知財高等裁判所 平成20年(ネ)10082号 判決 2010年8月19日
控訴人
甲
同訴訟代理人弁護士
御器谷修
同
島津守
同
梅津有紀
同
栗田祐太郎
被控訴人
ソニー株式会社
同訴訟代理人弁護士
熊倉禎男
同
富岡英次
同
水沼淳
同
小和田敦子
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,512万5124円及びこれに対する平成18年12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じ,訴えの提起及び控訴の提起の手数料に係る部分は,これを100分し,その5を被控訴人の,その余を控訴人の,各負担とし,その余の訴訟費用は各自の負担とする。
3 この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,1億円及びこれに対する平成18年12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人(1審被告)の元従業員である控訴人(1審原告)が,被控訴人に対し,被控訴人在職中にした「半導体レーザ装置」に関する発明等,合計5件(当初,控訴人は,6件の職務発明についての対価を請求していたが,控訴審の最終段階に至り,1件(後述の本件発明F)につき対価請求を撤回した。)の職務発明について特許を受ける権利を被控訴人に承継させたとして,特許法(平成16年法律第79号による改正前のもの。以下「改正前特許法」という。)35条3項に基づき,上記承継の相当の対価である7億3746万円のうち,一部請求として,1億円及びこれに対する平成18年12月22日(控訴人が被控訴人に対し,上記承継の相当の対価の未払額の支払いを請求した日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
なお,この判決を通じて,原判決を引用する場合に,原判決で「原告」とあるのは「控訴人」と,「被告」とあるのは「被控訴人」と,それぞれ読み替えることとする。
2 原審における控訴人の請求
被告(被控訴人)は,原告(控訴人)に対し,1億円及びこれに対する平成18年12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原判決の主文
原告(控訴人)の請求をいずれも棄却する。
4 前提事実及び争点
以下のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」「1 前提となる事実」,「2 争点」記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決14頁5行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「なお,第6条における特別表彰の規定は,1997年度に実施される特別表彰から適用することとされた。」
原判決16頁3行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「ウ 本件光学ピックアップが搭載されていたPS,PSone及びPS2の売上台数及び上記本件光学ピックアップの売上価格(年度平均)は別紙「売上台数・平均価格一覧表」のとおりである。ただし,PS及びPSone分については,本件光学ピックアップを含むベースユニットとして販売されており,同表の『本件光学ピックアップの年度平均価格』欄のPS及びPSone分については,ベースユニットとしての価格が示されている(乙93,弁論の全趣旨)。」
第3争点に関する当事者の主張
以下のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」「3 争点についての当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。
【本件各発明の実施の有無について】
原判決17頁6行目の「向上させること」の後に,「及び『プリズムがビームスプリッタの機能と非点収差発生機能とを兼備しているので,非点収差を利用する機器に適用すると,この機器の小型化と低コスト化が可能』となること」を挿入する。
原判決17頁13行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「また,控訴人及び他の共同発明者は,本件発明AないしCを一体のものとするレーザーカプラーを発明したところ,本件発明Cについては,特許公報上『発明の詳細な説明』において,『非点収差』を利用していることを示す『サジタル光線の焦線』の存在につき触れられており,本件発明Aの半導体レーザ装置におけるフォーカス誤差の検出において『非点収差』が利用されていること,すなわち,本件発明Aが差動スポットサイズ法又は他の検出方法を除外するものでないことは明らかである。」
原判決17頁17行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「被控訴人は,準備書面において,本件光学ピックアップの図を示すところ,同図の『スペーサー』と書いてある部分のみ他の箇所とは文字が明らかに異なっており,被控訴人がこの部分を後から追加したことが図面上明らかである。
そして,被控訴人が『スペーサー』と主張するシリコン基板部分は,レーザー素子をジャンクションダウンに配置し,①発光部で生じる熱を基板に伝え,又は②下向きに出射されて迷光になるレーザー光を遮断するためのものであり,『スペーサー』ではない。」
原判決17頁18行目及び19行目を削除し,以下のとおり付加する。
「(ウ) 被控訴人は,本件発明AないしEを用いて製造したレーザーカプラータイプの光学ピックアップを製造(本件発明を実施)し,別会社(SCE)に販売しており,これを理由として,控訴人に対し,平成9年,本件発明AないしCにつき,特別表彰をし,報奨金を支払っている。この特別表彰については,発明の『実施』や『実施許諾』によって特に顕著な功績が認められた場合が対象となるものであり,本件発明AないしCの『実施』による功績が顕著であることは,被控訴人自身も認めていたものである。
なお,本件発明Aにつき,平成9年に加えて,平成14年にも再び等級を上げた上で表彰がされていることからすれば,『実施』なき表彰が2度までも行われたとの被控訴人の主張はおよそ不合理である。」
原判決17頁21行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「(オ) なお,乙(以下『乙』という。)らが行った発明(以下『乙発明』という。)は,所定のフォーカス引込み範囲を得るため,本件発明Aと比較して巨大かつ異なる形状のプリズムを必要とし,かつレーザー発光点を必要以上に高くするためのスペーサーを必要とするため,既存の半導体製造設備では製造できないという致命的な欠陥を有していた。現に,乙発明が光ピックアップにおいて実施されたことを示す証拠は提示されていない。
そこで,乙からプロジェクトを引き継いだ控訴人は,上記欠陥を克服すべく,本件発明Aの考案に至ったものであるから,乙発明と本件発明Aの基本的な構成に類似する面があるのは当然であり,乙発明では,フォーカス検出方式として非点収差法のみが記載されていたことから,本件発明Aの新規性・進歩性を明確にするため,控訴人らは,本件発明Aの実施例において,同じフォーカス検出方式を例に挙げたにすぎない。
なお,乙発明におけるプリズムが『三角プリズム』を念頭に置いていることからすれば,本件発明Aと乙発明とは,着想を全く異にするものである。」
原判決18頁15行目及び16行目を削除する。
原判決19頁22行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
「(イ) なお,レーザーカプラーの基本構造については,本件各発明の特許出願前である昭和60年4月22日に,被控訴人の社員である乙らが発明者である乙発明につき,特許出願がされており(乙10,11及び32),乙発明には,レーザーカプラーの基本構造がすべて開示されている。
そして,本件発明Aと乙32とを比較すると,半導体基板上に半導体レーザーとプリズムを固定させ,レーザーから射出される光をプリズムで反射させ,戻ってきた光がプリズム内に入射し,それを検出器で検出するというレーザーカプラーの基本的構造は同じである。
乙発明との違い,すなわち本件発明Aの特徴として挙げられる点は,光をプリズム内で2回反射させることにより,光路長を長くして,非点隔差を大きくし,引込み範囲を広くすることによってフォーカスサーボを安定的に行うようにするという,非点収差法の点のみである。
したがって,本件特許Aを先願である乙発明と実質的に同一でなく,有効なものとして解釈するためには,本件特許請求の範囲の記載を非点収差法を採用したものに限定して解釈するか,又は,訂正審判において特許請求の範囲をそのように限定する訂正をせざるを得ない。
そして,以上のことは,当業者がレーザーカプラーを開発しようとする際に,本件発明Aの技術的範囲を検討するときには当然に想到することである。」原判決19頁23行目の「(イ)」を「(ウ)」と改める。
原判決20頁15行目の「(ウ)」を「(エ)」と改める
原判決20頁18行目の「(エ)」を「(オ)」と改める。
原判決21頁12行目の後に,「また,同光学ピックアップにおける光学ヘッドでは,例えば4分割された光検出部を有するもの等,3分割とは異なる数に分割された光検出部を有する光学ヘッドが用いられている。」を付加する。
原判決22頁2行目から5行目を削除し,以下のとおり挿入する。
「ウ 被控訴人における実施褒賞は,発明者が,実施の有無を含めて自分で申請したものを,知的財産部で審査し,表彰するものである。
実施褒賞は,多数の申請について,発明者に対するインセンティブの観点から審査し付与しているものであるから,その審査に際しては,職務発明についての多額の対価請求訴訟や第三者との間の権利侵害に関する紛争の場合におけるものと同レベルの厳密さをもって,発明の技術的範囲を解釈し又は無効となる可能性等を慎重に考慮して審査するものでないことは当然である。
よって,被控訴人その他の使用者企業が,その発明報奨規定により報奨を行ったからといって,客観的な独占の利益の有無が問題とされている特許法35条の対価請求訴訟において使用者企業が改めて実施の有無や有効性を検討し,その評価について争うことを妨げられるものではない。」
【独占の利益の有無,相当の対価の計算について】
原判決22頁11行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
「本件各発明を利用したレーザーカプラータイプの光学ピックアップを,被控訴人のみが製造し,他社が現にライセンスを受け製造していないという事実は,第三者が被控訴人から実施許諾を受け,本件各発明を実施することができなかった事実を端的に表すものである。
平成3年のPS発売以降,PSは,ゲーム機の分野において圧倒的なシェアを有していたものであり,被控訴人が本件各発明をライセンスの対象にすることは,およそ考えられず,被控訴人が得た利益が,『本件各発明の独占』の結果に基づくものではないとの原判決の認定は,経験則に明白に反するものである。」
原判決24頁17行目の後に改行して,以下のとおり挿入する。
「このように,レーザーカプラータイプは,顧客であるSCEが要望していたほか,価格的優位性,性能的優位性,差別的優位性が認められ,作用効果の点で,代替技術(ディスクリートタイプ)との間に顕著な差異があったものである。
そして,乙28ないし30上の,●(省略)●との記載については,被控訴人が承認し,それに基づき発明者らに特別褒賞がされているものであり,原判決は,本件各発明の利用により著しい費用の節減効果があった事実を被控訴人が認めていたことを無視する不当なものである。
また,被控訴人が製造する2種類のベースユニット(KSM330,KSM440)は,ほぼ同一形状で同じ大きさをしており,これらのうちKSM330(ディスクリートタイプの製品)の方が安価であるにもかかわらず,PS等には,価格がより高いレーザーカプラータイプの光ピックアップが採用されている。
このように,レーザーカプラータイプが採用された理由は,信頼性及び温度特性が優れているからにほかならない。すなわち,家庭用ゲーム機(PS等)については,家庭用オーディオ機器に比べて高い信頼性を求められたため,ディスクリートタイプが研究開発によって家庭用ゲーム機としての信頼性を満足させるまでの間(PS等につき平成6年から平成16年までの間),レーザーカプラーの代替技術となり得なかったものである。」
原判決25頁13行目の後に,改行して,以下のとおり付加する。
「なお,本件各発明のライセンスを受けることができた潜在的ライセンシーは,●(省略)●社にすぎなかったものであり,このような状態をもって,開放的ライセンスポリシーが採用されていたと判断することはおよそ不可能である。そして,これら●(省略)●社についても,ゲーム機用の光学ピックアップを販売する会社が含まれることが一切明らかにされておらず,仮にそのような会社があったとしても,同会社が代替技術を利用したという関係も認められない以上,乙24の契約の存在のみをもって,被控訴人に生じた独占の利益を否定することはできない。
そもそも,本件各発明がライセンスの対象となるとの明示的な規定は一切存在しないところ,単に,抽象的に本件各発明をライセンスし得る可能性があったという理由のみをもって,『合理的な実施料率で許諾する方針が採用されていた』という結論を導いた原判決には,論理の飛躍がある。
また,独占の利益の存在を否定するのであれば,『クロスライセンスの対象となっているにもかかわらず,実施がされていない』ことが必要であるところ,原判決は,本件各発明がクロスライセンスの対象となるか否かについての判断を欠いている。
PSについては,平成6年12月3日から大々的に発売が開始されているところ,その直後に締結されたクロスライセンス契約において,契約製品の範囲にゲーム機が例示されていないのは,PS等のゲーム機をクロスライセンスの対象から除外する当事者の意思を明確に表すものである。
また,被控訴人は,本件各発明を実施する際の技術内容を非公開とすることにより,潜在的ライセンシーが許諾を受けようとすることを事実上妨げる方針を採っていたものである。
なお,PS2については,DVDフォーマットが用いられているところ,被控訴人主張のジョイントライセンスは,あくまで『本件許諾製品』(CDオーディオプレーヤー,CD-ROMプレーヤー等を指す。)のみを対象とするものであり,本件ジョイントライセンス契約の存在に加えて,単にDVDフォーマットに関してライセンスを受けさえすれば,PS2用の光学ピックアップの製造が可能になるものではない。
オ SCEが,平成16年にディスクリート方式を採用したことにより,被控訴人と競合する他社メーカーの参入が可能となり,被控訴人はSCEに対する光学ピックアップの独占的な納入ができなくなったことからしても,新型PS2が発売されるまで(平成6年から平成16年まで)の間,レーザーカプラー方式に代わる技術がなかったことは明らかである。
カ 平成6年から平成16年の間に販売されたPS等については,被控訴人の認識(家庭用ゲームという分野の存在)からしても,売上規模からしても,それ自体が独自の市場を形成するものである。
そして,同市場においては,レーザーカプラータイプの光学ピックアップしか採用しないという被控訴人の顧客SCEの意向が反映された結果,本件光学ピックアップが100%採用されることになったものであり,同市場における代替技術を観念する余地はない。
したがって,本件各発明における超過利益を算定する際には,代替技術が存在する他の市場と本件市場(独占率100%)との比較によってこれを明らかにする方法も考えられる。
なお,平成6年から平成16年までの間,被控訴人が販売したPS等以外の光学ピックアップ全般の市場シェアについては,50%を超えるとの記載はない。
他方で,被控訴人のPS2用光学ピックアップ(ディスクリートタイプ)のシェアは0%と考えられ,仮にそうでなくとも,50%以上にならないことは明白である。」
原判決25頁14行目の「オ」を「キ」と改める。
原判決25頁24行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「本件において,PS等に搭載する光学ピックアップは,レーザーカプラータイプのものである必要はなく,ディスクリートタイプのものでもよかったのであり,代替技術が存在しないとの主張は,客観的な事実に反するものである。」
