これに対し,本願発明の包装は加圧容器の包装であり,その加圧容器の内容物は,数気圧の圧力下にある液化ガスの噴射剤及び医療用医薬品であって,缶から漏れやすく,外装袋を膨張させ,破裂させる可能性のあるものである。また,本願発明の加圧容器は,柔軟性のない,形状が固定されたものであり,レトルト処理されることもない。

(4)  このように,本願発明の容器と引用刊行物2,3に開示された発明の容器とは,形状,材質,使用目的,容器内の圧力,充填される物質,レトルト処理の有無等,多くの相違点があり,引用刊行物2,3の開示するレトルト包装と本願発明の加圧容器の包装とは技術分野が異なるから,引用刊行物2,3の開示するレトルト包装をもって,相違点に係る本願発明の「容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装を備えている点」が周知技術であると認定したことは誤りである。

したがって,審決は,周知技術の認定を誤っているから,これを適用してした相違点についての判断も誤りである。

(5)  被告は,本願発明も引用刊行物2,3に記載された発明も,医薬品を内部に含む容器を封入する包装である点で技術分野が共通すると主張するが,両者は同じ医薬品であっても,その効能,効果が異なり,別の医薬品に分類されるべきであり,また,これらの医薬品の包装の目的,効果も異なるから,技術分野が共通しているとはいえない。

また,被告は,引用刊行物2,3には,いずれも,「容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装を備えている点」が記載されていると主張するが,これは,引用刊行物2,3がレトルト殺菌を目的とする包装であることを無視した主張であり,失当である。

さらに,被告は,本願発明の加圧容器がレトルト殺菌されることがないものであることは特許請求の範囲に記載されていないと主張するが,本願発明の「噴射剤およびこの噴射剤に分散し若しくは溶解した薬剤を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む容器」はエアゾール剤の容器(甲13)に相当し,密封状態にあるから,微生物による汚染や空気,光などによる酸化・劣化を防止でき,レトルト殺菌する必要はない。また,加圧された計量投与吸入器は,レトルト殺菌により破裂する危険性がある。

したがって,本願発明の容器がレトルト殺菌されるものでないことは特許請求の範囲に記載するまでもなく自明である。

2  取消事由2(動機付けの不存在による相違点についての判断の誤り)

本願発明と引用刊行物2,3記載の発明との間には,技術分野の関連性,課題の共通性,作用,機能の共通性が存在しないから,引用発明と,引用刊行物2,3に記載の発明とを組み合わせて本願発明の構成とすることを動機付けるものは存在しない。

(1)  技術分野の関連性の不存在

ア 本願発明の技術分野は,噴射剤及びこれに分散若しくは溶解した薬剤を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む加圧容器,例えば計量投与吸入器(MDI)及びその包装の分野である。

これに対し,引用刊行物2に記載されたトリプトファン等の易酸化性物品の二重包装物及び引用刊行物3に記載された血液バッグ等の医療用バッグ包装体の内部包装体の技術分野は,加熱滅菌や高圧蒸気滅菌に使用されるレトルト製品に関する技術分野である。

このように,本願発明の技術分野と引用刊行物2,3の技術分野は,①容器を包装する目的,②包装物の使用目的,③容器内に充填される物質,④容器が加圧されているかどうか,⑤容器内に含まれる物品が酸化され易いかどうか,⑥容器内の物品は,レトルト滅菌処理されるかどうか,⑦包装を開封した後の使用形態,⑧容器及び包装の形態などの点において全く異なるから,本願発明と引用刊行物2,3記載の発明との間には,技術分野の関連性が存在しない。

イ 被告は,包装材料が種々の製品を包装できることや種々の包装形態に用いられることは技術常識であると主張するが,本願発明の加圧容器は密封状態にあり,外部からの気体や水分等の進入を防ぐと考えられるから,当業者は,容器内への水分の進入を防ぐために本願発明の加圧容器を包装する必要があるとは考えないはずである。したがって,たとえ被告の主張する技術常識があるとしても,その技術常識は本願発明の動機付けとなり得ず,被告の主張は,本願発明の加圧容器の包装が必要であることを前提にした,後知恵に基づく反論である。

(2)  課題の共通性の不存在

ア 本願発明は,作動時,計量投与用吸入器から噴出する物質の物理的性質を改善することを目的とするものであり,その主要な課題は,薬物の貯蔵寿命を延長するとともに薬物及び噴射剤の性能を維持し若しくは増大させるような,薬物及び噴射剤が充填された加圧容器を貯蔵するための方法及び包装を提供することにある。

これに対し,引用発明の課題は,計量投与用吸入器の缶の内部表面へ薬物が付着することを防止し,計量投与吸入器から放出されるエアゾール中の薬剤の投与量が,操作毎にばらつきのないようにすることであり,引用刊行物1には,計量投与吸入器に含まれる活性薬物等について,湿気の進入が製品の性能に負の影響を与えることは何も示されていない。

