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知財高等裁判所 平成19年(行ケ)10420号 判決 2008年12月25日

原告

株式会社トプコン

訴訟代理人弁理士

新村悟

被告

特許庁長官

指定代理人

後藤時男

山本章裕

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2002-24838号事件について平成19年11月12日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  手続の経緯

(1)  原告は,平成6年11月15日,発明の名称を「異物検出装置」とする特許出願(特願平6-280701号。以下「本願」という。甲5)をした。

その後,原告は,平成14年10月25日付けで本願の願書に添付した明細書(以下「明細書」という。)及び図面を補正する手続補正をしたが(甲7),同年11月15日付けで拒絶査定を受けたので,これを不服として,同年12月25日,拒絶査定不服審判を請求し(不服2002-24838号事件),平成15年1月23日付けで明細書を補正する手続補正をした(甲11)。

特許庁は,平成17年9月5日,上記平成15年1月23日付けの手続補正を却下する決定をした。

原告は,平成17年9月21日付けで拒絶理由通知を受け,同年11月25日付けで明細書を補正する手続補正をしたが(甲20),同年12月20日付けで最後の拒絶理由通知を受け,平成18年3月6日,明細書を補正する手続補正をした(甲24)。

特許庁は,平成18年4月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をした。

(2)  原告は,前審決の取消しを求めて審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10260号事件)を提起したところ,同裁判所は,平成19年5月30日,前審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という。)をした。

(3)  前判決の確定により再開された審判手続において,原告は,平成19年7月17日付けで拒絶理由通知を受け,同年9月21日付けで明細書を補正する手続補正(以下,この補正を「本件補正」といい,本件補正後の明細書を,図面と併せ,「本願明細書」という。)をした(甲37)。

特許庁は,平成19年11月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同月28日,その謄本を原告に送達した。

2  特許請求の範囲

本願明細書(甲5,7,37)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。

「【請求項1】 異物が存在するかもしれない回転する検査対象物であるウエハを照明するための照明光学系と,回転する検査対象物であるウエハからの散乱反射光を受光し,

電流信号を出力するための電流源たる受光部と,

該電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流電流成分を除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ部とから形成されているハイパスフィルターと,

該ハイパスフィルターのコンデンサ部からの出力を電流電圧変換し増幅するための増幅部と,

該増幅部からの出力から異物を検出する異物検出部と,を有することを特徴とする異物検出装置。」

3  本件審決の理由

別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,本願の出願前に頒布された刊行物である特開平6-249791号公報(以下「引用刊行物A」という。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知の技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

本件審決が上記結論を導くに当たり認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである。

[引用発明の内容]

「被検査物のウエハ1上の異物2を検査するために,被検査物のウエハ1上にそれぞれレーザー光21を照射するレーザー照射装置22,ガルバノミラー24,集光レンズからなる落射照明系25,及び斜方照明系26と,

被検査物のウエハ1上からの散乱光31を対物レンズ32,リレーレンズ33を介して検出するホトマルからなる散乱光検出器34と,

散乱光検出器34からの出力信号を受け,散乱光検出器34からの出力の直流成分をカットするオフセット処理回路38と,

オフセット処理回路38からの出力信号を増幅する増幅器35と,

増幅器35からの出力信号により異物の有無及び大きさ等を検出する異物判定装置40とを有する欠陥検査装置。」(審決書6頁15行~24行)

[一致点]

「『異物が存在するかもしれない検査対象物であるウエハを照明するための照明光学系と,

検査対象物であるウエハからの散乱反射光を受光し,電流信号を出力するための電流源たる受光部と,

該電流源たる受光部からの電流信号が入力され,直流成分を除去する直流成分除去部と,

該直流成分除去部からの出力を増幅するための増幅部と,

該増幅部からの出力から異物を検出する異物検出部と,を有することを特徴とする異物検出装置。』である点」(審決書7頁38行~8頁7行)

[相違点(ア)]

「検査対象物であるウエハが,本願発明では『回転する検査対象物であるウエハ』であるのに対して,引用発明ではそのような構成を備えていない点。」(審決書8頁10行~11行)

[相違点(イ)]

