知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10084号 判決 2009年3月25日
原告
株式会社日本マイクロニクス
訴訟代理人弁護士
安江邦治
訴訟代理人弁理士
須磨光夫
訴訟復代理人弁護士
鈴木潤子
被告
三菱電機株式会社
訴訟代理人弁護士
近藤惠嗣
訴訟代理人弁理士
村上加奈子
同
吉澤憲治
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2006-80222号事件について平成20年2月6日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,被告が有する,発明の名称を「半導体装置のテスト方法,半導体装置のテスト用プローブ針とその製造方法およびそのプローブ針を備えたプローブカード」とする本件特許(特許第3279294号。平成11年8月27日出願,優先権主張平成10年8月31日〔日本〕,平成14年2月22日設定登録。請求項の数7)の請求項2,3及び7について原告が無効審判請求をしたところ,特許庁が請求不成立との審決をしたことから,請求人である原告がその取消しを求めた事案である。
争点は,本件明細書の発明の詳細な説明の欄に,いわゆる実施可能要件を満たす記載があるか(特許法36条4項),である。
2 特許庁等における手続
(1) 第1次審決
本件特許の請求項2,3及び7につき,原告が,特許庁に対し,第1次無効審判請求(無効2004-80105号,甲1)をし,その中で,被告が,訂正請求を行ったところ,特許庁は,審理の上,平成17年4月18日付けで,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした(第1次審決)。そこで,原告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起したところ,知的財産高等裁判所は,平成18年3月1日,請求棄却の旨の判決をした(第1次判決〔甲2〕,平成17年(行ケ)第10503号)。
(2) 第2次審決
本件特許の請求項2及び3につき,原告が,特許庁に対し,第2次無効審判請求(無効2005-80177号)をしたところ,特許庁は,審理の上,平成18年12月22日付けで,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした(第2次審決)。そこで,原告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起したところ,知的財産高等裁判所は,平成19年10月30日,請求棄却の旨の判決をした(第2次判決,平成19年(行ケ)第10024号)。
(3) 第3次審決(本件審決)
本件特許の請求項2,3及び7につき,原告が,特許庁に対し,第3次無効審判請求(無効2006-80222号)をしたところ,特許庁は,審理の上,平成20年2月6日付けで,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(第3次審決(本件審決)),その謄本は,平成20年2月18日,原告に送達された。
(4) 第4次審決
本件特許の請求項2,3及び7につき,原告が,特許庁に対し,第4次無効審判請求(無効2006-80243号)をしたところ,特許庁は,審理の上,平成20年6月11日付けで,「特許第3279294号の請求項2,3,7に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をした(第4次審決)。そこで,原告が上記審決の取消しを求めて訴訟を提起し,知的財産高等裁判所は,同事件を,平成20年(行ケ)第10266号として審理中である(平成21年1月14日口頭弁論終結)。
(5) 特許権侵害訴訟
本件特許権の特許権者である被告が,原告に対し,原告のプローブカードの製造等の行為が,本件第2発明(訂正後の本件特許の請求項2に係る発明)及び本件第7発明(訂正後の本件特許の請求項7に係る発明)に係る特許を侵害していると主張して,原告製品の製造・販売に対する差止め等や損害賠償を求めて訴訟を提起した(東京地方裁判所平成18年(ワ)第19307号)。これに対し,第1審判決は,本件第2発明及び本件第7発明が進歩性欠如の無効理由を有し,また,原告には先使用権が認められるとして,被告の請求をいずれも棄却すべきものとした。そこで,上記判決に不服の被告が,第1審判決の取消しを求めて,控訴を提起し,知的財産高等裁判所は,同事件を,平成19年(ネ)第10102号として審理中である(平成21年1月14日口頭弁論終結)。
3 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりであり,その理由の要点は,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明は,当業者が,本件発明2,3,7を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているというものである。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(本件明細書(甲1,7)の段落【0041】及び【図7】に示される試験結果の追試可能性についての判断の遺脱)
(1) 審決は,本件明細書(甲1,7)の段落【0025】,【0032】,【0041】の記載によれば,「一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対し,プローブ針先端部の球状の曲面の曲率半径rを10≦r≦20μmとすることによりコンタクト寿命において良好な結果が得られたことが記載されている。」(15頁23行~25行)とする。
しかし,① 段落【0041】に記載された試験においては,試験に用いたプローブ針の表面粗さが不明であり,当業者が当該試験を追試してその効果を確認できない。また,② 段落【0041】に記載された試験は,曲率r1の第1の曲面と,曲率r2の第2の曲面とから先端部が構成されているプローブ針を用いて行われた試験であると考えられるところ,好ましい結果が得られたとされる曲率半径「10≦r≦20μm」が,第1の曲面又は第2の曲面,いずれの曲率半径か不明であり,当業者が当該試験を追試してその効果を確認できない。そして,審決は,上記①,②の主張に対する判断を遺脱している。
(2) 上記①の主張を敷衍すると,次のとおりである。
本件明細書(甲1,7)の段落【0045】及び【図8】に示される試験結果によれば,プローブ針の表面粗さはコンタクト寿命に大きな影響を及ぼすものであり,特に,表面粗さが0.4μm以下では,表面粗さが0.1μm小さくなると,コンタクト寿命は2倍に増えるという結果が【図8】に示されている。すなわち,【図8】によれば,表面粗さが0.4μm程度であると,そのコンタクト寿命は5万回程度であるが,表面粗さが0.2μm小さくなって,0.2μm程度になると約4倍の20万回超となり,さらに,表面粗さが0.1μm小さくなって,0.1μmとなると,コンタクト寿命は約2倍の38万回になるとされている。
このように,コンタクト寿命に大きな影響を及ぼす表面粗さが試験条件として明示されていない以上,たとえ当業者であっても,段落【0041】に示された試験を追試して,曲率半径が本件発明2が規定する「10≦r≦20μm」の場合に,コンタクト寿命において良好な結果が得られるかどうかを確認することはできない。実施の形態1においては,プローブ針の表面粗さに関しては全く何らの記載も存在しないのであって,実施の形態1における試験が,実施の形態2における結果を踏まえてなされたことを窺わせる記載も存在しない。
(3) 上記②の主張を敷衍すると,次のとおりである。
本件明細書(甲1,7)の段落【0032】に,「針の前面(原告注:第1の曲面のことと解される)に新生面が形成され,ここが密着(針の長軸方向の力が加わる形状となっている)し,電気的接触面となる。」,「本発明ではアルミニウム凝着部が残存するのは電気的接触を必要としない第二の曲面の側面に近いところである。」と記載されているとおり,第1の曲面と第2の曲面とは,曲率が異なることに加えて,その果たすべき機能においても異なっているものである。
したがって,段落【0041】に「DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした」と記載されていても,その「曲率半径」が第1の曲面の曲率半径r1であるのか,第2の曲面の曲率半径r2であるのかが不明であり,仮に,どちらか一方の曲率半径であるとしても,他方の曲率半径はどのように変化させたのかが不明である以上,たとえ当業者といえども,どのようなプローブ針を用意して追試すれば良いのか理解できず,段落【0041】に記載された試験なるものを追試して,その結果を確認することはできない。
しかも,本件発明2には,プローブ針の先端部が,曲率r1の第1の曲面と,曲率r2の第2の曲面とから構成されているとの記載はない。すなわち,請求項2には,「上記プローブ針は側面部と先端部から構成され,上記先端部は球状の曲面であり,上記曲面の曲率半径rを10≦r≦20μm…としたことを特徴とする…」としか記載されていないから,本件発明2において「10≦r≦20μm」と規定される曲率半径は,プローブ針先端部全体の曲率半径であると考えられるところ,段落【0041】及び【図7】に示される試験は,上述したとおり,曲率r1の第1の曲面と,曲率r2の第2の曲面とから先端部が構成されているプローブ針を用いて行われた試験であり,その試験で得られた結果は,プローブ針先端部全体の曲率半径rを「10≦r≦20μm」とした本件発明2の効果を裏付けるものとはなり得ない。すなわち,本件発明2は,その発明特定事項から明らかなとおり,先端部を単に「球状の曲面」としたプローブ針に係る発明であって,先端部を曲率r1の第1の曲面と曲率r2の第2の曲面とから構成し,その第1の曲面の曲率r1を「10≦r1≦20μm」としたプローブ針に係る発明ではない。
