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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10117号 判決 2008年7月17日

原告

被告

特許庁長官 鈴木隆史

同指定代理人

安田明央

末政清滋

中田とし子

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2006-28716号事件について平成20年3月3日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「五方晶系構造体」とする発明につき,平成16年3月3日,特許を出願し(乙1。以下「本願」という。),同月26日付け及び同月29日付け各手続補正書を提出したが(乙2,3),平成18年1月13日付けの拒絶理由通知を受け(乙4),同年11月2日付けの拒絶査定(乙7。以下「本件拒絶査定」という。)を受けたので,同月27日,これに対し審判請求(乙8。不服2006-28716号事件)をした。

特許庁は,平成20年3月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。

2  特許請求の範囲

本願に係る明細書(乙1ないし3。以下「本願明細書」という。)によると,特許請求の範囲の請求項1ないし3は,下記のとおりである。

【請求項1】

五方最密充填構造(正25辺体)を基本構造とする五方晶系構造体。

【請求項2】

結晶学へ応用可能な五方晶系構造体。種類は,五方最密充填格子結晶構造体,正25辺体結晶構造体,五方格子結晶(五方単層格子結晶構造体,五方重層格子結晶構造体,五方多層格子結晶構造体)

【請求項3】

五方最密充填構造(正25辺体)を基本構造とする新物質の組立方法。

3  審決の内容

別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願明細書の記載をみても,「五方最密充填構造(正25辺体)」は最密充填構造でも充填構造でもないから,本願明細書の記載により「五方最密充填構造(正25辺体)」を実施することはできず,またその構成も明確ではなく,よって本願は,特許法36条4項1号及び同条6項2号に規定する要件を満たしていないので特許を受けることができないとするものである。

第3取消事由に係る原告の主張

原告作成に係る別紙「意見書」記載のとおりである。

第4被告の反論

審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。

1  「五方最密充填構造(正25辺体)」の構造について

本願明細書の段落【0006】「(前略)五方最密充填構造(正25辺体)は,正四面体と正四角錐との組合せである。」との記載に関し,原告は,「正五角柱1個と正五角錐2個の組合せ」と「正四面体10個と正四角錐5個の組合せ」とは外面的に合同な立体であるから,「五方最密充填構造(正25辺体)」が前者の構成であることと上記【0006】の記載とは矛盾しない旨主張するが失当である。

(1)  「五方最密充填構造(正25辺体)」は,①正五角錐の底面の正五角形の隣接する2頂点と,正五角錐の頂点と,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心とを結ぶことにより作られる同型の10個の四面体,及び,②正五角柱の側面の四角形の4個の頂点と,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心とを結ぶことにより作られる同型の5個の四角錐から構成される。

(2)  しかし,以下のとおり,10個の四面体は正四面体ではなく,また,5個の四角錐は正四角錐ではない。

すなわち,四面体において,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と「五方最密充填構造(正25辺体)」における「正五角錐」の頂点とを結んでできる線分の長さは,正五角錐の高さの2倍であるから,2√((10-2√5)/5)となる。したがって,2√((10-2√5)/5)>2であるから,前記四面体は正四面体ではない。

また,前記のとおり,正五角錐の高さは,√((10-2√5)/5)であるところ,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角柱の高さは,前記正五角錐の高さの2倍であるから,2√((10-2√5)/5)であり,2√((10-2√5)/5)>2となる。したがって,前記正五角柱の側面の四角形は正方形ではなく,四角錐は正四角錐ではない。

2  「五方最密充填構造(正25辺体)」は「最密充填構造」か否かについて

原告は,「五方最密充填構造(正25辺体)」は「最密充填構造」である旨主張する。しかし,以下のとおり原告の主張は失当である。

(1)  「五方最密充填構造(正25辺体)」は,前記1のとおり「正五角柱1個と正五角錐2個の組合せ」であり,1辺の長さが2の「五方最密充填構造(正25辺体)」においては,正五角錐の各辺の長さは2である。また,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心に配置された半径1の球と,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角柱の各頂点に配置された半径1の球とは互いに接触しているので,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角柱の各頂点との距離も2である。したがって,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角柱の上面又は底面の正五角形の各頂点とを結んでできる立体もまた,各辺の長さが2の正五角錐である。

