大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10118号 判決 2009年1月26日

原告

訴訟代理人弁護士

冨宅恵

被告

株式会社岡田組

訴訟代理人弁護士

上原健嗣

上原理子

阪上武仁

訴訟代理人弁理士

鈴江正二

木村俊之

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2007-800076号事件について平成20年2月26日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「既設杭の引抜き装置」とする特許第3052135号の特許(以下「本件特許」という。平成10年11月20日出願,平成12年4月7日設定登録。請求項の数は1である。)の特許権者である(乙1)。

原告は,平成19年4月16日,特許庁に同日付け審判請求書(書証として,甲1ないし11〔審決にいう甲1ないし11と同じ。枝番号の記載は省略する。以下同じ。〕が添付されていた。)を提出し,本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とすることについて審判(無効2007-800076号事件。以下「本件審判」という。)を請求した。

その後,本件審判の手続において,被告は,平成19年7月17日付け答弁書及び同年11月5日付け上申書(書証として,甲18及び19〔審決にいう乙1及び2〕が添付されていた。)を提出し,原告は,同年12月3日付け弁駁書(書証として,甲12ないし15〔審決にいう甲12ないし15と同じ。〕が添付されていた。)及び同年12月19日付け上申書(書証として,甲16及び17〔審決にいう甲16及び17と同じ。〕が添付されていた。)を提出した。

特許庁は,平成20年2月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,同年3月7日,その謄本を原告に送達した。

なお,審決は,「第1 手続の経緯」の末尾において,「請求人は,本件の特許権につき移転登録手続及び不当利得金の返還等を請求する訴えを大阪地方裁判所に提起した(平成17年(ワ)第1238号,以下,『地裁事件』という。)が,平成19年10月30日に請求を棄却する旨の判決が言い渡され,移転登録手続の請求部分についての判決は確定している。」(審決書2頁4行~8行)と説示しているが,同判決は,審決時において確定しておらず,上記説示は誤りである。大阪地方裁判所が平成17年(ワ)第1238号事件(本訴原告が本訴被告を相手方として提起したもの。)について平成19年10月30日に言い渡した判決(一部認容・一部棄却)は,同事件の原告(本訴原告)からの控訴(知的財産高等裁判所平成19年(ネ)第10099号事件)により,その確定が遮断(民事訴訟法116条2項)され,平成20年7月17日,知的財産高等裁判所により上記控訴を棄却する旨の判決が言い渡され,同判決は上告及び上告受理申立て期間の経過により確定し,その結果上記大阪地方裁判所の判決も確定した(当裁判所に顕著な事実)。

2  特許請求の範囲の記載

本件特許の願書に添付した明細書(以下,図面と併せ,「本件明細書」という。乙1)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明」という。)。

「【請求項1】 打込機に連結され,既設杭の最大外径よりも大きい内径をもつ円筒状のケーシングと,このケーシングの下部に,油圧シリンダによる駆動でケーシング内に突出するように取付けられたチャック爪とを備えた既設杭の引抜き装置において,

上記油圧シリンダは上記ケーシングの上部に取付けられ,この油圧シリンダのロッド端部と上記チャック爪とを連結ロッドで連結してあり,

上記チャック爪は円弧状のカム溝を有し,このカム溝を上記ケーシングの下部に固定した軸に挿通してあり,

上記油圧シリンダの縮小動作で上記連結ロッドが上昇することにより上記チャック爪が上記ケーシング外に略垂直姿勢に退出し,上記油圧シリンダの伸長動作で上記連結ロッドが下降することにより上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出するようにしてなることを特徴とする既設杭の引抜き装置。」

3  審決の理由

別紙審決書写しのとおりである。要するに,原告(請求人)が下記(1)のとおり主張したのに対し,下記(2)のとおり認定判断し,原告(請求人)の主張及びその提出に係る証拠によっては,本件発明についての特許を無効とすることはできないとの結論を導いた。なお,審決が,「大阪府守口市内のNTTの現場でのペデスタル杭の撤去工事」についても判断した点は,不要な説示であるが,その点の当否については,後記第5の2において触れる。

(1)  原告(請求人)の主張(無効理由)

「本件特許の請求項1に係る発明は,本件出願前に,日本国内で行われた『神戸新港第7突堤サイロ基礎杭撤去工事』(以下,『神戸第7突堤工事』という。)において公然実施された発明であるから,特許法第29条第1項第2号に該当し特許を受けることができない。」(審決書2頁33行~36行)