「電流源たる受光部からの電流信号が入力され,直流成分を除去する直流成分除去部と,該直流成分除去部からの出力を増幅するための増幅部とを,それぞれ本願発明では『電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流電流成分を除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ部とから形成されているハイパスフィルター』と,『該ハイパスフィルターのコンデンサ部からの出力を電流電圧変換し増幅するための増幅部』とで構成されているのに対して,引用発明ではそのような構成を備えていない点。」(審決書8頁13行~21行)

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

本件審決は,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相違点を看過した違法(取消事由1),相違点(イ)の容易想到性の判断を誤った違法(取消事由2)があるから,取り消されるべきである。なお,本件審決における相違点(ア),(イ)の各認定及び相違点(ア)の容易想到性の判断は認める。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)

本件審決は,「引用発明の『オフセット処理回路38』と本願発明の『ハイパスフィルター』とは,『電流源たる受光部からの電流信号が入力され,直流成分を除去して出力する直流成分除去部』である点で共通するものである。」(審決書7頁25行~28行)と認定した。

しかし,以下のとおり,本件審決の上記認定は誤りであるから,本件審決は,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相違点を看過したものというべきである。

ア 本願発明について

本願発明にいう「直流電流成分」とは,「ハイパスフィルター」によって取り除かれる成分を意味し,純粋な直流成分のみを意味するものではない。

すなわち,本願明細書(甲5,7,37)の記載(段落【0003】,【0004】など)によれば,本願発明にいう「直流電流成分」とは,電流電圧変換回路において異物検出のためのダイナミックレンジが広くとれるようにするために,「電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ部とから形成されているハイパスフィルター」によって取り除かれる成分を意味するものであり,「ハイパスフィルター」が除去する対象は,「ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流電流成分」であって,これには,純粋な直流電流成分に加えて,ウエハ表面自身によるウエハの表面のうねりや表面のムラなどに起因する比較的低い周波数成分の電流成分が含まれる。

イ 引用発明について

引用刊行物A(甲1)の記載(【図2】,段落【0032】,【0049】)によれば,引用発明の「オフセット処理回路38」が除去する「直流成分」や「オフセット値」は,一定の値である純粋な直流成分を意味する。このことは,低い周波数成分のヘイズ信号を除去する場合には「異物信号に相当する散乱光信号波形とヘイズ信号(被検査物であるウエハの表面のうねりに相当する信号)とを切り分けるための電気的フイルタ」を「オフセット処理回路38」とは別に追加する旨の記載(段落【0071】)からも明らかである。

ウ 対比

本願発明において「ハイパスフィルター」が除去する「直流電流成分」は,引用刊行物A(甲1)では,直流成分のオフセット及びヘイズ信号(被検査物であるウエハの表面のうねりに相当する信号)の成分に相当するものであり,引用発明の「オフセット処理回路38」が除去する「直流成分」や「オフセット値」とは異なるものである。

したがって,「引用発明の『オフセット処理回路38』と本願発明の『ハイパスフィルター』とが,『電流源たる受光部からの電流信号が入力され,直流成分を除去して出力する直流成分除去部』である点で共通する」ということはできない。

エ まとめ

以上のとおり,本件審決は,一致点の認定を誤り,上記の相違点を看過したものというべきである。

(2)  取消事由2(相違点(イ)の容易想到性の判断の誤り)

本件審決は,特開平3-12832号公報(以下「周知例1」という。甲2)及び実願平1-67670号(実開平3-10319号)のマイクロフィルム(以下「周知例2」という。甲3)を例示して,「一般に,光を電流に変換するフォトダイオードに含まれる直流成分を除去するために,フォトダイオードからの電流信号をアースに導く抵抗部と,フォトダイオードと抵抗部の間から分岐し増幅器との間に配置されるコンデンサ部を設けるとともに,コンデンサ部からの出力を増幅器で電流電圧変換し増幅することは周知」(審決書9頁16行~20行)であると認定した上,「引用発明の・・・オフセット処理回路38も,周知例の・・・抵抗部,及び・・・コンデンサ部も・・・電源からの出力信号となる電流信号に含まれる直流成分を除去する回路で共通するものであり,・・・周知例の抵抗部とコンデンサ部が本願発明と同様にハイパスフィルターを形成することは当然予想されるものであるから,引用発明においても,・・・本願発明のごとく・・・ハイパスフィルター・・・と・・・増幅部・・・とで構成することは当業者が容易になし得るものである。」(審決書9頁26行~10頁13行)と判断した。

