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知財高等裁判所 平成20年(ネ)10077号 判決 2009年3月25日

控訴人

株式会社日本システム研究所

控訴人

控訴人ら訴訟代理人弁護士

平井昭光

原井大介

被控訴人

ソニー株式会社

訴訟代理人弁護士

熊倉禎男

富岡英次

高石秀樹

訴訟代理人弁理士

越柴絵里

補佐人弁理士

那須威夫

被控訴人

東日本旅客鉄道株式会社

訴訟代理人弁護士

木崎孝

村田真一

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人ソニー株式会社は,控訴人らに対し,各7億5000万円及びこれに対する平成19年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  被控訴人東日本旅客鉄道株式会社は,控訴人らに対し,各2億5000万円及びこれに対する平成19年8月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人ら

主文同旨

第2事案の概要

本件は,非接触伝送装置の発明に係る特許権(存続期間満了により既に消滅した。)及び信号伝送装置の発明に係る特許権(特許料の不納により既に消滅した。)を共有していた控訴人らが,被控訴人ソニー株式会社による非接触ICカードシステム「FeliCa」に用いるカード及びリーダ/ライタの製造販売,被控訴人東日本旅客鉄道株式会社による非接触ICカードシステム「Suica」に用いるカードの販売,カード及びリーダ/ライタの使用が,控訴人らの共有する特許権を侵害すると主張し,不法行為に基づき,被控訴人らに対し,損害賠償(特許法102条3項)及びこれに対する不法行為の後である平成19年8月23日(各被控訴人(原審被告)に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は,「FeliCa」に用いるカード及びリーダ/ライタ並びに「Suica」に用いるカード及びリーダ/ライタは,控訴人らが共有する特許権の特許発明の技術的範囲に属さず,被控訴人らは控訴人らが共有する特許権を侵害したものとは認められないとして,控訴人らの請求をいずれも棄却した。控訴人らは,これを不服として,本件控訴を提起した。

1  前提事実(認定の根拠となる証拠等を摘示した部分以外は,当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 控訴人ら

(ア) 控訴人(原審原告)株式会社日本システム研究所は,電子計測器,自動制御装置及び情報処理装置の研究開発,製造,販売等を業とする株式会社である。

(イ) 控訴人(原審原告)A(以下,控訴人(原審原告)株式会社日本システム研究所及び同Aを包括して「原告ら」という。)は,Bとともに控訴人(原審原告)株式会社日本システム研究所の代表取締役であり,後記本件発明1及び2の発明者の一人である。(甲5,7,乙2,11,弁論の全趣旨)

イ 被控訴人ら

(ア) 被控訴人(原審被告)ソニー株式会社(以下「被告ソニー」という。)は,電子・電気機械器具の製造,販売等を業とする株式会社である。

(イ) 被控訴人(原審被告)東日本旅客鉄道株式会社(以下「被告JR東日本」といい,被告ソニーと被告JR東日本を包括して「被告ら」という。)は,旅客鉄道事業,貨物鉄道事業等を業とする株式会社である。

(2)  本件特許権

原告らは,次のア,イ記載の特許権を共有していた。

ア 本件特許権1

(ア) 特定事項

登録番号

特許第3574452号

発明の名称

非接触伝送装置

出願番号

特願2003-180056号

出願日

昭和60年6月3日

原告らは,昭和60年6月3日,特許出願(特願昭60-120291号。以下「原々出願」という。)をし,原々出願の分割出願として特許出願(特願2002-316493号。以下「原出願」という。)をし,さらに,平成15年6月24日,原出願の分割出願として上記出願番号(特願2003-180056号)の特許出願をした。

登録日

平成16年7月9日

存続期間満了日

平成17年6月3日

(以下,上記の特許,特許権を「本件特許1」,「本件特許権1」という。)

(甲4,5,乙1,2,弁論の全趣旨)

(イ) 発明の内容

本件特許1に係る特許出願の願書に添付した明細書は,平成16年5月6日付け手続補正書(乙10)により補正された(同補正後の請求項の数は2である。以下,同補正後の明細書を図面とともに「本件明細書1」という。本件明細書1の内容は,別紙1「特許公報」(甲5)のとおりである。)。

本件明細書1の特許請求の範囲の請求項1の記載(以下,本件明細書1の請求項1記載の発明を「本件発明1」という。)を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,構成要件はAないしMの符号により特定する。)。

A 固定側装置と,前記固定側装置に対し離間して交信することができる移動側装置とを備え,

B 前記固定側装置に設けられた第1の電磁ヘッドのコイルと前記移動側装置に設けられた第2の電磁ヘッドのコイルとの間で,電磁波を非接触で伝送するようにした装置であって,

C 前記固定側装置は,電力送信部と信号受信部とを含み,

D 前記電力送信部は,前記移動側装置の前記第2の電磁ヘッドに向けて電力と指令制御信号の電磁波を送信する手段を備え,

E 前記信号受信部は,前記第1の電磁ヘッドにより受信したデータ信号の復調処理を行う手段と,前記データ信号を外部回路に送出する手段とを有し,

F 前記移動側装置は,電力受信部と信号送信部とを含み,

G 前記電力受信部は,前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドと近接したときに前記電磁波を受信して処理する手段と,

H 受信した前記電磁波の一部を整流して電源用電力を形成し,当該移動側装置に給電する手段とを有し,

I 前記信号送信部は,前記電源用電力が与えられて前記データ信号を入力する入力手段と,

J 前記データ信号および受信電力変化量の信号を信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として前記固定側装置の信号受信部に伝送する手段を備え,

K 前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドに接近したときに,前記移動側装置は受信した前記電磁波により動作に必要な電力を得て,

L 該移動側装置の電力受信部で受信した電力の変化量に応じて,該移動側装置の信号送信部から伝送されて前記固定側装置の信号受信部で受信される電力変化量の信号に基づいて前記固定側装置の電力送信部の送信出力を制御する機能を備えたことを特徴とする

M 非接触伝送装置

イ 本件特許権2

(ア) 特定事項

登録番号

特許第1601672号

発明の名称

信号伝送装置

出願番号

特願昭60-273645号

出願日

昭和60年12月5日

登録日

平成3年2月18日

特許権の消滅日

平成17年6月1日,第16年分特許料の不納により特許権は消滅した。

(以下,上記の特許,特許権を「本件特許2」,「本件特許権2」という。)

(甲6ないし9)

(イ) 発明の内容

本件特許2の特許請求の範囲の請求項1については,平成16年6月16日,無効審判が請求され(無効2004-80078号。乙12),原告らは,本件特許2につき,同年8月31日付け訂正請求書(乙16)による訂正(第1回訂正)及び同年12月28日付け訂正請求書(甲8,乙20)による訂正(第2回訂正)を請求した。特許庁審判官は,平成17年3月15日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(甲9,乙37)をし,同審決は,同年4月25日,確定した(平成17年3月15日の審決により認められた第2回訂正後の請求項の数は1である。以下,同訂正後の明細書を図面とともに「本件明細書2」という。本件明細書2の内容は,別紙2「訂正明細書」(甲8,乙20の訂正請求書に添付された訂正明細書)及び別紙3「特許出願の願書に添付した図面」(乙11,甲7)のとおりである。)。

本件明細書2の特許請求項の範囲の請求項1の記載(以下,本件明細書2の請求項1記載の発明を「本件発明2」という。)を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,構成要件はNないしUの符号により特定する。)。

N 電気回路で構成した運動体側と固定体側にそれぞれ装着される能動用と受動用との複数のモジュールのそれぞれに送信ヘッドと受信ヘッドとを有する伝送部を備え,

O 他のモジュールの伝送部と互いに対向した状態で,デジタルやアナログ的な各種のデータ信号を,電磁波を用いて互いに非接触で伝送することができ,

P その中の何れか一方のモジュールの動作に必要な電力を他方のモジュールから電磁波により非接触で伝送するように構成された信号伝送装置において,

Q 前記電力を受電する側のモジュールにコンデンサや電池の如き蓄電機器を装備して受電電力により充電し,

R1 その充電状態を判定した上で,

R2 これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なうに際して,

S 電力伝送の電磁波の周波数を,伝送したいクロック周波数と同一,又は,その整数倍にしておき,両モジュールのクロック周波数を共通にすると共に,

T 前記モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路を備えることによって,その検知信号に基づき前記蓄電機器に対する充電の時間や前記データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るようにしたことを特徴とする

U 信号伝送装置。

(3)  対象製品の構成

ア 被告ソニーは,非接触ICカードを用いる技術方式として,非接触ICカードシステム「FeliCa」を開発し,「FeliCa」に用いるカード及びリーダ/ライタを製造販売している。

イ 被告JR東日本は,非接触ICカードシステム「Suica」に用いる非接触ICカードを自社の鉄道を利用する顧客に対し交付し,それに対応するリーダ/ライタを備えた自動改札機,精算機等を駅構内等に設置しており,「Suica」は,「FeliCa」と同様の技術方式を採用している。

ウ 「FeliCa」に用いられるカード及びリーダ/ライタ,「Suica」に用いられるカード及びリーダ/ライタ(以下,「FeliCa」に用いられるカード及び「Suica」に用いられるカードを包括して「対象カード」といい,「FeliCa」に用いられるリーダ/ライタ及び「Suica」に用いられるリーダ/ライタを包括して「対象リーダ/ライタ」といい,「FeliCa」に用いられるカード及びリーダ/ライタ,「Suica」に用いられるカード及びリーダ/ライタを包括して「対象製品」という。)の構成は,別紙4「対象製品の構成」記載のとおりである(本件発明1に対応する構成は,別紙4「対象製品の構成」記載の構成aないしmのとおりであり,本件発明2に対応する構成は,別紙4「対象製品の構成」記載の構成nないしuのとおりである。以下,対象製品の構成は,aないしm,nないしuの符号により特定する。)。

(4)  構成要件充足性

対象製品による構成要件充足性のうち,当事者間に争いのない部分は,次のとおりである。

ア 本件発明1

(ア) 構成要件AないしFについて

構成aないしfは,それぞれ構成要件AないしFを充足する。

(イ) 構成要件Gについて

構成gは,構成要件Gの「前記電力受信部は,」,「前記電磁波を受信して処理する手段」との部分を充足する。(後記2(1)アのとおり,構成要件Gのその他の部分の構成要件充足性については争いがある。)

(ウ) 構成要件H,Iについて

構成h,iは,それぞれ構成要件H,Iを充足する。

(エ) 構成要件Jについて

構成jは,構成要件Jの「前記データ信号」,「を」,「電磁波として前記固定側装置の信号受信部に伝送する手段を備え」との部分を充足する。(後記2(1)イ,ウのとおり,構成要件Jのその他の部分の構成要件充足性については争いがある。)

(オ) 構成要件Kについて

構成kは,構成要件Kの「前記移動側装置は受信した前記電磁波により動作に必要な電力を得て」との部分を充足する。(後記2(1)アのとおり,構成要件Kのその他の部分の構成要件充足性については争いがある。)

(カ) 構成要件Lについて

対象製品は,構成要件Lの「該移動側装置の信号送信部から伝送されて前記固定側装置の信号受信部で受信される」との部分を充足する。(後記2(1)ウ,エのとおり,構成要件Lのその他の部分の構成要件充足性については争いがある。)

(キ) 構成要件Mについて

構成mは,構成要件Mを充足する。

イ 本件発明2

(ア) 構成要件Nについて

構成nは,構成要件Nの「電気回路で構成した運動体側と固定体側にそれぞれ装着される能動用と受動用との複数のモジュールのそれぞれに」,「伝送部を備え,」との部分を充足する。(後記2(2)アのとおり,構成要件Nのその他の部分の構成要件充足性については争いがある。)

(イ) 構成要件O,Pについて

構成o,pは,それぞれ構成要件O,Pを充足する。

(ウ) 構成要件Qについて

構成qは,構成要件Qの「前記電力を受電する側のモジュールにコンデンサ」,「を装備して」との部分を充足する。(後記2(2)イのとおり,構成要件Qのその他の部分の構成要件充足性については争いがある。)

(エ) 構成要件R2について

構成q,rは,構成要件R2の「他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なうに際して」との部分を充足する。(後記2(2)ウ,エのとおり,構成要件R2のその他の部分の構成要件充足性については争いがある。)

(オ) 構成要件Sについて

構成sは,構成要件Sを充足する。

(カ) 構成要件Uについて

構成uは,構成要件Uを充足する。

2  争点

(1)  本件発明1の構成要件充足性

ア 争点1(構成要件G,K-第2の電磁ヘッドと第1の電磁ヘッドの接近)

構成gの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとの通信距離がおよそ100mm以内に接近した場合に」との構成,構成kの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとが接近した場合」との構成は,それぞれ,構成要件Gの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドと近接したときに」との部分,構成要件Kの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドに接近したときに」との部分を充足するか。

イ 争点2-1(構成要件J-変調を施した電磁波)

構成jの「負荷変調回路の抵抗値を変更することによって振幅変調した13.56MHzの周波数の電磁波を用いて」との構成は,構成要件Jの「信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として」との部分を充足するか。

ウ 争点2-2(構成要件J,L-受信電力変化量の信号)

構成jの「対象カードと対象リーダ/ライタは電磁結合しているため,①対象カードを対象リーダ/ライタに近接させると,対象リーダ/ライタの作る総磁束のうち,対象カードの第2のアンテナと錯交する磁束の割合が大きくなり,対象カードに最初よりも高い高周波電圧が誘起される。②この誘起は,対象カードの磁界を変化させ,変化した磁界が対象リーダ/ライタの第1のアンテナと錯交することにより,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,最初よりも低下する。①から②のプロセスが繰り返され,短時間の間に一定の値に収束する。この際,対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波は,当該電磁波が変調波である場合は,振幅が異なるがやはり変調波となっている。」との構成は,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足するか。

エ 争点3(構成要件L-送信出力を制御する)

構成l(「対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,対象カードが接近すると,前記構成jのとおり,低下する。対象リーダ/ライタのソースインピーダンスは,対象リーダ/ライタと対象カードの相互インダクタンスによる影響を考慮して,設計されている。対象カードには,過電流保護回路が設けられている。」)は,構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足するか。

(2)  本件発明2の構成要件充足性

ア 争点4(構成要件N-送信ヘッドと受信ヘッド)

構成nの「送受信兼用の1個の第2のアンテナを有している」との構成は,構成要件Nの「送信ヘッドと受信ヘッドとを有する」との部分を充足するか。

イ 争点5(構成要件Q-蓄電機器)