2 取消事由2(段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」との記載の解釈についての判断の遺脱)
(1) 審決は,段落【0045】末尾の上記記載及び段落【0042】の記載に基づいて,「曲率半径15μmの時と同様の結果を,実施の形態1で好ましいとされたプローブ針先端部の球状の曲面の曲率半径rの範囲10≦r≦20μmであって不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす範囲内の電極パッド厚さtに対しても得られることが読みとれる。」(16頁4行~8行)とする。
しかし,③ 段落【0045】末尾には,「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」との記載があるが,「実施の形態1」には「10~20μm」を含め,5種類の曲率半径の範囲が示されており,「ほぼ同様の結果が得られた」のは,曲率半径を「10~20μm」の範囲で変えた場合と一義的に解釈することはできず,この記載に基づいて,本件発明2が所期の効果を奏するとはいえない。また,④ 【図7】と【図8】を対比すると,表面粗さが不明なプローブ針(【図7】において,曲率半径15μmのプローブ針のコンタクト寿命は,数十万回と読める)よりも,表面粗さが本件発明2の範囲に入る0.4μmのプローブ針(曲率半径15μmのプローブ針を用いて行われた試験結果を示す【図8】において,表面粗さが0.4μmのときのコンタクト寿命は,約5万回程度と読める)のほうが,接触抵抗が1オームを越えるコンタクト回数がはるかに小さいという結果になっており,先端部の曲率半径rを10≦r≦20μmとすることに加えて,表面粗さを0.4μm以下としたことによって,「コンタクト寿命を大幅にのばすことができ,凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができる。」(段落【0057】)という効果が得られるということはできない。さらに,⑥ 「実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」(段落【0045】)という記載は,段落【0042】に記載された「9t≦r1≦35t」という関係式に基づいて,電極パッドの厚さtに応じて,曲率半径rを変化させた場合においても,「表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味する」と解されるところ,「実施の形態1」に示された「0.8μm~3μm」の範囲で電極パッドの厚さtを変化させた場合,それに応じて変化する曲率半径rの範囲は,本件発明2が特定する「10~20μm」という範囲とはかけ離れたものとなり,段落【0045】における上記記載は,本件発明2の効果を裏付けるものとはいえない。そして,審決は,上記③,④,⑥の主張に対する判断を遺脱している。
(2) 上記③の主張を敷衍すると,次のとおりである。
「実施の形態1」には「10~20μm」を含め,次の5種類の曲率半径の範囲が示されている。すなわち,
ア 6t≦r≦30t(段落【0029】)(電極パッドの厚さ約0.8μmの場合,4.8μm≦r≦24μmとなる。)
イ 8t≦r≦23t(段落【0029】)(電極パッドの厚さ約0.8μmの場合,6.4μm≦r≦18.4μmとなる。)
ウ 7~30μm(段落【0041】)
エ 10~20μm(段落【0041】)
オ 9t≦r1≦35t(段落【0042】)(電極パッドの厚さ約0.8μmの場合,7.2μm≦r≦28μmとなる。)
そうすると,「上記実施の形態1で示した範囲内で,プローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」のは,曲率半径を「10~20μm」の範囲で変えた場合と一義的に解釈することはできないから,段落【0045】末尾の記載に基づいて,本件発明2が所期の効果を奏するとはいえない。
(3) 上記④の主張を敷衍すると,次のとおりである。
本件明細書(甲1,7)の【図7】によれば,曲率半径15μmのプローブ針のコンタクト寿命は数十万回であるところ,曲率半径15μmのプローブ針を用いて行われた試験結果を示す【図8】によれば,曲率半径が15μmであり,表面粗さが0.4μmのプローブ針のコンタクト寿命は,約5万回程度しかなく,本件発明2が規定する範囲内の「0.4μm」の表面粗さのプローブ針の方が,表面粗さが不明なプローブ針よりもコンタクト寿命が一桁小さいという結果になっている。
これでは,本件発明2が,曲率半径rを10≦r≦20μmとすることに加えて,表面粗さを0.4μm以下としたことによって,「コンタクト寿命を大幅にのばすことができ,凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができる。」(段落【0057】)とはいえない。
(4) 上記⑥の主張を敷衍すると,次のとおりである。
「実施の形態1」において,電極パッドの厚さが具体的に記載されているのは,「DRAM等の一般的なロジック系集積半導体装置では厚さ0.8μm程度のAl-Cu膜である。電力用等特殊用途の半導体装置では,パッド厚さが2~3μmのものもある。」(段落【0025】),「アルミニウムパッドの厚さ0.8μm」(段落【0030】),「DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μm」(段落【0041】)のみであり,他に電極パッドの厚さは記載されていないから,電極パッドの厚さtに関して,「実施の形態1で示した範囲内」とは,「0.8μm~3μm」の範囲と考えるのが妥当である。
そして,電極パッドの厚さtを,「実施の形態1」に示された0.8~3μmの範囲で,例えば,0.8μm,1μm,2μm,3μmと変化させた場合を想定すると,それぞれの場合における曲率半径rの範囲は,「9t≦r1≦35t」という関係式に基づけば,それぞれ以下のとおりとなる。
t=0.8μmの場合 7.2μm≦r≦28μm
t=1μmの場合 9μm≦r≦35μm
t=2μmの場合 18μm≦r≦70μm
t=3μmの場合 27μm≦r≦105μm
このように,段落【0042】に記載された「9t≦r1≦35t」という関係式に基づいて,「実施の形態1」に示される範囲内で電極パッドの厚さtを変化させた場合,それに応じて変化する曲率半径rの範囲は,本件発明2が特定する「10≦r≦20μm」という範囲とはかけ離れたものとなり,段落【0045】末尾の「実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」という記載は,本件発明2の効果を裏付けるものとはいえない。
3 取消事由3(段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記載の解釈についての認定の誤り)
(1) 審決は,段落【0045】末尾の上記記載及び段落【0042】の記載に基づいて,「曲率半径15μmの時と同様の結果を,実施の形態1で好ましいとされたプローブ針先端部の球状の曲面の曲率半径rの範囲10≦r≦20μmであって不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす範囲内の電極パッド厚さtに対しても得られることが読みとれる。」(16頁4行~8行)とする。
しかし,審決のこの認定は,段落【0045】末尾の記載における「上記実施の形態1で示した範囲内」を,「曲率半径rが10≦r≦20μmであって,不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす電極パッドの厚さtの範囲内」と曲解するものであり,審決が認定の根拠とする段落【0042】の記載に反する誤ったものである。
(2) すなわち,段落【0042】の記載は,「なお,電極パッド厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが,9t≦r1≦35tなる関係に基づいて同様な管理を行えばよい。」というものであり,電極パッドの厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するというのが,段落【0042】の趣旨である。そして,変化する「電極パッドの厚さt」と「適正な曲率半径r1」の関係を示すのが,「9t≦r1≦35t」なる不等式である。
しかるに,審決の認定によれば,曲率半径rを,段落【0041】の試験において電極パッドの厚さが約0.8μmの場合に好ましい結果が得られたとされる「10≦r≦20μm」の範囲に固定して,電極パッドの厚さtだけを「不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす範囲内」で変化させる結果になり,このような認定は,「電極パッドの厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化する」という段落【0042】の記載に反し,合理性を欠くものである。