また,引用刊行物2の発明の課題は,易酸化性物品を充填し密封した容器において,①酸素遮断の条件下で易酸化性物品の加熱滅菌を可能にすること,②容器成分の易酸化性物品への移行を防止すること,③保存期間中の易酸化性物品の酸化劣化を防止すること,である。引用刊行物2には,同刊行物記載の外装袋は水蒸気遮断性を有するので潮解性や吸湿による固結の心配のある粉末の包装に応用できること,乾燥による質の変化や溶液・溶液成分の濃度変化のおそれのあるものなどを包装するのにも応用できることが記載されているが,本願発明の加圧容器に充填された薬物及び噴射剤が,引用刊行物2の外装袋を応用できるもののカテゴリに含まれることは示唆されていない。

さらに,引用刊行物3の発明の課題は,血液バッグの高圧蒸気滅菌時の熱履歴を短くし,薬液成分に悪影響を与えないこと及び開封を容易にすることである。

以上のとおり,本願発明の課題と,引用刊行物1~3の発明の課題とは全く共通していない。

イ 被告は,本願発明の加圧容器内の薬物及び噴射剤の性能を維持,増大させるのは,包装が,内部への粒子状物質の進入を実質的に防止するが,噴射剤の退出を許容することによるものであるところ,粒子状物質の進入を実質的に防止することや,噴射剤の退出を許容することは特許請求の範囲に記載されていないと主張する。

しかし,本願発明の,薬物の貯蔵寿命を延長するとともに,薬物及び噴射剤の性能を維持し若しくは増大させるという目的は,粒子状物質の進入を実質的に防止し,噴射剤の退出を許容することがなくても達成されるのであり,粒子状物質の進入防止及び噴射剤の退出許容は,本願発明の主要目的にとって必須ではない。

本願発明の課題に関する原告の主張は,本願明細書の表2~表6の試験結果及び段落【0109】に記載のとおり,特許請求の範囲の記載に基づくものである。

(3)  作用・機能の共通性の不存在

ア 本願発明では,噴射剤及びこれに分散又は溶解した薬剤を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む容器中への湿気進入を防止しつつ常温で容器を貯蔵するのに対し,引用刊行物2,3の発明では,易酸化性物品又は医療用バッグを充填し包装した容器への酸素及び湿気進入を防止しながら加熱滅菌する(レトルト処理する)から,本願発明と引用刊行物2,3の発明とは,共通する作用,機能を有しない。

引用刊行物2,3記載の容器の外装袋は,水蒸気遮断性を有するが,あくまでもレトルト処理のためであって,本願発明の容器の包装の作用,機能とは異なる。

イ 被告は,特許請求の範囲には,常温貯蔵や加熱滅菌しないことは何ら記載されていないと主張するが,前記のとおり,本願発明の容器はエアゾール剤の容器に相当し,密封状態のためレトルト殺菌は不要であり,また,噴射剤を含有する加圧容器が,製品の破裂を起こす可能性のある高温ではなく,常温で貯蔵されることは技術常識である。

したがって,レトルト殺菌しないことや常温貯蔵されることは特許請求の範囲に記載するまでもないことである。

さらに,被告は,引用刊行物2,3に記載された包装材料は,水蒸気遮断性を有するのであるから,本願発明の水分不浸透性若しくは実質的に水分不透過性の材料から製造された包装と同様の作用,機能を有すると主張するが,引用刊行物2,3の包装の作用,機能は,包装による高いガス遮断性による容器内の易酸化性物品の変質や腐敗防止又は医薬バッグ等の菌付着防止にあるのに対し,本願発明の作用,機能は,包装による容器内の水分レベルの調節による貯蔵寿命の延長及び薬物,噴射剤の性能維持にあるから,両者の発明が作用,機能を異にするのは当然である。

3  取消事由3(阻害事由の存在による相違点についての判断の誤り)引用発明に引用刊行物2,3の発明を組み合わせて本願発明を想到することを妨げる事情がある。

(1)  引用刊行物1には,MDI缶に充填するエーロゾル配合物が水を含有し,また実施例5,6,7には,水を含む薬物の懸濁液がMDIに充填されることが記載されている。これらの記載は,引用発明が,噴射剤及びこの噴射剤に分散若しくは溶解した薬物を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む容器を,水分不浸透性の材料から製造された包装で密封することにより,包装内部への湿気進入を防止しようとする本願発明の課題とは逆の効果を与える構成を採用していることを示している。

したがって,引用刊行物1には,本願発明の構成を排除する記載がある。

(2)  本願発明の加圧容器の内容物は,噴射剤等を含む数気圧の加圧された液化ガスであり,漏れやすい傾向があるから,本願発明の加圧容器を引用刊行物2,3の外装袋で包装すると,噴射剤の漏れにより,外包装が膨張し,破裂するとの懸念を購入患者に生じさせる。

このような患者の懸念は,本願発明の容器を引用刊行物2,3の外装袋で包装することの妨げとなる。

4  取消事由4(顕著な効果の看過による相違点についての判断の誤り)

計量投与吸入器(MDI)の細かい微粒子の質量(FPM)の損失は,湿度の変化に直接関連している可能性があり,本願発明の包装は,計量投与吸入器への水蒸気の進入のレベルを制御することにより製品性能を改善するものである。すなわち,本願発明の包装された計量投与吸入器では,使用期間の最後の使用における内容物の一様性の変動が,包装されなかった計量投与吸入器よりも実質的に小さいこと,包装された計量投与吸入器を6か月以上の長期間にわたり貯蔵できること,包装された計量投与吸入器を開封後,数週間から数ヶ月の間繰り返し使用できることなど,本願発明は顕著な効果を奏する。