しかし,以下のとおり,本件審決の上記判断は誤りである。

ア 周知例1及び2について

(ア) 周知例1(甲2)記載の「バイアス抵抗RB」(1頁右下欄1行~7行参照)は,本願発明における「電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部」と配列的には一致するものの,受光素子1に適切なバイアス電圧を印加させる機能を担うものである(東京理科大学理工学辞典編集委員会編集,「理工学辞典」,日刊工業新聞社1996年3月28日発行,1127頁〔甲34〕参照)。周知例1には,「バイアス抵抗RB」が受光素子1の直流電流成分を除去するハイパスフィルターの一部を構成する旨の記載はなく,その示唆もない。

また,周知例1記載の「コンデンサC2」は,単独で直流分光量をカットし,光量変化分のみを通す機能を果たすものである。周知例1には,「コンデンサC2」が他の素子とともにハイパスフィルターを形成する旨の記載はなく,その示唆もない。

したがって,周知例1記載の「バイアス抵抗RB」が,電流源とバイアス抵抗RBの間から分岐し,増幅部との間に配置されるコンデンサ部と一緒にハイパスフィルターを構成するということはできない。

(イ) 周知例2(甲3)の内容は周知例1と実質的に同一であるから,上記(ア)の点は周知例2にも妥当する。

(ウ) 周知例1又は2記載のコンデンサ単体について検討したとしても,これらは純粋な直流成分のみを除去する構成であり,本願発明のように,抵抗部とコンデンサ部とから形成されるハイパスフィルターの構成により,ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流電流成分を除去するものではない。

イ 周知例3について

この点について,本件審決は,特開平6-137860号公報(以下「周知例3」という。甲53)の段落【0014】の記載を例示して,「フォトダイオードからの電流信号をアースに導く抵抗部と,フォトダイオードと抵抗部の間から分岐し,増幅器との間に配置されるコンデンサ部が設けられた周知例の構成において,この周知例のコンデンサ部は,・・・ハイパスフィルター用のコンデンサであることは明らか」であると説示している(審決書10頁38行~11頁4行)。

しかし,周知例3の段落【0014】では,定常成分を除去する機能を「コンデンサ8」単体が担っているにすぎず,抵抗とコンデンサでハイパスフィルターを形成する旨の記載はなく,その示唆もない。

ウ まとめ

以上のとおり,本件審決は,本願発明における抵抗及びコンデンサと配置が似ているものの,互いに異なる機能や作用を果たす抵抗部及びコンデンサ部から,ハイパスフィルターを形成することが当然予想されるとしたものであり,その論理に飛躍がある。

2  被告の反論

審決の認定判断は正当であり,原告の主張はいずれも理由がない。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)に対し

ア 本願発明について

本願明細書(甲5,7,37)の請求項1には,本願発明の「ハイパスフィルター」が,原告の主張に係る直流成分のオフセット及びヘイズ信号の成分を除去することは,何ら特定されていない。

また,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面を参照しても,本願発明の「ハイパスフィルター」が,直流成分のオフセット及びヘイズ信号の成分を除去することが特定されているとはいえない。

したがって,原告の主張は,本願明細書の記載に基づかないものであり,失当である。

イ 本願発明と引用発明との対比

本願明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本願発明の「ハイパスフィルター」が除去するのは,ウエハ表面自身による散乱光に含まれる直流成分であるといえる。

一方,引用刊行物A(甲1)の記載によれば,引用発明の「オフセット処理回路38」も,本願発明の「ハイパスフィルター」と同様に,ウエハからの散乱光に含まれる直流成分を除去するものである。

