知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10064号 判決 2009年3月11日
原告
ホーコス株式会社
同訴訟代理人弁護士
長沢幸男
同
鮫島正洋
同
内田公志
同
岩永利彦
同
松島淳也
同
木村貴司
同訴訟代理人弁理士
加藤志麻子
同
黒川恵
同
井口司
被告
ビエロマティク ロイゼ ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル
ハフツング ウント コンパニー コマンディト ゲゼルシャフト
同訴訟代理人弁護士
上谷清
同
永井紀昭
同
仁田陸郎
同
萩尾保繁
同
笹本摂
同
山口健司
同
薄葉健司
同
石神恒太郎
同訴訟代理人弁理士
青木篤
同
鶴田準一
同
島田哲郎
同
三橋真二
同
伊藤公一
主文
1 特許庁が無効2006-80019号事件について平成20年1月16日にした審決のうち「特許第2687110号の請求項1に記載された発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
主文1項,2項と同旨。
第2事案の概要
本件は,「工作機械の主軸装置」とする名称の発明の特許権を有する原告が,その請求項1に係る発明についての特許を無効とする旨の審決を受けたことから,その請求人である被告に対し,審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成7年8月30日に名称を「工作機械の主軸装置」とする発明につき特許出願をし,平成9年8月22日に設定登録を受けた(特許第2687110号。請求項の数3。甲10。以下「本件特許」という。)。
平成18年2月15日,被告から本件特許のうち請求項1に係る発明につき特許を無効にすることを求める審判請求がされ,特許庁に無効2006-80019号事件として係属し,原告は,訂正請求をしたが,同年11月21日に請求項1に係る発明についての特許を無効とするとの審決がされた。
原告は,これを不服として知的財産高等裁判所に同審決の取消しを求める訴え(平成18年(行ケ)第10551号)を提起するとともに,平成19年2月9日付けで訂正の審判請求をしたところ(甲9),同裁判所は,同年3月26日,特許法181条2項により同審決を取り消す旨の決定をしたので,同訂正審判の請求書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。ただし,以下,本件明細書として図面を引用する場合は,本件特許についての甲10の特許公報の図面を引用するものである。)を援用する訂正(以下「本件訂正」という。)の請求がされたものとみなされた。
特許庁は,平成20年1月16日,無効2006-80019号事件につき,「訂正を認める。特許第2687110号の請求項1に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件訂正後の請求項1に係る発明(以下,審決で引用する場合などを含め,「本件発明」という。)の内容は,次のとおりである。
「【請求項1】主軸内へ気体と液体を同時かつ別々に供給するための二系統の供給路を設けると共に,これら供給路を通じて供給された気体と液体を混合させてミストを噴出させるためのミスト発生装置を主軸の先端部内或いは工具ホルダ内に設けた工作機械の主軸装置であって,前記二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合されるように構成されていることを特徴とする工作機械の主軸装置。」
3 審決の判断
(1) 本件訂正を認める。
(2) 本件発明の無効について
審決は,次のとおり,独国公開第4200808号公報(甲2)に記載された発明(以下,審決で引用する場合などを含め,甲各号証に記載された発明を「甲2発明」などという。)の内容,本件発明と甲2発明との一致点及び相違点1~3を認定した上で,これらの相違点に係る本件発明の発明特定事項は,いずれも,当業者が適宜採用できた設計的事項(相違点1)又は周知事項を甲2発明に適用することなどによって当業者が容易に発明をすることができた事項(相違点2及び3)であり,本件発明は,甲2発明及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,本件発明の特許は,特許法29条2項の規定に違反してされものであるから,同法123条1項2号の規定に該当して無効とされるとした。
ア 甲2発明の内容
「回転スピンドル内へ圧縮空気と潤滑液を同時かつ別々に供給するための配管及び供給パイプを設けると共に,これら配管及び供給パイプを通じて供給された圧縮空気と潤滑液を混合させて噴霧を噴出させる工作機械の回転スピンドル装置」(12頁5~8行)
イ 本件発明と甲2発明との対比
本件発明と甲2発明との一致点及び相違点1~3について
(ア) 一致点
「主軸内へ気体と液体を同時かつ別々に供給するための二系統の供給路を設けると共に,これら供給路を通じて供給された気体と液体を混合させてミストを噴出させるためのミスト発生装置を設けた工作機械の主軸装置」(19頁21~23行)
(イ) 相違点1
「本件発明は,ミスト発生装置が『主軸の先端部或いは工具ホルダ内』に設けられているのに対し,甲2発明においては,『工具内』に設けられている点。」(19頁25~27行)
(ウ) 相違点2
「本件発明は,『二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転する』のに対して,甲2発明は,そうではない点。」(19頁29~31行)
(エ) 相違点3
「本件発明は,『液体が液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合される』のに対して,甲2発明は,そうではない点。」(19頁末行~20頁2行)
ウ 本件発明と甲2発明との対比
(ア) 相違点1について
「甲2発明においては,『パイプの出口端部』が,工具(シャフト状フライス10)の内部の中央ボア孔(22)に位置し,そのために,細いパイプ19がスピンドル2から突出する位置まで延びている。そして,中央ボア孔(22)の内側で,パイプ(19)の外側を流れている圧縮空気の流れが,パイプ(19)を通して流れる潤滑液を細かな噴霧とする。
この構成では,ミスト発生のための機構が,工具の中央ボア孔(22)と,パイプ(19)からなっているのであるから,工具そのものが,その中央ボア孔がパイプを通し,更に必要な量の圧縮空気を流すことのできるというような,ミスト発生のための専用の形状を採らざるを得ないことは明らかである。
しかしながら,切削液通路を備えただけの通常の形状の工具を用いるというような要求は一般的なものであるから,この要求に応えるならば,ミスト発生のための機構を,工具内に設けることはできなくなり,工具の手前,つまり『主軸の先端部或いは工具ホルダ内』に設けるざるを得ないのは,当然である。
してみれば,相違点1に係る本件発明の発明特定事項は,当業者が適宜採用できた設計的事項である。」(20頁6~22行)
(イ) 相違点2について
「工作機械の主軸装置の分野で,主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する際に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させることは周知事項である。
そして,供給管が主軸と同体に回転するなら,その供給管の先端に設けられた液体供給孔も同様に主軸と同体に回転するのは明らかである。
してみれば,相違点2に係る本件発明の発明特定事項は,上記周知事項を,甲2発明に適用することにより,当業者が容易に発明をすることができた事項である。」(21頁4~12行)
(ウ) 相違点3について
「甲2発明では,潤滑液(液体)はパイプの出口端部(液体供給孔)から供給されるとともに,圧縮空気は,円筒状の中空空間(23)から,供給パイプの外周囲の前記中空空間(23)より小径のリング状の通路を経て供給パイプの出口端部(24)の外周から中央ボア(22)に至り,前記パイプの外周囲を経た圧縮空気の流れにより液体と気体が混合される。そして,前記『より小径のリング状の通路』は狭窄部ということができるが,たとえ狭窄部ということができなかったとしても,・・・ミスト発生装置において,液体供給孔から供給される液体を,液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する気体により混合することは噴霧器等にみられるように従来周知の事項であるから,甲2発明におけるミスト発生装置において,気体が液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出されて液体と気体が混合されるように構成することに困難性はない。
しかも,・・・ミスト生成の技術分野において,『二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合される』ことも,当業者に既に知られた事項にすぎない。
してみれば,相違点3に係る本件発明の発明特定事項は,上記周知事項を,甲2発明に適用することにより,当業者が容易に発明をすることができた事項である。」(21頁末行~22頁21行)
(エ) 作用効果について
「本件発明の作用効果は,甲2発明及び上記周知事項から当業者が予測可能な範囲内のものであって,格別のものではない。」(23頁12,13行)
第3原告主張の審決取消事由の要点
以下のとおり,審決には,①相違点1に関する判断の誤り(取消事由1),②相違点2及び3を不可分一体な相違点として認定判断すべきであるのに,これを2つの相違点に分断した誤り(取消事由2),③相違点2に関する判断の誤り(取消事由3),④相違点3に関する判断の誤り(取消事由4),⑤本件発明の作用効果に関する判断の誤り等があり,これらは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されなければならない。
1 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)について
(1) 審決は,相違点1の判断において,甲2発明の構成につき,「ミスト発生のための機構が,工具の中央ボア孔(22)と,パイプ(19)からなっているのであるから,工具そのものが,その中央ボア孔がパイプを通し,更に必要な量の圧縮空気を流すことのできるというような,ミスト発生のための専用の形状を採らざるを得ないことは明らかである。」(20頁11~15行)と認めながら,「切削液通路を備えただけの通常の形状の工具を用いるというような要求は一般的なものであるから,この要求に応えるならば,ミスト発生のための機構を,工具内に設けることはできなくなり,工具の手前,つまり『主軸の先端部或いは工具ホルダ内』に設けざるを得ないのは,当然である。」(20頁16~20行)との理由により,相違点1は,「当業者が適宜採用できた設計的事項である。」とする。
しかし,次に記載のとおり,甲2発明の技術的特徴を検討するならば,甲2発明における「ミスト発生装置」の位置を,「工具内」から「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に変更することはあり得ず,相違点1について,当業者が容易になし得るものではない。
(2) 甲2発明においては,①パイプ出口端部を「ドリル工具又はフライス工具の出口の直ぐ上流側」とすることで,噴霧,潤滑を正確な位置とし,かつ,潤滑液の工具内部での残存を阻止することができ,また,②パイプ出口端部が「ドリル工具又はフライス工具の出口の直ぐ上流側」まで延びていることから,工具内部のパイプ外周に比較的長い空気の流通路が形成されることになるため,空気の流通により「工具自体も加工作業中に内部から均一に冷却せしめられる」という効果を奏するものである。
(3) 甲2発明の課題解決手段とは,「潤滑液を供給するパイプの出口端部を工具内の出口の直上(より正確には「直ぐ上流側」)」とすることであって,「加工部にできるだけ近い位置でミストを発生させる」ことではない。このことは,甲2の特許請求の範囲に記載されているのみならず,発明の詳細な説明中でも繰り返し述べられている。これに対し,本件発明は,主軸の先端部から刃具先端までの長い通路を経ても,ミストが遠心力によって気体と切削油とに分離しないようにすべき課題を解決するものである。
本件発明は,ミスト発生装置の場所を,単に「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」としたものではなく,「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」とするとともに,ミストが主軸の先端部から刃具先端までの長い通路を経ても遠心力により分離することのない「前記二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合されるように」するとの構成を有することによって,上記のミストが遠心力により分離しないようにするとの課題を解決している。
(4) 甲2発明に用いられる工具における「中央ボア孔がパイプを通し,更に必要な量の圧縮空気を流すことのできるというような,ミスト発生のための専用の形状」とは,パイプ出口端部を「ドリル工具又はフライス工具の出口の直ぐ上流側」とするという甲2発明の技術的本質に直結した形状である。この形状を採用する必然性がある甲2発明においては,「切削液通路を備えただけの通常の形状の工具を用いるというような要求」など生じようがない。引用発明の課題解決手段と相反する構成を採ることは,「一般的な要求」などという抽象的な理由によって,容易想到であるなどと判断することはできない。