第4被告の反論の要点

1  取消事由1(周知技術認定の誤りによる相違点についての判断の誤り)に対し

本願発明は,医薬品である薬剤を内部に含む容器を封入する包装に関するものであるが,引用刊行物2に記載された発明も,医薬品などを内部に含む容器を包装材料で封入する包装に関するものであり,また,引用刊行物3に記載された発明も,医薬品である薬液を内部に含む容器(医療用バッグ)を包装材料(外部包装体等)で封入する包装に関するものであるから,本願発明も引用刊行物2,3に記載されたものも,医薬品を内部に含む容器を封入する包装である点で技術分野が共通している。

また,引用刊行物2には,容器(容器22)をフレキシブルな材料製の包装(外装袋21)で封入(包み密封)すること(請求項1,図2)及びフレキシブルな材料製の包装(外装袋21)は水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性(水蒸気遮断性)の材料から製造されたものであること(段落【0046】)が記載され,引用刊行物3には,容器(医療用バッグ4)をフレキシブルな材料製の包装(外部包装体2)で封入すること(請求項1,図2)及びフレキシブルな材料製の包装(外部包装体2)は水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性(水蒸気不透過性)の材料から製造されたものであること(請求項1,段落【0006】)が記載されており,引用刊行物2,3には,いずれも,「容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装を備えている点」が記載されているのであるから,審決の周知技術の認定に誤りはない。

原告は,引用刊行物2,3の技術分野はレトルト製品に限定されるべきであるのに対し,本願発明の加圧容器は,レトルト殺菌されることがないものであるから,技術分野が関連していないと主張するが,本願発明を特定する特許請求の範囲の請求項16には,レトルト殺菌されることがないとは記載されていないから,原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づく主張ではなく失当である。

2  取消事由2(動機付けの不存在による相違点についての判断の誤り)に対し

(1)  技術分野の関連性が存在しないとの主張に対し

包装材料が種々の製品を包装するために共通して用いることができることや,種々の包装形態に用いることができることは技術常識(乙1,2)である。

また,引用発明の密閉容器に水分浸透性の材料で包装を施すと,密閉容器の表面や包装材料の内面等に水分が付着する虞があり外観上好ましくないことは明らかであるから,引用刊行物2,3に示されるような,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料で包装を施すようにすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。

(2)  課題の共通性が存在しないとの主張に対し

原告は,本願発明の課題は,加圧容器内の薬物及び噴射剤の性能を維持,増大させることにあり,引用刊行物1~3の発明の課題と全く共通してしていないと主張するが,本願明細書の段落【0008】の記載によれば,加圧容器内の薬物及び噴射剤の性能を維持,増大させるのは,包装が,内部への水蒸気及び粒子状物質の進入を実質的に防止するが,噴射剤の退出を許容することによるものであることは明らかである。

しかし,特許請求の範囲には,本願発明の包装が,粒子状物質の進入を実質的に防止することや,噴射剤の退出を許容することは何ら記載されていないから,原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づく主張ではなく失当である。

(3)  作用・機能の共通性が存在しないとの主張に対し

原告は,本願発明では,容器中への湿気進入を防止しつつ常温で容器を貯蔵するのに対し,引用刊行物2,3の発明では,容器への酸素及び湿気進入を防止しながら加熱滅菌する(レトルト処理する)から,本願発明と引用刊行物2,3の発明とは,共通する作用,機能を有しないと主張するが,特許請求の範囲には,常温で貯蔵することや加熱滅菌しないこと等は何ら記載されていないから,原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づく主張ではなく失当である。

また,原告は,引用刊行物2,3の容器の外装袋は,水蒸気遮断性を有するが,あくまでもレトルト処理のためであって,本願発明の包装の作用,機能とは異なると主張するが,引用刊行物2,3に記載された包装材料は,水蒸気遮断性を有するのであるから,本願発明の水分不浸透性若しくは実質的に水分不透過性の材料から製造された包装とは,同様の作用,機能を有するものであり,作用,機能の共通性が存在しないとの原告の主張は失当である。

3  取消事由3(阻害事由の存在による相違点についての判断の誤り)に対し

(1)  原告は,引用刊行物1には,引用発明が本願発明の課題とは逆の効果を与える構成を採用していることを示す記載があると主張する。この主張の趣旨は,引用刊行物1に記載された薬物製剤は,水を含有しているから,水分不浸透性の材料から製造された包装によって湿気進入を防止する必要がないという意味の主張であると考えられるが,そもそも,本願明細書の特許請求の範囲には,薬物製剤が具体的に何であるか特定されていないし,薬物製剤が水を含有していないことすら記載されていないから,原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づくものではなく失当である。