ウ まとめ

以上のとおりであるから,本件審決における一致点の認定に誤りはなく,取消事由1に係る原告の主張は失当である。

(2)  取消事由2(相違点(イ)の容易想到性の判断の誤り)に対し

周知例1(甲2)では,フォトダイオードからの電流信号が,「RB」と「C2」から形成される回路部に入力され,直流電流成分が「RB」に流れるとともに「C2」で除去され,交流電流成分の信号が「C2」を介して増幅器に出力されるから,電気回路としてみた場合,「RB」と「C2」から形成された回路部により「ハイパスフィルター」が形成されるということができる。

そして,周知例1記載の「RB」及び「C2」と,本願発明の「抵抗部」及び「コンデンサ部」とは,いずれも抵抗部及びコンデンサ部から構成される回路という同一の構成を有するから,本願発明において,「抵抗部」と「コンデンサ部」が「ハイパスフィルター」を構成する以上,周知例1にその旨の記載がなくとも,「RB」と「C2」が「ハイパスフィルター」を構成することは明らかである。

したがって,本件審決の判断に誤りはなく,取消事由2に係る原告の主張は失当である。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について

原告は,本願発明にいう「直流電流成分」は,「ハイパスフィルター」が除去する成分を意味するのに対し,引用発明の「オフセット処理回路38」が除去する「直流成分」や「オフセット値」は,一定の値である純粋な「直流成分」を意味するものであるから,本件審決は本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り,相違点を看過したものであると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

(1)  本願発明について

原告は,本願発明にいう「直流電流成分」とは,「ハイパスフィルター」によって取り除かれる成分を意味し,純粋な直流成分のみを意味するものではないと主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

ア 特許請求の範囲の記載

本願明細書(甲5,7,37)の請求項1の記載は,前記第2,2のとおりであり,これには,「直流電流成分」に関し,「・・・該電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流電流成分を除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅器との間に配置されるコンデンサ部とから形成されているハイパスフィルターと,・・・」と記載されている。

請求項1の上記記載によれば,本願発明では,「直流電流成分」を除去して出力するために,所定の構成を有する「ハイパスフィルター」が用いられることは特定されているものの,他方,同「ハイパスフィルター」によって除去される「直流電流成分」が,原告の主張する純粋な直流成分のみではなく,その他の成分を含むものと合理的に理解することはできない。

イ 発明の詳細な説明及び図面の記載

進んで,本願明細書(甲5,7,37)の発明の詳細な説明及び図面の記載を検討する。

(ア) 本願明細書(甲5,7,37)の発明の詳細な説明及び図面には,「直流電流成分」について,次の記載等がある。

a 「受光部であるフォトマルによって検出される散乱光電流信号には,図13に示すように,異物による散乱光に相当するパルス成分に加えて,ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流成分が含まれる。」(段落【0002】)

b 「従来の異物検出装置においては,異物を検出するための検出信号に異物による散乱光に相当するパルス成分に加えて,ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流成分が含まれている・・・。」(段落【0003】)

c 「【発明の構成】本発明は,・・・該電流源たる受光部からの電流信号が入力され,該電流信号中の直流電流成分を除去して出力するために,電流源たる受光部からの電流信号をアースに導く抵抗部と,電流源と抵抗部の間から分岐し増幅部との間に配置されるコンデンサ部とから形成されているハイパスフィルターと,・・・を有することを特徴とする異物検出装置である。」(段落【0005】)

d 「【作用】検査対象物からの散乱反射光を受光した受光部の出力電流信号から,直流成分除去部によって直流成分を除去して電圧信号に変換し,増幅部によって増幅して異物検出する。」(段落【0006】)

e 「【作動】フォトマル22の出力電流波形は,図4に示すように,直流成分を含んだものである。フォトマル22の出力を直流成分除去部110によって処理した出力電圧波形は,図5に示すように,直流成分が除去されている。」(段落【【0012】)

f 【図13】は,散乱光電流信号のグラフであって,「異物による散乱光に相当するパルス成分」に対応する,大小5つのパルス波形と,「ウエハ自身による散乱光に相当する直流成分」に相当する水平な直線部からなる波形が記載されている。

g 【図4】は,フォトマル22の出力電流波形であって,図13とほぼ同様の形状のグラフであり,パルス波形と,水平な直線部からなる波形が記載されている。

h 【図5】は,直流成分除去部110によって処理した後の,出力電圧波形のグラフであって,水平な「直線部」が,グラフの横軸上(電圧0V)に位置する波形が記載されている。

