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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10019号 判決 2008年9月24日

原告

オプティカル・インヴェストメンツ・リミテッド

(審決上の名称

オプティカル・ジェネリックス・リミテッド)

訴訟代理人弁理士

曾我道治

鈴木憲七

梶並順

田口雅啓

被告

特許庁長官 鈴木隆史

指定代理人

野村亨

菅澤洋二

森川元嗣

森山啓

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

「特許庁が不服2006-13474号事件について平成19年9月3日にした審決を取り消す。」との判決

第2事案の概要

本件は,原告が,特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告(旧名称・「オプティカル・ジェネリックス・リミテッド」。甲5)は,平成8年6月17日(パリ条約に基づく優先権主張・1995年(平成7年)6月16日,英国),名称を「光学的研磨のための方法と装置」とする発明につき,特許出願(国際出願。以下「本件出願」という。)をした。

(2)  原告は,平成18年3月10日,本件出願につき拒絶査定を受けたため,同年6月27日,拒絶査定不服審判を請求した(不服2006-13474号事件として係属)。

(3)  特許庁は,平成19年9月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月18日,その謄本を原告に送達した。

2  本願発明の要旨

審決が対象としたのは,平成18年7月27日付け手続補正(甲4)による補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。なお,請求項の数は全24項である。)であり,その要旨は次のとおりである。

「【請求項1】 加工物の表面より小さな可撓性加工面が形成された工具を,可撓性加工面と加工物の表面との接触領域が存在するように位置させることを含み,

前記工具は流体チャンバを備える剛性のサポートを有し,前記可撓性加工面は前記サポートにより支持され且つ前記流体チャンバ内の圧力に晒されるダイヤフラム上に形成され,

前記接触領域の大きさを制御するように前記加工物に対する前記工具の位置を制御し,

前記流体チャンバ内の圧力を制御して前記接触領域における前記加工物の表面に加えられる圧力を制御する

ことを特徴とする加工物の表面を光学的に研磨する方法。」

3  審決の理由の要旨

審決は,本願発明は,下記引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,したがって,本件出願は拒絶されるべきものであるとした。

引用例 特開昭61-230857号公報(甲1)

審決の理由中,引用例の記載事項及び引用発明の認定,本願発明と引用発明との対比並びに相違点についての判断に係る部分は,以下のとおりである(章立ての符号及び明らかな誤記を改めた部分,略称を本判決が指定したものに改めた部分並びに本訴における書証番号を付記した部分がある。)。

(1)  引用例の記載事項及び引用発明の認定

引用例には,次の事項が記載されている。

ア 引用例2頁左上欄3行-4行

「この発明は,研削研摩装置の技術分野に属するものである。」

イ 引用例2頁左上欄5行-12行

「(従来の技術並びに発明が解決しようとする問題点)

一般に,機械加工された金型などの被加工物の加工表面には,工具による小さな傷や突起などが発生し,残存している。NC工作機械の発達により,極めて複雑な曲面が短時間で加工されるようになってはきたが,加工後の殆んどの場合,加工表面の瑕疵をとり除くために,研削又は研摩工程を施さねばならない。」

ウ 引用例3頁左上欄15行-左下欄2行

「本発明の具体的な実施例を図によって説明する。すなわち,各図にみられるように砥石や砥粒1を含有し,又は表面に固定した可撓性物質2,例えばゴム,織布,合成樹脂などからなる研摩素材3を,任意の三次元形状の中空体に形成し,その縁部4を駆動軸取付用の支持部材5に固定し,かつ,密閉する。そして,前記支持部材5には,内圧制御の作用を行なうための通孔6を設け,恰も風船の如く中空体で,かつ,可撓性を有し,被加工面7の形状に倣い,しかも任意に剛性を制御できるものである。・・・更に,駆動軸8取付用の支持部材5は,第5図にみられるように複数個でも差し支えないし,内圧センサー9は通孔6より導入された圧力媒体Pの圧力を検知することもできる。なお,中空体内部に圧力センサー9を設けることもできる。」

エ 引用例3頁左下欄2行-右下欄3行

「この研削研摩具を機械に取り付けて駆動すれば,研削研摩具は回転,旋回,振動,往復動を与えながら被加工物7に当てがうと,被加工物7の表面形状に倣って変形する。このとき,研削研摩具は,被加工物7の表面に対して面接触することになる。この状態を示したのが第2図,第4図および第6図である。また,機械においての研削研摩加工は,被加工物7の表面のうねりにより,研削研摩具がそのうねりに追従して移動しなければならないから,中空体の内圧の変化に応じた制御を行なうことにより,駆動軸8自体をそのうねりに合わせて移動することもできる。更に,同じ組成からなる研摩素材3であっても,内圧を変えることにより研削研摩具自体の剛性を変えることもできるから,面接触域の広さや面圧を制御することが可能になる。」