また,水を含有する薬物製剤であっても,外部から湿気が浸入したり,薬物製剤中の水分が外部に放出されたりすると,薬物製剤中の水分量が変化し,濃度等が変化するおそれがあるから,引用刊行物1に記載された薬物製剤に水が含有される実施例が記載されているからといって,水分不浸透性の材料から製造された包装によって湿気浸入を防止しようとすることを阻害する理由とはならない。

(2)  原告は,噴射剤を含有する本願発明の加圧容器を引用刊行物2,3に記載の外装袋で包装すると,噴射剤の漏れによって外装袋は膨脹し,破裂する懸念を患者に生じさせると主張する。この主張は,本願発明の包装は噴射剤には浸透性であるから,噴射剤が漏れても外装袋が膨脹することがないということ意味していると考えられるが,本願発明の包装に噴射剤透過性があることは,特許請求の範囲には何ら記載されておらず,原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づく主張ではなく失当である。

4  取消事由4(顕著な効果の看過による相違点についての判断の誤り)に対し

原告は,本願発明の包装が,計量投与吸入器への水蒸気の進入のレベルを制御することにより製品性能を改善する顕著な効果を奏すると主張するが,計量投与吸入器への水蒸気の進入のレベルを制御することは,特許請求の範囲には何ら記載されていないから,原告の本願発明の効果に関する主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり失当である。

第5当裁判所の判断

1  引用刊行物2,3の記載について

(1)  引用刊行物2(甲2)には,以下の記載がある。

ア 【特許請求の範囲】

「【請求項1】 易酸化性物品を充填し密封した一個または複数個のプラスチック容器を外装袋で包み密封した二重包装物において,この外装袋が内側から少なくともヒートシール性を有するプラスチック層/無機酸化物層/プラスチック層が順に積層されてなる袋であることを特徴とする易酸化性物品二重包装物。」

イ 【0001】

「【産業上の利用分野】本発明は,易酸化性の医薬品や医療器具,化粧品,食品,薬剤などの加熱及びまたは滅菌が必要な易酸化性物品を充填し密封したプラスチック容器を,酸素バリヤー性が高く,加熱滅菌に耐え得る包装材料で包装した易酸化性物品二重包装物,及びその梱包処理方法に関するものである。」

ウ 【0002】

「・・・容器の酸素遮断性が不十分であるため易酸化性物品は加熱滅菌時や保存中に容器を通して進入してくる酸素により変質してしまうという問題があった。」

エ 【0017】

「【発明が解決しようとする課題】 本発明が解決しようとする課題は,易酸化性物品を充填し密封した容器において,・・・加熱滅菌後も高い酸素遮断性を維持するため保存期間中を通して易酸化性物品の酸化劣化に対して高い抑制能力を持つ易酸化性物品包装物を与えることであり,・・・」

オ 【0046】

「さらに本発明に於いて用いられる無機酸化物層を有する外装袋は酸素以外の気体にも高いガス遮断性を有するため,ガス遮断性が必要な事例に応用が可能である。例えば,水蒸気遮断性を合わせ持つので,外部からの水分の進入や外部への水分の放散を防ぐことが出来る。このためアミノ酸や核酸のように潮解性や吸湿による固結の心配のある粉末や固形物などを包装するのに応用できるし,乾燥による質の変化や溶液成分の濃度変化のおそれのあるものなどを包装するのにも応用出来る。・・・」

カ 【0086】

「さらに加熱滅菌後も高い酸素遮断性を維持するために,その後の保存期間中を通して易酸化性物品の酸化劣化に対して高い抑制能力を持つ。このため,加熱滅菌後に易酸化性物品を充填した容器を新たに酸素遮断性の高い袋で包む必要はない。」

(2)  引用刊行物3(甲3)には,以下の記載がある。

ア 【特許請求の範囲】

「【請求項1】 薬液が充填された医療用バッグと吸湿紙が透明な合成樹脂製フィルムよりなる内部包装体内に収納され,

前記内部包装体は遮光性を有しかつ水蒸気透過性を有しない多層フィルムよりなる外部包装体内に収納され,前記内部包装体の両端には一次シール部が形成され,

前記外部包装体の両端に前記一次シール部と重なるように二次シール部が形成され,

前記二次シール部には外部包装体と内部包装体を同時に破断可能な切欠部を形成した,ことを特徴とする医療用バッグ包装体。」

イ 【0001】

「【産業上の利用分野】本願発明は,血液バッグ等の薬液を充填した医療用バッグ包装体及びこれらの製造方法の改良に関する。」

ウ 【0006】

「本発明において,内部包装体3は例えばポリエチレン,ポリプロピレン,ポリエチレンとポリプロピレンの積層体等の透明な合成樹脂製フィルムが使用され,外部包装体2は例えばポリプロピレン(内層)/アルミ箔(中間層)/ポリアミド糸(外層)の積層体,ポリエチレン(内層)/アルミ箔(外層)の積層体等の遮光性,水蒸気不透過性,酸素等のガスバリヤー性を有する多層フィルムが使用され,吸湿紙5は吸水性のあるものであれば何でも使用することができる。また内部包装体3と外部包装体2の構成材料はお互いにヒートシールする面が同材質(表1参照)かまたはヒートシール可能な異なる材質により構成される。」

