知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10011号 判決 2008年6月30日
原告
株式会社カナイ
訴訟代理人弁護士
松浦康治
訴訟代理人弁理士
湯田浩一
同
白石光男
被告
株式会社晃和
訴訟代理人弁理士
三好秀和
同
豊岡静男
同
小西恵
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007-800056号事件について平成19年12月3日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が名称を「座金付きナット,座金付きボルト及び取り付け治具」とする発明について第3857496号の特許権を有するところ,被告から上記特許の請求項1,2に係る特許(以下それぞれ「本件発明1」「本件発明2」という。)につき無効審判請求がなされ,特許庁がこれを無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
争点は,①審決が原告からの訂正請求を認めなかったのは適法か,②本件発明1及び2が下記文献に記載された発明(引用発明)との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するか,である。
記
特開平10-292498号公報(発明の名称「土台固定方法及び土台固定具」,出願人住友林業株式会社及びスミリン建設株式会社,公開日平成10年11月4日。甲1)
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年3月22日,平成11年9月22日の優先権を主張して前記特許出願(特願2000-79666号。甲37)をし,平成18年9月22日,特許第3857496号として設定登録を受けた(請求項1及び2。以下「本件特許」という。甲33)。
これに対し被告から,平成19年3月16日付けで本件特許の請求項1,2に係る発明について特許無効審判請求がなされたので(乙6),同請求は無効2007-800056号事件として特許庁に係属したところ,その中で原告は訂正請求(平成19年6月4日付け)及びその補正(平成19年10月29日付け)を行った。
特許庁は,平成19年12月3日,上記訂正請求を認めないとした上,「特許第3857496号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成19年12月13日原告に送達された。
なお,上記訂正請求は,明細書及び図面の訂正のみであって特許請求の範囲の記載を訂正事項としていない。
(2) 発明の内容
設定登録時(平成18年9月22日)の請求項1及び2(本件発明1及び2)は以下のとおりである。
【請求項1】
座金部とナット部を備え,座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で,下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え,上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし,取り付け治具との工具掛け部を座金部の周縁部に分散して備えており,ナット部は前記座金部の下面の径方向の中央部分から下方に向かって軸方向に延び,軸方向に座金部を貫通すると共に内部にねじ溝が切られたボルト挿通用の孔を有していることを特徴とした座金付きナット。
【請求項2】
座金部とボルト部を備え,座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で,下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え,上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし,取り付け治具との工具掛け部を座金部の周縁部に分散して備えており,ボルト部は前記座金部の下面の径方向の中央部分から下方に向かって軸方向に延びていることを特徴とした座金付きボルト。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,①上記訂正請求のうち,訂正事項15,25~28,45及び46,50及び52は,訂正要件を欠くので,訂正は認められない,②本件発明1及び2につき特許法36条4項,6項1号に違反するとの無効理由は認められない,③本件発明1及び2は引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,等としたものである。
イ なお審決は,引用発明の内容を次のとおり認定し,本件発明1及び2との相違点を以下のとおりとした。
[引用発明の内容]
内面にアンカーボルトに螺合されるネジ溝が形成された円筒状のナット部と,中央に形成された孔により該ナット部の一端に結合された平板状で円盤状の座金部とからなり,複数の切込部が上記座金部中央の周囲に均等に形成された座金付ナットであって,ナット部と座金部との結合部には切削刃が形成されており,回転治具の複数の挿入部が,座金部の対応する切込部に挿入されて,回転治具の先端に形成された刃部が切込部から座金部の下面側に突出される座金付ナット。
[相違点α]
本件発明1では,座金部の下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備えているのに対し,引用発明では,回転治具に複数の刃部を備え,座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り,座金を埋設させるものである点。
[相違点γ]
ネジを有する締結体が,本件発明2ではボルトであるのに対し,引用発明ではナットである点。
[相違点δ]
本件発明2では,下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備えているのに対し,引用発明では,回転治具に複数の刃部を備え,座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り,座金を埋設させるものである点。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決は,以下に述べるような誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(訂正請求についての判断の誤り)
(ア)a 訂正請求に関する判断については,本件発明1,2における座金部には切刃を含まないものであるとの解釈を前提として判断すべきところ,審決は,その理由中の一部において「座金部に切刃を含まないものである」と認定する一方で,「座金部に切刃を含む」とも認定しており理由中に齟齬がある。
b すなわち,審決において,座金部に切刃を含むと誤って認定している箇所は訂正請求に関する判断部分にあり,以下のとおりである。
「…本件発明1の座金部には切刃を含むものと解される。」(7頁9行)
「…本件発明2の座金部には切刃を含むものと解される。」(9頁16行)
「…本件発明2の座金部は切刃を含むものである。」(9頁23行)
「…本件発明2の座金部は切刃を含むものと解される。」(10頁5行~6行)
c これに対し,審決において,「座金部に切刃を含まない」と認定している箇所は本件発明1,2の特許法36条4項,6項1号についての判断についてであり,以下のとおりである。
「…すなわち切刃を含まない『下面』であり,この『下面』に切刃を含めることは記載されていないとみるのが相当である。」(17頁23行~24行)
「…本件発明1における座金部の『上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ』に『複数の切れ刃』は含まないと見るのが相当である。」(17頁34行~末行)
「…『上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ』は『複数の切刃』を含まないものであり」(19頁4行~5行)
d 以上のように,審決には事実認定に齟齬があるといえるが,審決中の特許法36条4項,6項1号についての本件発明1についての判断(審決14頁1行~17頁31行),及び本件発明2についての判断(審決18頁7行~19頁2行)における記載(上記c)から明らかなように,座金部は切刃を含まないとの認定こそ正当である。
したがって,「座金部に切刃を含む」との認定は誤ったものである。
(イ)a 訂正事項15について
(a) 審決は,「…座金部の切刃は,座金部の下面を周方向に沿って連続的に変化する斜面により形成され,これにより,平板円形形状である座金部の上面と下面とで挟まれる軸方向の厚さが連続的に変化すると解するのが自然である」(6頁25行~28行)とするが,本件発明1において,座金部は,平面状の上面と下面とを備える平板円形形状であり,上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しいのであるから(特許請求の範囲,請求項1の記載),審決の認定は誤りである。
切刃と座金部とが一体に形成されていても,座金部を解釈する場合には,座金部下面の切刃の部分は考慮されるべきではない。
(b) 審決は,「…訂正前の願書に添付した明細書及び図面の段落【0011】に記載された『下面の厚さ』は,座金部の『下面』及び『上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ』を指すことは明らかである。よって,訂正前の願書に添付した明細書及び図面全体の記載からみて,段落【0011】の『下面の厚さ』は明りょうでない記載とはいえない。」(6頁28行~32行),すなわち,座金部の「下面の厚さ」は明りょうであると認定する。
しかし,本件発明1において,「下面の厚さ」は,平板円形形状の座金部の下面に設ける切刃の厚さを意味するところ,切刃の厚さをいうのに,切刃ではない「下面」を用いて「下面の厚さ」とするのは明りょうな記載といえない。
(c) また審決は,「…訂正後の『下面側の厚さ』について,…『下面側』が指す部位が明らかでなく,明りょうではない。したがって,仮に『下面の厚さ』が不明りょうであったとしても,『下面側の厚さ』と訂正することで本件発明1及び本件発明2の趣旨が明らかになるともいえない。そうすると,この訂正は,明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。」(6頁33行~7頁2行)と認定する。
しかし,座金部の下面側には切刃が備わっているのであるから,「下面側の厚さ」は切刃の厚さを意味することが明りょうである。したがって,訂正事項15は,明りょうでない記載の釈明を目的としたものというべきである。
(d) なお審決は,本件発明1の座金部には切刃を含むとの認定に基づいて,「…してみると,この訂正により切刃を座金部に含まないとすることは,特許請求の範囲に影響を与えるものである。」(7頁13行~15行)と判断する。
しかし,本件発明1において,座金部は,平面状の上面と下面とを備える平板円形形状であり,その座金部に工具掛け部の他,複数の切刃を備えるという構成である。しかるに,座金部に切刃を含むと解することは,座金部の下面が平面状ではないことになるから,構成の説明として矛盾するといわざるをえない。
以上のとおり,訂正事項15が明りょうでない記載の釈明に該当しないとの審決の判断,及びこの訂正が特許法134条の2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反するとの審決の判断は誤りである。
b 訂正事項25~28について
審決の判断は,要するに摘記箇所の記載内容自体が明りょうであれば,発明の詳細な説明として開示すべき内容と矛盾する記載であっても特許法36条4項の規定に違反しないというものである。
しかし,発明の詳細な説明は,特許請求の範囲に記載する発明を説明するものであるから,説明すべき発明と矛盾する説明が包含されていれば,これを除外して発明を理解すべきであるのか包含させて理解すべきであるかの疑問が生ずることになり,結果において明細書を明りょうでないものにしていることは明らかである。したがって,審決の判断は誤りである。