原判決26頁12行目の「すぎない」を「すぎず,」と改めた上で,以下のとおり挿入する。
「代替技術に比較して,本件各発明はもとよりレーザーカプラータイプの光学ピックアップは,性能及び価格面において優位性を有しない。」
原判決26頁24行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「そして,新型PS2において,ディスクリートタイプの光学ピックアップが搭載されたのは,当時,被控訴人以外の各社が,ディスクリートタイプの光学ピックアップを量産しており,その価格がかなり下がっていたため,コストダウンのために採用されたにすぎない。
実際,PS2の最近の機種では,被控訴人もディスクリートタイプの光学ピックアップを他社から購入して使用している。
(エ) 被控訴人は,当初,家庭用ゲーム機の大手である任天堂に対して,ゲーム用の音源である電子回路を供給していたが,やがて,CD-ROMを媒体とする家庭用ゲーム機の開発を検討するようになり,任天堂と袂を分かち,被控訴人が単独で開発することになった。
そして,被控訴人は,平成5年11月16日,新しいゲーム機事業のために,グループ会社のソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)と共同出資で,SCEを設立した。
ゲーム機本体では,短期間での開発の目的等のため,被控訴人が従来から開発してきた音響・映像技術ができる限り応用された。CD-ROMの読み取り装置である光学ピックアップもその一つである。ホログラムタイプについては,被控訴人は製造しておらず,秘密裏に行われていたために,外注は望ましくなかった。他方で,被控訴人が商業的に使用しており,製造設備も保有していた二つのタイプ(ディスクリートタイプ及びレーザーカプラータイプ)のうち,レーザーカプラータイプについては,ポータブルCDプレーヤーの薄型化のために開発されたが,同機の販売高は大きくなく,レーザーカプラータイプの開発製造の初期投資を回収できない状態にあった。このため,被控訴人の全社的な損益を考慮して,SCEがレーザーカプラータイプの光学ピックアップを採用したものであり,レーザーカプラータイプの光学ピックアップが本件各発明で保護されることが,採用の判断基準とされたものではない。
以上のとおり,最終製品の構成部品の採用や仕様決定は,当該最終製品の開発の経緯に左右されるものであり,PS等用の光学ピックアップをレーザーカプラータイプのものとした際に,本件各発明の他社による実施を排除することが意識されたものではない。」
原判決26頁25行目の「(エ)」を「(オ)」と改める。
原判決28頁24行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「また,実際に乙24の契約書のひな型に従って契約を締結した企業(ライセンシー)が●(省略)●社であったとしても,それ以外の企業も希望すれば誰でも乙24のライセンス契約を締結し,その結果として周辺特許である本件各特許についても許諾を受けることができたから,潜在的なライセンシーは●(省略)●社に限られない。
このほか,『潜在的ライセンシー』は,被控訴人においてライセンス供与の意思はあるものの,まだライセンスの供与を受けていない者をいうところ,そのような者に対し,特許公報等に開示されている情報以上に,被控訴人が詳細設計や製造に関するノウハウ等の技術情報までを事前に供与することは一般的にあり得ない。特許権者が,上記ノウハウ等の技術情報まで公開しているかどうかは,特許発明についてのライセンスポリシーが開放的かどうかとは無関係である。
なお,合理的な実施料率は,一義的に決定されるものではなく,当該相手方における特許発明の実施の状況,当該相手方が他に受けているライセンスの内容等を考慮して,ケースバイケースで決せられるものであり,個別に実施許諾をすることを希望する者がいなかった本件各特許については,被控訴人は『合理的な実施料率でこれを許諾する方針を有していた』というほかない。」
原判決29頁5行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「(エ) 光学ピックアップは,本来汎用性を有するものであるが,PS,PSOne,PS2(PS等)は,被控訴人の子会社であるSCEの特定の仕様のゲーム機である。一方,乙24のライセンス契約に基づくライセンシーが,レーザーカプラータイプの光学ピックアップが搭載されたCD再生機器を製造した場合,当該ライセンシーは,当該CD再生機器をゲーム機に組み込むことが特に禁止されていなかったことは,乙24から明らかである。
また,乙25の包括クロスライセンス契約においては,その添付書類Aの1.2)に『CDプレーヤ』,同4)には『光ヘッド』,同5)には『コンピュータ,コンピュータ周辺装置(プリンタ/FDD/CD/MD応用装置を含む)』が記載されており(これらは例示であるから,DVDも当然に含まれる。),本件各発明に関する光学ピックアップを使用したCD/DVD装置が『契約製品』に含まれることは明らかである。」
原判決29頁6行目の「(エ) そして」を削除し,「このように」を加える。
原判決29頁18行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「ウ 『独占の利益』が肯定されるには,発明を使用者のみが実施していたことにとどまらず,当該特許権の保有と競業他社の排除との間に因果関係が認められることが必要である。したがって,単にPS等に搭載されていた光学ピックアップが,他社製ではなく被控訴人製のものに限定されていたからといって,独占の利益が存在することにはならない。
また,平成6年から16年にかけて,コンピューターゲームにおいても,任天堂や松下電器産業及びセガエンタープライズなどがコンピューターゲームを製造販売しており,これら各社は,レーザーカプラータイプの光学ピックアップを使用していなかった。
このほか,被控訴人が,レーザーカプラータイプの光学ピックアップの製造を下請けに出すか否かは,自己の製造能力,下請けの品質,価格などを考慮して定める,自己実施の範囲内におけるビジネス判断の問題であり,ライセンスとは関係のない問題である。
仮に,光学ピックアップの外販を行っても,それは被控訴人自身の製造販売であり,ライセンスの問題ではなく,また,新たなピックアップの購入者は,これを使用する装置の他の部分の設計変更を余儀なくされ,その導入に慎重になるはずであり,外販できなかったこととライセンスの不存在とは関係がない。
エ 改正前特許法35条3項の『相当の対価』の算定に際して同条4項で考慮される『発明により使用者等が受けるべき利益』は,使用者が同条1項に基づき法律上有する無償の通常実施権に従って特許発明を実施することによる利益,すなわち特許実施品を自ら製造販売することによる利益自体は対象とされず,控訴人が主張するような,使用者たる被控訴人の自己実施の売上高自体からの利益を直接的に『発明により使用者等が受けるべき利益』であるとしたものではない。要するに,被控訴人の販売先であるSCE向けのPS等用の製造・販売は,全体として特許法35条1項の無償の通常実施権に基づく自社実施そのものと考えられるべきであり,そのいかなる一部であれ,通常実施権を超える独占権の享受としてみることはできない。
控訴人は,通常実施権を超える独占権を付与したことによる利益,すなわち『独占の利益』と,同一顧客に対する一社納入という当該顧客に関する限りの事実上の独占的取引とを混同するものである。
使用者の自己実施さえ存在すれば必ずその部分に通常実施権の実施を超える独占の利益が存在するというのでは,同法35条1項が無償の通常実施権を法定した意義がなくなり,又はその範囲が極めて不明確になるので,到底認められない。
一般的にも,最終製品のメーカーがどのような仕様の構成部品をどの部品メーカーから調達するかは,最終製品の設計段階での開発協力の有無から始まり,最終的には安定供給の可能性,コストのバランス,品質の維持,自社製品との整合性等を含めて判断する問題である。この点は,当該部品について代替技術,代替製品が存在する場合にはとりわけ該当するが,反対に,それぞれの競合製品がその部品メーカーの保有する特許によって保護されているか否かという点が最終製品のメーカーの決定を左右することはない。
かかる意味でも,SCEのPS等用向けの販売を本件各特許の製品の独立した市場とする控訴人の主張は合理性を有しない。
オ 裁判例について
東京地裁平成18年6月8日判決(三菱電機事件判決)が『独占の利益』について示した判断基準によれば,自己実施と実施許諾が並存する場合においても,事案ごとに諸事情を検討し,自己実施からの独占の利益が生じる場合もある。しかし,実際には,自己実施と実施許諾が並存する具体的事件においては,自己実施分に独占の利益を認めることは極めて慎重に抑制されてきたものである。
なお,三菱電機事件判決が示した判断要素のうち,『特許権者が当該特許について有償許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか,あるいは,特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか』については,前段の『開放的ライセンスポリシー』を採用している場合には,他の判断要素に該当する事実の有無に関係なく,自己実施からは独占の利益が生じないというべきである。
他方で,判断要素のうち,『代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異がないか』は,詳細な技術面からのみ比較されるべきではない。特許発明の明細書には,公知技術との効果の差異が記載されていることが通常であるが,競業他社又は特許権者自らが公知の技術を実施しているからといって,公知技術は『代替技術』を構成しないと解されるべきではない。競業他社等が代替技術を実施するかどうかは,当該製品の使用目的・市場の需要・市場の要請する品質のレベル・製造コスト・価格競争力・当該競業他社の従前の蓄積技術,新規生産設備の安否等の総合的な判断を含め,企業の経営判断により決定されるものである。また,代替技術が,当該特許発明の明細書の作用効果を具備しないからといって,直ちに市場の競争力が失われるものでもない。このように,『代替技術』と当該特許との比較において,『技術的に顕著な差異』の有無はもともと強調される要素とすべきではない。
なお,平成21年2月26日知財高裁判決(キャノン控訴審判決)及び同年6月25日知財高裁判決(ブラザー控訴審判決)は,特異な判断手法を採用した。上記2判決は,使用者が,当該発明を自ら実施しつつ,他社に実施許諾をしている場合について,特許法35条1項の無償の法定通常実施権に基づく実施を超える実施部分からの『超過売上げ』を算定するために,自己実施の売上げから『通常は50~60%程度の減額をすべき』としている。
しかし,自己実施と他社への実施権の許諾が並存する場合においての自己実施は,法定通常実施権の範囲内の実施と考えるべきである。上記2判決は,いかなる理由により独占の利益ないし超過売上げを認めたり,独占の利益を自己実施の売上げから『通常は50~60%程度の減額をすべきである』のか全く述べていない。しかも,上記2判決は,『通常は50~60%の減額』という判示を,対象職務発明の独占の利益ないし超過売上げの具体的な算定のすべての出発点ないし前提としているところ,かかる重要な法律的判断について何ら理由を付さないことは,真に恣意的な解釈であり,かつ,50~60%以上の減額をする事実は,被告たる使用者・特許権者が主張立証する必要が生じ,法律上の根拠がないまま,主張立証責任を転換するものであって,不当な判断手法である。また,『通常』とはいかなる場合を意味するのか,裁判所が『通常』ではなくそれ以上又はそれ以下の減額をするための判断基準は全く示されていない。このため,上記2判決の判示は,恣意的な判断を許容する幅が著しく大きく,改正前特許法35条4項の合理的な解釈・適用のためには不適切であることが明らかである。」
原判決29頁19行目の「ウ」を「カ」と改める。
原判決29頁20行目から22行目を削除し,以下のとおり挿入する。
「既に製造技術や品質技術を確立し,ユーザーを確保しているディスクリートタイプやホログラムタイプの光学ピックアップのメーカーが,新たにレーザーカプラータイプの光学ピックアップを開発,製造,商品化し,顧客に最終製品の仕様を変更して新たな光学ピックアップを採用させるには,光学ピックアップのメーカーもそれを採用する最終製品のメーカーも,その採用による追加の開発・投資が必要であるから,よほどの特別な利点がなければならない。しかし,これら3つのタイプの光学ピックアップの間に,こうした初期投資と開発費の負担と成就しないかもしれないリスクを超えて,あえて光学ピックアップのメーカー又はその顧客に採用を望ませるような商業的・技術的に顕著な効果や経済的な相違は見出せない。
以上のような状況において,被控訴人から本件各発明のみならず光学ピックアップに関する実施権の許諾を受けて,実施料を支払い,新たな設計・製造の開発を行い,製造のための投資をし,顧客を開発するリスクを負う企業が存在すると認定する合理的な根拠はない。
したがって,本件においては,レーザーカプラータイプの光学ピックアップの製造のために本件各発明の実施権を受ける仮想的実施権者とそのシェアは50%どころか,いささかも想定することはできず,超過売上高の割合は0%である。
控訴人は,超過利益が50%であると主張し,市場のシェアに関する主張を追加するのみで,その具体的根拠につき何ら主張立証しておらず,被控訴人が主張立証し,原判決が認定したところの,超過売上げの不存在という事実を覆すに足りるものではない。」
原判決29頁23行目の「エ」を「キ」と改める。
原判決30頁4行目の「かんがみれば,」の後に「利益率ないし」を挿入する。
原判決30頁7行目から12行目までを削除し,以下のとおり挿入する。
「改正前特許法35条4項の『相当の対価』は,雇用者と発明者たる従業員等との間で,当該発明の使用から得た利益を配分することを目的とするものではなく,従業員等が職務において発明を行うためのインセンティブの性質を有するものである。したがって,『利益』の配分を前提にして,利益率を乗ずる控訴人の主張は誤りである。
このような場合には,仮に第三者が本件各特許の実施権の許諾を受けるとすれば,どのような実施料率を支払うであろうかという仮想的実施料率を検討すべきであり,本件では,仮想的な実施権者は,少なくとも被控訴人の有する光学ピックアップのすべての特許の包括的な実施権の許諾を要請するのが通常であり,その場合,全特許に対する包括的な実施料率が5%の高率になるとは想定できない。
また,社団法人特許協会が行ったアンケート調査の結果からすれば,電子・通信用部品の分野における一般的な包括ライセンスの実施料率は,いかに高くとも2%ないし1.5%が上限とされるべきである。
なお,被控訴人は,光学ピックアップやレーザー技術について極めて多数の特許を保有している。特許庁が調査し,公表した『平成17年度 特許出願技術動向調査報告書 光ピックアップ技術 (要約版)』(乙34)には,1990~2003年の光ピックアップ関連発明の特許出願件数は,被控訴人が『5402件』で第1位であり,同期間中の被控訴人の特許取得件数は『1094件』で第2位とされている。このほか,レーザー技術の特許を併せると,被控訴人が保有する関連特許及び実用新案は合計●(省略)●件にも達する。
かかる場合に,仮想的な実施料率を適用するときにも,上述の多数の保有特許を対象とする包括ライセンスが想定されるべきであり,その場合,特に本件各特許を重視して実施権の許諾を求められたこともない本件においては,全保有特許数●(省略)●件と本件各特許(3件ないし5件)の数との按分比例とすべきである。」原判決31頁8行目の後に,改行した上で,以下のとおり挿入する。
「なお,本訴で控訴人が請求するのは,あくまで被控訴人が平成6年から平成16年までの間,SCEに販売した『レーザーカプラータイプの光ピックアップ』につき,被控訴人が独占販売することにより得られた利益に対する相当対価である。
したがって,被控訴人ではなく,SCEの宣伝広告等による売上拡大や,SCEによる投資は,本訴請求とは直接の関係を有しない。
『被控訴人が独占販売することにより得られた利益』に関し,本件各発明における被控訴人の貢献度を判断するに当たっての判断材料は,『被控訴人が負担した研究開発費,研究設備費,資材,発明者の給与等』に求められるべきである。