甲2発明が,特にアルミフレームの中空チャンバ内にあるクロスバーを加工する際に用いる,長いドリル工具,フライス工具を念頭に置いた潤滑,冷却の問題を解決することを前提としていることからすると,パイプを必要に応じて「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」で終端させることなどあり得ない。このような長い工具に挿入されたパイプを「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」まで短くしてしまうならば,「①噴霧が切削領域に放出され,よって必要な潤滑が正確な地点で行われるようになる,②潤滑液が駆動スピンドル及びドリル工具又はフライス工具の内部に制御不可能な,かつ,望まれていない態様で残ることを防止できる,③供給パイプ外周を通って流れる空気の流通によって工具の冷却が可能になる」という甲2発明の作用効果が,もはや奏し得なくなる。甲2発明の課題及び作用効果を正しく理解するならば,甲2発明において「パイプを必要に応じて短くする」ことはあり得ない。
本件発明は,主軸装置の潤滑技術の中でも,工作機械による加工時に使用する切削油の劇的な軽減を実現するMQL(Minimum Quantity Lubrication。最小限潤滑)技術に関するものであるが,本件出願時,この技術は黎明期にあり,存在した先行技術は,甲2発明のみであった。このように限定された知見しか存在しなかったというのが,本件出願時の技術水準であった以上,甲2発明におけるミスト発生部位を「主軸の先端部内或いは工具ホルダ内」から変更することは,本件出願当時の技術水準に基づいて当業者が適宜採用できた設計的事項であるとはいえない。
2 取消事由2(相違点2及び3を一体的に認定判断しなかった誤り)について
(1) 相違点2及び3は,1つの相違点として一体的に理解されるべきものであるから,審決には,相違点2及び3を分断して2つの相違点として認定した誤りがあり,その結果,これらの相違点の判断を誤った。
(2) 本件発明は,「前記二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合されるように構成されている」という特有の構成を有するミスト発生装置を採用することにより,ミストが主軸の先端部から刃具先端までの長い通路を経ても遠心力により分離することを回避し,「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」にミスト発生装置を設けても,ミストの効果を保持し得るようにしている。
このように,本件明細書に記載された効果が,ミスト発生装置の相違点2及び3に係る構成の相乗効果によって達成されることは,本件発明の当業者であれば,本件出願の当初明細書,図面及び本件出願時の技術常識に照らして明らかである。
すなわち,相違点2及び3の構成を備える本件発明のミスト発生装置では,液体が単に鉛直方向に流下するのではなく,比較的細かい粒状の液体となって液体供給孔の外周方向へ飛散することとなるとともに,この液体供給孔の外周に設けられた狭窄部を経て噴出されることによって,気体が噴出の直前で狭窄部を通過することになる結果,噴出孔から供給される気体の噴出速度が高められることになる。このようにして,液体供給孔から外周方向へ飛散する比較的細かい粒状の液体と噴出速度が高められた気体とが激しく攪拌混合された良好なミストが得られる。
(3) 本件発明は,相違点2及び3を具備することにより,「噴出された気体と切削油は前記中心孔36b内で激しく攪拌混合されて切削油のミストmとなされる」(本件明細書【0026】)ため,これによって,特に加工が進んで「被加工物の比較的深い箇所を加工する場合にも加工部へ十分なミストを供給することができ,ミスト供給による加工法の利点を支障なく得る」(同【0057】)という効果を奏するものであるところ,審決で引用された周知技術(甲3「特開昭63-272442号公報」,甲4「実公平1-11408号公報」,甲5「特開平5-154736号公報」及び甲6「独国公開第221952号公報」)のいずれにも,主軸装置に係るミスト発生装置において,相違点2及び3に係る一体的な構成を兼ね備えたものは開示されていないのであるから,これらの相違点について当業者が容易になし得たとすることはできない。
(4) 審決は,「甲7(判決注:「燃焼工学」第2版〔水谷幸夫著〕平成元年10月20日発行),甲8(判決注:独国公開第3105186号公報)に示されるように,ミスト生成の技術分野において『二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合される』ことも,当業者に既に知られた事項にすぎない」(22頁13~18行)とし,相違点2及び3に類似する構成を1つの文献から一体的に認定しているようにもみえる。
しかし,甲7及び8は,本件発明及び甲2発明とは全く異なる技術分野に係る燃焼装置に関するものであるから,甲7及び8の技術を「ミスト生成の技術分野」ととらえ,本件発明と同一の技術分野の技術であるかのように判断している審決には誤りがある。また,甲7及び8に記載されたものは,そもそも「主軸装置」ではないことから,「液体供給管を主軸と同体に回転する」という構成も備えていない。さらに,甲7及び8の「燃焼装置」における,「液体」に相当するものは燃料であって,噴出直後に燃焼されるものであることからすると,甲7及び8発明は,本件発明のように,長い距離を移動してもミスト状態を保たせるという技術思想を有していない。
(5) 審決は,「相違点2,3はいずれも周知事項であって,これらを組み合わせた点にも困難性はないから,相違点2,3を合わせて1つの相違点として論じても,結論に相違はない」(23頁8~10行)とする。
しかしながら,上記審決は,甲2発明に対し,相違点2又は3をそれぞれ個別に組み合わせることの容易性を検討しているだけであって,何ら相違点2及び3の構成的一体性を考慮して結論を導くものではない。
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)について
(1)ア 審決は,「甲3から甲6に示されるように,工作機械の主軸装置の分野で,主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する際に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させることは周知事項である」(21頁4~7行)とする。
イ しかしながら,次の(ア)~(エ)のとおり,甲3~6は,ミスト発生装置とは何ら関係のないものであって,特段の技術的理由もなく,たまたま供給管が主軸と共に回転することが開示されているだけである。このような甲3~6から,審決が認定するような共通した「周知技術」を包括的な技術思想として認定できず,相違点2は,甲3~6に基づいて当業者が容易になし得るものではない。
(ア) 甲3に記載されているものは,「電気駆動モーターを備えた工具スピンドル」であり,①供給される液体が冷却剤であり,気体が清掃用の圧縮空気であることからすると,液体と気体を混合してミストを発生させるという発想がないどころか,液体と気体を同時に供給するという前提すら欠いており,②冷却剤の出口端は,スピンドル部分の正面かつ工具収容部の外周であるのに対し,圧縮空気の出口端は,冷却剤の出口端よりも上流かつ工具収容部の内周であることからすると,構造上,ミストを発生させる余地はなく,③冷却剤用の導管は,途中までは中央(内側)に形成されているものの,途中から圧縮空気が供給される管よりも外側に配置されるようになっているから,液体と気体の供給路については,どちらが内側でどちらが外側ということもできない。
(イ) 甲4に記載されているものは,「切削液と空気供給機能を有する主軸装置」であり,①供給される液体が切削液であり,気体が清掃用の圧縮空気であることからすると,そもそも液体と気体を混合するという発想はなく,②切削液と圧縮空気とは,それぞれ切削部位に至るまで,別々の貫通穴等を通じて供給されるものであって,その構造上,ミストを発生させる余地がない。
(ウ) 甲5に記載されているものは,「加工装置」であり,①供給される流体は,第1及び第2ともエアであり,例外的にクーラントを必要とする工具を用いる場合においてのみ,第1,第2のエア供給路のいずれかをエアとクーラントのいずれかを選択的に供給できるようにしているにすぎないから,甲5の装置は,「内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する」ものではなく,しかも,②第1,第2エアは,工具の回転駆動,回転停止という駆動源として供給されているにすぎず,その開示されている技術事項は,「ミスト発生」に関して何らかの示唆を与えるものではない。
(エ) 甲6に記載されているものは,「工作機械の主軸を冷却するための装置」であり,主軸冷却剤を流通させるパイプに加えて,加工処理用の冷却・潤滑媒体を流通させるためのパイプを設けたものであって,①主軸冷却剤,加工処理用の冷却・潤滑媒体ともに液体であるから「内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する」ものではなく,②主軸冷却剤,加工処理用の冷却・潤滑媒体ともに液体であることからすると,その開示される技術事項は,「ミスト発生」に関して何らかの示唆を与えるものではない。
ウ 審決は,甲3,5及び6に示されるように,「工作機械の主軸装置の分野で,主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する際に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させることは周知事項である。」とし,「供給管が主軸と同体に回転するなら,その供給管の先端に設けられた液体供給孔も同様に主軸と同体に回転するのは明らかである」として,「相違点2に係る本件発明の発明特定事項は,上記周知事項を,甲2発明に適用することにより,当業者が容易に発明をすることができた事項である」とする。しかしながら,上記のとおり,甲3,5及び6からは,審決が認定したような,内側の供給管と主軸とを同体に回転させるという周知事項は認定できないのであるから,審決が「内側の供給管と主軸とを同体に回転させることは周知事項である」と判断したことは誤りである。
エ また,甲3~6のいずれにも,「工作機械の主軸装置の分野で,主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する際に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させる」ということが技術的理由付けをもって記載されておらず,甲3~6を参酌しても,甲2発明における液体供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔を主軸と同体に回転させようなどという動機付けが生じることはない。
(2) 甲2発明においては,極細のパイプが加工ユニット上端部のコネクタ12のボア孔13に挿入されて片持ち支持されるという構成が採られており,供給パイプは非常に長い自由端を有している。このような非常に細くて長いパイプを,単に主軸と同体とし,長い自由端を有したまま回転させたならば,パイプの可撓性によって振動,ぶれ,たわみなどの問題が生じるであろうことは,当業者であれば十分予測し得るものであるし,更に主軸全体の回転バランスが崩れるという問題が生じることも考えられる。
以上のことからすると,甲2発明においては,潤滑液用の供給パイプを主軸と同体に回転させることはあり得ないと解釈するのが技術常識に即した理解であり,このパイプを主軸と同体に回転させるという態様に変更することは,当業者が容易になし得ない。
そうすると,仮に「二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転する」との点が形式的に甲4から読み取れるとしても,この点を甲2発明と組み合わせることはできない。
4 取消事由4(相違点3に関する判断の誤り)について
(1) 審決は,「甲2発明では,潤滑液(液体)は,パイプの出口端部(液体供給孔)から供給されるとともに,圧縮空気は,円筒状の中空空間(23)から,供給パイプの外周囲の前記中空空間(23)より小径のリング状の通路を経て供給パイプの出口端部(24)の外周から中央ボア(22)に至り,前記パイプの外周囲を経た圧縮空気の流れにより液体と気体が混合される。そして,前記『より小径のリング状の通路』は狭窄部ということができる」(21頁末行~22頁6行)とする。
しかし,甲2発明における「より小径のリング状の通路」はその一般的な意味からしても「狭窄部」には当たらない。このリング状空気通路は,パイプ終端と同様にシャフト状フライスの領域まで延びる比較的長い「通路」であるが,通常,「部」という場合にはある程度短い区間を意味するという技術常識からすると,このような長い「通路」は,そもそも「狭窄部」に該当するとはいえないからである。