(2)  審決の認定判断

「本件発明は,本件出願前に,『神戸第7突堤工事』あるいは『大阪府守口市内のNTTの現場でのペデスタル杭の撤去工事』において実施された発明であるとすることはできないから,当該実施が公然と行われたものであるか否かについて検討するまでもなく,本件発明は,日本国内において,公然実施された発明であるとすることはできない。」(審決書14頁30行~34行)

なお,審決が認定した「神戸第7突堤工事」あるいは「大阪府守口市内のNTTの現場でのペデスタル杭の撤去工事」において実施された各発明の内容,審決における本件発明と上記各発明との対比の結果は,次のとおりである。

ア 平成10年6月23日に神戸第7突提工事の現場において実施された発明(以下「実施発明1」という。)について

(ア) 実施発明1の内容

「バイブロ工法で用いる打込機に連結され,既設のペデスタル杭の最大外径よりも大きい直径600mmの内径をもつ円筒状のケーシングと,このケーシングに,油圧シリンダによる駆動でケーシング内に突出するように取付けられたカム溝を有するチャック爪とを備えた既設杭の引抜き装置であって,

油圧シリンダはケーシングの上部に取付けられ,

チャック爪はケーシングの中ほどに取付けられ,

油圧シリンダのロッド端部に連結した連結ロッドに上記チャック爪を1関節で連結してあり,

チャック爪は円弧状のカム溝を有し,このカム溝を,ケーシングに溶接したブラケットに固定したピンに挿通しており,

上記油圧シリンダの縮小動作で上記連結ロッドが上昇することにより上記チャック爪が上記ケーシング外に退出し,上記油圧シリンダの伸長動作で連結ロッドが下降することにより上記チャック爪がケーシング内に突出する既設杭の引抜き装置。」(審決書10頁14行~27行)

(イ) 本件発明と実施発明1との対比

「実施発明1は,本件発明を特定するために必要な『油圧シリンダの伸長動作で連結ロッドが下降することによりチャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出する』との事項を具備してるとはいえない。」(審決書12頁25行~27行)

イ 平成10年7月末ごろ神戸第7突提工事の現場において実施された発明(以下「実施発明2」という。)について

(ア) 実施発明2の内容

「バイブロ工法で用いる打込機に連結され,既設のペデスタル杭の最大外径よりも大きい直径800mmの内径をもつ円筒状のケーシングと,このケーシングに,油圧シリンダによる駆動でケーシング内に突出するように取付けられたカム溝を有するチャック爪とを備えた既設杭の引抜き装置であって,

油圧シリンダは17mケーシングの上部に取付けられ,

チャック爪はケーシングの下から3m程度のところに取付けられ,

油圧シリンダのロッド端部に連結した連結ロッドに上記チャック爪を1関節で連結してあり,

チャック爪は円弧状のカム溝を有し,このカム溝を,ケーシングに溶接したブラケットに固定したピンに挿通しており,

上記油圧シリンダの縮小動作で上記連結ロッドが上昇することにより上記チャック爪が略垂直姿勢に退出し,上記油圧シリンダの油圧シリンダの伸長動作で連結ロッドが下降することにより上記チャック爪がケーシング内に突出する既設杭の引抜き装置。」(審決書10頁36行~11頁12行)

(イ) 本件発明と実施発明2との対比

「本件発明と実施発明2とを対比すると,実施発明2は,『油圧シリンダのロッド端部に連結した連結ロッドにチャック爪を1関節で連結』したものであり,実施発明1と同様に,本件発明を特定するために必要な『油圧シリンダの伸長動作で連結ロッドが下降することによりチャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出する』との事項を具備してるとはいえない。」(審決書12頁30行~34行)

ウ 平成10年8月に神戸第7突提工事の現場において実施された発明(以下「実施発明3」という。)について

(ア) 実施発明3の内容

「バイブロ工法で用いる打込機に連結され,既設のペデスタル杭の最大外径よりも大きい直径700mmの内径をもつ円筒状のケーシングと,このケーシングに,油圧シリンダによる駆動でケーシング内に突出するように取付けられたカム溝を有するチャック爪とを備えた既設杭の引抜き装置であって,