ここで,イの記載の従来技術並びに発明が解決しようとする問題点として,「機械加工された金属などの被加工物の加工表面には,工具による小さな傷や突起などが発生し,残存している。」との記載,及び図面の第2図,第4図等の記載から,被加工物7は研摩素材3に対して広い表面を有していると言うことができ,逆に言えば,研摩素材3は被加工物7の表面より小さな加工面を有するものであることが理解できる。また,同じく図面の第2図,第4図の記載から,研摩素材3の可撓性加工面と被加工物7とは面接触域が存在するように位置していることは明らかである。さらに,支持部材5は,可撓性の研摩素材3を支持しており,可撓性の研摩素材3と比較して剛性を有することは明らかである。

以上のように解されるから,引用例には,「被加工物7の表面より小さな可撓性加工面が形成された研摩素材3を有する研削研摩具を,研摩素材3の可撓性加工面と被加工物7の表面との面接触域が存在するように位置させることを含み,

前記研削研摩具は圧力媒体Pが導入される中空体を備える剛性の支持部材5を有し,前記可撓性加工面は支持部材5により支持され且つ中空体内部の圧力に晒される研摩素材3上に形成され,

この研削研摩具を機械に取り付けて駆動することにより回転,旋回,振動,往復動可能とし,

中空体内部の圧力を変えることにより面接触域の広さや面圧を制御する

被加工物7の表面を研削研摩する方法。」

(引用発明)が記載されていると認められる。

(2)  本願発明と引用発明との対比

本願発明と引用発明を対比すると,引用発明の「被加工物7」,「研削研摩具」,「中空体」,「支持部材5」はそれぞれ本願発明の「加工物」,「工具」,「流体チャンバ」,「サポート」に相当する。

引用発明の「研摩素材3」は,支持部材5とで中空体を構成する膜状のものであるから,本願発明の「ダイアフラム」に相当する。

引用発明の「研削研摩」は本願発明の「研磨」に相当する。

引用発明の「圧力を変える」ことは,本願発明の「圧力を制御する」ことと同義であり,引用発明の「面接触域」は,本願発明の「接触領域」と同義であり,引用発明の「面圧」は,本願発明の「圧力」と同義である。

以上のように解されるから,両者は,

「加工物の表面より小さな可撓性加工面が形成された工具を,可撓性加工面と加工物の表面との接触領域が存在するように位置させることを含み,

前記工具は流体チャンバを備える剛性のサポートを有し,前記可撓性加工面は前記サポートにより支持され且つ前記流体チャンバ内の圧力に晒されるダイヤフラム上に形成され,

前記流体チャンバ内の圧力を制御して前記接触領域における前記加工物の表面に加えられる圧力を制御する

加工物の表面を研磨する方法。」で一致し,次の点で相違する。

<相違点1>

本願発明では,接触領域の大きさを制御するように加工物に対する工具の位置を制御しているのに対し,引用発明では,工具に相当する研削研摩具の回転,旋回,振動,往復動が可能であるとはしているものの,接触領域に相当する面接触域の広さの変更は中空体内部の圧力を変えることで行っており,研削研摩具の位置を制御することによっては行っていない点。

<相違点2>

本願発明では,加工物の表面に対する研磨を「光学的に」行っているのに対し,引用発明では,光学的に行っているものではない点。

(3)  相違点についての判断

上記相違点について検討する。

<相違点1>について

引用発明における研削研摩具は,回転,旋回,振動,往復動が可能なもの,すなわち,研削研摩具の位置を制御可能なものである。一方,摘記事項(1)エに記載されているように,被加工物7の表面にはうねり,すなわち,凹凸部が存在する。ここで,研削研摩具の可撓性加工面が被加工物7の表面のうねりに向かって押し付けられれば,可撓性加工面と被加工物7の表面との接触領域が広がり,逆に,可撓性加工面が被加工物7の表面のうねりから遠ざけられれば,接触領域が小さくなることは,物理的に明らかである。してみると,引用発明において,接触領域の大きさを制御するように被加工物7に対する研削研摩具の位置を制御することは,当業者が容易になし得たものである。