構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は,構成要件Qの「蓄電機器」との部分を充足するか。

ウ 争点6(構成要件R1-充電状態,構成R2-電源)

構成r(「対象カードは,整流平滑回路のコンデンサの充電電圧が2.8Vになった場合に作動するように構成されている。」)は,構成要件R1の「充電状態を判定」との部分,構成要件R2の「これを電源として」との部分を充足するか。

エ 争点7(構成要件R2-間欠的に)

対象カードは,構成要件R2の「間欠的に」との部分を充足するか。

オ 争点8(構成要件T-対向状態の検知)

対象製品は,構成要件T(「前記モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路を備えることによって,その検知信号に基づき前記蓄電機器に対する充電の時間や前記データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るようにしたことを特徴とする」)を充足するか。

(3)  本件特許1の無効の成否

ア 争点9-1(乙14を主要な刊行物とした場合の本件発明1の容易想到性)

本件発明1は,乙14(特開昭56-140486号公報)と乙23(特開昭60-84030号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。

イ 争点9-2(乙13を主要な刊行物とした場合の本件発明1の容易想到性)

本件発明1は,乙13(特開昭57-32144号公報)と乙23に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。

ウ 争点9-3(本件発明1の新規性)

本件発明1は,乙13に記載された発明,乙14に記載された発明と同一か。

(4)  本件特許2の無効の成否

ア 争点10-1(本件明細書2の記載要件不備)

本件明細書2の発明の詳細な説明の記載は,昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条3項(発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。)に規定する要件を満たしていないか。本件明細書2の特許請求の範囲の記載は,昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項(発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。)に規定する要件を満たしていないか。

イ 争点10-2(乙13を主要な刊行物とした場合の本件発明2の容易想到性)

本件発明2は,乙13と乙32(特開昭50-11614号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。乙13と乙33(特開昭59-122980号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。

ウ 争点10-3(乙25を主要な刊行物とした場合の本件発明2の容易想到性)

本件発明2は,乙25(特開昭52-150937号公報)と乙32に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。乙25と乙33に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。

(5)  使用による侵害の成否(争点11(カード使用による侵害の成否))

被告JR東日本が「Suica」に用いるリーダ/ライタを組み込んだ自動改札機等を駅及び駅売店等に設置し,「Suica」に用いるカードを顧客に交付し,顧客がそのカードを駅の自動改札機や駅売店等で使用することは,被告JR東日本が自ら「Suica」のカード及びリーダ/ライタを使用したことに当たるか。

(6)  損害

ア 争点12-1(被告ソニーの侵害による損害額)

被告ソニーが本件特許権1及び2を侵害したことによる損害額

イ 争点12-2(被告JR東日本の侵害による損害額)

被告JR東日本が本件特許権1及び2を侵害したことによる損害額

第3争点に関する当事者の主張

1  本件発明1の構成要件充足性

(1)  争点1(構成要件G,K-第2の電磁ヘッドと第1の電磁ヘッドの接近)

構成gの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとの通信距離がおよそ100mm以内に接近した場合に」との構成,構成kの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとが接近した場合」との構成は,それぞれ,構成要件Gの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドと近接したときに」との部分,構成要件Kの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドに接近したときに」との部分を充足するか。

ア 原告らの主張

(ア) 構成要件の解釈

構成要件Gの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドと近接したときに」,構成要件Kの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドに接近したときに」とは,文字どおり,第2の電磁ヘッドが第1の電磁ヘッドから電磁波を受信する際の距離が接近することを意味し,特定の距離になったことを検出することまでを意味するものではない。

(イ) 充足性

構成gの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとの通信距離がおよそ100mm以内に接近した場合に」との構成,構成kの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとが接近した場合」との構成は,いずれも,第2の電磁ヘッドが第1の電磁ヘッドから電磁波を受信する際の距離が接近することを意味するから,それぞれ,構成要件Gの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドと近接したときに」との部分,構成要件Kの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドに接近したときに」との部分を充足する。

イ 被告らの反論

(ア) 構成要件の解釈について

構成要件Gの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドと近接したときに」,構成要件Kの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドに接近したときに」とは,第2の電磁ヘッドが第1の電磁ヘッドから電磁波を受信する際の距離が接近していることのみではなく,特定の距離になったことを検出することを意味する。

(イ) 充足性について

構成gの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとの通信距離がおよそ100mm以内に接近した場合に」との構成,構成kの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとが接近した場合」との構成は,いずれも,第2の電磁ヘッドが第1の電磁ヘッドから電磁波を受信する際の距離が接近することを意味するが,特定の距離になったことを検出することまでは意味しない。

したがって,構成gの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとの通信距離がおよそ100mm以内に接近した場合に」との構成,構成kの「第2のアンテナと対象リーダ/ライタの第1のアンテナとが接近した場合」との構成は,いずれも,構成要件Gの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドと近接したときに」との部分,構成要件Kの「前記第2の電磁ヘッドが前記第1の電磁ヘッドに接近したときに」との部分を充足しない。

(2)  争点2-1(構成要件J-変調を施した電磁波)

構成jの「負荷変調回路の抵抗値を変更することによって振幅変調した13.56MHzの周波数の電磁波を用いて」との構成は,構成要件Jの「信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として」との部分を充足するか。

ア 原告らの主張

(ア) 構成要件の解釈

構成要件Jの「信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として」とは,「信号を,信号伝送用周波数である13.56MHzにより,何らかの変調を施した電磁波として」との意味である。その理由は,以下のとおりである。

a 構成要件Jの文言は,「信号を」,「信号伝送用周波数により」,「変調を施した電磁波として」,「前記固定側装置の信号受信部に」,「伝送する」と分析することができるから,上記のとおり解するのが自然である。

b 信号を電磁波を用いて送信する場合には,何らかの変調(振幅変調,周波数変調,位相変調など)を用いることが技術常識であるから,構成要件Jの「変調を施した」とは,そのような何らかの変調を施すことを意味する。

c 本件明細書1には「・・・通常の無線通信などで用いられる各種の変調方式の殆どを適用できる」(【0024】)との記載がある。

d 周波数変調とは,信号に応じて搬送波の周波数を変化させる変調であり,周波数を客体とする変調方式であるところ,構成要件Jの「信号伝送用周波数『により』変調を施した」という文言はこれに合致しない。

(イ) 充足性

構成jの「負荷変調回路の抵抗値を変更することによって振幅変調した13.56MHzの周波数の電磁波を用いて」との構成は,「信号を,信号伝送用周波数である13.56MHzにより,振幅に変調を施した電磁波として」の意味であるから,構成要件Jの「信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として」との部分を充足する。

イ 被告らの反論

(ア) 構成要件の解釈について

構成要件Jの「信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として」とは,「『周波数変調』を施した電磁波として」との意味である。その理由は,以下のとおりである。

a 構成要件Jの「信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として」の「信号伝送用周波数により」との文言は,「変調を施した」という文言に係ると読むのが自然である。

b 構成要件Jの「変調を施した電磁波」との文言を「何らかの変調を施した電磁波」と解すると,構成要件Jに記載された「変調を施した」との文言が,何ら技術的意義を有しないこととなる。しかし,昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項及び当時の審査基準によれば,特許請求の範囲には「発明の構成に欠くことができない事項」のみを記載することになっていたこと,並びに構成要件Jは構成要件Lとともに平成16年5月6日付け手続補正書(乙10)による補正により追加された構成要件であることからすると,構成要件J中の文言を無意味なものとするような解釈は許されない。

c 本件明細書1の「・・・通常の無線通信などで用いられる各種の変調方式の殆どを適用できる」(【0024】)との記載は,平成16年5月6日付け手続補正書(乙10)による補正によって構成要件J及びLが追加される前から存在し,同補正の際に変更されないまま残存したものであるから,原告らの解釈を裏付けるものではない。

(イ) 充足性について

構成jの「負荷変調回路の抵抗値を変更することによって振幅変調した13.56MHzの周波数の電磁波を用いて」との構成は,「『周波数変調』を施した電磁波として」との意味ではないから,構成要件Jの「信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として」との部分を充足しない。

(3)  争点2-2(構成要件J,L-受信電力変化量の信号)

構成jの「対象カードと対象リーダ/ライタは電磁結合しているため,①対象カードを対象リーダ/ライタに近接させると,対象リーダ/ライタの作る総磁束のうち,対象カードの第2のアンテナと錯交する磁束の割合が大きくなり,対象カードに最初よりも高い高周波電圧が誘起される。②この誘起は,対象カードの磁界を変化させ,変化した磁界が対象リーダ/ライタの第1のアンテナと錯交することにより,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,最初よりも低下する。①から②のプロセスが繰り返され,短時間の間に一定の値に収束する。この際,対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波は,当該電磁波が変調波である場合は,振幅が異なるがやはり変調波となっている。」との構成(以下,構成jの上記部分を「構成j後段部分」という。)は,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足するか。

ア 原告らの主張

(ア) 構成要件の解釈

構成要件Jの「受信電力変化量の信号」,構成要件Lの「電力変化量の信号」とは,「移動側装置が受信する電力の変化量に関係する信号であって,信号伝送用周波数により,変調された電磁波として固定側装置に伝送されるもの」を意味する。その理由は,以下のとおりである。

a 本件明細書1の特許請求の範囲の記載から,上記のとおり解釈される。

b 本件明細書1の【0018】ないし【0023】及び図2には,固定側装置が移動側装置から受信し,これに基づいて固定側装置の送信出力を制御する実施例が記載されているが,それは実施例の一つを示したものにすぎない。

c 原告らは,本件特許1の審査過程において提出した平成16年5月6日付け意見書(乙9)において,本件発明1は,乙8(引用文献2)などの引用文献に記載されていない「A.移動側装置の信号送信部が,受信電力変化量の信号を信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として固定側装置の信号受信部に伝送すること。B.移動側装置で受信した電力の出力の変化に応じて,その信号送信部から伝送されて固定側装置の信号受信部で受信される信号強度に基づいて,該固定側装置の電力送信部の送信出力を制御すること。」との構成を含んでいるから,本件発明1は,「移動側装置で受信した電力の出力の変化に応じて,固定側装置の電力送信部からの送信出力を制御することができる」という引用文献記載の発明又はその組合せにはない作用効果を奏すると主張しただけであって,固定側装置が発信し,移動側装置から反射的に伝送されてくる信号の検出レベルに従って送信装置の出力を制御する構成を排除する旨主張したものではない。

また,乙8(引用文献2)記載の発明において用いられる信号は,送信装置からの光が受信装置の表面に付着した反射テープ等によって反射されたものにすぎず,受信装置の受ける光レベルとは直接の関係はないのに対し,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」は,制御によってほぼ一定に保つべき移動側装置の受信電圧のレベルを直接反映するものであるから,乙8記載の発明における信号とは,制御プロセスにおいて占める技術的意義を異にする。

したがって,原告らの主張は,出願経過における意見書(乙9)に反するものではなく,出願経過禁反言に当たるものではない。

(イ) 充足性

構成j後段部分によれば,その①から②にわたるプロセスの間に対象カードの側に生ずる高周波電圧の変化(①に該当する。)は,移動側装置たる対象カードが受信する電力の変化量そのものであり,これが受信電力変化量の信号となる。このような高周波電圧の変化が対象カード側の磁界を変化させ,変化した磁界が対象リーダ/ライタ側と錯交すること(②に該当する。)は,対象カードから対象リーダ/ライタに受信電力変化量の信号が電磁波として伝送されるということができる。そして,この電磁波は,対象リーダ/ライタから送信された電磁波と同一周波数(すなわち信号伝送用周波数),逆位相となっており,対象リーダ/ライタから送信された電磁波が変調波である場合は,振幅が異なるがやはり変調波となっている。そのため,対象カードと対象リーダ/ライタの距離が変化した際に対象カードに生じる電圧の変化は「受信電力変化量」であり,対象カードは対象リーダ/ライタに「受信電力変化量の信号」を伝送する手段を備えている。そして,対象カードが対象リーダ/ライタから受信する電磁波は,通信距離に応じて変化し,それに伴い,対象カードから対象リーダ/ライタに伝送する電磁波も変化するから,構成j後段部分は,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足する。

イ 被告らの反論

(ア) 構成要件の解釈について

構成要件Jの「受信電力変化量の信号」,構成要件Lの「電力変化量の信号」とは,「データ信号」とは別の独立の信号であり,移動側装置が固定側装置から受信する電力変化量を信号にしたものであり,移動側装置が固定側装置に送信し,これに基づいて「固定側装置の電力送信部の送信出力を制御する」(構成要件L)ものを意味する。単に固定側装置が発信し,移動側装置が反射的に伝送する信号の検出レベル(強度ないし振幅)ではない。その理由は,以下のとおりである。

a 本件明細書1には,従来技術として,「受信局の検出情報に応じて送信出力を制御する方式」(【0003】)が挙げられ,従来技術の問題点として,従来の「非接触方式では,移動側で必要とする電源等の電力を固定側から非接触で供給し,また移動側から伝送するデータを固定側において非接触で受信する方式のものに対しては,距離に比例して大きくなる伝送損失が往復で効いてくるので,固定側から移動側へ,あるいはその逆の電磁波伝播による電力および信号の伝送を確実に行うことが難しく,その実現は困難なものとされている。」(【0004】)と記載され,安定的な電力及び信号の伝達が課題であることが記載されている。そして,このような従来技術の問題点を解決するために,本件発明1は,構成要件J及びLの構成を採用したものである(【0006】)。

b 本件明細書1の【0018】ないし【0023】及び図2には,本件発明1の実施例が記載されており,構成要件J及びLに関して次のとおり記載されている。

「・・・能動モジュールAから発送された電力の大きさの変化を受動モジュールBで受信した上で,その変化量を能動モジュールAにフィードバックし,能動モジュールAにおいて受信した信号強度に応じて電力の発送出力を自動的に制御し,全体として受動モジュールBに伝送される電力を一定にするように構成されている。」(【0018】)

「・・・他の一部は,・・・受信ヘッド21の出力に対応した変調波Fs1となる。・・・」(【0020】)

「・・・変調波Fs2は,変調波Fs1とともにミキサ回路25によって混合され,更に・・・変調回路9に入力されて変調波となる。この変調波は,RFパワーアンプ10において電力増幅を受けた後,信号用の電磁送信ヘッド11から電磁波の情報信号として空間に放射される。これを能動モジュールAでは,電磁受信ヘッド12により受信した後,RFアンプ13において増幅し,メインキャリアに対する検波回路14によってサブキャリアによる変調波Fs1’および変調波Fs2’の混合波として復調する。」(【0021】)