(2)  前記正五角錐の高さは,底面の正五角形の中心と頂点の距離から三平方の定理により求めることができる。正五角形の中心と頂点の距離は,正五角形に外接する円の半径と等しく,1辺の長さがaの正五角形の外接円の半径は√((5+√5)/10)aで表されることは周知であるから(乙12),1辺の長さが2の正五角形の外接円の半径は2√((5+√5)/10)である。したがって,前記正五角錐の高さは,√((10-2√5)/5)であり,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角錐の頂点との距離は,前記正五角錐の高さの2倍であるから,2√((10-2√5)/5)である。そうすると,2√((10-2√5)/5)>2となるので,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心の半径1の球と,前記正五角錐の頂点に配置された半径1の球は互いに接触しない。

(3)  以上により,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心の球に接触する球の数は10個にすぎず,最密充填構造の接触数である12個よりも少なく,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と12個の頂点に半径1の球を配置した構造は,最密充填構造にはならない。

3  「五方最密充填構造(正25辺体)」は「充填構造」か否かについて

原告は,「五方最密充填構造(正25辺体)」は「充填構造」である旨主張する。しかし,原告の主張は以下の理由から失当である。

1辺の長さが2の「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と12個の頂点に半径1の球を配置した構造は,5個の半径1の球が正五角形に配列した層と,1個の半径1の球の層とを交互に積層した構造となっている。5個の半径1の球が正五角形に配列した層と,1個の半径1の球の層との積層構造を上下に連結して,上下方向について球の充填を行うことは可能である。しかし,1種類で平面を埋め尽くせる正多角形は,正三角形,正方形,正六角形の3種類のみであって,正五角形のみによって平面内を隙間なく敷き詰めることは不可能であるから,正五角形に配列した5個の球という配列を連結して横方向について球の充填を行うことは不可能である。また,本願明細書の発明の詳細な説明には,「五方最密充填構造(正25辺体)」を横方向にどのように配列するのか,また,「五方最密充填構造(正25辺体)」以外の立体も用いて空間充填を行うことについて何ら記載がない。「五方最密充填構造(正25辺体)」による空間充填は不可能であるから,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と12個の頂点に半径1の球を配置した構造は充填構造にならない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,審決には,原告主張に係る取消事由はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  本願明細書の記載

本願明細書(乙1ないし3)には,以下の記載がある。

(1)  「【0005】従来,六方最密充填構造(正24辺体)は,構造が複雑であった。また,五方最密充填構造(正25辺体)の発明により,その構造が最密ではないことも証明された。さらに,五方最密充填構造(正25辺体)の発明により,正12面体と正25面体は存在しないことが証明された。よって,フラーレン構造が不純であることも証明された。つまり,解決しようとする課題は,構造が単純であり,最密である構造体とその組立方法である。」

(2)  「【0006】・・・25の辺の長さが同じである立体,五方最密充填構造(正25辺体)を発明した。五方最密充填構造(正25辺体)は,正四面体と正四角錐との組合せである。」(【0016】にも同様の記載がある。)

(3)  「【0007】五方最密充填構造(正25辺体)の構造は単純であった。また,五方最密充填構造(正25辺体)と六方最密充填構造(正24辺体)ともに接触数は,2(5n2+1)個で,同数である。しかし,正25辺体と正24辺体の表面積を比較することにより,五方最密充填構造(正25辺体)の方が最密であることを証明した。」

(4)  「【0008】さらに,五方最密充填構造(正25辺体)の存在は正20面体の存在を否定するものであり,正20面体の存在の否定は,(中略)フラーレン構造が不純であることをも意味する。よって,フラーレン構造が不純であることも証明された。」