(イ) 発明の詳細な説明の前記(ア)aないしeの各記載によれば,「ウエハ表面自身による散乱光に相当する直流成分」を取り除くために「ハイパスフィルター」が用いられることは理解できるものの,電流信号の「直流成分」が,所定の「ハイパスフィルター」の構成で取り除かれる成分であると認めることはできない。

また,【図13】の記載(前記(ア)f)によれば,電流の「直流成分」に相当するのは,水平な直線であるから,電流が一定値をとることは理解できるものの,「直流成分」に「純粋な直流成分」以外の何らかの信号成分が含まれていると認めることはできない。

さらに,【図4】,【図5】の各記載(前記(ア)g及びh)からも,「直流成分除去部」により「純粋な直流成分」以外の何らかの信号成分が除去されるとは認められない。

その他本願明細書の記載を検討しても,本願発明において,「直流電流成分」が原告の主張する純粋な直流成分以外の成分を含むと認めるに足りる記載は見当たらない。

(ウ) 一般に,ハイパスフィルターが,低周波数成分を除去することができるものであることを前提としたとしても,①本願発明にいう「直流電流成分」に「純粋な直流電流成分」以外の電流成分(例えば,被検査物であるウエハの表面のうねりや表面のムラなどに起因する低周波の電流成分など)を含むのであれば,本願明細書に低周波の電流成分や低域のカットオフ周波数等について何らかの記載や図示があるのが自然であるにもかかわらず,そのような記載はないこと,②「純粋な直流電流成分」をハイパスフィルターで除去すれば,電流電圧変換回路の飽和が防止され,異物検出のためのダイナミックレンジを広くとることができ,異物検出部において,測定可能な異物による散乱光の大きさの範囲が広く,広範囲のサイズの異物を検出できるという「純粋な直流電流成分」における効果が,本願明細書に記載されていること等の諸点を総合考慮すれば,本願発明の「直流電流成分」を「純粋な直流電流成分」以外の何らかの電流成分を含むものと理解することはできない。

(エ) なお,原告は,本願発明の「ハイパスフィルター」が除去する対象には,純粋な直流電流成分に加えて,ウエハ表面自身によるウエハの表面のうねりや表面のムラなどに起因する比較的低い周波数成分の電流成分が含まれると主張しているところ,その趣旨が,本願発明にいう「直流電流成分」は「交流電流成分」である「低周波の成分」を含むというものであるとすれば,そのような技術常識に反する解釈(「直流成分」が「交流成分」を含むというもの。)を採用することができないことは,当然である。

ウ まとめ

以上検討したところによれば,本願発明にいう「直流電流成分」は,純粋な直流成分のみを意味するものではなく,特定の構成の「ハイパスフィルター」が除去する電流成分を意味すると解することはできない。

(2)  小括

以上によれば,本願発明にいう「直流電流成分」は,「ハイパスフィルター」が除去する成分であって,引用発明の「オフセット処理回路38」が除去する「直流成分」や「オフセット値」とは異なるという原告の主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点(イ)の容易想到性の判断の誤り)について

原告は,本件審決は,本願発明における抵抗及びコンデンサと配置が似ているものの,互いに異なる機能や作用を果たす抵抗部及びコンデンサ部から,ハイパスフィルターを形成することが当然予想されるとしたものであり,その論理に飛躍があるから,本件審決の相違点(イ)に係る本願発明の構成の容易想到性についての判断は誤りであると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

(1)  周知例1について

ア 周知例1の記載等

周知例1(甲2)には,次の記載等がある。

(ア) 「[従来の技術]

従来,光デイスク装置等の光-電気変換するプリアンプ回路には,第8図に示されているように,受光量-電流変換する受光素子1と前記受光素子1のバイアス抵抗RBと前記受光素子1の直流分光量をカットし,光量変化分のみを通す為のコンデンサC2と電流-電圧変換増幅器2から構成されている。」(1頁左下欄20行~右下欄7行)