なお審決は,「…第2の形態においても,取り付け治具は座金付きナット20の工具掛け部25に対応した特有のものと解される。そして,第2の形態は,段落【0024】に『座金付ナット20の取り付けは,図7に示す取り付け治具90bによって行う。』とのみ記載され,それ以外に取り付け治具の記載はないことに鑑みれば,第2の形態の取り付け治具は取り付け治具90bのみであり,それ以外は自明ではないと解するのが相当である。そうすると,第2の形態から取り付け治具90bに関する事項のみを削除し,それ以外の取り付け治具も座金付ナット20で使用可能であるように訂正する訂正事項25乃至28は,訂正前の願書に添付した明細書または図面に記載した事項の範囲内でなされたものではない。」(7頁35行~8頁6行)と認定した。しかしこの認定は,本件発明1の構成を理解していないことに基づくもので,誤りである。
本件発明1において,第2の形態とした座金付きナット20は,工具掛け部25を座金部の外周端において上面24と下面23とを連通して形成された切欠き部25a,25b,25cとしただけであり,他は第1の形態と同様である。この工具掛け部25は従来の座金部中央に配置したものからすれば本件特許に特有のものといえるが,第1の形態との比較では何ら特有なものではなく,孔が「切欠き」,すなわち上下に連通しているだけであり,第1の形態に用いる取付け治具を使用できることは当業者に自明である。すなわち,「第2の形態の取り付け治具は取付け治具90のみであり,それ以外は自明ではない。」との審決の上記認定は,誤りである。
以上のとおり,訂正事項25~28は特許法134条の2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反するものではない。
c 訂正事項45,46について
審決は訂正事項45,46に関し「明りょうでない記載の釈明を目的としたものではない。」(8頁19行~20行)とするが誤りであり,その理由は上記a,bのとおりである。
審決の「…第7の形態が本件発明とは無関係であることもまたその記載から明らかである。そして第7の形態が本件発明1とは無関係であることは,被請求人のみならず請求人も認めている。してみると,被請求人の上記主張には理由はなく」(8頁28行~31行)との認定は,要するに,本件発明と無関係な記載であっても明りょうであれば,この削除は明りょうでない記載の釈明に該当しないということである。
しかし,特許明細書に本件発明と無関係な記載が存在すること自体が,明細書を明りょうでないものとしている。また,特許を受けた発明の明細書及び図面は特許登録原簿の一部とみなされる(特許登録令9条2項)ことからも,本件発明と無関係な記載は,本来,明りょうでない記載として削除されるべきである。
また,このような記載を削除する訂正を認めても,特許請求の範囲の実質的な変更になることもなく,弊害はない。
さらに,特許権が対世的な権利であることに鑑みれば,第7の形態が本件発明1とは無関係であることを,審判請求事件の当事者双方が認めているからといって,放置してよいはずはない。したがって,訂正事項45,46は,明りょうでない記載の釈明に該当しないとした審決の認定は誤りである。
なお,審決の「…(不要な実施形態を削除することは,審査手続,拒絶査定不服審判手続の手続補正において当然対処されているはずである。)」との記載(8頁33行~35行)は,特許無効審判事件において訂正請求が認められている(特許法134条の2)にもかかわらずこれを否定することであり,意味が不明である。
d 訂正事項50,52について
審決の「…『下面は切刃114に』は明りょうでない記載ではない。」(9頁3行~4行)との認定は,「下面の厚さ」との記載をもって平板円形形状の座金部の下面に設ける切刃の厚さを意味することが明りょうであるというものであるが,切刃の厚さをいうのに,切刃ではない座金部の「下面」を用いて「下面の厚さ」とすることは,明りょうな記載といえない。
審決は,「…そして,座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状であり,下面に複数の切刃を備え,上面と下面で挟まれる厚さは径方向において外周側と内周側で等しい厚さであることから,本件発明2の座金部には切刃を含むものと解される。」と認定した(9頁13行~16行)。そうであれば,座金部の上面と下面が平面状の平板円形形状とはいえず,また,座金部の上面と下面で挟まれる厚さは径方向において外周側と内周側で等しい厚さにもならないはずである。したがって,審決の判断は誤りであり,本件発明の座金部は切刃を包含しないものである。
審決は,「…との記載からも,本件発明2の座金部は切刃を含むものである。してみると,この訂正により切刃を座金部に含まないものとすることは,特許請求の範囲に影響を与えるものである。」(9頁22行~25行)とも認定している。しかし,特許明細書の特許請求の範囲に記載される座金付きボルトは,座金部とナット部を備え,座金部は平面状の上面と下面を備える平板円形形状で上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側と内周側で等しい厚さであり,その下面に複数の切刃を備え,座金部には切刃を含まないものであるから,この訂正は,特許請求の範囲に影響を与えるものではない。以上のとおり,訂正事項50に関する審決の判断には誤りがある。
さらに,審決の「…『座金部』が明りょうでないとはいえない。」(9頁34行~35行)との認定,及び「本件発明2の座金部は切刃を含むものと解される。」(10頁5行~6行)との認定も,本件発明2の座金部は本件発明1の場合と同様に切刃を含まないのであるから,誤りである。
イ 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)
(ア) 審決は,引用発明(甲1)との相違点αにつき,周知技術を適用して本件発明1の構成とすることは当業者にとり容易に想到しうると判断したが,以下のとおり誤りである。
a 座金部の下部に刃部を形成した「椀状あるいは杯状の座金部を有する座金付きナット」から,座金部の下部に刃部を形成する構成を具備したままで「円形平板状の座金付きナット」に想到することは,決して容易ではない。
審決は,本件発明1と引用発明における平板状で円盤状の座金部とナット部の結合という構成の類似性を重視し,これに特開平9-14228号公報(甲2)・特開平9-273527号公報(甲3)・実願平2-60278号(実開平4-18717号)のマイクロフィルム(甲4)の従来技術を組み合わせれば容易であるとの判断であるが,この判断が誤りである。
そもそも,座金部が椀状あるいは杯状であるからこそ,下部に刃部を形成することにより土台に埋入させることが可能であると考えられていたのであるが,円形平板状の座金部がそのまま埋入することなど,形状的に到底思いつくものではない。削りくずの排出にしても,座金部が椀状あるいは杯状であるからこそ排出されるのであって,円形平板状では排出できないと考えるのが通常である。甲14(特開平10-231824号公報)記載の座金付ナットは,座金部が椀状あるいは杯状であるが,このような形状でさえ,切りくずの排出が課題となっているのである。
このように,座金部を円形平板状とした場合には,下部に形成した刃部のみで土台に埋入させることが可能であることなどは思いつかない。
b 座金部の下部に刃部を形成した座金付きナットの改良の過程は,次のとおりである。
本件発明1は,そもそも基礎コンクリートに立設したアンカーボルトにナットで木製土台を締結する場合に,土台上面とナットの上面とが面一状態となるようにすることを目的としたもので,以前に行われていた座掘をすることなくナットをアンカーボルトにねじ込むことができるものである。
本件発明1,2の発明者がこれを最初に考案したのであるが,これが上記甲4に記載されたものである。その後,アンカーボルトの上端の位置のズレを吸収できるように改良されたり(甲3),あるいは,アンカーボルトの傾斜に対応できるように改良が加えられたりしたが(甲2),座掘をする代わりに,座金付ナットの座金部を,座金部の下部に設けた切刃で土台の木材を切削しながらねじ込むという技術思想は共通であった。
そして,座金部が椀状あるいは杯状であるからこそ,このような土台への埋入(ねじ込み)が可能であると考えられていた。
座金部が椀状あるいは杯状よりも円形平板状の方が埋入速度が速くなることは,可能性としては認識されたかもしれないが円形平板状の座金部ではねじ込むことができず,埋入させることができないと考えられていた。
円形平板状の座金部を埋入させるためには,座金部の下部に刃部を形成するのではなく,従来のように,座掘をする工程を同時に行うことができないかと考え,この方向で改良されたものが,回転治具に複数の刃部を備え座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り座金部を埋入させるという方法である。これは,座掘カッターなどと同様,座掘のための掘削を回転工具で直接行おうというものである。
引用発明は,このような過程を経て開発されたものと考えられるが,ここで採用されている座金部を埋入させるための技術思想は,座金部に形成された刃部のみで座金部を埋入させる技術思想とは異なるのである。
そして引用発明の技術思想からは,本件発明1に想到することは困難であり,座金部を円形平板状にした場合でも下部に刃部を形成するのみで座金部を埋入させることができることに想到するためには,単なる設計変更では済まず,前記甲4の発明をはじめとする座金部のみで座掘を行おうとする試行錯誤の積み重ねのなかから生じ,偶然の発見などを契機とする技術思想の大転換が必要となるのである。
引用発明の発明者は,座金部が椀状あるいは杯状で切刃を備えた座金付ナットの改良型(甲14の発明)の発明者と同一人であり,両発明が時間を近接して行われているにもかかわらず,本件発明1の技術思想には想到していないのである。
c 以上を前提として,引用発明と本件発明1との相違を述べると,次のとおりである。
引用発明は,「回転治具の複数の挿入部が,座金部の対応する切込部に挿入されて,回転治具の先端に形成された刃部が切込部から座金部の下面側に突出される」との構成が不可欠である。
これに対して,本件発明1は座金部の下面に被取り付け材(土台)を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備えたものであり,座金部下面の複数の切刃だけで座金の環状部分を埋入する空隙を形成することができる。本件発明1においても取り付け治具(回転治具)を用いるが,座金付きナットの取り付けに必要な回転力を伝達する目的だけであり,取り付け治具に切削をさせてはいない。
発明が解決しようとする課題においても,本件発明1は座金付きナット自身が行う掘削に要する時間を短縮することを課題としているのに対し,引用発明は,基礎上に土台を固定するに際してあらかじめ座掘をする必要をなくすにとどまる。これは,引用発明があくまで座金部を介して間接的にではなく,座掘カッターなどと同様に直接座掘をしようという技術思想に基くことの表れである。
d したがって,引用発明(甲1)における複数の刃部を備えた回転治具を前記甲2~4の座金部におけるような座金部が備えた切刃とすることは,引用発明における必須の構成要件を変更することであり,単なる設計変更ではない。
要するに甲2~4のような座金付きナットを熟知する当業者であっても,従来の座金付きナットを改良するに当たり,座金部は円形平板状にしながら座金付きナットの刃部だけで座金部を埋入させるという本件発明1の技術的思想に至ることは,決して容易ではなかったということである。
(イ) 本件発明2についての容易想到性についての審決の判断も誤りである。
a 甲10(特開昭63-280140号公報)の座金付きボルト7は,座掘治具13による座掘り穴に座金部を嵌め込んで使用するボルトであり,座金部を回転することにより座掘りを行う技術的思想はない。甲11(特開平8-296276号公報)の座金ボルト26は,使用に際して回転させるものではない。また甲6(実願昭52-021937号〔実開昭53-117878号〕のマイクロフィルム)は皿頭のネジを開示したものでボルトではない。甲7(特開昭58-118320号公報)は潜頭ボルトとの名称であるが実際の用途はネジに関するものであり,大きな締付け力あるいは大きな固定力を必要とする箇所に用いるいわゆるボルトではない。よって,相違点γに関する審決の認定は誤りである。
b 相違点δについて
引用発明は,座金部と回転治具とで土台の上面を切り削る土台固定具であり,座金付きボルトは記載されておらず,また示唆されてもいない。前記甲6,7,10,11に開示されている事項は座金付きボルトないし頭部の下面を切削刃としたネジであって,引用発明とは構成がまったく異なるものである。にもかかわらず,これらは2部材の締結時に使用されるものであるからとして,審決は,引用発明を座金付きボルトへ結びつけることに困難はないとしているが,引用発明の構成は座金付きボルトとはあまりにもかけ離れており,2部材の締結時に使用されるものであるとの理由だけで容易に想到できるとしたのは誤りである。