<相違点2>について

本願発明の「光学的に」研磨することは,「光学的に高品質面を有する広範囲の製品に適用可能」(平成9年12月16日付けの書面に添付された明細書の翻訳文(甲2)1頁22行。)なように研磨すること,すなわち,光学的に利用される面を研磨することであると理解される。一方,光学的に利用される面を研磨すること自体は,例を示すまでもなく従来周知の事項である。そして,引用発明を光学的に利用される面の研磨に適用できないとする阻害要因も特段見当たらないことから,引用発明を光学的に利用される面の研磨に適用することは,当業者が容易になし得たものである。

<作用・効果>について

作用・効果の点についても,引用発明及び上記周知の事項から予想できる程度のものしか認められない。

(4)  審決の「むすび」

以上のとおり,本願発明は,引用発明及び上記周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

したがって,その余の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本件出願は拒絶されるべきものである。

第3当事者の主張の要点

1  原告主張の審決取消事由の要点

審決は,相違点1についての判断を誤り,また,本願発明が奏する作用効果を看過した結果,本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断したものであるから,取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点1についての判断の誤り)

審決は,相違点1について,「引用発明において,接触領域の大きさを制御するように被加工物7に対する研削研摩具の位置を制御することは,当業者が容易になし得たものである。」と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。

ア 相違点1に係る本願発明の構成の特徴は,本件出願に係る平成18年7月27日付け手続補正(甲4)による補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲4,その余につき甲2。以下「本願明細書」という。)にも「工具はコンピュータ制御による機械によって加工物に向かって移動し,・・・次に出っ張りが圧縮されて接触領域を大きくする・・・。」との記載(甲2の8頁下から3行~9頁1行)があるとおり,加工物と工具との接触領域(以下,単に「接触領域」という。)の大きさ(加工物の表面における研磨範囲)を制御するという目的のために,加工物に対する工具の位置の制御を行っている点にある。

イ これに対し,引用発明は,中空体内部に圧力媒体による内圧を加えて研削研摩具自体の剛性を制御し,一定の押圧力で研削研摩具を被加工物7に対して押し付けながら,被加工物7の表面に追従移動させて研削研摩をするというものである。そして,審決も認定するとおり,引用発明における研削研摩具の可撓性加工面が被加工物7の表面を研摩する際,可撓性加工面が被加工物7の表面のうねりに向かって押し付けられたり,うねりから遠ざけられたりすることにより,接触領域の大きさが変化することは,物理的に明らかである。

ウ(ア) しかしながら,引用発明の上記構成においては,研削研摩具の可撓性加工面が被加工物7の表面上を研摩する際,被加工物7の表面上における「うねりに対しての研削研摩具の位置」が変化するのであって,「被加工物7に対しての研削研摩具の位置」を変化させているわけではない。したがって,「研削研摩具のうねりに対する位置を変化させる」ことにより「接触領域の大きさが変化する」からといって,このことから,「研削研摩具の被加工物7に対する位置を変化させる」ことにより「接触領域の大きさを変化させる」こと,すなわち,相違点1に係る本願発明の構成に結び付けるのは,論理の飛躍があるというべきである。

(イ) また,引用発明においては,結果的に,接触領域の大きさが変化するというだけであって,「接触領域の大きさを制御する」という目的は全く存在しない。引用例には,「研削研摩具の被加工物7の表面に対する位置決め」という操作についての記載や,「接触領域の大きさを制御する」という目的についての記載は全く存在せず,引用発明には,「接触領域の大きさを制御するという目的のために研削研摩具の位置を制御する」との意図が全く存在しないというべきである。したがって,引用発明は,接触領域の大きさを制御するという目的のために加工物に対する工具の位置を制御すること,すなわち,相違点1に係る本願発明の構成に想到することについての動機付けを欠くものである。

エ 被告の主張に対する反論

(ア) 被告は,「本願発明における発明特定事項において,『位置決め』という操作を行うとされているものではない。」と主張する。しかしながら,本願発明の要旨の規定によれば,本願発明は,「工具を,可撓性加工面と加工物の表面との接触領域が存在するように位置させ」,しかる後,「前記接触領域の大きさを制御するように前記加工物に対する前記工具の位置を制御」しているのであり,これらの動作は,「位置決め」という操作に他ならないのであるから,本願発明においては,「位置決め」という操作が発明特定事項とされているといえる。したがって,被告の上記主張は,失当である。

