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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10044号 判決 2008年11月20日

原告

スカラ株式会社

訴訟代理人弁理士

村松義人

鈴木正剛

佐野良太

栗下清治

被告

特許庁長官

指定代理人

吉澤秀明

川本眞裕

紀本孝

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2007-9802号事件について平成19年12月11日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が発明の名称を「近視・老視予防具及びそれを用いた近視・老視予防方法」とする特許の出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。

争点は,本願発明が,特開昭50-48783号公報(以下「引用例」という。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)との関係で進歩性を有するかどうか(特許法29条2項)である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成5年9月27日に出願した特願平5-260370号の一部を平成16年9月21日に新たな特許出願(特願2004-274101号,特開2005-684号公報で出願公開〔甲2〕。発明の名称は前記のとおり「近視・老視予防具及びそれを用いた近視・老視予防方法」)としたが,特許庁は,平成19年2月26日付けで拒絶査定をした。

そこで,原告が,平成19年4月5日,上記拒絶査定に対する不服の審判請求をしたので,特許庁は,この請求を不服2007-9802号事件として審理し,原告は,平成19年5月7日付けで特許請求の範囲を変更する補正(甲4)をしたが,特許庁は,平成19年12月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成20年1月8日原告に送達された。

2  特許請求の範囲

上記補正後の特許請求の範囲は,請求項1~5から成るが,このうち請求項1は次のとおりである(以下「本願発明」という)。

【請求項1】 所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段を一対備えると共に,この両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させるように制御するための制御手段を備えてなり,

全体として眼鏡様に構成されており,眼鏡様に装着することで,使用者が,一対の前記視距離調整手段を通して外部を,通常の生活を行える程度の視野を確保しながら見られるようにされてなる,近視・老視予防具。」

3  審決の理由の要旨

審決の理由の要旨は,次のとおりである。

引用例には次の発明(引用発明)が記載されている。

「レンズ系の屈折力を変化させ,眼球の明視機能を働かせ眼球の輻輳(近くのものを見ている時のように両眼を内向きにする)又は開散(両眼を外向きにする)運動が繰返され,同時に眼球の調節(水晶体の屈折力を増大して近距離のものに眼のピントを合せる。)非調整(調節の解除)運動の繰返しを強制する一対の接眼レンズ(8)と一対の対物レンズ(9)を有し,本体(4)に対し,接眼レンズ(8)の前方に,斜状の支柱(11)に摺動自在に嵌装した対物レンズ(9)を備えると共に,

この一対の接眼レンズ(8)と一対の対物レンズ(9)との距離を所定の時間間隔で偏心的に遠近移動させる駆動装置を備えてなり,

本体(4)を患者の眼に当接して使用する眼筋鍛錬器。」

本願発明と引用発明とを対比すると,引用発明は「本体(4)に対し,接眼レンズ(8)の前方に,斜状の支柱(11)を介して摺動自在に嵌装した対物レンズ(9)」を備え,駆動装置により,「接眼レンズ(8)」と「対物レンズ(9)」の距離を偏心的に遠近移動させることにより,「レンズ系の屈折力を変化させ,眼球の明視機能を働かせ眼球の輻輳(近くのものを見ている時のように両眼を内向きにする)又は開散(両眼を外向きにする)運動が繰返され,同時に眼球の調節(水晶体の屈折力を増大して近距離のものに眼のピントを合せる。)非調整(調節の解除)運動の繰返し」をおこなうものであるから,本願発明の「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段を一対備え」ているといえる。

また,その機能・作用からみて,引用発明の「一対の接眼レンズ(8)と一対の対物レンズ(9)との距離を所定の時間間隔で偏心的に遠近移動させる駆動手段」と,本願発明の「両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させるように制御するための制御手段」とは同義といえる。

また,引用発明の「眼筋鍛錬器」は,「一対の接眼レンズ(8)」と「一対の対物レンズ(9)」とを備えた「本体(4)を患者の眼に当接して使用する」ものであるから,「一対の前記視距離調整手段を通して外部を,見られるようにされてなる,近視・老視予防具」といえる。

したがって,両者は,

「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段を一対備えると共に,この両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させるように制御するための制御手段を備えてなり,

装着することで,使用者が,一対の前記視距離調整手段を通して外部を,見られるようにされてなる,近視・老視予防具。」である点で一致し,次の点で相違する。

相違点1:本願発明の近視・老視予防具は,全体として眼鏡様に構成されており,引用発明ではそのような構成でない点。

相違点2:本願発明の近視・老視予防具は,眼鏡様に装着することで,通常の生活を行える程度の視野を確保しているのに対し,引用発明ではどの程度の視野が確保されているのか不明な点。

相違点1について

引用発明の眼筋鍛錬器も使用する際には,本体(4)を患者の眼に当接させて使用するものであるから,引用発明の構成を眼鏡様とする程度のことは,当業者にとって適宜になし得る設計的な事項にすぎないというべきである。

相違点2について

上記相違点1で検討したように,引用発明の眼筋鍛錬器を眼鏡様とすることは当業者が適宜なし得る設計的な事項であるから,眼鏡様として用いる場合に十分な視野を確保するように装置全体の構成を配慮し,上記相違点2に係る本願発明の特定事項のようにすることは,当業者が容易に想到し得たことである。

そして,相違点1,2に係る本願発明の特定事項による効果を総合して判断しても,その効果は,当業者が予測し得た範囲のものであって,格別のものとはいえない。

以上のとおりであるから,本願発明は,引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第3原告主張の審決取消事由

審決には,以下に述べるとおりの誤りがあり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすから,違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)

本願発明は,請求項1に視距離調整手段が単レンズ構造を採ると明示されていないが,次のとおり,技術常識,本願の出願時明細書,公知技術,本願発明の作用効果のいずれを参酌しても,視距離調整手段が単レンズ構造を採ると認定すべき理由があり,かつ視距離調整手段が単レンズ構造以外の構造を採ると認定すべき理由がないから,視距離調整手段を単レンズ構造を採るものであると認定すべきであり,この点を正確に把握していない審決の本願発明の認定は誤っている。

(1)  技術常識との関係

ア 眼鏡がそのレンズについて,右眼又は左眼の前に一枚のレンズ等を有する構造,すなわち単レンズ構造を有することは,甲6(広辞苑第6版,株式会社岩波書店,平成20年1月),甲7(広辞林第5版,株式会社三省堂,昭和48年)によれば技術常識である。また,本願発明に係る近視・老視予防具は,全体として眼鏡様に構成されている。そして,本願発明の視距離調整手段は,眼鏡におけるレンズに当たるものである。そうすると,本願発明の視距離調整手段は,たとえ請求項1に明示がなかったとしても,少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っていると認定されるべきである。

イ(ア) 被告は,「視距離調整手段」が「少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っている」という記載が本願発明にはないから,本願発明の「視距離調整手段」は単レンズ構造を採るものに限られないと主張する。しかし,本願発明の「全体として眼鏡様に構成され」という記載に加え,一般的な眼鏡が単レンズ構造を採るという技術常識を参酌すれば,「視距離調整手段」は単レンズ構造を採るものに限られると解釈するのが普通であり,かつ自然である。したがって,たとえ請求項1に明示がなかったとしても,請求項1における「視距離調整手段」を「少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っている」ものと解釈すべきである。「視距離調整手段」が単レンズ構造を採るもの以外も含むと認定するための理由を,上述のごとき記載が請求項1にないこととする被告の主張は,原告の主張と噛み合っておらず,原告の主張に対する反論になっていない。

(イ) 被告は,「眼鏡」が「単レンズ構造」を採ることが技術常識であるとしても,本願発明には「眼鏡」ではなく「眼鏡様」と記載されているから,「眼鏡様」に構成される本願発明の「近視・老視予防具」についてまで「単レンズ構造」を採っていると認定しなければならない理由はないと主張する。

しかし,本願発明の「眼鏡様に構成されて」の「様」という文言は,甲20(広辞苑第6版,株式会社岩波書店,平成20年1月)にあるように,「型」,「かたち」,「形状」,「すがた」,「…らしくみえるもの」といった意味であるから,本願発明の「眼鏡様に構成されて」という記載は,「眼鏡の形をしている」,「眼鏡らしくみえるもの」という意味であると解釈するのが自然である。

しかも,本願発明では,「眼鏡(様)」という語に対して何らの修辞句も付されていないことから,請求項1でいう「眼鏡」を特殊な「眼鏡」であると認定する必要はない。

(ウ) 被告は,少なくとも2枚のレンズを用いた複レンズ構造であって,全体として「眼鏡様」に構成された,「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段」が,実願昭62-130673号(実開昭64-36820号)のマイクロフィルム(乙1),実願昭63-133143号(実開平2-53019号)のマイクロフィルム(乙2),特開昭61-177429号公報(乙3),特開平5-220190号公報(乙4)により明らかなように本願出願日前に周知であったことを指摘する。

しかし,原告の,本願発明の「視距離調整手段」を「少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っている」ものと解釈すべきであるとの主張は,実際にレンズが一枚かあるいは複数かという点は問題としていない。すなわち,片目に対して一枚のレンズを用いるか複数枚のレンズを用いるかによらず,日常生活使いに耐えられる広い視野の確保のためには,レンズ(等)が少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える構造となる(例えば,複数枚のレンズが用いられる場合でもそれらが一枚のレンズのように見える程度のまとまりをもつ必要がある。)ということを考慮して,眼鏡に採用されるレンズに典型的なレンズ(等)の構造を便宜上「単レンズ構造」と呼んでいるものである。

