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知財高等裁判所 平成20年(行ケ)10125号 判決 2009年2月18日

原告

積水化学工業株式会社

同訴訟代理人弁理士

宮﨑主税

目次誠

被告

コニシ株式会社

同訴訟代理人弁理士

奥村茂樹

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2006-80258号事件について平成20年2月27日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,「床構造体」とする名称の発明の特許権を有する原告が,同特許を無効とする審決を受けたことから,その請求人である被告に対し,審決の取消しを求めた事案である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成7年10月27日に名称を「床構造体」とする特許を出願し,平成16年4月2日にその設定登録を受けた(特許第3540466号,請求項の数2。優先日:平成7年3月27日(日本)。甲58。以下「本件特許」という。)。

本件特許につき,平成18年12月11日付けで被告から特許無効の審判請求がされ,同請求は,無効2006-80258号事件として係属した。

特許庁は,平成20年2月27日,「特許第3540466号の請求項1および2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同年3月10日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(以下,これらの発明を,審決で引用する場合を含め,請求項に対応して「本件発明1」又は「本件発明2」といい,本件発明1及び2を併せて「本件発明」という。)

「【請求項1】 床材と床下地材とからなる床構造体において,該床材と該床下地材との間に,下記一般式(I)または(II)で表されるような水酸基もしくは加水分解性基結合反応性ケイ素基を有し,シロキサン結合を形成することにより架橋しうる反応性ケイ素基を末端に少なくとも一つ有し,主鎖がオキシアルキレン系重合体である,反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体を主成分とする硬化物であって,JISK6301に準拠する引張試験における切断時の伸びが100%以上,及びJISK6301に準拠する永久伸び試験における永久伸びが50%以下の弾性体層が積層されてなることを特徴とする床構造体。

file_2.jpg(11 RY, Xx. -Si- +--+ (DD R'. | Xs. ~S i-CH: CH: -R* ~ (OQ), — so dDここで,R1はアルキル基およびアリール基より選ばれる炭素数1~12の1価の炭化水素基;Xは水酸基,ハロゲン基,アルコキシ基,アシルオキシ基,ケトキシメート基,アミド基,酸アミド基,アミノオキシ基およびメルカプト基より選ばれる基;aは0~2の整数;R2は-R3-または-R3-O-R4-(式中,R3およびR4は炭素数1~20の2価の炭化水素基)で示される2価の有機基から選ばれる基;bは0または1である。」

「【請求項2】 床材と床下地材とからなる床構造体において,該床材と該床下地材との間に遮音性を有するシートが挟まれ,該遮音性を有するシートと該床材及び該床下地材との間に,下記一般式(I)または(II)で表されるような水酸基もしくは加水分解性基結合反応性ケイ素基を有し,シロキサン結合を形成することにより架橋しうる反応性ケイ素基を末端に少なくとも一つ有し,主鎖がオキシアルキレン系重合体である,反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体を主成分とする硬化物であって,JISK6301に準拠する引張試験における切断時の伸びが100%以上,及びJISK6301に準拠する永久伸び試験における永久伸びが50%以下の弾性体層が積層されてなることを特徴とする床構造体。

file_3.jpg("627 R'. Xs. -Si- +++ CI) R', Xs-. ~Si-CH: CH; ~R* — (0), - se dDここで,R1はアルキル基およびアリール基より選ばれる炭素数1~12の1価の炭化水素基;Xは水酸基,ハロゲン基,アルコキシ基,アシルオキシ基,ケトキシメート基,アミド基,酸アミド基,アミノオキシ基およびメルカプト基より選ばれる基;aは0~2の整数;R2は-R3-または-R3-O-R4-(式中,R3およびR4は炭素数1~20の2価の炭化水素基)で示される2価の有機基から選ばれる基;bは0または1である。」

3  審決の内容

審決は,①本件発明1は特許法29条1項3号,本件発明2は同条2項に該当する,②本件特許請求の範囲の記載は,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条(以下,審決で引用する場合を含めて「旧36条」という。)6項1号及び2号に規定する要件を満たしていない,③本件特許明細書の発明の詳細な説明は,旧36条4項に規定する要件を満たしていないというものであり,その理由の要旨は,次のとおりである。

(1)  無効理由1

ア 本件発明1について

「本件発明1は,甲1発明(判決注:甲1は特開平5-163477号公報。以下,審決で引用する場合を含め,甲1に記載されている発明を「甲1発明」という。)の一部を含み,実質的に甲1発明であるといえるから,特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができないというべきである。」(42頁35~37行)

イ 本件発明2について

(本件発明2と甲1との相違点)「本件発明2が『該床材と該床下地材との間に遮音性を有するシートが挟まれ,該遮音性を有するシートと該床材及び該床下地材との間に,上記弾性体層が積層されてなる』のに対し,甲1発明は,遮音性を有するシートを備えていない点。」(43頁4~7行)

「甲1発明において,さらに遮音効果を高めるために,同一技術分野に属する甲3発明(判決注:甲3は特開平7-60888号公報。以下,甲3に記載されている発明を「甲3発明」という。)の『プラスチック発泡体』を付加し,相違点における本件発明2の構成とすることは,当業者であれば容易に推考することができたものであるといえる。 / そして,本件発明2が奏する効果である『遮音シートが使用されているので,床上歩行時の床鳴りの発生をより一層防止できる』も,甲1発明および甲3発明から当業者ならば予測し得る程度のものであるといえる。 / したがって,本件発明2は,特許法29条2項の規定に違反し,特許を受けることができないものであるというべきである。」(43頁14~22行)

(2)  無効理由2

ア 旧36条6項1号要件について

「本件特許明細書の発明の詳細な説明には,本件発明が特定する数値範囲全体にわたって,本件発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載されていないし,また,その記載や示唆から当業者が出願時の技術常識に照らし発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものではなく,本件特許請求の範囲の記載は,旧36条6項1号に規定する要件を満たしていないというべきである。」(45頁5~11行)