(5)  「【0011】よって,新材料デザインとして,工業的な実用化をすることにより,環境,エネルギー問題の解決と産業,社会への貢献が考えられる。たとえば,ナノテクノロジーの新材料デザインとして,新ナノクラスター,新ナノ素子,新ナノワイヤー,新ナノチューブ等の新物質構造に利用できる。構造は単純である。また,その構造は最密である。」

(6)  「【0017】辺の長さを2とすると,中心から頂点までの距離も2,頂点の数は12であるから,半径が1の球で,接触数12個の構造を組み立てることができる。」

(7)  【0020】【図1】には,「五方最密充填構造(正25辺体)の分解図である。」との記載があり,この分解図に従うと,五方最密充填構造(正25辺体)は,外観上,正五角柱1個と正五角錐2個の組合せであると理解できる。

(8)  【0020】【図3】には,「五方最密充填構造(正25辺体)の上下面図と横面図である。」との記載があり,これらの図面に従うと,「五方最密充填構造(正25辺体)」は,上記正五角柱及び正五角錐を作る複数本の辺及び「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と正五角柱の上面又は底面の正五角形の各頂点とを結ぶ複数本の線分とから構成されるものであるといえる。

2  「改訂版物理学辞典(縮刷版)」(乙11)には,①最密充填構造とは,最密構造ともいい,同じ大きさの球を最も密に配列した構造をいうこと,②原子は固有の半径をもった球で近似できるし,原子間の結合に強い方向性がある場合を除き,結晶内では一般に原子は最も密に配列しようとする傾向があることから,最密充填構造は結晶構造と深く関係すること,③球を平面上に最も密に配列すると,六方対称をもつ構造が得られ,このように配列した層の上に密に球を積み重ねると,最密充填構造が得られること,④球を積み重ねる方法には六方最密構造と立方最密構造とがあり,いずれも1つの球は同じ層の6個の球及び隣接する上下2層においてそれぞれ3個の球と接触し,合計12個の球と接触することとなる旨の記載がある。

3  「五方最密充填構造(正25辺体)」の意義

本願明細書の記載及び技術常識を参酌すると,「五方最密充填構造(正25辺体)」の意義について,以下のとおりと認定することができる。

(1)  「五方最密充填構造(正25辺体)」は,結晶構造として従前知られた六方最密充填構造に代わる新たな結晶構造であり,最密充填構造,すなわち1個の球が12個の球に接する構造である。

(2)  「五方最密充填構造(正25辺体)」は,接するとされる12個の球の中心同士を結んだときにできる25本の辺について,その25本の辺の長さがすべて等しく,外観上正五角錐2個が正五角柱1個に正五角形の底面で接した構造からなる。

(3)  「五方最密充填構造(正25辺体)」は,正四面体と正四角錐との組合せからなる。

そこで,本願明細書の記載において,上記のような内容を有する「五方最密充填構造(正25辺体)」を,その発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものといえるかどうかについて判断する。

4  まず,五方最密充填構造は,1個の球が12個の球に接する構造となるかについて検討する。

「五方最密充填構造(正25辺体)」の1辺の長さを2とすると,正五角錐の各辺の長さは2となる。

「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心に半径1の球を設置し,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角柱の各頂点に半径1の球を互いに接するように設置したと仮定する。この場合,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角柱の各頂点との距離は2でなければならない。また,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角柱の上面又は底面の正五角形の各頂点とを結んでできる立体は,各辺の長さが2の正五角錐にならなければならない。

正五角錐の高さは,底面の正五角形の中心と頂点の距離から三平方の定理により求めることができる。正五角形の中心と頂点の距離は,正五角形に外接する円の半径と等しく,証拠(乙12,14)によると,1辺の長さがaの正五角形の外接円の半径は√((5+√5)/10)aで表すことができるから,1辺の長さが2の正五角形の外接円の半径は2√((5+√5)/10)である。前記正五角錐の高さは,√((10-2√5)/5)であり,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と,前記正五角錐の頂点との距離は,前記正五角錐の高さの2倍であるから,2√((10-2√5)/5)である。