甲2発明においては,ドリル工具又はフライス工具(10)の出口(31)のすぐ上流,すなわち,加工部位に極めて近い位置で細いパイプによって潤滑液が供給されるものであるところ,当該潤滑液を噴霧状態とし近接する加工部位に到達させるためには,一時的に噴霧状態にできる程度の圧縮空気との接触があればよいのであるから,甲2発明においては,「狭窄部を経て噴出させる」という構成がなく,また,そのような構成を採る必要もない。
(2)ア 審決は,「ミスト発生装置において,液体供給孔から供給される液体を,液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する気体により混合することは噴霧器等にみられるように従来周知の事項である」(22頁8~10行)とする。
しかし,審決には,「液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する気体により混合するミスト発生装置」が周知であることについて,何ら具体的証拠が挙げられていない(「噴霧器等」からも自明とはいえない)。そうすると,審決は,上記周知技術については,何ら証拠もなく判断をしたことになり,審決に瑕疵があり,また,この判断が結論に影響を及ぼすことは明らかである。
イ また,審決は,「甲7,8に示されるように,ミスト生成の技術分野において,『二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合される』ことも,当業者に既に知られた事項にすぎない。」と説示する(22頁13~18行)。
しかしながら,甲7及び8は,本件発明の技術分野とは全く関係のない燃焼工学の先行技術文献であって,これらを組み合わせることはそもそもできない。燃焼工学の先行技術をもって,「ミスト生成の技術分野」と認定することは誤りであるし,仮に「ミスト生成の技術分野」における周知技術が認定できるとしても,本件発明の技術分野が「工作機械の主軸装置」であることからすると,「ミスト生成の技術分野」の周知技術から,この相違点に係る本件発明の特定事項が当業者にとって容易になし得るということもできない。
5 その他の事情
(1) 本件発明の作用効果についての判断の誤り
ア 審決は,「本件発明の作用効果は,甲2発明及び上記周知事項から当業者が予測可能な範囲内のものであって,格別のものではない」(23頁12,13行)とする。
イ しかし,本件発明は,相違点2及び3の特徴を兼ね備えるミスト発生装置を採用することにより,ミストが長い通路を経ても遠心力により分離することを回避し,これによって,「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」にミスト発生装置を設けること(相違点1)を実現でき,もって,「被加工物の比較的深い箇所を加工する場合にも加工部へ十分なミストを供給することができる」(甲9【0057】)という主たる作用効果を奏するものである。本件発明における上記の効果は,進歩性の存在を肯定的に推認するに当たって十分に参酌すべき事実である。
また,本件発明は,主軸装置の潤滑技術の中でも工作機械による加工時に使用する切削油の劇的な軽減を実現するMQL技術に関するものであるが,本件出願時,当該技術は黎明期にあり,存在する先行技術は甲2発明のみであったところ,本件発明は,甲2発明のように使用する工具について「ミスト発生のための専用の形状」を必要とせず,自動工具交換装置への適用を現実的なものとして,甲2発明から得られなかった効果をもたらし,その後の工作機械における切削技術に革命的な発展をもたらした。
ウ このような作用効果からすると,本件発明は,従来技術に比して顕著に優れた効果を奏するものであり,その特許性が肯定されるべきである。
(2) 市場での高い評価など
①本件発明が,平成10年2月に日本発明振興協会及び日刊工業新聞社が共催した「第23回発明大賞」において,「鬼塚発明功労賞」を受賞していること(甲14,15),②独立行政法人工業所有権情報・研修館が監修する「平成16年度 特許流通支援チャート」の「機械14 エコマシニング」(甲16)において,本件特許が注目特許リストに挙げられていること(88頁),③本件発明の発明者であるA(原告元代表取締役社長,現会長)は,本件発明をパイオニア特許とするMQL技術の開発,普及の貢献により叙勲及び数々の表彰を受けていること(甲17~20)から明らかなように,本件発明の技術が市場で高く評価されており,かつ,社会に対する技術的貢献が顕著である。
このような,本件発明の社会的,技術的貢献の高さは,顕著な作用効果を基礎付け,容易想到性を否定する事実である。
第4被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)に対して
(1) 甲2発明の従来技術としては,アルミニウム製の中空形材の加工など潤滑液が溜まりやすい形状の加工材に対して用いる技術であって,潤滑液が別個の外付けの噴霧ノズルにより加工領域に供給されるタイプのものが挙げられ,工具の徹底的な冷却が容易でないとの問題があった。
甲2発明は,このような問題を解決し「上述したようなタイプの加工ユニットを,長い工具を用いて加工を行った場合でさえも切削が行われている領域で潤滑及び冷却が行われるように潤滑液の噴霧が加工領域に直接供給されるように設計する」ために,すなわち「潤滑油の噴霧」と「工具の内部冷却」とを同時に実現するためのものである。
そして,そのような課題を解決するために,甲2発明では,「潤滑液を供給するパイプの出口端部を工具内の出口の直上」とする構成を採用している。
甲2発明は,このように,外付けの噴霧ノズルにより加工領域に潤滑油を供給するという従来技術を出発点として「潤滑液を供給するパイプの出口端部を工具内の出口の直上」とする構成を採用することにより,潤滑液が駆動スピンドル及びドリル工具又はフライス工具の内部に制御不可能な,かつ,望まれていない態様で残ることを防止している。すなわち,甲2発明は,加工部にできるだけ近い位置でミストを発生させるというように「ミストの生成位置」を改善することによって,従来技術の課題を解決している。
一方,本件発明の本質は,本件明細書の図3及び図4の従来例においては,主軸1,工具ホルダ8及び刃物2が加工中に回転するため,主軸1内に供給されたミストmが遠心力によって気体と切削油に分離された状態となってしまうとの問題を解決するために,ミスト発生装置を「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けるという「ミストの生成位置」を改善することによって,すなわち,加工部にできるだけ近い位置でミストを発生させることによって,ミストの遠心力による分離を抑制するということにある。
このような甲2発明と本件発明との本質の同一性にかんがみれば,相違点1は,ミストの生成位置を加工部に近づけるに当たって,どの程度まで近づけるかの差異,すなわち,ミストの生成位置を加工部に近づける程度の差異にすぎない。
そして,加工部にできるだけ近い位置でミストを発生させるという観点でみると,甲2発明では,本件発明よりも加工部に近い「工具内」まで潤滑液を供給するパイプが延びている。また,自動工具交換技術は,本件特許出願よりはるか以前から実用化され一般的に用いられていた周知又は慣用の技術事項であるとともに,工作機械に対する自動化,省力化は,当業者にとって普遍的な要求であって,本件特許出願当時においても,当然に自動工具交換装置を採用するという要求は一般的なものであった。
したがって,上記パイプを,本件特許出願時には一般的であった自動交換装置を用いて工具交換をするなどの必要に応じて,途中で,例えば,刃物の中間部分や根本部分,あるいは工具ホルダ内や主軸先端部付近で終端させることは,当業者が極めて容易に想到することができるものである。
「内部ミキシング方式」のMQL技術は,回転している主軸内に液体と気体を別々の流路で導入し,これらを混合して発生したミストを加工部に供給することによって冷却する技術であり,ミストの発生が主軸以後(すなわち,主軸,工具ホルダ又は工具内)で行われる方式を意味している。「外部ノズル方式」から「内部ミキシング方式」に至ること,すなわち,ミスト発生装置を,主軸装置外部ではなく,主軸装置内部に設けることに想到するには,飛躍的な発想の転換が必要とされる。甲2において初めて開示された「内部ミキシング方式」は,全く新しい画期的な思想であり,従来全く存在しない,新しい画期的な技術的思想であった。
一方,極めて斬新な技術的思想である「内部ミキシング方式」にいったん想到することができれば,主軸装置内に配置するミスト発生装置の形式及び主軸装置内における配置場所を必要に応じて変更することは,当業者にとって極めて容易に行うことができる事項にすぎない。特に,本件特許出願当時には,外部でミストを発生させて主軸後端部から主軸内を通してミストを供給する「外部ミキシング方式」が公知であったこと(甲38)を考慮すれば,主軸装置内におけるミスト発生装置の配置場所を,工具の先端部から主軸の後端部までの間で必要に応じて選択することには,何ら困難性はない。
審決が認めるとおり「切削液通路を備えただけの通常の形状の工具を用いるというような要求は一般的なもの」(20頁16,17行)である。特に,本件特許の出願時においては,自動工具交換装置が一般的に用いられており(甲9の本件明細書【0041】からもうかがわれる。),このような装置を用いて工具を交換しようとした場合には,「切削液通路を備えただけの通常の形状の工具」を用いて,ミスト発生のための機構を,工具内ではなく,工具の手前である「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けざるを得なくなることも当然である。何らかの理由で「細いパイプがドリル工具又はフライス工具の出口の直ぐ上流まで延びる」という構成を採ることができない場合(例えば,工具自動交換装置を使用する必要がある場合など)には,「細いパイプがドリル工具又はフライス工具の出口の直ぐ上流まで延びる」という構成を断念してでも,可能な限り加工領域に近い位置(すなわち,「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」)にミスト発生装置を配置して,「噴霧ができる限り加工領域に直接供給される」ようにすることは,当業者が容易に想到するところである。
(2) 原告は,主軸の先端部又は工具ホルダ内にミスト発生装置を設ける本件発明と,工具の出口のすぐ上流側にミスト発生装置を設ける甲2発明とでは,方向性が異なるものであると主張する。
しかしながら,ミストを生成する位置を改善するという点で,本件発明と甲2発明とでは,その方向性が一致しているといえる。
本件発明では,ミストの「供給方向」を「軸線方向」とした上で,ミストの移動する「距離」を短くしており,これらをまとめて本件発明ではミストを生成する位置を改善することによって,遠心力による気体と切削油との分離を抑制している。
甲2発明においても,本件発明と同様にミストを生成する位置を改善することによって,遠心力による気体と切削油との分離を抑制しており,この意味で,本件発明と甲2発明とではその方向性は完全に一致している。
(3) 原告は,本件発明においては,相違点2及び3に係る特有のミスト発生装置という構成を採用したからこそ,主軸の先端部あるいは工具ホルダ内にミスト発生装置を設けることが可能となったものであるにもかかわらず,審決がこの点を無視していることが誤りであると主張する。
しかしながら,ミスト発生装置を「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けることによって生じる不利益,すなわち,従来のミスト発生装置を単に主軸の先端部又は工具ホルダ内に設けただけでは,生成されるミストが工具内を通過する間に遠心力によって分離するなどという問題は,本件明細書の記載からみて,もともと存在しないか,仮に存在したとしても本件発明では考慮されていない。
したがって,そもそも原告のいう「不利益」が存在しない以上,原告の上記主張は理由がない。
また,本件発明においては「特有のミスト発生装置」により「特別の性状」のミストを生成するなどという作用効果は存在せず,仮に上記「不利益」が存在したとしたところで,「特有のミスト発生装置」を採用することが,ミスト発生機構を「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けることによって生じる「不利益」を解決する補完的手段にはなり得ない。
すなわち,「工具ホルダ及び刃具」を通過する間にミストが遠心力により分離するか否かは,ミストの粒径,濃度,流速等のミストの性状及び主軸の回転数,工具の直径,長さなどの条件に依存する。そして,単に,「本件発明のミスト発生装置」を主軸先端部又は工具ホルダ内に設けただけで,常に同じ性状のミストが生成されるものではなく,「本件発明のミスト発生装置」においては,ミスト発生装置の各構成要素の寸法などの具体的構成,主軸の回転数,供給路内を流れる液体及び気体の流量,圧力,粘度等の条件が異なれば,生成するミストの性状も大きく異なってくることは,当業者にとって自明である。したがって,長さ40cmにも及ぶような長尺の刃具又は直径10mm程度の細径の刃具までを含むすべてにおいて,常に「主軸の先端部から刃具先端までの間に遠心力により分離されない」という極めて限られた性状を有するミストを生成するために必要とされる「ミスト生成条件」も,極めて限られたものにならざるを得ない。そして,実際には,このような極めて限られたミスト生成条件以外では,「本件ミスト発生装置」により生成したミストは,遠心力により刃具内部壁面に付着し,液体と気体とが分離してしまうのであるから,その結果,「ミストmは直接的に切刃2b部分に供給する」(甲9【0029】)又は「ミストmは・・・刃物2の先端から噴出され」(同上【0050】)ることはできず,「被加工物の比較的深い箇所を加工する場合にも加工部へ十分なミストを供給することができ,ミスト供給による加工法の利点を支障なく得る」(同上【0057】)という効果を奏することはできない。
