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知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10386号 判決 2009年1月29日

原告

株式会社安川電機

訴訟代理人弁護士

松尾和子,渡辺光

同弁理士

大塚文昭,竹内英人,倉澤伊知郎

被告

川崎重工業株式会社

被告

トヨタ自動車株式会社

被告両名訴訟代理人弁護士

畑郁夫,茂木鉄平,岡田さなゑ,重冨貴光

同弁理士

曽々木太郎

主文

特許庁が無効2004-80095号事件について平成19年10月10日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要

本件は,原告が,被告らの下記1の実用新案登録につき無効審判を請求したところ,請求が成り立たないとの審決がされたので,同審決の取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯(争いのない事実)

(1)  被告らは,考案の名称を「スポット溶接ロボット用制御装置」とする実用新案登録第2506402号(平成3年10月11日実用新案登録出願(実願平3-91512号),平成8年5月16日設定登録。以下「本件実用新案登録」という。)の実用新案権者であったものである。なお,本件実用新案登録は,平成18年5月16日,存続期間の満了により抹消登録された。

(2)  原告は,平成16年7月8日,本件実用新案登録について無効審判の請求をした(無効2004-80095号事件として係属)。その後の手続の経緯は,以下のとおりである。

平成17年 4月15日  無効審判請求に対する第1次審決(無効)

5月26日  第1次審決に対する審決取消訴訟提起(平成17年(行ケ)第10501号)

8月22日  第1次訂正審判請求(後にみなし取下げ)

9月 9日  第1次審決の取消決定

10月 3日  みなし訂正請求

平成18年 1月24日  無効審判請求に対する第2次審決(訂正を認めて無効。甲14の1)

3月 2日  第2次審決に対する審決取消訴訟提起(平成18年(行ケ)第10093号)

5月23日  第2次訂正審判請求

10月 2日  第2次訂正審判請求に対する審決(訂正を認める。甲6。以下「本件訂正審決」という。)

平成19年 1月29日  第2次審決の取消判決

その後,特許庁は,平成19年10月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月22日,原告に送達された。

(3)  本件実用新案登録に係る出願(以下「本件出願」という。)は,平成3年10月11日にされたから,本件実用新案登録の無効審判請求事件については,平成5年法律第26号附則4条1項の規定により,なお効力を有するとされ,さらに同条2項の表(平成15年法律第47号附則12条による改正後のもの)により読み替えて適用される平成5年法律第26号による改正前の実用新案法(以下「旧実用新案法」という。)が適用される。

本件で関連する旧実用新案法の規定は,次のとおりである。

ア 37条1項

「実用新案登録が次の各号のいずれかに該当するときは,その実用新案登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において,二以上の請求項に係るものについては,請求項ごとに請求することができる。

一 その実用新案登録が第3条…(中略)…の規定に違反してされたとき。

二 (略)

二の二 その実用新案登録の願書に添付した明細書又は図面の訂正が第39条第1項ただし書若しくは第3項から第5項まで…(中略)…の規定に違反してされたとき。

三 その実用新案登録が第5条第4項又は第5項(第3号を除く。)及び第6項に規定する要件を満たしていない実用新案登録出願に対してされたとき。

(以下,略)」

イ 39条

「実用新案権者は,願書に添付した明細書又は図面の訂正をすることについて審判を請求することができる。ただし,その訂正は,次に掲げる事項を目的とするものに限る。

一 実用新案登録請求の範囲の減縮

二 誤記の訂正

三 明りようでない記載の釈明

2  (略)

3  第1項の明細書又は図面の訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない。

4  (略)

5  第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とする訂正は,訂正後における実用新案登録請求の範囲に記載されている事項により構成される考案が実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができるものでなければならない。

(以下,略)」

ウ 3条

「産業上利用することができる考案であつて物品の形状,構造又は組合せに係るものをした者は,次に掲げる考案を除き,その考案について実用新案登録を受けることができる。

一  実用新案登録出願前に日本国内において公然知られた考案

二  実用新案登録出願前に日本国内において公然実施をされた考案

三  実用新案登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された考案

2 実用新案登録出願前にその考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる考案に基いてきわめて容易に考案をすることができたときは,その考案については,同項の規定にかかわらず,実用新案登録を受けることができない。」

エ 5条5項

「第3項第4号の実用新案登録請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。

一  実用新案登録を受けようとする考案が考案の詳細な説明に記載したものであること。

(以下,略)」

2 実用新案登録請求の範囲

本件訂正審決(甲6)により認められた訂正(以下「本件訂正」という。)後の明細書(甲15。以下「本件訂正明細書」という。また,本件出願に係る願書に添付した明細書を「本件明細書」といい,図面と合わせて「本件明細書等」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は,次のとおりである(請求項は1個である。)。

「【請求項1】 スポット溶接ガンと,該スポット溶接ガンに対向配置された2つのチップの一方のみを駆動する電動式サーボ機構と,該電動式サーボ機構制御部を有するロボットコントローラと,前記電動式サーボ機構により駆動される一方のチップの位置を検出するチップ位置検出器と,ロボット位置を検出するロボット位置検出器とからなり,該ロボットコントローラにより,前記スポット溶接ガンによるスポット溶接が制御され,かつ前記ロボット位置検出器により得られるロボットの位置と,前記チップ位置検出器により得られるチップ位置とに基づいて,前記電動式サーボ機構が前記電動式サーボ機構制御部を介してロボットの1軸として制御されることにより,スポット溶接ガンの前記一方のチップを駆動する電動式サーボ機構が,ロボットの他の軸と同期制御可能とされることで,前記対向配置された2つのチップの間隔がロボットの他の軸の動作中においても無段階的に所望開度に制御されること,およびロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御され,さらに溶接点到達後,前記ロボットコントローラからスポット溶接ガンへ溶接開始の指示がなされることを特徴とするスポット溶接ロボット用制御装置。」(以下,この登録実用新案を「本件考案」という。)

3 審決の理由の要旨

原告は,本件無効審判において,以下の証拠方法(書証番号は,本訴における書証番号と同一である。)を提出し,後記(2)のとおり,本件訂正の訂正要件違反及び本件考案の進歩性要件違反の無効理由を主張したが,審決は,①本件訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものである,②下記相違点3及び10に係る本件考案の構成は,ア甲第3号証に記載された考案及び甲第7号証に記載された考案に基づいて,イ甲第3号証に記載された考案及び甲第9号証又は甲第10号証に記載された考案に基づいて,いずれも当業者がきわめて容易に考案をすることができたものではない,と判断して本件実用新案登録を無効とすることはできないとした。

甲第1号証 社団法人日本溶接協会誌「溶接技術」1988年第36巻第3号

甲第2号証 特開平3-207580号公報

甲第3号証 ROBOTER technik 1991年版,及び,同訳文

甲第5号証 国際公開90/14920号パンフレット及び,同抄訳

甲第6号証 訂正2006-39082号審決

甲第7号証 特開昭58-177289号公報

甲第8号証 特開平2-205271号公報

甲第9号証 特開昭64-15806号公報

甲第10号証 特開昭61-146487号公報

甲第11号証 特開平3-217906号公報

審決が上記結論に至った理由は,以下のとおりである。なお,本判決の略語に合わせるなどして引用に係る審決を一部訂正した部分がある。

(1) 本件訂正における訂正事項(5)

押圧動作の制御に関して,

「および押圧動作するよう制御され」を,

「およびロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御され」と訂正する。

(2) 無効理由に関する請求人(原告)の主張の概要

ア 請求の範囲の記載要件違反及び訂正要件違反

「・・・本件訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載された構成において,当該訂正により導入された「およびロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御され」という要件(本件訂正審決でいう「訂正事項(5)」)は,登録明細書に記載されたものでなく,且つ,この要件を導入する訂正は,願書に最初に添付した明細書または図面に記載された事項の範囲内においてなされたものではない。したがって,本件実用新案登録請求の範囲の記載は,本件実用新案に適用される平成2年改正実用新案法第5条第5項1号の規定に違反するものであり,かつ,上記構成要件を導入する訂正は,実用新案法第14条の2第3項の規定に違反する。」

イ 進歩性要件違反その1

「上記訂正事項(5)は,甲第7号証に開示された事項であり,訂正後の考案は,甲第3号証(ROBOTER technik 1991年版)および甲第7号証に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものである。」

ウ 進歩性要件違反その2

「上記訂正事項(5)は,甲第9号証または甲第10号証に開示された事項であり,訂正後の考案は,甲第3号証(ROBOTER technik 1991年版),および甲第9号証または甲第10号証に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものである。」

(3) 無効理由についての判断

ア 請求の範囲の記載要件及び訂正要件について

「訂正事項(5)の内容は,平成9年6月20日付け訂正請求書に添付された訂正明細書の実用新案登録請求の範囲の請求項1に記載の「押圧動作の制御」に関して,「押圧動作するよう制御され」の前に,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で」を加入することである。

同訂正は,「挟み込む」動作と,「押圧動作」に関するものであるので,これらに関する,本件の願書に添付した明細書・・・の記載を検討する。

(ア) 「挟み込む」について

スポット溶接ガンGに関して,本件明細書の段落【0011】,【0012】には,以下のとおり記載されている。

「【0011】

電動式サーボ機構1は,サーボ増幅器11と電動式サーボモータ12とこのサーボモータ12に結合されているスポット溶接用チップ駆動部(以下,チップ駆動部という)13とからなり,スポット溶接ガンGの本体に適宜手段により保持されている。サーボ増幅器11は,サーボモータを指令値どおりの回転角や回転速度で回転させるためのパワーを供給できる機能を有するものならいかなるものも用いることができ,その構成に特に限定はなく,従来よりサーボ機構に用いられているものを用いることができる。その具体例として,サイリスタ増幅器,トランジスタ増幅器等を挙げることができる。電動式サーボモータ12は,所望の溶接条件に応じてチップ駆動部13を駆動できるものならいかなるものも用いることができ,その構成に特に限定はなく,従来よりサーボ機構に用いられているものを用いることができる。その具体例として,溶接条件が複雑で,一定でないようなときは,ブラシレスDCモータ等を用いることができる。チップ駆動部13は,電動式サーボモータ12の回転軸の先端部に形成された雄ねじに螺合する雌ねじが一端に形成され,他端にはチップ保持部が形成された昇降部材と,この昇降部材を昇降自在に保持する保持部材とから構成されている。この保持部材は適宜手段により電動式サーボモータ12により保持されている。使用するねじは,電動式サーボモータ12の高速回転に対する追従性の良さ,耐久性および精度の点から,ボールスクリューを用いるのが好ましい。なお,チップ保持部の構成は従来の空気式や油圧式のものと同様であるので,その構成の詳細な説明は省略する。