(3) また,審決が依拠する「9t≦r1≦35t」なる不等式に,電極パッドの厚さtとして0.8μmを代入すると,7.2μm≦r1≦28.0μm(9×0.8μm≦r1≦35×0.8μm)となり,「10≦r≦20μm」という曲率半径の範囲自体が,「9t≦r1≦35t」なる不等式を満たしていない。そうすると,「10≦r≦20μm」という曲率半径の範囲と,「9t≦r1≦35t」なる不等式とを組み合わせることにも,合理性はない。
(4) さらに,仮に,審決の認定に従って,「曲率半径rの範囲10≦r≦20μmであって不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす範囲内の電極パッド厚さt」を計算すると,電極パッドの厚さtの範囲は,0.29μm~2.22μmとなる。つまり,審決の認定は,電極パッドの厚さを0.29μm~2.22μmの範囲で変えた場合にも,「曲率半径15μmの時と同様の結果」,すなわち,「(表面粗さが)0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができる」という結果が得られるというものである。
しかし,審決のこの認定は,被告(被請求人)が,本件特許の審査において,本件特許を取得すべく行った主張と明らかに矛盾する。
すなわち,被告(被請求人)は,拒絶理由通知書に対して提出した平成13年12月27日付の意見書(甲3)において,次のように主張した。
「…この表面粗さは,電極パッド厚さに比べ小さい必要があり,例えば本書に添付した【参考図1】に示すように,電極パッド厚さが0.8μm程度であると,半分以下の0.4μm以下の表面粗さを備えたプローブ針でなければ,せん断を起こせないことになります。この事実は出願当初の明細書の段落【0045】の記載,および【図8】により充分証明されています。」(6頁9行~14行)
つまり,被告(被請求人)の上記主張によれば,せん断を起こすには,プローブ針の表面粗さは,電極パッドの厚さの半分以下であることが必要なのであり,例えば,電極パッドの厚さが,審決が認定した上記範囲の上限である2.22μmの場合には,本件発明2が規定する表面粗さの範囲外である1.11μmの表面粗さを備えたプローブ針でもせん断を起こすことができ,逆に,審決が認定した上記範囲の上限である0.29μmの場合には,本件発明2が規定する表面粗さの範囲内である0.4μmの表面粗さを備えたプローブ針でもせん断を起こせないということになる。
一方,本件明細書(甲1,7)の段落【0041】の記載によれば,「同じ球面といえども前述したように電極パッドのせん断変形が容易に発生するか否かで接触の安定性は大きく異なる。」のであるから,せん断を起こせないプローブ針が,コンタクト寿命において良好な結果を与えるはずはなく,電極パッドの厚さを0.29μm~2.22μmの範囲で変えた場合にも,「曲率半径15μmの時と同様の結果」,すなわち,「(表面粗さが)0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができる」という結果が得られるとの審決の認定が正しいものであるとは到底考えられない。
4 取消事由4(本件発明2の効果についての認定判断の誤り)
(1) 審決は,原告(請求人)が提出した第1,第2の検証試験についての実験報告書(甲8,13)に示された結果は,本件明細書(甲1,7)における「この針と従来のフラット針を用いて導通試験した結果を図5に比較して示すが,従来の(b)では500回程度で接触抵抗が1オームを越えてしまう接触不良が発生したのに対し,(a)に示す本発明の針では10000回を越える接触回数において,導通不良は起こっていない」(段落【0032】)という記載,及び,「7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており,好ましくは10~20μmである。」(段落【0041】)という記載と何ら矛盾するものではなく,「甲第8号証の実験報告書及び甲第13号証の実験報告書に基づく請求人の主張は採用することができない。」(17頁17行~18行)とするが,次に示すとおり,誤りである。
(2) 第1の検証試験(甲8)についての判断の誤り
審決は,「好ましくは10~20μmであるが,7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られているのであり,その良好な結果とは,従来500回程度のものが本件発明では10000回を超えても導通不良は起こっていないというものであるから,実験報告書におけるコンタクト寿命は約6万回,約16万回,20万回以上というのは,いずれも本件明細書にいう良好な結果であって矛盾するところはない。」(16頁31行~37行)とする。
しかし,審決のこの判断は,本件発明2の効果を,「10000回を超えても導通不良は起こっていない」という段落【0032】に記載された曲率半径の不明なプローブ針の作用効果にすり替えるものであり,許されない。
また,本件明細書(甲1,7)の段落【0041】には,「7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており,好ましくは10~20μmである。」と記載され,【図7】には,曲率半径が10μm~20μmではコンタクト寿命が数十万回とほぼ一定であるのに対し,曲率半径が10μmよりも小さくても,また,20μmよりも大きくても,コンタクト寿命が減少するという結果が示されているところ,原告が,60本の試験用プローブ針を用いて行ったコンタクト実験によれば,実験報告書(甲8)の図5に示すとおり,曲率半径rが,例えば約15μmないし約20μmの範囲にあっても,コンタクト寿命は約6万回,約16万回,20万回以上と大きくばらついており,また,曲率半径rが25μmを超えても,コンタクト寿命が20万回を超えるプローブ針が存在し,プローブ針先端部の曲率半径rとコンタクト寿命との間に有意な相関関係は認められず,「7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており,好ましくは10~20μmである」とする段落【0041】に記載された試験結果を再現することができなかったものである。
(3) 第2の検証試験(甲13)についての判断の誤り
審決は,「甲第13号証の実験報告書の図5ないし8に示された測定点は,縦軸コンタクト寿命(万回)に関しては概ね1万回以上の位置にプロット」(17頁3行~5行)されている点を指摘し,本件明細書(甲1,7)の段落【0032】,同【0041】によれば,「好ましくは10~20μmであるが,7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られているのであり,その良好な結果とは,従来500回程度のものが本件発明では10000回を超えても導通不良は起こっていないというものであるから,甲第13号証の実験報告書の図面にプロットされたコンタクト寿命の殆どは,いずれも本件明細書にいう良好な結果であって矛盾するところはない。」(17頁10行~16行)とする。
しかし,第2の検証試験の結果を示す実験報告書(甲13)によれば,本件明細書(甲1,7)の段落【0045】及び【図8】に示される試験結果に関連して,「電極パッドの厚さあるいはプローブ針先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」とする段落【0045】末尾の記載を,事実として確認することができない。
すなわち,実験報告書(甲13)の図6に示すとおり,電極パッドの厚さが1.12μmの場合,プローブ針先端の表面粗さとコンタクト寿命との間には,有意な相関関係は認められず,「電極パッドの厚さあるいはプローブ針先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果」,すなわち,表面粗さが0.4μm以下のときにコンタクト回数を急激に増やすことができたとする段落【0045】末尾の記載を,事実として確認することができないものである。
5 取消事由5(本件発明2の効果についての判断の遺脱)
原告は,上記4で述べた甲8,13に鑑みた本件発明2の効果についての認定判断の誤りについて審判手続において主張したが,審決は,この点について判断を全く示さず,判断を遺脱したものである。
6 取消事由6(段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記載の解釈についての認定の誤り)
審決は,段落【0045】末尾の記載及び段落【0042】の記載に基づいて,「曲率半径15μmの時と同様の結果が,不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす範囲内の曲率半径及び電極パッド厚さtに対しても得られることが示されている。」(18頁16行~18行)とする。
しかし,審決のこの認定は,段落【0045】末尾の記載における「上記実施の形態1で示した範囲内」を,何ら合理的な根拠を示すことなく,「不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす範囲内」と歪曲するものであるとともに,「上記実施の形態1で示した範囲内」を,「実施の形態1で好ましいとされたプローブ針先端部の球状の曲面の曲率半径rの範囲10≦r≦20μmであって不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす範囲内の電極パッド厚さtに対しても得られることが読みとれる。」(16頁5行~8行)とした,審決の先の認定とも相違し,合理性のない誤った認定である。