油圧シリンダのロッド端部に連結した連結ロッドに上記チャック爪を2関節で連結してあり,

チャック爪は円弧状のカム溝を有し,このカム溝を,ケーシングに溶接したブラケットに固定したピンに挿通しており,

上記油圧シリンダの縮小動作で上記連結ロッドが上昇することにより上記チャック爪が略垂直姿勢に退出し,上記油圧シリンダの油圧シリンダの伸長動作で連結ロッドが下降することにより上記チャック爪がケーシング内に突出する既設杭の引抜き装置。」(審決書11頁19行~30行)

(イ) 本件発明と実施発明3との対比

「実施発明3は,本件発明を特定するために必要な『油圧シリンダの伸長動作で連結ロッドが下降することによりチャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出する』との事項を具備しているとはいえない」。(審決書14頁1行~3行)

エ 平成10年10月ころ,大阪府守口市内のNTTの現場でのペデスタル杭の撤去工事において実施された発明(以下「実施発明4」という。)について

(ア) 実施発明4の内容

「アースオーガに連結されたケーシングと,このケーシングに,油圧シリンダによる駆動でケーシング内に突出するように取付けられたカム溝を有するチャック爪とを備えた既設杭の引抜き装置であって,

油圧シリンダのロッド端部に連結した連結ロッドに上記チャック爪を連結してあり,チャック爪と連結ロッドとの関節部分に保護用カバーを設けている既設杭の引抜き装置。」(審決書11頁35行~12頁3行)

(イ) 本件発明と実施発明4との対比

「実施発明4は,『油圧シリンダのロッド端部に連結した連結ロッドにチャック爪を連結』したものであるが,油圧シリンダーの取付位置や,チャック爪の形状,取り付け部の構造,連結ロッドとチャック爪を連結部の構成等が不明であり,本件発明を特定するに必要な事項を具備しているとはいえない。」(審決書14頁6行~10行)

「仮に,実施発明4が実施発明3と同様に,油圧シリンダがケーシングの上部に取付けられ,油圧シリンダのロッド端部に連結した連結ロッドにチャック爪を2関節で連結してあり,チャック爪は円弧状のカム溝を有し,このカム溝を,ケーシングに溶接したブラケットに固定したピンに挿通している引抜き装置である場合について検討する。・・・実施発明4のチャック爪が『ケーシング内に略水平姿勢に突出する』ように改良されたものであったとすることはできない。」(審決書14頁11行~22行)

第3取消事由についての原告の主張

審決は,以下のとおり,実施発明1ないし4の認定を誤り,本件発明と実施発明1ないし4との対比を誤った違法があるから,取り消されるべきである。

1  実施発明1ないし4が本件発明と実質的に同一であること

以下のとおり,本件発明における「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は技術的に意味がなく,実施発明1ないし4におけるチャック爪はケーシング内に略45度の姿勢で突出するものは,チャック爪が略水平姿勢に突出するものと技術的に等価であるから,実施発明1ないし4は本件発明と実質的に同一である。

(1)  本件発明における「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は技術的に意味がないこと

以下のとおり,本件発明における「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は技術的に意味がないというべきであり,チャック爪,固定軸,連結ロッド及び油圧シリンダに及ぶ負荷を軽減するため,チャック爪はケーシング内に略45度の姿勢で突出しなければならない。

ア 本件発明においてチャック爪をケーシング内に突出させる目的は,地中に埋設されたケーシング内に存在する既設杭の先端部分にチャック爪を接着させることにより,地中内のケーシングを引き抜く際,これとともに既設杭も引き抜くことができようにすることであり,チャック爪を突出させる姿勢はかかる目的を達することができればよい。

イ チャック爪を固定軸により軸着し,この固定軸を支点として回動させることにより,チャック爪をケーシング内に略水平姿勢に突出させると,チャック爪と既設杭の接点が極小となり,チャック爪への負担が大きくなるとともに,チャック爪と既設杭との接点とチャック爪と固定軸との軸着点が水平になり,既設杭の重量負荷が固定軸及び油圧シリンダに直接及ぶことになる結果,チャック爪の破損,固定軸の折損,軸着部の亀裂などの不都合が生じ,また,既設杭の重量負荷に対応し得る特殊な油圧ジャッキを備える必要がある。