なるほど,乙1~4に記載の発明又は考案はいずれも,それらの請求項の末尾の記載から見て少なくとも形式的には眼鏡に関連するものと思われる。しかし,乙1~4のうち,乙2~4に開示の眼鏡は,片目に対して複数枚のレンズを使用するものではあるものの,それら複数枚のレンズは視野を確保するため互いに接した状態となっている。つまり,乙2~4は,眼鏡が「単レンズ構造」を採用するという原告が主張しているとおりの内容を開示しているにすぎない。他方,乙1に開示の眼鏡は,片目に対する2枚のレンズが互いに離れていることから,少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える「単レンズ構造」でなく外見的にも複数のレンズに見える「複レンズ構造」を採用している。しかし,乙1に開示の眼鏡の視野は,眼鏡と同様といえるほど広いものではなく,また,その全体形状は,眼鏡様とはとてもいえない形状となっている。つまり,乙1が開示するのは,「複レンズ構造」を採用すると,眼鏡と同様の視野の確保ができなくなり,また,その全体形状はとても眼鏡様とはいえない形状になる,というこれもまた原告が主張しているとおりの内容である。複レンズ構造を採用した眼鏡は,少なくとも日常生活で用いることの通常の眼鏡ではない。

すなわち,乙1~4には,複レンズ構造であって,全体として「眼鏡様」に構成された物は開示されていない。

(2)  本願明細書の記載との関係

ア 本願明細書(甲2,4)の【0008】には,伸縮可能な素材で形成した密閉構造の収納体の周囲を適当なフレームで固め,その内部に充填する液体の充填量を調節することにより形状の調節を行えるようになっており,その形状の変化により焦点距離を変化させられるようになっている視距離調整手段や,電場のかけ方により形状の調整が可能であるという特性を有するシリコーンゲルにより形成した透明体であり,その形状の変化により焦点距離を変化させられるようになっている視距離調整手段が開示されている。これらは,いずれも,少なくとも外見的に一枚のレンズのように見えるものであり,単レンズ構造を採るものである。

そして,このような,形状の変化により焦点距離を変化させる視距離調整手段は,既に特開平5-88004号公報(甲8),特開平5-2104号公報(甲9)に開示されており,本願の元となった原出願の出願日(以下,単に「本願出願日」という。)である平成5年9月27日以前に公知であった。

さらに,本願明細書(甲2,4)の【0009】には,所定の焦点距離を持つレンズを適宜なフレーム体で保持させ,フレーム体内でレンズを使用者の視野に入る位置と入らない位置との間で移動させることにより焦点距離を調整するようになっている視距離調整手段が開示されている。これも,少なくとも外見的には一枚のレンズのように見えるものであり,単レンズ構造を採るものである。

他方,本願明細書(甲2,4)には,視距離調整手段として単レンズ構造を採らないものは開示されていない。

以上のように,本願明細書(甲2,4)には,単レンズ構造を採る視距離調整手段が開示されており,かつ,単レンズ構造を採らない視距離調整手段が開示されていないから,本願発明の視距離調整手段は,たとえ請求項1にその旨の明示がなかったとしても単レンズ構造を採るものであると認定されるべきである。

イ 被告は,本願明細書(甲2,4)には本願発明の具体例としての単レンズ構造が開示されているだけであり,また本願明細書(甲2,4)には,視距離調整手段について単レンズ構造に限られるとする記載も示唆もないから,本願明細書(甲2,4)の記載に基づき請求項1における視距離調整手段が単レンズ構造を採るものに限られると限定解釈すべき理由はないと主張する。

しかし,視距離調整手段を備えた本願発明の近視・老視予防具は,「眼鏡様に構成されて」いる。したがって,その視距離調整手段は,眼鏡と同様に用いる広い視野を確保できるものであることが必要であり,結果として「単レンズ構造」を備えていなければならない。しかも,本願発明の視距離調整手段を複レンズ構造とすることは本願明細書(甲2,4)に開示されていないのであるから,本願発明における視距離調整手段を複レンズ構造をも含む広い概念として解釈することは誤りである。

(3)  公知技術との関係

ア また,本願出願日前において,少なくとも外見的に一枚のレンズのように見えるものであり,その焦点距離を可変とする本願発明の視距離調整手段となり得るものは,例えば,甲10(日本眼光学学会誌Vol.9No.11988「焦点距離可変液晶レンズ」日本眼光学学会,昭和63年5月),甲11(特開昭52-32348号公報),甲12(特開昭54-99654号公報),甲13(「JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS Vol.30, No.12B (DECEMBER,1991) pp.L2110-L2112 Optical Properties of a Liquid Crystal Microlens with a Symmetric Electrode Structure」IPAP1991年(平成3年)11月),甲14(「JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS Vol.18,No.9(SEPTEMBER,1979)pp.1679-1684 Liquid-Crystal Lens-Cells with Variable Focal Length」IPAP1979年(昭和54年)9月,甲15(「Liquid Crystals,Vol.5,No.5,pp.1425-1433,(1989).A liquid crystal microlens obtained with a non-uniform electric field」Taylor&Francis 1989年(平成元年)),甲16(「JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS VOL.24,No.8,AUGUST(1985)pp.L626-L628 Variable-Focus Liquid-Crystal Fresnel Lens」IPAP1985年(昭和60年)8月)の開示から明らかなように公知であった。

これらは,いずれも液晶レンズと呼ばれるものを開示している。液晶レンズとは,印加された電界の大きさのいかんによって配向の程度を変え,配向の程度のいかんによってその場所の屈折率が変わるという特性を有する液晶により形成された液晶層を,液晶層の部位によって異なる電界を印加できるようにするための工夫をした(例えば,所定の径の円形の孔を開けた)透明電極で挟み込み,透明電極間に作る電位差の大きさを液晶層の部位によって変化させることで,液晶層を焦点可変のレンズとして機能させようとするものである。

以上の甲10~甲16から明らかなように,また,前記の甲8,甲9が本願出願日前に公知になっているものであることも考慮すれば,本願出願日前において,視距離調整手段を単レンズ構造により達成するための技術が公知であったことは明らかである。そうすると,このような公知技術を考慮すれば,請求項1にその旨の明示がなかったとしても,本願発明における視距離調整手段は単レンズ構造のものと認定されるべきである。

イ 被告は,発明の認定は特段の事情のない限り特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきものであり,また,本願発明における「視距離調整手段」は請求項1の記載からその技術的意義を明確にできるのであるから,請求項1記載の視距離調整手段が単レンズ構造を採ると認定するための理由がないと主張する。

しかし,原告の上記アの主張は,本願発明における視距離調整手段を公知技術を用いて単レンズ構造により構成し得るということを主張したにすぎない。請求項の記載が明確である場合は,請求項の記載どおりに請求項に係る発明を認定するが,この場合,請求項の用語の意味は,その用語が有する通常の意味と解釈すべきであるから,原告主張の上述のごとき認定手法は是認されてしかるべきである。

(4)  本願発明の作用効果との関係

ア 本願発明の作用効果は,本願明細書(甲2,4)の【0006】に「使用者は強制的に遠方視を行うことになるので,知らず知らずの内に近視や老視の防止が図られる。」とあるとおりであるが,かかる作用効果を得るためには,視距離調整手段は単レンズ構造を採るものでなければならない。

なぜなら,本願発明が近視・老視予防具であること,及び,本願明細書(甲2,4)の【0002】の記載に鑑みれば,本願発明に係る近視・老視予防具が日常生活で用いられることが明らかである。そして,日常生活で用いられる本願発明が上記の作用効果を奏するには,それを使用する使用者が日常生活で必要とする視野を妨げないようになっていることが不可欠である。本願発明が仮に,その使用時において使用者が日常生活で必要とする視野を妨げるものとなっているのであれば,日常生活の中で進行する近視・老視を予防しようとする,本願発明の大前提を欠くことになるからである。

そして,日常生活で必要な視野を妨げないだけの広い視野は,単レンズ構造に特有の作用効果であるところ,広い視野を有するという作用効果を有する本願発明における視距離調整手段が単レンズ構造を採用しているということは明らかである。

イ 被告は,本願発明の作用効果は【0006】に記載されたとおりであり,この作用効果は,「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段」に基づくものであることが明らかであり,且つ,本願明細書(甲2,4)に記載の作用効果と単レンズ構造との関係については何ら記載されていないと主張する。

しかし,上記アに記載したとおり,日常生活の中で進行する近視・老視を予防しようとする本願発明の大前提が達成されるには,本願発明に係る近視・老視予防具が日常生活で用いるために必ず必要とする視野を妨げないようになっているという作用効果が不可欠である。しかるに,本願発明には,「全体として眼鏡様に構成されており,眼鏡様に装着することで,使用者が,一対の前記視距離調整手段を通して外部を,通常の生活を行える程度の視野を確保しながら見られるようにされてなる」という記載があるのであるから,視距離調整手段が日常での生活を行える程度の視野を確保できるという作用効果を生じること,及びその前提として視距離調整手段が眼鏡と同様の視野を確保できるという作用効果を奏することはともに明らかであり,それゆえ,視距離調整手段が単レンズ構造を有するということも明らかである。そして,本願発明における視距離調整手段は,請求項1の記載から明らかなようにそれを通して外部を見るものであるから,眼鏡におけるレンズに相当し,かつ眼鏡におけるレンズと同様の機能を有することが明らかなのであり,そうすると,眼鏡におけるレンズと同様の視野を確保できるに必須の単レンズ構造を有することもまた明らかである。

2  取消事由2(相違点3の看過)

(1)  引用発明が開示するのは,単レンズ構造を有する視距離調整手段ではないから,引用発明は,本願発明における視距離調整手段を開示していない。そうすると,本願発明と引用発明との間には,「本願発明の近視・老視予防具は,視距離調整手段を一対備えているが,引用発明は本願発明の視距離調整手段を備えていない点」,すなわち,「本願発明の近視・老視予防具は,単レンズ構造を採る視距離調整手段を一対備えているが,引用発明は複レンズ構造を採る視距離調整手段を一対備えており,本願発明の視距離調整手段を備えていない点」が存在するのに,審決はこの相違点3を看過した誤りがあり,その結果,相違点3が存在してもなお引用発明から本願発明を当業者が容易に想到できることについての動機付けも示さなかったものである。