また,ROI(投資利益率)の極大化は,企業にとっては自明の目的であり,そのために被控訴人が研究開発費を支出したとしても,それは通常の企業活動の一環として負担しただけにすぎず(すべて固定費として償却済み),本件での『独占の利益』に関して被控訴人が格別の貢献をしたとの事情は見当たらない。
このほか,被控訴人が,自身の貢献度を示す事実として挙げる『Rプロジェクト』は,他社が自由に生産可能な『2波長レーザー』の開発・量産に貢献したことを示すにすぎない。被控訴人は,このプロジェクトが他社に対して独占的排他権を有する『2波長レーザーカプラー』の開発・量産に何ら貢献していない事実を認めたことになる。
控訴人は,あくまで,控訴人が『2波長レーザー』ではなく『2波長レーザーカプラー』の開発に寄与したことをもって控訴人の貢献があると主張するものである。」
原判決31頁12行目を削除する。
原判決31頁13行目の「イ」を「ア(ア)」と改める。
原判決31頁18行目の「また,」から,32頁9行目までを削除し,改行した上で,以下のとおり挿入する。
「そして,PSの売上増加の最大の要因は,ファイナルファンタジー,ドラゴンクエスト等のキラーソフトの発売を含めたソフトウェア戦略にある。なお,PSoneは,単にPSを小型化したものであり,その機能や利用できるゲームソフトに変わりはないため,その売上要因は,上記のPSの売上要因と同様である。被控訴人ないしSCEは,多様かつ魅力的なゲームソフトをそろえることに成功し,その結果,多くのユーザーがPSでそれらのゲームをしたいと考え,PSの売上げが伸びたのである。
被控訴人ないしSCEのソフトウェア戦略における工夫及び努力については,様々なものがあるが,いずれも,光学ピックアップの種類がどのタイプかという点に関わるものではない。
また,ソフトウェア戦略以外にも,効果的な宣伝広告,コントローラ(立体的でグリップ形状に特徴があり,使いやすいもの)その他のハードウェアの斬新なデザイン設計の開発努力,機器全体の高度な性能等,複数のPSの成功要因が挙げられるが,いずれも,光学ピックアップの種類とは関係がない。
したがって,PS及びPSoneの売上要因と本件各発明とは無関係である。
なお,PSでは,それまでの16ビットゲームではなく,32ビットゲーム機を導入したことで,処理能力が格段に高く,扱えるメモリの容量も圧倒的に多いため,CG技術や3D映像においても極めて高度なゲームの製作が可能になったものである。
(イ) さらに,PS2については,前述のPSの売上要因に加え,①PSのソフトがそのままPS2でも使用できたこと,②PS2用のゲームソフトの充実したラインアップにも成功したこと,③DVD再生機能を兼ね備えていたこと,④美しい3次元CG画像を描写できる高性能のゲーム機であったこと,⑤高性能であるにもかかわらず安価であったこと,⑥半導体の調達に成功し需要に応じた供給を実現できたこと,⑦いち早くコンテンツ配信サービスを開始したこと等の諸理由により,PS2機本体の売上げを伸ばすことができたものである。そして,これらの成功要因は,レーザーカプラータイプの光学ピックアップを採用したこととは無関係である。
(ウ) 本件各発明は,PS等のゲーム機の一部分であるディスクドライブのさらに一部分である,光学ピックアップのさらに一部分であるレーザーカプラーに関する発明にすぎないことからすれば,本件各発明の貢献が50%であることはあり得ない。
イ CD等に用いられていた光学ピックアップは,当初は多数の部品から構成されていたが,個々の部品の価格も比較的高額であり,部品数が多くなるとコストも増大するほか,各部品の位置調整も困難となるため,光学ピックアップの部品数を減らす方向での研究開発が行われていた。レーザーカプラー技術及びそれ以前から被控訴人において研究開発が進められていたLOP(Laser On Photodiode)技術は,いずれもこのような部品点数を減らすという基本的発想の下で研究開発が進められていたものである。
乙らの発明等に開示されているレーザーカプラーの基本構造には,プリズムを用いる方式と,プリズムを用いない方式とが考えられていたが,昭和60年初めころから,既に,乙,丙,丁等の研究開発関係者の間では,プリズムを用いない方式では,技術的に製造が難しい点があるため,プリズムを用いる方式の方が実現性が高いという認識があった。なお,乙32(乙)発明と,本件発明Aの特許請求の範囲の記載は,ほとんど違いがない。
以上のとおり,レーザーカプラーの基本構造は,控訴人ではなく,乙が発案したものであり,レーザーカプラーについての初期の研究開発は,控訴人が光デバイス部に異動する前から,乙らにより進められていた。
また,レーザーカプラーの構想の前提として,被控訴人の半導体事業本部等におけるLOP(Laser On Photodiode)技術等の長年にわたる技術の蓄積があった。これらの事情は,本件において被控訴人の貢献として考慮されるべきである。
さらに,レーザーカプラータイプの光学ピックアップの開発は,複数の事業本部により共同して行われ,多数の従業員が関与し,製造ライン立上げに至るまで約6年もの間,試作を繰り返し,様々な問題点について検討が行われた。また,製品化,量産化については,初期の段階で少なくとも●(省略)●円程度を支出することが予定されていた。したがって,被控訴人は,レーザーカプラータイプの光学ピックアップの研究開発についても多大な貢献を果たした。
前述のとおり,レーザーカプラーの開発は,LOPの開発の延長線上で行われたものであり,LOPの開発にも多数の従業員により研究開発や費用の支出が行われたことをも考慮すると,レーザーカプラータイプの光学ピックアップについて被控訴人の貢献は極めて大きいものである。
ウ PS等における技術的特徴は,より美しくリアルで高度な3次元CG画像の処理技術にあり,これらの画期的な3次元CG画像処理技術は,被控訴人において長年にわたり研究開発が行われてきた画像処理技術を基礎に,さらに,非常に高性能のコプロセッサGTE(Geometry Transfer Engine),GPU(描画演算処理装置),EE(エモーション・エンジン),GS(グラフィック・シンセサイザ)等の演算処理技術の開発・搭載により達成されたものである。
これらの極めて高度な技術が,PS等の売上拡大の技術的要因となったものであり,これらの技術は,光学ピックアップとは無関係である。
そして,SCEは,高性能の画像処理用の半導体を重視した製品設計を行い,PS等の研究開発のために合計●(省略)●円,半導体生産設備だけでも,少なくとも合計約2450億円を投じている。これらだけを見ても,PS等の売上に多大な貢献をしている。
このように,PS等用光学ピックアップの売上げは,被控訴人及びSCEの多くの技術者により,PS等の極めて顕著に優れた画像処理技術とそれを可能にした演算処理機能を有する半導体装置,半導体装置製造の工場設備に対する巨額の投資によるものである。
エ なお,2波長レーザー技術は,CD用とDVD用の2つの異なる波長のレーザーを,1つのチップから出射し,1つの光学ピックアップで処理するという技術であり,同技術は,PS2により最初に商業化されたものではあるが,レーザーカプラーやPS2に特有な技術ではない。また,甲21の1~5のとおり,PS等に搭載された2波長レーザー技術は,控訴人が属していないPS2用の光学ピックアップの開発プロジェクトである『Rプロジェクト』のメンバーによる多大な努力の結果,開発に成功したものである。そして,SCEは,2波長レーザー技術を搭載したPS2用光学ピックアップの開発のために,少なくとも●(省略)●円を支出した。
このように,2波長レーザー技術は,本件各発明とは関係がなく,むしろ被控訴人の貢献を示す事情として考慮されるべきものである。
なお,SCE及び被控訴人の技術者が招集され遂行されたPS2用の光学ピックアップ開発プロジェクトである『Rプロジェクト』に関する被控訴人の貢献が斟酌されない理由はない。また,同プロジェクトに控訴人が招集されなかったことは,控訴人のPS2用の光学ピックアップの開発に対する貢献がなかったことを示すに十分である。
オ 以上からすれば,PS等用光学ピックアップの売上げに対する貢献度は,被控訴人によるものが圧倒的に大きく,一方,本件各発明の発明者の貢献割合は極めてわずかであって,例えば0.5%にもはるかに及ばないものである。」原判決32頁13行目の「完成した後」の後に,「,本件各発明を用いた光ピックアップが商品化される前」を付加する。
原判決32頁16行目の後に,改行した上で,以下のとおり挿入する。
「実用化されたレーザーカプラーの開発リーダーは,昭和60年10月以降,一時期を除き,一貫して控訴人であり,この点に関し,共同発明者であった戊や己から異論は出ていない。」
原判決32頁20行目の後に「このほか,PS2用2波長レーザーカプラーの開発についても,控訴人が定例会議を主催した(甲40,41)。」を付加する。
原判決32頁25行目を,以下のとおり改める。
「本件各発明についての共同発明者間の控訴人の寄与割合は,多くとも各発明の共同発明者の人数に応じて頭割りした割合(本件発明AないしD:3分の1,本件発明E:4分の1ないし5分の1)にすぎない。
なお,本件訴訟は,控訴人により提起された職務発明対価請求訴訟であり,対象となる発明を選択したのは控訴人自身であるから,控訴人が本件各発明のすべてに関与しているのは当然である。また,PS等に採用されている光学ピックアップに関しては,控訴人を発明者としない様々な被控訴人保有の特許発明が,本件各発明以外に存在する。
したがって,本件各発明すべてに控訴人のみが関与しているからといって,控訴人が主導的な役割を果たしたことの根拠にはなり得ない。
また,控訴人は,自身が本件各発明のされた時期に開発リーダーとして主導的な役割を果たしたことを示す具体的な事実を,何ら主張立証していない。
控訴人からは,発明から製品化の全工程に関与したことを示す具体的な事実の主張や立証はない上,仮にこれが真実であるとしても,単に発明から製品化までの工程に関与しただけで,控訴人の寄与割合が増大するものでもない。加えて,そもそも製品の実用化は,本件各発明の完成とは無関係である。
このほか,『重要な周辺技術』(甲8ないし13)の開発への貢献や製品実用化のための技術についての貢献は,仮にこれがあったとしても,本件各発明の完成とは関係がない。また,控訴人は,ここでも抽象的な主張をするにとどまり,具体的な事実の主張や立証はない。
なお,前述のとおり,プリズムを用いた構造を含むレーザーカプラーの基本構造の発案は,乙により行われ,控訴人が精密機器部(後の光デバイス事業部)に異動してくる前の初期の研究開発は,乙,丙及び丁により既に行われており,これらにつき特許出願及び実用新案登録出願もされている。
また,レーザーカプラーの商業化に向けた開発は,精密機器部だけでなく,丁等が所属する半導体事業本部やオーディオ事業本部を含む多数のメンバーにより開発が進められたものである。
以上のとおり,レーザーカプラーの基本構造の発案を行ったのは控訴人ではない。
なお,乙の記憶によれば,本件発明B及びCのようなD3DF方式(3分割された2つの光検出器を焦点前後に配置し,これらの出力の比較からフォーカス誤差を検出する方式)の考案は,主に戊が行ったとのことである。」
原判決33頁8行目の「1億0249万台」を「1億0103万台」と改める。
原判決33頁9行目の「7389万台」を「7172万台」と改める。
原判決33頁24行目の「3億8433万円」を「3億7886万円」と改める。
原判決33頁25行目の「1億0249万個」を「1億0103万個」と改める。
原判決34頁3行目の「3億6945万円」を「3億5860万円」と改める。
原判決34頁4行目の「7389万個」を「7172万個」と改める。
原判決34頁7行目の「7億5378万円」を「7億3746万円」と改める。
原判決34頁8行目から11行目までを削除する。
原判決34頁12行目の「カ」を「オ」と改め,「7億5378万円」を「7億3746万円」と改める。
原判決34頁15行目を,以下のとおり改める。
「ア PS等に搭載された本件光学ピックアップの価格については,別紙『売上台数・平均価格一覧表』のとおりである。
なお,PS及びPSone用の光学ピックアップ製品(KSM・440)は,光学ピックアップ自体だけでなく,スピンドルモーター,ラック及びピニオンを含む移送機構,並びに,フレーム等の他の部品を組み合わせた,いわゆる『ベースユニット』といわれる形態の製品であり,そのような形態で販売されていた。
上記の光学ピックアップの年度平均価格として記載されている価格も,このベースユニットとしての価格であるところ,同価格のうち,光学ピックアップ以外の部品の価格の占める割合は,年度や部品の種類にもよるが,少なくとも●(省略)●割を下ることはない。
したがって,別紙『売上台数・平均価格一覧表』にPS及びPSone用の光学ピックアップの年度平均価格として記載されている価格のうち,光学ピックアップ自体の価格は●(省略)●割以下である。
イ 本件光学ピックアップを搭載したPS等の販売数量は,別紙『売上台数・平均価格一覧表』のとおりであるが,日本において製造も販売も使用もされていない光学ピックアップの数量については,判明していない。
ウ 以上からすれば,本件光学ピックアップの売上高の合計は,●(省略)●円となる。
仮定に仮定を重ねて,控訴人に最大限有利に計算しても,被控訴人が控訴人に支払った褒賞金の額は,相当対価額を超えており,結局,対価は支払済みということになる。」
【消滅時効について】
原判決34頁18行目から35頁10行目までを削除し,以下のとおり挿入する。
「ア 本件発明考案規定の第5条1項は,特許登録された発明が,実施又は実施許諾された場合を前提として実施報奨金を支給すると定めている。したがって,発明が実施又は実施許諾された場合には,実績補償としての実施褒賞金の請求権の行使が可能となるというものであり,その支払時期は,特許権の設定登録時,当該発明の実施又は実施許諾時のうち,いずれか遅い時点である。
本件発明D及びEは,米国において,平成元年10月10日及び平成2年1月9日に,それぞれ設定登録された。
他方で,被控訴人は,本件発明D及びEの実施を前提として,控訴人に対し,本件発明Dの実施褒賞金として,平成4年6月8日以前に●(省略)●円を,本件発明Eの実施褒賞金として平成4年6月8日以前に●(省略)●円を,それぞれ支払った。
本件発明考案規定に基づく本件発明D及びEの実施褒賞金の支払時期は,各支払日以前であり,本件発明D及びEの実施褒賞金についての消滅時効は,上記各支払によりそれぞれ中断し,上記各支払の時点から,再び進行を開始した。
イ 本件発明考案規定4条,5条及び6条(3)の規定は,出願表彰については4条に基づき,『国内』と『外国』とを区別して外国出願については単位ごとに褒賞金を支給するが,実施褒賞については『国内』と『外国』を区別せず,6条(3)に基づき複数の国を一つの単位とみなして1個の表彰を行うことを規定したものと解するのが合理的な解釈である。
また,実際,被控訴人においては,一つの発明について,日本を含む複数国に出願した場合,その複数の出願をあくまで一つの単位として扱い,一単位につき1個の表彰を行うという運用がされてきた(乙22)。
したがって,原判決の判断に誤りはない。
また,本件発明考案規定4条においては,『表彰』という題名の下で出願表彰についてのみ規定されていることからすれば,本件発明考案規定における『表彰』の文言が,控訴人が主張するような統一的な用いられ方をしていないことは明らかである。
このほか,実施褒賞の申請がされた場合,過去に対応する外国特許の褒賞があったか否かにかかわらず,一旦受理した上で,調査の結果,過去に対応する外国特許の褒賞があった場合には選外とするのが,被控訴人の運用である。
したがって,実施褒賞の申請が受理されたことと,対応する外国特許について実施褒賞がされた後は国内特許について実施褒賞は行われないとの被控訴人の主張とは,何ら矛盾するものではない。
なお,本件発明考案規定5(1)の『1年毎に審査』とは,登録を受けた発明について,毎年1回,特別表彰の審査を行うという意味であり,同審査は,毎年1回,前回の審査の対象期間以降の特許発明について審査を行うものであり,一度特別表彰の審査を行った発明については,次回以降は審査の対象とはならない(乙22参照)。
また,平成9年5月の改正によって,一度特別表彰の審査を受けて表彰された発明についても,5年後に再度特別表彰の審査を行うという再表彰制度が設けられたが,これは平成9年改正前には行われていなかった制度であり,制度導入前に表彰された発明については,適用されない。平成9年5月の改正発明考案規定(乙4)の6条4項に『1997年度以降,特別表彰を受けた従業員は,5年後に同じ発明での特別表彰の審査を再度受けることが出来る』と記載されているとおりである。