さらに,本件発明2の作用効果は,引用発明が奏する効果から予測できる範囲内のものとは考えられない。
(ウ) 以上のとおり,本件発明1及び2は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができるものであるとした審決の判断は誤りである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア(ア) 一般に訂正請求における「明りょうでない記載」とは,特許明細書,特許請求の範囲又は図面中のそれ自体意味の不明りょうな記載,又は,特許明細書,特許請求の範囲又は図面中の他の記載との関係で不合理を生じているために不明りょうとなっている記載等のことをいい,「釈明」とは,それ本来の意味内容を明らかにすることをいうから,その記載自体の意味を理解することができ,他の記載との関係で不合理となる記載でなければ「明りょうでない記載の釈明」に該当するとして訂正することはできない。
原告は,審決が明細書中の記載であって特許請求の範囲から見て必要がなく,むしろ存在することによって特許請求の範囲の解釈に無用な混乱を引き起こすと考えられる記載であっても,その記載自体が明りょうであれば,明りょうでない記載の釈明であるとはいえないと判断していることは不当である旨主張するが,上記に照らし失当である。
(イ) 本件訂正請求は,明細書及び図面の訂正のみを求めるものであり,請求項に係る記載の訂正を求めるものではないから,訂正請求を認めなかったことは,審決の結論に影響を及ぼさなかったものである。
よって,本件訂正請求は無効理由を解消するためのものとはいえないから認められるべきものではなく,また,仮に訂正請求が認められても,特許法29条2項により本件発明1,2は無効とされることに変わりはないから,訂正の可否についての原告の主張は,審決の取消事由とはならない。
イ 原告は,審決には,「座金部に切刃を含むものである」及び「座金部に切刃を含まない」と認定に齟齬があるから論旨一貫しない誤ったものであり,このような認定に基づいて訂正を認めない審決の判断は,取り消されるべきであると主張する。
しかし,原告の審決の解釈は誤りである。
審決は訂正の可否に対する判断では,「座金部には切刃を含む」(7頁9行,10頁5行~6行等)と認定し,特許法36条4項,6項1号に係る無効理由に対する判断では,本件発明1における構成要件Dの上面と下面で挟まれる軸方向の厚さにおける「下面」は構成要件Cの「複数の切れ刃」は含まない旨を認定している(17頁下4行~末行)のである。
すなわち,座金部には切刃を一体として含むのであるが,構成要件Dの「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」において,平面状の上面との軸方向の厚さを決定するときの基準面としての「下面」は,構成要件Cの「複数の切れ刃」を備えない部分あるいは備える前の座金部の下面であって,切刃を含まないと認定しているものと解される。
審判請求人である被告としては,本件特許には特許法36条4項,6項1号に係る無効理由が存在すると考えるものであるが,審決の認定は一貫して「座金部には切刃を含む」というものであるから,認定に齟齬があるということはできない。
ウ(ア) 訂正事項15につき
「座金部の下面の厚さ」を「座金部の下面側の厚さ」に訂正しても,不明りょうな記載が明りょうな記載になるものではないから,訂正事項15が明りょうでない記載の釈明に該当しないとの審決の判断に誤りはない。
(イ) 訂正事項25~28につき
摘記箇所の記載内容自体が明りょうであれば,これを訂正することが明りょうでない記載の釈明に該当しないことは,既に主張したとおりである。審決の判断に誤りはない。
(ウ) 訂正事項45,46につき
上記(ア),(イ)と同様である。
(エ) 訂正事項50,52につき
「座金部には切刃を含む」という認定は正しいものであるから,審決の判断に誤りはない。
(オ) 以上のとおり本件訂正請求を認めないとした審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
(2) 取消事由2に対し
ア(ア) 原告は,引用発明は,「回転治具の複数の挿入部が,座金部の対応する切込部に挿入されて,回転治具の先端に形成された刃部が切込部から座金部の下面側に突出される」との構成が不可欠であるから,複数の刃部を備えた回転治具を甲2~4の座金部におけるような座金部が備えた切刃とすることは,引用発明における必須の構成要件を変更することであり,単なる設計変更ではないと主張する。
(イ) 審決は,本件発明1と引用発明との相違点αについて,以下のように判断している。
「…甲第2号証乃至甲第4号証の記載事項によれば,椀状あるいは杯状の座金部を有する座金付きナットではあるが,座金部の下面に複数の切刃を備え,この切刃により被取り付け材を切削して座金部を埋入する空隙を形成することと,座金部の上面に工具掛け具を設けることは,従来周知の技術である。そして,これら従来周知の技術は,建築物において土台の緊締に用いる座金付ナットに係る技術である点で,本件発明1及び甲第1号証に記載された発明と共通するものであり,また,形状は異なるものの座金付ナットにおける座金部の構成である点でもまた,これら従来周知の技術と本件発明1及び甲第1号証に記載された技術は共通する。また,甲第1号証の摘記事項ニ.,ホ.,チ.には,平板状で円盤状の座金部とナット部の結合部あるいは座金部の外周縁に切削刃を設けること,すなわち平板状で円盤状の座金部の下部に刃部を設けることが記載されていることを踏まえれば,甲第1号証に記載された発明に対し,これら従来周知の技術を適用することについて,格別な想到困難性を見出すことはできない。」(25頁21行~末行)
上記によれば審決は,引用発明においても,平板状で円盤状の座金部の下部に刃部を設けることが記載されていることから,「回転治具に複数の刃部を備え,座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り,座金を埋設させること」が不可欠の構成ではなく,前記甲2~4の周知技術の適当を妨げられないと判断しているものと解される。
(ウ) そして引用発明の目的は,「本発明の目的は,予め座掘を施す必要なく,且つ土台上面に突出部を形成させることなく,容易且つ確実に基礎上に土台を固定することのできる土台固定方法及び土台固定具を提供することにある。」(甲1,段落【0004】)と記載されているとおりであり,また,発明の効果に関しても,段落【0031】に同様の事項が記載されている。
さらに,甲1(引用発明)の請求項2には,「木造建築物における基礎にアンカーボルトを用いて土台を固定する土台固定具において,座金付ナットと該座金付ナット専用の回転治具とのセットからなり,各々が切削用の刃を有し,上記セットが回転されることで上記座金付ナットが上記土台の上端面上であって上記アンカーボルトの上部に螺合されるようになしてあることを特徴とする土台固定具。」と記載されている。
そうすると,甲1において,切削刃13,刃部21a及び刃部15aは,座金付きナットが埋設されるのに必要な土台上面部分を切り削るために形成されているのであり,そのような機能を有する切刃であれば,その形成される位置等は実施例に限定されるものではないと当業者は認識する。
そして,上記甲2~4に示されているように,工具を係合して使用される座金付きナットの座金部の底壁に複数の切刃を設けることは周知技術であるから,引用発明において,複数の切刃を座金部に形成させるように変更することは,当業者が適宜設計変更する程度のことであり,審決の判断に誤りはない。
(エ) 原告は,発明が解決しようとする課題においても,本件発明1は座金付きナット自身が行う掘削に要する時間を短縮することを課題としているのに対し,引用発明は,基礎上に土台を固定するに際してあらかじめ座掘をする必要をなくするというにとどまると主張している。
a 本件発明の課題に関して,本件明細書(特許公報,甲33)には,以下の記載がある。
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら,従来の座金付きナット100では,中央部分に工具掛けとなる六角形状凹部105を1個設けるだけなので深く大きくならざるを得ず,このため座金部の断面形状が下方ヘ膨出した椀状あるいは杯状となる。すなわち,座金部101の厚さが大きいのでその分だけ座掘りの量も多く,このような座金付きナットは,座掘りに要する時間が長くなっている。木造軸組住宅では多数のボルト・ナット締め個所があり,その多くに座掘りが必要である。そのため,個々の個所における座掘りに要する時間の多寡はトータルでは無視できない程度になる。」
「【0007】
そこで,本発明は上記課題を解決し,事前に座掘りを要することなく,また,多少アンカーボルトの上端部位置が上方に位置していても支障なくアンカーボルトの締結を行うことができる座金付きナットを提供することを目的とする。」
b 上記明細書の記載によれば,原告の主張する,掘削に要する時間を短縮するという課題とは,従来の座金付きナットでは,座金部の断面形状が椀状あるいは杯状であるため座掘りの量も多く,また,多数のボルト・ナット締め個所があるため,座掘りに要する時間が長くなっていたというものであるところ,本件発明1では,事前に座掘りを要することがないから,掘削に要する時間を短縮できたということを主張しているものと解される。
そうすると,引用発明においても,平板状で円盤状の座金部であり,基礎上に土台を固定するに際してあらかじめ座掘をする必要をなくすことが課題であるから,発明が解決しようとする課題が異なるということはできない。
(オ) 以上のとおり,本件発明1に関する審決の判断に誤りはない。
イ 原告の本件発明2に関する主張につき
(ア) 相違点γ
a 原告は,甲10の座金付きボルト7には,座金部を回転することにより座掘りを行う技術的思想はなく,前記甲11の座金ボルト26は,使用に際して回転させるものではなく,また,甲6は皿頭のネジを開示したものでボルトではなく,甲7は,大きな締付け力,あるいは大きな固定力を必要とする箇所に用いるいわゆるボルトではないなどと主張する。
審決の認定した相違点γは,「ネジを有する締結体が,本件発明2ではボルトであるのに対し,引用発明ではナットである点」であり,これに対する審決の判断は,「甲第10号証,甲第11号証の摘記事項からみて,座金付きボルトとナットを用いて2部材の締結を行うことは,従来周知の技術であると解される。また,座金付きナットとボルトと同様に建築物等における2部材の締結時に使用されるものである。そして,甲第6号証,甲第7号証の摘記事項からみて,ボルトの頭部の下面側に,切刃を設けることもまた従来周知の技術と解することができる。そうすると,甲第1号証に記載された発明及びこれら従来周知の技術を知り得た当業者であれば,甲第1号証に記載された発明の座金付ナットのナット部に換えてボルト部とし,相違点γに係る本件発明2の構成とすることは,当業者であれば容易になしうるものである。」(27頁18行~27行)というものである。
上記のとおり審決は,甲10,11については座金付きボルトとナットを用いて2部材の締結を行うことが従来周知の技術であることを示すための証拠としているのであるから,原告が甲10につき「座掘りを行う技術的思想はない」,甲11につき「使用に際して回転させるものではない」等と主張するのは審決の判断とは関係のない事項である。
また,甲6,7については,ボルトの頭部の下面側に,切刃を設けることが従来周知の技術であることを示すための証拠としているものであるから,原告の主張する「大きな締付け力を必要とする箇所に用いるボルトではない」ことも関係がない。さらに,甲6は,皿頭の下面に刃を有するネジが記載されており,ネジを有する締結体としてボルトと異なるものと解すべき理由はない。
b この点,乙4(実公平2-489号公報,考案の名称「建築部材取付用金具」,公開日昭和59年8月3日,出願人旭化成工業株式会社)は,頭部周縁の鍔状部に切削刃を有する建築部材取付用金具に関するものであり,木ネジ,タッピングねじ,セルフドリリングスクリューが例示されているが,「…ボルト・ナットの組み合せ時に於ても,ボルト頭部又はナット側に同様の加工を行なえば有効である。」(2頁3欄1行~3行)と記載されているように,ネジとボルトとを異なるものと解する理由はない。