段落【0042】の記載は,「なお,電極パッドの厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが,9t≦r1≦35tなる関係に基づいて同様な管理を行えばよい。」というものであり,「電極パッドの厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化する」というのが,段落【0042】の趣旨なのであるから,単に,表面粗さを「0.4μm以下」とすれば,プローブ針先端部の曲率半径がいくらであっても,「凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができる」(段落【0060】)という本件発明3の効果が奏されるということにはならないのは明らかである。
7 取消事由7(本件発明3の効果についての認定の誤り)
審決は,本件明細書(甲1,7)の段落【0045】,【0042】,【0026】,【0029】,【0060】の記載によれば,「本件発明3は,一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さに対し,プローブ針の先端部の形状は,上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であって,かつ,表面粗さは0.4μm以下であることにより,コンタクト回数を増やすことができ,凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができるという作用効果を奏するものである。」(18頁38行~19頁5行)と認定する。
しかし,上記6で明らかにしたとおり,段落【0045】,【0042】の記載に基づく審決の上記の認定は,合理的根拠のない誤ったものである。
また,審決が認定の根拠として摘示する段落【0026】は,単に,プローブ針と電極パッドとの電気的導通がいかにして得られるかを説明するだけであり,また,段落【0029】は,プローブ針先端の接線方向と電極パッド面の角度が15~35度になるプローブ針先端部の曲率半径rと電極パッドの厚さtとの関係を幾何学的計算で求めた結果を示すだけであり,さらに,段落【0060】は,本件発明3の効果を記載しただけのものである。
これらの記載から,本件発明3が所期の効果を奏するものであるとはいえない。
8 取消事由8(本件発明3の効果についての判断の遺脱)
原告は,上記4で述べたのと同様に,本件発明3の効果について,甲8,13に鑑みた審決の認定判断の誤りについて審判手続において主張したが,審決は,この点について判断を全く示さず,判断を遺脱したものである。
9 取消事由9(本件発明7についての判断の誤り)
審決は,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明7を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものというべきであるとするが,審決のこの判断は,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明2又は3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている,という審決の誤った判断に基づくものであり,誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1(本件明細書(甲1,7)の段落【0041】及び【図7】に示される試験結果の追試可能性についての判断の遺脱)に対し
(1) 理由①に対し
本件明細書(甲1,7)の【図7】は,横軸に曲率半径がとられ,縦軸に効果の指標であるコンタクト寿命がとられており,横軸,縦軸の関係から,同図が,発明の効果を曲率半径の影響という観点から説明するものであることは当業者に自明である。一方,【図8】は,針先端の曲率半径を15μmにした場合に表面粗さがコンタクト寿命に与える影響を説明しており,【図8】において表面粗さが0.4μm以下の範囲では,コンタクト回数が1万をはるかに超え,表面粗さを小さくすることによって10万以上にも達することを読み取ることは当業者にとって容易である。これは,【図7】において,曲率半径を15μmとした場合のコンタクト寿命とほぼ同一のオーダーであるから,何らの矛盾も生じていない。そうすると,【図7】において,明示的な記載がなくても,表面粗さは本件発明の構成要件である0.4μm以下とされていることは当業者に容易に理解でき,表面粗さを0.4μm以下の適宜の値として追試をすることは可能である。
(2) 理由②に対し
原告の指摘する段落【0041】の直後の段落である【0042】には,「なお,電極パッドの厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化する」と記載されており,この記載が段落【0041】を受けての記載であることは文脈上明らかである。そうすると,段落【0041】及び【図7】における曲率半径はr1,すなわち,第1の曲面の曲率半径であることは明らかである。
2 取消事由2(段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」との記載の解釈についての判断の遺脱)に対し
(1) 本件発明2は,本件明細書(甲1,7)の【図7】に示されている試験結果に基づいており,【図7】は,「DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果」を示している。すなわち,本件発明1の基礎となっている知見をもとに,「DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μm」を念頭において得られた物の発明である。
そうであるところ,段落【0042】では,9t≦r1≦35tという不等式が記載されている。これに,tの値として0.8μmを代入すると,7.2μm≦r1≦28μmとなる。しかるに,本件発明2は,曲率半径rを10μm≦r≦20μmに限定しているから,さらに狭い範囲を規定している。しかるに,tの値が常に同じではないことも考慮すると,本件発明2では,物の発明として,tの値が多少変動しても初期の効果が期待できる範囲を規定していると理解できる。
すなわち,本件発明2において,パッドの厚さは構成要件ではないが,本件発明2の効果は,パッドの厚さが0.8μm前後である一般的な半導体の電極パッドを念頭において曲率半径と表面粗さとを規定したことにより発揮されるものである。
(2) 本件発明2は,プローブ針の先端の曲率半径と表面粗さを規定している。しかるところ,段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」という記載は,実施の形態1を前提とする記載であり,実施の形態1は,物の発明のみならず,方法の発明の実施の形態でもある。そうすると,この記載の解釈に当たっては,方法の発明と物の発明(本件発明2)の双方を考慮する必要がある。
これを踏まえれば,「実施の形態1で示した範囲内」という記載は,方法の発明を前提とする場合には,段落【0042】に記載されている9t≦r1≦35tという意味であり,一方,物の発明を前提とする場合には,電極パッドの厚さが0.8μm前後である場合に,段落【0041】に記載されている10~20μmの範囲で曲率半径を変化させるという意味であると解釈すべきである。
3 取消事由3(段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記載の解釈についての認定の誤り)に対し
原告の主張する取消事由3に対する反論は,上記2に記載したとおりである。
4 取消事由4(本件発明2の効果についての認定判断の誤り)及び取消事由5(本件発明2の効果についての判断の遺脱)に対し
(1) 甲8及び甲13の検証試験については,これらが,本件明細書(甲1,7)の【図7】,【図8】の試験結果を再現するために適切な条件で行われたことは何ら示されていない。すなわち,プローブ針のコンタクト位置は1回毎に変えて常に新しい面にコンタクトするように留意したのか,測定環境や半導体ウエハのクリーン度はどうであったかなどが明らかでなく,コンタクト回数50回毎にしか接触抵抗を測定していないこともばらつきの要因となり得る。
(2) そもそも,本件明細書(甲1,7)の【図7】,【図8】に示されるような試験を行う場合には,横軸にとられた変数以外は一定とすることが当業者の常識である。【図8】については,先端の曲率半径を15μmとしたことが段落【0045】に明記されている。一方,【図7】については,いかなる表面粗さのものを用いたかが段落【0041】に明記されていないが,前記1に述べたとおり,当業者にとっては,0.4μm以下の一定の値を用いたことは明らかである。
しかるに,甲8及び甲13の実験においてそれぞれ使用されている60本及び51本の試験サンプルは,曲率半径と表面粗さの双方が無作為に変化しており,本件明細書(甲1,7)の【図7】,【図8】の再現実験として適切でない。もっとも,甲8及び甲13の実験では,表面粗さ及び曲率半径をグループに分けてデータを色分けしているが,もともとばらつきの大きい試験条件下で少数のデータをグループ分けして表示しても意味のある結果は得られない。
(3) 以上によれば,上述したような実験の条件・環境の設定の差異がデータのばらつきの原因になり得る事情があるにもかかわらず,審決が「従来500回程度のものが本件発明では10000回を超えても導通不良は起こっていないというものであり,」と述べるように,本件発明の効果が奏されているとみなすことのできる,6万回,16万回,20万回と数万回のオーダーでばらつきがあったとしても,本件発明の効果がないことにはならない。