ウ 本件発明のチャック爪にカム溝を施し,固定された軸を挿通させ,チャック爪がケーシング内に突出する際に固定軸をカム溝に沿って摺動させ,カム溝をチャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出するような形状とすることの技術的意義は,固定軸がカム溝を摺動することにより,固定軸をチャック爪に軸着する場合よりも,固定軸と既設杭との距離を近接することができ,これにより,固定軸,固定軸とチャック爪との接点及び油圧ジャッキにかかる負荷を軽減する点にある。

エ 仮に,チャック爪をケーシング内に略水平姿勢に突出させると,上記の効果が得られないので,本件発明のチャック爪にカム溝を施し,固定軸を摺動させることの技術的意義はないということになる。

オ したがって,チャック爪はケーシング内に略45度の姿勢で突出しなければならないのであり,関節部を2つにし,カム溝の形状を変更することによって,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出するようにすることはあり得ない。すなわち,チャック爪は,カム溝の形状いかんによりケーシング内に略水平姿勢に突出するようになるのではなく,ケーシング内に略45度の姿勢で突出するようにカム溝の形状が決定されなければならない。

(2)  実施発明1ないし4におけるチャック爪はケーシング内に略45度の姿勢で突出するものであること

実施発明1ないし4のチャック爪は,いずれも原告が作成した「バイブロ仕様杭引き抜きケーシング先端チャック部」の図面(甲13)に記載されているように,略45度の姿勢で突出するものである。

現在,被告が使用している引抜き装置において,チャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出する構成となっている。被告が平成20年3月27日に神戸で使用した装置を撮影した写真(甲20)によれば,被告は,現在,関節部が2つで,カム溝をチャック爪の上端限界まで設けた装置を使用しており,この装置では,連結ロッドが限界まで下降した状態で,チャック爪がケーシング内に略45度の姿勢でしか突出していない。

(3)  チャック爪が略45度の姿勢で突出するものはチャック爪が略水平姿勢に突出するものと技術的に等価であること

チャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出するものは,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出するものと,技術的に等価である。

カム溝を施されたチャック爪を使用する技術的意義は,前記(1)のウのとおり,固定軸,固定軸とチャック爪との接点及び油圧ジャッキにかかる負荷を軽減することにある。

本件明細書の【発明の効果】の欄では,油圧シリンダがケーシング上部に設置されることによる効果としてチャック爪の突出状況を確認できることのみが記載されているが,本件発明の技術的要素にカム溝が施されたチャック爪が含まれている以上,本件明細書にカム溝が施されたチャック爪を使用することによる効果が記載されていないことをもって,本件発明の上記技術的意義が否定されることにはならない。

実施発明1ないし4は,いずれも本件発明に係る技術的要素を充たし,固定軸,固定軸とチャック爪との接点及び油圧ジャッキにかかる負荷を軽減する効果を得ているから,本件発明と技術的に等価であるといえる。

2  本件発明と実施発明3及び4が同一であること(仮定的主張)

仮に,1の(1)の主張(本件発明における「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は技術的に意味がないとの主張)が認められないとしても,実施発明3及び4は,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出するものであるから,実施発明3及び4は本件発明と同一である。

(1)  実施発明3は関節部を2つにするものであるところ,被告代表者の陳述書(甲3)には,2つの関節の仕組みとすることとし,これにより略水平かつ垂直運動する運びとなった旨の記載(35頁)があり,Nの陳述書(甲5)には,2つの関節の仕組みを示すとされる図に,関節部が2つでチャック爪が略水平に突出した様子が記載されている(21頁)。また,Nの証人調書(甲6)には,関節部が2つのものは8月以降に製作されたものであるとの記載がある(24頁)。被告代表者の供述等によれば,実施発明3は,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出するという,本件発明の構成を有することになる。

そして,Kの証人調書(甲10)には,実施発明3を使用することにより,平成10年8月に入ってから杭を完全に抜くことができた旨の記載がある(4頁)から,実施発明3は完成していたことになる。

(2)  同様に,実施発明4は,実施発明1ないし3を前提にする技術であるから,本件発明の構成を備えている。そして,「大阪府守口市内のNTTの現場」の工事期間は,平成10年10月12日ないし同年11月24日であり(甲21),実施発明4を使用して工事を完遂した点については争いがないのであるから,実施発明4は,本件特許の出願日(平成10年11月20日)以前に完成し,実施されていたと推認される。