イ 旧36条6項2号要件について

「本件発明が発明の詳細な説明に記載されていないものであり,本件発明において特定されている物性の範囲を満たしていても,必ずしも,本件特許明細書に記載された効果を奏することを保証していないのであるから,このような発明が特定されるためには,さらに,該効果を奏するか否かを考慮することとなるから,結果として,本件発明において特定されている物性の範囲のみでは発明が明確に特定されていないこととなる。 / したがって,本件発明が明確であるといえないから,本件特許請求の範囲の記載は,旧36条6項2号に規定する要件を満たしていないというべきである。」(45頁34行~46頁6行)

(3)  職権審理による無効理由(旧36条4項要件)について

「本件特許明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえないから,本件特許明細書は,旧36条4項に規定する要件を満たしていないというべきである。」(47頁23~26行)

第3原告主張の取消事由の要点

次のとおり,本件発明1は特許法29条1項3号の規定に該当せず,本件発明2は同条2項の規定に該当せず,また,本件特許明細書は,旧36条6項1号及び2号並びに同条4項に規定の要件を満たしているから,本件特許に無効理由があるとした審決は,その認定及び判断を誤っている。

1  取消事由1(特許法29条1項3号又は同条2項該当性の認定判断の誤り)について

(1)  審決は,「甲1には,『乾燥した炭酸カルシウム』の選択肢として,『カルファイン500(膠質炭酸カルシウム)』および『NS2300(重質炭酸カルシウム)』が実質的に記載されているとみるのが相当である。」(42頁23~26行)とし,「甲1発明の『硬化物』が,本件発明1の『硬化物』と同じ特性,すなわち,JIS K 6301に準拠する引っ張り試験における切断時の伸びが100%以上,及びJIS K 6301に準拠する永久伸び試験における永久伸びが50%以下という特性,を有しているものを含むのであるから,甲1発明は,本件発明1と同等の効果を奏するといえる。」(42頁30~34行)と認定する。しかし,甲1には,切断時伸びが100%以上及び永久伸び試験における永久伸びが50%以下という物性については何ら記載されていない。

審決は,甲1に記載の硬化物が,上記物性を満たす根拠として,大阪市立工業研究所長作成の報告書である甲37のNo.18~20の試験片の「切断時の伸び」が平均200%であり,「永久伸び」が5~6%であることを挙げる。しかし,甲37のNo.17の試験片では,永久伸び試験において破断し,「永久伸び」の値は得られていない。

他方,組成物は,組成が同じであれば,同じ作用効果を奏する。事実,原告関連会社従業員作成の実験成績証明書である甲45及び48並びに財団法人化学物質評価研究機構作成の試験報告書である甲49では,同じ組成のサンプルからほぼ同じ結果が得られており,甲1発明を追試したとしても,「永久伸び」は常に測定されていない。

したがって,甲1発明の追試結果として,甲37のNo.18~20の試験片についてのみの結果を採用し,甲1に本件発明1の切断時の伸び及び永久伸びを満たす構成が記載されているとした審決は,その判断を誤っている。

(2)  また,甲1の製造例2において,炭酸カルシウムについては,単に「乾燥した炭酸カルシウム」と記載されているにすぎない。審決は,甲37で用いられていた「カルファイン500(膠質炭酸カルシウム)」及び「NS2300(重質炭酸カルシウム)」が,本件特許の優先日前に一般に市販されていたものであるため,「乾燥した炭酸カルシウム」として適宜選択し得る状態にあった旨を指摘する。

しかし,甲1には,「乾燥した炭酸カルシウム」としか記載されておらず,甲1には,「カルファイン500(膠質炭酸カルシウム)」及び「NS2300(重質炭酸カルシウム)」は明記されていない。

先行文献の開示内容によって特許出願に係る発明の新規性を否定するには,先行文献の内容を追試した場合,常に同じ結果が得られなければならない。

審決は,(「審判における)乙1,4,5及び7(判決注:甲45,48,49及び51)の結果も,対象とする『乾燥した炭酸カルシウム』が相違していることからみても,上記結果に影響しないことも明らかである」(42頁14~16行)とし,「甲1には,『乾燥した炭酸カルシウム』の選択肢として,『カルファイン500(膠質炭酸カルシウム)』及び『NS2300(重質炭酸カルシウム)』が実質的に記載されているとみるのが相当である」(42頁23~26行)と認定する。

実験によらなくても,効果を予測し得る電気や機械分野では,先行文献の開示内容から当業者が導き出し得る範囲を技術水準として認定し,新規性を否定する根拠として援用し得るのに対し,本件特許発明のように,実験によらなければ効果が予測できない分野においては,先行文献に記載の構成を越えて,先行文献から導かれる範囲を先行文献に記載の内容であると認定し得るものではなく,この点においても,審決は,甲1に記載の内容の認定を誤っている。

甲1に記載の製造例2の構成に含まれるどのようなものを用いた場合でも,ほぼ同じ結果が得られ,本件発明1の「切断時の伸び」及び「永久伸び」の数値範囲を満たすことが立証されねばならないのに対し,甲37の試験片No.20の結果並びに甲45,48及び49の各結果を考慮すると,甲1に記載の製造例2を追試したとしても,永久伸びについては,必ず本件発明1の数値範囲を満たすことは証明されていない。

したがって,「本件発明1が甲1発明の一部を含む,実質的に甲1発明といえるから,特許法29条1項3号の規定に該当する」とした審決は,その認定及び判断を誤っている。

(3)  そして,甲1には,本件発明1及び2の切断時の伸び範囲及び永久伸び範囲が何ら記載されていない以上,これらについて何ら記載のない甲1から本件発明2に容易に想到し得るものではなく,「甲1発明において,さらに作用効果を高めるために,同一技術分野に属する甲3発明の『プラスチック発泡体』を付加し,相違点における本件発明2の構成とすることは,当業者であれば容易に推考することができたものである。」とする審決の判断も誤っている。

本件発明2は,特許法29条2項の規定に該当するものではない。

2  取消事由2について

(1)  旧36条6項1号の要件を満たしていないとの認定判断の誤り

ア 本件発明は,「切断時の伸び」及び「永久伸び」の大きさが,それぞれ,「軋み音」及び「タック音」の発生に関係していることを見いだしたことに基づくものであり,前者を100%以上に限定し,後者を50%以下に限定したことに特徴を有する。

