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知財高等裁判所 平成20年(ネ)10022号 判決 2008年7月30日

控訴人

被控訴人

株式会社オンワード樫山

訴訟代理人弁護士

森田健二

山田明文

田子陽子

今枝陽子

小池信人

寺本昌晋

加藤絢子

柳岡茂

訴訟代理人弁理士

三中英治

三中菊枝

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,300万円を支払え。

3  被控訴人は,ストレッチできるポリウレタン繊維若しくはポリウレタン布地を使用し,それらから繊維製品を製造し,又はストレッチできるポリウレタン繊維,ポリウレタン布地若しくは上記製造した繊維製品を販売してはならない。

第2当事者の主張

1  当事者双方の主張は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2「当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。

2  控訴人

控訴人の当審における主張は,別紙(一)の控訴理由書記載のとおりである。

3  被控訴人

(1)  控訴の理由1に対し

すべて否認ないし争う。

控訴人は,米国特許出願08/433047号に基づく優先権主張をして特願平8-59205号の特許出願を行ったところ,これが拒絶査定されたことを「虚偽削除をして暗殺した」として,被控訴人に上記特許権の取得を妨害された旨主張するが,そのような事実はない。

すなわち,控訴人が文言を「虚偽削除」されたと主張する書面(甲61の一部,乙2の1)は,日本特許庁が作成した公報用の要約書英訳版にすぎず,優先権証明書ではない。また,そもそも,被控訴人が上記書面の作成に関与した事実はない。

加えて,特願平8-59205号は,単に特許庁における審査において,進歩性の欠如等の理由で拒絶査定されたにすぎない。

(2)  控訴の理由2に対し

すべて否認ないし争う。

控訴人は「刊行物等提出書」(甲64)について主張するが,被控訴人は同書面の作成,提出に関わっておらず,法的責任を負うことはない。また,そもそも,同書面の作成,提出により,作成提出者が法的責任を負うこともない。

加えて,被控訴人が控訴人と秘密保持契約を締結した事実はなく,義務違反はない。

なお,控訴人は,特願平8-59205号及び特願2000-400120号(乙12)が拒絶されたことがパリ条約4条の4に違反すると主張するが,これらは,単に特許要件を具備しないことを理由として拒絶されたものであり,「特許の対象である物の販売又は特許の対象である方法によって生産される物の販売が国内法令上の制限を受けることを理由として」(パリ条約4条の4)特許を拒絶し又は無効としたものではないから,同条に違反するものではない。

(3)  控訴の理由3に対し

控訴人が「日本秘密警察」と「日産社員」らに暴行されたとする点及びその経緯については不知,その余は否認ないし争う。

特願2000-400120号は,特許要件を具備していなかったため,特許庁における審査で拒絶されたものであり,その後上告が棄却され,又は上告受理申立てが却下されており,確定済みである。

なお,各国における特許は独立したものであり(パリ条約4条の2第1項),第一国で特許が成立しても,第二国においてはそれと独立して特許性が判断されることになる。

(4)  控訴の理由4に対し

すべて否認ないし争う。

(5)  控訴の理由5に対し

本件と無関係な主張であり,認否の限りではないが,敢えて認否すれば,不知である。

第3当裁判所の判断

1  Aに対する控訴提起の有無

本件記録によれば,原審における被告は株式会社オンワード樫山とAの両名であり,原判決も上記両名を被告としてなされているところ,控訴人が原審裁判所に提出した控訴状は別紙(二)の1のとおりであり,また,当裁判所が控訴人に対し「お尋ね」として被控訴人が誰であるかを釈明したことに対する回答は別紙(二)の2及び3であった。しかるに控訴人は,平成20年6月18日の当審第1回口頭弁論期日において,本件の被控訴人は株式会社オンワード樫山だけでなくA個人も含まれる旨主張している。

よって検討するに,民事訴訟法286条は控訴提起の方式について規定し,「控訴の提起は,控訴状を第一審裁判所に提出してしなければならない」(1項),「控訴状には,次に掲げる事項を記載しなければならない。①当事者及び法定代理人,②第一審判決の表示及びその判決に対して控訴をする旨」(2項)としていることからすると,一審被告であったAに対し控訴人から控訴提起があったかどうかは,手続安定の見地から,専ら控訴状ないしこれを補完する書面の記載のみによって判断すべきものであるところ,前記別紙(二)の1,2,3のとおり,被控訴人は「株式会社オンワード樫山 代表者代表取締役A」(別紙(二)の1),「株式会社オンワード樫山代表取締役A」(別紙(二)の2),「株式会社オンワード樫山(代表者代表取締役A)」(別紙(二)の3)と記載しているのであって,そのほかに「A」と記載はしていないのであるから,被控訴人とされたのは株式会社オンワード樫山のみであり,A個人は被控訴人とされていないと認めるのが相当である。したがって,A個人も被控訴人であるとする控訴人の上記主張は理由がない。