そうすると,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と,「五方最密充填構造(正25辺体)」における「正五角錐」の頂点との距離が2より大きくなるので,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心の半径1の球が,「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角錐の各頂点に配置された半径1の球と互いに接するという仮定は成り立たないことになる。

したがって,本願明細書の記載からは,1個の球に12個の球が接する構造からなる「五方最密充填構造(正25辺体)」を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえない。

5  次に,「五方最密充填構造(正25辺体)」は,「正四面体と正四角錐との組合せ」といえるかについて検討する。

(1)  前記1(8)によれば,「五方最密充填構造(25辺体)」は,正五角錐の底面の正五角形の隣接する2頂点と,正五角錐の頂点と,「五方最密充填構造(25辺体)」の中心とを結んでできる四面体を含む構成であるといえる。そして,「五方最密充填構造(正25辺体)」の中心と「五方最密充填構造(正25辺体)」における正五角錐の頂点とを結んでできる線分の長さは,上記四面体の辺の1つであるところ,その長さは正五角錐の高さの2倍であるから,「五方最密充填構造(正25辺体)」の1辺を2とすると,前記4で認定したとおり2√((10-2√5)/5)となり,上記四面体を作る他の辺(例えば正五角錐の底面の正五角形の頂点と正五角錐の頂点とを結んだ線分)の長さが2であるのと異なる。

したがって,上記四面体は正四面体とはならない。

(2)  また,前記1(8)によれば,「五方最密充填構造(25辺体)」は,正五角柱の1側面の4個の頂点と「五方最密充填構造(25辺体)」の中心を結んでできる四角錐を含む構成である。そして,この場合,正五角形の1辺,すなわち正五角柱の側面の四角形の横の辺の長さを2とすると,「正五角柱」の高さ,すなわち正五角柱の側面の四角形の縦の長さは,正五角錐の高さの2倍であるから,2√((10-2√5)/5)となり,正五角柱の側面の四角形は正方形とはならない。したがって,上記四角錐は正四角錐であるとはいえない。そして,「五方最密充填構造(正25辺体)」を四面体と四角錐の組合せと理解した場合,その25本の辺の長さのすべてが等しいということもできない。

(3)  以上により,「五方最密充填構造(正25辺体)」は,「正四面体と正四角錐の組合せ」であるとはいえず,その場合,25本の辺の長さのすべてが等しいとはいえないから,本願明細書の記載から「五方最密充填構造(正25辺体)」を実施することはできず,その内容を明確に把握することができない。

6  原告は,「五方最密充填構造(正25辺体)」は本願明細書の図6ないし図8から理解することができると主張する。しかし,原告の主張は失当である。

1辺の長さが2の正五角形の外接円の中心と正五角形の各頂点を結ぶと,底辺の長さ2,底角54度,頂角72度の二等辺三角形が5個できるが,その二等辺三角形の斜辺である外接円の半径は,前記4のとおり2√((5+√5)/10)である(審決書4頁26行目ないし27行目の「√((5+√5)/10)」は誤りであるが,審決の結論に影響を及ぼすものではない。)。したがって,図7及び図8の記載はいずれも誤りであるし,図6からも何ら「五方最密充填構造(正25辺体)」の内容が上記3のものであると理解することはできない。

7  結論

以上のとおり,その余の点(「五方最密充填構造(正25辺体)」は「空間充填構造」か)について判断するまでもなく,原告の主張する取消事由には理由がなく,本願は,特許法36条4項1号及び同条6項2号に規定する要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはない。原告は,その他縷々主張するが,審決を取り消すべきその他の誤りは認められない。

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 上田洋幸)

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