本件特許明細書(甲58)の【0002】~【0004】に記載のとおり,本件発明は,人などが歩行した際,床構造体を踏みしめた時に床鳴り音が生じ難い床構造体の提供を課題としてされたものであるが,本件特許明細書【0045】の「作用効果」欄のとおり,特定の弾性体層が積層されているため,床構造体変形の際の応力を十分に吸収することになり,軋みによる床鳴りが発生しないことが記載されている。

切断時の伸び及び永久伸びが軋み音及びタック音に関係すること,すなわち,上記数値限定の技術的意義は,本件特許明細書【0035】に記載されている。この【0035】では,切断時の伸びにつき「上記弾性体層の伸びが小さくなると,床構造体の変形の際に,床材の軋みによる床鳴りが発生し易くなるので,JIS K6301(加硫ゴム物理試験方法)に準拠する引張試験における切断時の伸びが100%以上に限定され」と記載されている。また,永久伸びにつき「上記弾性体層の永久伸びが大きくなると,タック音が発生し易くなるので,JIS K 6301に準拠する永久伸び試験における永久伸びが50%以下に限定され」と記載されている。

このように,切断時の伸び及び永久伸びの数値限定による作用効果は,本件特許明細書に明りょうに記載されており,かつ,それらの数値限定による効果が,実施例1~18の評価において裏付けられている。

イ 審決は,「本件特許明細書の段落【0054】の【表1】には,硬化物(弾性体層)の切断時の伸びが550~1200%であり,永久伸びが5~8%及び70%である配合例が記載され,本件特許明細書段落【0064】の【表2】には,これらの配合例の硬化物(弾性体層)を使用した実施例1~18(配合例1~6)及び比較例1~4(配合例7を含む)の性能評価が記載されている。すなわち,切断時の伸びが5~10%であると『軋み音』が発生し,切断時の伸びが550~1200%であると発生しないことが示されており,また,永久伸びが10%以下であると,タック音が小さいあるいは発生せず,70%であると大きくなるという技術事項が記載されているといえる。」(44頁11~20行)とし,「上記性能評価から,技術常識を参酌しても,切断時の伸びが100%~500%の範囲全体において「軋み音」の発生が解決できるとまではいえない。また,永久伸びの『5~8%』は『50%以下』に含まれるものの,永久伸び『70%』のものは配合例7の比較例4として用いられたにすぎず,『50%』付近の臨界的意義を示すものでないことは明らか」(44頁27~32行)であるとし,本件特許請求の範囲において,「弾性体層」が,「切断時の伸びが100%以上で,永久伸びが50%以下である」という物性を有するものであれば,「すべて本件発明に含まれるような形になっているところ」,「実施例の結果から,当業者にその有用性,すなわち明白な識別性が認識できる程度のものとなっているものと認めるに足りない」とする。

しかしながら,本件特許明細書には,上記のとおり,切断時の伸びが100%以上でなければならない技術的意義及び永久伸びが50%以下である構成の技術的意義は明りょうに記載されており,また,数値限定範囲を含む発明であるからといって,その数値限定の全範囲にわたって詳細な実施例が要求されるものでもない。すなわち,本件特許明細書において,本件発明の効果を達成する数値範囲内であれば,記載の効果が得られることが当業者に対して情報として与えられ,しかも,幾つかの実施例においてそのような効果が得られることが具体的に示されている以上,本件特許公報を知得した当業者であれば,本件特許の数値限定範囲内を実施し,本件発明による効果を得ようとするはずである。

(2)  したがって,本件発明は,本件特許明細書に明りょうに記載されており,旧36条6項1号に規定の要件を満たしており,かつ,本件特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載されたものであるから,同項に規定の要件を満たしている。

3  取消事由3(旧36条4項の要件を満たしていないとの認定判断の誤り)について

(1)  審決は,「本件発明の特徴点である硬化物の『切断時の伸び』あるいは『永久伸び』の値は,『反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体』の種類と量に依存するだけではなく,硬化物に添加される添加剤の種類と量にも依存することが明らかである。すなわち,添加剤の種類と量を変えることにより,『切断時の伸び』あるいは『永久伸び』の値を変化させることも可能である」(46頁8~13行)とする。

しかし,本件発明の特徴は,「切断時の伸び」が100%以上,「永久伸び」が50%以下であれば,軋み音やタック音が少ない床構造体を得ることができる点にあり,添加剤の種類及び量は,このような切断時の伸びや永久伸びの大きさをコントロールする各々の手段の一つにすぎない。

切断時の伸び及び永久伸び自体は周知の物性であり,当業者であればこのような物性の値を制御すること自体は,特に困難なものではない。例えば,ジフェニルメトキシシランや炭酸カルシウムの配合割合を調整すれば,これらの物性を調整し得るものである。

(2)  審決は,「主成分である『反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体』が特定されているだけであって,他の添加剤の種類だけでなく,その重量配合比も全く限定されていない。そうすると,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,当業者が本件発明を容易に実施できるためには,上記硬化物の物性値の範囲とするために,試行錯誤をすることなく,的確に「反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体」と他の添加剤の種類および重量配合比を選択し得る程度に,実施例等が記載されている必要があるといえる。」(46頁14~21行)とし,「本件特許明細書の段落【0052】に記載された配合例7は,配合例5の反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体の配合物の作成に際して,更に『ジフェニルメトキシシラン』(正確には,『ジフェニルジメトキシシラン』である。・・・)を10重量部配合した配合物であって,その『切断時の伸び』と『永久伸び』が,それぞれ,1200%と70%である。それに対し,配合例5の『切断時の伸び』と『永久伸び』は,それぞれ,900%と8%である。すなわち,『ジフェニルメトキシシラン』を添加することにより,『切断時の伸び』と『永久伸び』が増大することが示されているのみである」(46頁27~36行)とする。

しかし,上記配合例5及び配合例7に基づく審決の認定からも明らかなように,ジフェニルメトキシシランは,本件特許明細書中に記載された添加剤であり,その添加によって「切断時の伸び」及び「永久伸び」が変化する傾向は,当業者であれば,本件特許明細書の記載から容易に理解することができる。