(イ) 【第8図】には,受光素子1からの電流信号をアースに導くバイアス抵抗RBと,受光素子1とバイアス抵抗RBの間から分岐し電流-電圧変換増幅器2との間に配置されるコンデンサC2を設ける構成が記載されている。

イ 周知例1記載の回路について

(ア) 周知例1記載のバイアス抵抗RBは,本願発明の「ハイパスフィルター」を構成する「抵抗部」と配列的に一致する(争いはない。)。

(イ) 周知例1の前記アの記載等によれば,①受光素子1からの電流信号をアースに導くバイアス抵抗RBと,受光素子1とバイアス抵抗RBの間から分岐し電流-電圧変換増幅器2との間に配置されるコンデンサC2を設ける構成が記載されており,②バイアス抵抗RBは,受光素子1のバイアス抵抗であること,③コンデンサC2は,受光素子1の直流分光量をカットし,光量変化分のみを通すためのものであることが認められる。

(ウ) 抵抗は,原理的に直流成分もそれ以外の交流成分も流す回路素子であるところ,バイアス抵抗とは,一般に,ある回路素子に所定の電圧(バイアス電圧)をかけるために,回路素子に抵抗を接続し,その抵抗に電流を流すことにより電圧降下を生じさせて,回路素子に適切なバイアス電圧をかけるものである(甲34参照。)。

そうすると,周知例1記載のバイアス抵抗RBも,この抵抗に電流を流すことにより電圧降下を生じさせて,受光素子1に適切なバイアス電圧をかけるものであると理解される。

なお,周知例1記載のバイアス抵抗RBは,受光素子1に適切なバイアス電圧を印加させる機能を有するものであるが,これと同時に他の機能をも備えることができることは,明らかである。

(エ) コンデンサは,原理的に直流成分をカットする(流さない)回路素子であるから,周知例1記載のコンデンサC2も,直流成分は流さないが,信号の変動成分である交流成分等は通過させるものであるといえる。

(オ) 周知例1に記載された受光素子1と,バイアス抵抗RB,コンデンサC2の接続点に着目すると,電流源としての受光素子1からの電流信号は,光量変化分はC2から出力される一方,直流成分はコンデンサC2がカットして流さない以上,直流成分を流すことが可能なバイアス抵抗RBに流れることが明らかである。

そうすると,周知例1には,バイアス抵抗RBとコンデンサC2によりハイパスフィルターを構成する旨の記載はないが,バイアス抵抗RBとコンデンサC2を設けた回路構成によれば,電流源からの変化分は,コンデンサC2から出力される一方,直流成分はバイアス抵抗RBに流れて出力されないので,信号の種類に応じた振り分けが行われており,バイアス抵抗RBとコンデンサC2により,ハイパスフィルターが形成されているということができる。

(2)  周知例2について

周知例2(甲3)の記載(明細書1頁14行~2頁7行,第3図)によれば,周知例2には,受光素子1からの電流信号をアースに導くバイアス抵抗RBと,受光素子1とバイアス抵抗RBの間から分岐し電流-電圧変換増幅器2との間に配置されるコンデンサC1を設けるという回路構成が記載されており,周知例1の場合と同様に,バイアス抵抗RBとコンデンサC1により,ハイパスフィルターが形成されているということができる。

(3)  小括

以上検討したところによれば,周知例1及び2にその旨の記載がなくとも,周知例1のバイアス抵抗RBとコンデンサC2,周知例2のバイアス抵抗RBとコンデンサC1が,いずれも「ハイパスフィルター」を構成することは,その構成上明らかである(なお,周知例1及び2において,上記各回路構成はいずれも「従来技術」として記載されているものである。)。

したがって,相違点(イ)の容易想到性についての審決の認定判断は,これを是認することができる。

原告主張の取消事由2は理由がない。

3  結論

原告はその他縷々主張するが,いずれも理由がない。

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,また,審決に,これを取り消すべきそのほかの誤りがあるとも認められない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 齊木教朗 裁判官 嶋末和秀)

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