「・・・受信ヘッド21の出力に対応した変調波Fs1’は,・・・AFパワーアンプ29の出力を制御する目的で,その電源回路に直列に挿入された電圧制御回路19の制御入力に印加される。」(【0022】)

「・・・能動モジュールAは,受信した情報信号の信号強度の値に応じて電力送信部にネガティブ・フィードバックを掛けることにより,モジュール間の距離変化に関係なく信号強度をほぼ一定に保つことができる。・・・」(【0023】)

c 原告らは,本件特許1につき平成16年2月27日付けの拒絶理由通知(乙7)を受け,同年5月6日,同日付け手続補正書(乙10)により構成要件J及びLを追加する等の補正を行うとともに,同日付け意見書(乙9)を提出し,同年6月18日,特許査定を受けた。平成16年5月6日付け意見書(乙9)には,本件発明1と引用文献記載の発明との相違点について,次のとおりの記載がある。

「・・・引用文献2は,単なる『リモートコントロール装置』に関するもので,『送信装置に,受信側から反射されてくる光反射信号を検出し,その検出レベルに従って送信装置の光出力を制御する回路を設け,受信装置の受光レベルが一定の範囲内にあるように』することが記載されています。」(上記の「引用文献2」は乙8である。乙9,2頁23ないし26行),

「・・・本願発明は,移動側装置で受信した電力の出力の変化に応じて,固定側装置の電力送信部からの送信出力を制御することを目的としており,引用文献に記載された発明とは目的が異なります。

構成に関しても,本願発明は,各引用文献のいずれにも記載されていない,次の構成を含んでいます。

A.移動側装置の信号送信部が,受信電力変化量の信号を信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として固定側装置の信号受信部に伝送すること。

B.移動側装置で受信した電力の出力の変化に応じて,その信号送信部から伝送されて固定側装置の信号受信部で受信される信号強度に基づいて,該固定側装置の電力送信部の送信出力を制御(請求項2ではフィードバック制御)すること。

従って,本願発明によれば,移動側装置で受信した電力の出力の変化に応じて,固定側装置の電力送信部からの送信出力を(例えばフィードバック)制御することができるという,各引用文献に記載された発明や,その単なる組合せには無い優れた作用効果を奏します。」(乙9,2頁34ないし47行)

したがって,構成要件Jのうち,移動側装置の信号送信部が,「受信電力変化量の信号」を信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として固定側装置の信号受信部に伝送するという部分を,単に移動側装置から送信されてくる信号の検出レベルに従って固定側装置の出力を制御するという構成を含むように解釈することはできず,そのように解釈することは出願経過禁反言に当たる。

(イ) 充足性について

構成j後段部分によれば,移動側装置は,固定側装置から受信する電力変化量を信号にしたものを生成していないから,構成j後段部分は構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足しない。

(4)  争点3(構成要件L-送信出力を制御する)

構成l(「対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,対象カードが接近すると,前記構成jのとおり,低下する。対象リーダ/ライタのソースインピーダンスは,対象リーダ/ライタと対象カードの相互インダクタンスによる影響を考慮して,設計されている。対象カードには,過電流保護回路が設けられている。」)は,構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足するか。

ア 原告らの主張

(ア) 構成要件の解釈

a 構成要件Lの「送信出力」とは,対象リーダ/ライタの「アンテナ端電圧」を意味し,「送信出力を制御する」とは,制御対象に所要の操作を加えることに限られず,制御対象が所定の状況において所定の状態となるようにあらかじめ設計し,それに従って当該状態が実現されることを含む。その理由は,以下のとおりである。

すなわち,「制御」という文言の技術的意義には,対象を「操作」することに限らず,「制御対象が所定の状況において所定の状態となるように予め設計され,それに従って当該状態が実現される場合」も含まれる。構成要件Lの「電力変化量の信号に基づいて・・・制御する」との文言は,「電力変化量の信号」に基づき,固定側装置との距離にかかわらず移動側装置の受信電圧が(移動側装置に安定した電力を供給するという本件発明1の目的を達成するのに支障のない範囲で)ほぼ一定の値に収束するように,固定側装置の送信出力を制御することをいい,かつ,ここでの「制御」には,送信出力が移動側装置における受信電圧に従って時間的に変化し,移動側装置の受信電圧を距離にかかわらずほぼ一定に保つように設計し制御することが含まれる。

本件明細書1の【0003】及び【0004】の記載から明らかなように,本件発明1の目的は,最終的にアンテナからの送信電力が所定の特性で変化するようにすることであるから,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧が,所定の状況(対象カードの接近)において所定の状態となる(電圧が低下し,その結果対象カードの受信電圧が距離変化にかかわらず一定の値に収束する。)ように設計され,それに従って実際に当該状態が実現される限り,「制御」されているといえる。

b 乙13記載の発明は,電子装置である第1の送受信装置(親局側)と第2の送受信装置(子局側)から構成されているが,両装置は一定の距離を保って固定されており,通信中に移動することはないから,乙13記載の発明における送受信装置(子局側)は,通信中に移動することを想定したものではなく,構成要件A,B,D,F,Hの「移動側装置」には該当しない。また,乙13記載の発明は,送受信装置(子局側)の受信電圧が親局との距離にかかわらず一定の値に収束するように親局の送信出力を制御することにつき開示も示唆もしていないから,構成要件Lに相当する構成を備えない。したがって,本件発明1は乙13記載の発明と同一ではない。

本件発明1のような,相対的に移動する装置間で電磁結合を利用して送電及び通信を行う非接触伝送装置において,両装置のアンテナ電圧が通信距離内において所望の電圧に収束することは,本件特許1の出願当時に周知ではなかった。

(イ) 充足性

a 構成lによれば,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,対象カードが接近すると低下する。しかも,原告らの実験結果(甲19)によれば,電源として①対象リーダ/ライタを用いた場合(図6)と②発振器を用いた場合(図7)の対象カード側の受信電圧の変化の様子を比較すると,②発振器を用いた場合は距離50mm付近を境に急激に電圧が増大するが,①対象リーダ/ライタを用いた場合は距離にかかわらず一定に保たれているから,対象リーダ/ライタは,対象カードの受信電圧が一定値になるように設計されている。また,他の実験結果(甲35)によれば,対象カードの受信電圧は,距離にかかわらず,上下約0.5ないし0.6V(RC-S440Aの場合)から約1.9V(RC-S440Cの場合)の幅の内で変動し,当業者の技術常識に鑑みてほぼ一定になっており,受信電圧がこのようにほぼ一定に保たれるのは,対象製品において,変量たる対象リーダ/ライタの送信出力が,他の変量たる対象カードにおける受信電圧に従って時間的に変化し,対象カードの受信電圧を距離にかかわらずほぼ一定に保つように設計され,制御されていることの結果である。

b 対象製品において対象カードの受信電圧と対象リーダ/ライタの送信出力が相互作用する構成は,次のとおりである。すなわち,①対象カードが対象リーダ/ライタに接近すると,純粋に距離が近づいた影響で対象カードの受信電圧は一旦大きく上昇する。②しかし,対象カードのアンテナコイルと対象リーダ/ライタのアンテナコイルは電磁的に結合しているため,①で受信電圧が上昇した次の瞬間,対象カードのアンテナコイルから対象リーダ/ライタのアンテナコイルに向かって,逆向きの電磁波の伝送が生じ,その結果対象リーダ/ライタの送信出力はやや低下する。③以後対象カードと対象リーダ/ライタの間で①,②が極めて短時間の間にキャッチボールのように繰り返されるが,互いに相手に与える影響は徐々に小さくなっていくため,ついには対象カードの受信電圧,対象リーダ/ライタの送信出力ともに当該距離における最終的な値(①における受信電圧より低い値)に収束する。要するに,両者が接近すると,純粋な距離接近の効果として受信電圧は上昇するが,その一部は対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波の影響で打ち消されてしまう。上記②で対象リーダ/ライタに向けて伝送される電磁波が「受信電力変化量の信号」である。そして,対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波の影響で打ち消される分の大きさや,そうした打ち消しによる補正をどの程度の距離において強く働き始めるようにするかは,対象リーダ/ライタの内部回路の各種パラメータをどのように設定するかによって異なり,設定次第ではほとんど打ち消しの影響が出なくなることもあり得る。しかるに,対象製品においては,通信可能距離において対象カードの受信電圧がほぼ一定の範囲に収まっており,この事実を前提にすれば,対象製品は,打ち消しの効果も考慮に入れて,対象カードの受信電圧を距離変化にもかかわらずほぼ一定に保つべく設計し,制御されているといえる。

したがって,構成lは,構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足する。

イ 被告らの反論

(ア) 構成要件の解釈について

構成要件Lにいう「送信出力」とは,固定側装置の電力送信部から送信する電力の出力を意味し,「送信出力を制御する」とは,「ある物理量を所望の目標値に適合させるために,制御対象に所要の操作を加えること」を意味する。上記「制御」は,人間が手動で行う場合のほか,自動制御において機械が操作を行う場合を含むが,二つのコイルに発生する誘導起電力が両コイル間の距離に応じて変化する相互誘導作用そのものを含むものではない。その理由は,以下のとおりである。

a 「電気工学ハンドブック(第6版)」(社団法人電気学会,2001年2月第6版発行,乙38)の「7編 制御とシステム」,「1章 自動制御理論」,「1.1 線形フィードバック制御系」,「1.1.1 フィードバック制御」の項には,「制御とは,位置(角度),速度(角速度),姿勢,形状,液位,圧力,温度,濃度などの物理量をある目的に適合するように,対象となっているものに所要の操作を加えることをいう。また,自動制御とは,制御装置によって行われる制御のことである。」と記載されており,「広辞苑(第5版)」(新村出編,株式会社岩波書店,1998年11月第5版発行,乙39)に,「制御」について,「機械や設備が目的通り作動するように操作すること。」と記載されていることから,「制御」とは,通常,「ある物理量を所望の目標値に適合させるために,制御対象に所要の操作を加えること」を意味する。

b 二つのコイル間に相互誘導作用(相互インダクタンス)が生じることは,本件特許1の原々出願当時の技術常識であったから,電磁誘導を利用した非接触通信装置を設計する場合に,相互インダクタンスによる影響を十分に考慮し,受信側電圧が有害な影響を受けないように送信側のソースインピーダンスを定めることは,当業者の設計事項にすぎない。

仮に,本件発明1が,相互誘導作用により受信側と送信側の両コイル間が電磁結合し,それにより非接触通信をする回路を含むとすると,乙13記載の発明などの電磁結合を用いた非接触伝送装置を含む従来技術との差異がなくなってしまう。

c 本件発明1の目的は,最終的にアンテナからの送信電力が所定の特性で変化するようにすることであるが,本件発明1の目的のみから,それを達成する手段に,相互誘導作用による電磁結合が含まれると解することはできない。

(イ) 充足性について

対象製品は,固定側装置の「電力送信部から送信する電力の出力」も「アンテナ端電圧」も制御していない。すなわち,対象リーダ/ライタは,対象カードとの距離が最大100mmになっても正常な通信が可能となる送信出力を考慮して設計されているのみであり,送信回路に入力される「電源電圧」と「キャリア信号電圧振幅」は常時一定であり,対象カードの距離に応じてその送信出力をコントロールする機能を備えていない。構成lのとおり,対象カードには,過電流保護回路が設けられており,対象カードに過大な電力が供給された場合,回路の正常動作に不必要な電力を消費する構成となっている。対象リーダ/ライタと対象カードが接近すると,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は相互インダクタンスに応じて低下するが,この電圧の変化は,距離の変化によって当然生じる物理現象(相互誘導作用)を示しているにすぎない。また,甲19の実験結果は,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧が,相互インダクタンス(対象カードとの距離により変化する)に応じて変化することを示しているにすぎない。

したがって,構成lは,構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足しない。

2  本件発明2の構成要件充足性

(1)  争点4(構成要件N-送信ヘッドと受信ヘッド)

構成nの「送受信兼用の1個の第2のアンテナを有している」との構成は,構成要件Nの「送信ヘッドと受信ヘッドとを有する」との部分を充足するか。

ア 原告らの主張

(ア) 構成要件の解釈

構成要件Nにいう「送信ヘッドと受信ヘッドとを有する」とは,送信用アンテナと受信用アンテナとを独立のものとするだけでなく,単一のアンテナ(ヘッド)が送信用及び受信用を兼用するものも含む。

その理由は,単一のアンテナが送信用及び受信用を兼用することは,通常行われる設計手法であり,送信用アンテナと受信用アンテナとを独立のものとするか,兼用のものとするかは,単なる設計事項にとどまるからである。

(イ) 充足性

したがって,構成nの「送受信兼用の1個の第2のアンテナを有している」との構成は,構成要件Nの「送信ヘッドと受信ヘッドとを有する」との部分を充足する。

イ 被告らの反論

(ア) 構成要件の解釈について

構成要件Nの文言は,「送信ヘッド」と「受信ヘッド」とを明確に区別していること,本件明細書2においても,両者が別々の態様のもののみが記載されていることから,構成要件Nは,「送信ヘッド」と「受信ヘッド」とが兼用のものを含まない。

(イ) 充足性について

したがって,構成nの「送受信兼用の1個の第2のアンテナを有している」との構成は,構成要件Nの「送信ヘッドと受信ヘッドとを有する」との部分を充足しない。

(2)  争点5(構成要件Q-蓄電機器)

構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は,構成要件Qの「蓄電機器」との部分を充足するか。

ア 原告らの主張

(ア) 構成要件の解釈

構成要件Qの「蓄電機器」とは,運動体側に備わっており,受信電力によって充電され,その充電状態を判定した上で,蓄電機器を電源としてデータ信号を送信するものであり,蓄えられる電圧の量や時間等に限定はない。その理由は,以下のとおりである。

a 構成要件Qには,「コンデンサ・・・の如き蓄電機器」と記載され,「コンデンサ」が例示されており,蓄えられる電圧の量や時間等について,構成要件Qは何ら限定をしていない。構成要件R2の「これを電源として」,「データ信号の送信動作を行なう」との文言は,「蓄電機器」がデータ送信の電源となり得るものでなければならないことを意味するにすぎず,蓄電機器を充電した上でデータ信号の送信動作を行うことを意味するものではない。

b 辞書(大辞林第3版,広辞苑第5版)によると,「蓄電」とは,電気を蓄えることであり,「蓄電器」は,コンデンサを意味するから,「蓄電機器」はコンデンサを含むと解するのが自然である。

c 構成要件R2の「これを電源として」との文言は,単に「これを」「電源として」データ送信を行うこと,すなわちデータ送信のための回路駆動用の電荷供給手段として「蓄電機器」が用いられる旨を述べたものであって,蓄電機器の容量について何ら言及するものではなく,それ自体で電源として動作するだけの容量をもつことを意味するものではない。

d 本件明細書2には,産業上の利用分野の項において,大型機械・装置が記載されているが,本件で問題となっているのは,信号伝送のための電源であり,大型の機械を駆動する電源ではないから,そのような記載は構成要件Qの「蓄電機器」の意義とは無関係である。