【0012】

サーボ機構1はこのように構成されているので,ロボットコントローラ2の指令により,ワークWを挾み込みむ〔判決注:「挟み込む」の誤記と認め,以下では誤記を訂正したものを記載する。〕と共に所定の押圧力を確保することができる。」

以上の記載によれば,「電動式サーボ機構」は,2つのチップの一方(図3に記載のチップG1)のみを駆動するものであることが示されている。

他方のチップについてみると,スポット溶接ガンGがロボットの先端に,直接取り付けられているから,そのスポット溶接ガンGに固定された他方のチップは,ロボットの各軸の動きとともに移動し,結局,他方のチップはロボットの移動制御に伴って位置制御されているものと考えられる。

これらのチップのワークとの関係についてみると,ロボットの移動制御に伴って,スポット溶接ガンGが,ワークの溶接点に近づいていき,「溶接点に到達」した状態では,他方のチップはワークの裏面の溶接点に接し,「電動式サーボ機構」がロボット全体の動きに「同期制御」されていることにより,一方のチップG1はワークの上面の溶接点に接することを示しているものと考えられる。

そして,図4には,ロボットの各軸(軸1,及び,軸2)の移動速度と,ガン開度について,時間軸に沿ったタイムチャートが示されており,とくに図面の時間軸上に2つ示される「溶接点」のうち,左側,つまり,早い時刻の「溶接点」で示される時刻に関する記載,及び,その直前の記載に着目すると,ロボットの各軸の動きと,ガン開度が,同「溶接点」に向かって収束していくことが示され,同「溶接点」においては,各軸の速度は0,つまり,ロボットは動きを停止しており,ガン開度は0%,つまり,2つのチップがワークを挟み込んでいることが示されている。

一方,訂正事項(5)の内容についてみると,「挟み込む」動作に関しては,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」であり,その意味するところは,「ロボットの動き」,「一方のチップ」の動き,および,「他方のチップ」の動き,合わせて3つの動きが停止するのが,この「時点」において同時であることを意味するものと認められる。

そして,この「時点」は図4に記載の「溶接点」で表される時刻に相当する。

以上のことから,訂正事項(5)の「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」動作は,願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものである。

(イ) 「挟み込むとともに所定の押圧力で押圧動作する」ことについて

本件明細書の段落【0012】には,「サーボ機構1はこのように構成されているので,ロボットコントローラ2の指令により,ワークWを挾み込むと共に所定の押圧力を確保することができる。」と記載されており,また,所定の押圧力を発生させるためには,チップでワークを挟み込む必要があることは明白である。

ところで,本件明細書の段落【0016】の記載は,図4のタイムチャートに関するものであり,その中で,前記「溶接点」に関連するのはステップ4であって,それは,

「ステップ4:ロボットが溶接点に達する時点には,チップは所定の押圧力でワークを保持している。」というものである。

この記載は,字義通り解釈すれば,「ロボットが溶接点に達したときには,チップは所定の押圧力を発生している。」となる。

しかしながら,スポット溶接においては,ワークを押圧動作したまま溶接点を移動することはありないし,チップがワークを挟み込む前に押圧力を発生することも同様にありえないのは,自明な事項である。

また,厳密にいえば,チップがワークを挟み込んでから所定の押圧力を発生するまでは,たとえ僅かではあっても時間がかかるものであるところ,通常は,その時間は無視されうる程度のものにすぎないことも技術常識から明らかである。

さらに,電動式サーボ機構が制御されることにより,スポット溶接ガンの2つのチップが所定の押圧力で押圧動作するのは,もともと,明細書に記載の事項である。

そして,上記(ア)の「挟み込む」について,で検討したように「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む」ことは明細書に記載されている事項であるから,ステップ4に関する前記記載の本来意味するところは,「ロボットが溶接点に達した時点で2つのチップがワークを挟み込んだ直後には,チップは所定の押圧力でワークを保持している。」であると理解するのが自然である。

一方,訂正事項(5)の内容は,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するように制御され」であり,前記自明事項を考慮すれば,この記載の意味するところは,「所定の押圧力で押圧動作する」のは,この「挟み込む」の前,あるいは,同時ではありえず,この「挟み込む」の直後しかありえないこととなる。

以上のことから,訂正事項(5)の,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作する」よう制御されるという事項は,願書に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものである。

(ウ) まとめ

これらのことから,訂正事項(5)は,本件実用新案登録明細書に記載されたものであるとともに,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されている事項の範囲内のものである。」

イ 進歩性要件について

(ア) 甲第3号証記載の考案

甲第3号証には,以下の考案が記載されているものと認める。

「スポット溶接ガンと,

該スポット溶接ガンのチップを駆動する電動機と,

該電動機を制御するガン制御装置を有するロボット制御装置とからなり,

該ロボット制御装置により,

溶接電流の制御を除くすべての操作が制御され,

かつ前記電動機が前記ガン制御装置を介してロボットの補助軸として制御されることにより,

スポット溶接ガンのチップを駆動する電動機が,

一部では2つの溶接スポット間の移動と同時に制御可能とされるとともに,

ロボットの他の軸の動作中においても開度が制御されること,

および押圧動作するよう制御されるスポット溶接ロボット用制御装置。」

ウ 対比・判断

(ア) 進歩性要件違反その1について

「本件考案と甲第3号証記載の考案を対比すると,・・・両者の一致点,相違点は,以下のとおりである。

<一致点>

「スポット溶接ガンと,

該スポット溶接ガンのチップを駆動する電動式機構と,

該電動式機構制御部を有するロボットコントローラとからなり,

該ロボットコントローラにより,

前記電動式機構が前記電動式機構制御部を介して制御されることにより,

スポット溶接ガンのチップを駆動する電動式機構が,

ロボットの他の軸の動作に応じて制御可能とされるとともに,

ロボットの他の軸の動作中においても開度が制御されること,

および押圧動作するよう制御される

スポット溶接ロボット用制御装置。」

<相違点1>

前者は,電動式機構がスポット溶接ガンの,「2つのチップの一方のみを駆動する」のに対し,後者は,スポット溶接ガンがそのようなものであるのか不明である点。

<相違点2>

前者は,溶接ガンのチップを駆動する電動式機構が「電動式サーボ機構」であるのに対し,後者の電動式機構が,「電動式サーボ機構」であるか不明である点。

<相違点3>

前者は,スポット溶接ガンにおいて「電動式サーボ機構により駆動される一方のチップの位置を検出するチップ位置検出器」を備えるのに対して,後者は,そのようなチップ位置検出器を備えるのか不明である点。

<相違点4>

前者は,「ロボット位置を検出するロボット位置検出器」を備えるのに対して,後者は,そのようなロボット位置検出器を備えるのか不明である点。

<相違点5>

前者は,ロボットコントローラにより,「スポット溶接ガンによるスポット溶接が制御」されるのに対し,後者は,「溶接電流の制御を除くすべての操作が制御され」る点。

<相違点6>

前者は,「電動式サーボ機構」が制御部を介して「ロボットの1軸として制御される」のに対して,後者は,「ロボットの補助軸として制御される」点。

<相違点7>

前者は,チップを駆動する電動式サーボ機構がロボットの他の軸の動作に応じて制御される際に,「ロボットの他の軸と同期制御可能」であるのに対し,後者は,「一部では同時に制御可能」であるものの,ロボットの他の軸と同期制御可能であるかは不明である点。

<相違点8>

前者は,チップを駆動する電動式サーボ機構が,「無段階的に所望開度に制御される」のに対し,後者は,チップ開度の制御について不明である点。

<相違点9>

前者は,「溶接点到達後,ロボットコントローラからスポット溶接ガンへ溶接開始の指示がなされる」のに対し,後者は,溶接開始の指示について不明である点。

<相違点10>

前者は,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御され」るのに対し,後者は,チップがそのように制御されるのか不明である点。

上記相違点3,4,10に関して,甲第7号証の記載を検討するに,甲第7号証記載の考案の「アームの位置を電気信号で検出する検出手段」は,「ロボット位置を検出するロボット位置検出器」に相当する。してみれば,上記相違点4は,甲第7号証に記載の事項である。

しかしながら,甲第7号証に記載の考案は,駆動源によりアームを設定位置に移動して,上下駆動用のエアシリンダ,又は,チャックの駆動等の,プログラムに応じた作業を行なう工業用ロボットにおいて,アーム動作の途中で,エアシリンダの起動,又は,チャックの駆動開始をするようにしたものにすぎず,アームの動作とエアシリンダ,又は,チャックの動作,それらの動作の終点を一致させるものではない。

スポット溶接ガンにおいて,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御」(相違点10)するためには,ロボットの動作と2つのチップの動作の終点が完全に一致しなければならない。

一方,甲第7号証においてアームの動作とチャックの動作を完全に一致させるためには,エアシリンダをアーム動作の途中で起動させるだけでは達成できず,確実に一致させるための更なる制御を行うことが必要とされるところ,甲第7号証には,そのような制御を行うことはもちろん,そのための課題あるいは動機付けは示されていないし,それを示唆する記載もない。

そして,本件考案は,上記相違点3及び相違点10に関する構成を備えることにより,「ロボットの動作とスポット溶接ガンのチップの開閉動作および押圧動作を同期させることができるので,溶接に要する時間を短縮することができる。」という,明細書記載の格別な効果を奏するものであるから,甲第3号証記載の考案および甲第7号証記載の考案を組み合わせることにより,きわめて容易に考案できたものとすることはできない。」