(3)  以上のとおり,被告代表者の供述等(甲3,5,6)によれば,関節を2つの構成とした実施発明3及び4は,チャック爪が略水平姿勢に突出するものである。

第4被告の反論

審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。

1  実施発明1ないし4が本件発明と実質的に同一であるとの主張に対し

(1)  本件発明における「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は技術的に意味がないとの主張に対し

ア 原告は,チャック爪は,カム溝の形状いかんによりケーシング内に略水平姿勢に突出するようになるのではなく,ケーシング内に略45度の姿勢で突出するようにカム溝の形状が決定されなければならないなどと主張する。

しかし,「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は可能であり,技術的に意味がある。原告の上記主張は,技術的根拠のない独自の見解であり,審決の認定判断とも何ら関係がない主張であって,失当である。

イ 原告は,甲20が被告の撮影に係る写真であることを前提として,現在,被告が使用している引抜き装置において,チャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出する構成となっていることからも,「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は技術的に意味がないと主張する。

しかし,①そもそも,甲20は被告の作成に係るものではないこと,②甲20からは,撮影された装置におけるチャック爪がケーシング内に略45度の姿勢でしか突出しないものであるか否かは明らかでないこと,③仮に,甲20に撮影された装置が被告の装置であったとしても,被告が現在使用する装置には様々なものがあること,④被告が現在使用する装置の構成から,本件発明の構成や実施発明1ないし4の構成を認定することはできないことから,原告の上記主張は失当である。

(2)  実施発明1ないし4におけるチャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出するものであるとの主張に対し

原告は,実施発明1ないし4のチャック爪は,甲13に記載されているように,略45度の姿勢で突出すると主張する。

しかし,①前記(1)のとおり,「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は技術的に意味がないとする原告の主張は根拠を欠くものであること,②甲13は,原告が独自に作成した図面であって,実施発明1ないし4とは何ら関係がないことから,原告の上記主張は失当である。

(3)  チャック爪が略45度の姿勢で突出するものはチャック爪が略水平姿勢に突出するものと技術的に等価であるとの主張に対し

原告は,チャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出するものは,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出するものと,技術的に等価であると主張する。

しかし,原告の上記主張は,独自の見解であり,失当である。

2  本件発明と実施発明3及び4が同一であるとの主張(原告の仮定的主張)に対し

原告は,仮定的主張として,被告代表者の供述等に照らし,関節を2つの構成とした実施発明3及び4は,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出するものといえるから,実施発明3及び4は本件発明と同一である旨主張する。

しかし,被告代表者らは,実施発明3及び4そのものについて,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出した旨供述したものではなく,これらの発明は,実際には,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出する構成とはなっていなかったのであるから,原告の上記主張は誤りである。

第5当裁判所の判断

1  実施発明1ないし4が本件発明と実質的に同一であるとの主張について

当裁判所は,実施発明1ないし4は,いずれも本件発明における「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成を備えたものとは認められないから,本件発明と同一とはいえないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1)  チャック爪が略45度の姿勢で突出するとの原告主張について

原告は,①チャック爪がケーシング内に略水平姿勢で突出することは技術的に意味がないこと,②実施発明1ないし4におけるチャック爪はケーシングから略45度の姿勢で突出するものであること,③チャック爪が略45度の姿勢で突出するものは,チャック爪が略水平姿勢で突出するものと技術的に等価であることから,実施発明1ないし4は本件発明と実質的に同一であると主張する。

しかし,以下のとおり,上記原告の主張は失当である。

ア チャック爪の突出姿勢について

原告は,チャック爪などにかかる負荷を軽減するためには,チャック爪はケーシング内に略45度の姿勢で突出しなければならず,このことは被告の使用に係る現在の引抜き装置が略45度の姿勢で突出する構成となっていることによっても裏付けられると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

すなわち,①そもそも,既設杭の引き抜きに際し,チャック爪などに加わる負荷は,引き抜き対象である既設杭の形状(特に先端の形状),チャック爪と既設杭との位置関係,地盤の状態など,様々な要因により影響を受けるものと考えられること,②チャック爪の突出姿勢は,チャック爪の形状,カム溝の長さ,関節形態,油圧シリンダの伸縮長等により,様々な角度に調整することが可能であることからすれば,「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成が,技術的に意味がないとはいえないし,チャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出することが必然であるともいえない。