すなわち,引用発明は,その特許請求の範囲の「接眼レンズと対物レンズとを駆動装置によって偏心的にその距離を遠近に往復可変しうるように取り付けてなる眼筋鍛錬器」という記載,及び図1,図2から明らかなように,右眼又は左眼の前に,接眼レンズと対物レンズという2枚のレンズを有する構造,すなわち複レンズ構造を採っている。

しかるに,引用発明に係る眼筋鍛錬器では,接眼レンズと対物レンズの相対的な距離を可変にすることによって視距離の調整が可能となっており,また,接眼レンズと対物レンズの双方を通して使用者が外界を見ることになっている。そうすると,引用発明が,本願発明の,「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な」ものとされる視距離調整手段を開示するとすれば,それは,引用発明の眼筋鍛錬器が備える接眼レンズと対物レンズをまとめたものであるということになるが,これは,上記のように複レンズ構造を採っているから,単レンズ構造を採っている本願発明の視距離調整手段とは明らかに異なるものである。

(2)  被告は,本願発明が備える視距離調整手段が単レンズ構造を採るものに限られないことを前提に,引用発明が本願の請求項1に記載の視距離調整手段と同一の視距離調整手段を備え,しかも引用発明がかかる視距離調整手段を一対備えるから,本願発明と引用発明の間に視距離調整手段に関する相違点である相違点3は存在しないと主張する。

しかし,前記のように,本願発明が備える視距離調整手段は単レンズ構造を採る。他方,引用発明が備える一対の視距離調整手段はそれぞれ,日常生活を送るに必要な視野を確保することが困難な程度に互いに相当の距離離れた2枚のレンズを備えており,したがって複レンズ構造を採るものといえるから,本願発明と引用発明との間に上記の相違点3が存在する。

3  取消事由3(相違点1,2の判断の誤り)

審決は,相違点1について,「…引用発明の眼筋鍛錬器も使用する際には,本体(4)を患者の眼に当接させて使用するものであるから,引用発明の構成を眼鏡様とする程度のことは,当業者にとって適宜になし得る設計的な事項にすぎないというべきである。」(4頁下から2行~5頁2行)と判断し,相違点2について「上記相違点1で検討したように,引用発明の眼筋鍛錬器を眼鏡様とすることは当業者が適宜なし得る設計的な事項であるから,眼鏡様として用いる場合に十分な視野を確保するように装置全体の構成を配慮し,上記相違点2に係る本願発明の特定事項のようにすることは,当業者が容易に想到し得たことである。」(5頁4行~8行)とするが,いずれも誤りである。

(1)  相違点1の判断の誤り

ア(ア) 引用発明を全体的に眼鏡様に構成するように修正することは,当業者においても容易には想到し得なかったことである。すなわち,上記2で記載したように,引用発明の眼筋鍛錬器は,接眼レンズと対物レンズを備えており,複レンズ構造を採用している。このような複レンズ構造を有する引用発明の構成は,「眼鏡様」というよりも,むしろ「双眼鏡様」というべきものである。なお,双眼鏡が複レンズ構造を有することは,甲17(広辞苑第6版,株式会社岩波書店,平成20年1月)と甲18(広辞林第5版,株式会社三省堂,昭和48年)によっても明らかである。これらによれば,双眼鏡は,望遠鏡を2つ並べたものであり,望遠鏡(特に屈折望遠鏡)は,1本の筒に納められた接眼レンズと対物レンズを有するものであるから,複レンズ構造を採用する引用発明は,まさに,双眼鏡様の構成であるといえる。

(イ) 審決は,本願発明,引用発明は共に患者の目に当接させて使用するものであるから双眼鏡様の引用発明を本願発明のように眼鏡様に変更できる,と述べる。しかし,審決の述べることが仮に妥当であるとすれば,同じ機能を有する機器であって,眼鏡様と双眼鏡様の形状の双方で実現されているものが多数存在するはずである。しかし,そのような事実はない。

すなわち,単レンズ構造と複レンズ構造は異なる機能を有するのであり,それらを採用すべき機器に求められる特性に応じて選択されるのであるから,単レンズ構造と複レンズ構造は,通常採用されるものと逆のものが採用される場合には,そのような不合理な選択を行うための動機付けが強く必要とされるものである。

(ウ) しかるに,本願発明の場合には,目が悪くなる前に普段の日常生活の中で用いることができる近視・老視予防具を作りたいという本願発明者の強い思いが,単レンズ構造を採用するための動機付けになっており,その動機付けの存在ゆえに,本願発明者は,通常とは逆の,ある意味不合理ともいえる選択を行っている。

(エ) 他方,引用発明にはそのような動機付けはない。引用発明は,引用例(甲1)の記載から明らかなように,病院で行っていた治療を家庭(という場所)で行えるようにするためのものであり,病院で行っていた治療を,日常生活の中で(言い換えれば,日常の活動を行いながら)行えるようにすることを意図するものではない。すなわち,引用発明は,日常生活の中で近視・老視を予防するものではなく,日常生活の中で発生してしまった近視・老視を,本来であれば病院で行っていたような方法で後追い的に治療するものにすぎない。

(オ) 以上によれば,引用例(甲1)は引用発明を眼鏡様とするための動機付けを開示せず,また,審決は,この点についての他の動機付けを示していないから,審決が相違点1を判断するに際し行った引用発明から本願発明を想到するための論理付けは不十分なものである。

イ(ア) 被告は,複レンズ構造であるから「眼鏡様」に構成することができないというものではないと述べ,その理由として,乙1~4などから複レンズ構造を採用したものであって,かつ,「眼鏡様」に構成したものが従来周知であると主張する。

しかし,前記で述べたように,乙1~4に示されているのは,眼鏡が「単レンズ構造」を採用するという内容と,「複レンズ構造」を採用する製品の全体形状は眼鏡様とはいえない形状になるという内容のみであり,被告のいうような,「複レンズ構造であって,全体として『眼鏡様』に構成したもの」は,乙1~4のいずれにも開示されていない。被告はまた,「複レンズ構造であって,全体として『眼鏡様』に構成したもの」が従来周知であるという他の証拠を示していない。

(イ) 被告は,引用発明の「眼筋鍛錬器」も患者の眼に当接させた状態で頭部に支持して使用するものであり,しかも,複レンズ構造で眼鏡様に構成したものが周知であるから,引用発明を全体として「眼鏡様」に構成することは当業者には容易であり,その動機付けは十分であると主張する。

しかし,前記のように,複レンズ構造で眼鏡様に構成したものは周知ではない。また,引用発明が仮に患者の眼に当接させた状態で頭部に支持して使用するものであったとしても,そのような使用の仕方をする同種の機器の中で単レンズ構造を採るものと複レンズ構造を採るものの双方が知られており,かつ用途に応じてそれらが使い分けられているような事例は存在しない。例えば,眼鏡は常に単レンズ構造を採用し,双眼鏡は常に複レンズ構造を採用する。

(2)  相違点2の判断の誤り

ア(ア) 審決は,相違点1の判断を前提として,引用発明を眼鏡様として用いる場合に十分な視野を確保するように装置全体の構成を配慮し引用発明の構成を相違点2における本願発明の特定事項のようにすることは当業者が容易に想到し得たことである,とするが,審決の相違点1の判断が誤りであることは上記(1)で記載したとおりである。

(イ) また,審決は,相違点2の判断に関し,「上記相違点1で検討したように,引用発明の眼筋鍛錬器を眼鏡様とすることは当業者が適宜なし得る設計的な事項であるから,眼鏡様として用いる場合に十分な視野を確保するように装置全体の構成を配慮し,上記相違点2に係る本願発明の特定事項のようにすることは,当業者が容易に想到し得たことである。」(5頁4行~8行)というように,十分な視野を確保するように装置全体の構成を配慮することについて言及しており,この内容のみが,引用発明の構成を眼鏡様のものとすることについての動機付けとなり得る可能性がある。しかし,十分な視野は,眼鏡様の全体構成を採用した時点で既に得られているのであるから,相違点2と関連して審決が述べている装置全体の構成についての「配慮」は,相違点1が解消された,すなわち引用発明が眼鏡様の全体構成を採用したことを前提とした場合にはもはや観念することができない。

すなわち,審決が行った引用発明から本願発明を想到するための論理付けは,入れ子構造になっており,この点で矛盾するといえる。

イ 被告は,引用発明の構成を相違点1における本願発明のようにすることの動機付けがないとする原告の主張が失当であり,また,引用発明の眼筋鍛錬器は患者が家庭で使用するものである以上,通常の生活を行える程度の視野が求められるものといえるから,当業者であれば引用発明の眼筋鍛錬器を眼鏡様とする場合には普通の眼鏡がそうであるように通常の生活を行える程度の視野を確保することは当然に考慮すると主張する。

しかし,前記のとおり,引用発明を全体として「眼鏡様」に構成するための動機付けは存在しない。また,引用発明の眼筋鍛錬器は,患者が家庭で使用するものであるものの,患者が家庭において「日常生活の中で」使用するものであるとの開示は引用例(甲1)の中に一切ない。そもそも,引用発明はその構造上,左右方向,上下方向ともに15°程度の角度の視野角しか取れないのであり,そのような眼筋鍛錬器を身に付けた状態で日常生活を送るのは不可能である。

確かに,引用例(甲1)には,「本発明はこれらの欠点を改善し家庭で簡単にできると共に薬物による副作用や有害な作用を眼に及ぼすことがない治療法を基礎にした装置を提供する」(1頁右下欄11行~14行)という記載が存在する。しかし,引用例(甲1)には,「従来この種の治療としては薬物療法,超音波治療,低周波治療,水晶体体操法,凸レンズ装用法,ハブロスコープ,シノプトフォア改良型大塚式偽近視治療器などが知られているが,治療効果が弱かったり,通院治療が必要である等の欠点があり満足すべき治療がないのが現状である。」(1頁右下欄5行~10行)という記載に鑑みれば,薬を家庭で使用できない不便さ,装置の大型さ,あるいは装置の高価さなどに起因して家庭で行うことのできなかったこれら治療方法を医院に行かずとも家庭で実施できるようにすることのみが引用発明の目的であり,そのような治療方法を家庭において「日常生活の中で」実施できるようにすることまでを引用発明が射程に入れていないことは明らかである。また,引用例(甲1)の「…薬物による副作用もなく通院による時間的無駄を省き家庭で簡単に治療することができる等の優れた効果を有するものである。」(2頁右上欄14行~17行)という記載中の「通院による時間的無駄を省き」という記載は,引用発明によって省かれる時間的無駄が通院時間の無駄のみであることを端的に示している。すなわち,引用例(甲1)からは,家庭で日常生活を行う時間の中で治療に回される時間を省こうとするという意図を全く読み取ることができない。