(イ) 進歩性要件違反その2について

「本件考案と甲第3号証記載の考案の,一致点,相違点は,上記(ア)で述べたとおりである。

甲第9号証においては,・・・ロボットの制御装置であって,腕関節等を駆動する標準構成の軸に付加軸を追加すること,追加した付加軸はロボットの標準構成の各軸と同期して駆動制御されることが示されている。

甲第10号証においては,・・・ロボツト制御装置であって,サーボ駆動回路によって制御される垂直方向駆動軸と水平方向駆動軸とが同時並列的に駆動されることが示されている。

いずれの文献にも,上記(ア)で述べた,スポット溶接ガンにおいて,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御」すること,及び,そのための課題あるいは動機付けは示されていないし,それを示唆する記載もないから,上記(ア)と同様に,甲第3号証記載の考案および甲第9号証記載または甲第10号証記載の考案を組み合わせることにより,きわめて容易に考案できたものとすることはできない。」

第3審決取消事由の要点

審決は,本件訂正における訂正要件についての判断を誤り(取消事由1),また,本件考案の進歩性についての判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法なものとして取り消されるべきである。

1  取消事由1(本件訂正における訂正要件についての判断の誤り)

本件訂正により付加された訂正事項(5)の「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御され」という構成(以下,「本件訂正事項」という。)は,考案の詳細な説明に記載されたものではなく,かつ,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された事項の範囲内のものではなく,本件実用新案登録請求の範囲の記載は,旧実用新案法5条5項1号の規定に違反し,かつ,本件訂正は,同法39条3項の規定に違反するから,本件訂正を適法とした審決の判断は誤りである。

(1)  実用新案登録請求の範囲の記載

審決は,本件訂正事項について,明細書の記載などから「「挟み込む」動作に関しては,・・・「ロボットの動き」,「一方のチップ」の動き,および,「他方のチップ」の動き,合わせて3つの動きが停止するのが,この「時点」において同時であることを意味するものと認められる」とする(7頁19行~24行)と共に,「「所定の押圧力で押圧動作する」のは,この「挟み込む」の前,あるいは,同時ではありえず,この「挟み込む」の直後しかありえない」(8頁28行~30行)と認定しているが,このような認定は,実用新案登録請求の範囲の記載を無視し,専ら明細書の記載のみから請求の範囲の記載内容を確定するものであるから,最二小判平成3年3月8日民集45巻3号123頁(以下「リパーゼ事件判決」という。)の判示する請求の範囲の記載の解釈手法に反するものであり,誤りである。

そして,本件訂正事項における「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」ように「制御され」るという記載は,停止と挟み込む動作とが同時に起こる制御のなかに,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点」の後で,その停止に続いて2つのチップがワークに接する動作,すなわち挟み込む動作を行うようにする制御も文理上含むものと解釈できるところ,これらの構成に関し,実用新案登録請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,一見してその記載が誤記であることが明細書の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの事情はないから,リパーゼ事件判決の解釈手法に従えば,本件訂正事項については,2つのチップがワークに接し,所定の押圧力で保持するのは,ロボットが溶接点に到達する時点よりも後の場合をも文理的に含み得ると解釈することができる。

(2)  本件明細書等の記載

ア 本件明細書等において,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する」時点,「2つのチップがワークを挟み込む」時点,及び「所定の押圧力で押圧動作する」時点の先後関係について明らかにしているのは,考案の詳細な説明の段落【0016】のステップ4,及び図4のみである。

すなわち,段落【0016】のステップ4には「ロボットが溶接点に達する時点には,チップは所定の押圧力でワークを保持している」と記載されており,この記載によれば,本件考案におけるチップによるワークの押圧動作は,遅くともロボットが溶接点に達した時点では完了しており,ロボットが溶接点に達した時点では,既に所定の押圧力を発生している。そして,押圧力を発生させるにはチップがワークに接していることを要するから,チップによるワークの挟み込み動作は,当然にチップによる押圧動作の前か,遅くとも同時でなければならず,したがって,ロボットが溶接点に達する前か,遅くとも達する時点では完了している。

また,ロボットの動作とガン開度についてのタイムチャートが描かれている図4には,段落【0016】のステップ4の動作のうち,ロボットが停止する時点で,チップによるワークの挟み込み動作が完了することが描かれている。

イ 審決は,上記記載のほか,段落【0011】,【0012】,及び「同期制御」に関する記載から,上記3つの動作の時間的関係について,「ロボットの移動制御に伴って,スポット溶接ガンGが,ワークの溶接点に近づいていき,「溶接点に到達」した状態では,他方のチップはワークの裏面の溶接点に接し,「電動式サーボ機構」がロボット全体の動きに「同期制御」されていることにより,一方のチップG1はワークの上面の溶接点に接する」(7頁5~9行)と認定しているが,誤りである。

段落【0011】は,電動式サーボ機構1の装置ないし機械としての構成のみを説明するものであり,また,段落【0012】も,「サーボ機構1はこのように構成されているので,ロボットコントローラ2の指令により,ワークWを挟み込むと共に所定の押圧力を確保することができる」と記載されているだけであるから,これらの記載は,サーボ機構がワークを挟み込むように制御されていると述べているに止まり,サーボ機構の制御の内容について,時系列に沿ってロボットの動作を明らかにするものではない。

また,「同期制御」に関する記載は,いずれもロボットの動作停止時点と挟み込みの動作の時間的先後関係を示すものではなく,単にチップを駆動するための電動式サーボ機構とロボットの他の軸の動作を同時に行うことができるという程度の記載に過ぎない。

したがって,段落【0011】,【0012】,及び「同期制御」に関する記載から,上記3つの動作の時間的関係を認定することはできない。

(3)  請求の範囲の記載と明細書の記載の対比

上記(1)のとおり,請求の範囲の記載では,2つのチップがワークに接し,所定の押圧力で保持するのは,ロボットが溶接点に到達する時点よりも後の場合も文理的に含み得ると解釈することができる。

他方,上記(2)のとおり,本件明細書等の記載では,2つのチップがワークに接し,所定の押圧力で保持するのは,ロボットが溶接点に到達する時点よりも前か,遅くても同時である。

そうすると,2つのチップがワークに接し,所定の押圧力で保持するのが,ロボットが溶接点に到達する時点よりも後となる構成が請求の範囲の記載に含まれると文理上解釈できる点において,本件訂正事項に係る請求の範囲の記載は,明細書の考案の詳細な説明に記載されていない制御を含むものということができる。

したがって,本件訂正は,本件訂正事項に係る請求の範囲の記載が旧実用新案法5条5項1号の記載要件に違反するから,同法39条5項の訂正要件に違反することとなり,また,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内ではないから,同条3項の訂正要件にも違反することとなる。

2  取消事由2(本件考案の容易想到性についての判断の誤り)

審決は,本件考案と引用例である甲第3号証とを対比し,相違点3及び10に係る構成が甲第7号証及び甲第8号証に記載又は示唆がないから,本件考案はこれらの各甲号証を組み合わせることにより,きわめて容易に考案できたものではないと判断したが,誤りである。

(1)  相違点3の容易想到性

電動式機構として電動式サーボモータを用いることは,例えば甲第19号証に「現在では,大部分の産業用ロボットは直流あるいは交流サーボモータと各種減速機の組合せによる駆動装置により駆動されている」(C4-84頁右欄15行~18行)と記載されているように周知であるから,甲第3号証記載の考案において,チップを駆動する電動式機構として電動式サーボモータを用いることは当業者がきわめて容易に想到し得たことである。

また,数値制御駆動において電動式サーボモータを使用することは,例えば,甲第20号証に「図428は,工作機械のテーブル送りを数値制御で駆動するときの模式図である。あらかじめ指令テープなどに記憶させた数値情報を数値制御装置によって読取り,サーボモータ駆動用の信号に変換・増幅して,サーボモータを駆動する」(B2-176頁左欄7行~11行)と記載されているように周知であり,数値制御されたモータにおいて,「回転角検出器を用いてサーボモータあるいは送りねじの回転角を検出」(甲20のB2-176頁左欄20行~21行)することも周知である。さらに,そのような位置の検出器を溶接ガンに使用することに何らの障害もないことは,甲第21号証の「モータの位置を知る可能性。これは,非常に重要な長所であり,モータ内の電気的符号によって,または位置のエンコーダの付加によって,例えば角形のエンコーダの付加によって得られる」(4頁右上欄12行~15行)などの記載から明らかである。

したがって,甲第3号証記載の考案において,溶接ガンに周知のチップ位置検出器を用いることは,当業者がきわめて容易に想到し得たことである。

(2)  相違点10の容易想到性

ア 挟み込む動作の完了が,ロボットの動きの停止と同時である構成について

(ア) 甲第3号証には,「閉鎖時の心出し」が可能であると記載されており,「閉鎖時の心出し」が可能ということは,チップの閉動作中もロボットが動いているということであるから,少なくとも,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む制御を行っている。

したがって,甲第3号証記載の考案における相違点10についての容易想到性が問題となるのは,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で,所定の押圧力で押圧動作するよう制御される構成についてである。

(イ) また,そうでないとしても,甲第7号証には,ロボットの先端に取り付けられたチャックでワークを持ち上げる装置に関し,「この時点でエアシリンダ13は,制御回路21の下で第2のアーム8の移動途中にかかわらず起動し,上下動軸11を垂直方向Vの下向きに移動させ,動作プログラムを進める。この結果,チャック12の移動軌跡は,滑らかな円弧を描いて,設定位置P2に近づく。その後に偏差カウンタ25の偏差信号S3の内容が”0”になると,DCサボモータ10が停止するため,第2のアーム8の旋回運動はその時点で停止する。もちろん,この時,エアシリンダ13がまだ下降動作の途中にあれば,エアシリンダ13は引き続き下降動作を進めることになる。」(3頁左下欄10行~右下欄1行)との記載があり,この記載中の「もちろん,この時,エアシリンダ13がまだ下降動作の途中にあれば,エアシリンダ13は引き続き下降動作を進めることになる」との部分は,アームの動きが停止した時点でエアシリンダの下降動作が完了している場合があることを前提に,下降動作が完了していない場合について記載したものであるから,甲第7号証には,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む動作が完了する構成が開示されているか,少なくとも示唆されている。