また,甲20の写真は,実施発明1ないし4の実施から10年近くを経た平成20年3月に撮影されたとされるものである上,撮影された装置の使用時におけるチャック爪の突出姿勢が,略45度の角度であるか否かも明らかでなく,実施発明1ないし4におけるチャック爪がケーシングから略45度の姿勢で突出するという原告の主張を裏付けるに足りるものということはできない。

さらに,甲13は,原告が作成した「バイブロ仕様引き抜きケーシング先端チャック部」の図面であるが,同図面のとおりに実施発明1ないし4に供された装置が作製されたと認めるに足りる証拠を見いだすことができない。

以上のとおり,実施発明1ないし4におけるチャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出するものであると認めることはできない。

イ 本件発明との同一性について

原告は,実施発明1ないし4におけるチャック爪がケーシング内に略45度の姿勢で突出するものであることを前提として,略45度の姿勢で突出するものは,略水平姿勢に突出するものと技術的に等価であると主張する。

しかし,以下のとおり,原告の上記主張は失当である。

(ア) まず,そもそも,前記アのとおり,実施発明1ないし4におけるチャック爪は,ケーシング内に略45度の姿勢で突出するものとは認められないから,原告の上記主張は,前提を欠き,その主張自体失当である。

(イ) また,以下のとおり,チャック爪を略水平姿勢に突出させることと,略45度の姿勢で突出させることは,技術的に等価とすることはできないから,この点からも原告の主張は理由がない。

a 本件明細書の記載

本件明細書(乙1)の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりである。

また,本件明細書には次の記載がある。

「【0001】

【発明の属する技術分野】 本発明は地中に埋設されている既設杭を引抜く装置に関するものである。

【0002】

【従来の技術】 既設杭の引抜き方法が,例えば,特公平3-57247号公報に開示されている。そこでは,既設杭が地中に埋設されてから長い年月が経過していると腐食などにより引張強さが大きく低下していて,これを引抜く時に途中でちぎれてしまう,という不具合な事態を解消するための既設杭の引抜き方法が記載されている。その引抜き方法は,既設杭を囲む円筒状のケーシングをこのケーシングの下端が前記既設杭の下端よりも下方に位置する深さにまで打ち込むとともに,前記ケーシング内の既設杭まわりの土を水やベントナイト等の泥土化剤で泥土化し,次いで,前記ケーシングの下端部に取付けた係止突起をケーシング内に向けて突出させた後に,ケーシングに引抜力を加えて既設杭の下端に当接する前記係止突起により既設杭に押上げ力を加えることで既設杭を引抜く方法であって,これによれば引張強さが大きく低下している既設杭もこの全部を引抜くことができるというものである。

【0003】

【発明が解決しようとする課題】 しかるに,上記既設杭の引抜き方法では係止突起を突出操作するにあたり油圧シリンダが採用されるが,その油圧シリンダは,係止突起と同じようにケーシングの下端部に装着されており,これではケーシングの打込み後係止突起をケーシング内に向けて突出させるといっても,その突出状態を地上で確認することができないため,係止突起が既設杭の下端に達しないまま,あるいは既設杭の下端に当接しないまま既設杭が引抜かれることがあり,既設杭の全部を引抜くという所期の目的を達成できない場合が生じる。またケーシングの下端部に取付けられた油圧シリンダはケーシングの打込み時に土砂との摩擦抵抗で破損や損傷を加えられやすいという問題がある。

【0004】 本発明は,このような問題を解消するためになされたもので,その目的とするところはチャック爪のケーシング内への突出動作の確認を可能にすることにより既設杭の全部引抜きを全うすることができ,またチャック爪操作用の油圧シリンダの保護を図れる既設杭の引抜き装置を提供するにある。」

「【0007】

【作用】 油圧シリンダはケーシングの上部に取付けているため,既設杭に対してケーシングを打込み後チャック爪をケーシング内に向けて突出させる時にその油圧シリンダの伸長状態を地上で明確に確認することができ,この確認によりチャック爪が既設杭の最下端の下方に完全に突出したか否かを知ることができる。したがって,チャック爪が既設杭の最下端の下方に突出しないまま該既設杭を引抜くこと,つまり既設杭が途中でちぎれ,その下部を残したまま引抜かれるのを防止することができる。