原告が示す工具の先端の様子を撮影したビデオ(甲48)の内容は,「ある特定の構成をもった製品で,ある特定の条件下において,ミスト発生装置によって発生したミストの少なくとも一部を工具の先端から噴出させることができた」ことを示すものにすぎない。
そして,仮に,本件発明に上記作用効果があるのであれば,請求項1には,上記のミスト生成条件が構成要件として記載されていなければならないが,請求項1にも明細書全体にも,その記載は一切なく,結局,本件発明が「主軸の先端部或いは工具ホルダ内から刃具先端までの長い通路を経てもミストが遠心力により分離することを防止」するという作用効果を奏するとは認められない。
2 取消事由2(相違点2及び3を一体的に認定判断しなかった誤り)に対して
(1) 原告は,相違点2及び3は,1つの相違点として一体的に理解されるべきものであるから,審決には,相違点2及び3を分断して相違点として認定した誤りがあり,その結果,相違点の判断を誤ったと主張する。
しかしながら,後記4のとおり,そもそも,相違点3は,甲2発明と本件発明との実質的な相違点には当たらず,相違点2及び3を1つの相違点として一体的に理解しても,甲2発明と本件発明との間には,実質的には相違点2しか存在しないことになるから,相違点2及び3を不可分一体の相違点と考える意味がない。
(2) また,上記1(3)のとおり,本件発明においては,「特有のミスト発生装置」により「特別の性状」のミストを生成するなどという作用効果は存在せず,相違点2及び3の特徴を備えた「特有のミスト発生装置」を採用しても,それにより生成されるミストが「通常のミスト生成装置」により生成されるミストと異なる性状を有するものであると判断すべき根拠は,本件明細書の記載に一切見当たらない。
したがって,たとえ「特有のミスト発生装置」を採用したからといって,ミスト発生機構を「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けることによって生じる「不利益」(工具内で遠心力によりミストが分離してしまうという問題)を解決する補完的手段にはなり得ない。また,そもそも,この「不利益」自体,本件明細書には一切記載がなく,自明でもないのであるから,そのような「不利益」が存在した,あるいはその「不利益」を解決する「補完的手段」になり得るなどという原告の主張は認めることができない。
(3) 原告は,「液体供給孔から外周方向へ飛散する比較的細かい粒状の液体と,噴出速度が高められた気体とが激しく攪拌混合された良好なミストが得られる」点が相違点2及び3の相乗効果によって得られる本件発明の主要な作用効果であると主張する。
しかしながら,「液体供給孔から外周方向へ飛散する比較的細かい粒状の液体と,噴出速度が高められた気体とが激しく攪拌混合された良好なミストが得られる」ことは,本件明細書には一切記載がない。また,主軸回転数,内側供給管の径,切削油の供給量や気体の噴出速度などのミスト生成条件が異なれば,常に上記のような作用効果が得られるわけではなく,相違点2及び3により常にこのような作用効果を得られることは,当業者にとって自明でもない。
また,甲7及び8には,「二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合される」という構成と,それにより液体の微粒化が行われるという作用効果が記載されており,仮に相違点2及び3によってこのような作用効果を得られるとしても,この効果は一般的に広く知られた周知の事項である。
(4) 相違点2及び3により得られる作用効果は,甲7及び8にも記載されているように一般的に広く知られた周知の事項であり,何ら予測困難性はない。
以上によれば,審決における「相違点2,3を合わせて1つの相違点として論じても,結論に違いはない」との判断に誤りはない。
(5) したがって,相違点2及び3は,1つの相違点として一体的に理解されるべきとの原告の主張は失当である。
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)に対して
(1) 原告は,審決における「甲3から甲6に示されるように,工作機械の主軸装置の分野で,主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する際に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させることは周知事項である」(21頁4~7行)との認定が誤りであると主張する。
しかしながら,審決は,「相違点2に係る本件発明の発明特定事項は,上記周知事項を,甲2発明に適用することにより,当業者が容易に発明をすることができた事項である」(21頁10~12行)と認定判断しており,この意味するところは,甲2発明に適用することによって本件発明の進歩性を否定するのに足りる周知技術は,工作機械の主軸装置において「二系統の供給路のうち内側の供給管が主軸と同体に回転する」というものである。
このような点を考慮すると,「別の流体」の意味は,「別の種類の流体」という意味ではなく,「別系統の供給路を流れる流体」を意味することが明らかであり,この意味からみると,甲5及び6のいずれにも,「工作機械の主軸装置の分野で,主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する際に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させること」が開示されているといえる。
原告は,甲5に関して,「内側の供給管は液体用供給路でなくてはならない」と主張するが,「主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する際に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させる」という周知技術を認定するに当たって,内側の供給管が液体用供給路である必要はない。
また,原告は,甲3に関して,あたかも甲3では圧縮空気の供給と,工具の回転及び切削液の供給とが同時に行われることが機構的にあり得ないかのような主張をするが,甲3において,圧縮空気は,圧縮空気導管64,ケーシング部分48の内部空間,導管46周りのリング状空間66,皿状のばねの重なり42を収容しているリング状空間,結合導管70を介して工具収容部分36に供給される(3頁左下欄13行~右下欄2行)。したがって,そもそもピストン52と作動棒44の間に圧縮空気の流路など存在しない。さらに,甲3において,油圧導管60を介してシリンダー54に油圧が供給されてこの油圧によってピストン52が図の左側に推移させられ,その際突起部58が作動棒44に接触する(3頁右上欄15~20行)ことから,この接触により圧縮空気導管64とリング状空間66との間の空気の流れが遮断されるようにもみえるが,作動棒(締め付け棒)44には,リング状空間66とケーシング部分48の内部空間との間には結合孔62が設けられており(3頁左下欄9~13行),突起部58が作動棒44に接触しても,圧縮空気導管64とリング状空間66との間の空気の流れは遮断されない。一方,冷却剤に関してもその流通経路で流れが遮断されるとの記載はない。したがって,機構的には圧縮空気の供給と切削液の供給とが同時に行われることはあり得る。
さらに,甲3には,圧縮空気及び切削液の供給を機構的に工具の回転中に行うことができないとの記載もない。
さらにまた,原告は,甲3に関して,冷却剤用の導管は,途中までは中央,すなわち内側に形成されてはいるものの,途中から圧縮空気が供給される管よりも外側に配置されるようになっているから,このような態様をもって,「内側の液体用供給路を形成する供給管」を認定することはできないと主張する。しかしながら,「冷却剤用の導管」は,少なくとも途中までは中央,すなわち内側に形成されている以上,甲3の「冷却剤用の導管」を「内側の液体用供給路を形成する供給管」と認定することができる。
甲4には,内側の供給管(ドローバー4)内を切削液が,外側の供給路(ドローバー4と主軸3との隙間)内を空気が流れており,「別系統の供給路を流れる流体」であるばかりか,「別の種類の流体」が開示されている。
以上のとおり,「工作機械の主軸装置の分野で,主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する際に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させること」は甲3~6に開示されており,このような事項は,本件特許出願時において周知であったといえる。この事項が周知技術であるとする審決の認定には何ら誤りはなく,原告の主張は失当である。
(2)ア 原告は,甲2発明のように長い自由端を有したまま回転させたならば,パイプの可撓性によって振動,ぶれ,たわみなどの問題が生じ,主軸全体の回転バランスが崩れるという問題が生じるため,このような点が甲2発明において潤滑液用の供給パイプを主軸と同体に回転させることに対する阻害要因となると主張する。
イ しかしながら,「内側の供給管を主軸と同体に回転」させている甲3~6では,振動,ぶれ,たわみなどが生じないようにするための手段が設けられている。
例えば,甲3発明では,図面を参照する限り,締付け棒40(内側の供給管)はその外面でスピンドル部分14に接触しており,振動等の問題は生じず,また,導管46(内側の供給管)は締付け棒40にねじ込まれており,同じく振動等の問題が生じない。
また,甲4発明であれば,ドローバー4(内側の供給管)の先端はスリーブ5に螺着されており,このスリーブ5はスピンドル内面と接触しており,これにより振動等の問題が生じない。
さらに,甲5発明では,クランプ軸12(内側の供給管)自体がスピンドル4の内面と接触しており,これにより振動等の問題が生じない。
これら甲号証を参酌すると,「主軸と同体に回転」させる場合には,通常,これとセットで振動等を抑制する手段が設けられることも,本件出願当時公知の事項であった。
したがって,甲2発明に「主軸と同体に回転」させる構成を適用しようとした場合に,振動等が生じるおそれが存在することは,当業者にとって何ら阻害要因になり得ない。
ウ さらにまた,甲2発明と比較すべきは,原告の製造販売している製品ではなく,本件発明である。そして,本件特許の請求項1では,単に「内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成されて」いると記載されているのみで「内管の先端が支持されている」との限定はされていない。
したがって,本件発明は,「内管が片持ちになっている」場合をも包含しており,本件発明においても「内管が片持ちになっているために主軸を回転させることは困難」という欠点がそのまま存在するのであるから,この点においても,甲2発明と本件発明との間には差異がない。
(3) 原告は,甲3~6には供給管が主軸とともに回転することが開示されているが,これらは,ミスト発生装置とは何ら関係のない装置に関するものであって,相違点2は甲3~6に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得ることができるものではないと主張する。
しかしながら,審決において,「甲3~6は,工作機械の主軸装置という甲2発明と共通の分野で『主軸内に設けた内側の供給管とその外側の供給路とを通じて別の流体を個別に供給する場合に,内側の供給管と主軸とを同体に回転させること』が周知事項であることを示すものであり,上記周知事項を組み合わせるに当たっては,この周知事項がミスト発生機構を有する主軸装置に関するか否かは必須の事項ではない。」(21頁17~22行)とされるように,甲2発明に上記周知事項を組み合わせるに当たって,甲3~6がミスト発生機構を有することは必須の事実ではない。
甲2における「この潤滑液は,フライス盤の作動中に,パイプ(19)周りで流れていて圧縮空気の配管(17)を介して供給される圧縮空気の流れにより細かく分散され,シャフト状フライス(10)の出口(31)を介して噴霧の形態で切削地点へと供給される。」(訳文6頁7~10行。以下,甲2の引用頁及び行は訳文による。)との記載から分かるように,甲2には潤滑液と圧縮空気とからミストを発生させるミスト発生装置が記載されているところ,このミスト発生装置に潤滑液と圧縮空気を供給する機構について,当業者であれば,「工作機械の主軸装置」に関連する「流体を個別に供給する」機構に係る技術手段の適用を試みることは通常のことである。
したがって,甲2発明に上記周知事項を組み合わせるに当たっては,甲3~6が「工作機械の主軸装置」の分野に関するものであることのみで十分であり,「工作機械の主軸装置のうち主軸内にミスト発生装置が設けられているもの」である必要はなく,甲2に甲3~6に記載されている周知事項を適用するに当たって,甲3~6がミスト発生機構を有することが必須の事項であるとの原告の主張は失当である。