(イ)a 被告は,「①・・・研削研摩具の面接触域の広さ,すなわち,接触領域の大きさを制御することが引用例自体に開示されている点に加え,②被加工物7の表面にどのような凹凸があっても,引用例に記載されたような可撓性加工面が形成された研摩素材を有する研削研摩具を被加工物7の表面に近付ければ被加工物7との接触領域が増大し,逆に,遠ざければ当該接触領域が減少することは物理的に明らかである点を併せ考慮すれば,引用発明において,研削研摩具の位置を制御することにより,位置を制御しない場合と比較して被加工物7との接触領域の大きさが変更されることは明らかである。」と主張する。

b しかしながら,上記②の点について,審決は,「ここで,研削研摩具の可撓性加工面が被加工物7の表面のうねりに向かって押し付けられれば,可撓性加工面と被加工物7の表面との接触領域が広がり,逆に,可撓性加工面が被加工物7の表面のうねりから遠ざけられれば,接触領域が小さくなることは,物理的に明らかである。」と説示するとおり,可撓性加工面の被加工物7の表面の「うねり」に対する位置の変化について論じているのであって,被告の上記主張のように被加工物7の「表面」に対する位置の変化を論じているものではないから,上記②の点を考慮することは相当でなく,したがって,上記①の点及び②の点を併せ考慮して導き出した被告の主張は,失当である。

c また,被告が上記①の点の根拠とした引用例の記載は,「同じ組成からなる研摩素材3であつても,内圧を変えることにより研削研摩具自体の剛性を変えることもできるから,面接触域の広さや面圧を制御することが可能になる。」というものであり,ここでいう「内圧を変えること」の意味は,被告も認めるとおり,「研削研摩中の内圧の一定値を変えること」であるところ,接触領域の大きさを変更するために内圧の一定値を変えると,面圧は,当該接触領域の大きさに対応した当該内圧の一定値に基づく大きさにしかすることができないのであり,結局,接触領域の大きさは,面圧に依存しながら決まることになるから,面圧の制御を行うことはできなくなる。したがって,引用例に開示された上記①の点は,正しくは,「中空体の内圧の一定値を変えることにより,研削研摩具の面接触域の広さ,すなわち,接触領域の大きさを制御すると,当該接触領域の大きさに対応した面圧に決定されること」となるから,上記①の点に係る被告の主張も,失当である。

d なお,被告も認めるとおり,引用発明において,研削研摩具の位置の制御は,中空体の内圧を一定にするために行われるものであり,接触領域の変化を制御するために行われるものではない。

(ウ) 被告は,「引用例に記載された研削研摩具も,その位置を特定することにより,被加工物7に対する接触領域の大きさが変更されるのであるから,引用発明において,『接触領域の大きさを制御するように被加工物7に対する研削研摩具の位置を制御する』ことは,当業者が容易になし得たものであり,相違点1についての審決の判断に誤りはないというべきである。」と主張する。しかしながら,上記(イ)のとおり,引用発明において,研削研摩具の位置の制御は,中空体の内圧を一定にするために行われるものであり,接触領域の大きさを制御するために行われるものではない。そうすると,引用発明において,前者の目的で行われる研削研摩具の位置の制御を後者の目的で行うようにすることは,当業者が容易になし得たものとはいえないから,被告の上記主張は,失当である。

(2)  取消事由2(作用効果の看過)

ア 審決は,本願発明が奏する作用効果につき,「引用発明及び・・・周知の事項から予想できる程度のものしか認められない。」と判断した。

イ しかしながら,本願発明は,被加工物7に対する研削研摩具の押圧力と接触領域の大きさとを互いに独立して制御することができない引用発明と異なり,一方で,加工物に対する工具の位置によって接触領域の大きさを制御し,他方で,流体チャンバ内の圧力によって接触領域における加工物の表面に加えられる圧力を制御するものであって,これにより,加工物に対する工具の押圧力と接触領域の大きさとを互いに独立して制御することができ,もって,局部的な光学的研磨を高精度に行うことができるとの作用効果を奏するものである。

ウ そして,本願発明が奏する上記作用効果は,相違点1に係る本願発明の構成を有しない引用発明から予測できる程度のものではない。

エ 被告の主張に対する反論

(ア) 被告は,「本願発明における発明特定事項は,・・・『工具の位置と圧力とを互いに独立して制御する』ことではない。」と主張する。しかしながら,本願発明の要旨の規定によれば,本願発明は,「工具の位置を制御(する)」工程と「圧力を制御する」工程とを別の工程としているところ,これらの工程が互いに補完的又は代替的に行われることは,本願発明の要旨が規定するところではなく,また,本願明細書にもそのような記載はないから,これらの工程が独立して行われることは,本願発明の発明特定事項であるといえる。したがって,被告の上記主張は,失当である。