5 取消事由6(段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記載の解釈についての認定の誤り),取消事由7(本件発明3の効果についての認定の誤り),取消事由8(本件発明3の効果についての判断の遺脱)及び取消事由9(本件発明7についての判断の誤り)に対する反論は,上述した1~4と同様である。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(本件明細書(甲1,7)の段落【0041】及び【図7】に示される試験結果の追試可能性についての判断の遺脱)について
(1) 本件明細書(甲1,7)には,本件発明2,3及び7に関連する発明の詳細な説明として,以下の記載がある。
ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】 本発明は,例えば半導体集積回路の電気的特性確認のテスト(ウエハテスト)もしくは表示デバイスの表示テストまたは電子回路基板の動作テストを行うためのプローブ針とその製造方法およびそのプローブ針によってテストした半導体装置に関するものである。・・・・
【0009】
【発明が解決しようとする課題】 従来のプローブ針は…,電気特性テスト時にプローブ針先端と電極パッドとの真の接触面積(電気的導通部分206)が極端に小さく,十分な導通が得られない場合があった。また,プロービングを繰り返すことで,針の先端200に酸化膜204が堆積していくため,電極パッドとの真の接触面積が少なくなり,導通が不安定になるという問題点があった。
【0010】 さらに,先端部を球面状として応力の低減は図れても,酸化被膜の除去が不十分のためやはり真接触面積の確保ができなかった。すなわち,接触面積が大きくなっても球面直下のアルミニウム酸化皮膜の残存が安定接触を妨げており,かつコンタクト回数の増加とともに先端部に付着するアルミニウム酸化物をある頻度で頻繁に除去する必要があった。・・・・
【0014】 本発明は上記のような問題点を解消するためになされたもので,プローブ針先端と電極パッドとの真の接触面積を大きくして,少ない針滑り量で確実な電気的接触が得られかつ生産性の高いプローブ針とその製造方法を提供するものである。」
イ 「【0017】
【課題を解決するための手段】 本発明の第1の構成に係る半導体装置のテスト方法は,テスト用プローブ針の先端部を半導体装置のパッドに押圧させ,上記先端部と上記パッドとを電気的に接触させて,上記半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト方法であって,先端部を曲率半径Rの球状曲面とした上記プローブ針を,厚さtの上記パッドに押圧したとき,上記先端部は,上記パッド表面の酸化膜を破って上記球状曲面がパッド内部に接触され,6t≦r≦30tの関係を満たすものである。また,本発明の第1の構成に係る半導体装置のテスト用プローブ針は,先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し,上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて,半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において,上記プローブ針は側面部と先端部から構成され,上記先端部は球状の曲面であり,上記曲面の曲率半径rを10≦r≦20μm,表面粗さを0.4μm以下としたものである。・・・・
【0020】 また,本発明の第2の構成に係る半導体装置のテスト用プローブ針は,先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し,上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて,半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において,上記プローブ針の先端部の形状は,上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であって,かつ,表面粗さを0.4μm以下にしたものである。」
ウ 「【0025】
【発明の実施の形態】 実施の形態1.本発明の実施の形態を図を用いて説明する。図1,図2は本発明の実施の形態1によるプローブ針と電極パッドの状態を示す説明図である。図において,1はプローブ針,2は電極パッドであり,DRAM等の一般的なロジック系集積半導体装置では厚さ0.8μm程度のAl-Cu膜である。電力用等特殊用途の半導体装置では,パッド厚さが2~3μmのものもある。・・・
【0026】 図2に示すように,プローブ針1と電極パッド2の電気的導通部は,プロービングの際,電極パッド2の表面の酸化膜8をプローブ針1を滑らすことによって破り,電極パッド新生面と接触することで得られる。なお,プローブ針1は電極パッド2の面に対し垂直ではなく,ここでは8度の倒れ角度を有した場合を示しており,この角度によってプローブ針1と電極パッド2との相対すべりが発生する。また,プローブ針1を下から見たときの等高線図を並記するが,先端部は等高線が密となっている曲率r1の第1の曲面と,等高線が粗となっている曲率r2の曲面で構成されており,この2つの面は連続した球状の曲面となっている。」
エ 「【0029】 針先の接線方向7の角度を変化させて行った実験によると,このようなせん断が起こりうる針先の接線方向7と電極パッド面の角度は15度~35度であり,安定してせん断が起こる角度は17度~30度である。よって,針先の接線方向ベクトル7が電極パッド表面となす角度が15度から35度,望ましくは17度から30度になるような針先形状であれば,電極パッド表面の酸化皮膜8を破り,電極パッド新生面と接触することができ,十分な電気的導通が得られるようになる。上記の接線角度が得られる条件を針先の曲率半径rと電極パッドの厚さtの関係で表すとそれぞれ6t≦r≦30t,8t≦r≦23tとなる。・・・」
オ 「【0032】 一方,本発明では電極パッド表面と針の接触角度がすべりを発生させやすくかつ針の前面に新生面が形成され,ここが密着(針の長軸方向の力が加わる形状となっている)し,電気的接触面となる。ただし,この面にも従来例と同様にアルミニウムの凝着が発生するが,次のプロービング時に針の滑り方向に位置するため,大きな離脱力が加わり除去され,新生面との接触が常に確保できる。したがって,本発明ではアルミニウム凝着部が残存するのは電気的接触を必要としない第二の曲面の側面に近いところである。この針と従来のフラット針を用いて導通試験した結果を図5に比較して示すが,従来の(b)では500回程度で接触抵抗が1オームを越えてしまう接触不良が発生したのに対し,(a)に示す本発明の針では10000回を越える接触回数において,導通不良は起こっていない。」
カ 「【0041】 また,同じ球面といえども前述したように電極パッドのせん断変形が容易に発生するか否かで接触の安定性は大きく異なる。DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果を図7に示すが,7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており,好ましくは10~20μmである。7μm以下では曲率半径が小さすぎるため電気的導通面の第一の面に十分な力が加わらずかつ面積が小さいため問題となり,上限の20~30μmは,前述した電極パッドのせん断が発生する範囲の上限である24μmにほぼ一致している。
【0042】 なお,電極パッド厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが,
9t≦r1≦35t
なる関係に基づいて同様な管理を行えばよい。
【0043】 なお,電極パッド材料のせん断変形が起こる滑り面の角度とプローブ先端形状の関係を分かりやすく説明するためプローブ針先端面の形状を球面として図示,説明したが,実際には完全な球面である必要はなく,球面に近い曲面形状であれば同様な効果を得ることができる。」
キ 「【0045】 実施の形態2.図8は本発明の実施の形態2によるプローブ針の表面粗さと接触抵抗が1オームを越えるコンタクト回数の関係を示すもので,電極パッドの厚さ約0.8μmのDRAMに対して先端の曲率半径15μmのプローブ針を用いて試験をした結果である。これより,表面粗さが1μmと粗い場合には20000回程度で寿命を迎えるが,電解研磨などにより面粗度を上げていくと,0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができることがわかった。特に0.1μmにした場合には38万回に達し,表面粗さが1μmの場合の約20倍の寿命を達成できる。これはプローブ針の先端に酸化物が付着しにくくなったためと推察でき,上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」
ク 「【0057】【発明の効果】 ・・・また,本発明の第1の構成に係る半導体装置のテスト用プローブ針によれば,先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し,上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて,半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において,上記プローブ針は側面部と先端部から構成され,上記先端部は球状の曲面であり,上記曲面の曲率半径rを10≦r≦20μm,表面粗さを0.4μm以下としたので,コンタクト寿命を大幅にのばすことができ,凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができる。」