(3)  審決は,「『ジフェニルメトキシシラン』は,本件発明を特定する成分ではなく,また添加物の例としても記載されていないことは明らかである。」(46頁37行~47頁1行)とする。しかし,旧36条4項における実施可能要件は,発明を知得した当業者が,本件発明を実施することができる程度に発明の詳細な説明が明確かつ十分に記載されているか否かであり,ジフェニルメトキシシランが本件発明の特定成分であるか否かとは何ら関係がないものであって,この点においても,審決はその判断を誤っている。

また,本件特許明細書の配合例5及び7の結果を知得した当業者であれば,ジフェニルメトキシシランの添加により,切断時の伸び及び影響,特に永久伸びを大幅に高くし得ることを理解することができるのであって,また,当業者であれば,ジフェニルメトキシシランのような大きなフェニル基を2個有するアルコキシシランの添加により永久伸びが高くなることも,配合例5と7とを対比するまでもなく,周知の技術事項から容易に予測でき,このことは,変成シリコーン系接着剤組成物の硬化反応のメカニズムからも容易に想起し得るものである。

例えば,甲53(特開平1-131271号公報)9頁右上欄11~13行に,「硬化物の性能を大幅に改善するだけでなく未硬化物の粘度安定性,保存安定性を改善するために使用する成分である。」と記載されているとおり,アルコキシシランの添加により,反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体を用いた硬化性組成物の特性を調整し得ることは,本願出願時において周知の技術事項である。

そして,当業者であれば,数あるアルコキシシランの中でも大きな官能基であるフェニル基を2個有するジフェニルメトキシシランを用いれば,フェニル基による立体障害によって,架橋程度が調整され,永久伸びが高められることを容易に想起し得る。

したがって,周知の技術事項と本件特許明細書の配合例7と5の比較から明らかなように,当業者であれば,ジフェニルメトキシシランを反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体に添加すれば硬化が抑制されて柔らかくなり,切断時の伸びと永久伸びが大きくなることを容易に予測し得るはずである。

よって,当業者であれば,ジフェニルメトキシシランの添加量を調整することにより,切断時の伸びや永久伸びを調整し得る。

(4)  審決も認定するとおり,反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体を用いた硬化性組成物における硬化物の切断時の伸び及び永久伸びは,添加される充填剤などの他の成分の種類や配合割合によって変化することは当業者において広く知られている。例えば,本件特許明細書の配合例2で用いられている汎用されている周知の添加剤である炭酸カルシウムの配合割合を調整することによっても,切断時の伸びや永久伸びを調整し得ることは当業者であれば容易に予測し得る。炭酸カルシウムは,シーリング材や粘着剤などの粘着材料に充填剤として添加された場合に,凝集力を高めたり,硬くする作用を有することが広く知られている。

したがって,本件特許明細書の配合例1~7を知得した当業者であれば,配合例2で用いられている炭酸カルシウムの配合割合を変化させれば,硬化物における凝集力を高め,切断時の伸びが小さくなることを容易に予測し得るのであり,このことは,甲51(原告関連会社従業員作成の実験成績証明書)の配合例C~F及び配合例2の対比によっても裏付けられる。すなわち,炭酸カルシウム添加量の増大により硬くなり,切断時の伸びが小さくなることがわかる。

よって,当業者であれば,本件特許明細書の配合例1~7の記載及び本件特許の出願時の当業者における周知の技術事項に従って,切断時の伸びが100%以上,永久伸びが50%以下である様々な弾性体層を容易に製造することができる。本件特許明細書は,第三者に対し,本件発明における物性を有する弾性体層を作製するのに多大な負担を強いるものではなく,本件発明は,本件特許の明細書の記載から容易に実施可能である。

(5)  審決は,「炭酸カルシウムの添加量を調整することにより『切断時の伸び』の値を変更することは,当業者ならば予測し得るとはいえるものの,『永久伸び』の値を変更することは,当業者といえども,本件特許明細書の詳細な説明の記載から,技術常識を考慮して,容易に実施し得るとはいえない」(47頁18~22行)とする。

しかしながら,凝集力が高まれば,硬くなり,永久伸びについても小さくなることは,当業者であれば容易に予測し得る事項にすぎず,また,炭酸カルシウムの添加により,「切断時の伸び」及び「永久伸び」が変動し,変動の方向が予測され得る以上,当業者であれば,炭酸カルシウムの添加量を調整し,本件発明の「切断時の伸び」及び「永久伸び」の範囲を実現することに何の困難性も存在しない。

なお,炭酸カルシウムは,本件発明1における必須の構成ではないが,ジフェニルメトキシシランと同様に,炭酸カルシウムは本件発明1における「切断時の伸び」及び「永久伸び」の数値範囲を実現するための調整手段の一つとして指摘したものにすぎず,また,本件発明は,このような添加剤の特定の配合割合に特徴を有するものでもない。

(6)  以上によれば,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものであって,旧36条4項の要件を満たしている。

第4被告の反論の要点

次のとおり,原告主張の審決取消理由はいずれも理由がない。

1  取消事由1(特許法29条1項3号又は同条2項該当性の認定判断の誤り)に対して

(1)  原告は,審決が,甲1発明の追試結果である甲37のNo.18~20の試験片についての結果のみを採用し,原告提出の甲45,48及び49(以下「甲45等」という。)は,甲37の結果に影響しないとして採用しなかったことに誤りがあること,そして,証拠を総合すれば,甲1発明の追試結果として,必ずしも「永久伸び」が5~6%にならないことを主張する。

しかし,審決が,甲37を採用し,甲45等を採用しなかった理由は,甲45等の内容が信用できなかったからであり,次のア及びイのとおり,この点についての審決の判断には何らの誤りもない。

ア 甲37と甲45等の内容とを対比すれば,甲45等は,甲37に記載されている詳細な調整条件が全く記載されておらず,調整過程で種々の作為を入り込ませる余地を残している。また,だれが試料を作成したのかに関しても,不明りょうなものである。