このように,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む動作が完了する構成は,甲第7号証に開示ないし示唆されているところ,ロボットに関する当業者であれば,作業時間を可及的に短縮することを常に意識して研究開発を行うから,ロボットにおけるサイクル時間短縮のために,甲第7号証に開示ないし示唆された技術事項を甲第3号証記載の考案に採用しようと試みることは当然のことといえる。

そして,甲第3号証記載の考案は,数値制御を行っているのであるから,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む動作が完了するよう制御するためには,それに必要な数値を制御装置に設定すればよいだけであって,何らの創意工夫も要しない。

したがって,甲第3号証記載の考案において,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む動作を完了する構成とするのは,当業者がきわめて容易に想到し得たことである。

イ 所定の押圧力で押圧動作するのが,挟み込む動作の完了の直後である構成について

甲第3号証のチップ駆動用モータは,チップの閉動作を行うとともに,押圧力も付与するものであり,チップによる押圧力の付与は,チップの閉動作に引き続いて行われるものであるから,溶接に要する作業時間の短縮を常に考えている当業者であれば,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む動作を完了する構成において,2つのチップによるワークの挟み込み動作の完了した時点でチップ駆動用モータを停止することなく,引き続き駆動して所定の押圧力でワークの押圧動作をするよう制御することは,きわめて容易に想到し得ることである。また,そのような制御は,必要な数値を制御装置に設定すればよいだけであって,何らの創意工夫も要しない。

したがって,甲第3号証記載の考案において,2つのチップがワークの挟み込み動作を完了した直後に所定の押圧力で押圧動作する構成とするのは,当業者がきわめて容易に想到し得たことである。

(3)  小括

以上によれば,甲第3号証記載の考案において,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御する構成は,当業者がきわめて容易に想到し得たことである。

第4被告らの反論の要点

1  取消事由1(本件訂正における訂正要件についての判断の誤り)に対し

(1)  本件訂正事項の解釈

ア 原告は,リパーゼ事件判決が示した新規性及び進歩性判断局面での発明要旨の認定手法は,実用新案登録出願に係る考案の訂正要件違反の判断局面にも妥当すると主張するが,誤りである。

リパーゼ事件判決は,新規性及び進歩性判断を行う場面を特定し,かかる場面における発明の要旨認定の手法を示したものであって,訂正要件判断に関するものではなく,その射程は訂正要件違反の判断局面には及ばない。

また,訂正要件違反の判断をするに当たっては,訂正が願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載されている事項の範囲内か否かを検討する必要がある以上,必然的に明細書,実用新案登録請求の範囲又は図面の記載を参酌することになるのであって,かかる点からしても,原告の主張は失当である。

したがって,訂正要件違反を判断するに際し,明細書,実用新案登録請求の範囲又は図面の記載を参酌した審決に何ら違法はない。

イ 原告は,本件訂正事項における「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」ように「制御され」るという記載は,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点」の後で,その停止に続いて2つのチップがワークを接する動作,すなわち挟み込む動作を行うようにする制御も文理上含むものと解釈できると主張するが,誤りである。

上記記載の「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で」との文言は,その直後の「前記2つのチップがワークを挟み込む」動作にかかっており,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込むよう制御される装置を意味するものと明確に解釈できるのであって,原告主張のような動作を文理上含んでいるとは解釈することはできない。

また,実用新案登録請求の範囲の記載自体を見ると,スポット溶接ガンに対向配置された2つのチップのうち電動式サーボ機構により駆動されない一方のチップはロボットの軸の動きとともに一体的に位置制御されていると理解できるところ,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」とは,少なくとも一方のチップはロボットが動きを停止する時点でワークと接していることを意味しているから,この点からしても,上記の原告主張は成り立ち得ない。

(2)  本件明細書等の記載

ア 原告は,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点」,「2つのチップがワークを挟み込む」時点,及び「所定の押圧力で押圧動作する」時点の先後関係について明らかにしているのは段落【0016】及び図4のみであり,段落【0011】及び【0012】の記載からは経時的なロボット及びスポット溶接ガンの動き並びに両者の関係を読み取ることができないと主張するが,上記先後関係に関しては,段落【0016】及び図4の他にも,段落【0011】,【0012】,図1~図3及び実用新案登録請求の範囲の記載に示されているのであって,原告の主張は誤りである。

イ 段落【0011】は,電動式サーボ機構1はチップ駆動部13にチップ保持部に取り付けられたチップ(図3に記載のチップG1)を駆動することを示しており,また,図3によれば,他方のチップはスポット溶接ガンGのロボットの先端に取り付けられ,ロボットの軸とともに移動ないし位置制御されることが分かる。そして,電動式サーボ機構1及びスポット溶接ガンは,いずれもロボットコントローラ2に接続されていることからすれば(図1,図2),ロボットの移動制御に伴ってスポット溶接ガンがワークの溶接点に近づいていき,溶接点に到達した状態では他方のチップはワークの裏面の溶接点に接するとともに,電動式サーボ機構がロボットの他の軸と同期制御可能とされることで(実用新案登録請求の範囲),チップ保持部に取り付けられたチップG1がワークの上面の溶接点に接することができる。これを端的に説明したのが,段落【0012】の「サーボ機構1はこのように構成されているので,ロボットコントローラ2の指令により,ワークWを挟み込む」との部分である。

ウ また,原告は,「同期制御」とは単にチップを駆動するための電動式サーボ機構とロボットの他の軸の動作を同時に行うことができるという程度のことに過ぎず,本件考案の請求項には,「同期制御」によって2つのチップの間隔がロボットの他の軸の動作中においても制御できるようになるとしか記載されていないとも主張する。

しかしながら,本件実用新案登録請求の範囲によれば,「スポット溶接ガンの前記一方のチップを駆動する電動式サーボ機構が,ロボットの他の軸と同期制御可能とされることで,」との部分は,その後の,「前記対向配置された2つのチップの間隔がロボットの他の軸の動作中においても無段階的に所望開度に制御されること,およびロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御され,」にかかることが容易かつ明確に理解できる。さらに,本件明細書を見ると,段落【0018】において「図5から明らかなように,本件考案の制御装置を用いれば,スポット溶接ガンのチップを必ずしも全開にする必要はなく,ロボットの動作状況に応じて必要開度に制御できる」と記載され,ロボットの動きに応じて上下2つのチップの間隔が開閉し,ロボットが溶接点に到達したときに2つのチップの開度がゼロ(0)%になる(図4,5)ことからすれば,ロボットの動きと2つのチップの間隔が時々刻々と同期して制御されていることを明確に理解することができる。

したがって,「同期制御」に関する原告の上記主張は誤りである。

(3)  小括

以上に述べたとおり,本件訂正事項は,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込むよう制御されることを意味していると明確に理解でき,本件訂正事項が考案の詳細な説明に記載され,かつ,明細書又は図面に記載されていることは上記のとおり明らかである。

したがって,記載要件及び訂正要件の各違反に関する原告の主張は誤りである。

2  取消事由2(本件考案の容易想到性についての判断の誤り)に対し

(1)  甲第3号証記載の考案について

ア 甲第3号証は,アロウに対する雑誌のインタビュー記事であって,具体的構成に関する十分な記載や図面が一切ないなど,その記載内容は極めて不明確なものとなっており,一義的に理解することは極めて困難であるが,その記載内容を可能な限り理解しようと試みれば,同号証には,次の3つの異なる装置が記載されていると思料される。すなわち,

① 溶接制御装置へモータ制御装置を移した装置(翻訳文2頁末尾から3行~3頁2行参照。以下「装置i」という。)が記載され,次に,

② 装置iとは異なる「他の可能性」として,ガン制御装置をロボット制御装置に一体化した装置(翻訳文3頁5~10行参照。以下「装置ii」という。)が記載され,さらに,

③ 装置i,装置iiとは異なり,制御機能を分割し,ロボット制御装置がガンの開閉を引き受ける一方,保持時間,電極加圧力及び溶接電流の制御を溶接電流制御装置が行う装置(翻訳文3頁16~18行参照。以下「装置iii」という。)が記載されていると思われる。

そして,アロウによる上記の説明内容からすれば,アロウは,ユーザーが「溶接プロセス中の溶接ガンのハンドリングはむしろ切り離して実現したいと望んでいる」(被告らの翻訳文3頁15~16行)として,実際には装置iiiを自らの考案として特定・記載しているから,甲第3号証に何らかの考案が記載されているとすれば,その考案は装置iiiであると解すべきである。

なお,仮に甲第3号証に3つの異なる構成(装置i~iii)が記載されていたとしても,各装置はいずれも技術的に相容れない電子制御装置であって,各装置を組み合わせることはおよそ不可能であるから,甲第3号証を主引例として進歩性判断を行うに当たっては,原告は,甲第3号証記載の装置i~iiiの各構成を都合よく取り上げて本件考案の構成に想到し得たと主張することは許されない。

イ 甲第3号証に何らかの考案が記載されているとしても,同号証記載の考案は,ガンアーム調整装置に関して「新規なカップリング」が「モータ駆動を2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割」することを不可欠の基本的構成要素とするものであり,そのため,モータの駆動と双方のガンアームの位置及び速度が1対1に対応しておらず,ロボット制御装置が双方のガンアームの位置及び速度を正確に把握することはできない。また,甲第3号証記載の考案は,モータ駆動を2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割することにより制御対象が複雑となり,1つのモータで閉鎖時の心出しと開放時のガンアーム運動が行われるため,チップの位置を厳密に制御することができない。そして,少なくとも閉鎖時の心出しが行われている間は,ロボット制御装置がチップ位置を把握できず,また,ガンをワーク位置に合わせに行くという心出し動作の性質上ロボットは停止していなければならないため,その間はチップを駆動する電動式機構がロボットの他の軸と同期制御できない。

(2)  相違点3について

原告は,数値制御されたモータにおいて,サーボモータ等の位置を検出する検出器を溶接ガンに使用することは何ら障害がないとして,甲第3号証記載の考案においてスポット溶接ガンに周知のチップ位置検出器を用いることは当業者がきわめて容易に想到し得たと主張する。