(イ) 被告は「『被加工物(面)の形状に倣う』とは,『研削研摩具の被加工物7に対する位置を制御する』ことであるから,引用例には,位置と圧力とを独立に制御することが可能な研削研摩具が被加工物7の表面を研削研摩するとの技術的事項が開示されているといえる。」,「引用例には,・・・研削研摩具が被加工物7に対する位置,中空体の内圧や押圧力を制御することが開示されている。」,「引用例に記載された研削研摩具は,被加工物7に対する位置と圧力を互いに独立して制御することが可能なものであるから,原告が主張する『局部的な光学的研磨を高精度に行うことができる』という作用効果は,引用例の記載事項から当業者が当然に予測し得るものであり,審決に,原告主張の作用効果の看過はないというべきである。」などと主張する。しかしながら,上記(1)エ(イ)のとおり,引用発明において,研削研摩具の位置の制御は,中空体の内圧を一定にするために行われるものであるから,位置と圧力ないし押圧力とが独立に制御されているものでないことは明らかであり,「局部的な光学的研磨を高精度に行うことができる」という作用効果が,引用例の記載事項から当業者が当然に予測し得るものでないことも明らかである。したがって,被告の上記各主張は,いずれも失当である。

オ 以上からすると,審決は,本願発明が奏する上記作用効果を看過したものというべきである。

2  被告の反論の要点

(1)  取消事由1(相違点1についての判断の誤り)に対し

ア 原告は,「『研削研摩具のうねりに対する位置を変化させる』ことにより『接触領域の大きさが変化する』からといって,このことから,『研削研摩具の被加工物7に対する位置を変化させる』ことにより『接触領域の大きさを変化させる』こと・・・に結び付けるのは,論理の飛躍があるというべきである。」,「引用例には,『研削研摩具の被加工物7の表面に対する位置決め』という操作についての記載や,『接触領域の大きさを制御する』という目的についての記載は全く存在(しない)」などと主張する。

イ しかしながら,本願発明における発明特定事項は,「接触領域の『大きさを制御する』ように前記加工物に対する前記工具の位置を制御(する)」ことであるから,例えば,接触領域の大きさを一定に制御するものも含まれ,「接触領域の『大きさを変化させる』」ものに限られないし,また,同発明特定事項において,「位置決め」という操作を行うとされているものでもない。

ウ(ア) ところで,引用例の「機械においての研削研摩加工は,被加工物7の表面のうねりにより,研削研摩具がそのうねりに追従して移動しなければならないから,中空体の内圧の変化に応じた制御を行なうことにより,駆動軸8自体をそのうねりに合わせて移動することもできる。」との記載(3頁左下欄9~14行)並びに第2図及び第4図からすると,引用例には,中空体の内圧が一定となるように,研削研摩具を被加工物7の表面のうねりに追従して近付けたり遠ざけたりしながら移動させて研削研摩するとの技術的事項,換言すると,中空体の内圧が一定になるよう研削研摩具の位置を制御して被加工物7の表面を研削研摩するとの技術的事項が開示されているといえる。

(イ) また,①引用例に「同じ組成からなる研摩素材3であつても,内圧を変えることにより研削研摩具自体の剛性を変えることもできるから,面接触域の広さや面圧を制御することが可能になる。」との記載(3頁左下欄15行~右下欄3行)があるとおり,研削研摩具の面接触域の広さ,すなわち,接触領域の大きさを制御することが引用例自体に開示されている点に加え,②被加工物7の表面にどのような凹凸があっても,引用例に記載されたような可撓性加工面が形成された研摩素材を有する研削研摩具を被加工物7の表面に近付ければ被加工物7との接触領域が増大し,逆に,遠ざければ当該接触領域が減少することは物理的に明らかである点を併せ考慮すれば,引用発明において,研削研摩具の位置を制御することにより,位置を制御しない場合と比較して被加工物7との接触領域の大きさが変更されることは明らかである。

エ そうすると,引用例に記載された研削研摩具も,その位置を特定することにより,被加工物7に対する接触領域の大きさが変更されるのであるから,引用発明において,「接触領域の大きさを制御するように被加工物7に対する研削研摩具の位置を制御する」ことは,当業者が容易になし得たものであり,相違点1についての審決の判断に誤りはないというべきである。