被控訴人においては,従前より,特許が登録された時点で,発明者に対し,特許が登録され実施褒賞の推薦書の提出が可能である旨の通知書を出し,発明者に実施褒賞の請求が可能であることを知らせており,本件でも同様の通知を出したところ,それに応じて,控訴人を含む発明者から実施褒賞の推薦書が提出され,それに基づき,本件発明D及びEにつき褒賞金が支払われたものである。
ウ なお,知財高裁平成20年10月29日判決(三菱化学事件判決)は,職務発明の承継からこれを実施した製品の販売を開始するまでに極めて長期間を要する医薬品にかかる特許発明に関する特殊な事案であり,しかも,同判決は,その後定められた特許報奨取扱い規則において,『営業利益基準』に基づき一定の報償金が支払われること,及び,同『営業利益基準』が報奨申請時の前会計年度から起算して連続する過去5会計年度における対象事業の営業利益を基準とするものであることが規定されていることをもって,相当対価支払債権の消滅時効の起算点は各職務発明の実施から5年を経過した時点であると判断されたという特別の事情のある事案である。
これに対し,本件発明考案規定においては,『工業所有権の登録を受けた発明の実施あるいは実施許諾によって特に顕著な功績が挙がった場合には,これを1年毎に審査の上当該発明者を特別に表彰することがある。』と規定されており,三菱化学事件判決のように,報奨金の計算について過去数年分の営業利益を基準とする旨の記載はない。
また,本件で問題となっている光ディスク等のオーディオ・ビデオ機器の分野では,発明がされてから,当該製品が発売されて会社に利益が発生するまでに長期間を要するようなことはほとんどなく,発明がされてすぐに実施されるのが通常である。したがって,医薬品のように,効果の顕著性の判断に時間を要することはない。
このように,本件と三菱化学事件とは,事案が異なるため,三菱化学事件判決において,消滅時効の起算点が各職務発明の実施から5年を経過した時点であると判断されたからといって,本件でも起算点を同様に判断することは許されない。
裁判例の検討によれば,社内規程において,①一定の期間ごとに特許発明の実施の実績に応じた額を使用者から従業者に支払う旨の定めがある場合,②評価対象期間が5年との定めがある場合等の特別の場合以外,すなわち,単に『特に顕著な功績が上がった場合』という定めしかない場合には,消滅時効の起算点は,特許登録時又は特許発明の実施時のいずれか遅い時点であるというのが,近時の裁判例の流れであり,妥当である。
そして,本件発明考案規定には,その他褒賞金の支払時期について定めた規定はない。したがって,近時の裁判例に照らしても明らかなとおり,本件の消滅時効の起算点は,特許登録時又は特許発明の実施時のいずれか遅い時点とすべきである。」
原判決35頁11行目の「ウ」を「エ」と改める。
原判決35頁18行目の後に,改行して,以下のとおり挿入する。
「(ア) 本件発明考案規定(乙1)第4条ないし第6条が矛盾なく説明できる解釈を採るべきである。」
原判決35頁19行目の「(ア)」を削除し,「すなわち」を付加する。
原判決36頁4行目の「について,」の後に「被控訴人から指定された期間に登録された日本国特許に基づき推薦書を出すことができる旨の通知を受け,それに応じて,」を挿入する。
原判決36頁7行目の「ある。」を「あり,」と改め,「少なくとも,選外の決定がされる以前に,当該発明に係る請求が時効消滅するとの被控訴人の主張は,信義則又は禁反言の原則にも反するものである。」を挿入する。
原判決36頁8行目の「項」を「条」と改める。
原判決36頁23行目から37頁11行目までを削除し,以下のとおり挿入する。
「イ 知財高裁平成20年10月29日判決もまた,職務発明の対価請求事件につき,『会社が発明を実施し,その効果を判定するためには一定の期間経過を必要とすることは道理』であり,当該事案における『実績補償の支払時期を決する前提となる発明の客観的価値を認定するために必要とされる期間は5年ということになる』旨判示している。」
原判決37頁14行目の「本件発明DないしF」を「本件発明D及びE」と改める。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,本件において,被控訴人は本件発明AないしCをその実質において実施しているということができ(本件発明D及びEの実施については争いがない。),被控訴人には「独占の利益」ないし「超過売上げ」があったもので,また,控訴人の本訴請求は消滅時効にかかるものでもないから,控訴人の相当対価の請求は認められるべきであって,相当対価の金額は570万7974円が相当であるから,控訴人の請求は,既払金を控除した後の512万5124円(及び遅延損害金)の支払いを求める限度で理由があり,その余は理由がないものと判断する。
1 本件発明AないしCの実施の有無について
(1) まず,控訴人は,被控訴人が本件発明AないしCにつき控訴人を特別表彰し,褒賞金を支払っているのであるから,被控訴人がこれらの発明を実施していたことは明らかである旨主張する。しかし,被控訴人が採用する表彰の制度に,従業員へのインセンティブを付与するとの意味合いがあることは明らかであって,被控訴人が表彰を行ったからといって,直ちに,上記各発明が実施されていたと認定することはできず,この点に関する控訴人の主張は採用できない。その理由は以下のとおりである。
(2) 本件発明Aについて
ア 本件発明Aの構成
本件発明Aの構成は,請求項1の記載によれば,以下のとおりである。
「半導体基板に形成されている光検出器と,この光検出器上に固定されており半透過反射面と少なくとも1つの反射面とを有しているプリズムと,
前記半導体基板に固定されている半導体レーザとを夫々具備し,
この半導体レーザから射出されて前記半透過反射面で反射されるビームを照射ビームとして用いると共に,
前記半透過反射面へ入射してこの半透過反射面を透過し更に前記反射面で反射されるビームを前記光検出器で検出する様にした半導体レーザ装置。」
イ 被控訴人の製品である本件光学ピックアップ
本件光学ピックアップは,その構成が文言で特定されていないが,以下のようなデバイス構造を備えた光ピックアップであるものと解される(被控訴人準備書面(7)19頁の図8参照)。
file_3.jpgPAPOT IAL eae DaRTAT OF varinnen pmbウ 本件発明Aが「非点収差法」によるものに限定されるか否か
(ア) 被控訴人は,本件発明Aにおける「半導体レーザ装置」は,発明の詳細な説明の記載等に照らせば,「非点収差法を利用した半導体レーザ装置」等と限定的に解釈されるべきであり,他方,本件光学ピックアップでは,非点収差法ではなく,差動スポットサイズ法が用いられているから,本件光学ピックアップは「非点収差法を利用した半導体レーザ装置」には該当せず,本件発明Aを実施していないと主張する。
(イ) 本件発明Aの明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
a 「〔発明の概要〕
本発明は,上記の様な半導体レーザ装置において,半導体レーザと光検出器とビームスプリッタとを一体とし,しかもビームスプリッタ中でビームを1回以上反射させてから検出することによって,装置が小型且つ低コストである様にしたものである。」
b 「〔従来の技術〕
光学式記録再生装置等で用いられている光学ヘッドは,光学記録媒体をビームで照射してこの光学記録媒体からの変調されたビームを検出することによって,情報の記録や再生を行う。
また光学ヘッドは,光学記録媒体に対して非接触で用いられるために,フォーカスサーボが必要である。フォーカス誤差検出法としては,各種の方法があるが,非点収差法が多用されている。
そして,光学ヘッドには通常は半導体レーザ装置が用いられており,この半導体レーザ装置は半導体レーザ,ビームスプリッタ,非点収差発生素子,及び光検出器等の光学部品を有している。
しかし従来の半導体レーザ装置では,上記の光学部品が互いに別個の部品であるために,光路の調整に多くの工数を要し,低コスト化が困難であった。
また半導体レーザ装置は,上述の様に多くの光学部品を必要とするので,光学ヘッドの小型化,低コスト化にも限界がある。
そこで,第2図に示す様な半導体レーザ装置10が考えられている。この半導体レーザ装置10は,半導体レーザ11をSi基板等の半導体基板12に対して固定すると共にこの半導体基板12に光検出器13を形成し,この光検出器13上にプリズム14を接着剤によって固定し,光学記録媒体15からの収束状態のビーム16をプリズム14内へ斜めに入射させることによってビームスプリッタの機能と非点収差発生の機能とをプリズム14に兼備させる様にしたものである。」
c 「〔発明が解決しようとする問題点〕
ところがこの様な半導体レーザ装置10でも,半導体レーザ11と半導体基板12との間にスペーサ17を介挿させる必要がある。
もしこのスペーサ17がなければ,光学記録媒体15からのビーム16が半導体基板12に近い位置でプリズム14へ入射し,プリズム14内でのつまり非点収差発生後のビーム16の光路長が短くなる。この結果,ビーム16の非点隔差が小さくなると共に,合焦時の光検出器13上でのビーム16のスポットサイズも小さくなる。
非点隔差が小さくなると,フォーカスサーボの引込み範囲が狭くなって,フォーカスサーボを安定的に行うことができなくなる。
またスポットサイズが小さくなると,光検出器13を四分割している巾5μm程度の不感帯にスポットの多くの部分が入り込み光検出器から得られる信号のレベルが低くなつて再生信号やフオーカス誤差信号を高感度で得ることができなくなると共に,スポットと光検出器13とを高精度で位置合わせする必要があり高精度の組立工程が要求されて低コスト化が困難となる。
従ってスペーサ17が必要であるが,スペーサ17を用いると,今度は,半導体基板12に対してスペーサ17を位置合わせすると共に更にこのスペーサ17に対して半導体レーザ11を位置合わせする必要がある。このために,半導体レーザ装置10の小型化が困難であるのみならず,この場合にも高精度の組立工程が要求されてやはり低コスト化が困難である。
またスペーサ17を用いることによって,光学記録媒体15からのビーム16を半導体基板12から遠い位置でプリズム14へ入射させるためには,寸法の大きなプリズム14を用いる必要がある。従って,このことによっても半導体レーザ装置10の小型化が困難である。」
d 「〔作用〕
本発明による半導体レーザ装置20では,ビーム16による照射と入射ビーム16の検出とが一体の光学部品で行われる。
また,プリズム21の半透過反射面21aへ斜めに入射するビーム16が収束状態であると,このビーム16には半透過反射面21aを透過することによって非点収差が発生するので,プリズム21はビームスプリッタの機能と非点収差発生機能とを兼備している。
しかも,プリズム21内へ入射したビーム16は1つ以上の反射面21b,21cで反射されてから光検出器13で検出されるので,ビーム16が半導体基板12に近い位置でプリズム21へ入射しても,プリズム21内でのビーム16の光路長を長くすることが可能である。従って,非点収差法によってフォーカスサーボを行う機器に適用すれば,非点隔差を大きくして引込み範囲を広くすることによってフォーカスサーボを安定的に行うことができ,また合焦時の光検出器上でのスポットサイズを大きくすることによって再生信号やフオーカス誤差信号を高感度で得ることができると共に装置の位置精度を緩和させることができる。」
e 「〔発明の効果〕
本発明による半導体レーザー装置は,一体の光学部品であるので,光路の調整が容易であり,低コストである。
また,プリズムがビームスプリッタの機能と非点収差発生機能とを兼備しているので,非点収差を利用する機器に適用すると,この機器の小型化と低コスト化とが可能である。
しかも,非点収差法によってフォーカスサーボを行う機器に適用した場合に半導体基板に近い位置で入射ビームがプリズム内へ入射しても,フォーカスサーボを安定的且つ高感度で行うことができると共に装置の位置精度を緩和させることができるので,半導体レーザと半導体基板との間にスペーサを介挿させる必要がなく,装置は小型且つ低コストである。」
(ウ) 上記記載からすれば,本件発明Aについて,非点収差法によるフォーカス誤差検出法を採用した半導体レーザ装置を従来技術として,「発明が解決しようとする問題点」及び「作用」が説明されており,非点収差法によるフォーカス誤差検出法の採用を念頭においた発明であることは明らかであるが,特許請求の範囲には,非点収差法に関する事項は構成要件として記載されておらず,発明の詳細な説明の「発明の概要」の項にも,非点収差法に限定される旨の記載も示唆もない。
また,「従来の技術」の項においては,「フォーカス誤差検出法としては,各種の方法があるが,非点収差法が多用されている。」と,各種のフォーカス誤差検出法の存在を前提とした上で,多用される非点収差法を例として説明していると解される記載があり,「発明の効果」の項では,まず「本発明による半導体レーザー装置は,一体の光学部品であるので,光路の調整が容易であり,低コストである。」とフォーカス誤差検出法の種類に依存しない効果を記載した上で,次いで,「非点収差を利用する機器」に適用した場合に,機器の小型化かつ低コスト化が可能であるとのさらなる効果を記載している。
さらに,「作用」の項の「プリズム21内へ入射したビーム16は1つ以上の反射面21b,21cで反射されてから光検出器13で検出されるので,ビーム16が半導体基板12に近い位置でプリズム21へ入射しても,プリズム21内でのビーム16の光路長を長くすることが可能である。」との記載は,本件発明Aの作用として本質的な部分であって,フォーカス誤差検出法の種類に依存せず,プリズム内の光路を利用するどのような方式の半導体レーザ装置に適用しても生じる作用であり,その上で,「非点収差法によってフォーカスサーボを行う機器に適用すれば」との仮定をおいて,本件発明Aのさらなる作用・効果を説明するものであるといえる。
以上のとおり,本件発明Aでは,非点収差法に関する事項が構成要件とされておらず,その明細書の発明の詳細な説明には,非点収差法に限定されない作用・効果の記載があり,非点収差法以外のフォーカス誤差検出法を除外する旨の記載もないから,本件発明Aが非点収差法に限定されているとの被控訴人の主張は採用することができない。
(エ) 被控訴人は,本件特許Aを先願である乙発明(乙10,11,32)と実質的に同一でなく有効なものとして解釈するためには,本件特許請求の範囲の記載を非点収差法を採用したものに限定して解釈するか,又は,訂正審判において特許請求の範囲をそのように限定する訂正をせざるを得ないとも主張する。
しかし,乙発明についての公報である乙32(特許第2571037号公報)には,次の記載がある。
「【請求項1】 半導体基板に形成されている光検出部と,
前記半導体基板に対して固定されている半導体レーザと,
前記半導体基板の前記光検出部上の位置に固定され,前記半導体レーザに対向すると共にこの半導体レーザから射出されるビームの光軸に対して傾斜している斜面を有する少なくとも1個のプリズムとを備え,
前記半導体レーザから射出されたビームの光軸を前記斜面で偏向させてこのビームを反射すると共に,前記斜面を介して前記プリズムへ入射したビームを前記光検出部で検出する様にした光学ヘッド。」
以上からすれば,本件発明Aは,乙発明と比較して,「半透過反射面と少なくとも1つの反射面とを有しているプリズム」を具備するとともに,「前記半透過反射面へ入射してこの半透過反射面を透過し更に前記反射面で反射されるビームを前記光検出器で検出する様にした」点で明確に相違し,限定解釈や特許請求の範囲を限定する訂正を必要とすることなく有効なものということができるから,被控訴人の上記主張は採用できない。
(オ) 以上のとおり,本件発明Aは,フォーカス誤差検出法の種類を限定するものではないから,「非点収差法を利用した半導体レーザ装置」と限定的に解釈することはできず,本件光学ピックアップが差動スポットサイズ法を用いているとしても,本件発明Aの「半導体レーザ装置」に該当しないということはできない。
エ 本件光学ピックアップにおける「スペーサー」様のものの存在