さらに乙5(実願昭52-100947号〔実開昭54-29266号〕のマイクロフィルム,考案の名称「固定ボルト」,出願人三幸商事株式会社)には,「…本考案によれば,ボルト1の基部に形成された角柱部6に切削刃の役目を果たす切起こし部10を有する座金7を正方形状の透孔8を介して回転しないように嵌合させた構造とされている」(4頁下3行~5頁2行)と記載されており,ネジがボルトと異なるものであるとしても,甲7,乙4,5の記載から,ボルトの頭部の下面側に,切刃を設けることもまた従来周知の技術であることに変わりがない。
c よって,引用発明の座金付きナットとボルトとの組合せにおけるナット部に換えて,座金付きボルトとナットとの組合せにおけるボルト部とすることは,当業者であれば容易になし得るものであるから,審決の相違点γの判断に誤りはない。
(イ) 相違点δ
a 原告は,引用発明は土台固定具であり,座金付きボルトは記載・示唆されておらず,前記甲10,11,6,7に開示されている事項は座金付きボルトないし頭部の下面を切削刃としたネジであって,引用発明とは構成がまったく異なるから,2部材の締結時に使用されるものであるとの理由だけで容易に想到できるとしたのは誤りであると主張する。
b 審決の相違点δについての判断は「甲第6号証及び甲第7号証の摘記事項からみて,ボルトの頭部の上面に工具掛け部を設けることは従来周知の技術にすぎない。そしてこの従来周知の技術は,建築物等における2部材の締結材に使用されるという点で本件発明2及び甲第1号証に記載された発明と同様の分野に属するものであり,これら従来周知の技術を甲第1号証に記載された発明に適用することに格段の想到困難性があるともいえない。また,相違点γの検討において指摘したように,ボルトの頭部の下面側に切刃を設けることは従来周知の技術にすぎず,さらに,本件発明1の相違点αの検討において指摘したように,椀状あるいは杯状であるが,座金付きナットの座金部の上面に工具掛け部を備え,下面に切れ刃を備えることも従来周知の技術であることを踏まえれば,甲第1号証に記載された発明の回転治具に複数の刃部を備え,座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り,座金を埋設させることに換えて,座金部の下面に複数の切れ刃を備えるという従来周知の技術を適用し,相違点δに係る本件発明2の構成とすることは,当業者であれば容易に想到しうるものである。」(27頁28行~28頁8行)というものである。
c 引用発明は座金付ナットであり,座金付きボルトでないことは審決も認めており,「ネジを有する締結体が,本件発明2ではボルトであるのに対し,引用発明(甲第1号証に記載された発明)ではナットである点」(27頁9行~10行)を相違点γとして挙げて,その検討をしている。そして,「甲第1号証に記載された発明の座金付ナットのナット部に換えてボルト部とし,相違点γに係る本件発明2の構成とすることは,当業者であれば容易になしうるものである。」と判断したのであり,その判断に誤りがないことは上記のとおりである。
d そうすると,上記のように,引用発明の座金付ナットのナット部に換えてボルト部とした発明と,本件発明2との相違点が相違点δ,すなわち,「本件発明2では,下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備えているのに対し,引用発明(甲第1号証に記載された発明)では,回転治具に複数の刃部を備え,座金部に形成された複数の切込部から刃部を突出させて土台を切り削り,座金を埋設させるものである点」であり,この相違点は,座金付きナットか座金付きボルトかの違いはあるが,相違点αと変わるところはない。ボルトの頭部の上面に工具掛け部を設けること及びボルトの頭部の下面側に切刃を設けることが従来周知の技術である以上,相違点δは,相違点αと同様に,当業者であれば容易に想到し得るものである。
(ウ) 原告はさらに本件発明2の作用効果は,引用発明が秦する効果から予測できる範囲内のものとは考えられないとも主張するが,具体的に本件発明2のいかなる作用効果について主張しているのかが明らかではない。
仮に,「座掘りを要することなく座金付きボルトを利用することができ,現場での作業能率が向上する」,「座金部を平板円形形状としたので,座掘りを要する体積が従来の杯状,椀状をした座金部の場合と比較して減少し,座掘りに要する時間が短縮される」等のことであれば,引用発明から容易想到とした発明の作用効果と同じである。
(エ) 以上のとおり,本件発明2に関する審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,原告主張の取消事由について,以下順次判断する。
2 取消事由1(訂正請求についての判断の誤り)について
(1) 「座金部と切刃の関係」に関する齟齬の有無
ア 原告は,「座金部と切刃の関係」について,審決は,本件訂正請求の可否の判断部分においては「座金部には切刃を含む」と判断し,特許法36条4項,6項1号についての判断においては「座金部に切刃を含まない」と判断していて論旨が一貫しておらず,しかも本件発明1,2においては座金部に切刃は含まないことが正当であるから,誤った認定に基づいて本件訂正請求を認めないとした審決は取り消されるべきであると主張するので,以下検討する。
イ(ア) 本件発明1,2の内容は以下のとおりである(甲33,特許公報)。
【請求項1】
座金部とナット部を備え,座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で,下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え,上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし,取り付け治具との工具掛け部を座金部の周縁部に分散して備えており,ナット部は前記座金部の下面の径方向の中央部分から下方に向かって軸方向に延び,軸方向に座金部を貫通すると共に内部にねじ溝が切られたボルト挿通用の孔を有していることを特徴とした座金付きナット。
【請求項2】
座金部とボルト部を備え,座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で,下面に被取り付け材を切削して座金の環状部分を埋入する空隙を形成する複数の切刃を備え,上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし,取り付け治具との工具掛け部を座金部の周縁部に分散して備えており,ボルト部は前記座金部の下面の径方向の中央部分から下方に向かって軸方向に延びていることを特徴とした座金付きボルト。
(イ) また,本件明細書(甲33)には以下記載がある。
a 従来の技術
・ 「建築分野において複数の木材(柱,梁など)を締結するために各種の金具が用いられているが,ボルト・ナットはその一つである。例えば,建築物の布基礎と土台とを結合するために,アンカーボルトとナットが用いられている。アンカーボルトは,生コンクリートを布基礎に打設した後,コンクリートが固まらないうちに先端部分を突出させて埋め込むことによって布基礎に固定される。布基礎から突出させたアンカーボルトの上端部は,土台内部に形成したアンカーボルト挿通孔を通り,先端部に設けたねじ部に座金を挿通した後ナットを螺合してボルトを締結する。これによって土台は布基礎に固定される。
建築物の施工において,土台上面にアンカーボルトを突出させず,土台上面とアンカーボルトの先端とを面一とする工法が知られている。この工法によれば,土台上面に他の建設部材を直接載せる2×4工法や,軸組工法における床パネル形成等の際おいて,ボルト先端が邪魔にならず作業効率の点で優れるといった利点がある。」(段落【0002】)
・ 「従来,土台上面とアンカーボルトの先端とを面一に形成する場合,ナットの上面がアンカーボルト先端と同様に土台表面と面一となるように,土台のアンカーボルト挿通孔の上端部の周囲に,ナットが嵌め込まれて収納される凹部をあらかじめ穿設する,いわゆる座掘りが行われている。
事前の座掘り作業は,熟練と時間を要する仕事であるし,また,必要以上に掘ってしまうと土台の強度を損ねてしまう恐れがある。このような問題を解決するために,座金とナットを組み合わせると共に,座金の裏面側に座掘り用の刃を形成した座付きナットが提案されている。これは,締め付けに伴う座金の回転で,座金自らが木材を彫り進み,事前に座掘りをしておかなくとも座金が土台に埋まり込むものである。」(段落【0003】)
b 発明が解決しようとする課題
・ 「しかしながら,従来の座金付きナット100では,中央部分に工具掛けとなる六角形状凹部105を1個設けるだけなので深く大きくならざるを得ず,このため座金部の断面形状が下方ヘ膨出した椀状あるいは杯状となる。すなわち,座金部101の厚さが大きいのでその分だけ座掘りの量も多く,このような座金付きナットは,座掘りに要する時間が長くなっている。木造軸組住宅では多数のボルト・ナット締め個所があり,その多くに座掘りが必要である。そのため,個々の個所における座掘りに要する時間の多寡はトータルでは無視できない程度になる。」(段落【0005】)
・ 「そこで,本発明は上記課題を解決し,事前に座掘りを要することなく,また,多少アンカーボルトの上端部位置が上方に位置していても支障なくアンカーボルトの締結を行うことができる座金付きナットを提供することを目的とする。また,これと関連し技術的思想の主要部が一致する座付きボルトの提供及びこれらの座付きナットや座付きボルトをねじ込むための工具に必要な取り付け冶具の提供を目的とする。」(段落【0007】)
c 課題を解決するための手段
・ 「本発明は,従来の座付きナットや座付きボルトにおける杯状に肉厚な座金部を,肉厚がほとんど同じである平板状とすることによって,必要な座掘りの深さ軽減し,座掘りに要する時間を短縮する。
また,座金部の少なくとも上面に設ける取り付け冶具と工具掛け部は座金部の周縁部に分散して設ける。これは座金部が平板状となったために配置することができない従来の六角状凹部に変わる工具掛け部である。」(段落【0008】)
・ 「本発明の座金付きナットは座金部とナット部を備える。座金部は,平面状の上面と下面とを備える平板円形形状で,上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さとし,取り付け冶具との工具掛け部を少なくとも上面に備える。工具掛け部は,座金付きナットを回転するために電動工具ヘ取り付ける取り付け冶具と係合する部分である。
座金部から六角状凹部の工具掛け部をなくし,座金部を平板円形形状としたので,座掘りを要する体積が従来の杯状,椀状をした座金部の場合と比較して減少し,座掘りに要する時間が短縮される。」(段落【0009】)
・ 「本発明の座金付きナットは,座金部に座掘り用の切削機構を備える。切削機構の第1の態様は,座金部の下面に設けた複数の切刃であって,座金部が回転すると被取り付け材を円形に切削し,同時に自らが被取り付け材に埋入する。
なお,この際に座掘りの周縁では木材の毛羽立ち,かえり,まくれ等のバリが発生し,座付きナットを取り付けた後も目立って見苦しいことがあるが,これを解決するために座金部の外周縁に座金部の外周端の輪郭,すなわち,座掘りの周縁を切削する鑿部を設けたり,取り付け治具に切刃を設けておき,座堀りの当初に,いわば,罫書きのようにして,座掘りの周縁を環状に切削しておくことがある。
座掘りの当初,座金部の回動に伴って,被取り付け材(木材)の切削くずが飛び散るが,座金部の周縁が被取り付け材の表面に到達すると切削くずはもはや外部に排出されず,座金部によって被取り付け材との間で圧迫される。そして,切削くずを圧迫しながらも,ボルトとの螺合によってなおも被取り付け材への沈み込みを続けた座付きナットは,やがて,回転に必要とするトルクが電動工具にとって過大になり,自動的に回転が停止する。これによって,座金部による過剰な切削が防止されると共に被取り付け材との間で圧迫された切削くずが緩み防止のクッションとなり,振動などで座付きナットが緩んでしまうのを防止する。」(段落【0010】)
・ 「座金部の切刃は,座金部の下面の厚さが周方向に沿って連続的に変化する斜面,あるいは,座金部の平面状の下面に下方に突出させた刃部によって形成することができる。前記の連続的に傾斜する斜面は直線的に傾斜した平らな斜面あるいは湾曲して連続する曲面である。座金部の下面に設ける切刃の個数は任意とすることができる。円滑な切削を行うには複数の切刃を等角度間隔で配置することが望ましいが,切刃自体の形成を容易とする点を考慮すると,3枚刃あるいは5枚刃が適当である。」(段落【0011】)