(2)  取消事由2(作用効果の看過)に対し

ア 原告は,「本願発明は,・・・一方で,加工物に対する工具の位置によって接触領域の大きさを制御し,他方で,流体チャンバ内の圧力によって接触領域における加工物の表面に加えられる圧力を制御するものであって,これにより,加工物に対する工具の押圧力と接触領域の大きさとを互いに独立して制御することができ(る)」と主張する。

イ しかしながら,本願発明における発明特定事項は,「・・・工具の位置を制御し,・・・加工物の表面に加えられる圧力を制御する」ことであって,「工具の位置と圧力とを『互いに独立して』制御する」ことではない。

ウ(ア) ところで,引用例には,「また,この中空体を圧力制御機構並びに駆動機構と連通連動することにより,被加工物に対する面圧を調整でき,かつ,その形状に倣い得る。」との記載(3頁左上欄4~7行),「被加工面7の形状に倣い,しかも任意に剛性を制御できるものである。」との記載(3頁右上欄9~10行)及び「また,駆動軸8を被加工物7の表面に倣つて移動させるので,一定の押圧力が得られる。」との記載(3頁右下欄3~5行)があるところ,「被加工物(面)の形状に倣う」とは,「研削研摩具の被加工物7に対する位置を制御する」ことであるから,引用例には,位置と圧力とを独立に制御することが可能な研削研摩具が被加工物7の表面を研削研摩するとの技術的事項が開示されているといえる。

(イ) また,引用例には,「例えば加工物上のある距離に含まれる上に,凸の部分を選択的に圧力制御装置を開いて中空体の内圧を上げ,又は押圧力を上げる等をプログラムとして組み込むことも可能である。」との記載(4頁右上欄5~8行)があり,研削研摩具が被加工物7に対する位置,中空体の内圧や押圧力を制御することが開示されているといえる。

エ そうすると,引用例に記載された研削研摩具は,被加工物7に対する位置と圧力とを互いに独立して制御することが可能なものであるから,原告が主張する「局部的な光学的研磨を高精度に行うことができる」という作用効果は,引用例の記載事項から当業者が当然に予測し得るものであり,審決に,原告主張の作用効果の看過はないというべきである。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について

原告は,審決が,相違点1について,「引用発明において,接触領域の大きさを制御するように被加工物7に対する研削研摩具の位置を制御することは,当業者が容易になし得たものである。」と判断したことが誤りであると主張するので,以下検討する。

(1)  引用例(発明の名称・「研削研摩装置」)には,次の各記載がある。

ア 「(産業上の利用分野)

この発明は,研削研摩装置の技術分野に属するものである。」(2頁左上欄2~4行)

イ 「(従来の技術並びに発明が解決しようとする問題点)

一般に,機械加工された金型などの被加工物の加工表面には,工具による小さな傷や突起などが発生し,残存している。・・・このような複雑な曲面に生じた瑕疵に対し,本来製品としてあるべき曲面を得るには,殆んど手作業による勘によつて研削研摩作業を行なつて・・・いるのが現状である。」(2頁左上欄5行~右上欄2行)

ウ 「(問題点を解決するための手段)

本発明はかかる研削研摩工程を・・・簡便に行なうことを目的としたもので,研削研摩を実施する部分の形状にかかわらず,一定の押圧力で研削研摩具を被加工物に当てがい面接触させるとともに,研削研摩具自体の剛性も制御しつつ回転,旋回,往復動させることにより,恰も研削研摩処理後の任意の曲面に倣うが如く作用し,最適の加工条件での研削研摩加工に適する研削研摩装置を提供し・・・たものである。」(2頁左下欄3~13行)

エ 「本発明は砥石や砥粒を含有,又は表面に固定した可撓性物質からなる研摩素材を三次元形状の中空体に形成した研削研摩具で,中空体内部にガス,空気,油,水などの気体や液体である圧力媒体による内圧を加え,研削研摩具自体の剛性を制御し得るように構成する。そして,この研削研摩具は被加工物の表面形状に応じてその形状を変え,加工表面に倣わせ得て研削研摩加工し,これが任意の方向に移動する際に被加工物の曲面に動的に倣い得る機構をもつ装置である。このように動的に倣い得る機構として,回転,旋回および往復動機構を前記研削研摩具と連動せしめ,かつ,この機構自体が圧力制御機構として研削研摩具に連通する。」(2頁右下欄1~14行)

オ 「(作用)