(ア) 被控訴人は,本件光学ピックアップにおいては,差動スポットサイズ法に適切なビームをプリズムに射出できるようにするため,半導体レーザーと半導体基板との間にスペーサーを設置しているので,「半導体レーザーと半導体基板との間にスペーサーを介挿させる必要がなく装置が小型且つ低コストにできる」との本件発明Aの作用効果を奏しないものであり,本件発明Aの「半導体レーザ装置」に該当しないと主張する。
(イ) まず,本件発明Aは,「前記半導体基板に固定されている半導体レーザとを夫々具備し」との構成要件を有するので,上記「半導体基板に固定されている半導体レーザ」の技術的意義について検討する。
本件発明Aの明細書の発明の詳細な説明(上記ウ(イ)bの〔従来の技術〕部分)には,従来技術を示す第2図の半導体レーザ装置10に関して,「半導体レーザ11をSi基板等の半導体基板12に対して固定すると共にこの半導体基板12に光検出器13を形成し」と記載されているから,本件発明Aの明細書において,「固定」とは,他の部材(第2図ではスペーサ17)を介挿する場合も含めて,半導体基板と半導体レーザとの位置関係を動かない状態にすることを意味する用語として用いられているものと解される。
また,被控訴人の挙げた乙発明を参照すると,乙10記載の「半導体レーザ装置」では,その実施例として説明される装置は,基板24とレーザダイオードチップ26との間にシリコン基板25が介在するものであるが,特許請求の範囲には「基板に固定されている半導体レーザと,・・・前記基板に固定されている光検出器と,・・・」と記載されており,同様に,乙32記載の「光学ヘッド」においても,実施例はシリコン基板24とレーザダイオードチップ31との間に別のシリコン基板28が存在するものであるが,その請求項1として「半導体基板に形成されている光検出部と,前記半導体基板に対して固定されている半導体レーザと,・・・」と記載されている。
したがって,本件発明Aを含め,当該技術分野の発明においては,「半導体基板に固定されている半導体レーザ」とは,半導体基板と半導体レーザとの間に他の部材が介挿される場合を含めて,半導体基板との位置関係が固定された状態にある半導体レーザを意味するものであるということができる。
(ウ) また,本件発明Aでは,特許請求の範囲上,スぺーサーの有無については一切記載されておらず,発明の詳細な説明の記載(「半導体レーザと半導体基板との間にスペーサを介挿させる必要がなく」との部分)からみれば,本件発明Aの好ましい構成として「スぺーサーのないもの」が想定されているとしても,「スぺーサーが不要であること」が本件発明Aの必須の構成とされているわけではない。
(エ) なお,仮に,本件発明Aがスペーサーの介挿を不要とすることを目的・効果としていると解釈しても,本件光学ピックアップにおいて半導体レーザーと半導体基板との間に介挿された部材は,「レーザ出力モニタ用光検出器」を形成するための基板であって(被控訴人準備書面(7)19頁の図8参照),このような基板と半導体レーザーは,LOP(Laser On Photodiode:乙162の第1図(D)のように,半導体基板(シリコンサブマウント)上に,レーザー出力モニタ用の検出器を作りこみ,さらに,チップ状のレーザーダイオードを同基板上にはんだ付けした素子構造)を構成しているということができるから(被控訴人準備書面(12)3~5頁,乙199添付図1参照),半導体レーザと上記基板(介挿された部材)は一体の部品として取り扱われるものと解され,「レーザ出力モニタ用光検出器」を形成した上記基板を,高さ調整を目的として介挿されたスペーサーであると認定することは相当ではない。
(オ) 以上のとおり,そもそも本件発明Aは,半導体レーザーと半導体基板との間に他の部材を介在したものも,その構成に含むものというべきであり,本件光学ピックアップにおいて,別の部材(スペーサー様のもの)が介挿されているとしても,それにより,同ピックアップが本件発明Aの技術的範囲に含まれないとはいえない。
オ まとめ
本件発明Aにつき,被控訴人が主張するような限定解釈等をすべき理由はなく,本件光学ピックアップは,本件発明Aの請求項1の構成を充足するものである(前記ウ,エの点以外に関しては,本件発明Aの各要件充足につき争いがない。)から,被控訴人は本件発明Aを実施しているものである。
(3) 本件発明Bについて
ア 本件発明Bの構成
本件発明Bの構成は,請求項1の記載によれば,以下のとおりである。
「半導体基板に固定されている半導体レーザと,
前記半導体基板に固定されているプリズムと,
このプリズムのうちで前記半導体レーザに対向している第1の面に形成されている第1の半透過反斜面と,
前記プリズムのうちで前記半導体基板に対接している第2の面であって且つ前記第1の半透反射面を透過した後のビームが入射する位置に形成されている第2の半透過反斜面と,
前記プリズムのうちで前記第2の面に対向している第3の面であって且つ前記第2の半透過反射面で反射された後の前記ビームが入射する位置に形成されている反射面と,
前記半導体基板のうちで前記第2の半透過反斜面に対接している位置に形成されており一定の方向に並んでいる3個の光検出部を有している第1の光検出器と,
前記半導体基板のうちで前記反射面で反射された後の前記ビームが入射する位置に形成されており前記一定の方向に並んでいる3個の光検出部を有している第2の光検出器とを夫々具備し,
前記半導体レーザから射出されて前記第1の半透過反射面で反射されたビームによって光学記録媒体を照射し,
前記第1の半透過反斜面を透過した前記光学記録媒体からのビームを前記第2の半透過反射面で反射した後であって且つ前記第2の光検出器へ入射する前に収束させ,前記第1の光検出器における両側の前記光検出部及び前記第2の光検出器における中央の前記光検出部の夫々による検出信号の和と前記第1の光検出器における中央の前記光検出部及び前記第2の光検出器における両側の前記光検出部の夫々による検出信号の和とを比較することによって前記光学記録媒体のフォーカス誤差信号を得る様にしたフォーカス検出装置。」
イ 被控訴人の製品である本件光学ピックアップ
被控訴人は,本件光学ピックアップにおける光検出器が4個又は8個の光検出部を有するものであると主張するが,その具体的な構造及び信号処理手段を提示していない。
しかし,被控訴人が公開する技術情報であるCX-Pal Vol.42(甲20)は,被控訴人の「次世代ゲーム機用『2波長レーザカプラ』」等について記載されたものであるところ,「次世代ゲーム機」とはPS2を指すので,甲20上に記載された内容が,PS等に搭載された本件光学ピックアップについてのものであることは明らかである。また,より具体的には,甲20の図5,図6が,本件発明Bの受光面に関するものというべきである。
ウ 本件光学ピックアップにおける光検出部の個数
(ア) 被控訴人は,本件光学ピックアップに使用される光検出器では,4個又は8個の光検出部を有するものであり,光検出部の数は3個ではないから,本件光学ピックアップにおいて使用されるフォーカス検出装置は,本件発明Bの構成を充足しておらず,本件発明Bは実施されていないと主張する。
(イ) 本件発明Bの明細書(甲3)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
a 「〔産業上の利用分野〕
本発明は,光学記録媒体のフォーカシング状態を検出するためのフォーカス検出装置に関するものである。
〔発明の概要〕
本発明は,上記の様なフォーカス検出装置において,光学記録媒体からのビームの収束点の前後における2個の光検出器を用いるフォーカス検出を単一のプリズムによって可能とし,しかも複数の光学部品を一体とし,更にこれらの光学部品を半導体基板の同一平面へ配置可能とすることによって,装置が小型且つ低コストである様にしたものである。」(第3欄5行~15行)
b 「〔従来の技術〕
光学記録媒体のフォーカシング状態を示すフォーカス誤差信号には,ゼロクロス点に関する対称性,ゼロクロス点近傍における直線性,及び再生信号の漏れ込みの排除等が要求されている。
特開昭60-217535号公報には,上述の要求を満たすフォーカス検出装置として,第8図Aに示す様なフォーカス検出装置10が開示されている。」(第3欄16行~23行)
c 「〔問題点を解決するための手段〕
本発明によるフォーカス検出装置・・・は,・・・前記第1の光検出器33における両側の前記光検出部33a,33c及び前記第2の光検出器34における中央の前記光検出部34bの夫々による検出信号の和と前記第1の光検出器33における中央の前記光検出部33b及び前記第2の光検出器34における両側の前記光検出部34a,34cの夫々による検出信号の和とを比較することによって前記光学記録媒体16のフォーカス誤差信号を得る様にしたものである。」(第3欄47行~第4欄29行)
d 「光検出器33,34は,第2図に示す様に,一定の方向に並んでいる3個の光検出部33a~33c,34a~34cを有している。またこれらの光検出部33a~33c,34a~34cは,演算増巾器41~43に接続されている。」(第5欄6行~9行)
e 「・・・第2図に示す様に,光検出器33,34上におけるビーム45のスポット47は,光学記録媒体16がビーム45の収束点に位置している場合は互いに等しい大きさを有しており,光学記録媒体16がビーム45の収束点からずれることによって一方が大きくなると他方が小さくなる。
この結果,演算増巾器41,42,43からは,曲線51,52,53で示される信号が得られる。従って,演算増幅器43から得られる信号をフォーカス誤差信号とすれば,このフォーカス誤差信号はゼロクロス点に関する対称性,ゼロクロス点近傍における直線性,及び再生信号の漏れ込みの排除等において良好である。」(第5欄35行~45行)
(ウ) 上記記載によれば,本件発明Bの「フォーカス検出装置」は,演算増幅器43からフォーカス誤差信号を得るものであって,その信号は,各光検出部の符号を用いて表すと(33b+34a+34c)-(33a+33c+34b)であり,これを,本件発明Bが「前記第1の光検出器における両側の前記光検出部及び前記第2の光検出器における中央の前記光検出部の夫々による検出信号の和と前記第1の光検出器における中央の前記光検出部及び前記第2の光検出器における両側の前記光検出部の夫々による検出信号の和とを比較する」と記載していることは明らかである。
(エ) 他方,被控訴人が公開する技術情報であるCX-Pal Vol.42(甲20)には,以下の記載がある。
「レーザカプラは,最初に,ジャケットサイズディスクマン用の超小型・超薄型光ピックアップ用として開発されました。その後,光ピックアップの小型化だけでなく,低コスト化・高信頼性化を目的に,現行プレイステーションに搭載されたのをきっかけに,ポータブルCDプレーヤ,車載CDプレーヤ,CD-ROMドライブ等を中心に広く搭載されるようになりました。そして,最近では,CDファミリのみならず,MD用,DVD用等の開発も精力的に進めています。
今回は現在最も注目されている新規開発品である次世代ゲーム機用『2波長レーザカプラ』の技術を中心に紹介します。同時に,ソニーの『レーザカプラ』の様々なバリエーションについても簡単に紹介します。」(1頁)
「■DVD/CD,それぞれに適した信号演算/出力
再生信号等は,DVD/CDのモード切換スイッチによって,切り換えて出力します。フォーカスエラー信号検出方法としては,DVD/CD共に差動スポットサイズ法を採用し,トラッキングエラー信号検出方法としては,DVDでは位相差法を,CDではプッシュプル法を採用しています(図-4,図-5,図-6)。」(4頁)
file_4.jpg08-5 GRI70078 <PDICRE: DUDO# 44> MSW = Vee fered <PDIC#: CD 82> MSW= GND p27 aR OR-6 RSRNAL OVD MSW = Vee SW Veo (MAT AP) CBW ~ GND (=F 4 29) EY Foo Err RTS b +4 mk) beste(オ) 上記図5の回路ブロック図の<PDIC部:DVDの場合>を参照すると,8個に分割された左側の光検出器と4個に分割された右側の光検出器が設けられ,左側の光検出器の8分割された各光検出部には符号aないしhが付与され,右側の光検出器の4分割された各光検出部には符号iないしlが付与されている。
そして,同図の回路からは,光検出部a,d,e,h,j,kの出力の和から信号PD1を生成し,光検出部b,c,f,g,i,lの出力の和から信号PD2を生成するとされており,さらに,上記図6の信号演算方法の<DVDの場合>を参照すると,PD1とPD2の差からフォーカスエラー信号を得ること(差動スポットサイズ法)が記載されている。
したがって,DVDの場合にあっては,フォーカスエラー信号FEは,PD1-PD2=(a+d+e+h+j+k)-(b+c+f+g+i+l)により表される。
(カ) また,同様に,上記図5の回路ブロック図の<PDIC部:CDの場合>を参照すると,ともに4個に分割された2つの光検出器が設けられ,左側の光検出器の4分割された各光検出部には符号a2ないしd2が付与され,右側の光検出器の4分割された各光検出部には符号i2ないしl2が付与されている。
そして,同図の回路からは,光検出部a2,d2,j2,k2の出力の和から信号PD1を生成し,光検出部b2,c2,i2,l2の出力の和から信号PD2を生成するとされており,さらに,上記図6の信号演算方法の<CDの場合>を参照すると,PD1とPD2の差からフォーカスエラー信号を得ること(差動スポットサイズ法)が記載されている。
したがって,CDの場合には,フォーカスエラー信号FEは,PD1-PD2=(a2+d2+j2+k2)-(b2+c2+i2+l2)により表される。
(キ) ここで,上記DVD用のフォーカスエラー信号の(a+d+e+h+j+k)-(b+c+f+g+i+l)は,[(a+e)+(d+h)+(j+k)]-[(b+c+f+g)+i+l]と書き直すことができ,また,上記CD用のフォーカスエラー信号の(a2+d2+j2+k2)-(b2+c2+i2+l2)は,[a2+d2+(j2+k2)]-[(b2+c2)+i2+l2]と書き直すことができるから,光検出部が4個以上であっても,信号処理の上で,実質的には,内側の光検出部と,外側(上側と下側のそれぞれ)の光検出部は,それぞれ一体のものとして扱われており,DVD用の内側光検出部(b+c+f+g),(j+k),DVD用の各外側光検出部(a+e),(d+h),CD用の内側光検出部(b2+c2),(j2+k2)につき,それぞれ一体の光検出部とみなし得ることが明らかである。
(ク) してみると,甲20に示される本件光学ピックアップにおいて,光検出器が4個又は8個の光検出部を有するとしても,「内側光検出部」及び「各外側光検出部」はそれぞれ一体のものとして扱われており,本件発明Bの「中央の(前記)光検出部」「両側の(前記)光検出部」に相当するから,実質的に3個の光検出部を有するのと同じであり,各光検出器は,本件発明Bの「一定の方向に並んでいる3個の光検出部を有している第1の光検出器」及び「一定の方向に並んでいる3個の光検出部を有している第2の光検出器」を実質的に充足するものである。
また,上記(オ),(カ)に記載の信号処理も,上記光検出部の対応関係に照らして,本件発明Bの「前記第1の光検出器における両側の前記光検出部及び前記第2の光検出器における中央の前記光検出部の夫々による検出信号の和と前記第1の光検出器における中央の前記光検出部及び前記第2の光検出器における両側の前記光検出部の夫々による検出信号の和とを比較する」との構成を実質的に充足するものである。
エ まとめ
以上のとおり,本件光学ピックアップの光検出器が,3個とは異なる数の光検出部を有するとしても,更に分割された光検出部は,信号処理の際に合算され実質的に一体として扱われているから,信号処理上,本件光学ピックアップは,本件発明Bの構成を実質的に充足しているもの(光検出部の個数以外に関しては,本件発明Bの各要件充足につき争いがない。)というべきである。
(4) 本件発明Cについて
ア 本件発明Cの構成
本件発明Cの構成は,請求項1の記載によれば,以下のとおりである。
「光源から射出されたビームの光軸に対して傾斜しており前記ビームを反射させて光学記録媒体へ導くと共にこの光学記録媒体から戻ってきた前記ビームを透過させる第1の面を有するビームスプリッタを具備する光学ヘッドにおいて,
前記第1の面を透過した前記ビームのサジタル光線の焦線と前記第1の面との間に配されており前記第1の面を透過した前記ビームの所定部を透過させると共に残部を反射させる第2の面を前記ビームスプリッタが有しており,