したがって,詳細な調整条件が記載されていない甲45等を排斥した審決の判断に何らの誤りもない。

イ 甲1の製造例2で得られた変性シリコーン系接着剤の粘度は,820P(ポイズ)である。そして,甲37で作成された変性シリコーン系接着剤の粘度は,808ポイズである。一方,甲45で得られた変性シリコーン系接着剤については,その粘度が記載されておらず不明である。甲48で得られた変性シリコーン系接着剤の粘度は,707ポイズである。甲49で作成された変性シリコーン系接着剤の粘度は,試料によって大きくばらついているが,平均788ポイズである。甲37で得られた変性シリコーン系接着剤の粘度と,甲48及び49で得られた変性シリコーン系接着剤の粘度とを対比すれば,前者の方が甲1の製造例2で得られた変性シリコーン系接着剤の粘度に近い。

したがって,粘度の点からも,甲37の方が甲45等よりも甲1の製造例2の追試として適格である。

(2)  原告は,甲37において,炭酸カルシウムとして「カルファイン500(膠質炭酸カルシウム)」と「NS2300(重質炭酸カルシウム)」を併用したことを問題視する。

しかし,被告は,粘度を合わせるために膠質炭酸カルシウムと重質炭酸カルシウムを併用したのであり,適格な追試を実現するためなのであるから,何の問題もない。また,膠質炭酸カルシウムと重質炭酸カルシウムを併用することは,周知慣用技術であって(甲11~17),何の問題もない。

また,原告は,常に同じ結果が得られないときは新規性を否定できないとし,甲37と甲45等で結果が異なるから,新規性を否定できないと主張する。

しかし,上記(1)のとおり,審決は,甲45等は追試として信用できないものであるから,追試として適格な甲37を採用して新規性を否定したのであって,何の問題もない。

(3)  以上のとおりであるから,本件発明1につき新規性がなく,本件発明2につき進歩性がなく,本件特許は無効とされるべきであるとした審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2に対して

(1)  「旧36条6項1号の要件を満たしていないとの認定判断の誤り」に対して

原告は,本件特許明細書【0035】には,切断時の伸び及び永久伸びが軋み音及びタック音に関係すること,切断時の伸び及び永久伸びの数値限定による作用効果が記載されており,かつ,それらの数値限定による効果が実施例の評価において裏付けられていることが記載されていると主張する。

しかし,審決は,切断時の伸びと軋み音との関係,永久伸びとタック音との関係が,原理的に不明であるから,実施例で明確に実証されなければならないと説示しているものであって,原告の上記主張は,審決を正解しないものである。

また,そもそも,本件特許明細書の発明の詳細な説明において,原理的説明なしに,単に切断時の伸びが100%以上であると軋み音が発生しにくく,永久伸びが50%以下であるとタック音が発生しにくいと記載されているが,この記載自体に信頼性はない。

原告が本件出願後に特許出願した発明の特許公報(甲6)では,比較例1として,本件発明1の範囲に属する床構成体である切断時の伸びが880%で永久伸びが5%となる変性シリコーン系接着剤を用いて,床仕上げ材と床下地材とを貼り合わせてなる床構成体が記載されている(【0046】,【0047】及び【0052】の【表1】)。そして,この床構成体について,床鳴り試験(軋み音試験である)の結果,床鳴りを起こしたと評価されている(【0046】及び【0052】の【表1】)。すなわち,切断時の伸びが100%以上で永久伸びが50%以下であっても,床鳴りを起こしているのであるから,本件発明の詳細な説明と矛盾する。

(2)  以上のとおり,切断時の伸びの数値限定と永久伸びの数値限定に関して,本件特許明細書の発明の詳細な説明には裏付けがなく,旧36条6項1号に規定された要件(サポート要件)を満足していないとの審決の判断は正当である。

また,裏付けがないゆえに,切断時の伸びの数値限定と永久伸びの数値限定によって,所定の効果を奏し得る本件発明が特定されているとはいえず,本件請求項の記載は不明確であり,同項2号に規定された要件(明確性要件)を満足していないとの審決の判断も正当である。

3  取消事由3(旧36条4項の要件を満たさないとの認定判断の誤り)に対して

(1)  原告は,切断時の伸びと永久伸びの調整はジフェニルメトキシシランの添加量によって当業者が容易になし得るのであるから,本件発明の詳細な説明は当業者が実施し得るように明確かつ十分に記載されており,審決が,ジフェニルメトキシシランは本件発明を特定する成分でないとか,添加物の例として記載されていないとして,これに反する判断をしたのは誤りである,と主張する。

(2)  しかし,本件発明1は,切断時の伸びの数値限定と永久伸びの数値限定にのみ特徴を有するものである。そうだとすれば,この両数値の調整方法に関して,本件発明の詳細な説明の一般的説明の箇所で十分に記載しなければならないはずである。

それにもかかわらず,原告が数値の調整に必要不可欠であるかのように主張するジフェニルメトキシシランに関して,本件特許明細書の発明の詳細な説明の一般的説明の箇所には全く記載がなく,記載があるのは,比較例である配合例7の箇所(【0052】)に1行記載されているだけである。また,次に重要であると主張する炭酸カルシウムについても,本件特許明細書の発明の詳細な説明の一般的説明の箇所では,【0031】に多数の添加物の一つとして1行記載されているだけである。この記載ぶりからしても,切断時の伸びと永久伸びの数値の調整は,ジフェニルメトキシシランと炭酸カルシウムの添加及びその量で行うのであると,当業者は理解し得ない。

(3)  また,原告は,ジフェニルメトキシシランと炭酸カルシウムの重要性に関して主張するが,ジフェニルメトキシシランは,本件発明を特定するもの(構成要件)ではない。