本件発明2の目的を実現するためにどのような電源を用いるかは,どの程度の消費電力の回路を用い,どの程度の悪条件にまで対応することを目指すかといった様々な条件によって異なるから,本件明細書2の本件発明2の目的の記載を根拠として「蓄電機器」の仕様が限定されていると解することはできない。

本件明細書2の発明の構成の項には,「能動用モジュールは受動用モジュールから電磁波によって非接触で供給された電力を一旦蓄電し,これを電源としてタイミングよく所定の動作を行わせようとするものである」(別紙2「訂正明細書」3頁21ないし23行)と記載されているが,ここにいう「電力を一旦蓄電し,これを電源として」とは,主電源であるか否かにかかわらず,供給された電力を一旦充電し,これを少しずつ他に供給するというプロセスを記載したものであって,平滑回路中のコンデンサであっても,電力を一旦充電し,これを少しずつ他に供給するものであるから,「電力を一旦蓄電し,これを電源として」との記載に該当し,同記載は,蓄電器機を主電源に限定する根拠とはならない。

本件明細書2には,発明の効果として,信号の送信動作の安定について記載されているが,それらの記載は,供給電力や回路の消費電力等を特定しない記述であり,これらの記載を根拠として「蓄電機器」の仕様が限定されていると解することはできない。

e 甲36(「電気工学ポケットブック」電気学会編,株式会社オーム社,平成3年12月31日第1版第3刷発行)には,平滑回路中のコンデンサであっても,電力を一旦充電し,これを少しずつ他に供給することが記載されており,甲41(「図解 電気工学事典(普及版)」岩本洋編,株式会社朝倉書店,2006年6月30日発行),甲42(「図解 電気の大百科」曽根悟他監修,株式会社オーム社,平成7年5月25日第1版第1刷発行)においても,整流平滑回路が「電源回路」の表題の下に説明されており,整流平滑回路自体,ひいてはその中心部品である平滑コンデンサ自体を「電源」と呼ぶことが技術常識であることが示されている。したがって,構成要件R2の「これを電源として」という文言を根拠として,「蓄電器機」を,自ら蓄電した電力を電源として送信動作をすることができるに足りる容量をもつものと解することはできない。

(イ) 充足性

構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」は,運動体側に備わっており,受信電力によって充電され,その充電状態を判定した上で,蓄電機器を電源としてデータ信号を送信するものであるから,構成要件Qの「蓄電機器」との部分を充足する。

イ 被告らの反論

(ア) 構成要件の解釈について

構成要件Qの「蓄電機器」とは,運動体側に備わっており,受信電力によって充電され,その充電状態を判定した上で,蓄電機器を電源としてデータ信号を送信するものであり,かつ,一旦充電されればそこに蓄電された電荷により安定してデータ信号の送信等の動作を独立して行うことができる電源,すなわち「主電源」を意味する。その理由は,以下のとおりである。

a 特許請求の範囲には,「蓄電機器」は,「その充電状態を判定した上で,」(構成要件R1)「これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なう」(構成要件R2)ものであると記載されているから,「蓄電機器」は,「蓄電機器」に充電された電荷が「他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なう」ための「電源」となるものであり,これを充電した上でデータ信号の送信動作を行うものでなければならない。

b 本件明細書2の産業上の利用分野の項には,本件発明2は「デジタル信号やアナログ信号の形で得られる各種のデータ信号を,電磁波を用いて非接触で伝送する装置に関するもの」(別紙2「訂正明細書」1頁20ないし21行)であると記載され,その具体例として,かなり大型な運動部分を有する機械・装置で,運動部分が主電源としての蓄電機器を備えることに問題のないような「運動部分を有する各種の装置,例えば車両等の交通関係機器や,工作機械,ロボット装置,搬送装置その他諸種の自動機械」(別紙2「訂正明細書」1頁21ないし23行)が挙げられている。

本件明細書2の発明の目的の項には,本件発明2の目的が「双方の距離がある程度大きい場合とか,周囲の設置環境条件などのために伝送効率が悪くなる場合,あるいは非接触で供給する送信電力を大きくできない場合などにおいても,信号の伝送を安定で効率良く・・・行える信号電送装置を提供すること」(別紙2「訂正明細書」2頁24ないし27行)にあると記載されている。したがって,このような目的を達成するためには,「蓄電機器」は,一旦充電されれば,そこに蓄電した電荷により安定してデータ信号等の送信動作を独立して行うことができる電源,すなわち主電源でなければならない。

本件明細書2の発明の構成の項には,「能動用モジュールは受動用モジュールから電磁波によって非接触で供給された電力を一旦蓄電し,これを電源としてタイミングよく所定の動作を行なわせようとするものである。」(別紙2「訂正明細書」3頁21ないし23行)と記載されており,運動体側の蓄電機器に固定体側から送信された電力を一旦充電し,これを電源としてデータの送信動作を行わせるものであることが明確に示されている。

また,本件明細書2の発明の構成の項には,「従来の方法では伝送が不安定になる場合でも,安定に信号伝送を行なうことを可能にし」(別紙2「訂正明細書」4頁6ないし7行),「能動用モジュールが受電する平均電力が小さい場合でも,信号の送信動作を安定に司どることが可能になる」(別紙2「訂正明細書」4頁14ないし15行)と記載され,また,発明の効果の項には,「非接触伝送回路系の無電源側のモジュールに蓄電機器を備え,その充電状態を判定した伝送系全体を所定のインターバルで間欠的に動作させ得るようにした本発明の構成によって,拙悪な設置条件下においても安定に動作させ得るので,その適応範囲が大幅に増大する」(別紙2「訂正明細書」10頁28行ないし11頁3行)と記載されており,本件発明2の構成を採用することにより信号の送信動作の安定性が向上することが示されている。

上記の本件明細書2の記載からすると,本件発明2は,小型,軽量化のために電源を省略して運動体側が固定体側から継続的に電磁波を受信し続けるとした発明ではなく,運動体側に蓄電池をもたせ,受信電力を一旦蓄電した上で動作することにより通信の安定性を確保することを主眼とする技術に属するものである。したがって,構成要件Qにいう「蓄電機器」とは,データ信号送信動作を行うための主電源を意味すると解すべきであり,運動体側が固定体側から継続的に電磁波を受信し,整流平滑回路により直流電圧が供給されてデータ送信を行う場合を含まないことは明らかである。

(イ) 充足性について

対象カード中の「整流平滑回路」のコンデンサは,対象リーダ/ライタから絶え間なく受け取る電磁波を整流して直流にする「整流回路」により得られた直流の電流を更に平滑化する「平滑回路」であり,本件明細書2の「整流平滑回路6」(別紙2「訂正明細書」6頁12行)に相当するものであって,送信動作を行うための「蓄電機器7」(別紙2「訂正明細書」6頁13行)に該当しない。

したがって,構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は,構成要件Qの「蓄電機器」との部分を充足しない。

(3)  争点6(構成要件R1-充電状態,構成R2-電源)

構成r(「対象カードは,整流平滑回路のコンデンサの充電電圧が2.8Vになった場合に作動するように構成されている。」)は,構成要件R1の「充電状態を判定」との部分,構成要件R2の「これを電源として」との部分を充足するか。

ア 原告らの主張

構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は,構成要件Qの「蓄電機器」との部分を充足するから,構成rは,構成要件R1の「充電状態を判定」との部分,構成要件R2の「これを電源として」との部分を充足する。

イ 被告らの反論

構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は,構成要件Qの「蓄電機器」との部分を充足しないから,構成rは,構成要件R1の「充電状態を判定」との部分,構成要件R2の「これを電源として」との部分を充足しない。

(4)  争点7(構成要件R2-間欠的に)

対象カードは,構成要件R2の「間欠的に」との部分を充足するか。

ア 原告らの主張

(ア) 構成要件の解釈

構成要件R2の「間欠的に」とは,「送信の一過程において,送信と非送信状態が交互に存在する状態」を意味する。その理由は,以下のとおりである。

すなわち,「間欠的」な送信は,非接触データ通信においては通常採用される構成であり,特別の構成を意味するものではない。しかし,本件特許2の出願当時,非接触でかつ相対的に移動する運動体側と固定体側の一方に電力がない構成において,他方から電力を送信して互いにデータ通信を行う装置又はシステムは皆無に近かった。乙14(特開昭56-140486号公報),乙34(特開昭51-45808号公報)に記載された技術は,そのような装置又はシステムには該当しない。このような状況で,「送信の一過程において,送信と非送信状態が交互に存在する状態」は,当業者にとって公知又は周知のものではなかったから,「間欠的に」の文言を加える必要があったものである。構成要件R2の「所要のタイミング」とは,本件特許2の特許請求の範囲(本件発明2)の記載から,構成要件Tにおいて対向状態を検知した検出回路の検知信号に基づき司られる,データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間のタイミングである。

(イ) 充足性

対象カードは,対象リーダ/ライタとの間で相互応答的にデータ通信を行っており,送信の一過程において,送信と非送信状態が交互に存在する。したがって,対象カードは,構成要件R2の「間欠的に」の要件を充足する。

イ 被告らの反論

(ア) 構成要件の解釈について

構成要件R2にいう「間欠的に」とは,充電時間と放電時間とが一対となって,所定のインターバルで繰り返される蓄電機器の放電時間ごとに送信動作を行うことを意味する。その理由は,以下のとおりである。

a 「間欠的に」との文言の意味を上記のように解しないと,構成要件R2において,「タイミング」という文言の他に敢えて「間欠的に」という文言を加えた意味がなくなってしまう。

b 本件発明2の目的は,「双方の距離がある程度大きい場合とか,周囲の設置環境条件などのために伝送効率が悪くなる場合,あるいは非接触で供給する送信電力を大きくできない場合などにおいても,信号の伝送を安定で効率良く・・・行える信号伝送装置を提供すること」(別紙2「訂正明細書」2頁24ないし27行)にあるところ,この目的は,信号の伝送を安定で効率よく行えるだけの電荷を蓄電機器に一旦蓄電した後,これを放電してデータ送信を行うことによって実現されるものである。

c 本件明細書2には,本件発明2の効果として「非接触伝送回路系の無電源側のモジュールに蓄電機器を備え,その充電状態を判定した伝送系全体を所定のインターバルで間欠的に動作させ得るようにした本発明の構成によって,拙悪な設置条件下においても安定に動作させ得るので,その適応範囲が大幅に増大する」(別紙2「訂正明細書」10頁28行ないし11頁3行)と記載され,蓄電機器の充電状態を判定し,データ送信を含む伝送系全体を所定のインターバルで間欠的に動作させることが示されている。

(イ) 充足性について

対象カードは,整流平滑回路のコンデンサの電圧が一定値以上になった時に,論理回路の動作が可能となるものであり,対象リーダ/ライタへのデータ信号の送信は,コンデンサの充放電のタイミングにかかわらず行われるものであって,充電と放電のタイミングで間欠的にデータ信号を送信するものではない。

したがって,対象カードは,構成要件R2の「間欠的に」の要件を充足しない。

(5)  争点8(構成要件T-対向状態の検知)

対象製品は,構成要件T(「前記モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路を備えることによって,その検知信号に基づき前記蓄電機器に対する充電の時間や前記データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るようにしたことを特徴とする」)を充足するか。

ア 原告らの主張

(ア) 構成要件の解釈

構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する検出回路」とは,構成要件T(「前記モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路を備えることによって,その検知信号に基づき前記蓄電機器に対する充電の時間や前記データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るようにしたことを特徴とする」)の構成から,①移動側(運動体側)と固定側(固定対側)の双方に存在し(両者が同一の構成である必要はない。),②それぞれにおいて移動側と固定側の対向を検知したこと(検出信号)に基づき,③蓄電機器に対する充電の時間やデータ送信の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司る回路を意味する。対向の検知の方法は,物理的に一つの手段が二つの機能を兼ねることも排除されない。その理由は,以下のとおりである。

a 本件明細書2の特許請求の範囲の記載によれば,対向の検知の方法は,物理的に同一の手段が機能的に異なる二つの手段を兼ねることを排除していない。

b 本件発明2の実施例3には,運動体側と固定体側が対向した瞬間を検知する構成が記載されているが,本件発明2の技術的範囲が実施例3に限定されるものではない。

c 原告らは,本件特許2の特許請求の範囲の請求項1(本件発明2)の無効審判(無効2004-80078号)における平成16年12月28日付けの第2答弁書(乙19)において,乙13(特開昭57-32144号公報)に記載された発明について,固定体側に対向状態検知手段が欠けていることを指摘したにすぎず,本件発明2が乙13に記載された発明のような回路(コンデンサの電圧が所定の電圧を超えたことを検出する回路)を含まないことを主張したものではない。

乙13記載の発明は,通信中にいずれの装置も固定されていることが想定されているから,運動体と固定体との間の無線技術ではなく,本件発明2とは技術分野を異にする。

(イ) 充足性

甲17(「カードユーザーズマニュアル」 FeliCa RC-S850 シリーズ (RC-S851/852 除く) RC-S860 シリーズ Version1.07),甲37(「アプリケーション開発におけるセキュリティの考え方」 FeliCa 技術資料)4,5頁によれば,対象カードにおいて,Pollingコマンドを受け取り,対象リーダ/ライタから呼びかけられたと判断し,自分のIDmとPMmをレスポンスとして返す動作は,通信可能エリアに対象リーダ/ライタが入ったという検知動作に他ならないから,対象カードにおける対向状態検知動作に当たる。他方,対象リーダ/ライタにおいて,Pollingへのレスポンスを受領し,カードが検出されたと判断する動作は,通信可能エリアに対象カードが入ったという検知動作に他ならないから,対象リーダ/ライタにおける対向状態検知動作に当たる。いずれの動作もIC化され,当該ICを含む電子回路によって実現されている。