【0008】 このようにチャック爪を既設杭の最下端の下方に突出させて既設杭の全部を引抜くことができるが,この全部引抜きは,既設杭が長期年月の経過により引張強度が低下しているものに限られず,貫通式の場所打ちコンクリート杭の一種であるペデスタル杭のごとく柱身と球根とポイントとが一体化されていない既設杭の場合もその最下端のポイントまでの全部を引抜くことができる。

【0009】 ケーシングの上部に取付けられた油圧シリンダは,ケーシングの打込み時に土砂の抵抗を受けることがなく,土圧からの防護を図れる。」

「【0023】【発明の効果】 本発明によれば,チャック爪をケーシング内に突出操作するのに用いられる油圧シリンダはケーシングの上部に取付けてあるので,ケーシングの打込み時にも該油圧シリンダは土砂の抵抗を受けることがなくてその保護を図れるばかりか,チャック爪がケーシング内に突出していることを容易に確認することができて既設杭の全部引抜きを全うできる利点がある。」

b 本件発明の技術的意義

本件明細書の前記aの記載によれば,本件発明について,次のとおり解することができる。

① 本件発明は,地中に埋設された既設杭を引き抜く装置に関するものであって,従来,既設杭の周囲に打ち込むケーシングの下端に,油圧シリンダと係止突起を設け,既設杭の下方に達するまでケーシングを打ち込んだ後に,該油圧シリンダにより係止突起をケーシング内に突出させて既設杭を下方から持ち上げて引き抜くものであったところ,係止突起の突出状態が地上より確認できないために杭の引き抜き不良が発生し,また打込み時に油圧シリンダが破損し易いという課題を解決するものである。

② ケーシングの上部に油圧シリンダを取付け,円弧状のカム溝を有するチャック爪を下部に設けてその間を連結ロッドで連結し,油圧シリンダの縮小動作によって,チャック爪がケーシング外に略垂直姿勢で退出し,また伸張動作によって略水平姿勢でケーシング内に突出する構成とすることにより,油圧シリンダの保護が図れるとともに,地上よりチャック爪の突出状態を確認できるので,既設杭を確実に引き抜くことができるという意義を有する。

c 技術的意義についての結論

チャック爪をケーシング内に略水平姿勢に突出するようにするためには,略45度の姿勢に突出するようにする場合に比べ,より大きな油圧シリンダの伸張動作が必要であることは,その構成上明らかであるから,前記bで認定した本件発明の技術的意義に照らし,本件発明には,チャック爪をケーシング内に略水平姿勢に突出させることによって,より明確に地上からチャック爪の突出姿勢を確認できるという利点があるといえる。また,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出すれば,ケーシングの両側に配置されたチャック爪間の間隔が狭くなるので,より広範囲の径の杭に対応可能となることも,技術常識に照らし,明らかである。そうすると,チャック爪をケーシング内に略水平姿勢に突出させることと,略45度の姿勢で突出させることは,技術的に等価とすることはできない。

(2)  実施発明3及び実施発明4は本件発明と同一であるとの仮定的主張について

原告は,仮に,本件発明における「上記チャック爪が上記ケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成は技術的に意味がないとの原告の主張が認められないとしても,実施発明3及び実施発明4は,チャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出するものであるから,本件発明と同一であると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。

本件記録を検討しても,実施発明3及び実施発明4が,本件発明における「油圧シリンダの伸長動作で連結ロッドが下降することによりチャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成を備えていると認めるに足りる証拠はない。原告の指摘に係る被告代表者の供述等によっても,実施発明3及び実施発明4がチャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出する構成を備えていると認めることはできない。前記(1)のアのとおり,チャック爪の突出姿勢は,チャック爪の形状,カム溝の長さ,関節形態,油圧シリンダの伸縮長等により,様々な角度に調整することが可能であって,関節の形態のみにより決定されるものではないから,実施発明3及び実施発明4において,2つの関節が使用されたものであるとしても,そのことから直ちにチャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出するものであると断定することはできない。

(3)  小括

上記検討したところによれば,実施発明1ないし4が,本件発明における「油圧シリンダの伸長動作で連結ロッドが下降することによりチャック爪がケーシング内に略水平姿勢に突出する」との構成を備えているとは認められないから,本件発明は実施発明1ないし4と同一であるいうことはできない。