原告は,ジフェニルメトキシシランが本件発明の特定成分であるかどうかと,実施可能要件とは何ら関係がなく,このような審決の判断は誤りであると主張する。

しかし,ジフェニルメトキシシランと炭酸カルシウムが本件発明の特定成分(構成要件)でないということは,本件発明は両物質を添加しない場合も含んでいることになる。そうだとすれば,両物質を添加しない場合においても,切断時の伸びと永久伸びを所定の数値限定範囲内に調整し得るように,本件特許明細書の発明の詳細な説明は記載されていなければならない。すなわち,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,ジフェニルメトキシシランを使用しない場合にはどのようにして両数値を調整すればいいのか,炭酸カルシウムを使用しない場合はどのようにして両数値を調整すればいいのか,両物質を使用しない場合にはどのようにして両数値を調整すればいいのか,ということが明確に記載されていなければならない。そうでなければ,当業者がこれらを添加しない場合,本件発明の詳細な説明に一切の手掛かりがなく,無数の種々の添加物を使用し,種々の添加量で,膨大な実験をしなければ,切断時の伸びがどれくらいになるか,永久伸びがどれくらいになるか分からない。

しかしながら,本件発明の詳細な説明には,ジフェニルメトキシシランを使用しない場合,炭酸カルシウムを使用しない場合又は両物質を使用しない場合には,どのような手段を採用すればいいのかということに関しての記載がない。

したがって,本件発明の詳細な説明は,当業者に過度の実験を負担させることなく本件発明を実施し得るように,明確かつ十分に記載されていない。

よって,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は,旧36条4項の規定(実施可能要件)を満足していないとの審決の判断は正当である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(特許法29条1項3号又は同条2項該当性の認定判断の誤り)について

(1)  甲1発明について

ア 甲1には,次の記載がある。

「【0001】【産業上の利用分野】 本発明は,建築産業における床仕上げ接着工法の改良に関する。」

「【0009】【発明が解決しようとする課題】 本発明は,上記した従来技術を考慮して,新規に,作業性に優れた1液タイプ床仕上げ用無溶剤反応型ウレタン系接着剤又は無溶剤反応型変性シリコーン系接着剤と,これらの接着剤を用いた床材の接着施工方法を提供することを目的とする。」

「【0040】 本発明に用いられる変性シリコーンとしては,特開昭50-156599号公報,特開昭52-73998号公報,特開昭58-10418号公報,特開昭62-230822号公報などで提案されたような加水分解可能な基が結合した珪素原子を分子中に少なくとも2個以上有する有機シリコン系化合物,特開昭60-228516号公報,特開昭63-112642号公報,特開平1-131271号公報で提案された珪素基を有するオキシアルキレン重合体と珪素基を有する(メタ)アクリレート(共)重合体よりなる組成物のようなものがある。」

「【0041】 これらのポリマー中に塩ビ(共)重合体などのビニル系化合物,フェノール樹脂系化合物,石油樹脂,テルペンーフェノール樹脂,ロジンエステル樹脂などの粘着付与剤,特開昭63-291918号公報に提案されたような予め反応したエポキシ樹脂,ブチルアクリレート(共)重合体などの(メタ)アクリレート化合物などを必要に応じて添加しても良い。」

「【0042】 さらに,上記の変性シリコーンに必要に応じて,充填剤,可塑剤,接着付与剤,硬化触媒,揺変剤,安定剤,希釈剤などが添加できる。」

「【0043】 充填剤としては,炭酸カルシウム,カ-ボンブラック,クレ-,タルク,酸化チタン,無機系バル-ン,有機系バル-ンなどが挙げられ,それぞれ単独,または混合して用いられる。」

「【0044】 可塑剤としては,例えば,ジオクチルフタレ-ト,ジブチルフタレ-ト,ジラウリルフタレート,ブチルベンジルフタレ-ト,ジオクチルアジペ-ト,ジイソデシルアジペ-ト,トリオクチルフォスフェ-ト,アジピン酸プロピレングリコ-ルポリエステル,アジピン酸ブチレングリコールポリエステル,エポキシステリアリン酸アルキル,エポキシ化大豆油等が挙げられ,それぞれ,単独または混合して用いられる。」

「【0045】 接着性付与剤としては,各種チタネート系或いは,シラン系カップリング剤,カップリング剤とイソシアネート化合物との反応生成物,2種類以上のカップリング剤の反応生成物,(例えば,各種アミノシランとエポキシシランの反応生成物,2分子以上のカップリング剤アルコキシ基の縮合反応生成物)等が挙げられ,単独または混合して使用する事ができる。」

「【0046】 硬化触媒としては,たとえば有機スズ化合物,酸性リン酸エステルとアミンとの反応物,飽和又は不飽和の多価カルボン酸またはその酸無水物,有機チタネート化合物などがあげられる。」

「【0047】 揺変剤としては,例えば,コロイド状シリカ,水素添加ヒマシ油,有機ベントナイト,トリベンジリデンソルビトール,表面処理した沈降炭酸カルシウム等を使用する。」

「【0048】 また安定剤としては,例えば商品名イルガノックス1010及び1076(チバガイギー社製),ヨシノックスBHT,BBなどの位置障害型フェノール類,チヌビン327,328(チバガイギー社製)等のベンゾトリアゾール類,サノールLSー770及び744(チバガイギー社製)等の位置障害型アミン類,トミソープ800(吉富製薬社製)などのベンゾフェノン類を使用する。」

「【0049】 希釈剤としては石油系炭化水素希釈剤,3-メチル-3-メトキシブチルアセテート,グルタル酸ジメチルなどのエステル類などがある。」

「【0052】 製造例2 / 1液タイプ反応型変性シリコーン系接着剤(B)の製造 /真空プラネタリーミキサーに変性シリコーンS203(鐘淵化学工業(株)製)50部,S303(鐘淵化学工業(株)社製)50部,ジブチルフタレート50部,乾燥した炭酸カルシウム70部,酸化チタン10部,アミノシランKBM-603(信越化学工業(株)社製)2部,ジブチルチンジラウレート1部を投入攪拌し,均一に分散混合し1液タイプ反応型変性シリコーン系接着剤を得た。JISK6833試験法に準じた試験での組成物粘度は820P(ポイズ)で,不揮発分は98.3%であった。」

「【0054】 実施例2 / 床材の接着 / 床下地材及び塩ビ製の床材(Pタイル)に,1液タイプ反応型変性シリコーン系接着剤Bをくし目ごてで塗布し,Pタイルを強く押し当てるようにして床に貼った。室内に有機溶剤の臭気はなく,快適な作業を行うことができた。」