すなわち,「引用発明の眼筋鍛錬器は,患者が家庭で使用するものである以上通常の生活を行える程度の視野が求められる」ということを前提としつつ,「引用発明の形状として本願発明と同様の眼鏡様の形状を採用できる」という結論を導く被告の主張は,引用発明が通常の生活を行える程度の視野を有さない以上成り立たない。

4  取消事由4(作用効果についての認定の誤り)

(1)  審決は,「相違点1,2に係る本願発明の特定事項による効果を総合して判断しても,その効果は,当業者が予測し得た範囲のものであって,格別のものとはいえない。」(5頁9行~11行)とするが,誤りである。

すなわち,単レンズ構造の視距離調整手段を採用した本願発明の視野は広いものであり,複レンズ構造のレンズ群を採用した引用発明の視野の狭さとは,その視野角の左右方向及び上下方向において明らかな差がある。

したがって,本願発明は,その視距離調整手段が「単レンズ構造」を持つことから広い視野を持つため,日常生活の中で近視と老視を予防することができるという引用発明からは予測し得なかった作用効果を奏する。これに対し,引用発明の眼筋鍛錬器は,請求項1記載の近視・老視予防具に比べて明らかに視野が狭く,通院による時間の無駄を省くことはできるものの,日常生活の中で用いることはできないから,本願発明と同様の作用効果を奏することはできない。また,引用発明において全体として眼鏡形状の構成を採用するための動機付けが存在しない以上,上述の作用効果は,当業者が予測し得た範囲のものとはいえないものである。

(2)ア  被告は,本願発明の「視距離調整手段」が「単レンズ構造」であるとは限られないから,本願発明の「視距離調整手段」が「単レンズ構造」であることを前提として,広い視野角を有する本願発明は,目が悪くなる前に普段の日常生活の中で用いることができる近視・老視予防具を実現できるという引用発明が奏さない作用効果を奏するとはいえないと主張する。

しかし,前記のとおり,本願発明の「視距離調整手段」が「単レンズ構造」を採用するものであり,そのような広い視野角を有する本願発明は,目が悪くなる前に普段の日常生活の中で用いることができる近視・老視予防具を実現できるという作用効果を奏する。これに対し,前記のとおり「複レンズ構造」を採用する視野角の狭い引用発明はこのような作用効果を奏さない。

イ  また被告は,引用発明の「眼筋鍛錬器」の構成を「眼鏡様」とする動機付けが存在するから,その際の効果は,当業者が予測し得た範囲のものであって,格別なものとはいえないと主張するが,前記のとおり引用発明には被告がいうような動機付けは存在しないから,被告のこの主張は失当である。

第4被告の反論

審決の認定判断は正当であり,次のとおり,原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)に対し

(1)  技術常識との関係

ア 原告は,本願発明の「視距離調整手段」は,「少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造」と認定すべきと主張する。

しかし,本願発明には,視距離調整手段に関して「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段」と記載されているだけで,「視距離調整手段」が「少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造」であることについて何ら記載されていないのであるから,原告の上記主張は,特許請求の範囲の請求項1の記載に基づかない主張といわざるを得ない。

イ また原告は,「眼鏡」の意味が「単レンズ構造」であることは技術常識であると主張する。

(ア) そこで,本願発明の記載をみると,請求項1には,「全体として眼鏡様に構成されており,眼鏡様に装着することで」と記載されているだけで,「眼鏡」として構成されているという記載はない。すなわち,本願発明の「近視・老視予防具」は「眼鏡様」に構成されるものではあっても,「眼鏡」として構成されたものではない。

また,本願明細書(甲2,4)の【0007】の,「本発明における予防具は,眼鏡様に装着することで,使用者が,一対の前記視距離調整手段を通して外部を見られるようにされてなるものであってもよい。本発明の予防具を用いる近視・老視予防方法は,予防具の両視距離調整手段を眼鏡様に装着して用いた状態で,制御手段が両視距離調整手段を制御することにより,近傍視状態のままで所定時間について遠方視の状態を与えるものである。」との記載からも明らかなように,本願発明の「近視・老視予防具」は「眼鏡様」に装着されるものではあっても,「眼鏡」そのものというわけではない。

したがって,原告の主張するように「眼鏡」の意味が「単レンズ構造」であることが技術常識であるとしても,「眼鏡様」に構成される本願発明の「近視・老視予防具」についてまで「単レンズ構造」を採っていると認定しなければならない理由はない。

(イ) また,仮に,「眼鏡様」の意味が「単レンズ構造」であると解したとしても,実開昭64-36820号公報(乙1),実開平2-53019号公報(乙2),特開昭61-177429号公報(乙3),特開平5-220190号公報(乙4)に示されているように,少なくとも2枚のレンズを用いた複レンズ構造であって,全体として「眼鏡様」に構成された,「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段」は,本願出願日前に周知である。

そうすると,「眼鏡」が「単レンズ構造」であることが技術常識であるとしても,「眼鏡様」に構成される本願発明が「単レンズ構造」であると限定して解釈しなければならない理由はない。

(2)  本願明細書の記載との関係

本願明細書(甲2,4)には,本願発明の具体例として,視距離調整手段を単レンズ構造としたものが挙げられているのであって,当該記載は本願発明の視距離調整手段が単レンズ構造に限られることを意図しているものではない。しかも,本願明細書のその余の記載をみても,当該視距離調整手段が単レンズ構造に限られるとする記載も示唆もない。したがって,本願明細書(甲2,4)の記載には,視距離調整手段について単レンズ構造に限定して解釈しなければならない特段の理由はない。

(3)  公知技術との関係

発明の認定は,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきものであるから,本願発明の「視距離調整手段」について請求項1をみると,「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段」と明確に記載されており,当該記載から本願発明における「視距離調整手段」の技術的意義を明確に理解することができる。

また,一枚のレンズにより焦点距離を可変とする視距離調整手段が公知技術であるからといって,本願発明に「視距離調整手段」が単レンズ構造を採るものであると明記されていない以上,視距離調整手段が単レンズ構造を採ると認定すべきである,とする原告の主張は理由がなく,本願発明の視距離調整手段の認定に何ら影響を与えるものではない。

(4)  本願発明の作用効果との関係

ア 原告は,本願発明は,本願明細書(甲2,4)の【0006】の「使用者は強制的に遠方視を行うことになるので,知らず知らずの内に近視や老視の防止が図られる。」に記載される作用効果,及び,【0002】の記載から,本願発明に係る近視・老視予防具が日常生活で用いられることが明らかであるから,本願発明の視距離調整手段が単レンズ構造のものであると判断すべきと主張する。

しかし,前記(1),(2)で述べたとおり,本願発明の視距離調整手段について単レンズ構造に限定して解釈しなければならない特段の理由はない。そして,本願明細書(甲2,4)の【0006】に記載された作用効果は,近傍視に適当な間隔で遠方視を挟むことによってなされるものであるから,本願発明の「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段」に基づくものであることは明らかである。そうすると,本願明細書(甲2,4)の上記記載に基づき,本願発明の視距離調整手段を単レンズ構造のものであると認定すべきであるとする原告の主張は失当である。

イ また,実開昭64-36820号公報(乙1),実開平2-53019号公報(乙2),特開昭61-177429号公報(乙3),特開平5-220190号公報(乙4)に示されるように,単レンズ構造に限らず,複レンズ構造であっても眼鏡様に構成されるものであれば,それを使用する使用者が日常生活で必要とする程度の視野を確保できることも明らかであるから,日常生活で必要な視野を妨げないだけの広い視野は,単レンズ構造に特有の作用効果であるとする原告の主張も失当である。

2  取消事由2(相違点3の看過)に対し

(1)  本願発明の「視距離調整手段」は,本願発明に記載されているとおり,「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段」であって,原告の主張するような「単レンズ構造」に限られるものではないことは,上記1で述べたとおりである。

(2)  一方,引用発明の「視距離調整手段」についてみると,審決が説示するとおり,「引用発明は『本体(4)に対し,接眼レンズ(8)の前方に,斜状の支柱(11)を介して摺動自在に嵌装した対物レンズ(9)』を備え,駆動装置により,『接眼レンズ(8)』と『対物レンズ(9)』の距離を偏心的に遠近移動させることにより,『レンズ系の屈折力を変化させ,眼球の明視機能を働かせ眼球の輻輳(近くのものを見ている時のように両眼を内向きにする)又は開散(両眼を外向きにする)運動が繰返され,同時に眼球の調節(水晶体の屈折力を増大して近距離のものに眼のピントを合せる。)非調整(調節の解除)運動の繰返し』をおこなうもの」(3頁下から1行~4頁8行)であるから,引用発明も「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能」なものであり,本願発明の「視距離調整手段」と比べて構成上相違する点はない。しかも,引用発明の「近視・老視予防具」も視距離調整手段を一対備えている。そうすると,本願発明と引用発明との間には,原告の主張するような相違点3は存在しない。