上記本発明の構成によると,研削研摩具は圧力媒体によつて常に中空体を維持しているから,これによつて被加工物に摺接すれば,面接触による研削研摩を行なうことができる。また,この中空体を圧力制御機構並びに駆動機構と連通連動することにより,被加工物に対する面圧を調整でき,かつ,その形状に倣い得る。」(2頁右下欄末行~3頁左上欄7行)

カ 「この研削研摩具を機械に取り付けて駆動すれば,研削研摩具は回転,旋回,振動,往復動を与えながら被加工物7に当てがうと,被加工物7の表面形状に倣つて変形する。このとき,研削研摩具は,被加工物7の表面に対して面接触することになる。この状態を示したのが第2図,第4図および第6図である。また,機械においての研削研摩加工は,被加工物7の表面のうねりにより,研削研摩具がそのうねりに追従して移動しなければならないから,中空体の内圧の変化に応じた制御を行なうことにより,駆動軸8自体をそのうねりに合わせて移動することもできる。更に,同じ組成からなる研摩素材3であつても,内圧を変えることにより研削研摩具自体の剛性を変えることもできるから,面接触域の広さや面圧を制御することが可能になる。また,駆動軸8を被加工物7の表面に倣つて移動させるので,一定の押圧力が得られる。つまり,研削研摩具の中空体が一種の圧力センサーの役割を果たすことになつている。」(3頁左下欄2行~右下欄7行)

キ 「(発明の効果)

この発明による研削研摩装置によると,被加工物の表面の形状に応じて任意の研削研摩剛性を保ちつつ,一定の押圧力で研削研摩具を押し付けながら移動させて研削研摩ができる・・・。」(3頁右下欄下から5行~4頁左欄2行)

ク 「更に,差動トランス等の位置検出器により,差動軸の位置を検出し得るようにした研削研摩装置と,同じく位置検出装置の設けられたXYテーブルとの組み合わせとマイクロプロセツサ制御装置により,更に高度な研削研摩ノウハウ,例えば加工物上のある距離に含まれる上に,凸の部分を選択的に圧力制御装置を開いて中空体の内圧を上げ,又は押圧力を上げる等をプログラムとして組み込むことも可能である。」(4頁左欄末行~右欄8行)

また,第2図,第4図及び第6図には,研削研摩具の研摩素材3(砥粒1及び可撓性物質2から成るもの)が,被加工物(面)7のうねりに倣って変形する様子が図示されている。

(2)ア  上記(1)の引用例の各記載のとおり,引用発明は,複雑な曲面に生じた瑕疵(小さな傷,突起等)に対して研削研摩作業を施すため,研摩素材を可撓性物質により三次元形状の中空体に形成することにより,これを被加工物の表面のうねりに倣うように面接触させるとともに,研削研摩具自体の剛性を保ちつつ,一定の押圧力で研摩素材を被加工物の表面に接触させ,かつ,研削研摩具が被加工物の表面上において往復動等を行う際にも,研摩素材が被加工物の表面のうねりに倣って動くこと(「任意の方向に移動する際に被加工物の曲面に動的に倣い得る」こと)ができるようにするため,中空体の内圧(気圧等)を制御するというものである。

イ  ところで,上記(1)カのとおり,引用例には,「同じ組成からなる研摩素材3であつても,内圧を変えることにより研削研摩具自体の剛性を変えることもできるから,面接触域の広さ・・・を制御することが可能になる。」との記載があり,面接触域,すなわち接触領域の大きさを制御することについて記載があるところ,その記載は,接触領域の大きさを制御することの技術的意義ないしこれによる作用効果についてまでは及んでいないものの,研削研磨を,被加工物の大きさ,形状等に応じて効率的に行うために,研削研磨具の加工面と被加工物の表面との接触領域の大きさを制御し得ることが望ましいことは,記載を待つまでもなく自明なところである。そうすると,このような引用例の記載等も考慮すれば,研削研磨具の技術分野における本件出願に係る優先日当時の当業者(以下,単に「当業者」という。)にとって,研削研磨具の加工面と被加工物の表面との接触領域の大きさを制御し得るようにすることは,周知の技術課題であったものと推定することができる。