エ 【0009】

「続いて前記内部包装体3を温度115℃で20分間高圧蒸気滅菌処理を施す。・・・続いて前記内部包装体3をロール状フィルムを巻き出して筒状にした外部包装体2内に封入し,前記一次シール部9と重なるように外部包装体2の両側を重ねてシートヒールして,二次シール部8を形成し,密封する。・・・」

2  取消事由1(周知技術認定の誤りによる相違点についての判断の誤り)について

(1)  前記1(1)ア,オの記載によれば,引用刊行物2には,易酸化性物品を充填し密封したプラスチック容器を外装袋で包み密封した包装物において,当該外装袋として,「プラスチック層/無機酸化物層/プラスチック層が順に積層されてなる袋」であって,「水蒸気遮断性を合わせ持つ」ものが記載されていることが認められる。

また,前記1(2)ア,ウの記載によれば,引用刊行物3には,医療バッグが収納された内部包装体を外部包装体内に収納し,両端にシール部を形成した包装体において,当該外部包装体として,「遮光性を有しかつ水蒸気透過性を有しない多層フィルムよりなる」,「例えばポリプロピレン(内層)/アルミ箔(中間層)/ポリアミド糸(外層)の積層体」からなるものが記載されていることが認められる。

(2)  上記(1)認定の事実によれば,引用刊行物2の外装袋及び引用刊行物3の外部包装体は,いずれも水蒸気透過性を有しない多層フィルムからなる包装体であって,プラスチック容器又は医療用バッグが収納された内部包装体を封入するものであるから,「容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装」に相当すると認められる。

したがって,引用刊行物2,3においては,「容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装を備えている点」との技術事項が開示されているといえるから,審決が,引用刊行物2,3により,上記技術事項を周知技術と認定したことに誤りはない。

(3)  これに対し,原告は,引用刊行物2,3に記載された外装袋は,レトルト処理のための包装(レトルトパウチ)であり,本願発明の包装とは技術分野が異なるから,同刊行物によって,技術分野の異なる本願発明の上記構成が周知技術であると認定することは誤りであると主張するが,引用刊行物2,3の包装の技術分野がレトルト処理に関する用途であったとしても,包装手段として上記技術事項が開示されていることに変わりはないから,周知技術に関するの審決の認定が誤っているということはできない。

したがって,周知技術の認定誤りを理由として相違点についての審決の判断が誤っているとする原告の主張は,その前提を欠き,失当というべきである。

なお,原告の技術分野の相違に関する上記主張の趣旨は,周知技術の認定自体というよりも,周知技術とされる技術事項の技術分野と本願発明の技術分野とが異なることから,当該周知技術を適用して本願発明を容易に想到し得ないという容易想到性の判断の誤りを主張するものと理解し得るが,この点は,別途,取消事由2の検討において判断するところである。

よって,取消事由1は,理由がない。

3  取消事由2(動機付けの不存在による相違点についての判断の誤り)について

原告は,本願発明と引用刊行物2,3記載の発明との間には,技術分野の関連性,課題の共通性,作用・機能の共通性が存在しないから,引用発明と,引用刊行物2,3記載の発明とを組み合わせて本願発明の構成とすることを動機付けるものは存在しないと主張するので,以下,順次検討する。

(1)  技術分野の関連性について

ア 本願明細書には,発明の属する技術分野が「本発明は,薬を含む加圧容器の貯蔵方法および包装に関する。」と記載され(甲5の8頁11行),本願発明は,「噴射剤およびこの噴射剤に分散し若しくは溶解した薬剤を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む容器」を封入して包装するものであり(請求項16),本願発明の容器の内容物は,薬物製剤である。

他方,引用刊行物2には,産業上の利用分野が「本発明は,易酸化性の医薬品や医療器具,化粧品,食品,薬剤などの加熱及びまたは滅菌が必要な易酸化性物品を充填し密封したプラスチック容器を,酸素バリヤー性が高く,加熱滅菌に耐え得る包装材料で包装した易酸化性物品二重包装物,及びその梱包処理方法に関するものである。」(前記1(1)イ)と記載され,引用刊行物2記載の外装袋が密封するプラスチック容器の内容物として「医薬品や医療器具,化粧品,食品,薬剤」が示されている。

また,引用刊行物3には,産業上の利用分野が「本願発明は,血液バッグ等の薬液を充填した医療用バッグ包装体及びこれらの製造方法の改良に関する。」(前記1(2)イ)と記載され,引用刊行物3記載の外部包装体が収納する内部包装体の内容物として「薬液を充填した医療用バッグ包装体」が示されている。

以上のとおり,本願発明と引用刊行物2,3記載の発明は,いずれも薬剤を内部に含む容器の包装に関する技術分野に属しており,両者の技術分野は共通していると認められる。

イ これに対し,原告は,引用刊行物2,3記載の発明はレトルト製品に関する技術分野に属しており,本願発明の技術分野と関連しないと主張するが,引用刊行物2,3の包装容器がレトルト処理を施すものであるとしても,当該包装容器の内容物が薬剤であることに変わりはないから,薬物を含む容器を包装する技術という点で両者の技術分野が関連していることは明らかである。

