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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10100号 判決 2008年10月30日

原告

株式会社旺文社

訴訟代理人弁護士

加藤貞晴

被告

特許庁長官

指定代理人

今田尊恵

井岡賢一

小林和男

森山啓

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2006-23369号事件について平成20年1月30日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成17年8月5日,別紙商標目録記載(1)に示すとおりの構成からなる商標(以下「本願商標」という。)について,指定商品及び指定役務を同目録記載(2)のとおりとして,商標登録出願(商願2005-76920号。)したが,平成18年8月18日発送の拒絶査定を受け,同年9月15日,同査定に対する不服の審判(不服2006-23369号事件)を請求した。

特許庁は,平成20年1月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,同年2月20日,その謄本を原告に送達した。

2  審決の理由

別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本願商標は,「旺文社」の文字を小さく縦書きした右側に「レクシス」の文字を大きく顕著に横書きした構成からなり,「旺文社」の文字部分と「レクシス」の文字部分は視覚的に分離して看取されること,後者の文字部分も自他商品及び自他役務の識別力を有し,「レクシス」の称呼を生ずることからすれば,②本願商標と別紙引用商標目録記載1ないし6の各商標(以下,これらの商標を,同目録記載の番号に対応して,それぞれ「引用商標1」などといい,引用商標1ないし引用商標6をまとめて「各引用商標」という。)とは,観念については比較すべくもないものとしても,「レクシス」の称呼を共通にするものであり(本願商標と引用商標3,引用商標4及び引用商標6とは,外観においても近似する。),相紛れるおそれのある類似する商標であり,③本願商標の指定商品及び指定役務は,各引用商標の指定商品又は指定役務と同一又は類似する商品又は役務を含むものであるから,本願商標は商標法4条1項11号により商標登録を受けることができない,というものである。

第3当事者の主張

1  取消事由についての原告の主張

審決は,以下のとおり,本願商標と各引用商標との類否判断を誤った違法があるから,取り消されるべきである。

(1)  本願商標における「レクシス」の文字部分について

「レクシス」の文字は,「語彙」という特定の親しまれた観念を有する語であるから,本願商標における「レクシス」の文字部分は,辞書等の商品及び役務の品質(語彙が豊富であること)を記述的に表したものにすぎず,自他商品及び自他役務の識別力を有しない。

(2)  本願商標の称呼について

本願商標における「レクシス」の文字部分は,前記(1)のとおり,自他商品及び自他役務の識別力を有しないから,取引者及び需要者が同文字部分に着目し,これから生ずる称呼をもって取引に資するということはできないこと,本願商標における「旺文社」の文字部分は,原告の商号として著名であることからすれば,本願商標からは,「オウブンシャ」及び「オウブンシャレクシス」の称呼のみが生じ,「レクシス」の称呼は生じない。

(3)  本願商標と引用商標3,4及び6との外観の共通性について

本願商標は,「レクシス」の文字部分のみからなるものではなく,その左に縦書きした「旺文社」の文字部分があるから,引用商標3,4及び6とは,外観において類似しない。

(4)  取引の実情について

外観,観念,称呼のうちの一点において類似する商標であっても,他の二点において著しく相違することその他取引の実情等によって,商品の出所に誤認混同を来すおそれがないものは,類似する商標ということはできない。

本願商標と各引用商標とは,観念においては全く類似性がなく,外観においても類似性がないことに加え,本願商標は「旺文社」という原告の著名な商号を冒頭に付したものであることからすれば,本願商標を使用した商品及び役務は,原告の出版・製作に係るものと容易に認識され,出所の誤認混同は生じ得ない。

2  被告の反論

以下のとおり,審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。

(1)  本願商標における「レクシス」の文字部分について

ア 本願商標は,「旺文社」の文字を左側に小さく縦書きで,その右側に「レクシス」の文字を大きく顕著に表してなるものであり,漢字と片仮名の相違,縦書きと横書きの相違,文字の大きさの相違から,視覚的に一体のものとはいえない。

イ 「LEXIS」という語が「レクシス」と発音され,「語彙」の意味を有する英語である(甲11)としても,我が国において,「レクシス」は「語彙」を意味する外来語として馴染みのない語であること(乙1~7),「LEXIS」は一般に親しまれた英語であるともいえないこと(乙8~11)からすれば,本願商標における「レクシス」の文字は,特定の親しまれた観念を有する語として認識されるものではなく,むしろ一種の造語と認識されるものである。

そうすると,本願商標において,「レクシス」の文字部分からは特定の観念を生じないから,「旺文社」の文字部分と「レクシス」の文字部分とは,観念上も分離して認識されるといえる。

ウ 本願商標に接する取引者,需要者は,その構成全体のうち,視覚的に顕著に表された「レクシス」の文字部分に着目し,これより生ずる「レクシス」の称呼をもって取引を行う場合があることは,経験則に照らし,自然なことといえる。