また,MQL技術と湿式加工技術は,工作機械の主軸装置という点で共通しており,MQL技術自体に関する構成についてはともかく,その以外の構成については,当然に湿式加工技術に係る主軸装置の構成を適用することが可能である。
4 取消事由4(相違点3に関する判断の誤り)に対して
(1)ア 原告は,甲2発明において「狭窄部」は存在しないと主張する。
しかしながら,「部」という用語は,「分けること。分けた一区分。」を意味している(乙1「広辞苑第6版」)。したがって,「部」は主軸装置の一部分を意味するのみであって,「狭窄部」は,それ以外の領域に比べて断面積が小さい部分という意味しかなく,その部分の大きさについては何の意味も含んでいない。そして,甲2発明の「より小径のリング状の通路」は,主軸装置の一部分であり,「より小径のリング状の通路」よりも上流側のリング状空気通路に比して「幅狭」となっていることから,「狭窄部」に該当する。
イ また,甲2発明では,圧縮空気は,円筒状の中空空間(23)から,供給パイプの外周囲の前記中空空間(23)のより小径のリング状の通路(すなわち,「狭窄部」)を経て供給パイプの出口端部(24)の外周から中央ボア(22)に流れ出る。圧縮空気は「狭窄部」を経て,ある流速をもって供給パイプ出口端部(24)外周からより断面積の広い中央ボア(22)に流出する。「噴出」も「流出」も流体がある流速を持って開口部等からより広い空間に流出することを意味するものであって,この意味では,甲2発明においても,圧縮空気が供給パイプの出口端部(24)の外周から中央ボア(22)に噴出しているといえる。
本件発明における「噴出」及び甲2発明における流出のいずれについても,その明細書等に流速についての明示の記載はなく,両者に差異があると判断すべき理由はない。
そして,甲2発明においては,潤滑液がこの圧縮空気の流れにより細かく分散され,噴霧の形態で切削地点へと供給される(6頁8~10行)のであるから,圧縮空気の流速は細かい噴霧を形成するのに十分な流速であることが記載されているに等しい。
他方,本件発明においても,「このように噴出された気体と切削油は前記中心孔36b内で激しく攪拌混合されて切削油のミストmとなされる」(本件明細書【0026】)と記載されているように,「噴出」される気体によりミストが生成されている。このため,本件発明においても,噴出される気体の流速は噴霧(ミスト)を形成するのに十分な程度の流速であればよいと判断される。
したがって,本件発明における「噴出」気体の流速と甲2発明における流速との間には,実質的な差異があるとは認められない。
ウ 以上のとおり,甲2発明は,「狭窄部」及び「狭窄部を経て噴出させる」という構成を有しているといえる。
(2)ア 原告は,ミスト発生装置において,液体供給孔から供給される液体を,液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する気体により混合することは,噴霧器等又はミスト生成の技術分野において従来周知の事項であるとはいえないと主張する。
イ しかしながら,上記(1)のとおり,気体が「液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する」ことは甲2に開示されている。また,液体供給孔から供給される液体が当該気体と混合される点も,甲2の「潤滑液は,フライス盤の作動中に,パイプ(19)周りで流れていて圧縮空気の配管(17)を介して供給される圧縮空気の流れにより細かく分散され」(6頁7~9行)との記載のとおり,甲2に開示されている。
したがって,甲2発明における「潤滑液が圧縮空気の流れにより空気中に細かく分散される」ことは,本件発明における「液体が噴出する気体により混合すること」と同じである。
以上のとおり,「ミスト発生装置において,液体供給孔から供給される液体を,液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する気体により混合する」という事項は甲2に開示されており,当該事項が周知技術であるか否かは,そもそも議論する必要がない。
ウ また,仮に上記事項が甲2に開示されていないとしても,甲7及び8は,「液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する気体により混合するミスト発生装置」の構成に加えて「二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が回転する」構成までも開示されていることを考えれば,単に「液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する気体により混合する」ことのみが開示されている文献が相当数存在することは容易に把握できるのであって,上記事項は周知技術であるといえる。
なお,審決は,原告が本件訂正請求によって従前の明細書に全く記載のない「狭窄部」なる語を請求項に加入したことにつき,「液体供給孔から供給される液体を,液体供給孔の外周囲の狭窄部を経て噴出する気体により混合するミスト発生装置は,もとより,噴霧器等で周知のものである」と判断したからこそ,ミスト発生装置の構成として液体供給孔の外周囲の「狭窄部」は自明な事項であるとの理由で訂正を認めたものである(5頁33行~末行)。
エ 原告は,甲7及び8は,燃焼工学の先行技術文献であって,「ミスト生成の技術分野」と認定すべきでなく,また,本件発明の技術分野が「工作機械の主軸装置」であることからすると,「ミスト生成の技術分野」の周知技術から相違点について当業者が容易に想到し得るとはいえないと主張する。
しかしながら,例えば,甲8は,「噴霧器」に関するもの,すなわち「ミスト生成の技術分野」に関するものである。また,甲7は,燃焼工学の先行技術文献であるが,ミスト生成のための要素技術である噴霧器を開示しているものであり,「ミスト生成の技術分野」に関するものである。
そして,「潤滑液と圧縮空気とを積極的に混合するための手段」の要求があった場合,当業者は「工作機械の主軸装置」の分野ではなく,「ミスト生成の技術分野」においてその要求を満たす技術を調べるものと考えられる。
したがって「二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合される」という事項がミスト生成の技術分野で周知であれば,当業者であればこのような事項を甲2発明に組み合わせることに容易に想到することができる。
5 「その他の事情」に対して
(1) 原告は,本件発明によって得られる作用効果は,進歩性の存在を肯定的に推認するのに十分に参酌すべき事実であると主張する。
しかしながら,前記1(3)のとおり,本件発明においては「特有のミスト発生装置」により「特別の性状」のミストを生成するなどという作用効果は存在せず,原告の上記主張は理由がない。
また,原告は,本件発明が甲2発明から得られなかった効果をもたらした,すなわち,自動工具交換装置へ適用できるようになり,その結果工作機械における切削技術に革命的な発展をもたらした,と主張する。
しかしながら,切削技術に革命的な発展をもたらし得たのは,ミストが遠心力により分離することを回避するために,「加工部にできるだけ近い位置でミストを発生させる」という技術的思想であり,この技術的思想は既に甲2発明に開示されている。本件発明は,甲2発明に対する進歩性のない単なる「改良発明」にすぎない。
そして,前記1のとおり,自動工具交換装置へ適用できるように,「工具内」まで延びている甲2発明のパイプを「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」付近で終端させることは「設計的事項」であり,工作機械における切削技術に何ら革命的な発展をもたらすものではない。
また,自動工具交換を行う場合,工具のみではなく,工具を備えた工具ホルダごと交換するのが一般的であり,このことは,本件特許出願前からの技術常識である。このように,自動工具交換では工具ホルダごと交換が行われることを考慮すると,本件発明において,ミスト発生装置を「工具ホルダ内に設けた」場合には,自動工具交換の適用が困難であって,自動工具交換の適用の難易という点において,甲2発明と本件発明との差異はない。
(2) 原告は,本件発明の技術が市場で高く評価されており,かつ,社会に対する技術的貢献が顕著であり,このような社会的,技術的貢献の高さは,顕著な作用効果を基礎付け,容易想到性を否定する事実であると主張する。
しかしながら,例えば,本件発明は,単に「加工部の近くでミストを供給する」ようにしたことによって「鬼塚発明功労賞」を受賞しているのであって(甲14,15),「特有のミスト供給装置を提供することによりミストの供給位置を加工部から離すことを可能とした」ことによって同賞を受賞しているわけではない。
また,原告が本件発明の市場での評価の証拠として提出した甲16~20も,それぞれ,「加工部の近くでミストを供給する」点につき市場での評価を受けていることを示しているにすぎず,市場で得られている評価等は,本件出願前に既に開示されていた技術に対するものであって,本件発明に対する評価であるとはいえない。
したがって,原告の主張する社会的,技術的貢献は,本件発明に対するものではないことから,本件発明の顕著な作用効果を基礎付け,容易想到性を否定する事実にはなり得ない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)について
(1) 審決は,甲2発明の構成につき,「ミスト発生のための機構が,工具の中央ボア孔(22)と,パイプ(19)からなっているのであるから,工具そのものが,その中央ボア孔がパイプを通し,更に必要な量の圧縮空気を流すことのできるというような,ミスト発生のための専用の形状を採らざるを得ないことは明らかである。」(20頁11~15行)とした上で,「しかしながら,切削液通路を備えただけの通常の形状の工具を用いるというような要求は一般的なものであるから,この要求に応えるならば,ミスト発生のための機構を,工具内に設けることはできなくなり,工具の手前,つまり『主軸の先端部或いは工具ホルダ内』に設けざるを得ないのは,当然である。」(20頁16~20行)として,「相違点1に係る本件発明の発明特定事項は,当業者が適宜採用できた設計的事項である。」(20頁21,22行)とする。
以下,審決の上記認定判断について検討する。
(2) 本件発明について
ア 本件明細書(甲9)には,次の記載がある。
「【特許請求の範囲】【請求項1】主軸内へ気体と液体を同時かつ別々に供給するための二系統の供給路を設けると共に,これら供給路を通じて供給された気体と液体を混合させてミストを噴出させるためのミスト発生装置を主軸の先端部内或いは工具ホルダ内に設けた工作機械の主軸装置であって,前記二系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成されており,液体が当該液体供給孔から供給されるとともに,気体が該液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されて,液体と気体が混合されるように構成されていることを特徴とする工作機械の主軸装置。」
「【発明の詳細な説明】【0001】【産業上の利用分野】本発明は,主軸内にミスト発生装置を設けたものとした工作機械の主軸装置に関する。
【0002】【従来の技術】工作機械による加工では被加工物や刃物の冷却及び潤滑,又は切屑の除去などのため加工部に切削液を多量に供給しているが,これによるときは切削液による環境汚染や人体の健康への悪影響,切削液の廃油処理に伴う大きなコスト,被加工物の過冷却による刃物寿命の低下,又は切削油過多による刃物の微細切込み加工時の滑り摩耗などの問題があるほか,加工時に多量の切削油が切屑に付着するため,切屑の処理や再利用のさい,これに付着した切削油を分離することが必要となるが,この処理に大きなコストがかかるなどの問題がある。
【0003】これらの問題を解決するため,近年では極微量の切削液をミスト状にして加工部へ供給することが行われている。
【0004】具体的には例えば図1及び図2に示すように主軸1先端に固定された刃物2の近傍に付設したミスト供給管3を通じることにより,刃物2の近傍位置から加工部へ向けて切削油のミストmを噴射するようになされている。このさい,4は主軸1から離れて設けられたミスト発生供給装置,・・・そしてwは被加工物である。
【0005】【発明が解決しようとする課題】既述した図1及び図2に示す従来手段では,例えば穴加工のように加工部が被加工物wの比較的深い位置となる場合,ミストmが被加工物wや刃物2或いは切屑などに遮られて加工部まで十分に侵入することができなくなる。このため,加工部の冷却や潤滑が十分に行われないのであり,その程度によっては単に効率的な加工が行えないことに留まらず,加工が不可能となってしまうのである。
【0006】これを解消する試みとして図3に示すように工具ホルダ8の周囲に設けられたミスト供給路手段10の入口10aからミストmを供給し,このミストmを刃物2の軸芯に形成された通路2aを経て加工部まで供給することが考えられる。