ケ 「【0060】また,本発明の第2の構成に係る半導体装置のテスト用プローブ針によれば,先端部を半導体装置の電極パッドに押圧し,上記先端部と上記電極パッドを電気的接触させて,半導体装置の動作をテストする半導体装置のテスト用プローブ針において,上記プローブ針の先端部の形状は,上記押圧による電極パッドとの接触により当該電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であって,かつ,表面粗さを0.4μm以下にしたので,凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができる。」
file_2.jpg[218 ] #00 ST ey Le i aL 92 bie UA) i i S i 5 10 15 20 25 30 35 40 a We (zm)(2) 原告は,前記①,②(第3の1の(1))の理由を示して段落【0041】に記載されている試験結果につき当業者が追試して確認することができないと主張したのに対し,審決が,①②の理由について全く何らの判断も示さずに本件明細書(甲1,7)記載の試験結果を認定し,判断を遺脱したと主張するので,検討する。
ア 上記①の理由について
(ア) 原告は,段落【0041】に記載された試験においては,試験に用いたプローブ針の表面粗さが不明であり,コンタクト寿命に大きな影響を及ぼす表面粗さが試験条件として明示されていない以上,たとえ当業者であっても,段落【0041】に示された試験を追試して,曲率半径が本件発明2が規定する「10≦r≦20μm」の場合に,コンタクト寿命において良好な結果が得られるかどうかを確認することはできないと主張する。
そこで検討すると,本件明細書(甲1,7)の段落【0041】には,「DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果を図7に示すが,7~30μmの曲率半径がコンタクト寿命において良好な結果が得られており,好ましくは10~20μmである。」と記載されており,【図7】を参照すると,「本発明の実施の形態1によるプローブ針を用いた場合の接触安定性と先端形状の関係を示す説明図である。」との図面の簡単な説明とともに,横軸に曲率(すなわち,曲率半径)がとられ,縦軸にコンタクト寿命がとられているから,同図が,本件発明2の構成要件である曲率半径の好適範囲を説明するものであることは当業者に自明である。
他方,本件明細書(甲1,7)の段落【0045】には「図8は本発明の実施の形態2によるプローブ針の表面粗さと接触抵抗が1オームを越えるコンタクト回数の関係を示すもので,電極パッドの厚さ約0.8μmのDRAMに対して先端の曲率半径15μmのプローブ針を用いて試験をした結果である。」と記載されているから,【図8】は,針先端の曲率半径を15μmにした場合のプローブ針の表面粗さとコンタクト回数,すなわち,コンタクト寿命との関係を説明するものであるが,このような【図8】において,表面粗さが0.4μm以下の範囲ではコンタクト回数が急激に増加し,更に表面粗さを小さくすることによって105以上に達することが認められ,段落【0045】に「0.1μmにした場合には38万回に達」することが記載されている。
しかるに,これは,前記【図7】において,曲率半径を15μmとした場合のコンタクト寿命とほぼ同等の値であるから,両者の試験結果に何らの矛盾もなく,図7における表面粗さは,本件発明2の構成要件である0.4μm以下とされていることは当業者に容易に理解できるところというべきである。そうすると,たとえ【図7】に関して明示的な記載がなくても,表面粗さを0.4μm以下の値として追試をし,曲率半径とコンタクト寿命に関する結果を得ることは,当業者にとって困難なことではないというべきであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,実施の形態1においては,プローブ針の表面粗さに関しては全く何らの記載も存在しないのであって,実施の形態1における試験が,実施の形態2における結果を踏まえてなされたことを窺わせる記載も存在しないと主張する。
しかし,2つの要件(曲率半径と表面粗さ)において,当業者が所望の効果を奏する数値範囲を決定するに当たり,両要件の好適範囲が重複する範囲で検証を行うことは当然であり,一方の要件の好適範囲を外して他方の要件の特性を全く独立に試験することはむしろ不自然であるから,本件明細書(甲1,7)に明示的な記載はないとしても,実施の形態1(図7)の曲率半径の好適範囲を求める試験は,実施の形態2(図8)における表面粗さの好適範囲内で行われたものと認めることができ,このことは,上記(ア)において検討した数値の妥当性からも裏付けられるというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
イ 上記②の理由について
(ア) 原告は,段落【0041】に記載された試験は,曲率r1の第1の曲面と,曲率r2の第2の曲面とから先端部が構成されているプローブ針を用いて行われた試験であると考えられるところ,好ましい結果が得られたとされる曲率半径「10≦r≦20μm」が,第1の曲面又は第2の曲面,いずれの曲率半径か不明であり,当業者が当該試験を追試してその効果を確認できないと主張する。
そこで検討すると,本件明細書の段落【0041】には,「好ましくは10~20μmである。」との記載に引き続いて,「7μm以下では曲率半径が小さすぎるため電気的導通面の第一の面に十分な力が加わらずかつ面積が小さいため問題となり,…」というように,当該曲率半径が,電気的導通面の「第一の面」(段落【0026】に記載の「第1の曲面」のことを意味するものと解される。)に関するものであることが記載され,さらに,続く段落【0042】において,「なお,電極パッド厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化するが,9t≦r1≦35tなる関係に基づいて同様な管理を行えばよい。」というように,前段落の記載を受けて,これを補足する文脈において曲率半径r1についての説明が記載されているから,段落【0041】及び図7における曲率半径はr1,すなわち,第1の曲面の曲率半径であるというべきである。
以上によれば,本件明細書(甲1,7)の記載には原告が上記において主張するような記載不備は存在しないというべきであるから,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,本件発明2は,その発明特定事項から明らかなとおり,先端部を単に「球状の曲面」としたプローブ針に係る発明であって,先端部を曲率r1の第1の曲面と曲率r2の第2の曲面とから構成し,その第1の曲面の曲率r1を「10≦r1≦20μm」としたプローブ針に係る発明ではないと主張する。
しかし,本件明細書(甲1,7)の【図7】における曲率半径の試験は,段落【0041】に「同じ球面といえども前述したように電極パッドのせん断変形が容易に発生するか否かで接触の安定性は大きく異なる。」と記載されるように,せん断変形が起こる曲率半径の観点から試験を行ったものであるところ,段落【0017】に「先端部を曲率半径Rの球状曲面とした上記プローブ針を,厚さtの上記パッドに抑圧したとき,上記先端部は,上記パッド表面の酸化膜を破って上記球状曲面がパッド内部に接触され」ることが記載され,段落【0043】に「電極パッド材料のせん断変形が起こる滑り面の角度とプローブ先端形状の関係を分かりやすく説明するためプローブ針先端面の形状を球面として図示,説明したが,実際には完全な球面である必要はなく,球面に近い曲面形状であれば同様な効果を得ることができる。」と記載されているように,せん断変形が起こる曲率半径は,先端部を「球状の曲面」としたプローブ針においても,同様の特性を生じるものと認められるから,実施の形態1(【図7】)の試験結果に基づいて本件発明2を導いたことをもって,本件明細書(甲1,7)が記載不備であるということはできない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告は,審決が判断を遺脱したと主張するが,審決は,原告が本件明細書に実施可能要件違反の違法があると主張したのに対し,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明を総合的に検討した上,「本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものというべき」であると判断しており,その説示内容にも照らし,審決に判断遺脱の違法があるということはできない。
エ よって,原告の主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記載の解釈についての判断の遺脱)について
原告は,前記③,④,⑥(第3の2の(1))の理由を示して段落【0041】に記載されている試験結果につき当業者が追試して確認することができないと主張したのに対し,審決が,③,④,⑥の理由について全く何らの判断も示さずに,単に,段落【0045】末尾の上記記載及び段落【0042】の記載に基づいて,本件発明2が所期の効果を奏すると認定したことは,判断の遺脱があることは明らかであると主張するので,検討する。
(1) 上記③の理由について