しかしながら,前記(1)のとおり,甲第3号証記載の考案における電動式機構は,「新規なカップリング」により分割された2つの異なる運動を行う2つのチップを駆動する電動式機構であるから,これを周知の電動式サーボ機構に置換することは技術的にも構造的にも不可能である。

したがって,甲第3号証における電動式機構に周知のチップ位置検出器を取り付けても,本件考案のような「チップ位置検出器」とはならないから,甲第3号証記載の考案に周知のチップ位置検出器を用いても,本件考案をきわめて容易に想到し得たとはいえない。

(3)  相違点10について

ア 原告は,甲第3号証に「閉鎖時の心出し」が可能であると記載されていることを根拠として,甲第3号証記載の考案においてはロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む制御を行っていると主張するが,誤りである。

甲第3号証には,ガンアーム調整装置を「数値制御する」ために,「新規なカップリング」を採用し,「モータ駆動を2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割し,これらの運動は個々にまたは同時に行うことができ,こうして開放時のガンアーム運動と閉鎖時の心出しとを可能にする」と記載されており,かかる記載からは,「閉鎖時の心出し」とはモータ駆動により分割される運動としてのガンアーム動作(ロボットの動作には関係しないガン自体の動作)を意味していることが分かる。すなわち,「閉鎖時の心出し」とは,ガンアームが閉鎖した時に行われる心出しを意味しているのであって,原告が主張するようにチップの閉動作中にロボットが動いていることを意味するものではない。

そして,前記(1)のとおり,甲第3号証記載の考案では,「新規なカップリング」により,1つのモータで心出し(調整行程)とガンの開閉動作(電極行程)を行う構成を採用しているため,チップの位置を厳密に制御することができず,閉鎖時の心出し(調整行程)が行われている間は,ロボット制御装置がチップ位置を把握できない。さらに,ガンをワーク位置に合わせにいくという心出し動作の性質上,ロボットは停止していなければならないため,その間は同期制御できない。

このように,甲第3号証記載の考案は,およそ「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」ことができないから,原告の上記主張は誤りである。

イ 原告は,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む制御を行う構成において,挟み込み動作の制御とともに所定の押圧力で押圧動作するよう制御する構成に至ることは極めて容易であって,そのような制御は必要な数値を制御装置に設定すればよいだけであると主張するが,誤りである。

上記アのとおり,甲第3号証記載の考案は,およそ「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」ことができないのであって,仮に本件考案のように制御設計を変更しようとすると,甲第3号証記載の考案の特徴的な要素である「新規なカップリング」及び「2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割」との構成を根本的に変更する必要がある。

したがって,甲第3号証記載の考案において,その制御設計を変更すれば本件考案にきわめて容易に想到し得たとの原告主張が成り立たないことは明らかである。

ウ 原告は,ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で2つのチップがワークを挟み込む動作が完了する構成は,少なくとも甲第7号証に開示ないし示唆されており,甲第3号証記載の考案に甲第7号証の技術事項を適用して本件考案に係る構成に至ることは当業者がきわめて容易に想到し得たと主張するが,誤りである。

(ア) 甲第3号証記載の考案は,「新規なカップリング」が「モータ駆動を2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割」される構造のガンであるところ,かかる特徴的な構造を有するガンに,甲第7号証のような単純な構造の上下動作軸の制御を行う制御装置を組み合わせることはできない。

(イ) また,甲第7号証には「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」よう制御されることは何ら開示ないし示唆されていない。

すなわち,甲第7号証記載の発明は,エアシリンダの起動時点のみを制御するものであって,それを超えてエアシリンダ自体の時々刻々の位置や速度を制御することは何ら想定されていない。また,エアシリンダでは位置等の制御は不可能であるし,エアシリンダとチャックがどのような関係で制御されるのかについても全く開示がないから,甲第7号証においては,少なくとも原告の主張するような「第2のアーム8が設定位置に達し旋回運動を停止したときに,エアシリンダ13の下降動作が完了しチャックによるクランプ(把持)動作が完了している制御」はできない。

したがって,甲第7号証記載の発明は,電動式サーボ機構でスポット溶接ガンのチップの一方のみを駆動しその時々刻々の位置をチップ位置検出器で検出する本件考案とは全く異なる。

さらに,本件考案は,電動式サーボ機構により駆動される一方のチップの位置を検出するチップ位置検出器を備え,チップ位置検出器により一方のチップ位置を検出し,かかるチップ位置に基づいて,電動式サーボ機構が電動式サーボ機構制御部を介してロボットの1軸として制御されるのに対し,甲第7号証記載の発明にはチップ位置検出器が備えられていない。このことからも分かるとおり,甲第7号証記載の発明は,そもそもチャックの位置を検出・把握することを全く想定していない。

以上のとおり,甲第7号証記載の発明において,本件考案の「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」よう制御する構成が開示ないし示唆されていたといえないことは明らかである。

(ウ) さらに,甲第7号証記載の発明は,押圧・通電が必要なスポット溶接という特定の技術分野を対象とするものではなく,甲第3号証記載の考案に係る技術分野と組み合わせることは困難である。さらに,仮に甲第3号証に甲第7号証を組み合わし得たとしても,本件考案のように「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込むとともに,所定の押圧力で押圧動作するよう制御され」ることはなく,本件考案のような効果,すなわち,ロボットの移動・チップの開閉動作及び押圧動作並びにその後の通電を同期させ,一連の動きとして行うことで,スポット溶接に要する時間を著しく短縮するという効果を達成することはできない。

(エ) 以上からすれば,甲第3号証記載の考案において,甲第7号証記載の発明を用いて本件考案に至ることがきわめて容易に想到し得たといえないことは明らかである。

エ 原告は,甲第3号証の記載を引用して,挟み込み動作完了の直後に所定の押圧力で押圧動作を行うよう制御するとの考案に至ることはきわめて容易に想到し得たと主張するが,誤りである。

甲第3号証記載の考案における電動式機構においては,前述したとおり,そもそも,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」よう制御できない以上,そのような動作の直後に所定の押圧力により押圧動作する制御もあり得ない。

第5当裁判所の判断

1  甲第3号証記載の考案について

ア  甲第3号証には以下の記載がある。なお,記載事項は訳文を摘示する(外国語文献については,以下同じ。)。

(ア) 「ガン内のインテリジェント-数値制御溶接ガンがサイクル時間を改善する

空気圧ガンでは,障害物を衝突することなく迂回するために溶接ガンのガンアームが最大に開くまでロボットは待たねばならない。NCガンではそうでない。これはロボット制御装置から運動情報を受け取り,ガンを最適に適合すると次の溶接スポットに最短時間で接近できる。

フランスの溶接機器メーカー・アロウが,最初のメーカーとして既に早くから,変圧器を一体化したロボット溶接ガンの開発を成功裏に支援し達成した。通常の溶接シリンダの代りに電動機を備えたロボット溶接ガンのプロトタイプが1989年にエッセン「溶接・切断」見本市で紹介され,自動車メーカーの関心を呼び起こした。しかし関心を寄せる多くの者の当時の見解によれば,大量生産態勢で具体的に応用する可能性はまだはるか先のことであった。ほどなく,アロウはいまやハノーバーで同じ2機のNCガンを提示した。一方はKukaロボットに取り付けられ,その制御装置によって直接に制御される。他方は独自のNC制御装置を有する固定ステーションとして取り付けられ,このNC制御装置によって工作物(ワーク)が作業工程に通される。

こうしてフランスの溶接機器製造会社はロボットの世界とインターフェースも本来の溶接ガンの開発に引き入れた。NC技術における制御方式はロボット製造の厳しい要求条件を満たし,それゆえに特許出願された。」(甲3訳文1頁3行~21行)

(イ) 「プロトタイプの諸矛盾がいまや取り除かれた

アロウによれば抵抗溶接は,数値制御の利点を利用できないので,他の制御技術に比べてこれまで不利に扱われてきた。Didier Lombard会長はこう解説する:「ロボットが数値制御のあらゆる利点を提供するのに,ロボットに装着された工具がこの技術への適合不足からその性能を制限されているとはまったくばかげている」。

アロウ会長の見解によれば,抵抗溶接技術は,溶接シリンダを備えた従来の溶接ガンと数値制御ガンが並行して利用されるような新しい開発を断固目指して進む。」(甲3訳文1頁23行~30行)

(ウ) 「Didier Lombardは,「あれかこれかのガン型式の決定は溶接アプリケーションと製造条件によって決まる」と考え,どうして彼がNCガンに輝かしい未来を見るのかを解説する:「自動車メーカーはますます軽量,ますます高性能,ますます安全な車両を製造しなければならない。だから自動車メーカーは,品質向上を保証し,そして当然に最高度の信頼性を保証するあらゆる方法に細心の注意を払います。大抵のメーカーは確かにいまでも新しいガンのテストに大きな関心を寄せてはいるが,しかしわれわれはそれを見合わせねばならなかった。実際的進歩の保証を提供できないプロトタイプを提供する代りに,われわれは,産業界が成熟した製品を提示できるまで実験室での実験と製造を継続する方を優先しました。われわれはごく多くのモータを仕上げたが,しかしガンアーム調整装置(これをわれわれはエッセンではまだ紹介していないが,それは特許出願がまだだったから),そしてロボットと結び付いた電子制御装置も仕上げました。これはKukaとの共同開発品です」。アロウにとって数値制御抵抗溶接は,アウグスブルグのドイツ子会社の取締役Gerd Reimerが確認するように決して実験的試みではない:「この技術に対して,特に産業が高度に自動化の進んだわが国の市場には,われわれの推定によればかなりの需要があります。溶接品質向上の他に,われわれのシステムによってロボット溶接施設への投資支出の償却が肯定的影響を受けます」。」(甲3訳文1頁32行~2頁11行)

(エ) 「最初のNC制御溶接ガンが生産ラインに乗るのはいつかとの質問にDidier Lombardはこう答える:「現在の開発段階でわれわれが達成した性能結果はわれわれの当初の予想をはるかに上まわっています。さらにわれわれはコスト・パフォーマンスを手にしました。従って,生産条件下で実験するための合理的期日は1991年末を十分に予定することができ,1992年末には製造工場でNCガンの投入を開始できます」。