3  取消事由3(相違点1,2の判断の誤り)に対し

(1)  相違点1の判断誤りの主張に対し

ア 原告は,引用発明の眼筋鍛錬器は,接眼レンズと対物レンズを備えており,複レンズ構造を採用しているが,このような複レンズ構造を有する引用発明の構成は,「眼鏡様」というよりも,むしろ「双眼鏡様」というべきものであると主張する。しかし,前記1(1)イ(イ)で述べたとおり,複レンズ構造を採用したものであって,かつ,「眼鏡様」に構成したものは従来周知であり(実開昭64-36820号公報〔乙1〕,実開平2-53019号公報〔乙2〕,特開昭61-177429号公報〔乙3〕,特開平5-220190号公報〔乙4〕),複レンズ構造であるから「眼鏡様」に構成することができないというものではない。そして,甲17(「広辞苑第6版」株式会社岩波書店,平成20年1月)と甲18(「広辞林第5版」株式会社三省堂,昭和48年)から,「双眼鏡」が「複レンズ構造」を有するものであるとしても,上記のように,「複レンズ構造」のものが「双眼鏡」に限られるものでもない。

イ 原告は,引用発明には,眼鏡様とするための動機付けがないと主張する。しかし,複レンズ構造を採用した引用発明の「眼筋鍛錬器」も,患者の眼に当接させた状態で頭部に支持して使用するものであり,しかも,上記アに記載したように,複レンズ構造で眼鏡様に構成したものが周知であることを考慮すれば,引用発明の「視距離調整手段」を頭部に支持するための手段として,患者の頭部に嵌装する「帯状体(1)」に代えて,一対の耳掛け部を設けた,全体として「眼鏡様」の構成を採用することは,当業者であれば容易に想到し得ることであり,動機付けは十分であるといえる。したがって,複レンズ構造のものを眼鏡様とする程度のことは,当業者にとって適宜になし得る設計的な事項にすぎない。

(2)  相違点2の判断誤りの主張に対し

ア 上記(1)イで述べたとおり,引用発明の構成を相違点1における本願発明のようにすることの動機付けがないとの原告の主張は失当である。

イ また,引用例(甲1)には,「本発明はこれらの欠点を改善し家庭で簡単にできると共に薬物による副作用や有害な作用を眼に及ぼすことがない治療法を基礎にした装置を提供する」(1頁右下欄11行~14行)と記載されており,引用発明の眼筋鍛錬器は,患者が家庭で使用するものである以上,通常の生活を行える程度の視野が求められるものといえる。

したがって,当業者であれば,引用発明の眼筋鍛錬器を眼鏡様とする場合には,普通の眼鏡がそうであるように通常の生活を行える程度の視野を確保することは当然に考慮することである。

4  取消事由4(作用効果についての認定の誤り)に対し

前記1(1)で述べたとおり,本願発明の「視距離調整手段」が「単レンズ構造」であることを前提とした原告の主張は理由がなく,また,上記3(2)イで述べたとおり,引用発明の眼筋鍛錬器を眼鏡様とする際に,普通の眼鏡がそうであるように通常の生活を行える程度の視野を確保することは当業者であれば当然に考慮することである。また,前記3(1)イで述べたとおり,引用発明の「眼筋鍛錬器」の構成を「眼鏡様」とする動機付けが存在するから,その際の効果は,当業者が予測し得た範囲のものであって,格別のものとはいえない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明の要旨認定の誤り)について

(1)  本願発明は,前記第2,2記載のとおり,「【請求項1】所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段を一対備えると共に,この両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させるように制御するための制御手段を備えてなり,全体として眼鏡様に構成されており,眼鏡様に装着することで,使用者が,一対の前記視距離調整手段を通して外部を,通常の生活を行える程度の視野を確保しながら見られるようにされてなる,近視・老視予防具。」というものである。

これによれば,本願発明の「視距離調整手段」は,「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な」ものと明確に特定されている。したがって,本願発明の「視距離調整手段」は,そのような構成をとるものであれば足りるのであって,外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っているものに限られるとはいえない。

また,確かに本願発明には,「全体として眼鏡様に構成されており,眼鏡様に装着することで,使用者が,一対の前記視距離調整手段を通して外部を,通常の生活を行える程度の視野を確保しながら見られるようにされてなる,」との記載がある。しかし,「眼鏡」という文言自体に遠眼鏡との意味もあり,望遠鏡・双眼鏡の意味があることとなる(「広辞苑第4版」,「広辞林第5版」株式会社三省堂,昭和48年〔甲7〕)し,また,「眼鏡様」という文言の「様」とは,この場合,接尾語的に,…らしく見えるもの,…といったもの,という意味を有する(「広辞苑第4版」)から,「眼鏡様」とは眼鏡らしく見えるもの,眼鏡といったもの,という意味となる。したがって,「眼鏡様」という文言から,当然に,原告の主張するような一般の眼鏡の持つ具体的構成に限定されることを導くことはできない。

また,「通常の生活を行える程度の視野」という文言は,文言自体が抽象的なものであるから,これのみで,外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っているという視距離調整手段の具体的構成までを導くことは困難である。

そして,審決も,以上と同じ理解に立って本願発明の要旨を認定し,引用発明との対比を行っているとみることができる。したがって,審決の本願発明の要旨認定に誤りはない。

(2)  以上の認定は,以下のとおり,本願明細書(甲2,4)の記載からも裏付けられる。

ア すなわち,本願明細書(甲2,4)の【発明の詳細な説明】には,以下の記載がある。

(ア) 技術分野

「本発明は,近視や老視を予防するための予防具及びそれを用いて近視や老視を予防する方法に関する。」(【0001】)

(イ) 背景技術

「テレビやゲーム機器,あるいは多種多様な出版物の氾濫により近視の原因となる近傍視(近くの視認対象物を見続けること)の過剰化がますます進んで来ている。そして,このような近傍視の過度の継続が近視の大きな原因の一つであることはよく知られている。一方,近傍視に適当な間隔で遠方視を挟んで目を休めることにより,近視のある程度の予防が可能であるとの提言も古くよりなされている。しかし,テレビやゲーム機器などに夢中の状態で遠方視を随時挟むことは現実問題として実行しがたいのが実情である。」(【0002】)

「また,老視についても,近傍視に遠方視を随時挟むことにより,老視の発生や進行をある程度防止できることが知られているが,この場合にもその実行の現実的困難性は同様である。」(【0003】)

(ウ) 発明が解決しようとする課題

「このような事情のもとになされたのが本発明で,近傍視状態において適宜な間隔で言わば外的に遠方視を与えることにより近視や老視を予防するための予防具及びそれを用いた予防方法の提供を目的としている。」(【0004】)

(エ) 課題を解決するための手段

「本発明による近視・老視予防具(以下,「予防具」という場合もある。)は,所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段を一対備えると共に,この両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させるように制御するための制御手段を備えてなる。

本発明による予防具は,また,異なる焦点距離を与える異なるレンズ状態に変化可能な視距離調整手段を一対備えると共に,この両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させるように制御するための制御手段を備えてなる。

或いは,本発明による予防具は,第1の焦点距離を与える第1のレンズ状態と第1の焦点距離とは異なる第2の焦点距離を与える第2のレンズ状態とに変化可能な視距離調整手段を一対備えると共に,この両視距離調整手段の第1のレンズ状態と第2のレンズ状態とを所定の時間間隔で変化させるように制御するための制御手段を備えてなる。」(【0005】)

「この予防具を用いての近視や老視の予防は,予防具の両視距離調整手段を装着して用いた状態で行う。その状態で,制御手段が両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させる。これにより,使用者は強制的に遠方視を行うことになるので,知らず知らずの内に近視や老視の防止が図られる。」(【0006】)

「本発明における予防具は,眼鏡様に装着することで,使用者が,一対の前記視距離調整手段を通して外部を見られるようにされてなるものであってもよい。

本発明の予防具を用いる近視・老視予防方法は,予防具の両視距離調整手段を眼鏡様に装着して用いた状態で,制御手段が両視距離調整手段を制御することにより,近傍視状態のままで所定時間について遠方視の状態を与えるものである。」(【0007】)

「視距離調整手段としては,形状調節が可能な透明体を用いる構造,つまり両面が平面である非レンズ状態と両面乃至片面が球面状態であるレンズ状態を選択的にとれる透明体を用いる構造がその一つとして可能である。このような透明体としては,例えば適当な液体を伸縮可能な素材で形成した密閉構造の透明な収納体に充填し且つ収納体の周囲を適宜なフレームで固めた構造としたものなどが可能で,この場合には収納体内の液体量を調節することにより,非レンズ状態とレンズ状態の調節を行える。また,例えばシリコーンゲルを用いて透明体を形成すると,電場のかけ方により形状の調整が可能であるというシリコーンゲルの特性を利用して非レンズ状態とレンズ状態との可変化が可能である。」(【0008】)

「視距離調整手段として可能な他の一つは,所定の視距離を与えるレンズを適宜なフレーム体で保持させ,このフレーム体内で当該レンズを移動させて視野内に選択的に位置決めさせる構造がある。」(【0009】)

(オ) 発明を実施するための最良の形態

「以下,本発明の実施例を説明する。

第1実施例(図1及び図2)

この実施例は,液体充填の透明体を視距離調整手段として用いた例である。即ち,予防具1は,所定の屈折率を持つ液体を伸縮可能で透明な素材製で密閉構造に形成した収納体に充填してなる一対の透明体2,2を眼鏡状の構造でそれぞれフレーム体3に保持させ,この両透明体2,2の液体量をフレーム体3のつる部3tに取り付けた制御手段4により調整できるようにしてなっている。制御手段4は,プログラム的な制御機能を備えており,これに基づいて両透明体2,2の液体量を所定の時間間隔で変化させそれぞれの液体量に対応して一定時間その状態を保つ制御を行うようになっている。具体的には,両フレーム体3,3を接続する接続部材5を管構造とし,この接続部材5の各端部を各収納体に接続すると共に接続部材5に制御手段4からの供給管6を接続しており,この供給管6を介して制御手段4による液体量調整を伝えるようにしている。そして,これに応じて両透明体2,2は,液体量が少ない状態で両面が平面である非レンズ状態となり,液体量が多い状態で両面が球面であるレンズ状態となる。」(【0010】)

「第2実施例(図3)