したがって,技術分野の関連性が存在しないとの原告の主張は採用することができない。

(2)  課題の共通性について

ア 本願明細書(甲5)には,以下の記載がある。

(ア) 「【0007】

「発明の要約 従って,貯蔵包装の内部への水蒸気および粒子状物質の進入を実質的に防止するが,噴射剤の退出を許容して薬物および噴射剤の貯蔵寿命および性能を増大させる,噴射剤および薬物が充てんされた加圧容器を貯蔵するための方法および包装の必要性が存在している。・・・」

(イ) 【0008】

「本発明の主要な目的は,加圧容器を貯蔵するための方法および包装を提供することであり,ここにおいて加圧容器は薬物および噴射剤が充てんされており,かつ貯蔵包装の内部への水蒸気および粒子状物質の進入を実質的に防止するが噴射剤の退出を許容し,それによって薬物の貯蔵寿命を延長するとともに薬物および噴射剤の性能を維持し若しくは増大させる。」

上記(ア),(イ)の記載によれば,本願発明の目的ないし課題は,加圧容器内の薬物の貯蔵寿命を延長させること並びに薬物及び噴射剤の性能を維持し増大させることであると認められる。

この点,原告は,さらに,本願発明は作動時,計量投与吸入器から噴出する物質の物理的性質を改善することをも目的としていると主張するが,本願明細書にはこれを認める足りる記載はない。

イ 引用刊行物2の前記1(1)ウないしオの記載,特に「加熱滅菌時や保存中に容器を通して進入してくる酸素により変質してしまうという問題があった」(ウ),「保存期間中を通して易酸化性物品の酸化劣化に対して高い抑制能力を持つ」(エ),「水蒸気遮断性を合わせ持つので,外部からの水分の進入や外部への水分の放散を防ぐことが出来る」(オ)との記載部分によれば,同刊行物には,薬剤の保存中に容器を通して進入する酸素や水分により容器内の薬剤が変質するという問題があること,これを解決する手段として外装袋内に容器を密封し,外部からの酸素や水分等の進入を防ぐことが示されていると認められる。

また,引用刊行物3の前記1(2)ア,ウ,エの記載,特に「前記内部包装体は遮光性を有しかつ水蒸気透過性を有しない多層フィルムよりなる外部包装体内に収納され」(ア),「遮光性,水蒸気不透過性,酸素等のガスバリヤー性を有する多層フィルム」(ウ),「前記内部包装体3を温度115℃で20分間高圧蒸気滅菌処理を施す。・・・続いて前記内部包装体3をロール状フィルムを巻き出して筒状にした外部包装体2内に封入し」との記載部分によれば,同刊行物記載の「遮光性,水蒸気不透過性,酸素等のガスバリヤー性を有する多層フィルム」からなる外部包装体は,医療用バッグが収納された内部包装体を高圧蒸気滅菌処理した後に,当該内部包装体を封入し,両端をヒートシールしたものであるところ,薬剤の保存中に外部から進入する酸素や水分等によって薬剤が変質するおそれがあることは,同刊行物記載の発明が出願された平成7年よりも前から当業者に広く知られた問題であり(甲8,10,11,乙2),薬剤の保存中の変質を防ぎ,寿命を延ばすために,酸素や水分等による影響を防止することは薬剤の包装技術において当然に考慮される事項であるから,同刊行物の前記記載には,高圧蒸気滅菌処理した医療用バッグの保存中に酸素や水分が内部に進入することを阻止し,医療用バッグに影響が及ばないようにすることが問題として明示されていないが,これを当然の前提として,これを解決する手段として,外部包装体内に内部包装体を密封することが示されていると認められる。

ウ 上記イのとおり,引用刊行物2,3には,容器内の薬剤が保存中に水分等の進入により変質することを問題とし,その解決手段として,水分不透過性の包装材を使用して,その内部に容器を密封することが示されているから,引用刊行物2,3には,発明の目的ないし課題として,容器内の薬剤の性質を維持することが開示されていると認められる。

また,上記イの薬剤の保存中における成分の変質のおそれという問題は薬剤全般に共通するものといえるから,薬剤配合物を含む加圧された密閉容器(甲1,4)である引用発明においても,同様に当てはまるものと認められ,そうすると,薬剤の保存中の変質を防ぎ,寿命を延ばすために,酸素や水分等による影響を防止することは当然に考慮される事項であるといえる。

したがって,本願発明の課題と引用刊行物1ないし3記載の発明の目的ないし課題には,共通性があると認められる。

エ これに対し,原告は,引用刊行物2記載の発明の課題は,①酸素遮断の条件下で加熱滅菌を可能にすること,②容器成分の易酸化性物品への移行を防止すること,③保存期間中の易酸化性物品の酸化劣化を防止すること,であり,引用刊行物3記載の発明の課題は,血液バッグの高圧蒸気滅菌時の熱履歴を短くし,薬液成分に悪影響を与えないこと及び開封を容易にすることであり,本願発明の課題とは共通しないと主張するが,引用刊行物2,3記載の発明に原告主張に係る課題があるとしても,それに限定されるわけではなく,前記認定のとおり,同発明の目的ないし課題として容器内の薬剤の性質を維持することが開示されていると認められるから,原告の主張は失当である。