ア 原告は,「実施の形態1」には「10~20μm」を含め,5種類の曲率半径の範囲が示されており,「上記実施の形態1で示した範囲内で,プローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」のは,曲率半径を「10~20μm」の範囲で変えた場合と一義的に解釈することはできないから,段落【0045】末尾の記載に基づいて,本件発明2が所期の効果を奏するとはいえないと主張する。
イ そこで検討すると,本件明細書(甲1,7)の段落【0045】は,プローブ針の表面粗さとコンタクト回数に関し,「電極パッドの厚さ約0.8μmのDRAMに対して先端の曲率半径15μmのプローブ針を用いて試験をした結果」について記載した段落であって,「面粗度を上げていくと,0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができる」との結果を説明するものである。
しかるところ,本件明細書(甲1,7)の「実施の形態1」においては,「電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて…試験をした結果を図7に示す…」(段落【0041】),「電極パッド厚さが異なると,適正な曲率半径r1もそれに応じて変化する…」(段落【0042】)と記載されているから,段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは,電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに,電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても,表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができる。
そうであるところ,実施の形態1において,電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合の範囲としては,段落【0042】に,不等式9t≦r1≦35tという関係が1つの条件として提示されているところ,本件発明2においては,上記不等式において,電極パッドの厚さtの値として0.8μmを代入して得られた,7.2μm≦r1≦28μmよりもさらに狭い範囲であって,【図7】において一層効果の高い,曲率半径rが10≦r≦20μmの範囲を発明の特定事項としたものと解することができる。
そして,電極パッド厚さを0.8μmから前後に変動させても,段落【0042】の不等式から導かれる適正な曲率半径の範囲は,10≦r≦20μmを包含するから,「実施の形態1で示した範囲内」で,電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて適正な曲率半径の大きさを変化させることができることは当業者にとって明らかである。
そうすると,本件明細書(甲1,7)の「実施の形態1」に曲率半径の範囲を示す関係式が複数開示されていたとしても,本件発明2の曲率半径「10~20μm」の範囲が所定の作用効果を奏することと矛盾するものとはいえない。
(2) 上記④の理由について
原告は,本件明細書(甲1,7)の【図7】と【図8】を対比すると,表面粗さが不明なプローブ針よりも,表面粗さが本件発明2の範囲に入る0.4μmのプローブ針の方が,接触抵抗が1オームを越えるコンタクト回数がはるかに小さいという結果になっており,先端部の曲率半径rを10≦r≦20μmとすることに加えて,表面粗さを0.4μm以下としたことによって,「コンタクト寿命を大幅にのばすことができ,凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができる。」という効果が得られるということはできないと主張する。
しかし,前記1(2)で検討したとおり,【図7】の試験結果における表面粗さが,本件発明2の構成要件である0.4μm以下とされていることは当業者に容易に理解できるところであり,【図7】と【図8】の結果を対比しても,【図7】において,表面粗さ0.1μm又はそれ以下の粗さを採れば,両者の試験結果の間に矛盾はない。そして,【図7】と【図8】の試験結果に基づけば,本件発明2は,曲率半径rを10≦r≦20μmとすることに加えて,表面粗さを0.4μm以下としたことによって,所望の効果を奏するというべきであるから,本件明細書の記載には,原告が上記で主張するような記載不備は存しない。
(3) 上記⑥の理由について
原告は,本件明細書(甲1,7)の段落【0042】に記載された「9t≦r1≦35t」という関係式に基づいて,「実施の形態1」に示された「0.8μm~3μm」の範囲で電極パッドの厚さtを変化させた場合,それに応じて変化する曲率半径rの範囲は,本件発明2が特定する「10~20μm」という範囲とはかけ離れたものとなり,段落【0045】における記載は,本件発明2の効果を裏付けるものとはいえないと主張する。
そこで検討するに,本件発明2は,曲率半径rを10≦r≦20μmとするものであって,【図7】の「DRAM等一般的な集積半導体装置の電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えて同様の試験をした結果」を一つの根拠として導かれた発明であるから,「約0.8μm」の厚さの電極パッドを念頭において得られた発明ではあるが,電極パッドの厚さを発明の構成要件とするものではなく,電極パッドの厚さに基づいて曲率半径の上限値と下限値を特定するものでもない。
また,前記(1)に説示したとおり,段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは,電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに,電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても,表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができるが,このことは,本件発明2のプローブ針が,任意の厚さの電極パッドに対しても,作用効果を奏することを導くものとはいえない。
しかるに,原告の上記主張は,電極パッドの厚さを「0.8μm~3μm」の範囲で変化させ,段落【0042】に記載の関係式で求めた曲率半径を,本件発明2の構成と対比するものであるから,本件発明2のプローブ針が,任意の厚さの電極パッドに対して作用効果を有することを前提とするものであるところ,上記に説示したように,原告の同主張はその前提を欠くというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 原告は,審決が判断を遺脱したと主張するが,審決は,原告が本件明細書に実施可能要件違反の違法があると主張したのに対し,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明を総合的に検討した上,「本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものというべき」であると判断しており,審決の説示内容にも照らせば,審決に判断遺脱の違法があると解することはできない。
(5) よって,原告の主張する取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(段落【0045】末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記載の解釈についての認定の誤り)について
(1) 原告は,審決は,段落【0045】末尾の記載における「上記実施の形態1で示した範囲内」を,「曲率半径rが10≦r≦20μmであって,不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす電極パッドの厚さtの範囲内」と曲解しており,段落【0042】の記載にも反しており誤っていると主張する。
そこで検討すると,前記2(1)に説示したとおり,段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは,電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに,電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても,表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができ,しかるに,段落【0042】に,不等式9t≦r1≦35tなる関係が「電極パッド厚さが異なると,適正な曲率半径r1の範囲もそれに応じて変化する」条件として提示されているから,当該不等式と本件発明2において特定されている条件とを共に満足する範囲で,発明の作用効果を奏する電極パッドの厚さとプローブ針の先端の曲率半径を選択することは当業者が何らの困難もなくなし得ることであるというべきである。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるものであって,これに沿う審決の判断を誤りということはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 原告は,「9t≦r1≦35t」なる不等式に,電極パッドの厚さtとして0.8μmを代入すると,7.2μm≦r1≦28.0μmとなり,「10≦r≦20μm」という曲率半径の範囲自体が,「9t≦r1≦35t」なる不等式を満たしていないと主張する。