前記(ア)の①ないし③の要件について,順に検討する。まず,対向検出回路は,移動側(運動体側)と固定側(固定対側)の双方に存在するから,①(移動側(運動体側)と固定側(固定対側)の双方に存在し)の要件は満たされる。また,Pollingを受けて対向を検知したことに基づき対象カードから対象リーダ/ライタに送られるIDmとPMmを含むレスポンスと,当該レスポンスを受けて対向を検知したことに基づき対象リーダ/ライタから対象カードに送信されるRequest Serviceコマンドがそれぞれ検知信号に該当するから,②(それぞれにおいて移動側と固定側の対向を検知したこと(検出信号)に基づき,)の要件は満たされる。さらに,対象製品においては,対象カードから検知信号であるIDmとPMmを含むレスポンスが返され,一方当該レスポンスを受けて対象リーダ/ライタが検知信号であるRequest Serviceコマンドを送信したことに基づき,相互認証に進み,その後双方向のデータのやり取りが一連の動作として開始されるから,検知信号に基づきデータ送信の送信動作に係わる回路の駆動時間のタイミングが司られているということができ,③(蓄電機器に対する充電の時間やデータ送信の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司る回路)の要件は満たされる。

したがって,対象カードと対象リーダ/ライタとは,ともに,構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する検出回路」との部分を充足する。

イ 被告らの反論

(ア) 構成要件の解釈について

構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する検出回路」とは,固定体側で,運動体側からの信号レベル(電力レベル)の状態を検知することにより両モジュールが対向状態にあるか否かを判断することを意味する。また,同検出回路は,「コンデンサの電圧が所定の電圧を超えたことを検出する回路」とは別な回路であり,互いに対向した状態を検知する検出動作は,充電機器の充電判定動作とは別なものでなければならない。その理由は,以下のとおりである。

a 本件発明2の特許請求の範囲の記載によれば,①「充電状態を判定」する動作(構成要件R1)と②「モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する」動作(構成要件T)の二つの別の動作が行われることが規定されている。

b 構成要件Tの「検知信号」は,これに基づき「前記蓄電機器に対する充電の時間」や「前記データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間」などのタイミングを司るための信号であるから,充電時間と放電時間のタイミング(デューティー比)を司るために必要な情報を含む信号であると解される。したがって,「モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する」動作は,運動体側の蓄電機器の「充電状態を判定」することとは別の動作であると解すべきである。

c 本件明細書2のうち,「互いに対向した状態を検知する」ことを説明しているのは,実施例3のみであるところ,実施例3には,「殊に運動体側が高速度で移動するような場合には,両者が対向した瞬間に信号の授受を行なわなければならない。」(別紙2「訂正明細書」8頁28行ないし9頁1行),「このような場合には,両者が対向した瞬間を検知し,この検知信号にもとづいて動作する内部回路などを用い,前記蓄電機器に対する充電時間および当該信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などに関するタイミングを得るようにする。」(別紙2「訂正明細書」9頁2ないし4行)と記載されている。そして,「受動用モジュールAから能動用モジュールBに対して伝送される電力用搬送波f1」の強度を能動用モジュールBの「f1強度検出回路24」において検出する発明が開示されている(受動用モジュールAの「f2強度検出回路」も同様である。)。

d 乙13記載の発明は,移動可能な「子局側」が「親局側」と近接した時に,「親局側」から送信された電磁波を整流して得た直流電荷をコンデンサ32に充電し,充電完了判定後,これを「子局側」の装置に給電することで動作可能となるものである。そうすると,仮に構成要件R1の「充電状態を判定」する構成が構成要件Tの「各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路」を兼ねるとすると,本件発明2は,乙13記載の発明と実質的に異ならないものとなる。したがって,本件発明2に係る本件特許2が無効でないことを前提とすると,少なくとも,構成要件R1の「充電状態を判定」する構成と構成要件Tの「各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路」は,別の構成及び動作と解されるべきである。

e 原告らは,平成16年12月28日付け訂正請求書(甲8,乙20)及び同日付けの第2答弁書(乙19)において,本件発明2の「検出回路」は,乙13記載の発明のようなコンデンサの電圧が所定の電圧を超えたことを検出する回路は含まないと主張した。そのような経緯を前提とすれば,「コンデンサの電圧が所定の電圧を超えたことを検出する回路」が構成要件Tの「検出回路」に該当するとか,「運動体側の電力レベルの状態を検出する」という構成さえあれば「固定体側でも所定の信号レベルを検出」するという構成を備えなくても構成要件Tを充足すると主張することは,出願経過禁反言によって許されないというべきである。

(イ) 充足性について

対象製品は,対象カード内のコンデンサの電圧が所定の電圧を超えたことを検出しているにすぎず,信号レベル(電力レベル)の状態を検知することにより両モジュールが対向状態にあるか否かを判断するものではないから,構成要件Tを充足しない。また,対象カードから対象リーダ/ライタに送られる「IDmとPMmを含むレスポンス」は,単なる呼びかけに対する応答コマンドであり,対象リーダ/ライタから対象カードに送られる「Request Serviceコマンド」は,単なるエリア・サービス指定等を行うコマンドにすぎず,これらに基づいて充電時間のタイミングを司ることは不可能であるから,これらは本件発明2の「検知信号」に該当しない。したがって,対象製品は,構成要件Tを充足しない。

3  本件特許1の無効の成否

(1)  争点9-1(乙14を主要な刊行物とした場合の本件発明1の容易想到性)

本件発明1は,乙14(特開昭56-140486号公報)と乙23(特開昭60-84030号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。

当事者の主張は,別紙5「無効主張整理」1(1)記載のとおり。

(2)  争点9-2(乙13を主要な刊行物とした場合の本件発明1の容易想到性)

本件発明1は,乙13(特開昭57-32144号公報)と乙23に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。

当事者の主張は,別紙5「無効主張整理」1(2)記載のとおり。

(3)  争点9-3(本件発明1の新規性)

本件発明1は,乙13に記載された発明,乙14に記載された発明と同一か。

当事者の主張は,別紙5「無効主張整理」1(3)記載のとおり。

4  本件特許2の無効の成否

(1)  争点10-1(本件明細書2の記載要件不備)

本件明細書2の発明の詳細な説明の記載は,昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条3項(発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない。)に規定する要件を満たしていないか。本件明細書2の特許請求の範囲の記載は,昭和62年法律第27号による改正前の特許法36条4項(発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。)に規定する要件を満たしていないか。

当事者の主張は,別紙5「無効主張整理」2(1)記載のとおり。

(2)  争点10-2(乙13を主要な刊行物とした場合の本件発明2の容易想到性)

本件発明2は,乙13と乙32(特開昭50-11614号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。本件発明2は,乙13と乙33(特開昭59-122980号公報)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。

当事者の主張は,別紙5「無効主張整理」2(2)記載のとおり。

(3)  争点10-3(乙25を主要な刊行物とした場合の本件発明2の容易想到性)

本件発明2は,乙25(特開昭52-150937号公報)と乙32に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。本件発明2は,乙25と乙33に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか。

当事者の主張は,別紙5「無効主張整理」2(3)記載のとおり。

5  使用による侵害の成否(争点11(カード使用による侵害の成否))

被告JR東日本が「Suica」に用いるリーダ/ライタを組み込んだ自動改札機等を駅及び駅売店等に設置し,「Suica」に用いるカードを顧客に交付し,顧客がそのカードを駅の自動改札機や駅売店等で使用することは,被告JR東日本が自ら「Suica」のカード及びリーダ/ライタを使用したことに当たるか。

(1)  原告らの主張

被告JR東日本が「Suica」に用いるリーダ/ライタを組み込んだ自動改札機等を駅及び駅売店等に設置し,「Suica」に用いるカードを顧客に交付し,顧客がそのカードを駅の自動改札機や駅売店等で使用し,運賃や商品の購入代金を決済することは,被告JR東日本が自ら「Suica」のカード及びリーダ/ライタを使用したことに当たり,本件特許1及び2の侵害に当たる。

(2)  被告らの反論

原告らの主張は争う。

6  損害

(1)  争点12-1(被告ソニーの侵害による損害額)

被告ソニーが本件特許権1及び2を侵害したことによる損害額

ア 原告らの主張

(ア) 本件特許1についての損害

a 被告ソニーは,本件特許1の設定登録日である平成16年7月9日から存続期間満了日である平成17年6月3日まで,「FeliCa」に用いるカードを3000万枚製造販売した。

「FeliCa」に用いるカードの売上単価は1253円であった。

したがって,平成16年7月9日から平成17年6月3日までの「FeliCa」に用いるカードの売上は380億円(1253円×3000万枚≒380億円)であった。

b 本件特許1についての相当実施料率は5%である。

c 本件特許1を侵害したことによる損害としての相当実施料額は19億円(380億円×0.05=19億円)であった。

(イ) 本件特許2についての損害

a 被告ソニーは,本件特許2の設定登録日(平成3年2月18日)後である平成9年ころから本件特許2の消滅日である平成17年6月1日まで,「FeliCa」に用いるカードを9000万枚製造販売した。

「FeliCa」に用いるカードの売上単価は1253円であった。

したがって,平成9年ころから平成17年6月1日までの「FeliCa」に用いるカードの売上は1120億円(1253円×9000万枚≒1120億円)であった。

b 本件特許2についての相当実施料率は5%である。

c 本件特許2を侵害したことによる損害としての相当実施料額は56億円(1120億円×0.05=56億円)であった。

(ウ) 被告ソニーに対する請求額

被告ソニーによる本件特許1及び2の侵害による損害額の合計は,前記(ア)cの19億円及び前記(イ)cの56億円の合計75億円である。

原告らは,それぞれ,被告ソニーに対し,上記75億円の一部である15億円につき2分の1(原告らの持分に相当する割合)の金額である7億5000万円の支払を求める。

イ 被告らの反論

原告らの主張は争う。

(2)  争点12-2(被告JR東日本の侵害による損害額)

被告JR東日本が本件特許権1及び2を侵害したことによる損害額

ア 原告らの主張

(ア) 本件特許1についての損害

a カード販売による損害

(a) 被告JR東日本は,本件特許1の設定登録日である平成16年7月9日から存続期間満了日である平成17年6月3日まで,「Suica」に用いるカードを290万枚販売した。

「Suica」に用いるカードの売上単価は500円であった。

したがって,平成16年7月9日から平成17年6月3日までの「Suica」に用いるカードの売上は14億5000万円(500円×290万枚=14億5000万円)であった。

(b) 本件特許1についての相当実施料率は5%である。

(c) カード販売により本件特許1を侵害したことによる損害としての相当実施料額は7250万円(14億5000万円×0.05=7250万円)であった。

b カード使用による損害

(a) 本件特許1の設定登録日である平成16年7月9日から存続期間満了日である平成17年6月3日までの約11か月間に流通していた「Suica」に用いるカードの枚数は,平均すると常時1000万枚である。

被告JR東日本が「Suica」に用いるカード1枚の使用により得る1か月当たりの利益額は,カード1枚による1か月当たりの決済額(JR東日本の売上額)3000円の3%に当たる90円(3000円×0.03=90円)である。

そうすると,被告JR東日本が平成16年7月9日から平成17年6月3日までの約11か月間に「Suica」に用いるカードの使用により得た利益は99億円(90円×1000万枚×11か月=99億円)である。

(b) 本件特許1についての相当実施料率は5%である。

(c) カード使用により本件特許1を侵害したことによる損害としての相当実施料額は4億9500万円(99億万円×0.05=4億9500万円)であった。

c 本件特許1についての損害の合計

本件特許1についての損害の合計は,前記a(c)の7250万円及び前記b(c)の4億9500万円の合計5億6750万円(7250万円+4億9500万円=5億6750万円)である。

(イ) 本件特許2についての損害

a カード販売による損害

(a) 被告JR東日本は,本件特許2の設定登録日(平成3年2月18日)後である平成13年11月18日から本件特許2の消滅日である平成17年6月1日まで,「Suica」に用いるカードを1200万枚販売した。

「Suica」に用いるカードの売上単価は500円であった。

したがって,平成13年11月18日から平成17年6月1日までの「Suica」に用いるカードの売上は60億円(500円×1200万枚=60億円)であった。

(b) 本件特許2についての相当実施料率は5%である。

(c) カード販売により本件特許2を侵害したことによる損害としての相当実施料額は3億円(60億万円×0.05=3億円)であった。

b カード使用による損害

(a) 本件特許2の設定登録日(平成3年2月18日)後である平成13年11月18日から本件特許2の消滅日である平成17年6月1日までに流通していた「Suica」に用いるカードの枚数は,以下のとおりである。

① 平成13年11月18日ないし平成15年1月(14か月)

275万枚

② 平成15年2月ないし平成16年6月(17か月)

730万枚

③ 平成16年7月ないし平成17年6月1日(11か月)

1060万枚

被告JR東日本が「Suica」に用いるカード1枚の使用により得る利益額は,1か月当たり90円である。

そうすると,被告JR東日本が平成13年11月18日から平成17年6月1日までに「Suica」に用いるカードの使用により得た利益は251億2800万円(90円×275万枚×14か月+90円×730万枚×17か月+90円×1060万枚×11か月=34億6500万円+111億6900万円+104億9400万円=251億2800万円)である。

(b) 本件特許2についての相当実施料率は5%である。

(c) カード使用により本件特許2を侵害したことによる損害としての相当実施料額は12億5600万円(251億2800万円×0.05≒12億5600万円)であった。

c 本件特許2についての損害の合計

本件特許2についての損害の合計は,前記a(c)の3億円及び前記b(c)の12億5600万円の合計15億5600万円(3億円+12億5600万円=15億5600万円)である。

(ウ) 被告JR東日本に対する請求額

被告JR東日本による本件特許1及び2の侵害による損害額の合計は,前記(ア)cの5億6750万円及び前記(イ)cの15億5600万円の合計21億2350万円である。

原告らは,それぞれ,被告JR東日本に対し,上記21億2350万円の一部である5億円につき2分の1(原告らの持分に相当する割合)の金額である2億5000万円の支払を求める。

イ 被告らの反論

原告らの主張は争う。

第4当裁判所の判断

1  本件発明1の構成要件充足性

(1)  争点2-2(構成要件J,L-受信電力変化量の信号)について

構成j後段部分(「対象カードと対象リーダ/ライタは電磁結合しているため,①対象カードを対象リーダ/ライタに近接させると,対象リーダ/ライタの作る総磁束のうち,対象カードの第2のアンテナと錯交する磁束の割合が大きくなり,対象カードに最初よりも高い高周波電圧が誘起される。②この誘起は,対象カードの磁界を変化させ,変化した磁界が対象リーダ/ライタの第1のアンテナと錯交することにより,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,最初よりも低下する。①から②のプロセスが繰り返され,短時間の間に一定の値に収束する。この際,対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波は,当該電磁波が変調波である場合は,振幅が異なるがやはり変調波となっている。」)は,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足しないものと解する。以下,詳述する。