この実施例は,レンズ移動式の視距離調整手段を用いた例である。即ち,予防具10は,フレーム体11にレンズ12を矢示Xの如く移動可能に保持させた視距離調整手段13を眼鏡状に一対組み合わせ構造とされ,この各視距離調整手段13のレンズ12に図示せぬ制御手段により前記移動を行わせるようにしてなっている。そして,図に実線で示す位置にレンズ12が位置している状態が非レンズ状態,つまり通常の視距離を与える状態であり,通常の近傍視となり,図に想像線で示す位置にレンズ12が位置している状態がレンズ状態,つまり遠方視様の視距離を与える状態であり,近傍視状態のままで遠方視となる。」(【0011】)

イ そうすると,本願明細書(甲2,4)には,「視距離調整手段」が,外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採った場合である実施例1,2が記載され(上記ア(オ)),図1,3が示されている。

しかし他方,上記ア(ア)~(オ)の記載によれば,本願発明は,テレビやゲーム機器などに夢中の状態等の近傍視の継続中でも,遠方視を随時挟むことを実行することにより近視や老視をある程度予防できることが知られているが,これを自主的に実行することが現実的に困難という課題があり,これを解決するため,前記(1)に記載した請求項1の構成を採り,いわば外的に,強制的に遠方視を与えることにより近視・老視予防の目的を達しようとするものである。そうすると,本願発明は,テレビやゲーム機器の画面を見るなどといったある程度の限られた日常生活において必要な視野を妨げない作用効果を意図しているとまでは言い得ても,日常生活全般で必要とされる更に広い視野を妨げない作用効果を意図していることは明らかではない。仮に,本願発明の「通常の生活」が日常生活全般を意味するものであったとしても,「通常の生活を行える程度の視野」が具体的にどの程度のものであるかについて,本願明細書(甲2,4)には記載されていない。

また,上記の本願発明の技術的特徴と,本願発明の「視距離調整手段」が外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造に限定されることとが必ずしも当然に結び付くものでもない。また,本願発明の「視距離調整手段」が外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造に限定されることは,本願明細書(甲2,4)中に具体的に記載されていない。

以上に照らせば,本願発明は上記の実施例の構成に限定されないというべきである。

(3)  原告の主張について

ア 技術常識との関係

(ア) 原告は,眼鏡がそのレンズについて,右眼又は左眼の前に一枚のレンズ等を有する構造,すなわち単レンズ構造を有することは,甲6(広辞苑第6版,株式会社岩波書店,平成20年1月),甲7(広辞林第5版,株式会社三省堂,昭和48年)によれば技術常識である,そして,本願発明に係る近視・老視予防具は,全体として眼鏡様に構成され,本願発明の視距離調整手段は,眼鏡におけるレンズに当たるから,本願発明の視距離調整手段は,たとえ請求項1に明示がなかったとしても,少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っていると認定されるべきであると主張する。

しかし,前記(1)に説示したとおり,本願発明の「眼鏡」という文言自体に望遠鏡・双眼鏡との意味があり,「眼鏡様」とは眼鏡らしく見えるもの,眼鏡といったもの,という意味となるから,「眼鏡様」という文言から,原告の主張するような一般の眼鏡の持つ具体的構成に特定されることを導くことはできない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(イ) 原告は,本願発明の「全体として眼鏡様に構成され」という記載に加え,一般的な眼鏡が単レンズ構造を採るという技術常識を参酌すれば,「視距離調整手段」は単レンズ構造を採るものに限られると解釈するのが普通であり,かつ自然であるから,たとえ請求項1に明示がなかったとしても,請求項1における「視距離調整手段」を「少なくとも外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っている」ものと解釈すべきであると主張する。

しかし,前記(1)の説示に照らせば,一般的な眼鏡が単レンズ構造を採るという技術常識を参酌して「視距離調整手段」は単レンズ構造を採るものに限られると解釈することはできない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(ウ) 原告は,本願発明の「眼鏡様に構成されて」の「様」という文言は,甲20(「広辞苑第6版」株式会社岩波書店,平成20年1月)にあるように,「型」,「かたち」,「形状」,「すがた」,「…らしく見えるもの」といった意味であるから,本願発明の「眼鏡様に構成されて」という記載は,「眼鏡の形をしている」,「眼鏡らしくみえるもの」という意味であると解釈するのが自然であり,しかも,本願発明では,「眼鏡(様)」という語に対して何らの修辞句も付されていないことから,請求項1でいう「眼鏡」を特殊な「眼鏡」であると認定する必要はないと主張する。

しかし,前記(1)の説示に照らせば,本願発明の「眼鏡様」という文言から,原告の主張するような一般の眼鏡の持つ具体的構成に限定されることを導くことはできない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(エ) なお原告は,乙1~4には,複レンズ構造であって,全体として「眼鏡様」に構成された物は開示されていないとも主張するが,乙1~4が「眼鏡様」に当たるかどうかを見るまでもなく,そもそも,前記(1)の説示に照らせば,本願発明の「眼鏡様」という文言から,原告の主張するような一般の眼鏡の持つ具体的構成に限定されることを導くことはできないものである。

イ 本願明細書の記載との関係

(ア) 原告は,本願明細書(甲2,4)には,単レンズ構造を採る視距離調整手段が開示されており,かつ,単レンズ構造を採らない視距離調整手段が開示されていないから,本願発明の視距離調整手段は,たとえ請求項1にその旨の明示がなかったとしても単レンズ構造を採るものであると認定されるべきであると主張する。

しかし,前記(2)イに説示したとおり,本願明細書(甲2,4)の記載から検討しても,本願発明の技術的特徴と,本願発明の「視距離調整手段」が外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造に限定されることとが必ずしも当然に結び付くものではないし,また,本願発明の「視距離調整手段」が外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造に限定されることは,本願明細書(甲2,4)中に具体的に記載されていないから,たとえ本願明細書(甲2,4)中に「視距離調整手段」が,外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採った場合である実施例1,2が記載され(前記(2)ア(オ)),図1,3が示されているとしても,本願発明は同実施例の構成に限定されないというべきである。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(イ) 原告は,視距離調整手段を備えた本願発明の近視・老視予防具は,「眼鏡様に構成されて」いるから,その視距離調整手段は,眼鏡と同様に用いる広い視野を確保できるものであることが必要であり,結果として「単レンズ構造」を備えていなければならないし,また,本願発明の視距離調整手段を複レンズ構造とすることは本願明細書(甲2,4)に開示されていないのであるから,本願発明における視距離調整手段を複レンズ構造をも含む広い概念として解釈することは誤りであると主張する。

しかし,視距離調整手段を備えた本願発明の近視・老視予防具が「眼鏡様に構成されて」いることを理由として同手段が「単レンズ構造」を備えていなければならないという主張は,前記(1)の説示に照らして失当である。また,前記(2)イに説示したとおり,本願発明は,テレビやゲーム機器の画面を見るなどといったある程度の限られた日常生活において必要な視野を妨げない作用効果を意図していると言い得るにとどまり,日常生活全般で必要とされる更に広い視野を妨げない作用効果を意図していることが明らかということはできないのであって,原告の主張するような「眼鏡と同様に用いる広い視野」を確保できるものとはいえない。さらに,たとえ本願発明の視距離調整手段を複レンズ構造とする構成が本願明細書(甲2,4)中に明示されていないとしても,本願発明の「視距離調整手段」が外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造に限定されることが本願明細書(甲2,4)中に具体的に記載されていない以上は,上記(ア)に説示したとおり,本願発明は,外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採った場合である実施例の構成に限定されないというほかない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

ウ 公知技術との関係

原告は,本願出願日前において,視距離調整手段を単レンズ構造により達成するための技術が公知であったことは明らかであるから,このような公知技術を考慮すれば,請求項1にその旨の明示がなかったとしても,本願発明における視距離調整手段は単レンズ構造のものと認定されるべきである,請求項の記載が明確である場合は,請求項の記載どおりに請求項に係る発明を認定するが,この場合,請求項の用語の意味は,その用語が有する通常の意味と解釈すべきであるから,原告主張の上述のごとき認定手法は是認されてしかるべきであると主張する。

しかし,たとえ本願出願日前において視距離調整手段を単レンズ構造により達成するための技術自体は公知であったとしても,本願出願日前において視距離調整手段としては同単レンズ構造に限定されることを示したことにはならない以上,本願発明の「視距離調整手段」が外見的には一枚のように見える単レンズ構造を有するものに限定されることが導かれることにはならない。このことは,請求項の用語の意味がその用語が有する通常の意味と解釈すべきことを指摘したとしても,左右されるものではない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

エ 本願発明の作用効果との関係

(ア) 原告は,本願発明の作用効果は,本願明細書(甲2,4)の【0006】に「使用者は強制的に遠方視を行うことになるので,知らず知らずの内に近視や老視の防止が図られる。」とあるとおりであるが,かかる作用効果を得るためには,視距離調整手段は単レンズ構造を採るものでなければならない,なぜなら,本願発明が近視・老視予防具であること,及び,本願明細書(甲2,4)の【0002】の記載に鑑みれば,本願発明に係る近視・老視予防具が日常生活で用いられることが明らかであり,日常生活で用いられる本願発明が上記の作用効果を奏するには,それを使用する使用者が日常生活で必要とする視野を妨げないようになっていることが不可欠であるからである,そして,日常生活で必要な視野を妨げないだけの広い視野は,単レンズ構造に特有の作用効果であるところ,広い視野を有するという作用効果を有する本願発明における視距離調整手段が単レンズ構造を採用しているということは明らかであると主張する。

しかし,本願明細書(甲2,4)の【0006】の「この予防具を用いての近視や老視の予防は,予防具の両視距離調整手段を装着して用いた状態で行う。その状態で,制御手段が両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させる。これにより,使用者は強制的に遠方視を行うことになるので,知らず知らずの内に近視や老視の防止が図られる。」という作用効果は,「所定の焦点距離を与えるレンズ状態と前記焦点距離とは異なる焦点距離を与える前記レンズ状態とは異なるレンズ状態に変化可能な」ものと特定されている視距離調整手段,及び,「この両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させるように制御するための」ものと特定されている制御手段の構成によるものというべきであり,原告が主張するように,本願発明の視距離調整手段が単レンズ構造を採ったことによるものであることは,前記のとおり,本願発明の請求項1の文言から導くことはできないし,本願明細書(甲2,4)にも記載されていない。