【0007】しかし,これによるときは工具ホルダ8及び刃物2が加工中に主軸1と同体に回転されるため,入口10aから供給されたミストmは同ホルダ8の半径方向通路8a内を外側から回転中心へ向けて流れるさいに遠心力を受け,これに影響されて安定した濃度で加工部へ供給されるものとならない。即ち,工具ホルダ8内に達したミストmは当初は気体と切削油が均一に混合した状態のものとなっているが,通路8a内を通過中に,比重の大きい切削油は半径方向外側に,そしてそれの小さい気体は半径方向内側に偏し,気体と液体が分離された状態のものとなってしまうのであり,したがって切削油の過少な状態のミストとそれの過多な状態のミストが不規則的に供給されることが生じるのである。
【0008】また別の試みとして図4に示すように主軸1後部に流体通路の回転継手11を設け,これの入口11aからミストmを供給し,このミストmを主軸1,工具ホルダ8及び刃物2に形成された通路1a,8b,2aを経て加工部へ供給することが考えられる。
【0009】しかし,これによるときも主軸1,工具ホルダ8及び刃物2は加工中に回転されるため,主軸1内へ供給されたミストmは主軸1後部から刃具2先端までの長い通路1a,8b,2aを通過中に遠心力を受けて,やはり前述したと同様に気体と切削油が分離した状態のものに変化され,同様な問題が生じるのである。
【0010】上記したように被加工物wの比較的深い箇所へミストmを効果的に供給することは,従来に存在する装置へ単にミストを供給するということだけでは達成することができないのであり,これを実現させるための装置が望まれる。本発明は斯かる要望に応え得る工作機械の主軸装置を提供することを目的としている。
【0011】【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため,本発明においては主軸内へ気体と液体を別々に供給するための二系統の供給路を設けると共に,これら供給路を通じて供給された気体と液体を混合させてミストを噴出させるためのミスト発生装置を主軸の先端部内或いは工具ホルダ内に設けたものとなす。」
「【0016】図に示すように主軸1の内孔1a内に内管12が同心状に設けてあり,内孔1a内は図6に示すように内管12壁面を境として外側通路s1と内側通路s2との二系統に区分されている。そして外側通路s1は気体の供給路となされ,内側通路s2は切削液の供給路となされている。」
「【0019】この回転継手11Aにおいて外筒部材15,中間部材16及び蓋部材17は非回転状態に支持され,段付軸筒部材13及び内管部材18は主軸1と同体に回転されるものとなされる。
【0020】そして,その作動中は,摺接リング体21と摺接リング体24とが圧接状態かつ液密状態で相対回転され,同時に摺接リング体29と摺接リング体30とが同様の状態で相対回転される。このため主軸1の回転状態下であっても,供給口31から供給された気体は摺動筒部材19の内孔及び軸筒部材13の内孔13bを経て供給路s1内に達し,また供給口32から供給された切削液は摺動筒部材28の内孔及び内管部材18の通路s4を経て他方の供給路s2内に達する。
【0021】主軸1の先端中心部内にはミスト発生装置33が設けてあって,具体的には次のようになされている。
【0022】即ち,図7に示すように主軸1の内孔1aの先端に連続して幾分直径の拡大された案内孔1bを形成し,これの内方に摺動筒部材34を主軸1方向の変位自在に嵌挿する。この摺動筒部材34の外周面の細径部には圧縮スプリング35を外嵌し,これの一端を工具ホルダ8の上端面に支持させることにより摺動筒部材34をスプリング35の弾力で上方へ押圧させる。一方,内孔1aの先端にはノズル前部材36を嵌挿すると共に,この部材36に嵌合固定されたノズル後部材37は内管12の先端に固定させる。そしてノズル前部材36は先部外周面36aを円錐面となすと共に本体外周面に主軸方向の通路s5を形成すべく本体部断面を図8に示すような概ね三角形となし,中心部には図9に示すように段付状の中心孔36bを設け,この中心孔36bの先側と前記通路s5とを連通させるための連絡路s6を形成し,さらに肉厚部内には中心孔36bを内孔1a周面内に解放するのと同時に連絡路p2に連通する小孔通路pを設けたものとなす。またノズル後部材37は細径部37aをノズル前部材36の中心孔36bに内嵌固定させ,中心部には内孔37bを設け,この内孔37bの上端を供給路s2に連通させると共に,先端小径突出部37cを中心孔36bの中央小径部に同心状に位置させてこの突出部37cの外周囲に通路の形成されるようになすほか,内孔37bと前記小孔通路pとを連通させるための連絡路p2を形成したものとなす。
【0023】工具ホルダ8は主軸1にボルト固定されており,同ホルダ8の上端面の中心部にはこれの中心通路8bと連続され前記案内孔1bに対応したものとなされた案内孔8b1を設け,この案内孔8b1に摺動筒部材34の下部を主軸1方向の変位自在に嵌挿させている。
刃物2の通路2aは先端を複数に分岐され,各切刃2bの存在箇所に開口されている。
【0024】上記の如く構成した本発明装置の使用例及びその作動を説明する。装置が作動状態となされると,図示しないモータの回転がプーリ6を経て主軸1に伝達され,また外部の気体供給ラインから供給口31を通じて気体が,そして外部の切削油供給ラインから他の供給口32を通じて切削油が供給される。
【0025】これにより,気体は回転継手11Aの気体通路及び供給路s1を経た後,連絡路s6を通じて先端小径突出部37cの外周囲から中心孔36bの先部内方に噴出され,また切削油は回転継手11Aの切削油通路及び供給路s2を経た後,内孔37bを通じて先端小径突出部37cの中心部から同じくノズル前部材36の中心孔36bの先部内方に噴出される。
【0026】このように噴出された気体と切削油は前記中心孔36b内で激しく攪拌混合されて切削油のミストmとなされる。
【0027】このさい,刃物2のサイズが比較的小さいなどのため通路2a内のミストmの圧力がスプリング35の弾力などに関連した一定圧力よりも大きく保持されているとすると,この圧力は摺動筒部材34の先端面34aなどに作用してこの部材を主軸1の後側へ押圧するため,この部材34の内孔の上端開口はこのミスト圧による押圧力とスプリング35の押圧力によりノズル前部材36の先部外周面36aに押し付けられるものとなり,かくして摺動筒部材34は図9に示す状態を保持される。
【0028】したがってミスト発生装置33で生成されたミストmはそのまま摺動筒部材34の内孔を経た後,工具ホルダ8及び刃物2の通路2aを通じて切刃2b近傍から噴出される。
【0029】この状態の下で主軸ヘッド部が必要に応じ降下移動され,刃物2が被加工物wを切削加工するものとなるのであり,この加工が進むと,切刃2bは被加工物wの深い箇所で作用するが,この場合もミストmは直接的に切刃2b部分に供給されるため,その供給が切屑などに遮蔽されることは生じず,加工部を十分に潤滑及び冷却することができ,所要の作用を奏するのである。」
「【0034】上記実施態様においてミスト発生装置33及び摺動筒部材34は図10に示すように工具ホルダ8の内方に設けることもできる。」
「【0041】図に示すように主軸1の先端には自動工具交換装置などで脱着される工具ホルダ8がテーパシャンク部8cを介して嵌着されている。
【0042】工具ホルダ8の通路8bはプルスタッド8dの後端から刃物2装着部に至るものとなされている。」
「【0057】【発明の効果】上記の如く構成した本発明によれば,被加工物の比較的深い箇所を加工する場合にも加工部へ十分なミストを供給することができ,ミスト供給による加工法の利点を支障なく得ることのできるものである。」
イ 以上によれば,次の事実が認められる。
本件発明は,主軸内にミスト発生装置を設けることとした工作機械の主軸装置に関する発明であるところ,従来技術においても,極微量の切削液をミスト状にして加工部へ供給することが行われているが,図3の従来例においては,工具ホルダ8及び刃物2が加工中に主軸1と同体に回転するため,工具ホルダ8の周囲に設けられたミスト供給路手段10の入口10aから供給されたミストmは,工具ホルダ8の半径方向通路8aを外側から回転中心へ向けて流れる際に遠心力を受けて気体と切削油とが分離された状態のものとなってしまい,また,図4の従来例においては,主軸1,工具ホルダ8及び刃物2が加工中に回転されるため,供給されたミストmは,主軸1後部から刃具2先端までの長い通路1a,8b,2aを通過中に遠心力を受け,気体と切削油とが分離された状態のものとなってしまい,いずれも,ミストmを安定した濃度で加工部へ供給することができず,加工部を十分に潤滑及び冷却することができないという問題が生じていた。
そこで,本件発明は,その課題を解決するために,工作機械の主軸装置において,主軸内へ気体と液体を同時かつ別々に供給するための2系統の供給路を設け,2系統の供給路のうち内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成し,液体が液体供給孔から供給されると,その液体が遠心力で外方に噴出して微細化するとともに,気体がこの液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出することにより,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するミスト発生装置を構成することにした。そして,このミスト発生装置は,主軸の先端部内又は工具ホルダ内に設けられており,発生したミストは,工具ホルダ及び工具内通路を通じて切刃近傍から噴出され,被加工物の比較的深い箇所にも供給され,被加工物を十分に潤滑及び冷却することができるものである。
(3) 甲2発明について
ア 甲2には,次の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲の請求項1及び2
「1.ドリル工具又はフライス工具(10)のシャフト用のクランプブラケット(6)が組み込まれた動力駆動される回転スピンドル(2)を備え,スピンドルとドリル工具又はフライス工具のシャフトとが互いに整列した中央ボア孔(21,22)を備え且つドリル工具又はフライス工具(10)が加工領域に潤滑液及び冷却液を供給するための出口(31)を備える加工ユニットにおいて,
上記中央ボア孔(21,22)が工具の冷却に関与する圧縮空気の供給部(17)に独占的に連結され,該中央ボア孔を通って細いパイプ(19)がドリル工具又はフライス工具(10)の出口(31)の直ぐ上流側まで延び,該細いパイプは潤滑液の供給部に連結されることを特徴とする加工ユニット。
2.上記ボア孔(21,22)は互いに整列せしめられ且つ上記パイプ(19)は上記ボア孔に同心状に配置されることを特徴とする請求項1に記載の加工ユニット。」(8頁2~12行)
(イ) 説明
「本発明は,ドリル工具又はフライス工具用のクランプブラケットが取付けられた動力駆動される回転スピンドルを備える加工ユニットであって,スピンドルとドリル工具又はフライス工具とが中央ボア孔を備え且つドリル工具又はフライス工具が加工領域に潤滑液及び冷却液を供給するための出口を備える加工ユニットに関する。」(2頁2~5行)
ボア孔を介して加工地点へ冷却液及び潤滑液を供給するために中央ボア孔を備えたシャフト状フライス(・・・)の形態のドリル工具又はフライス工具が知られている。斯かる構成とすることで工具自体がその内部から冷却されるという効果を奏する。冷却,潤滑及び切屑の洗い流しを十分に行うためには,一般に一分当たり20~30リットルの液体が必要とされる。」(2頁6~13行)
「構造体の形状加工,例えば窓及び建物の正面の構造体の形状加工には,加工されるのが主にアルミニウム製の中空形材である場合,必ずしも上述したように潤滑及び冷却を行うことはできない。例えば,窓又は温室の構造物で用いられるようなマルチチャンバ型中空形材は潤滑液で満たされ,この潤滑液は従来の被加工物とは異なって中空チャンバから吸い出されず,循環せしめられない。斯かる形材の加工では,潤滑液が別個の噴霧ノズルにより加工領域に供給される潤滑液の噴霧を用いることが必要である。しかしながら,このタイプの潤滑液の噴霧は上述したような中空のドリル工具及びフライス工具の場合のように工具の徹底的な冷却を容易にするものではない。例えば,中空チャンバ形状内に位置する加工の必要なクロスバーの領域に噴霧を供給する必要がある場合に,長いドリル工具又はフライス工具を用いたマルチチャンバ型中空形材の加工中には問題が生じる。また,適切な加工及び十分な切屑の除去を行うために比較的多量の潤滑液が噴霧されなければならないことから,作業者の健康の観点からも問題がある。この潤滑液は作業者の気道に進入してしまうことがある。」(2頁14行~3頁2行)
「従って,本発明の目的は上述したようなタイプの加工ユニットを,長い工具を用いて加工を行った場合でさえも切削が行われている領域で潤滑及び冷却が行われるように潤滑液の噴霧が加工領域に直接供給されるように設計することにある。」(3頁3~5行)
「中央ボア孔が工具の冷却に関与する圧縮空気の供給部に独占的に連結され,細いパイプがドリル孔とほぼ同心状にドリル工具又はフライス工具の出口領域の直ぐ上流側まで延びる。斯かる構成により,潤滑油の噴霧と工具の内部冷却とが同時に実現され得る。噴霧は切削領域に放出され,よって必要な潤滑が正確な地点で行われ,また工具自体も加工作業中に内部から均一に冷却せしめられる。」(3頁6~11行)
「潤滑液が駆動スピンドル及びドリル工具又はフライス工具の内部に制御不可能な且つ望まれていない態様で残ることが防止される。潤滑液は供給パイプからドリル工具又はフライス工具の出口地点の直ぐ上流側で供給パイプの端部を通って流れる空気によって分散せしめられて所望の潤滑液の噴霧を形成する。」(3頁12~15行)