2  本件における基礎的事実関係

(1)  証拠(乙1~13〔枝番を含む〕)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア 控訴人は,1995年(平成7年)5月3日の優先権(米国,優先権主張番号08/433047)を主張して,平成8年3月15日,名称を「布地の縫製方法」とする発明について日本国特許庁に特許出願をした(特願平8-59205号,以下「本願」という。公開日は平成8年11月19日,公開特許公報は特開平8-299627〔乙2の2〕)。

イ 一方,控訴人出願に係る上記米国特許出願第08/433047号は,1996年〔平成8年〕12月3日,米国特許第5579709号(以下「本件米国特許」という。乙5)として特許権が付与された。

ウ(ア) さて,日本国特許庁が,技術情報として,本願に係る特開平8-299627号公報に基づき作成した同公報要約書(PATENT ABSTRACTS OF JAPAN)の英訳版の内容は,次のようなものである(乙2の1。なお,同文書の左上には特許庁の公印と「JAPANESE PATENT OFFICE」との表示がある。)。

「PATENT ABSTRUCTS OF JAPAN

(11) Publication number:08299627A

(43) Date of publication of application:19.11.96

(51) Int.ClD05B1/20

D06H5/00

(21) Application number.08059205 (71)Applicant:X

(22) Date of filing:15.03.96 (72)Inventor:X

(30) Priority:03.05.95US95433047

(54) SEWING METHOD FOR FABRIC

(57) Abstruct:

PURPOSE:To provide a sewing method causing no puckering at a seam part and capable of sewing expansion fabrics while maintaining the expansion property,

CONSTITUTION:Two fabrics 10,11 are overlapped so that the first faces (faces on the back side when sewing is completed) are located on the outside and the second faces (faces on the surfaceside when sewing is completed) are faced to each other.The first stitches 12 are formed along outer edges 10a,11a, free ends 10b,11b are formed between the first stitches 12 and the outer edges 10a, 11a respectively, and major sections 10c, 11c are formed on the inside of the first stitches 12. The fabrics 10, 11 are folded back at the first stitches 12 to cover the free ends 10b, 11b, and the second stitches (holding stitches) are formed on the folded-back fabrics and on the outside of the covered free ends 10b, 11b at the locations kept in no contact with them.

COPYRIGHT:(C)1996,JPO」

(イ) そして,本願に係る特開平8-299627号公報において上記(ア)の英訳版に対応する部分は,次のようなものである(乙2の2)。

「(54)【発明の名称】 布地の縫製方法

(57) 【要約】

【課題】 縫い合わせ部にパッカリングが起こることがなく,また,伸縮性を有する布地を伸縮性を維持したまま縫い合わせることができる縫製方法を提供する。

【解決手段】 2枚の布地10,11は,1番目の面(縫製が完了したときに裏側になる面)が外側に,2番目の面(縫製が完了したとき表側になる面)が互いに対面するように重ね合わされ,1番目のステッチ12は外縁10a,11aに沿って形成され、自由端10b,11bは、1番目のステッチ12と外縁10a,11aの間にそれぞれ形成され、主要部10c,11cは1番目のスッテッチ12の内側に形成され、布地は10,11は1番目のステッチ12で折り返され、自由端10b,11bを被覆し、折り返された布上で且つ被覆された自由端の外側で自由端に接しない位置に2番目のステッチ(保持ステッチ)を形成する。」

(ウ) これに対し,控訴人が特許権者である本件米国特許の明細書における上記(ア)の英訳版に対応する部分は,概ね次のようなものである(乙5)。

「UnitedStatesPatent  [11]PatentNumber: 5,579,709

X  [45]DateofPatent:Dec.3,1996

[54] METHOD OF SEWING TWO STRETCHABLE CLOTHS

[76] Inventor: X,…《以下略》

[21] Appl.No.:433,047

[22] Filed: May 3,1995

《中略》

[57] ABSTRUCT

Two cloths strechable in all the directions can be sewed together beautifully.Each strechable cloth includes an outer edge,a first sewing line situated away from the outer edge to thereby form a free end between the outer edge and the first sewing line,and a main portion.The cloths are laminated and sewed along the first sewing lines to form an outer stitch.Then, at least one of the two stretchable cloths is turned, so that the free ends of the stretchable cloths are covered by at least one of the main portions. Thereafter, the stretchable cloths are sewed along a second sewing line outside the free ends while the free ends are stretched in a direction away from the second sewing line to thereby form a holding stitch. Accordingly, the two stretchable cloths are sewed beautifully and stretchably.」

ウ 日本国特許庁に対する前記本願に対する審査手続中である平成12年2月4日,同庁に対し,要旨次の内容の刊行物等提出書が提出された(乙3,なお,提出者の氏名は省略とされており,不明である。)。

「1.理由の要約

特開平8-299627に係る発明(以下,本願発明という)は,刊行物1.における5枚目(1.06.03)と刊行物2.の3枚目の[23]の図面から,進歩性なきものとして拒絶されるべきと考える。