数値制御装置を抵抗溶接に適合する場合主要な困難となるのは電動機の重量と寸法である。この問題は小型ブラシレスモータの投入によって解決された。この型式のモータはロータの慣性モーメントが僅かなため短い加速時間を可能とする。それゆえに電極加圧力の構成は空気圧シリンダを使う場合よりも3倍~5倍速く行うことができる。「…但し予めプログラミングされた電極加圧を上まわることなくにであり,このことは特に薄板溶接や板が外側にある場合に重要です」,アロウ技術担当重役Jean-Noel Boyerはそう力説する。電極加圧力と電流との比を同期化し,数値制御装置を利用して溶接プロセスの全持続時間にわたって電極加圧力を厳密に制御すると,溶接スポットの品質が高まり,従って溶接継手の信頼性が高い。ガンアーム調整装置はやはりシステム適合的に設計されなければならなかった。この機能を機械的構成要素(シリンダ,ばね力)によってではなく数値制御することは,アロウにとって何ら問題ではなかった(下線部についての被告らの訳文:「当然のことであった」)。解決は新規なカップリングにあったのであり,これがモータ駆動を2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割し,これらの運動は個々にまたは同時に行うことができ,こうして開放時のガンアーム運動と閉鎖時の心出しとを可能とする。」(甲3訳文2頁13行~31行)

(オ) 「産業用ロボットに数値制御される溶接ガンを備える構成が使用されており,制御の質によって成否が決まる。これには,まずなによりも溶接経過を支配して確保しなければならず,但しロボットの性能を制限してはならない。解決は拡張された溶接制御装置へモータ制御装置を移すことにある。運動経過および電極加圧力構成のための時間短縮のゆえに,空気圧操作式ガンに比べて高い生産性ファクターを達成できた。」(甲3訳文2頁33行~3頁2行)

(カ) 「あらゆる機能がNC制御される

空気圧ガンではロボットは,知られているように,2つの溶接スポット間の万一の障害物を衝突することなく迂回できるようにガンアームが開くまで移動するのを待たねばならない。他の可能性はガン制御装置をロボット制御装置に一体化することであり,そこではガンが補助軸として制御される。そのことから運転開始時のプログラミングが容易となり,生産性ファクターが向上する利点が得られる。というのもガンの開閉は一部では2つの溶接スポット間の移動と同時に行われるからである。ロボット制御装置は,依然として独自の制御装置を介して行われる溶接電流の制御を除き,すべての操作を引き受ける。」(甲3訳文3頁5行~13行)

(キ) 「溶接プロセス中に溶接ガンのハンドリングをむしろ個別に実現したいと希望するユーザーに対して(下線部についての被告らの訳文:「しかしながら,ユーザー,彼ら(ユーザー)は溶接プロセス中の溶接ガンのハンドリングはむしろ切り離して実現したいと望んでいるが,彼らのために」),アロウは応用に合せて制御機能の分割を可能とする解決を提供する。例えばロボット制御装置がガンの開閉を引き受ける一方,保持時間,電極加圧力および溶接電流の制御は溶接電流制御装置の役目である。」(甲3訳文3頁15行~18行)

イ  上記アによれば,甲第3号証には,NC制御されるロボット溶接ガンについて,以下の事項が記載されているものと認められる。

(ア) 上記ア(ア)には,「空気圧ガンでは障害物を衝突することなく迂回するためにガンアームを最大に開くまでロボットは待たねばならないのに対して,NCガンはロボット制御装置から運動情報を受け取り,ガンを最適に適合すると次の溶接スポットに最短時間で接近できる」ものであること,NCガンは,「通常の溶接シリンダの代りに電動機を備えたロボット溶接ガン」であり,「ロボットに取り付けられ,その制御装置によって直接に制御される」ことが記載されている。

(イ) 上記ア(エ)には「数値制御装置を抵抗溶接に適合する」に当たって困難となる点が「電動機の重量と寸法」であったが,それが「小形ブラシレスモータの投入によって解決された」こと,「この型式のモータは・・・短い加速時間を可能とする」ことから「電極加圧力の構成は空気圧シリンダを使う場合よりも3倍~5倍速く行うことができる」こと,「電極加圧力と電流との比を同期化し,数値制御装置を利用して溶接プロセスの全持続時間にわたって電極加圧力を厳密に制御すると溶接スポットの品質が高ま」ること,「ガンアーム調整装置」の機能を「機械的構成要素(シリンダ,ばね力)によってではなく数値制御する」こと,その解決は「新規なカップリング」によるものであり,これが「モータ駆動を2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割し,これらの運動は個々または同時に行う」ことが可能であることから,「開放時のガンアーム運動と閉鎖時の心出しを可能とする」ことが記載されている。

(ウ) 上記ア(カ)には,「ガン制御装置をロボット制御装置に一体化する」こと及び「ガンが補助軸として制御される」こと,それらによって,「ガンの開閉は一部では2つの溶接スポット間の移動と同時に行われる」ことから生産性ファクターが向上すること,ロボット制御装置が「溶接電流の制御を除いてすべての操作を引き受ける」ことが記載されており,そのようにすることで,2つの溶接スポット間の万一の障害物を衝突することなく迂回できるようにガンアームが開くまで移動するのを待たなければならないという空気圧ガンにおける問題点が解決できることが記載されている。

ウ  上記ア及びイによれば,甲第3号証には,以下の考案が記載されているものと認められる。

「スポット溶接ガンと,

該スポット溶接ガンのチップを駆動する電動機と,

該電動機を制御するガン制御装置を有するロボット制御装置とからなり,

該ロボット制御装置により,

溶接電流の制御を除くすべての操作が制御され,

かつ前記電動機が前記ガン制御装置を介してロボットの補助軸として制御されることにより,

スポット溶接ガンのチップを駆動する電動機が,

一部では2つの溶接スポット間の移動と同時に制御可能とされるとともに,ロボットの他の軸の動作中においても開度が制御されること,

および押圧動作するよう制御されるスポット溶接ロボット用制御装置。」

エ  これに対し,被告らは,甲第3号証記載の考案について,前記第4の2(1)のとおり主張するが,以下に説示するとおり,いずれも採用することができない。

(ア) 被告らは,甲第3号証におけるアロウの説明内容からすれば,アロウは,ユーザーが「溶接プロセス中の溶接ガンのハンドリングはむしろ切り離して実現したいと望んでいる」として,実際には装置iiiを自らの考案として特定・記載しているから,甲第3号証に記載されている考案は装置iiiであると解すべきであると主張する。

しかしながら,技術文献から進歩性判断の前提となる引用例を認定するに当たっては,当該技術文献に接した当業者が当該技術文献にいかなる技術的思想が開示されていると理解することができるかという当業者の客観的理解に基づいて行うべきである。被告らは,甲第3号証には装置i~iiiが記載されていると理解できるとしながら,ユーザーが「溶接プロセス中の溶接ガンのハンドリングはむしろ切り離して実現したいと望んでいる」(被告らの訳文3頁15行~16行目)との記載から,アロウは装置iiiを自らの考案として特定・記載していると主張するが,仮にアロウが装置iiiを自らの考案をして特定・記載しているといえるとしても,甲第3号証に装置i~iiiが記載されていると客観的に理解し得ることに変わりはないから,上記記載を考慮したからといって,当業者が甲第3号証に開示されていると理解することができる技術的思想が装置iiiに限定されることになるわけではない。また,上記記載は,その前後の文脈に照らしてみれば,上記のような要望を有するユーザーが存在すること及びそのようなユーザーに対しては,アロウは被告らの主張する装置iiiを提供することを述べているに過ぎないから,そもそも被告らが主張するように,アロウが装置iiiを自らの考案として特定・記載していると理解することは困難である。

そして,当業者の理解を前提とすれば,甲第3号証に上記ウの考案が記載されていると理解し得ることは,上記説示のとおりである。

したがって,被告らの上記主張を採用することはできない。

なお,被告らは,仮に甲第3号証に3つの異なる構成(装置i~iii)が記載されていたとしても,各装置はいずれも技術的に相容れない電子制御装置であって,各装置を組み合わせることはおよそ不可能であるから,甲第3号証を主引例として進歩性判断を行うに当たっては,原告が甲第3号証記載の装置i~iiiの各構成を都合よく取り上げて本件考案の構成に想到し得たと主張することは許されないとも主張する。しかしながら,甲第3号証記載の考案は,上記ウのとおり認められ,これは概ね被告らの主張する装置iiに相当するものであるところ,甲第3号証には,装置iiの構成として上記ウの技術的思想が開示されていると認められるのであるから,被告らの上記主張は,採用することができない。

(イ) 被告らは,甲第3号証記載の考案は,ガンアーム調整装置に関して「モータ駆動を2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割」する「新規なカップリング」を不可欠の基本的構成要素とするものであるところ,「新規なカップリング」の構成が明らかでない以上,上記考案を実施することはできないと主張するので,以下,検討する。

(a) 甲第3号証には,ガンアーム調整装置に関して「新規なカップリング」が「モータ駆動を2つの異なる運動(調整行程と電極行程)に分割」するとの記載があり,甲第3号証にはガンアーム調整装置に関して「新規なカップリング」という技術事項の開示があるといえる。

(b) しかしながら,審決が甲第3号証記載の考案として認定した技術的思想は,上記ウで認定したとおりのものであり,アロウがそれを実現するために考案したカップリング等の構成を含むものではないところ,無効審判における進歩性判断の前提として無効判断の対象とする発明と対比すべき引用例を技術文献から認定する場合には,当該発明との対比に必要かつ十分な限度で当該技術文献に開示された技術的思想を認定すれば足りるのであり,当該技術文献に開示された技術事項であっても,対比に必要のないものであれば,引用例として認定する必要はないと解されるから,甲第3号証に「新規なカップリング」という技術事項が開示されているとしても,それを引用例の構成として認定しないことが誤りとなるわけではない。

(c) もっとも,甲第3号証記載の考案を上記ウで認定したように「新規なカップリング」との技術事項を含まない技術的思想として認定することにより,当該技術的思想が当業者において実施困難となるような場合には,そもそもそのような技術的思想は当業者の理解に基づいて認定したものとはいえないから,引用例の認定に誤りがあることとなるが,上記ウで認定したようにガンアーム調整装置に関する「新規なカップリング」との技術事項を含まないとしても,スポット溶接ガンのチップを駆動する電動機をロボットの補助軸としてロボット制御装置により制御するようにすることは,以下のとおり,本件出願時において当業者にとって実施困難であったとは認められない。