「潤滑液用の供給パイプは非常に細いことのみが必要とされることが分かる。供給パイプの直径は,ボールペンのカートリッジのように,約1ミリ程度で全く十分である。従って,スピンドル内のボア孔,及び加工工具内のボア孔は大きなものである必要がない。」(3頁20~22行)
「請求項2に記載の発明の更なる改良によれば,回転スピンドル内のボア孔及びドリル工具又はフライス工具内のボア孔は互いに整列せしめられ,潤滑液用の供給パイプはこのボア孔にほぼ同心円状に配置される。これはスピンドルベアリング上でパイプを保持することによってもたらされる。」(3頁23行~4頁1行)
「図1に示したように,ボール盤又はフライス盤(図示せず)のスリーブ型のべアリングヘツド(1)内には,ベアリング(3)を用いて回転可能にスピンドル(2)が配置される。スピンドル(2)は,スピンドル(2)のネック部(5)に連結されたVベルト(4)を介して駆動モータ(図示せず)によって回転せしめられる。」(4頁22~25行)
「コネクタ(12)はその内部に円筒状のボア孔(13)を有し,このボア孔(13)はスピンドル(2)のネック部分(5)内に堅固にねじ込まれるピストン(14)によってスピンドル(2)に向かって閉じられている。ボア孔(13)によって囲われているピストン(14)上の空間において,ボア孔(15)が側方に通じており,このボア孔(15)のねじ山に圧縮空気供給パイプ(17)用の連結用ニップル(16)がねじ込まれる。ボア孔(13)に同心状にピン状の中空突起(18)が突出し,この中空突起内に細いパイプ(19)が挿入されて所定位置に保持される。この細いパイプ(19)はコネクタ(12)を通ってシャフト状フライス(10)の領域まで延びる。このパイプの直径は比較的小さい。実際,直径が1mmであれば十分であることが判明している。従って,大まかに言うとパイプ(19)はそのデザインがボールペンのカートリッジに類似しており,長さがかなり長い点のみが異なっている。」(5頁7~17行)
「ピストン(14)には中央ボア穴(20)が設けられ,この中央ボア穴(20)はスピンドル(2)のボア孔(21)及びシャフト状フライス(10)の中央ボア穴(22)と整列している。パイプ(19)は,ピストン(14)のボア孔(20)と,スピンドルのボア孔(21)と,締付けコーンを備え且つスピンドル(2)のボア孔(21)の下方に形成された円筒状の中空空間(23)と,シャフト状フライス(10)の中央ボア孔(22)とを通って延び,そしてその開いた出口端部(24)は,シャフト状フライス(10)内であって切削加工がシャフト状フライスによって実行される領域にまで達する」(5頁18~24行)
「パイプ(19)の上方端部(25)は,コネクタ(12)のネジソケット(26)の頂部から突出しており,ネジソケット(26)のねじ山に取り付けられた連結ニップル(27)と,連結ニップルと連結ソケット(26)との間に位置決めされたパッキングリング(28)とによって囲われている。潤滑液用の供給パイプ(29)が連結ニップル(27)内に挿入され且つキャップ(30)によりニップル(27)に液密に結合される。この供給パイプ(29)を介して,計測された量の潤滑液がパイプ(19)及びシャフト状フライス(10)の切削部の領域に供給される。更なる説明なくして明らかなように,パイプの出口端部(24)から現れるこの潤滑液は,フライス盤の作動中に,パイプ(19)周りで流れていて圧縮空気の配管(17)を介して供給される圧縮空気の流れにより細かく分散され,シャフト状フライス(10)の出口(31)を介して噴霧の形態で切削地点へと供給される。」(5頁25行~6頁10行)
「図示した実施形態を用いると,切削操作を実行するシャフト状フライス(10)の先端に噴霧状の潤滑油を計画的に提供することができる。従って,例えば潤滑液又は噴霧状潤滑液を供給することができなかった,マルチチャンバ型中空形材の中間バーであって該形材の内部に配置された中間バーをフライス加工又はドリル加工する場合に切削操作中に潤滑液を投与することができる。パイプ(29)を通って流れる潤滑液の流量(0.001)リットル/分のオーダー)をパイプ(17)から流出する圧縮空気に合わせることにより,空気に対する潤滑液の比率を容易に調整することができる。このため,潤滑液の比率をかなり低く維持することができ,その結果,一方では潤滑液の消費量が低減され,他方では周囲環境にやさしい潤滑が達成されると共に,潤滑液の噴霧を搬送する空気中の潤滑液の比率が健康に悪くないレベルに維持される。また,この潤滑液の計量と同時に,本発明は従来のドリル工具又はフライス工具と同様に工具自体が圧縮空気によって内側から冷却されるという効果を実現する。」(6頁16行~7頁2行)
「噴霧による効果及び潤滑性能は適切な工具を用いることにより高められる。図2~図4は例えば図1のシャフト状フライス(10)に対応する単一歯のシャフト状フライスを示している。図2~図4は,シャフト状フライス(10)のボア孔(22)が,このシャフト状フライス(10)の軸線(35)と平行に且つこの軸線から偏心して延びる出口チャネル(34)と流体状の関係をもって通じることを示している。この出口チャネル(34)はスロット(36)に通じる。スロット(36)は,波線で示したように,出口チャネル(34)付近においてシャフト状フライスに回転するフライスディスク(37)をあてることにより研削される。出口チャネル(34)及びスロット(36)は,図4に示したように,回転する螺旋状カッタ(38)から離れた側に配置される。出口スロットは,出口チャネル(34)を大きく広げることになり,分散された噴霧の形態で噴霧状潤滑液を加工地点に供給するスロットノズルとして機能する。」(7頁3~13行)
イ 以上によれば,次の事実が認められる。
甲2発明は,ドリル工具又はフライス工具シャフト用のクランプブラケットが取り付けられた動力駆動される回転スピンドルを備える加工ユニットであって,そのスピンドルとドリル工具又はフライス工具は中央ボア孔を備えており,このボア孔を介して加工地点へ潤滑液及び冷却液を供給するものであって,本件発明と同じく,主軸内にミスト発生装置を設けた工作機械の主軸装置に関する発明である。
そして,潤滑液が別個の噴霧ノズルにより加工領域に供給される従来技術においては,工具の徹底的な冷却が容易ではなく,また,比較的多量の潤滑液が噴霧されなければならないという問題が生じていたところ,甲2発明は,これらの課題を解決するため,ドリル工具又はフライス工具(10)のシャフト用のクランプブラケット(6)が組み込まれた動力駆動される回転スピンドル(2)を備え,スピンドルとドリル工具又はフライス工具のシャフトとが互いに整列した中央ボア孔(21,22)を備えるとともに,この中央ボア孔が工具の冷却に関与する圧縮空気の供給部(17)に連結され,この中央ボア孔を通って細いパイプ(19)がドリル工具又はフライス工具(10)の出口(31)のすぐ上流側まで延びて配置され,この細いパイプは,潤滑液の供給部に連結されている構成とされる。
そして,甲2発明がこのような構成を採用することによって,潤滑液は,供給パイプからドリル工具又はフライス工具の出口地点のすぐ上流側で供給パイプの端部を通って流れる空気によって分散されて所望の潤滑液の噴霧を形成し,この噴霧は,切削領域に放出されて必要な潤滑が正確な地点で行われ,また,工具自体も加工作業中に内部から均一に冷却され,さらに,潤滑液が駆動スピンドル及びドリル工具又はフライス工具の内部に制御不可能かつ望まれていない態様で残ることが防止でき,パイプ(29)を通って流れる潤滑液の流量をパイプ(17)から流出する圧縮空気に合わせることにより,空気に対する潤滑液の比率を容易に調整することができ,それゆえ,潤滑液の比率をかなり低く維持することができ,その結果,潤滑液の消費量が低減され,周囲環境にやさしい潤滑が達成されるとともに,潤滑液の噴霧を搬送する空気中の潤滑液の比率が健康に悪くないレベルに維持することができることになった。
(4) 本件発明と甲2発明との対比
ア 上記(2)及び(3)によれば,本件発明と甲2発明とは,いずれも工作機械の主軸装置に関する発明であるところ,①極微量の切除液をミスト状にして加工部へ供給し,加工部を潤滑及び冷却する点,②ミスト発生装置を,主軸装置外部ではなく,主軸装置側に設けた点,③このミスト発生装置は,気体と液体を同時かつ別々に供給するための2系統の供給路を設けて切削液を内側の液体供給孔から供給し,気体を液体供給孔の外周囲に設けられた供給管から供給して,液体と気体を混合してミストを発生する構成とする点,④発生したミストは,工具内通路を通じて切刃近傍から噴出され,被加工物に供給されるようにした点で共通する。
イ しかしながら,本件発明は,本件明細書の図3及び4に示した従来技術においては,主軸1,工具ホルダ8及び刃物2が加工中に回転するため,供給されたミストmが遠心力によって気体と切削油とに分離し,加工部を十分に潤滑及び冷却することができないという課題が生じていたところ,この課題を解決するために,内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成し,液体が液体供給孔から供給されると,その液体が遠心力で外方に噴出して微細化するとともに,気体がこの液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出することにより,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生する構成としたものである。そして,このミスト発生装置は,主軸の先端部内又は工具ホルダ内に設けられており,発生したミストは,工具ホルダ及び工具内通路を通じて切刃近傍から噴出され,被加工物の比較的深い箇所にも供給されるものである。
一方,甲2発明は,ドリル工具又はフライス工具のシャフト用のクランプブラッケット(6)が組み込まれたスピンドル(2)は回転するが,その中央ボア孔(21,22)内に配置した細いパイプ(19)は回転するものではない。そして,甲2発明においては,パイプ(19)は,ドリル工具又はフライス工具(10)の出口(31)のすぐ上流側まで延びて配置され,パイプ(19)内の潤滑液は,ドリル工具又はフライス工具の出口地点のすぐ上流側で,供給パイプの端部を通って流れる空気によって分散されて所望の潤滑液の噴霧を形成し,工具自体も加工作業中に内部から冷却されるものである。
ウ 以上のとおり,本件発明は,内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成し,これによって液体供給孔から供給された液体が遠心力で外方に噴出して微細化することとなり,さらに,気体がこの液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されることにより,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するようにしたもので,このようにして発生したミストは,工具ホルダ及び工具内の通路を分離することなく通過して,被加工物の比較的深い箇所にも供給されるものである。そして,その結果,ミスト発生装置の設置箇所は,主軸の先端部内又は工具ホルダ内とすることが可能となっている。
これに対し,甲2発明は,本件発明と異なり,パイプ(19)をスピンドルと同体にして回転させるものではなく,また,液体供給孔の外周に狭窄部を設けて空気を噴出させて積極的に液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するようにするものではなく,噴霧を切削領域に放出させるためには,パイプ(19)は,ドリル工具又はフライス工具(10)の出口(31)のすぐ上流側まで延びて配置する必要があるものである。
エ そうすると,本件発明と甲2発明とは,同じ工作機械の主軸装置に関する発明において,主軸装置側にミスト発生装置を設け,そのミスト発生装置は,気体と液体を同時かつ別々に供給するための2系統の供給路を備え,2系統の供給路のうち内側に液体用供給路を形成する供給管を設けて切削液を液体供給孔から供給し,気体をこの液体供給孔の外周囲に設けられた供給管から供給して,液体と気体を混合してミストを発生する構成とし,発生したミストは,工具内通路を通じて切刃近傍から噴出され,被加工物に供給されるようにした点で共通するものであるが,本件発明は,混合したミストが分散しないことを解決課題としているという点で,甲2発明とは異なる課題を有するものである。
そして,①本件発明における上記課題を解決するため,本件発明1のミスト発生装置の構成は,甲2発明のミスト発生装置の構成とは上記のとおりの相違点を有することになり,その結果,②ミスト発生装置の設置位置につき,甲2発明は工具の出口のすぐ上流側であるのに対し,本件発明は主軸の先端部又は工具ホルダ内とすることができるとの相違点を生じさせ,さらに,③ミスト発生位置からミストを供給する加工部までの噴霧状態を保つ必要がある距離も,両者を比較すると,本件発明は長い距離であるのに対し,甲2発明は短い距離であるとの相違点を生じさせたものである。
このように,本件発明は,本件発明が有し,甲2発明が有しない上記課題を解決するために,ミストを発生する機構,ミスト発生装置の設置箇所及び噴霧状態を保つ距離において異なることとなったものであって,これらについては,甲2発明から容易に想到し得るものではないと認められる。