ア 構成要件の解釈

構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足するためには,移動側装置で受信した電力変化量に応じて,移動側装置から信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として伝送される「信号」でなければならないというべきであり,移動側装置で受信した電力の変化量である「受信電力変化量」そのものは,上記の構成要件を充足しないと解される。その理由は,以下のとおりである。

(ア) 構成要件の記載

構成要件J(「前記データ信号および受信電力変化量の信号を信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として前記固定側装置の信号受信部に伝送する手段を備え,」)及び構成要件L(「該移動側装置の電力受信部で受信した電力の変化量に応じて,該移動側装置の信号送信部から伝送されて前記固定側装置の信号受信部で受信される電力変化量の信号に基づいて前記固定側装置の電力送信部の送信出力を制御する機能を備えたことを特徴とする」)によれば,固定側装置の電力送信部の「送信出力を制御する」ことは,移動側装置から固定側装置に伝送され,固定側装置の信号受信部で受信される「受信電力変化量の信号」に基づいてされるものであり,①「受信電力変化量の信号」は,移動側装置で受信した電力変化量に応じて,移動側装置から信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として伝送させる「信号」でなければならず,②「送信出力を制御」した結果,固定側装置の電力送信部の送信出力は,「移動側装置の電力受信部で受信した電力の変化量」に応じた送信出力となるものでなければならないものと解される。

(イ) 発明の詳細な説明の記載

前記(ア)の解釈は,以下のとおり,本件明細書1の発明の詳細な説明を参酌することにより裏付けられる。

a すなわち,本件明細書1の発明の詳細な説明には,次のとおりの記載がある。

「本発明は・・・能動モジュールとしての固定側装置と受動モジュールとしての移動側装置とからなる非接触伝送装置において,受動モジュールが外部から取り込んだデータ信号を能動モジュールを介して外部に伝送することができる非接触伝送装置を提供することを目的とする。」(【0005】)

「図2は,本発明の一実施例の構成を示したものである。この実施例では,能動モジュールAから発送された電力の大きさの変化を受動モジュールBで受信した上で,その変化量を能動モジュールAにフィードバックし,能動モジュールAにおいて受信した信号強度に応じて電力の発送出力を自動的に制御し,全体として受動モジュールBに伝送される電力を一定にするように構成されている。」(【0018】)

「能動モジュールAの送信ヘッド20から放射された電力は,受動モジュールBの受信ヘッド21に捕捉される。その出力の一部は,平滑回路22によって直流出力E2となり,受動モジュールBの各回路および付帯する外部回路における動作電源用として供給される。」(【0019】)

「そして,他の一部は,適当な時定数を持つ時定数回路17およびゲイン調整用の可変抵抗器18を経て,サブキャリア1発振変調回路23によって受信ヘッド21の出力に対応した変調波Fs1となる。

また受動モジュールBに付帯した外部回路で得られたデータ信号Di2などの情報は,AFアンプ7においてスケーリングなどの必要な処理を施され,次のサブキャリア2発振変調回路24を経ることによって育成されたデータ信号Di2などの情報に対応した変調波Fs2となる。」(【0020】)

「そして変調波Fs2は,変調波Fs1とともにミキサ回路25によって混合され,更にメインキャリア発振回路26の出力で駆動される変調回路9に入力されて変調波となる。この変調波は,RFパワーアンプ10において電力増幅を受けた後,信号用の電磁送信ヘッド11から電磁波の情報信号として空間に放射される。

これを,能動モジュールAでは,電磁受信ヘッド12により受信した後,RFアンプ13において増幅し,メインキャリアに対する検波回路14によってサブキャリアによる変調波Fs1’および変調波Fs2’の混合波として復調する。」(【0021】)

「これらの変調波のうちデータ信号Fs2’は,サブキャリア2検波回路27によって復調され,AFバッファアンプ15を経てデータ出力信号Do2などの情報として,外部回路において使用される。

また受信ヘッド21の出力に対応した変調波Fs1’は,サブキャリア1検波回路28によって復調された後,時定数回路17およびゲイン調整用の可変抵抗器18を経て,AFパワーアンプ29の出力を制御する目的で,その電源回路に直列に挿入された電圧制御回路19の制御入力に印加される。」(【0022】)

「そして,AFパワーアンプ29の出力は,送信ヘッド20から受動モジュールBに向けて放射される。

このように能動モジュールAから発送された電力の変化を,受動モジュールBで受信した上で,その発送電力の出力に係る信号強度として能動モジュールAに返送する。

能動モジュールAは,受信した情報信号の信号強度の値に応じて電力送信部にネガティブ・フィードバックを掛けることにより,モジュール間の距離変化に関係なく信号強度をほぼ一定に保つことができる。

能動モジュールA,受動モジュールB間の送受信は,電磁波を種々組み合わせて行うことができ,電磁受信を行う一方のヘッドと,電磁送信を行う他方のヘッドとを図示以外の組合せで利用することができる。」(【0023】)

「【発明の効果】

本発明は上述のように,固定側装置と,この固定側装置に対し離間して交信することができる無電源の移動側装置とを備えた非接触伝送装置であって,固定側装置に設けられた電力送信部は,受信した電磁波の信号強度に基づいて送信信号を均一な所定の出力強度に制御し,移動側装置に設けられた信号送信部は,信号伝送用周波数の電磁波によりデータに対応した変調波を形成して第2の電磁ヘッドから固定側装置に伝送するようにしたため,無電源の移動側装置は固定側装置に接近すると電源用電力が安定に供給されて回路動作を正確に行うことができるので,固定側装置における変調波の復調処理に際しても,移動側装置から固定側装置に向けて同期が取れていて正確かつ確実なデータ伝送を行うことができる。」(【0026】)

b 弁論の全趣旨によれば,前記aの【0026】の「受信した電磁波の信号強度に基づいて送信信号を均一な所定の出力強度に制御し」は,「受信した電磁波の信号強度に基づいて移動側装置の受信信号が均一になるように送信信号の出力強度を制御し」の趣旨であると認められる(原告らは,原審原告ら第1準備書面8頁24行ないし9頁1行において,これを認めている)。

前記aの本件明細書1の発明の詳細な説明の記載によれば,受動モジュールにおいて,受信ヘッド21に捕捉された出力の一部は,「受信ヘッド21の出力に対応した変調波Fs1」(【0020】)とされた後,データ信号の情報に対応した変調波Fs2とともに電磁波の情報信号として空間に放射され,能動モジュールに伝送されることから,「変調波Fs1」は,「受信電力変化量の信号」であって,「信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として固定側装置の信号受信部に伝送」される「信号」ということができる。

また,能動モジュールにおいて,受信された前記電磁波を復調して得られた「変調波Fs1’」は,(受動モジュールの)「受信ヘッド21の出力に対応した変調波Fs1’」(【0022】)であるから,「移動側装置の電力受信部で受信した電力の変化量に応じて,該移動側装置の信号送信部から伝送されて固定側装置の信号受信部で受信される電力変化量の信号」ということができ,さらに,「変調波Fs1’」は,復調された後,発送電力を制御するために用いられることから,能動モジュールは,「電力変化量の信号に基づいて固定側装置の電力送信部の送信出力を制御する機能」を備えるということができる。

そして,この結果,能動モジュールにおいて受信した「受信電力変化量の信号」に応じて電力送信部の発送出力が制御され,ひいては,受動モジュールに伝送される電力が一定になるように,すなわち,受信した電磁波の信号強度に基づいて移動側装置の受信信号が均一になるように,制御される。

そうすると,本件明細書1の発明の詳細な説明には,本件発明1の構成要件J,Lに対応する構成が記載されており,①「受信電力変化量の信号」は,移動側装置で受信した電力変化量に応じて,移動側装置から信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として伝送される「信号」であること,②「送信出力を制御」した結果,固定側装置の電力送信部の送信出力は,「移動側装置の電力受信部で受信した電力の変化量」に応じた送信出力となることが示されており,さらに,この結果,③移動側装置で受信される電力変化量が均一になることが示されている。

(ウ) 出願経過における意見書の記載

前記(ア)の解釈は,原告らが,本件特許1の出願経過において,平成16年5月6日付け意見書(乙9)に記載し,主張したこととも合致する。すなわち,乙9には,次のとおりの記載があり,これは,前記(ア)の解釈と合致する。

「・・・本願発明は,移動側装置で受信した電力の出力の変化に応じて,固定側装置の電力送信部からの送信出力を制御することを目的としており,引用文献に記載された発明とは目的が異なります。

構成に関しても,本願発明は,各引用文献のいずれにも記載されていない,次の構成を含んでいます。

A.移動側装置の信号送信部が,受信電力変化量の信号を信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として固定側装置の信号受信部に伝送すること。

B.移動側装置で受信した電力の出力の変化に応じて,その信号送信部から伝送されて固定側装置の信号受信部で受信される信号強度に基づいて,該固定側装置の電力送信部の送信出力を制御(請求項2ではフィードバック制御)すること。

従って,本願発明によれば,移動側装置で受信した電力の出力の変化に応じて,固定側装置の電力送信部からの送信出力を(例えばフィードバック)制御することができるという,各引用文献に記載された発明や,その単なる組合せには無い優れた作用効果を奏します。」(乙9,2頁34ないし47行)

(エ) 電力変化量自体の「受信電力変化量の信号」への該当性

そうすると,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足するためには,前記(ア)①のとおり,移動側装置で受信した電力変化量に応じて,移動側装置から信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として伝送される「信号」でなければならないというべきである。そして,移動側装置で受信した電力の変化量である「受信電力変化量」そのものは,電力変化量に応じて伝送される「信号」には該当しないし,変調を施した電磁波として伝送させるものでもないから,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足しないというべきである。

(オ) 原告らの主張について

原告らは,「構成要件Jの『受信電力変化量の信号』,構成要件Lの『電力変化量の信号』とは,『移動側装置が受信する電力の変化量に関係する信号であって,信号伝送用周波数により,変調された電磁波として固定側装置に伝送されるもの』を意味する。」(前記第3,1(3)ア(ア))と主張する。しかし,この原告らの主張は,受信電力変化量そのものも,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」,構成要件Lの「電力変化量の信号」を充足するとの主張であり,採用することができない。

イ 充足性

(ア) 構成j後段部分においては,移動側装置で受信した電力変化量に応じて,移動側装置から信号伝送用周波数により変調を施した電磁波として伝送される「信号」は用いられていないから,構成j後段部分は,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足しないものと解する。

(イ) 原告らは,以下のとおり主張するが,採用することができない。

すなわち,原告らは,構成j後段部分の「①から②にわたるプロセスの間に対象カードの側に生ずる高周波電圧の変化(①に該当する。)は,移動側装置たる対象カードが受信する電力の変化量そのものであり,これが受信電力変化量の信号となる。このような高周波電圧の変化が対象カード側の磁界を変化させ,変化した磁界が対象リーダ/ライタ側と錯交すること(②に該当する。)は,対象カードから対象リーダ/ライタに受信電力変化量の信号が電磁波として伝送されるということができる。そして,この電磁波は,対象リーダ/ライタから送信された電磁波と同一周波数(すなわち信号伝送用周波数),逆位相となっており,対象リーダ/ライタから送信された電磁波が変調波である場合は,振幅が異なるがやはり変調波となっている。そのため,対象カードと対象リーダ/ライタの距離が変化した際に対象カードに生じる電圧の変化は『受信電力変化量』であり,対象カードは対象リーダ/ライタに『受信電力変化量の信号』を伝送する手段を備えている。」(前記第3,1(3)ア(イ))と主張する。原告らの上記主張は,移動側装置である対象カードに生ずる高周波電圧の変化は,移動側装置である対象カードが受信する電力の変化量そのものであるとし,その受信電力変化量をもって,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」,構成要件Lの「電力変化量の信号」に該当するというものである。

しかし,前記ア(エ)のとおり,移動側装置で受信した電力の変化量である「受信電力変化量」そのものは,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足しない。したがって,構成j後段部分は,構成要件Jの「受信電力変化量の信号」との部分,構成要件Lの「電力変化量の信号」との部分を充足しないものというべきであり,原告らの上記主張は,採用することができない。

(2)  争点3(構成要件L-送信出力を制御する)

構成l(「対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,対象カードが接近すると,前記構成jのとおり,低下する。対象リーダ/ライタのソースインピーダンスは,対象リーダ/ライタと対象カードの相互インダクタンスによる影響を考慮して,設計されている。対象カードには,過電流保護回路が設けられている。」)は,構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足しないと解される。以下,詳述する。

ア 構成要件の解釈

本件発明1においては,前記(1)ア(ア)の②のとおり,「送信出力を制御」した結果,固定側装置の電力送信部の送信出力は,「移動側装置の電力受信部で受信した電力の変化量」に応じた送信出力となるものでなければならないものと解されるから,構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足するためには,「送信出力を制御」した結果,すなわち「制御する」という能動的な働きにより,固定側装置の電力送信部の送信出力が,移動側装置の電力受信部で受信した電力の変化量に応じた送信出力とならなければならないというべきである。

イ 充足性

(ア) 前記アのとおり,構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足するためには,「送信出力を制御」した結果,すなわち「制御する」という能動的な働きにより,固定側装置の電力送信部の送信出力が,移動側装置の電力受信部で受信した電力の変化量に応じた送信出力とならなければならない。したがって,対象製品が構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足するというためには,対象リーダ/ライタの送信出力であるアンテナ端電圧が,送信出力の制御という能動的な働きにより,対象カードの電力受信部で受信した受信電力変化量に応じた値となることが立証されなければならないというべきである。

しかし,構成lによれば,対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧は,対象カードが接近すると低下し,対象リーダ/ライタのソースインピーダンスが対象リーダ/ライタと対象カードの相互インダクタンスによる影響を考慮して設計されているとしても,対象リーダ/ライタの送信出力であるアンテナ端電圧が,能動的な働きにより,対象カードの電力受信部で受信した受信電力変化量に応じた値となることを認めることはできない。そして,その他,対象製品において,対象リーダ/ライタの送信出力であるアンテナ端電圧が,送信出力の制御という能動的な働きにより,対象カードの電力受信部で受信した受信電力変化量に応じた値となることを認めるに足りる証拠はない。したがって,構成lは構成要件Lの「送信出力を制御する」との部分を充足しないと解される。