ウ  そして,研削研磨具を被加工物から遠ざければ接触領域が小さくなり,被加工物に近付ければ接触領域が大きくなることは,当業者にとって自明の技術事項であるから(もっとも,遠ざけた場合には,引用発明でいう中空体に相当する部分の内圧が低下し,近付けた場合には当該内圧が上昇することになるが,この点は,引用発明におけるように,当該内圧を制御することにより克服可能なものである。),上記課題を解決するため,被加工物に対する研削研磨具の位置を制御することにより接触領域の大きさを制御するとの構成を採用して引用発明に適用し,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって,容易に想到し得るものであったと認めるのが相当である(なお,引用例においても,平面方向の位置検出装置のみならず,垂直方向の位置検出装置を備えることにより,研削研摩具の垂直方向(被加工物に対する方向)における位置を制御することが示唆されているといえる(上記(1)ク)。)。

(3)ア  原告は,引用発明について,「研削研摩具の可撓性加工面が被加工物7の表面上を研摩する際,被加工物7の表面上における『うねりに対しての研削研摩具の位置』が変化するのであって,『被加工物7に対しての研削研摩具の位置』を変化させているわけではない」とした上,「『研削研摩具のうねりに対する位置を変化させる』ことにより『接触領域の大きさが変化する』からといって,このことから,『研削研摩具の被加工物7に対する位置を変化させる』ことにより『接触領域の大きさを変化させる』こと,すなわち,相違点1に係る本願発明の構成に結び付けるのは,論理の飛躍があるというべきである」と主張する。

しかしながら,上記(2)ウのとおり,研削研磨具の被加工物に対する位置を変化させること,すなわち,研削研磨具を被加工物から遠ざけたり,被加工物に近付けたりすることにより,接触領域の大きさを変化させることができることは,当業者にとって自明の技術事項であり,かかる技術事項を引用発明に適用して,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得るところである。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

イ  原告は,「引用発明には,『接触領域の大きさを制御するという目的のために研削研摩具の位置を制御する』との意図が全く存在しない」として,「引用発明は,接触領域の大きさを制御するとの目的のために加工物に対する工具の位置を制御すること,すなわち,相違点1に係る本願発明の構成に想到することについての動機付けを欠くものである」と主張する。

しかしながら,接触領域の大きさを制御し得るようにすることが当業者にとって周知の技術課題であり,かつ,研削研磨具を被加工物から遠ざければ接触領域が小さくなり,被加工物に近付ければ接触領域が大きくなることが当業者にとって自明の技術事項であることは,上記(2)イ及びウのとおりであるから,引用発明に「接触領域の大きさを制御するという目的のために研削研磨具の位置を制御する」という意図が存在しないとしても,そのこと自体は,上記(2)ウの容易想到性に係る結論を左右するものではない。

(4)  以上のとおりであるから,相違点1についての審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(作用効果の看過)について

(1)  原告は,「本願発明は,被加工物7に対する研削研摩具の押圧力と接触領域の大きさとを互いに独立して制御することができない引用発明と異なり,一方で,加工物に対する工具の位置によって接触領域の大きさを制御し,他方で,流体チャンバ内の圧力によって接触領域における加工物の表面に加えられる圧力を制御するものであって,これにより,加工物に対する工具の押圧力と接触領域の大きさとを互いに独立して制御することができ,もって,局部的な光学的研磨を高精度に行うことができるとの作用効果を奏するものである」と主張する。

(2)  しかしながら,前記1(2)ウのとおり,本願発明の「加工物に対する工具の位置によって接触領域の大きさを制御する」構成,すなわち,研削研磨具を被加工物から遠ざけたり,被加工物に近付けたりすることにより接触領域の大きさを制御するとの構成を採用すると,遠ざけた場合には引用発明でいう中空体に相当する部分の内圧が低下し,近付けた場合には当該内圧が上昇することになるのであるから,一定の押圧力を維持するためには,当該内圧を制御することが当然に必要になることは自明の事項である。したがって,そのような構成の発明であれば,一方で加工物に対する工具の位置によって接触領域の大きさを制御するとともに,他方で,流体チャンバ内の圧力(上記中空体の内圧に相当する。)によって接触領域における加工物の表面に加えられる圧力を制御することを要するものであって,「これにより,加工物に対する工具の押圧力と接触領域の大きさとを互いに独立して制御することができ,もって,局部的な光学的研磨を高精度に行うことができるとの作用効果を奏する」ことは,当業者が当然に予測することができる範囲内のものであって,格別顕著なものではないと認めるのが相当である。

(3)  以上のとおりであるから,審決に,原告主張に係る作用効果の看過はなく,取消事由2は理由がない。

3  結論

よって,原告の主張する審決取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 石原直樹 裁判官 榎戸道也 裁判官 浅井憲)

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