・ 「また,本発明の座金部が備える工具掛け部は電動工具の取り付け治具と係合する構成であり,座金部の上面部分に形成する窪み,あるいは座金部の外周端において上面と下面とを連通する切り欠きや孔である。切り欠きや孔の上面と下面の開口部は取り付け治具が備える係合部を挿通し突出させることができる大きさとすることがある。取り付け冶具の係合部先端を切刃(鑿)に形成したときは,この切刃を下面の開口部から突出させる構成とする。電動工具は座金部の窪み,切り欠き,孔に取り付け治具の係合部をはめ込むことによって回転力を座金付きナットに伝える。」(段落【0012】)
・ 「以上,座付きナットに関して説明したが,座金部に関する技術的思想はそのまま座付きボルトに適用することができる。座付きボルトは,座金部とボルト部からなり,座金部は周縁部に分散させた工具掛け部など,前記の座金付きナットの場合と同じ構成を備え,同じ作用効果を発揮する。ボルト部は通常の頭付きボルトのネジ部に相当する。」(段落【0014】)
・ 「座金部11は,平面状の上面14と下面13とを備える平板円形の形状であり,上面14と下面13で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい厚さである。上面14の周縁部には,電動工具の取り付け冶具と係合する工具掛け部15(凹部)が分散して設けられる。
工具掛け部15は,上面14に形成した窪みとすることも,あるいは上面14から下面13に貫通する孔とすることもでき,取り付け冶具が備える突出部の位置に対応して形成される。したがって,上面14は突出部がなく平面状に形成される。」(段落【0016】)
・ 「下面13には,図示しない被取り付け材を切削して座金付きナット10の環状の座金部11を埋入する空隙を形成するための複数の切刃12a,12b,12cを備える。座金付きナット10において,切刃12a,12b,12cは,座金部11の下面13の厚さが周方向に沿って連続的に変化する斜面(この場合は曲面による斜面)により形成する。また,切刃12a,12b,12cの刃部は,座金の回動方向と反対側に湾曲した曲線を形成している。該曲線の形状は,切削くずの外周方向への排出と,内周方向への圧迫とを行うよう形成される。図示する切刃の曲線の形状は,刃部の外周端の端部を結ぶ円弧の一部で形成している。
ナット部17は,座金部11の径方向の中心位置から下方に延びる円筒体であり,内部には軸方向にボルトを挿通するための孔18が形成され,該孔18の内面には図示しないボルトと螺合するねじ19が切られている。このボルト挿通用孔18は,座金部11を貫いて形成され,軸方向に貫通している。
なお,図1から図3では,それぞれ3個ずつ切刃12及び凹部15を配置する構成を示しているが,任意の個数を設けることができる。」(段落【0017】)
・ 「図13,14は,座付きボルト110に関する(第8の実施形態)。座付きボルト110は,座金部111とボルト部112とからなり,一体に成形されている。座金部111は,前記の座金付きナット20(第2の実施形態)における座金部21と同様の構造を備え,平面状の上面と下面とを備える平板円形の形状であり,上面と下面で挟まれる軸方向の厚さは径方向において外周側及び内周側で等しい。そして,座金部111の周縁部に工具掛け部113としての切り欠きを等間隔に備えている。」(段落【0035】)
・ 「座金部111の下面は切刃114に構成されている。この切刃114は刃縁が直線で放射状に配置されており(図13),座金部11の下面13の厚さが周方向に沿って連続的に変化する斜面(この場合は平面による斜面)により形成されている。
ボルトであることにより使用の形態は多少異なるが,被取り付け材に貫通させて設けたボルト挿通孔にボルト部112を差込み,反対側に準備したナットを螺合させ後,座金部111を取り付け冶具を介して電動工具で回動すると,ボルト部112の先端部がナットと螺合を進めると同時に座掘りが行われる。座掘りの当初,切削くずが外部に排出されるが,座金部111の外周縁が被取り付け材の表面に達すると,以後,切削くずは内部で圧迫されクッションとなる。そして,座金部111の全体が自ら掘った座掘りに埋まるころ,座金部111を回動するためのトルクが電動工具の許容限度に達して回転がとまる。」(段落【0036】)
・ 図1
file_2.jpgfile_3.jpgウ(ア) 上記によれば,本件発明1は,①建築物の布基礎と土台とを結合するアンカーボルトとナットであって,土台上面とアンカーボルトの先端とを面一とする工法において,ナットの上面がアンカーボルト先端と同様に土台表面と面一になるように,ナットを土台に座堀する際,従来の座金付きナットでは中央部に工具掛け部を設けていたため,座金部が杯状となって座堀量が多く,時間が長くかかっていたという課題を解消することを目的とすること,②このため座金部を平板円形形状とすると共に,その周縁部にナットをねじ込むための工具掛け部を備え,合わせて土台を座堀するための切刃をその下面に備えた座金付きナットの構成を採用したものである。③そして,取り付け治具を工具掛け部に係合させ,座金を回動させつつ切刃で土台を切削して平板円形形状の座金部を土台に埋入することによって上記課題を解消することをその意義として有するものである。
また本件発明2は,この座金部に関する技術思想をそのまま座付きボルトに適用したものである。
(イ) そこで,本件発明1,2における座金部と切刃の関係について検討する。
本件発明は,発明の名称を「座金付きナット,座金付きボルト及び取り付け治具」とし,本件発明1が座金付きナット,本件発明2が座金付きボルトに対応するところ,本件発明1の特許請求の範囲の記載は上記のとおりであり,そこには「座金部とナット部を備え」,「座金部は…備えており,ナット部は…を有していることを特徴とした座金付きナット。」と記載されており,本件発明1の座金付きナットは,座金部とナット部の二つの部位を「備える」こととされている。
ここで,「座金部」と「ナット部」は,「座金付きナット」を構成する部位であって,「座金付きナット」自身に含まれる構成であることは明らかであるから,本件発明の特許請求の範囲の記載において「備える」とは,「含む」と同義の言葉として使用されているといえる。
さらに本件発明1の特許請求の範囲の記載をみると,「座金部は…上面と下面を備える平板円形形状で,下面に…複数の切刃を備え」と記載されており,座金部は,平板円形形状の部分と,その下面に切刃を「備え」るとされているから,「切刃」は,座金部に含まれる構成要素と解するのが相当である。
また上記認定のとおり,本件明細書(甲33)には「座金部101において,挿通孔108の上面103側の端部には工具を係合させるための六角形状凹部105(工具掛け部)が穿たれ,また,下面103には切刃102を備えている。」(段落【0004】),「本発明の座金付きナットは,座金部に座掘り用の切削機構を備える。切削機構の第1の態様は,座金部の下面に設けた複数の切刃であって」(段落【0010】),「座金部11は,平面状の上面14と下面13とを備える平板円形の形状であり」(段等【0016】),「下面13には,図示しない被取り付け材を切削して座金付きナット10の環状の座金部11を埋入する空隙を形成するための複数の切刃12a,12b,12cを備える。」(段落【0017】),「座金部111の下面は切刃に構成されている。」(段落【0036】)等,座金部は上面と下面とから成り,下面には複数の切刃を設けるとの記載がされていること,及び上記図1の記載内容(図1でも座金部は11,切刃は12a,12b,12cである)からしても,切刃は,座金部に含まれる構成要素と解することができる。
(ウ)a なお原告は,座金部と切刃との関係につき,審決は理由中で齟齬が生じていると主張するので,この点に関する審決の記載をみると,まず以下のとおりの記載がある。
① 「本件発明1は,概略座金部とナット部を備える座金付きナットであり,その座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状であり,下面に複数の切刃を備え,上面と下面で挟まれる厚さは径方向において外周側と内周側で等しい厚さであることから,本件発明1の座金部には切刃を含むものと解される。」(7頁5行~9行)
② 「本件発明2は,概略座金部とボルト部を備える座金付ボルトであり,そして,座金部は平面状の上面と下面とを備える平板円形形状であり,下面に複数の切刃を備え,上面と下面で挟まれる厚さは径方向において外周側と内周側で等しい厚さであることから,本件発明2の座金部には切刃を含むものと解される。」(9頁12行~16行)
上記①,②は,原告が審決が「座金部に切刃を含む」と誤って認定しているとして指摘している部分である。
b また,審決には以下の記載もある。
③ 「願書に添付した明細書及び図面の発明の詳細な説明における『上面と下面とで挟まれる軸方向の厚さ』の『下面』は,平面状の上面と下面とを備える平板円形形状の『下面』,すなわち切刃を含まない『下面』であり,この『下面』に切刃を含めることは記載されていないとみるのが相当である。」(17頁21行~24行)
④ 「…本件発明1における座金部の『上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ』に『複数の切れ刃』は含まないと見るのが相当である。」(17頁34行~末行)
⑤ 「本件発明1における検討と同様,本件発明2の構成要件Lにおける『上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ』は『複数の切刃』を含まないものであり」(19頁3行~5行)上記③~⑤は,原告が審決において「座金部には切刃を含まない」と認定したとする根拠として挙げる部分である。
c また,上記と関連して,審決には以下の記載もある。
⑥ 「『上面と下面とで挟まれる軸方向の厚さ』は,座金部11の厚さL2を指すものと解される。」(17頁30行~31行)
因みに,本件明細書(甲33)の【図2】(b)は,次のとおりである。
file_4.jpgtb)d 上記によれば,摘示事項①,②には「座金部には切刃を含むものと解される」と記載されており,審決は切刃が座金部に含まれると解釈していることが明らかである。
一方,摘示事項③では「『下面』に切刃を含める事は記載されていない」とされ,摘示事項④,⑤はいずれも「『上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ』は『複数の切刃』を含まない」と記載されているものの,「座金部に切刃を含まない」と記載されているものではない。
そして,上記摘示事項③記載のとおり,審決は,請求項1,2に「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」と記載した場合の厚さを把握する場面での「下面」の基準を把握するについて,この場合の「下面」は平面状の下面を備える平板円形形状の「下面」であって切刃を含まない「下面」の部分を意味するとし,これに伴い「上面と下面で挟まれる軸方向の厚さ」は上記図2(b)記載のL2に対応するとしているものである。すなわち摘示③~⑤の「下面」は,軸方向の厚さをいう場合の基準となる面についての記載であり,座金部と切刃との関係に触れるものではないというべきである。
そうすると,審決においても座金部と切刃との関係については,「座金部は平板円形形状の部分と切刃を有しており,切刃は座金部に含まれる」との解釈で一貫しており,審決の認定に齟齬はないというべきである。原告の主張は採用することができない。
(2) 個別訂正事項についての誤りの有無
原告は,訂正事項15,25~28,45及び46,50及び52についての審決の判断は誤りであると主張するので,以下,個別に検討する。
ア 訂正事項15
(ア) 訂正事項15は,本件明細書(甲33)の段落【0011】において「下面の厚さ」とあるのを「下面側の厚さ」と訂正しようとするものである。
原告はこの訂正について,段落【0011】における訂正前の「(座金部の)下面の厚さ」は平板円形形状の座金部の下面における切刃の厚さを意味しているが,切刃の厚さをいうのに,切刃ではない「下面」を用いて「下面の厚さ」とするのは明りょうな記載とはいえないので,座金部の下面側には切刃が備わっているのであるから,「下面側の厚さ」として,切刃の厚さを意味することを明りょうにしたものであると主張する。
(イ) 原告の上記主張は,切刃が座金部に含まれないとの原告の解釈を前提とし,座金部の下面側に,座金部とは別の部材として,厚みをもった傾斜面によって形成する切刃を形成した構成であることを,この訂正により明らかにしようとするものである。