前記第2の面とは反対側に配されておりこの第2の面で反射された前記ビームの全部を反射させる第3の面を前記ビームスプリッタが有しており,
前記ビームの光軸と前記焦線とに対して垂直な方向へ3分割されている光検出部を有する第1の光検出器が前記第2の面を透過した前記ビームの光路中に配されており,
前記ビームの光軸と前記焦線とに対して垂直な方向へ3分割されている光検出部を有する第2の光検出器が前記第3の面で反射された前記ビームの光路中で且つ前記焦線から前記第1の光検出器とは反対の方向へ前記焦線と前記第1の光検出器との間の光学的距離だけ離間して配されており,
前記第1及び第2の光検出器の一方の光検出器の両側の前記光検出部からの検出出力及び他方の光検出器の中央の前記光検出部からの検出出力の和と前記一方の光検出器の中央の前記光検出部からの検出出力及び前記他方の光検出器の両側の前記光検出部からの検出出力の和との差分を出力する演算器が設けられており,
前記差分をフォーカス誤差信号とする様にした光学ヘッド。」
イ 被控訴人の製品である本件光学ピックアップ
被控訴人は,本件光学ピックアップにおける光学ヘッドは,4分割等された光検出部を有する旨主張するが,その具体的な構造及び信号処理手段を提示していない。
しかし,本件発明Bと同様,被控訴人が公開する技術情報であるCX-PalVol.42(甲20)は,被控訴人の「次世代ゲーム機用『2波長レーザカプラ』」について記載されたものであるところ,「次世代ゲーム機」とはPS2を指すので,甲20上に記載された内容が,PS等に搭載された本件光学ピックアップについてのものであることは明らかである。また,より具体的には,甲20の図5,図6が,本件発明Cの受光面に関するものというべきである。
ウ 本件光学ピックアップにおける光検出部の分割
(ア) 被控訴人は,本件光学ピックアップにおける光学ヘッドでは,例えば4分割等,3とは異なる数に分割された光検出部を有する光学ヘッドが用いられているから,本件発明Cの構成要件の「3分割されている光検出部」を有しておらず,本件発明Cは実施されていないと主張する。
(イ) 本件発明Cの明細書(甲4)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
a 「〔産業上の利用分野〕
本発明は,光学記録媒体から戻ってきて光検出器へ入射するビームに非点収差を発生させる光学素子を含んでいる光学ヘッドに関するものである。
〔発明の概要〕
本発明は,上記の様な光学ヘッドにおいて,ビームの光軸とサジタル光線の焦線とに対して垂直な方向へ3分割されている第1及び第2の光検出器を上記焦線から互いに反対方向へ等距離の位置に配し,一方の光検出器の中央の光検出部及び他方の光検出器の両側の光検出部同士の検出出力同士の差分をフォーカス誤差信号とすることによって,小型であるにも拘らず正確なフォーカス調節を行うことができる様にしたものである。」(第3欄4行~16行)
b 「〔従来の技術〕
光学ヘッドは,光学記録媒体に対して非接触の状態で動作するので,フォーカス誤差を検出してフォーカス調節を行う必要がある。
フォーカス誤差の検出方法には種々の方法があるが,そのうちの1つとして,特開昭60-171643号公報には,2個の3分割光検出器を検出用ビームの焦光点の前後に位置する様に単一のビームスプリッタの外面に一体に装着し,合計で6個の光検出部の検出出力の差分を求める様にした方法が開示されている。」(第3欄17行~26行)
c 「この様な第1実施例では,光学記録媒体が合焦位置にある場合は,光検出器12,13及び面15c上には,第4図に示す様にビーム17のスポット21,22及び23形成される。そしてスポット21,22は,サジタル光線17aの焦線つまりスポット23から互いに等距離にあるので,光検出器12,13の3分割の方向において互いに等しい巾を有しており,しかもフォーカス誤差に伴なって光検出器12,13の3分割の方向へ伸縮する。
このために,第5図に示す様に,光検出部12a及び13b,13cの和出力として信号Aが得られ,光検出部12b,12c及び13aの和出力として信号Bが得られ,更に信号Aと信号Bとの差分として信号Cが得られる。
従ってこの第1実施例では,非点収差に対して何ら補正を講じなくとも,信号Cがフォーカス誤差信号として特性のよいS字型を成している。」(第6欄6行~20行)
(ウ) 上記記載によれば,本件発明Cの「光学ヘッド」は,信号Cからなるフォーカス誤差信号を得るものであって,その信号Cは,各光検出部の符号を用いて表すと(12a+13b+13c)-(12b+12c+13a)であり,これを,本件発明Cは「前記第1及び第2の光検出器の一方の光検出器の両側の前記光検出部からの検出出力及び他方の光検出器の中央の前記光検出部からの検出出力の和と前記一方の光検出器の中央の前記光検出部からの検出出力及び前記他方の光検出器の両側の前記光検出部からの検出出力の和との差分を出力する」と記載していることは明らかである。そして,第1及び第2の光検出器から,それぞれ,「中央の(前記)光検出部」からの検出出力と「両側の(前記)光検出部」からの検出出力を得るために,光検出部を3つに分割したものであり,本件発明Cにおいて,第1及び第2の光検出器は,それぞれ「前記ビームの光軸と前記焦線とに対して垂直な方向へ3分割されている光検出部を有する第1の光検出器」,「前記ビームの光軸と前記焦線とに対して垂直な方向へ3分割されている光検出部を有する第2の光検出器」と記載されている。
(エ) これに対して,前記(3)で検討したとおり,甲20に示される本件光学ピックアップは,光検出部が形式的に4分割又は8分割されているとしても,「内側光検出部」及び「各外側光検出部」はそれぞれ一体のものとして扱われており,本件発明Cの「中央の(前記)光検出部」「両側の(前記)光検出部」に相当するから,実質的に3分割と同じであり,その分割方向も,ビームの光軸とサジタル光線の焦線とに対して垂直な方向となっているものと認められる(なお,甲20の図5において,ビームスポットがそれぞれ縦長と横長の楕円形であるとともに,光検出器の3分割の方向において互いにほぼ等しい幅を有しているから,非点収差を有する光束が用いられていることは明らかであり,2つのビームスポットは,サジタル光線の焦線から互いに等距離であると認められる。)。
そして,本件光学ピックアップにおいて,「内側光検出部」及び「各外側光検出部」が本件発明Cの「中央の(前記)光検出部」及び「両側の(前記)光検出部」に相当するので,本件発明Cの「前記第1及び第2の光検出器の一方の光検出器の両側の前記光検出部からの検出出力及び他方の光検出器の中央の前記光検出部からの検出出力の和と前記一方の光検出器の中央の前記光検出部からの検出出力及び前記他方の光検出器の両側の前記光検出部からの検出出力の和との差分を出力する」との構成を実質的に充足するものである。
エ まとめ
以上のとおり,本件光学ピックアップにおいて,光学ヘッドの光検出部が3分割とは異なる数に分割されているとしても,更に分割された光検出部は,信号処理の際に合算され実質的に一体として扱われているから,信号処理上,本件光学ピックアップは,本件発明Cの構成を実質的に充足しているもの(光検出部の分割方法以外に関しては,本件発明Cの各要件充足につき争いがない。)というべきである。
2 独占の利益の有無について
(1)ア 勤務規則等により,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払いを求めることができると解するのが相当である(最高裁平成15年4月22日第3小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
そして,使用者等が,職務発明について特許を受ける権利等を承継しなくとも,当該特許権について無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことからすると,同条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該発明を実施することによって得られる利益の全体をいうのではなく,その全体の額から,通常実施権の実施によって得られる利益の額を控除した残額(本判決も便宜上これを「独占の利益」,「超過利益」などということとする。)と解すべきである。
また,改正前特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,特許を受ける権利が将来特許を受けることができるか否かも不確実な権利であり,その発明により使用者等が将来得ることができる独占的実施による利益の額をその承継時に算定することが極めて困難であることからすると,当該発明の独占的実施による利益を得た後の時点において,これらの独占的実施による利益をみてその法的独占権に由来する利益の額を認定することも,同条項の文言解釈として当然に想定されているものと解される。
イ 本件では,被控訴人は,少なくとも競業他社の一部に対し,本件各特許の実施を許諾しているものと認められるところ,控訴人は,被控訴人が本件各特許を自ら実施しているとして,それによって得た利益を相当対価算定の根拠として主張している。このような場合,使用者等が,当該特許権を有していることに基づき,実施許諾を受けている者以外の競業他社が実施品を製造,販売等することを禁止することによって得ることができたと認められる収益分をもって,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」というべきである。
ウ 使用者が被用者から譲り受けた特許発明の実施につき,実施許諾を得ていない競業他社に対する禁止権に基づく独占の利益が生じているといえるためには,当該特許権の保有と競業他社の排除との間に因果関係が認められる必要があるところ,その存否については,①特許権者が当該特許につき有償実施許諾を求める者には,すべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか,又は特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか,②当該特許の実施許諾を得ていない競業他社が一定割合で存在する場合でも,当該競業他社が当該特許発明に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか,代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異がないか,また,③包括ライセンス契約又は包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が,当該特許発明を実施しているか又はこれを実施せず代替技術を実施しているか,さらに,④特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず,同時に又は別の時期に,他の代替技術も実施しているか等の一切の事情を考慮して判断すべきである。
ところで,当該特許発明の価値が非常に低く,これを使用する者が全く想定し得ない場合や,代替技術が非常に多数あるため,市場全体からみて当該特許の存在が無視できるような特段の事情がある場合を除き,単に開放的ライセンスポリシーが採られており,当該特許発明と同等の代替技術が存在するというだけでは,程度の差はともかく,依然として当該特許発明を譲り受けた使用者に「超過利益」はあるというべきである。
また,ある市場において,当該特許発明のほか,代替技術となり得る複数の技術が存在する場合,技術の優劣等の格別の事情が認められなければ,原則として同市場に占める当該特許発明の割合に応じた「超過利益」が認められるというべきである。ちなみに,当該要証事実の性質等によっては,当該特許発明と代替技術との優劣を的確に判断することは,技術内容や市場原理等に対する理解の難しさもあって,困難を極める認定問題であり,安易に立証責任の所在を定めて,悉無律によって決することは,不公正な結果を招来しやすくし,妥当ではない。
なお,企業は,経済的に自己の利益を最大化することを目指して行動するものであって,各企業が,当該特許発明を自社実施するか,一部又は全部を他社に実施許諾するかは,利益最大化のための手段として,最良の選択か否かの問題にすぎない。そうであれば,自社実施の場合であっても,それによる利益の一定部分は「超過利益」に該当するものと解すべきである。
(2) 前提となる事実,証拠(甲2ないし4,16ないし22(枝番を含む。),24の1,25,30の1及び2,32の2,乙8,9,15,19ないし21,24,25)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の各事実が認められる。
ア 本件各発明について
(ア) 本件各発明は,光ディスク用光学ピックアップに用いられるものであるが,当該光学ピックアップは,音楽用CDプレーヤーを初めとする音響機器,PC,ゲーム機等において,CD,MD,DVD等の様々な記録媒体の読取り,記録等のため,幅広く利用されている(甲16ないし22,24の1,30の1,30の2,乙19,20)。
被控訴人及び競業他社等における光ディスク用光学ピックアップの製造,販売数量を正確に算定するに足りる的確な証拠はないが,ゲームソフトの記録媒体として,CD-ROM等を利用するPS等に限っても,全世界で2億台以上が生産,出荷されている(甲25)。
(イ) 従来,光ディスク用光学ピックアップは,多数の光学部品で構成されており,このことが光学ピックアップの小型化,軽量化,耐環境性能の向上の障害となっていた(乙8,9)。
レーザーカプラー方式の光学ピックアップの最大の特徴は,光学ピックアップ自体,ひいては,当該光学ピックアップを搭載した製品を,薄型化,小型化できることにあり,本件各発明は,それに寄与するものである(甲2ないし4,32の2,乙21)。
被控訴人は,平成3年ころ,レーザーカプラー方式の光学ピックアップを用いて,当時,最も薄型であった松下電器産業製のCDプレーヤーに比べ3.1mm薄いポータブルCDプレーヤー「D-J50」(厚さ14.8mm)を製造,販売した。それ以前に被控訴人が製造,販売していたポータブルCDプレーヤーに用いられていた光学ピックアップの厚さは11.8mmであったところ,D-J50に搭載された光学ピックアップの厚さは7mm,半導体レーザ素子の厚さは1.7mmであった(甲16ないし18,22,30の2,乙21,弁論の全趣旨)。
PS2に搭載されていたレーザーカプラー方式の半導体レーザ素子は,1チップでCD用及びDVD用の2波長に対応するものでありながら,外形寸法は7.5mm×6.5mm×2.0mmという小型のものであった(甲19,20,21の4,32の2,弁論の全趣旨)。
イ 本件各発明の代替技術
(ア) 光ディスク用光学ピックアップの光学系の方式として,レーザーカプラータイプのほか,ディスクリートタイプ及びホログラムタイプが実用化されている。
(イ) 被控訴人は,昭和59年に,ポータブルCDプレーヤー「D-50」を発売したが,ここでは,ディスクリートタイプの光学ピックアップを採用していた(乙21)。
被控訴人以外の各メーカーも,薄型化,軽量化を図ったポータブルCDプレーヤーを商品化していたが,その光学ピックアップには,引き続きディスクリートタイプが用いられていた(乙21)。例えば,三洋電機は,ディスクリートタイプを採用した薄型小型のCD用光学ピックアップの開発に取り組んでおり,昭和63年ころには,幅31.3mm,長さ42.3mm,高さ13.0mmの光学ピックアップの開発に成功した(乙15)。
さらに,新型PS2には,ディスクリートタイプの光学ピックアップが採用されているが,新型PS2の外形寸法は,23cm×15cm×2.8cmと,従来のPS2(30cm×17cm×7.8cm)に比べ,より薄型化されている(乙21)。
(ウ) また,松下電器産業,シャープ等は,光学ピックアップの薄型化,小型化,軽量化のため,ホログラムタイプの研究,開発を進めていた(弁論の全趣旨)。
シャープは,遅くとも平成元年には,ホログラムタイプを採用し,耐環境性能に優れた小型軽量のCD用光学ピックアップ(幅25mm,長さ48mm,高さ40mm)を,平成3年には,レーザーディスク用光学ピックアップ(幅48mm,長さ60mm,高さ29mm)などを開発した(乙8,9)。
松下電器産業は,平成9年ころ,厚さ10mmのホログラムタイプのDVD用光学ピックアップを開発した(乙20)。
ウ PSにおいてレーザーカプラータイプの光学ピックアップが採用された経緯