したがって,審決が,甲2発明の構成につき,「ミスト発生のための機構が,工具の中央ボア孔(22)と,パイプ(19)からなっているのであるから,工具そのものが,その中央ボア孔がパイプを通し,更に必要な量の圧縮空気を流すことのできるというような,ミスト発生のための専用の形状を採らざるを得ないことは明らかである。」(20頁11~15行)としながら,「しかしながら,切削液通路を備えただけの通常の形状の工具を用いるというような要求は一般的なものであるから,この要求に応えるならば,ミスト発生のための機構を,工具内に設けることはできなくなり,工具の手前,つまり『主軸の先端部或いは工具ホルダ内』に設けざるを得ないのは,当然である。」(20頁16~20行)として,「相違点1に係る本件発明の発明特定事項は,当業者が適宜採用できた設計的事項である。」(20頁21,22行)としたことは是認することができない。
(5) 被告は,本件発明は,「ミストの生成位置」を改善することによって,すなわち加工部にできるだけ近い位置でミストを発生させることによって,従来技術の課題を解決しているものであって,甲2発明と本件発明とでは,その本質が異なるものとはいえず,相違点1は,ミストの生成位置を加工部に近づけるに当たって,どの程度まで近づけるかの差異,すなわち,ミストの生成位置を加工部に近づける程度の差異にすぎないなどと主張する。そして,被告は,加工部にできるだけ近い位置でミストを発生させるという観点でみると,甲2発明では,本件発明よりも加工部に近い「工具内」まで潤滑液を供給するパイプが延びており,このパイプを,本件特許出願時には一般的であった自動交換装置を用いて工具交換をするなどの必要に応じて,途中で,例えば,刃物の中間部分や根本部分,あるいは工具ホルダ内や主軸先端部付近で終端させることに,当業者が極めて容易に想到することができると主張する。
しかしながら,上記(4)のとおり,本件発明は,内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成され,これによって液体供給孔から供給された液体が遠心力で外方に噴出して微細化することとなり,さらに,気体がこの液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されることにより,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するようにしたものであるのに対し,甲2発明は,本件発明と異なり,パイプ(19)をスピンドルと同体にして回転させるものではなく,また,液体供給孔の外周に狭窄部を設けて空気を噴出させ,積極的に,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するようにしたものではないのであって,噴霧を切削領域に放出させるためには,パイプ(19)は,ドリル工具又はフライス工具(10)の出口(31)のすぐ上流側まで延びて配置する必要があるものである。
したがって,相違点1につき,ミストの生成位置の差異は,加工部に近づけるに当たってどの程度近づけるかの程度の差異であるということはできない。また,上記のとおり,甲2発明においては,パイプをドリル工具又はフライス工具(10)の出口(31)のすぐ上流側まで延びて配置する必要があるものであり,上流側まで延びた配置でなければミストが加工部まで供給できるか不明なのであるから,たとえ工具の自動交換装置を用いて工具交換をする必要があるとしても,刃物の中間部分や根本部分,あるいは工具ホルダ内や主軸先端部付近で終端させることができるものではなく,被告の上記の各主張は,いずれも採用することができない。
(6) 被告は,本件発明では,ミストの「供給方向」を「軸線方向」とした上で,ミストの移動する「距離」を短くしており,これらをまとめて本件発明ではミストを生成する位置を改善することによって,遠心力による気体と切削油との分離を抑制しているものであるところ,甲2発明においても,本件発明と同様にミストを生成する位置を改善することによって,遠心力による気体と切削油との分離を抑制しており,このようにミストを生成する位置を改善するという点で,本件発明と甲2発明とではその方向性は完全に一致していると主張する。
しかしながら,本件発明は,ミストが主軸内の「長い距離」を移動することのないようにミストの移動する「距離」を短くすることにより,遠心力による気体と切削油との分離を抑制しているだけではなく,上記(4)のとおり,内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔は主軸と同体に回転するように構成し,これによって液体供給孔から供給された液体が遠心力で外方に噴出して微細化することとなり,さらに,気体がこの液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出されることにより,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するようにしたものであり,このようにして発生したミストは,工具ホルダ及び工具内通路を分離することなく通過して,被加工物の比較的深い箇所にも供給されるものである。そして,その結果,ミスト発生装置の設置箇所を主軸の先端部内又は工具ホルダ内に設けることを可能にしたものである。
一方,甲2発明は,パイプ(19)をスピンドルと同体にして回転させるものではなく,また,液体供給孔の外周に狭窄部を設けて空気を噴出させ,積極的に,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生するようにするものではないのであって,噴霧を切削領域に放出させるためには,パイプ(19)は,ドリル工具又はフライス工具(10)の出口(31)のすぐ上流側まで延びて配置する必要があるものである。
このように,甲2発明は,ミストを生成するための構成において本件発明と異なるものであり,その点を無視して,ミストを生成する位置を改善することによって,遠心力による気体と切削油との分離を抑制している点でその方向性が一致しているとする上記被告の主張を採用することはできない。
(7) 被告は,ミスト発生装置を「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けることによって生じる不利益,すなわち,従来のミスト発生装置を単に主軸の先端部あるいは工具ホルダ内に設けただけでは,生成されるミストが工具内を通過する間に遠心力によって分離するなどという問題は,本件明細書の記載からみて,もともと存在しないか,仮に存在したとしても本件発明では考慮されていないと主張する。
また,被告は,本件発明においては「特有のミスト発生装置」により「特別の性状」のミストを生成するなどという作用効果は存在せず,仮に上記「不利益」が存在したとしたところで,「特有のミスト発生装置」を採用することが,ミスト発生機構を「主軸の先端部或いは工具ホルダ内」に設けることによって生じる「不利益」を解決する補完的手段にはなり得ない,すなわち,「工具ホルダ及び刃具」を通過する間にミストが遠心力により分離するか否かは,ミストの粒径,濃度,流速等のミストの性状及び主軸の回転数,工具の直径,長さなどの条件に依存するところ,単に,「本件発明のミスト発生装置」を主軸先端部又は工具ホルダ内に設けただけで,常に同じ性状のミストが生成されるものではないところ,本件明細書の請求項1にも明細書全体にも,上記作用効果のあるミスト生成条件が記載されていないと主張する。
しかしながら,本件明細書(甲9)には,【「0007】しかし,これによるときは工具ホルダ8及び刃物2が加工中に主軸1と同体に回転されるため,入口10aから供給されたミストmは同ホルダ8の半径方向通路8a内を外側から回転中心へ向けて流れるさいに遠心力を受け,これに影響されて安定した濃度で加工部へ供給されるものとならない。即ち,工具ホルダ8内に達したミストmは当初は気体と切削油が均一に混合した状態のものとなっているが,通路8a内を通過中に,比重の大きい切削油は半径方向外側に,そしてそれの小さい気体は半径方向内側に偏し,気体と液体が分離された状態のものとなってしまうのであり,したがって切削油の過少な状態のミストとそれの過多な状態のミストが不規則的に供給されることが生じるのである。」,【「0009】しかし,これによるときも主軸1,工具ホルダ8及び刃物2は加工中に回転されるため,主軸1内へ供給されたミストmは主軸1後部から刃具2先端までの長い通路1a,8b,2aを通過中に遠心力を受けて,やはり前述したと同様に気体と切削油が分離した状態のものに変化され,同様な問題が生じるのである。」と記載されているところであり,図3及び図4に記載された従来のものにおいては,上記問題が生じることが記載され,これが考慮されている。
また,本件発明は,上記問題を解決するために,上記(4)のとおり,内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体供給孔が主軸と同体に回転するように構成され,液体が液体供給孔から供給されると,その液体が遠心力で外方に噴出して微細化するとともに,気体がこの液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出することにより,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生する構成としたものであって,このことについては,本件発明の明細書(甲9)において,「【0022】・・・そしてノズル前部材36は先部外周面36aを円錐面となすと共に本体外周面に主軸方向の通路s5を形成すべく本体部断面を図8に示すような概ね三角形となし,中心部には図9に示すように段付状の中心孔36bを設け,この中心孔36bの先側と前記通路s5とを連通させるための連絡路s6を形成し,さらに肉厚部内には中心孔36bを内孔1a周面内に解放するのと同時に連絡路p2に連通する小孔通路pを設けたものとなす。またノズル後部材37は細径部37aをノズル前部材36の中心孔36bに内嵌固定させ,中心部には内孔37bを設け,この内孔37bの上端を供給路s2に連通させると共に,先端小径突出部37cを中心孔36bの中央小径部に同心状に位置させてこの突出部37cの外周囲に通路の形成されるようになすほか,内孔37bと前記小孔通路pとを連通させるための連絡路p2を形成したものとなす。」,【「0025】これにより,気体は回転継手11Aの気体通路及び供給路s1を経た後,連絡路s6を通じて先端小径突出部37cの外周囲から中心孔36bの先部内方に噴出され,また切削油は回転継手11Aの切削油通路及び供給路s2を経た後,内孔37bを通じて先端小径突出部37cの中心部から同じくノズル前部材36の中心孔36bの先部内方に噴出される。」「【0026】このように噴出された気体と切削油は前記中心孔36b内で激しく攪拌混合されて切削油のミストmとなされる。」と記載され,これによって,「【0057】【発明の効果】上記の如く構成した本発明によれば,被加工物の比較的深い箇所を加工する場合にも加工部へ十分なミストを供給することができ,ミスト供給による加工法の利点を支障なく得ることのできるものである。」との効果を奏することが記載されている。
そして,上記のとおり,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば,本件発明は,内側の液体用供給路を形成する供給管及びその先端部に設けられた液体用供給孔が主軸と同体に回転するように構成され,液体が液体供給孔から供給されると,その液体が遠心力で外方に噴出して微細化するとともに,気体がこの液体供給孔の外周囲に設けられた狭窄部を経て噴出することにより,液体と気体が激しく攪拌混合してミストを発生する構成とされるものであることが認められるのであるから,これに接した当業者としては,液体供給孔から外周方向へ飛散する微細化された液体と,噴出速度の高められた気体とが激しく攪拌混合して良好なミストが得られることが自明のこととして理解でき,これらの作用・効果が生じるために必要な具体的な主軸の回転数,供給路内を流れる液体及び気体の流量,圧力,粘度等のミスト生成条件が明細書に記載されていないとしても,これらの条件については,本件発明の特許請求の範囲に特定された事項並びに明細書に記載された課題,解決手段,作用効果及び実施例の記載を基に,技術常識を参酌し,適宜設計して具体的に決定していく事項であるといえ,本件明細書に主軸回転数,供給路内を流れる液体及び気体の流量,圧力,粘度等のミスト生成条件が具体的に記載されていないことをもって,本件発明につき,「特有のミスト発生装置」により「特別の性状」のミストを生成する作用効果が存在するものと認められる。
したがって,本件発明においては,「特有のミスト発生装置」により「特別の性状」のミストを生成するものであって,被告の上記各主張は採用できない。
(8) 以上によれば,本件発明と甲2発明とは,ミストを発生する機構,ミスト発生装置の設置箇所及び噴霧状態を保つ距離において異なる構成を採用し,その作用効果も異なるものであるから,本件発明に係るこれらの事項につき,当業者には容易に想到することができたものとはいえず,「本件発明の発明特定事項は,当業者が適宜採用できた設計的事項である。」とした審決の認定判断は誤りである。
2 結論
よって,原告の請求は理由があることになるから認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一)