エ 本願商標に接する取引者,需要者は,原告の商号を表す「旺文社」の文字を商品及び役務の取扱い主体を示す代表的な出所表示(ハウスマーク)ととらえ,「レクシス」の文字を個別の商品及び役務を特定するための商標と認識して,同文字に着目することも否定できないから,「旺文社」の文字部分と「レクシス」の文字部分は,分離して把握し得るものというべきであり,両文字部分が,全体として,常に一体不可分のものと認識されるべき特別な事情は存在しない。

オ したがって,本願商標において,「旺文社」の文字部分と「レクシス」の文字部分は,それぞれが独立して自他商品及び自他役務の識別標識としての機能を果たすものといえる。

なお,原告の発行に係る英和辞典のケースの下部に巻かれた帯には,「英和辞典の新定番『レクシス』」の記載があり(乙12),「レクシス」の文字は,現に,自他商品の識別機能を果たす態様で商標的に使用されているといえる。

(2)  本願商標の称呼について

本願商標は,前記(1)のとおり,「旺文社」の文字及び「レクシス」の文字よりなるから,「レクシス」の称呼をも生ずるというのが自然であり,同称呼をもって取引されることも少なからずあるというべきである。

一方,各引用商標は,その構成中の「LEXIS」の文字,あるいは,「レクシス」の文字から,「レクシス」の称呼を生ずる。

したがって,本願商標と各引用商標とは,「レクシス」の称呼において共通する。

(3)  本願商標と引用商標3,4及び6との外観の共通性について

本願商標における「レクシス」の文字部分は,大きく顕著に表わされており,同文字部分と引用商標3,4及び6を構成する「レクシス」の文字とは,共に「レクシス」の片仮名文字であって,視覚的に異なった印象を与えるものでもないから,本願商標と引用商標3,4及び6とは,外観において近似した印象を与える類似の商標というべきである。

(4)  取引の実情について

一般に,簡易,迅速を尊ぶ取引においては,商標の一部により,簡略に称呼,観念されることがあり得るところ,前記(1)のとおり,本願商標構成中の「レクシス」の文字部分と「旺文社」の文字部分とは分離して把握され得るものというべきである。そして,本願商標と各引用商標は「レクシス」の称呼が同一であること(前記(2)),本願商標における「レクシス」の文字部分と引用商標3,4及び6とは近似した印象を与えるものであること(前記(3))に加え,「レクシス」あるいは「LEXIS」の文字からは特定の観念が生じ得ないこと(前記(1))等の事実を前提として,それぞれの商標の外観,称呼及び観念によって需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に観察すると,本願商標をその指定商品及び指定役務について使用した場合には,商品又は役務の出所について誤認混同を生じさせるおそれが十分あるというべきである。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,本願商標と各引用商標が類似するとした審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  商標の類否判断の基準について

商標法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照),複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,及び,最高裁判所平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決参照)。

そこで,上記の観点から本件について検討する。

2  本願商標と各引用商標との類否について

(1)  本願商標の特徴(出所識別標識として印象を与える部分)

ア 本願商標の外観

本願商標は,「旺文社」の文字部分及び「レクシス」の文字部分からなるものであり(前記第2の1,別紙商標目録(1)),複数の構成部分を組み合わせた商標である。

本願商標は,「レクシス」の文字部分が,片仮名で大きく横書きされ,その左端部に,「旺文社」の文字部分が漢字で小さく縦書きされたものである。「旺文社」3文字全体の縦の長さは,「レ」「ク」「シ」「ス」の各1文字の縦の長さと同一である。「旺」「文」「社」の各文字の縦横の長さは,「レ」「ク」「シ」「ス」の各文字の縦横の長さの4分の1に表記されている。本願商標において,「レクシス」の文字部分は,大きさ及び位置からみて,「旺文社」の文字部分とは分離して表記されており,主として「レクシス」の文字部分が,看者の注意を強く惹く態様で表記されている。

以上によれば,本願商標における外観から,「レクシス」の文字部分が,取引者,需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える部分と認められる。

イ 本願商標の称呼

前記のとおり,本願商標における「レクシス」の文字部分が,取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであるから,本願商標からは,「レクシス」との称呼が生ずる。

この点について,原告は,本願商標からは「オウブンシャ」及び「オウブンシャレクシス」の称呼のみが生じ,「レクシス」の称呼は生じないと主張するが,上記説示に照らし,採用することができない。