しかし,上記(1)ウ(イ)で検討したとおり,切刃は座金部に含まれると解するのが相当であり,これと反する内容である上記訂正は,不明りょうな記載を明りょうにするものであるということはできない。
よって,訂正事項15が明りょうでない記載の釈明には当らないとした審決の判断に誤りはない。
イ 訂正事項25~28
(ア) 訂正事項25は,本件明細書(甲33)の段落【0024】の6行~10行に「座金付きナット20の取り付けは,図7に示す取り付け治具90bによって行う。取り付け治具90bは,図示しない電動工具を取り付けるための挿入孔92と,座金付きナット20と係合するための突出部93とを備えるソケットにより構成することができ,電動工具の回転力を座金付きナット20に伝えることによって,座金付きナット20とボルト(図示していない)との締結を行う。」とあるのを「この座金付きナット20の取り付けは,第1の形態の場合と同様に,電動工具にソケットを取り付けて行う。ソケットは,座金付きナット20と係合するための突出部を備える。」と訂正しようとするもの,訂正事項26,27は,それぞれ本件明細書の段落【0025】,【0026】をそれぞれ削除しようとするもの,訂正事項28は,段落【0027】の1行に「図5から図7」とあるのを「図5から図6」と訂正しようとするものである。
審決はこの訂正事項について,段落【0024】~【0027】【(0023】~【0026】は誤記)には,本件発明1の座金付きナットの第2の形態に関する記載があり,この内容自体は明りょうであるから,明りょうでない記載の釈明には当たらない(7頁22行~29行),また段落【0024】における第2の形態の座金付きナットに用いる取り付け治具として開示されたものは,図7に示す取り付け治具90bのみであり,この記載を削除してそれ以外の取り付け治具も座金付きナット20で使用可能であるように訂正することは,訂正前の願書に添付した明細書または図面に記載した事項の範囲内でなされたものではない(7頁下2行~8頁6行)としている。
これに対し原告は,この訂正について,発明の詳細な説明に特許請求の範囲に記載された発明と矛盾する説明が包含されているのであれば,これを除外するのは発明の詳細な説明を明りょうにするものであり,また本件発明1の第2の形態の取り付け治具は取り付け治具90のみに限られるものではないから,審決の認定は誤りであると主張する。
(イ) これにつき検討すると,訂正事項25~28は,訂正請求書(甲30)の訂正の原因の記載によれば,訂正により図7を削除しようとしたこと(訂正事項〔97〕)に伴い,図7に関連する実施例の記載がある段落【0024】から【0027】において,関連する記述を削除するものであり,図7の削除に伴って発明の詳細な説明の記載を整理するためのものである。
この点につき,審決が認定したとおり段落【0024】~【0027】の内容自体は明りょうであるとしても,図7を削除することに伴い,明細書の記載に矛盾が生じるのであるから,その関係を整理する訂正が明りょうでない記載の釈明に当らないとすることはできない。
また取り付け治具についても,本件明細書(甲33)の図3に別の取り付け治具が開示されており,図7の取り付け治具が突出部93の先端に鑿部を備えていること以外に特段の構成上の差異はないから,これを第2の形態の座金付きナット20として記載された段落【0024】のナットにも用いることができるのは明らかである。したがって,この訂正が,訂正前の願書に添付した明細書または図面に記載した事項の範囲内でするものではないとまではいえない。
上記の検討によれば,訂正事項25~28は,明りょうでない記載の釈明を目的としたものではなく,また実質的に特許請求の範囲を変更するものであるとした審決の認定は誤りである。
ウ 訂正事項45及び46
(ア) 訂正事項45は,本件明細書(甲33)の段落【0033】の記載を削除しようとするもの,訂正事項46は,同じく段落【0034】の記載を削除しようとするものであり,いずれも訂正請求書(甲30)の訂正の原因の記載によれば,訂正により図11を削除しようとしたこと(訂正事項〔97〕)に伴い,図11に関連する実施例の記載がある段落【0033】及び【0034】において,関連する記述を削除するものであり,図11の削除に伴って実施例として記載された第7の形態を削除し,実施例を特許請求の範囲に記載される発明に対応したもののみに限定するためのものである。
審決はこの訂正事項について,段落【0033】,【0034】の内容自体は明りょうであるから,明りょうでない記載の釈明に当たらないので訂正を認めないとした。
原告は,削除を求めた部分は本件発明1と無関係であるので,その記載を削除することは明りょうでない記載の釈明に当たると主張する。
(イ) この訂正は,出願当初に「【請求項7】前記取り付け冶具との工具掛け部は上面と下面とを連通し,取り付け治具が備える切刃を上面から下面に挿通し突出させる開口部を備えていることを特徴とした請求項1~6のいずれか一つに記載の座金付きナット又は座金付きボルト。」(特許願,甲37)として,取り付け治具に切刃を備える構成を記載する請求項7に対応して記載されていた第7の形態の実施例を,当該請求項が既に削除されていることに伴い,請求項との関係を整理しようとするものである。
そうすると,審決が認定するとおり段落【0033】,【0034】の記載内容自体は明りょうであるとしても,請求項の削除に伴い,明細書の記載に矛盾が生じているのであるから,その関係を整理する訂正が明りょうでない記載の釈明に当たらないとすることはできない。
したがって,訂正事項45及び46が明りょうでない記載の釈明に当たらないとした審決の判断は誤りである。
エ 訂正事項50及び52
(ア) 訂正事項50及び52は,本件明細書(甲33)の段落【0036】に「下面は切刃114に」とあるのを「下面は切刃114が」と訂正しようとするものであり(訂正事項50),同じく段落【0037】において「座金部」とある(2箇所)のを「座金部箇所」と訂正しようとするものである(訂正事項52)。
原告はこの訂正について,本件発明の座金部は切刃を包含しないものであるが,切刃の厚さをいうのに,切刃ではない座金部の「下面」を用いて「下面の厚さ」とした段落【0036】の記載は明りょうな記載ではない,また,切刃は座金部に含まれるとの前提にたって「座金部」が明りょうであるから段落【0037】の記載は明りょうであるとした審決の判断は誤りであり,訂正事項50及び52は,これを明りょうな記載に改めようとするものである旨主張する。
(イ) しかし,本件発明において切刃は座金部に含まれると解するのが相当であることは既に検討したとおりであり,これと反する訂正事項50及び52は,不明りょうな記載を明りょうにするものであるということはできない。
よって,訂正事項50及び52が明りょうでない記載の釈明には当らないとした審決の判断に誤りはない。
オ 上記によれば,訂正事項15,訂正事項50及び52に関する審決の判断に誤りはないが,訂正事項25~28,45及び46についての審決の判断には誤りがある。
しかし,本件訂正について,各訂正事項について個別に判断することを訂正請求人(審判被請求人)である原告においても求めてはおらず,またこれを各訂正事項毎に個別に判断すべき事情も認められないから,上記訂正事項15,訂正事項50及び52を含む本件訂正は,これを全体としては認められるものではなく,本件訂正請求を認めないとした審決の判断には結論において誤りはない。
(3) 以上の検討によれば,訂正請求を認めなかったことが誤りであるとする取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
(1) 本件発明1
ア 原告は,甲1の回転治具に複数の刃部を備えこの刃部により土台を切り削り座金を埋設させることに換えて,座金部の下面に複数の切刃を備えるという従来周知の技術を適用し,本件発明1の構成とすることは容易想到とした審決の判断は誤りである旨主張するので,以下検討する。
イ 甲1(特開平10-292498号公報,発明の名称「土台固定方法及び土台固定具」,出願人住友林業株式会社及びスミリン建設株式会社,公開日平成10年11月4日,引用発明)には以下の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
・ 【請求項1】木造建築物における基礎にアンカーボルトを用いて土台を固定する土台固定方法において,座金付ナットと該座金付ナット専用の回転治具とをセットとし,各々に切削用の刃を設け,上記セットを回転させることで上記座金付ナットを上記土台の上端面上であって上記アンカーボルトの上部に螺合させることを特徴とする土台固定方法。
・ 【請求項2】木造建築物における基礎にアンカーボルトを用いて土台を固定する土台固定具において,座金付ナットと該座金付ナット専用の回転治具とのセットからなり,各々が切削用の刃を有し,上記セットが回転されることで上記座金付ナットが上記土台の上端面上であって上記アンカーボルトの上部に螺合されるようになしてあることを特徴とする土台固定具。
(イ) 発明の属する技術分野
「本発明は土台固定方法及び土台固定具,詳しくは,予め座掘を施す必要がなく,且つ土台上面に突出部を形成させることなく,容易且つ確実に基礎上に土台を固定することのできる土台固定方法及び土台固定具に関する。」(段落【0001】)
(ウ) 従来の技術及び発明が解決しようとする課題
・ 「従来,木造建築物におけるコンクリート基礎上への土台の固定には,図7に示されるように,基礎3にアンカーボルト3aを埋設させ,土台4に上記アンカーボルト3aを貫通させ,該土台4の上面に突出された上記アンカーボルト3aの先端にナット10を螺合させて上記土台4を固定するのが一般的であった。しかし,最近注目されてきている高気密化住宅においては,上記土台4上に断熱材5を密着させる必要があるが,そのままでは上記ナット10が該断熱材5の上記土台4上面への密着が困難となる。」(段落【0002】)
・ 「一方,上記土台4上に上記断熱材5を密着させる手段としては,図8に示されるような手段も用いられている。図8に示される手段においては,上記土台4の上面に座掘4aを形成させ,上記アンカーボルト3aの先端及び上記ナット10が該座掘4a内に納まるようにし,上記土台4の上面に突出する部分が発生しないようにする。このようにすることにより,上記断熱材5を上記土台4の上面に密着させることができるが,上記座堀4aの加工を行う工程が発生するため,やはり施工作業上の負担となるという問題は解消されなかった。また,上記座堀4aを形成させることにより上記土台4に断面欠損を生じさせることになり,その分該土台4の断面を大きくして対応しなければならなく,必要材料・材料費の増加を招いてしまうという問題もあった。」(段落【0003】)
・ 「まず本実施形態の土台固定具について説明する。本実施形態の土台固定具は,木造建築物における基礎にアンカーボルトを用いて土台を固定するもので,図1~図3に示されるように,基礎3に埋設されたアンカーボルト3aの上端に螺合される座金付ナット1と,該座金付ナット1を上記アンカーボルト3aに螺合させるための回転治具2とからなるものである。」(段落【0010】)
・ 「本実施形態の土台固定具は,上述したように,上記座金付ナット1と該座金付ナット1専用の上記回転治具2とのセットからなり,各々が切削用の刃13,21aを有し,上記セットが回転されることで上記座金付ナット1が土台4の上端面上であって上記アンカーボルト3aの上部に螺合されるようになしてある。」(段落【0011】)
・ 「上記座金付ナット1は,図1に示されるように,内面にネジ溝11aが形成された円筒状のナット部11と,該ナット部11の一端に結合された平板状の座金部12とからなり,一対の切込部12aが上記座金部12中央の周囲に均等に形成されている。(段落【0012】)
・ 「上記座金部12は,中央に孔が形成された円盤状の部材であり,中央に形成された孔が上記ナット部11の内部と連通して,螺合孔14を形成している。上記螺合孔14を中心にして,一対の上記切込部12a,12aが上記座金部12の外周縁より切込形成されている。
また,上記ナット部11と上記座金部12との結合部には,切削刃13が形成されている。」(段落【0014】)
・ 「上記回転治具2は,図2に示されるように,先端に刃部21aが形成された一対の挿入部21を下面に有すると共に,インパクトレンチ等の回転用器具を係止させる係止穴22を上面中央に有しており,一対の上記挿入部21が一対の上記切込部12a,12aの位置に対応して形成されている。」(段落【0015】)