(イ) 原告らは,以下のとおり主張するが,採用することができない。

a 原告らは,甲19,甲35の実験結果から,対象カードの受信電圧は,距離にかかわらずほぼ一定になっているとし,「受信電圧がこのようにほぼ一定に保たれるのは,対象製品において,変量たる対象リーダ/ライタの送信出力が,他の変量たる対象カードにおける受信電圧に従って時間的に変化し,対象カードの受信電圧を距離にかかわらずほぼ一定に保つように設計され,制御されていることの結果である。」(前記第3,1(4)ア(イ)a)と主張する。

しかし,仮に,原告ら主張のとおり,甲19,甲35の実験結果から,対象カードの受信電圧が,距離にかかわらずほぼ一定になっているということができたとしても,そのことから直ちに,対象カードの受信電圧がほぼ一定に保たれるのが,対象リーダ/ライタの送信出力を制御した結果であるということはできないし,また,対象リーダ/ライタの送信出力が,対象カードにおける受信電圧に従って制御した結果,変化したということはできない。そして,本件においては,対象リーダ/ライタの送信出力が,対象カードにおける受信電圧に従って制御した結果,変化したこと,及び対象リーダ/ライタの送信出力を制御した結果として対象カードの受信電圧がほぼ一定に保たれることを具体的に立証するに足りる証拠はない。したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。

b また,原告らは,「対象製品において対象カードの受信電圧と対象リーダ/ライタの送信出力が相互作用する構成は,次のとおりである。すなわち,①対象カードが対象リーダ/ライタに接近すると,純粋に距離が近づいた影響で対象カードの受信電圧は一旦大きく上昇する。②しかし,対象カードのアンテナコイルと対象リーダ/ライタのアンテナコイルは電磁的に結合しているため,①で受信電圧が上昇した次の瞬間,対象カードのアンテナコイルから対象リーダ/ライタのアンテナコイルに向かって,逆向きの電磁波の伝送が生じ,その結果対象リーダ/ライタの送信出力はやや低下する。③以後対象カードと対象リーダ/ライタの間で①,②が極めて短時間の間にキャッチボールのように繰り返されるが,互いに相手に与える影響は徐々に小さくなっていくため,ついには対象カードの受信電圧,対象リーダ/ライタの送信ともに当該距離における最終的な値(①における受信電圧より低い値)に収束する。要するに,両者が接近すると,純粋な距離接近の効果として受信電圧は上昇するが,その一部は対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波の影響で打ち消されてしまう。上記②で対象リーダ/ライタに向けて伝送される電磁波が『受信電力変化量の信号』である。そして,対象カードから対象リーダ/ライタに伝送される電磁波の影響で打ち消される分の大きさや,そうした打ち消しによる補正をどの程度の距離において強く働き始めるようにするかは,対象リーダ/ライタの内部回路の各種パラメータをどのように設定するかによって異なり,設定次第ではほとんど打ち消しの影響が出なくなることもあり得る。しかるに,対象製品においては,通信可能距離において対象カードの受信電圧がほぼ一定の範囲に収まっており,この事実を前提にすれば,対象製品は,打ち消しの効果も考慮に入れて,対象カードの受信電圧を距離変化にもかかわらずほぼ一定に保つべく設計し,制御されているといえる。」(前記第3,1(4)ア(イ)b)と主張する。

しかし,原告らの上記主張を検討しても,電磁的に結合した対象カードのアンテナコイルと対象リーダ/ライタのアンテナコイル間の相互作用により,対象カードのアンテナ端電圧(受信電圧)と対象リーダ/ライタのアンテナ端電圧(送信出力)が距離に応じた値に収束すること,通信可能距離において対象カードの受信電圧がほぼ一定の範囲に収まっていることは示されているといい得るものの,対象カードの受信電圧をほぼ一定の範囲に収めるために距離に応じて対象リーダ/ライタの送信出力を調整するための構成が具体的に示されているものではなく,また,前記aのとおり,本件においては,対象リーダ/ライタの送信出力が対象カードにおける受信電圧に従って制御した結果,変化したこと,及び対象リーダ/ライタの送信出力が変化した結果として対象カードの受信電圧がほぼ一定に保たれることを具体的に立証するに足りる証拠はない。したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。

(3)  本件発明1の構成要件充足性

そうすると,対象製品は本件発明1の構成要件を充足せず,対象製品は本件発明1の技術的範囲に属しないものと解される。

2  本件発明2の構成要件充足性

(1)  争点5(構成要件Q-蓄電機器)について

構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は,構成要件Qの「蓄電機器」との部分を充足しないと解する。以下,詳述する。

ア 構成要件の解釈

(ア) 構成要件Qの「蓄電機器」は,他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行うことができる程度の電力を供給できる容量を備えたものでなければならないものと解される。その理由は,以下のとおりである。

a 構成要件の記載

本件発明2は,その構成要件の記載によれば,「電気回路で構成した運動体側と固定体側にそれぞれ装着される能動用と受動用との複数のモジュールのそれぞれに送信ヘッドと受信ヘッドとを有する伝送部を備え,」(構成要件N),「他のモジュールの伝送部と互いに対向した状態で,デジタルやアナログ的な各種のデータ信号を,電磁波を用いて互いに非接触で伝送することができ,」(構成要件O),「その中の何れか一方のモジュールの動作に必要な電力を他方のモジュールから電磁波により非接触で伝送するように構成された信号伝送装置」(構成要件P)を前提とするものであり,「前記電力を受電する側のモジュールにコンデンサや電池の如き蓄電機器を装備して受電電力により充電し,」(構成要件Q),「その充電状態を判定した上で,」(構成要件R1),「これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なう」(構成要件R2)ものである。

上記の本件発明2の構成要件の記載によれば,構成要件Qの「蓄電機器」は,電気を蓄えて他に供給する電源となり得るものであればおよそどのようなものでも該当するとは解されず,電源として,他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行うことができる程度の電力を供給できる容量を備えたものでなければならないものと解される。

b 発明の詳細な説明の記載

前記aの解釈は,本件明細書2の発明の詳細な説明を参酌することにより裏付けられる。

すなわち,本件明細書2の発明の詳細な説明によれば,本件発明2は,「運動体側の送信部に対し電磁波を用いて非接触で電力を伝送するように構成された装置においても,送信部と受信部との双方の伝送距離が大きかったり,伝送に係わるアンテナやコイルなどの近傍に構造材の金属などが存在するために,渦流損や表皮作用などによる伝送損失が大きくなる場合など,設置条件によって伝送効率が著しく阻害される場合がある。その上,電力の送信出力が小さいものしか得られないような条件下においては,信号伝送を安定に行なうことが困難であった」(別紙2「訂正明細書」2頁10ないし16行,従来の技術の項)という従来の技術における課題を解決し,「運動体側あるいは固定体側に装着したモジュールの何れかが無電源で動作でき,かつ双方の距離がある程度大きい場合とか,周囲の設置環境条件などのために伝送効率が悪くなる場合,あるいは非接触で供給する送信電力を大きくできない場合などにおいても,信号の伝送を安定で効率良くかつ間欠的に行える信号伝送装置を提供すること」(別紙2「訂正明細書」2頁23ないし27行,発明の目的の項)を目的としている。この目的を達成するためには,本件発明2の「蓄電機器」は,少なくとも,送信部と受信部との双方の伝送距離が大きい場合や伝送効率が悪い場合などにおいても,信号伝送装置に対し,当該信号伝送装置が信号伝送を安定に行なうことができる程度の電力を供給できる容量を備えたものでなければならないと解される。

(イ) 原告らは,以下のとおり主張するが,採用することができない。

a 原告らは,「構成要件Qの『蓄電機器』とは,運動体側に備わっており,受信電力によって充電され,その充電状態を判定した上で,蓄電機器を電源としてデータ信号を送信するものであり,蓄えられる電圧の量や時間等に限定はない。」(前記第3,2(2)ア)と主張する。

しかし,前記(ア)のとおり,本件発明2の構成要件の記載や本件明細書2の発明の詳細な説明の記載に照らして,構成要件Qの「蓄電機器」は,電源として,他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行うことができる程度の電力を供給できる容量を備えたものでなければならないものと解され,原告らの上記主張は,採用することができない。

b また,原告らは,「甲36(『電気工学ポケットブック』電気学会編,株式会社オーム社,平成3年12月31日第1版第3刷発行)には,平滑回路中のコンデンサであっても,電力を一旦充電し,これを少しずつ他に供給することが記載されており,甲41(『図解 電気工学事典(普及版)』岩本洋編,株式会社朝倉書店,2006年6月30日発行),甲42(『図解 電気の大百科』曽根悟他監修,株式会社オーム社,平成7年5月25日第1版第1刷発行)においても,整流平滑回路が『電源回路』の表題の下に説明されており,整流平滑回路自体,ひいてはその中心部品である平滑コンデンサ自体を『電源』と呼ぶことが技術常識であることが示されている。したがって,構成要件R2の『これを電源として』という文言を根拠として,『蓄電器機』を,自ら蓄電した電力を電源として送信動作をすることができるに足りる容量をもつものと解することはできない。」(前記第3,2(2)アe)と主張する。

しかし,甲36,甲41,甲42は,いずれも,整流回路(平滑回路)を用いた電源回路の説明の中で平滑コンデンサの機能を説明したものであり,そこにおいて,整流平滑回路が「電源回路」の表題の下に説明されており,整流平滑回路自体又は平滑コンデンサを含む回路が「電源」と呼ばれていたとしても,そのことから,平滑コンデンサを「電源」と呼ぶことが一般的な技術常識であるとはいえないし,本件発明2の構成要件Qの「蓄電機器」について「他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行うことができる程度の電力を供給できる容量を備えたもの」との解釈を採り得ないとはいえず,原告らの上記主張は,採用することができない。

イ 充足性

構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は,構成要件Qの「蓄電機器」との部分を充足しないと解する。その理由は,以下のとおりである。

すなわち,構成要件Qの「蓄電器機」は,他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行うことができる程度の電力を供給できる容量を備えたものであるから,構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」が構成要件Qの「蓄電器機」との部分を充足するというためには,構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」が,それ自体で,対象カードに信号伝送を行なうことができる程度の電力を供給できる容量を備えていることが立証されなければならない。しかし,対象カードの整流平滑回路のコンデンサが,対象カードに対し,対象リーダ/ライタにデータ信号の送信動作を行うことができる程度の電力を供給できる容量を備えたものであることを認めるに足りる証拠はない。かえって,甲14(「リーダ/ライタの設置条件とその評価方法(技術資料)」 FeliCa)によれば,対象製品は,対象カードと対象リーダ/ライタとの距離を大きくしていった場合,カード電圧が足りなくなり通信ができなくなる最大通信距離(リーダ/ライタRC-S440A,カードRC-S831の場合,最大通信距離20mm)を仕様として規定していることが記載されており(甲14,9頁),対象カードと対象リーダ/ライタの距離が通信距離以上となり受信電圧が低くなった場合にまで通信を可能とするものでないことが認められ,このことからすると,対象カードは,対象リーダ/ライタとの距離が大きくなった場合にまでデータ信号の送信動作を行うことができるとは認められず,それに要する電力を供給する容量を備えた蓄電機器を有するものではないと考えられる。したがって,構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」は,構成要件Qの「蓄電器機」との部分を充足しないものと解される。

(2)  争点6(構成要件R1-充電状態,構成要件R2-電源)

構成r(「対象カードは,整流平滑回路のコンデンサの充電電圧が2.8Vになった場合に作動するように構成されている」)は構成要件R1の「その充電状態を判定」との部分,構成要件R2の「これを電源として」との部分を充足しないと解される。その理由は,以下のとおりである。

すなわち,構成要件Q,R1,R2から,構成要件R1の「その充電状態」とは,構成要件Qの「蓄電機器」の充電状態を意味し,構成要件R2の「これを電源として」とは,構成要件Qの「蓄電機器」を電源とすることを意味すると解される。しかるに,前記(1)のとおり,構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成(これは,構成rの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成と共通する。)は構成要件Qの「蓄電器機」との部分を充足しないから,構成rにおいて「整流平滑回路のコンデンサ」の充電状態が判定されるとしても,それは,構成要件Qの「蓄電器機」の充電状態を判定したことにはならず,構成rは,構成要件R1の「その充電状態を判定」との部分を充足しない。また同様に,「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は構成要件Qの「蓄電器機」との部分を充足しないから,構成rは,構成要件R2の「これを電源として」との部分も充足しないものと解される。

(3)  争点7(構成要件R2-間欠的に)

対象製品は,構成要件R2の「間欠的に」との部分を充足しないものと解する。以下,詳述する。

ア 構成要件の解釈

(ア) 構成要件R2の「間欠的に」とは,送信動作を行う期間と受信動作を行う期間が交互に存在するとともに,それのみならず,蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)が放電状態となる期間と充電状態となる期間が交互に存在する状態を意味するものと解される。その理由は,以下のとおりである。

a 発明の詳細な説明の記載

本件明細書2の発明の詳細な説明の記載には,次のとおりの記載がある。

(a) 「[発明の目的]

本発明の目的は,運動体側あるいは固定体側に装着したモジュールの何れかが無電源で動作でき,かつ双方の距離がある程度大きい場合とか,周囲の設置環境条件などのために伝送効率が悪くなる場合,あるいは非接触で供給する送信電力を大きくできない場合などにおいても,信号の伝送を安定で効率良くかつ間欠的に行える信号伝送装置を提供することにある。」(別紙2「訂正明細書」2頁22ないし27行)

(b) 「[発明の概要]

本発明の信号伝送装置は,電気回路で構成した運動体側と固定体側にそれぞれ装着される能動用と受動用との複数のモジュールのそれぞれに送信ヘッドと受信ヘッドとを有する伝送部を備え,他のモジュールの伝送部と互いに対向した状態で,デジタルやアナログ的な各種のデータ信号を,電磁波を用いて互いに非接触で伝送することができ,その中の何れか一方のモジュールの動作に必要な電力を他方のモジュールから電磁波により非接触で伝送するように構成された信号伝送装置において,前記電力を受電する側のモジュールにコンデンサや電池の如き蓄電機器を装備して受電電力により充電し,その充電状態を判定した上で,これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なうに際して,電力伝送の電磁波の周波数を,伝送したいクロック周波数と同一,又は,その整数倍にしておき,両モジュールのクロック周波数を共通にすると共に,前記モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路を備えることによって,その検知信号に基づき前記蓄電機器に対する充電の時間や前記データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るようにしたことを特徴とするものである。」(別紙2「訂正明細書」2頁28行ないし3頁15行)