ウ 本願商標における「レクシス」部分の識別力

各証拠によれば,①我が国では,「レクシス」の文字(片仮名)は馴染みのある語ではないこと(乙1~7),②仮に,同文字が「語彙」等を意味する「LEXIS」との英単語(甲11,乙10,11)の片仮名表記であると認識されることがあったとしても,「LEXIS」の欧文字は,我が国において一般に親しまれている語とはいえないこと(乙8~11),③原告の発行に係る「旺文社レクシス英和辞典」のケースには,「英和辞典の新定番『レクシス』」との記載のある帯が巻かれており(乙12),原告自身も「レクシス」の文字を,「語彙」という意味で説明的に用いるのではなく,むしろ商品の出所識別標識として使用していることが,それぞれ認められる。そうすると,本願商標における「レクシス」の文字部分は,取引者,需要者において,特定の親しまれた観念を有する成語と認識されるものではなく,専ら商品又は役務の出所識別標識として認識されるものといえる。

原告は,同文字部分について,商品又は役務の品質を記述的に表したものであると主張するが,上記認定事実及び判断に照らし,採用することができない。

エ 本願商標における「旺文社」の文字部分の識別力

本願商標における「旺文社」の文字部分は,「レクシス」の文字部分と比較すると,極めて小さく,ほとんど目立たない態様で表記されていることに照らすならば,「旺文社」が原告の商号として著名である(弁論の全趣旨)などの実情を考慮したとしても,本願商標に接する取引者,需要者は,専ら「レクシス」の文字部分に着目するものと認めるのが相当である。

オ 小括

以上によれば,本願商標は,「レクシス」の文字部分が,取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認めるのが相当である。

(2)  各引用商標の特徴及び本願商標との類否判断

ア 各引用商標の特徴

引用商標3,4及び6は,いずれも,「レクシス」の片仮名文字を書してなる商標である。また,引用商標1,2及び5は,「LEXIS」の欧文字を書してなる商標である。

イ 本願商標と各引用商標との対比

(ア) 本願商標と引用商標3,4及び6との類否

本願商標と引用商標3,4及び6とを対比すると,①本願商標は,「レクシス」の文字部分が,片仮名で大きく横書きされ,その左端部に,「旺文社」の文字部分が漢字で小さく縦書きされ,「旺文社」3文字全体の縦の長さは,「レ」「ク」「シ」「ス」の各1文字の縦の長さと同一であり,「旺」「文」「社」の各文字の縦横の長さは,「レ」「ク」「シ」「ス」の各文字の縦横の長さの4分の1と極めて小さく表記されていること,本願商標において,「レクシス」の文字部分は,「旺文社」の文字部分とは分離して表記されており,主として「レクシス」の文字部分が,看者の注意を強く惹く態様で表記されていること,②本願商標における「レクシス」の文字部分が,取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであるから,本願商標からは,「レクシス」との称呼が生ずること,③本願商標における「レクシス」の文字部分は,取引者,需要者において,特定の親しまれた観念を有する成語と認識されるものではなく,商品又は役務の出所識別標識として認識されるものといえること,④本願商標における「旺文社」の文字部分は,「レクシス」の文字部分と比較すると,極めて小さく,ほとんど目立たない態様で表記されていることに照らすならば,本願商標と引用商標3,4及び6とは,「レクシス」の文字部分において共通し,両者は類似する商標である。

この点について,原告は,本願商標における「旺文社」の文字部分が存在する点において類似しないと主張するが,同部分は目立たず,出所識別標識としての称呼は生じない態様で表示されていることに照らすならば,「旺文社」の文字部分が付記されていることが,上記の判断を左右するものとはいえない。

(イ) 本願商標と引用商標1,2及び5との類否

本願商標からは,前記のとおり,「レクシス」の称呼が生じる。これに対して,引用商標1,2及び5は「LEXIS」の欧文字を書してなる商標であり,同商標からは,いずれも,その構成文字に相応して,「レクシス」の称呼が生じることに照らせば(甲11,乙10,11),本願商標と引用商標1,2及び5は,「レクシス」の称呼を共通にする類似の商標であるといえる。

ウ 取引の実情について

本願商標は,前記(1)で検討したとおり,「レクシス」の文字部分が,取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであり,「旺文社」の文字部分は,目立たない態様で表示されていることに照らすならば,取引に当たり,本願商標に接する取引者,需要者は,「旺文社」の文字部分ではなく,「レクシス」の文字部分に着目する場合が少なくないと認められる。

そうすると,取引の実情に照らして,本願商標と各引用商標とは,相紛れるおそれのある類似する商標であると認められる。

この点について,原告は,本願商標は「旺文社」という原告の著名な商号を冒頭に付したものであることからすれば,本願商標を使用した商品及び役務は,原告の出版・製作に係るものと容易に認識され,出所の誤認混同は生じ得ないと主張するが,上記説示に照らし,採用することができない。

3  結論

以上のとおり,本願商標と各引用商標が類似するとした審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。また,本願商標の指定商品及び指定役務が,各引用商標の指定商品又は指定役務と同一又は類似する商品又は役務を含むとした審決の認定判断は,これを是認することができる(原告もこの点について争うものではない。)。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 齊木教朗 裁判官 嶋末和秀)

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