被控訴人では,もともとディスクリートタイプの光学ピックアップを用いていたが,昭和59年ころ以降,被控訴人社員であった乙が,レーザーカプラータイプの光学ピックアップの原型となる発明を行い,その後,被控訴人では,レーザーカプラータイプの光学ピックアップの開発が本格化し,前述のとおり,平成3年には,このレーザーカプラータイプの光学ピックアップを使用して薄型化したCDプレーヤー「D-J50」を発売した(乙21)。
平成4年にPSの商品化が本格的に計画されることになったところ,被控訴人として現実に商品化できるまでに技術が蓄積していたのは,ディスクリートタイプとレーザーカプラータイプであり,これらを採用すれば,外部調達により製品の仕様を定める段階における設計の機密情報が他社に流出することを防止できるとのメリットもあった。
また,当時,被控訴人が,ポータブルCDプレーヤー「DJ-50」用に資本,人材を投入して独自開発し,商品化を達成したレーザーカプラータイプを選択するのは,ごく自然であった。ソニーグループとしては,レーザーカプラータイプの光学ピックアップに係る開発コストを回収することは重要な課題であり,新規製品であるPSは,このレーザーカプラータイプの光学ピックアップを搭載する製品として格好の材料であった。
以上のような事情により,役員等の決裁を経た後,被控訴人製のレーザーカプラータイプの本件光学ピックアップが,PSに搭載されることとなった(乙21)。
エ PS2においてもレーザーカプラータイプが採用された経緯
PS2においても,レーザーカプラータイプの光学ピックアップが採用された。これは,単に,PSにおける光学ピックアップを踏襲したことに加え,被控訴人にとって自社調達が可能であり,また,レーザーカプラータイプにおいて,CDとDVD用の2波長レーザーの開発に成功したとの事情もあった(甲21の1ないし5,乙21)。
オ 新型PS2においてレーザーカプラータイプが採用されなかった経緯
PS2は,平成16年度以降,本体がかなり薄型化され,「新型PS2」として販売された。このとき,コストの点から,従来のレーザーカプラータイプの光学ピックアップに代えて,ディスクリートタイプの光学ピックアップが採用された。
当時は,既に被控訴人以外の各社がディスクリートタイプの2波長光学ピックアップを量産しており,市場競争によってディスクリートタイプの2波長光学ピックアップの価格は相当下がっていたのに対し,被控訴人のみが製造していたレーザーカプラータイプの光学ピックアップは,発売当初と比べて価格はそれほど下がっていなかった(乙21)。
カ レーザーカプラータイプとコピー防止について
PS等において採用されていたコピー防止方式は,真正ソフトに認証可能な信号を記録し,当該信号を照会することによって実施されているもので,レーザーカプラータイプの光学ピックアップを搭載しなければ当該コピー防止方式を採用できないということはなかった(乙21)。
キ 本件各発明に関するジョイントライセンス契約(乙24)
被控訴人及びフィリップス社が策定した音楽用CDに関する規格に従った記録媒体及びその記録,再生機器の製造,販売に関し,被控訴人及びフィリップス社が保有する特許につき,フィリップス社を窓口として他社との間で締結された契約(以下「本件ジョイントライセンス契約」という。)において,以下の内容が定められている。
(ア) 許諾特許について
a CDオーディオプレーヤーに関しては,フィリップス社が,ライセンシー及びその子会社に対し,フィリップス社が保有し又は今後取得する限度で,使用許諾を与える無償の権利を有し又は今後取得するCDオーディオプレーヤーに関する特許権であって,最先の出願日又は最先の出願日と認められる日が昭和58年1月1日より前であるもので,別紙Ⅰ(省略)記載の特許権を含む(これらに限定されない)(1条1.21(ⅰ)項)。
b CD-ROMプレーヤーに関しては,上記1.21(ⅰ)項の特許権に加え,専らCD-ROMプレーヤーに係る発明をカバーする範囲内においてのみ,かつその限りにおいて,最先の出願日又は最先の出願日と認められる日が昭和60年1月1日より前である,別紙Ⅱ(省略)記載の特許権(1条1.21(ⅱ)項)。
(イ) この点につき,フィリップス社は,別紙ⅠないしⅣ(省略)記載のN.V.Philips' Gloeilampenfabrieken及びその関連会社,又は被控訴人及びその子会社により保有される特許権を実施許諾する権利を取得していることを表明する(2条2.02項)。
(ウ) フィリップス社は,さらに,ライセンシー及びその子会社に対し,本契約時においてまだ実施許諾されていない,本件許諾製品(CDオーディオプレーヤー,CD-ROMプレーヤー等を指す。1条1.19項参照。)に付随する発明をカバーする特許権であって,フィリップス社が保有し又は今後取得する限度で,フィリップス社がライセンシー及びその子会社に対し,使用許諾を与える無償の権利を保有し又は今後取得する,世界のいかなる国においてであれ最先の出願が昭和57年12月31日より後にされた特許権に基づき,本件地域において本件許諾製品を製造し,製造された本件許諾製品を世界のすべての国において使用,販売,又はその他処分する,非独占的かつ移転不可の実施権を許諾することに同意する。2条2.03項により実施許諾される特許権については,(中略)2条2.01項による許諾特許の使用に基づいて当然支払うべきロイヤリティに加えて,支払うべきロイヤリティの支払がされる必要があることが明示的に了解される(2条2.03項)。
ク 本件各発明に関するクロスライセンス契約(乙25)
被控訴人は,平成7年3月31日,国内電機・電子機器メーカーA社との間で,次の条項を含むクロスライセンス契約(以下「本件クロスライセンス契約」という。)を締結した。
(ア) 「契約製品」とは,本契約発効時点において,被控訴人及びA社に共通する事業範囲に属する製品をいい,例示として,CDプレーヤー,コンピューター周辺装置(CD,MD応用装置を含む。)が含まれる(1条1項及び添付書類A)。
(イ) 「甲特許」とは,被控訴人が本契約有効期間前及び平成11年12月31日までに第一国出願を行い,単独で所有若しくは将来所有する全世界における特許及び実用新案であって,第三者に対する実施料その他の代償の支払をすることなしに処分権を有するものをいう(1条2項)。
(ウ) 被控訴人は,A社及びその子会社に対し,本契約の有効期間前及び有効期間中に,A社又はその子会社が甲特許を実施した契約製品を製造,販売,使用,賃貸その他の処分(A社又はその子会社のために下請けさせる場合を含む)をするための通常実施権を許諾する(2条1項)。
(エ) 本契約の有効期間は,平成7年1月1日から平成11年12月31日までとする。ただし,被控訴人又はA社から相手方に対し,有効期間満了の日の6か月前の該当日の翌日から有効期間満了の日の3か月前の該当日までの期間に,書面による特段の申出がない限り,本契約の有効期間を更に5年間延長する。以後も同様とする(7条1項)。
第1項の規定にかかわらず,満了日までに出願済み(中略)の甲特許(中略)に係る第2条規定の通常実施権は,当該甲特許(中略)の権利存続期間満了日まで有効とする(7条3項)。
(3)ア 以上の事実を前提とした場合,まずそもそも被控訴人が本件各特許につき,いわゆる「開放的ライセンスポリシー」を採用していたとは認められない。
この点に関し,被控訴人は,フィリップス社を窓口として他社との間で本件ジョイントライセンス契約を締結しており,本件各特許についても,付随的に同契約の対象に含まれる旨,被控訴人は競業他社のA社との間で本件クロスライセンス契約を締結しており,本件各特許は同契約の対象にもなっている旨,それぞれ主張する。
しかし,A社との間の本件クロスライセンス契約は,あくまでA社とだけの間のものにすぎず,被控訴人において,本件各特許に関し,誰が実施許諾を求めてもこれに応じる方針であったとは認められない。
また,本件ジョイントライセンス契約についても,同契約書に添付された別紙には膨大な数の特許が記載されている上,同別紙に記載されていなくてもライセンスの対象となる特許が多数存在するなど,その対象となる特許の範囲が極めて理解しにくい。そして,本件各特許は付随特許であって,同別紙には記載されておらず,ライセンスを受けた者において本件各特許につきライセンスを受けた旨の認識があるかは疑わしい。
イ 本件各特許は,光学ピックアップ自体及びこれを搭載した製品を小型化,薄型化することに貢献したものであり,平成3年ころ,当時最も薄型であったCDプレーヤーよりも3.1mm薄いCDプレーヤーの発売に寄与するなど,相当程度価値のある特許であったといえる。
他方で,本件各特許におけるレーザーカプラータイプの光学ピックアップの代替技術としては,ディスクリートタイプ及びホログラムタイプの光学ピックアップの2種類があったことが認められるが,それ以外に代替技術があったとは認められない。
もっとも,控訴人は,価格面や信頼性の点で,レーザーカプラータイプの光学ピックアップは優位であったと主張するが,これを認めるに足りる適切な証拠はない。すなわち,乙28ないし30上の,価格に関する手書きの記載部分をもって,このような優位性を認めるには足りない上,控訴人自身が,レーザーカプラータイプのものがディスクリートタイプのものよりも高額である旨主張している。
また,被控訴人やSCEがレーザーカプラータイプの光学ピックアップをPS等に搭載したのは,主として,それまでに支出した開発コスト等を回収するためであり,現に,松下電器産業やシャープがホログラムタイプのものを製造し,被控訴人自身もディスクリートタイプのものも採用していることからすれば,レーザーカプラータイプのものが特に優れていたためとは認められない。
結局のところ,上記の3つの技術はほぼ同等のものといわざるを得ず,前述のとおり,単に同等の代替技術が存在するというだけでは,「超過利益」の存在を否定し得るものではない。
ウ 以上のとおり,被控訴人がいわゆる「開放的ライセンスポリシー」を採用していたとは認められず,本件各特許にかかるレーザーカプラータイプの光学ピックアップの代替技術としては,ディスクリートタイプ及びホログラムタイプの2つが存在することが認められるのみであって,市場全体からみて本件各特許の存在が無視できるような特段の事情はないことからすれば,被控訴人において,従来からディスクリートタイプの光学ピックアップを製造・販売してきたことや,本件クロスライセンス契約の相手方であるA社が,本件各発明を実施しているか否かが不明であることを考慮してもなお,本件において,被控訴人は,本件光学ピックアップを製造・販売することにより,一定程度の「超過利益」を得ていたというべきであり,本件での諸事情をすべて考慮すると,「超過売上げ」の割合は3分の1であったものと認めるのが相当である。
エ なお,被控訴人は,基本的に職務発明にかかる特許を自社実施している場合には,特許法35条1項の法定通常実施権の範囲内というべきであって,「独占の利益」はない旨主張する。
しかし,前述のとおり,企業は,経済的に自己の利益を最大化することを目指して行動するものであって,当該特許を他社に実施許諾するか,自社で実施するかによって,企業が受けるべき利益に差はないというべきであり,被控訴人の上記主張は採用できない。
このほか,被控訴人は,知財高裁平成21年2月26日判決(キャノン控訴審判決),同年6月25日判決(ブラザー控訴審判決)が,独占の利益につき,自己実施の売上げから「通常は50~60%程度の減額をすべき」とした点を批判するが,独占の利益,超過売上げを求める場合に,自己実施による売上げ等については,関係証拠によって認定し得たとしても,これから控除すべき通常実施権による売上げの部分については,証拠によって直接的に認定することは通常困難であることから,公平の原則に基づきこれを折半するとの考え(50パーセント対50パーセント)に由来して発展してきたものと想像されるところ,上記判決は,それが「通常は50~60%程度の減額をすべき」という実務上の目安として顕出したものであって,一概に根拠のない不当な見解であるということはできない。もっとも,いずれにしても,本判決は,超過売上げの割合につき一般論として一定の数値を採用して,それを出発点として推論するという手法をとったものではなく,前記判示のとおり,本件の事案の事実関係を認定して,これに即して具体的にその割合を認定したものである。
3 相当対価の算定について
(1) 本件各発明についての特許を受ける権利の承継に係る相当対価は,
「対象商品の売上合計額×超過売上げの割合×仮想実施料率×(1-被控訴人の貢献度)×共同発明者間における控訴人の貢献度」によって算定するのが相当である。
そして,証拠(乙93)及び弁論の全趣旨によれば,PS,PSone用の光学ピックアップ製品(KSM・440)は,光学ピックアップだけでなく,スピンドルモーター,ラック及びピニオンを含む移送機構,並びにフレーム等の他の部品を組み合わせた「ベースユニット」として販売されていたこと,これらのベースユニットとしての価格のうち,光学ピックアップ自体の価格の占める部分が多くとも●(省略)●割以下であることが認められるところ,被控訴人も,これが●(省略)●割であるとして計算することに必ずしも異議を唱えていないので,これを前提として計算することとする。
以上を前提とすると,PS等に搭載された本件光学ピックアップの売上高については,別紙「売上台数・平均価格一覧表」記載のとおり,●(省略)●円である。
また,前述のとおり,本件光学ピックアップの製造・販売による被控訴人の「超過売上げ」の割合は3分の1とするのが相当である。
(2) 前提となる事実,証拠(甲21の1ないし5,乙10,11,17,21,94,95,104,111,112,114,120,129,130,133,140,159,164ないし166,168,169,203,227,230,233ないし239,241,246)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
ア 被控訴人とソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)は,平成5年11月ころ,家庭用ゲーム機及びソフトウェアの開発・販売,並びにソフトメーカーとのライセンス業務を行うSCEを,共同出資で設立した。(乙241)。
イ PSが発売されるまで,家庭用コンピューターゲーム機市場を独占していたのは,任天堂の「ファミリーコンピューター」(以下「ファミコン」という。)であり,任天堂は,ファミコンの記憶媒体として,専用カートリッジであるマスクROMを使用していた。
被控訴人は,任天堂に対し,ファミコン本体のCPUの重要な電子部品である音源チップを提供していたが,その後,紆余曲折を経て,被控訴人単独で家庭用ゲーム機を作ることになった(乙17,21,104)。
ウ SCEは,PSのハードの発売日(平成6年12月3日)を,”1,2,3”の語呂合わせにしたり,個性的なキャッチコピーのテレビCMを積極的に展開するなど,斬新な広告戦略を打ち出すことで,幅広いユーザーを獲得していった(乙140)。
なお,SCEは,同社が設立された平成5年から平成16年までの間に,同社の海外関連会社も併せ,PS等の広告宣伝費として,合計●(省略)●円を支出した(乙159)。
エ 任天堂のソフトは,「マスクROM」といわれるカセット方式であるが,被控訴人は,CD-ROMを採用した。マスクROMは,スイッチを入れるとゲームがすぐ開始できるが,CD-ROMに比べて容量が少なく,迫力のあるサウンドや豊かな映像表現には不利である(乙104)。
なお,PSにおいて,記憶媒体をCD-ROMにしたことで,大手のゲームソフトメーカーだけでなく,小さなソフト開発会社でもゲーム市場に参入できるようになった(乙17)。
このほか,任天堂は,流通面でも,問屋を通してソフトを販売するのに対し,被控訴人は,小売店に直売し,これにより,迅速な在庫管理を可能にした(乙104)。
オ 平成6年5月10日ころまでに,164社のソフトウェアメーカーがSCEとライセンス契約を締結し(乙120),同年10月ころには,約240社のソフトウェアメーカーがSCEとのライセンス契約を締結するに至った(乙133)。
被控訴人ないしSCEによるソフトウェアを重視した戦略は成功し,「ドラゴンクエスト」,「ファイナルファンタジー」等の人気ソフトの新作を次々にPSから発売したこともあって,PSは,同時期に発売されたゲーム機(任天堂のNINTENDO64を含む。)の中で最も売上げを伸ばした(乙104,129,130)。