イ 上記記載によれば,甲1発明は,建築産業における床仕上げ接着工法の改良に関し,従来技術の欠点を考慮し,作業性に優れた1液タイプ床仕上げ用無溶剤反応型ウレタン系接着剤又は無溶剤反応型変性シリコーン系接着剤と,これらの接着剤を用いた床材の接着施工方法を提供することを目的とするものであって,「a 塩ビ製の床材(Pタイル)と床下地材とからなる床構造体において, /  b 該床材と該床下地材との間に, / 真空プラネタリーミキサーに変性シリコーンS203(鐘淵化学工業(株)製)50部,S303(鐘淵化学工業(株)社製)50部,ジブチルフタレート50部,乾燥した炭酸カルシウム70部,酸化チタン10部,アミノシランKBM-603(信越化学工業(株)社製)2部,ジブチルチンジラウレート1部を投入攪拌し,均一に分散混合して得られた1液タイプ反応型変性シリコーン系接着剤Bの硬化物(組成物粘度820P)が積層されてなる / c 床構造体。」であることが認められる(当事者間にも争いがない。)。

(2)  本件発明1と甲1発明との対比について

本件発明1と甲1発明とを対比すると,次の事実が認められる(甲1,58)(当事者間にも争いがない。)。

ア 甲1発明の「塩ビ性の床材(Pタイル)」が,本件発明1の「床材」に相当すること。

イ 甲1発明の「真空プラネタリーミキサーに変性シリコーンS203(鐘淵化学工業(株)製)50部,S303(鐘淵化学工業(株)社製)50部,ジブチルフタレート50部,乾燥した炭酸カルシウム70部,酸化チタン10部,アミノシランKBM-603(信越化学工業(株)社製)2部,ジブチルチンジラウレート1部を投入攪拌し,均一に分散混合して得られた1液タイプ反応型変性シリコーン系接着剤Bの硬化物」が,本件発明1の「一般式(I)または(II)(【化1】)で表されるような水酸基もしくは加水分解性基結合反応性ケイ素基を有し,シロキサン結合を形成することにより架橋しうる反応性ケイ素基を末端に少なくとも一つ有し,主鎖がオキシアルキレン系重合体である,反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体を主成分とする硬化物」に相当すること(ただし,甲1発明における「乾燥した炭酸カルシウム」として,どのようなものを採用するか特定されていない。)。

(3)  甲1発明の追試結果について

ア 原告は,甲1発明の追試結果として,甲37のNo.18~20の試験片についてのみの結果を採用し,甲1に本件発明1の切断時の伸び及び永久伸びを満たす構成が記載されているとした審決の判断が誤っていると主張する。そこで,以下,検討する。

イ 甲1発明の追試等について

(ア) 甲1発明の追試等として,別紙試験対比表に記載のとおりの甲2,8,37,42,45,48,49及び51が実施され,その配合処方,測定された破断時伸び及び永久伸びの結果は,同対比表に記載のとおりである。

(イ) ところで,本件特許明細書(甲58)には,「【0031】上記充填材は,反応性ケイ素基含有オキシアルキレン系重合体の補強を目的として使用されるものであり,例えば,炭酸カルシウム,・・・などが挙げられ,これらは単独又は2種以上併用してもよい。」とされているように,炭酸カルシウム(CaCO3)は,重合体の補強を目的とした充填剤として,接着剤等の用途に用いられる。

そして,充填剤は,これを添加する目的やその特性からすれば,化学的にあまり活性でなく,外観上も,また,物性等においても,格別の変化をもたらさないものであるから,充填剤である炭酸カルシウムは,樹脂性能に大きな影響がない範囲で添加されるものである。

(ウ) 炭酸カルシウムには,石灰石などの天然原料を機械的に粉砕分級した重質炭酸カルシウムと,化学的に製造される沈降性炭酸カルシウム(軽質炭酸カルシウム),特に沈降性炭酸カルシウム中でも粒径が小さな膠質(コロイド)炭酸カルシウムが存在する。

そして,甲11(特開昭61-272257号公報)には,ポリ塩化ビニル樹脂系シーリング剤組成物につき,「また,上記重質炭酸カルシウムと表面処理炭酸カルシウムとの混合割合は2:8~8:2の範囲にする。望ましくは,3:7~5:5にするのがよい。重質炭酸カルシウムが8:2以上に多くなれば,降伏値が下がり,浸透性の優れる流動特性が得られるが,たれ落ち易い流動性となるので,本発明の実用化には難点となる。また表面処理炭酸カルシウムが2:8以上に多くなれば,逆に降伏値が高くなり,たれ落ちのない流動性が得られるが見掛け粘度の回復速度が速くなるので,所望の浸透性がえられない。」(3頁右欄21~31行)と,甲12(特開平4-100881号公報)には,「コロイド炭酸カルシウム /本発明の接着剤組成物では,増粘剤としてコロイド炭酸カルシウムが上記特定の割合で配合されている。使用し得るコロイド炭酸カルシウムとしては,脂肪酸系,ケイ酸系,スルホン酸系が挙げられるが,揺変性を高めるためには脂肪酸系のコロイド炭酸カルシウムを用いることが望ましい。 / コロイド炭酸カルシウムの配合量を50~90重量部としたのは,50重量部未満では揺変性改善効果が充分でなく,90重量部を超えて配合すると硬化物の耐久性が低下するからである。 /重質炭酸カルシウム / 本発明の接着剤組成物では,増粘剤として重質炭酸カルシウムが上記特定の割合で配合されているが,該重質炭酸カルシウムとしては各種の粒径のものを用いることができる。また,接着剤硬化物の耐久性を高めるためには,表面処理がなされていない重質炭酸カルシウムを用いることが推奨される。 / 重質炭酸カルシウム配合量を20~50重量部としたのは,20重量部未満ではエポキシ樹脂の揺変性を高める効果が小さいからであり,50重量部を超えると粘度が高くなり過ぎるからである。」(3頁右上欄4行~左下欄11行)と記載されるように,粘度調整のために,粒径の異なる炭酸カルシウムを併用することが通常行われていたことが認められる。