(d) すなわち,上記ウで認定した甲第3号証記載の考案は,スポット溶接ガンを数値制御可能な小形ブラシレスモータにより駆動し,ロボットの補助軸としてロボット制御装置で数値制御可能とすることにより,ガンの開閉の一部を2つの溶接スポット間の移動と同時に行うことが可能であるようなNC制御されるロボット溶接ガンについての技術的思想である。

(e) 一方,本件明細書には次の記載がある。なお,下線は本判決において付した。

i 「【0008】【作用】 本考案のスポット溶接ロボット用制御装置においては,従来のロボットと同様な電動式サーボ機構によりスポット溶接ガンの制御を行っているので,ロボットの制御とスポット溶接ガンの同期制御が行え,スポット溶接に要する時間を著しく短縮することができる。」

ii 「【0011】 電動式サーボ機構1は,サーボ増幅器11と電動式サーボモータ12とこのサーボモータ12に結合されているスポット溶接用チップ駆動部(以下,チップ駆動部という)13とからなり,スポット溶接ガンGの本体に適宜手段により保持されている。サーボ増幅器11は,サーボモータを指令値どおりの回転角や回転速度で回転させるためのパワーを供給できる機能を有するものならいかなるものも用いることができ,その構成に特に限定はなく,従来よりサーボ機構に用いられているものを用いることができる。その具体例として,サイリスタ増幅器,トランジスタ増幅器等を挙げることができる。電動式サーボモータ12は,所望の溶接条件に応じてチップ駆動部13を駆動できるものならいかなるものも用いることができ,その構成に特に限定はなく,従来よりサーボ機構に用いられているものを用いることができる。その具体例として,溶接条件が複雑で,一定でないようなときは,ブラシレスDCモータ等を用いることができる。チップ駆動部13は,電動式サーボモータ12の回転軸の先端部に形成された雄ねじに螺合する雌ねじが一端に形成され,他端にはチップ保持部が形成された昇降部材と,この昇降部材を昇降自在に保持する保持部材とから構成されている。この保持部材は適宜手段により電動式サーボモータ12により保持されている。使用するねじは,電動式サーボモータ12の高速回転に対する追従性の良さ,耐久性および精度の点から,ボールスクリューを用いるのが好ましい。なお,チップ保持部の構成は従来の空気式や油圧式のものと同様であるので,その構成の詳細な説明は省略する。

【0012】 サーボ機構1はこのように構成されているので,ロボットコントローラ2の指令により,ワークWを挾み込むと共に所定の押圧力を確保することができる。」

(f) 以上の記載,特に下線部の記載のとおり,本件明細書においては,「スポット溶接用チップ駆動部」を数値制御可能とするための構成は,従来から用いられているサーボ機構,サーボモータ及びボールスクリュー等のチップ駆動部であって,特段新規な手段等が用いられているわけではない。

そうすると,本件出願時の当業者であれば,上記(d)の技術的思想が,「新規なカップリング」の構成を採用しなくても実施可能であると認識し得たものと認められる。

以上のとおりであるから,被告らの上記主張を採用することはできない。

2  取消事由2(本件考案の容易想到性についての判断の誤り)について

(1)  相違点3について

原告は,数値制御されたモータにおいて「回転角検出器を用いてサーボモータあるいは送りねじの回転角を検出する」ことは甲第20号証に記載されているように周知であり,そのような位置の検出器を溶接ガンに使用することに何らの障害もないことは甲第21号証の記載から明らかであるから,相違点3はきわめて容易に想到し得たものであると主張するので,以下検討する。

ア 技術水準について

(ア) 「機械工学便覧」と題する書籍(1987(昭和62)年新版発行。甲20)のB2-176には,「数値制御工作機械一般」との見出しの下に,「回転検出器を用いてサーボモータあるいは送りねじの回転角を検出し,この信号をフィードバックして指令値との誤差を補正する方式は,セミクローズドループ・・・制御と呼ばれる。これは機構的にもそれほど複雑ではなく,また制御精度もよいので,今日の数値制御工作機械に多く用いられている。」との記載があり,「回転角検出器を用いてサーボモータあるいは送りねじの回転角を検出する」ことが開示されている。

(イ) 名称を「数値制御による抵抗溶接機およびこの抵抗溶接機の運転方法」とする発明に係る昭63-199086号公開特許公報(甲21)には,以下の記載がある。

(a) 「第1図において,数値制御頭部1を備えた抵抗溶接の定置機械を示す。この場合において,機械は点溶接機械であり,さらに2枚の溶接板2を示し,これは可動電極3および定置電極4の間で押圧される。数値制御頭部1は構造板のモータ5を備えるが,同様の性能を示す全く別のタイプのモータであってもよい。モータ5は溶接頭部の制御ボックス6によって制御される。」(6頁左上欄5行~12行)

(b) 「第2図では,数値制御頭部1の実施例の詳細を示す。可動電極3は滑動部18に設けられた電極ポート17に固定され,柔軟な電気接続部19によって溶接トランスの附属品に接続されている。この滑動部18は,案内鍔21によって,滑動部20の支持で軸方向に動き,雄ねじ23に掛合された雌ねじ22を連動させる。この雄ねじは継手36によって,数値制御モータ5の出口軸24に連結されている。また,軸24および雄ねじ23の回転は雌ねじ22および滑動部18および電極3を軸方向に動かすことが明らかである。」(7頁左上欄14行~右上欄4行)

上記(a)及び(b)のとおり,上記公開特許公報には,抵抗溶接機の対向配置された2つの電極のうちの一方のみをモータにより駆動するものであって,送りねじにより可動電極3を軸方向に動かす構成が記載されている。

(ウ) 上記(ア)及び(イ)によれば,本件出願時において,抵抗溶接機の対向配置された2つの電極の一方を駆動するに当たり,送りねじ機構を用いること及び送りねじ機構において回転角検出器を用いてサーボモータあるいは送りねじの回転角を検出することは,いずれも周知の技術であったものと認められる。

イ 容易想到性について

そうすると,甲第3号証記載の考案において,スポット溶接ガンのチップを駆動する機構として,周知の送りねじ機構を用いることは当業者が適宜なし得た程度のことであり,その際にチップの位置を検出するため,周知の技術であるモータ又は送りねじの回転角を検出する回転角検出器を備えるようにすることも,当業者が適宜なし得た程度のことにすぎない。

したがって,相違点3に係る本件考案の構成は,甲第3号証記載の考案に周知技術を適用することによりきわめて容易に想到し得た程度のことであると認められる。

ウ これに対して,被告らは,甲第3号証記載の考案が,「新規なカップリング」を不可欠の基本的構成要素とすることを前提に,甲第3号証における電動式機構に周知のチップ位置検出器を取り付けても,本件考案のような「チップ位置検出器」とはならないから,甲第3号証記載の考案に周知のチップ位置検出器を用いても,本件考案をきわめて容易に想到し得たとはいえないと主張する。

しかしながら,前記1に認定判断したとおり,本件無効審判において,本件考案の進歩性判断の前提として甲第3号証から認定した考案は,「新規なカップリング」との技術事項を含まない技術的思想であるから,被告らの主張は,その前提において失当であり,採用することはできない。

(2)  相違点10について

ア 甲第3号証及び技術常識に基づく容易想到性

(ア) 甲第3号証の記載事項について

上記1ア(ア)及び(カ)によれば,「空気圧ガンではロボットは,・・・2つの溶接スポット間の万一の障害物を衝突することなく迂回できるようにガンアームが開くまで移動するのを待たねばならない」のに対して,NCガンでは,「ガン制御装置をロボット制御装置に一体化する」ことにより「ガン」を「補助軸として制御」し,それによって,「ガンの開閉は一部では2つの溶接スポット間の移動と同時に行われる」結果,「生産性ファクターが向上すること」,すなわち,NCガンは空気圧ガンと比較して短時間で次のスポット溶接を可能とすることが記載されているから,甲第3号証には,ガンの開閉をロボット制御装置に一体化して数値制御可能とすることにより,次の溶接スポットの溶接を短時間で行い得ることが示唆されているといえる。

(イ) そして,甲第8号証(特開平2-205271号公報)に従来技術として「スポット溶接装置は,溶接ガンが所定の打点位置にあるときに,溶接ガンの一対の電極が両側からワークを挟んで該ワークに加圧接触し,ワークのスポット溶接を行うもの」(2頁左上欄6行~9行)と記載されているように,スポット溶接装置が,溶接ガンの一対の電極が両側からワークを挟んで加圧接触して溶接を行う手順を有するものであることは,本件出願時の当業者にとって技術常識であったものと認められるから,当業者であれば,甲第3号証記載の考案のようなスポット溶接装置が,所定のスポット位置にスポット溶接ガンを位置づけるとともに,スポット溶接ガンの2つの電極(チップ)をワークに当接,加圧させた後に通電して溶接する手順を有することは当然認識していたことである。

(ウ) そうすると,スポット溶接装置において所定の溶接スポットを溶接するには,ガンを所定のスポット位置に位置づけるとともに,対向する電極によりワークを挟み,押圧することが必要であるから,ガンのスポット位置への移動と対向する電極の挟み込み・押圧の動作とを同時に行うように制御する場合において,対向する電極がワークを挟む時点とガンが所定のスポット位置に到達する時点とが同時になるように制御すれば,ガンが所定のスポット位置に到達した時点以降に電極がワークを挟むように制御するよりも,次のスポット位置での溶接を早く開始することができることは,当業者が何らの困難なく認識し得たことといえる。

(エ) 以上に説示したところを総合すると,当業者であれば,甲第3号証の記載事項並びに技術常識及びそれに基づいて認識し得た事項に基づいて,相違点10に係る本件考案の構成をきわめて容易に想到し得たものと認められる。