・ 「次に,上述した土台固定具を用いた土台固定方法の実施形態について説明する。上記土台固定具の使用に際しては,図3(a)に示されるように,上記基礎3に上記アンカーボルト3aを埋設させておき,該アンカーボルト3aを上記土台4の所定位置に穿孔された貫通孔に貫通させておく。」(段落【0020】)
・ 「そして,インパクトレンチの回転部先端を上記回転治具2の上記係止穴22に挿入係止させる。インパクトレンチに係止された上記回転治具2の一対の上記挿入部21,21を,上記座金付ナット1の上記切込部12a,12aに挿入させる。上記螺合孔14の下端に上記アンカーボルト3aの上端を挿入させ,上記座金付ナット1と上記回転治具2とがセットにされた上記土台固定具を,インパクトレンチにより上記アンカーボルト3aに螺合させる。」(段落【0021】)
・ 「上記座金付ナット1がある程度上記アンカーボルト3aに螺合されると,まず,上記切削刃13が上記土台4の上面と接触して該土台4を切り削り,次いで,上記挿入部21,21先端の上記刃部21a,21aが上記土台4の上面と接触して該土台4を切り削る。上記座金付ナット1の上面と上記土台4の上面とが同一高さとなったところでインパクトレンチによる螺合を終了する。」(段落【0022】)
・ 「上記回転治具2を上記座金付ナット1から取り外すと,上記座金付ナット1は,図3(b)に示されるように,それ自身が埋設されるのに必要最小限の上記土台4上面部分のみを切り削り,上記土台4の上面を平坦面とした状態で上記土台4を上記基礎3上に固定する。」(段落【0023】)
・ 「本実施形態の上述のように構成されており,本実施形態の土台固定具によれば,上記刃部21a及び上記切削刃13により上記座金付ナット1を上記土台4に埋め込むことにより,該土台4の上面に突出部を形成させないため,該土台4上面への断熱材や根太等との間に隙間を形成させてしまうことが無く,高気密・高断熱の施工が可能であり,施工時に余計な作業が発生せず,施工作業上の障害となるおそれがない。更に,座掘のようなものを形成させることなく,最小限の断面欠損だけで上記土台4の上面に上記座金付ナット1を埋め込むだけであるので,該土台4の強度を低下させてしまうことがない。」(段落【0024】)
・ 【図3】
file_5.jpgcsウ 上記によれば,引用発明は建築物の基礎と土台とを結合するアンカーボルトとナットであって(【特許請求の範囲】),土台とその上面に設ける断熱材とを密着させるため,ナットを土台内に納めるために予め座堀をする必要があり作業上の負担がかかると共に必要材料の増加を招くという課題を解消することを目的とする(段落【0003】)ものである。
このため引用発明では,座金部を平板状とすると共に,その周囲にナットをねじ込む回転治具を係合するための切込部を形成し(段落【0012】,【0014】),合わせて土台を切削するための複数の刃を座金の下面と回転治具の先端に備えた土台固定具の構成を採用したものである(段落【0011】,【図3】)。そして,回転治具を切込部に係合させ,座金を回動させつつ座金及び回転治具に設けた刃で土台を切削して平板状の座金部を土台に埋入することによって上記課題を解消するとしている(段落【0024】)。
エ 一方,審決が周知技術の例として摘示した甲2~4には以下の記載がある。
(ア) 甲2(特開平9-14228号公報,発明の名称「木造家屋における土台の緊締方法並びに該緊締方法に用いる土台緊締用ナットおよび矯正筒」,出願人株式会社カネシン,公開日平成9年1月14日)には以下の記載がある(下線は判決で付記)。
a 特許請求の範囲
【請求項2】円筒部と該円筒部の上端に連設した鍔部とで成り,円筒部に基礎コンクリートに立設したアンカーボルトに螺合する螺子孔を設け,該螺子孔の軸線上において連通する工具係止用の角孔を前記鍔部に設けると共に,該鍔部の下面には,基礎コンクリート上に載置する土台を切削する切削刃を突設した,土台緊締用ナット。
b 発明の詳細な説明
・ 「本発明の一つは,基礎コンクリートに立設したアンカーボルトを利用して土台を基礎コンクリート上に固定するために用いる木造家屋における土台の緊締方法に関するものであり,後一つは,前記アンカーボルトに螺合して土台を基礎コンクリートに緊締するために用いる土台緊締用ナット並びに矯正筒に関するものである。」(段落【0001】)
・ 「この土台緊締ナット10を,アンカーボルト1に円筒部11において螺合し,電動インパクトレンチの係合部を角孔14に係合してナット10を回動させると,アンカーボルト1に沿って降下して土台2を基礎コンクリートBCに締付ける一方,切削刃15が土台2の貫通孔3の周辺部を切削して円筒部11の鍔部12は土台2に埋入し,土台2上に無用な突出部が生じることなく,土台2は基礎コンクリートBCに緊締固定される。」(段落【0017】)
(イ) また甲3(特開平9-273527号公報,発明の名称「埋込み座金一体型ナット」,出願人A,公開日平成9年10月21日)には以下の記載がある(下線は判決で付記)。
a 特許請求の範囲
【請求項1】皿状の座金部と筒状のナット部とが一体に形成され,径方向の略中央にネジ溝を有するボルト挿通孔が設けられ,座金部の底壁外側に切刃を有し,座金部のボルト挿通孔の上端側に多角形状の周囲壁が設けられ,該周囲壁と座金の径方向端部との間に工具が嵌合可能な空隙が形成されていることを特徴とする埋込み座金一体型ナット。
b 発明の詳細な説明
・ 「【発明の属する技術分野】本発明は,建築において2部材以上を締結するためのボルトの締め付けに用いられるナットに関し,座金とナットが一体に形成され,部材中に埋込まれ該部材表面を面一に形成可能な,埋込み座金一体型ナットに関するものである。」(段落【0001】)
・ 「切刃7は,皿状の底面の外側のナット部との接合部付近から径方向の外方に向けて設けられる。該切刃7は座金部2が回動する際に土台のボルト挿通孔の周囲を自ら切削して座金部2が嵌合するための,椀状の凹部を形成するために設けられている。切刃の数は,図1に示す態様では3枚設けられているが本発明のナット1において特にこれに限定されるものではなく,1枚であってもよいし,また2枚,4枚の偶数でもよいし,5枚以上であってもよい。…」(段落【0019】)
・ 「以下,本発明の埋込み座金一体型ナット1の使用例を説明する。…図6に示すように,本発明ナット1のボルト挿入孔4の周囲壁5外方の空隙6にレンチ16の先端を挿入し回動させて,該ナット1をボルト13に螺合させると,座金底壁に設けた切刃が土台15の貫通孔14の周囲を切削して座金部が埋設される。そして,座金の上端が土台15の表面に達した時点で,完全に埋込み座金一体型ナットは土台内に完全に埋設5され,土台の表面に座金やナットが表出しない。…」(段落【0027】)
・ 「【発明の効果】以上説明したように本発明の埋込み座金一体型ナットは,皿状の座金部と筒状のナット部とが一体に形成され,径方向の略中央にネジ溝を有するボルト挿通孔が設けられ,座金部の底壁外側に切刃を有し座金部のボルト挿通孔の上端側に多角形状の周囲壁が設けられ,該周囲壁と座金の径方向端部との間に工具が嵌合可能な空隙が形成されている構成を採用したことにより,周囲壁の外方から締め付け工具を嵌合してナットを回動させることができるため,従来の工具取付け部分がボルト挿通孔上方に六角形状凹溝として形成された座金一体型ナットと比較して,アンカーボルトの埋設位置が所定位置よりも上方に位置した場合であっても,ナットの締め付けが可能であり,座金部を部材に完全に埋設することができる。」(段落【0029】)
(ウ) また甲4(実願平2-60278号〔実開平4-18717号〕のマイクロフィルム,考案の名称「筒状ナット付き埋込み座金」,出願人A,公開日平成4年2月17日)には以下の記載がある(下線は判決で付記)。
・ 「上面中央部に環状凹部該凹部内に多角形孔を穿った座金における皿状底壁面にその外周縁部を残して該座金の中心郭より等距離にして且つ円周方向の切り歯を突設し然して上記凹部内の多角形孔に,中軸線の上端部内側に多角形孔を穿ち且つ該多角形孔の下部に螺糸を刻した角筒状ナットの上端環状鍔部を嵌着した筒状ナット付き埋込み座金。」(明細書1頁5行~12行,「実用新案登録請求の範囲」)
・ 「〔産業上の利用分野〕
本考案は建築において二部材以上を螺杆とナット等の締め付け金具で結合する際,被結合部材の上面を面一状態で結合するに好適する筒状ナット付き埋め込み座金に関する。」(明細書1頁14行~18行)
・ 「〔作用効果〕
本考案は以上のように構成したので今布基礎上の土台に穿った挿通孔に,基部を布基礎中に埋設したアンカーボルトの上端を角筒状ナットに螺合した後該ナット上端の鍔部内の多角形孔にドライバー等を嵌着して正方向に回動すると座金も回動するので該座金における切り歯が皿状底壁の周縁部を残して内面を切削し従って該座金は土台の上面に安定して面一状態で埋込みせられる。」(明細書3頁2~10行)
(エ) 上記甲2~4の記載から,建築物の固定に用いる座金付きのナットにおいて,治具の係合部を有する座金下面に複数の切刃を設け,治具を用いてナットを回動させること,そして取り付け対象物にねじ込むことによって切刃を用いて対象物の切削を行うこと,これによってナットを埋入することは本件特許出願前に周知の技術であったことが認められる。
オ 以上の事実をもとに,引用発明と本件発明1との相違点αにおいて,周知技術に基づき,引用発明の取り付け(回転)治具の先端に複数の刃部を備えた構成に換えて,本件発明1の座金部の下面に複数の切刃を備える構成とすることが,容易想到といえるかにつき検討する。
上記イ,ウで認定したとおり,甲1の取り付け治具である回転治具2は,挿入部21を座金部12の切込部12aに係合させて座金付ナット1を回動させると共に,その先端に形成した刃部21aで土台を切削するものであるから,ナットの回動機能と,土台の切削機能の,二つの機能を併せ持つものである。ここで,座金付きナットでは,上記エで検討したように,治具を用いてナットを回動させること,および座金に形成した切刃を用いて切削を行うことがそれぞれ周知であるから,ナットの回動機能と土台の切削機能とはそれぞれ別個に成り立つ機能であってこれを分離して把握することができないというものではない。
そして,座金部の下面に複数の切刃を設けることも上記エのとおり周知技術であるから,甲1の取り付け治具(回転治具2)から,別個に存在しうる切削機能を切り離し,座金部の下面に切刃の配置を換えることは容易になし得ることといえる。そして甲1においても,座金部下面の一部ではあるが,ナット部11と座金部12との結合部に切削刃13が形成されており,座金部の下面に切刃を設けることができない事情があるとも認められない。
そうすると,甲1において,取り付け治具の先端に複数の刃部を備えた構成に換えて,座金部の下面に複数の切刃を備える構成とすることは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)であれば容易に想到できたものといえるから,本件発明1は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものといえる。そうすると,審決の判断に誤りはないというべきである。
カ 原告の主張に対する判断
(ア) 原告は,円形平板状の座金部に切刃を設けることにより座金付きナットを土台に埋入させることは不可能と考えられ,また削りくずも排出できないものと考えられており,その改良として回転治具に切刃を持たせて直接切削を行おうとしたものが甲1であって,甲1は回転治具に切刃を設けることが不可欠であるから,座金部に切刃を設けるように変更することは甲1の必須の構成要件を変更することであり,単なる設計変更ではないと主張する。
しかし,回転治具で直接切削を実施しても,ナットを介して切削を実施しても,切削部位に加わる回転治具の作動力は変らないから,回転治具に切刃を持たせたことによって初めて切削が可能になったとはいえない。さらに,削りくずは切削中に生じるものであるが,甲1では切削時にはナットを通して回転治具の刃部が下方に突出する形態となり,ナット下面に切刃を直接設けたものと形態としては変らないから,削りくず発生の問題点について回転治具に切刃を持たせたことに特段の利点があると認めることもできない。したがって,甲1において回転治具に切刃を設けることが不可欠な構成として当業者が認識するとはいえないというべきである。
そして,甲1の回転治具が有する回動機能と切削機能を切り離して把握することが可能であることは,既に検討したとおりである。