(エ) 以上によれば,別紙試験対比表の甲37のとおり,その他の配合を甲1の【0052】製造例2と同様にした上,炭酸カルシウムについては,粘度調整のために,膠質炭酸カルシウムであるカルファイン500を269.7g,重質炭酸カルシウムであるNS2300を9.6g加えた甲37実験は,甲1発明の追試として,適正なものということができる。

(オ) また,甲37の実験においては,永久伸び測定時,No.6~9,14,16のサンプルは標線内外で破断しているところ,永久伸び測定結果につき,これらのサンプルを除外している。これについては,永久伸び測定においては,破断時伸びの測定における引っ張りの伸びの2分の1という伸びの範囲で固定する方法により,理論上,その固定の間は材料の応力緩和が生じているから破断するということがないはずであること,破断したサンプルの多くのものの破断面に気泡が観察されたことも含めると,これらのサンプルについては,材料の均一性に問題があったものと考えられ,実験中破断したサンプルについては除外したことは適切であったと認められる。

(カ) このようにして,永久伸び測定につき,破断サンプルを除外し,破断しなかったサンプルを基に測定結果を出した甲37の結果によれば,いずれも本件発明1の伸び特性範囲(切断時の伸びが100%以上,永久伸びが50%以下)が得られることが認められる。

(4)  なお,原告は,甲37実験に用いられたカルファイン500が,甲1出願前には販売されていなかったことを問題とする。

しかしながら,甲1発明への技術常識の参酌において重要なのは,本件特許の優先日(平成7年3月27日)当時の技術常識であるところ,この優先日当時,カルファイン500は既に販売されていたものであって(甲38),これを実験に用いたことに問題はない。

(5)  そして,別紙試験対比表のとおり,原告側が行った甲45,48,49及び51の実験結果においても,切断時の伸びはすべて本件発明1の範囲となっており,また,永久伸びについても,除外すべき破断したサンプルを除くと,条件設定が異なる甲51の配合例Bのほかは,永久伸びが本件発明1の範囲内となっている。

(6)  以上によれば,甲37の実験結果を採用し,甲1発明の「硬化物」が,引っ張り試験における切断時の伸びが100%以上,永久伸び試験における永久伸びが50%以下という,本件発明1の「硬化物」と同じ特性を有しているものを含むとして,本件発明1は,甲1発明の一部を含み,実質的に甲1発明であるといえるとした審決の認定判断に誤りはないといえる。

したがって,本件発明1は,特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができないことになる。

(7)  本件発明2について

ア 甲1発明との対比

本件発明2と甲1発明を対比すると,次の相違点が認められる(甲1,58)(当事者間にも争いがない。)。

「本件発明2が『該床材と該床下地材との間に遮音性を有するシートが挟まれ,該遮音性を有するシートと該床材及び該床下地材との間に,上記弾性体層が積層されてなる』のに対し,甲1発明は,遮音性を有するシートを備えていない点」

イ 甲3発明について

(ア) 甲3には,次の記載がある。

「【0001】【産業上の利用分野】 本発明は,防音構造体及びこれを組み込んだ防音床に関するものである。」

「【0003】【発明が解決しようとする課題】 本発明は,適度な硬さを有し,しかも軽量で,厚さを薄くしても防音性に優れる防音構造体を提供することを目的とする。本発明は,又,床に立ったときに適度な硬さと防音性に優れ,床の厚みを薄することができ,かつクリープをおこさない等耐久性の優れた防音床を提供することを目的とする。」

「【0004】【課題を解決するための手段】 本発明は,圧縮強度と密度の異なる特定の2種類のプラスチック発泡体を積層すると上記課題を効率よく解決できるとの知見に基づいてなされたのである。すなわち,本発明は,(A)25%圧縮強度が0.9Kg/cm2以下で密度が0.09g/cm3以下のプラスチック発泡体と(B)25%圧縮強度が1.5Kg/cm2以上で密度が0.1~0.2g/cm3のプラスチック発泡体を(A)/(B)または(A)/(B)/(A)の順序で積層してなることを特徴とする防音構造体を提供する。本発明は,又,上部木質床板と床基体との間に,上記防音構造体を設けたことを特徴とする防音床を提供する。」

「【0011】【実施例】 実施例1 / 木質系からなる2.7mm厚の上部木質床板(表面板1)の下部に,酢酸ビニルコポリマー(VA含有量10%)を発泡してなる25%圧縮強度が0.6Kg/cm2で密度が0.08g/cm3の厚みが2mmのプラスチック発泡体(A)〔下地材-1〕,さらにその下部に,低密度ポリエチレンを発泡してなる25%圧縮強度が1.6Kg/cm2で密度が0.16g/cm3の厚みが10mmのプラスチック発泡体(B)〔下地材-2〕を積層し,かつその下が床基体となるように防音床を構築し,ビニル系接着剤で各部材を接着した。・・・」

(イ) 上記記載によれば,甲3には,「上部木質床版と床基体との間に遮音性を有するプラスチック発泡体が挟まれ,該遮音性を有するプラスチック発泡体と前記上部木質床版及び前記床基体との間に,ビニル系接着剤が積層されてなる床構造体」が記載されていると認められる(当事者間にも争いがない。)。

ウ そして,「床構造体」において,遮音効果を高めることは,当業者においては一般的課題ということができるところ,上記(1)のとおりの甲1発明において,さらに遮音効果を高めるため,同一技術分野に属する甲3発明の「プラスチック発泡体」を付加し,上記アの本件発明2が有する相違点に係る構成とすることは容易であると認めることができる。

また,本件発明2のうち本件発明1と重複する部分については,上記(3)~(5)のとおり,実質的に甲1発明であるといえるものである。

エ 以上によれば,甲1発明及び甲3発明との関係で,本件発明2は,特許法29条2項の規定に違反し,特許を受けることができない。

2  結論

以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がなく,本件発明1は特許法29条1項3号の規定,本件発明2は同条2項の規定にそれぞれ違反し,特許を受けることができないものであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないことになる。

よって,原告の請求は,棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 本多知成 裁判官 田中孝一)

以下別紙省略

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