(3)  作用・機能の共通性について

ア 原告は,本願発明では,噴射剤及びこれに分散又は溶解した薬剤を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む容器中への湿気の進入を防止しつつ常温で貯蔵するのに対し,引用刊行物2,3記載の発明では,易酸化性物品又は医療用バッグを充填し包装した容器への酸素及び湿気進入を防止しながら加熱滅菌する(レトルト処理する)から,本願発明と引用刊行物2,3記載の発明とは,共通する作用・機能を有しないと主張する。

イ 引用刊行物2の外装袋及び同3の外部包装体は,「容器を封入するフレキシブルな材料製の包装であって,水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装」に相当することは,前記2(2)に説示したとおりである。

このことに,引用刊行物2の前記1(1)の記載,特に「酸素バリヤー性が高く,加熱滅菌に耐え得る包装材料」(同イ),「水蒸気遮断性を合わせ持つので,外部からの水分の進入や外部への水分の放散を防ぐことが出来る」(同オ),「加熱滅菌後も高い酸素遮断性を維持するために,その後の保存期間中を通して易酸化性物品の酸化劣化に対して高い抑制能力を持つ」(同カ),及び引用刊行物3の前記1(2)の記載,特に「遮光性,水蒸気不透過性,酸素等のガスバリヤー性を有する多層フィルム」(同エ)を合わせ考慮すると,引用刊行物2,3の包装は,加熱滅菌後の保存中も酸素や水分の進入を防止する性質を保持するものであるから,包装材の作用・機能の点においては,原告の主張する本願発明の包装の作用・機能と共通性を有していると認められる。

ウ 原告は,引用刊行物2,3の包装がレトルト処理のためのものである点を作用・機能の相違する理由として強調するが,同刊行物の包装が,レトルト処理の用途のものであるとしても,レトルト処理の時点のみに用いられるだけではなく,レトルト処理後においても引き続き包装として用いられ,加熱滅菌後の保存中に酸素や水分の進入を防止する性質を保持するのであるから,包装材の作用・機能として見れば,原告主張に係る本願発明の包装と共通性を有することは否定できない。

さらに,原告は,本願発明の作用・機能が,包装による容器内の水分レベルの調節による貯蔵寿命の延長及び薬物,噴射剤の性能維持にあるから,引用刊行物2,3の包装の作用・機能とは異なるとも主張するが,本願発明が,包装により容器内の水分レベルの調節をしていることは,本願明細書に記載されていないから,原告の主張は前提において誤っており,失当である。

(4)  以上に検討したとおり,本願発明と引用刊行物2,3記載の発明との間には,技術分野の関連性,課題の共通性,作用・機能の共通性が認められるから,取消事由2は理由がない。

4  取消事由3(阻害事由の存在による相違点についての判断の誤り)について

原告は,引用発明に引用刊行物2,3の発明を組み合わせて本願発明を想到することを妨げる事情があると主張するので,以下検討する。

(1)  原告は,引用刊行物1にはMDI缶に充填するエーロゾル配合物が水を含有することが記載されており,この記載は,引用発明が,本願発明の課題とは逆の効果を与える構成を採用していることを示していると主張する。

しかし,本願発明のMDI缶に充填される物質については,「噴射剤およびこの噴射剤に分散し若しくは溶解した薬剤を有する加圧された薬物製剤をその内部に含む」と特定されているだけであって,水を含有しないものと特定されているわけではない。

また,引用刊行物2に「乾燥による質の変化や溶液成分の濃度変化のおそれのあるものなどを包装するのにも応用出来る」(前記1(1)オ)と記載されているとおり,水を含有する物質では水分量の変化により濃度等が変化するおそれがあるから,水を含有する物質であっても水分不浸透性の材料からなる包装体により包装することが当該物質の変質防止にとって有効であることは自明である。

以上の点に鑑みれば,引用刊行物1においてMDI缶に充填された配合物に水を含有することが記載されているとしても,その記載が,水分不浸透性の材料から製造された包装を引用発明に適用し,水分進入の防止を想到することを阻害する事由になるとは認められない。

したがって,原告の主張は採用することができない。

(2)  原告は,本願発明の加圧容器の内容物は加圧された液化ガスであり,漏れやすい傾向があるから,本願発明の加圧容器を引用刊行物2,3の外装袋で包装すると,噴射剤の漏れにより,外包装が膨張し,破裂するとの懸念を生じさせると主張する。

原告の上記主張は,本願発明の包装が容器から漏れた噴射剤が包装外部に透過することを前提とするものであるところ,本願発明の包装が噴射剤の透過性を有することは,請求項16に記載されていないから,原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づくものでなく,失当というべきである。