また,本願発明が近視・老視予防具であることを考慮しても,前記(2)イに説示したとおり,本願発明は,テレビやゲーム機器の画面を見るなどといったある程度の限られた日常生活において必要な視野を妨げない作用効果を意図しているといい得るにとどまり,日常生活全般で必要とされる更に広い視野を妨げない作用効果を意図していることが明らかということまでにはならない。したがって,たとえ複レンズ構造より広い視野が単レンズ構造に特有の作用効果であることを根拠としても,本願発明における「通常の生活を行える程度の視野」が複レンズ構造の視野より当然に広いとまでいえないのであるから,本願発明が原告の主張するような単レンズ構造を採用していることが明らかということはいえない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(イ) 原告は,日常生活の中で進行する近視・老視を予防せんとする本願発明の大前提が達成されるには,本願発明に係る近視・老視予防具が日常生活で用いるために必ず必要とする視野を妨げないようになっているという作用効果が不可欠である,しかるに,本願発明の文言からは,視距離調整手段が日常での生活を行える程度の視野を確保できるという作用効果を生じること,及びその前提として視距離調整手段が眼鏡と同様の視野を確保できるという作用効果を奏することは,共に明らかであり,それゆえ,視距離調整手段が単レンズ構造を有するということも明らかであると主張する。

しかし,上記(ア)の説示に照らせば,本願発明に係る近視・老視予防具が日常生活で用いるために必ず必要とする視野を妨げないとの作用効果を有するとの旨の原告の上記主張は失当というほかない。また,前記1(1)に説示したとおり,本願発明の「通常の生活を行える程度の視野」という文言は,文言自体が抽象的なものであるから,これのみで,外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っているという視距離調整手段の具体的構成までを導くことは困難である。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(4)  よって,取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点3の看過)について

(1)  引用発明が記載された引用例(甲1)には,以下の記載がある。

ア 「接眼レンズと対物レンズとを駆動装置によつて偏心的にその距離を遠近に往復可変しうるように取り付けてなる眼筋鍛錬器」(特許請求の範囲)

イ 「本発明は主として偽近視(仮性近視)および眼精疲労等の治療に供することのできる眼筋鍛錬器に関するものである。」(1頁左下欄8行~10行)

ウ 「本発明は…家庭で簡単にできると共に薬物による副作用や有害な作用を眼に及ぼすことがない治療法を基礎にした装置を提供することを目的としたものである。」(1頁右下欄11行~14行)

エ 「(8)は凹レンズよりなる接眼レンズであつて本体(4)の一端に両眼が接しうる間隔をおいて2個取付ける。(9)は凸レンズよりなる対物レンズであつて,接眼レンズ(8)の前方に位置すると共にその取付枠(10)を本体(4)に設けた斜状の支柱(11)に摺動自在に嵌装する。(12)は駆動用のモーターであつてオーム歯車(13)および平歯車(14)による伝導機構を介してカム軸(15)に回転を伝達する。カム軸(15)にはカム(16)が取付けられ,これをスプリング(17)によつて接眼レンズ(8)方向に付勢されている対物レンズ(9)の取付枠(10)に突設した係合片(18)に常時当接するように係合する。尚符号(19)はコードを示す。

これを使用するには,帯状体(1)を患者の頭部に嵌装し本体(4)を患者の眼に当接するようにアーム(5)を回動して固定する。次いでコード(19)を電源に接続するとモーター(12)は回転する。この回転によりカム軸(5)は回転しカム(16)も回転するため係合片(18)はスプリング(17)の張力によつて前后に移動する。この係合片(18)の移動によつて斜状の支柱(11)を介して対物レンズ(9)を接眼レンズ(8)との距離を偏心的に遠近移動させる。

従って対物レンズ(9)と接眼レンズ(8)との距離を偏心的に遠近移動することによつてレンズ系の屈折力が変化するため眼球の明視機能を働かせ眼球の輻輳(近くのものを見ている時のように両眼を内向にする)又は開散(両眼を外向きにする)運動が繰返される。同時に眼球の調節(水晶体の屈折力を増大して近距離のものに眼のピントを合せる)非調節(調節の解除)運動の繰返しを強制する。この結果両眼の内眼筋,外眼筋の運動が繰返し行われて筋肉の緊張性,収縮状態が解け,偽近視の治療,調節性眼精疲労の治療,にきわめて効果を上げることができると共に薬物による副作用もなく通院による時間的無駄を省き家庭で簡単に治療することができる等の優れた効果を有するものである。」(2頁左上欄2行~右上欄17行)

オ 第2図には,両眼が接する側に一対の接眼レンズ(8)を配置し,その前方に,斜状の支柱(11)に摺動自在に嵌装した一対の対物レンズ(9)を備えた本体(4)が図示されている。

(2)  原告は,引用発明が開示するのは,単レンズ構造を有する視距離調整手段ではないから,引用発明は,本願発明における視距離調整手段を開示していない,そうすると,本願発明と引用発明との間には,「本願発明の近視・老視予防具は,視距離調整手段を一対備えているが,引用発明は本願発明の視距離調整手段を備えていない点」,すなわち,「本願発明の近視・老視予防具は,単レンズ構造を採る視距離調整手段を一対備えているが,引用発明は複レンズ構造を採る視距離調整手段を一対備えており,本願発明の視距離調整手段を備えていない点」が存在するのに,審決はこの相違点3を看過した誤りがあり,その結果,相違点3が存在してもなお引用発明から本願発明を当業者が容易に想到できることについての動機付けも示さなかったものであると主張する。

しかし,上記(1)によれば,引用発明が開示するのが外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採ったものでないことは認められるが,前記1に説示したように,本願発明の「視距離調整手段」が,外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っているものに限定されるとする根拠はないから,これを前提に本願発明と引用発明との間に上記相違点3が存在するという原告の主張は,そもそもその前提を欠くものである。

(3)  よって,取消事由2は理由がない。

3  取消事由3(相違点1,2の判断の誤り)について

(1)  相違点1の判断の誤りについて

ア 相違点1の容易想到性について検討するため,本願発明と引用発明の技術分野,技術課題,作用機能が共通するかについてみると,次のとおりである。

(ア) まず技術分野については,本願発明は,近視や老視を予防するための眼鏡用の予防具及びそれを用いて近視や老視を予防する方法に関するもの(本願明細書〔甲2,4〕の【0002】)であるのに対し,引用発明は,主として偽近視(仮性近視)及び眼精疲労等の治療に供することのできる,患者の眼に当接させた状態で頭部に支持して使用する眼筋鍛錬器に関するもの(引用例〔甲1〕の1頁左下欄8行~10行,2頁左上欄下から7行~5行)であるから,両者とも近視に至るのを防止するために頭部に支持して眼に当接させた状態で使用する器具に係る技術分野であるという意味で共通する。

(イ) 次に技術課題については,本願発明は,テレビやゲーム機器,多種多様な出版物の氾濫により近視の原因となる近傍視(近くの視認対象物を見続けること)の過剰化がますます進んでおり,このような近傍視の過度の継続が近視の大きな原因の一つであるところ,近傍視に適当な間隔で遠方視を挟んで目を休めることにより,近視のある程度の予防が可能であるが,テレビやゲーム機器などに夢中の状態で遠方視を随時挟むことは現実問題として実行しがたいこと(本願明細書〔甲2,4〕の【0002】)であるのに対し,引用発明は,偽近視(仮性近視)等は長時間読書など近くのものを見る作業を続けることにより発生進行するものであるが,長時間にわたって近業することは毛様体筋,内直筋に長時間収縮,緊張することを強制することであってこれが偽近視等の原因となっているので,その収縮,緊張状態を解く必要があったこと(引用例〔甲1〕の1頁左下欄11行~右下欄4行)にあるから,両者とも近傍視の過度の継続を外的に解く必要があったことが技術課題であったという意味で共通する。

(ウ) また,作用機能については,本願発明は,予防具の両視距離調整手段を装着して用いた状態で,制御手段が両視距離調整手段のレンズ状態を所定の時間間隔で変化させ,これにより,使用者が近傍視状態のままで所定時間について強制的に遠方視を行うことになり,知らず知らずのうちに近視等の防止が図られるというもの(本願明細書〔甲2,4〕の【0006】【0007】)であるのに対し,引用発明は,対物レンズと接眼レンズとの距離を偏心的に遠近移動することによってレンズ系の屈折力が変化するため両眼の内眼筋,外眼筋の運動が繰り返し行われて筋肉の緊張性,収縮状態が解け,偽近視の治療等に効果を上げることができ家庭で簡単に治療することができる(引用例〔甲1〕の2頁右上欄3行~17行)というものであるから,両者とも近傍視状態において強制的に遠方視を行わせ,近傍視状態における眼筋の緊張,収縮状態を解いて近視に至るのを防止するという作用機能を有するという点で共通する。

イ 以上によれば,本願発明と引用発明は,両者とも,近視に至るのを防止するために頭部に支持して眼に当接させた状態で使用する器具という共通の技術分野のものであり,近傍視の過度の継続を外的に解く必要があったという共通の技術課題を解決するためのものであって,近傍視状態において強制的に遠方視を行わせ,近傍視状態における眼筋の緊張,収縮状態を解いて近視に至るのを防止する共通の作用機能を有するものと認められる。しかるに,前記1(1)に説示したとおり,本願発明の「眼鏡様」という文言から,当然に,本願発明が原告の主張するような一般の眼鏡の持つ具体的構成に限定されることを導くことはできないものである。そうすると,引用発明に接した当業者は,その本願発明の技術分野,技術課題,作用機能との共通性に照らし,引用発明の構成を,「全体として」本願発明と同様な「眼鏡様に構成」すること(本願発明の相違点1の構成)を容易に想到できるというべきである。