しかし,上記「9t≦r1≦35t」という関係式は,電極パッドの厚さが0.8μmの場合には,作用効果が生じる適正な曲率半径が7.2μm≦r1≦28.0μmの範囲となることを意味していると認められ,本件発明2が特定する「10≦r≦20μm」という曲率半径の範囲全体が,その範囲に含まれ,所定の効果を奏することとなるから,本件発明2の構成・効果と何ら矛盾するものではない。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(3) よって,原告の主張する取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(本件発明2の効果についての認定判断の誤り)及び取消事由5(本件発明2の効果についての判断の遺脱)について
原告は,実験報告書(甲8,13)に基づいて,本件明細書(甲1,7)に記載の試験結果を再現することができないと主張する。
しかし,実験報告書(甲8,13)の測定結果において得られた数値にばらつきがあり,プローブ針先端の曲率半径,表面粗さとコンタクト寿命との間に有意な相関関係が認められないということからすると,測定対象とする要素(曲率半径,表面粗さ)よりも,結果により大きな影響を与える要素が実験手段に含まれており,かかる要素が,測定結果に対して一定の影響を与えずにばらつきのある影響を与えていることを否定することができず,そうすると,原告の実験報告書(甲8,13)に係る各検証実験が,本件明細書(甲1,7)に記載の試験の条件(曲率半径,表面粗さ)を適切に再現したものと直ちにいうことはできない。
したがって,原告の実験報告書(甲8,13)をもって,本件明細書(甲1,7)に記載の試験結果を確認できないと直ちに結論付けることはできず,本件明細書の発明の詳細な説明が,本件発明2を実施することができる程度に記載されていないことを導くことはできないから,原告の上記主張は採用できない。
また,審決は,原告が本件明細書に実施可能要件違反の違法があると主張したのに対し,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明を総合的に検討した上,「本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明2を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものというべき」であると判断しており,その説示内容に照らし,審決に判断遺脱の違法があるということはできない。
よって,原告の主張する取消事由4,5は理由がない。
5 取消事由6(本件発明3について,段落0045末尾の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた」との記載の解釈についての認定の誤り)について
原告は,審決は,段落【0045】末尾の記載における「上記実施の形態1で示した範囲内」を,何ら合理的な根拠を示すことなく,「不等式9t≦r1≦35tなる関係を満たす範囲内」と歪曲し,本件発明2に関する先の認定とも相違し,合理性がないと主張する。
しかし,本件発明3は,請求項3の文言から見て,前段部分は,その技術的特徴を測定の対象及び方法により一般的に規定したものであり,その上で,後段部分によって,本件発明3に係るプローブ針の先端部の形状が,電極パッドにせん断を発生させる球状曲面形状であり,先端部の表面粗さが0.4μm以下であるとの構成を備えるものであることを特定しているものであり,請求項3に記載された「せん断」とは,当業者は,本件明細書(甲1,7)に照らしても,プローブ針先端部の押圧によって電極パッド表面の酸化膜を破るという通常の意味に理解するというべきである。
しかるに,本件発明3も,本件明細書(甲1,7)の段落【0045】の記載及び【図8】をその根拠とする発明であることは,請求項3の文言及び本件明細書の記載に照らして明らかであるから,段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」との記載は,本件発明3においても該当するといえる。また,前記2(1)に説示したとおり,段落【0045】の「上記実施の形態1で示した範囲内で,電極パッドの厚さあるいはプローブ針の先端の曲率半径を変えてもほぼ同様の結果が得られた。」とは,電極パッドの厚さ約0.8μmに対して曲率半径を変えた場合のほかに,電極パッド厚さを変えるとともにそれに応じて曲率半径を変化させた場合においても,表面粗さが0.4μm程度以下で急激にコンタクト回数を増やすことができるという結果が得られたことを意味するということができる。
そうすると,本件発明3は,電極パッドの厚さやプローブ針の先端の曲率半径を発明の構成要件とするものではないが,「実施の形態1」は,段落【0041】及び【図7】の試験結果を前提とするものであり,また,段落【0042】に電極パッドの厚さと曲率半径とについて,不等式9t≦r1≦35tという関係が提示されているから,当該不等式と段落【0041】及び【図7】の試験結果に基づいて,本件発明3の作用効果を奏する電極パッドの厚さとプローブ針の先端の曲率半径を選択することは当業者が何の困難もなくなし得ることである。
以上によれば,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明は,本件発明3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるものであって,原告の上記主張は採用することができない。
よって,原告の主張する取消事由6は理由がない。
6 取消事由7(本件発明3の効果についての認定の誤り)について
原告は,段落【0045】及び【0042】の記載に基づく審決の認定は,合理的根拠のない誤ったものであり,また,段落【0026】,【0029】及び【0060】を参照しても,本件発明3が所期の効果を奏するものであるといえないと主張する。
しかし,本件明細書(甲1,7)の段落【0029】においては,電極パッド表面の酸化皮膜を破り,電極パッド新生面と接触することができ,十分な電気的導通が得られるようになる針先形状に関する記載がなされており,これを踏まえて,段落【0045】及び【図8】の本件発明3の根拠となる試験結果を参照した当業者は,本件発明3の構成と,発明の作用効果との関係を何の困難もなく容易に認識し得るというべきである。また,段落【0060】には,本件発明3に相当する,本発明の第2の構成に係る半導体装置のテスト用プローブ針の構成により,「凝着が防止できることからさらに連続して安定に電気的導通を取るプローブ針を提供することができる。」との発明の効果が記載されている。
そうすると,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明には,本件発明3の効果に関しても十分な記載があり,本件発明3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるものであって,原告の上記主張は採用することができない。
よって,原告の主張する取消事由7は理由がない。
7 取消事由8(本件発明3の効果についての判断の遺脱)について
原告は,本件発明3の効果について,甲8,13に鑑みた審決の認定判断の誤りについて審判手続において主張したが,審決はこの点について判断を全く示さず,判断を遺脱したものであると主張する。
しかし,前記4で説示したとおり,原告の実験報告書(甲8,13)をもって,本件明細書(甲1,7)に記載の試験結果を確認できないと直ちに結論付けることはできないから,本件明細書の発明の詳細な説明が,本件発明3を実施することができる程度に記載されていないことを導くこともできない。また,審決は,原告が本件明細書に実施可能要件違反の違法があると主張したのに対し,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明を総合的に検討した上,「本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものというべき」であると判断しており,その説示内容に照らし,審決に判断遺脱の違法があるということはできない。
よって,原告の主張する取消事由8は理由がない。
8 取消事由9(本件発明7についての判断の誤り)について
原告は,審決は,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明7を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものというべきであるとするが,審決のこの判断は,本件明細書(甲1,7)の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明2又は3を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている,という審決の誤った判断に基づくものであり,誤りであると主張する。
しかし,前記のとおり,本件発明2又は3に関して,本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているという審決の判断に誤りはなく,したがって,本件発明2,3の「半導体装置のテスト用プローブ針」を用いたプローブカードである本件発明7についても,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるから,審決の判断に誤りはない。
したがって,原告の上記主張は採用することができず,原告の主張する取消事由9は理由がない。
9 結論
以上によれば,原告の取消事由の主張はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一)