(3)  以上に検討したとおり,取消事由3は理由がない。

5  取消事由4(顕著な効果の看過による相違点についての判断の誤り)について

(1)  原告は,本願発明は,計量投与吸入器ヘの水蒸気の進入のレベルを制御することにより製品の性能を改善する顕著な効果があると主張する。

(2)  本願発明には,段落【0091】~【0109】に実施例に関する記載があり,その内容は次のようなものである。

ア 本願発明の加圧された缶を貯蔵する方法及び包装の有効性を評価するために,計量投与吸入器を収納する包装22に対してシェルフライフテストを実施した。

第1テストでは,計量投与吸入器を,①非包装,②シリカゲル乾燥剤を収納する包装22内に封入する,③シリカゲル乾燥剤を含む従来タイプのプラスチック管内に貯蔵する,という3種類の貯蔵形態によって,所定の温度及び相対湿度の条件下で保持した後,当該吸入器内の水分量の変化を測定した。表1の試験結果によると,上記②において,吸入器内への水分の進入を実質的に減少させることが可能であることを示した。【(0091】~【0093】)

イ 第2テストでは,非包装の計量投与吸入器を所定の温度及び相対湿度の条件下で保持した後,乾燥器内に移して貯蔵したものと,包装22内に置かれた計量投与吸入器について,含水量及び微粒子質量(FPM)の変化を測定した。表2の試験結果によると,包装された吸入器は水分量の減少及び微粒子質量の増加を示しており,損失及び製品性能(サルメテロールにおけるFPMの損失)が水分率に直接関係していることを示している。もしも水分が製品性能の損失を生じさせるならば,貯蔵の間に計量投与吸入器から水分を除去することによって回復させ製品性能を改善することが可能である。そのような結果は,本願発明の包装22によるものである。【(0094】~【0096】)

ウ 第3テストでは,包装された(包装22内に収納された)計量投与吸入器と,非包装の計量投与吸入器(対照例)とを所定の温度及び相対湿度下に6か月間保持した後,水分量(PPM)及び微粒子質量(FPM)を測定する比較試験を行った。表3,4の試験結果は,包装22内に置かれた計量投与吸入器の微粒子質量が,非包装の対照例よりも実質的に緩慢な速度で減少すること,包装された計量投与吸入器の水分率が非包装の計量投与吸入器の水分率よりも小さいことを示している。(【0097】~【0100】)

エ 第4テストでは,包装22内に置かれた計量投与吸入器と,非包装の計量投与吸入器(対照例)とを所定の温度及び相対湿度下に6か月間保持した後,水分率(PPM)及び内容物の一様性の変動を測定する比較試験を行った。表5,6の試験結果は,包装された計量投与吸入器の内容物の一様性の変動が,非包装の対照例よりも実質的に小さいこと,包装された計量投与吸入器は,初期の水分率が実質的に減少するが,非包装の対照例の水分率は,初期の測定値から実質的に増加することを示している。【(0101】~【0106】)

オ 計量投与吸入器の細かい微粒子の質量(FPM)の損失は計量投与吸入器の近傍若しくはその内部における水分率と直接関係する。計量投与吸入器の製品性能の実質的な増加は、封入空間40内への水分若しくは水蒸気の進入を実質的に減少させ,又は失わせる本願発明の包装22によって可能である。【(0109】)

(3)  上記(2)の記載によれば,計量投与吸入器を6か月間貯蔵したときの水分量の変化は,非包装のものが初期の測定値より実質的に増加するのに対し,包装22内に置かれたものは初期の測定値よりも実質的に減少し,また,包装22内に置かれたものは非包装のものよりも水分量が少ないとされている。そして,計量投与吸入器の微粒子質量(FPM)の損失は計量投与吸入器の近傍若しくはその内部における水分率と直接関係し,計量投与吸入器の製品性能の実質的な増加は、封入空間内への水分若しくは水蒸気の進入を実質的に減少させ又は失わせる本願発明の包装22によって可能であるとされている。

しかるところ,本願明細書の上記(2)の記載における「包装22」は,「シリカゲル乾燥剤若しくは吸収機構50を収納する包装22内に計量投与吸入器を配置する」(段落【0091】)との記載から,包装内に水分吸収手段を収納したものを指していると認められること,本願発明の「水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装」は,水分の内部への進入と共に外部への放出をも阻止することになるから,包装内の水分量の増大を抑制することはできるとしても,包装内に存在する水分量を減少させることはできないと解されること等に照らすならば,本願明細書に記載された,貯蔵の間に計量投与吸入器から水分を除去することにより計量投与吸入器の製品性能を改善するとの効果は,包装22内のシリカゲル乾燥剤等の水分吸収手段により達成されるものであると解するのが相当である。

そうすると,本願明細書の実施例に記載された4種のテストで使用された包装は,本願発明の「水分不浸透性若しくは実質的に水分不浸透性の材料から製造された包装」であることに加えて,内部に乾燥剤等の水分吸収手段を収納させたものであると認められる。

(4)  以上の検討結果を前提とすると,計量投与吸入器への水蒸気の進入のレベルを制御することにより得られる発明の効果は,内部に乾燥剤等の水分吸収手段を収納した包装により達成されることが本願明細書に記載されているだけであり,水分吸収手段の収納を必須としない本願発明の包装によって上記の効果を奏することは本願明細書に記載されていない。

したがって,本願発明の効果に関する原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,失当というほかないから,取消事由4は理由がない。

6  以上の次第であるから,審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を違法とする事由もないから,審決は適法であり,本件請求は理由がない。

第6結論

よって,本件請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中信義 裁判官 榎戸道也 裁判官 浅井憲)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例