イ 甲第3号証及び甲第7号証に基づく容易想到性

(ア) 甲第7号証(特開昭58-177289号公報)には,「工業用ロボツトの動作制御装置」に関して次の記載がある。

(a) 「特許請求の範囲

駆動源によりアームを設定位置に移動してプログラムに応じた作業を行なう工業用ロボツトにおいて,アームの位置を電気信号で検出する検出手段と,設定位置より手前の所定位置に対応した位置信号を記憶する記憶手段と,上記検出手段および記憶手段からの信号を比較しアームが所定位置に達したときアーム動作と関係なしに位置決め完了信号を出す比較手段とをアーム駆動部に並列的に付加し,アーム動作の途中でプログラムを進行させるようにしたことを特徴とする工業用ロボツトの動作制御装置。」

(b) 「本発明は,工業用ロボツトを動作させるための制御装置に関する。

例えばPTP(ポイントツウポイント)方式の関節型工業用ロボツトは,アームを旋回させ,その先端のチヤツクなどを上下動させることにより,所望の物体を把持して移動させる。この場合の通常の制御方法は,アームを設定の位置まで水平面上で移動させ,完全に停止した後に,アクチユエータ例えば上下動駆動用のエアシリンダを動作させてチヤツクおよび物体を上下方向に移動させるようにしている。

ところがアームが設定位置に達する直前では,衝撃の防止および位置決め精度の確保のために,アーム駆動用のサーボ系の駆動電圧が低下するので,アームの移動速度が遅くなる。このためアームが設定位置に到達したことを確認してからでは,アクチユエータの起動が遅くなり,工業用ロボツトのマシンサイクルの時間が長くなる。

また,アクチユエータの実際の仕事は,起動信号が入力されてから,一般に多少の時間遅れの後に有効となる。しかも実用型の工業用ロボツトでは,アクチユエータの動作が他の動作と並行して進行しても,まったく問題のない順序プログラムが多く存在する。

ここに本発明の目的は,この種の工業用ロボツトにおいて,その1サイクル時間を短縮する点にある。」(1頁左下欄16行~2頁左上欄2行)

(c) 「上記制御回路21は,動作用のプログラムにもとづいてアーム駆動部22に対してデジタル量の指令パルス信号S1を送り込むほか,一連の動作に必要な制御を行なう。またアーム駆動部22は,制御回路21からの指令パルス信号S1を加算入力端に入力し,かつパルス発生器23からの電気信号としての検出パルス信号S2を減算入力端に入力し,それらの偏差を算出する偏差カウンタ26,この偏差カウンタ26のデジタル量の出力つまり偏差信号S3を入力としてアナログ量に変換するD‐A変換器27,およびこのD‐A変換器27の出力信号S4を入力とし,駆動信号S5を発生して例えば第2のアーム8のDCサーボモータ10を駆動するサーボドライブ装置28により構成されている。パルス発生器23は,例えばインクリメンタル型のエンコーダで,DCサーボモータ10と機械的に結合しており,その回転量をパルス列に変換し,それを検出パルス信号S2として偏差カウンタ26の減算入力端に出力している。」(2頁右下欄2行~末行)

(d) 「設定位置P1から設定位置P2までの移動に必要な全パルス列すなわち”500”のパルス数が出力された時点で,制御回路21は,比較指令信号S8を出力して比較器25を動作させる。そこで比較器25は位置信号S7と偏差信号S3とのパルス数を比較し,位置信号S7≧偏差信号S3の状態となったとき,位置決め完了信号S9を発生し,これを制御回路21に送り込む。ここで位置信号S7が例えばパルス数“10”に対応していると仮定すれば,位置決め完了信号S9の発生時点は,DCサーボモータ10がパルス数“10”に対応する回転を終える前,つまり第2のアーム8が設定位置P2より距離D’だけ手前の所定位置P2’に到達したときである。同時にこの所定位置P2’の到達時点は,エアシリンダ13の起動時点と対応している。この時点でエアシリンダ13は,制御回路21の下で第2のアーム8の移動途中にかかわらず起動し,上下動軸11を垂直方向Vの下向きに移動させ,動作プログラムを進める。この結果,チヤツク12の移動軌跡は,滑らかな円弧を描いて,設定位置P2に近づく。その後に偏差カウンタ25の偏差信号S3の内容が“0”になると,DCサーボモータ10が停止するため,第2のアーム8の旋回運動はその時点で停止する。もちろんこの時,エアシリンダ13がまだ下降動作の途中にあれば,エアシリンダ13は引き続き下降動作を進めることになる。このようにしてエアシリンダ13は,第2のアーム8が目標の設定位置P2に到達する以前から起動し始めるため,エアシリンダ13の順次プログラム上での実質的な作動時間は,第2のアーム8の移動完了後に起動する場合と比較して短縮している。」(3頁右上欄16行~右下欄6行)

(e) 「また上記実施例は,いずれも制御対象を上下駆動用のエアシリンダ13として説明してあるが,この制御対象はそれに限らず,例えばチヤツク12の駆動源の制御その他必要な関連動作の機器にももちろん適用できる。」(4頁左下欄4行~8行)

(イ) 上記記載によれば,甲第7号証には,審決が認定するように,「駆動源によりアームを設定位置に移動して,上下駆動用のエアシリンダ,又は,チャックの駆動等の,プログラムに応じた作業を行なう工業用ロボットにおいて,アームの位置を電気信号で検出する検出手段と,設定位置より手前の所定位置に対応した位置信号を記憶する記憶手段と,上記検出手段および記憶手段からの信号を比較しアームが所定位置に達したときアーム動作と関係なしに位置決め完了信号を出す比較手段とをアーム駆動部に並列的に付加し,アーム動作の途中で,エアシリンダの起動,又は,チャックの駆動開始をするようにした工業用ロボットの動作制御装置。」が記載されていると認められる。

そして,上記(ア)(d)の「チヤツク12の移動軌跡は,滑らかな円弧を描いて,設定位置P2に近づく。その後に偏差カウンタ25の偏差信号S3の内容が“0”になると,DCサーボモータ10が停止するため,第2のアーム8の旋回運動はその時点で停止する。もちろんこの時,エアシリンダ13がまだ下降動作の途中にあれば,エアシリンダ13は引き続き下降動作を進めることになる。このようにしてエアシリンダ13は,第2のアーム8が目標の設定位置P2に到達する以前から起動し始めるため,エアシリンダ13の順次プログラム上での実質的な作動時間は,第2のアーム8の移動完了後に起動する場合と比較して短縮している。」との記載に照らしてみれば,甲第7号証記載の動作制御装置は,第2のアームが移動中にエアシリンダの移動を開始することで作動時間を短縮するものであるが,最も作動時間が短縮されるのは,第3図に記載の円弧に沿って動作が完了する場合,すなわち,第2のアームの旋回運動が停止した時点でエアシリンダの下降動作が完了する場合であることはきわめて容易に理解し得るところである。

(ウ) そうすると,甲第7号証に接した当業者であれば,ロボットにおいて同時に複数の動作を行うように動作制御する場合に,一方の動作の終了時点と他方の動作の終了時点が一致するように制御すれば,最も動作時間を短縮できることを容易に理解し得るものと認められるから,甲第7号証には,「ロボットにおいて同時に複数の動作を同時に行うように動作制御する場合に,一方の動作の終了時点において他方の動作を終了するように重ねて制御すれば,最も動作時間を短縮することができる」との技術事項が開示されているといえる。

(エ) そして,前記ア(ア),(イ)の甲第3号証の記載事項及び当業者が技術常識から当然に認識し得た事項を考慮すれば,甲第3号証記載の考案に甲第7号証記載の上記(ウ)の技術事項を適用して,相違点10に係る本件考案の構成とすることは,当業者がきわめて容易に想到し得たことというべきである。

ウ これに対して,被告らは,前記第4の2(3)のとおり,相違点10に係る本件考案の構成は,甲第3号証及び甲第7号証に基づいて当業者がきわめて容易に想到することができたとはいえないと主張する。

(ア) 被告らの上記主張は,甲第3号証記載の考案が「新規なカップリング」を不可欠の構成要素とするものであることを前提に,甲第3号証記載の考案は,「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」ことができないと主張するものであるが,前記1に説示したとおり,本件において引用例として認定した甲第3号証記載の考案は「新規なカップリング」との技術事項を含むものではないから,被告らの主張はその前提を欠くものとして失当であるし,前提を同じくするその余の被告らの主張も,同様に採用することはできない。

(イ) また,被告らは,①甲第7号証には「ロボットが溶接点に到達してその動きを停止する時点で前記2つのチップがワークを挟み込む」よう制御されることは何ら開示ないし示唆されていない,②甲第7号証記載の発明は,押圧・通電が必要なスポット溶接という特定の技術分野を対象とするものではなく,甲第3号証記載の考案に係る技術分野と組み合わせることは困難である,と主張するが,前記イ(エ)のとおり,相違点10の容易想到性の判断において,甲第3号証記載の考案に適用した甲第7号証記載の技術事項は,「ロボットにおいて同時に複数の動作を同時に行うように動作制御する場合に,一方の動作の終了時点において他方の動作を終了するように重ねて制御すれば,最も動作時間を短縮することができる」との技術事項であるから,被告らの上記①の主張は,相違点10の容易想到性の判断に対する的確な反論とはなり得ないし,甲第7号証記載の上記技術事項は,ガンの開閉をロボット制御装置に一体化して数値制御可能とすることにより,次の溶接スポットの溶接を短時間で行い得ることを示唆する甲第3号証の記載事項と技術の共通性が認められるから,上記②の主張も採用することができない。

エ 小括

以上に検討したところによれば,相違点3及び10に係る本件考案の構成はいずれも当業者がきわめて容易に想到し得たものであると認められるから,審決が相違点3,4及び10のみについて容易想到性を検討し,相違点3及び10を当業者がきわめて容易に想到し得たものではないことのみを理由として,本件考案がきわめて容易に考案することができたものでないと判断したことは誤りというべきであり,その誤りが結論に影響することは明らかである。

3  以上の次第であるから,その余の審決取消事由について検討するまでもなく審決は違法であり,本件請求は理由がある。

第6結論

よって,本件請求を認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中信義 裁判官 榎戸道也 裁判官 浅井憲)

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