2.具体的理由

2-1:提出刊行物の説明

(1) 刊行物1.BS3870:Part2:1991(ISO4916:1991)について

刊行物1.は,BritishStandardの1991年版である。このスタンダードは,”Stitchesandseams”に関するものであり,刊行物1.は,このうちシームタイプの分類と技術を示す第2編の一部コピーである。また,このBS3870はISO規格にも対応しており,1991年版のISO4916になっている。

刊行物1.の5枚目(1.06.03)と6枚目(3.03.07)には,本願発明における特徴部分が開示されている。

(2) 刊行物2.Milano Itma75について

刊行物2.は,Milano Itoma75の一部コピーであり,その2枚目に示すように,1975年に発行されたものである。刊行物2.の3枚目[23]には,『ロックミシン縫い』又は『インターロックミシン縫い』による縁止めが示されている。」

エ 特許庁審査官は,平成14年1月23日付けで①本願は特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない,②本願発明は実願平4-54300号(実開平6-16428号)のCD-ROM等から容易想到であった等とする拒絶理由通知(乙11の1)を発した上,平成14年6月21日付けで本願について拒絶査定をし(乙11の2),同拒絶査定は確定した。

(2) 以上によれば,①本願発明の公開公報における発明の名称「布地の縫製方法」は,本件米国特許の明細書においては「METHOD OF SEWING TWO STRETCHABLE CLOTHS」と英訳されているのに対し,特許庁の作成に係る公開公報の英訳版においては「SEWING METHOD FOR FABRIC」と英訳されていること,また,②同公開公報の【要約】部分における「【課題】縫い合わせ部にパッカリングが起こることがなく,また,伸縮性を有する布地を伸縮性を維持したまま縫い合わせることができる縫製方法を提供する。」との記載部分は,本件米国特許には直接対応する記載はなく,その代わり,要約(ABSTRUCT)部分の冒頭に,「Two cloths strechable in all the directions can be sewed together beautifully.」との記載があるのに対し,特許庁の作成に係る公開公報の英訳版においては,「PURPOSE:To provide a sewing method causing no puckering at a seam part and capable of sewing expansion fabric while maintaining the expansion property.」と英訳されていること,さらに,③本願発明に係る審査手続の係属中,本願発明は進歩性がなく拒絶される旨の意見を付した刊行物等提出書が提出されたこと,④本願発明は最終的に拒絶査定を受け,これが確定したこと,が認められる。

3  控訴の理由1について

控訴人の控訴の理由1に係る主張は,被控訴人が,東レ株式会社,YKK株式会社と共謀して,経済産業省(特許庁)に依頼し,控訴人の出願に係る公開特許公報(特開平8-299627号)の英訳を偽造・ねつ造させ,これを暗殺(特許権の取得を阻止)したものであり,これがパリ条約4条の4に違反する旨主張するものと理解することができるので,この点について検討する。

控訴人の上記主張は,控訴人が取得した本件米国特許の明細書(乙5)と特許庁作成の公開公報英訳版(乙2の2)とで発明の名称及び要約の英訳が異なることについて,後者の英訳は被控訴人らの依頼に基づき特許庁が捏造したものであるとし,その上で,この捏造により本願特許が拒絶査定を受けたとして,控訴人の特許が被控訴人により「暗殺」されたと主張するもののようである。

しかし,上記乙2の1,2及び弁論の全趣旨によれば,当該英訳版は特許庁が職務上作成すべき技術情報であることは明らかであり,その作成が被控訴人の依頼に基づくものであるとは認められず,そのような事情があることを認めるに足りる証拠もない。

この点,控訴人は,刊行物等提出書が提出されたことをもって,上記英訳版の作成が被控訴人の依頼に基づくものであることの根拠となると主張するようであるが,同刊行物等提出書が被控訴人の作成,提出したものであることを認めるに足りる証拠はない(前記のとおり,刊行物等提出書〔乙3〕における提出者の記載は省略されており,不明である。)。

そうすると,本願発明に係る公開公報の英訳の当否や,その作成がパリ条約に違反するか否かを検討するまでもなく,控訴人の上記主張は採用することができない。

なお控訴人は,原審における被控訴人の答弁書において,本願に係る優先権主張番号である「433047号」を「043307号」と誤記したこと等をもって,被控訴人の「捏造」行為である旨主張するが,このような誤記の存在を考慮に入れたとしても,上記判示したところが左右されるものではない。

4  控訴人のその余の主張について

控訴人のその余の主張は,前記控訴の理由2~5も含め,いずれも控訴の理由1に係る主張を前提とするものであり,これを採用することができないことは前記のとおりである。

したがって,控訴人のその余の主張はいずれも採用することができない。

5  結論

以上のとおりであるから,控訴人の被控訴人に対する本訴請求はいずれも理由がない。

よって,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 澁谷勝海)

以下別紙省略

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