カ 被控訴人ないしSCEは,PSにおいて,それまでのゲーム機のコントローラー(押しボタン式の平らな形)とは異なり,両手で握るグリップ型で,両手の指が使えるようなコントローラーを採用した(乙17)。
キ SCEは,PSにおいて,高性能グラフィックスワークステーション並みの超高速3次元CG表示能力を備えた次世代のゲーム機を家庭用として提供することを目指していた(乙241)。
平成5年当時,家庭用ゲーム機のグラフィックス表現は,背景の画面をスクロールさせながらキャラクター等の2次元画像を動かす手法が用いられていたが,PSでは,高画質の背景と多数のキャラクターを同時に高速で動かすこと,3次元CGで表現される,よりリアルで迫力のある画像表現を併せて実現することを予定していた(乙241)。
PSでは,ソフトの媒体としてCD-ROMを用いており,同機は必要最小限の圧縮データを用いて画像や音声を合成する機能を備えているため,膨大な量の画像や音声データを本体に読み出す必要がなかった(乙241)。また,画像と音声合成に関する処理を専用のハードウェアとOSで行うため,ソフト開発者のプログラミングの負担を軽減し,開発効率を大幅に向上させるものであった(乙241)。
ク 平成12年3月4日ころ,PS2の販売が開始されたが,PS2では,ゲーム機として初めて,過去のソフトウェア資産(既存のPSのゲームソフト)を継承することを実現した上,価格を3万9800円に抑えながら,DVDプレーヤーとしての機能が付いているほか,LSIの開発から取り組み,スーパーコンピュータ並みの高い演算能力を持つ「Emotion Engine」(SCEと東芝が共同で開発したマイクロプロセッサ),「Graphics Synthesizer」(最大6600万ポリゴン/秒の描画性能を持つグラフィックスLSI)といった,高性能のLSIを搭載していた(乙111,112,114)。
ケ PSにおけるGTE(Geometry Transfer Engine)やPS2のEE(Emotion Engine)の性能を上げることにより,扱えるポリゴン数が増え,これにより,物体を細かいパーツで構成できるようになり,曲面の表現が自然に近付き,物体の表面が平滑になり,より美しい画像を出力することができるようになった。
また,PSにおけるGPU(描画演算処理装置),PS2におけるGS(Graphics Synthesizer)の性能を上げることにより,ラスタライズ処理で扱えるポリゴン数が増え,陰影処理で扱えるピクセル数が増え,テクスチャ適用において複雑な表現が可能となり,これらにより,物体の表面をよりリアルに表現できるという効果が得られた(乙233)。
PSにおける画像処理の特徴として複数の点があるが,それらのうち,「陰面消去」,「固定小数点の演算による3次元グラフィックスの実現」の技術は,被控訴人における「システムG」というコンピュータグラフィックスシステムからの流用技術であった。なお,「システムG」は,三次元処理のための座標エンジンで,被控訴人において1980年代から開発が行われていた(乙233)。
このほか,PS2で用いられた「Emotion Engine」は,3次元CG画像を生成する際に不可欠な浮動小数点演算の能力をみると,平成11年当時発表されたインテル社製のMPU「ペンティアム III」を凌駕しており,同じくPS2に用いられた「Graphics Synthesizer」も,当時の最先端の機器に比べても非常に高性能であった(乙230)。
コ SCEでは,PS等にかかる研究開発費として,平成5年から平成16年までに,合計●(省略)●円を支出した(乙239)。
また,SCEは,平成11年ころ,東芝と合弁で新会社を設立し,「Emotion Engine」の製造設備のために,約500億円を投資することになった(乙234,235)。
このほか,SCEは,平成11年ころ,「Graphics Synthesizer」生産のため,新会社を設立し,約700億円を出資することになった(乙236,237)。
さらに,SCEは,平成12年6月ころ,PS2の増産のため,半導体生産ラインに約1250億円を投じることになった(乙238)。
SCEは,平成11年7月ころ,レーザーピックアップユニットの開発に関して,●(省略)●円の出資をすることになった(乙246)。
サ SCEや被控訴人の技術者が参加した「Rプロジェクト」(控訴人は参加していない。)では,CD用(780nm)とDVD用(650nm)とで異なる波長を,1つの光学ピックアップで処理することができるように研究開発を進め,ここで開発に成功した2波長レーザーカプラーは,PS2に利用された(甲21の1ないし5)。
シ 「Laser On Photodiode」(LOP)は,被控訴人の固有の光技術の一つであり,「Laser Coupler」(LC)は,その発展型の素子である(乙164)。
被控訴人の精密機器部(後の光デバイス事業部)に属していた乙は,昭和59年ころから,次世代の光学ピックアップについての検討を開始し,やがて,半導体上にレーザーダイオードとプリズムを載せて一体とする光学ピックアップ用光学素子のアイデアを提案した。
乙は,同アイデアを基にして,同年10月26日,「レーザカプラ」という仮の名称をつけて,図面を作成した。なお,当時,被控訴人の半導体事業本部において,半導体基板(シリコンサブマウント)上にレーザー出力モニタ用の検出器を作り込むLOPチップが開発されており,レーザーカプラーの基本構造では,このLOPチップをうまく利用するという考えがあった。
その後,乙は,精密機器部の丙,半導体事業本部の丁らと,レーザーカプラーの実用化に向けた検討を続け,昭和60年4月22日付けで,乙10,11,166,168及び169に記載された特許ないし実用新案登録の出願を行った。
また,昭和60年初めころ,乙や丙,丁らの間では,レーザーカプラーにつき,プリズムを用いる方式の方がこれを用いない方式よりも実現性が高いという認識があった(乙165)。
なお,被控訴人では,レーザーカプラーのビジネス化に当たり,昭和63年当時,●(省略)●円程度の投資が予定されていた(乙203)。
また,被控訴人では,平成2年8月ころ,レーザーカプラーの製造ラインの立上げが決定された(乙227)。
ス 被控訴人は,本件光学ピックアップに関し,●(省略)●件の特許及び●(省略)●件の実用新案を保有しており,本件光学ピックアップにおいて実施している代表的なものだけでも●(省略)●件(本件各特許以外のもの)ある(乙94)。
セ 社団法人発明協会が行ったアンケートの結果によれば,平成4年度から平成10年度における電子・通信用部品の実施料率別契約件数(合計84件。イニシャル・ペイメント条件のないもの。)は,実施料率1%のものが21件,2%のものが15件,3%のものが19件,4%のものが9件,5%のものが11件などとなっている(乙95)。
(3)ア 以上のとおり,被控訴人及びSCEが,PS等の製造・販売のためにソフトウェア戦略に重点を置き,魅力的なソフトウェアを取りそろえ,宣伝広告にも力を注ぎ,3次元CGなど高画質なものを導入してきたほか,それまでに被控訴人において多くの先行技術(LOP,乙発明等)を蓄積しており,これらの先行技術が,その内容からみて本件各発明の重要な前提となっているものと解されることや,被控訴人が莫大な費用を投じてきたことといった諸事情を考慮すれば,被控訴人の貢献度は97%とみるべきである。
この点につき,控訴人は,自らは被控訴人に対して対価を請求しているものであり,SCEによる貢献は,本訴には関係がないと主張する。
しかし,控訴人は,あくまでPS等に搭載された本件光学ピックアップの売上げを問題としているところ,PS等の売上げ増加には色々な要因があるが,中でもSCEによる宣伝広告やソフトウェア重視の戦略に基づく各種活動が,PS等の売上げに大きく貢献したことは否定できず,控訴人の上記主張は理由がない。
また,確かにSCEは被控訴人とは別会社であるものの,SCEは被控訴人とそのグループ会社であるソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)が共同出資して設立した会社であって,平成16年4月には,被控訴人の完全子会社となったものであり,少なくとも控訴人との関係でみれば,SCEは被控訴人と一体というべきである。
イ 本件での一切の諸事情,とりわけ,レーザーカプラータイプの光学ピックアップには,ほぼ同等の代替技術が2つ存在し,被控訴人との間で本件クロスライセンス契約を締結したA社等以外に,被控訴人に対してライセンスを申し込んできた事例が多かったとは認められないこと,被控訴人が本件光学ピックアップに関し,合計●(省略)●件もの特許や実用新案を有していること,本件各発明は,PS等のゲーム機の一部分であるディスクドライブの一部分である光学ピックアップの,さらに一部分であるレーザーカプラーに関する発明にすぎないこと,社団法人発明協会が行った実施料率についてのアンケート結果等を考慮し,本件での仮想実施料率を●(省略)●%と認定するものである。
ウ なお,控訴人がその対価を請求している本件発明AないしE内における,各発明の占める割合についても,これを認めるべき適切な証拠はないところ,控訴人は,当初,本件発明AないしFにつき,25%,25%,10%,25%,10%,5%と主張しており(ただし,本件発明Fについては請求撤回済み),被控訴人も,同割合について特段争っていないため,弁論の全趣旨により,本件発明AないしE全体に占める本件発明AないしEの各割合につき,95分の25,95分の25,95分の10,95分の25,95分の10であるものと認める。
エ また,本件各発明における共同発明者間の寄与割合については,両当事者とも色々と主張するが,その具体的な寄与割合を認めるに足る証拠はない。したがって,原則に戻って,共同発明者の数に応じて分けるほかなく,具体的には,本件特許AないしDについては3分の1,本件特許Eについては6分の1となる。
(4) 以上を前提とすると,対象商品(本件光学ピックアップ)の売上高の合計は●(省略)●円,超過売上げの割合は3分の1,仮想実施料率は●(省略)●%,被控訴人の貢献度は97%,共同発明者間における控訴人の貢献度は,本件発明AないしDにつき3分の1,本件発明Eにつき6分の1,本件各発明全体(本件発明Fは除く。)における本件発明AないしEの各割合は,それぞれ95分の25,95分の25,95分の10,95分の25,95分の10であるから,以上を前提とすると,本件各発明についての(控訴人分の)特許を受ける権利の承継に係る相当対価の額は,
●(省略)●円÷3×●(省略)●×(1-0.97)×(25/95×1/3+25/95×1/3+10/95×1/3+25/95×1/3+10/95×1/6)=570万7974円となる。
もっとも,控訴人は,被控訴人から,既に合計58万2850円(本件発明AないしEに関する分)の支払いを受けているので,その分を控除すると,控訴人が請求し得る金額は512万5124円及び遅延損害金ということになる。
4 消滅時効について
(1) 消滅時効の起算点
ア 控訴人は,本件発明D及びEについて特許を受ける権利を被控訴人に承継した時点で,被控訴人に対する相当の対価の請求権を取得したものであるから,相当の対価の請求権に関しては,改正前特許法35条3項及び4項が適用される(平成16年法律第79号附則2条1項)。
そして,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払いを受ける権利を取得する(改正前特許法35条3項)。対価の額については,勤務規則等により定められる対価の額が同条4項の規定により算定される額に満たない場合は,同条3項に基づき,その不足する対価の額に相当する対価の支払いを求めることができるのであるが,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,その定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払いを受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払いを求めることができないというべきである。そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払いを受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(前掲最高裁平成15年4月22日第3小法廷判決参照)。
イ 被控訴人は,自らが控訴人に対し,平成4年6月8日以前に,本件発明Dの実施褒賞金として●(省略)●円を,本件発明Eの実施褒賞金として●(省略)●円を,それぞれ支払ったところ,本件発明考案規定に基づく本件発明D及びEの実施褒賞金の支払時期は,各支払日以前であり,本件発明D及びEの実施褒賞金についての消滅時効は,上記各支払いによりそれぞれ中断し,上記各支払の時点から,再び進行を開始した旨主張する。なお,被控訴人は,本件発明考案規定においては,特別表彰(実績表彰)につき国内と外国とを区別しない旨主張するものである。
これに対し,控訴人は,本件発明考案規定によれば,消滅時効の起算点は,本件特許D及びEの我が国における登録日以降で,かつ,「実施による特に顕著な功績」が認められ,「1年毎の審査」を経た後である,平成9年9月26日である旨主張し,その前提として,本件発明考案規定では,外国特許の褒賞金と日本国特許の褒賞金の支払いは別個にされると主張している。
そこで検討するに,本件発明考案規定の定めは,出願表彰については日本国内と外国とを区別しながら(4条,6条参照),特別表彰(実績表彰)に関しては,文言上,日本国内と外国とを区別していない(5条参照)(ただし,日本国内と海外とを区別しない旨明示されているわけではない。)ところ,被控訴人の現実の運用は別として,上記文言につき,特別表彰(実績表彰)についても日本国内と外国とを区別するか否かにつき,いずれに解釈することも不可能ではない。
このように,被控訴人が,いずれにも解し得るあいまいな規定を設けたことに加え,実質的にみて,法律の専門家ではない職務発明者が,特別表彰(実績表彰)に関しては出願表彰と異なり,日本で登録される前に外国登録等に基づいて褒賞を受けると,事後的に日本で登録を受けても,将来一切特別表彰を受ける余地がなくなると理解できるものとはみられない。
少なくとも,日本国内において当該発明が特許として登録されるか否かが未定であるうちに,特別表彰にかかる請求権についての権利行使を期待することはできないというべきであり,日本国内での特許登録前に同請求権について消滅時効期間が進行すると解するのは妥当ではなく,この点に関し,対象となる発明の属する分野による違いはない。
なお,被控訴人は,実施褒賞(特別表彰)については「国内」と「外国」を区別していない旨主張するが,他方で,特別表彰の申請があった場合,過去に,対応する外国特許の実績表彰があったか否かにかかわらず,被控訴人がいったんこれを受理していることは当事者間に争いがないところ,同事実は,特別表彰においても日本国内と外国とを区別する旨の解釈に合致するものである。
以上からすれば,被控訴人が,国内及び外国の出願・登録がある発明につき,現実に特別表彰を1回しか行わないか否かにかかわらず,少なくとも消滅時効との関係では,日本国内において当該発明が特許として登録されるか否かが未定である時点では,なお,特別表彰にかかる請求権についての権利行使につき法律上の障害があるというべきである(民法166条1項参照)。
ウ 以上のように解した場合,被控訴人が,本件発明D及びEにつき日本国内で特許出願して,特許登録を得た(本件発明Dにつき平成8年4月,本件発明Eにつき同年12月)後,「1年ごとの審査」のための特別表彰の推薦が行われた平成9年3月ころ(乙28ないし30参照)にはじめて,日本国内での特許登録に基づく特別褒賞の請求が可能となったというべきであり,この時点から起算した場合,控訴人が被控訴人に対し,相当対価の請求をした平成18年12月21日時点では,まだ消滅時効は完成していなかったことになる。
(2) 以上のとおり,消滅時効に関する被控訴人の主張は理由がない。
第5結論
以上のとおり,控訴人の請求は,被控訴人に対し,512万5124円及びこれに対する平成18年12月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,その余は理由がないから,これと異なる原判決を変更し,上記の限度で控訴人の請求を認容し,その余の請求は棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)