以上のとおり,実施発明1ないし4のその余の具体的構成やこれらの発明が公然実施されたか否かについて,原告がその他縷々主張する点は,いずれも審決を取り消すべき理由とは認められない。

2  付言(実施発明4に関する審決の審理及び判断について)

当裁判所は,審決が,所定の手続を経由することなく,原告(請求人)が主張した無効理由とは別個の無効理由について無効理由が存在しないと判断した点は,特許法153条2項や同法167条の趣旨に反する不適切な審理及び判断であると解する。その点を以下に付言する。

(1)  審決は,原告が本件審判の手続において主張した無効理由について,前記第2の3の(1)のとおり摘示している。すなわち,同摘示によれば,原告の無効理由は,「神戸第7突堤工事」において実施された発明(実施発明1ないし3)が,本件発明と同一であり,かつ,公然実施されたものであるというものであり,「大阪府守口市内のNTTの現場でのペデスタル杭の撤去工事」において実施された発明(実施発明4)と同一の発明であるとの無効理由を含むものではない。

しかるに,審決は,本件発明は,本件出願前に,「神戸第7突堤工事」において実施された発明(実施発明1ないし3)あるいは「大阪府守口市内のNTTの現場でのペデスタル杭の撤去工事」において実施された発明(実施発明4)と同一の発明ではないとの判断をして,原告の主張を排斥した。

(2)  特許無効審判において,請求人が主張した無効理由とは別個の無効理由を審理するためには,あらかじめ審判手続において,特許法153条2項の規定による通知をし,当事者に意見を申し立てる機会を与える手続を採らなければならない。上記規定が設けられたのは,当事者に対して,適正公平な審判手続を保障するとの趣旨のみならず,第三者に対して,審決の効力の及ぶ範囲を明確にするとの趣旨によるものと解される。とりわけ,後者の趣旨は重要であり,特許法167条に「何人も,特許無効審判・・・の確定審決の登録があったときは,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」と規定されていることを併せ考慮すると,審決の判断の基礎とした無効理由を構成する事実及び証拠がどのようなものであるかを,審判手続において明確にさせることが必要不可欠であるといえる。したがって,請求人が主張した無効理由を審決で摘示することは必須であり,また,請求人が主張しない無効理由について,上記のような手続を採ることなく,審決において判断することは,手続上の違法を来す余地があるというべきである(知的財産高等裁判所平成19年(行ケ)第10380号事件・平成20年11月27日判決参照)。

(3)  本件についてみると,実施発明4についての無効理由に係る事実(実施発明4が本件発明と同一であり,かつ,公然実施されたものであるとの事実)は,実施発明1ないし3についての無効理由に係る事実(「神戸第7突堤工事」において実施された発明(実施発明1ないし3)が,本件発明と同一であり,かつ,公然実施されたものであるとの事実)とは,実施の場所,日時等が明らかに異なるものであって,別個の事実である。

そして,本件全証拠によるも,本件審判の手続において,特許法153条2項の規定による通知がされ,当事者に意見を申し立てる機会を与える手続が採られたことを認めるに足りる証拠は,これを見いだすことができない。

そうすると,審決が理由において述べた,大阪府守口市内のNTTの現場でのペデスタル杭の撤去工事において実施された発明(実施発明4)は本件発明と同一ではないとした判断部分は,原告が無効審判請求において主張していない無効理由について,特許法所定の手続を採ることなく,当該無効理由が存在しないとしたものといえる。

(4)  以上のとおり,審決は,特許法の規定する適正な手続を経ることなく,前記第2の3の(2)のエのとおり述べて,実施発明4が本件発明と同一であり,かつ,公然実施されたものであるとの無効理由が成立しない旨の判断を示した点において,適切さを欠いた点がある。しかし,①原告が,審決の審理手続の違法については,取消事由として主張せず,実施発明4に関する審決の判断の誤りのみを取消事由として主張していること,②本件審判について請求不成立の審決をするに際し,実施発明4について判断を示す必要はないこと,③全体として,上記の適切妥当を欠いた手続及び理由は,審決の結論に影響を与えるものとはいえないこと等の諸点を総合すると,上記の点は,審決を取り消すべき事由に当たらないと解される。

3  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由には理由がなく,また,審決に,これを取り消すべきそのほかの誤りがあるとも認められない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 齊木教朗 裁判官 嶋末和秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例