よって,これと同旨の審決の相違点1の判断に誤りはない。

ウ 原告の主張について

(ア) 原告は,引用発明を全体的に眼鏡様に構成するように修正することは,当業者においても容易には想到し得なかったことである,すなわち,引用発明の眼筋鍛錬器は,接眼レンズと対物レンズを備えており,複レンズ構造を採用しており,「眼鏡様」というよりも,むしろ「双眼鏡様」というべきものである,単レンズ構造と複レンズ構造は異なる機能を有するのであり,それらを採用すべき機器に求められる特性に応じて選択されるのであるから,単レンズ構造と複レンズ構造は,通常採用されるものと逆のものが採用される場合には,そのような不合理な選択を行うための動機付けが強く必要とされるものであるのに,引用発明はかかる動機付けを欠いていると主張する。

しかし,原告の上記主張は,引用発明は「双眼鏡様」に採用した「複レンズ構造」であり,本願発明は「眼鏡様」に採用した「単レンズ構造」である,と区分けした上で,これと異なる組合せは通常でなく合理的でないことを前提とするものであるところ,そもそも前記1に説示したように,本願発明の「視距離調整手段」が,外見的には一枚のレンズのように見える単レンズ構造を採っているものに限定されるとする根拠はないのであるから,たとえ引用発明が開示するのが「複レンズ構造」であるとしても,本願発明が単レンズ構造であることを前提とする原告の主張は,その前提において失当であり,採用することはできない。

(イ) 原告は,引用発明は,病院で行っていた治療を家庭(という場所)で行えるようにするためのものであり,病院で行っていた治療を,日常生活の中で行えるようにすることを意図するものではない,引用発明は,日常生活の中で近視・老視を予防するものではなく,日常生活の中で発生してしまった近視・老視を,本来であれば病院で行っていたような方法で後追い的に治療するものにすぎない,と主張する。

しかし,前記2(1)イ~エのとおり,引用例(甲1)には,「本発明は主として偽近視(仮性近視)および眼精疲労等の治療に供することのできる眼筋鍛錬器に関するものである。」,「本発明は…家庭で簡単にできると共に薬物による副作用や有害な作用を眼に及ぼすことがない治療法を基礎にした装置を提供することを目的としたものである。」,「…両眼の内眼筋,外眼筋の運動が繰返し行われて筋肉の緊張性,収縮状態が解け,偽近視の治療,調節性眼精疲労の治療,にきわめて効果を上げることができると共に薬物による副作用もなく通院による時間的無駄を省き家庭で簡単に治療することができる等の優れた効果を有するものである。」との記載がある。他方,本願発明も,前記1(2)イに説示したとおり,テレビやゲーム機器の画面を見るなどといったある程度の限られた日常生活において必要な視野を妨げない作用効果を意図しているとまではいい得ても,日常生活全般で必要とされる更に広い視野を妨げない作用効果を意図していることは明らかではない。

したがって,本願発明と引用発明とが,日常生活全般で必要とされる広い視野が得られるものであるかどうかによって区別できるとはいえないから,引用発明が病院で行っていた治療を日常生活の中で行えるようにすることを意図していないことを指摘しても,前記イの説示を左右することはできない。また,引用発明は偽近視(仮性近視)等の治療のためのものであるから,本願発明と同様に近視に至るのを防止するためのものと把握することが可能である。そうすると,引用発明を,単に発生してしまった近視を後追い的に治療するものにすぎないと把握することは正確でない。

以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。

(ウ) 原告は,被告のいうような「複レンズ構造であって,全体として『眼鏡様』に構成したもの」は,乙1~4のいずれにも開示されていないと主張する。しかし,乙1~4が「眼鏡様」に当たるかどうかを見るまでもなく,そもそも,前記1(1)の説示に照らせば,本願発明の「眼鏡様」という文言から,原告の主張するような一般の眼鏡の持つ具体的構成に特定されることを導くことはできないものであるから,原告の主張はその前提において失当である。

(エ) 原告は,複レンズ構造で眼鏡様に構成したものは周知ではない,また,引用発明が仮に患者の眼に当接させた状態で頭部に支持して使用するものであったとしても,そのような使用の仕方をする同種の機器の中で単レンズ構造を採るものと複レンズ構造を採るものの双方が知られており,かつ用途に応じてそれらが使い分けられているような事例は存在しないと主張するが,上記(ア),(ウ)の説示に照らし,原告の同主張は失当である。

(2)  相違点2の判断の誤りについて

ア 上記(1)に説示したとおり,引用発明に接した当業者は,引用発明の構成を,「全体として眼鏡様に構成」すること(本願発明の相違点1の構成)を容易に想到するというべきであるところ,本願発明は,前記1(2)イに説示したとおり,テレビやゲーム機器の画面を見るなどといったある程度の限られた日常生活において必要な視野を妨げない作用効果を意図しているとまではいい得ても,日常生活全般で必要とされる更に広い視野を妨げない作用効果を意図していることは明らかではない。

そうであれば,引用発明に接した当業者は,前述したような,その本願発明の技術分野,技術課題,作用機能との共通性に照らし,本願発明の,「眼鏡様に装着することで,…通常の生活を行える程度の視野を確保」するという構成については容易に想到できるというべきであるから,これと同旨の審決の相違点2の判断に誤りはない。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,審決の相違点1の判断が誤りであることから相違点2の判断も誤りである,引用発明を全体として「眼鏡様」に構成するための動機付けは存在しないと主張するが,かかる原告の主張は,前記(1)の説示に照らし失当である。

(イ) 原告は,審決は,十分な視野を確保するように装置全体の構成を配慮することについて言及しており,この内容のみが,引用発明の構成を眼鏡様のものとすることについての動機付けとなり得る可能性があるが,十分な視野は,眼鏡様の全体構成を採用した時点で既に得られているのであるから,相違点2と関連して審決が述べている装置全体の構成についての「配慮」は,相違点1が解消された,すなわち引用発明が眼鏡様の全体構成を採用したことを前提とした場合にはもはや観念することができないと主張する。

しかし,原告の上記主張は,原告の主張する「眼鏡様」の解釈を前提としつつ,相違点1が解消された場合には原告の主張する本願発明で得られる「十分な視野」も既に得られており相違点2も解消することを指摘しているにすぎないから,上記アの説示を左右するものではない。

(ウ) 原告は,引用発明はその構造上,左右方向,上下方向ともに15°程度の角度の視野角しか取れないのであり,そのような眼筋鍛錬器を身に付けた状態で日常生活を送るのは不可能である,引用発明は,薬を家庭で使用できない不便さ,装置の大型さ,あるいは装置の高価さなどに起因して家庭で行うことのできなかったこれら治療方法を医院に行かずとも家庭で実施できるようにすることのみがその目的であり,そのような治療方法を家庭において「日常生活の中で」実施できるようにすることまでを引用発明が射程に入れていないことは明らかである,「引用発明の眼筋鍛錬器は,患者が家庭で使用するものである以上通常の生活を行える程度の視野が求められる」ということを前提としつつ,「引用発明の形状として本願発明と同様の眼鏡様の形状を採用できる」という結論を導く被告の主張は,引用発明が通常の生活を行える程度の視野を有さない以上成り立たないと主張する。

しかし,たとえ引用発明がその構造上,左右方向,上下方向ともに15°程度の角度の視野角しか取れず,家庭において「日常生活の中で」実施できるようにすることまでを射程に入れていないとしても,本願発明も,前記1(2)イに説示したとおり,テレビやゲーム機器の画面を見るなどといったある程度の限られた日常生活において必要な視野を妨げない作用効果を意図しているにとどまり,日常生活全般で必要とされる更に広い視野を妨げない作用効果を意図していることは明らかではないのであるから,原告の上記主張は前記アの説示を左右するものではない。

(3)  よって,取消事由3は理由がない。

4  取消事由4(作用効果についての認定の誤り)について

(1)  原告は,本願発明は,その視距離調整手段が「単レンズ構造」を持つことから広い視野を持つため,日常生活の中で近視と老視を予防することができるという引用発明からは予測し得なかった作用効果を奏するのに対し,引用発明の眼筋鍛錬器は,請求項1記載の近視・老視予防具に比べて明らかに視野が狭く,通院による時間の無駄を省くことはできるものの,日常生活の中で用いることはできないから,本願発明と同様の作用効果を奏することはできない,また,引用発明において全体として眼鏡形状の構成を採用するための動機付けが存在しない以上,上述の作用効果は,当業者が予測し得た範囲のものとはいえないものであると主張する。

しかし,前記1に説示したとおり,本願発明の「視距離調整手段」が「単レンズ構造」を採用するという原告の主張の前提がそもそも失当であり,その他,確保されている視野の点や動機付けの有無等の主張についても,上記3(1),(2)の説示に照らし,いずれも採用することができない。

(2)  原告は,本願発明の「視距離調整手段」が「単レンズ構造」を採用するものであり,そのような広い視野角を有する本願発明は,目が悪くなる前に普段の日常生活の中で用いることができる近視・老視予防具を実現できるという作用効果を奏するのに対し,「複レンズ構造」を採用する視野角の狭い引用発明はこのような作用効果を奏さないと主張する。

しかし,前記1に説示したとおり,本願発明の「視距離調整手段」が「単レンズ構造」を採用するという原告の主張の前提がそもそも失当であり,また,前記1(2)イに説示したとおり,本願発明は,テレビやゲーム機器の画面を見るなどといったある程度の限られた日常生活において必要な視野を妨げない作用効果を意図しているにとどまり,日常生活全般で必要とされる更に広い視野を妨げない作用効果を意図していることは明らかではないにもかかわらず,これを,普段の日常生活の中で用いることができるものとみる点でも相当でないから,原告の同主張は採用できない。

(3)  原告は,引用発明の「眼筋鍛錬器」の構成を「眼鏡様」とする動機付けが存在しないと主張するが,前記3(1)イの説示に照らし,原告のかかる主張は失当である。

(4)  よって,取消事由4は理由がない。

5  結語

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一)

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