(c) 「本発明の信号伝送装置は,電磁波を媒体として伝送するのに不向きな設置条件などのために伝送効率が悪い場合とか,送信電力を大きくできない場合,あるいはその他の要因により従来の方法では伝送が不安定になる場合でも,安定に信号伝送を行なうことを可能にしたものである。

能動用モジュールの受信ヘッドは,受動用モジュールの送信ヘッドと互いに対向した状態において,その送信ヘッドから連続的に供給される電力をコンデンサや電池などの蓄電機器に充電する。そしてその電荷が適当な閾値に到達した状態にある時,所定のタイミングで間欠的にデータ信号の送信に係わる回路を動作させ,その送信ヘッドから受動用モジュールに対して比較的短時間に信号伝送が行なわれるようになっている。

このような回路構成を備えることにより,能動用モジュールが受電する平均電力が小さい場合でも,信号の送信動作を安定に司どることが可能になる。

この場合,受動用モジュールから能動用モジュールに対して伝送される電力量を略一定とすれば,その平均伝送電力が小さい場合ほど,前記蓄電機器の(放電時間)/(充電時間)の値即ちデューテイ比は小さくなるが,これは特殊な場合を除いて一般にはあまり問題にはならない。

デューテイ比を決定する方法として次に述べる如き回路の構成が考えられる。即ち

(1) 蓄電した電荷判定回路を用いて蓄電機器の充電状態を判別し,所要のタイミングで受動用モジュールにデータ信号の送信動作に係わる回路を駆動させる。

(2) 蓄電機器に対する充電の時間と,データ信号の送信に係わる回路の駆動時間即ち放電時間のタイミングを決定するための適当なタイマー回路を構成する。

(3) 上記のタイマー回路とは別の手段として,モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路を設け,その検知信号にもとづき充電時間と放電時間のタイミングを決定する。」(別紙2「訂正明細書」4頁4行ないし5頁2行,発明の構成の項)

b 前記aの記載によれば,発明の詳細な説明には,実質的に次のような内容が記載されているものと認められる。すなわち,本件発明2は,一方のモジュールの動作に必要な電力を他方のモジュールから電磁波により非接触で伝送するように構成された信号伝送装置において,伝送効率が悪い場合や,送信電力を大きくできない場合,あるいはその他の要因により従来の方法では伝送が不安定になる場合でも,信号の伝送を安定で効率良くかつ間欠的に行える信号伝送装置を提供することを目的とする(前記a(a))。そのため,電力を受電する側のモジュールに蓄電機器を装備して受電電力により充電し,その充電状態を判定した上で,これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なう回路を備えたものである(前記a(b))。さらに,「タイミング」には,①受動用モジュールにデータ信号の送信動作に係わる回路を駆動させるタイミング,②データ信号の送信に係わる回路の駆動時間,すなわち放電時間のタイミング,③モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する信号に基づく充電時間と放電時間のタイミングが含まれる(前記a(c))。

そして,上記の内容からすると,構成要件R2の「所要のタイミング」は,他方のモジュールへのデータ信号の送信動作のタイミングであるとともに,データ信号の送信動作を行うためには,蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)を放電状態とすることから,蓄電機器を放電状態とすることのタイミングでもあるものと解される。そして,構成要件R2の「間欠的に」とは,データ信号の送信動作を行う期間と受信動作を行う期間が交互に存在することであるとともに,それのみならず,蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)が放電状態となる期間と充電状態となる期間が交互に存在する状態を意味するものと解される。

構成要件R2の「間欠的に」の意味を上記のように解するならば,構成要件R2(「これを電源として所要のタイミングで間欠的に他方のモジュールにデータ信号の送信動作を行なうに際して」)の意味を理解することができる。

(イ) 原告らは,以下のとおり主張するが,採用することができない。

すなわち,原告らは,「構成要件R2にいう『間欠的に』とは,『送信の一過程において,送信と非送信状態が交互に存在する状態』を意味する。」(前記第3,2(4)ア(ア))と主張するが,前記(ア)のとおり,本件明細書2の記載によれば,構成要件R2の「間欠的に」とは,データ信号の送信動作を行う期間と受信動作を行う期間が交互に存在することであるとともに,それのみならず,蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)が放電状態となる期間と充電状態となる期間が交互に存在する状態を意味するものと解されるから,原告らの上記主張は,採用することができない。

イ 充足性

(ア) 対象製品は,構成要件R2の「間欠的に」との部分を充足しないと解する。その理由は,以下のとおりである。

すなわち,前記(1)のとおり,構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は構成要件Qの「蓄電器機」との部分を充足せず,その他,対象製品が構成要件Qの「蓄電器機」との部分を充足することを認めるに足りる証拠はないから,対象製品においては,蓄電機器(構成要件Qの「蓄電器機」)が放電状態となる期間と充電状態となる期間が交互に存在する状態も存在しない。したがって,対象製品は,構成要件R2の「間欠的に」との部分を充足しない。

(イ) 原告らは,以下のとおり主張するが,採用することができない。すなわち,原告らは,「対象カードは,対象リーダ/ライタとの間で相互応答的にテータ通信を行っており,送信の一過程において,送信と非送信状態が交互に存在する。したがって,対象カードは,構成要件R2の『間欠的に』の要件を充足する。」(前記第3,2(4)ア(イ))と主張する。しかし,構成要件R2の「間欠的に」とは,データ信号の送信動作を行う期間と受信動作を行う期間が交互に存在することであるとともに,それのみならず,蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)が放電状態となる期間と充電状態となる期間が交互に存在する状態を意味するものと解されるから,送信と非送信状態が交互に存在することのみをもって「間欠的に」との構成要件を充足することを前提とする原告らの上記主張は,採用することができない。

(4)  争点8(構成要件T-対向状態の検知)

対象製品は,構成要件T(「前記モジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する検出回路を備えることによって,その検知信号に基づき前記蓄電機器に対する充電の時間や前記データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るようにしたことを特徴とする」)を充足しないと解する。以下,詳述する。

ア 構成要件の解釈

構成要件Tの「前記モジュールの各伝送部」との記載から,構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する検出回路」は,運動体側と固定体側の双方に備えられているものと解される。また,構成要件Tの「その検知信号に基づき前記蓄電機器に対する充電の時間や前記データ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るようにしたことを特徴とする」との記載から,構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する検出回路」は,その検知信号に基づき蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)に対する充電の時間やデータ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るために備えられた回路であるものと解される。

イ 充足性

(ア) 前記アのとおり,構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する検出回路」は,その検知信号に基づき蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)に対する充電の時間やデータ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るために備えられた回路である。ところが,前記(1)のとおり,構成qの「整流平滑回路のコンデンサ」との構成は構成要件Qの「蓄電器機」との部分を充足せず,その他,対象製品が構成要件Qの「蓄電器機」との部分を充足することを認めるに足りる証拠はないから,対象製品においては,蓄電機器(構成要件Qの「蓄電器機」)に対する充電の時間のタイミングを司ることはできない。したがって,対象製品は,構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する検出回路」を備えることはなく,構成要件Tを充足しない。

(イ) 原告らは,以下のとおり主張するが,採用することができない。

すなわち,原告らは,「対象カードにおいて,Pollingコマンドを受け取り,対象リーダ/ライタから呼びかけられたと判断し,自分のIDmとPMmをレスポンスとして返す動作は,通信可能エリアに対象リーダ/ライタが入ったという検知動作に他ならないから,対象カードにおける対向状態検知動作に当たる。他方,対象リーダ/ライタにおいて,Pollingへのレスポンスを受領し,カードが検出されたと判断する動作は,通信可能エリアに対象カードが入ったという検知動作に他ならないから,対象リーダ/ライタにおける対向状態検知動作に当たる。」とした上,「Pollingを受けて対向を検知したことに基づき対象カードから対象リーダ/ライタに送られるIDmとPMmを含むレスポンスと,当該レスポンスを受けて対向を検知したことに基づき対象リーダ/ライタから対象カードに送信されるRequest Serviceコマンドがそれぞれ検知信号に該当するから,②(それぞれにおいて移動側と固定側の対向を検知したこと(検出信号)に基づき,)の要件は満たされる。さらに,対象製品においては,対象カードから検知信号であるIDmとPMmを含むレスポンスが返され,一方当該レスポンスを受けて対象リーダ/ライタが検知信号であるRequest Serviceコマンドを送信したことに基づき,相互認証に進み,その後双方向のデータのやり取りが一連の動作として開始されるから,検知信号に基づきデータ送信の送信動作に係わる回路の駆動時間のタイミングが司られているということができ,③(蓄電機器に対する充電の時間やデータ送信の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司る回路)の要件は満たされる。」とし,「対象カードと対象リーダ/ライタとは,ともに,構成要件Tの『互いに対向した状態を検知する検出回路』との部分を充足する。」(前記第3,2(5)ア(イ))と主張する。しかし,原告らの主張は,以下の理由により,採用することができない。

a(a) 構成要件Tの「対向」とは,その用語の通常の意味から,「空間的に互いに向き合った状態」を意味するものと解されるところ,その解釈は,本件明細書2の第2図及び発明の詳細な説明の記載によっても裏付けられる。

すなわち,本件明細書2には,第2図として,本件発明2の信号電送装置の設置例を示す斜視図が示され,発明の詳細な説明には,第2図の説明として次のとおり記載されている。

「即ち第2図に例示したように,矢印の方向に移動する台車25に装着した能動用モジュールB(送,受信ヘッドのみを分離して装着する場合もあり得る)によつて採取したデータ信号を,その送信ヘツドから固定体側に装着した受動用モジュールAの受信ヘッドに伝送できるタイミングは,その送信ヘッドと受信ヘッドとが互いに対向した状態の時である。

殊に運動体側が高速度で移動するような場合には,両者が対向した瞬間に信号の授受を行なわなければならない。

このような場合には,両者が対向した瞬間を検知し,この検知信号にもとづいて動作する内部回路などを用い,前記蓄電機器に対する充電時間および当該信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などに関するタイミングを得るようにする。

・・・

受動用モジュールAから能動用モジュールBに対して伝送される電力用搬送波f1の電磁界は,電力送信ヘッド4と電力受信ヘッド5とが対向した状態の時に最も大きくなる。従つてf1強度検出回路24の出力があるレベル以上の値になった時に,トリガ回路9を駆動し蓄電機器7に充電された電荷をf2電力アンプ14に供給して作動させる。

他方,受動用モジュールAにおいても信号用搬送波f2の電磁界が最も大きくなるのは,信号送信ヘッド15と信号受信ヘッド16とが対向した状態の時である。従って,高周波アンプ17の出力をf2強度検出回路21で検知し,その検知信号があるレベル以上の値になった時にSH回路19を駆動して,FM復調回路18の出力をサンプルホールドし出力バッファアンプ20を経てデータ信号Dsを出力する。

このように双方のモジュールの各伝送部が互いに対向した状態を検知する手段により,所定の信号伝送を行なわせることができる。

このような効果は,上述のような内部回路によって行なう以外に,例えば各伝送部に適当なセンサやスイッチなどのタイミング検知素子を付加して成る検出回路を適用してもよく,或いはそれらを適当に組み合わせた回路構成にしても同様の結果を得ることができる。」(別紙2「訂正明細書」8頁23行ないし9頁24行)

本件明細書2の第2図及び上記の発明の詳細な説明の記載からしても,構成要件Tの「対向」との語が「空間的に互いに向き合った状態」を意味していることは裏付けられる。

(b) 原告らは,前記のとおり,対象カードにおいて,Pollingコマンドを受け取りレスポンスを返す動作は,対象カードにおける対向状態検知動作に該当し,対象リーダ/ライタにおいて,レスポンスを受領しカードが検出されたと判断する動作は,対象リーダ/ライタにおける対向状態検知動作に該当すると主張する。

しかし,対象カードにおいて,Pollingコマンドを受け取りレスポンスを返す動作,対象リーダ/ライタにおいて,レスポンスを受領しカードが検出されたと判断する動作は,いずれも,互いに信号のやりとりが可能な「通信可能エリア」に入ったことを検知しているにすぎず,空間的に互いに向き合った状態にあることを検知しているとはいえない。構成要件Tの「対向」とは,空間的に互いに向き合った状態を意味するから,構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する」とは,空間的に互いに向き合った状態にあることを検知することを意味するところ,「通信可能エリア」に入ったことを検知することは,対象カードと対象リーダ/ライタの距離が近づいたことを検知したといえる余地があるとしても,空間的に互いに向き合った状態を検知することにはならず,対象カード,対象リーダ/ライタにおける対向状態検知動作には該当しない。対象製品が,対象カードと対象リーダ/ライタが空間的に互いに向き合った状態を検知していることを認めるに足りる証拠はない。

したがって,原告らの前記主張は,採用することができない。

b また,前記アのとおり,構成要件Tの「互いに対向した状態を検知する検出回路」は,その検知信号に基づき蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)に対する充電の時間やデータ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司るために備えられた回路である。

ところが,原告らは,「対象製品においては,対象カードから検知信号であるIDmとPMmを含むレスポンスが返され,一方当該レスポンスを受けて対象リーダ/ライタが検知信号であるRequest Serviceコマンドを送信したことに基づき,相互認証に進み,その後双方向のデータのやり取りが一連の動作として開始されるのであるから,検知信号に基づきデータ送信の送信動作に係わる回路の駆動時間のタイミングが司られているといえる。」と主張するのみであり,対向状態の検知信号に基づいて蓄電機器(構成要件Qの「蓄電機器」)に対する充電の時間やデータ信号の送信動作に係わる回路の駆動時間などのタイミングを司ることについて,上記以上に具体的な主張はなく,これを認めるに足りる証拠もない。したがって,この点からも,原告らの前記主張は,採用することができない。

(5)  本件発明2の構成要件充足性

そうすると,対象製品は本件発明2の構成要件を充足せず,対象製品は本件発明2の技術的範囲に属しないものと解される。

3  特許権侵害の有無

以上によれば,対象製品は,本件発明1及び2のいずれの技術的範囲にも属さないから,被告らは,本件特許権1及び2のいずれも侵害していない。したがって,原告らの本訴請求は,いずれも理由がない。

4  結論

よって,原告らの被告らに対する本訴請求をいずれも棄却すべきものとした原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 上田洋幸)

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