原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また原告は,座金部を平板状とすることが容易に想到し得ないことは,座金部を平板状にすれば各種課題を解決することが可能であるにもかかわらず,甲14(特開平10-231824号公報,発明の名称「切削座金付ナット」,出願人住友林業株式会社,公開日平成10年9月2日),甲35(特開2001-18107号公報,発明の名称「座ぐりカッター」,出願人B,公開日平成13年1月23日)等の関連する発明において,平板状の座金部の採用を思いついていないことからも裏付けられるとも主張する。
確かに甲14の座金部11は椀状であり(段落【0013】),甲35においても「座金の形状は現在主流となっている椀形のものを主に想定している」(段落【0006】)としているものである。しかし,そもそもこれらの発明において平板状の座金部を採用していないことをもって座金部を平板にすることが容易想到ではないと認めることはできないうえ,甲14の座金は,「切り削り屑が…座金部11内部側から排出される」(段落【0018】)との,甲35では「カッター部は回転した時に切削チップの刃先が,対象となる座金の外周面と同一の軌跡を描くように形成する。」(段落【0006】)との,それぞれ本件発明1における座金部とは異なる目的,機能を有するものであり,本件と直接関連するということはできない。
原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) さらに原告は,本件発明1は掘削に要する時間を短縮することを課題としているが,甲1にはそのような課題はなく,さらに本件発明1は,クッション性を有したねじ止め効果も有するとも主張する。
しかし,本件発明1は座金部を平板円形状とし,座堀の量を少なくするとによって掘削に要する時間を短縮しようとするものではあるが,甲1においても座金部が平板状に形成されており,掘削の時間を短縮する機能を有しているから,同じ課題を解消するものであるといえる。また甲1も,座金部下面に一部ではあるが切削刃13が形成されており,量の多寡はあるかもしれないものの,本件発明1と同様に切り屑は座金部の下面に残るはずであるから,クッション性を有したねじ止め効果が無いとはいえない。
原告の上記主張は採用することができない。
(2) 本件発明2
ア 原告は,審決が引用発明の座金付ナットのナット部に換えてボルト部とすることは容易とした判断(相違点γに係る容易想到性)について,その根拠として上げた甲10,11,6,7のボルトは何れも構成が異なり,審決の判断は誤りである旨主張するので以下判断する。
イ 審決が周知技術の例として挙げた甲10,11,6,7は以下のとおりである。
(ア) 甲10(特開昭63-280140号公報,発明の名称「水平に配列したALCパネルの取付工法」,出願人住友金属鉱山株式会社,公開日昭和63年11月17日)には以下の記載がある。
「水平に配列したALCパネルを載置する梁上の短辺目地中央部にナットを軸方向を垂直に固定し,長辺方向側面に本実加工溝を有するALCパネルの長辺側を密接させ,或いは長辺方向側面に半丸溝の設けられたALCパネルの丸溝に接着剤を使用して密接させ,且つ短辺側は僅かに間隔をおいて梁上に配設し,円板中央部から直角にボルトを突出固定した座金付ボルトの円板部が埋設可能の凹部を前記ナット直上のパネル表面に予め設けた後,該座金付ボルトを該円板上面がALCパネル表面と同一になるように前記ナットに螺合してALCパネルを固定することを特徴とする水平に配列したALCパネルの取付工法。」(1頁左欄5行~17行,「特許請求の範囲」)
(イ) また甲11(特開平8-296276号公報,発明の名称「木製柱の固定力の補強方法」,出願人サンホーム株式会社,公開日平成8年11月12日)には以下の記載がある。
・ 「他に,ホールダウン金物を基礎に直接に固定せず座金ボルトにより土台に固定することも行われる。図5(a)は,ホールダウン金物(21)を座金ボルト(26)により土台(2)に固定した様子を示す斜視図である。図5(b)は土台専用座金付きボルトの一例を示す。一般住宅用には多くは外径16mmの鉄製ボルトが使われ一端は一辺80mmの正方形状で厚み9mmの座金に形成されていて他端にはM16の雄ねじが切られている。このような座金ボルト(26)を用いて土台(2)を介して縛結する。」(段落【0008】)
・ 「即ち,あらかじめホールダウン金物(21)の取り付く柱(3)の土台下部に座掘り加工を行い,座金付ボルトを貫通孔に下面から挿通させたまま,木製土台(2)をコンクリート製の基礎(1)の上面に載置し基礎(1)から突出して土台(2)を挿通したアンカーボルト(7)の先端ねじ部を座金をあて六角ナット(8)で縛結し土台(2)と基礎(1)を強固に固定する。そして柱(3)を組み合わせてから柱(3)にホールダウン金物(21)を六角ボルト等(24)で強固に取り付け,ホールダウン金物(21)の下部に挿通させた前述座金付きボルト(26)先端を六角ナット(8)でねじ止めし両者を強固に固定する。これによりやはり柱と土台そして基礎の各部が強固に固定され引き抜き応力に対しても十分な強度を有することとなる。無論,前出の形状の異なるホールダウン金物(21´)も同様に用いることができる。その後,梁等を組み合わせ固定されて所定の木製枠体(骨組み)が完成する。このように,ホールダウン金物と座金ボルトを用いた場合も,前述したと全く同様に柱と土台そして基礎の各部が十分な強度で固定され引き抜き応力に対して十分な強度を有する。」(段落【0009】)
(ウ) また甲6(実願昭52-21937号〔実開昭53-117878号〕のマイクロフィルム,考案の名称「皿頭のネジ」,出願人C)には以下の記載がある。
・ 「螺合部の一端部に皿頭を有するネジに於いて,円錐形皿頭の下面に螺合方向に刃を有する複数個の放射状段部を設けて成ることを特徴とする皿頭のネジ。」(明細書1頁4行~7行,「実用新案登録請求の範囲」)
・ 「…本考案,皿部のネジはネジを螺合する場合被締結部材に座ぐりを施こすことなくネジ頭をネジの螺合丈に依り完全に埋没せしめることができるため,螺合作業が短縮される…」(4頁4行~7行)
(エ) また甲7(特開昭58-118320号公報,発明の名称「潜頭ボルト」,出願人技研発泡工業株式会社,公開日昭和58年7月14日)には以下の記載がある。
・ 「(1) 皿部及び/又はその近傍部に穿孔刃を設け,頭部を構造物中に沈潜せしめる構造の潜頭ボルト。」(1頁左欄5行~7行,「特許請求の範囲」の欄)
ウ(ア) さらに,被告が本件特許の出願当時の周知技術に関する証拠として提出した乙4(実公平2-489号公報,考案の名称「建築部材取付用金具」,公開日昭和59年8月3日,出願人旭化成工業株式会社)には以下の記載がある。
・ 「金具類の周縁が鍔状に形成され,その周縁の一部を金具推進方向に折り曲げた切削刃が形成されているとともに,該切削刃側の辺がそれに平行に対応する辺よりも長いコの字形及びそれに直角に対応する辺しかなく平行に対応する辺が存在しないL字形の形状から選ばれた形状の切込みが切削刃の推進方向に設けられていることを特徴とする建築部材取付用金具」(1頁1欄2行~9行,「実用新案登録請求の範囲」)
・ 「又ボルト・ナットの組み合せ時に於ても,ボルト頭部又はナット側に同様の加工を行なえば有効である。」(2頁3欄1行~3行)
(イ) 同じく周知技術に関する証拠として提出する乙5(実願昭52-100947号〔実開昭54-29266号〕のマイクロフィルム,考案の名称「固定ボルト」,出願人三幸商事株式会社)には以下の記載がある。
「…本考案によれば,ボルト1の基部に形成された角柱部6に切削刃の役目を果たす切起こし部10を有する座金7を正方形状の透孔8を介して回転しないように嵌合させた構造とされているためボルト1を軽量気泡コンクリート板11に対してねじ込めば,切起こし部10によって円孔13を形成しつゝねじ込まれ,内装材15に対して強固に固定することができ,軽量気泡コンクリート板に対する予備的な孔開け作業を全く必要とすることなく軽量気泡コンクリート板を固定することができ,固定作業は極めて容易になり,作業効率は大幅に向上する。」(明細書4頁下3行~5頁10行)
エ 以上甲10,11から,座金付きのボルトと,ナットにより2部材の締結を行うことは,審決が認定したとおり,本件特許出願前から周知の技術であったことが認められる。
また,甲7,乙4,5より,ボルト頭部の下面側に切刃を設けることは,審決認定のとおり,本件特許出願前から周知の技術であったことが認められる。甲6は,部材を締結するのに用いる皿頭を有するネジであることからボルト頭部と同様に考えることもできるが,ボルトに関する周知技術の例として適切とまでは言い難い。しかし,この点は上記甲7,乙4,5による周知技術の認定を妨げるものではない。
なお,これらにつき原告は,甲10は座金部により座堀を行うものでなく,甲11は使用に際して回転させるものではない,また甲7も大きな締め付け力を必要とする箇所に用いるボルトではない旨を主張するが,上記のとおり甲10,11からは座金付きのボルトとナットにより2部材の締結を行うことを,甲7からはボルト頭部の下面側に切刃を設けることが周知技術であることを認定するものであり,原告の主張はこれとは関連せず,上記認定を左右するものではない。
オ そこで,上記の事実をもとに,甲1の座金付ナットの構成を,本件発明2に関するボルトに適用することが容易であるか相違点γに係る容易想到性について検討する。
座金付きボルトは,上記エで検討したように2部材の締結部材として周知であるが,座金付きナットについても,甲1だけではなく,既に検討した甲2,3にもみられるように,同様に周知の締結部材である。そして,甲1~3あるいは甲10,11等にみられるように,ボルトとナットは組み合わせて相互に締結させて使用されることが多く,相対的な関係にある部材であるといえる。実際,上記ウ(ア)で摘示したとおり,乙4には「ボルト・ナットの組み合せ時に於ても,ボルト頭部又はナット側に同様の加工を行なえば有効である」(2頁3欄1行~3行)とあり,ボルト,ナットはそれぞれの構成を相互に転用可能な部材であると認識されているというべきである。また,ボルト頭部の下面側に切刃を設けることは既に上記エで検討したとおり周知技術であるから,切刃を設けた甲1の座金部付きナットの構成をボルトに適用することができない事情があるともいえない。
したがって,甲1の座金付ナットの構成を,ボルトに適用することは容易に想到されることであるから,これと同旨の審決の判断に誤りはないというべきである。
カ また原告は,甲1の回転治具に複数の刃部を備えた構成に換えて,従来周知の技術を適用することにより,座金部下面に切刃を形成することは容易(相違点δに係る容易想到性)とした審決の判断は誤りである旨主張する。
相違点δは本件発明1と引用発明との相違点αと同内容であるところ,甲1において,取り付け治具の先端に複数の刃部を備えた構成に換えて,座金部の下面に複数の切刃を備える構成とすることは,当業者であれば容易に想到できたものといえることについては既に(1)で検討したとおりである。
したがって,相違点δに係る構成について,引用発明及び周知技術から容易想到であるとした審決の判断に誤りはない。
キ 本件発明2に関する原告の主張に対する判断
(ア) 原告は,本件発明2の審決の判断について,甲1には座金付きボルトは記載されておらず,甲10,11,6,7は座金付きボルト等であって甲1とは構成がまったく異なるから,これを適用して相違点δの構成を想到することは容易ではないと主張する。
しかし,ボルトとナットは相対的な部材であって,相互にその構成を転用可能であることは既に検討したとおりであるから,これに反する原告の上記主張は採用することができない。
(イ) また原告は,甲1の座金付きナットは,全体として1個の部品として把握され,またナットを想定した専用の取り付け治具とセットであるから,甲1の座金部のナット部をボルト部に置き換えることは容易でないとも主張する。
しかし,座金付きナットが全体として1個の部品として把握されるとしても,ナットの構成をボルトに転用することが可能であることは既に検討したとおりである。原告は,甲1の取り付け治具はナットを想定しているとも主張するが,ナットもボルトも回動させつつ螺合させるものであって,その作業に当たり取り付け治具の果たす役割に違いがあるわけではないから,取り付け治具とのセットであることをもってナット部をボルト部に置き換えることが容易でないとはいえない。原告の主張は採用することができない。
4 結語
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 今井弘晃 裁判官 清水知恵子)